【実施例】
【0043】
以下、実施例をもって本発明を詳細に説明するが、以下によって示される方法は、作用確認において用いたものであり、これに限定されるものではなく、その要旨を変更することなく様々に改変して実施することができる。
【0044】
製造例1:水溶性エラスチンの作製
豚大動脈由来の不溶性エラスチン(ECML社製)10gに対し0.25Mシュウ酸を45ml加え100℃で1時間加熱した。分解反応液を氷水で冷やした後3,000rpmで10分間遠心分離し不溶部分を集めた。この不溶部分に0.25Mシュウ酸を30ml加え100℃で1時間加熱した。加熱後に溶液を冷却し、遠心分離した後不溶部分を集めた。以上の操作を繰り返し、不溶部分がシュウ酸水溶液を含み膨潤する状態になるまで、可溶部分を除いた。5〜6回程度でこの状態になる。その状態に再度0.25Mシュウ酸を加え100℃に加熱することで分解した分画を、同様に冷却後、遠心分離して上澄み液を集め、更に10%水酸化ナトリウムでpHが5〜6程度になるまで中和した。中和の際に発生する沈殿を除去した後、カットオフ分子量が10,000〜14,000の透析チューブを用い、4℃に冷却した脱イオン水に対し透析を行い、シュウ酸および低分子化したエラスチン分解物を除去した。以上の操作を加熱処理ごとに分けてその分画を精製し、凝集温度の測定によりクラス分けを行った。透析後の溶液を孔サイズが0.45μmのフィルターで吸引ろ過し、ろ液を凍結乾燥して水溶性エラスチンを得た。精製した水溶性エラスチンは、1%水溶液の凝集温度により表1の条件で分類した。
【0045】
凝集温度は光学用測定セルに溶液をいれ10℃から1℃/分で上昇させ、620nmのレーザー光を照射しその透過光強度が50%になる温度と定義した。
【表1】
【0046】
各水溶性エラスチンの数平均分子量はHPLCシステム(トーソー社製)により算出した。またエラスチンAを用いてエラスチン濃度を1%から50%まで変化させて同様に凝集温度を測定した結果を表2に示した。濃度が上昇するに伴い、凝集温度が上昇した。30%以上から凝集温度が上昇し40%濃度では40℃以上になることが分かった。また60%を超えると100℃においても凝集しなかった。
【表2】
【0047】
製造例2:水溶性架橋剤の製造
水溶性エラスチンを用いてエラスチン構造体を作製するための化学架橋剤を以下のように作製した。この方法は、ドデカンジカルボン酸(DODE)のカルボキシル基を4−ヒドロキキシフェニルジメチル−スルホニウムメチルサルフェート(以下DSP)により活性エステル化させるものである。具体的には1モルのドデカンジカルボン酸と2モルのDSPおよび2モルのジシクロヘキシルカルボジイミド(以下DCCD)をアセトニトリルに溶解し25℃で5時間撹拌し反応させる。反応過程で生じたジシクロヘキシル尿素をガラスフィルターで除去した。更に反応溶液(ろ液)をエーテルに滴下して固化させた。該固形物を減圧乾燥して目的の架橋剤(DODE−DSP)を得た。化学構造および純度は
1H−NMRにより確認した。
【0048】
実施例1:自己組織化型ゲルの製造−1(水溶液および添加物濃度の影響)
自己組織化型とはコアセルベーション現象(凝集)を伴うことを意味する。その状態でゲル化させる方法は以下のように行った。30%の水溶性エラスチンAの水溶液に、製造例2にて作成したDODE−DSP架橋剤をエラスチンの総アミノ基モル数に対して3倍で添加し撹拌する。その際、反応促進・凝集促進のために炭酸2ナトリウム(Na
2CO
3)またはトリエチルアミン(TEA)を加え、細胞培養用12穴プレートに流し込み、37℃インキュベーター内に静置した。溶液の流動性が消失した時点をゲル化と定義し、その時間をゲル化時間とした。ゲル化前の溶液の状態を
図1に示す。液面が傾いているのがわかる。ゲル化後の溶液の状態を
図2に示す。凝集してゲル化したために透明では無くなり液面も傾いていないのがわかる。
【0049】
表3に溶液の濃度条件に対しての、pH、凝集温度およびゲル化に要した時間の結果を示す。添加物の濃度が高くなることで、溶液のpHが上昇し、それに伴い凝集温度も上昇することがわかった。溶液のpHが上昇するに伴い、ゲル化時間は短縮されていくことが分かる。
【表3】
【0050】
実施例2:自己組織化型ゲルの製造−2(培地および添加物濃度の影響)
ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)細胞培養液で30%のエラスチンAを作成し、製造例2にて作成したDODE−DSP架橋剤をエラスチンの総アミノ基モル数に対して3倍で添加し撹拌する。その際、反応促進・凝集促進のためにNa
2CO
3またはTEAを加え、細胞培養用12穴プレートに流し込み、37℃インキュベーター内に静置し,その時間をゲル化時間とした。表4にその濃度条件およびゲル化に要した時間の結果を示す。添加物の濃度が高くなることで、ゲル化時間は短縮されていくことが分かる。この結果から最短時間10分でゲル化する条件がわかった。
【表4】
【0051】
実施例3:自己組織化型プレゲル溶液の浸透圧
細胞を包埋した条件下での使用を想定するため浸透圧の確認を行った。DMEM細胞培養液で30%の水溶性エラスチンAを作成し、反応促進・凝集促進のためにトレハロースまたはNa
2CO
3を加え、この溶液の浸透圧(mOsm)を凝固点降下法による測定から算出した。表5にその濃度条件に対する浸透圧および凝集温度を示す。添加物の濃度が高くなることで、浸透圧と凝集温度が上昇することが分かった。トレハロースの添加効果は、濃度が高くなるとNa
2CO
3とは大きく異なり、浸透圧は上昇したが凝集温度が低下することがわかった。
【表5】
【0052】
実施例4:自己組織化型ゲルの製造−3(架橋剤濃度の影響)
DMEM細胞培養液で30%のエラスチンAを作成し、製造例2にて作成したDODE−DSP架橋剤をエラスチンの総アミノ基モル数に対して0.05〜1倍で添加し撹拌する。反応促進・凝集促進のためにNa
2CO
3を86.5mM加えた。表6に架橋剤濃度条件に対するゲル化時間を示す。架橋剤濃度が高くなることでゲル化時間が短縮することが分かった。
【表6】
【0053】
実施例5:自己組織化型ゲルの製造−4(弾性率測定)
DMEM細胞培養液で30%のエラスチンAを作成し、DODE−DSP架橋剤をエラスチンの総アミノ基モル数に対して3倍で添加し撹拌する。反応促進・凝集促進のためにNa
2CO
3を86.5mMおよびトレハロース300または600mM加えた。ゲル化時間は1時間とし、ゲル化後の弾性率を、引っ張り試験機にて測定した。測定条件は、試験片が直径1mm長さ1〜2cmで、引っ張り速度を0.1mm/secで行い、応力ひずみ曲線の比例関係の部分から傾きを求めることで算出するヤング率を測定した。表7に結果を示す。600mMのトレハロースにより凝集温度を低下させた架橋剤濃度条件に対するゲル化時間を示す。トレハロース濃度が高くなることでゲルの弾性率が増加することが分かった。
【表7】
【0054】
実施例6:自己組織化型ゲルの製造−5(ミクロ相分離型ゲル)
エラスチンゲルの内部にスポンジ様の孔を有する基材を作成するために、エラスチンAに添加物を加え溶液内部でミクロ相分離を生じさせた状態で自己組織化する方法を行った。添加物はエラスチンE、ヒアルロン酸およびトレハロースを用いた。エラスチンEは単独ではゲル化しないが、エラスチン間の相互作用が期待でき、ヒアルロン酸およびトレハロースは水和体積の大きさが多孔質化に寄与するものと考えられる。30%のエラスチン溶液になるようにエラスチンAとエラスチンE1:1で混合した溶液を作成し、DODE−DSP架橋剤をエラスチンの総アミノ基モル数に対して0.5倍量添加し撹拌する。反応促進・凝集促進のためにNa
2CO
3を40mM加えた。ゲル化時間は1時間とした。
【0055】
また30%エラスチンAに対しトレハロースを0.1〜0.5mM加えたゲルおよび、30%エラスチンAに対しヒアルロン酸を0.3〜1.5%加えたゲルも作製した。DODE−DSP架橋剤をエラスチンの総アミノ基モル数に対して0.5倍量添加し撹拌する。反応促進および凝集促進のためにNa
2CO
3を40mM加えた。ゲル化時間は1時間とした。
【0056】
作成した各エラスチンゲルをリン酸緩衝液(PBS)で洗浄後、2.5%グルタルアルデヒドPBS溶液で2時間固定処理を行い、PBSによる洗浄を4℃で数回行った。その後、1%四酸化オスミウムPBS溶液で1.5時間固定処理を行った。PBSで洗浄後、エタノールによる段階的脱水処理を行い、t−ブチルアルコールで置換を行い、凍結乾燥した。
【0057】
観察用試料は真空金蒸着を行い、走査型電子顕微鏡(SEM)観察を行った。SEM観察によりゲル内部の平均孔径を測定した。表8に各種自己組織化型ゲルの作成条件と平均孔径を示す。
【表8】
【0058】
表8の結果より、添加物を入れることによりゲル内部の孔径が変化することが分かる。エラスチンAのみのゲルでは孔径が小さく孔数も少ないのに対し、添加物を含む物では多孔質の形状になっている。特にエラスチンEを混合することにより、エラスチン溶液内部で相分離構造が生じエラスチンAのみのゲル構造に比べて、相分離部分のエラスチンEが締めていた領域が除去され、その部分が孔化している様子が観察される。ヒアルロン酸およびトレハロースに関しても添加濃度が高くなると平均孔径が増加する傾向がみられる。通常の細胞のサイズはおよそ3〜10μm程度の直径であり、線維芽細胞や筋細胞等の繊維性組織の紡錘形細胞であれば1〜5μm程度の直径があれば、細胞骨格を変形させることで孔内に侵入することが可能と考えられる。
【0059】
実施例7:血管平滑筋細胞を用いた細胞毒性試験
自己組織化型エラスチンゲルを作成するために用いる添加物のNa
2CO
3およびTEA、更には架橋反応を行うDODE-DSP架橋剤の細胞毒性試験を、血管平滑筋細胞を用いて行った。細胞はヒト大動脈血管平滑筋細胞(Cell Systems社製)を、CS−C培地を用い、37℃、5%CO
2インキュベーター内で培養したもの(継代数P5〜P9)を用いた。細胞を24穴プレートに播種し、10%FBSを含んだCS−C培地でインキュベーター内で24時間静置し、接着させた。その後、各テスト溶液を添加し、経時的に位相差顕微鏡で観察し細胞が剥がれる状況を測定した。テスト溶液添加から24時間後に接着細胞の半数以上が剥離した条件を細胞毒性ありの判断で行った。結果を表9に示した。
【表9】
【0060】
表9の結果より凝集促進剤として用いるNa
2CO
3の86.3mMおよびTEAでは細胞毒性が観察された。Na
2CO
3の43.3mMでは毒性は全く観察されなかった。即ちNa
2CO
3の0〜43.3mMの濃度条件においては、細胞を包埋した状態で使用が可能であることがわかった。これは表3のpH8.2以上での条件が細胞にダメージを与えるものと考えられる。またTEAでは低濃度でも毒性があることがわかり、包埋した条件での使用はできないことがわかった。
【0061】
架橋剤に関しては1mMまでは全く毒性が無く、それ以上の濃度においても培地中での不溶化が生じ観察不能になったが、細胞毒性は強く見られない程度の結果であった。ただし、DSPの高濃度173mMに関しては毒性があったため、架橋剤の濃度に関しては総合して1〜10mM程度の濃度であれば問題ないと言える。これは30%エラスチンゲルを作成する場合、エラスチンのアミノ基に対して、モル比で約0.5倍の条件に相当する。
【0062】
実施例8:自己組織化エラスチンゲル下およびゲル内での細胞増殖試験
エラスチンゲル内での細胞培養を行うに当たり、細胞の増殖性を評価した。試験方法は細胞培養皿に播種した細胞に対して、その上部からエラスチン溶液を添加し培養皿内で自己組織化ゲルを作成する方法と、エラスチンプレゲル溶液と細胞懸濁液を混同した状態で、培養皿内で自己組織化させた細胞包埋ゲルの2種類の条件に対して行った。前者をゲル下、後者をゲル内培養として区別する。増殖試験に用いた細胞はヒト大動脈血管平滑筋細胞で、CS−C培地CSC培地(血管平滑筋細胞用専用培地)を用いて培養した。細胞は96穴プレートに播種し24時間、37℃でCO
2インキュベーター内で培養した後、各濃度のDODE−DSP架橋剤(0.05倍〜3倍)、凝集促進剤として43.3mM Na
2CO
3を加えた30%エラスチン溶液を注入し、細胞上でゲル化させ、その後24時間インキュベーター内で培養を行った。包埋ゲルの場合は、同様の溶液中に細胞密度が2.4×10
4cell/mlになるように調整して、96穴プレートに各100μl播種してインキュベーター内に静置してエラスチンゲルの自己組織化を行った。
【0063】
細胞増殖試験はBrDU試験を行うことで評価した。PBS洗浄後BrDU固定液を200μl加え、−20℃にて30分静置した。その後ヌクレアーゼ溶液を100μl加え、37℃30分インキュベートし、PBSにて洗浄した。その後anti-BrDU-POD抗体溶液を100μl加え、37℃30分インキュベートし、洗浄後POD基質を加え405nmでの吸光度を測定し、490nmでの吸光度で規格化した。吸収量が大きいほど1本化DNAの量が多いことを示すため、細胞の増殖活性を示す指標になる。BrDU測定は培養1日目と3日目に行った。ゲル下細胞培養で架橋剤倍率を変化させた条件での増殖能試験の結果を表10に示した。またゲル内細胞培養で架橋剤倍率を変化させた条件での増殖能試験の結果を表11に示した。
【表10】
【表11】
【0064】
表10および表11の結果から、ゲル下細胞培養およびゲル内細胞培養における増殖能はコントロールとほぼ同様であることがわかり、特に増殖性を向上させることはなかった。また細胞毒性により死滅することもなく、安定した培養が可能であることがわかった。
【0065】
実施例9:自己組織化エラスチンゲル内での動的細胞培養試験
ゲル内での動的細胞培養を行うために以下の操作を行った。細胞はヒト大動脈血管平滑筋細胞で、CS−C培地を用いて培養し厚さ1mmのシリコンゴムで直径10mmの鋳型に注入し、CO
2インキュベータ内に37℃で2時間静置し自己組織化させた。ゲル条件はDODE−DSP架橋剤(0.5倍)、43.4mM Na
2CO
3を加えた30%エラスチン溶液を用いた。細胞密度は2.4×10
4cell/mlになるように調整した。ゲル化後にゲルの中央部を直径4mmで孔をくりぬき、リング状に加工した。24時間インキュベーター内で培養後、リングの両端を引っ掛ける形でセットした伸展培養装置を用いて、1軸方向に連続的な伸展刺激を加えて動的培養を行った。伸展条件は、300μm/secで3秒間900μmまで引っ張り、そこで5秒停止し、逆方向に300μm/secで最初の位置まで戻り、5秒停止する。以上の16秒サイクルを24時間繰り返して動的培養を行った。以上の運動によりゲルのひずみは7%と計算できる。その際のゲル内の細胞を共焦点顕微鏡にて観察し、3次元ゲル内の任意の場所の細胞を選択し、細胞の長軸と短軸の長さの比率を測定した。この値は細胞の伸張性を示し長軸/短軸が1の場合は球形を示し、1より大きくなるにつれて楕円形であることを示す。結果を表12に示した。またその際のエラスチンゲルの弾性率を細胞培養状態で測定した。即ち、培養後24時間のゲル弾性率の変化になる。その結果を表13に示す。
【表12】
【表13】
【0066】
表12の結果より、エラスチンゲル内に包埋された細胞は、静置培養と伸展培養を比較すると、伸展培養で楕円形すなわち細長く変形していることが分かる。平滑筋細胞は生体組織内では筋肉部分の組織として本来細長い形態をとる。そうした構造に近い状態を伸展運動の刺激で生じさせたことが分かる。また表13の結果から、伸展刺激を12時間繰り返して培養しても、ゲルの弾性率に変化が見られないことから、ゲルの繰り返し刺激による劣化は見られなかった。