特許第6139896号(P6139896)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6139896
(24)【登録日】2017年5月12日
(45)【発行日】2017年5月31日
(54)【発明の名称】エンジン試験装置及び方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 15/02 20060101AFI20170522BHJP
   G01M 15/04 20060101ALI20170522BHJP
【FI】
   G01M15/02
   G01M15/04
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-19994(P2013-19994)
(22)【出願日】2013年2月5日
(65)【公開番号】特開2014-153058(P2014-153058A)
(43)【公開日】2014年8月25日
【審査請求日】2016年1月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000127570
【氏名又は名称】株式会社エー・アンド・デイ
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 幸久
(72)【発明者】
【氏名】中西 梨奈
(72)【発明者】
【氏名】康 孔鮮
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 健
【審査官】 北川 創
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−127904(JP,A)
【文献】 特開2005−315198(JP,A)
【文献】 特開2011−085446(JP,A)
【文献】 特開2003−184555(JP,A)
【文献】 特開平09−304235(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 15/00
G01M 17/00
G05D 23/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンにトルクを与えるダイナモメータと、前記エンジンと前記ダイナモメータを前記エンジンの回転数とトルクの指令値に基づいて制御する制御部と、前記エンジンとの間で循環する冷却水の温度を調節する熱交換器と、前記熱交換器を操作することによって前記エンジンの温度を温度目標値に制御する温度制御装置と、を備えたエンジン試験装置において、
前記温度制御装置は、前記熱交換器の操作量が前記エンジンの回転数とトルクに対して示された操作量マップと、
前記エンジンの回転数とトルクを変化させてから前記エンジンの温度が変化し始めるまでの無駄時間が前記エンジンの回転数とトルクに対して示された無駄時間マップと、
前記エンジンの温度変化に関する時間遅れの変数が前記エンジンの回転数とトルクに対して示された時間遅れマップと、
を備え、前記操作量マップと前記無駄時間マップと前記時間遅れマップに基づいて、前記エンジンの温度を制御することを特徴とするエンジン試験装置。
【請求項2】
前記温度制御装置は、前記エンジンの回転数とトルクを変化させることによって複数の条件下でフィードバック制御によるプレ試験を行い、前記操作量マップと前記無駄時間マップと前記時間遅れマップを作成することを特徴とする請求項1に記載のエンジン試験装置。
【請求項3】
エンジンにトルクを付与するダイナモメータと前記エンジンとを前記エンジンの回転数とトルクの指令値に基づいて制御するとともに、熱交換器によって前記エンジンの温度を管理した状態で前記エンジンの試験を行うエンジン試験方法において、
前記エンジンの回転数とトルクを変化させることによって複数の条件下でフィードバック制御による試験を行い、前記熱交換器の操作量と前記エンジンの温度のデータを求めるプレ試験工程と、
前記求めたデータに基づいて、前記熱交換器の操作量が前記エンジンの回転数とトルクに対して示された操作量マップと、前記エンジンの回転数とトルクが変化してから前記エンジンの温度が変化し始めるまでの無駄時間が前記エンジンの回転数とトルクに対して示された無駄時間マップと、前記エンジンの温度変化に関する時間遅れの変数が前記エンジンの回転数とトルクに対して示された時間遅れマップと、を作成するマップ作成工程と、
前記操作量マップと前記無駄時間マップと前記時間遅れマップに前記エンジンの回転数とトルクを入力し、決定された前記操作量と前記無駄時間と前記時間遅れの変数に基づいて前記熱交換器を操作しながら前記エンジンの試験を行う本試験工程と、
を備えることを特徴とするエンジン試験方法。
【請求項4】
前記マップ作成工程は、前記エンジン試験装置を模擬したモデルを用いて前記エンジンの温度をシミュレーションし、そのシミュレーション結果と前記プレ試験工程で得られた前記エンジンの温度変化のデータとを比較することによって、前記時間遅れの変数を決定することを特徴とする請求項3に記載のエンジン試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はエンジン試験装置及び方法に係り、特にエンジンの温度を制御して試験を行うエンジン試験装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
開発・製造された供試エンジンが所定の性能を備えているかを試験するエンジン試験装置として、エンジンベンチが知られている。エンジンベンチは、エンジンの出力軸にダイナモメータを接続し、このダイナモメータによってエンジンの負荷を制御しながら試験を行う装置であり、エンジンの回転数やトルク、燃焼ガスなどの計測が行われる。
【0003】
このようなエンジンベンチにおいて、近年では、試験時のエンジンの温度を正確に制御することが要求されている。そこで、エンジンベンチに熱交換器を設け、この熱交換器によって温度制御した冷却水をエンジンに循環させながら試験を行っている(たとえば特許文献1参照)。
【0004】
熱交換器による温度制御方法としては一般にPID制御が行われる。すなわち、目標温度に対して、冷却水の温度がずれると熱交換器のバルブを調整し、冷却水が目標温度となるように制御を行っている。しかし、PID制御はフィードバック制御であるため、一定の温度に安定するまで時間がかかるという問題を生じる。エンジンの試験では、エンジンの回転数やトルク値など条件が異なる様々な環境下で多数回の試験を行うため、1回の試験時間が長いと、試験全体の時間が非常に長くなってしまうという問題が発生する。
【0005】
そこで、エンジンの発熱量や熱交換器の冷却量を演算によって求め、この演算値に基づいて熱交換器を制御することが提案されている。この方法によれば、エンジンの状態に応じて冷却水の温度が迅速に調整されるので、エンジンの温度制御の応答性を向上させることができる。しかし、開発中のエンジンは、エンジンごとに形状や構造が異なっており、正確に演算することが難しいため、温度制御の応答性を確実に向上させることはできない。
【0006】
温度制御の応答性を向上させる別の方法として、マップによる温度制御方法が考えられる。この方法は、様々な環境下で予め適切な操作量(通常は熱交換器のバルブ開度)を求めて操作量マップを作成しておき、試験時にはこの操作量マップから適切な操作量を判断してフィードフォワード制御を行うものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−127904
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、実際には、操作量マップによる温度制御を行っても、応答性の向上には限界があり、適切な温度制御が難しいという問題があった。その主な要因として、たとえばエンジンによる発熱と熱交換器による冷却とで開始のタイミングがずれていたり、両者の間で温度変化率が異なっていたりすることが考えられる。したがって、従来の試験装置では、操作量マップによる温度制御を行っても、応答性を十分に向上させることができなかった。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みて成されたものであり、エンジンの温度制御の応答性を向上させることのできるエンジン試験装置及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1に記載の発明は前記目的を達成するために、エンジンにトルクを与えるダイナモメータと、前記エンジンと前記ダイナモメータを前記エンジンの回転数とトルクの指令値に基づいて制御する制御部と、前記エンジンとの間で循環する冷却水の温度を調節する熱交換器と、前記熱交換器を操作することによって前記エンジンの温度を温度目標値に制御する温度制御装置と、を備えたエンジン試験装置において、前記温度制御装置は、前記熱交換器の操作量が前記エンジンの回転数とトルクに対して示された操作量マップと、前記エンジンの回転数とトルクを変化させてから前記エンジンの温度が変化し始めるまでの無駄時間が前記エンジンの回転数とトルクに対して示された無駄時間マップと、前記エンジンの温度変化に関する時間遅れの変数が前記エンジンの回転数とトルクに対して示された時間遅れマップと、を備え、前記操作量マップと前記無駄時間マップと前記時間遅れマップに基づいて、前記エンジンの温度を制御することを特徴とするエンジン試験装置を提供する。
【0011】
本発明によれば、操作量マップだけでなく、無駄時間マップと時間遅れマップを備えているので、操作量マップの操作量だけで制御した場合に発生する誤差を無くすことができ、温度制御の応答性と正確性を確実に高めることができる。また、本発明によれば、操作量マップと無駄時間マップと時間遅れマップで、同じパラメータ(エンジンの状態)を用いているので、全てのマップを一度に作成することができる。なお、時間遅れの変数とは、変数をτとした際、操作量に1/(1+τs)を乗算することによって操作量を調整するための値である。
【0012】
請求項2に記載の発明は請求項1の発明において、前記温度制御装置は、前記エンジンの回転数とトルクを変化させることによって複数の条件下でフィードバック制御によるプレ試験を行い、前記操作量マップと前記無駄時間マップと前記時間遅れマップを作成することを特徴とする。本発明によれば、実際に試験で使うエンジンを用いてプレ試験を行い、そのデータに基づいてマップを作成するので、エンジンごとに適切なマップを作成することができる。すなわち、演算式で制御した場合のようにエンジンの種類ごとに誤差が発生することがなく、精度の良い温度制御を行うことができる。
【0013】
請求項3に記載の発明は前記目的を達成するために、エンジンにトルクを付与するダイナモメータと前記エンジンとを前記エンジンの回転数とトルクの指令値に基づいて制御するとともに、熱交換器によって前記エンジンの温度を管理した状態で前記エンジンの試験を行うエンジン試験方法において、前記エンジンの回転数とトルクを変化させることによって複数の条件下でフィードバック制御による試験を行い、前記熱交換器の操作量と前記エンジンの温度のデータを求めるプレ試験工程と、前記求めたデータに基づいて、前記熱交換器の操作量が前記エンジンの回転数とトルクに対して示された操作量マップと、前記エンジンの回転数とトルクが変化してから前記エンジンの温度が変化し始めるまでの無駄時間が前記エンジンの回転数とトルクに対して示された無駄時間マップと、前記エンジンの温度変化に関する時間遅れの変数が前記エンジンの回転数とトルクに対して示された時間遅れマップと、を作成するマップ作成工程と、前記操作量マップと前記無駄時間マップと前記時間遅れマップに前記エンジンの回転数とトルクを入力し、決定された前記操作量と前記無駄時間と前記時間遅れの変数に基づいて前記熱交換器を操作しながら前記エンジンの試験を行う本試験工程と、 を備えることを特徴とするエンジン試験方法を提供する。
【0014】
本発明によれば、試験対象である実際のエンジンを用いてプレ試験を行い、操作量マップと無駄時間マップと時間遅れマップを作成し、それらのマップに基づいてエンジンを温度制御しながら本試験を行う。したがって、実際のエンジンのデータに基づいて温度制御が行われるので、エンジンの温度を迅速且つ正確に制御することができる。
【0015】
請求項4の発明は請求項3の発明において、前記マップ作成工程は、前記エンジン試験装置を模擬したモデルを用いて前記エンジンの温度をシミュレーションし、そのシミュレーション結果と前記プレ試験工程で得られた前記エンジンの温度変化のデータとを比較することによって、前記時間遅れの変数を決定することを特徴とする。

【発明の効果】
【0016】
本発明のロードセルによれば、操作量マップだけでなく、無駄時間マップと時間遅れマップを備えているので、操作量マップの操作量で制御した際の誤差を無くすことができ、エンジンの温度制御の応答性と正確性を確実に高めることができる。また、本発明によれば、全てのマップで同じパラメータ(エンジンの状態)を用いているので、両方のマップを一度に作成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本実施の形態のエンジン試験装置の概略構成図
図2】モデルの説明図
図3】温度制御装置の構成を示すブロック図
図4】本実施の形態のエンジン試験装置におけるフロー図
図5】マップ作成を説明する図
図6】操作量マップの一例を示す図
図7】無駄時間マップの一例を示す図
図8】遅れ時間マップの一例を示す図
図9】本実施の形態の効果を説明する図
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付図面に従って、本発明に係るエンジン試験装置の好ましい実施形態について説明する。図1は本実施の形態のエンジン試験装置の概略構成図である。
同図に示すエンジン試験装置10は、試験対象であるエンジン12の性能を測定・評価する装置であり、主としてダイナモメータ20、エンジン・ダイナモ制御部30、運転管理部40、冷却装置60、温度制御装置70で構成される。
【0019】
エンジン12は、保持機構を介して架台14に固定される。エンジン12の内部には燃焼室(不図示)が設けられ、この燃焼室に吸気管(不図示)から吸引された空気が供給され、燃焼された後、排気管(不図示)から排気される。吸気管には、スロットル(不図示)が設けられ、このスロットルによって空気の流入量が調節される。一方、排気管には触媒装着部(不図示)が設けられ、この触媒装着部に装着された触媒によって排ガスが浄化される。
【0020】
エンジン12は、その出力軸がシャフト22を介してダイナモメータ20に接続される。シャフト22は、メインシャフトなどの複数の軸部材を連結して構成されており、その連結部分にはユニバーサルジョイントが介在される。また、エンジン12とダイナモメータ20との間には中間軸受24が設けられており、この中間軸受24にシャフト22が回動自在に支持される。シャフト22にはトルクメータ26が取り付けられ、このトルクメータ26でシャフト22のトルクが測定される。なお、本実施の形態は、トルクメータ26でトルクを測定するようにしたが、これに限定するものではなく、たとえばダイナモメータ20の出力からトルクを検出してもよい。また、この他にクラッチ、変速機、各種の連結手段等を目的に応じて挿入してもよく、さらにはトルク以外のエンジン12の状態、たとえば排ガスの温度などを測定してもよい。
【0021】
ダイナモメータ20は、エンジン12に所定の負荷トルクを与える装置であり、電流・電圧を可変させることで負荷トルクを設定できるようになっている。ダイナモメータ20としては、低慣性ダイナモメータを用いることが好ましく、低慣性ダイナモを用いることにより、低速回転から高速回転までの急激な回転数の変化に応じた安定した出力が得られる。
【0022】
上述したエンジン12とダイナモメータ20はエンジン・ダイナモ制御部30に接続されている。エンジン・ダイナモ制御部30は、エンジン12に対して、スロットル開度や点火進角等の制御パラメータを与えてエンジン12を駆動制御する機能を備えている。このエンジン駆動制御機能は通常、ECUもしくはECUにバイパス回路を付加したエンジン制御回路で実現される。ECUの代わりに仮想ECUと称するDSP(Digital Signal Processor)で実現してもよい。このエンジン・ダイナモ制御部30によってエンジン12に制御パラメータ(たとえばスロットル開度)が与えられる。これにより、エンジン12が回転し、その回転がシャフト22を介してダイナモメータ20に伝達される。なお、エンジン・ダイナモ制御部30から与えられる制御パラメータとしては、回転数、スロットル開度の他、燃料注入量、空気注入量、燃料と空気の混合比、点火時間(ガソリンエンジンの場合)、燃料噴射制御方法(ジーゼルエンジンの場合)など様々なパラメータがある。
【0023】
また、エンジン・ダイナモ制御部30は、ダイナモメータ20に印加する電流・電圧を可変制御する機能を備えており、電流・電圧を可変制御することによってダイナモメータ20に接続されたエンジン12の負荷トルクが制御される。なお、本実施の形態では、エンジン・ダイナモ制御部30として説明したが、エンジン制御部とダイナモ制御部とに分けてもよい。
【0024】
エンジン・ダイナモ制御部30は、運転管理部40に接続されている。運転管理部40は、運転パターンとモデル50(図2参照)に基づいてエンジン・ダイナモ制御部30に制御信号を出力する手段であり、主として記憶部42、実行部44、測定部46、システム制御部48を備えている。
【0025】
記憶部42には、運転パターンとモデル50が予め入力されている。運転パターンは、エンジン12の運転計画(試験計画)を示すものであり、たとえばエンジン12を搭載した車両の速度と時間の関係をパターンとして示され、具体的には10・15モードやJC08モードに対応したパターンが示されている。一方、モデル50は、任意の入力と出力に介在する関係(伝達特性)を式、グラフ等で表現したものであり、エンジン12の動作を仮想したものが予め記憶部42に記憶される。モデル50の種類や形式は特に限定するものではないが、運転パターンに示された情報から少なくともエンジン12の回転数とアクセルの開度を出力できるものを用いる必要があり、たとえば図2に示すように、ドライバーモデル52、エンジンモデル54、車両モデル56が組み合わされて用いられる。同図においてドライバーモデル52は、ドライバーの動作を仮想したモデルであり、運転パターンからの情報と、後述の車両モデル56の出力である車両速度とを入力値とし、車両のアクセル開度を出力値としている。エンジンモデル54は、エンジン12の動作を仮想したモデルであり、ドライバーモデル52からのアクセル開度と、車両モデル56からのトルクとを入力値とし、エンジン12の回転数を出力値としている。このエンジンモデル54としては、定常状態(パラメータの値を一定時間、一定値に安定させた状態、たとえばパラメータをステップ状に変化させた試験の状態)を仮想したものや、過渡状態(パラメータを時間的に連続的に変化させた状態)を仮想したものが適宜選択される。車両モデル56は、エンジン12が搭載される車両の動作を仮想したモデルであり、エンジンモデル54からのアクセル開度を入力値とし、エンジン12にかかるトルクと車両の速度とを出力値としている。これらのモデル52、54、56を組み合わせてシミュレーションを実行することにより、アクセル開度、エンジン12の回転数、トルク、車両速度の予測値を求めることができる。なお、本実施の形態は、予め作成されたモデルを使用する例で説明するが、試験によって得られたデータからモデルを作成したり、作成されたモデルをデータで検証し、修正したりしてもよい。
【0026】
実行部44は、モデル50を用いてシミュレーションを実行する部分であり、運転パターンに示された状態となるようにシミュレーションが実行され、各パラメータが出力される。図2に示す出力値のうち、エンジン12の回転数とトルクはエンジン・ダイナモ制御部30に指令値として出力され、この出力値に従ってエンジン12とダイナモメータ20が制御される。また、アクセル開度と回転数は、後述の温度制御装置70に出力され、この出力値に基づいて冷却装置50が制御される。
【0027】
図1に示す測定部46は、測定値を示すデータに対して各種の信号処理を行う手段であり、エンジン・ダイナモ制御部30やトルクメータ26等からエンジン12の動作状態を示すデータが入力されると、これらのデータに対してノイズ除去や各種演算などの信号処理を行う。
【0028】
システム制御部48は各種の制御を行う手段であり、計測内容の各種条件を設定(定義)する機能を備え、たとえばアクセル開度、燃料噴射時期、点火進角、噴射時間、VVT、EGRなどの制御パラメータや、吸気温度、排気温度、燃料注入量、空気注入量、NО密度、HC密度、CО濃度、CО濃度、燃料消費量、水温などの計測パラメータについて、その入出力の有無や入出力の範囲などを設定することができる。また、使用頻度の高い設定条件が予め標準アクションとして登録されており、たとえば矩形波状に入力条件を変化させたり、ステップ状に徐々に入力条件を変化させたりする設定が予め登録されている。作業者はこれらの標準アクションのなかから選択することによって、計測条件を簡単に設定することができる。また、システム制御部48は、予め設定された標準アクションの他、自由にシーケンスを作成できる機能を備えている。シーケンスの作成手段は特に限定するものではないが、たとえば、MATLAB(登録商標)のm−fileやSimulink(登録商標)を使用することにより作成される。このようにシーケンスを作成することによって、作業者がシミュレーションの条件を自在に設定することができる。なお、定義の際の入力設定では、実験計画法(DОE)や中心複合計画(CCF)に基づいて設定することが好ましい。その際、出力値により応答曲面が十分に得られるように設定することが好ましい。また、定義の際の操作はキーボードや複数の操作ボタンなどから成る操作部59を用いて行われ、定義された条件は、記憶部42に記憶される。
【0029】
さらに、システム制御部48は、計測を実行させる機能を備えており、定義された条件(またはシーケンス)に基づいて計測を実行させるように構成される。なお、システム制御部48は、境界エラー(たとえばノッキングや失火など)の境界値を自動で探索する自動探索機能を備えていてもよい。また、システム制御部48に解析装置を接続し、この解析装置によってパラメータの測定値の最適点を策定し、ECUマップを作成するようにしてもよい。その際、最適点の策定方法は特に限定するものではなく、たとえば最小二乗法を用いて応答曲面を作成して最適点を策定するとよい。
【0030】
上述した運転管理部40には、表示部58が接続される。表示部58には、メモリ(不図示)に格納されている各種データ、各種仮想モデル、各種演算結果、各種シミュレーション結果が表示される。また、表示部58には、複数のデータの関係グラフ、軌跡、度数分布表、標準偏差グラフなど、様々な画像が表示される。この表示部58にシミュレーションの結果をグラフ化して表示することにより、ロバスト性のチェックを行うことができる。なお、表示部58は、データ、マップ、グラフなど複数のものを同一画面に同時に表示するようにしてもよい。
【0031】
ところで、上述したエンジン12は、その周囲がジャケット(不図示)で覆われており、ジャケットの内部を冷却水が流れることによってエンジン12が冷却されるように構成されている。また、エンジン12の内部にはポンプ(不図示)が設けられており、このポンプを駆動することによってジャケット内の冷却水を循環させることができる。ポンプは通常、エンジン12の回転数に応じて吐出量が変動し、エンジン12の回転数が増加するに伴って吐出量が増加するようになっている。
【0032】
エンジン12には冷却装置60が接続されており、この冷却装置60からエンジン12に冷却水(二次冷媒)が供給される。冷却装置60の構成は特に限定するものではないが、たとえば冷却水を工業用水(一次冷媒)で冷却する熱交換器62を備える。熱交換器62には工業用水配管66が接続されており、この工業用水配管66を介して工業用水が熱交換器62に供給される。 また、熱交換器62には、冷却水配管64が接続されており、この冷却水配管64を介してエンジン12からの冷却水が供給される。熱交換器62では、工業用水と冷却水が熱交換することによって、冷却水が冷却されてエンジン12に循環供給される。
【0033】
冷却水配管64のうちエンジン12の出口近傍には、センサ65が配設されており、このセンサ65によって、エンジン12から流出した直後の冷却水の温度がエンジン12の温度として測定される。センサ65は後述の温度制御装置70に接続されており、測定値の信号が温度制御装置70に出力される。
【0034】
また、冷却水配管64には、熱交換器62の手前でバイパス管67が接続されており、冷却水の一部が熱交換器62に流れずにバイパス管67に流れるようになっている。その接続位置には、三方弁のバルブ68が配設されており、このバルブ68で流量を調節することによって、熱交換器62に流れる冷却水の流量が調節され、冷却水の温度が調整される。バルブ68はバルブコントローラ69に接続されており、このバルブコントローラ69によってバルブ68の開度が調節される。
【0035】
このように構成された冷却装置60によれば、熱交換器62内で冷却水が工業用水によって冷却される。そして、冷却された冷却水がエンジン12内のジャケットに供給されることによって、エンジン12が冷却される。
【0036】
バルブコントローラ69は、温度制御装置70に接続されている。温度制御装置70は、バルブ68の操作量(すなわち開度の指令値)を求め、それに応じてバルブコントローラ69に制御信号を出力する装置であり、図3のブロック図を示すように、PI制御部74と、FF制御部72を備えている。
【0037】
PI制御部74には、運転管理部40からの目標温度と、センサ65からのFB温度(冷却水の温度)が入力されるようになっており、その両者の差が減少するようにバルブ68の開度がフィードバック制御される。
【0038】
一方、FF制御部72には、運転管理部40からのエンジン12の回転数とトルク(スロットル開度)が入力される。また、FF制御部72には、操作量マップ76、無駄時間マップ77、遅れ時間マップ78が記憶されている。
【0039】
操作量マップ76は、熱交換器62の適切な操作量(バルブ68の開度)をエンジン12の回転数ごとにトルクとの関係で記憶したものであり、たとえば図6に示すマップが記憶される。この操作量マップ78にエンジン12の回転数とトルク(スロットル開度)が入力されることによって、熱交換器62の適切な操作量が出力される。
【0040】
無駄時間マップ77は、エンジン12の状態(回転数、トルク)を変化させてからエンジン12の温度(センサ65の計測値)が変化し始めるまでの時間(以下、無駄時間という)を、エンジン12の回転数ごとにトルクとの関係で示したものであり、たとえば図7に示すマップが記憶される。この無駄時間マップ77にエンジン12の回転数とトルクが入力されることによって、無駄時間Δtが出力される。前述の操作量マップ76からの出力信号を無駄時間Δtだけずらすことによって、エンジン12の発熱のタイミングと熱交換器62による冷却のタイミングを合わせることができる。
【0041】
遅れ時間マップ78は、エンジン12が発熱する際の温度の傾きに関する変数を、エンジン12の回転数ごとにトルクとの関係で示したものであり、たとえば図8に示すマップが記憶される。この遅れ時間マップ78にエンジン12の回転数とトルクが入力されることによって、遅れ時間の変数τが出力され、前述の操作量に1/(1+τs)として乗算される。これにより、操作量の傾きが補正され、発熱量の傾きに応じた冷却量に制御される。
【0042】
上記の如く構成されたFF制御部74によれば、エンジン12の回転数とトルクを入力するだけで、操作量マップ76から適切な操作量が出力され、さらに無駄時間マップ77と遅れ時間マップ78から無駄時間と遅れ時間が出力される。したがって、エンジン12の発熱と熱交換器62による冷却について、その操作量、タイミング、傾きを合わせることができる。すなわち、エンジン12の発熱に合わせて熱交換器62の冷却を行うことができ、温度が安定するまでの時間を短縮することができる。
【0043】
次に本実施の形態のエンジン試験装置10の操作方法について説明する。図4はエンジン試験装置10の操作フローを示している。
【0044】
同図に示すように、まず、エンジン12を架台14にセットする。(ステップS1)
【0045】
次に、マップ作成用のデータを得るため、プレ試験を行う(ステップS2)。プレ試験では、エンジン12の回転数とトルクを入力し、フィードバック制御を行うことによって、エンジン12の温度が安定するまでの温度変化曲線のデータ(図5参照)と、温度が安定した際の熱交換器の操作量を記憶する。そして、回転数とトルクの一方(または両方)を変更することによって稼動条件を変えながら同様の試験を繰り返し行う。その際、回転数とトルクは所定間隔で変化させ、二つのパラメータによるグラフを作成した際に格子状になるように変化させる。このように多数回の定常試験を行うことによって、エンジン12の回転数、トルクごとに操作量のデータと温度変化曲線のデータを取得する。
【0046】
次にプレ試験で得られた回転数、トルク、温度などのデータから、エンジンモデル54のパラメータを決定し、エンジンモデル54を作成する(ステップS3)。
【0047】
次に、プレ試験で得られた操作量と温度変化曲線のデータから各種のマップ76、77、78を作成する(ステップS4)。たとえば、操作量マップ76は、エンジン12の回転数とトルクごとに操作量を入力することによって作成する。
【0048】
無駄時間マップ77の作成はまず、温度変化曲線から無駄時間Δtを求める。具体的には、図5に示す温度変化曲線において、時刻aでエンジン12の状態が変化し、時刻bでエンジン12の温度が上昇し始めた場合、時刻aから時刻bまでのΔtを無駄時間とする。これをエンジン12の回転数とトルクごとに入力することによって無駄時間マップ77を作成する。
【0049】
遅れ時間マップ78の作成はまず、温度変化曲線からエンジン12の回転数とトルクごとに遅れ時間の変数τを求める。具体的には、まず、運転管理部40の記憶部42に記憶されたエンジンモデル54に基づいてシミュレーションを行い、エンジン12の回転数とアクセル開度(トルク)を求める。そして、エンジン12の回転数とトルクから発熱量を求め、エンジン12の温度変化曲線のシミュレーション結果を求める。このようにして求めたシミュレーション結果の温度変化曲線が、プレ試験の温度変化曲線(図5)と一致するような変数τの値を探索し、決定する。決定した変数τをエンジン12の回転数とトルクごとに入力することによって遅れ時間マップ78を作成する。
【0050】
各種マップ76、77、78を作成した後、通常の本試験を行う(ステップS5)。その際、運転管理部40から温度制御装置70にエンジン12の目標温度、エンジン12の回転数とトルクのデータが入力され、温度センサ65から温度制御装置70にエンジン12の出口での冷却水温度が入力される。温度制御装置70は、各種マップ76、77、78に基づいてFF制御を行うとともに、目標温度と出口温度の偏差に基づくFB制御を行うことによって、エンジン12の温度が目標温度になるように制御する。これにより、エンジン12の温度が制御された状態で、エンジン12の各種試験を行うことができる。
【0051】
図9は本発明の効果を示しており、図9(a)は開度指令値の経時変化であり、図9(b)は温度センサの経時変化である。これらの図において、実線は本実施の形態の場合を示し、点線は比較例の場合を示している。比較例では、操作量マップ76のみを使用し、無駄時間マップ77と時間遅れマップ78は使用せずにFF制御を行っている。
【0052】
これらの図からわかるように、比較例の場合は、バルブ開度指令値が必要以上に大きく変動しており、温度の変動も大きくなっている。これは、無駄時間マップ77と時間遅れマップ78がないために、発熱と冷却のタイミングや傾きが合わないためだと思われる。
【0053】
これに対して、本実施の形態では、バルブ開度指令値が必要以上に変動せず、温度の変動も比較例に比べて非常に小さくなっている。
【0054】
このように本実施の形態によれば、操作量マップ76だけでなく、無駄時間マップ77と遅れ時間マップ78を用いてFF制御を行うので、エンジン12の温度制御の応答性や正確性を高めることができる。すなわち、操作量マップ76だけでFF制御を行っていた場合には、無駄時間Δtの分だけ発熱と冷却のタイミングがずれたり、遅れ時間の分だけ発熱と冷却の傾きがずれていたりしたが、本実施の形態では、これらのズレを予め補正して熱交換器62を制御するので、エンジン12の温度を迅速且つ正確に目標温度に制御することができる。
【0055】
また、本実施の形態によれば、本試験用のエンジン12を用いてプレ試験を行い、各種のマップ76、77、78を作成するので、演算式によって制御した場合のように、エンジン12の種類を変更するたびに誤差が発生することがない。したがって、全てのエンジン12において、温度制御を正確に行うことができる。
【0056】
なお、上述した実施形態は、無駄時間マップ77と遅れ時間マップ78の両方を用いたが、これに限定されるものではなく、装置構成等によって一方の影響が小さい場合には、無駄時間マップ77のみ、或いは遅れ時間マップ78のみであってもよい。
【符号の説明】
【0057】
10…エンジンベンチ、12…エンジン、20…ダイナモメータ、30…エンジン・ダイナモ制御部、40…運転管理部、42…記憶部、44…実行部、50…モデル、52…ドライバーモデル、54…エンジンモデル、56…車両モデル、60…冷却装置、62…熱交換器、68…バルブ、69…バルブコントローラ、70…温度制御装置、72…FF制御部、74…PID制御部、76…発熱量マップ、77…無駄時間マップ、78…遅れ時間マップ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9