特許第6142102号(P6142102)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6142102細胞保存液及びその利用、並びに細胞保存液の製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6142102
(24)【登録日】2017年5月12日
(45)【発行日】2017年6月7日
(54)【発明の名称】細胞保存液及びその利用、並びに細胞保存液の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/04 20060101AFI20170529BHJP
   C12N 5/07 20100101ALI20170529BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20170529BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20170529BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20170529BHJP
   G01N 33/483 20060101ALI20170529BHJP
【FI】
   C12N1/04
   C12N5/07
   C12Q1/02
   C12M1/34 D
   G01N33/48 P
   G01N33/48 A
   G01N33/483 C
【請求項の数】25
【全頁数】34
(21)【出願番号】特願2017-513150(P2017-513150)
(86)(22)【出願日】2016年6月29日
(86)【国際出願番号】JP2016069280
(87)【国際公開番号】WO2017002861
(87)【国際公開日】20170105
【審査請求日】2017年3月6日
(31)【優先権主張番号】特願2015-131552(P2015-131552)
(32)【優先日】2015年6月30日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-37266(P2016-37266)
(32)【優先日】2016年2月29日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(72)【発明者】
【氏名】横山 光士
(72)【発明者】
【氏名】岡 智子
(72)【発明者】
【氏名】森田 将且
(72)【発明者】
【氏名】山本 由佳
【審査官】 福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】 中国特許出願公開第102258003(CN,A)
【文献】 米国特許出願公開第2006/0088814(US,A1)
【文献】 特開2014−209090(JP,A)
【文献】 特開平05−023179(JP,A)
【文献】 特開2006−230396(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00−15/90
C12M 1/00−3/10
C12Q 1/00−3/00
CA/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数1〜6の低級アルコールと、二価の金属イオンとを水性溶媒中に含み、前記二価の金属イオンの濃度が6mmol/L以上82 mmol/L以下である、細胞保存液。
【請求項2】
二価の金属イオンが、第2族元素の金属イオンである請求項1に記載の細胞保存液。
【請求項3】
二価の金属イオンが、マグネシウムイオン及びカルシウムイオンから選択される少なくとも1つである請求項1又は2に記載の細胞保存液。
【請求項4】
二価の金属イオンの濃度が、6mmol/L以上80 mmol/L以下である請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞保存液。
【請求項5】
二価の金属イオンの濃度が、10 mmol/L以上60 mmol/L以下である請求項1〜4のいずれか1項に記載の細胞保存液。
【請求項6】
低級アルコールが、メタノール及びエタノールから選択される少なくとも1つである請求項1〜5のいずれか1項に記載の細胞保存液。
【請求項7】
低級アルコールの濃度が、20体積%以上60体積%以下である請求項1〜6のいずれか1項に記載の細胞保存液。
【請求項8】
pHが、6上8以下である請求項1〜7のいずれか1項に記載の細胞保存液。
【請求項9】
細胞保存液により保存される細胞が、生体から採取された子宮頸部細胞、子宮体部細胞、口腔細胞、乳腺細胞、甲状腺細胞、尿中細胞、喀痰中細胞、気管支擦過細胞、腹腔洗浄液中細胞、体腔液中細胞、又は、採取された組織に含まれる細胞である請求項1〜8のいずれか1項に記載の細胞保存液。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の細胞保存液に、インビトロで細胞を浸漬させることを含む、細胞の保存方法。
【請求項11】
炭素数1〜6の低級アルコールと、二価の金属イオンとを水性溶媒中に混合することを含む、細胞保存液の製造方法であって、前記細胞保存液における二価の金属イオンの濃度が6mmol/L以上82 mmol/L以下である、前記細胞保存液の製造方法。
【請求項12】
二価の金属イオンが、第2族元素の金属イオンである請求項11に記載の方法。
【請求項13】
二価の金属イオンが、マグネシウムイオン及びカルシウムイオンから選択される少なくとも1つである請求項11又は12に記載の方法。
【請求項14】
二価の金属イオンの濃度が、6mmol/L以上80 mmol/L以下である請求項11〜13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
二価の金属イオンの濃度が、10 mmol/L以上60 mmol/L以下である請求項11〜14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
低級アルコールが、メタノール及びエタノールから選択される少なくとも1つである請求項11〜15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
細胞保存液における低級アルコールの濃度が、20体積%以上60体積%以下である請求項11〜16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
細胞保存液のpHが、6上8以下である請求項11〜17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
細胞保存液により保存される細胞が、生体から採取された子宮頸部細胞、子宮体部細胞、口腔細胞、乳腺細胞、甲状腺細胞、尿中細胞、喀痰中細胞、気管支擦過細胞、腹腔洗浄液中細胞、体腔液中細胞、又は、採取された組織に含まれる細胞である請求項11〜18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
細胞と、請求項1〜9のいずれか1項に記載の細胞保存液とをインビトロで接触させることにより前記細胞を固定することを含む、固定細胞の調製方法。
【請求項21】
細胞と、請求項1〜9のいずれか1項に記載の細胞保存液とをインビトロで接触させることにより前記細胞を固定する工程と、
前記工程で得られた固定細胞に含まれる核酸を分析する工程と
を含む、細胞の分析方法。
【請求項22】
前記分析工程において、前記固定細胞に含まれる核酸の量を示す情報が取得される、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記固定工程と分析工程との間に、前記固定細胞に含まれる核酸を染色する工程をさらに含み、
前記分析工程が、染色された細胞をフローサイトメータに導入し、前記細胞から生じる光学的情報を取得する工程と、前記光学的情報に基づき、前記核酸を分析する工程とを含む、請求項21又は22に記載の方法。
【請求項24】
前記分析工程が、前記固定細胞に含まれる所定の核酸を検出する工程を含む請求項21〜23のいずれか1項に記載の方法。
【請求項25】
前記細胞が、子宮頸部から採取された細胞であり、前記所定の核酸が、ヒトパピローマウィルス(HPV)に由来する核酸である、請求項24に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞保存液に関する。また、本発明は、細胞保存液を用いる、細胞の保存方法、固定細胞の調製方法及び細胞の分析方法に関する。さらに、本発明は、細胞保存液の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞を分析する場合、分析に供する前に細胞を保存しておくことが行われる。例えば、生体から採取された細胞を分析する場合、生体からの分離後、細胞は自己分解を始めるので、細胞の採取から分析までの間、細胞を適切に保存しておく必要がある。
【0003】
特許文献1には、分析前に細胞を細胞保存液に保存しておくことが記載されている。特許文献1の実施例5には、細胞保存液が、1mM 酢酸マグネシウム、2mM 酢酸カルシウム、10 mM 塩化カリウム、0.1%塩化ナトリウム及び20%メタノールを含むことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第5,256,571号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは、従来の細胞保存液で細胞を所定の期間保存すると、該細胞に含まれる核酸が不安定になって分解される場合があることを見出した。よって、細胞を、所定の期間、インビトロでより安定に保存可能な細胞保存液の開発が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、炭素数1〜6の低級アルコールと、二価の金属イオンとを水性溶媒中に含み、上記二価の金属イオンの濃度が約6mmol/L以上約82 mmol/L以下である、細胞保存液を提供する。
【0007】
本発明は、上記の細胞保存液に、インビトロで細胞を浸漬させることを含む、細胞の保存方法を提供する。
【0008】
本発明は、炭素数1〜6の低級アルコールと、二価の金属イオンとを水性溶媒中に混合することを含む、細胞保存液の製造方法であって、細胞保存液における二価の金属イオンの濃度が約6mmol/L以上約82 mmol/L以下である、細胞保存液の製造方法を提供する。
【0009】
本発明は、細胞と、上記の細胞保存液とをインビトロで接触させることにより細胞を固定することを含む、固定細胞の調製方法を提供する。
【0010】
本発明は、細胞と、上記の細胞保存液とをインビトロで接触させることにより細胞を固定する工程と、この工程で得られた固定細胞に含まれる核酸を分析する工程とを含む、細胞の分析方法を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、分析の対象となる細胞を、分析に供するまでの所定の期間、インビトロで安定に保存することを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本実施形態の細胞保存液又は市販の細胞保存液中に所定の条件下で保存したHeLa細胞から抽出したDNAを、アガロースゲル電気泳動したときの写真である。
図2A】被検者から採取した子宮頸部細胞を市販の細胞保存液中に所定の条件下で保存し、該細胞のDNAに含まれるヒトパピローマウィルス(HPV)由来の核酸をハイブリッドキャプチャー(HC)法で検出したときの測定値を示すグラフである。
図2B】被検者から採取した子宮頸部細胞を市販の細胞保存液中に所定の条件下で保存し、該細胞のDNAに含まれるHPV由来の核酸をHC法で検出したときの測定値を示すグラフである。
図3A】被検者から採取した子宮頸部細胞を本実施形態の細胞保存液中に所定の条件下で保存し、該細胞のDNAに含まれるHPV由来の核酸をHC法で検出したときの測定値を示すグラフである。
図3B】被検者から採取した子宮頸部細胞を本実施形態の細胞保存液中に所定の条件下で保存し、該細胞のDNAに含まれるHPV由来の核酸をHC法で検出したときの測定値を示すグラフである。
図4】被検者から採取した子宮頸部細胞を本実施形態の細胞保存液又は市販の細胞保存液中に室温で2日間保存した後、パパニコロウ染色したときの写真である。
図5】種々のマグネシウムイオン濃度を有する細胞保存液中に所定の条件下で保存したHeLa細胞をフローサイトメータで分析して得た蛍光面積のヒストグラムである。
図6】本実施形態の細胞保存液中に25℃で4時間保存したHeLa細胞をフローサイトメータで分析して得た蛍光面積のヒストグラムにおける、二倍体細胞出現領域を示す図である。
図7A】種々のマグネシウムイオン濃度を有する細胞保存液中に25℃で4時間又は30℃で24時間保存したHeLa細胞について、二倍体細胞出現領域における蛍光面積の変動係数(CV)の値を示すグラフである。
図7B】種々のマグネシウムイオン濃度を有する細胞保存液中に30℃で24時間保存したHeLa細胞について、二倍体細胞出現領域における蛍光面積のCVの値を示すグラフである。
図8A】種々のメタノール濃度を有する細胞保存液中に所定の条件下で保存したHeLa細胞をフローサイトメータで分析して得た蛍光面積のヒストグラムである。
図8B】種々のメタノール濃度を有する細胞保存液中に所定の条件下で保存したHeLa細胞をフローサイトメータで分析して得た蛍光面積のヒストグラムである。
図8C】種々のメタノール濃度を有する細胞保存液中に所定の条件下で保存したHeLa細胞をフローサイトメータで分析して得た蛍光面積のヒストグラムである。
図9】pH6.4又は7.0の細胞保存液中に所定の条件下で保存したHeLa細胞をフローサイトメータで分析して得た蛍光面積のヒストグラムである。
図10】種々のカルシウムイオン濃度を有する細胞保存液中に所定の条件下で保存したHeLa細胞をフローサイトメータで分析して得た蛍光面積のヒストグラムである。
図11】市販の細胞保存液中に所定の条件下で保存したHeLa細胞をフローサイトメータで分析して得た蛍光面積のヒストグラムである。
図12】容器に収容された細胞保存液の一例を示した概略図である。
図13】種々のカルシウムイオン濃度を有する細胞保存液中に所定の条件下で保存したHeLa細胞をフローサイトメータで分析して得た蛍光面積のヒストグラムである。
図14】マグネシウムイオン及びカルシウムイオンを含む細胞保存液中に所定の条件下で保存したHeLa細胞をフローサイトメータで分析して得た蛍光面積のヒストグラムである。
図15】エタノールを含む細胞保存液中に所定の条件下で保存したHeLa細胞をフローサイトメータで分析して得た蛍光面積のヒストグラムである。
図16】実施例1の細胞保存液又は米国特許第5,256,571号明細書に開示された細胞保存液中に所定の条件下で保存したHeLa細胞をフローサイトメータで分析して得た蛍光面積のヒストグラムである。
図17】種々のマグネシウムイオン濃度を有する細胞保存液中に所定の条件下で保存したHUVEC細胞をフローサイトメータで分析して得た蛍光面積のヒストグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[1.細胞保存液]
本実施形態の細胞保存液は、炭素数1〜6の低級アルコールと、二価の金属イオンとを水性溶媒中に含み、該二価の金属イオンの濃度が約6mmol/L以上約82 mmol/L以下であることを特徴とする。
【0014】
炭素数1〜6の低級アルコール(以下、単に「低級アルコール」ともいう)は、常温(25℃)において水と任意の割合で混和可能であれば特に限定されず、例えば、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール、イソブタノール、sec-ブタノール、tert-ブタノール、n-アミルアルコール、イソアミルアルコール、sec-アミルアルコール、tert-アミルアルコール、1-エチル-1-プロパノール、2-メチル-1-ブタノール、n-ヘキサノール、シクロヘキサノールなどが挙げられる。それらの中でも、細胞の保存及び固定に関与する作用(脱水作用及びタンパク質の凝固作用)の観点から、メタノール又はエタノールが好ましく、メタノールが特に好ましい。
【0015】
本実施形態において、低級アルコールは、1種のみ用いてもよいし、2種以上用いてもよい。2種以上のアルコールは、任意の割合で混合できる。例えば、メタノールとエタノールとを任意の割合で混合した混合アルコールを、細胞保存液に用いることができる。
【0016】
細胞保存液における低級アルコールの濃度は、細胞の保存期間、細胞の分析方法などに応じて適宜設定できるが、濃度が低すぎる場合(例えば約20体積%より低い濃度の場合)、細胞の安定保存が難しくなり、濃度が高すぎる場合(例えば約60体積%より高い濃度の場合)、細胞が過剰に固定されるおそれがある。本実施形態では、低級アルコールの濃度は、通常、約20体積%以上約60体積%以下であり、好ましくは約30体積%以上約50体積%以下であり、特に好ましくは約40体積%以上約45体積%以下である。さらなる実施形態では、低級アルコールの濃度は、20体積%以上60体積%以下であり、好ましくは30体積%以上50体積%以下であり、特に好ましくは40体積%以上45体積%以下である。このような濃度で低級アルコールを含むことにより、細胞を安定に保存することが可能となる。また、静菌作用又は殺菌作用も期待できる。なお、本明細書では、「体積%」を「v/v%」又は「vol%」とも表す。
【0017】
二価の金属イオンは、細胞の形態及び構成成分の維持に影響を及ぼさないかぎり、特に限定されず、例えば、細胞の培養培地にも添加される金属イオンから選択してもよい。本実施形態では、二価の金属イオンとしては、例えば、マグネシウムイオン、カルシウムイオン、亜鉛イオン、鉄(II)イオン、銅イオン、ストロンチウムイオン、モリブデンイオンなどが挙げられる。それらの中でも第2族元素の金属イオンが好ましい。第2族元素の金属イオンとしては、マグネシウムイオン及びカルシウムイオンが特に好ましい。本実施形態において、二価の金属イオンは、1種のみ用いてもよいし、2種以上用いてもよい。
【0018】
本実施形態では、細胞保存液における二価の金属イオンは、水性溶媒に可溶な二価の金属化合物から供給されることが好ましい。そのような化合物としては、例えば、二価の金属の無機酸塩又は有機酸塩が挙げられる。二価の金属の無機酸塩としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、過塩素酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸などの無機酸と、二価の金属との塩が挙げられる。二価の金属の有機酸塩としては、例えば、酢酸、クエン酸、アスコルビン酸、シュウ酸などの有機酸と、二価の金属との塩が挙げられる。それらの中でも二価の金属の無機酸塩が好ましく、例えば、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウムなどが挙げられる。本実施形態では、二価の金属化合物は、無水物であってもよいし、水和物であってもよい。
【0019】
二価の金属イオンの濃度に関して、本発明者らは、低級アルコールを主成分とする細胞保存液において、二価の金属イオンの濃度を約6mmol/L以上約82 mmol/L以下とすることにより、細胞及び該細胞に含まれる核酸を、所定の期間、インビトロで安定に保存できることを見出している。本実施形態では、二価の金属イオンの濃度は、好ましくは約6mmol/L以上約80 mmol/L以下であり、より好ましくは約10 mmol/L以上約60 mmol/L以下である。さらなる実施形態では、二価の金属イオンの濃度は、6mmol/L以上82 mmol/L以下であり、好ましくは6mmol/L以上80 mmol/L以下であり、より好ましくは10 mmol/L以上60 mmol/L以下である。なお、本明細書では、「mmol/L」を「mM」とも表す。本実施形態では、上記の水性溶媒に可溶な二価の金属の化合物、特に二価の金属の無機酸塩を細胞保存液に溶解させている場合、該細胞保存液における二価の金属イオンの濃度は、当該化合物の濃度で表してもよい。
【0020】
水性溶媒は、常温(25℃)で低級アルコールと任意の割合で混和可能であって、細胞の形態及び構成成分の維持に影響を及ぼさないかぎり、特に限定されない。そのような、水性溶媒としては、例えば、水、生理食塩水、緩衝液、アルブミン溶液、デキストラン溶液、正常ヒト又は哺乳動物血清溶液、及びこれらの組み合わせが挙げられる。
【0021】
水性溶媒としては、緩衝液を用いることが好ましい。緩衝液としては、pH6以上8以下にて緩衝作用を有する緩衝液であれば特に限定されず、例えば、グッド緩衝液、リン酸緩衝液(PBS)、イミダゾール緩衝液、トリエタノールアミン塩酸塩緩衝液(TEA)などが挙げられる。グッド緩衝液としては、例えば、PIPES、MES、Bis-Tris、ADA、Bis-Tris-Propane、ACES、MOPS、MOPSO、BES、TES、HEPES、HEPPS、Tricine、Tris、Bicine、TAPSなどの緩衝剤の水溶液が挙げられる。緩衝液以外の水性溶媒を用いる場合は、細胞保存液に、上記の緩衝液に用いられる緩衝剤を添加してもよい。
【0022】
本実施形態において、細胞保存液のpHは、細胞の保存に適した範囲であればよく、通常、約6以上約8以下であり、好ましくは約6.4以上約7以下である。さらなる実施形態では、細胞保存液のpHは、6以上8以下であり、好ましくは6.4以上7以下である。細胞保存液の浸透圧は、細胞の保存を阻害しないかぎり特に限定されないが、生理的に等張であってもよい。
【0023】
本実施形態の細胞保存液は、必要に応じて、低級アルコール及び二価の金属イオンの他に、添加剤を水性溶媒中に含んでいてもよい。そのような添加剤としては、細胞の固定、細胞の保存及び細胞の分析を阻害しないかぎり特に限定されず、例えば、無機塩類(塩化ナトリウム、塩化カリウムなど)、糖類(グルコース、トレハロースなど)、防腐剤(アジ化ナトリウム、フェニルメタンスルホニルフルオリドなど)、タンパク質安定化剤(ウシ血清アルブミンなど)、消泡剤(エチレングリコールなど)、抗生物質(ペニシリン、ストレプトマイシンなど)、抗真菌剤(アムホテリシンBなど)といった公知の物質が挙げられる。
【0024】
本実施形態の細胞保存液により保存される細胞は、特に限定されず、例えば、多細胞生物の細胞、単細胞生物の細胞、培養細胞株などであり得る。多細胞生物の細胞としては、生体から採取された細胞であってもよいし、死体から採取された細胞であってもよい。多細胞生物の細胞としては、例えばヒトなどの哺乳動物から採取した細胞が挙げられる。具体的には、子宮頸部細胞、子宮体部細胞、口腔細胞、乳腺細胞、甲状腺細胞、尿中細胞、喀痰中細胞、気管支擦過細胞、腹腔洗浄液中細胞、体腔液中細胞などが例示される。また、細胞は、ヒトなどの哺乳動物から採取した組織に含まれる細胞であってもよい。採取された組織は、正常組織であってもよいし、病変部位を含む組織であってもよい。採取された組織に含まれる細胞としては、例えば、初代培養細胞、臍帯に含まれる臍帯静脈内皮細胞、手術や生検により採取した腫瘍組織に含まれる腫瘍細胞などが挙げられる。細胞は、トリコモナスなどの原虫やカンジダなどの真菌であってもよい。細胞は、幹細胞やiPS細胞などインビトロで人工的に調製した細胞であってもよい。細胞の性質は特に限定されず、正常細胞、不死化細胞、癌細胞などであってもよい。
【0025】
図12に、本実施形態の細胞保存液の外観の一例を示す。図中、11は、細胞保存液を収容した容器を示す。本実施形態の細胞保存液を収容した容器は、箱に収容されてユーザに提供されてもよい。この箱には、細胞保存液の使用方法などを記載した添付文書が同梱されていてもよい。また、子宮頸部細胞の保存のために本実施形態の細胞保存液が提供される場合は、子宮頸部から細胞を採取するための細胞採取具(例えば、綿棒、ブラシなど)が同梱されていてもよい。
【0026】
[2.細胞保存液の製造方法]
本実施形態の細胞保存液の製造方法(以下、単に「製造方法」ともいう)について、以下に説明する。本実施形態の製造方法は、上記の細胞保存液の製造方法であって、炭素数1〜6の低級アルコールと、二価の金属イオンとを、該二価の金属イオンの濃度が約6mmol/L以上約82 mmol/L以下となるように水性溶媒中に混合することを含む。なお、炭素数1〜6の低級アルコール及び二価の金属イオンの濃度や種類などは、細胞保存液について述べたことと同様である。
【0027】
本実施形態では、二価の金属イオンとして、水性溶媒に可溶な二価の金属化合物(以下、単に「金属化合物」ともいう)を用いることが好ましい。なお、この化合物は、細胞保存液について述べたことと同様である。本実施形態の製造方法に用いられる金属化合物は、溶液の形態にあってもよいし、固体(粉末又は結晶など)の形状にあってもよい。
【0028】
本実施形態の製造方法に用いられる低級アルコールは、無水アルコールであってもよいし、上記の濃度に調整できるかぎり、含水アルコールであってもよい。
【0029】
本実施形態において、低級アルコールと、二価の金属イオンとしての金属化合物とを水性溶媒に添加する順序は特に限定されない。例えば、低級アルコールと水性溶媒とを混和してから、金属化合物を混合してもよいし、金属化合物と水性溶媒と混合してから、低級アルコールを添加してもよい。また、低級アルコールと、二価の金属イオンとを実質的に同時に水性溶媒に混合してもよい。混合条件は特に限定されず、例えば、常温・常圧(例えば25℃、1気圧)の下で混合を行えばよい。
【0030】
本実施形態では、上記のようにして得られた混合液のpHを、水酸化ナトリウムなどのアルカリ又は塩酸などの酸を用いて、約6以上約8以下、特に約6.4以上約7以下に調整することが好ましい。さらなる実施形態では、該混合液のpHを、6以上8以下、特に6.4以上7以下に調整することが好ましい。
【0031】
本実施形態では、必要に応じて、低級アルコール及び二価の金属イオンの他に、添加剤を混合してもよい。なお、添加剤は、細胞保存液について述べたことと同様である。
【0032】
[3.細胞保存液を用いる細胞の保存方法]
本実施形態の細胞の保存方法(以下、単に「保存方法」ともいう)について、以下に説明する。本実施形態の保存方法は、上記の本実施形態の細胞保存液に、細胞をインビトロで浸漬させることを含む。
【0033】
本実施形態の保存方法で用いられる細胞は、上記と同様である。
【0034】
本実施形態では、細胞を、十分な量(例えば、細胞の体積の100〜1000倍量)の細胞保存液にインビトロで浸漬することにより、細胞を固定する。その後、細胞を所定の期間保存することができる。必要に応じて、細胞を細胞保存液に浸漬した後、該細胞を損傷しない程度に撹拌して懸濁させてもよい。細胞保存液に浸漬する前に、PBSなどで細胞を洗浄してもよい。細胞を生体から採取した場合は、細胞はすぐに自己分解を始め、細胞や核構造の変形、核酸やタンパク質などの細胞内容物の分解・変性が生じるので、採取後遅くとも1分以内に細胞保存液に浸漬することが好ましい。保存容器は、ふた又はシールなどにより密閉可能な容器であれば特に限定されず、例えば、バイアル、試験管、マイクロチューブ、マイクロプレート、ディッシュ、ボトルなどが挙げられる。
【0035】
細胞を細胞保存液に浸漬する際の温度(細胞を細胞保存液に接触させる際の温度)は、好ましくは35℃以下、より好ましくは32℃以下、さらに好ましくは30℃以下である。細胞を細胞保存液に浸漬する際の温度の下限は、細胞保存液や細胞の凍結などにより後の分析等に悪影響が及ばなければ特に限定されない。例えば、該温度の下限は、1℃以上又は2℃以上であってもよい。本実施形態の保存方法は、上記の温度で細胞を細胞保存液に接触させることにより、細胞を固定する工程を含んでいてもよい。
【0036】
細胞の保存温度は、好ましくは35℃以下、より好ましくは32℃以下、さらに好ましくは30℃以下である。本実施形態の細胞保存液で細胞を保存すると、冷蔵保存だけでなく室温保存であっても、細胞の核酸を安定に維持することができる。保存温度の下限は、細胞保存液や細胞の凍結などにより後の分析等に悪影響が及ばなければ特に限定されない。例えば、保存温度の下限は、1℃以上又2℃以上であってもよい。本実施形態の保存方法は、上記の温度で細胞を細胞保存液中に所定の期間保存する工程を含んでいてもよい。なお、細胞と細胞保存液との接触時の温度と、細胞の保存温度とは同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0037】
保存期間中に、細胞保存液を取り替えてもよい。取り替える頻度は特に限定されないが、例えば90日に一度取り替えてもよい。
【0038】
[4.細胞保存液を用いる固定細胞の調製方法]
本実施形態の固定細胞の調製方法(以下、単に「調製方法」ともいう)について、以下に説明する。本実施形態の調製方法は、細胞と、上記の本実施形態の細胞保存液とをインビトロで接触させることにより、該細胞を固定することを含む。なお、本実施形態の調製方法で用いられる細胞は、本実施形態の細胞の保存方法において述べたことと同じである。
【0039】
本実施形態では、細胞を、十分な量(例えば、細胞の体積の100〜1000倍量)の細胞保存液に浸漬させることで、該細胞と細胞保存液とを接触させてもよい。あるいは、細胞を空の容器に入れた後、ここに十分な量の細胞保存液を添加して、該細胞と細胞保存液とを接触させてもよい。細胞保存液と接触させる前に、PBSなどで細胞を洗浄してもよい。細胞はすぐに自己分解を始め、細胞や核構造の変形、核酸やタンパク質などの細胞内容物の分解・変性が生じるので、採取後遅くとも1分以内に細胞保存液と接触させることが好ましい。接触に用いる容器は特に限定されず、例えば、バイアル、試験管、マイクロチューブ、マイクロプレート、ディッシュ、ボトルなどが挙げられる。必要に応じて、ふた又はシールなどにより容器を密閉してもよい。
【0040】
本実施形態の調製方法では、細胞保存液と接触させた細胞は、該細胞保存液に含まれる低級アルコールの作用(脱水作用及びタンパク質の凝固作用)により固定される。本実施形態において、細胞が十分に固定されるのであれば、細胞と細胞保存液との接触時間は特に限定されない。接触の際の温度条件は、上記の本実施形態の保存方法において述べた条件と同様である。
【0041】
本実施形態では、得られた固定細胞をそのまま又はPBSなどで洗浄して、所望の分析の検体として用いることができる。あるいは、分析に供するまで、細胞を細胞保存液と接触させた状態で保存してもよい。細胞の保存条件については、本実施形態の保存方法について述べたことと同じである。
【0042】
[5.細胞保存液を用いる細胞の分析方法]
本実施形態の細胞の分析方法(以下、単に「分析方法」ともいう)について、以下に説明する。本実施形態の分析方法では、まず、細胞と、上記の本実施形態の細胞保存液とをインビトロで接触させることにより、該細胞を固定する。細胞、細胞保存液及び細胞の固定については、これまでに述べたことと同じである。
【0043】
次いで、得られた固定細胞に含まれる核酸の分析を行う。本実施形態では、核酸分析において核酸の量を示す情報を取得することが好ましい。核酸の量を示す情報の形式は、特に限定されず、該情報を取得する方法に応じて適宜決定できる。核酸の量を示す情報としては、例えば、測定値などの数値情報であってもよいし、該数値情報に基づいて取得されるグラフなどの図表であってもよいし、染色像やゲル電気泳動の写真などの画像情報であってもよい。
【0044】
固定細胞に含まれる核酸は、細胞が本来有している核酸であってもよいし、遺伝子導入又はウィルス感染などにより外部から導入された核酸であってもよい。また、核酸の種類は、DNA及びRNAのいずれであってもよい。本実施形態では、固定細胞に含まれる核酸は、該固定細胞から抽出した核酸から合成されるcDNA又はcRNAであってもよい。
【0045】
本実施形態では、固定細胞に含まれる核酸を分析する方法は、当該技術において公知の方法から選択できる。そのような方法としては、例えば、顕微鏡観察、フローサイトメトリ、核酸増幅法(例えばPCR法、RT-PCR法、リアルタイムPCR法など)、ハイブリダイゼーション法(例えばサザンハイブリダイゼーション法、ノザンハイブリダイゼーション法など)、マイクロアレイ法、ハイブリッドキャプチャー(HC)法(ClavelC.ら, J. Clin. Pathol, vol.51, p.737-740 (1998)参照)などが挙げられる(Clavel C.ら, J. Clin. Pathol, vol.51, p.737-740 (1998)は、参照により本明細書に組み込まれる)。
【0046】
本実施形態では、固定細胞から測定試料を調製し、これを分析することが好ましい。測定試料は、固定細胞を破砕して調製してもよいし、固定細胞を破砕せずに調製してもよい。固定細胞を破砕する調製手段としては、例えば、固定細胞から核酸を抽出することが挙げられる。固定細胞を破砕しない調製手段としては、例えば、固定細胞の形態を維持した状態で核酸を染色することが挙げられる。
【0047】
細胞からの核酸の抽出方法自体は、当該技術において公知である。DNAを抽出する場合は、例えば、固定細胞と、界面活性剤(例えばコール酸ナトリウム、ドデシル硫酸ナトリウムなど)を含む可溶化液とを混合する。RNAを抽出する場合は、例えば、固定細胞と、チオシアン酸グアニジン及び界面活性剤を含む可溶化液とを混合する。そして、得られた混合液に物理的処理(撹拌、ホモジナイズ、超音波破砕など)を施して、生体試料に含まれる核酸を該混合液中に遊離させることによって、核酸を抽出できる。この場合、混合液を遠心分離して細胞破片を沈殿させ、遊離した核酸を含む上清を分析に用いることが好ましい。また、得られた上清を当該技術において公知の方法により精製してもよい。細胞からの核酸の抽出及び精製は、市販のキットを用いて行うこともできる。
【0048】
細胞の形態を維持した状態で核酸を染色する方法自体は、当該技術において公知である。例えば、まず、固定細胞と、界面活性剤(例えばノニデット(登録商標)P-40、Triton(登録商標)X-100など)を含む処理液とを接触させることで、細胞膜に、核酸染色用色素が通過できる程度の損傷を与える。そして、処理後の固定細胞と、該色素の溶液とを接触させることで、該固定細胞の形態を維持した状態で核酸を染色できる。
【0049】
核酸を染色するための色素は、核酸の分析方法に応じて、公知の核酸染色用色素から適宜選択できる。例えば、情報の取得に光学顕微鏡を用いる場合は、核酸染色用色素として、ヘマトキシリン、ピロニンY(ピロニンG)、メチルグリーンなどが挙げられる。また、情報の取得に蛍光顕微鏡、フローサイトメータなどを用いる場合は、核酸染色用色素として、核酸を染色可能な蛍光色素を用いることが好ましい。そのような蛍光色素としては、例えば、プロピジウムアイオダイド、エチジウムブロマイド、エチジウム−アクリジンヘテロダイマー、エチジウムジアジド、エチジウムホモダイマー-1、エチジウムホモダイマー-2、エチジウムモノアジド、Hoechst33342、Hoechst33258、4',6-ジアミジノ-2-フェニルインドール・ジヒドロクロリド(DAPI)、トリメチレンビス[[3-[[4-[[(3-メチルベンゾチアゾール-3-イウム)-2-イル]メチレン]-1,4-ジヒドロキノリン]-1-イル]プロピル]ジメチルアミニウム]・テトラヨージド(TOTO-1)、4-[(3-メチルベンゾチアゾール-2(3H)-イリデン)メチル]-1-[3-(トリメチルアミニオ)プロピル]キノリニウム・ジヨージド(TO-PRO-1)、N,N,N',N'-テトラメチル‐N,N'-ビス[3-[4-[3-[(3-メチルベンゾチアゾール-3-イウム)-2-イル]-2-プロペニリデン]-1,4-ジヒドロキノリン-1-イル]プロピル]-1,3-プロパンジアミニウム・テトラヨージド(TOTO-3)、2-[3-[[1-[3-(トリメチルアミニオ)プロピル]-1,4-ジヒドロキノリン]-4-イリデン]-1-プロペニル]-3-メチルベンゾチアゾール-3-イウム・ジヨージド(TO-PRO-3)などが挙げられる。
【0050】
固定細胞から抽出した核酸を含む測定試料は、固定細胞に含まれる所定の核酸を検出する分析方法(核酸増幅法、ハイブリダイゼーション法、マイクロアレイ法、HC法など)に適している。細胞の形態を維持した状態で核酸染色された固定細胞を含む測定試料は、個々の細胞に含まれる核酸の情報を取得する分析方法(顕微鏡観察、フローサイトメトリなど)に適している。本実施形態では、分析の目的に応じて、固定細胞から適切な測定試料を調製して分析を行えばよい。
【0051】
フローサイトメトリにより、固定細胞に含まれる核酸を分析する場合、細胞の固定工程と該情報の取得工程との間に、固定細胞に含まれる核酸を染色する工程を行うことが好ましい。固定細胞に含まれる核酸の染色については、上述のとおりである。染色された固定細胞に含まれる核酸の分析には、顕微鏡、フローサイトメトリ等が好適に用いられる。核酸染色用色素による細胞の染色強度は、主に細胞内の核酸の量に依存する。なお、クロマチンの構造なども染色強度(染まりやすさ)に関与するが、染色強度は、核酸の量に最も依存すると考えられる。よって、顕微鏡、フローサイトメトリ等により細胞の染色強度を測定することにより、核酸の量を示す情報を取得することができる。具体的には、フローサイトメトリを用いる場合、染色した固定細胞をフローサイトメータに導入して、該細胞から生じる蛍光信号を取得し、該蛍光信号に基づき、核酸量を示す情報を取得することができる。
【0052】
本実施形態では、フローサイトメトリによる分析方法として、例えば、米国特許出願公報第2009/0091746号明細書に記載の細胞分析装置又は細胞分析方法を用いてもよい(米国特許出願公報第2009/0091746号明細書は、参照により本明細書に組み込まれる)。具体的には、米国特許出願公報第2009/0091746号明細書における「測定対象細胞(measurement target cell)」を含む複数の細胞を、本実施形態の細胞保存液で固定し、上記細胞分析装置または細胞分析方法により分析することができる。
【0053】
フローサイトメータによる測定では、染色された固定細胞を含む測定試料をフローサイトメータのフローセルに導入し、該フローセルを通過する細胞に光を照射することで、個々の細胞から発せられる光学的情報(蛍光情報及び散乱光情報)を取得できる。
【0054】
本実施形態において、蛍光情報は、上記の蛍光色素で染色された個々の細胞に、適当な波長の励起光を照射し、励起された蛍光を測定して得られる情報(例えば、波形、蛍光強度など)である。この蛍光は、蛍光色素によって染色された細胞に含まれる核酸から発せられるので、蛍光情報は、固定細胞に含まれる核酸の量を反映する。なお、受光波長は、使用した蛍光色素に応じて適宜選択できる。
【0055】
本実施形態において、散乱光情報は、一般に市販されるフローサイトメータで測定できる散乱光であれば特に限定されず、例えば前方散乱光(例えば、受光角度0〜20度付近)、側方散乱光(受光角度90度付近)などの散乱光のパルス幅、散乱光強度などが挙げられる。当該技術においては、側方散乱光は、細胞の核や顆粒などの内部情報を反映し、前方散乱光は、細胞の大きさの情報を反映することが知られている。
【0056】
本実施形態では、フローサイトメータの光源は特に限定されず、蛍光色素の励起に適した波長の光源が選ばれる。例えば、赤色半導体レーザ、青色半導体レーザ、アルゴンレーザ、He-Neレーザ、水銀アークランプなどが使用される。特に半導体レーザは、気体レーザに比べて非常に安価であるので好ましい。
【0057】
本実施形態では、上記の光学的情報について、例えば、信号の波形解析などを行うことにより、細胞に含まれるDNA量、核の大きさ、細胞の大きさなどを反映した特徴パラメータを抽出し、それらの特徴パラメータを用いて細胞の癌化・異型化を判別してもよい。
【0058】
本実施形態の分析方法では、固定細胞に含まれる核酸を分析する工程は、該固定細胞に含まれる所定の核酸を検出する工程を含んでいてもよい。この場合、測定試料として、固定細胞から抽出した核酸を含む試料を用いることが好ましい。
【0059】
本実施形態では、所定の核酸は特に限定されず、興味対象の任意の核酸を検出してよい。検出方法は特に限定されないが、所定の核酸と特異的にハイブリダイズできるポリヌクレオチド(プローブ又はプライマー)を用いるハイブリダイゼーション法、マイクロアレイ法、HC法、核酸増幅法などが好ましい。そのようなポリヌクレオチドは、DNAであってもよいし、RNAであってもよい。また、該ポリヌクレオチドは、所定の核酸の塩基配列に応じて当業者が適宜設計できる。
【0060】
本明細書において、「特異的にハイブリダイズできる」とは、プローブ又はプライマーとしての上記のポリヌクレオチドが、ストリンジェントな条件下で、所定の核酸にハイブリダイズできることを意味する。ここで、ストリンジェントな条件とは、該ポリヌクレオチドが所定の核酸に、該所定の核酸以外の核酸よりも検出可能に大きい程度(例えば、バックグラウンドの少なくとも2倍を超える)でハイブリダイズできる条件である。なお、ストリンジェントな条件は、通常、配列依存性であり、種々の環境において異なる。一般的に、ストリンジェントな条件は、規定のイオン強度およびpHでの特定の配列の熱的融点(thermal melting point:Tm)よりも、約5℃低くなるように選択される。このTmは、(規定されたイオン強度、pHおよび核酸組成の下で)上記の所定の核酸の塩基配列に相補的なポリヌクレオチドの50%が平衡してハイブリダイズする温度である。
【0061】
本実施形態において、プローブは、当該技術において公知の標識物質により標識されてもよい。そのような標識物質としては、32P、35S、3H及び125Iなどの放射性物質、フルオレセイン及びAlexa Fluor(登録商標)などの蛍光物質、アルカリホスファターゼ及びセイヨウワサビペルオキシダーゼなどの酵素、2, 4-ジニトロフェニル基などのハプテン、ビオチン、アビジンなどが挙げられる。HC法により核酸を検出する場合は、抗DNA/RNAハイブリッド抗体をこれらの標識物質により標識することが好ましい。また、マイクロアレイにより核酸を検出する場合は、測定試料中の核酸を、上記の標識物質により標識することが好ましい。
【0062】
本実施形態において、核酸の検出は次のようにして行うことができる。ハイブリダイゼーション法では、所定の核酸と特異的にハイブリダイズした標識プローブより生じるシグナルを検出することにより、該所定の核酸を検出できる。マイクロアレイ法では、マイクロアレイ上に配置されたプローブと特異的にハイブリダイズした標識核酸が存在する場合に、該標識核酸から生じるシグナルを検出することにより、該所定の核酸を検出できる。なお、本明細書において、「シグナルを検出する」とは、シグナルの有無を定性的に検出すること、シグナル強度を定量すること、及び、シグナルの強度を、「シグナル発生せず」、「弱」、「強」などのように複数の段階に半定量的に検出することを含む。
【0063】
核酸増幅法では、所定の核酸の塩基配列に相補的なプライマーを用いた増幅後の反応液をゲル電気泳動して増幅産物の有無を確認し、増幅産物が存在する場合に、該所定の核酸を検出できる。あるいは、SYBR(登録商標)Green IなどのDNAにインターカレートする蛍光物質又はTaqMan(商標)プローブを用いるリアルタイムPCR法では、増幅後又は増幅中の反応液における蛍光物質又はプローブからのシグナルを検出することにより、該所定の核酸を検出できる。
【0064】
HC法では、所定の核酸(DNA)と、該核酸に特異的にハイブリダイズするRNAプローブとのハイブリッドを、固相化抗体及び標識抗体で捕捉し、該標識抗体より生じるシグナルを検出することにより、該所定の核酸を検出できる。
【0065】
本実施形態では、子宮頸部から採取された細胞を上記の細胞保存液で固定し、該細胞について、所定の核酸としてヒトパピローマウィルス(HPV)に由来する核酸を検出してもよい。HPVに感染すると、HPVのDNAが、宿主の細胞のゲノムDNAに組み込まれる。よって、被検者の子宮頸部から採取された細胞において、HPVに由来する核酸が検出された場合、該被検者はHPVに感染していると判定できる。
【0066】
HPVは100種類以上のサブタイプに分類されているが、本実施形態では、検出対象とするHPVは特に限定されず、公知のサブタイプから任意に選択できる。例えば、子宮頸癌を引き起こす可能性が高いとされるハイリスク型HPVに由来する核酸を検出してもよい。そのようなハイリスク型HPVとしては、HPV-16、HPV-18、HPV-31、HPV-33、HPV-35、HPV-39、HPV-45、HPV-51、HPV-52、HPV-56、HPV-58、HPV-59、HPV-68、HPV-73及びHPV-82が挙げられる。
【0067】
HPVに由来する核酸の検出方法は、公知の検出方法から適宜選択できる。例えば、検出対象とするHPVのゲノムDNAを増幅可能なプライマーを用いて、核酸増幅法によってHPVに由来する核酸を検出してもよい。また、上記のHPVのゲノムDNAと特異的にハイブリダイズできるプローブを用いて、ハイブリダイゼーション法又はHC法によりHPV由来の核酸を検出してもよい。なお、プライマー及びプローブは、HPVのゲノムDNAの塩基配列に応じて当業者が適宜設計できる。また、HPV由来の核酸の検出には、市販のHPV検出用キットを用いてもよい。
【0068】
本実施形態の細胞保存液で固定した細胞は、上述した核酸の分析方法だけでなく、細胞、核などの大きさや形態を分析する方法にも供することができる。細胞、核などの大きさや形態を分析する場合、例えばフローサイトメータや顕微鏡を用いることができる。
【0069】
フローサイトメータを用いる場合は、核を蛍光染色した細胞をフローセルに流し、個々の細胞に光を照射することにより散乱光情報や蛍光情報を取得し、これに基づいて異常な細胞の検出などを行うことができる。フローサイトメータとしては、例えば、米国特許出願公報第2015/0104786号明細書に記載の装置を用いることができる(米国特許出願公報第2015/0104786号明細書は、参照により本明細書に組み込まれる)。また、市販の剥離細胞分析装置であるLC-1000(シスメックス社)を用いることもできる。
【0070】
また、撮像機能を有するフローサイトメータを用いることもできる。フローセルを流れる個々の細胞を撮像し、撮像された細胞を病理医などが観察することにより、異常な細胞の検出などを行うことができる。
【0071】
顕微鏡を用いる場合、例えば、本実施形態の細胞保存液で固定した細胞を染色し、スライドガラスに細胞を塗沫して、これを顕微鏡観察することにより細胞が分析される。顕微鏡観察においては、病理医などが顕微鏡で観察してもよいし、撮像機能を有した顕微鏡で染色像を撮影し、撮影された画像を病理医などが観察してもよい。このスライドガラスへの塗沫は、病理医などが手作業で行ってもよいし、標本作製装置で自動的に行ってもよい。標本作製装置としては、米国特許第5240606号明細書に記載の装置を用いることができる(米国特許第5240606号明細書は、参照により本明細書に組み込まれる)。また、ThinPrep(登録商標)プロセッサなどの市販の標本作製装置を用いることもできる。
【0072】
さらに、本発明は、細胞を保存するための細胞保存液の使用をも含む。また、本発明は、固定細胞を調製するための細胞保存液の使用をも含む。また、本発明は、細胞を分析するための細胞保存液の使用をも含む。保存、固定又は分析される細胞は上記と同様である。また、細胞保存液の組成も上記と同様である。
【0073】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0074】
実施例1
本実施形態の細胞保存液を用いて細胞を保存した後、該細胞のDNAの保存安定性を検討した。比較のため、市販の細胞保存液を用いて、同様の検討を行った。
【0075】
1.材料
(1-1) 細胞保存液
メタノール(和光純薬工業株式会社)及び塩化マグネシウム(キシダ化学株式会社)を、以下の表1に示される組成となるように混合して調製した(以下、「実施例1の細胞保存液」ともいう)。この細胞保存液の調製において、溶媒として水を用い、緩衝剤としてPIPES(同仁化学研究所)を20 mMとなるよう添加した。pHの調整にはNaOH水溶液を用いた。この細胞保存液のpHは6.7であった。市販の細胞保存液として、PreservCyt(登録商標)(ホロジック社)を用いた。PreservCyt(登録商標)の詳細な組成は公開されていないが、メタノールを主成分とする水性緩衝液であることが知られている。なお、ICP発光分光分析装置(エスアイアイナノテクノロジー社)を用いた組成分析によると、PreservCyt(登録商標)から二価の金属イオンは検出されなかった。
【0076】
【表1】
【0077】
(1-2) 細胞
細胞保存液で保存する細胞として、ヒト子宮頸癌細胞株HeLa(アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)より入手)を用いた。HeLa細胞は、ウシ胎仔血清(FBS:ハイクローン社)を10%含有するダルベッコ改変イーグル培地(DMEM:シグマアルドリッチ社)を用いて、37℃、5%CO2雰囲気下で培養した。
【0078】
2.DNAの保存安定性の検討
(2-1) 細胞の保存
培養したHeLa細胞を常法により回収して計数した。HeLa細胞(1×106個)を、15 mL容量のプラスチックチューブ(ラブコン社)に分注した実施例1の細胞保存液(12 mL)又は市販の細胞保存液(12 mL)に添加して、細胞を細胞保存液に浸漬した。これらを1℃又は31℃の温度条件下で2週間、1ヶ月間又は2ヶ月間保存した。なお、臨床現場では、細胞の保存は一般的に冷蔵庫内(約4℃)で行われる。本実施例で設定した温度条件である「1℃」は、この冷蔵庫の温度よりも低い温度である。また、本実施例においては、細胞保存液が臨床現場の室温で用いられ得るか否かを検証するため、室温よりも高温の「31℃」でも実験を行った。
【0079】
(2-2) DNA抽出
HeLa細胞と保存液とを含む試料を、10,000 rpmで1分間遠心し、上清を除去した。回収した細胞から、QIAamp DNA Mini Kit(キアゲン社製)を用いてDNAを抽出した。具体的な操作は、当該キットに添付されたマニュアルに従って行った。また、対照として、実施例1の細胞保存液又は市販の細胞保存液に3時間浸漬したHeLa細胞(以下、「固定直後の細胞」ともいう)から、上記と同様にして、DNAを抽出した。
【0080】
(2-3) 電気泳動
各DNA溶液の吸光度を分光光度計nanodrop2000 (Thermo Fisher Scientific社製)で測定して、DNA濃度を取得した。アガロースゲル電気泳動用サンプルを、各サンプルに含まれるDNA量が500 ng/レーンとなるように、DNA溶液から調製した。得られたサンプルを、0.5%アガロースゲルに電気泳動した。
【0081】
3.結果
電気泳動の結果を、図1に示す。図1に示されるように、市販の細胞保存液を用いた場合では、一定期間保存した細胞から取得したDNAのヌクレオチド長は、固定直後の細胞から取得したDNAに比べて短くなっており、DNAが分解されていたことがわかる。これは、市販の細胞保存液では、保存の間にDNAが適切に維持されなかったことを示している。よって、市販の細胞保存液を用いた場合、保存後の細胞のDNA分析を適切に行えない可能性があることが示唆される。これに対して、実施例1の細胞保存液を用いた場合では、いずれの温度条件及び保存期間であっても、保存後の細胞から取得したDNAのヌクレオチド長は、固定直後の細胞から取得したDNAのヌクレオチド長とほぼ変わらなかった。よって、実施例1の細胞保存液を用いれば、細胞を一定期間保存した後であってもDNA分析を適切に行えることが示唆された。
【0082】
実施例2
実施例1の細胞保存液を用いて細胞を保存した後、該細胞のDNAに含まれる所定の核酸(HPV由来の核酸)を検出することにより、細胞中のDNAの保存安定性を検討した。比較のため、市販の細胞保存液であるPreservCyt(登録商標)(ホロジック社)を用いて、同様の検討を行った。
【0083】
1.市販の細胞保存液によるDNAの保存安定性の検討
(1-1) 細胞の保存
8名の被検者の子宮頸部から子宮頸部細胞(8検体)を採取した。8検体をそれぞれPreservCyt(登録商標)(12 mL)に添加して、細胞を細胞保存液に浸漬した。それぞれの検体を3つに等分して、アリコート1〜3を得た。アリコート1については、細胞保存液への添加直後(固定直後)に後述の核酸検出を行った。アリコート2については、1℃で1ヶ月間又は2ヶ月間保存した後、後述の核酸検出を行った。アリコート3については、31℃で1ヶ月間又は2ヶ月間保存した後、後述の核酸検出を行った。各検体の検体番号及び保存条件を、表2に示す。
【0084】
【表2】
【0085】
(1-2) 核酸検出
実施例2では、子宮頸部細胞に感染したHPVに由来する核酸をハイブリッドキャプチャー(HC)法により検出した。HC法の前処理として、HC2 Sample Conversion Kit(製品番号5127-1220、キアゲン社)を用いて、各アリコートに含まれる細胞のDNAを抽出した。具体的な操作は、当該キットに添付されたマニュアルに従って行った。各アリコートから得たDNAについて、HPV-DNA検出キットであるHPV DNA「キアゲン」HCII(製品番号618915、キアゲン社)を用いて、HPV由来の核酸の検出を行った。具体的な操作は、当該キットに添付されたマニュアルに従って行った。
【0086】
(1-3) 結果
結果を図2A及び図2Bに示す。図中、縦軸は、HC法により測定された化学発光強度(HC2インデックス値)の対数を示し、横軸の「0 day」は、保存期間が0日(固定直後)であることを示し、「1m/2m」は、保存期間が1ヶ月又は2ヶ月であることを示す。図2Aに示されるように、アリコート2のHC2インデックス値は、アリコート1のHC2インデックス値よりも低下している傾向にあった。また、図2Bに示されるように、アリコート3のHC2インデックス値は、アリコート1のHC2インデックス値よりも低下していた。これらの結果は、被検者から採取した子宮頸部細胞を、市販の細胞保存液中に1℃又は31℃で1ヶ月間又は2ヶ月間保存したことにより、細胞中の核酸が分解したことを示す。
【0087】
2.本実施形態の細胞保存液によるDNAの保存安定性の検討
(2-1) 細胞の保存
上記の8名とは異なる12名の被検者の子宮頸部から子宮頸部細胞(12検体)を採取した。12検体をそれぞれ実施例1の細胞保存液(12 mL)に添加して、細胞を細胞保存液に浸漬した。それぞれの検体を3つに等分して、アリコート1〜3を得た。アリコート1については、細胞保存液への添加直後(固定直後)に、細胞を回収して−60℃にて保存した。2ヶ月後、アリコート1から回収した細胞について、アリコート2及び3と共に、後述の核酸検出を行った。アリコート2については、1℃で2ヶ月間保存した後、後述の核酸検出を行った。アリコート3については、31℃で2ヶ月間保存した後、後述の核酸検出を行った。各検体の検体番号及び保存条件を、表3に示す。
【0088】
【表3】
【0089】
(2-2) 核酸検出
上記と同様にして、子宮頸部細胞に感染したHPVに由来する核酸をハイブリッドキャプチャー(HC)法により検出した。HC法の前処理及びHC法による核酸の検出は、それぞれ、HC2 Sample Conversion Kit(キアゲン社)及びHPV DNA「キアゲン」HCII(キアゲン社)を用いて行った。具体的な操作は、各キットに添付されたマニュアルに従って行った。
【0090】
(2-3) 結果
結果を図3A及び図3Bに示す。図中、縦軸は、HC法により測定された化学発光強度(HC2インデックス値)を示し、横軸の「0 day」は、保存期間が0日(固定直後)であることを示し、「2m」は、保存期間が2ヶ月であることを示す。図3Aに示されるように、アリコート2のHC2インデックス値は、アリコート1のHC2インデックス値とほぼ同等であった。また、図3Bに示されるように、アリコート3のHC2インデックス値は、アリコート1のHC2インデックス値よりも低下していた。これらの結果は、被検者から採取した子宮頸部細胞を、実施例1の細胞保存液中に1℃又は31℃で2ヶ月間保存しても、細胞中の核酸を適切に維持できることがわかった。
【0091】
実施例3
実施例1の細胞保存液で保存した細胞が、細胞標本染色に適するかを検討した。比較のため、市販の細胞保存液であるPreservCyt(登録商標)(ホロジック社)で保存した細胞を用いた。
【0092】
1.市販の細胞保存液で保存した細胞の染色
被検者の子宮頸部から採取した細胞を、PreservCyt(登録商標)(20 mL)中に懸濁し、室温で2日間静置した。スライド作成装置ThinPrep2000(ホロジック社)を用いて、細胞懸濁液から、細胞を付着させたスライドを作成した。具体的な操作は、当該装置の取扱説明書に従って行った。作成したスライドを、下記の表4に示す手順に従ってパパニコロウ染色した。
【0093】
【表4】
【0094】
2.本実施形態の細胞保存液で保存した細胞の染色
被検者の子宮頸部から採取した細胞を、実施例1の細胞保存液(20 mL)中に懸濁し、室温で2日間静置した。そして、細胞懸濁液を800 gで10分間遠心し、上清を除去した。沈殿物に200μLの脱イオン水を添加して懸濁した後、得られた懸濁液の全量を、スライドガラス(BDシュアパスプレコートスライド、ベクトン・ディッキンソン社)に設置したチャンバー(BDセトリングチャンバー、ベクトン・ディッキンソン社)内に添加し、10分間静置した。その後、スライド上の細胞を95%エタノールで固定した。作成したスライドを、上記の表4に示す手順に従い、パパニコロウ染色した。
【0095】
3.結果
結果を図4に示す。図4に示されるように、本実施形態の細胞保存液で保存した細胞をパパニコロウ染色すると、市販の細胞保存液で保存した細胞と同等の染色像が得られた。
【0096】
実施例4
細胞保存液のマグネシウムイオン濃度と、細胞のDNAの安定性との関連を、フローサイトメトリにより検討した。
【0097】
1.材料
(1-1) 細胞保存液
実施例4では、メタノール(和光純薬工業株式会社)及び塩化マグネシウム(キシダ化学株式会社)を、以下の表5に示される組成となるように混合して細胞保存液を調製した。これらの細胞保存液の調製において、溶媒として水を用い、緩衝剤としてPIPES(同仁化学研究所)を20 mMとなるよう添加した。pHの調整にはNaOH水溶液を用いた。いずれの細胞保存液もpHは6.6であった。
【0098】
【表5】
【0099】
(1-2) 細胞
細胞保存液で保存する細胞として、ヒト子宮頸癌細胞株HeLa(ATCCより入手)を用いた。HeLa細胞は、実施例1と同様にして培養した。
【0100】
(1-3) 試薬及びフローサイトメータ
染色液及びRNA除去剤として、GC-SEARCH KIT(シスメックス株式会社)を用いた。希釈液として、GC-PACK(シスメックス株式会社)を用いた。フローサイトメータとして、剥離細胞分析装置LC-1000(シスメックス株式会社)を用いた。
【0101】
2.細胞の保存及びフローサイトメトリ(FCM)分析
細胞保存液1〜4のそれぞれにHeLa細胞を添加して懸濁し、得られた細胞懸濁液を1℃又は31℃で24時間静置した。細胞懸濁液を10,000 rpmで1分間遠心分離した後、上清を除去した。細胞を含む残存液(30μL)に希釈液(1mL)を加え、10,000 rpmで1分間遠心分離した後、上清を除去した。細胞を含む残存液(30μL)に、染色液、RNA除去剤、及び希釈液を加えて測定試料を調製した。得られた測定試料をフローサイトメータに導入して光学信号(蛍光信号及び前方散乱光信号)を取得した。そして、個々の細胞から検出された蛍光面積を横軸に取り、細胞数を縦軸に取った頻度分布(ヒストグラム)を作成した。なお、蛍光面積は、細胞のDNA量を反映する指標である。
【0102】
3.結果
作成した蛍光面積のヒストグラムを、図5に示す。ここで、蛍光面積のヒストグラムについて説明する。蛍光面積のヒストグラムでは、通常、2つのピークが認められることが知られている。すなわち、二倍体細胞の集団により形成されるピークと、細胞増殖により四倍体になった細胞の集団により形成されるピークである。DNA量は、四倍体になった細胞の方が二倍体細胞よりも多い。一般に、二倍体細胞のDNA量は一定であることが知られている。よって、DNAが安定である場合、二倍体細胞の蛍光面積は一定となるので、蛍光面積のヒストグラムにおいて二倍体細胞のピークがシャープに出現する。一方で、蛍光面積はDNA量を反映する指標であることから、DNAが不安定化して分解や断片化が生じた場合、二倍体細胞のDNA量は一定でなくなり、蛍光面積の変動が生じる。その結果、ヒストグラムにおいて、二倍体細胞のピークはシャープではなくなる。
【0103】
図5に示されるように、1℃の温度条件では、細胞保存液1〜4のいずれを用いて細胞を保存しても、蛍光面積のヒストグラムの形状が正常であった。しかし、二価の金属イオン濃度が低い細胞保存液1、2及び3を用いて31℃で細胞を保存すると、ヒストグラムの形状が崩れた。これに対して、二価の金属イオン濃度を20 mmol/Lとした細胞保存液4を用いた場合は、31℃の温度条件でも、ヒストグラムの形状の崩れは確認されなかった。よって、二価の金属イオン濃度を適切に設定することにより、高温で保存する場合でも、低温で保存した場合と同様にDNAを安定に維持し、ヒストグラムの崩れを防止できることが示された。
【0104】
実施例5
細胞保存液のマグネシウムイオン濃度と、細胞のDNAの安定性との関連を、フローサイトメトリにより検討した。
【0105】
1.材料
実施例5では、メタノール(和光純薬工業株式会社)及び塩化マグネシウム(キシダ化学株式会社)を、以下の表6に示される組成となるように混合して細胞保存液を調製した。これらの細胞保存液の調製において、溶媒として水を用い、緩衝剤としてPIPES(同仁化学研究所)を20 mMとなるよう添加した。pHの調整にはNaOH水溶液を用いた。いずれの細胞保存液もpHは6.6であった。細胞、試薬及びフローサイトメータは、実施例4と同じである。
【0106】
【表6】
【0107】
2.細胞の保存及びFCM分析
細胞保存液5〜26のそれぞれにHeLa細胞を添加して懸濁し、得られた細胞懸濁液を25℃で4時間又は30℃で24時間静置した。実施例4と同様にして、細胞懸濁液から測定試料を調製した。得られた測定試料をフローサイトメータに導入して光学信号(蛍光信号及び前方散乱光信号)を取得した。そして、実施例4と同様にして、蛍光面積のヒストグラムを作成した。ヒストグラム形状の安定性の指標を、次のようにして算出した。なお、算出についての説明のため、図6を参照する。細胞保存液14(MgCl2濃度が20 mmol/L)を用いて25℃で4時間保存した細胞のヒストグラムより、二倍体細胞領域の蛍光面積の最頻値を算出した。最頻値は、図6中、アローヘッドで示されるピークに該当する。二倍体細胞領域の蛍光面積の最頻値の75%を下限とし、二倍体細胞領域の蛍光面積の最頻値の125%を上限とする二倍体細胞出現領域を定義した。この領域は、図6中、二本の線で挟まれた領域に該当する。二倍体細胞出現領域における蛍光面積の変動係数(CV)を算出し、これを、ヒストグラムの形状の安定性の指標とした。当該領域における蛍光面積の変動係数(CV)の値が大きいほど、二倍体細胞についてのヒストグラムの形状が崩れていることを示す。
【0108】
3.結果
結果を、図7A及び図7Bに示す。図7Aに示されるように、25℃で4時間保存した場合は、0mmol/L〜200 mmol/Lの範囲のうち、いずれの塩化マグネシウム濃度の細胞保存液を用いても、二倍体細胞出現領域におけるCVの値は低く、また塩化マグネシウムの濃度によるCVの値の変動はほとんど認められなかった。一方、図7A及び図7Bに示されるように、30℃で24時間保存した場合は、二倍体細胞出現領域におけるCVの値は、塩化マグネシウム濃度が低値又は高値の細胞保存液を用いたときに顕著に増大した。これらの結果より、細胞保存液11〜19を用いた場合、すなわち、細胞保存液における二価の金属イオン濃度が6mmol/L〜82 mmol/Lである場合、ヒストグラム形状の崩れを防止する効果があることが確認された。上述のとおり、蛍光面積は、細胞のDNA量を反映する指標であることから、DNAが不安定化して分解や断片化が生じた場合、二倍体細胞のDNA量は一定でなくなり、蛍光面積の変動が生じる。その結果、二倍体細胞のヒストグラムの形状が崩れる。したがって、細胞保存液の二価の金属イオン濃度を6mmol/L〜82 mmol/Lとすることで、細胞のDNAの安定化に寄与したと考えられる。
【0109】
実施例6
細胞保存液の低級アルコール濃度と、細胞のDNAの安定性との関連を、フローサイトメトリにより検討した。
【0110】
1.材料
実施例6では、メタノール(和光純薬工業株式会社)及び塩化マグネシウム(キシダ化学株式会社)を、以下の表7に示される組成となるように混合して細胞保存液を調製した。これらの細胞保存液の調製において、溶媒として水を用い、緩衝剤としてPIPES(同仁化学研究所)を20 mMとなるよう添加した。pHの調整にはNaOH水溶液を用いた。いずれの細胞保存液もpHは6.7であった。細胞、試薬及びフローサイトメータは、実施例4と同じである。
【0111】
【表7】
【0112】
2.細胞の保存及びFCM分析
細胞保存液27〜46のそれぞれにHeLa細胞を添加して懸濁し、得られた細胞懸濁液を30℃で24時間静置した。実施例4と同様にして、細胞懸濁液から測定試料を調製した。得られた測定試料をフローサイトメータに導入して光学信号(蛍光信号及び前方散乱光信号)を取得した。そして、実施例4と同様にして、蛍光面積のヒストグラムを作成した。
【0113】
3.結果
作成した蛍光面積のヒストグラムを、図8A図8B及び図8Cに示す。図8A及び図8Bに示されるように、細胞保存液の二価の金属イオン濃度が10 mmol/L〜60 mmol/Lであるとき、メタノール(MeOH)濃度が38 v/v%〜48 v/v%であっても、蛍光面積のヒストグラムの形状は良好に維持された。また、図8Cに示されるように、細胞保存液の二価の金属イオン濃度が20 mmol/L又は40 mmol/Lであるとき、メタノール濃度が35 v/v%又は50 v/v%であっても、蛍光面積のヒストグラムの形状は良好に維持された。
【0114】
実施例7
細胞保存液のpHと、細胞のDNAの安定性との関連を、フローサイトメトリにより検討した。
【0115】
1.材料
実施例7では、メタノール(和光純薬工業株式会社)及び塩化マグネシウム(キシダ化学株式会社)を、以下の表8に示される組成となるように混合して細胞保存液を調製した。これらの細胞保存液の調製において、溶媒として水を用い、緩衝剤としてPIPES(同仁化学研究所)を20 mMとなるよう添加した。pHの調整にはNaOH水溶液を用いた。細胞保存液47〜50のpHは6.4であり、細胞保存液51〜54のpHは7.0であった。細胞、試薬及びフローサイトメータは、実施例4と同じである。
【0116】
【表8】
【0117】
2.細胞の保存及びFCM分析
細胞保存液47〜54のそれぞれにHeLa細胞を添加して懸濁し、得られた細胞懸濁液を30℃で24時間静置した。実施例4と同様にして、細胞懸濁液から測定試料を調製した。得られた測定試料をフローサイトメータに導入して光学信号(蛍光信号及び前方散乱光信号)を取得した。そして、実施例4と同様にして、蛍光面積のヒストグラムを作成した。
【0118】
3.結果
作成した蛍光面積のヒストグラムを、図9に示す。図9に示されるように、細胞保存液の二価の金属イオン濃度が10 mmol/L〜60 mmol/Lであるとき、pHが6.4又は7.0であっても、蛍光面積のヒストグラムの形状は良好に維持された。
【0119】
実施例8
二価の金属イオンとしてカルシウムイオンを用いて、細胞保存液のカルシウムイオン濃度と、細胞のDNAの安定性との関連を、フローサイトメトリにより検討した。
【0120】
1.材料
実施例8では、メタノール(和光純薬工業株式会社)及び塩化カルシウム(キシダ化学株式会社)を、以下の表9に示される組成となるように混合して細胞保存液を調製した。これらの細胞保存液の調製において、溶媒として水を用い、緩衝剤としてPIPES(同仁化学研究所)を20 mMとなるよう添加した。pHの調整にはNaOH水溶液を用いた。いずれの細胞保存液もpHは6.7であった。細胞、試薬及びフローサイトメータは、実施例4と同じである。
【0121】
【表9】
【0122】
2.細胞の保存及びFCM分析
細胞保存液55〜57のそれぞれにHeLa細胞を添加して懸濁し、得られた細胞懸濁液を1℃又は31℃で24時間静置した。実施例4と同様にして、細胞懸濁液から測定試料を調製した。得られた測定試料をフローサイトメータに導入して光学信号(蛍光信号及び前方散乱光信号)を取得した。そして、実施例4と同様にして、蛍光面積のヒストグラムを作成した。
【0123】
3.結果
作成した蛍光面積のヒストグラムを、図10に示す。図10に示されるように、1℃の温度条件では、細胞保存液55〜57のいずれを用いて細胞を保存しても、蛍光面積のヒストグラムの形状が正常であった。しかし、二価の金属イオン濃度が低い細胞保存液55及び56を用いて31℃で細胞を保存すると、ヒストグラムの形状が崩れた。これに対して、二価の金属イオン濃度を20 mmol/Lとした細胞保存液57を用いた場合は、31℃の温度条件でも、ヒストグラムの形状の崩れは確認されなかった。よって、二価の金属イオン濃度を適切に設定することにより、高温で保存する場合でも、低温で保存した場合と同様にDNAを安定に維持し、ヒストグラムの崩れを防止できることが示された。
【0124】
比較例1
市販の細胞保存液を用いて保存した細胞について、DNAの安定性をフローサイトメトリにより検討した。
【0125】
1.材料
比較例1では、市販の細胞保存液として、PreservCyt(登録商標)(ホロジック社)を用いた。また、細胞、試薬及びフローサイトメータは、実施例4と同じである。
【0126】
2.細胞の保存及びFCM分析
PreservCyt(登録商標)にHeLa細胞を添加して懸濁し、得られた細胞懸濁液を室温で30分間、31℃で24時間又は31℃で7日間静置した。実施例4と同様にして、細胞懸濁液から測定試料を調製した。得られた測定試料をフローサイトメータに導入して光学信号(蛍光信号及び前方散乱光信号)を取得した。そして、実施例4と同様にして、蛍光面積のヒストグラムを作成した。
【0127】
3.結果
作成した蛍光面積のヒストグラムを、図11に示す。図11に示されるように、室温で30分間の保存条件では、蛍光面積のヒストグラムの形状が正常であった。しかし、31℃で24時間又は7日間の保存条件では、ヒストグラムの形状が崩れた。よって、市販の細胞保存液は、本実施形態の細胞保存液とは異なり、31℃の温度条件での保存には適していないことがわかる。
【0128】
実施例9
細胞保存液のカルシウムイオン濃度と、細胞のDNAの安定性との関連を、フローサイトメトリにより検討した。
【0129】
1.材料
(1-1) 細胞保存液
実施例9では、メタノール(和光純薬工業株式会社)及び塩化カルシウム(キシダ化学株
式会社)を、以下の表10に示される組成となるように混合して細胞保存液を調製した。これらの細胞保存液の調製において、溶媒として水を用い、緩衝剤としてPIPES(同仁化学研究所)を20 mMとなるよう添加した。pHの調整にはNaOH水溶液を用いた。いずれの細胞保存液もpHは6.6であった。細胞、試薬及びフローサイトメータは、実施例4と同じである。
【0130】
【表10】
【0131】
2.細胞の保存及びFCM分析
細胞保存液58〜64のそれぞれにHeLa細胞を添加して懸濁し、得られた細胞懸濁液を30℃で24時間静置した。実施例4と同様にして、細胞懸濁液から測定試料を調製した。得られた測定試料をフローサイトメータに導入して光学信号(蛍光信号及び前方散乱光信号)を取得した。そして、実施例4と同様にして、蛍光面積のヒストグラムを作成した。
【0132】
3.結果
作成した蛍光面積のヒストグラムを、図13に示す。図13に示されるように、カルシウムイオン濃度が6、20及び82 mmol/Lの細胞保存液60、61及び62を用いて30℃で細胞を保存した場合は、ヒストグラムの形状が良好であった。上述のとおり、蛍光面積は、細胞のDNA量を反映する指標である。すなわち、蛍光面積のヒストグラムの形状が良好であることは、保存の間、細胞のDNAが安定に維持されていたことを示す。よって、カルシウムイオン濃度を適切に設定することにより、30℃の温度条件で保存しても細胞のDNAを安定に維持できることが示された。
【0133】
実施例10
二価の金属イオンとしてマグネシウムイオン及びカルシウムイオンの両方を含む細胞保存液を用いて細胞を固定及び保存した。保存した細胞のDNAの安定性を、フローサイトメトリにより検討した。比較のため、二価の金属イオンを含まない細胞保存液も用いた。
【0134】
1.材料
(1-1) 細胞保存液
実施例10では、メタノール(和光純薬工業株式会社)、塩化マグネシウム(キシダ化学株式会社)及び塩化カルシウム(キシダ化学株式会社)を、以下の表11に示される組成となるように混合して細胞保存液を調製した。これらの細胞保存液の調製において、溶媒として水を用い、緩衝剤としてPIPES(同仁化学研究所)を20 mMとなるよう添加した。pHの調整にはNaOH水溶液を用いた。いずれの細胞保存液もpHは6.7であった。細胞、試薬及びフローサイトメータは、実施例4と同じである。
【0135】
【表11】
【0136】
2.細胞の保存及びFCM分析
細胞保存液65及び66のそれぞれにHeLa細胞を添加して懸濁し、得られた細胞懸濁液を30℃で24時間静置した。実施例4と同様にして、細胞懸濁液から測定試料を調製した。得られた測定試料をフローサイトメータに導入して光学信号(蛍光信号及び前方散乱光信号)を取得した。そして、実施例4と同様にして、蛍光面積のヒストグラムを作成した。
【0137】
3.結果
作成した蛍光面積のヒストグラムを、図14に示す。図14に示されるように、二価の金属イオンを含まない細胞保存液65を用いて30℃で細胞を保存すると、ヒストグラムの形状が崩れた。これに対して、二価の金属イオンの合計濃度が20 mmol/Lの細胞保存液66を用いた場合は、ヒストグラムの形状が良好であった。よって、2種類の二価の金属イオンを適切な濃度で含む細胞保存液を用いることにより、30℃の温度条件で保存しても細胞のDNAを安定に維持できることが示された。
【0138】
実施例11
低級アルコールとしてエタノールを含む細胞保存液を用いて細胞を固定及び保存した。保存した細胞のDNAの安定性を、フローサイトメトリにより検討した。
【0139】
1.材料
(1-1) 細胞保存液
実施例11では、エタノール(和光純薬工業株式会社)及び塩化マグネシウム(キシダ化学株式会社)を、以下の表12に示される組成となるように混合して細胞保存液を調製した。これらの細胞保存液の調製において、溶媒として水を用い、緩衝剤としてPIPES(同仁化学研究所)を20 mMとなるよう添加した。pHの調整にはNaOH水溶液を用いた。この細胞保存液のpHは6.7であった。細胞、試薬及びフローサイトメータは、実施例4と同じである。
【0140】
【表12】
【0141】
2.細胞の保存及びFCM分析
細胞保存液67にHeLa細胞を添加して懸濁し、得られた細胞懸濁液を30℃で7日間静置した。実施例4と同様にして、細胞懸濁液から測定試料を調製した。得られた測定試料をフローサイトメータに導入して光学信号(蛍光信号及び前方散乱光信号)を取得した。そして、実施例4と同様にして、蛍光面積のヒストグラムを作成した。
【0142】
3.結果
作成した蛍光面積のヒストグラムを、図15に示す。図15に示されるように、低級アルコールとしてエタノールを含む細胞保存液67で細胞を保存した場合、ヒストグラムの形状が良好であった。よって、エタノール及び二価の金属イオンを適切な濃度で含む細胞保存液を用いることにより、30℃の温度条件で保存しても細胞のDNAを安定に維持できることが示された。
【0143】
比較例2
本実施形態の細胞保存液及び特許文献1(米国特許第5,256,571号明細書)の実施例5に記載の細胞保存液を用いて保存した細胞について、DNAの安定性を比較した。
【0144】
1.材料
(1-1) 細胞保存液
本実施形態の細胞保存液として、上記の実施例1の細胞保存液を用いた。また、特許文献1の実施例5に記載の細胞保存液(以下、「比較例2の細胞保存液」ともいう)として、下記の組成の細胞保存液を調製した。なお、細胞、試薬及びフローサイトメータは、実施例4と同じである。
【0145】
<比較例2の細胞保存液>
1 mM 酢酸マグネシウム六水和物
2 mM 酢酸カルシウム一水和物
10 mM 塩化カリウム
0.1% 塩化ナトリウム
20% メタノール
【0146】
2.細胞の保存及びFCM分析
実施例1の細胞保存液及び比較例2の細胞保存液のそれぞれにHeLa細胞を添加して懸濁し、得られた細胞懸濁液を30℃で7日間静置した。実施例4と同様にして、細胞懸濁液から測定試料を調製した。得られた測定試料をフローサイトメータに導入して光学信号(蛍光信号及び前方散乱光信号)を取得した。そして、実施例4と同様にして、蛍光面積のヒストグラムを作成した。
【0147】
3.結果
作成した蛍光面積のヒストグラムを、図16に示す。図16に示されるように、実施例1の細胞保存液で細胞を30℃で7日間保存した場合は、蛍光面積のヒストグラムの形状が正常であった。これに対して、比較例2の細胞保存液で細胞を保存した場合は、ヒストグラムの形状が崩れた。よって、米国特許第5,256,571号明細書の実施例5に記載の細胞保存液は、本実施形態の細胞保存液とは異なり、30℃の温度条件での保存には適していないことがわかる。
【0148】
実施例12
マグネシウムイオンを含む細胞保存液を用いて、正常組織由来の細胞を固定及び保存した。保存した細胞のDNAの安定性を、フローサイトメトリにより検討した。
【0149】
1.材料
(1.1) 細胞保存液
実施例12では、メタノール(和光純薬工業株式会社)及び塩化マグネシウム(キシダ化学株式会社)を、以下の表13に示される組成となるように混合して細胞保存液を調製した。これらの細胞保存液の調製において、溶媒として水を用い、緩衝剤としてPIPES(同仁化学研究所)を20 mMとなるよう添加した。pHの調整にはNaOH水溶液を用いた。いずれの細胞保存液もpHは6.7であった。
【0150】
【表13】
【0151】
(1-2) 細胞、試薬及びフローサイトメータ
細胞保存液で保存する正常組織由来の細胞として、ヒト臍帯静脈内皮細胞株HUVEC(ATCCより入手)を用いた。HUVEC細胞は、実施例1のHeLa細胞の培養と同様にして培養した。試薬及びフローサイトメータは、実施例4と同じである。
【0152】
2.細胞の保存及びFCM分析
細胞保存液68〜71のそれぞれにHUVEC細胞を添加して懸濁し、得られた細胞懸濁液を30℃で24時間静置した。実施例4と同様にして、細胞懸濁液から測定試料を調製した。得られた測定試料をフローサイトメータに導入して光学信号(蛍光信号及び前方散乱光信号)を取得した。そして、実施例4と同様にして、蛍光面積のヒストグラムを作成した。
【0153】
3.結果
作成した蛍光面積のヒストグラムを、図17に示す。図17に示されるように、マグネシウムイオンを含まない細胞保存液68を用いて30℃でHUVEC細胞を保存すると、ヒストグラムの形状が崩れた。これに対して、マグネシウムイオン濃度が6、20及び82 mmol/Lの細胞保存液69、70及び71を用いて30℃で細胞を保存した場合は、ヒストグラムの形状が良好であった。よって、本実施形態の細胞保存液を用いれば、正常組織由来の細胞を30℃の温度条件で保存しても該細胞のDNAを安定に維持できることが示された。
【符号の説明】
【0154】
11:細胞保存液を収容した容器
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8A
図8B
図8C
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17