(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ポリアクリロニトリル系前駆体繊維を耐炎化処理し得られた耐炎化繊維を炭素化処理する炭素繊維の製造方法であって、耐炎化繊維を、350〜550℃の処理温度で、1.00倍より低い延伸倍率で第1炭素化処理し第1炭素化繊維を得、前記第1炭素化繊維を、650〜850℃の処理温度で、1.00倍より低い延伸倍率で第2炭素化処理した後、さらに1000℃以上の処理温度で第3炭素化する炭素繊維の製造方法。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、比強度・比弾性率に優れ、軽量であるため、熱硬化性及び熱可塑性樹脂の強化繊維として、従来のスポーツ・一般産業用途だけでなく、航空・宇宙用途、自動車用途など、幅広い用途に利用されるようになってきている。利用用途が拡大されるにつれ、炭素繊維強化樹脂複合材料(以下コンポジットとも称する)には、さらに高い性能が求められている。
【0003】
炭素繊維強化樹脂複合材料は、引張応力や曲げ応力等に対しては優れた強度を示す一方で、衝撃に対する強度が低く、これが欠点となっている。特に航空機用炭素繊維としては、耐衝撃強度の大きいこと、特に損傷許容性に重点をおいた衝撃後の残存圧縮強度(以下、CAIと略記する。)の高いことが必須性能として要求されている。そのため、コンポジットの耐衝撃性を向上させるため、さまざまな改善策が検討されてきた。
【0004】
例えば、衝撃を受けた際の炭素繊維と樹脂の界面剥離を抑制することを目的として、炭素繊維と樹脂の接着性を向上させるため、炭素繊維に表面処理を施す方法(例えば、特許文献1)や、サイジング剤を均一に付着させる方法(例えば、特許文献2)などが提案されている。しかし、炭素繊維と樹脂の接着性を向上させる方法では、炭素繊維と樹脂の界面剥離が抑制される一方で、界面剥離により緩和されていた衝撃応力がそのまま繊維に伝わってしまうという問題が新たに生じてしまう。
【0005】
通常、炭素繊維はコンポジットの面方向に配向しているため、コンポジットに対する衝撃応力は、炭素繊維に対して、繊維断面方向への圧縮応力として働く。一般的に炭素繊維はグラファイト結晶が繊維軸方向に配向しているため、繊維軸方向の引張強度には優れるが、繊維断面方向への圧縮応力に対しては弱く破断しやすい。そのため、コンポジットに対する衝撃応力が繊維に伝わると、炭素繊維自体が損傷し、コンポジット強度は低下してしまう。その結果、炭素繊維と樹脂の接着性を向上させる方法では、得られるコンポジットの耐衝撃強度、特にCAIが十分ではない。
【0006】
一方、特許文献3では、衝撃を吸収しコンポジットの耐衝撃性を向上させるため、引張弾性率の低い炭素繊維が提案されている。しかし、炭素繊維の引張弾性率が低いと、得られるコンポジットの剛性が低下するため、炭素繊維による補強効果や軽量化効果が低下してしまう。
そのため、炭素繊維による補強効果や軽量化効果を低下させることなく、耐衝撃性に優れた複合材料を与える、繊維断面方向の圧縮強度に優れた炭素繊維が求められている。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の炭素繊維は、ヘリウム充填法を用いてフィラメントの状態で測定した炭素繊維密度A(g/cm
3)と、炭素繊維を体積平均粒子径0.5μmに粉砕して測定するヘリウム充填法による炭素繊維密度B(g/cm
3)とが下記不等式(1)を満たし、かつ、結晶配向度が80%以下の炭素繊維である。
A/B≦0.9・・・(1)
【0014】
本発明の炭素繊維は、密度比(A/B)が0.90以下であるため、繊維断面方向の圧縮強度に優れ、耐衝撃性に優れた複合材料を得ることができる。本発明において、密度比(A/B)の下限は特に制限されないが、0.80以上であると高強度の炭素繊維がより得られやすいため好ましい。密度比(A/B)は0.85〜0.89であることがより好ましい。
【0015】
フィラメントの状態で測定した密度(A)は、ボイド等の内部の密閉された空隙の影響を含んだ繊維の密度である。一方、炭素繊維のフィラメントを体積平均粒子径0.5μmに粉砕した状態でヘリウム充填法により測定した炭素繊維密度(B)は、繊維内部のボイドが露出されるため、繊維構造に含まれるボイドの影響が取り除かれた純粋な結晶構造部の密度を示している。そのため、フィラメントの状態で測定した密度(A)と粉砕試料を用いて測定した密度(B)の比をとった密度比(A/B)は、炭素繊維内部のボイド量を表す値である。すなわち、A/Bが1に近づく程、炭素繊維内部のボイドは少なくなる。
【0016】
従来、高性能の複合材料を得るためには、ボイドの少ない炭素繊維が必要と考えられていた。しかし、本発明者らは、驚くべきことに、密度比(A/B)は0.90以下というボイドを多く含む炭素繊維が、かえって耐衝撃性に優れた高性能の複合材料を与えることを見出した。
【0017】
さらに、本発明の炭素繊維は、炭素繊維の結晶配向度が80%以下との要件を満たしているので、繊維構造を形成する結晶の配向性が低く結晶同士が絡み合った構造となり、結晶同士が互いに亀裂伸張を抑制し、高い靭性を示す。本発明において、結晶配向度の下限は特に制限されないが、70%以上であるとより高い炭素繊維強度が得られやすいため好ましく、75%以上であることがより好ましく、78%以上であることが更に好ましい。
【0018】
本発明において、炭素繊維の単繊維直径は5〜10μmが好ましく、6〜9μmが生産性の点からより好ましい。単繊維直径が大きすぎる場合は、炭素繊維の強度が低下しやすい傾向がある。
また、炭素繊維をストランドの状態で測定するストランド引張強度については、炭素繊維強化複合材料の性能を高めるために、5000〜10000MPaであることが好ましい。また、ストランド引張弾性率は200〜500GPaであることが好ましく、230〜400GPaであることがより好ましい。
【0019】
本発明において、炭素繊維の単繊維圧縮強度は、1600MPa以上であることが好ましく、1600〜3000MPaであることがより好ましい。
上記のような本発明の炭素繊維は、繊維が大きく弾性変形することができ、また、繊維に亀裂が伝播しにくく、破断しにくい。そのため、本発明の炭素繊維を複合材料に用いた場合、耐衝撃性に優れた複合材料を得ることができる。
【0020】
本発明の炭素繊維は、本発明の炭素繊維の製造方法により製造することができる。本発明の炭素繊維の製造方法は、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維を耐炎化処理し得られた耐炎化繊維を炭素化処理する炭素繊維の製造方法であって、耐炎化繊維を、350〜550℃の処理温度で、1.00倍より低い延伸倍率で第1炭素化処理し第1炭素化繊維を得、前記第1炭素化繊維を、650〜850℃の処理温度で1.00倍より低い延伸倍率で第2炭素化処理した後、さらに1000℃以上の処理温度で第3炭素化する炭素繊維の製造方法である。
【0021】
炭素化処理において、特定の温度条件で延伸を施すことで、繊維を形成する分子の引き揃え性が向上し、結晶の配向度が高い炭素繊維が得られる。しかし、このような構造の炭素繊維は、高強度である一方、破断は脆性的で、ほとんど変形なく破断に至る。
本発明では、炭素化処理工程において、延伸緩和を特定の2段階の温度領域で行うことで、繊維内部にサブミクロンサイズの空隙を多数含む構造を形成させ、さらに、繊維構造を形成する結晶の配向度を低くし、結晶同士が絡み合った構造を形成させ、繊維断面方向への圧縮応力に対して優れた耐性を示す炭素繊維を得ることができる。
【0022】
本発明では、延伸緩和を350〜550℃と650〜850℃の2段階の温度領域で行う。350〜550℃の温度領域は、耐炎化繊維の酸化安定化構造から分子が再配置し、炭素化初期の微結晶を形成する温度領域にあたる。この温度領域で延伸を緩和する、すなわち、1.00倍より低い延伸倍率、好ましくは0.80〜0.99倍、より好ましくは0.90〜0.96倍とすることで、細孔を多く含む中間繊維ができる。この多孔質の中間繊維は、続く高温炭素化工程において、大きく収縮する収縮応力を備えさせた中間繊維(第1炭素化繊維)である。
【0023】
炭素化初期の微結晶の形成反応は、第1炭素化繊維の炭素含有量が65質量%を超える時点でほぼ終結するため、炭素化初期の延伸緩和処理は、第1炭素化繊維の炭素含有量を60〜65質量%に保って行うことが好ましい。本発明では第1炭素化処理を350〜550℃の処理温度に保っているため、第1炭素化繊維の炭素含有量を60〜65質量%に保って延伸緩和処理を行うことができる。処理温度が350℃より低いと炭素化初期の微結晶の形成反応が起こらず、一方、処理温度が550℃を超えると、第1炭素化繊維の炭素含有量が65質量%を超えるため、炭素化初期の微結晶の形成反応中に十分な延伸緩和処理を行うことができない。処理温度は400〜500℃であることがより好ましい。
【0024】
350〜550℃の温度領域での炭素化処理時間は、処理温度に応じて、得られる中間繊維の炭素含有量が65質量%以下となる範囲で適宜調節することが好ましいが、十分な延伸緩和処理を行うために、10〜1000秒であることが好ましく、150〜800秒であることがより好ましく、200〜600秒であることが特に好ましい。また、350〜550℃の温度領域での炭素化処理時間と、続く650〜850℃の温度領域での炭素化処理時間の比が2〜10であると、繊維内部に空隙を多数含む構造をより形成しやすくなるため好ましい。350〜550℃の温度領域での炭素化処理時間と、650〜850℃の温度領域での炭素化処理時間の比は、3〜5であることがより好ましい。
【0025】
本発明においては、第1炭素化繊維を引き続いて、第2炭素化処理として、650〜850℃の温度領域で、1.00倍より低い延伸倍率、好ましくは0.80〜0.99倍、より好ましくは0.90〜0.96倍で延伸緩和処理して中間繊維(第2炭素化繊維)を得る。650〜850℃の温度領域で延伸緩和処理を行うことで、得られる炭素繊維の結晶配向度を大幅に抑制することができる。
【0026】
第2炭素化処理での結晶構造の形成反応は、炭素含有量が80質量%以下の時点で顕著であるため、炭素含有量を70〜80質量%に保って行うことが好ましい。650〜850℃の温度領域であれば、第2炭素化繊維の炭素含有量を70〜80質量%に保って延伸緩和処理を行うことができる。処理温度が650℃より低いと結晶構造の形成反応が起こらず、一方、処理温度が850℃を超えると、第2炭素化繊維の炭素含有量が80質量%を超えるため、結晶構造の形成反応中に十分な延伸緩和処理を行うことができない。処理温度は700〜800℃であることがより好ましい。
【0027】
650〜850℃の温度領域での炭素化処理時間は、処理温度に応じて、得られる中間繊維の炭素含有量が80質量%以下となる範囲で適宜調節することが好ましく、10〜1000秒であることが好ましく、60〜600秒であることがより好ましく、100〜300秒であることが特に好ましい。また、650〜850℃の温度領域での炭素化処理時間と、1000℃以上の温度領域での炭素化処理時間の比が1.5〜5であると、中間繊維の配向度が安定し、繊維断面方向への圧縮応力に対して優れた耐性を示す炭素繊維がより得やすくなるため好ましい。650〜850℃の温度領域での炭素化処理時間と、1000℃以上の温度領域での炭素化処理時間の比は、2〜3であることがより好ましい。
【0028】
本発明においては、第2炭素化繊維を引き続いて1000℃以上、好ましくは1000〜1600℃の第3炭素化炉で第3炭素化処理される。第3炭素化における延伸倍率は0.90〜1.10であることが好ましい。1000℃以上の温度領域での炭素化処理時間は、10〜500秒であることが好ましく、20〜300秒であることがより好ましく、50〜150秒であることが特に好ましい。
【0029】
本発明において用いる耐炎化繊維は、高強度・高弾性率の炭素繊維を得るために、繊維密度が1.34〜1.40g/cm
3の耐炎化繊維であることが好ましい。
上記のような本発明の製造方法で得られる炭素繊維は、繊維断面方向への圧縮応力に対して優れた耐性を有しているため、衝撃を加えられても、炭素繊維が破断しにくく、耐衝撃性に優れた複合材料を得ることができる。
以下、本発明の炭素繊維の製造方法について、より詳細に説明する。
【0030】
<前駆体繊維>
本発明に用いる前駆体繊維は、アクリロニトリルを好ましくは90質量%以上、より好ましくは95〜99質量%含有し、その他の単量体を10質量%以下、より好ましくは1〜10質量%含有する単量体を単独又は共重合した紡糸溶液を紡糸することにより製造できる。その他の単量体としてはイタコン酸、(メタ)アクリル酸エステル等が例示される。紡糸後の原料繊維を、水洗、乾燥、延伸、オイリング処理することにより、前駆体繊維が得られる。このとき、トータル延伸倍率が5〜15倍になるようスチーム延伸することが好ましい。前駆体繊維のフィラメント数は、製造効率の面では1000フィラメント以上が好ましく、12000〜100000フィラメントがより好ましい。また、前駆体繊維の単繊維繊度は、得られる炭素繊維の強度の観点から、0.8〜1.5dtexであることがより好ましく、1.2〜1.4dtexであることが更に好ましい。
【0031】
<耐炎化処理>
得られた前駆体繊維は、加熱空気中200〜260℃で10〜100分間耐炎化処理することで、耐炎化繊維とすることができる。この時、延伸倍率0.85〜1.15の範囲で処理することが好ましく、高強度・高弾性率の炭素繊維を得るためには、0.95〜1.10の範囲の延伸倍率で処理することがより好ましい。この耐炎化処理は、耐炎化時の張力(延伸配分)は特に限定されるものでは無い。耐炎化処理に先立って、200〜260℃、延伸比0.90〜1.00で予備熱処理してもよい。
高強度・高弾性率の炭素繊維を得るためには、かかる耐炎化処理により得られる耐炎化繊維の繊維密度を1.34〜1.40g/cm
3とすることが好ましい。耐炎化繊維の繊維密度は、耐炎化温度及び/または、耐炎化時間を適宜調節することで制御できる。
【0032】
<炭素化処理>
このようにして得られた耐炎化繊維を上述の350〜550℃の処理温度で、1.00倍より低い延伸倍率で第1炭素化処理し第1炭素化繊維を得、第1炭素化繊維を650〜850℃の炭素化炉で1.00倍より低い延伸倍率で第2炭素化処理する方法により、第1及び第2炭素化処理を行う。第1及び第2炭素化工程においては、処理温度を、好ましくは50℃以内、より好ましくは30℃以内の温度幅に温度変動率を保った一定の温度で処理を行うことが、得られる中間繊維の構造を安定させるために好ましい。
第2炭素化処理により得られた第2炭素化繊維は、よりグラファイト化(炭素の高結晶化)を進める為に、窒素等の不活性ガス雰囲気下1000℃以上、好ましくは1000〜1600℃の第3炭素化炉で第3炭素化処理される。第3炭素化における延伸倍率は0.90〜1.10であることが好ましい。より高い弾性率が求められる場合は、さらに2000〜3000℃の高温で黒鉛化処理を行ってもよい。
【0033】
<表面酸化処理>
炭素繊維に対して、マトリクス樹脂との接着性を高めるために、表面処理を行うことが好ましい。本発明において、表面処理の方法は特に限定されないが、処理効率の観点から、表面処理電解液中で表面酸化処理を施す電解表面処理が好ましい。電解表面処理において、炭素繊維にかかる電気量は、目的の表面官能基量になるよう適時調節すればよいが、炭素繊維1gに対して50〜500クーロンになる範囲とすることが好ましい。炭素繊維1gにかかる電気量をこの範囲で調節すると、繊維としての力学的特性に優れ、かつ、樹脂との接着性の向上した炭素繊維を得やすい。一方、炭素繊維にかかる電気量が低すぎる場合は、樹脂との接着性が低下しやすい傾向にあり、電気量が高すぎる場合は、繊維強度が低下しやすい傾向にある。
【0034】
電解液としては、無機酸または無機塩基及び無機塩類の水溶液を用いることが好ましい。電解質として、例えば、硫酸、硝酸などの強酸を用いると表面処理の効率がよく好ましい。また、電解質として、例えば、硫酸アンモニウムや炭酸水素ナトリウムなどの無機塩類を用いると、無機酸や無機塩基を用いる場合と比較して、電解液の危険性が低いため好ましい。
【0035】
電解液の電解質濃度は0.1規定以上が好ましく、0.1〜1規定がより好ましい。電解質濃度が低すぎる場合は、電解液の電気伝導度が低いために、電解処理に適しにくい傾向があり、一方で、電解質濃度が高すぎる場合は、電解質が析出し、濃度の安定性が低くなる傾向がある。
電解液の温度は、高いほど電気伝導性を向上させるため、処理を促進させることができる。一方で、電解液の温度が高くなると、水分の蒸発による濃度の変動等により、時間変動なく均一な条件を提供するのが難しくなるため、15〜40℃の間が好ましい。
【0036】
<サイジング処理>
表面処理された炭素繊維は、マトリクス樹脂との接着性を高めるために、サイジング処理されることが好ましい。サイジング処理に用いるサイジング液におけるサイズ剤の濃度は、10〜25質量%が好ましく、サイズ剤の付着量は、0.1〜10質量%が好ましい。炭素繊維に付与されるサイズ剤は、特に限定されず、例えば、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、ビニルエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエーテル樹脂、アクリル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリイミド樹脂やその変性物が挙げられる。なお、複合材料のマトリックス樹脂に応じ、適したサイズ剤を適宜選択することができる。また、このサイズ剤は二種類以上を組み合わせて使用することも可能である。サイズ剤付与処理は、通常、乳化剤等を用いて得られる水系エマルジョン中に炭素繊維を浸漬するエマルジョン法が用いられる。また、炭素繊維の取扱性や、耐擦過性、耐毛羽性、含浸性を向上させるため、分散剤、界面活性剤等の補助成分をサイズ剤に添加しても良い。
【0037】
上記のような製造方法で得られる炭素繊維は、繊維内部に空隙を多数含むため、圧縮応力が負荷された際に、繊維が大きく弾性変形することができ、さらに結晶の配向性が低く結晶同士が絡み合った構造であり、結晶同士が相互に亀裂伸張を抑制するため、圧縮応力が負荷された際にも、繊維に亀裂が伝播しにくく、破断しにくく、繊維断面方向への圧縮応力に対して優れた耐性を示す。そのため、かかる炭素繊維を複合材料に用いた場合、衝撃を加えられても、炭素繊維が破断しにくいため、耐衝撃性に優れた複合材料を得ることができる。
【0038】
本発明の炭素繊維を用い、マトリックス樹脂と組み合わせ、例えば、オートクレーブ成形、プレス成形、樹脂トランスファー成形、フィラメントワインディング成形など、公知の手段・方法により、本発明のもう一つの態様である複合材料が得られる。
炭素繊維は、通常、シート状の強化繊維材料として用いられる。シート状の材料とは、繊維材料を一方向にシート状に引き揃えたもの、繊維材料を織編物や不織布等の布帛に成形したもの、多軸織物等が挙げられる。
【0039】
マトリックス樹脂としては、熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂が用いられる。熱硬化性マトリックス樹脂の具体例として、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ビニルエステル樹脂、シアン酸エステル樹脂、ウレタンアクリレート樹脂、フェノキシ樹脂、アルキド樹脂、ウレタン樹脂、マレイミド樹脂とシアン酸エステル樹脂の予備重合樹脂、ビスマレイミド樹脂、アセチレン末端を有するポリイミド樹脂及びポリイソイミド樹脂、ナジック酸末端を有するポリイミド樹脂等を挙げることができる。これらは1種又は2種以上の混合物として用いることもできる。中でも、耐熱性、弾性率、耐薬品性に優れたエポキシ樹脂やビニルエステル樹脂が、特に好ましい。これらの熱硬化性樹脂には、硬化剤、硬化促進剤以外に、通常用いられる着色剤や各種添加剤等が含まれていてもよい。
【0040】
熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリプロピレン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、芳香族ポリアミド、芳香族ポリエステル、芳香族ポリカーボネート、ポリエーテルイミド、ポリアリーレンオキシド、熱可塑性ポリイミド、ポリアミド、ポリアミドイミド、ポリアセタール、ポリフェニレンオキシド、ポリフェニレンスルフィド、ポリアリレート、ポリアクリロニトリル、ポリアラミド、ポリベンズイミダゾール等が挙げられる。
【0041】
複合材料中に占める樹脂組成物の含有率は、10〜90重量%、好ましくは20〜60重量%、更に好ましくは25〜45重量%である。
本発明の複合材料は、衝撃を加えられても、炭素繊維が破断しにくいため、耐衝撃性に優れている。そのため、例えば自動車部材、航空機部材、圧力容器、スポーツ部材などに好適に用いられる。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例及び比較例により具体的に説明する。また、各実施例及び比較例における繊維の物性についての評価方法は以下の方法により実施した。
【0043】
<炭素含有量>
中間繊維の炭素含有量はFISONS社製の元素分析装置「EA1108」を用いて次の手順により元素分析を行い求めた。中間繊維を完全に燃焼させて、有機物であるCを二酸化炭素(CO
2)に、Nを窒素分子(N
2)に(Nは燃焼だけでは一部窒素酸化物にもなるため、還元部でN
2に変換する)、Hを水(H
2O)に変換し、ガスクロマトグラフ方式を用いて、CO
2、N
2、H
2O量を測定することで炭素含有量(質量%)を求めた。
【0044】
<ストランド引張強度、弾性率>
JIS R−7608に準じてエポキシ樹脂含浸ストランドの引張強度および引張弾性率を測定した。
【0045】
<フィラメントの繊維密度>
炭素繊維ストランドから切り出したフィラメント状の試料を用いて、Micromeritics社製「AccuPyc 1330」を用い、ヘリウム充填法により密度を測定した。測定には10ccの測定セルを用い、0.5gの測定試料を用いた。
【0046】
<粉砕後繊維密度>
炭素繊維ストランドを、液体窒素中、ボールミル粉砕によって、体積平均粒子径が0.5μmとなるまで凍結粉砕した。得られた粉砕試料のMicromeritics社製「AccuPyc 1330」を用い、ヘリウム充填法により測定した。測定には10ccの測定セルを用い、0.5gの測定試料を用いた。粉砕密度は、繊維構造に含まれるボイドの影響を除いた、純粋な結晶構造部の密度を示す。
【0047】
<配向度>
株式会社リガク製 X線回折装置「RINT2000」を使用し、透過法により面指数(002)の回折ピーク角度(2θ)を円周方向にスキャンして得られる二つのピークの半値幅H
1/2及びH’
1/2(強度分布に由来)から下式(2)を用いて結晶配向度を算出した。
配向度(%)=100×[360−(H
1/2−H’
1/2)]/360 ・・・(2)
H
1/2及びH’
1/2:半値幅
【0048】
<単繊維圧縮強度>
単繊維圧縮強度は、繊維断面方向に圧縮応力を印加して測定する。スライドガラス上に炭素繊維の単繊維を固定し、株式会社島津製作所製 微小圧縮試験機「MCTM−200」を用い、上記サンプルの単繊維の表面に、圧子を負荷速度0.071mN/sec(7.25mgf/sec)で押しつけ、単繊維表面が破断した時点の荷重(P)を測定し(n=10で測定)、下式(3)に従い単繊維圧縮強度を求めた。圧子には直径50μmの円形平面状の圧子を用いた。
単繊維圧縮強度(Pa)=2P/(π×L×d)・・・(3)
P:破断荷重(N)
L:圧子直径(mm)
d:繊維直径(mm)
【0049】
<プリプレグの調製>
炭素繊維束を一方向に引き揃えて並べ、炭素繊維シート(目付け190g/m
2)をとした。液状ビスフェノール型エポキシ樹脂「jER 828」(製品名:三菱化学株式会社製)70重量部、多官能エポキシ樹脂「jER 604」(製品名:三菱化学株式会社製)30重量部と、芳香族アミン系硬化剤である4,4’−ジアミノジフェニルスルホン(和歌山精化工業株式会社製、製品名:「セイカキュアS」)30重量部、ポリエーテルスルホン(住友化学株式会社製、製品名:「スミカエクセル 5003P」)30重量部を混練し、プリプレグ用エポキシ樹脂組成物を作成した。得られたエポキシ樹脂組成物を、ナイフコーターを用いて離型紙上に塗布し、樹脂フィルムを作成した。次に前記炭素繊維シートに樹脂フィルム2枚を炭素繊維の両面から重ね、90℃で加熱加圧して樹脂組成物を含浸させ、一方向プリプレグ(硬化温度180℃、樹脂含有率33%)を作製した。
【0050】
<衝撃後圧縮強度(CAI)>
一方向プリプレグを、[+45°/0°/−45°/90°]
3Sの擬似等法に積層した。オートクレーブ中で温度180℃、圧力0.6MPaで2時間加熱硬化し、繊維強化プラスチック板材(CFRP板材)を得た。
得られたCFRP板材を、JIS K−7089(1996)に従い、0°方向が152.4mm、90°方向が101.6mmの長方形に切り出し、試験片とした。
得られた試験片の中央に落錘衝撃(30.5Jの衝撃エネルギー)を与えた。衝撃試験は落錘型衝撃試験機(Datapoint Lab社製「Dynatup GRC−8250」)を用いて、衝撃後、供試体の損傷面積は、超音波探傷試験機(日本クラウトクレーマー株式会社製「SDS−Win3600」)にて測定した。
衝撃後、供試体の強度試験は、供試体の上から25.4mmでサイドから25.4mmの位置に、歪みゲージを左右各1本ずつ貼付し、同様に表裏に合計4本/体の歪みゲージを貼付た後、精密万能試験機(株式会社島津製作所製「オートグラフ AG−100TB」)のクロスヘッド速度を1.3mm/min.とし、供試体の破断まで圧縮荷重を負荷し衝撃後圧縮強度(CAI)を測定した。CAIは300MPa以上が好ましい。
【0051】
[実施例1〜6、比較例1〜6]
前駆体繊維であるポリアクリロニトリル繊維(単繊維繊度1.2dtex、フィラメント数24000)を、空気中255℃で、繊維密度1.38になるまで耐炎化処理を行った。次いで窒素ガス雰囲気下、表1に記載の処理温度に保った第1炭素化炉において、表1に記載の延伸倍率で360秒間第1炭素化処理を行った。次いで、窒素雰囲気下、表1に記載の処理温度に保った第2炭素化炉において、表1に記載の延伸倍率で180秒間第2炭素化処理を行い得られた第2炭素化繊維を、窒素雰囲気下、最高温度1400℃の第3炭素化炉において、延伸倍率0.96で90秒間炭素化処理し、単繊維直径6.5μmの炭素繊維を得た。これを硫酸アンモニウム水液中で30C/gの電気量で電解酸化により表面処理した後、エポキシ系樹脂にてサイジング処理を施した。この炭素繊維の物性を表1に示した。
【0052】
本発明の製造方法を用いた実施例1〜6では、いずれも結晶配向度が80%以下で、ヘリウム充填法を用いてフィラメントの状態で測定した炭素繊維密度Aと、粉砕して測定した炭素繊維密度Bの密度比A/Bが0.9以下の炭素繊維が得られた。実施例1〜6で得られた炭素繊維は、単繊維圧縮強度が1600MPa以上と強度が高く、繊維断面方向への圧縮応力に対して優れた耐性を示した。また、実施例1〜6で得られた炭素繊維を用いた複合材料の耐衝撃後圧縮強度は300MPa以上と十分に高く、耐衝撃性に優れた複合材料であった。
【0053】
一方、350〜550℃の温度領域での延伸倍率を1.00倍以上にした比較例1で得られた炭素繊維は、結晶配向度が80%を超え、密度比A/Bも0.9を越えていた。かかる炭素繊維は、単繊維圧縮強度が1420MPaと低く、繊維断面方向への圧縮応力に対する耐性が低かった。そのため、炭素繊維自身のストランド引張強度は実施例1とほぼ同等であったにもかかわらず、比較例1で得られた炭素繊維を用いた複合材料の耐衝撃後圧縮強度は、283MPaと実施例1に比べ低いものであった。
【0054】
350〜550℃の温度領域での延伸倍率を1.00倍以上にし、さらに、650〜850℃の温度領域での延伸倍率も1.00倍以上とした比較例2、3で得られた炭素繊維は、密度比A/Bも0.9を越え、結晶配向度は比較例1よりもさらに高くなった。そのため、かかる炭素繊維は、単繊維圧縮強度が低く、繊維断面方向への圧縮応力に対する耐性が低かった。また、複合材料の耐衝撃後圧縮強度も低く、耐衝撃性に優れた複合材料は得られなかった。
【0055】
350〜550℃の温度領域での延伸倍率を1.00倍より低くしたものの、650〜850℃の温度領域での延伸倍率を1.00倍より高くした比較例4では、650〜850℃の温度領域での延伸処理により、繊維内部の結晶配向が増加したため、結晶配向度が80%を超え、密度比A/Bも0.9を越えてしまった。かかる炭素繊維は、実施例1と比べ、単繊維圧縮強度が低く、得られた炭素繊維を用いた複合材料の耐衝撃後圧縮強度も低いものであった。
【0056】
350〜550℃の温度領域での延伸倍率を1.00倍より低くしたものの、650〜850℃の温度領域での処理を行わず、第2炭素化の処理温度を1200℃とした比較例5では、第2炭素化処理での配向緩和が十分に起こらず、結晶配向度が80%を超えてしまった。そのため、かかる炭素繊維は、実施例1と比べ、単繊維圧縮強度が低く、得られた炭素繊維を用いた複合材料の耐衝撃後圧縮強度も低いものであった。
【0057】
第1炭素化の処理温度を650℃とし350〜550℃の温度領域での処理を行わなかった比較例6では、第1炭素化処理での配向緩和が十分に起こらず、結晶配向度が80%を超えてしまった。そのため、かかる炭素繊維は、実施例1と比べ、単繊維圧縮強度が低く、得られた炭素繊維を用いた複合材料の耐衝撃後圧縮強度も低いものであった。
【0058】
【表1】