特許第6143163号(P6143163)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6143163
(24)【登録日】2017年5月19日
(45)【発行日】2017年6月7日
(54)【発明の名称】弾性組織様構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/22 20060101AFI20170529BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20170529BHJP
   A61L 27/56 20060101ALI20170529BHJP
【FI】
   A61L27/22
   A61L27/38 110
   A61L27/56
【請求項の数】3
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2013-59440(P2013-59440)
(22)【出願日】2013年3月22日
(65)【公開番号】特開2014-183886(P2014-183886A)
(43)【公開日】2014年10月2日
【審査請求日】2016年3月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(72)【発明者】
【氏名】宮本 啓一
(72)【発明者】
【氏名】堀内 孝
(72)【発明者】
【氏名】水谷 直紀
【審査官】 小堀 麻子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−312663(JP,A)
【文献】 特開2009−040713(JP,A)
【文献】 国際公開第02/096978(WO,A1)
【文献】 国際公開第2009/105820(WO,A1)
【文献】 Biomacromolecules,2008年,Vo.9, No.1,p.222-230
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも凝集特性の異なる2種類の水溶性エラスチンと、水溶性架橋剤と、細胞懸濁液と、凝集促進剤とを含み、
前記凝集特性の異なる2種類の水溶性エラスチンと、前記水溶性架橋剤と、前記細胞懸濁液と、を40℃以下で混合した後、前記凝集促進剤を混合して得られるエラスチンゲルの弾性組織様構造体で、該エラスチンゲルの弾性組織様構造体が細胞を包埋し、かつ該細胞が移動できる細孔を有することを特徴とするエラスチンゲルの弾性組織様構造体の製造方法
【請求項2】
前記水溶性エラスチンが分子量1〜5万のアイソタイプ型エラスチンのうちの2種類を選択し、総エラスチン濃度が20〜40重量%で、
前記水溶性架橋剤が親水性の活性エステル基を両端に持ち中央部に疎水性分子を有する二官能性カルボン酸エステル架橋剤であり、且つ、遊離アミノ基のモル数に対して0.5〜2倍量で混合し、該細胞懸濁液に用いる細胞は弾性組織内に存在する接着性細胞で、血管平滑筋細胞、肺線維芽細胞、皮膚線維芽細胞、靭帯線維芽細胞、間葉系幹細胞、骨芽細胞 、軟骨細胞から一つまたは複数選択し、
前記凝集促進剤が炭酸水素ナトリウムで、混合液の最終pHを6〜9の範囲とすることを特徴とする請求項1に記載のエラスチンゲルの弾性組織様構造体の製造方法
【請求項3】
前記アイソタイプ型エラスチンのうち1種類を凝集性の強い分画エラスチンA、エラスチンB、エラスチンCおよびエラスチンDから選択し、他の1種類を凝集性の弱い分画エラスチンEを選択し、40℃以下で混合して得られるエラスチンゲルの弾性組織様構造体で、細胞が移動可能な孔径1〜10マイクロメートルの連続的な多孔質構造を有することを特徴とする請求項1に記載のエラスチンゲルの弾性組織様構造体の製造方法














【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養または組織培養のための弾性組織様構造を有する三次元培養器材で、培養する細胞に培養液とエラスチンを含むゲル化溶液を同時に混合し、通常の培養条件下に静置することで自己組織化し、細胞を包埋した三次元の弾性組織様ゲルを形成させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養・組織培養法は生命現象の解明や疾患の原因解明、創薬などの治療法開発などにおいて重要な知見を与えてくれる研究方法として、バイオ関連技術に欠くことのできない基本技術である。また近年では、臓器不全などの疾患に対し従来では治療が困難であった領域に対して、未分化細胞を始め多能性幹細胞などの多種・多様な細胞を用いて組織を再生することで、治療を目指す再生医療技術が提案・開発されている。この生体組織を再生する技術開発あるいは再生現象の科学的な知見のための研究にも、多くの細胞培養・組織培養技術が利用されている。
【0003】
従来用いられている細胞培養技術は、その多くが培養フラスコや培養シャーレといった二次元平面的なプラスチック製表面に細胞を接着させて培養する方法が一般的である。しかしながら、生体組織は三次元的な構造を有し、二次元的な環境から得られる情報では限界がある。そのため、三次元的な細胞足場材料を用いた細胞培養法が考案され、それに伴い利用可能な多くの材料や技術が開発されている。
【0004】
例えば酸性抽出した水溶性コラーゲンを中和し、低温下で細胞培地および血清などと組み合わせ0.3〜1.0mg/mlの濃度に調整し、5%COインキュベーター内で37℃に静置することで、自己組織化ゲルを作成して三次元的に培養する方法(非特許文献1)、アガロースゲル中で軟骨細胞を三次元培養して分化表現型を維持させる方法(非特許文献2)、アルギン酸溶液に、2価カチオンであるカルシウムを添加することでゲル化することを利用した細胞封入型培養方法(非特許文献3)などの天然高分子を用いる方法が知られ、現在でも多くの研究実験で用いられている。
【0005】
また合成高分子においても多くの種類が試みられ、特に繊維メッシュや発泡体に加工した三次元構造体のポリ乳酸(PLA)およびポリグリコール酸(PGA)(非特許文献4,5)や、ポリビニルアルコール(PVA)(非特許文献6)などを用いた細胞培養方法が報告され、組織再生の足場として利用されている。
【0006】
特に古くから多くの研究に用いられているコラーゲンゲルは、コラーゲンの濃度が1%程度の低い状態で利用するために、細胞を包埋した状態で培養すると、ゲルの体積収縮が生じ、形状を維持することが難しいという問題が知られている。一般に、細胞懸濁液と混同し作成した初期の自己組織化コラーゲンゲルの体積の約30倍以上も収縮し、培養中の形状を維持できない。
【0007】
アガロースゲルではゲル化させる際に一般的には60℃以上の高温が必要である点に加えて、ゲル内部の細孔が小さく分解されにくいため、培養中の細胞の移動や生育が困難になる。アルギン酸は、ゲル化させる際のカルシウム濃度による細胞障害が生じる点と、培地中にカルシウムが拡散することで、徐々にゲル強度が低下し最終的には溶解するという問題等がある。
【0008】
更に、ポリ乳酸などの合成高分子系の足場材料では、一般的に細胞をほとんど付着・接着させることが出来ないため、本質的に細胞足場材としての機能が果たせない。そこで細胞接着を高めるために、細胞表面と相互作用を有することで知られるコラーゲンや、細胞接着ペプチドとして知られるRGD(アルギニン―グリシン―アスパラギン酸)配列を有するペプチドを、合成材料表面にコーティングや、化学的に結合させるなどの改質による工夫が施されてはじめて三次元細胞培養器材として利用可能になる。しかしながら、このようにして作成された細胞足場は、生体内環境を再現した足場材料とは言い難く、特に組織再生研究においては誤った研究結果を導く危険性がある。
【0009】
通常、細胞はその細胞膜表面に存在する受容体分子(レセプター)と足場材料との結合反応を利用して、接着・伸展・遊走および増殖・分化などの主要な細胞活動を開始する。本来、生体に存在しないまたは接着性を有しない材料中での細胞培養は、単に物理的に三次元空間に留めて培養しているにすぎず、あるいは生体における接着経験の無い異物としての材料との接触を続けながら培養する、いわば非生理環境を提供していることになる。
【0010】
一方で、生体組織は細胞と細胞外基質とよばれる環境物質から構成され、細胞は三次元的な細胞外基質内に接着・結合して高度に複雑に組織化している。この細胞外基質の骨格を構成する重要なタンパク質は、膠原繊維の主成分であるコラーゲンと弾性線維の主成分であるエラスチンである。その他にも直接構造には関与しないが細胞外基質成分として存在する接着分子、例えばフィブロネクチン、テネイシン、ラミニンなどのタンパク質や、ヒアルロン酸、コンドロイチン、ヘパラン硫酸などを含むプロテオグリカン類から構成されていることが知られる。
【0011】
多くの細胞ではこうした細胞外基質分子を認識するレセプターが細胞表面に発現しているため、どのような足場環境で細胞が接着し培養させるかが、生体組織を再生させる研究を左右する基幹技術になることが充分予想される。
【0012】
生体内に存在する細胞外基質分子を用いた例では、先述したようにゲル形状は縮小するがコラーゲンゲルによる三次元培養による毛細血管構造の再生の例(非特許文献7)などが知られ、三次元培養ならではの組織再生効果が確認されている。生体組織のコラーゲンは主に骨や腱などの剛性を担う組織に多い。それに対して生体組織の弾性や伸縮性を担う部分にはエラスチンを多く含む。例えば、脈拍の動きに連動する血管の中膜、尿を貯蔵する際に拡張する膀胱壁、呼吸運動を担う肺包、関節の安定した動きを調節する靭帯など「生体の動き」に重要な弾性組織には、エラスチンの存在比率が多いことが知られている。
【0013】
一般に多くの生体組織は何らかの運動を伴う生命活動を行うため、細胞を取り巻く環境にはコラーゲンのみではなく伸縮性・弾性をになうエラスチンの存在も重要と考えられている。しかしながら、従来三次元培養を行う場合の一般的な選択肢は、コラーゲンゲルと前述した生体には存在しない天然ハイドロゲルか合成高分子を、いわば細胞外基質の代用品として用いてきた。即ち、エラスチンによる三次元細胞培養ゲルは存在しなかった。ただし、ここで述べる三次元ゲルとは、細胞を包埋した状態でゲル化させ、更に生体組織と同様な足場の伸縮性までを再現する自己組織化型の弾性組織様のゲルを限定している。
【0014】
つまりエラスチンを基本とした自己組織化型のゲルは、現在の細胞培養研究には必要不可欠の素材であるにもかかわらず、その技術は達成されていない。
【0015】
これまでにエラスチンが材料化されなかった大きな理由の一つとして、本申請者らはエラスチンの生体組織からの抽出と水溶化が困難な点と、再度ゲルとして材料化する際の架橋方法が困難であった点にあると考えている。エラスチンは多くの場合生体組織の中でもその含有率が高い部位、例えば靭帯、血管等から抽出することで水溶性エラスチンとして得られるが、エラスチン独特の凝集現象であるコアセルベーションの性質が残存する方法によって抽出された素材のみが、自己組織化ゲルに適し、抽出の際に分解が進みすぎると、水溶性は向上するが、自己組織化ゲルには適さない素材にしかならない。
【0016】
またゲル化する際には、一般的に用いられる方法として化学架橋法が知られる。例えば、水溶性カルボジイミド(WSC)法、グルタルアルデヒド等によるシッフ塩基による架橋法またはエポキシ化合物による架橋法が選択しやすく、また架橋剤も入手しやすく扱いやすい。しかしながら、こうした架橋剤の多くはエラスチンの伸縮性を再現させるためには不向きで、逆に硬化することが知られていた。
【0017】
本発明者らはこれまでに、エラスチンを生体組織から抽出する際に、できるだけ分解を抑えることで高分子性を残した水溶性エラスチンを作成し、さらにその物性による分画精製を行い、材料化が容易なアイソタイプ型エラスチンを得ることに成功している。更に特許文献1では、伸縮性を維持させた状態で架橋可能な化学架橋剤を作成し、これによりエラスチンを用いた弾性組織様ゲルの作成方法を開示している。
【0018】
しかしながら、このエラスチン成形体は50℃以上の高温で加熱した条件でゲル化させる方法であることから、ゲル中に細胞を含ませた状態での包埋化には向いていない。
【0019】
また、特許文献2にはエラスチン架橋体が開示されているが自己組織化ゲルではない。特許文献3にはエラスチンを模倣した温度応答性のポリマーが開示されているが、類似ペプチドでありエラスチンでなく且つ細胞包埋ゲルでない。
【0020】
一方細胞包埋ゲルでは特許文献4でヒト線維芽細胞がコラーゲンゲル内に包埋された細胞包埋コラーゲンゲルが開示され、特許文献5では自己組織化によりグリコサミノグリカンにプロテオグリカン、コラーゲンが凝集し網目構造が構築される方法が開示されているが、いずれもコラーゲンを主体とした自己組織化ゲルで、エラスチンを主体とする細胞包埋可能な弾性組織様構造物では無い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【特許文献1】WO2002/96978
【特許文献2】特開2011−505968
【特許文献3】特開2011−104563
【特許文献4】特開2007−287658
【特許文献5】特開2012−118647
【特許文献6】特開2009−040713
【非特許文献】
【0022】
【非特許文献1】Bell, E ら Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A. 76, 1274 (1979) Production of tissue-likestructure by contraction of collagen lattices by human fibroblasts of differentproliferative potential in vitro.
【非特許文献2】Benya,P.D.ら Cell(Cambridge, Mass.) 30, 215-224 (1982)Dedifferentiated chondrocytes reexpress the differentiated collagen phenotypewhen cultured in agarose gels.
【非特許文献3】Lim,Fら Science 210, 908-910 (1980) Microencapulated islers as bioartificialendocrine pancreas.
【非特許文献4】Mikos,A.G.ら J. Biomed.Mater.Res. 27, 183-189 (1993) Preparation ofpoly(glycolic acid) bonded fiber structures for cell attachment andtransplantation.
【非特許文献5】Lo.Hら J.Biomed.Matter.Res.30, 475-484 (1996) Poly(l-lactic acid) foamswith cell seeding and controlled release capacity.
【非特許文献6】Cascone,Mら J.Mater.Sci.:Mater.Med. 6, 71-75 (1995) Evaluationof poly(vinyl alcohol) hydrogels as a component of hybrid artificial tissues.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
これまでに、細胞にダメージを与えずに、細胞を包埋した状態で、なおかつ細胞が移動できる連続的なマクロな孔が存在し、三次元培養が可能な自己組織化型の弾性組織様ゲルを作成する方法に関しては知られていない。
【0024】
本発明において解決しようとする課題は、上述の公知の技術が抱える問題点を解決することであり、具体的には、伸縮性のある弾性組織の細胞外環境をその主成分であるエラスチンの成形体を用いることで再現し、細胞培養条件下で細胞を安全に包埋でき、細胞が移動できるスペースを確保した連続的な孔を有した状態で、長期間にわたり三次元的に培養することが可能な弾性組織様構造体およびこれを含む医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明者は上記の課題を解決するため、本発明者が従来から研究開発している水溶性エラスチン(特許文献1)を基本技術として、加えてこれを改良することにより本発明に達した。ちなみに本基本技術は、水溶性エラスチンに対し水溶性架橋剤を加え、80℃以上の高温で加熱することでコアセルベーションを起こさせ、弾性特性を有するゲルを短時間で作成する方法であった。
【0026】
しかしながら、この方法では弾性特性を有するエラスチンゲルを作成することはできるものの、形成されたゲルには多数の貫通していない孔があるスポンジ状構造であることから、細胞の移動や侵入が非常に困難な培養用器材であった。またゲル化に必要な最低条件として温度を50℃と細胞が生育できない環境まで上げないといけないため、細胞包埋状態で三次元的に培養する器材にはならない。
【0027】
本発明者らの他の技術である特許文献6においては、エラスチンをファイバー上に成形加工することで材料内部に細胞を侵入させることを可能にしているが、細胞を包埋した状況でゲル化させる方法では無く、加えて形状が維持できない。
【0028】
また弾性的物性を考慮しないのであれば、グルタルアルデヒドやジエポキシ化合物などの一般的な化学架橋剤により低温でエラスチンゲルが作成できる。しかしながら、グルタルアルデヒドやジエポキシ化合物によるゲル化は、伸縮性がない(最大伸長率が50%以下)エラスチンゲルが作成されることが知られており、弾性組織を再現する材料(最大伸長率が100%以上)とは言えない。加えてこれらの架橋剤では細胞毒性も指摘されている。
【0029】
そこで、本発明者らは従来のゲル化条件であるエラスチン濃度が40重量%では、80℃以上の高温で生じるエラスチンが自己組織化するコアセルベーション現象に注目し、この凝集現象のエネルギーを低下させる、即ちコアセルベーション温度を低下させる工夫を行うことで、発明者らがこれまで高温でしか達成できなかった伸縮性・弾性のあるエラスチンゲル化を40%の濃度でも37℃の体温環境下で進行することを見出した。
【0030】
加えて、本発明者らの発明であるアイソタイプ型水溶性エラスチンを2種類以上用いることで(例えばエラスチンAとエラスチンE)、混合した溶液中にミクロな相転移現象を引き起こしながらゲル化し、材料中にゲル化する場所とゲル化しない場所を形成させ、その結果ゲル化後に、ゲル化していない部分を洗浄することでエラスチンゲル内部に細胞の移動が可能な程度の孔を形成することが分かり、以上の2つの技術を組み合わせることで本発明を完成させた。
【0031】
また本発明は、細胞を包埋し、細胞の増殖・移動が可能な連続的な細孔を有するエラスチンゲルを形成でき、かつ細胞培養が可能であることから、弾性組織様構造を作成することが可能で、動脈や肺、靭帯などの弾性組織修復材料や弾性組織代替材料などの医療用材料としての応用が期待できる。
【発明の効果】
【0032】
弾性組織由来細胞を包埋した状態で作成した細胞包埋型エラスチンゲルを用いて、細胞培養することで弾性組織様構造を生体外で作成でき、その結果、事故や病気等で失われた弾性組織の修復用組織や代替用組織としての利用が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】エラスチンゲル化前溶液(ゲル化前の透明なエラスチンAプレゲル溶液、液面が傾いている)。
図2】エラスチンゲル化後溶液(ゲル化後のエラスチンAプレゲル溶液で、コアセルベーションにより透明性が無くなり液面の傾きがなくなっている)。
【発明を実施するための形態】
【0034】
本発明の第一の主題は、細胞が生存できる40℃以下の温度条件下において、弾性組織の細胞外基質成分が自己組織化し3次元的にゲル化する技術に関する。そのひとつの方法として、水溶性エラスチンの持つ凝集能すなわちコアセルベーション挙動を利用することで効果的に達成させることが可能である。具体的には凝集特性の異なる水溶性エラスチンを、不溶性エラスチンを酸分解する際に、順次分画することにより凝集温度が高い分画(エラスチンE)から凝集温度が低い分画(エラスチンA)に分類して回収することか可能で、その結果以下の5種類のアイソタイプ型エラスチンを製造できる。
【0035】
各アイソタイプ型エラスチンの1重量%における凝集温度は以下のとおりである。なお、凝集温度とは溶液に対する光の透過率が10℃における透過率を基準とした場合、その50%が減少する温度を定義している。エラスチンAで22.5℃以下、エラスチンBで22.6〜25℃、エラスチンCで25.1〜30℃、エラスチンDで30.1〜35℃およびエラスチンEで35.1℃以上の凝集温度である。このうち、エラスチンゲルが作成できるのがエラスチンA〜D、ゲル化できないのがエラスチンEである。ゲル化するために必要なエラスチン濃度は約20〜40重量%である。通常、凝集温度はエラスチン濃度とともに上昇し、この濃度条件ではエラスチンA〜Dの凝集温度は約60〜80℃以上になる。またエラスチンEでは凝集温度は100℃以上になる。
【0036】
自己組織化を促しゲル化させるためには、凝集すなわちコアセルベーションすることが必要である。細胞にダメージを与えない温度で且つ、凝集を促進するために種々の添加物の影響を検討した結果、炭酸ナトリウムをゲル溶液に添加することで、凝集温度を低下させることができることがわかった。また凝集温度を低下させるのみの目的であれば、トリエチルアミンなどの塩基性試薬でも同様の効果をもたらす事が可能であるが、細胞を包埋した状況では、アミン系試薬は細胞毒性が強く細胞へのダメージが大きく使用できない。
【0037】
更に本発明において用いられる水溶性エラスチンを、架橋剤で架橋するエラスチン架橋体は、特許文献1に記載の方法で製造できる。好適な水溶性エラスチンの架橋剤は、下記の一般式で表される。
【化1】
式中、 R1、R3は下記の構造式で表される<A>または<B>の何れかであり、R1とR3とは同じであっても異なっていてもよく、
【化2】

4、R5はH、CH3、C25のいずれかであり、R4とR5とは同じであっても異なっていてもよい。
【化3】

2は下記の構造式で表される<C>または<D>の何れかで表される化合物であり、
【化4】

nは1〜20までの整数である。
【化5】

m、lは0〜15までの整数であり、X、Yは、CH2またはOの何れかであり、XとYとは同じであっても異なっていてもよく、ZはCまたはNの何れかであり、R6、R7、R8、R9は、H、CH3、C25の何れかであり、それぞれ同じであっても異なっていても良い。
【0038】
本発明の第二の主題は、細胞包埋型エラスチンゲル内部に細胞が移動可能な、連続貫通型の細孔を有する弾性組織様構造体の作成技術に関する。本発明で用いるアイソタイプ型水溶性エラスチンは、凝集温度が異なるがもともとは同じ不溶性エラスチンから派生した分解産物であるため、一部エラスチン同士の相互作用が生じる。一般的には、凝集性質の異なる2種類のタンパク質の混合ではミクロ相分離現象が生じる。本発明においてエラスチンのコアセルベーション時に、同一のクラス内での凝集(エラスチンAとエラスチンA)および異なるクラス内(エラスチンAとエラスチンE)での凝集が生じると考えられる。
【0039】
そのため、エラスチンAとエラスチンEの2種類を選択し混合した場合は、エラスチンAの組成比がエラスチンEより多い場合は、エラスチンAの海にエラスチンEの島状構造体がある海島構造の分離状況で、エラスチンEが多い場合はこの逆状況が発生する。この状態でのエラスチンEの組成濃度は10〜50%程度、より好適には10〜20%程度である。相分離したエラスチンEの凝集部分は、水溶性エラスチンの架橋剤を用いたゲル化反応が生じない分画であるため、エラスチンAの領域が自己組織化型ゲルになり、全体的にゲルが生じる。エラスチンEの部分は、ゲル化後の洗浄中にゲルのミクロな網目構造から拡散で除去できる。これにより、連続した貫通孔が発生する。
【0040】
本発明の第三の主題は、上述のように作成した細胞包埋型エラスチンゲルの細胞培養器材として使用する技術に関する。水溶性エラスチンの中でも、特に分子内にデスモシン構造などの架橋部位濃度が少ないエラスチンEあるいはエラスチンDでは、細胞表面上のエラスチンレセプターとの結合性が大きく、エラスチンの産生刺激を与えやすい。エラスチンの細胞表面への接着領域としてVal−Gly−Val−Ala−Pro−Gly(バリン―グリシン―バリン―アラニン―プロリン―グリシン)などのエラスチン上のアミノ酸配列が知られている。一方で、分子内架橋構造が多いエラスチンAでは、立体的な拘束のため、こうした特定アミノ酸配列と細胞表面レセプターの結合ができない状況にあると考えられ、これはすなわち本技術により、細胞を包埋した状況下は弾性組織中のネイティブなエラスチン構造を再現しているとみなせる。
【0041】
なぜなら、エラスチンは細胞内ではトロポエラスチンとして生合成され、細胞外でリシルオキシターゼなどの酵素による媒介で、デスモシン架橋構造が形成されマイクロフィブリルと呼ばれる微細線維上で繊維化し、弾性組織に変換され成熟したエラスチン組織になる。新陳代謝や炎症時には周辺細胞からのエラスチンの産生が促され、同時に、周辺組織や炎症細胞からのエラスチンの分解酵素の産生を活発にし、エラスチン分解産物を弾性組織内部に蓄える。つまり、細胞包埋型のエラスチンゲルには、本来のこうした通常に近い生体内弾性組織環境を再現していると考えられ、このことが再生医療研究や弾性組織再生の研究を行う上で従来にない重要な培養器材になりうる点である。
【0042】
上述のようにして、弾性組織様のゲル上構造物を、欠損した組織の組織修復用材料として利用したり、組織代替用材料として利用する手法としては、種々の形態が考えられるが、例えば動脈血管の弾性組織部分である中膜構造を再建し、内側に血管内皮細胞を播種した状態で人工血管として用いる方法や、やけどや怪我などで欠損した皮膚真皮層に充填して弾性組織を修復する方法が考えられる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例をもって本発明を詳細に説明するが、以下によって示される方法は、作用確認において用いたものであり、これに限定されるものではなく、その要旨を変更することなく様々に改変して実施することができる。
【0044】
製造例1:水溶性エラスチンの作製
豚大動脈由来の不溶性エラスチン(ECML社製)10gに対し0.25Mシュウ酸を45ml加え100℃で1時間加熱した。分解反応液を氷水で冷やした後3,000rpmで10分間遠心分離し不溶部分を集めた。この不溶部分に0.25Mシュウ酸を30ml加え100℃で1時間加熱した。加熱後に溶液を冷却し、遠心分離した後不溶部分を集めた。以上の操作を繰り返し、不溶部分がシュウ酸水溶液を含み膨潤する状態になるまで、可溶部分を除いた。5〜6回程度でこの状態になる。その状態に再度0.25Mシュウ酸を加え100℃に加熱することで分解した分画を、同様に冷却後、遠心分離して上澄み液を集め、更に10%水酸化ナトリウムでpHが5〜6程度になるまで中和した。中和の際に発生する沈殿を除去した後、カットオフ分子量が10,000〜14,000の透析チューブを用い、4℃に冷却した脱イオン水に対し透析を行い、シュウ酸および低分子化したエラスチン分解物を除去した。以上の操作を加熱処理ごとに分けてその分画を精製し、凝集温度の測定によりクラス分けを行った。透析後の溶液を孔サイズが0.45μmのフィルターで吸引ろ過し、ろ液を凍結乾燥して水溶性エラスチンを得た。精製した水溶性エラスチンは、1%水溶液の凝集温度により表1の条件で分類した。
【0045】
凝集温度は光学用測定セルに溶液をいれ10℃から1℃/分で上昇させ、620nmのレーザー光を照射しその透過光強度が50%になる温度と定義した。
【表1】
【0046】
各水溶性エラスチンの数平均分子量はHPLCシステム(トーソー社製)により算出した。またエラスチンAを用いてエラスチン濃度を1%から50%まで変化させて同様に凝集温度を測定した結果を表2に示した。濃度が上昇するに伴い、凝集温度が上昇した。30%以上から凝集温度が上昇し40%濃度では40℃以上になることが分かった。また60%を超えると100℃においても凝集しなかった。
【表2】
【0047】
製造例2:水溶性架橋剤の製造
水溶性エラスチンを用いてエラスチン構造体を作製するための化学架橋剤を以下のように作製した。この方法は、ドデカンジカルボン酸(DODE)のカルボキシル基を4−ヒドロキキシフェニルジメチル−スルホニウムメチルサルフェート(以下DSP)により活性エステル化させるものである。具体的には1モルのドデカンジカルボン酸と2モルのDSPおよび2モルのジシクロヘキシルカルボジイミド(以下DCCD)をアセトニトリルに溶解し25℃で5時間撹拌し反応させる。反応過程で生じたジシクロヘキシル尿素をガラスフィルターで除去した。更に反応溶液(ろ液)をエーテルに滴下して固化させた。該固形物を減圧乾燥して目的の架橋剤(DODE−DSP)を得た。化学構造および純度は1H−NMRにより確認した。
【0048】
実施例1:自己組織化型ゲルの製造−1(水溶液および添加物濃度の影響)
自己組織化型とはコアセルベーション現象(凝集)を伴うことを意味する。その状態でゲル化させる方法は以下のように行った。30%の水溶性エラスチンAの水溶液に、製造例2にて作成したDODE−DSP架橋剤をエラスチンの総アミノ基モル数に対して3倍で添加し撹拌する。その際、反応促進・凝集促進のために炭酸2ナトリウム(NaCO)またはトリエチルアミン(TEA)を加え、細胞培養用12穴プレートに流し込み、37℃インキュベーター内に静置した。溶液の流動性が消失した時点をゲル化と定義し、その時間をゲル化時間とした。ゲル化前の溶液の状態を図1に示す。液面が傾いているのがわかる。ゲル化後の溶液の状態を図2に示す。凝集してゲル化したために透明では無くなり液面も傾いていないのがわかる。
【0049】
表3に溶液の濃度条件に対しての、pH、凝集温度およびゲル化に要した時間の結果を示す。添加物の濃度が高くなることで、溶液のpHが上昇し、それに伴い凝集温度も上昇することがわかった。溶液のpHが上昇するに伴い、ゲル化時間は短縮されていくことが分かる。
【表3】

【0050】
実施例2:自己組織化型ゲルの製造−2(培地および添加物濃度の影響)
ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)細胞培養液で30%のエラスチンAを作成し、製造例2にて作成したDODE−DSP架橋剤をエラスチンの総アミノ基モル数に対して3倍で添加し撹拌する。その際、反応促進・凝集促進のためにNaCOまたはTEAを加え、細胞培養用12穴プレートに流し込み、37℃インキュベーター内に静置し,その時間をゲル化時間とした。表4にその濃度条件およびゲル化に要した時間の結果を示す。添加物の濃度が高くなることで、ゲル化時間は短縮されていくことが分かる。この結果から最短時間10分でゲル化する条件がわかった。
【表4】
【0051】
実施例3:自己組織化型プレゲル溶液の浸透圧
細胞を包埋した条件下での使用を想定するため浸透圧の確認を行った。DMEM細胞培養液で30%の水溶性エラスチンAを作成し、反応促進・凝集促進のためにトレハロースまたはNaCOを加え、この溶液の浸透圧(mOsm)を凝固点降下法による測定から算出した。表5にその濃度条件に対する浸透圧および凝集温度を示す。添加物の濃度が高くなることで、浸透圧と凝集温度が上昇することが分かった。トレハロースの添加効果は、濃度が高くなるとNaCOとは大きく異なり、浸透圧は上昇したが凝集温度が低下することがわかった。
【表5】
【0052】
実施例4:自己組織化型ゲルの製造−3(架橋剤濃度の影響)
DMEM細胞培養液で30%のエラスチンAを作成し、製造例2にて作成したDODE−DSP架橋剤をエラスチンの総アミノ基モル数に対して0.05〜1倍で添加し撹拌する。反応促進・凝集促進のためにNaCOを86.5mM加えた。表6に架橋剤濃度条件に対するゲル化時間を示す。架橋剤濃度が高くなることでゲル化時間が短縮することが分かった。
【表6】
【0053】
実施例5:自己組織化型ゲルの製造−4(弾性率測定)
DMEM細胞培養液で30%のエラスチンAを作成し、DODE−DSP架橋剤をエラスチンの総アミノ基モル数に対して3倍で添加し撹拌する。反応促進・凝集促進のためにNaCOを86.5mMおよびトレハロース300または600mM加えた。ゲル化時間は1時間とし、ゲル化後の弾性率を、引っ張り試験機にて測定した。測定条件は、試験片が直径1mm長さ1〜2cmで、引っ張り速度を0.1mm/secで行い、応力ひずみ曲線の比例関係の部分から傾きを求めることで算出するヤング率を測定した。表7に結果を示す。600mMのトレハロースにより凝集温度を低下させた架橋剤濃度条件に対するゲル化時間を示す。トレハロース濃度が高くなることでゲルの弾性率が増加することが分かった。
【表7】
【0054】
実施例6:自己組織化型ゲルの製造−5(ミクロ相分離型ゲル)
エラスチンゲルの内部にスポンジ様の孔を有する基材を作成するために、エラスチンAに添加物を加え溶液内部でミクロ相分離を生じさせた状態で自己組織化する方法を行った。添加物はエラスチンE、ヒアルロン酸およびトレハロースを用いた。エラスチンEは単独ではゲル化しないが、エラスチン間の相互作用が期待でき、ヒアルロン酸およびトレハロースは水和体積の大きさが多孔質化に寄与するものと考えられる。30%のエラスチン溶液になるようにエラスチンAとエラスチンE1:1で混合した溶液を作成し、DODE−DSP架橋剤をエラスチンの総アミノ基モル数に対して0.5倍量添加し撹拌する。反応促進・凝集促進のためにNaCOを40mM加えた。ゲル化時間は1時間とした。
【0055】
また30%エラスチンAに対しトレハロースを0.1〜0.5mM加えたゲルおよび、30%エラスチンAに対しヒアルロン酸を0.3〜1.5%加えたゲルも作製した。DODE−DSP架橋剤をエラスチンの総アミノ基モル数に対して0.5倍量添加し撹拌する。反応促進および凝集促進のためにNaCOを40mM加えた。ゲル化時間は1時間とした。
【0056】
作成した各エラスチンゲルをリン酸緩衝液(PBS)で洗浄後、2.5%グルタルアルデヒドPBS溶液で2時間固定処理を行い、PBSによる洗浄を4℃で数回行った。その後、1%四酸化オスミウムPBS溶液で1.5時間固定処理を行った。PBSで洗浄後、エタノールによる段階的脱水処理を行い、t−ブチルアルコールで置換を行い、凍結乾燥した。
【0057】
観察用試料は真空金蒸着を行い、走査型電子顕微鏡(SEM)観察を行った。SEM観察によりゲル内部の平均孔径を測定した。表8に各種自己組織化型ゲルの作成条件と平均孔径を示す。
【表8】
【0058】
表8の結果より、添加物を入れることによりゲル内部の孔径が変化することが分かる。エラスチンAのみのゲルでは孔径が小さく孔数も少ないのに対し、添加物を含む物では多孔質の形状になっている。特にエラスチンEを混合することにより、エラスチン溶液内部で相分離構造が生じエラスチンAのみのゲル構造に比べて、相分離部分のエラスチンEが締めていた領域が除去され、その部分が孔化している様子が観察される。ヒアルロン酸およびトレハロースに関しても添加濃度が高くなると平均孔径が増加する傾向がみられる。通常の細胞のサイズはおよそ3〜10μm程度の直径であり、線維芽細胞や筋細胞等の繊維性組織の紡錘形細胞であれば1〜5μm程度の直径があれば、細胞骨格を変形させることで孔内に侵入することが可能と考えられる。
【0059】
実施例7:血管平滑筋細胞を用いた細胞毒性試験
自己組織化型エラスチンゲルを作成するために用いる添加物のNaCOおよびTEA、更には架橋反応を行うDODE-DSP架橋剤の細胞毒性試験を、血管平滑筋細胞を用いて行った。細胞はヒト大動脈血管平滑筋細胞(Cell Systems社製)を、CS−C培地を用い、37℃、5%COインキュベーター内で培養したもの(継代数P5〜P9)を用いた。細胞を24穴プレートに播種し、10%FBSを含んだCS−C培地でインキュベーター内で24時間静置し、接着させた。その後、各テスト溶液を添加し、経時的に位相差顕微鏡で観察し細胞が剥がれる状況を測定した。テスト溶液添加から24時間後に接着細胞の半数以上が剥離した条件を細胞毒性ありの判断で行った。結果を表9に示した。
【表9】

【0060】
表9の結果より凝集促進剤として用いるNaCOの86.3mMおよびTEAでは細胞毒性が観察された。NaCOの43.3mMでは毒性は全く観察されなかった。即ちNaCOの0〜43.3mMの濃度条件においては、細胞を包埋した状態で使用が可能であることがわかった。これは表3のpH8.2以上での条件が細胞にダメージを与えるものと考えられる。またTEAでは低濃度でも毒性があることがわかり、包埋した条件での使用はできないことがわかった。
【0061】
架橋剤に関しては1mMまでは全く毒性が無く、それ以上の濃度においても培地中での不溶化が生じ観察不能になったが、細胞毒性は強く見られない程度の結果であった。ただし、DSPの高濃度173mMに関しては毒性があったため、架橋剤の濃度に関しては総合して1〜10mM程度の濃度であれば問題ないと言える。これは30%エラスチンゲルを作成する場合、エラスチンのアミノ基に対して、モル比で約0.5倍の条件に相当する。
【0062】
実施例8:自己組織化エラスチンゲル下およびゲル内での細胞増殖試験
エラスチンゲル内での細胞培養を行うに当たり、細胞の増殖性を評価した。試験方法は細胞培養皿に播種した細胞に対して、その上部からエラスチン溶液を添加し培養皿内で自己組織化ゲルを作成する方法と、エラスチンプレゲル溶液と細胞懸濁液を混同した状態で、培養皿内で自己組織化させた細胞包埋ゲルの2種類の条件に対して行った。前者をゲル下、後者をゲル内培養として区別する。増殖試験に用いた細胞はヒト大動脈血管平滑筋細胞で、CS−C培地CSC培地(血管平滑筋細胞用専用培地)を用いて培養した。細胞は96穴プレートに播種し24時間、37℃でCOインキュベーター内で培養した後、各濃度のDODE−DSP架橋剤(0.05倍〜3倍)、凝集促進剤として43.3mM NaCOを加えた30%エラスチン溶液を注入し、細胞上でゲル化させ、その後24時間インキュベーター内で培養を行った。包埋ゲルの場合は、同様の溶液中に細胞密度が2.4×10cell/mlになるように調整して、96穴プレートに各100μl播種してインキュベーター内に静置してエラスチンゲルの自己組織化を行った。
【0063】
細胞増殖試験はBrDU試験を行うことで評価した。PBS洗浄後BrDU固定液を200μl加え、−20℃にて30分静置した。その後ヌクレアーゼ溶液を100μl加え、37℃30分インキュベートし、PBSにて洗浄した。その後anti-BrDU-POD抗体溶液を100μl加え、37℃30分インキュベートし、洗浄後POD基質を加え405nmでの吸光度を測定し、490nmでの吸光度で規格化した。吸収量が大きいほど1本化DNAの量が多いことを示すため、細胞の増殖活性を示す指標になる。BrDU測定は培養1日目と3日目に行った。ゲル下細胞培養で架橋剤倍率を変化させた条件での増殖能試験の結果を表10に示した。またゲル内細胞培養で架橋剤倍率を変化させた条件での増殖能試験の結果を表11に示した。
【表10】

【表11】
【0064】
表10および表11の結果から、ゲル下細胞培養およびゲル内細胞培養における増殖能はコントロールとほぼ同様であることがわかり、特に増殖性を向上させることはなかった。また細胞毒性により死滅することもなく、安定した培養が可能であることがわかった。
【0065】
実施例9:自己組織化エラスチンゲル内での動的細胞培養試験
ゲル内での動的細胞培養を行うために以下の操作を行った。細胞はヒト大動脈血管平滑筋細胞で、CS−C培地を用いて培養し厚さ1mmのシリコンゴムで直径10mmの鋳型に注入し、COインキュベータ内に37℃で2時間静置し自己組織化させた。ゲル条件はDODE−DSP架橋剤(0.5倍)、43.4mM NaCOを加えた30%エラスチン溶液を用いた。細胞密度は2.4×10cell/mlになるように調整した。ゲル化後にゲルの中央部を直径4mmで孔をくりぬき、リング状に加工した。24時間インキュベーター内で培養後、リングの両端を引っ掛ける形でセットした伸展培養装置を用いて、1軸方向に連続的な伸展刺激を加えて動的培養を行った。伸展条件は、300μm/secで3秒間900μmまで引っ張り、そこで5秒停止し、逆方向に300μm/secで最初の位置まで戻り、5秒停止する。以上の16秒サイクルを24時間繰り返して動的培養を行った。以上の運動によりゲルのひずみは7%と計算できる。その際のゲル内の細胞を共焦点顕微鏡にて観察し、3次元ゲル内の任意の場所の細胞を選択し、細胞の長軸と短軸の長さの比率を測定した。この値は細胞の伸張性を示し長軸/短軸が1の場合は球形を示し、1より大きくなるにつれて楕円形であることを示す。結果を表12に示した。またその際のエラスチンゲルの弾性率を細胞培養状態で測定した。即ち、培養後24時間のゲル弾性率の変化になる。その結果を表13に示す。
【表12】

【表13】
【0066】
表12の結果より、エラスチンゲル内に包埋された細胞は、静置培養と伸展培養を比較すると、伸展培養で楕円形すなわち細長く変形していることが分かる。平滑筋細胞は生体組織内では筋肉部分の組織として本来細長い形態をとる。そうした構造に近い状態を伸展運動の刺激で生じさせたことが分かる。また表13の結果から、伸展刺激を12時間繰り返して培養しても、ゲルの弾性率に変化が見られないことから、ゲルの繰り返し刺激による劣化は見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明により提供される自己組織化型エラスチンゲルは、三次元細胞培養基材、組織再生用研究のための実験試薬などの医療研究支援に利用できる。また再生医療技術のための細胞注入用保持材料、血管や肺などを構成する弾性組織再生用の足場材料などの先端医療材料への利用が可能である。
図1
図2