(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6140130
(24)【登録日】2017年5月12日
(45)【発行日】2017年5月31日
(54)【発明の名称】工具及び被加工物を保護する数値制御装置
(51)【国際特許分類】
G05B 19/4155 20060101AFI20170522BHJP
G05B 19/18 20060101ALI20170522BHJP
B23Q 15/00 20060101ALI20170522BHJP
【FI】
G05B19/4155 U
G05B19/18 X
B23Q15/00 A
【請求項の数】2
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-236648(P2014-236648)
(22)【出願日】2014年11月21日
(65)【公開番号】特開2016-99824(P2016-99824A)
(43)【公開日】2016年5月30日
【審査請求日】2015年10月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】390008235
【氏名又は名称】ファナック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001151
【氏名又は名称】あいわ特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】村上 大樹
【審査官】
中田 善邦
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−188170(JP,A)
【文献】
特開2011−118709(JP,A)
【文献】
特開2002−182714(JP,A)
【文献】
特開2009−075799(JP,A)
【文献】
国際公開第2012/176268(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B19/18−19/416,19/42−19/46,
B23Q15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
加工プログラムに基づいて少なくとも2つの直線軸とワークに対する相対的な工具方向を変更するための2つの回転軸とを有する加工機を制御し、テーブルに設置されたワークを加工する数値制御装置において、
前記加工プログラムを読み取って解析し、前記直線軸と前記回転軸の移動経路を示す指令データを生成する指令読み取り手段と、
前記加工の中断およびリトラクトを要求する停止信号を感知する停止信号感知手段と、
前記停止信号感知手段が前記停止信号を感知した場合、前記移動経路に沿った減速停止する速度データを生成する減速停止手段と、
前記停止信号感知手段が前記停止信号を感知した場合、前記指令データと、前記速度データに基づいて、前記移動経路に沿って減速停止する経路と前記減速停止中に時々刻々と変化する工具方向に応じて前記移動経路から遠ざかるリトラクト経路とを合成した停止リトラクト経路を示す停止リトラクト経路指令データを生成するリトラクト経路生成手段と、
前記停止信号感知手段が前記停止信号を感知した場合、前記停止リトラクト経路指令データに基づいて補間周期ごとに各軸位置を求める補間手段と、
を備えたことを特徴する数値制御装置。
【請求項2】
前記リトラクト経路の前記移動経路から遠ざかる距離であるリトラクト量は、あらかじめ前記数値制御装置に設定されているか、または前記加工プログラムにより設定される、
ことを特徴とする請求項1に記載された数値制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、数値制御装置に関し、特に加工の中断時にワークの加工面に跡を残さないようにリトラクト制御を行う数値制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
5軸加工機を含む一般の工作機械においては、停電や工具の交換などの理由により、加工を中断する場合がある。加工を停止する必要が生じた場合、手動または自動により停止を要求する信号をONにすると、該信号を数値制御装置が感知して、サーボモータを停止させる。この停止を要求する信号を「停止信号」と呼ぶ。
【0003】
しかし加工中は工具とワークが接触しているため、単にモータの駆動を停止すると工具とワークが接触した状態で停止することになり、その後の作業に支障が出る場合がある。このため一般に加工の中断時には工具とワークを離すように主軸などを動作させる制御が必要となる。この工具とワークを離す動作を「リトラクト」と呼ぶ。
【0004】
特許文献1には、停電発生時に工具軸送り用モータを制御して工具を安全な領域まで退避(リトラクト)させる技術が開示されている。特許文献1に開示される技術では、以下の手順で加工の中断およびリトラクトを実現する。
<A1>加工中に停止信号がオンされたことを感知する
<A2>工具を指令された加工経路に沿って減速停止し、加工を中断する
<A3>加工を中断した位置における工具方向に予め指定された距離だけリトラクトする
ここで<A2>において、指令された加工経路に沿って減速停止する理由は、中断によりワークの形状が変わらないようにするためである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平08−054914号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
5軸加工機では、ワークに対する工具の方向が変化するため、リトラクトする方向は工具に沿って工具の先端から根元へ向かう方向(「工具方向」と呼ぶ)とするのが一般的である。工具方向以外にリトラクトするとワークの形状次第で工具とワークとが干渉し、ワークおよび工具が損傷する可能性がある。
【0007】
また、5軸加工機では、工具方向を回転2軸により制御しているおり、加工中には時々刻々と工具方向が変更される。このため、5軸加工機においてリトラクトする際に工具またはテーブルを動かす方向は回転2軸の位置に依存し、5軸加工機を制御する数値制御装置では、この回転2軸の位置に応じたリトラクト方向を計算しリトラクトする。
【0008】
上記<A2>,<A3>のように、特許文献1に開示される技術では、一旦加工中に工具を減速停止してから工具方向にリトラクトする。すなわち、工具とワークが接触した状態で加工を停止する。このことが原因で、
図6の従来技術におけるリトラクト動作の模式図に示すように、ワークの加工面に跡(カッターマーク)が残り、面品位が低下するという問題があった。
【0009】
そこで本発明の目的は、加工の中断時にワークの加工面に跡を残さないようにリトラクト制御を行う数値制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の請求項1に係る発明は、加工プログラムに基づいて少なくとも2つの直線軸とワークに対する相対的な工具方向を変更するための2つの回転軸とを有する加工機を制御し、テーブルに設置されたワークを加工する数値制御装置において、前記加工プログラムを読み取って解析し、前記直線軸と前記回転軸の移動経路を示す指令データを生成する指令読み取り手段と、前記加工の中断およびリトラクトを要求する停止信号を感知する停止信号感知手段と、前記停止信号感知手段が前記停止信号を感知した場合、前記移動経路に沿った減速停止する速度データを生成する減速停止手段と、前記停止信号感知手段が前記停止信号を感知した場合、前記指令データと、前記速度データに基づいて、前記移動経路に沿って減速停止する経路と
前記減速停止中に時々刻々と変化する工具方向に応じて前記移動経路から遠ざかるリトラクト経路とを合成した停止リトラクト経路を示す停止リトラクト経路指令データを生成するリトラクト経路生成手段と、前記停止信号感知手段が前記停止信号を感知した場合、前記停止リトラクト経路指令データに基づいて補間周期ごとに各軸位置を求める補間手段と、を備えたことを特徴する数値制御装置である。
【0011】
本発明の請求項2に係る発明は、前記リトラクト経路の前記移動経路から遠ざかる距離であるリトラクト量は、あらかじめ前記数値制御装置に設定されているか、または前記加工プログラムにより設定される、ことを特徴とする請求項1に記載された数値制御装置である。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、工具が減速しながらワークから離れていくため、加工面品位を損なわずにリトラクトすることができ、また、工具方向が時々刻々変化する同時5軸加工においても常に工具方向に合わせて工具がワークから離れるように制御するため、加工面品位を損なわずにリトラクトできる。また、減速停止動作とリトラクト動作を同時に行うため、停止信号の感知からリトラクト完了までにかかる時間が短縮される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明におけるリトラクト動作を示す模式図である。
【
図2】本発明の実施の形態における数値制御装置の機能ブロック図である。
【
図3】従来技術における関数u(t),v(t)の関係を示すグラフである。
【
図4】本発明における関数u(t),v(t)の関係を示すグラフである。
【
図5】本発明の実施の形態における数値制御装置が実行するリトラクト制御処理のフローチャートである。
【
図6】従来技術におけるリトラクト動作を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を図面と共に説明する。最初に本発明の技術的概要について説明する。
本発明では、以下の手順で加工の中断およびリトラクトを行う。
<B1>加工中に停止信号ONを感知する
<B2>工具を、指令経路に工具方向のリトラクトを重畳させた「停止リトラクト経路」に沿って減速停止する
上記手順で加工中断時のリトラクト動作を行う際に、5軸加工機では上記<B2>における工具方向が減速停止中に時々刻々と変化するため、それに合わせてリトラクト方向も時々刻々変化させる。
図1は本発明におけるリトラクト動作を示す模式図である。
【0015】
本発明では、このような動作制御を実現するために数値制御装置に
図2の機能ブロック図に示す各機能手段を設ける。本発明の一実施の形態における数値制御装置10は、指令読み取り手段11、停止信号感知手段12、減速停止手段13、停止リトラクト経路生成手段14、補間手段15、及びX軸、Y軸、Z軸のサーボモータを制御する各軸サーボ制御手段16〜18を備える。
【0016】
指令読み取り手段11は、数値制御装置10が備えるメモリ(図示せず)に記憶された加工プログラムを解析して直線軸の移動経路指令、ワークと工具との相対移動速度指令およびテーブルに対する工具方向として工具方向指令および工具長などの加工制御にかかる情報を読み取り、読み取った情報に基づいて各軸の制御に用いられる指令データを生成し、出力する。
【0017】
停止信号感知手段12は、加工の中断およびリトラクト動作を要求する停止信号を感知し、後述する減速停止手段13、停止リトラクト経路生成手段14にリトラクト制御を開始する指令を出力する。
【0018】
減速停止手段13は、停止信号感知手段12からの指令に応じて動作し、加工経路に沿って各軸を減速停止する速度を算出して出力する。
停止リトラクト経路生成手段14は、停止信号感知手段12からの指令に応じて後述するリトラクト制御処理を実行し、移動経路に沿って減速停止する経路と、指令経路から遠ざかるリトラクト経路とを合成した経路(「停止リトラクト経路」と呼ぶ)を指令する指令データを生成する。ここでワークの表面から工具をどの程度リトラクトするのかについては、数値制御装置10が備えるメモリ(図示せず)にあらかじめパラメータで設定しておくか、または加工プログラム(NCプログラム)により指定できるようにすればよい。
【0019】
なお、停止リトラクト経路生成手段14は、停止信号感知手段12からの指令が無い場合、即ち停止信号が感知されていない場合にはリトラクト制御処理を実行せず、指令読み取り手段が生成した指令データをそのまま補間手段15へと出力する。
【0020】
補間手段15は、停止リトラクト経路生成手段14が出力する指令データに基づいて補間処理を実行し、補間周期ごとの各軸位置を求める補間処理を行う。
そして、X軸、Y軸、Z軸の各軸サーボ制御手段16〜18は、補間手段15が求めた各軸位置へ移動するように各軸モータを駆動する。
【0021】
このような構成を備えた数値制御装置10上で実行される、加工中断時のリトラクト制御処理について説明する。
以下の説明では、停止信号がなく加工が停止せずに終わる場合の工具先端点のX,Y,Z軸座標と回転2軸(B軸、C軸)の経路を時間tの関数として、それぞれPx(t)、Py(t)、Pz(t)、Pb(t)、Pc(t)と表記する。これら各経路は、指令読み取り手段11により加工プログラム(NCプログラム)から読み取られた経路(「指令経路」と呼ぶ)である。
【0022】
また、X,Y,Z軸座標で定義される3次元ベクトル(Px(t),Py(t),Pz(t))=Pl(t)、回転2軸座標で定義される2次元ベクトル(Pb(t),Pc(t))=Pr(t)、5軸の座標で定義される5次元ベクトル(Px(t),Py(t),Pz(t),Pb(t),Pc(t))=P(t)を定義する。ここで、Pl(t)はP(t)の直線軸成分であり、Pr(t)はP(t)の回転軸成分である。
【0023】
このような定義の下で、時刻tsにおいて停止信号ONを感知した場合を考える。この信号を受けて数値制御装置10では指令経路P(t)に沿って減速し、リトラクトする。このときの経路をP’(t)とし、これを「停止経路」と呼ぶ。停止経路P’(t)は、指令経路に沿った減速部分D(t)とリトラクト部R(t)の和として、以下に示す数1式により表すことができる。
【0025】
以下では、D(t)の回転軸成分をDr(t)と表記する。また、リトラクト部R(t)の直線軸成分をRl(t)と表記し、回転軸成分をRr(t)と表記する。
<従来技術の場合>
まず、比較のために従来技術の場合を説明する。従来技術では停止信号を感知すると、指令経路に沿って減速停止後、リトラクトを開始する。減速停止が完了した時刻をte,リトラクト開始時刻をtrs、リトラクト完了時刻をtreとする。指令経路に沿った減速部分D(t)は以下に示す数2式で表すことができる。
【0027】
数2式において、u(t)はt≦tsではu(t)=t、ts<t<teではu(t)<teを満たしかつ単調増加、te≦tではu(t)=u(te)となる関数である。これにより、停止信号感知前後の工具の経路は、t≦tsでは指令経路P(t)と同一であり、ts<t<teでは指令経路に沿って減速し、te≦tでは停止する。
【0028】
また、リトラクト部R(t)の直線軸成分Rl(t)は、以下に示す数3式により表すことができる。
【0030】
数3式において、関数Tool()は回転2軸の位置から工具方向の単位ベクトルを計算する関数であり、Tool(Pr’(trs))は、リトラクト開始時点での工具方向の単位ベクトルを表す。Tool(Pr’(trs))は工具方向を表しているため、直線軸の成分のみを持ち、回転軸成分は0となる。従来技術では、回転軸停止後にリトラクト開始するため、リトラクト中は工具方向の単位ベクトルは変化しない。なお、回転2軸の位置から工具方向の単位ベクトルを計算する手法については、例えば特開2014−010566号公報などにも開示されるように公知技術であるため、関数Tool()の詳細は省略する。
【0031】
また、v(t)は、t≦trsではv(t)=0、trs<t<treでは単調増加、tre≦tではv(t)=Rとなる関数である。Rはリトラクト量であり、予めパラメータまたは加工プログラム(NCプログラム)により指定しておく。これにより、t≦trsではR(t)は0であり、trs<t<treの区間において徐々にリトラクトされ(R(t)は増加し)、tre≦tではR(t)はリトラクト量Rと同値になり、工具がRだけリトラクトされた状態となる。また、回転軸はリトラクト動作により動くことはないため、リトラクト部R(t)の回転軸成分Rr(t)は0である。
このため、Pr’(trs)=Dr(trs)=Pr(u(trs))となる。
図3は、従来技術におけるu(t),v(t)をそれぞれ描画したグラフである。
以上から、従来技術では停止経路は、以下に示す数4式により表すことができる。
【0033】
<本発明の場合>
これに対して、本発明の加工中断時のリトラクト動作制御処理では、停止信号を感知すると指令経路に沿って減速停止しつつリトラクトする。減速停止が完了した時刻をte、リトラクト完了時刻をtreとする。リトラクト開始時刻trsは減速停止開始時刻tsと同じである。なお、本発明では、経路に沿った減速停止とリトラクトとはどちらが先に完了してもよい。すなわち、te<treでもよいし、te=treでも、またはte>treでもよく、いずれの値についても、あらかじめ数値制御装置10が備えるメモリ(図示せず)内の設定領域にメーカーが定義しておくようにしてもよいし、ユーザが制御対象とする加工機の特性に合わせて設定できるようにしてもよい。
【0034】
本発明のリトラクト制御処理により生成される経路をP”(t)とし、これを「停止リトラクト経路」と呼ぶ。従来技術と同様に、停止リトラクト経路P”(t)は、指令経路に沿った減速部分D(t)とリトラクト部R(t)の和として、以下に示す数5式により表すことができる。
【0036】
数5式において、減速停止部D(t)は従来技術と同様に、数2式で表すことができ、また、リトラクト部R(t)の直線軸成分Rl(t)は、以下に示す数6式で表すことができる。
【0038】
ここで、Tool(Pr”(t))は時間tにおける工具方向の単位ベクトルであり、従来技術と異なり時々刻々変化する点に注意されたい。なお、リトラクト動作については、従来技術と同様に直線3軸のみの移動であり、回転軸の移動を伴わない。このためリトラクト部R(t)の回転軸成分Rr(t)は0となる。
このため、Pr”(t)=Dr(t)=Pr(u(t))となる。
【0039】
図4は、本発明におけるu(t),v(t)をそれぞれ描画したグラフである。なお、本発明において関数u(t),v(t)は、あらかじめ数値制御装置10が備えるメモリ(図示せず)内の設定領域にメーカーが定義しておくようにしてもよいし、ユーザが制御対象とする加工機の特性に合わせて関数の単調増加部分を設定できるようにしてもよい。
以上から、従来技術では停止経路は、以下に示す数7式により表すことができる。
【0041】
このように、本発明では減速停止しつつ時々刻々と変化する工具方向に応じたリトラクト動作を実現する。これにより、加工面を損なわすに工具方向へリトラクトすることが可能である。
【0042】
図5は、本発明の一実施の形態における数値制御装置10上で実行されるリトラクト制御処理のフローチャートである。本処理は、加工制御の制御周期毎に実行される。
●[ステップSA01]停止信号感知手段12が、加工の中断およびリトラクト動作を要求する停止信号を感知したか否かを判定する。停止信号を感知している場合にはステップSA02へ進み、そうでない場合には、指令読み取り手段11が解析して出力した指令データをそのまま補間手段15へと出力して本処理を終了する。
●[ステップSA02]減速停止手段13が、工具が移動経路に沿って移動しつつ減速停止する速度データを算出して出力する。
●[ステップSA03]停止リトラクト経路生成手段14が、指令読み取り手段11が解析して出力した指令データと、減速停止手段13が出力した速度データとに基づいて、停止リトラクト経路P”(t)を生成して補間手段15へと出力する。
【0043】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明は上述した実施の形態の例に限定されることなく、適宜の変更を加えることにより、その他の態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0044】
10 数値制御装置
11 指令読み取り手段
12 停止信号感知手段
13 減速停止手段
14 停止リトラクト経路生成手段
15 補間手段
16 X軸サーボ制御手段
17 Y軸サーボ制御手段
18 Z軸サーボ制御手段