【文献】
Agranovski V , et.al.,Performance Evaluation of the UVAPS in Measuring Biological Aerosols:Fluorescence Spectra from NAD(P,Aerosol Science and Technology,2004年,Vol.38,pp.354-364
【文献】
Kathiravan A , Renganathan R,Photoinduced interaction between riboflavin and TiO2 colloid,Spectrochimica Acta Part A: Molecular and Biomolecular Spectroscopy,2008年,Vol.71,pp.1080-1083
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
高薬理活性医薬品とは、抗がん剤やホルモン剤に代表される、少量で人体に強い薬効作用を与える医薬品である。例えば、1μg/m
3以下の気中濃度で人体に何らかの生理活性作用をもたらす高薬理活性医薬品もある。このような医薬品の取扱い施設においては、製品の品質管理(コンタミネーション防止)、作業者の健康被害の防止、環境汚染の防止の観点から、製造装置と設備における医薬品粉体の飛散防止(医薬品粉体の封じ込め)対策が重要である。一般には、アイソレータ等の物理的に囲われた封じ込め装置内で作業が行われる。しかしながら、医薬品製造のコストダウンや柔軟な生産体制が求められており、クリーンブースのようなセミオープンな設備(半密閉設備)において医薬品粉体を取り扱うニーズも高い。
【0003】
製造・研究開発の現場では、医薬品粉体の飛散性を把握し、現場環境での封じ込め状態を測定して解析する技術が不可欠である。そして、医薬品粉体が現場環境に飛散した場合の飛散性評価や封じ込め評価(医薬品粉体の飛散状態評価)を行う際に、薬理活性の高い医薬品そのものを使用すると、皮膚への付着や吸引などによって作業者に悪影響が及ぶことが懸念される。このため、医薬品粉体を使用する代わりに、安全性の高い模擬粉体を使用して、その飛散状態を評価することが多い。
【0004】
非特許文献1では、模擬粉体としてラクトース(乳糖)の粉体を用いるSMEPAC法(The Standardized Measurement of Equipment Particulate Airborne Concentration法)が推奨されている。ここで使用されるラクトースは、製薬の賦形剤として用いられる物質であり、人体に無害であり、水に溶けやすく、安定性が良好であるため汎用されている。しかし、測定対象の施設内に飛散させたラクトース粉体を定量分析するためには、高価で大がかりな装置と煩雑な作業が必要である。具体的には、フィルターや拭き取りにより、測定対象施設内に飛散したラクトース粉体のサンプリングを行い、これを分析施設に搬送して、高速液体クロマトグラフやイオンクロマトグラフ等の装置で分析・評価することが行われている。このため、結果を得るまでに数日から1週間程度を要する場合も多く、測定対象の施設内で短時間に評価を行うことが困難である。
【0005】
特許文献1には、粉体の飛散状態評価を行うにあたり、特定粒径のアデノシン5’−三リン酸(ATP)粉体を模擬粉体として利用する発明が開示されている。この発明では、測定対象の施設内にサンプリング用のシートを設置し、ATP粉体を飛散させて、シートに付着したATP粉体を定量分析する。ATP粉体の定量分析には、現場に持ち込み可能な検出装置を用いて行うことができるため、その場で評価結果を得ることができる。簡易な装置で高感度に定量できるATP粉体を模擬粉体として用いることにより、定量測定にかかる手間と時間は改善されつつある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した特許文献1で用いられるATP粉体の検出法は極めて感度が高く、例えばサンプル中にフェムトモル濃度の単位で存在するATPを検出可能であるとされる。
しかしながら、ここまで感度が高いと、1回目の測定後、更に2回目の測定を行う場合、1回目のATP粉体が極微量残留しているだけで、2回目の測定に影響を与えてしまう等の問題が生じうる。また、既存の標準法であるSMEPAC法の測定結果と比較することができないという問題、現場環境で実際に使用される種々の粉体の粒径や粒子密度に合わせたATP粉体を調製することが難しいという問題もある。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑み、高薬理活性医薬品等の粉体に代わる模擬粉体を評価対象の施設内に飛散させて、その飛散状態を評価するために、従来の標準法であるSMEPAC法を同時に実施することが可能であり、検出感度が高い簡易な測定法によって、模擬粉体(粉体)の飛散状態を評価する方法を提供する。
また、その評価方法に使用される模擬粉体、その模擬粉体の製造方法、及びその評価方法により粉体の飛散状態を評価した粉体取扱い施設を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達するために、本発明は以下の手段を提供している。
本発明
に関連する模擬粉体は、粉体の飛散状態を評価するために前記粉体の代わりに用いる模擬粉体であって、ラクトースを含む核粒子に、アデノシン5’−三リン酸(ATP)及びその誘導体からなる群より選択される1以上の化合物が付着された複合化粒子からなることを特徴とする。
前記複合化粒子は、前記核粒子からなる母粒子の表面に前記化合物からなる子粒子が被覆されてなることが好ましい。
前記複合化粒子は、前記母粒子と前記子粒子が高速気流中で衝突し、前記母粒子の表面に前記子粒子が被覆されてなることが好ましい。
前記複合化粒子の粒径は、0.5μm〜30μmであることが好ましい。
【0011】
本発明の模擬粉体の製造方法は、粉体の飛散状態を評価するために前記粉体の代わりに用いる模擬粉体の製造方法であって、
粒子径が0.5μm〜30μmのラクトース
粒子と、
粒子径が100nm〜100μmのアデノシン5’−三リン酸(ATP)及びその誘導体からなる群より選択される1以上の化合物からなる
粒子と
、を
気流中で衝突させることにより、前記
ラクトース粒子と前記化合物からなる粒子とを複合化した、粒子径が0.5μm〜30μmである複合化粒子からなる前記模擬粉体を得ることを特徴とする。
【0012】
本発明の粉体飛散状態評価方法は、粉体の代わりに模擬粉体を用いて前記粉体の飛散状態を評価する粉体飛散状態評価方法であって、
前記製造方法によって模擬粉体を得るステップと、評価対象の空間中に前記模擬粉体を飛散させるステップと、前記空間の所定位置に飛散した前記模擬粉体を回収するステップと、回収した前記模擬粉体
の飛散状態を定量的又は定性的に分析するステップと、を有することを特徴とする。
前記分析は、ルシフェラーゼ、ルシフェリン及び前記化合物を共存させた結果生じる反応を検出することで行われることが好ましい。
【0013】
本発明
に関連する粉体取扱い施設は、粉体を取り扱う空間を備えた粉体取扱い施設であって、前記粉体飛散状態評価方法により、前記空間における粉体の飛散状態が評価されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の模擬粉体によれば、高薬理活性医薬品等の粉体に代えて評価対象の空間中に飛散させることにより、その飛散状態を感度良く検出し、定量的又は定性的に分析することができる。この際、本発明の模擬粉体を構成する粒子は複合化粒子であるため、回収(サンプリング)した単一試料中の模擬粉体を二つの方法で分析することができる。第一の分析方法は、複合化粒子を構成する前記化合物を高感度に検出して分析する方法であり、第二の定量方法は、従来のSMEPAC法によって分析する方法である。これら二つの方法で分析することによって、信頼性の高い結果を得ることができる。また、第一の分析方法は、現場に持ち込み可能な簡易装置で高感度に実施することができるので、測定現場で迅速に、模擬粉体(粉体)の飛散性及び/又は封じ込め性を評価することができる。
【0015】
複合化粒子を構成する核粒子と前記化合物との配合割合を調整することにより、複合化粒子の検出感度を調整するとともに、複合化粒子に、実際の粉体を構成する粒子と同等の粒子密度及び飛散性を付与することができる。
【0016】
複合化粒子が核粒子からなる母粒子の表面に前記化合物からなる子粒子が付着してなる粒子であると、母粒子と子粒子の配合割合を調整することによって、複合化粒子に、実際の粉体を構成する粒子と同等の密度や飛散性を容易に付与することができる。
【0017】
複合化粒子が母粒子と子粒子が高速気流中で衝突し、母粒子の表面に子粒子が被覆されてなる粒子であると、子粒子が母粒子の表面に強固に結合されているため、複合化粒子が飛散中に母粒子と子粒子に分解することが殆ど無い。さらに、模擬粉体を構成する各複合化粒子における母粒子と子粒子の割合がほぼ均一であるため、より正確に模擬粉体の飛散状態を調べることができる。
【0018】
模擬粉体の粒径が0.5μm〜30μmであると、その模擬粉体に、高薬理活性医薬品などの実際の粉体に近い粒度分布や密度を付与することが容易であるため、より正確な評価が可能になる。
【0019】
本発明の模擬粉体の製造方法によれば、ラクトースを含む母粒子の表面を前記化合物からなる子粒子で比較的均一に被覆することができる。この結果得られる複合化粒子において、母粒子と子粒子は比較的強く結合(付着)しているため、飛散中に複合化粒子が母粒子と子粒子に分解することを抑制できる。この複合化粒子を模擬粉体として飛散させることにより、その飛散性に関して信頼性の高いデータを得ることができる。
【0020】
本発明の粉体飛散状態評価方法によれば、前述の複合化粒子からなる模擬粉体を用いることにより、評価対象の空間中に飛散させた模擬粉体を適度に高い感度で検出し、定量的又は定性的に分析することができる。この際、複合化粒子においてラクトースが前記化合物(ATP又はその誘導体)の担体として機能しているため、従来のATPのみからなる粒子に比べて、本発明の模擬粉体中の前記化合物の濃度を減じることができる。つまり、複合化粒子中の前記化合物の濃度がラクトースによって希釈されているため、前記化合物を適度な感度で検出することができる。この結果、本発明の粉体飛散状態評価方法においては、従来方法のようにATP粒子の過剰に高い検出感度が問題になることは殆ど無く、粉体の飛散状態の評価結果を迅速に得ることが可能である。また、複合化粒子を構成するラクトースをSMEPAC法で分析した結果と、複合化粒子を構成する前記化合物の分析結果を相互に参照することにより、より信頼性の高いデータを得ることができる。
【0021】
また、回収した模擬粉体を定量的又は定性的に分析する際、ルシフェラーゼ、ルシフェリン及び前記化合物を共存させた結果生じる反応を検出することで行うことにより、現場で簡便に分析し、その空間における粉体の飛散状態を評価することができる。
また、粉体取扱い施設が備える空間において、粉体が飛散した場合の飛散状態や封じ込め状態を評価することにより、所定の基準を満たすことを確認し、その粉体取扱い施設が粉体を取り扱うことに適しているか否かを判断することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、好適な実施の形態に基づいて本発明を説明する。
【0023】
《模擬粉体》
本実施形態の模擬粉体は、粉体(以下、「対象粉体」という)の飛散状態を評価するために対象粉体の代わりに用いる模擬粉体であって、ラクトースを含む核粒子に、アデノシン5’−三リン酸(ATP)及びその誘導体からなる群より選択される1以上の化合物が付着された複合化粒子からなる。
【0024】
模擬粉体は、例えば、医薬品の製造施設や研究開発施設などの高薬理活性を有する対象粉体の取扱い施設において、この対象粉体が飛散した際の飛散性や封じ込め性などの対象粉体の飛散状態を評価する目的で用いられる。また、高薬理活性医薬品の粉体に限らず、あらゆる対象粉体の飛散状態を評価するために適用可能である。
【0025】
<核粒子>
核粒子の全重量に対するラクトースの含有量は特に制限されないが、模擬粉体を一般的な医薬品粉体(対象粉体)の飛散性に類似させることが容易である観点から、その含有量は、50〜100重量%であることが好ましく、75〜100重量%であることがより好ましく、90〜100重量%であることがさらに好ましい。
【0026】
核粒子を構成するラクトース以外の材料は特に制限されず、公知の賦形剤が適用可能であり、例えばデンプン、デキストリン、サッカロース、グルコース等が挙げられる。
【0027】
模擬粉体を構成する核粒子の粒径は特に制限されないが、例えば0.01μm〜500μmが好ましく、0.1μm〜100μmがより好ましく、0.5μm〜30μmがさらに好ましい。核粒子の粒径が上記範囲であると、一般的な医薬品製造施設等で使用される対象粉体の粒径を模して、当該対象粉体の飛散状態をより精度良く評価することができる。ここで示す粒径は、一次粒径であってもよいし、二次粒径であってもよい。
【0028】
核粒子の粒径、形状、密度等の物性は、医薬品粉体等の実際の粉体に近いことが好ましい。また、核粒子の物性は、従来のSMEPAC法に使用されるラクトース粉体を構成する粒子の物性と同等であることが好ましい。したがって、本実施形態における核粒子として、従来のラクトース粒子を用いてもよい。
【0029】
<化合物>
ラクトースを含む核粒子に付着された化合物は、アデノシン5’−三リン酸(ATP)及びその誘導体からなる群より選択される1以上の化合物である。
ATPは、生物体の生化学反応で利用されるヌクレオチドであり、仮に微量のATPが作業者に吸引される又は付着したとしても実質的な害は殆ど無い化合物である。
ATPの誘導体としては、例えばADP、AMP、cAMPが挙げられる。ADPは、ATP分子を構成するリボースの5’位にリン酸エステル結合を介して連結された3個のリン酸基のうち、リボースから最も遠いγ位のリン酸基が水素原子で置換されたアデノシン5’−二リン酸であり、AMPは、γ位及びβ位の2つのリン酸基が水素原子で置換されたアデノシン5’−一リン酸であり、cAMPは、ATP分子を構成するリボースの5’位及び3’位が1つのリン酸基で環状に連結された環状アデノシン一リン酸である。これらのATP誘導体は、後述する生物発光法によってATPと同様に高感度で検出することができる。
【0030】
ATP及びその誘導体からなる群より選択される1以上の化合物は、精製された純粋なATP及びATP類に限られず、ATP及びATP類の塩や水和物を含む。例えばATP二ナトリウム塩・三水和物が挙げられる。
【0031】
ラクトースを含む核粒子に付着された前記化合物の種類は1種であってもよいし、2種以上であってもよい。
【0032】
<複合化粒子>
複合化粒子を構成する核粒子に付着された前記化合物の形態は特に制限されず、当該化合物の粒子(子粒子)が核粒子(母粒子)に付着した形態であってもよいし、当該化合物が核粒子の表面に層を形成して均一に被覆した形態であってもよいし、当該化合物の一部又は全部が核粒子内に包含された形態であってもよい。
【0033】
複合化粒子の粒径は特に制限されないが、例えば0.01μm〜500μmが好ましく、0.1μm〜100μmがより好ましく、0.5μm〜30μmがさらに好ましい。複合化粒子の粒径が上記範囲であると、一般的な医薬品製造施設等で使用される対象粉体の粒径を模して、当該対象粉体の飛散状態をより精度良く評価することができる。ここで示す粒径は、一次粒径であってもよいし、二次粒径であってもよい。
【0034】
模擬粉体を構成する複合化粒子の粒径は、レーザー散乱式粒度分布測定装置により求めた体積基準平均径である。なお、前述の核粒子の粒径についても同様の方法で求められる。
【0035】
模擬粉体を構成する複合化粒子の粒度分布は特に制限されず、実際の対象粉体の粒度分布に合わせて適宜調整すればよい。例えば、分級によって模擬粉体の粒度分布を調整することができる。粒度分布幅の広い模擬粉体を分級することによって、その粒度分布幅を狭くしてもよい。逆に、粒度分布幅の狭い模擬粉体を複数混合し、粒度分布幅の広い模擬粉体を調製してもよい。
【0036】
模擬粉体は、1種類の複合化粒子のみから構成されていてもよいし、複数種類の複合化粒子によって構成されていてもよい。
【0037】
模擬粉体を構成する複合化粒子の形状は特に制限されず、例えば、種々の多面体、球体又は楕円回転体に近似可能な形状が挙げられる。
模擬粉体を構成する複合化粒子の密度は特に制限されず、実際の対象粉体の密度と同程度になるように適宜調整すればよい。
【0038】
模擬粉体の飛散性は、粒子の密度によって大きく影響される。このため、模擬粉体と実際の対象粉体との密度を近くすることが必要である。この観点から、複合化粒子を構成する核粒子と核粒子に付着させる前記化合物との配合割合を調整することが好ましい。具体的には、複合化粒子の全重量に対する核粒子の重量は、70〜99.999重量%が好ましく、97〜99.999重量%がより好ましく、99〜99.99重量%がさらに好ましい。
【0039】
複合化粒子を構成するラクトース粒子と前記化合物の混合比は、ラクトース又は前記化合物の定量を阻害しない範囲であれば特に制限されない。複合化粒子において、ラクトース粒子の重量が100重量部である場合、前記化合物の重量は0.001〜1重量部であることが好ましい。この範囲であると、ラクトースと前記化合物とが互いに干渉することなく、高精度に定量分析することができる。
【0040】
《模擬粉体の製造方法》
本実施形態の模擬粉体の製造方法は、複合化粒子の形態に応じて選択可能な方法が異なる。以下に、第一の複合化方法と第二の複合化方法をそれぞれ説明する。
【0041】
<第一の複合化方法>
第一の複合化方法は、前記化合物が核粒子の表面に層(コーティング層)を形成してなる又は前記化合物が核粒子の内部に含浸されてなる、複合化粒子の製造方法である。まず、前記化合物が所定の濃度で溶解された溶液を準備し、その溶液を核粒子の表面に均一に塗布する。塗布方法は特に制限されず、粒子と前記溶液とを混合する公知の方法が適用できる。次に、核粒子に塗布された前記溶液の溶媒を除去して、核粒子の表面に前記溶液の溶質である前記化合物を残留させることによって、目的の複合化粒子を得ることができる。この際、核粒子の内部に前記溶液を含浸させることにより、核粒子の内部にも前記化合物を配置することができる。前記溶液の塗布と前記溶媒の除去を行う装置として、例えば、パン・コーティング装置、転動コーティング装置、流動層コーティング装置が挙げられる。これらの装置を用いることにより、核粒子の表面に前記化合物を均一に被覆(コーティング)することができる。
【0042】
<第二の複合化方法>
第二の複合化方法は、前記化合物の粒子(子粒子)が核粒子(母粒子)に付着してなる複合化粒子の製造方法である。この製造方法においては、母粒子の表面に子粒子が比較的強く付着(固着)させることが可能な処理を行うことが好ましい。
【0043】
仮に、子粒子と母粒子とが弱く付着した状態であると、単に子粒子と母粒子を混合した状態に近くなる。このような混合物を評価対象の空間に飛散させた場合、飛散する粒子は複合化粒子の状態を維持せずに分解し、子粒子と母粒子とがそれぞれ独立に飛散する割合(可能性)が高くなる。このように独立して飛散した子粒子と母粒子は互いに異なる飛散性を示すため、対象粉体の飛散性及び対象粉体の飛散性を模した複合化粒子の飛散性とは異なってしまうことがある。
【0044】
子粒子と母粒子とが比較的弱く付着した状態で複合化粒子を製造する方法として、子粒子及び母粒子をミル等で撹拌しながら混合する混合方法、流動層法による混合方法、高速圧縮・せん断型混合機を用いた混合方法等が挙げられる。これらの混合方法では、混合条件を適切に設定することにより子粒子と母粒子を強く付着させた複合化粒子を得たとしても、各複合化粒子における子粒子と母粒子の重量比が異なる不均一な複合化粒子になってしまう可能性が高い。このような不均一な複合化粒子を模擬粉体として使用した場合、定性的な分析及び評価の結果を得ることは可能であるが、定量的に正確な評価結果を得ることは困難である。
【0045】
本実施形態においては、母粒子の表面に子粒子を比較的強く付着させることが可能な乾式粒子複合化技術を適用することが好ましい。この技術によれば、高速気流中に分散させた母粒子と子粒子とを互いに衝突させて、主にその衝突時の衝撃力により母粒子と子粒子とを乾式で固着(固定)し、母粒子の表面の全部又は少なくとも一部を被覆することができる。この方法は母粒子の表面を子粒子によって表面改質して複合化する方法である、と言い換えることができる。
【0046】
乾式粒子複合化技術を用いれば、衝突時の条件を適宜調整することにより、母粒子の表面に子粒子からなる膜を成膜することも可能である。この成膜時には、衝突前の子粒子の形状を維持させることもできるし、衝突エネルギーによって子粒子の形状を変形させることもできる。基本的には、衝突後(複合化後)においても、衝突前の母粒子の形状及び粒子径を維持させることができる。
【0047】
乾式粒子複合化技術による複合化粒子の形成において、母粒子と子粒子を衝突させるチャンバーを冷却し、チャンバー内を窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガス雰囲気にすることにより、子粒子を構成する前記化合物の熱分解や酸化分解を抑制し、複合化粒子の検出感度が損なわれることを防止できる。このような複合化方法は、公知の市販装置で行うことができる。
【0048】
《粉体飛散状態評価方法》
本実施形態の粉体飛散状態評価方法は、対象粉体の代わりに模擬粉体を用いて、対象粉体の飛散状態を評価する粉体飛散状態評価方法であって、評価対象の空間中に模擬粉体を飛散させるステップ(粉体飛散ステップ)と、空間の所定位置で飛散した模擬粉体を回収するステップ(回収ステップ)と、回収した模擬粉体を定量的又は定性的に分析するステップ(分析ステップ)と、を有する。
本実施形態の粉体飛散状態評価方法は、粉体飛散ステップ、回収ステップ及び分析ステップ以外の他のステップ、例えば、模擬粉体の飛散状態を評価するステップ(評価ステップ)を有していてもよい。この評価ステップは公知の方法が適用可能である。
【0049】
粉体飛散ステップにおいて模擬粉体を飛散させる方法は特に制限されず、例えば模擬粉体をロータリードラムに入れて回転させることによって模擬粉体を飛散させる方法、ホッパーから模擬粉体を放出し、更にエアブローを吹き付ける方法等の公知の方法が適用できる。模擬粉体を飛散させる方法は、評価対象の空間の大きさや形態に応じて適宜選択すればよい。
【0050】
以下に、回収ステップ及び分析ステップについて、具体的に二つの方法を説明する。
【0051】
<模擬粉体を回収し、分析する第一の方法>
評価対象の空間に飛散させた複合化粒子からなる模擬粉体は、通常数分〜数時間の間、評価対象の空間中に浮遊している。空間中の空気(気体)をフィルターが備えられた捕集器に導いて、このフィルターで空間中に浮遊している模擬粉体を捕集することができる。捕集後にフィルターを例えば精製水やアルコール等で洗浄することにより、捕集した模擬粉体を洗浄液中に溶解させることができる。この洗浄液中に含まれるATP等の前記化合物の量又はその有無を公知の方法で定量又は検出することにより、捕集位置に浮遊していた模擬粉体を定量的に又は定性的に分析することができる。さらに、洗浄液中にはATP等の前記化合物と正の相関を示す量のラクトースが溶解しているので、SMEPAC法又はそれに準じた液体クロマトグラフィー(HPLC)によって洗浄液中のラクトース量を定量すれば、さらに信頼性の高い結果が得られる。
【0052】
この第一の方法で使用する捕集器としては、上述のフィルターを備えた捕集器に代えて、複合化粒子を溶解可能な溶媒が入ったインピンジャーを捕集器として使用してもよい。
【0053】
<模擬粉体を回収し、分析する第二の方法>
評価対象の空間に飛散させた複合化粒子からなる模擬粉体は、通常数分〜数時間の間、評価対象の空間中に浮遊している。この模擬粉体が落下するのを待ち、その後、評価対象の空間を構成する地面や壁又は前記空間に設置された机等に付着した模擬粉体を定量する。この場合、予めサンプリング用のシートを評価対象の空間の壁等に設定しておき、そのシートに落下した模擬粉体を捕集し、この模擬粉体を適当な溶媒に溶解した溶液を調製し、この溶液中のATP等の前記化合物を公知の方法で定量的に又は定性的に分析することにより、捕集位置に落下した模擬粉体を定量又は定性分析することができる。さらに、前記溶液中にはATP等の前記化合物の量と正の相関を示す量のラクトースが溶解しているので、SMEPAC法又はそれに準じた液体クロマトグラフィーによって前記溶液中のラクトース量を定量すれば、さらに信頼性の高い結果が得られる。
【0054】
検出した模擬粉体を定量的又は定性的に分析することにより、評価対象の空間における模擬粉体の飛散状態を評価することができる。評価対象の空間で取り扱う実際の対象粉体の飛散性と模擬粉体の飛散性が類似していることを前提として、模擬粉体の飛散状態から実際の対象粉体の飛散状態を知り、その飛散状態を評価することができる。
【0055】
また、本実施形態の粉体飛散状態評価方法により、評価対象の空間(第一空間)に隣接する空間(第二空間)に、模擬粒子が拡散しているか(漏出しているか)を評価してもよい。第一空間および第二空間に前記捕集器又は前記サンプリング用シートを設置し、第一空間と第二空間における前記模擬粉体の量又は有無をモニターし、第二空間で検出された模擬粉体の量が、想定範囲内であるか否かを評価することができる。第二空間において模擬粉体が検出されない又は検出量が所定値よりも低ければ、第一空間における模擬粉体の封じ込め性が良好であると判断できる。
【0056】
<ATP等の前記化合物の定量方法>
分析試料中のATP等の前記化合物の定量方法は特に制限されず、公知の方法が適用できる。例えば特許文献1に記載されたルシフェラーゼを使用する方法が挙げられる。ルシフェラーゼは分析試料中のATP等の前記化合物を利用して、発光物質であるルシフェリンが光を放つ化学反応(発光反応)を触媒する酵素の総称である。一般に、その発光量は分析試料中の前記化合物の量に正の相関を示す。予め検量線を準備しておき、ルシフェラーゼと分析試料を混合して、その発光量を測定することによって、分析試料中の前記化合物の量を正確に測定することができる。
【0057】
通常、ルシフェラーゼが発光反応を触媒するためにはマグネシウムイオン等の金属イオンが補因子として必要になる。このため、ルシフェラーゼ、金属イオン及びルシフェリンを分析試料と混合することが好ましい。また、ルシフェラーゼの種類によっては、ATPだけを基質として使用し、前述のATPの誘導体を基質として使用できないものもある。この場合、分析試料中の前記誘導体をATPに変換する処理を行うことが好ましい。この変換処理は公知の方法で行えばよく、例えば特開平9−234099号公報に開示された方法が挙げられる。
【0058】
分析試料中のATPを定量する際、ATPの検出感度が高過ぎる場合には、分析試料を適当な溶媒で希釈することにより、そのATP濃度を下げた後で定量しても構わない。希釈割合としては、例えば10
4〜10
7倍が挙げられる。
【0059】
《粉体取扱い施設》
本実施形態の粉体取扱い施設は、粉体を取り扱う空間を備えた粉体取扱い施設であって、前述した粉体飛散状態評価方法により、空間における粉体の飛散状態が評価された粉体取扱い施設である。この施設に備えられた空間の大きさ(施設の規模)は特に制限されない。粉体取扱い施設としては、例えば、医薬品製造工場における粉体取扱い室、粉体取扱いブース、クリーンブース、グローブボックス、粉体保管室等が挙げられる。
【0060】
薬理活性の特に高い医薬品の許容曝露管理量(OEL:Occupational Exposure Limits)は通例1μg/m
3以下とされている。本実施形態の模擬粉体の飛散状態評価方法は、このような高薬理活性医薬品を対象とした施設(装置、設備)の評価に適用できる。
【実施例】
【0061】
[試験例1]
<模擬粉体1の調製>
ラクトース・水和物(CAS番号:64044−51−5)からなる粉体(100g)と、ATP(CAS番号:56−65−5)からなる粉体(0.1g)とを撹拌装置(奈良機械製作所製、型名:OMダイザー)を用いて混合し、ラクトースからなる母粒子の表面に、ATPからなる子粒子が比較的弱く付着された複合化粒子からなる模擬粉体1を得た。
ここで使用したラクトース粒子の粒子径は約0.5μm〜30μmであり、その比重は約1.5である。ここで使用したATP粒子の粒子径は約100nm〜100μmであり、その比重は約1である。
【0062】
<模擬粉体1の検出>
模擬粉体1を試験空間にほぼ均一に飛散させ、試験空間中の異なる5点において模擬粉体を捕集した試料1〜5を得た。これらの試料に含まれるATP量をルシフェリン・ルシフェラーゼ反応による公知の方法で定量した。その結果、表1に示す通り、模擬粉体1を試験空間にほぼ均一に飛散させているにも関わらず、ATP量は各点によって大きく異なっている。これは、模擬粉体1を構成する個々の複合化粒子において、その表面に付着したATP量が異なっているため、又は、飛散中に複合化粒子の一部が母粒子と子粒子に分解したため、であると考えられる。したがって、模擬粉体1を使用して、評価対象の空間における対象粉体の飛散状態を定性的に調べる(対象粉体の有無を調べる)ことは可能であるが、その飛散状態を定量的に調べることは困難であることが分かる。
【0063】
【表1】
【0064】
表1に示す各数値の単位はRLU(Relative Light Unit)である。表1のControlは、ラクトース100重量部とATP0.01重量部を均一に混合した試料を同様に測定したときの発光量である。
【0065】
[試験例2]
<模擬粉体2の調製>
ラクトース粉体とATP粉体を高速気流中で衝突させて複合化する乾式粒子複合化法によって、母粒子であるラクトース粒子の表面に子粒子であるATPが比較的強く固着した複合化粒子からなる模擬粉体2を得た。模擬粉体2の体積平均径は約6μmであった。
【0066】
模擬粉体2の調製には、試験例1で用いたものと同じラクトース粉体とATP粉体を使用し、乾式粒子複合化装置(奈良機械製作所製、型名:ハイブリダイザー1型)を用いて、衝突チャンバー温度を40〜70℃に設定し、チャンバー内雰囲気ガスを一般室内空気とし、ローター回転速度8000rpmの条件で複合化した。
【0067】
<模擬粉体2の検出>
模擬粉体1の場合と同様に、模擬粉体2を試験空間にほぼ均一に飛散させ、試験空間中の異なる5点において模擬粉体を捕集した試料1〜5を得た。これらの試料に含まれるATP量をルシフェリン・ルシフェラーゼ反応による公知の方法で定量した。表1に示す通り、試験空間の各点で検出されたATP量はほぼ等量であった。この結果は、模擬粉体2を試験空間にほぼ均一に飛散させたことと一致する。すなわち、模擬粉体2を評価空間に飛散させて、所定位置のATP量を検出することにより、その評価空間における模擬粉体の飛散状態を定性的に調べるだけでなく、その飛散状態を定量的に正確に評価できることが分かる。
【0068】
<SMEPAC法による、ATPと共存するラクトースの定量>
ラクトース濃度1μg/Lの水溶液に、最終的にラクトースに対するATPの重量比が0.1%、0.01%、0.001%となるようにATPを添加した3種の水溶液A1、A2、A3を調製した。これらの水溶液A1〜A3のラクトース濃度をSMEPAC法に準じてHPLCで測定したところ、いずれの水溶液も1μg/L濃度のラクトースを含有することが確認できた。
同様に、ラクトース濃度5μg/Lの水溶液に、最終的にラクトースに対するATPの重量比が0.1%、0.01%、0.001%となるようにATPを添加した3種の水溶液B1、B2、B3を調製した。これらの水溶液B1〜B3のラクトース濃度をSMEPAC法に準じてHPLCで測定したところ、いずれの水溶液も5μg/L濃度のラクトースを含有することが確認できた。
これらの結果から、ラクトースとATPの混合試料において、ラクトース/ATPの重量比が1000〜100000の範囲であれば、SMEPAC法によるラクトース定量にATPが影響を及ぼさないことが明らかである。
【0069】
以上で説明した各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。