特許第6142040号(P6142040)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6142040加熱シミュレーション方法、加熱シミュレーションプログラム、及びこのプログラムを内蔵した記憶媒体を含む加熱シミュレーション装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6142040
(24)【登録日】2017年5月12日
(45)【発行日】2017年6月7日
(54)【発明の名称】加熱シミュレーション方法、加熱シミュレーションプログラム、及びこのプログラムを内蔵した記憶媒体を含む加熱シミュレーション装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 25/18 20060101AFI20170529BHJP
   A23L 3/10 20060101ALI20170529BHJP
   A61L 2/04 20060101ALI20170529BHJP
【FI】
   G01N25/18 L
   A23L3/10
   A61L2/04
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-108856(P2016-108856)
(22)【出願日】2016年5月31日
【審査請求日】2016年5月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】000152480
【氏名又は名称】株式会社日阪製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100074332
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 昇
(74)【代理人】
【識別番号】100114432
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 寛昭
(72)【発明者】
【氏名】根来 大和
(72)【発明者】
【氏名】向井 勇
(72)【発明者】
【氏名】鵜飼 宏太
【審査官】 山口 剛
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−142735(JP,A)
【文献】 特開昭60−087751(JP,A)
【文献】 向井勇、酒井昇,“レトルト殺菌におけるATS法(雰囲気温度スライド法)の検証”,日本食品工学会誌,日本,日本食品工学会,2008年 9月,Vol.9,No.3,pp.167−179
【文献】 向井勇、朱政治,“温度履歴曲線の相似関係によるATS法の論理的課題の解明”,日本食品工学会誌,日本,日本食品工学会,2015年 9月,Vol.16,No.3,pp.209−217
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 25/00 − 25/72
A23L 3/10
A61L 2/04
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
設定された加熱条件下における加熱対象物の温度変化を演算により求める加熱シミュレーション方法であって、
前記加熱対象物の物性値として第1物性値と第2物性値とを設定し、
前記第1物性値から前記第2物性値へと前記加熱対象物の物性値が変化する温度を変換温度として設定し、
前記加熱対象物の演算された温度が前記変換温度未満の場合には、前記加熱対象物の物性値として前記第1物性値を用いて前記加熱対象物の温度変化を演算し、
前記加熱対象物の演算された温度が前記変換温度以上の場合には、前記加熱対象物の物性値として前記第2物性値を用いて前記加熱対象物の温度変化を演算する
加熱シミュレーション方法。
【請求項2】
前記演算中の前記加熱対象物の温度が前記変換温度以上となった場合、その後、演算された温度に関わりなく前記加熱対象物の物性値として前記第2物性値を用いて前記加熱対象物の温度変化を演算する
請求項1に記載の加熱シミュレーション方法。
【請求項3】
演算装置に、設定された加熱条件下における加熱対象物の温度変化の演算を実行させるための加熱シミュレーションプログラムであって、
演算装置に、
前記加熱対象物の物性値として第1物性値と第2物性値との設定を受け付けるステップと、
前記第1物性値から前記第2物性値へと前記加熱対象物の物性値が変化する温度を変換温度として設定を受け付けるステップと、
前記加熱対象物の演算された温度が前記変換温度以上であるか否かを判定するステップと、
前記加熱対象物の演算された温度が前記変換温度未満の場合には、前記加熱対象物の物性値として前記第1物性値を用いて前記加熱対象物の温度変化を演算するステップと、
前記加熱対象物の演算された温度が前記変換温度以上の場合には、前記加熱対象物の物性値として前記第2物性値を用いて前記加熱対象物の温度変化を演算するステップと
を実行させる加熱シミュレーションプログラム。
【請求項4】
請求項3に記載の加熱シミュレーションプログラムを内蔵した記憶媒体を含み、前記加熱シミュレーションプログラムを演算装置が実行させる加熱シミュレーション装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱中の処理対象物の温度変化を計算する加熱シミュレーション方法、加熱シミュレーションプログラム、及びこのプログラムを内蔵した記憶媒体を含む加熱シミュレーション装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、缶詰やレトルト食品といった包装食品を製造する際に、製造された包装食品の加熱殺菌が行われている。特定の加熱条件が食品の殺菌に適しているか否かは、一般に、温度と時間との関係で表される殺菌値であるF値により評価されている。特定の加熱条件下における食品の温度履歴が定められたF値を満たす場合には、加熱条件が食品の殺菌に適していると評価できる。例えば、レトルト食品のF値は、食品衛生法により、120.0℃4分相当以上とされている。
【0003】
食品の温度履歴は、加熱中の食品の温度をセンサー等により実測することでも確認できるが、形状や大きさの異なる食品に対する温度履歴を実測により確認するためには、コスト及び時間が必要である。このようなコスト及び時間を低減するために、コンピュータを用いて加熱中の食品の推定温度を演算するシミュレーション方法が普及している(例えば、特許文献1参照)。食品の推定温度は、例えば、ATS法(Ambient Temperature Slide method)により導出される演算式により演算される(例えば、非特許文献1参照)。具体的には、食品の加熱条件及び食品の物性値(例えば、伝熱係数等)がシミュレーション装置に設定され、この加熱条件及び物性値に基づき、シミュレーション装置が、演算式により推定温度を演算する。なお、食品以外のもの、例えば、医薬品のような処理対象物に対する加熱時の推定温度も、同様のシミュレーションにより演算される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3071412号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】向井勇、外1名、「温度履歴曲線の相似関係によるATS法の理論的課題の解明」、日本食品工学会誌、vol.16,No.3、pp209−217、Sep.2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、シミュレーションによって対象物の推定温度を演算するためには、まず、対象物の物性値を設定する必要があるが、対象物の物性値が不明である場合、仮設定した物性値を用いてシミュレーションを行い、トライアルアンドエラーの手法を用いて、物性値を求める。具体的には、対象物の物性値を予測し、この物性値の予測値を用いてシミュレーションを行って推定温度を演算し、演算した推定温度と実測温度とを比較し、これらの差異が縮まるように物性値の予測値を修正し、修正後の物性値を用いて再度シミュレーションを行って求めた推定温度と対象物の実測温度とを比較し、これらの差異がさらに縮まるように物性値を修正するという一連の手法を、推定温度と実測温度との差異が十分に縮まるまで繰り返す。この差異が十分に小さくなった際の物性値が、対象物の推定温度を演算するための物性値として用いられる。しかしながら、対象物によっては、物性値の修正を繰り返しても、推定温度と実測温度との差異が十分に縮まらないことがあった。
【0007】
本発明は、斯かる実情に鑑み、対象物の実際の温度変化に近似した推定温度を演算できるシミュレーション方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者が上記課題について鋭意検討したところ、上記のような対象物においては、加熱によって、当該対象物がその特有の温度になると物性が変化しており、物性の変化を考慮したシミュレーションを行うことにより、シミュレーションにより求めた対象物の推定温度と実測温度とを近似させうることを見出した。
【0009】
本発明にかかる加熱シミュレーション方法は、設定された加熱条件下における加熱対象物の温度変化を演算により求める加熱シミュレーション方法であって、前記加熱対象物の物性値として第1物性値と第2物性値とを設定し、前記第1物性値から前記第2物性値へと前記加熱対象物の物性値が変化する温度を変換温度として設定し、前記加熱対象物の演算された温度が前記変換温度未満の場合には、前記加熱対象物の物性値として前記第1物性値を用いて前記加熱対象物の温度変化を演算し、前記加熱対象物の演算された温度が前記変換温度以上の場合には、前記加熱対象物の物性値として前記第2物性値を用いて前記加熱対象物の温度変化を演算することを特徴とする。
【0010】
上記加熱シミュレーション方法では、対象物の推定温度が変換温度未満の場合に第1物性値に基づき温度変化が演算され、対象物の推定温度が変換温度以上の場合に第2物性値に基づき温度変化が演算される。従って、上記加熱シミュレーション方法では、対象物の実際の温度変化により近似した推定温度が演算される。
【0011】
本発明にかかる加熱シミュレーション方法の一態様として、前記演算中の前記加熱対象物の温度が前記変換温度以上となった場合、その後、演算された温度に関わりなく前記加熱対象物の物性値として前記第2物性値を用いて前記加熱対象物の温度変化を演算してもよい。
【0012】
上記加熱シミュレーション方法では、対象物の推定温度が変換温度に到達したことがあると、第2物性値に基づき、対象物の温度変化が演算される。そのため、この加熱シミュレーション方法は、対象物の物性が一旦変化すれば、さらなる加熱や冷却を行っても、対象物の物性は元に戻らない場合に適している。従って、上記加熱シミュレーション方法では、例えば、材料に液卵を含む卵豆腐等を対象物としても、対象物の実際の温度変化により近似した推定温度が演算される。
【0013】
本発明にかかる加熱シミュレーションプログラムは、演算装置に、設定された加熱条件下における加熱対象物の温度変化の演算を実行させるための加熱シミュレーションプログラムであって、演算装置に、前記加熱対象物の物性値として第1物性値と第2物性値との設定を受け付けるステップと、前記第1物性値から前記第2物性値へと前記加熱対象物の物性値が変化する温度を変換温度として設定を受け付けるステップと、前記加熱対象物の演算された温度が前記変換温度以上であるか否かを判定するステップと、前記加熱対象物の演算された温度が前記変換温度未満の場合には、前記加熱対象物の物性値として前記第1物性値を用いて前記加熱対象物の温度変化を演算するステップと、前記加熱対象物の演算された温度が前記変換温度以上の場合には、前記加熱対象物の物性値として前記第2物性値を用いて前記加熱対象物の温度変化を演算するステップとを実行させることを特徴とする。
【0014】
上記プログラムでは、対象物の推定温度が変換温度未満の場合に第1物性値に基づき温度変化が演算され、対象物の推定温度が変換温度以上の場合に第2物性値に基づき温度変化が演算される。従って、上記プログラムでは、対象物の実際の温度変化により近似した推定温度が演算される。
【0015】
本発明にかかる加熱シミュレーション装置は、加熱シミュレーションプログラムを内蔵した記憶媒体を含み、前記加熱シミュレーションプログラムを演算装置が実行させることを特徴とする。
【0016】
上記装置では、対象物の推定温度が変換温度未満の場合に第1物性値に基づき温度変化が演算され、対象物の推定温度が変換温度以上の場合に第2物性値に基づき温度変化が演算される。従って、上記装置では、対象物の実際の温度変化により近似した推定温度が演算される。
【発明の効果】
【0017】
本発明のシミュレーション方法によれば、対象物の実際の温度変化に近似した推定温度を演算できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、本発明の一実施形態にかかる推定温度を演算するフローチャート図である。
図2図2は、本発明の一実施形態にかかる対象物の実測温度履歴及び推定温度履歴を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の加熱シミュレーション方法について、添付図面を参酌して説明する。本実施形態のシミュレーション方法は、シミュレーション方法を実行できるプログラムを内蔵した記憶媒体と、プログラムを実行させる演算装置(CPU)とを含むシミュレーション装置で実施される。シミュレーションの結果は、例えば、シミュレーション装置に設けられたディスプレイに表示されるとともに、メモリーカードに保存される。
【0020】
本発明の加熱シミュレーション方法は、設定された加熱条件下における加熱対象物の温度変化を演算により求めるものである。本実施形態の加熱シミュレーション方法は、加熱により物性が変化する対象物、特に、加熱により比熱が変化するような対象物の推定温度を演算するために適している。そのような対象物としては、例えば、卵豆腐が挙げられる。この場合、加熱開始時点における液卵を含む材料液は、加熱により卵豆腐に変化する。このように、対象物の状態が加熱により液体状からゲル状に変化することで、対象物の比熱も変化し、対象物の推定温度を演算するための物性値も変化する。なお、対象物が液卵のように加熱により変性するたんぱく質を含む場合、加熱により対象物の物性が一旦変化すると、冷却しても元の物性に戻ることは無い。
【0021】
以上を踏まえて、本発明の加熱シミュレーション方法は、加熱対象物の物性値として第1物性値と第2物性値とを設定し、第1物性値から第2物性値へと加熱対象物の物性値が変化する温度を変換温度として設定し、加熱対象物の演算された温度が変換温度未満の場合には、加熱対象物の物性値として前記第1物性値を用いて加熱対象物の温度変化を演算し、加熱対象物の演算された温度が変換温度以上の場合には、加熱対象物の物性値として第2物性値を用いて加熱対象物の温度変化を演算する。以下、本実施形態の加熱シミュレーション方法の具体的なステップについて説明する。
【0022】
本実施形態の加熱シミュレーション方法(以下、シミュレーション方法と称する)は、図1のフローチャート図に示すように、対象物の第1、第2物性値、及び変換温度Tが加熱シミュレーション装置(以下、シミュレーション装置と称する)に設定されるステップ(S01)と、加熱条件がシミュレーション装置に設定され、且つ、シミュレーション装置が状態フラグSに0をセットし、nに1をセットするステップ(S02)と、シミュレーション装置が、加熱条件から雰囲気温度Twnを読み込むステップ(S03)と、シミュレーション装置が「状態フラグSが1か否か」を判定するステップ(S04)と、シミュレーション装置が「推定温度Tn−1が変換温度T以上か否か」を判定するステップ(S05)と、シミュレーション装置が第1物性値に基づき推定温度Tを演算するステップ(S06)と、シミュレーション装置が状態フラグSに1をセットするステップ(S07)と、シミュレーション装置が第2物性値に基づき推定温度Tを演算するステップ(S08)と、シミュレーション装置がnに1を加算するステップ(S09)と、シミュレーション装置が「Δt×nが加熱時間以上か否か」を判定するステップ(S10)とを含む。状態フラグSは、対象物の推定温度が変換温度に到達したことがあることを示すフラグである。Δtは単位時間を示し、nは時間刻みのn番目を示す。なお、本実施形態では、対象物全体の推定温度は均一であると仮定する。
【0023】
以下、本実施形態のシミュレーション方法に含まれる各ステップについて、順に説明する。本実施形態では、対象物の推定温度を演算する方法として、対象物の中心部の温度を演算する方法であるATS法(Ambient Temperature Slide method)を採用した場合について説明する。なお、ここでいう中心部とは、物体の物理的中心ではなく、温度の上昇又は下降の最も遅れる部分を指す。
【0024】
そこで、まず、ATS法の概略について説明する。ATS法では、雰囲気からの伝熱により対象物の温度が上昇することを前提とする。また、「雰囲気が対象物に与える熱量」と「対象物が雰囲気から受け取る熱量」とが一致することを前提として計算が行われる。ここで、上述したように単位時間をΔtとし、対象物の中心点を中心点Pとし、雰囲気温度及び対象物の中心点温度をそれぞれTwn、Tpnとし(下添え字nは、上述のnと同様に時間刻みのn番目を示す)、対象物の表面温度が雰囲気温度Twnと一致することとし、対象物の内部の温度勾配を直線とし、対象物の表面から中心点までの距離をLとし、対象物の熱伝導率をkとし、対象物の表面積をAとすると、単位時間当たりに「雰囲気が対象物に与える熱量」即ち下記式の左辺が得られる。
【0025】
また、対象物の体積をVとし、対象物の密度をρとし、対象物の比熱をcとし、中心点温度Tpnは体積平均温度Tと一致するものとすると、単位時間当たりに「対象物が雰囲気から受け取る熱量」即ち下記式の右辺が得られる。
kA(Twn−1−Tpn−1)Δt/L=Vρc(T−Tn−1)
【0026】
上記式においてk/(ρc)を熱拡散係数αとして整理すると、下記式が得られる。
=Tn−1+αΔt(Twn−1−Tpn−1)/L
【0027】
実際には、中心点温度Tpnは体積平均温度Tと異なるため、中心点温度Tpnと体積平均温度Tとのずれ率βを用いて、Tpn=Tβとすると、下記式が得られる。
pn=Tpn−1+αβΔt(Twn−1−Tpn−1)/L
【0028】
さらに、αβΔt/Lを伝熱係数τとすると、下記式が得られる。下記式では、単位時間あたりに、対象物の表面温度Twn−1と中心点温度Tpn−1との差分に伝熱係数τを乗じた分だけ、中心点温度が上昇することが表されている。
pn=Tpn−1+τ(Twn−1−Tpn−1
【0029】
ところが、実際の対象物では表面と中心点とが離れているため、中心点の温度変化が表面の温度変化よりも遅れるが、この遅れは上記式に反映されていない。これに対して、上記式において、表面温度として、雰囲気温度Twn−1の代わりに、雰囲気温度Twn−1の時間変化をδだけ遅らせた仮想的な雰囲気温度(t−δ)Twn−1を用いると、下記式が得られる。
pn=Tpn−1+τ((t−δ)Twn−1−Tpn−1
【0030】
従って、ATS法を採用する場合には、ステップS01において、物性値として伝熱係数τ及び遅れ時間δを設定する。具体的には、ステップS01では、例えば、ユーザーの入力により、第1物性値(第1伝熱係数τ及び第1遅れ時間δ)、第2物性値(第2伝熱係数τ及び第2遅れ時間δ)、及び変換温度Tがシミュレーション装置に設定される。伝熱係数τ及び遅れ時間δは、対象物を構成する材料、対象物の形状、対象物の状態により定められる。変換温度Tは、第1、第2物性値を変換させる温度である。ユーザーは、第1物性値(第1伝熱係数τ及び第1遅れ時間δ)、第2物性値(第2伝熱係数τ及び第2遅れ時間δ)、及び変換温度Tのデータを所持していれば、このデータをシミュレーション装置に入力する。ユーザーは、第1物性値(第1伝熱係数τ及び第1遅れ時間δ)、第2物性値(第2伝熱係数τ及び第2遅れ時間δ)、及び変換温度Tのデータを所持していなければ、これらを求めてシミュレーション装置に入力する。
【0031】
第1物性値、第2物性値、及び、変換温度Tを求める際には、まず、変換温度Tを求めた後、対象物の推定温度が変換温度T未満の場合に対応する第1物性値を求め、さらに対象物の推定温度が変換温度T以上の場合に対応する第2物性値を求める。以下、変換温度Tを求める方法、及び、第1、第2物性値を求める方法について、順に説明する。
【0032】
変換温度Tは、実測温度と、物性値の予測値(伝熱係数τ及び遅れ時間δの予測値)に基づき演算した推定温度とを比較して求められる。これについて、図2のグラフを用いて説明する。このグラフは、対象物の加熱条件に対する対象物の温度変化を示すグラフである。グラフの横軸は時間(sec)を示し、グラフの縦軸は温度(℃)を示す。一点鎖線は、加熱条件として設定される雰囲気温度Twnを示す。本実施形態では、加熱時の雰囲気温度Twnは一定であり、冷却時の雰囲気温度Twnも一定である。実線は、対象物の実測温度をプロットして得られる実測温度履歴を示す。点線は、物性値の予測値(伝熱係数τ及び遅れ時間δの予測値)に基づき演算された推定温度をプロットして得られる推定温度履歴を示す。変換温度Tは、このグラフのように、加熱時の実測温度履歴が上に凸の形状を採り、推定温度履歴が実測温度よりも下側に位置する場合、推定温度と実測温度との差異が最大となる時刻tにおける実測温度として求められる。ここでいう上側はグラフにおける高温度側、下側はグラフにおける低温度側を言う。
【0033】
なお、物性値の予測値によっては、推定温度履歴が実測温度履歴よりも上側に位置することがある。この場合、推定温度履歴が実測温度履歴よりも下側に位置するように、物性値の予測値を修正し、修正後の物性値の予測値に基づき推定温度を演算し、修正後の推定温度履歴と実測温度履歴との差異により変換温度Tを求める。
【0034】
また、対象物によっては、加熱時の実測温度履歴が下に凸の形状を採ることもある。この場合、推定温度履歴が実測温度履歴よりも上側に位置するように、物性値の予測値を選択し、この物性値の予測値に基づき推定温度を演算すればよい。この場合も、変換温度Tは、推定温度と実測温度との差異が最大となる時刻tにおける実測温度として求められる。
【0035】
第1物性値(第1伝熱係数τ及び第1遅れ時間δ)を求める際には、トライアルアンドエラー、即ち、まず、第1物性値について、ユーザーが、適当な伝熱係数τ及び遅れ時間δを予測し、この予測値に基づきATS法により推定温度Tを演算し、この推定温度Tと実測温度とを比較して、伝熱係数τ及び遅れ時間δの予測値を修正し、修正した伝熱係数τ及び遅れ時間δに基づき推定温度Tを再度演算し、推定温度Tが実測温度に近づくまでこれを繰り返すことにより適切な第1物性値(第1伝熱係数τ及び第1遅れ時間δ)を求めることができる。なお、対象物の実測温度は、例えば、サーミスタのような温度検出センサーを用いて測定される。
【0036】
以下、具体的な求め方について説明する。例えば、伝熱係数τが不明である場合、予測した伝熱係数τ’に基づき推定温度T’を演算し、推定温度T’と実測温度との差異を計算する。推定温度T’と実測温度との差異が所望の値以下である場合、伝熱係数τ’を第1伝熱係数τとして採用する。
【0037】
推定温度T’と実測温度との差異が所望の値よりも大きい場合、伝熱係数τ’に近い四つの伝熱係数τ’’…を設定し、四つの伝熱係数τ’’…各々に基づき推定温度T’’…を演算し、四つの推定温度T’’…と実測温度との差異を計算する。
【0038】
推定温度T’’…と実測温度との差異の最小値が、推定温度T’と実測温度との差異よりも小さく、且つ、所望の値よりも小さい場合、推定温度T’’…と実測温度との差異の最小値の演算に用いた伝熱係数τ’’を第1伝熱係数τとして採用する。
【0039】
推定温度T’’…と実測温度との差異の最小値が、推定温度T’と実測温度との差異よりも小さく、且つ、所望の値よりも大きい場合、推定温度T’’…と実測温度との差異の最小値の演算に用いた伝熱係数τ’’に近い四つの伝熱係数τ’’’…を再度設定し、四つの伝熱係数τ’’’…各々に基づき推定温度T’’’…を演算する等の一連の計算を繰り返す。
【0040】
このように、一連の計算を繰り返すトライアルアンドエラーの手法を実行することで伝熱係数τ’を求めることができる。
【0041】
第2物性値についても、上述したトライアルアンドエラーの手法により求める。
【0042】
ステップS02では、例えば、ユーザーの入力により、シミュレーション装置に対象物の加熱条件が設定される。加熱条件は、例えば、雰囲気温度Twn、加熱時間である。また、シミュレーション装置は、状態フラグSに0をセットし、nに1をセットする。
【0043】
ステップS03では、シミュレーション装置が、加熱条件から雰囲気温度Twnを読み込み、ステップS06又はステップS08で用いる雰囲気温度Twnをセットする。例えば、雰囲気温度Twnが雰囲気温度Twn−1と異なる場合、ステップS06又はステップS08で用いる雰囲気温度は、雰囲気温度Twnに変更される。
【0044】
ステップS04において、シミュレーション装置が、「状態フラグSが1か否か」を判定した後、ステップS05では、シミュレーション装置が「推定温度Tn−1が変換温度T以上であるか否か」を判定する。ステップS04では、対象物の推定温度が変換温度に到達したことがあるか否かを判定している。上述のように、状態フラグSは、対象物の推定温度が変換温度に到達したことがあることを示すため、ステップS05でYesと判定されたときに1がセットされる。ステップS05では、推定温度Tn−1が、変換温度T未満であるか、変換温度T以上であるかを判定している。
【0045】
ステップS04においてNoであって、ステップS05においてNo、即ち、対象物の推定温度が変換温度に到達したことが無く、且つ、推定温度Tn−1が変換温度T未満であるとき、ステップS06では、シミュレーション装置が、ATS法により導出される下記式により、第1物性値(第1伝熱係数τ及び第1遅れ時間δ)に基づき、推定温度Tを演算する。
pn=Tpn−1+τ((t−δ)Twn−1−Tpn−1
【0046】
ステップS04においてNoであって、ステップS05においてYes、即ち、対象物の推定温度が変換温度に到達したことが無く、且つ、推定温度Tn−1が変換温度T以上であるとき、ステップS07で状態フラグSに1がセットされた後、ステップS08では、シミュレーション装置が、ATS法により導出される下記式により、第2物性値(第2伝熱係数τ及び第2遅れ時間δ)に基づき、推定温度Tを演算する。
pn=Tpn−1+τ((t−δ)Twn−1−Tpn−1
【0047】
ステップS04においてYes、即ち、対象物の推定温度が変換温度Tに到達したことがあるとき、ステップS08では、シミュレーション装置が、ATS法により導出される下記式により、第2物性値(第2伝熱係数τ及び第2遅れ時間δ)に基づき、推定温度Tを演算する。
pn=Tpn−1+τ((t−δ)Twn−1−Tpn−1
【0048】
即ち、演算中の対象物の温度が変換温度T以上となった場合、その後、演算された温度に関わりなく対象物の物性値として第2物性値(第2伝熱係数τ及び第2遅れ時間δ)を用いて対象物の温度変化を演算する。
【0049】
ステップS09においてシミュレーション装置がnに1を加算した後、ステップS10では、シミュレーション装置が「Δt×nが加熱時間以上か否か」を判定する。
【0050】
ステップS10においてNo、即ち、Δt×nが加熱時間未満であるとき、シミュレーション装置は、ステップS03〜ステップS09を繰り返す。
【0051】
ステップS10においてYes、即ち、Δt×nが加熱時間以上であるとき、シミュレーション装置は、シミュレーション方法の実施を終了する。
【0052】
このように、本実施形態に係るシミュレーション方法を実施することで、対象物の実際の温度変化に近似した対象物の推定温度を演算することができる。この推定温度は、例えば、食品の加熱条件を殺菌の観点で評価する場合の指標として用いられる。以下、殺菌の観点で、推定温度を指標とした食品の加熱条件の評価について説明する。
【0053】
特定の加熱条件が食品の殺菌の観点で適切か否かは、一般に、加熱時の食品の温度履歴が、殺菌評価積算値であるF値を満たすか否かで評価される。また、殺菌の観点では、雰囲気からの熱が伝わりにくく、最も殺菌されにくい食品の中心部の温度を評価することが好ましい。そのため、殺菌の観点で加熱条件を評価するには、食品の中心部において推定温度Tから推定温度履歴Tを求めて、この推定温度履歴Tが定められたF値に相当するか否かを評価する。以下、本実施形態の効果をまとめて説明する。
【0054】
本実施形態のシミュレーション方法では、対象物の推定温度が変換温度T未満である場合には、第1物性値(第1伝熱係数τ及び第1遅れ時間δ)に基づき推定温度Tが演算され、対象物の推定温度が変換温度T以上である場合には、第2物性値(第2伝熱係数τ及び第2遅れ時間δ)に基づき推定温度が演算される。従って、上記シミュレーション方法では、対象物の実際の温度変化により近似した推定温度が演算される。
【0055】
本実施形態のシミュレーション方法は、加熱条件が設定されるステップS02と、推定温度と変換温度Tとの判定をするステップS05との間に、対象物の推定温度が変換温度に到達したことがあるか否かを判定するステップS04を含む。また、対象物の推定温度が変換温度Tに到達したことがある(状態フラグSが1である)とき、ステップS05〜S08を実行する代わりに、第2物性値に基づき、対象物における推定温度Tを演算する。即ち、演算中の対象物の温度が変換温度T以上となった場合、その後、演算された温度に関わりなく、対象物の物性値として第2物性値を用いて対象物の温度変化を演算する。このシミュレーション方法は、対象物の物性が一旦変化すれば、さらなる加熱や冷却を行っても、対象物の物性は元に戻らない場合に適している。従って、上記シミュレーション方法では、例えば、材料に液卵を含む卵豆腐等を対象物としても、対象物の実際の温度変化により近似した推定温度が演算される。
【0056】
なお、本発明にかかるシミュレーション方法は、上記実施形態の構成に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0057】
上記実施形態では、変換温度が一つであり、第1、第2物性値により推定温度を演算していたが、これに限定されない。変換温度を二つ以上とし、第1、第2、第3物性値、…という三以上の複数の物性値により推定温度を演算してもよい。
【0058】
上記実施形態では、第1、第2物性値として、伝熱係数τ及び遅れ時間δの両方を用いていたが、これに限定されない。例えば、変換温度の前後で、伝熱係数τが変化するものの遅れ時間δが変化しない場合、第1、第2物性値として、伝熱係数τのみを用いてもよい。
【0059】
上記実施形態では、変換温度は、実測温度と推定温度との温度差が最大となる温度としていたが、これに限定されない。例えば、変換温度は、実測温度に対する実測温度と推定温度との差異の比率の平均値が最大となる温度としてもよい。即ち、差異の比率は、以下の数式により求めることができる。なお、(実測温度−推定温度)が負の値となる場合は、絶対値を用いる。
{(実測温度−推定温度)/実測温度}×100
【0060】
上記実施形態では、一つの基準により変換温度を求めていたが、これに限定されない。例えば、実測温度と推定温度との差異が最大となる第1変換温度と、及び実測温度に対する実測温度と推定温度との差異の比率の平均値が最大となる第2変換温度をそれぞれ求めて、第1、第2変換温度に基づき推定温度をそれぞれ演算し、第1、第2変換温度のうち演算された推定温度がより実測温度と近い変換温度を用いてもよい。
【0061】
上記実施形態では、第1物性値、第2物性値、及び、変換温度Tを求める際に、変換温度Tを求めた後、変換温度T未満の温度に対応する第1物性値を求めて、変換温度T以上の温度に対応する第2物性値を求めた。しかしながら、これらの求める順序は上述の順序と異なってもよいし、第1、第2物性値を同時に求めてもよい。
【0062】
上記実施形態では、加熱時の雰囲気温度Twnは一定であり、冷却時の雰囲気温度Twnも一定であったが、これに限定されない。加熱時及び冷却時の雰囲気温度をそれぞれ複数種類ずつ設定してもよい。
【0063】
上記実施形態では、対象物は卵豆腐であったが、これに限定されない。例えば、レトルト食品、缶詰等の他の包装食品や食品以外のもの、例えば、医薬品等であってもよい。
【0064】
上記実施形態では、対象物の加熱過程において変換温度が存在していたが、これに限定されない。例えば、対象物の冷却過程において変換温度が存在することも考えられる。このような対象物としては、冷却により状態が変化するゼリー等が挙げられる。ゼリーのような対象物については、シミュレーション方法において、対象物の推定温度が変換温度以上であるか否かを判定し、それぞれの場合において異なる物性値により推定温度を演算すればよい。
【0065】
上記実施形態では、対象物の物性が一旦変化すれば、さらなる加熱や冷却を行っても、対象物の物性は変化しないこととしたが、これに限定されない。例えば、対象物が、ゼリーである場合、加熱開始時にゲル状であり、加熱中に液体状に変化し、冷却後にゲル状に戻る。この場合、シミュレーション方法では、図1のフローチャート図における、状態フラグの判定ステップS04を実行せず、推定温度が変換温度Tに到達した場合でも、推定温度と変換温度Tとの判定により、第1物性値又は第2物性値に基づき、推定温度Tを演算すればよい。従って、この場合には、演算された対象物の推定温度が変換温度Tよりも低くなった場合、第1物性値に基づき推定温度Tが演算される。
【0066】
上記実施形態では、加熱過程及び冷却過程において、対象物の状態が同じであるため、同一の第2物性値に基づき推定温度を演算したが、これに限定されない。例えば、対象物の状態が同じであっても、加熱過程及び冷却過程における対象物の実際の温度変化が異なる場合には、これに適するよう、加熱過程及び冷却過程において異なる物性値に基づき推定温度を演算してもよい。
【0067】
上記実施形態では、推定温度をATS法により演算したが、これに限定されない。例えば、Ballの数式法等の別の方法によって、推定温度を演算してもよい。
【0068】
上記実施形態のシミュレーション装置は、対象物を加熱する装置と別の装置であってもよいし、対象物を加熱する装置に組み込まれていてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明のシミュレーション方法は、レトルト食品、缶詰、医薬品等の加熱による温度変化を計算する場合に利用することができる。
【符号の説明】
【0070】
…変換温度、T…推定温度、Twn…雰囲気温度
【要約】
【課題】対象物の実際の温度変化に近似した推定温度を演算できる加熱シミュレーション方法を提供する。
【解決手段】加熱シミュレーション方法では、設定された加熱条件下における加熱対象物の温度変化を演算により求める。当該加熱シミュレーション方法は、加熱対象物の物性値として第1物性値と第2物性値とを設定し、第1物性値から前記第2物性値へと加熱対象物の物性値が変化する温度を変換温度として設定し、加熱対象物の演算された温度が変換温度未満の場合には、加熱対象物の物性値として第1物性値を用いて加熱対象物の温度変化を演算し、加熱対象物の演算された温度が変換温度以上の場合には、加熱対象物の物性値として第2物性値を用いて加熱対象物の温度変化を演算する。
【選択図】図1
図1
図2