特許第6137766号(P6137766)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6137766-鉄触媒によるエステル交換反応 図000026
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6137766
(24)【登録日】2017年5月12日
(45)【発行日】2017年5月31日
(54)【発明の名称】鉄触媒によるエステル交換反応
(51)【国際特許分類】
   B01J 31/22 20060101AFI20170522BHJP
   C07F 15/02 20060101ALI20170522BHJP
   C07C 67/03 20060101ALI20170522BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20170522BHJP
【FI】
   B01J31/22 Z
   C07F15/02
   C07C67/03
   !C07B61/00 300
【請求項の数】13
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2016-510097(P2016-510097)
(86)(22)【出願日】2015年2月3日
(86)【国際出願番号】JP2015053019
(87)【国際公開番号】WO2015146294
(87)【国際公開日】20151001
【審査請求日】2016年12月20日
(31)【優先権主張番号】特願2014-69713(P2014-69713)
(32)【優先日】2014年3月28日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 http://nenkai.pharm.or.jp/134/pc/isearch.asp http://nenkai.pharm.or.jp/134/pc/ipdfview.asp?i=409 平成26年2月3日掲載
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、独立行政法人科学技術振興機構委託研究、戦略的創造研究推進事業(CREST)「多核金属クラスター分子の構造制御によるナノ触媒の創製」 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100176094
【弁理士】
【氏名又は名称】箱田 満
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 孝志
(72)【発明者】
【氏名】矢崎 亮
(72)【発明者】
【氏名】藤本 千佳
(72)【発明者】
【氏名】堀河 力也
【審査官】 森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−113894(JP,A)
【文献】 特開2009−227816(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/086683(WO,A1)
【文献】 Saihu LIAO and Benjamin LIST,Asymmetric Counteranion-Directed Iron Catalysis: A Highly Enantioselective Sulfoxidation,Advanced Synthesis and Catalysis,2012年 8月22日,Volume 354, Issue 13,pages 2363-2367
【文献】 香月 勗,サレン錯体触媒の新たな可能性 C‐Hσ結合の不斉酸化と配位子配座の動的制御,有機合成化学協会誌,1999年10月 1日,Vol.57 No.10,Page.824-834
【文献】 M.Lakshmi KANTAM et.al.,Transesterification of β ‐keto esters catalysed by transition metal complexes in a novel heterogeneous way,Catalysis Letters,1999年 9月,Volume 62, Issue 1,pp 67-69
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 − 38/74
C07C 67/03
C07F 15/02
C07B 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄サレン錯体を含む、エステル交換反応用触媒。
【請求項2】
エステル交換反応をアルコール選択的に行うことができる請求項1に記載の触媒。
【請求項3】
鉄サレン錯体が、次式:
【化1】
で示されるものである請求項1又は2に記載の触媒。
【請求項4】
鉄サレン錯体が、4位又は5位にtert−ブチル基を有するものである請求項1〜3のいずれか1項に記載の触媒。
【請求項5】
鉄サレン錯体の溶媒がトルエンである請求項1〜4のいずれか1項に記載の触媒。
【請求項6】
エナンチオ選択性を有する請求項1〜5のいずれか1項に記載の触媒。
【請求項7】
tert−ブチルエステルを製造するための請求項1〜6のいずれか1項に記載の触媒。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の触媒を用いて、原料エステルと原料アルコールとのエステル交換反応を行うことを特徴とするエステル化合物の製造方法。
【請求項9】
原料アルコールが、エタノール、tert−ブチルアルコール、シクロヘキサノール、ベンジルアルコール、アダマンタノール又はアミノアルコールである請求項8に記載の方法。
【請求項10】
原料エステルが、活性エステル又はメチルエステルである請求項8又は9に記載の方法。
【請求項11】
原料エステルが、2,2,2-トリフルオロエチルエステル又は次式:
【化2】
で示されるものである請求項8又は9に記載の方法。
【請求項12】
エステル化合物がtert−ブチルエステルである請求項8〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
原料エステルと原料アルコールとのエステル交換反応を行う際に、触媒として鉄サレン錯体を用いることを特徴とする鉄サレン錯体の使用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エステル交換反応用鉄触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
アルコールやアミンを用いて合成されるエステルやアミドは、天然物や有機合成化合物に多く見られる重要な官能基である(非特許文献1〜3)。特に近年、カルボン酸のエステル化を利用したプロドラッグは、創薬研究として盛んに研究がなされている。アルコールとアミンの反応性を比較すると、一般的にアミンの方がより高い求核性を有しており、アルコールとアミンを共存させた場合、アミン選択的に反応が進行する(Scheme 1. path a)。そのため、アルコールを選択的に反応させるためには、従来保護基が用いられてきた(path b)。初めにアミンを保護基によって保護し、縮合剤などを用いて化学量論量以上の廃棄物を出しながら、アルコールを反応させる。最後に保護基を脱保護することで、目的とする化合物を得ることが可能である。しかしながら、本合成手法は反応工程数が多く、また、廃棄物を多く生じてしまうため、環境調和の面で改善の余地を残している。
【0003】
一方、触媒によって、化学選択性を制御し、アルコールとアミンの共存下においても、アルコール選択的な反応が可能となれば、保護基を用いる必要がなくなるため、環境調和性の高い反応となる(path c)。
【0004】
【化1】
【0005】
これまで当研究の亜鉛クラスター触媒(図1)をはじめ、いくつかの研究グループにより、触媒制御によるアミン共存下、アルコール選択的アシル化反応が報告されている(非特許文献4〜9)。これらの報告では、求電子剤としてメチルエステルが用いられており、またアミノアルコールの基質一般性が比較的乏しい例が多いのが現状であった。メチルエステルを用いた場合、共生成物はメタノールであるため逆反応が進行し、目的物を高い収率で得るためには反応を生成物側へ偏らせる必要がある。そのため還流といった高温での反応やモレキュラーシーブによるメタノールの除去を行わなければならない。共生成物の反応性が低く、逆反応が進行しない化合物を用いると、逆反応は進行せず、より低温での反応が可能となり、広範な基質一般性が期待される。そこで反応性の高いカルボン酸誘導体のなかで、塩化アシルや酸無水物よりも反応性が低く取り扱いが容易で、メチルエステルよりも反応性の高いフェニル基などを有する活性エステルに注目した。活性エステルを用いれば、共生成物はフェノールなどの求核性の低い化合物であるため、より低温での反応が可能となると考えられる(Scheme 2)。しかし、活性エステルは反応性が高く、触媒非関与の反応が進行するため、求核性の高いアミンの反応が優先しやすく、化学選択性の制御はより困難となることが予想される。
【0006】
【化2】
【0007】
一方、活性エステルを用いて化学選択性を制御した例として、2013年にGrimme、Studerらによって報告された、N-ヘテロサイクリックカルベンを用いたアルコール選択的アシル化反応が挙げられる(Scheme 3)(非特許文献10)。彼らは活性エステルとして安息香酸2,2,2-トリフルオロエチルを用い、ベンジルアルコール、ベンジルアミン共存下、1,3-ジメシチルイミダゾール-2-イリデン(IMes)を触媒とし、室温という温和な条件にて反応を行ったところ、99%の収率でエステルを得ることに成功した。しかし、求核剤としてベンジルアルコール、ベンジルアミンといった単純な基質にのみ適用されており、基質一般性において改善の余地が残されている。
【0008】
【化3】
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Larock, R. In Comprehensive Organic Transformations, 2nd ed.; Wiley-VCH: New York, 1999.
【非特許文献2】Mulzer, J. In Comprehensive Organic Synthesis; Trost, B. M.; Fleming, I.; Eds.; Pergamon Press: New York, 1992; Vol 6.
【非特許文献3】Otera, L. In Esterification; Wiley-VCH: Weinheim, 2003.
【非特許文献4】Lin, M. H.; RajanBabu, T. V. Org. Lett. 2000, 2, 997.
【非特許文献5】Ohshima, T.; Iwasaki, T.; Maegawa, Y.; Yoshiyama, A.; Mashima, K. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 2944.
【非特許文献6】Hayashi, Y.; Santoro, S.; Azuma, Y.; Himo, F.; Ohshima, T.; Mashima, K. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 6192.
【非特許文献7】Hatano, M.; Furuya, Y.; Shimmura, T.; Moriyama, K.; Kamiya, S.; Maki, T.; Ishihara, K. Org. Lett. 2011, 13, 426.
【非特許文献8】Hatano, M.; Ishihara, K. Chem. Commun. 2013, 49, 1983.
【非特許文献9】De Sarkar, S.; Grimme, S.; Studer, A. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 1190
【非特許文献10】Samanta, R. C.; De Sarkar, S.; Frohlich, R.; Grimme, S.; Studer, A. Chem. Sci. 2013, 4, 2177.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、鉄触媒を用いた化学選択性の高いエステル交換反応に基づくエステルの製造方法提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、鉄サレン錯体を触媒として用いることにより、目的とするエステルを高収率かつ高化学選択的に得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)鉄サレン錯体を含む、エステル交換反応用触媒。
(2)エステル交換反応をアルコール選択的に行うことができる請求項1に記載の触媒。
(3) 鉄サレン錯体が、次式:
【0012】
【化4】
で示されるものである(1)又は(2)に記載の触媒。
(4)鉄サレン錯体が、4位又は5位にtert−ブチル基を有するものである(1)〜(3)のいずれか1項に記載の触媒。
【0013】
(5)鉄サレン錯体の溶媒がトルエンである(1)〜(4)のいずれか1項に記載の触媒。
(6)エナンチオ選択性を有する(1)〜(5)のいずれか1項に記載の触媒。
(7)tert−ブチルエステルを製造するための(1)〜(6)のいずれか1項に記載の触媒。
(8)前記(1)〜(7)のいずれか1項に記載の触媒を用いて、原料エステルと原料アルコールとのエステル交換反応を行うことを特徴とするエステル化合物の製造方法。
(9)原料アルコールが、エタノール、tert−ブチルアルコール、シクロヘキサノール、ベンジルアルコール、アダマンタノール又はアミノアルコールである(8)に記載の方法。
(10)原料エステルが、活性エステル又はメチルエステルである(8)又は(9)に記載の方法。
(11)原料エステルが、2,2,2-トリフルオロエチルエステル又は次式:
【0014】
【化5】
で示されるものである(8)又は(9)に記載の方法。
【0015】
(12) エステル化合物がtert−ブチルエステルである(7)〜(11)のいずれか1項に記載の方法。
(13)原料エステルと原料アルコールとのエステル交換反応を行う際に、触媒として鉄サレン錯体を用いることを特徴とする鉄サレン錯体の使用方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、鉄サレン錯体を触媒として用いるエステル交換反応方法が提供される。本発明の方法によれば、目的とするエステルを高収率かつ高化学選択的に得ることができる。従って、本発明の方法は、プロドラッグなどの創薬に利用できる点で極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】亜鉛クラスター触媒の構造を示す図である。
図2】鉄(III)-サレン錯体の構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明においては、反応性が高く化学選択性の制御がより困難である活性エステルにおいてもアルコール選択的に反応を進行させる新規触媒を開発し、基質一般性を拡大させることを目的として、金属触媒、リガンドの検討及び基質一般性の検討を行った。
【0019】
その結果、鉄のサレン錯体が、活性エステルにおいても、アルコール選択的に反応を進行させることを見出し、また、鉄のサレン錯体に置換基を導入することで、より低い温度でのアルコール選択的アシル化反応に成功した。さらに、立体的にかさ高く反応が進行しにくいアダマンタノールを用いても反応は良好に進行し、求核性が低く、エステル交換反応には用いにくいアミノフェノールにおいても、アルコール選択的にアシル化することに成功した。さらに特筆すべきことに、本触媒を用いることで、これまで困難であったメチルエステルとtert-ブチルアルコールを用いたエステル交換反応も良好に進行し、高い収率で目的とするtert-ブチルエステルを得ることにも成功した。本触媒は、配位子の置換基を変えることで、さらに高活性な触媒が調製可能であり、また、不斉を導入することで不斉反応へ応用が可能であった。
【0020】
本発明において使用される触媒の特徴は以下の通りである。
(i)選択性の制御が困難な活性エステルを求電子剤とする化学選択的エステル交換反応を行うことができる。
(ii)tert-ブチルアルコールを用いるtert-ブチルエステル合成を行うことができる。従って、本発明は、上記鉄サレン錯体を触媒として用いて、リガンドのエステル化合物とtert-ブチルアルコールとのエステル交換反応を行うことを特徴とするtert-ブチルエステル化合物の製造方法も提供する。
(iii)エナンチオ選択的反応への適用が可能である。
【0021】
本発明者は、触媒による化学選択性の制御がより困難な活性エステルを用いた反応開発において、新たな触媒探索を行った。近年、金属触媒を用いた反応開発の発展は著しく、これまで汎用されてきた毒性や希少価値の高い金属触媒に対し、環境に優しい遷移金属触媒反応の開発が注目されている。なかでも鉄は自然界に豊富に存在し、安価で毒性が低いため、有機化学において重要な金属である。パラジウムやニッケル触媒の代替として、鉄触媒を用いたカップリング反応は近年盛んに研究されており、これまでに根岸カップリング反応や鈴木宮浦カップリング反応が達成されている((a) Bedford, R. B.; Huwe, M.; Wilkinson, M. C. Chem. Commun. 2009, 45, 600. (b) Hatakeyama, T.; Hashimoto, T.; Kathriarachchi, K. K. A. D. S.; Zenmyo, T.; Seike, H.; Nakamura, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 8834.)。一方鉄触媒を用いたエステル交換反応は数例報告されているのみである((a) Magens, S.; Ertelt, M.; Jatsch, A.; Plietker, B. Org. Lett. 2008, 10, 53. (b) Weng, S. S.; Ke, C. S.; Chen, F. K.; Lyu, Y. F.; Lin, G. Y. Tetrahedron, 2011, 67, 1640.)。
本発明は、安価で安全な鉄触媒を用いた化学選択的アシル化反応について検討を行うことにより完成されたものである。
【0022】
1.触媒
本発明は、原料エステルと原料アルコールとのエステル交換反応により目的のエステルを製造する方法において、触媒として鉄サレン錯体を用いることを特徴とする。
本発明において使用される鉄サレン錯体は、下記式I:
【0023】
【化6】
で示されるものである。
【0024】
前記式Iにおいて、R1、R2、R3、R4は、同一又は異なって、水素原子又は置換基を有していてもよい炭化水素基を表す。
「炭化水素基」としては、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数2〜6のアルケニル基、炭素数3〜15のシクロアルキル基、炭素数3〜15のシクロアルケニル基、炭素数6〜20の芳香族炭化水素基等が挙げられる(以下に炭化水素基を例示する)。
炭素数1〜6のアルキル基:メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、tert−ブチル、ヘキシル基など
炭素数2〜6のアルケニル基:アリル基、ビニル基等
炭素数3〜15のシクロアルキル基:シクロペンチル、シクロヘキシル基、シクロプロピル基、シクロブチル基等
炭素数3〜15のシクロアルケニル基:シクロヘキセニル基、シクロペンテニル基等
炭素数6〜20の芳香族炭化水素基:フェニル、トリル、ナフチル基等の炭素数6〜20程度の芳香族炭化水素基(アリール基)等。
【0025】
前記炭化水素基が有していてもよい置換基としては、例えばハロゲン原子(フッ素、塩素、臭素原子等)、アルコキシ基(メトキシ、エトキシ、プロポキシ、イソプロピルオキシ、ブトキシ、イソブチルオキシ、tert−ブチルオキシ基などの炭素数1〜4のアルコキシ基等)、ヒドロキシ基、アルコキシカルボニル基(メトキシカルボニル、エトキシカルボニル基などの炭素数1〜4のアルコキシ−カルボニル基等)、アシル基(アセチル、プロピオニル、ベンゾイル基などの炭素数1〜10のアシル基等)、シアノ基、ニトロ基などが挙げられる。
【0026】
また、R3、R4は、結合して炭素数3〜20の飽和又は不飽和の環状構造(例えばビナフチル骨格)を形成してもよい。このときにできる環状構造には、前記と同様の置換基を有することもできる。
本発明において、式Iに示す鉄サレン錯体は、その4位又は5位にtert−ブチル基を有することが好ましい。
前記式(1)で表される化合物において、鉄の価数nは、0価、1価、2価、3価等のいずれであってもよいが、通常2価又は3価である。
本発明において使用される鉄のサレン錯体の代表的な例を以下に示す。
【0027】
【化7】
【0028】
本発明においては、式Iに示す鉄のサレン錯体は、市販のものをそのまま使用することもでき、公知手法により合成することもできる。本発明の触媒は、tert−ブチルエステルを製造するために使用することが特に好ましい。
【0029】
本発明の触媒の特徴は以下の通りである。
エステル交換反応をアルコール選択的に行うことができる。「アルコール選択的」とは、アルコールとアミンとの反応が起こっても、高い求核性を有するアミンよりもアルコールとの反応が進行(優先)することを意味する。
触媒として使用する鉄サレン錯体は、その4位又は5位にtert−ブチル基を有する。
また、本発明の触媒は、エナンチオ選択性を有する。「エナンチオ選択性」とは、光学活性化合物の中で、特定の立体配置を有していることを意味し、本発明においては、光学活性なジアミンを用いた配位子という点でエナンチオ選択性を有している。
【0030】
2.エステル交換反応
本発明において、エステル交換反応は下記式(II)で示される。
RaCOORb+RcOH→RaCOORc+RbOH (II)
上記式(II)において、RaCOORbは原料エステル、RcOHは原料アルコール、RaCOORcは目的のエステルを表す。RbOHはエステル交換反応の結果副生される副生アルコールである。Raは水素原子、炭化水素基、複素環式基、又はこれらが2以上結合した基を表す。Rb及びRcは、隣接する酸素原子との結合部位に炭素原子を有する炭化水素基、複素環式基、又はこれらが2以上結合した基等を表す。
【0031】
(1)原料エステル
本発明において、原料として用いられるエステルは、そのカルボン酸部位が、目的エステルのカルボン酸部位と同一のものが好ましい。
カルボン酸エステルのカルボン酸部位の炭素数は、例えば、1〜20、好ましくは1〜10、さらに好ましくは1〜6である。カルボン酸エステルのアルコール部位の炭素数としては、1〜4(特に1〜2)であることが好ましい。
【0032】
カルボン酸エステルには、脂肪族カルボン酸エステル、脂環式カルボン酸エステル、芳香族カルボン酸エステル、複素環カルボン酸エステル等が含まれる。カルボン酸エステルはモノカルボン酸エステルであってもよく、ジカルボン酸エステル等の多価カルボン酸エステルであってもよい。
脂肪族カルボン酸エステルとしては、例えば炭素数1〜20程度の飽和脂肪族カルボン酸のエステル、炭素数3〜20程度の不飽和脂肪族カルボン酸のエステルなどが挙げられる。飽和脂肪族カルボン酸のエステルとしては、ギ酸エステル、酢酸エステル、プロピオン酸エステル、酪酸エステル、イソ酪酸エステル、ペンタン酸エステル、ヘキサン酸エステル、ヘプタン酸エステル、オクタン酸エステル、デカン酸エステル、ドデカン酸エステル、テトラデカン酸エステル、ヘキサデカン酸エステル、オクタデカン酸エステル等が挙げられる。
【0033】
不飽和脂肪族カルボン酸のエステルとしては、例えばアクリル酸エステル、メタクリル酸エステル、オレイン酸エステル、マレイン酸ジエステル、フマル酸ジエステル、リノール酸エステル等が挙げられる。
脂環式カルボン酸エステルとしては、例えば、シクロペンタンカルボン酸エステル、シクロヘキサンカルボン酸エステル、アダマンタンカルボン酸エステル等の炭素数4〜10程度の脂環式カルボン酸のエステルなどが挙げられる。
【0034】
芳香族カルボン酸エステルとしては、例えば、安息香酸エステル、トルイル酸エステル、p−クロロ安息香酸エステル、p−メトキシ安息香酸エステル、フタル酸ジエステル、イソフタル酸ジエステル、テレフタル酸ジエステル、ナフトエ酸などの炭素数7〜20程度の芳香族カルボン酸のエステルなどが挙げられる。
複素環カルボン酸エステルは、窒素原子、酸素原子及び硫黄原子から選択される少なくとも1種の複素原子を含む複素環であって炭素数4〜9程度の複素環カルボン酸エステルである。このような複素環エステルとしては、例えばニコチン酸エステル、イソニコチン酸エステル、フランカルボン酸エステル、チオフェンカルボン酸エステルなどが挙げられる。
【0035】
原料として用いるカルボン酸エステルのアルコール部位(式(I)におけるORb部分)は特に限定されるものではなく、例えば、アルキルエステル、アルケニルエステル、シクロアルキルエステル、アリールエステル、アラルキルエステルなどが挙げられる。
アルキルエステルとしては、例えばメチルエステル、エチルエステル、プロピルエステル、イソプロピルエステル、ブチルエステル、イソブチルエステル、s−ブチルエステル、t−ブチルエステル、アミルエステル、イソアミルエステル、t−アミルエステル、ヘキシルエステル、オクチルエステル等が挙げられ、アルケニルエステルとしては、例えばビニルエステル、アリルエステル、イソプロペニルエステル等が挙げられる。また、シクロアルキルエステルとしては、シクロペンチルエステル、シクロヘキシルエステル、シクロプロピルエステル、シクロブチルエステル等が挙げられる。さらに、アリールエステルとしてはフェニルエステル、アラルキルエステルとしてはベンジルエステル等が挙げられる。
【0036】
これらのエステルのアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基は、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等)、炭素数1〜6のアルキル基、ヘテロ原子(窒素原子、酸素原子及び硫黄原子)等によって置換されていてもよい。
本発明においては、原料エステルとして活性エステル又はメチルエステルを使用することが好ましい。
活性エステルとは、アルキルエステルと比較して反応性の高いエステルを意味し、2,2,2-トリフルオロエチルエステル又は次式:
【0037】
【化8】
で示されるものが好ましい。
【0038】
(2)原料アルコール
本発明において、原料として用いられるアルコールは特に限定されるものではなく、種々のアルコールを使用でき、第1級アルコール、第2級アルコール、第3級アルコールのいずれであってもよい。また、原料アルコールは1価アルコール、2価アルコール、3価以上の多価アルコールのいずれであってもよい。原料アルコールの炭素数は、例えば、2〜30、好ましくは3〜20、さらに好ましくは4〜10である。
原料アルコールは、炭素骨格に、置換基(官能基)を有していてもよい。
【0039】
置換基としては、例えば、ハロゲン原子(フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等)、炭素数1〜6のアルキル基、炭素数1〜4のアルコキシ基(メトキシ、エトキシ、プロポキシ基、ブトキシ基等)等が挙げられる。
また、原料アルコールは、分子内に1又は2以上の環式骨格を有していてもよい。環式骨格を構成する環には、単環又は多環の非芳香族性又は芳香族性環が含まれる。単環の非芳香族性環としては、例えば、シクロペンタン環、シクロヘキサン環、シクロオクタン環、シクロデカン環などの3〜15員のシクロアルカン環、あるいはシクロペンテン環、シクロヘキセン環等の3〜15員のシクロアルケン環などが挙げられる。
【0040】
多環の非芳香族性環としては、例えば、アダマンタン環、ノルボルナン環などが挙げられる。単環又は多環の芳香族環としては、ベンゼン環、ナフタレン環、ピリジン環、キノリン環等の芳香族性炭素環、芳香族性複素環(例えば、酸素原子、窒素原子、硫黄原子から選択された少なくとも1種のヘテロ原子を有する芳香族性複素環等)が挙げられる。
【0041】
原料アルコールの代表的な例として、例えば以下のものが挙げられる。
脂肪族アルコール(置換基を有するものを含む):エタノール、1−ブタノール、2−ブタノール、tert−ブチルアルコール、アミルアルコール、t−アミルアルコール、1−ヘキサノール、2−ヘキサノール、1−オクタノール、2−エチル−1−ヘキサノール、イソデシルアルコール、ラウリルアルコール、セチルアルコール、ステアリルアルコール、エチレングリコール、1,3−ブタンジオール、トリメチロールプロパン等
脂環式アルコール:シクロペンタノール、シクロヘキサノール、メチルシクロヘキサノール、ジメチルシクロヘキシルアルコール、シクロヘキセニルアルコール、アダマンタノール、アダマンタンメタノール、1−アダマンチル−1−メチルエチルアルコール、1−アダマンチル−1−メチルプロピルアルコール、2−メチル−2−アダマンタノール、2−エチル−2−アダマンタノール等
【0042】
芳香族アルコール(置換基を有するものを含む):ベンジルアルコール、メチルベンジルアルコール、1−フェニルエタノール、2−フェニルエタノール等
アミノアルコール:ジメチルエタノールアミン、ジエチルエタノールアミン、ジプロピルエタノールアミン、6−アミノヘキサノール、trans−4−アミノシクロヘキサノール、プロリノール等
本発明においては、エタノール、tert−ブチルアルコール、シクロヘキサノール、ベンジルアルコール、アダマンタノール又はアミノアルコールが好ましい。
【0043】
(3)エステルの製造
本発明は、前記鉄サレン触媒を用いて、原料エステルと原料アルコールとのエステル交換反応を行うことを特徴とするエステル化合物の製造方法を提供する。
原料エステルと原料アルコールとのエステル交換反応は、溶媒の存在下又は非存在下で行うことができる。
溶媒を用いる場合の溶媒としては、エーテル系溶媒、ニトリル類、アミド系溶媒、飽和若しくは不飽和脂肪族炭化水素系溶媒、芳香族炭化水素系溶媒、ハロゲン化炭化水素系溶媒、又はポリマー系溶媒などを使用することができる。これらの溶媒の具体例を以下に示す。
【0044】
エーテル系溶媒:ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、1,2−ジメトキシエタン、シクロペンチルメチルエーテル、メチル−tert−ブチルエーテル等
ニトリル類:アセトニトリル、ベンゾニトリル、プロピオニトリル等
アミド系溶媒:ジメチルホルムアミド等
飽和又は不飽和脂肪族炭化水素系溶媒:ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン等
芳香族炭化水素系溶媒:ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン等
ハロゲン化炭化水素系溶媒:塩化メチレン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼン、ブロモベンゼン、ベンゾトリフルオリド等
ポリマー系溶媒:ポリエチレングリコール、シリコーンオイル等
【0045】
上記溶媒の中では、トルエンなどの芳香族炭化水素系溶媒を好ましく使用できる。
また、溶媒は単独で又は2種以上混合して使用することができる。
溶媒の使用量は、反応成分を溶解又は分散し得る限り特に限定されるものではなく、例えば、反応系に供給する原料エステル又は原料アルコール100重量部に対して、通常1〜100000重量部、好ましくは1〜10000重量部の範囲から選択することができる。
触媒としての鉄のサレン錯体の使用量は、反応成分の種類等により適宜調整することができ、例えば、原料エステル又は原料アルコール1モルに対して、通常1〜20モル、好ましくは2〜10モルである。
【0046】
原料エステルの使用量は、特に制限はなく、反応性、操作性等を考慮して適宜選択することができる。例えば、原料アルコール1モルに対して、例えば0.1〜100モル、好ましくは0.8〜10モル、さらに好ましくは0.8〜2モルである。
反応は、常圧下、減圧下(例えば、0.0001〜0.1MPa、好ましくは0.01〜0.1MPa)で行うことができるが、加圧下で反応してもよい。反応温度は、通常40〜150℃、好ましくは80〜140℃の範囲である。
【0047】
反応は、バッチ式、セミバッチ式、及び連続式のいずれの方法で行ってもよい。反応中に、原料アルコールに原料エステルを加える場合、又は原料エステルに原料アルコールを加える場合のいずれの場合において、添加する成分は逐次的に添加してもよく、間欠的に添加してもよい。
副生するアルコール、あるいは生成した目的エステルを、反応系から連続的に分離しつつ、反応を実施することも可能である。分離の手段としては、例えば抽出、蒸留(共沸蒸留等)、精留、分子蒸留、吸着、晶析などを用いることができる。
本発明においては、反応後、得られたエステルを、そのまま次の使用に供してもよいし、精製して用いてもよい。精製の方法としては、慣用の方法、例えば抽出、蒸留、精留、分子蒸留、吸着、晶析などを用いることができる。精製は、連続的であっても、非連続的(回分式)であってもよい。
【0048】
本発明の触媒を用いれば、tert−ブチルエステルを得ることができる点で特に好ましい。
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0049】
鉄サレン錯体の製造
まず反応活性種と考えられる鉄三価のサレン錯体の合成を行った(Scheme 4)。各種サレン配位子は定法に従い合成可能である。鉄(III)サレン錯体は、安価な硝酸(III) 9水和物を用いて容易に調整可能であった。現在のところ500mgのスケールにおいても再現性良く合成可能であり、その調整の容易さからグラムスケール以上においても問題はないものと考えられる。また同様の手法で、キラルなジアミンを用いてキラル鉄(III)サレン錯体の合成や、フェノールのベンゼン環に種々の置換基を導入した錯体の合成にも成功している。なおエチレンジアミンより合成された錯体の構造はX線結晶構造解析により同定することにも成功している(図2)。
【0050】
【化9】
【実施例2】
【0051】
本実施例では、活性エステルとしてp-methoxyphenyl esterを求電子剤としてアルコール、アミン存在下触媒の検討を行った。
実験手法を表1に示す。
【0052】
【表1】
【0053】
結果を以下に示す。
無触媒条件において反応はほとんど進行しないことを確認した(entry 1)。本発明者により開発された亜鉛クラスター触媒を用いたところ、収率は中程度ながらアルコール選択的に反応が進行した(entry 2)。価数の異なる塩化鉄をそれぞれ用いて反応を行ったところ、三価の塩化鉄において、中程度の収率にてエステルを得る結果となった(entries 3-5)。塩化鉄(III)を10mol%用いた場合、収率、選択性は共に向上した(entry 6)。臭化鉄(III)を用いた場合においても、塩化鉄(III)と同等の結果が得られた(entry 7)。その他のアニオン性配位子の異なる鉄触媒を用いたところエステルの収率は低いものであった(entries 8-10)。エステルとアルコールを同時に活性化しているメカニズムにて反応が進行しているのであれば、cis配位できない鉄のポルフィリン錯体を用いた場合、アルコール選択的には反応が進行できないと仮定し、鉄のポルフィリン錯体を用いて反応を行った(entry 11)。
【0054】
予想通り、アルコールが反応した目的物は得られなかった。さらに鉄のサレン錯体を用いて反応を行った。ジイソプロピルエーテル溶媒(bp = 69 °C)ではエステルの収率は24%と低かったが(entry 12)、錯体の溶解性に問題があると考え、トルエン(bp = 111 °C)溶媒へと変更し、より高温条件下にて反応を行ったところ、最も高い収率、選択性でエステルを得ることに成功した(entry 13)。
【実施例3】
【0055】
鉄サレン錯体をトルエン溶媒中用いた場合に良好な結果が得られたため、更なる反応条件の最適化を行った(Table 2)。
【0056】
【表2】
トルエン溶媒において、触媒を用いなかった場合、アミンが反応しアミドを3%得る結果となった(entry 1)。反応の進行に伴いアルコールが消費されるため、アルコールに対してアミンが過剰量存在することを防ぐ為に、求核剤を2当量用いて実験を行った。その結果、エステルの収率は71%となったがアミドの収率も増加し、選択性は低下した(entry 3)。また、触媒量を10mol%用いたところ収率、選択性は向上した(entry 4)。反応を完結させるため、反応時間を延長したところ、エステルよりもアミドの収率が大きく増加した(entry 5)。そのため、反応の進行に伴い、生成する4-メトキシフェノールが反応を阻害しているのではないかと考えた。そこで、反応開始時に1当量の4-メトキシフェノールを添加し、反応を行った(entry 6)。その結果、エステルの収率は大きく低下し、アミドの収率は増加したため、本反応では4-メトキシフェノールにより、アルコール選択的な反応は阻害されることが明らかとなった。
【実施例4】
【0057】
p-Methoxyphenyl esterでは、反応により生成する4-メトキシフェノールにより反応が阻害されることがわかったため、次に異なる活性エステルを用いて検討を行うこととした(Table 3)。
【0058】
【表3】
そこでGrimme、Studerらによってアルコール選択的アシル化反応が報告されている2,2,2-trifluoroethyl esterを用いて反応を行うことにした3。まず、触媒を用いず、バックグラウンド反応の測定を行ったところ、アミドの生成は5%と低いものであった(entry 1)。続いて触媒存在下、トルエン溶媒を用いて反応を行ったところ、2時間で99%という高い収率でエステルを選択的に合成することに成功した(entry 2)。また、反応開始時に1当量のトリフルオロエタノールを添加しても、エステルを87%という高い収率、また高い選択性で得ることに成功した(entry 3)。シクロへキシルアミンが鉄のサレン錯体へ影響を与えているのか検討するため、アミン非存在下で反応を行ったところ、アミン存在下の方がわずかながら良い結果を与えた(entries 4 and 5)。これはアミンによって溶解性が向上したためであると考えられる。
【0059】
求電子剤として2,2,2-trifluoroethyl esterを用いた場合、鉄のサレン錯体を触媒として用いることで2時間という短い時間にて、目的とするエステルを高収率かつ高化学選択的に得ることに成功した。
【実施例5】
【0060】
サレン錯体の溶解性の検討
これまで用いてきたサレン錯体はトルエン溶媒を用いた場合、高収率、高選択的にエステルを得ることに成功した。しかしながら、溶解性などの問題から、高温条件が必要であった。そこで配位子に置換基を導入することで、溶解性及び触媒活性の向上が期待されるため検討を行った(Table 4)。
【0061】
【表4】
【0062】
反応温度が80°Cの場合、置換基を導入していない配位子ではエステルを25%得る結果となった(entry 1)。メチル基やメトキシ基を有する錯体を用いた場合、あまり差は見られず(entries 2 and 4)、電子求引基であるクロロ基を有する錯体では、収率は低下した(entry 3)。ヘキシルオキシ基を有する錯体では、溶解性が向上したためか、中程度の収率でエステルを得ることに成功した(entry 5)。
【0063】
さらにtert-ブチル基をもつ錯体では、溶媒としてクロロベンゼンを用いたところ、98%という高い収率でエステルを得ることに成功した(entry 6)。tert-ブチル基を4位にもつ錯体では、エステルの収率は中程度となった(entry 7)。また、メチル基を5位にもつ錯体においても収率は中程度となった(entry 8)。tert-ブチル基を有する錯体は、高い収率を与えていたため、5位にtert-ブチル基を有する錯体を用いて反応を行ったが、反応は進行しなかった(entries 9 and 10)。これは金属に近い部分にかさ高い置換基が存在することで反応が進行しにくくなると考えられる。不斉を有するキラル錯体を用いて反応を行ったが、溶解性が悪く、反応性の向上は確認されなかった(entry 11)。
【0064】
【化10】
【0065】
ここで亜鉛クラスター触媒との比較実験を行った(Scheme 5)。亜鉛クラスター触媒に関しても溶媒検討を行ったところ、鉄サレン触媒と同様にトルエン溶媒が最適であった。最適条件下反応を行ったところ、亜鉛触媒ではアミドが6%生成し、鉄サレン触媒と比較して化学選択性の低下が確認された。以上の結果は、鉄サレン触媒が活性エステルの化学選択的エステル交換反応において優れた触媒であることを示すものである。
【実施例6】
【0066】
鉄サレン触媒が有用な触媒であることを見出したので、続いて基質一般性の検討を行った(Table 5)。
【0067】
【表5】
【0068】
ベンジルアルコール、ベンジルアミンを用いても反応は良好に進行し、高い収率、選択性でエステルを得ることに成功した。また、既存の化学選択的触媒的反応では適用が困難であった立体的にかさ高い3級のアダマンタノールとアマンタジンを用いて反応を行ったところ、高温条件下、反応時間を延長することで高い収率でエステルを得ることに成功した。4-アミノフェノールを用いても反応は進行し、NMR収率ではエステルの収率は98%となった。このような求核性の低いフェノールを用いた化学選択的な反応は報告例が無く特筆に値する。
【0069】
さらに本触媒は活性エステルのみならずメチルエステルにも適用可能であることを見出した。すなわち、シクロキサノール及びシクロヘキシルアミン共存下、芳香族エステル、脂肪族エステル共に円滑に反応が進行し、高収率かつ高化学選択的に目的とするエステルを得ることに成功した(Table 6)。以上のことより、既存の触媒と比較して本触媒は極めて広範な基質一般性を有していることを示せた。
【0070】
【表6】
【実施例7】
【0071】
tert-ブチルエステルの合成
さらなる本触媒の有用性を示すべく、既存の触媒的エステル交換反応では適用が困難であったtert-ブチルエステルの合成を行った。種々検討の結果、Scheme 6に示すように5当量のtert-ブチルアルコールを用いることで良好な収率にて有機合成化学上有用なtert-ブチルエステルを良好な収率にて得ることに成功した。またペプチド合成において汎用されるアミノ酸誘導体のtert-ブチルエステルも良好な収率にて得ることに成功しており、今後様々なキラルアミノ酸誘導体への適用が期待される。本合成手法は、気体であるイソブテンを用いる既存の合成法と比較して、ユーザーフレンドリーな合成手法であると考えられる。また亜鉛クラスター触媒ではtert-ブチルアルコールの適用が困難であったため、本触媒が高い化学選択性のみならず、極めて高活性であることを示唆するものである。
【0072】
【化11】
【実施例8】
【0073】
本実施例では、鉄サレン触媒を用いてエナンチオ選択的な反応への適用の検討を行った。
本触媒では、キラルなジアミンを用いることで容易にキラルな配位子が合成可能である。予備的な検討において、Table 7に示す反応において有意なエナンチオ選択性の発現を確認できた。さらに興味深いことに、より安定で調製が容易な、三価の鉄錯体を調製し反応を行ったところ、二価の鉄触媒と遜色無い結果を与えた。本結果は三価の鉄錯体も高い触媒活性能を有している可能性、あるいは二価の鉄触媒を用いた際にも反応系中にて三価の鉄触媒が生成していること示唆するものである。今後は更なる三価の鉄触媒や、エンナンチオ選択的反応の検討が期待される。
【0074】
【表7】
【実施例9】
【0075】
本実施例では、亜鉛クラスター触媒と鉄(II)サレン錯体、鉄(III)サレン錯体の触媒活性の比較検討を行った(Table 8)。その結果、亜鉛クラスターや鉄(II)サレン錯体と比較して、鉄(III)サレン錯体が収率及びヒドロキシ基選択性ともに優れていることがわかった。
【0076】
【表8】
【実施例10】
【0077】
本実施例では、鉄(III)サレン錯体の基質一般性の確認を行った(Table 9)。
これまでは、アルコールとアミンをそれぞれ加えて選択性の評価を行っていたのに対し、今回はより実践的なアミノアルコールを求核剤として検討を行っている。構造的に等価なヒドロキシ基とアミノ基を持つ6-アミノヘキサノールやtrans-4-アミノシクロヘキサノール用いた場合、高収率かつ高選択的に目的物が得られている。またより求核性の高い二級アミノ基を有している基質を用いた場合においても、選択性の低下を伴うことなく、定量的に目的物を得ることに成功している。
【0078】
【表9】
【実施例11】
【0079】
本実施例では、求核剤としてtert-ブチルアルコールを用いたメチルエステルのエステル交換反応の検討を行った(Table 10)。本反応はこれまで触媒反応の報告例がない。各種置換基を有するサレン錯体の検討を行ったところ、現在のところ置換基を有していない錯体が最も良い結果を与えた(entry 1)。一方で、本反応においても鉄(III)サレン錯体は、鉄(II)サレン錯体より反応性が高いことがわかった(entry 6)。また配位子のイミン部位を還元したサラン錯体では収率が著しく低下した(entry 7)。さらに鉄以外のサレン錯体を用いて検討を行ったところ、ニッケル、コバルトでは反応がほとんど進行せず、鉄とサレン配位子の組み合わせが重要であることが示唆された(entries 8 and 9)。
【表10】
【実施例12】
【0080】
以上の結果を踏まえ、本実施例では、無置換の鉄(III)サレン錯体を用いて基質一般性の確認を行った(Table 11)。
3−フェニルプロピオン酸メチルを用いた場合、触媒量を鉄10mol%と増やすことでほぼ定量的に反応が進行した。またN-保護グリシンのメチルエステルも、それぞれ良好な収率で目的物を得た。さらに光学活性アミノ酸を用いて検討を行った。Boc-Phe-OMeを用いた場合では、光学純度を損なうことなく目的物を得ることに成功した。また、よりラセミ化しやすいフェニルグリシンを用いた場合においても、若干の光学純度の低下は確認されるものの、中程度の収率で目的物を得た。以上の結果は本鉄触媒が様々なキラルアミノ酸等のtert-ブチルエステル合成に有用であることを示唆するものである。
【0081】
【表11】
図1
図2