(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6141273
(24)【登録日】2017年5月12日
(45)【発行日】2017年6月7日
(54)【発明の名称】炭素繊維製造プロセスおよびかかるプロセスを実行するための工場
(51)【国際特許分類】
D01F 9/22 20060101AFI20170529BHJP
D01F 9/32 20060101ALI20170529BHJP
【FI】
D01F9/22
D01F9/32
【請求項の数】10
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-520764(P2014-520764)
(86)(22)【出願日】2012年7月17日
(65)【公表番号】特表2014-524989(P2014-524989A)
(43)【公表日】2014年9月25日
(86)【国際出願番号】IB2012053641
(87)【国際公開番号】WO2013014576
(87)【国際公開日】20130131
【審査請求日】2015年7月16日
(31)【優先権主張番号】MI2011A001372
(32)【優先日】2011年7月22日
(33)【優先権主張国】IT
(73)【特許権者】
【識別番号】514017574
【氏名又は名称】エンメ.アー.エー. エッセ.ピー.アー.
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ロベリーニ マルコ
【審査官】
久保田 葵
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−255159(JP,A)
【文献】
特開2008−202207(JP,A)
【文献】
特開2010−222731(JP,A)
【文献】
特開昭61−231223(JP,A)
【文献】
特開平09−268437(JP,A)
【文献】
特開平05−195396(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 1/00−6/96、9/00−9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
PAN前駆体繊維を紡糸する第1工程と、前記繊維を酸化/炭化する第2工程とを備えるタイプの炭素繊維製造プロセスであって、
a)前記紡糸および酸化/炭化工程が、インライン方式で連続的に直接行われ、したがって前記2工程間にPAN前駆体の一時保存場所を有さず、
b)前記紡糸工程が、低速で行われ、延伸操作の下流における紡糸工程からの繰出速度が、続く前記酸化/炭化工程における適切な加工速度範囲内におさまる速度であり、
c)前記紡糸工程が、1または複数列(A、B)上に配列される複数の紡糸モジュール(M)上でモジュール式に行われ、各紡糸モジュール(M)が、前記紡糸工程の全体の生産性の10%以下の生産性を有し、
d)個々の紡糸モジュール(M)において、紡糸領域の下流では繊維が、偏向/駆動ローラ(3〜5)により水平方向および垂直方向の双方にジグザグの直線経路を進み、この経路上で様々な紡糸処理が行われ、
e)各紡糸モジュール(M)から繰り出される繊維トウが、進行方向に対して横断方向に逸れることなく、先行および/または後続のモジュール(M)から繰り出されるトウの側方に配され、前記酸化/炭化工程の1本の供給ベルト(N)を形成することを特徴とする炭素繊維製造プロセス。
【請求項2】
前記モジュールの前記列(A、B)それぞれに含まれる個々のモジュール(M)が、各モジュール(M)により製造される前記トウの最終的な全体幅に対応する量だけ、横断方向に互いにわずかにずれている、請求項1に記載の炭素繊維製造プロセス。
【請求項3】
配列された前記モジュール(M)の前記列(A、B)が、互いに重ねられ、各上段列(B)が、全体的に下段列(A)に対し、前記下段列(A)において製造されるトウベルト(NA)の最終的な全体幅に対応する分、横断方向にずれている、請求項2に記載の炭素繊維製造プロセス。
【請求項4】
各紡糸モジュール(M)が、本プロセスの前記紡糸工程の全体の生産性の5%以下の生産性を有する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の炭素繊維製造プロセス。
【請求項5】
各紡糸モジュール(M)が、
a)前記モジュールの下部に配され、PAN繊維の凝固浴を収容し、内部に2〜8の紡糸口金(2)が並列して浸漬されたタンク(1)と、
b)前記モジュールの前記下部から上部に進み、これに沿って、凝固後処理、延伸前処理、3またはそれ以上の洗浄および湿式延伸処理、および1またはそれ以上の最終表面仕上げ処理がそれぞれ行われる、偏向/駆動ローラ(3)間の少なくとも6つのほぼ水平の直線経路と、
c)前記モジュール(M)の頂部から底部、またその逆に延び、これに沿って、前記トウの崩壊処理、蒸気延伸処理、および最後に蒸気アニール処理がそれぞれ行われる、偏向/駆動ローラ対(4、5)間の2つの垂直方向の直線経路と、を備える、請求項1〜3のいずれか一項に記載の炭素繊維製造プロセス。
【請求項6】
PAN前駆体繊維を紡糸する第1部と、前記繊維を酸化/炭化する第2部とを備えるタイプの炭素繊維製造工場であって、
a)前記紡糸部および酸化/炭化部が、直接インライン接続で設置され、したがって前記第1部および第2部間にPAN前駆体の一時保存場所を有さず、
b)前記紡糸部が、1または複数列(A、B)に配列される複数の紡糸モジュール(M)を備え、各紡糸モジュール(M)が、前記紡糸部の全体の生産性の10%以下の生産性を有し、
c)個々の紡糸モジュール(M)それぞれが、前記紡糸領域の下流にて、水平方向および垂直方向の双方に展開するジグザグの直線経路に沿って、製造された繊維トウを送給する複数の偏向/駆動ローラ(3〜5)を備え、同経路上で様々な紡糸処理が行われることを特徴とする、炭素繊維製造工場。
【請求項7】
前記モジュールの前記列(A、B)それぞれを構成する個々のモジュール(M)が、各モジュール(M)により製造されるトウの最終的な全体幅に対応する分、横断方向に互いにわずかにずれている、請求項6に記載の炭素繊維製造工場。
【請求項8】
配列された前記モジュール(M)の前記列(A、B)が、互いに重ねられ、各上段列(B)が、全体的に下段列(A)に対し、前記下段列(A)において製造されるトウベルト(NA)の最終的な全体幅に対応する分、横断方向にずれている、請求項7に記載の炭素繊維製造工場。
【請求項9】
各紡糸モジュール(M)が、本工場の前記紡糸部の全体の生産性の5%以下の生産性を有する、請求項6〜8のいずれか一項に記載の炭素繊維製造工場。
【請求項10】
各紡糸モジュール(M)が、
a)前記モジュールの下部に配され、PAN繊維の凝固浴を収容し、内部に2〜8の紡糸口金(2)が並列して浸漬されたタンク(1)と、
b)前記モジュールの前記下部から上部に進み、これに沿って、凝固後処理、延伸前処理、3またはそれ以上の洗浄および湿式延伸処理、および1またはそれ以上の最終表面仕上げ処理がそれぞれ行われる、偏向/駆動ローラ(3)間の少なくとも6つのほぼ水平の直線経路と、
c)前記モジュール(M)の頂部から底部、またその逆に延び、これに沿って、前記トウの崩壊処理、蒸気延伸処理、および、次いで蒸気アニール処理がそれぞれ行われる、偏向/駆動ローラ対(4、5)間の2つの垂直方向の直線経路と、を備える、請求項6〜8のいずれか一項に記載の炭素繊維製造工場。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改良された炭素繊維製造プロセスに関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維(CF)は、1879年にエジソンが白熱灯に適したフィラメントを探す中で綿糸を炭化させた際に最初に発見したが、1960年になってやっと、英国王立航空研究所のウィリアム・ワットが考案したポリアクリロニトリル繊維(PAN)の転換を起点とする製造プロセスにより市販化された。
【0003】
炭素繊維は、炭素原子を主体とする直径5〜10μmの、連続的な、または所定長さの細いフィラメント(ステープルファイバ)である。炭素原子は結晶母体中で相互に結合し、個々の結晶は大体において繊維の長手方向軸に沿って配列しているため、繊維は寸法に比して非常に高い強度を有する。
【0004】
数千もの炭素繊維を束ねて繊維束すなわちトウ(ロービング)を形成し、これをそのまま用いたり、織機で織って生地にしたりする。このようにして得た糸または生地に樹脂、典型的にはエポキシ樹脂を含侵させ、これを成型して、高軽量・高強度を特徴とする複合材製品を得る。
【0005】
炭素繊維は、有機繊維と無機繊維との間の転移点を代表するもので、実際、有機繊維を由来として熱処理および熱分解により変性させて製造される。これらの処理において、まず、個々の繊維内で分子セグメントの再配向が起こり、続いて、高温下で酸素、水素、および窒素の大半が取り除かれることで、最終的な繊維はその成分の90%〜99%が炭素で残りが窒素となる。
【0006】
ガラス繊維とともに、炭素繊維も市販されるようになったことから、複合材料がますます使用されるようになっている。特に炭素繊維の使用により、高度な機械的特性を有する複合材料の考案が可能となったが、最初はコスト高のために軍事および/または航空分野で使用されていた。後には製造技術が改良されたことでコストが下がり、エネルギー産業(高圧タンク、風力発電ブレード、燃料電池、海上基地)、交通産業(鉄道、車両、船舶)、および娯楽産業(スポーツの練習用ツールや器具)の製品にも用いられている。これら適用例のうち最後の分野については今日その市場は充分発達しているようであるが、航空分野、また、特に産業分野では、今後の5年間で需要が急激に増大することが予測され、製造工場の既存の設備を拡大する必要がある。
【0007】
現在、炭素繊維は、人工繊維(産業利用ではレーヨン、実験段階ではリグニン)または合成繊維(世界の生産高中少なくとも90%がポリアクリロニトリルであるが、PBOも用いられ、また実験段階ではその他の熱可塑性繊維もある)、または、石油やタール(ピッチ)の蒸留残渣を変性させて製造されている。1つ目は、従来、PAN系炭素繊維と呼ばれ、2つ目はピッチ系炭素繊維と呼ばれる。後者のタイプの繊維は、間違えて「グラファイト繊維」と呼ばれることがよくある。もちろんグラファイトから得られた繊維ではないが、こう呼ばれるのは、この繊維に2000℃を超える温度で熱処理を行うと、最終的にはグラファイトの典型的配列に非常によく似た炭素原子配列を有するようになり、レチクル中にその他の元素がほぼ見られないという点を強調するためである。
【0008】
本発明が対象とするのはPAN系炭素繊維分野であるが、この繊維の元となるポリアクリロニトリル(いわゆる前駆体)は、最終的に得られる炭素繊維が満足のいく特性を有するよう、適切な化学組成、特殊な分子配向、および特定の形態の特徴を有する必要がある。化学組成は、ポリアクリロニトリル繊維の第1加工工程を代表する、18キロカロリー/モル相当のCNの環化反応の発熱レベルを制御する上でも重要である。織物系工場では、通常、前駆体は大量生産され、個々の繊維は300,000もの個々のフィラメントからなる束すなわちトウに束ねられる。この種の工場で製造されるトウで小型のものは、たとえば48,000のフィラメントを含む(いわゆる48K)。また、特に、1K、3K、6K、12Kの低デニールのトウを中小規模で製造するための工場も存在する。この場合、炭化プロセスの最後に個々のトウを互いに束ねて、たとえば24Kや48Kのより大きなトウを形成することができる。1つ目のタイプの工場で生産される炭素繊維は、生産能力が高いため低コストである一方、規則性は低いため、産業用途により適している。2つ目のタイプの工場で生産される炭素繊維は、規則性が高く、すでに小型炭素繊維トウの使用が根付いている航空産業用としてより評価されている。
【0009】
PAN繊維の環化反応は、上述のように、炭化プロセスの第1工程を代表するものである。本工程は空気中で、200〜295℃(現行では220〜275℃)の温度で数時間行われ、酸化PANと呼ばれる黒い難燃性材料が得られる。これは機械的特性がさほど優れず、このままでは、防護服、難燃性パッドの製造に用いられ、炭素−炭素複合体としては(飛行機、レーシングカー、高速鉄道の)重量ブレーキの製造に用いられる。
【0010】
200〜295℃の環化工程中では、繊維軸に沿う分子セグメントの配列が決定され、この配向に炭素繊維の最終的な弾性係数が左右されるため、この工程中では繊維収縮を点検することが非常に重要である。最終的な炭素繊維の靱性および弾性係数は、原料のアクリル繊維に付与される分子配向に影響されるが、配向性が過度であると繊維表面および内部のいずれにも欠陥が形成されてしまうため、行き過ぎてはならない。
【0011】
続けて、このように酸化されたPAN繊維は、一般には不活性雰囲気化にて炭化プロセスを経て炭素構造から外来原子を取り除くとともに、最終的なグラファイト構造を発達させる。炭化プロセスは一般に、低温の第1工程(350〜950℃、現行では400〜900℃)と高温の第2工程(1000〜1800℃、現行では1000〜1450℃)の2つの工程からなる。この炭化プロセスのすべての工程において、HCN、NH
3、N
2が生成され、また、PAN繊維が200〜295℃の空気中での環化中に結合したO
2量によっては、CO、CO
2、H
2Oも生成される。1000℃を超える熱処理後、PAN繊維は約95%が炭素、5%が窒素の炭素繊維に変化している。炭化プロセス中に繊維は横断方向に収縮するため縮径し、重量が当初の約50%分減少していると考えられる。これに対応する長手方向の収縮は、逆に、機械的に完全に阻止されるため、その分、分子配向が進み、これによって機械特性が改善される。
【0012】
このプロセスの下流に、2000〜2600℃の温度範囲で、黒鉛化プロセスと呼ばれるさらなる熱分解処理を行う場合もある。もちろん常に反応ガスの無い状態で行う。このプロセスで、残る窒素がさらに除去されて、繊維の炭素含有量が99%を超えるまで増加する。このさらなる処理を経た炭素繊維は機械特性がより改善されたものとなるが、コストもかなり高いため、特殊な用途に限られている。
【0013】
炭化プロセスの最後に、炭素繊維に、洗浄表面処理と、続く複合材料形成時に繊維が樹脂母材に粘着しやすくするための官能基を付与する処理を行う。この目的では電解酸化プロセスを用いる製造業者が多い。最後に、このように処理された繊維に、ボビンへの巻回を起因とする損傷を抑制し、繊維を埋め込む樹脂母材への繊維の粘着性をさらに高めるため、サイズ剤または仕上げ剤を塗布する。
【0014】
従来技術の現状
現在、炭素繊維は、互いに完全に別々の2工程プロセスの方式により製造されている。実際のところ、プロセスの第1の工程は、プロセスの第2の工程が行われる場所より物理的に離れた工場で行うことが多い。実際、前駆体のPAN糸は、概念上は従来の織物用紡績を専門とする工場を由来とし、続く炭化工程に最も適した特徴を有する最終的な糸を得るように、これに変更を加えた工場において製造される。特にこれらは、繊維繰り出し速度が最大で150m/分「(湿式紡糸)プロセス」、最大で500m/分「(乾式ジェット湿式紡糸)プロセス」、または最大で1000m/分「(乾式紡糸)プロセス」の、高速紡糸工場である。これらのうち最も低速のものは典型的には溶剤浴中での紡糸であり、最も高速のものは乾式紡糸である。このようにして製造された糸はボビンに巻回され500kgもの重量となり、これを保管し、次いで、プロセスの第2工程、すなわち炭化プロセスが行われる工場へ送られる。この種の紡糸工場は、通常、50を超える数のトウを加工することはない。これは、トウが破損した場合、これを修理するために工場全体を一時停止する必要があるため、このような工場の効率低下を防ぐためである。
【0015】
プロセスの第2工程では代わって、環化、炭化、および場合によっては黒鉛化を目的として前駆体に熱処理が施される。このプロセスの第2工程は、紡糸工場から来た前駆体繊維ボビンがセットされる最初の大型クリールを備え、この下流に酸化、炭化、場合によっては黒鉛化炉が配置された工場で行われる。これらの熱処理は長い滞留時間を要するため、産業上許容範囲内で工場規模を制限するために、このプロセスの第2工程における炭素繊維加工速度は紡糸工程よりかなり低く、たとえば5〜20m/分の範囲であり、したがって、同時に加工されるトウの数も多く、通常は600ほどである。
【0016】
課題と解決手段
炭素繊維製造プロセスは当初から、2つの別々のプロセス工程からなる形態で生まれ、その後の発展段階を経ながら常にこの形態を保ってきた。これは、そのプロセスの2つの工程間の速度および流量パラメータが互いに相いれないものであることが明らかなためである。実際、従来の紡糸工場が同時に最大で50トウまで製造可能であることを考えると、理論上は、1つの炭化工場に直接供給するためには6つの紡糸ラインを並列する必要があることになる。しかし、従来の紡糸ラインはそれぞれ非常に大型である(たとえば長さが100mにも渡る)ため、この解決策では、6つの紡糸工場が1つに収束し炭化工場に供給する構成となることを意味し、これは工場設計の観点から、明らかに実現不可能である。
【0017】
また、このような解決策では、6つの紡糸ラインがそれぞれ非常に低速で、すなわち炭化工程と同じ速度で運転されなければならず、工場コストと生産性との比率が完全に不適切であり、経済の観点からも非効率的である。
【0018】
したがって、明らかに技術、経済上の問題を有しながらも、上述の事情から、本プロセスは2つの別々の工程からならざるを得なかったのである。
【0019】
2工程プロセスの第1の大きな技術的な欠点は、前駆体トウのボビンへの巻回に由来する。特に、この作業中に横断ガイド装置によりトウが周期的に圧縮されることにあり、実際、このために、続く酸化反応での酸化が不均一となる。第2の、経済上の、かつ同様に重要な欠点もまた、前駆体トウのボビンへの巻回作業に関係している。実際に、炭素繊維製造工場の設置・管理コストの重要な部分を占めるのは、この作業と、ボビンの保管、炭化工場へのボビン輸送、および、最後にかかる工場に供給するクリールへのボビン挿入といった、続く関連の作業である。
【0020】
最後に、従来の前駆体紡糸ラインのさらなる欠点は、大型のものに比してフィラメント数の少ないトウの製造に関して融通性が低いことにある。実際、このようなトウは、各駆動ローラ上にあるとき、トウの間に適切な間隔を設ける必要があるため、紡糸ラインの全デニール数は同一でも、高デニールのトウよりもローラ幅のより広い部分を占めることになる。しかし、トウの駆動ローラ幅は、技術上、経済上の明らかな理由から、その寸法が精密に制限されており、この寸法制限によって、速度とライン技術は同一でも、低デニールのトウを製造する際は、生産能力が大幅に減少することになる。
【0021】
したがって、本発明の目的は、これらの欠点を無くした炭素繊維製造プロセスであって、特に、炭化工程前の前駆体のボビンへの巻回工程を無くすことができ、炭化工程に進むトウが完全に均一であることを保証し、従来の2工程プロセスを行う2つの工場間のPAN前駆体ボビンの搬入/搬出管理に関するコストやスペース占有を無くすことができる製造プロセスを提案することにある。
【0022】
本発明の別の目的は、たとえば1Kを下まわる低デニール、また、たとえば、1dtexを下まわる低フィラメント線密度であるトウであっても、高い製造融通性を有する炭素繊維製造プロセスを提案することにある。
【0023】
また、本発明のさらなる目的は、紡糸工程においてトウの破損があっても、高い製造効率を維持する炭素繊維製造プロセスを提案することにある。
【0024】
上述の目的はすべて、添付の請求項1に定義される特徴を有するプロセス、および、請求項8に定義される特徴を有する工場により達成される。本発明の追加的な特徴は従属請求項に定義されている。
【0025】
本発明のさらなる特徴や利点は、以下に詳しく述べる発明の好適な実施形態により、いずれにしろ明らかとなるが、本実施形態は発明を一切限定することのない例として、添付の図面に示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明に係る炭素繊維製造工場の紡糸部の全体図を概略的に示す斜視図。
【
図3】
図1の紡糸工場の2つのモジュールを概略的に示す拡大正面図。
【
図4】
図3に示す2つのモジュールの不等角投影図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明により発明者が達成しようとする目的は、従来の炭素繊維製造プロセスの2つの別々の工程を1つのインラインプロセスに組み合わせることで、紡糸部で製造されたPAN前駆体繊維を炭化部に直接供給することができるプロセスを提供し、紡糸工程と酸化/炭化工程との間のPAN前駆体繊維の一時保存を一切なくすことにある。実際のところ、この目的を達成することによってのみ、本発明の主目的を完全に達成することができる。
【0028】
このように従来プロセスの2つの工程を直接組み合わせて1つのインラインプロセスにすることが従来技術によっては不可能、または想到不可能であった理由は、本明細書の前段部分に記載の通りである。
【0029】
このため、本発明の発明者は、従来の方法から完全に離れることを決心して、新しい炭素繊維製造プロセスを考案し、同プロセスは、PAN前駆体繊維の紡糸工程において、次のような革新的な基本要素を特徴とする。
・最後の延伸工程での低出力速度、すなわち、後続の酸化/炭化工程での適切な加工速度範囲内の速度(現行では5〜20m/秒)、
・水平および垂直双方のジグザグ繊維経路を用いた非常に小さな面積内に展開される糸加工路、
・モジュール同志を直列に連結させることができ、個々のモジュールがそれぞれ、全体のプロセス生産性に比して非常に低い生産性(2〜8トウ)を有する、モジュール方式の紡糸工場。
【0030】
図1および
図2に、上述の革新的な要素を実施した、本発明によるプロセスを実施することができる紡糸工場の具体例を示し、
図3および
図4に、個々の紡糸モジュールを詳細に示す。
【0031】
図示した紡糸工場は実施形態の一例であって、本発明を限定するものではないが、添付の図面から分かるように、それぞれが22個の隣接する紡糸モジュールMからなる、上下に配された2つの紡糸モジュール列A、Bを備える。紡糸モジュールMはそれぞれが、たとえば12KのPAN前駆体トウを8つ製造可能である。
【0032】
工場のモジュールMの総数は、個々のモジュールの生産性と、工場の炭下部が要求する供給流量とを考慮して計算される。個々のモジュールMの生産性は、紡糸部全体の生産性の10%以下であることが好ましく、より好ましくは全体の生産性の5%以下、さらに好ましくは全体の生産性の2.5%以下であるとよい。
【0033】
本発明の特に興味深い特徴によれば、モジュール列A、Bをそれぞれ構成する個々のモジュールMが、横断方向に互いにわずかにずれており、そのずれ量は、各モジュールMが製造するトウの最終的な全体幅にちょうど一致し、図示例では約41mmである。これにより、1つのモジュールにより製造されるトウを、横方向に逸れることなく、後続のモジュールMにより製造されるトウにぴったり隣接させることができ、各モジュール列A、Bの終端で、8×22=176トウにより形成され約900mmの全体幅を有する連続ベルトN
A、N
Bが得られる。
【0034】
2つのモジュール列A、Bは、さらに、精密にこのような距離で互いに横断方向にずれているため、適切に配された引出ローラアセンブリRにより、この場合もまたベルトN
A、N
Bが横断方向に逸れることなく、上方のモジュールBから繰り出されるトウベルトN
Bを、下方のモジュールAから繰り出されるベルトN
Aに隣接して並べることができ、幅1800mmの連続的なトウベルトが形成される。これは、炭下部の後続の酸化炉Fへの供給に通常用いられるベルトサイズであるため、炭下部は従来のプロセスで用いられるものと全く同一のものとすることができる。ここで強調することが重要なことは、紡糸プロセス中に、ひいては酸化/炭化炉Fまでの搬送プロセス中に、PAN前駆体繊維に横断方向の逸れが全く生じず、これにより繊維中の不均一を防ぐことができる点である。このような不均一は、必然的に、上記PAN前駆体繊維由来の炭素繊維の結晶構造の不規則性につながり、最終的な分析において、繊維の機械特性が最適なものではなくなってしまう。
【0035】
上述のように、紡糸プロセスは従来の工場よりかなり低い速度で行われ、特に、紡糸部から繰り出される、すなわち、延伸操作後の、トウベルトN
A+N
Bの速度が、従来の工場の酸化部Fの導入速度に相当し、すなわち、通常は5〜20m/分の範囲の速度となる。
【0036】
個々の紡糸モジュールMそれぞれの構造は、好適な実施形態を示す
図3および
図4からすぐに理解できる。
【0037】
各モジュールMの下部にはPAN繊維の凝固浴を収容する紡糸タンク1が配され、内部には2〜8の紡糸口金2が浸漬され、並列配置されている。紡糸口金2から吐出されるフィラメントにより形成されるトウは紡糸タンク1から集められ1つの経路に導かれるが、この経路は、従来の紡糸工場における場合と異なり、独立した一連のモータ駆動ローラ3、4、5上のジグザグ経路として水平方向および垂直方向の双方に展開する。図示例の実施形態では、8つのほぼ水平の直線経路が対向するローラ対3間に形成され、同経路に沿ってすべての必要な作業、すなわち、それ自体は当業者にとり周知のためここでは詳述しないが、PAN前駆体繊維の洗浄、延伸、乾燥、安定化、仕上げが一連の装置により行われ、形成される繊維がこれらの工程を経ることで、異なる水溶液を同時に繊維に作用させる。
【0038】
特に、紡糸タンク1のすぐ下流の、ローラ3間の最初の2本の直線経路では、凝固後および延伸前の処理が行われ、続く4本の中間経路では、洗浄および湿式延伸処理が行われ、最後の2本の経路では表面仕上げ処理が行われる。これら一連の処理の終端で形成される繊維トウは、この間にモジュールMの頂部に達しているが、これを、第1の延伸ローラ対4および第2の延伸ローラ対5間に延びる垂直方向の直線経路によって再びモジュールの底部に戻す。ローラ対4は加熱されており、ローラ上を通されることにより繊維は乾燥・崩壊される(崩壊とはすなわち、繊維の脱溶媒により形成されることのある胞状構造が、張力および熱を加えることで崩壊し、繊維密度が高まること)。
【0039】
ローラ対4、5間の直線経路上にはさらに、蒸気延伸装置6が設けられ、繊維はこれを通して、ローラ対5およびローラ対4間の回転速度差により決定される最終の延伸を経る。最後に、PAN繊維トウはローラ対5から再びモジュールMの頂部に戻され、第2の垂直方向の直線経路上の蒸気アニール装置7を通され、最後に、ここから、同じモジュール列AまたはBの先行または後続の紡糸モジュールMから繰り出されるトウとともに、酸化部へと送られる。
【0040】
紡糸は低速で行われるため、個別の繊維加工装置内における所望の持続時間は維持しながら、処理経路の長さは特に短くすることができる。このため、紡糸モジュールMの全体寸法を特に小さく抑えることができる。例として、図示した実施形態では、モジュールの長手方向寸法、より正確には、続く2つのモジュール間のピッチは、1250mmであり、モジュールの高さは2200mm未満である。
【0041】
各モジュールMにおける繊維製造量は比較的低いため、繊維嵩が最も高い初期の紡糸工程においても、低デニールのトウ、または低線密度のフィラメントからなるトウを大量に収容できるようにローラ3〜5の幅を設定することが容易にでき、加工されるトウ数や、これらトウを形成する個々のフィラメントの線密度に関わりなく、各モジュールMの全体の生産性を一定に保つことができる。
【0042】
したがって、本発明に係る紡糸工場の全体の長さは、酸化部Fに供給するためベルトN
A、N
Bを並列させる引出ローラアセンブリRも含めて、約30mである。このような全体の長さは、現在使用されている紡糸工場のものよりかなり短いばかりでなく、従来の炭化工場に供給するためのクリール1台と同等ですらある。したがって、本発明に係るプロセスおよび工場の使用により、最終製品の品質およびコストの両面から、既存の工場の稼働状態を、非常に低コストで、かつ飛躍的に効率が高まるように、一新することができる。
【0043】
実際に、上述の詳しい説明から明らかなように、本発明に係る炭素繊維製造プロセスは、紡糸工程の最後にPAN前駆体をボビンに巻回する工程を完全に無くしており、上述の主目的を達成している。したがって、このような巻回に伴う諸問題は、トウの均質性の点、すなわち、このPAN前駆体繊維から得られる炭素繊維の品質の点と、PAN前駆体のボビンの巻回/搬送/繰出しに関連する工場コストおよびランニングコストの点の両方について、解決される。
【0044】
本発明に係る炭素繊維製造プロセスはさらに、本発明のその他の目的、特に、次の目的をも達成できるものである。
・トウの破損時に、従来の工場のように紡糸部の全製造過程を停止させる必要がなく、破損の起きたモジュールM1つのみを停止させればよく、生産性のロスを最小限に抑えることができ、たとえば図示した実施形態では、全体の生産性の約2.3%に相当するなど、トウ破損時の効率を飛躍的に高めることができる。
・生産性に悪影響を及ぼすことなく低デニールのトウまたは低線密度のフィラメントからなるトウを製造できるなど、加工融通性が高い。実際、ここに提案する技術的解決法のモジュール方式によれば、各モジュールMで使用される小型ローラ3〜5の幅の総計に等しい、紡糸部の理論上の全体幅を、大きく制約することがない。したがって各ローラ上で加工される繊維の全体のデニール数は、低デニールのトウまたは低線密度のフィラメントからなるトウであっても、不変とすることができる。これにより、低デニールのトウの製造時にはローラの最大幅がライン生産性の限界を表していた従来の紡糸ラインに比して各段に効率の良い紡糸ラインを提供することができる。さらに、上記低デニールのトウまたは低線密度のフィラメントからなるトウの製造を、紡糸工場のモジュールMのうち一部のこれ専用のモジュールのみで行うことができ、この点からも工場の融通性を高めることができる。
【0045】
ただし、上に示した特定の実施形態は発明の一例を示すものに過ぎず、本発明はこれに限られると解釈してはならず、以下の請求の範囲により定義される発明の範囲を逸脱することなく、また、当該分野の当業者にとっては明らかである、様々な変形が可能である。