(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
例えば、オフィスビル等の建物では、内部空間を極力大きく確保することが求められ、これに伴い、内部空間側の柱を少なくし、18mあるいはそれ以上の大スパンで架構を構築することが要求されるケースが多々ある。そして、このように大スパンで架構を構築した際には、例えば、居住者の歩行により、床構造に上下振動が発生するなどして居住性の低下を招く場合がある。
【0003】
一方、このような振動障害に対し、おもりと建物を連結するバネや振り子、ダンパーを床構造などの振動特性に応じて調整し、振動エネルギーを適切に吸収するパッシブ制振のTMD(Turned Mass Damper)を設置することがその対策手法として多用されている。しかしながら、従来型のTMDでは、その質量比が1%以下となる場合が多く、より高い制振効果やロバスト性に対応できない場合がある。
【0004】
これに対し、構造架構本体に大きな荷重負担を与えずに、より高い質量比を実現する手法として、慣性質量ダンパーを用いる対策が提案、実用化されている(例えば、特許文献1参照)。そして、振動が最も大きくなるスパンの中央部に慣性質量ダンパーを設置すると、より高い質量比で効果的に架構の振動エネルギーを吸収することができる。
【0005】
また、慣性質量ダンパーを両梁端に設置して架構の振動エネルギーを吸収するように構成したものもある(例えば、特許文献2参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ここで、上記従来の慣性質量ダンパーを用いる対策においては、振動が最も大きくなるスパンの中央部に慣性質量ダンパーを設置することで、効果的に架構に作用する振動エネルギーを吸収することができるが、ダンパー支持梁の物量や施工の点で合理化(改善)することが望まれていた。
【0008】
一方、慣性質量ダンパーを両梁端に設置して架構の振動エネルギーを吸収するように構成することで、ダンパー支持梁の物量の低減、施工の合理化を図り、上記従来の慣性質量ダンパーを用いる対策を改善することができうる。しかしながら、振動が最も大きくなるスパンの中央部ではなく、単に両梁端に慣性質量ダンパーを設ける構成では、ダンパーの数が倍必要になり、このようにダンパーの必要台数が多くなることで、装置コスト、施工コストの増大を招いてしまう。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑み、経済性、施工性を向上させつつ、確実に振動エネルギーの吸収、減衰効果を発揮し、例えば居室の居住性を好適に確保することを可能にする大スパン架構建物の制振構造を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達するために、この発明は以下の手段を提供している。
【0011】
本発明の大スパン架構建物の制振構造は、複数の階層を備えて構築される大スパン架構建物の制振構造であって、一階層を形成する梁部材あるいは床部材の端部側に下端を接続して斜設される方杖材と、前記方杖材の上端と前記一階層の上の他階層との間に、付加振動系として直列に配設されて前記方杖材と前記他階層の梁部材あるいは床部材を接続する回転慣性質量ダンパー及びばね部材とを備え
、且つ前記方杖材と、前記回転慣性質量ダンパー及び前記ばね部材からなる付加振動系とが前記梁部材の少なくともスパン方向の一端部側に設けられて構成されており、付加振動系の周期を前記梁部材あるいは床部材の周期に同調させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の大スパン架構建物の制振構造においては、階高が大きく、スパンも18mを超えるようなオフィスビル等の大スパン架構建物の任意の階層あるいは各階層に適用すると、梁部材や床部材の端部側に付加振動系の回転慣性質量ダンパー、ばね部材を設けた場合であっても、耐震性能を確実に向上させることができ、梁部材や床部材の上下振動を抑制して居住性を好適に確保することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の一実施形態に係る大スパン架構建物の一例を示す平面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る大スパン架構建物及び制振構造を示す側面図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る大スパン架構建物の制振構造の慣性質量ダンパーのボールねじ機構を示す図である。
【
図4】本発明の一実施形態に係る大スパン架構建物の制振構造を示す図である。
【
図5】シミュレーションに用いた大スパン架構建物のモデル図である。
【
図6】シミュレーションに用いた本発明に係る制振構造を備えていない大スパン架構建物のシミュレーション結果を示す図(1次、2次、3次、4次の固有モード図)である。
【
図7】各加振点及び評価点における加速度応答と加振力のフーリエスペクトル比を求めた結果を示す図であり、(a)が制振構造を備えていない場合、(b)が制振構造を備えた場合の結果を示す図である。
【
図8】歩行荷重に関するシミュレーションに用いた歩行荷重波形を示す図である。
【
図9】加振点(評価点)T3での歩行荷重に関するシミュレーションの結果を示す図であり、(a)が制振構造を備えていない場合、(b)が制振構造を備えた場合の結果を示す図である。
【
図10】歩行荷重に関するシミュレーションの結果、各評価点(T1〜T5)での加速度応答の1/3オクターブバンド解析結果を示す図であり、(a)が制振構造を備えていない場合、(b)が制振構造を備えた場合の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、
図1から
図10を参照し、本発明の一実施形態に係る大スパン架構建物の制振構造について説明する。
【0015】
はじめに、
図1及び
図2に示すように、本実施形態における大スパン架構建物Aは、例えば、オフィスビル等の複数の階層を備えた建物であり、内部空間を極力大きく確保することが求められ、内部空間側の柱を少なくし、18m、あるいはそれ以上の大スパン架構1を備えて構築されている。
【0016】
また、本実施形態の大スパン架構建物Aは、各階層に大スパン架構1の大梁(梁部材)が配設されるとともに大梁1に床スラブ(床部材)2が支持され、この床スラブ2によって例えば各階層に居室空間3が形成されている。
【0017】
一方、大梁1ひいては床スラブ2の上下振動を抑制し、その振動特性を改善するための本実施形態の制振構造Bは、
図2、
図3及び
図4に示すように、一階層の大梁1あるいは床スラブ2に下端をピン結合(接続)して斜設される方杖材4と、方杖材4の上端側に一端をピン結合し、他端を建物の柱などにピン結合して横方向に延設された方杖支持材5と、方杖材4の上端と上階(一階層の上の他階層)の大梁1あるいは床スラブ2の間に介設され、方杖材4と上階の大梁1あるいは床スラブ2を接続する回転慣性質量ダンパー6と同調ばね(ばね部材)7を直列に配置した付加振動系8とを備えて構成されている。
【0018】
また、本実施形態では、方杖材4と、回転慣性質量ダンパー6、同調ばね7からなる付加振動系8とを備えてなる制振構造Bが、大梁1の少なくともスパン方向の一端部側に設けられるとともに、各階層にそれぞれ設けられている。
【0019】
さらに、本実施形態の大スパン架構建物の制振構造Bは、回転慣性質量ダンパー6と同調ばね7を直列に配置した付加振動系8を、大梁1の主振動系に同調させることで、大梁1ひいては床スラブ2の上下振動を抑制し、その振動特性を改善する。
【0020】
ここで、回転慣性質量ダンパー6は、例えば特開2010−038318号公報に開示されるような回転慣性質量を利用したダンパーであり、装置自体が軽量でありながら、内蔵された回転錘の数百倍から数千倍の質量と同等の質量効果を発揮する。
【0021】
具体的に、
図3及び
図4に示すように、ボールねじ10とボールナット11(鋼球12)とフライホイール13からなるボールねじ機構14を備え、振動エネルギーが作用した際に、この振動エネルギーによる直動運動を回転運動に変換する。これにより、質量ではなく回転慣性モーメントに比例する反力を生じさせることができ、この反力を生み出す質量効果を、実際の装置及び回転錘の質量の数百倍から数千倍に拡大させることができ、振動エネルギーを効果的に吸収して減衰させることができる。
【0022】
また、本実施形態の大スパン架構建物の制振構造Bにおいて、力学的に、ダンパーにより付加される質量効果は非常に大きいが、実際の装置の質量は回転慣性質量ダンパー6を用いることによって、必要な付加質量の数百から数千分の1でよい。さらに、装置は摩擦や材料特性に起因する減衰性能を有しており、減衰性が不足すればさらに減衰機構を付加することで、容易に必要なエネルギー吸収性能、減衰性能を付与することができる。
【0023】
また、本実施形態では、振動機構B1、B2の同調ばね7として板バネが適用され、この板バネ7の両端部をそれぞれ、取付金具15を介して上部構造1に接合するとともに、板バネ7の中央部にボールねじ10の端部を結合させて、回転慣性質量ダンパー6と板バネ7が直列に配設されている。
【0024】
そして、このように設けられた板バネ7によって確実に付加振動系8を大梁の主振動系に同調させることができ、上記の回転慣性質量ダンパー6による作用効果を確実に発揮させて、大梁1ひいては床スラブ2の上下振動を抑制し、その振動特性を改善することができる。
【0025】
[実施例]
次に、本実施形態の大スパン架構建物の制振構造Bの優位性を確認するために行ったシミュレーションについて説明する。
【0026】
このシミュレーションでは、大スパン架構建物Aとして、
図1及び
図2に示すような梁間方向S1に2スパン、桁行き方向S2に6スパンのオフィスを想定している。また、梁間方向S1のスパン長を9.6m、19.2mとし、桁行き方向S2のスパン長を6.4mとしている。なお、梁間方向S1スパン長の19.2mはダクトスペースを含んだものとなっている。
【0027】
そして、
図5に示すように、1階層、梁間方向S1の1スパンを取り出してモデル化した。柱は、階層の中間高さで切り出し、ピン支持とした。また、開高は4.2mとしている。なお、桁行き方向S2は拘束している。
【0028】
さらに、大梁1は、600×300×12×25mmのH形鋼と、900×300×16×28mmのH形鋼であり、合成効果により曲げ合成を2倍にする。また、柱は、750×28mm、750×32mmの2種類の角柱とし、床スラブ2は、D.L.4050N/m
2、L.L.800N/m
2とし、これとは別に大梁1の自重を考慮した。
【0029】
大スパン架構建物の制振構造Bは、下階(一階層)の柱下端から上階(他階層)の床中央に向かって2.88mの位置に方杖材4を斜設し、その上端と上階の大梁1の間に回転慣性質量ダンパー6と同調ばね7を直列に配置した。なお、このシミュレーションにおいて、方杖材4は十分に剛であるものとした。
【0030】
そして、まず、本実施形態の制振構造Bを備えていない場合の固有値解析結果を表1に、1次、2次、3次、4次の固有モード図を
図6に示す。
図6における1次モードは5.7Hzで、大スパン中央部が大きく振動するモードである。
【0032】
一方、表2は制振構造Bの解析モデルの諸元を示している。
【0034】
そして、
図7は、大スパン梁中央(T3)を加振点とし、スウィープ波(4〜7Hz、280sec)を与えた場合の各評価点(T1〜T5)における入力と応答加速度のフーリエスペクトル比を示している。この
図7の結果から、制振構造Bを備えた場合には、固有振動数における増幅が大きく減少することが確認された。
【0035】
次に、歩行荷重を大スパン梁中央(T3)に与えてシミュレーションを行った。荷重レベルは二人歩行を想定して原波の1.5倍としている。荷重波形は
図8に示す通りである。なお、人間の一人歩行から一人小走りでの卓越振動数は1.6〜3.3Hz程度の幅があり、1次固有振動数が5.73Hzであるため、当該部分はその1/2の振動数2.865Hzで倍長共振するおそれがある。このため、本シミュレーションでは、原波形の時間刻みを調節し、卓越振動数が2.865Hzとなるようにした。
【0036】
図9は、歩行荷重を与えることによる加振点(T3)での加速度応答波形を示している。また、
図10は、各評価点(T1〜T5)での加速度応答の1/3オクターブバンド解析結果を示している。そして、この結果から、制振構造Bを備えた場合には、V−90レベルであるが、制振構造Bを備えていない場合には、V−10程度に低下し、本発明に係る制振構造Bを備えることによって、大きな振動抑制効果が得られることが実証された。
【0037】
したがって、本実施形態の大スパン架構建物の制振構造Bおいては、スパンが18m、あるいはそれ以上の大スパン架構建物Aに適用すると、例えば片側の梁端部側にこの制振構造Bを配置するだけで、架構(梁1)や床スラブ2全体の振動性状を大幅に向上させることが可能になる。また、例えば片側の梁端部側にこの制振構造Bを配置することにより、従来と比較し、回転慣性質量ダンパー6の台数を増加させることなく、また、大スパン中央部(T3)での設備配管などとの干渉を避けながら、振動性状を向上させることが可能になる。よって、本実施形態の制振構造Bを居住階に適用すれば、経済性、施工性を向上させつつ、居住性を向上させることが可能になる。
【0038】
以上、本発明に係る大スパン架構建物の制振構造の一実施形態について説明したが、本発明は上記の一実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【0039】
例えば、方杖材や付加振動系を床スラブ(床スラブ)に接続するようにして制振構造を構成するようにしてもよい。この場合においても、本実施形態と同様の作用効果を得ることが可能である。