【実施例】
【0011】
===観測対象とレーダー===
この発明においては、
図1に示すように、たとえば橋などを利用して河川の流水域のほぼ中央上方にドップラーレーダーのアンテナ1を設置し、たとえば上流側の水面に向けて斜めにレーダービームを照射する。アンテナ1は垂直軸を中心として回転装置2により一定速度で回転する。観測範囲は、
図2に示すように、上流向きの90度の範囲である。ビーム照射の俯角は一定に保たれ、観測範囲を円弧状に走査する。回転装置2からは、アンテナ1から送信されるレーダービーム方向の方位角に対応するアンテナ走査角信号が出力される。
【0012】
ドップラーレーダーの送受信装置3は、アンテナ1に送信信号を供給してアンテナ1からレーダービームを出力させるとともに、水面からの反射波を受信する。周知のように、アンテナ1から水面に照射されて水面からアンテナ1に戻るマイクロ波には、ビーム照射部分の水流の速度を反映したドップラー信号が含まれ、このドップラー信号を処理することによりドップラー速度を求めることができる。さきに説明したとおり、ドップラー速度はレーダー反射体の速度のビーム方向成分であるから、ビームの俯角を用いて表面流速を計算することができる。
【0013】
===ドップラー信号処理装置4===
ドップラー信号処理装置4は、ドップラーレーダー送受信装置3から出力されるドップラー信号と、回転装置2から出力されるアンテナ走査角信号に基づいて、以下に順次説明する信号処理を行う。
【0014】
この実施例においては、アンテナ走査角は、
図3に示すように、川幅方向に合わせた基準線に対するレーダービーム照射方向の方位角を表すものとする。そして、観測範囲となる円弧状領域は、アンテナ走査角にして45度から135度までの90度の角度範囲であり、ドップラー信号処理装置4はこの範囲にて得られたドップラー信号を処理する。観測範囲の中心(アンテナ走査角が90度のライン)は、河川のおおよそ流心方向に合わせている。
【0015】
ドップラー信号処理装置4の構成例を
図4に示している。送受信装置3からのドップラー信号は、BPF(バンドパスフィルタ)群5に入力される。BPF群5は、ドップラー信号の想定される周波数帯域をたとえば6個の帯域に分割する6個のバンドバスフィルタからなる。BPF群5の各帯域の出力はA/D変換器6でデジタル化されて演算装置7に入力される。また、回転装置2からデジタル信号の形式で出力されるアンテナ走査角も演算装置7に入力される。演算装置7は、デジタル信号処理用のコンピューターである。
【0016】
===ドップラー信号の周波数強度特性とドップラー速度===
レーダー反射体である水流表面の動きは複雑であり、上流から下流に向かう卓越した流動、渦巻いたり湧昇沈降する上下方向の流動、泡立ちやさざ波などの水面変動が複合している。そのため、ドップラー信号の周波数は広い範囲にわたって分布している。
【0017】
演算装置7は、BPF群5の出力に基づいて、ドップラー信号の周波数強度特性を解析し、最大強度のドップラー周波数に対応したドップラー速度を逐次計算するとともに、レーダービーム照射の前記俯角を含む定数をドップラー速度に乗算するとにより、ビーム投影線方向の表面流速サンプル値を逐次求め、求めた表面流速サンプル値とこのサンプル取得時のアンテナ走査角とを対応づけして逐次記録するとともに出力する。
【0018】
上記のようにして計算されるビーム投影線方向の表面流速サンプル値は、ドップラー速度に一定の定数を掛けたものであり、
図3に示すように、アンテナ投影点からビーム照射点に向かう放射線(ビーム投影線)上のベクトルとして表すことができる。アンテナ走査角の1度ごとに表面流速サンプル値を求めるものとすると、演算装置7には、観測範囲における90個の表面流速サンプル値がアンテナ走査角と対応づけして記録される。
【0019】
===主流方向の表面流速への変換===
図4に示すように、演算装置7における所定のレジスタ8には、観測範囲における主流方向を示すアンテナ走査角θ1が格納されている。この主流方向アンテナ走査角θ1は、演算装置7が観測データに基づいて逐次決定するものであり、観測データの変化に応じて主流方向アンテナ走査角θ1を更新しつつレジスタ8に記録する。主流方向アンテナ走査角θ1を決定するアルゴリズムについては後で詳しく説明する。
【0020】
図3に示すように、あるアンテナ走査角θ2のサンプル点S2にて求められたビーム投影線方向の表面流速サンプル値をVd2とし、主流方向アンテナ走査角θ1とサンプル点S2のアンテナ走査角θ2がなす角度をαとすると、Vd2÷COSαによりサンプル点S2における主流方向の表面流速サンプル値Vx2を求めることができる。
【0021】
演算装置7は、観測範囲の全域を1回走査するごとに、ビーム投影線方向の表面流速サンプル値Vdを90個出力するとともに、これらサンプル値を主流方向アンテナ走査角θ1を用いて換算した主流方向の表面流速サンプル値Vxを90個出力する。これら各出力は各サンプル点を示すアンテナ走査角と対応づけされる。
【0022】
===主流方向アンテナ走査角θ1の決定の仕方===
前述したように、ドップラー信号の周波数は広い範囲にわたって分布していて、その周波数強度特性はさまざまに変化する。そして周知のように、最大強度を示すドップラー周波数に基づいてドップラー速度(これに一定の定数を掛けたものがビーム投影線方向の表面流速である)が計算される。
【0023】
観測範囲の全域を1回走査した中で、最大のドップラー速度が観測されたアンテナ走査角の方向が観測範囲の主流方向の有力候補である。しかしながら、この発明においては、ドップラー速度の最大値を観測した方向を単純に主流方向としてはいない。ドップラー速度の大きさに加えて、ドップラー信号の周波数帯域全体の包括強度値を参照して主流方向を決定している。
【0024】
具体的には、演算装置7は、ドップラー信号の周波数強度特性を解析し、ドップラー信号の周波数帯域全体の包括強度値と前記ドップラー周波数とを入力変数とする所定の積関数を逐次計算し、この積関数出力がピークを示すアンテナ走査角を特定し、特定したアンテナ走査角を観測範囲における主流方向として所定のレジスタに記録する。レジスタに記録した主流方向アンテナ走査角θ1を出力する。
【0025】
ドップラー信号の周波数帯域全体の包括強度値は、レーダービームが照射される水面の傾きなどの性状に大きな影響を受け、ドップラー速度が同程度の大きさを示す複数の方向の中では包括強度値の大きな方向が主流方向と認定するのに相応しいということを多くの実証試験により確認した。上記の所定の積関数としては、ドップラー速度と包括強度値を単純に掛け算したり、両値に異なる重み付けをして掛け算するなど、実際のシステムにより実証試験により適宜に定めることができる。
【0026】
なお、主流方向アンテナ走査角θ1を決定するにあたっては、連続する複数の走査回においてそれぞれ特定される前記主流方向のアンテナ走査角の移動平均をとりつつ、その平均値を前記レジスタに逐次格納することが望ましく、これにより安定的な観測が可能となる。
【0027】
===まとめ===
以上詳しく説明したように、この発明に係るドップラー水象レーダーによれば、川幅方向に広がりのある観測範囲をレーダービームにより円弧状に繰り返し走査しつつ、観測されるドップラー信号に基づいて観測範囲における主流方向を自動的に決定しつつ、観測されるドップラー速度を主流方向の表面流速に換算して出力するので、これを適宜に表示出力することにより河川の流況およびその変化を直感的に読み取ることができる。つまり、ドップラーレーダーによる水象観測情報を人が理解しやすい形態で出力することができるようになり、長期的・短期的な主流方向の変化の様子を容易に観測できるし、変化した主流方向に応じて主流方向の表面速度分布が変化する様子も容易に観測できる。
【0028】
実施例においては、ドップラー信号処理装置を1つのブロックにまとめて示した。これは便宜的な説明であり、現実的には、レーダー設置現場の信号処理装置と、これに通信回線で結ばれた遠方の事務所に設置された信号処理装置とで適宜に分散コンピューティングを行う構成となるであろう。また、実施例ではドップラー信号をBPF群により処理してからデジタル信号処理(DSP)を行うようにしているが、デジタルフィルタ技術を採用し、ドップラー信号をデジタル化してDSPにより処理する方式としてもよい。