特許第6139425号(P6139425)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6139425
(24)【登録日】2017年5月12日
(45)【発行日】2017年5月31日
(54)【発明の名称】微生物検出法及び微生物検出キット
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20170522BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20170522BHJP
   C12Q 1/68 20060101ALI20170522BHJP
【FI】
   C12N15/00 AZNA
   C12Q1/02
   C12Q1/68 A
【請求項の数】23
【全頁数】52
(21)【出願番号】特願2014-15768(P2014-15768)
(22)【出願日】2014年1月30日
(65)【公開番号】特開2015-139434(P2015-139434A)
(43)【公開日】2015年8月3日
【審査請求日】2015年12月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006127
【氏名又は名称】森永乳業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100549
【弁理士】
【氏名又は名称】川口 嘉之
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【弁理士】
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100131392
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 武司
(72)【発明者】
【氏名】副島 隆志
【審査官】 福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/010740(WO,A1)
【文献】 J. Microbiol. Biotechnol., 2013, 23(12), pp.1708-1716
【文献】 Int. J. Food Sci. Tech., 2012, 47(11), pp.2460-2467
【文献】 Appl. Environ. Microbiol., 2011, 77(12), pp.4008-4016
【文献】 J. Vet. Med. Sci., 2011, 73(9), pp.1225-1227
【文献】 J. Microbiol. Methods, 2012, 90(3), pp.280-284
【文献】 J. Microbiol. Methods, 2013, 93(1), pp.20-24
【文献】 Food Control, 2011, 22(3-4), pp.438-444
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−90
C12Q 1/68
CAplus/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検試料中の微生物の生細胞を、死細胞及び/又は損傷細胞と識別して検出する方法であって、以下の工程:
a)前記被検試料に、微生物の核酸の核酸増幅法による増幅を、死細胞に選択的に阻害する白金錯体、パラジウム錯体、及びイリジウム錯体から選ばれる白金族元素の錯体を添加する工程、
b)微生物の細胞の透過性を高める加熱処理又は酵素処理を行う工程、
c)被検試料中の微生物の核酸のターゲット領域を、細胞からの核酸の抽出を行わずに、鎖置換型核酸伸長酵素を用いた等温核酸増幅法により増幅する工程、及び
d)増幅産物を解析する工程、
を含み、前記微生物の細胞の透過性を高める加熱処理又は酵素処理は、それによって細胞からの核酸の抽出を行わずに、生細胞に選択的な核酸増幅を可能にする処理である、方法。
【請求項2】
前記白金族元素の錯体が白金錯体であり、NH3、RNH2、ハロゲン元素、カルボキシレー
ト基、ピリジン基、H2O、CO32-、OH-、NO3-、ROH、N2H4、PO43-、R2O、RO-、ROPO32-、(RO)2PO2-、R2S、R3P、RS-、CN-、RSH、RNC、(RS)2PO2-、(RO)2P(O)S-、SCN-、CO、H-、及
びR-(ただし、「R」はいずれも飽和又は不飽和有機基を表す)からなる群から選ばれる
配位子を含む、請求項に記載の方法。
【請求項3】
前記白金族元素の錯体がパラジウム錯体であり、NH3、RNH2、ハロゲン元素、カルボキ
シレート基、H2O、CO32-、OH-、NO3-、ROH、N2H4、PO43-、R2O、RO-、ROPO32-、(RO)2PO2-、R2S、R3P、RS-、CN-、RSH、RNC、(RS)2PO2-、(RO)2P(O)S-、SCN-、CO、H-、R-(ただ
し、「R」はいずれも飽和又は不飽和有機基を表す)、NO2-、Ar-NH2、Ar-CN(Arは不飽和有機基)、N2、SO32-、イミダゾール環、不飽和環状有機基、及びN3-から選ばれる配位子を含む、請求項に記載の方法。
【請求項4】
前記白金族元素の錯体がイリジウム錯体であり、NH3、RNH2、ハロゲン元素(Cl、F、Br、I、At)、カルボキシレート(-CO-O-)基、ピリジン基、H2O、CO32-、OH-、NO3-、ROH
、N2H4、PO43-、R2O、RO-、ROPO32-、(RO)2PO2-、NO2-、N2、N3-、R2S、R2P-、R3P、RS-
、CN-、RSH、RNC、(RS)2PO2-、(RO)2P(O)S-、SCN-、CO、H-、およびR-(ただし、「R」は
いずれも飽和又は不飽和有機基を表す)からなる群から選ばれる配位子を含む、請求項に記載の方法。
【請求項5】
鎖置換型核酸伸長酵素を用いた等温核酸増幅法が、LAMP法、ICAN法、SDA法、LCR法、TMA法、SMAP法、及びTRC法から選ばれる、請求項1〜のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記工程c)を、下記組成の溶液中で行う、請求項1〜のいずれか一項に記載の方法:
Tris-HCl(pH7〜9) 10mM〜25mM
KCl 5mM〜15mM
MgSO4 5mM〜40mM
界面活性剤 0.1%〜0.4%
ベタイン 0.5M〜1M
dNTPs 各1mM〜1.5mM
鎖置換型核酸伸長酵素 0.2〜0.6U/μl
【請求項7】
界面活性剤がポリエチレングリコールソルビタンモノラウラートである、請求項に記載の方法。
【請求項8】
鎖置換型核酸伸長酵素が、Bstポリメラーゼ及び/又はCsaポリメラーゼである、請求項又はに記載の方法。
【請求項9】
前記ターゲット領域が50〜5000塩基のターゲット領域である請求項1〜のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記ターゲット領域が、被検試料の核酸の5S rRNA遺伝子、16S rRNA遺伝子、23S rRNA遺伝子、及びtRNA遺伝子から選択される遺伝子に対応するター
ゲット領域である請求項に記載の方法。
【請求項11】
前記ターゲット領域の増幅をカルセイン存在下で行い、増幅産物をカルセインの蛍光によりリアルタイムに検出する、請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
等温核酸増幅を、配列番号1、2、3、4、9、及び10の配列からなるプライマーのセット、配列番号10、11、12、13、14、及び17の配列からなるプライマーのセット、並びに配列番号18、19、20、及び21の配列からなるプライマーのセットから選ばれるプライマーのセットを用いて行う、請求項1〜11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
鎖置換型核酸伸長酵素を用いた等温核酸増幅法により、被検試料中の微生物の生細胞を、死細胞及び/又は損傷細胞と識別して検出するためのキットであって、下記の要素を含むキット:
1)微生物の核酸の核酸増幅法による増幅を、死細胞に選択的に阻害する白金錯体、パラジウム錯体、及びイリジウム錯体から選ばれる白金族元素の錯体
2)下記組成の反応液を調製するための試薬、
Tris-HCl(pH7〜9) 10mM〜25mM
KCl 5mM〜15mM
MgSO4 5mM〜40mM
界面活性剤 0.1%〜0.4%
ベタイン 0.5M〜1M
dNTPs 各1mM〜1.5mM
3)検出対象の微生物の核酸のターゲット領域を等温核酸増幅法により増幅するためのプライマー。
【請求項14】
さらに、鎖置換型核酸伸長酵素を含む、請求項13に記載のキット。
【請求項15】
鎖置換型核酸伸長酵素が、Bstポリメラーゼ及び/又はCsaポリメラーゼである、請求項14に記載のキット。
【請求項16】
前記白金族元素の錯体が白金錯体であり、NH3、RNH2、ハロゲン元素、カルボキシレー
ト基、ピリジン基、H2O、CO32-、OH-、NO3-、ROH、N2H4、PO43-、R2O、RO-、ROPO32-、(RO)2PO2-、R2S、R3P、RS-、CN-、RSH、RNC、(RS)2PO2-、(RO)2P(O)S-、SCN-、CO、H-、及
びR-(ただし、「R」はいずれも飽和又は不飽和有機基を表す)からなる群から選ばれる
配位子を含む、請求項13〜15のいずれか一項に記載のキット。
【請求項17】
前記白金族元素の錯体がパラジウム錯体であり、NH3、RNH2、ハロゲン元素、カルボキ
シレート基、H2O、CO32-、OH-、NO3-、ROH、N2H4、PO43-、R2O、RO-、ROPO32-、(RO)2PO2-、R2S、R3P、RS-、CN-、RSH、RNC、(RS)2PO2-、(RO)2P(O)S-、SCN-、CO、H-、R-(ただ
し、「R」はいずれも飽和又は不飽和有機基を表す)、NO2-、Ar-NH2、Ar-CN(Arは不飽和有機基)、N2、SO32-、イミダゾール環、不飽和環状有機基、及びN3-から選ばれる配位子を含む、請求項13〜15のいずれか一項に記載のキット。
【請求項18】
前記白金族元素の錯体がイリジウム錯体であり、NH3、RNH2、ハロゲン元素、カルボキ
シレート基、ピリジン基、H2O、CO32-、OH-、NO3-、ROH、N2H4、PO43-、R2O、RO-、ROPO32-、(RO)2PO2-、NO2-、N2、N3-、R2S、R2P-、R3P、RS-、CN-、RSH、RNC、(RS)2PO2-、(RO)2P(O)S-、SCN-、CO、H-、およびR-(ただし、「R」はいずれも飽和又は不飽和有機基を
表す)からなる群から選ばれる配位子を含む、請求項13〜15のいずれか一項に記載のキット。
【請求項19】
界面活性剤がポリエチレングリコールソルビタンモノラウラートである、請求項1318のいずれか一項に記載のキット。
【請求項20】
さらにカルセインを含む、請求項1319のいずれか一項に記載のキット。
【請求項21】
プライマーが、配列番号1、2、3、4、9、及び10の配列からなるプライマーのセット、配列番号10、11、12、13、14、及び17の配列からなるプライマーのセット、並びに配列番号18、19、20、及び21の配列からなるプライマーのセットから選ばれる、請求項1320のいずれか一項に記載のキット。
【請求項22】
被検試料中の微生物の生細胞を、死細胞及び/又は損傷細胞と識別して検出する方法であって、以下の工程:
a)前記被検試料に、微生物の核酸の核酸増幅法による増幅を、死細胞に選択的に阻害する白金錯体、パラジウム錯体、及びイリジウム錯体から選ばれる白金族元素の錯体を添加する工程、
c)被検試料中の微生物の核酸のターゲット領域を核酸増幅法により増幅する工程、及びd)増幅産物を解析する工程、
を含む方法において、工程a)を蛋白質、糖類、脂質、及び酵母エキスからなる群から選択される成分を0.5〜10%含む細胞懸濁液中で行うことを特徴とする方法。
【請求項23】
検出対象の微生物が、レジオネラ属細菌、カンピロバクター属細菌、ビブリオ属細菌、
リステリア属細菌、クロストリジウム属細菌、ヘリコバクター属細菌、マイコバクテリウム属細菌、クラミジア科細菌、リケッチア属細菌、及び、ナイゼリア属細菌である、請求項22に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品や生体試料中に含まれる微生物、工業用水や市水等の環境中に含まれる微生物の検出法、及び微生物検出キットに関する。さらに詳しくは、食品や生体試料、拭き取り試料、工業用水や市水等の環境中に含まれる微生物の生細胞の選択的な検出が可能な検出法及び微生物検出キットに関する。
【背景技術】
【0002】
食品や生体試料、拭き取り試料、又は環境中の一般生菌数の測定には、従来、平板培養法が用いられてきた。しかし、平板培養法は結果が得られるまでに2日間から一ヶ月程度の時間を要し、細菌の同定も困難であるという問題があった。
【0003】
近年では、被検試料をエチジウムモノアザイド(EMA、ethidium monoazide)等のDNAを架橋する架橋剤や、トポイソメラーゼ阻害剤及び/又はDNAジャイレース阻害剤で処理した後、試料中の微生物中の染色体DNAを選択的に核酸増幅反応により増幅することによって、試料中の生菌を検出する技術が提案され、成果を挙げている(特許文献1〜4)。
【0004】
上記のような架橋剤、トポイソメラーゼ阻害剤及びDNAジャイレース阻害剤は、細胞内に侵入すると、DNAに結合もしくはインターカレートしたりしてトポイソメラーゼやDNAジャイレース(酵素)の働きを阻害したり、又はDNAを架橋し、その結果、染色体DNAが破壊(断片化・切断)される。これらの薬剤は、生菌の細胞壁よりも死菌及び損傷菌の細胞壁の方が透過しやすいため、生菌よりも損傷菌や死菌の染色体DNAが優先的に断片化される。したがって、染色体DNAの特定の領域をターゲットとしたPCRにより、生菌を損傷菌や死菌に比べて選択的に検出することができる。
【0005】
上記PCRの鋳型としては、従来、被検試料に含まれる微生物細胞から抽出した核酸が用いられていたが、細胞からの核酸の抽出を行わずに、核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤の存在下でPCRを行うことで、迅速に生菌を検出する方法が開示されている(特許文献4)。以下、このような、細胞からの核酸の抽出を行わずに核酸増幅を行う方法を「ダイレクト法」と記載することがある。この方法では、核酸増幅を、核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤、マグネシウム塩、及び有機酸塩又はリン酸塩を前記被検試料に添加して行うことが好ましいとされている。
【0006】
核酸を増幅する手法として、鎖置換活性を有するDNAポリメラーゼを用いて遺伝子増幅反応を等温で進行させる方法(LAMP(Loop-mediated Isothermal Amplification)法)が開発されている(特許文献5)。この方法は、4種類のプライマーを用い、それらのうち2種類のインナープライマーは、それらの3’と5’側で標的核酸配列中の異なる2領域を認識し、5’側の配列はその3’側からの伸長反応で合成した相補鎖領域内にアニールするよう設計される。増幅反応は、これらのインナープライマーと、インナープライマーを起点に合成されたDNA鎖を鋳型DNAから一本鎖として剥がすために用いられる2種類のアウタープライマーにより生成する、ステムループ構造を持つダンベル型の構造を起点とし、自己伸長反応と鎖置換合成反応を繰り返すことで、進行する。この方法では、増幅反応は等温(60〜65°C)で行われる。
また、ダンベル構造の5'末端側のループの一本鎖部分に相補的な配列を持つ2種類のループプライマーを用いることにより、DNA合成の起点を増やし、反応時間を短縮することが可能となる(特許文献6)。
【0007】
LAMP法は、増幅効率が高く、特別な装置を必要としないという利点がある。LAMP法における増幅反応の検出は、増幅反応に伴って生成するピロリン酸マグネシウムによる白濁や、蛍光色素であるカルセインを用いて行われている。カルセインはマンガンイオンと結合することによって消光しているが、核酸増幅反応が進むと増幅反応に伴って生成するピロリン酸イオンによってカルセインからマンガンイオンが奪われ、カルセインはフリーとなって蛍光を発するようになる。増幅反応のリアルタイムな検出は、ピロリン酸マグネシウムの白濁を濁度測定装置を用いて測定することよって行われているが、それには専用の装置を必要とする。カルセインを用いる場合は、LAMP法に用いられる試薬キット(栄研化学
Loopamp蛍光・目視検出試薬。Loopampは同社の商標)の説明書によれば、蛍光は増幅反
応終了後に観察される。すなわち、カルセインを用いた増幅反応のリアルタイムな検出は、通常行われていない。
【0008】
鎖置換活性を有する核酸伸長酵素を用いる核酸増幅法(等温核酸増幅法とも呼ばれている)としては、LAMP法の他に、ICAN(Isothermal and Chimeric primer-initiated Amplification of Nucleic acids)(特許文献7)、SDA(Strand Displacement Amplification)法(特許文献8)、LCR(Ligase Chain Reaction)法(非特許文献1)、TMA(Transcription Mediated Amplification)法(特許文献9)、SMAP(SMart Amplification Process)法(非特許文献2)、及びTRC(Transcription-Reverse Transcription-Concerted
)法(非特許文献3)等が知られている。
【0009】
上記のように、LAMP法のような、鎖置換活性を有する核酸伸長酵素を用いる等温増幅法が種々開発されている。しかしながら、細胞からの核酸の抽出を行わずに核酸増幅を行う方法(ダイレクト法)に、等温増幅法を適用することは知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第2001/077379
【特許文献2】国際公開第2007/094077
【特許文献3】国際公開第2009/022558
【特許文献4】国際公開第2011/010740
【特許文献5】国際公開第00/28082
【特許文献6】国際公開第2002/024902
【特許文献7】国際公開第00/56877
【特許文献8】米国特許第5,455,166号
【特許文献9】国際公開第91/01384
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Barany, F., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 88:189-193, 1991
【非特許文献2】Mitani, Y., Seibutsu Butsuri Kagaku, 52(4):183-187, 2008
【非特許文献3】Nakaguchi, Y. et al., J. Clin. Microbiol., 42(9):4284-4292, 2004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、細胞からの核酸の抽出を行わずに核酸増幅を行う方法(ダイレクト法)を、短時間で簡便に行う技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、ダイレクト法における核酸増幅を、LAMP法のような等温増幅法で行うことに想到した。しかしながら、単にダイレクト法とLAMP法を組み合わせただけでは核酸増幅
が行われず、両方を組み合わせて核酸増幅を行うために必要な条件が存在することを見出した。
【0014】
また、本発明者は、リアルタイムに核酸増幅を検出できる方法を検討した。リアルタイムPCRで用いられているSYBR Greenやアクリジンのような核酸検出試薬は、LAMP法では使
用されていない。これらの試薬はDNAインターカレート剤であるが、PCRのように高温
処理を伴わない等温増幅法では、鋳型核酸の二本鎖にこれらのインターカレート剤が挿入し、固定される。その後、鎖置換型核酸伸長酵素により核酸が伸長する際に、それらのインターカレート剤に妨害され、遺伝子増幅ができなくなるためと考えられた。そして、本発明者は、カルセインを用いた、核酸増幅のリアルタイムな検出について検討を行った。
本発明は、上記検討の結果、完成するに至った。
【0015】
すなわち本発明は、被検試料中の微生物の生細胞を、死細胞及び/又は損傷細胞と識別して検出する方法であって、以下の工程:
a)前記被検試料に、微生物の核酸の核酸増幅法による増幅を、死細胞に選択的に阻害する薬剤を添加する工程、
b)微生物の細胞の透過性を高める処理を行う工程、
c)被検試料中の微生物の核酸のターゲット領域を、細胞からの核酸の抽出を行わずに、鎖置換型核酸伸長酵素を用いた等温核酸増幅法により増幅する工程、及び
d)増幅産物を解析する工程、
を含み、前記微生物の細胞の透過性を高める処理は、それによって細胞からの核酸の抽出を行わずに、生細胞に選択的な核酸増幅を可能にする処理である、方法を提供する。
【0016】
前記方法は、前記薬剤が、350nm〜700nmの波長の光照射により核酸に共有結合する薬剤、及び白金族元素の錯体から選ばれ、薬剤が350nm〜700nmの波長の光照射により核酸に共有結合する薬剤である場合には、同薬剤が添加された被検試料に350nm〜700nmの波長の光照射処理を行う工程を含むことを好ましい態様としている。
また前記方法は、前記薬剤が、350nm〜700nmの波長の光照射により核酸に共有結合する薬剤であり、エチジウムモノアザイド、エチジウムジアザイド、プロピジウムモノアザイド、プソラーレン、4,5',8−トリメチルプソラーレン、及び8−メトキ
シプソラーレンから選択されることを好ましい態様としている。
【0017】
また前記方法は、前記薬剤が白金族元素の錯体であり、白金錯体、パラジウム錯体、及びイリジウム錯体から選ばれることを好ましい態様としている。
また前記方法は、前記白金族元素の錯体が白金錯体であり、NH3、RNH2、ハロゲン元素
、カルボキシレート基、ピリジン基、H2O、CO32-、OH-、NO3-、ROH、N2H4、PO43-、R2O、RO-、ROPO32-、(RO)2PO2-、R2S、R3P、RS-、CN-、RSH、RNC、(RS)2PO2-、(RO)2P(O)S-、SCN-、CO、H-、及びR-(ただし、「R」はいずれも飽和又は不飽和有機基を表す)からなる群から選ばれる配位子を含むことを好ましい態様としている。
また前記方法は、前記白金族元素の錯体がパラジウム錯体であり、NH3、RNH2、ハロゲ
ン元素、カルボキシレート基、H2O、CO32-、OH-、NO3-、ROH、N2H4、PO43-、R2O、RO-、ROPO32-、(RO)2PO2-、R2S、R3P、RS-、CN-、RSH、RNC、(RS)2PO2-、(RO)2P(O)S-、SCN-、CO、H-、R-(ただし、「R」はいずれも飽和又は不飽和有機基を表す)、NO2-、Ar-NH2、Ar-CN(Arは不飽和有機基)、N2、SO32-、イミダゾール環、不飽和環状有機基、及びN3-
ら選ばれる配位子を含むことを好ましい態様としている。
また前記方法は、前記白金族元素の錯体がイリジウム錯体であり、NH3、RNH2、ハロゲ
ン元素(Cl、F、Br、I、At)、カルボキシレート(-CO-O-)基、ピリジン基、H2O、CO32-、OH-、NO3-、ROH、N2H4、PO43-、R2O、RO-、ROPO32-、(RO)2PO2-、NO2-、N2、N3-、R2S
、R2P-、R3P、RS-、CN-、RSH、RNC、(RS)2PO2-、(RO)2P(O)S-、SCN-、CO、H-、およびR-
(ただし、「R」はいずれも飽和又は不飽和有機基を表す)からなる群から選ばれる配位
子を含むことを好ましい態様としている。
【0018】
また前記方法は、前記微生物の細胞の透過性を高める処理が、加熱処理、電子線照射、電圧印加、酵素処理、及び浸透圧ショックから選ばれることを好ましい態様としている。
また前記方法は、前記処理が加熱処理であり、処理条件が65〜100℃、0.5〜30分であることを好ましい態様としている。
【0019】
また前記方法は、鎖置換型核酸伸長酵素を用いた等温核酸増幅法が、LAMP法、ICAN法、SDA法、LCR法、TMA法、SMAP法、及びTRC法から選ばれることを好ましい態様としている。
【0020】
また前記方法は、前記工程c)を、下記組成の溶液中で行うことを好ましい態様としている。
Tris-HCl(pH7〜9) 10mM〜25mM
KCl 5mM〜15mM
MgSO4 5mM〜40mM
界面活性剤 0.1%〜0.4%
ベタイン 0.5M〜1M
dNTPs 各1mM〜1.5mM
鎖置換型核酸伸長酵素 0.2〜0.6U/μl
【0021】
また前記方法は、界面活性剤がポリエチレングリコールソルビタンモノラウラートであることを好ましい態様としている。
また前記方法は、鎖置換型核酸伸長酵素が、Bstポリメラーゼ及び/又はCsaポリメラーゼであることを好ましい態様としている。
【0022】
また前記方法は、前記ターゲット領域が50〜5000塩基のターゲット領域であることを好ましい態様としている。
また前記方法は、前記ターゲット領域が、被検試料の核酸の5S rRNA遺伝子、1
6S rRNA遺伝子、23S rRNA遺伝子、及びtRNA遺伝子から選択される遺伝子に対応するターゲット領域であることを好ましい態様としている。
また前記方法は、前記ターゲット領域の増幅をカルセイン存在下で行い、増幅産物をカルセインの蛍光によりリアルタイムに検出することを好ましい態様としている。
【0023】
また前記方法は、等温核酸増幅を、配列番号1、2、3、4、9、及び10の配列を有するプライマーのセット、配列番号10、11、12、13、14、及び17の配列を有するプライマーのセット、並びに配列番号18、19、20、及び21の配列を有するプライマーのセットから選ばれるプライマーのセットを用いて行うことを好ましい態様としている。
【0024】
また、本発明は、鎖置換型核酸伸長酵素を用いた等温核酸増幅法により、被検試料中の微生物の生細胞を、死細胞及び/又は損傷細胞と識別して検出するためのキットであって、下記の要素を含むキットを提供する:
1)微生物の核酸の核酸増幅法による増幅を、死細胞に選択的に阻害する薬剤、
2)下記組成の反応液を調製するための試薬、
Tris-HCl(pH7〜9) 10mM〜25mM
KCl 5mM〜15mM
MgSO4 5mM〜40mM
界面活性剤 0.1%〜0.4%
ベタイン 0.5M〜1M
dNTPs 各1mM〜1.5mM
3)検出対象の微生物の核酸のターゲット領域を等温核酸増幅法により増幅するためのプライマー。
【0025】
前記キットは、さらに、鎖置換型核酸伸長酵素を含むことを好ましい態様としている。
また前記キットは、さらにカルセインを含むことを好ましい態様としている。
【0026】
前記キットにおいて、鎖置換型核酸伸長酵素、微生物の核酸の核酸増幅法による増幅を、死細胞に選択的に阻害する薬剤、界面活性剤、及びプライマーは、前記方法について記載したのと同様である。
【0027】
また本発明は、被検試料中の微生物の生細胞を、死細胞及び/又は損傷細胞と識別して検出する方法であって、以下の工程:
a)前記被検試料に、微生物の核酸の核酸増幅法による増幅を、死細胞に選択的に阻害する薬剤を添加する工程、
c)被検試料中の微生物の核酸のターゲット領域を核酸増幅法により増幅する工程、及びd)増幅産物を解析する工程、
を含む方法において、工程a)を蛋白質、糖類、脂質、及び酵母エキスからなる群から選択される成分を0.5〜10質量%含む細胞懸濁液中で行うことを特徴とする方法を提供する。
【0028】
前記方法は、検出対象の微生物が、レジオネラ属細菌、カンピロバクター属細菌、ビブリオ属細菌、リステリア属細菌、クロストリジウム属細菌、ヘリコバクター属細菌、マイコバクテリウム属細菌、クラミジア科細菌、リケッチア属細菌、及び、ナイゼリア属細菌であることを好ましい態様としている。
【発明の効果】
【0029】
本発明の方法によれば、簡便に、微生物の生細胞を、死細胞及び/又は損傷細胞と識別して検出することができる。本発明により、核酸増幅法による簡易かつ迅速な食品及び生体試料、拭き取り試料、工業用水、環境用水、排水等の環境中の微生物の生細胞・損傷細胞・死細胞の判別が可能となる。本発明の方法及びキットは、自主検査に応用可能であり、経済性にも優れている。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】ダイレクト-LAMP法(白金錯体処理又は未処理)による生きた微生物のスタンダードカーブ。横軸は生細胞数を、縦軸はCt値を示す(図2も同様。)。「Direct-LAMP」は未処理を示し、「Pt-Direct-LAMP」は白金錯体処理を示す。
図2】ダイレクト-定量PCR法(白金錯体処理又は未処理)による生きた微生物のスタンダードカーブ。「Direct-qPCR」は未処理を示し、「Pt-Direct-qPCR」は白金錯体処理を示す。
【発明を実施するための形態】
【0031】
次に、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されず、本発明の範囲内で自由に変更することができるものである。尚、本明細書において百分率は特に断りのない限り質量による表示である。
本発明の方法においては、その検出の対象として、鎖置換型核酸伸長酵素を用いた等温核酸増幅法により増幅することが可能であれば、核酸の種類はいずれであってもよい。等温核酸増幅法の鋳型は通常二本鎖DNAであるが、検出対象がRNAの場合は、RNAから逆転写及びDNAポリメラーゼ反応によって二本鎖を形成させることによって、鋳型と
することができる。
【0032】
<1>本発明の方法
本発明の方法は、被検試料中の微生物の生細胞を、死細胞及び/又は損傷細胞と識別して検出する方法であって、以下の工程:
a)前記被検試料に、微生物の核酸の核酸増幅法による増幅を、死細胞に選択的に阻害する薬剤を添加する工程、
b)微生物の細胞の透過性を高める処理を行う工程、
c)被検試料中の微生物の核酸のターゲット領域を、細胞からの核酸の抽出を行わずに、鎖置換型核酸伸長酵素を用いた等温核酸増幅法により増幅する工程、及び
d)増幅産物を解析する工程、
を含む。前記微生物の細胞の透過性を高める処理は、それによって細胞からの核酸の抽出を行わずに、生細胞に選択的な核酸増幅を可能にする処理である。
【0033】
本明細書において、「被検試料」とは、その中に存在する微生物の生細胞を検出する対象であり、核酸増幅法による染色体DNA、又はRNAの特定領域の増幅によって存在を検出することが可能なものであれば特に制限されないが、食品、生体試料、飲料水、工業用水、環境用水、排水、土壌、又は拭き取り試料等が挙げられる。
特に、食品としては、清涼飲料、炭酸飲料、栄養飲料、果汁飲料、乳酸菌飲料等の飲料(これらの飲料の濃縮原液及び調製用粉末を含む);アイスクリーム、アイスシャーベット、かき氷等の氷菓;加工乳、乳飲料、発酵乳、バター等の乳製品;経腸栄養食品、流動食、育児用ミルク、スポーツ飲料;特定保健用食品、健康補助食品等の機能性食品等が好ましい。
【0034】
また、生体試料としては、血液試料、尿試料、髄液試料、滑液試料、胸水試料、喀痰試料、糞便試料、鼻腔粘液試料、喉頭粘液試料、胃洗浄液試料、膿汁試料、皮膚粘膜試料、口腔粘液試料、呼吸器粘膜試料、消化器粘膜試料、眼結膜試料、胎盤試料、生殖細胞試料、産道試料、母乳試料、唾液試料、嘔吐物、又は水疱内容等が例示される。
さらに、環境用水としては、市水、地下水、河川水、又は雨水等が例示される。
【0035】
本発明においては、被検試料は、前記のような食品、生体試料、飲料水、工業用水、環境用水、排水、土壌、又は拭き取り試料等そのものであってもよく、これらを希釈もしくは濃縮したもの、又は本発明の方法による処理以外の前処理をしたものであってもよい。前記前処理としては、加熱処理、濾過、遠心分離等が挙げられる。
【0036】
また、被検試料中に存在する微生物以外の細胞、タンパク質コロイド粒子、脂肪及び糖質等の夾雑物は、これらを分解する活性を有する酵素による処理等によって除去又は低減させてもよい。前記被検試料中に存在する微生物以外の細胞としては、被検試料が乳、乳製品、乳又は乳製品を原料とする食品である場合には、ウシ白血球及び乳腺上皮細胞等が挙げられる。また、被検試料が血液試料、尿試料、髄液試料、滑液試料又は胸水試料等の生体試料の場合には、赤血球、白血球(顆粒球、好中球、好塩基球、単球、リンパ球等)、及び血小板等が挙げられる。
【0037】
前記酵素としては、前記夾雑物を分解することができ、かつ、検出対象の微生物の生細胞を損傷しないものであれば特に制限されないが、例えば、脂質分解酵素、タンパク質分解酵素、及び糖質分解酵素が挙げられる。前記酵素は、1種類の酵素を単独で用いてもよいし、2種又はそれ以上の酵素を併用してもよいが、脂質分解酵素及びタンパク質分解酵素の両方、又は脂質分解酵素、タンパク質分解酵素、及び糖質分解酵素の全てを用いることが好ましい。
脂質分解酵素としては、リパーゼ、フォスファターゼ等が、タンパク質分解酵素として
はセリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、プロテイナーゼK、プロナーゼ等が、糖質分解酵素としてはアミラーゼ、セルラーゼ等が挙げられる。
【0038】
「微生物」は、本発明の方法により検出される対象であり、核酸増幅法により検出することが可能であって、かつ、微生物のDNAの核酸増幅法による増幅を阻害する薬剤の作用が生細胞と死細胞や損傷細胞とで異なるものであれば、特に制限されないが、好ましくは細菌、糸状菌、酵母、又はウイルス等が挙げられる。細菌としては、グラム陽性菌及びグラム陰性菌のいずれもが含まれる。
【0039】
グラム陽性菌としては、黄色ブドウ球菌や表皮ブドウ球菌などのブドウ球菌属;ミクロコッカス属;Streptcoccus pyogenes、Streptococcus pneumoniae(肺炎球菌)等のスト
レプトコッカス属;Enterococcus faecalisなどエンテロコッカス属;エロコッカス属;Bacillus cereus(セレウス菌)、Bacillus subtilis(バチラス・ズブチリス)、Bacillus licheniformis(バチラス・リヘニフォルミス)等のバチラス属(栄養型細胞が望まし
い);ボツリヌス菌やウエルシュ菌などのクロストリジウム属;ヒト型結核菌やウシ型結核菌;マイコバクテリウム・イントラセルラー、マイコバクテリウム・アビウムなどのマイコバクテリウム属(抗酸菌及び非定型抗酸菌群);ライ菌;アクチノミセス属;ノカルジア属;ノカルジオプシス属;アクチノマズラ属;ストレプトミセス属;デルマトフィルス属;ユーバクテリウム属;コリネバクテリウム属;プロピオニバクテリウム属等が挙げられる。
【0040】
また、グラム陰性菌としては、レジオネラ属;サルモネラ属;O157、O26、O11、O145を始めとする腸管出血性大腸菌;カンピロバクター属;アルコバクター属;ヘリコバクター属;緑膿菌などのシュードモナス属;バークホルデリア属;アシネトバクター属;アルカリゲネス属;クリセオバクテリウム属;モラクセラ属;コクシェラ属;ブルセラ属;野兎病菌(Francisella tularensis)等のフランシセラ属;バルトネラ属;ボルデテラ属;インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)等のヘモフィルス属;パスツレラ属;クロモバクテリウム属;ストレプトバシラス属;赤痢菌等のシゲラ属、エルシニア属、エシェリヒア・コリなどエシェリヒア属、クレブシェラ属、シトロバクター属、エドワージエラ属、エンテロバクター属、ハフニア属、プレジオモナス属、プロテウス属、プロビデンシア属、モルガネラ属、セラチア属等の腸内細菌科;ビブリオ属;エロモナス属;バクテロイデス属;プレボテラ属;ポルフィロオナス属;フソバクテリウム属;レプトトリキア属;ベイヨネラ属;ブラキスピラ属;レプトスピラ属;トレポネーマ属;ブタ赤痢スピロヘータ;ボレリア属;マイコプラズマ;リケッチア;クラミジア等が挙げられる。
【0041】
ウイルスとしては、ポックスウイルス科、ヘルペスウイルス科、アデノウイルス科、パピローマウイルス科、ポリオーマウイルス科、パルボウイルス科、ピコルナウイルス科、カリシウイルス科、アストロウイルス科、コロナウイルス科、トガウイルス科、フラビウイルス科、オルトミクソウイルス科、パラミクソウイルス科、ラブドウイルス科、フィロウイルス科、ボルナウイルス科、アレナウイルス科、ブニヤウイルス科、レオウイルス科、レトロウイルス科、肝炎ウイルスなどが挙げられる。
【0042】
ウイルスに関しては、水中でのウイルスの活性化・不活性化測定法において、光反応性核酸架橋剤(EMA)を作用させ、その後RT-PCR法により活性化ウイルスのみを測定する方
法が知られている(http://www.recwet.t.u-tokyo.ac.jp/furumailab/j/sotsuron/H21/H21sotsuron.html、Development of ethidium monoazide (EMA)-RT-PCR for selective detection of enteric viruses. 15th International Symposium on Health-Related Water Microbiology. (May 31-Jun 05, 2009, Ursulines Conference Centre, Naxos, Greece))。
すなわち、EMAは活性化ウイルスは透過せず、物理的損傷の激しいヌクレオカプシドを
有する不活性化ウイルスのみに透過し、EMAにより活性化ウィルス(Live)と不活性化ウ
ィルス(Dead)を識別することが可能なことが示唆されている。したがって、本発明は、細菌、糸状菌や酵母のみならず、ウイルスにも適用できると考えられる。
【0043】
また、後記実施例に示されるように、本発明の方法より、グラム陰性細菌及びグラム陽性細菌の生細胞と死細胞の識別が可能であることが示された。したがって、グラム陰性細菌の細胞壁外膜と同成分の最外殻エンベロープを有するウイルスについても、生細胞と死細胞の識別に使用できると考えられる。また、エンベロープを有しない所謂ヌクレオカプシド(タンパク質膜)のみ保有するウイルスは、外膜を有さず、直接ペプチドグリカン層が外界と接触するグラム陽性細菌に比較的類似しているため、本発明による生細胞と死細胞の識別が可能であると考えられる。
【0044】
本発明において「生細胞」(Live cell)とは、一般に好適な培養条件によって培養し
た際に増殖が可能であって、その微生物が有する代謝活性を示す状態(Viable-and-Culturable state)であり、細胞壁の損傷はほとんど無い微生物をいう。なお、ここでいう代
謝活性とはATP活性やエステラーゼ活性を例示することができる。本発明においては、ウイルス粒子も、便宜的に「細胞」と呼ぶ。「生細胞」は、ウイルスに関しては、哺乳動物細胞に感染し、増殖できる状態をいう。
【0045】
「死細胞」(Dead cell)とは、好適な培養条件によって培養した場合であっても増殖
は不可能であって、代謝活性を示さない状態(Dead)の微生物である。また、細胞壁の構造は維持されているものの、細胞壁自体は高度に損傷を受けており、ヨウ化プロピジウムのような弱透過性の核染色剤等が細胞壁を透過する状態である。ウイルスに関しては、哺乳動物細胞に感染できない状態をいう。
【0046】
「損傷細胞」(Injured cell又はViable-but-Non Culturable cell)とは、人為的ストレス又は環境的ストレスにより損傷を受けているために、一般に好適な培養条件によって培養した場合であっても、増殖は困難であるが、その微生物が有する代謝活性は、生細胞と比較すると低下しているものの死細胞と比較すると有意に活性を有する状態の微生物である。ウイルスに関しては、哺乳動物細胞に感染したとしても、細胞中で増殖できない状態をいう。
本明細書においては、特記しない限り、「生細胞」、「死細胞」及び「損傷細胞」は、微生物の生細胞、死細胞及び損傷細胞を意味する。
【0047】
特に、食品衛生検査や臨床検査において、穏和な加熱処理や抗生物質投与により、損傷細胞の状態を呈した細菌の検出が注目されており、本発明は、生細胞の検出のみならず、生細胞と死細胞及び/又は損傷細胞との識別も可能な微生物の検出方法を提供するものである。
【0048】
尚、生細胞、損傷細胞及び死細胞の細胞数単位は、通常、いずれも細胞数(cells)/
mlで表される。
生細胞の細胞数は、好適な平板培地上で好適な条件で培養したときのコロニー形成数(cfu/ml(colony forming units / ml))で近似させることができる。また、損傷
細胞の標準試料は、例えば、生細胞懸濁液を加熱処理、例えば沸騰水中で加熱処理することにより調製することができるが、その場合は、損傷細胞の細胞数は、加熱処理する前の生細胞懸濁液のcfu/mlで近似させることができる。尚、損傷細胞を調製するための沸騰水中での加熱時間は、微生物の種類により異なるが、例えば実施例に記載された細菌では、50秒程度で損傷細胞を調製することができる。さらに、損傷細胞の標準試料は、抗生物質処理によっても調製することができるが、その場合は、損傷細胞の細胞数は、生細胞懸濁液を抗生物質で処理した後、抗生物質を除去し、可視光(波長600nm)の透
過度、すなわち濁度を測定し、生細胞数濃度が予め判っている生細胞懸濁液の濁度と比較することにより、好適な平板培地上で好適な条件で培養したときのコロニー形成数(cfu/ml)で近似させることができる。
ウイルスでは、細胞数単位は、プラーク形成単位(pfu又はPFU(plaque-forming
units))で表される。
本明細書では細胞数は対数で表し、「a log cfu/ml」、「a log cells/ml」は、各々10acfu/ml、10a個細胞/mlを表す。
【0049】
尚、本発明の方法は、生細胞の検出が目的であり、生細胞と区別される微生物は、損傷細胞であっても死細胞であってもよい。
【0050】
本発明において、「生細胞の検出」とは、被検試料中の生細胞の有無の判別及び生細胞の量の決定のいずれをも含む。また、生細胞の量とは、絶対的な量に限られず、対照試料に対する相対的な量であってもよい。また、「生細胞を、死細胞及び/又は損傷細胞と識別して検出する」とは、死細胞及び/又は損傷細胞に比べて選択的に検出することを意味する
【0051】
以下、本発明の方法を工程毎に説明する。尚、前記したように、以下の工程の前に、任意の工程として、被検試料を、被検試料中に存在する微生物以外の細胞、タンパク質コロイド粒子、脂肪、又は糖質を分解する活性を有する酵素で処理する工程を含んでいてもよい。
【0052】
(1)工程a)
被検試料に、微生物の核酸(DNA又はRNA)の核酸増幅法による増幅を、死細胞に選択的に阻害する薬剤を添加する。すなわち、被検試料中の微生物を、前記薬剤で処理する。前記薬剤としては、350nm〜700nmの波長の光照射により核酸に共有結合する薬剤、及び白金族元素の錯体が挙げられる。
【0053】
350nm〜700nmの波長の光照射により核酸に共有結合する薬剤は、二本鎖DNA又はRNAにインターカレートし、光照射により共有結合して分子間を架橋する。また、前記薬剤は、一本鎖DNA又はRNAに対しては、光照射により共有結合して、核酸増幅反応を阻害すると推定される。以下、前記薬剤を単に「架橋剤」と記載することがある。
【0054】
前記架橋剤は、生細胞と、損傷細胞又は死細胞及びウシ白血球等の体細胞、白血球、血小板等に対する作用が異なるものであることが好ましく、より具体的には、生細胞の細胞壁よりも損傷細胞もしくは死細胞の細胞壁、又はウシ白血球等の体細胞、白血球、血小板等の細胞膜に対して透過性が高いものであることが好ましい。
前記架橋剤としては、エチジウムモノアザイド(ethidium monoazide)、エチジウムジアジド(ethidium diazide)、プソラーレン(psolaren)、4,5',8−トリメチルプ
ソラーレン(4,5',8-trimethyl psolaren)、及び8−メトキシプソラーレン(8-methoxy
psolaren)、プロピジウムモノアザイド(propidium monoazide)等が挙げられる。架橋剤は、1種類を単独で用いてもよいし、2種又はそれ以上を併用してもよい。
架橋剤による処理の条件は、適宜設定することが可能であり、例えば、国際公開第2011/010740に開示されている条件を採用することができる。
【0055】
前記薬剤として架橋剤を用いる場合は、架橋剤を添加した被検試料に350nm〜700nmの波長の光照射処理を行う。
350nm〜700nmの波長の光とは、少なくとも350nm〜700nmの波長の
光を含んでいればよく、単波長光であってもよく、複合光であってもよい。また、すべての成分が350nm〜700nmの範囲内にあってもよく、350nmよりも短波長の光、及び/又は700nm以上の長波長の光を含んでいてもよいが、強度分布におけるピークが350nm〜700nmの範囲内にあることが好ましい。尚、光照射のみによって微生物の染色体DNAを切断する程の短波長の成分は含まないことが好ましい。
尚、架橋剤を用いる場合は、露光による薬剤の変性を防ぐため、試料への光照射を除けば、暗室中などの遮光下におくことが好ましい。
【0056】
また、前記白金族元素の錯体としては、白金錯体、パラジウム錯体、及びイリジウム錯体が挙げられる(PCT/JP2013/070662、PCT/JP2013/070663、特願2014-010257)。
【0057】
白金錯体としては、NH3、RNH2、ハロゲン元素、カルボキシレート基、ピリジン基、H2O、CO32-、OH-、NO3-、ROH、N2H4、PO43-、R2O、RO-、ROPO32-、(RO)2PO2-、R2S、R3P、RS-、CN-、RSH、RNC、(RS)2PO2-、(RO)2P(O)S-、SCN-、CO、H-、及びR-(ただし、「R」は
いずれも飽和又は不飽和有機基を表す)からなる群から選ばれる配位子を含む錯体が挙げられる。
白金錯体として具体的には、シスプラチン、カルボプラチン、cis-ジアンミン(ピリジン)クロロ白金(II)クロリド、ジクロロ(エチレンジアミン)白金(II)、cis-ビス(ベンゾニトリル)ジクロロ白金(II)、テトラキス(トリフェニルホスフィン)白金(II)、二硝酸(エチレンジアミン)ヨウ化白金(II)ダイマー、オキサリプラチン、ネダプラチン、およびトランスプラチンが挙げられる。
【0058】
また、白金錯体は、白金化合物を、配位子として白金に結合し得る有機溶媒、又は配位子として白金に結合し得る物質を含む溶液に溶解することにより生成する白金錯体であってもよい。前記白金化合物としては、塩化白金、臭化白金、フッ化白金、ヨウ化白金、水酸化白金、硝酸白金、炭酸白金、酢酸白金、ジメトキシ白金、メトキシリン酸白金、リン酸白金、塩化白金酸、ジスルフメチル白金、ジシアノ白金、ジチオシアネート白金、二水素化白金、及びジメチル白金が挙げられる。溶媒としては、ジメチルスルホキシドが挙げられる。
【0059】
パラジウム錯体としては、NH3、RNH2、ハロゲン元素、カルボキシレート基、H2O、CO32-、OH-、NO3-、ROH、N2H4、PO43-、R2O、RO-、ROPO32-、(RO)2PO2-、R2S、R3P、RS-、CN-、RSH、RNC、(RS)2PO2-、(RO)2P(O)S-、SCN-、CO、H-、R-(ただし、「R」はいずれも飽
和又は不飽和有機基を表す)、NO2-、Ar-NH2、Ar-CN(Arは不飽和有機基)、N2、SO32-、イミダゾール環、不飽和環状有機基、及びN3-から選ばれる配位子を含む錯体が挙げられ
る。
パラジウム錯体として具体的には、ジクロロ(η-シクロオクタ-1,5-ジエン)パラジウム (II)、ビス(ベンゾニトリル)ジクロロパラジウム (II)、ジアンミンジクロロパラジウム (II)、ジクロロ(エチレンジアミン)パラジウム (II)、及び、ビス(トリフェニルホスフィン)パラジウム (II) ジアセテートが挙げられる。
【0060】
また、パラジウム錯体は、パラジウム化合物を、配位子としてパラジウムに結合し得る有機溶媒、又は配位子としてパラジウムに結合し得る物質を含む溶液に溶解することにより生成するパラジウム錯体であってもよい。前記パラジウム化合物としては、塩化パラジウム、フッ化パラジウム、臭化パラジウム、ヨウ化パラジウム、水酸化パラジウム、二硝酸パラジウム(II)、四硝酸パラジウム(IV)、酢酸パラジウム、リン酸パラジウム、ジメトキシパラジウム、メトキシリン酸パラジウム、亜硫酸パラジウム、ジニトロパラジウム、及びパラジウムジアジドが挙げられる。溶媒としては、ジメチルスルホキシドが挙げられる。
【0061】
また、イリジウム錯体としては、NH3、RNH2、ハロゲン元素(Cl、F、Br、I、At)、カ
ルボキシレート(-CO-O-)基、ピリジン基、H2O、CO32-、OH-、NO3-、ROH、N2H4、PO43-
、R2O、RO-、ROPO32-、(RO)2PO2-、NO2-、N2、N3-、R2S、R2P-、R3P、RS-、CN-、RSH、RNC、(RS)2PO2-、(RO)2P(O)S-、SCN-、CO、H-、およびR-(ただし、「R」はいずれも飽和又は不飽和有機基を表す)からなる群から選ばれる配位子を含む錯体が挙げられる。
イリジウム錯体として具体的には、ジ-μ-クロロビス[(η-シクロオクタ-1,5-ジエン)
イリジウム(I)]、及び、2-ヒドロキシ-N-ピリジン(ペンタメチルシクロペンタジエニル)
イリジウム(III)ジクロリドが挙げられる。
【0062】
また、イリジウム錯体は、イリジウム化合物を、配位子としてイリジウムに結合し得る有機溶媒、又は配位子としてイリジウムに結合し得る物質を含む溶液に溶解することにより生成するイリジウム錯体であってもよい。前記イリジウム化合物としては、塩化イリジウム、臭化イリジウム、フッ化イリジウム、ヨウ化イリジウム、水酸化イリジウム、硝酸イリジウム、炭酸イリジウム、酢酸イリジウム、ジメトキシイリジウム、メトキシリン酸イリジウム、リン酸イリジウム、塩化イリジウム酸、ジスルフメチルイリジウム、ジシアノイリジウム、ジチオシアネートイリジウム、二水素化イリジウム、メチルイリジウム、酸化イリジウム、五塩化イリジウム(IV)ジアンモニウム(ヘキサクロロイリジウム(IV)酸二アンモニウム)等が挙げられる。溶媒としては、ジメチルスルホキシドが挙げられる。
【0063】
薬剤による処理の条件は、適宜設定することが可能であり、例えば、検出対象の微生物の生細胞及び死細胞もしくは損傷細胞のけん濁液に、種々の濃度の薬剤を加えて、種々の時間放置した後、遠心分離等によって菌体を分離し、核酸増幅法で分析することによって、生細胞と死細胞もしくは損傷細胞を区別しやすい条件を決定することができる。さらに、検出対象の微生物の生細胞、及びウシ白血球等の体細胞又は血小板等のけん濁液に、種々の濃度の薬剤を加えて、所定時間放置した後、遠心分離等によって菌体及び前記各種細胞を分離し、核酸増幅法で分析することによって、生細胞と各種細胞を区別しやすい条件を決定することができる。
【0064】
白金錯体の場合は、シスプラチンでは終濃度10〜3000μM、好ましくは25〜3000μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。トランスプラチンでは終濃度10〜3000μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。
カルボプラチンでは終濃度10〜3000μM、好ましくは250〜3000μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。オキサリプラチン又はネダプラチンでは終濃度10〜3000μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。
【0065】
cis−ジアンミン(ピリジン)クロロ白金(II)クロリドでは終濃度10〜3000μ
M、好ましくは25〜3000μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。ジクロロ(エチレンジアミン)白金(II)では終濃度10〜3000μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。cis−ビス(ベンゾニトリル)ジクロロ白金(II)では終濃度10〜
3000μM、好ましくは100〜3000μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。テトラキス(トリフェニルホスフィン)白金(II)では終濃度10〜3000μM、好ましくは25〜3000μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。二硝酸(エチレンジアミン)ヨウ化白金(II)ダイマーでは終濃度10〜3000μM、好ましくは400〜3000μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。
【0066】
また、塩化白金(II)、塩化白金(IV)、又は塩化白金酸(もしくは塩化白金酸 六水
和物)をDMSOに溶解して得られる錯体では、塩化白金(II)、塩化白金(IV)、又は塩化白金酸の量として終濃度10〜3000μM、好ましくは10〜100μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。
【0067】
パラジウム錯体の場合は、ジクロロ(η-シクロオクタ-1,5-ジエン)パラジウム (II)
では終濃度10〜3000μM、好ましくは10〜100μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。ビス(ベンゾニトリル)ジクロロパラジウム (II)では終濃度10〜3
000μM、好ましくは10〜100μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。ジアンミンジクロロパラジウム (II)では終濃度10〜3000μM、好ましくは10〜1
00μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。ジクロロ(エチレンジアミン)パラジウム (II)では終濃度10〜3000μM、好ましくは10〜250μM、4〜43℃
、5分〜2時間が例示される。ビス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(II)ジアセートでは終濃度10〜3000μM、好ましくは10〜100μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。
【0068】
また、塩化パラジウム(II)をDMSOに溶解して得られる錯体では、塩化パラジウム(II)の量として終濃度10〜3000μM、好ましくは10〜100μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。酢酸パラジウム(II)をDMSOに溶解して得られる錯体では、酢酸パラジウム(II)の量として終濃度1〜300μM、好ましくは1〜10μM、4〜43分、5分〜2時間が例示される。
【0069】
イリジウム錯体の場合は、Di-μ-chlorobis[(η-cycloocta-1,5-diene)iridium(I)]で
は終濃度20〜3000μM、好ましくは25〜300μM、4〜43℃、5分〜2時間が例示される。2-Hydroxy-N-pyridine(pentamethylcyclopentadienyl)iridium(III)dichlorideでは終濃度20〜3000μM、好ましくは50〜300μM、4〜43℃、5分
〜2時間が例示される。
【0070】
被検試料への薬剤の添加は、上記のように被検試料のけん濁液に薬剤を添加することによって行ってもよいが、薬剤の溶液に被検試料を添加することによって行ってもよい。
【0071】
尚、白金族金属錯体を用いる場合は、光照射及び遮光の必要はない。
【0072】
上記薬剤は1種類を単独で用いてもよいし、2種又はそれ以上を併用してもよい。
【0073】
上記のような薬剤は、生細胞の細胞壁よりも、死細胞及び損傷細胞の細胞壁の方が透過しやすい。したがって、適当な作用時間内であれば微生物の生細胞の細胞壁・細胞膜は実質的に透過せず、微生物の損傷細胞もしくは死細胞または死細胞になっている体細胞の細胞膜は透過すると考えられる。その結果、薬剤は、体細胞の死細胞及び微生物の死細胞並びに損傷細胞の細胞内に進入し、続いて、核酸(染色体DNA又はRNA)と直接的又は間接的に結合し、その結果、薬剤が結合した核酸は、核酸増幅反応の鋳型とはならなくなると推定される。
【0074】
生細胞よりも損傷細胞や死細胞に優先的に薬剤が透過すると、生細胞では核酸(染色体DNA又はRNA)のターゲット領域が核酸増幅法により増幅されるのに対し、損傷細胞や死細胞では核酸(染色体DNA又はRNA)に直接的又は間接的に薬剤が結合し、核酸増幅反応が阻害されるため、生細胞を損傷細胞や死細胞に比べて選択的に検出することができる。
【0075】
上記工程a)、及び必要に応じて行われる光照射処理は、2サイクル、又はそれ以上のサイクルを繰り返して行ってもよい。その場合、薬剤の濃度は、一回目の工程a)では、2回目以降よりも高くし、二回目以降の工程a)では、一回目よりも低くすることが好ましい。
また、一回目の薬剤処理では、二回目以降の薬剤処理よりも処理時間を短くすることが
好ましい。
【0076】
先の薬剤処理と、それ以降の薬剤処理との間で、未反応の薬剤を除去する工程を追加してもよい。薬剤を除去する方法としては、被検試料を遠心分離して、微生物を含む沈殿と薬剤を含む上清とを分離し、上清を除去する方法が挙げられる。この場合、薬剤を除去した後、適宜、洗浄剤で微生物を洗浄する工程を追加することも可能である。
【0077】
尚、工程a)と下記工程b)の間には、薬剤を除去する工程を行うことが好ましい。これは、工程b)によって細胞壁及び/又は細胞膜の透過性が高まった生細胞に、残存する薬剤が侵入することを防ぐためである。
【0078】
(2)工程b)
この工程では、微生物の細胞の透過性を高める処理を行う。この処理は、細胞からの核酸の抽出を行わずに、生細胞に選択的な核酸増幅を可能にするためのものである。後述するように、工程c)では、被検試料中の微生物の核酸のターゲット領域は、細胞からの核酸の抽出を行わずに、鎖置換型核酸伸長酵素を用いた等温核酸増幅法により増幅される。
【0079】
死細胞の核酸増幅を選択的に阻害する薬剤(生死判定剤)を用いた生細胞の検出法では、従来、細胞から抽出した核酸を鋳型として核酸増幅反応を行うが、ダイレクト法では細胞からの核酸の抽出を行わずに、微生物細胞懸濁液、又は蛋白質分解酵素、脂質分解酵素、又は糖分解酵素等で処理した微生物細胞の懸濁液を鋳型として用いる。
ダイレクト法における核酸増幅法としてPCR法を用いた場合(以下、「ダイレクトPCR」と記載することがある)は、このような微生物細胞の懸濁液を鋳型として核酸増幅が起こるのに対し、後記実施例1に示すように、微生物細胞の懸濁液を鋳型としてLAMP法による等温核酸増幅反応を行った場合は、核酸増幅が観察されなかった。
【0080】
そこで、本発明者は、PCR法と等温核酸増幅の違いに着目し、ダイレクトPCR法では、核酸の熱変性のために行われる高温処理の繰り返しにより細胞の透過性が高まり、PCR試薬が細胞内に透過し、細胞内でターゲット領域の増幅が起こると推察した。そして、細胞を熱処理すると、微生物細胞の懸濁液を鋳型としてLAMP法による核酸増幅反応が起こることを見出した。
【0081】
以上のことから、工程b)は、好ましくは細胞の形態を保ちつつ、等温核酸増幅反応に必要な試薬を微生物の細胞内に透過させるための工程と言い換えることができる。すなわち、「細胞の透過性」(transparency of cell)とは、等温核酸増幅反応に必要な試薬が生物の細胞内に透過する性質(permeability)を意味する。微生物の細胞の透過性を高める処理は、微生物の細胞壁及び/又は細胞膜を穿孔する処理、又は、細胞壁及び/又は細胞膜の構造を緩める処理であってもよい。
【0082】
微生物の細胞の透過性を高める処理としては、加熱処理、電子線照射、電圧印加、酵素処理、浸透圧ショック等が挙げられる。このような処理としては、微生物の種類に応じた形質転換法を参考にすることができる。
【0083】
透過性を高める処理に好適な条件は、工程a)の処理を施した微生物細胞を、種々の条件で微生物の細胞の透過性を高める処理を種々の条件で行い、続いて等温核酸増幅を行い、増幅反応を観察することによって、設定することができる。例えば、加熱処理の場合は、加熱温度としては、通常65〜100℃、好ましくは70〜96℃、より好ましくは90〜96℃が挙げられる。処理時間としては、通常0.5〜30分、好ましくは1〜10分、より好ましくは1〜3分が挙げられる。
【0084】
尚、工程b)は工程a)の後に行われることが好ましいが、等温核酸増幅反応に必要な試薬を微生物の細胞内に透過させることができ、かつ、死細胞の核酸増幅を選択的に阻害する薬剤が死細胞よりも生細胞の細胞内に侵入しにくければ、工程b)は工程a)の前に行われてもよい。
【0085】
(3)工程c)
続いて、被検試料中の微生物の核酸のターゲット領域を、細胞からの核酸の抽出を行わずに、鎖置換型核酸伸長酵素を用いた等温核酸増幅法により増幅する。
【0086】
具体的には、工程b)の処理を施した被検試料と、等温核酸増幅反応に必要な試薬を混合して、増幅反応を行う。尚、等温核酸増幅反応に必要な試薬のうち、加熱処理等により失活又は変性しないものは、工程b)における細胞懸濁液に予め含まれていてもよい。
【0087】
等温核酸増幅法は、熱変性による二本鎖DNAの解離を必要とせず、鎖置換型DNAポリメラーゼを用いて一定温度で伸長反応を行うことにより鋳型核酸を増幅することができるものであれば特に制限されず、例えば、LAMP法(国際公開第00/28082、国際公開第2002/024902)、ICAN法(国際公開第00/56877)、SDA法(米国特許第5,455,166号)、LCR法(Barany, F., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 88:189-193, 1991)、TMA法(国際公開第91/01384)、及びSMAP法(Mitani, Y., Seibutsu Butsuri Kagaku, 52(4):183-187, 2008)等が挙げられる。これらの方法では、増幅産物はDNAである。ターゲットは通常DNAであるが、RNAであっても、逆転写によりコンプリメンタリDNA(cDNA)を合成することによって、鋳型とすることができる。
【0088】
また、等温核酸増幅法のうちRNAをターゲットとする方法としては、逆転写酵素によりコンプリメンタリDNA(cDNA)を合成し、さらに逆転写酵素のDNAポリメラーゼ活性により二本鎖DNAを合成し、最終的にRNAポリメラーゼにより、RNAの特異的領域のみを増幅するTRC法(Nakaguchi, Y. et al., J. Clin. Microbiol., 42(9):4284-4292, 2004)が例示される。TRC法では、増幅産物はRNAである。
【0089】
等温核酸増幅反応に必要な試薬としては、鎖置換型核酸伸長酵素、dNTP(dATP、dCTP、dGTP、dTTP)、及び、プライマーが挙げられる。鎖置換型核酸伸長酵素としては、Bstポ
リメラーゼ(Geobacillus stearothermophilus由来のDNAポリメラーゼ又はそのラージフラグメント、販売元:和光純薬工業(株)、製造元:(株)ニッポンジーン、コードNo.:311-07481)、及び、Csaポリメラーゼ(例えば、販売元:和光純薬工業(株)、製造
元:(株)ニッポンジーン、コードNo.:319-07281)が挙げられる。
【0090】
鎖置換型核酸伸長酵素は1種を単独で使用してもく、2種以上を併用してもよい。鎖置換型核酸伸長酵素の反応液中の濃度は、好ましくは0.2〜0.6U/μl、より好ましくは0.35
〜0.45U/μlである。各dNTPの濃度は、好ましくは1mM〜1.5mM、より好ましくは1.1〜1.4 mMである。プライマーについては後述する。鎖置換型核酸伸長酵素は市販されており、それらを使用することができる。
【0091】
等温核酸増幅法を行う反応液は、緩衝剤、塩、界面活性剤、及び、ベタインを含むことが好ましい。
【0092】
緩衝剤としては、Tris-HCl、K2HPO4等が挙げられる。反応液のpHは通常7〜9、好ましくは7〜8.9、より好ましくは7.6〜8.8である。緩衝剤としてTris-HClを用いる場合、濃度は10mM〜25mMが好ましく、16〜22mMがより好ましい。
【0093】
塩としては、KCl、MgSO4、MgCl2、(NH4)2SO4等が挙げられ、反応液はKCl及びMgSO4の両
方を含むことが好ましい。KClの濃度は、5mM〜15mが好ましく、8〜12mMがより好ましい。MgSO4は濃度は、10mM〜40mMが好ましく、15mM〜25mMがより好ましい。MgCl2の濃度は、0.1mM〜1mMが好ましく、0.3mM〜0.8mMがより好ましい。(NH4)2SO4の濃度は、10mM〜30mMが
好ましく、15mM〜25mMがより好ましい。
【0094】
界面活性剤としては、Triton(ユニオンカーバイド社の登録商標)、Nonidet(シェル
社)、Tween(ICI社の登録商標)、Brij(ICI社の登録商標)等の非イオン系界面活性剤
、SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)等の陰イオン系界面活性剤、塩化ステアリルジメチル
ベンジルアンモニウム等の陽イオン系界面活性剤が挙げられる。
TritonとしてはTriton X-100(ポリエチレングリコール tert−オクチルフェニルエー
テル)等が,NonidetとしてはNonidet P-40(オクチルフェニル−ポリエチレングリコー
ル)等が、TweenとしてはTween 20(ポリエチレングリコールソルビタンモノラウラート
)、Tween 40(ポリエチレングリコールソルビタンモノパルミタート)、Tween 60(ポリエチレングリコールソルビタンモノステアラート)、Tween 80(ポリエチレングリコールソルビタンモノオレアート)等が、BrijとしてはBrij 56(ポリオキシエチレン(10) セチルエーテル)、Brij58(ポリオキシエチレン(20) セチルエーテル)等が挙げられる。Tween20(ポリエチレングリコールソルビタンモノラウラート)を用いる場合は、濃度は、0.1%〜0.4%が好ましく、0.15%〜0.25%がより好ましい。他の界面活性剤も、前記濃度に準じて、鎖置換型核酸伸長酵素の活性を阻害しない濃度を設定すればよい。
【0095】
核酸増幅反応液中の界面活性剤の種類及び濃度は、鎖置換型核酸伸長酵素の反応を阻害しない限り特に制限されない。例えば、陰イオン系界面活性剤が用いられる場合は0.0005〜0.01%の範囲が好ましく、陽イオン系界面活性剤が用いられる場合は0.0005〜0.01%の範囲が好ましい。
具体的には、SDSの場合の濃度は、通常0.0005〜0.01%、好ましくは0.0
01〜0.01%、より好ましくは0.001〜0.005%、より好ましくは0.001〜0.002%である。
【0096】
他の界面活性剤の場合、例えば、非イオン系界面活性剤が用いられる場合の濃度は、0.001〜1.5%の範囲が好ましい。
具体的には、Nonidet P-40の場合の濃度は、通常、0.001〜1.5%の範囲であれば良く、0.002〜1.2%が好ましく、0.9〜1.1%がより好ましい。
Tween 20、Tween 40、Tween 60、又はTween 80の場合の濃度は、0.1〜0.4%が好ましく、0.15〜0.25%がより好ましい。
Brij56又はBrij58の場合の濃度は、通常0.1〜1.5%の範囲であれば良く、0.4〜1.2%が好ましく、0.7〜1.1%がより好ましい。
核酸増幅反応に用いる酵素溶液に界面活性剤が含まれている場合は、同酵素溶液由来の界面活性剤のみでもよいし、さらに同種又は異なる界面活性剤を追加してもよい。
【0097】
ベタインとしては、トリメチルグリシン、カルニチン等が挙げられる。トリメチルグリシンを用いる場合は、濃度としては、通常0.5M〜1M、好ましく0.6M〜0.8Mが挙げられる。
【0098】
典型的な反応液組成は以下のとおりである。
Tris-HCl (pH7〜9) 10mM〜25mM
KCl 5mM〜15mM
MgSO4 5mM〜40mM
界面活性剤 0.1%〜0.4%
ベタイン 0.5M〜1M
dNTPs 各1mM〜1.5mM
鎖置換型核酸伸長酵素 0.2〜0.6U/μl
尚、この反応液組成は、核酸増幅反応が阻害されない限り、他の任意の成分が含まれることを妨げるものではない。
【0099】
本発明において「ターゲット領域」とは、染色体DNA、又はRNAのうち、等温核酸増幅法により増幅され得る領域であり、検出対象の微生物を検出することができるものであれば特に制限されず、目的に応じて適宜設定することができる。例えば、被検試料に検出対象の微生物と異なる種類の細胞が含まれる場合には、ターゲット領域は、検出対象の微生物に特異的な配列を有することが好ましい。また、目的によっては、複数種の微生物に共通する配列を有するものであってもよい。
さらに、ターゲット領域は単一であっても、複数であってもよい。検出対象の微生物に特異的なターゲット領域に対応するプライマーセットと、広汎な微生物の核酸に対応するプライマーセットを用いると、検出対象の微生物の生細胞量と、多数種の微生物の生細胞量を、同時に測定することができる。ターゲット領域の長さとしては、通常50〜5000塩基が挙げられる。
【0100】
核酸の増幅に用いるプライマーは、各種核酸増幅法の原理に基づいて、適宜設定することが可能であって、上記ターゲット領域を特異的に増幅することができるものであれば特に制限されない。
【0101】
好ましいターゲット領域の例は、5S rRNA遺伝子、16S rRNA遺伝子、23S rRNA遺伝子、tRNA遺伝子、及び病原遺伝子等の各種特異遺伝子である。これ
らの遺伝子の一つ又はその一部をターゲットとしてもよく、2又はそれ以上の遺伝子にまたがる領域をターゲットとしてもよい。微生物種に特異的なターゲット領域に対応した等温核酸増幅法用キットが市販されており、それらに含まれるプライマーを用いてもよい。
【0102】
複数種の微生物に共通するプライマーを用いると、被検試料中の複数種の微生物の生細胞を検出することができる。また、特定の細菌に特異的なプライマーを用いると、被検試料中の特定の菌種の生細胞を検出することができる。例えば、後記実施例4に記載されたプライマー(表15〜17中、F3、B3、FIP、BIP、LoopF、LoopB)を用いると、グラム陽性細菌及びグラム陰性細菌の生細胞を一斉検出することができる。具体的には、配列番号1、2、3、4、9、及び10の配列を有するプライマーのセット、配列番号10、11、12、13、14、及び17の配列を有するプライマーのセット、並びに配列番号18、19、20、及び21の配列を有するプライマーのセットが挙げられる。
【0103】
又、エンベロープを有するインフルエンザウイルスの場合、ヘマグルチニン(Hタンパク質)遺伝子やノイラミニダーゼ(Nタンパク質)遺伝子、ノロウイルスに代表されるカリシウイルス科ウイルスのRNAポリメラーゼ遺伝子、各種カプシドタンパクをコードしている遺伝子領域等が挙げられる。食中毒ウイルスとしてノロウイルスの他、ロタウイルス、アデノウイルスもあり、対象遺伝子はノロウイルス同様、RNAポリメラーゼ遺伝子、カプシドタンパクをコードしている遺伝子領域が標的領域となる。
【0104】
前記したように、検出対象がRNAの場合は、RNAから逆転写及びDNAポリメラーゼ反応によって二本鎖を形成させることによって、鋳型とすることができる。その場合は、工程c)の前に、逆転写酵素、プライマー、及び必要に応じて核酸伸長酵素を被検試料に添加し、RNAから二本鎖DNAを生成させる。
【0105】
プライマーの濃度は特に制限されないが、好ましくは0.01μM〜3μM、より好ましくは0.02μM〜1.8μMである。
【0106】
核酸増幅反応液にカルセインを添加しておくと、リアルタイムな核酸増幅の検出が可能
となる。その場合は、反応液はキレート剤を含まないことが好ましい。ダイレクトPCR法の好ましい形態では反応液に有機酸塩が含まれるが、有機酸はキレート剤として働くため、LAMP法でカルセインを用いると、マンガンに結合して消光していたカルセインからマンガンが奪われ、その結果増幅の有無にかかわらず蛍光を発するためである。
【0107】
本発明においては、等温核酸増幅反応の条件に特に制限はなく、通常の等温核酸増幅反応の条件を採用することができる。
【0108】
(4)工程d)
等温核酸増幅法により増幅した増幅産物を解析する。増幅産物の解析は、工程c)に続いて行われるか、又は、工程c)と同時に行われる。例えば、リアルタイムな増幅反応検出を行う場合は、工程d)は工程c)と同時に行われ得る。
【0109】
解析法は、増幅産物の検出又は定量が可能なものであれば特に制限されず、電気泳動法等が例示される。また、増幅産物の有無は、増幅産物の融解温度(TM)パターンを解析することによっても行うことができる。また、増幅産物は、増幅反応の進行により間接的に解析することができる。例えばLAMP法では、増幅効率が高いため、増幅反応に伴って生成するピロリン酸マグネシウムによる白濁によって増幅反応を検出することができる。この白濁は濁度計によって測定することができるが、目視によっても観察することができる。また、上記したように、カルセインを用いて増幅反応を検出することができる。
カルセインが蛍光を発するための最適励起波長は495nm、最大蛍光波長は515nmである。通常は240〜260nm、350〜370nmの紫外線が励起光として用いられているが、488nm前後の
可視光でも励起光として使用することができる。
カルセインの濃度は特に制限されないが、通常2〜5%、好ましくは3〜4%である。
【0110】
上記の検出方法は、本発明の方法における諸条件の最適化に際しても使用することができる。
【0111】
本発明の方法によって生細胞を検出する場合、増幅産物の解析は、同定されている微生物の標準試料を用いて作成された微生物量及び増幅産物との関連を示す標準曲線を用いると、生細胞の有無又は定量の精度を高めることができる。標準曲線は予め作成しておいたものを用いることができるが、被検試料と同時に標準試料について本発明の各工程を行って作成した標準曲線を用いることが好ましい。また、予め微生物量とDNA量又はRNA量との相関を調べておけば、その微生物から単離されたDNA又はRNAを標準試料として用いることもできる。
【0112】
<2>本発明のキット
本は発明のキットは、鎖置換型核酸伸長酵素を用いた等温核酸増幅法により、被検試料中の微生物の生細胞を、死細胞及び/又は損傷細胞と識別して検出するためのキットであって、下記の要素を含む。
1)微生物の核酸の核酸増幅法による増幅を、死細胞に選択的に阻害する薬剤、
2)下記組成の反応液を調製するための試薬、
Tris-HCl(pH7〜9) 10mM〜25mM
KCl 5mM〜15mM
MgSO4 5mM〜40mM
界面活性剤 0.1%〜0.4%
ベタイン 0.5M〜1M
dNTPs 各1mM〜1.5mM
鎖置換型核酸伸長酵素 0.2〜0.6U/μl
3)検出対象の微生物の核酸のターゲット領域を等温核酸増幅法により増幅するためのプライマー。
【0113】
好ましい界面活性剤、ベタイン、及び、鎖置換型核酸伸長酵素は、前記したとおりである。
【0114】
各試薬は、上記組成の反応液を調製し得るものであれば特に制限されず、例えば、濃縮液として各々別個の容器に収容され、使用時に上記の濃度となるように適宜混合、希釈されてもよく、2又はそれ以上の試薬が混合されて同じ容器に収容されていてもよい。鎖置換型核酸伸長酵素は、他の試薬と別の容器に収容されていることが好ましい。
【0115】
また、本発明のキットは、カルセインを含んでいてもよい。
【0116】
また、本発明のキットには、被検試料中に存在する微生物以外の細胞、タンパク質コロイド粒子、脂肪、又は糖質を分解する活性を有する酵素を追加することが可能である。
【0117】
酵素としては、被検試料中に存在する微生物以外の細胞、タンパク質コロイド粒子、脂肪及び糖質等の夾雑物を分解することができ、かつ、検出対象の微生物の生細胞を損傷しないものであれば特に制限されないが、例えば、脂質分解酵素、タンパク質分解酵素、及び糖質分解酵素が挙げられる。前記酵素は、1種類の酵素を単独で用いてもよいし、2種又はそれ以上の酵素を併用してもよいが、脂質分解酵素及びタンパク質分解酵素の両方、又は脂質分解酵素、タンパク質分解酵素、及び糖質分解酵素の全てを用いることが好ましい。
脂質分解酵素としては、リパーゼ、フォスファターゼ等が、タンパク質分解酵素としてはセリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼ、プロテイナーゼK、プロナーゼ等が、糖質分解酵素としてはアミラーゼ、セルラーゼ等が挙げられる。
【0118】
本発明のキットは、さらに、希釈液、等温核酸増幅用の酵素、本発明の方法を記載した説明書等を含めることもできる。
【0119】
<3>死滅しやすい微生物の生死判定
生理食塩水や滅菌水にけん濁させたときに死滅しやすい微生物や、カタラーゼを保有していない微生物等は、生死判定剤が生細胞にも透過し、生死判定がし難い場合がある。そのような微生物であっても、生死判定剤処理を、D-MEM (Dullbecco's Modified Eagle Media)、RPMI 1640、Ham's F-12、D-MEM/F-12 (1:1)、イーグルMEM (Eagle's Minimum Essential Media)、アルファMEM (Alpha modification of Eagle's MEM)、イーグル基礎培地 (Basal Medium Eagle)、マッコイ5A改変培地 (McCoy's 5A Modified Medium)、M-199培地、イスコフMDM培地 (Iscove's Modified DMEM) 等の基礎培地から塩、抗生物質、色素等
を除いた栄養成分の少なくとも1種を含む細胞懸濁液中で行うことによって、生死判定をし易くすることができる。このような栄養成分としては、蛋白質、糖類、脂質からなる群から選択されるいずれか1種又は複数種が好ましく、酵母エキスを用いることが特に好ましい。
上記栄養成分の濃度は、好ましくは0.5%〜10%、より好ましくは1%〜5%である。この濃度は、栄養成分を複数種用いる場合は、合計量での濃度である。
【0120】
すなわち、本発明は、被検試料中の微生物の生細胞を、死細胞及び/又は損傷細胞と識別して検出する方法であって、以下の工程:
a)前記被検試料に、微生物の核酸の核酸増幅法による増幅を、死細胞に選択的に阻害する薬剤を添加する工程、
c)被検試料中の微生物の核酸のターゲット領域を核酸増幅法により増幅する工程、及びd)増幅産物を解析する工程、
を含む方法において、工程a)を酵母エキスを0.5%〜10%含む細胞懸濁液中で行うことを特徴とする方法を提供する。
【0121】
上記のような微生物としては、生理食塩水中で死滅し易いレジオネラ属細菌、微好気性細菌である、カンピロバクター・ジェジュニ、カンピロバクター・コリなどのカンピロバクター属細菌、生理食塩水では塩濃度が低すぎるため自然死し易い腸炎ビブリオ菌などのビブリオ属細菌、試験室温度では損傷し易い細菌である好冷菌(やリステリア属)、偏性嫌気性菌(ボツリヌス菌やウエルシュ菌などのクロストリジウム属細菌、ヘリコバクター・ピロリ菌などのヘリコバクター属細菌)、人工での培養が困難な細菌群(偏性細胞内寄生細菌群、例えばライ菌等のマイコバクテリウム属細菌、クラミジア科細菌、リケッチア属細菌)、リン菌等のナイゼリア属細菌等が挙げられる。
【0122】
また、上記のような微生物には、別の生物の細胞内でのみ増殖可能であり、それ自身が単独では増殖できないような偏性細胞内寄生性微生物が含まれ、ヌクレオカプシドのみを有するウイルス(例えばノロウイルス)やエンベロープを有するウイルス(インフルエンザウイルス)等のウイルス全般が含まれる。具体的には、ポックスウイルス科、ヘルペスウイルス科、アデノウイルス科、パピローマウイルス科・ポリオーマウイルス科、パルボウイルス科、ピコルナウイルス科、カリシウイルス科・アストロウイルス科・コロナウイルス科、トガウイルス科・フラビウイルス科、オルトミクソウイルス科、パラミクソウイルス科、ラブドウイルス科・フィロウイルス科・ボルナウイルス科、アレナウイルス科・ブニヤウイルス科、レオウイルス科、レトロウイルス科、肝炎ウイルスなどのウイルスが挙げられる。
【0123】
上記方法における生死判定剤としては、前記した、350nm〜700nmの波長の光照射により核酸に共有結合する薬剤、及び白金族元素の錯体が挙げられる。生死判定剤が350nm〜700nmの波長の光照射により核酸に共有結合する薬剤を用いる場合は、同薬剤を添加した被検試料に350nm〜700nmの波長の光照射処理を行う。
【0124】
核酸増幅反応は、PCRのような、変性、アニーリング、及び伸長反応からなるサイクルを繰り返す方法であってもよく、等温核酸増幅法であってもよい。また、増幅産物の解析は、核酸増幅法に応じて適宜選択することができる。
【実施例】
【0125】
以下に、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0126】
〔実施例1〕ダイレクトLAMP法用マスターミックスの検討(1)
LAMP法による核酸増幅を細胞からの核酸の抽出を行わずに行うための反応液(ダイレクトLAMP法用マスターミックス)の組成等を検討した。
【0127】
1−1)試験方法
レジオネラ・ニューモフィラ(Legionella pneumophila) ATCC33153株をBCYEα培地にて37℃、2日培養したコロニーを釣菌し、生理食塩水にけん濁させ、2.1±0.32 log cfu/mlの生細胞けん濁液を調製した。ATCC菌株は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレク
ション(住所 12301 Parklawn Drive, Rockville, Maryland 20852, United States of America)から入手することができる。
【0128】
上記生細胞けん濁液を冷却遠心(4℃、10分、3,000×G)し、上清を完全除去し、1 ml
の滅菌水にて洗浄後、同様の冷却遠心処理にて上清を完全除去した。沈澱(ペレット)に30 μlの滅菌水を加えて懸濁させ、定量的にその懸濁液を新しいPCRチューブに移した。
そのPCRチューブを96℃、3分処理後4℃に急冷したサンプルと未加熱サンプルをそれぞれ
準備した。
【0129】
また、遺伝子増幅に用いるマスターミックスとして、表1に示す組成のLAMP法用マスターミックス1と、表2に示すLAMP法用マスターミックス2をそれぞれ調製した。
LAMP法用マスターミックス1は、栄研化学 Loopampレジオネラ検出試薬キットEの基本組成に、増幅遺伝子検出用に蛍光色素カルセイン(Calcein、栄研 Fluorescent Detection Reagentを使用)を追加したものである。
LAMP法用マスターミックス2は、LAMP法用マスターミックス1に、細胞からの核酸の抽出を行わずにPCRを効率よく行うために必要な、核酸増幅阻害物質の働きを抑制する薬剤の混合物の濃縮液(表3。この濃縮液を、濃縮ダイレクトバッファーコンポーネント、「cDBC」と記載する。国際公開第2011/010740参照)を添加したものである。
表1、2の「RM leg」(レジオネラ用reaction mixture)には、レジオネラの16S rRNA遺伝子を増幅するためのプライマー(FIP、BIP、Loop-F、Loop-B、F3、及びB3)が含まれている。
【0130】
cDBCは、ウシ血清アルブミン(BSA; Sigma A7906)、クエン酸三ナトリウム2水和物(TSC: Tri-Sodium Citrate Dihydrate; 関東化学、東京)、塩化マグネシウム6水和物(31404-15 ナカライテスク、京都)、卵白リゾチーム(126-02671 Lysozyme from egg white;
和光純薬、大阪)、Brij58(P5884-100G; Sigma)の各ストック溶液を、表3に示す濃度となるように混合したものである。
マスターミックス2には、栄研化学 レジオネラ検出試薬キットEの基本組成メーカー
マニュアルに従うと、終濃度として8 mM相当のMgSO4が元来含まれていると推察されるた
め、合計のMg2+は11 mM相当と推測された。Brij 58、MgCl2、及びTSCは滅菌水にて溶解後、オートクレーブ(121℃、20分)し、水冷後室温に戻し、ストック溶液として使用した
。BSA、Lysozymeは滅菌水にてストック溶液を調製し、0.22μmフィルターにて濾過滅菌し、ストック溶液とした。
【0131】
前記で得られた加熱及び未加熱のレジオネラ生細胞けん濁液を、冷却遠心処理(4℃、10分、3,000×G)して上清をほぼ除去し、ペレット(2.5 μl相当)に表1及び表2に示す各マスターミックスを加え、LAMP増幅(65℃、100分;80℃、2分;4 ℃、2分)(2回)を
行った。LAMP増幅において、65℃による遺伝子増幅工程における1分を1サイクルと定義した。ターゲット遺伝子増幅の程度はカルセインの総蛍光量として把握し、蛍光境界値を20,000とし、それを最初に超える遺伝子増幅時間(分又はサイクル数)をCt値とした。
【0132】
【表1】
【0133】
【表2】
【0134】
【表3】
【0135】
1−2)試験結果及び考察
試験結果を表4に示す。
【0136】
【表4】
【0137】
表4に示されるように、LAMP法による核酸増幅を行う前に加熱処理(96℃、3分)を行
い、かつ、マスターミックス1を使用した場合のみ、ターゲット遺伝子の増幅が検出された。
マスターミックス2で増幅が検出されなかったのは、cDBCに含まれるBSAやリゾチーム
のようなPCR法には有効な成分が、鎖置換型ポリメラーゼ反応を阻害したためである可能
性がある。また、cDBC中のTSC(クエン酸三ナトリウム2水和物)は金属キレート剤であり、それがカルセインを消光していたマンガンと反応することによって、増幅反応に伴う蛍光の増加が観察されなかった可能性が高い。
【0138】
マスターミックス1を使用した場合でも、予め細胞懸濁液の加熱処理を行わないと増幅が観察されなかった。PCRでは、通常、反応サイクルの前に長目の変性処理(加熱処理)
が行われる。ダイレクトPCRでは、核酸増幅反応は主として細胞内で起きていると推定さ
れている。具体的には、核酸増幅反応における細胞の高温処理等によって、細胞の形態は維持され、染色体DNAは細胞内に残されつつも、微生物の細胞膜又は細胞壁にピンホールもしくは空隙が形成され、プライマー及び核酸増幅に必要な酵素等は細胞内に流入し、細胞内で増幅反応が起きると考えられている。そして、増幅産物の遺伝子長によって、一部分が細胞内にとどまる又は細胞外に流出するものと推定されている(以上、国際公開第2011/010740)。ダイレクトLAMP法において、細胞懸濁液を予め加熱処理した場合のみに
増幅反応が観察されたことは、上記の推定が正しいことを示唆している。
【0139】
〔実施例2〕ダイレクトLAMP法用マスターミックス組成の検討(2)
2−1)試験方法
レジオネラ・ニューモフィラ(Legionella pneumophila) ATCC33153株をBCYEα培地にて37℃、2日培養したコロニーを釣菌し、生理食塩水にけん濁させ、2.5±0.21 log cfu/mlの生細胞けん濁液を調製した。
【0140】
次に、上記生細胞けん濁液1 mlを検体とし、終濃度5 μg/mlのEMAにて計3回の多段階EMA処理(1回目EMA処理:遮光下氷上5 μg/ml 5分、2回目EMA処理:5 μg/ml 5分、3回
目EMA処理:5 μg/ml 5分)を行った。各EMA処理後に、5分可視光照射した。尚、各EMA処理間の洗浄は行わなかった(特記しない限り、他の実施例でも同様)。また、それぞれの検体に対し未処理群も用意した。
【0141】
多段階EMA処理群と未処理群を冷却遠心処理(4℃、10分、3,000× G)し、上清を完全
除去し、1 mlの滅菌水にて洗浄後、同様の冷却遠心処理にて上清を完全除去し、ペレットに対して30 μlの滅菌水を加えて懸濁させ、定量的にその懸濁液を新しいPCRチューブに
移した。そのPCRチューブを96℃、3分処理後4℃に急冷し、ダイレクトLAMP用のマスター
ミックス中の酵素等の各コンポーネントが細菌細胞を効果的に透過するようにした。
【0142】
次に、冷却遠心処理(4℃、10分、3,000× G)して上清をほぼ除去し、ペレット(2.5 μl相当)に対してダイレクトLAMP用のマスターミックス11〜17 μlを加え、65℃、100分;80℃、2分;4 ℃、2分のLAMP増幅を行った。ダイレクトLAMP用のマスターミックスは、栄研化学 Loopampレジオネラ検出試薬キットEの基本組成に、増幅遺伝子検出用に蛍光色素カルセイン(Calcein、栄研 Fluorescent Detection Reagentを使用)を添加し、さらに等温型DNA伸長酵素Csaポリメラーゼ(ニッポンジーン社)を追加したものである。65℃による遺伝子増幅工程において1分の反応を1サイクルと設定し、LAMP法によるターゲット遺伝子増幅の程度は、カルセインの総蛍光量として把握した。その際、蛍光境界値を20,000とし、それを最初に超える遺伝子増幅時間(分(min)又はサイクル数)をCt値と定義
した。以下に、その詳細を示す。
【0143】
まず、対照群(コントロール)となる基本マスターミックス組成を表5に示す。この基本マスターミックスは、栄研化学 レジオネラ検出試薬キットEの基本組成に、このキットの添付文書に従いカルセインを添加したものであるが、反応容量を1/2にスケールダウンさせ、11 μlのマスターミックスに2.5 μl相当のDNA溶液を鋳型として添加した反応系である。
【0144】
次に、コントロールとなる基本マスターミックスに、Csa ポリメラーゼ(8U/μl) 1μl
、及び、表6に示す添加剤1μlを添加したマスターミックスを調製した。表6中、「+」
はCsa ポリメラーゼ、又は添加剤を加えたことを示す。添加剤としては、(NH4)2SO4(関
東化学、東京)、Tween20 (Bio-Rad、Richmond、CA、USA)、KCl (関東化学、東京)、ベタイン (トリメチルグリシン、Acros、New Jersey、USA)、dNTPs (タカラバイオ、滋賀)を
使用し、dNTPs以外は表6に示される濃度にてミリQ水にて溶解後、オートクレーブ(121℃、15分)処理した。
【0145】
【表5】
【0146】
【表6】
【0147】
2−2)試験結果及び考察
試験結果を表7に示す。
【0148】
【表7】
【0149】
表7に示されるように、レジオネラ生細胞の未処理群に関しては、組成2及び6を除き、基本マスターミックスである組成1のCt値と大きな差はなかった。一方、レジオネラ生細胞を生理食塩水中にてEMA処理した生細胞に関するCt値は、組成1のCt値が35.3と最も
高く、生細胞に一部透過した可能性のあるEMAにより、最も顕著なターゲット遺伝子増幅
抑制が観察された。
好適なマスターミックスの性能として、未処理、EMA処理に関わらず、組成1と比較し
て生細胞のCt値は低い値を呈するマスターミックス組成が最善である。以上により、ダイレクトLAMP法のためには、組成4が本実施例においては適当であると考えられる。
【0150】
〔実施例3〕ダイレクトLAMP法マスターミックス組成の検討(2)
実施例2においてダイレクトLAMP法用マスターミックス組成として、従来の典型的な基
本マスターミックスに、等温型DNA伸長酵素Csaポリメラーゼ、(NH4)2SO4、及びTween20を強化した組成が適当であることがわかった。本実施例では、各添加剤の好適濃度を検討した。
【0151】
3−1)試験方法
Legionella pneumophila ATCC33153株をBCYEα培地にて37℃、2日培養したコロニーを
釣菌し、生理食塩水にけん濁させ、2.7±0.18 log cfu/mlの生細胞けん濁液を調製した。この生細胞けん濁液について、実施例2と同様にして、多段階EMA処理、及び、LAMP増幅
を行い、Ct値を測定した。但し、ダイレクトLAMP用マスターミックスには、表8に示す組成のマスターミックス(14μl)を使用した。基本マスターミックスは、表5に示したも
のである。表8中、「+」はCsa ポリメラーゼ、又は添加剤を加えたことを示す。
【0152】
尚、ターゲット遺伝子増幅時間(65℃、100分)は、前記キットの推奨時間60分を大幅
に超えているが、これは、ダイレクトLAMP法マスターミックスは前記キット以外の酵素、試薬も含んでおり、DNA等のケミカルコンタミネーションによる非特異増幅反応等が生じ
る可能性も考えられたためである(実施例2でも同様)。
【0153】
【表8】
【0154】
3−2)試験結果及び考察
試験結果を表9に示す。
【0155】
【表9】
【0156】
表9によれば、EMA未処理群、処理群に関わらず、組成1と比較してCt値が低い傾向に
あるのが組成6と判断された。しかし、組成6により陰性コントロールをLAMP増幅(75〜100分)した結果、非特異反応と推察される遺伝子増幅が観察されたことから、組成6の
内、Csaポリメラーゼ(8U/μl)の添加量を1 μl(8U)から0.4 μl (3.2U)に低減し、代わりに0.6 μlの滅菌水を加え、(NH4)2SO4とTween20の添加含量は組成6と同様にしたマ
スターミックスを好適マスターミックスとした。その組成を表10に示す。
【0157】
【表10】
【0158】
上記組成を濃度に換算すると、表11の通りである。
【0159】
【表11】
【0160】
〔実施例4〕白金錯体を用いたダイレクトLAMP法によるグラム陰性細菌及びグラム陽性細菌の検出
前述の実施例2の表7及び実施例3の表9に示されるように、マスターミックス組成を好適化することにより、ダイレクトLAMP法によりレジオネラ菌の生細胞をリアルタイムに検出できることが判明した。
本実施例では、微生物の生細胞をと死細胞又は損傷細胞とを区別可能な試薬として、テトラキス(トリフェニルホスフィン)白金(II)(etrakis(triphenylphosphine)platinum(II))を用いたダイレクトLAMP法による、レジオネラ菌以外のグラム陰性細菌及びグラ
ム陽性細菌の生細胞・死細胞の判定を行った。
【0161】
4−1)試験方法
グラム陰性細菌シトロバクター・フロインディイ(Citrobacter freundii)NBRC12681
、エシェリヒア・コリ(E. coli)JM109、クレブシエラ・ニューモニア(Klebsiella pneumoniae)NBRC3321、クロノバクター・サカザキ(Cronobacter sakazakii)(旧名、エンテロバクター・サカザキ(Enterobacter sakazakii))ATCC51329、エンテロバクター・
クロアカエ(Enterobacter cloacae)IFO13535、E. coli O157 VT1 IS001、及びE. coli DH5αは、BHIブロスにて37℃、18時間培養後、菌体を滅菌水にて洗浄し、滅菌水にけん濁して、生細胞けん濁液とした。
【0162】
グラム陰性細菌ビブリオ・バルニフィカス(Vibrio vulnificus)L-1 opacityは、3%食塩加 トリプトソイブロスにて18時間培養後、菌体を生理食塩水にて洗浄し、滅菌水にけ
ん濁して、生細胞けん濁液とした。この菌株は、滅菌水中では死滅し易いが、白金錯体は生理食塩水環境下では死細胞の核酸と配位結合しにくくなるので、滅菌水を用い、白金錯体への暴露は速やかに行った。この生細胞けん濁液の一部を沸騰水に3分浸漬し、死細胞けん濁液を調製した。この死細胞けん濁液には損傷細胞及び死細胞が含まれるが、以下、これらを包括して「死細胞」と表記する。
【0163】
グラム陽性細菌である、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、ミクロコッカス・ルテウス(Micrococcus luteus)ATCC9341、及びバチルス・セレウス(Bacillus cereus)JCM2152は、BHIブロスにて37℃、2日間培養後、菌体を滅菌水にて洗浄し、滅菌水にけん濁した。Bacillus cereusは、主に栄養型細胞を試験に供した。これらの生細胞けん濁液の
一部を沸騰水に3分浸漬し、死細胞けん濁液を調製した。
上記グラム陰性細菌は、生細胞けん濁液10 μlに滅菌水90 μlを加え、およそ8 log cfu/mlオーダーの生細胞けん濁液を調製した。同様にして、8 log cells/mlオーダーのグラム陰性細菌・死細胞けん濁液を調製した。これらの生細胞けん濁液及び死細胞けん濁液の90 μlを、後述の白金錯体の暴露に供した。
グラム陽性細菌は、生細胞けん濁液又は死細胞けん濁液90 μl(およそ8 log cfu/mlオーダー)を、そのまま下記の白金錯体の暴露に供した。
【0164】
tetrakis(triphenylphosphine)platinum(II)(Sigma)7.21 mg (5.11 μmol)を正確に秤
量し、1275.9 μlのDMSOに溶解して4 mMの白金錯体溶液を調製した。その後、生理食塩水にて40倍希釈して、100 μMの白金錯体水溶液を調製した。
【0165】
100 μM白金錯体水溶液10 μlを、前記各グラム陰性細菌及び陽性細菌の生細胞けん濁
液(8 log cfu/mlオーダーレベル)又は死細胞けん濁液(8 log cells/mlオーダーレベル)90 μlに添加し、白金錯体作用濃度を前記実施例におけるEMAと類似濃度の10 μMにし
、恒温水槽(PERSONAL-11、TAITEC、Tokyo、Japan)にて37℃、15分間保持した。その後
、冷却遠心(4℃、10,000× G、5分)により上清を除去し、そのペレットを150 μlの滅
菌水にけん濁させ、よく攪拌した後、同様の冷却遠心分離を行い、上清を除去し、ペレットに30 μlの滅菌水を加えて懸濁させ、定量的にその懸濁液を新しいLAMP増幅反応チューブ(定量PCRチューブ)に移した。
【0166】
それらのチューブを96℃で、3分(グラム陽性細菌生細胞検出の場合、96℃、10分)処
理後、4℃に急冷し、その後のダイレクトLAMP用のマスターミックス中の酵素等の各コン
ポーネントが細菌細胞を効果的に透過するようにした。
次に、冷却遠心処理(4℃、10分、3,000× G)して上清をほぼ除去し、ペレット(2.5 μl相当)に対してダイレクトLAMP用のマスターミックス10.5 μlを加え、63℃、90分 (
プライマーとしてGN_GP_ID_4を用いた場合のみ90分では非特異反応が生じるため50分に設定);80℃、2分;4 ℃、2分のLAMP増幅を行った。尚、LAMP法のダイレクトLAMP用のマス
ターミックスの組成を表12〜14に示す。表12〜14中、Loopamp DNA増幅試薬キッ
ト添付 2×RMは、表10のRM legに相当するが、この「2× RM」にはレジオネラ検出用LAMPプライマーは含まれていない。しかし、これらの組成に従えば、プライマーを除き表10の組成と有意な差はない。
【0167】
【表12】
【0168】
【表13】
【0169】
【表14】
【0170】
LAMP用のプライマーは以下のようにして設計した。GenBankデータベース(http://www.ebi.ac.uk/genbank/)から、下記の微生物に関する16S rRNA遺伝子情報を取得した。カッコ
内にアクセションナンバーと配列長を示す。
Bacillus cereus Se07(JN700112; 1,438_bp)
シトロバクター・コーセリ(Citrobacter koseri)NBRC 105690(AB682264; 1,467_bp)
シトロバクター・フロインディ(Citrobacter freundii)5N09 (JQ271810; 1,430_bp)
エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus faecium)JCM8905 (AB690254; 1,449_bp)クレブシエラ・ニューモニエ(Klebsiella.pneumoniae)(X80684; 1,459_bp)
リステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)isolate 44(AJ535697; 1,404_bp)、
マイコバクテリウム・アビウム サブスピーシーズ パラツベルクローシス(Mycobacterium avium subsp. paratuberculosis) ATCC19698 (EF521896; 1,442_bp)
サルモネラ・エンテリティディス(Salmonella enteritidis) strain E1(EU118100; 1,546_bp)
ラクトバチル・アシドフィルス(Lactobacillus acidophilus)ATCC4356 (AB008203; 1,553_bp)
スタフィロコッカス・アウレウス(Staphylococcus aureus)ATCC12600(X68417; 1,555_bp)
【0171】
前記全ての遺伝子情報を一列に並べ、ClustalWにより各遺伝子領域を解析し、前記全ての属で一致した塩基、及び、一つでも完全一致性が保たれなかった塩基を同定し、各微生
物の16S rRNA遺伝子領域中の保存領域とバリアント領域を解析した。
【0172】
Staphylococcus aureus ATCC12600 の16S rRNA遺伝子塩基配列を代表例とし、具体的方法を以下に示す。解析ソフト(PrimerExplorer Ver.3、栄研化学;富士通)に Staphylococcus aureus ATCC12600 の16S rRNA遺伝子の塩基配列、及び、その配列中に前記全ての
属に関して保存されている領域とバリアント領域をマニュアルにて登録した。後述するFIPプライマーを構成するF2及びF1c部、BIPプライマーを構成するB2及びB1c部、F3及びB3プライマーに関して以下の制限を設けた。F2部、F3プライマー、B2部、B3プライマーに関しては全て、オリゴヌクレオチドの5’末端側、及びインナー(中間部)部は、鋳型DNAと相補性が保たれていなくてもよく、オリゴヌクレオチド3’末端側は鋳型DNAと完全に相補性が保たれているように設定した。また、F1c部とB1c部に関しては、オリゴヌクレオチドの3’末端は鋳型DNAと相補性が保たれていなくてもよく、5’末端は鋳型DNAと完全に相補性が保たれるように設定した。
【0173】
その他、F2とB2の距離(実質上FIPとBIPに挟まれる塩基数)を120〜300_bp、F1cとF2の距離は40〜60_bp、F2とF3の距離は0〜450_bp、F1cとB1cの距離は0〜260_bpというように
、デファオルト設定から科学的・理論的に許容される範囲内で設定を変更した。その他のパラメーターはデフォルト設定を優先した。
【0174】
Loopプライマー(後述のLoopFとLoopBプライマー)に関しては、FIP、F3、BIP、B3の各プライマーが確定されてから、PrimerExplorer Ver.3のループプライマー作成マニュアルに従って作成した。これらの設定により、前記全ての微生物から、大別して2種類のLAMP増幅断片(最小ユニット:断片の一方の末端にFlc部と他方の末端にBlc部の塩基が追加されている。)が得られることが理論的に導けた。
この最小ユニットとは、後述のFIP及びBIPにより両末端にダンベル構造を有するLAMP増幅断片の最小サイズを意味し、具体的には前記Genbankに登録されているS. aureus 16S rRNA遺伝子の5’末端から690番目〜889番目の塩基配列に相当する塩基配列を含む最小ユニットと、S. aureus 16S rRNA遺伝子の5’末端から1050番目〜1203番目の塩基配列を含む
最小ユニットが主に産生されると考えられる。
【0175】
前者の最小ユニットの場合、S. aureus 16S rRNA遺伝子の5’末端から709番目〜870番
目に相当する塩基配列は必ず含んでいると推察され、後者の最小ユニットの場合でも、S.
aureus 16S rRNA遺伝子の5’末端から1068番目〜1185番目に相当する塩基配列は必ず含
んでいると推察される。それら最小ユニットの2n倍の長さのLAMP増幅断片が、反応(n)
の進行につれて得られる。
すなわち、全ての微生物(特に細菌の場合)をLAMP法により一斉に検出するためには、大別して前記2種類の最小ユニットしか得られないことが分かったので、以下の実験にて実際に増幅反応が進行するかを検討することにした。
【0176】
グラム陰性細菌及びグラム陽性細菌一斉検出用LAMPプライマーセット(GN_GM_ID_3、GN_GM_ID_4、GN_GM_ID_9)の各プライマーの塩基配列(詳細情報)を、各々表15〜17に示す。
【0177】
【表15】
【0178】
【表16】
【0179】
【表17】
【0180】
表15〜17に記載した項目は以下のとおりである。
a) FIP、BIP、F3、及びB3の4種類による各プライマーダイマーに関して、その中で最も生成する可能性が高いプライマーダイマーの、その反応におけるギプス自由エネルギー変化量(dG)が-4より小さくなるとダイマー生成の可能性が高くなりLAMP増幅を阻害する可能
性が高くなる。本系においては、dG = -2.27で-4より高いため、プライマーダイマーの生成は無視できるレベルである。
b) FIPは5’-F1c-F2-3’の配列にて連結したプライマーを意味する。BIPは5’-B1c-B2-3
’の配列にて連結したプライマーを意味する。FIP、BIPの配列は、j)のSequenceを参照。LoopF及びLoopBは、FIP及びBIPが自己伸長のオリゴヌクレオチドにそれぞれアニールし、ループを形成し易いように補助するプライマーでありループプライマーとも定義される。c) GenBank database (http://www.ebi.ac.uk/genbank/)のアセッションナンバーS. aureus ATCC12600 (X68417)の16S rRNA遺伝子塩基配列(1555_bp)の5’末端を基準とする位置
。16S rRNA遺伝子においてアニールする各プライマー5’側末端の位置を示す。
d) GenBank database (http://www.ebi.ac.uk/genbank/)のアセッションナンバーS. aureus ATCC12600 (X68417)の16S rRNA遺伝子塩基配列5’末端を基準とする位置。16S rRNA遺伝子においてアニール(接着)する各プライマー3’側末端の位置を示す。
e) 各プライマーの長さ。
f) 各プライマーのTm(融解温度)。
g) 各プライマーの5’末端が鋳型DNAにアニールする度合いを示すもので、そのアニーリ
ング反応におけるギプスの自由エネルギー変化量を示す。-4未満の値であれば、良好なアニーリング反応が起こる。
h) 各プライマーの3’末端が鋳型DNAにアニールする度合いを示すもので、そのアニーリ
ング反応におけるギプスの自由エネルギー変化量を示す。-4未満の値であれば、良好なアニーリング反応が起こる。
i) 各プライマーのGC含量。
j) 各プライマーの塩基配列情報。太字斜体は、種々のグラム陰性細菌及びグラム陽性細
菌において、当該プライマーが16S rRNA遺伝子領域にアニールした際、必ずしも相補性が保たれているとは限らないプライマー領域であり、トータルバクテリアを検出するためにプライマーの塩基配列にバリエーションを持たせた領域である。太字斜体以外の領域は、全てのトータルバクテリアに対して当該プライマーの相補性が完全に保たれている領域。
【0181】
また、グラム陽性細菌は外膜はないものの、グラム陰性細菌と比較して有意に層の厚いペプチドグリカン層があるため、ダイレクトLAMP法を実施するに当たり、Bst ポリメラーゼやCsa ポリメラーゼの酵素を始めとするダイレクトLAMPマスターミックスの各試薬が微生物細胞内に浸透するか不明であった。特にグラム陽性細菌の場合、最終的なダイレクトLAMP法で陰性を呈した時、LAMP法各試薬の生細胞への浸透が不十分であったのか、又はプライマーの設計が不適切であったのか不明であることが推察されたので、細菌から抽出したDNAを鋳型とするLAMP増幅も行った。
具体的には、各グラム陰性細菌及びグラム陽性細菌の培養液1 mlからNucleoSpin Tissue XS (MACHEREY-NAGEL GmbH & Co. KG、Duren、Germany製造;TaKaRa-Bio販売)を用いて
作業マニュアルに従いDNAを抽出し、最終的に滅菌水にDNAを溶解させた。抽出し精製されたDNA水溶液の光学的濃度を測定し、DNAのみ高効率にて抽出されていることを確認した。
【0182】
次に、各精製DNA水溶液を滅菌水にて5 ng/μlに濃度を合わせ、その2 μlを前記ダイレクトLAMPマスターミックス組成1、2、及び3に加えて、LAMP増幅反応をダイレクトLAMPと同様にして実施した。すなわち、1LAMP増幅チューブ当たり10 ngのDNAが含まれ、これ
は細菌細胞では2× 106 セルに相当した。
【0183】
4−2)試験結果及び考察
結果を表18〜21に示す。表中、「ND」はターゲット遺伝子増幅が検出されないことを、「ND×2」は2回の操作で同じ結果であったことを示す。以下、同様。
【0184】
【表18】
【0185】
【表19】
【0186】
【表20】
【0187】
【表21】
【0188】
表18〜20によれば、前述の実施例4にて好適化したダイレクトLAMPマスターミックス(表12〜表14を参照)により、グラム陰性細菌とグラム陽性細菌を一斉に検出できた。また、表21に示されるように、直接DNAを鋳型とするダイレクトLAMP法により、全
ての細菌種からターゲット遺伝子の増幅が可能であった。
表18〜20の実験では、各細菌生細胞の回収率100%と見なすと、およそ9× 106 cfu / チューブにてLAMP増幅反応が行われていることになり、回収率が遠心処理などにより一部低下するとしても6 log cfu / チューブレベルは当該反応に供されている。
一方、表21の実験では、10 ngのDNAは通常2× 106 cfuの細菌細胞数に相当するため
、表18〜20における細胞数と有意な差は考えられない。
【0189】
表18〜20の各生細胞のCt値は、表21の該当するCt値と比較しても、基本的には有意なCt値の遅れは観測されず、ダイレクトLAMP法では、増幅反応の障害となる要素は特にはないと考えられた。
【0190】
生細胞と死細胞をダイレクトLAMP法により識別する場合、10 μMのTetrakis(triphenyl
phosphine)platinum(II)では僅か1回処理で各種のグラム陰性細菌死細胞及びグラム陽性
細菌死細胞のLAMP増幅を完全に抑制した。EMAでは、以後に示す実施例において、11.9 μM(5 μg/ml)の連続3回処理を実施しても、6.2 log cells/mlのレジオネラ死細胞のLAMP増幅を完全には抑制できなかったことと比較すると、ダイレクトLAMP法には白金錯体が好ましい可能性がある。
【0191】
以上により、好適なダイレクトLAMPマスターミックスは、広範囲なグラム陰性細菌及びグラム陽性細菌の一斉増幅も可能であると考えられる。
【0192】
〔実施例5〕生細胞・死細胞判定試薬に暴露された場合のDNA損傷(不活性化)度合いの
評価
白金錯体を用いたダイレクトLAMP法とダイレクト・リアルタイムPCR法によるE. coliの生細胞と死細胞の識別を比較した。
【0193】
5−1)試験方法
E. coli JCM109株をBHIブロスにて37℃、18時間培養後、滅菌水にて洗浄し、滅菌水に
懸濁させて、生細胞けん濁液(1.1× 106 cfu/ml; 6.0 log cfu/ml)を調製した。この
生細胞けん濁液の一部を沸騰水に3分浸漬し、死細胞けん濁液(1.1× 106 cells/ml)を
調製した。これらのそれぞれ1 mlを下記白金錯体の暴露に供した。
【0194】
tetrakis(triphenylphosphine)platinum(II)(Sigma、分子量1244.22)6.04 mg(4.85
μmols)を精確に秤量し、1213.6 μlのDMSOに溶解して4 mM溶液を調製した。この溶液をDMSOで2倍希釈して、2000 μMの白金錯体溶液を調製した。
【0195】
前記2000 μM白金錯体溶液5 μlを、上記生細胞けん濁液1 ml又は死細胞けん濁液1 ml
が入っているマイクロチューブの蓋に添加し、添加終了後、丁寧に蓋を閉め一斉に試験サンプルを攪拌後、恒温水槽にて37℃で12.5分間保持した。その後、冷却遠心処理(4℃、8,000× G、5分)し、上清を除去しそのペレットを1 mlの滅菌水にて洗浄した。
洗浄後のペレットに滅菌水60 μlを加えよく攪拌後、30 μlを新しいLAMP増幅反応用チューブ(定量PCRチューブ)に移し、そのチューブを96℃、3分処理後4℃に急冷し、その
後のダイレクトLAMP用のマスターミックス中の酵素等の各コンポーネントが細菌細胞を効果的に透過するようにした。
【0196】
次に、冷却遠心処理(4℃、10分、3,000× G)して上清をほぼ除去し、ペレット(2.0 μl相当)に対して表13:組成2(GN_GM_ID_4)のダイレクトLAMP用マスターミックス
を加えて全量を12.5 μlに調製し、65℃、100分;80℃、2分;4 ℃、2分)のLAMP増幅を行った。
【0197】
一方、リアルタイムPCRは以下のようにして行った。前記の白金錯体暴露後の生細胞け
ん濁液、及び、死細胞けん濁液30 μlを定量PCRチューブに移し、冷却遠心処理(4℃、10分、3,000× G)後、上清を除去し、下記表22に示すダイレクト・リアルタイムPCRマスターミックスを添加し、全量を25 μlに調製した。尚、Taq DNA Polymerase with Standard Taq Buffer (New England Biolabs Japan Inc.; M0273S)(「NEB 10× buffer」と記
載)をqPCRバッファー(定量PCRバッファー)として用いた。
【0198】
また、表22に示すように、Taqポリメラーゼを通常使用の×4倍量加え、さらにcDBC(10× DBC)(表3参照)を所定量添加して調製したダイレクト・リアルタイムPCR(DqPCR)マスターミックス(特願2013-542301)を用いて、DqPCR増幅(45 cycles)を2回実施した。「NEB」は、New England Biolabs製品を示す。
【0199】
【表22】
【0200】
PCR増幅には、Primer ENT-16S forward: 腸内細菌科菌群(Enterobacteriaceae)特異
的16S rRNA遺伝子検出用フォワードプライマー(5'-GTTGTAAAGCACTTTCAGTGGTGAGGAAGG -3':配列番号26)、及び、Primer ENT-16S reverse: 腸内細菌科菌群(Enterobacteriaceae)特異的16S rRNA遺伝子検出用リバースプライマー(5'-GCCTCAAGGGCACAACCTCCAAG-3':配列番号27)をPCRプライマーとして使用した(両プライマーはニッポンジーン社に製造委託した)。増幅されるrRNA遺伝子の断片長は424 bpである。
腸内細菌科菌群(Enterobacteriaceae)ENT-16S TaqMan probeとしては、(5'-/56-FAM/AACTGCATC/ZEN/TGATACTGGCAGGCT/3lABkFQ/ -3':配列番号28)の配列を有するオリゴ
ヌクレオチドを用いた。このプローブは、オリゴヌクレオチドの5’末端に蛍光物質56-FAM、中央部にZEN、3’末端に31ABkFQという消光色素(クエンチャー)を配置した仕様であり、Integrated DNA Technologies社にて委託製造した。尚、腸内細菌科菌群検出用プ
ライマーに関する塩基配列情報は、Nakano, S. et al., J. Food Prot. 66:1798-1804, 2003から入手し、ENA-16S TaqMan probeに関する塩基配列情報は、GenBank database(http://www.ebi.ac.uk/genbank/)より腸内細菌科菌群内の16S rRNA遺伝子の相補的領域を選択することにより得た。
【0201】
リアルタイムPCR装置(StepOnePlus Real-Time PCR System; Applied Biosystems)を用いて、下記のPCRサーマルサイクル条件により、リアルタイムPCRを2回実施した。
1) 95℃, 20秒(1サイクル)
2) 95℃, 5秒; 60℃, 1分(45サイクル)
尚、陰性コントロールとして、滅菌水5μlを鋳型として使用した。
【0202】
5−2)試験結果及び考察
ダイレクトLAMP法、及びダイレクトPCR法の結果を表23に示す。また、この結果から
作成したスタンダードカーブを図1(ダイレクトLAMP法)、図2(ダイレクトPCR法)に
示す。
【0203】
【表23】
【0204】
本試験結果によれば、6 log cfu/mlのE. coli生細胞において本白金錯体を作用させた
時、ダイレクトLAMP法では該当する未処理生細胞のCtと比較して、既に3.3程度の増加(
増幅の遅れ)が生じていたが、ダイクレト・リアルタイムPCRにおいては、本白金暴露生
細胞のCtは該当する未処理生死細胞Ctと比較して、1程度の増加(遅れ)に留まっていた

同様に、5.0〜1.0 log cfu/mlの生細胞のダイレクトLAMP法とダイレクト・リアルタイ
ムPCR法を比較すると、僅かに生細胞を透過した本白金錯体を、ダイレクトLAMP法の方が
鋭敏に検知していることが分かった。
【0205】
ダイレクトLAMP法のCt値とダイレクト・リアルタイムPCR法のCt値との比較においては
、各法における未処理群のスタンダードカーブ(図1、2)と、白金錯体に暴露されたE.
coli生細胞のCt値とを比較することにより、白金錯体の暴露によるインタクトな染色体
を有する生細胞数の低減度合いを指標とすれば、ダイレクトLAMP法とダイレクト・リアルタイムPCR法のどちらが、本白金錯体暴露生細胞を鋭敏に検知しているかが分かる。
【0206】
ダイレクトLAMP法では、例えば、5.0 log cfu/mlの生細胞が本白金錯体に暴露された場合、Ct値は25.3程度であるが、それは未処理生細胞のスタンダードのCt値において1.0 log cfu/mlのCt値より有意に高く、すなわち、本白金錯体により5.0 log cfu/mlの生細胞数が1.0 log cfu/ml未満まで低下したと考えられる。
一方、ダイレクト・リアルタイムPCRでは、5.0 log cfu/ml生細胞が本白金錯体に暴露
された場合のCt値28.9は、未処理生細胞のスタンダードCt値を用いて、インタクトDNAを
保持する生細胞数がどの程度に低減しているかを評価した場合、未処理生細胞4 log cfu/mlのCt値に近い。そのため、たとえ本白金錯体に暴露されても、5.0 log cfu/mlの生細胞数は4 log cfu/mlの生細胞数に低減するものの、その低減の度合いは1 log cells ユニットオーダーレベルに留まった。
【0207】
すなわち、ダイレクトLAMP法の方が生細胞に対する本白金錯体の暴露を鋭敏に捉えており、僅かな生細胞へのDNAの損傷を高感度にて検知してしまう可能性がある。一方、同じ
白金錯体を用い死細胞由来の遺伝子増幅抑制度合いを評価した場合も、ダイレクトLAMP法の方がダイレクト・リアルタイムPCR法より、より激しい増幅抑制をしていると考えられ
る。
【0208】
以上の結果から、ダイレクトLAMP法を利用するとダイレクト・リアルタイムPCR法と比
較して大幅に生細胞からの遺伝子増幅が抑制された。また、死細胞に関しても同様に、ダ
イレクトLAMP法の方がより死細胞由来の遺伝子増幅を抑制できることが明かとなった。
【0209】
ダイレクト・リアルタイムPCR法では、95℃と60℃の温度変化が連続的且つ交互に行わ
れるので、鋳型DNAの二本鎖から一本鎖への解離工程を40〜50回繰り返される。したがっ
て、生細胞・染色体のターゲット遺伝子領域に不完全に配位結合した白金元素は、染色体から脱離するが、生細胞を透過しても全く染色体と配位結合しなかった白金元素は、生細胞染色体のターゲット遺伝子に全く配位結合していないことが考えられる。それ故に、生細胞由来のインタクト(未修飾)なターゲット遺伝子領域は一定割合存在すると考えられ、それが生細胞由来のターゲット遺伝子増幅に寄与していると考えられる。
しかしながら、ダイレクトLAMP法の場合、最初に1回のみ96℃にて3分程度加熱を行う
ので、生細胞の鋳型DNAの二本鎖から一本鎖へ解離工程は1回のみ行われ、それ以降は、鎖置換型DNAポリメラーゼにより60〜65℃にて遺伝子伸長が行われる。したがって、生細胞
・染色体のターゲット遺伝子領域に不完全に配位結合した白金元素は、染色体から脱離する可能性がダイレクト・リアルタイムPCRよりも有意に低減し、それ故、生細胞由来のイ
ンタクト(未修飾)なターゲット遺伝子領域は有意に低減していると推察される。
さらに、鎖置換型DNAポリメラーゼにより60〜65℃にて鋳型DNA二本鎖を解離させながら、解離した各一本鎖DNAを基に遺伝子伸長を行うことになるものの、その過程において、
予めその鋳型DNA二本鎖に配位結合によりクロスリンクしていた白金元素によって、同酵
素による鋳型DNA二本鎖の一本鎖への解離が阻害されるために、その後の遺伝子伸長が進
行しないと推測される。よって、生細胞由来のターゲット遺伝子増幅が有意に抑制されていると考えられる。
以上のとおり、LAMP法を利用すると大幅に生細胞からの遺伝子増幅が抑制されると考えられる。死細胞に関しても同様に、ダイレクトLAMP法の方がより死細胞由来の遺伝子増幅を抑制できる可能性が高い。
【0210】
更に、上記図1に示す通り、単なるダイレクトLAMP法では1〜6 log cfu/mlの濃度範囲
にて定量性があると考えられ、白金錯体処理-ダイレクトLAMP法では3〜6 log cfu/mlの濃度範囲にて定量性があると考えられる。
同様に、ダイレクト・リアルタイムPCRでは1〜6 log cfu/mlの濃度範囲にて定量性があると考えられ、白金錯体処理-ダイレクト・リアルタイムPCR法では2〜6 log cfu/mlの濃
度範囲にて定量性があると考えられる。
【0211】
以上のことから、生細胞・死細胞に関わらず、一端透過した核酸不活性化剤(配位結合や光反応性核酸共有結合により)の影響を、鋭敏に検知するには、LAMP法の方がPCR法よ
り原理的、且つ、試験的に優れていると考えられる。
【0212】
〔実施例6〕ダイレクトLAMP法によるレジオネラ菌生細胞・死細胞の識別
レジオネラ菌は、通常の試験環境や典型的に汎用される生理食塩水中で死に易い微生物の代表例である。本実施例では、レジオネラ菌生細胞・死細胞の識別がダイレクトLAMP法により可能か検証した。
【0213】
6−1)試験方法
レジオネラ生細胞へのEMAの透過を抑制し、死細胞への透過は維持されることを補助す
る成分の検討を行った。
【0214】
レジオネラ菌の好適な人工培地として、GVPC選択培地が知られている。同培地の組成は、レジオネラCYE寒天基礎培地(CM0655;関東化学、東京;活性炭、酵母エキス、寒天を
含む)、レジオネラBCYEα発育サプリメント(レジオネラ必須栄養素でACES/水酸化カリ
ウムバッファー、ピロリン酸第二鉄、L-システイン塩酸塩、α-ケトグルタル酸)、レジ
オネラGVPC選択サプリメント(レジオネラ属以外の他の細菌を死滅させる各種抗生物質群
であり、グリシン(アンモニア不含)、バンコマイシン塩酸塩、硫酸ポリミキシンB、シ
クロヘキシミド)の3部構成になっている。
レジオネラ菌はカタラーゼを有しないため、本菌が産生する過酸化水素を分解できず、その結果、ヒドロキシルラジカルによりDNA損傷を受けて死滅するため、過酸化水素吸着
用活性炭が基礎培地として含まれているが、EMAも活性炭に吸着される。また、レジオネ
ラGVPC選択サプリメントの各種抗生物質群は、レジオネラ以外の雑菌の増殖を抑制するため培地に添加されるものであり、レジオネラ菌生細胞にとっては必須ではない。
【0215】
したがって、EMAの生細胞への透過を抑制し、死細胞への透過は維持されることを助け
る成分として、酵母エキス及びレジオネラBCYEα発育サプリメントを候補として、レジオネラ菌をEMA処理するけん濁液に添加し、それらの効果を評価した。
【0216】
Legionella pneumophila ATCC33153株をBCYEα培地にて37℃、2日培養したコロニーを
釣菌し、菌体を滅菌した1% Bacto Yeast Extract水溶液(以下、「Y-SW」と記載する)、Y-SWに更にレジオネラBCYEα発育サプリメントを添加した水溶液(以下、「YS-SW」と記
載する)、又は生理食塩水にけん濁させ、9.4±0.12 log cfu/mlの各生細胞けん濁液を調製した。
この9.4 log cfu/ml生細胞けん濁液を上記各種水溶液にて102〜107倍希釈して、各種濃度の生細胞けん濁液を調製した。また、上記9.4 log cfu/ml生細胞けん濁液を10分煮沸した後、各種水溶液にて102倍希釈して、死細胞けん濁液を調製した。各種上記生細胞懸濁
液(102〜107倍希釈液)、及び死細胞けん濁液(102倍希釈液)1 mlを試験検体とした。
【0217】
以下に、Y-SW及びYS-SWの調製方法の詳細を示す。
Y-SWに関しては、BactoTM Yeast Extract (BD、Sparks、MD、USA) 1 gをMilliQ水99 mlに溶解後、オートクレーブ処理した。YS-SWは、BactoTM Yeast Extract 1 gをMilliQ水89
mlにて溶解後、オートクレーブ処理し、55℃に冷却後、レジオネラBCYEα発育サプリメ
ント(SR110;関東化学、東京;ACES/水酸化カリウムバッファー1.0 g、ピロリン酸第二
鉄0.025 g、L-システイン塩酸塩0.04 g、及びα-ケトグルタル酸0.1 gを1バイアル(100 ml調製用)に含む)1バイアルを10 mlの加温滅菌水にて溶解させた水溶液を添加することにより調製した。
【0218】
次に、EMAの濃度を前記実施例より上げ、EMA 25〜35 μg/mlの終濃度にて計3回の多段
階EMA処理(1回目EMA処理 遮光下氷上35 μg/ml 16分、2回目EMA処理30 μg/ml 16分、3回目EMA処理 25 μg/ml 16分)を行った。各EMA処理後の可視光照射は10分とした。ま
た、それぞれの検体に対し未処理群も用意した。
【0219】
多段階EMA処理群と未処理群を冷却遠心処理(4℃、10分、13,000× G)し、上清を完全除去し、ペレットに対して30 μlの滅菌水を加えて懸濁させ、定量的にその懸濁液をPCR
チューブに移した。そのPCRチューブを96℃、3分処理後4℃に急冷し、ダイレクトLAMP用
のマスターミックス中の酵素等の各コンポーネントが細菌細胞を効果的に透過するようにした。
その後、冷却遠心処理(4℃、10分、3,000× G)して上清をほぼ除去し、ペレット(2.5 μl相当)に対して表10のダイレクトLAMP用のマスターミックス14 μlを加え、65℃
、100分;80℃、2分;4 ℃、2分)のLAMP増幅を行った。
【0220】
6−2)結果及び考察
結果を表24に示す。
【0221】
【表24】
【0222】
表24中、記号は以下のとおりである。
a) Bacto Yeast Extract (1%)
b) Bacto Yeast Extract (1%) + SR110
c)Y-SWやYS-SWの替わりにレジオネラ生細胞もしくは死細胞を生理食塩水にけん濁させた
試験サンプル
d) L. pneumophila ATCC33153 (9.4±0.12 log cells/ml)の102倍希釈の死細胞けん濁液
及び生細胞けん濁液(けん濁液は、Y-SW、YS-SW、又は生理食塩水)
e) LAMP増幅は2回実施し、Ct値をMean±SDにて表示した
f) 2回の結果がLAMP未増幅(陰性)を示す。
【0223】
表24によれば、対照群に相当する生理食塩水にけん濁させたレジオネラ生細胞は、細胞濃度2.4 log cfu/ml(107希釈)、及び、3.4 log cfu/ml(106希釈)では、陰性と判定される結果となったが、7.4 log cfu/ml(102倍希釈)では、EMA処理後でも陽性と判定された。したがって、細胞濃度が高ければ、生理食塩水懸濁液でEMA処理した場合でも、生細胞・死細胞の識別が可能であることが示された。
【0224】
また、YS-SWにけん濁させたレジオネラ生細胞及び死細胞に関しては、7.4 log cfu/ml
でEMA処理された死細胞のCt値が未処理のCtと比較して12(サイクル、又は分)程度しか
遅れず、多段階EMA処理を行ったにも拘わらず、死細胞の遺伝子増幅が確認されたため、EMA処理する際のけん濁液として不適と考えられた。
【0225】
一方、Y-SWの場合、7.4 log cfu/mlでEMA処理された死細胞は陰性と判定され、未処理
群のCt値は9.9であり、LAMP法による良好な遺伝子増幅が確認された。更に、同細胞生細
胞2.4〜7.4 log cfu/mlの濃度領域において未処理群と比較すると、Ct値が大きいものの36.4分以内の遺伝子増幅時間によりターゲット遺伝子増幅が確認され陽性と判定された。
総合的に評価すると、1% BactoTM Yeast Extract水溶液にレジオネラ菌をけん濁させた上で、多段階EMA処理することで、生細胞と死細胞のより明瞭な判定を可能とすることが
分かった。
【0226】
尚、Y-SWとYS-SWの死細胞の各結果を比較することにより、SR110(ACES/水酸化カリウムバッファー、ピロリン酸第二鉄、L-システイン塩酸塩、α-ケトグルタル酸)という本来レジオネラ生細胞の発育にとって必須の成分が、EMAのレジオネラ死細胞への透過を阻害するか、又はそれらの成分がプラスチャージを帯びているEMAと結合しEMAを不活性化させた可能性が示唆される。
【0227】
〔実施例7〕多段階EMA処理−ダイレクトLAMP法と、多段階EMA処理−アルカリDNA抽出LAMP法によるレジオネラ生細胞・死細胞の識別における酵母エキスの効果
前述の実施例6の表24のとおり、レジオネラ菌のEMA処理を、酵母エキスを含む細胞
懸濁液で行うことで、死細胞濃度が高くても、生細胞・死細胞の明瞭な識別が可能であることが示された。本実施例では、更に酵母エキスのアルカリDNA抽出−LAMP法における効
果を検証した。
【0228】
7−1)試験方法
Legionella pneumophila ATCC33153株をBCYEα培地にて37℃、2日培養したコロニーを釣菌し、滅菌した1% Bacto Yeast Extract水溶液(Y-SW)にけん濁させ、8.9 log cfu/mlの生細胞けん濁液を調製した。その後、Y-SWにて102倍希釈けん濁液を調製し、10分煮沸して死細胞けん濁液を調製した。また、前記8.9 log cfu/mlの生細胞けん濁液の102〜108倍希釈けん濁液をY-SWにより調製した。
上記の各生細胞懸濁液及び死細胞けん濁液1 mlを試験検体とし、EMA 25〜35 μg/mlの終濃度にて計3回の多段階EMA処理(1回目EMA処理 遮光下氷上35 μg/ml 15分、2回目EMA処理30 μg/ml 15分、3回目EMA処理 25 μg/ml 10分)を行った。各EMA処理後の可視光照射は10分とした。また、それぞれの検体に対し未処理群も用意した。
【0229】
多段階EMA処理群と未処理群を冷却遠心処理(4℃、10分、13,000× G)し、上清を完全除去し、ペレットに対して30 μlの滅菌水を加えて懸濁させ、定量的にその懸濁液をPCR
チューブに移した。そのPCRチューブを96℃、3分の加温を行い、ダイレクトLAMP用のマスターミックス中の酵素等の各コンポーネントが細菌細胞を効果的に透過するようにした。
その後、冷却遠心処理(4℃、10分、3,000× G)して上清をほぼ除去し、ペレット(2.5 μl相当)に対して表10のダイレクトLAMP用のマスターミックス14 μlを加え、65℃
、100分;80℃、2分;4 ℃、2分)のLAMP増幅を行った。
【0230】
一方、多段階EMA処理−アルカリDNA抽出−LAMP法は、以下のようにして行った。
多段階EMA処理後の各検体を冷却遠心(4℃、10分、13,000× G)により20 μlに濃縮し、その後25 μl Extraction Solution for Legionella (EX Leg)、及び4 μlの1M Tris-HCl (pH7.0)を加え、遠心上清の2.5 μlをLAMP法マスターミックス(表5参照)に添加し
た。すなわち、アルカリDNA抽出はレジオネラ検出試薬キットEに添付されたマニュアルに従った。
【0231】
更に、対照群として、生理食塩水に上記と同様に生細胞と死細胞をけん濁させ、多段階EMA処理−ダイレクトLAMP法、及び多段階EMA処理−アルカリDNA抽出−LAMP法を実施した
【0232】
7−2)結果及び考察
表25及び表26に試験結果を示す。
【0233】
【表25】
【0234】
【表26】
【0235】
表25及び表26における記号は以下のとおりである。
a) L. pneumophila ATCC33153のY-SW、又は生理食塩水けん濁液(8.9 ±0.31 log cells/ml)
b) L. pneumophila ATCC33153の死細胞懸濁液(6.9 ±0.31 log cells/ml)、又は、8.9 log cells/mlの生細胞けん濁液をY-SW、もしくは、生理食塩水により102倍希釈し生細胞
けん濁液。
c) LAMP増幅は2回実施し、Ct値(サイクル数、又はmin)をMean±SD (n = 2)として記載する。
d) 2回の結果がLAMP未増幅(陰性)を示す。
【0236】
表25のとおり、レジオネラ生細胞及び死細胞をけん濁させる水溶液として酵母エキス水溶液を用いると、表26による生理食塩水を用いた場合に比べて、より低い細胞濃度でも生細胞と死細胞の識別が可能であることが示された。
【0237】
また、多段階EMA処理−ダイレクトLAMP法を採用した検査手法が、高濃度のレジオネラ
死細胞(6.9 log cells/ml)で陰性であり、1.9 log cfu/mlの低濃度レジオネラ生細胞が検出可能であったので、検査法としてよりふさわしい方法と考えられる。
【0238】
〔実施例8〕多段階EMA処理−ダイレクトLAMP法によるレジオネラ生細胞の一斉検出
本実施例では、ダイレクトLAMP法による様々なレジオネラ菌の生細胞の検出限界を検討した。
【0239】
8−1)試験方法
Legionella pneumophila ATCC33153、ATCC33154、ATCC33215、JLP1008、及びJLP1024株をBCYEα培地にて37℃、2日培養したコロニーを釣菌し、滅菌した1% Bacto Yeast Extract水溶液(Y-SW)にけん濁し、8.2〜9.0 log cfu/mlの生細胞けん濁液を調製した。JLP菌株は、九州大学大学院医学研究院細菌学分野(〒812-8582 福岡県福岡市東区馬出3-1-1)から入手することができる。
【0240】
その後、Y-SWにて102倍希釈けん濁液を調製し、10分煮沸して死細胞けん濁液を調製し
た。また、前記8.2〜9.0 log cfu/mlの生細胞けん濁液の106〜108倍希釈けん濁液をY-SW
により調製した。
上記の各生細胞及び死細胞けん濁液1 mlを試験検体とし、EMA 27.5〜30 μg/mlの終濃
度にて計3回の多段階EMA処理(1回目EMA処理 遮光下氷上30 μg/ml 16.5分、2回目EMA
処理27.5 μg/ml 15分、3回目EMA処理 27.5 μg/ml 15分)を行った。各EMA処理後の可
視光照射は10分とした。
【0241】
多段階EMA処理後に冷却遠心処理(4℃、10分、13,000× G)し、上清を完全除去し、ペレットに対して30 μlの滅菌水を加えて懸濁させ、定量的にその懸濁液をPCRチューブに
移した。そのPCRチューブを96℃、3分の加温を行い、ダイレクトLAMP用のマスターミックス中の酵素等の各コンポーネントが細菌細胞を効果的に透過するようにした。
その後、冷却遠心処理(4℃、10分、3,000× G)して上清をほぼ除去し、ペレット(2.5 μl相当)に対して表10のダイレクトLAMP用のマスターミックス14 μlを加え、65℃
、75分; 80℃、2分; 4 ℃、2分)のLAMP増幅を行った。
【0242】
8−2)結果及び考察
表27に試験結果を示す。
【0243】
【表27】
【0244】
表27中の記号は以下のとおりである。
a) 試験開始時のL. pneumophila ATCC33153 株懸濁液濃度。
b) 死菌懸濁液:L. pneumophila 懸濁液(8.8 ± 0.29 log cells/ml)を102倍希釈し(6.8 ± 0.29 log cells/ml)、その後10分煮沸して調製した。生菌懸濁液:L. pneumophila 懸濁液(8.8 ± 0.29 log cells/ml)の106倍希釈(2.8 ± 0.29 log cells/ml)し
て調製した。
c) 未増幅(未検出)回数が5又は2であることを示す。
d) 測定条件(65℃,75分、80℃,2分、及び4℃,2分)を2又は5回測定したときの、境界値を初めに超える反応時間:Ct値(分):mean ± SD(n = 5 or 2)を示す。
e) 4回は未増幅(未検出)、1回はCt値 66.2 をそれぞれ示す。
f) 2回測定のそれぞれのCt実測値を示す。
g) 検出限界(Detection limit)
h) 2回の各測定値(67.2 、未増幅)
i) 2回の各測定値(32.3 、未増幅)
【0245】
表27によれば、多段階EMA−ダイレクトLAMP法において、レジオネラ死細胞は、6.2〜7.0 log cells/mlの濃度においてLAMP増幅が認められなかったために陰性と判定された。また、レジオネラ生細胞は、0.2〜2.8 log cfu/mlの濃度にてLAMP増幅が確認され、いず
れも陽性と判定された。
【0246】
PCRによるレジオネラ検査などにより、温泉水中のレジオネラ死細胞濃度は6〜7 log cells/100 mlといわれているが、前記の結果から、本発明によりレジオネラ死細胞由来のLAMP増幅が6 log cells/mlで抑制されているので、本発明による多段階EMA−ダイレクトLAMP法は温泉中のレジオネラ死細胞のLAMP増幅を完全に抑制できると推測される。
【0247】
また、JLP1008株では0.2 log cfu/ml以上の濃度にて検出可能であり、ATCC33153株では2.8 log cfu/ml以上の濃度にて検出可能であり、それ以外の残り3株においても2.0 log cfu/ml以上の濃度にて検出可能であるので、いずれのレジオネラ生細胞についても本発明
により検出可能であることが確認された。
このように、本発明の多段階EMA処理−LAMP法を実施すれば、検体の前培養を必要とせ
ず、直接検体から温泉水中のレジオネラ生細胞のみを特異的に検出することが可能である。
なお、ATCC33153株では、生細胞の世代時間が1 hであることを考慮すれば、レジオネラ好適培地にて検水中のレジオネラ生細胞を3時間程度培養し、その後多段階EMA処理−LAMP法を行えば、当該ATCC33153株についても、レジオネラ生細胞のみを特異的に検出可能で
ある。
【0248】
〔参考例1〕Di-μ-chlorobis[(η-cycloocta-1,5-diene)iridium(I)]による大腸菌(Esherichia coliの生細胞・死細胞の識別
イリジウム錯体を用いたE. coliの生細胞及び死細胞の識別を行った。イリジウム錯体
としては、イリジウム錯体二量体(1錯体に2個のイリジウム元素を有するダイマー)であるDi-μ-chlorobis[(η-cycloocta-1,5-diene)iridium(I)]を用いた。
【0249】
1.試験材料及び方法
1−1)細胞けん濁液の調製
滅菌水を用いてE. coli JCM1649株の生細胞けん濁液(1.2 × 107 CFU/ml)を調製した。この生細胞けん濁液の一部を沸騰水中に3分浸漬し、損傷細胞/死細胞けん濁液(1.2×107 cells/ml。以下、損傷細胞と死細胞を包括して死細胞と表記する)を調製した。これらの生細胞けん濁液、又は死細胞けん濁液のそれぞれ90 μlを下記試験に供した。
【0250】
1−2)イリジウム錯体溶液の調製
Di-μ-chlorobis[(η-cycloocta-1,5-diene)iridium(I)](Wako)3.92 mg(5.84 μmols)を精確に秤量し、116.7 μlのジメチルスルフォキシド(DMSO、D8418-50ML, Sigma)
に溶解して50 mM溶液を調製した。この溶液を生理食塩水で希釈して100μM、250μM、1000μMのイリジウム錯体溶液を準備した。
【0251】
1−3)イリジウム錯体による被検試料の処理
前記の各イリジウム錯体溶液10μlを、上記生細胞けん濁液90μl又は死細胞けん濁液90μlに添加し、恒温水槽にて37℃で30分間保持した。その後、冷却遠心処理(4℃、15,000×G、5分)し、上清を除去した。沈殿物(ペレット)を1mlの滅菌水にて洗浄した。洗浄
後のペレット(細胞けん濁液5μlに相当)をPCR増幅用試料とした。
【0252】
1−4)PCR増幅
次に、前述の表3に示されるcDBC(10×DBC)を使用して、細胞からの核酸の抽出を行
わずにリアルタイムPCR(細胞からの核酸の抽出せずに行うリアルタイムPCRを、以降「ダイレクト・リアルタイムPCR」と記載する。)を行うためのマスターミックス(ダイレクト・リアルタイムPCR用マスターミックス)を調製した。
具体的には、前記Taq DNA Polymerase with Standard Taq BufferをqPCRバッファーと
して用い、これにTaqを通常使用の4倍量を加え、同バッファーにcDBC(10 × DBC、表3を参照)を所定量添加したダイレクト・リアルタイムPCR(DqPCR)マスターミックス
を調製した。
先に調製したPCR増幅用試料にダイレクト・リアルタイムPCR用マスターミックスを添加して、リアルタイムPCR増幅(40 cycles)を2回実施した。尚、以下、New England Biolabs製品はNEBと記載する。
【0253】
プライマーには、前述の実施例5に記載の配列番号26〜28のプライマーを用いた。
【0254】
【表28】
【0255】
リアルタイムPCR装置(StepOnePlus Real-Time PCR System; Applied Biosystems)を用いて、下記のPCRサーマルサイクル条件により、リアルタイムPCRを2回実施した。
1) 95℃, 20秒(1サイクル)
2) 95℃, 5秒; 60℃, 1分(40サイクル)
尚、陰性コントロールとして、滅菌水5μlを鋳型として使用した。
【0256】
2.結果及び考察
リアルタイムPCRの結果を表29に示す。なお、「No Agent」はイリジウム錯体が未添
加を表す。
【0257】
【表29】
【0258】
表29によれば、Di-μ-chlorobis[(η-cycloocta-1,5-diene)iridium(I)]をE. coliの生細胞及び死細胞に作用させたとき、死細胞のCt値は薬剤濃度依存的に大きくなり、当該イリジウム錯体100 μMの濃度にて死細胞由来のPCR増幅が完全に抑制された。
一方、生細胞に関しては、濃度が高くなるにつれ若干薬剤の透過現象が観察されるが、前記死細胞由来のPCRを完全に抑制した薬剤濃度では、未処理生細胞のCt値と比較して3.6程度の上昇(増幅の遅れ)に留まり、当該イリジウム錯体100 μMにて明瞭な生細胞と死
細胞の識別が可能であった。
図1
図2
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]