【文献】
岡谷 賢,高橋 友一,人間関係を考慮したエージェントベースの避難シミュレーションフレームワーク A Framework of Evacuation Simulation Based on Agents Relationships and Behaviors,電子情報通信学会論文誌 (J94−D) 第11号 THE IEICE TRANSACTIONS ON INFORMATION AND SYSTEMS (JAPANESE EDITION),日本,社団法人電子情報通信学会 THE INSTITUTE OF ELECTRONICS,INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS,2011年11月 1日,第J94-D巻/第11号,1855-1865
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、これらの文献に示す避難者の位置算出については、各避難者毎に算出されるものであって、避難者同士の関係を考慮したものとはなっていない。災害発生時の避難においては、家族、会社、学校、近所といった所定の人間関係のもとに行動を共にすることが考えられる。本発明は、このような避難者同士の関係を考慮に入れて、実際の避難状況に即した各避難者の位置を算出することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した課題を解決するため、本発明に係る避難行動予測システムは、
記憶手段と、制御手段と、を備え、
前記記憶手段は、
災害によって発生する被災範囲を規定する災害データと、
避難場所情報、通路情報を含む空間データと、
各避難者毎に、所属グループ、目標避難場所、移動速度が設定された人間データと、を記憶し、
前記制御手段は、避難者位置算出処理、グループ統合処理、グループ位置算出処理とを実行可能とし、
前記避難者位置算出処理は、ある避難者について、前記空間データと前記人間データに基づいて、当該避難者に設定された目標避難場所へ向かうように、その位置情報を時間ステップ毎に算出し、
前記グループ統合処理は、前記避難者位置算出処理において、共通の所属グループを有する避難者が、一方の避難者を基準点として規定される探索可能範囲内に入ったことを条件として、共通の目標避難場所へ向かうグループに統合し、
前記グループ位置算出処理は、あるグループについて、前記空間データと前記人間データに基づいて、当該グループに設定された目標避難場所へ向かうように、その位置情報を
時間ステップ毎に算出することを特徴とする。
【0007】
さらに本発明に係る避難行動予測システムにおいて、
人間データは、各避難者毎に複数の所属グループが設定されるとともに、該所属グループには各避難者毎に優先度が設定され、
グループ統合処理は、グループに統合された避難者について、優先度の高い所属グループを有する他の避難者が、探索可能範囲内に入ったことを条件として、他の避難者とグループに統合することを特徴とする。
【0008】
さらに本発明に係る避難行動予測システムにおいて、
各目標避難場所には、安全レベルが設定されており、
前記グループ統合処理において、統合されたグループの目標避難場所は、統合される避難者に設定された目標避難場所中、安全レベルの高い目標避難場所に設置されることを特徴とする。
【0009】
さらに本発明に係る避難行動予測システムにおいて、前記災害データは、経時的に変化することを特徴とする。
【0010】
さらに本発明に係る避難行動予測システムにおいて、
前記制御
手段は、少なくとも災害シナリオデータに基づいて災害データを算出する災害予測処理を実行可能とすることを特徴とする。
【0011】
また本発明に係る避難行動予測プログラムは、
記憶手段に記憶される各種データに基づいて、コンピュータで実行可能な避難行動予測プログラムにおいて、
前記記憶手段は、
災害によって発生する被災範囲を規定する災害データと、
避難場所情報、通路情報を含む空間データと、
各避難者毎に、所属グループ、目標避難場所、移動速度が設定された人間データと、を記憶し、
ある避難者について、前記空間データと前記人間データに基づいて、当該避難者に設定された目標避難場所へ向かうように、その位置情報を時間ステップ毎に算出する避難者位置算出処理と、
前記避難者位置算出処理において、共通の所属グループを有する避難者が、一方の避難者を基準点として規定される探索可能範囲内に入ったことを条件として、共通の目標避難場所へ向かうグループに統合するグループ統合処理と、
あるグループについて、前記空間データと前記人間データに基づいて、当該グループに設定された目標避難場所へ向かうように、その位置情報を時間ステップ毎に算出するグループ位置算出処理と、を実行可能としたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る避難行動予測システム、避難行動予測プログラムによれば、避難行動の際、共通の所属グループを有する避難者が遭遇、すなわち、何れかの探索可能範囲内に位置した場合グループとして統合し、当該グループに設定された目標避難場所へ移動することで、実際の避難状況に即した避難者の位置算出を行うことを可能としている。
【発明を実施するための形態】
【0014】
では本発明の前提技術である、避難シミュレーションモデルの例について説明する。避難シミュレーションモデルは、空間、人間、災害範囲の3つの要素の相互作用問題を取り扱う。このため、避難シミュレーションモデルでは、これらの3つの要素が要素間の関係を考慮して適切に表現され、各要素が避難行動に与える影響を評価できることが重要となる。避難シミュレーションモデルにおける空間のモデル化には、大きく次の2つの方法が挙げられる。
【0015】
(1)空間の幾何学的形状をできるだけ忠実にモデル化する方法。(2)空間をネットワーク表現、メッシュ分割してモデル化する方法。(1)の方法は、空間の局所的な状態に依存した避難者の挙動を把握する場合に適している。(2)の方法は、避難者の大局的な推移を把握する場合に適した方法である。空間のモデル化は、避難行動で評価する内容と人間のモデル化の仕方に依存して、その方法を決定することが必要である。
【0016】
避難シミュレーションモデルから得られる結果の内容に、最も影響を及ぼすことが考えられる人間のモデル化に関しては、次に示す方法が挙げられる。(1)人間個人に重点をおいてモデル化する方法。(2)群集を中心にモデル化する方法。(1)の方法は、人間個人の特性にバラツキを持たせて、人間相互の関係や局所的な状況変化に応じた避難行動を評価する場合に有効である。このモデル化を採用した場合には、空間のモデル化で前記(1)の方法と組み合わせると有効になる。一方、(2)の方法は、空間のモデル化で前記(2)の方法を採用し、グラフ理論やネットワーク理論あるいは待ち行列理論を用いて、比較的多数の人間の避難行動を大局的に評価できる。
【0017】
避難行動を予測する際に災害伝播の影響を考慮する場合には、避難シミュレーションモデルとは独立の災害シミュレーションモデルの結果を利用し、各空間への災害伝播をあらかじめシナリオ的に入力条件として導入する方法が考えられる。また、避難シミュレーションモデル自体に災害シミュレーションの機能を組み込み、出火後の時間経過に応じて避難行動と並行して災害範囲の伝播を逐次計算する方法も考えられる。
【0018】
避難シミュレーションモデル構築に伴い、考慮すべき事項について説明する。避難シミュレーションモデルを構築する際の空間、人間および災害範囲の各対象のモデル化する方法の違いは、モデルを利用して重点に得たい防災計画上の指針の内容に依存している。空間のモデル化に関しては、建築物内部の場合、人間個人の避難行動にドアの位置や壁、周辺の人間等が影響を与えるため、これらの条件の影響を適切に取り扱えるモデルとすることが望ましい。また、避難軌跡を個人単位で現実に近い状態で捉えることを考慮すると、避難者が空間内を自由に移動できるモデル化を行なう必要がある。
【0019】
人間個人のモデル化に関して避難行動面から考慮すべき点は、避難者は設計段階で特定されている避難経路のみを利用するのではなく、空間や災害状況の条件により状況に応じて経路選択をすることである。また、災害の進展に対しては、災害によって人間が受ける影響を考慮した避難行動を捉えることができるようにすることが重要になる。
【0020】
本発明におけるモデル化の基本的な考え方について説明する。本発明においては、オブジェクト指向に基づく避難シミュレーションモデルを開発しており、空間・人間・災害範囲の3要素のモデル化と、人間個人のモデル化に関して工夫がなされている。
【0021】
最初に、オブジェクト指向による3要素のモデル化について説明する。オブジェクト指向は、コンピュータを利用して、問題解決を行なうシステム(あるいはモデル)を構築する際の1つの方法論である。オブジェクト指向では、取り扱う問題を解決するためのいく
つ
かのオブジェクトを見いだし、オブジェクト間の関係をネットワーク構造として捉え、問題解決を行なう。
【0022】
オブジェクト指向における基本単位であるオブジェクトは、自分の状態を示すデータと自分の振る舞い方に関する仕様(method)で定義される。そして、問題解決過程では、オブジェクト間でメッセージを送信(messagesending)し、自分に送られてきたメッセージに
対応する仕様を起動して、自分の状態を変化させたり、送り先の必要とするデータを提供したりすることが行なわれる。
【0023】
空間のモデル化に関しては、部屋、廊下などの空間を基本単位として、人間が空間内を自由に動けることを前提としたモデル化を行なった。また、ドア付近で発生する滞留状態を表現するために、ドアの通過時間(ドア開閉等に必要とする時間)を考慮できるようにした。災害範囲の伝搬に関しては、災害シミュレーションモデルの結果を避難シミュレーションの入力条件として取り扱えるように、モデル化した。
【0024】
オブジェクト指向に基づいて避難シミュレーションモデルを開発する理由は、空間、人間、災害範囲の3要素の関係を適切に考慮して、それぞれ独立のオブジェクトとして捉えてモデル化できることにある。このことによって、各モデル単位で段階を追って開発を進めることが可能になり、アルゴリズムを重要視したモデルの開発形態と比較して、その開発段階で利点を生む。また、モデルの修正・改良もオブジェクト単位に行なえ、モデル全体としての拡張性を高めることができる。
【0025】
次に、オブジェクト指向による人間個人のモデル化について説明する。本モデルでは、人間個人を避難行動上の特性として重要と考えられる歩行速度、避難行動開始時間および避難行動上の占有面積等をデータとして有するオブジェクトとし、それらのデータを個別に設定できるようにした。
【0026】
この人間オブジェクトは、避難行動に対する基本的な振る舞い方は同じでも、自分に定義されているデータと、他のオブジェクトから提供されたデータに基づいて独立に振る舞うことが可能である。具体的には、人間オブジェクトが災害範囲の影響等による状況変化の内容を空間から得られるようにし、その状況に応じて独立に避難経路を選択させることを可能にした。人間オブジェクトの避難方向の決定は、当初、周辺の状況に関するデータを入手して避難上の移動目標を決定し、その移動目標からは引力を障害物からは斥力を受け、それらの力のベクトルを合成して決定することにした。
【0027】
本発明のモデルの特徴、および概要の基礎となる概念について、
図1〜
図6により説明
する。本避難シミュレーションモデル30は、基本的には
図1の説明図で示すように大きく3つのモデルから構成されている。空間モデル31は建築物内部の人間の移動できる空間のモデル化を担っており、人間モデル32は避難行動を行なう人間のモデル化を担っている。
【0028】
この2つのモデルは、本モデルの根幹を成すモデルであり、シミュレータ35が両モデルを管理している。災害シュミレーションモデル33で設定される災害モデル34は、災害発生後の災害伝播条件をシミュレータにより空間モデル31に入力する役割を担っている。なお、ここで示した各モデルは、基本的に複数のオブジェクトから構成されている。
【0029】
空間モデル31は、人間が移動できる空間のモデル化を取り扱っている。ここでは、建築物内部を対象としたモデルについて詳細に説明を行う。建築物内部を対象としたモデルでは、建築物は複数の階層の集合体、階層は複数の部屋の集合体として定義される。そして、階層と階層の連結情報は階段等に、部屋と部屋の連結情報はドア(扉)に管理させる。空間モデル31は、建築物内部のみに限られたものではなく、街区を対象とすることも可能である。街区を対象としたモデルでは、屋外を適宜空間に区切るとともに、信号を連結情報とし採用することで建物内部と同様に管理することが可能である。
【0030】
モデルの最小単位である部屋をモデル化した部屋オブジェクトは、避難軌跡を現実に近い形で捉えることを目的として、
図2の説明図に示すように複数の壁に囲まれた幾何学上の意味での閉空間として定義した。すなわち、
図2において、部屋40、廊下41、42からなる空間は、モデル化すると、部屋40は4つの線分(壁)43a〜43dで囲まれる。廊下41、42は、ドア44a〜44d、と壁で区画されている。
【0031】
人間オブジェクトは、部屋オブジェクトから壁の情報の他に避難上で移動目標となる出口、ドアおよび誘導表示の情報と、避難に対して障害になるその部屋にいる他の人間や災害範囲の情報が取り出せる。そして、人間オブジェクトはそれらの情報に基づいて、部屋内を比較的自由に動くことができる。
【0032】
モデル化したドアオブジェクトには、部屋の連結情報に加え、ドアの通過時間に関する基準値を個別に定義できるようにした。ドアの通過時間は、介助行動時に介助器具を用いる場合に特に考慮することが重要になっている。人間オブジェクトは、ドアを通過する際にドア幅と避難行動上の占有面積の関係に応じて、その基準値からドアの通過時間が決定され、その時間の間はドア部分で立ち止ることが決められている。そして、人間がドアを利用している間は、他の人間はそのドアに進入できず、ドア付近に待機させることで、ドア付近で発生する滞留状態の表現を可能にしている。
【0033】
次に、人間モデル32について説明する。本避難シミュレーションモデルでは、建築物内にいる人間の避難行動上の特性の違いの観点から、自力避難が可能な人間(自力避難者クラス)、自力避難が不可能な人間(要介助者クラス)、および施設管理者や消防隊を対象とした、自力避難が不可能な人間を介助(あるいは救助)する人間(介助者クラス)の3つのタイプの人間を定義した。ここで、クラス(class)とはオブジェクトの「型」定
義に相当する。
【0034】
次に、前記移動目標の決定に関して説明する。自力避難者および介助者クラスのオブジェクトは、あらかじめ設定されている長期移動目標を満足するために短期移動目標を選択しながら避難行動を行なう。長期移動目標、および短期移動目標それぞれの移動目標の意味は、(a)長期移動目標は、最終的に避難(移動)したい場所である。(b)短期移動目標は、長期移動目標を満足するために当面到達(通過)したい場所である。つまり、短期移動目標を選択しながら、到達した場所が長期移動月標と一致するまで避難行動が行な
われる。
【0035】
避難者オブジェクトの長期移動目標としては、「避難場所」が設定されている。そして、短期移動目標としてはドアが選択される。本モデルでは、人間に避難行動をとらせる上での全体的な避難シナリオに基づいて、建築物の外部や内部の階段室等を最終的な避難場所として設定し、そこを「避難場所」と表し、「避難場所」に通じるドアを「出口」と表す。
【0036】
図3は、自力避難者の短期移動目標の選択ルールを示す説明図である。部屋40aには自力避難者50a、部屋40bには自力避難者50b、廊下41には自力避難者50cが存在しているものとする。(1)自分のいる空間に出口がある場合は、出口の中で自分から最も近い距離にある出口を選択する。この例では、自力避難者50cは出口46を選択する。
【0037】
(2)自分のいる空間に誘導灯がある場合は、誘導灯の中で自分から最も近い距離にある誘導灯の示す方向にあるドアを選択する。この例では、自力避難者50aは、誘導灯45の示す方向にあるドア44gを選択する。(3)その他の場合には、自分のいる部屋にあるドアの中で自分から最も近い距離にあるドアを選択する。この例では、自力避難者50bは、自分のいる部屋40bにあるドアの中で自分から最も近い距離にあるドア44hを選択する。なお、これらのルールを適用する優先順位は、前記(1)〜(3)の順である。
【0038】
図4は、人間の可視領域に関する概念図である。
図4において、部屋40cに煙が発生したものとする。災害により通行不可能な領域51、避難者50dの視野から外れている領域52にあるドア44k、44l、44p、44rは選択されない。避難者50dは、可視領域にあるドア44m、44nを移動目標として選択する。
【0039】
次に、避難者の移動方向および移動位置の決定に関して
図5により説明する。
図5は、避難者50eの移動方向および位置決定の概念図である。自力避難者および介助者オブジェクトにおいて、短期移動目標が決定された後の移動方向は、
図5に示すように、人間に心理的に作用することを想定した複数の力のベクトルを仮定し、それらのベクトルを合成する形で決定している。Rは単位ステップあたりの歩行速度で到達する範囲を示しており、Rxは、次のステップでの移動位置の起点を示している。
【0040】
人間に作用する力としては、移動目標(ドアや誘導灯)からは引力を、避難行動上の障害物(壁、他の人間および災害範囲)からは斥力を仮定した。
図8の例では、避難者50eに対してドア44からは引力F(r4)が作用する。また、壁からは斥力F(r1)、F(r2)が作用し、他の避難者50fからは斥力F(r3)が作用する。これらの力は、一般的に各対象物からの距離に反比例してその大きさが決定される。また、移動してきた方向に対する一定の大きさの慣性力を考慮した。慣性力を考慮した理由は、人間の動きを現実に近い滑らかな動きとして捉えることを考えたからである。
【0041】
そして、これらの力のベクトルを合成したベクトルΣFの方向と、あらかじめ各オブジェクトに設定されている歩行速度に基づいて、そのシミュレーションステップにおける次の移動位置の起点Rxを決定している。この時に、斥力に比べ引力を比較的大きな値となるように設定しているため、引力と斥力が釣り合ってしまう状況はほとんど起こらないが、釣り合ってしまった場合は移動しないことを仮定している。
【0042】
次に、災害モデルについて説明する。この災害モデルは、
図1で説明したように、火災、火災による煙、地震による崩壊、津波・水害による浸水など、各種災害の状態をシミュ
レータにより空間モデルに導入する役割を担っている。モデルに導入するデータは、避難シミュレーションモデルとは独立の災害シミュレーションの結果を用いて作成する。人間オブジェクトに対して災害が及ぼす影響に関しては、避難限界時間に達した空間では、人間の視界を妨げる影響とその空間から遠ざかろうとする影響を考慮した。なお、避難限界時間に達した空間に入った人間は、以後の避難行動が不能になることを仮定した。
【0043】
図6は、本発明の実施形態を示す説明図であり、
図6(a)は、群集密度を考慮した避難者の歩行速度の例を示す説明図である。不特定多数の人々の避難行動では、歩行空間の群集密度が歩行速度に影響を及ぼすことが考えられる。本モデルでは、水平歩行速度は群集密度に反比例させた。群集密度の算定では、対象とする避難者個人50gの周囲の密度が影響すると考え、
図6(a)に示すように各避難者の進行方向に対して、半径3mの半円中に存在する他の避難者(50iのように黒丸で示す)は歩行速度に影響を及ぼすものとして考慮した。半径3mの半円外の避難者(50hのように白丸で示す)は、歩行速度への影響を考慮されない。
【0044】
図6(b)は階段での歩行速度の説明図である。階段での歩行速度は、空間のモデル化との関係を考慮して、階段での水平分歩行速度で代表させた。水平歩行速度に対する低減係数として、実測値を参考に0.8を採用した。
図6(b)において、実線が水平歩行速度(上限を1.0m/secとする)、破線が階段室内水平分歩行速度である。
【0045】
図7は、本発明の実施形態である避難行動予測システムの例を示すブロック図である。
図7において、避難行動予測システム1は、入力部7、制御部15、データ出力部18で構成される。入力部7は、「災害シナリオ・データ」2、「時間データ」4、「災害データ」5、「空間データ」6、「人間データ」7をそれぞれ入力する。「災害シナリオ・データ」2は、各種災害の初期条件を示す情報であり、災害発生場所、災害の規模、災害時の気象条件、災害対策の条件などを含んで構成される。災害が火災の場合には、出火場所、火源の発熱速度(KW)、防火設備対策の条件、開口部の条件等にて構成される。また、地震や津波の場合には、震源地、地震の規模などにて構成される。
【0046】
「時間データ」3は、災害の発生時間、シミュレーションにおいて避難者の位置情報を算出する時間ステップ間隔、災害が発生した後、避難者が避難を開始する避難開始時間が含まれる。「災害データ」5は、前述した「災害シナリオデータ」2に基づいて、別途、災害予測手段3を用いて計算された情報であり、シミュレーションの場所毎の被災状況にて構成される。この被災状況には、各場所毎の危険レベルを含んで構成される。例えば、危険レベルを1〜5段階で構成し、危険レベル1、2は通行は可能、危険レベル3、4は通行は不可、危険レベル5は、通行は不可、当該場所にいた避難者は被災(死亡)など、適宜に設定することが可能である。また、本実施形態の避難行動予測システムにおいて、シミュレーション対象となる避難者は、自分が位置する場所の危険レベルに応じて目的避難場所を選択することとしている。
【0047】
地震のような災害の場合、場所毎の危険レベルは経時変化させないこととしてもよいが、津波、水害、火災といったように経時的に被災範囲の拡大が考えられる災害については、経時的に変化させる、すなわち、場所毎の危険レベルに時刻歴を持たせることとしてもよい。本実施形態では災害予測手段3による「災害データ」5の算出を、制御部15とは異なる外部で行うこととしているが、この災害予測手段3は、後で説明する制御部15にて、避難行動予測とと共に行うこととしてもよい。さらに、「災害データ」5の算出には、「災害シナリオデータ」2のみならず、避難者行動の予測対象地域とされる「空間データ」6を利用してもよい。予測対象地域の地形、建物の構造を考慮した正確な「被災データ」5を算出することが可能となる。
【0048】
「空間データ」5は、街区や建物などの位置関係、属性、状態等を規定した情報である。いわば避難者の行動範囲を規定する情報といえ、避難者は、この「空間データ」5によって規定される空間内を移動することとなる。例えば、建物内部のみを避難行動予測の対象とした場合、建物内部の空間とそれに付随する設備や開口部の寸法、位置関係、属性、状態などに関するパラメータとして規定される。具体的には、階数、階高、室ID、室の空間属性(種類)、室の階数、室の座標(3次元)、開口部の数(数、ID)、扉の数(数、ID)、障害物の数(数、ID)、誘導表示の数(数、ID)、開口部ID、開口部のある室ID、開口部の座標(3次元)、扉ID、空間の接続関係、障害物ID、障害物の座標(3次元)、障害物のある室ID、誘導表示ID、誘導表示のある室ID、誘導表示の種類、誘導表示の座標(3次元)、誘導表示の内容(種類、ID)などである。
【0049】
「人間データ」6には、避難者1人1人について規定した情報である。
図8には、「人間データ」6について、その一例が示されている。この例では、「人間データ」6には、避難者ID、属性グループ、初期位置、目的避難場所、歩行速度が規定されている。この他、各避難者の年齢、地位、など他の避難者との上下関係を判定するための情報を含めることとしてもよい。この「人間データ」6を条件として、避難者は初期位置から目標避難場所に移動することとなる。本実施形態では、この「人間データ」6中、所属グループは、避難者どうしの関係を規定した情報であって、「家族A」、「会社A」、「学校A」などの関係が規定されている。本実施形態の避難行動予測では、この所属グループに基づいて、共通の所属グループを有する避難者が遭遇した場合、グループとして統合され共通の目標避難場所に移動することとしている。さらに、本実施形態では、各人間データには、優先度別に複数の所属グループが規定されており、避難者は、この優先度に従ってグループを形成することとしている。
【0050】
「人間データ」6中、移動速度は、
図6(b)にて説明したように、避難者の歩行速度の基準となるパラメータであり、シミュレーション時には、階段など空間の状況によって可変されたものとなる。また、本実施形態のように複数の避難者によってグループが形成される場合、グループ中、最も低い歩行速度をグループの歩行速度に設定することが考えられる。
【0051】
制御部15は、「時間データ格納部」9、「災害データ格納部」10、「空間データ格納部」11、「人間データ格納部」12、「避難者行動位置算出手段」14、「画像表示手段」16から構成されている。「時間データ格納部」11は、「時間データ」4で入力された、避難行動を予測するために必要な時間に関するパラメータを格納・更新する。「災害データ格納部」10は、前記「災害データ」5で入力された、避難行動の障害の1つとして考えられる空間内の煙に関するパラメータを格納・更新する。
【0052】
「空間データ格納部」11は「空間データ」6で入力された、街区や建物内部の空間とそれに付随する設備や開口部の寸法、位置関係、属性、状態などに関するパラメータを格納・更新する。「人間データ格納部」12は、「人間データ」6で入力された、避難者1人1人を特定化したパラメータを格納・更新する。このように、「時間データ格納部」9、「災害データ格納部」10、「空間データ格納部」11、「人間データ格納部」12は、制御部15の記憶手段として機能している。
【0053】
「避難者行動位置算出手段」14は、各格納部に記憶された「時間データ」9、「災害データ」10、「空間データ」11、「人間データ」12から、ある避難者の、次の時間ステップ後の位置を算出する部分である。「避難者行動位置算出手段」14で算出された避難者の位置に関する情報は、他の避難者データと時刻歴に累積されて、避難完了時間や避難完了者数の累積、ある空間の滞在人数の推移としてデータファイル17に書き出される。同時に、「避難者行動位置算出手段」14で算出された情報は、「空間データ」や「
災害データ」などと共に、「画像表示手段」13に送られディスプレイ等の表示部にて表示される。このような画像表示手段13を備えたことで、避難者の時刻歴の移動状況や、避難行動の動線の軌跡を視覚で確認することができる。
【0054】
出力部18は、画像表示出力部16、データファイル出力部17を出力する。画像表示出力部16にて出力される情報には、避難者移動状況(時刻歴・室別)、特定避難者の避難行動の軌跡などが含まれる。また、データファイル出力部17にて出力される情報には、前述したように避難完了時間(避難者別)、避難完了者数の累積(時刻歴)、滞在人数(時刻歴・空間別)、通過人数{時刻歴・扉(階段)別}などが含まれる。このように本実施形態の避難行動予測システムは、「時間データ」4、「災害データ」5、「空間データ」6、「人間データ」7などの各種条件に基づいて、避難者の位置を経時的に算出することが可能であり、これら条件を適宜に設定することで、災害発生時に各避難者の行動を予測し、防災対策を検討することが可能である。
【0055】
図9は、本発明の実施形態を示すフロー図であり、避難者あるいは複数の避難者が統合したグループ毎の避難行動予測処理を示したものである。処理が開始されると、該当する避難者(あるいはグループ)について、人間データを参照し、初期位置、目標避難場所、歩行速度などが抽出される。また、該当する避難者の位置における空間データ、並びに、災害データ(危険レベル)も合わせて抽出される(S11)。次に該当する避難者(グループ)について、目標避難場所に到達すべくその移動方向が決定される(S12)。
図3〜
図5を用いて説明したように空間データ、被災範囲(危険データ)を使用して、避難者の移動方向が決定される。次に、被災者の歩行速度に基づいて避難者の位置情報、すなわち、時刻ステップ間隔(dt)後の位置情報が算出される(S13)。複数の避難者が統合されたグループの移動については、グループ中、最低の歩行速度に基づいて位置情報が算出されることとなる。
【0056】
ここでは、1の避難者、グループについて時刻tでの位置情報を算出することとしているが、他の避難者、グループについても同様に時刻tでの位置情報が算出される。全ての避難者、グループについて時刻tにおける位置情報を算出した後、各避難者について、当該避難者を基準として規定される探索可能範囲内に他の避難者がいるかいないかが判定される(S14)。いると判定された場合(S14:Yes)には、グループ統合処理(S15)が実行される。一方、いないと判定された場合(S14:No)には、グループ統合処理S15をスキップする。S16では、現在の時刻tを次の時刻(t+dt)に変更して、S11に戻る。このような処理を繰り返し行うことで、各避難者、グループの位置、すなわち、避難状況を算出し、
図7にて説明した画像表示出力部16、データファイル出力部17にて規定される情報を提供することが可能となる。
【0057】
では、グループ統合処理(S15)についてその詳細を説明する。
図10〜
図12は、グループ統合処理を説明するための図であり、
図10は、避難者同士が遭遇した場合の形態、
図11は、避難者がグループに遭遇した場合の形態、
図12は、グループ同士が遭遇した場合の形態を示した図である。
【0058】
図10は避難者同士が遭遇した場合の形態を示した図であり、
図9のフロー図で説明した各避難者の位置情報の算出(S13)後の状態を模式的に示したものである。ここでは、避難者aと避難者bが遭遇した場合を考える。本実施形態では避難者aを中心として所定の距離(半径)を有する円を探索可能範囲Lに設定している。避難者bは避難者aの探索可能範囲L内部に位置するため、両者の所属グループを参照し、共通のものがあるか否かが判定される。避難者aと避難者bの所属グループを比較した場合、グループAにおいて一致していることが分かる。避難者aと避難者bは、家族、会社の同僚、学校の同級生などといった関係を有するため、グループAとして統合される。一方、避難者同士の間に
共通する所属グループが無い場合には、各避難者は、それまで通り各避難者に設定された目標避難場所へ向かって移動する。
【0059】
本実施形態では、このように避難者を中心とする円形の探索可能範囲Lを設定しているが、探索可能範囲には、避難者の移動方向を考慮した可視範囲を採用することとしてもよい。また、探索可能範囲は、避難者周辺の地形、建物の状況(空間データ)を鑑みて避難者の可視範囲を制限されるものであってもよい。さらに、火災の煙など災害の状況(災害データ)によってこの可視範囲を制限することも考えられる。
【0060】
したがって、避難者aの移動方向は避難者bに到達するまで、避難者bの方向に設定される。避難者aと避難者bがグループAとして統合された後、各避難者に設定されていた目標避難場所は、グループとしての目標避難場所に変更される。グループとしての目標避難場所は、各避難者a、bが移動目標としている目標避難場所の何れかに変更される。この変更ルールとしては、現在位置から目標避難場所までの距離を選択することや、人間データ中の属性、例えば、年齢や役職などの序列関係に基づいて選択することが考えられる。あるいは、目標避難場所毎に安全レベルを設定する場合には、より安全レベルの高い目標避難場所を選択することとしてもよい。また、目標避難場所に安全レベルを設定した場合には、現在位置の危険レベルと照合し、危険レベルを十分にカバーする安全レベルが設定された目標避難場所を選択することとしてもよい。あるいは、人間データの属性や目標避難場所の安全レベルを使用することなくランダムに選択することとしてもよい。
【0061】
このように避難者aと避難者bは、グループに統合され、グループに設定された目標避難場所への移動を開始する。グループの移動については、避難者の移動と同様に行われる。なお、避難者には歩行速度が設定されていたが、グループは複数の避難者がまとまって移動することとなるため、グループの歩行速度は、グループの避難者中、最低の歩行速度が設定される。
【0062】
図11は、避難者がグループに遭遇した場合の形態についてグループ統合処理(S15)を説明するための図である。
図11では、避難者cの探索可能範囲L内に2つのグループA、Cが位置する場合を示している(図では探索可能範囲Lを省略)。避難者cには、グループA、B、Cの順に優先度を有する所属グループが設定されている。避難者cの探索可能範囲L内には、2つのグループA、Cが位置することとなるが、この場合、避難者cは優先度の高いグループAに統合するように移動を開始する。統合については
図10で説明した避難者同士の遭遇と同様であり、統合されたグループAは、新たに設定された目標避難場所に向かって移動開始する。このように避難者は、より優先度の高いグループに統合されて目標避難場所に移動することとなる。
【0063】
図12は、グループ同士が遭遇した場合の形態についてグループ統合処理(S15)を説明するための図である。
図12では、グループBとグループCが遭遇、すなわち、グループCの探索可能範囲内にグループBが位置した場合を示している(図では探索可能範囲Lを省略)。グループCには、3人の避難者g、h、iが統合されているが、このメンバー中、避難者gは、現在所属するグループCよりも優先度の高いグループBを有している。したがって、避難者gはグループCを離れてグループBに統合するように移動を開始する。統合されたグループBは、新たに設定された目標避難場所に向かって移動開始する。一方、グループCは、避難者gが離れることで目標避難場所が変更されることも考えられるが、目標避難場所を維持することとしてもよい。このように本実施形態のグループ統合処理では、当初、会社の同僚などと避難行動を共にしていた際、家族に遭遇した場合は、会社の同僚から離れて家族と避難行動を共にするという実際の避難状況に即した、避難者の位置算出を行うことを可能としている。
【0064】
以上、本実施形態に係る避難行動予測システムについて説明したが、この避難行動予測システムにより、地震、津波、水害、火災などの各種災害発生後において、時間経過に伴う各避難者の行動(位置)を予測することが可能となる。また、各種条件を変更して予測(シミュレーション)を行うことで、災害時の問題点の検出や防災対策に役立てることが可能となる。なお、ここでは、避難行動予測システムについてその詳細を説明したが、本発明はその客体として、コンピュータで実行可能なプログラムを採用することも可能である。プログラムをコンピュータにインストールすることで、上述した避難行動予測システムを構成することが可能である。
【0065】
なお、本発明はこれらの実施形態のみに限られるものではなく、それぞれの実施形態の構成を適宜組み合わせて構成した実施形態も本発明の範疇となるものである。