【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、特定のA−B−A型又はB−A−B型トリブロック共重合体に対してポリエチレングリコール及び/又はメトキシ−ポリエチレングリコールを含有する場合には、上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
1. 下記(1)並びに(2):
(1) A−B−A型又はB−A−B型トリブロック共重合体であって、
前記Aセグメントがポリ(ε−カプロラクトン−co−グリコール酸)を含み、
前記Bセグメントがポリエチレングリコールを含む、
前記トリブロック共重合体、並びに
(2) ポリエチレングリコール及び/又はメトキシ−ポリエチレングリコールを含有
し、固体状態であることを特徴とする癒着防止材。
2. 前記(2)ポリエチレングリコール及び/又はメトキシ−ポリエチレングリコールの含有量が、前記(1)トリブロック共重合体100質量部に対して、2〜20質量部である、項1に記載の癒着防止材。
3. 前記Aセグメントが前記(1)トリブロック共重合体の30〜75質量%を構成し、
前記Bセグメントが前記(1)トリブロック共重合体の25〜70質量%を構成する、項1又は2に記載の癒着防止材。
4. 下記(1)並びに(2):
(1) A−B−A型又はB−A−B型トリブロック共重合体であり、
前記Aセグメントがポリ(ε−カプロラクトン−co−グリコール酸)を含み、
前記Bセグメントがポリエチレングリコールを含む、
前記トリブロック共重合体、並びに
(2) ポリエチレングリコール及び/又はメトキシ−ポリエチレングリコールを含有する
固体状態の癒着防止材の製造方法であって、
下記(i)並びに(ii):
(i) ポリエチレングリコール、メトキシ−ポリエチレングリコール又は脂肪族ジオー
ルの存在下、ε−カプロラクトン及びグリコリドを重合させて、前記(1)トリブロック共
重合体を製造する工程1、並びに
(ii) 前記(1)トリブロック共重合体並びに前記(2)ポリエチレングリコール及び/又は
メトキシ−ポリエチレングリコールを、溶媒に溶解させる工程2、
を順に含むことを特徴とする癒着防止材の製造方法。
5. 前記工程2で得られた癒着防止材を乾燥させることによりを固体状態とする工程3、
を含む、項4に記載の癒着防止材の製造方法。
【0018】
≪1.癒着防止材≫
本発明の癒着防止材は、下記(1)並びに(2):
(1) A−B−A型又はB−A−B型トリブロック共重合体であって、
前記Aセグメントがポリ(ε−カプロラクトン−co−グリコール酸)を含み、
前記Bセグメントがポリエチレングリコールを含む、
前記トリブロック共重合体、並びに
(2) ポリエチレングリコール及び/又はメトキシ−ポリエチレングリコール
を含有することを特徴とする。そのため、本発明の癒着防止材は、温度に応答してゾル−ゲル転移を示す。特に、室温と体温の間の温度でゲル化させることができるという特徴を有する。
【0019】
本発明の癒着防止材は、加温の必要なく(例えば室温で)短時間で水又は水を含む媒体に溶解させることができる。そのため、操作性に優れるとともに必要な時にすぐに溶解して使用することも可能である。
【0020】
本発明の癒着防止材は、フィルム状(シート状)の癒着防止材と違って適用時は液体状である。そのため、複雑な形状、構造の侵襲部位にも適用が容易である。
【0021】
本発明の癒着防止材は、適用後は体温によってゲル状態になる。そのため、他の生体組織と一定期間、遮断、分離することができることから、所望の期間にわたって安定してその癒着防止効果を発揮することができる。
【0022】
本発明の癒着防止材は、使用されていた濃度及び粘度が従来より高いゲル状の癒着防止材と違って、適用時に液体状である。そのため、腹腔鏡下の手術において、狭いポートから所望の侵襲部位に適用することができ、取扱い性に優れる。
【0023】
そして、本発明の癒着防止材は生分解性であり、生体組織によって適度に吸収・排泄される。そのため、生物学的に安全性の高いものである。
【0024】
本発明の癒着防止材は、前記(1)のトリブロック共重合体(以下、単にトリブロック共重合体ともいう)、並びに前記(2)ポリエチレングリコール(PEG)及び/又はメトキシ−ポリエチレングリコール(MeO−PEG、又はポリエチレングリコールモノメチルエーテルともいう)を含有していれば、特に限定されない。例えば、(i) トリブロック共重合体、並びにPEG及び/又はMeO−PEGのみからなる癒着防止材、(ii) 前記(i)にさらに薬物を含有する癒着防止材、(iii) トリブロック共重合体、水、並びにPEG及び/又はMeO−PEGを含有する癒着防止材、(iv) 前記(iii)にさらに薬物を含有する癒着防止材、等が挙げられる。なお、以下の記載では、特に断りがない限り、本発明の癒着防止材は固体であるものとして本発明を説明するが、本発明の癒着防止材は固体に限定されない。即ち、本発明の癒着防止材は、固体状、液体状、及びゲル状のいずれの形態も含むものとする。
【0025】
固体状の本発明の癒着防止材は、例えば、前記(1)のトリブロック共重合体に前記(2)のポリエチレングリコール(固体状)を単に加えて得られるもの、溶媒で溶解した液体状の本発明の癒着防止材を乾燥させることにより得られるもの(工程3の後の状態)等が挙げられる。
【0026】
液体状の本発明の癒着防止材は、例えば、前記(1)のトリブロック共重合体に前記(2)のポリエチレングリコール(液体状)を単に混合して得られるもの、前記(1)のトリブロック共重合体及び前記(2)のポリエチレングリコールを、溶媒に溶解させることにより得られるもの(前記工程2の後の状態)、前記固体状の本発明の癒着防止材を水又は水を含む媒体に溶解させることによって得られるもの等が挙げられる。
【0027】
ゲル状の本発明の癒着防止材は、例えば、前記固体状の本発明の癒着防止材を水又は水を含む媒体に溶解させたものを加温して得られるもの等が挙げられる。
【0028】
(1)
トリブロック共重合体
本発明の癒着防止材は、A−B−A型又はB−A−B型トリブロック共重合体を含有する。前記(1)トリブロック共重合体は、生分解性であって、前記Aセグメントがポリ(ε−カプロラクトン−co−グリコール酸)(PCGA)を含み、前記Bセグメントがポリエチレングリコール(PEG)を含む。
【0029】
トリブロック共重合体における各物性;例えばトリブロック共重合体に対するPCGAセグメント(Aセグメント)及びPEGセグメント(Bセグメント)の質量比率;PCGAセグメント及びPEGセグメントの各重量平均分子量;トリブロック共重合体の数平均分子量(Mn)及び当該数平均分子量に対する重量平均分子量の比(Mw/Mn); PCGA中のε−カプロラクトンとグリコール酸とのモル比;ε−カプロラクトン及びグリコール酸の各重合度;等の各物性は、特に限定されない。
【0030】
上記各物性の好ましい一例を挙げると、A−B−A型トリブロック共重合体の場合、
PCGAセグメント及びPEGセグメントの質量比率は、PCGAセグメントがトリブロック共重合体の30〜75質量%を構成し、かつPEGセグメントがトリブロック共重合体の25〜70質量%を構成することが好ましく、
PCGAセグメントの重量平均分子量は、1.0k〜2.0k(1000〜2000)が好ましく、
PEGセグメントの重量平均分子量は、1.0k〜1.5k(1000〜1500)が好ましく、
トリブロック共重合体の数平均分子量(Mn)は、3.0k〜5.5k(3000〜5500)が好ましく、
トリブロック共重合体の数平均分子量に対する重量平均分子量の比(Mw/Mn)は、1.0〜1.8が好ましく、
PCGA中のε−カプロラクトンとグリコール酸とのモル比は、ε−カプロラクトン(CL):グリコール酸(GA)=7.5:1〜9.5:1(モル比)が好ましく、
ε−カプロラクトンの重合度は、7.5〜15が好ましく、
グリコール酸の重合度は、1.0〜2.0が好ましい。
【0031】
また、B−A−B型トリブロック共重合体の場合、
PCGAセグメント及びPEGセグメントの質量比率は、PCGAセグメントがトリブロック共重合体の30〜75質量%を構成し、かつPEGセグメントがトリブロック共重合体の25〜70質量%を構成することが好ましく、
PCGAセグメントの重量平均分子量は、2.0k〜3.0k(2000〜3000)が好ましく、
PEGセグメントの重量平均分子量は、0.5k〜1.0k(500〜1000)が好ましく、
トリブロック共重合体の数平均分子量(Mn)は、3.0k〜5.0k(3000〜5000)が好ましく、
トリブロック共重合体の数平均分子量に対する重量平均分子量の比(Mw/Mn)は、1.0〜1.8が好ましく、
PCGA中のε−カプロラクトンとグリコール酸とのモル比は、ε−カプロラクトン:グリコール酸=7.5:1〜9.5:1(モル比)が好ましく、
ε−カプロラクトンの重合度は、7.5〜13が好ましく、
グリコール酸の重合度は、1.0〜2.0が好ましい。
【0032】
なお、上記各モル比、重合度及び質量比率は、例えば
1H−NMR等の公知の方法を用いて測定することができ、上記各数平均分子量及び重量平均分子量は、例えば上記
1H−NMR に加えてGPC(Gel Permeation Chromatography)等を用いて測定できる。
【0033】
トリブロック共重合体がA−B−A型である場合は、以下の式(A):
【0034】
【化1】
【0035】
で表すことができ、PCGA−b−PEG−b−PCGAとも称される(b はblockを意味する)。上記式(A)中のx、y及びzは、それぞれ上述の各物性を満たすことができるような値であり、例えば、xは20〜40の数が好ましく、22〜35の数がより好ましい。yは7.5〜15の数が好ましく、10〜15の数がより好ましい。zは1〜3の数が好ましく、1〜2の数がより好ましい。また、式(A)中に記載された2つのyは、ともに同じ数であってもよいし、異なる数であってもよい。このことは、式(A)中に記載された2つのzについても同様である。なお、x、y及びzは、ポリマー中の各ユニットの平均個数を表し、
1H−NMR及びGPCから求められる。式(A)中の[ ]で示されるPCGAセグメント内では、ε−カプロラクトンユニットとグリコール酸ユニットとの配列に規則性は無く、上記式(A)の配列の順に限定されない。また、y及びzは、片方のPCGAセグメント内に含まれるε−カプロラクトンユニット及びグリコール酸ユニットそれぞれのユニットの平均個数を示す。
【0036】
また、トリブロック共重合体がB−A−B型である場合は、例えば、以下の式(B):
【0037】
【化2】
【0038】
[式(B)中、Rは同一若しくは異なって、それぞれH若しくはCH
3である]、又は、以下の式(C):
【0039】
【化3】
【0040】
[式(C)中、Rは同一若しくは異なって、それぞれH若しくはCH
3であり、R’は、
【0041】
【化4】
【0042】
である。]で表すことができる。
【0043】
上記式(B)又は式(C)中のx、y及びzもまた、それぞれ上述の各物性を満たすことができるような値であり、xは10〜25の数が好ましく、11〜23の数がより好ましい。yは4〜12の数が好ましく、5〜7の数がより好ましい。zは0.5〜2の数が好ましく、1〜2の数がより好ましい。また、式(B)又は式(C)中に記載されたそれぞれ2つのx、y及びzは、ともに同じ数であってもよいし、異なる数であってもよい。pは2〜6の数が好ましく、qは1〜6の数が好ましく、rは1〜6の数が好ましい。なお、x、y及びzは、ポリマー中の各ユニットの平均個数を表し、
1H−NMR及びGPCから求められる。式(B)又は式(C)中で[ ]で示されるPCGAセグメント内では、ε−カプロラクトンユニットとグリコール酸ユニットとの配列に規則性は無く、上記式(B)又は式(C)の配列の順に限定されない。また、y及びzは、片方のPCGAセグメント内に含まれるε−カプロラクトンユニット及びグリコール酸ユニットそれぞれのユニットの平均個数を示す。
【0044】
トリブロック共重合体は、室温と体温との間にゲル転移温度を有する。具体的には、トリブロック共重合体を水やリン酸緩衝生理食塩水(PBS)等の水を含む媒体に溶解させた場合、室温付近ではゾル状態であり、体温付近まで加温するとゲル状態に変化する。なお、PCGA−b−PEG−b−PCGAは、常温かつ無溶媒の状態では固体であり、ゾル−ゲル転移温度は約28℃である。
【0045】
本発明の癒着防止材のゾル−ゲル転移温度、ゲル状態での力学強度等は、該共重合体中のPEGセグメントとPCGAセグメントの分子量、後述するPEG及び/又はMeO−PEGの含有量、トリブロック共重合体の濃度等を調節することにより、調整することができる。
【0046】
トリブロック共重合体の製造方法(重合方法)の一例については、後述する。
【0047】
(2)
ポリエチレングリコール(PEG) 及び/又はメトキシ−ポリエチレングリコール(MeO−PEG)
本発明の癒着防止材は、トリブロック共重合体とともに、PEG及び/又はMeO−PEGを含有する。これにより、温度に応答するゾル−ゲル転移性を保持しつつ、水又は水を含む媒体に溶解させる際に、加温の必要がなく短時間で溶解することが可能な癒着防止材が得られる。上記効果が奏される理由としては、水溶性のPEG及び/又はMeO−PEGに対して固体のトリブロック共重合体が分子レベルで吸着することにより、(1) トリブロック共重合体起因の温度に応答するゾル−ゲル転移の性質及び固体状態を維持する性質と、(2) PEG及び/又はMeO−PEG起因の水溶性とを併せ持つと推測される。なお、このPEGは、本発明の癒着防止材中に含まれる1成分であり、トリブロック共重合体中のBセグメントを構成するPEGとは明確に区別される。前記PEG又はMeO−PEGはそれぞれ1種単独で使用してもよく、また2種を組み合わせて使用してもよい。2種を組み合わせて使用する場合、PEGとMeO−PEGの割合は特に限定されないが、PEG:MeO−PEG=99.9:0.1〜0.1:99.9(質量比)が好ましい。
【0048】
PEG及び/又はMeO−PEGの含有量は、特に限定されないが、(1)トリブロック共重合体100質量部に対して2〜20質量部が好ましく、5〜20質量部がより好ましい。PEG及び/又はMeO−PEGの含有量が上記範囲内であることにより、さらに短時間で水又は水を含む媒体に溶解させることができ、しかも再溶解後の均一性及び流動性に優れる。
【0049】
PEG及びMeO−PEGの重量平均分子量は、それぞれ特に限定されないが、いずれも750〜50,000が好ましく、1,000〜10,000がより好ましい。PEG及びMeO−PEGの重量平均分子量が上記範囲内であることにより、さらに短時間で水又は水を含む媒体に溶解させることができ、しかも再溶解後の均一性及び流動性に優れる。
【0050】
本発明の癒着防止材において、温度応答性挙動を示す癒着防止材の濃度は、通常、トリブロック共重合体が15〜35質量%程度、好ましくは20〜35質量%程度である。なお、本発明の癒着防止材は、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)若しくは食塩の入っていないリン酸緩衝液等の水を含む媒体又は水で希釈することができる。本発明では、これらの水又は水を含む媒体に希釈されたものも癒着防止材として包含する。
【0051】
トリブロック共重合体が10質量%となるように本発明の液体状の癒着防止材を作製し、ゲル化温度以上の37℃でpH=7.4のリン酸緩衝液中に浸漬した場合に、13日後における分子量の減少率は、好ましくは70〜80%である。
【0052】
本発明の癒着防止材は、乾燥させることにより固体(粉末)状態とすることができる。乾燥方法は、後述の方法に従って行えばよい。固体(粉末)状態とした本発明の癒着防止材は、保存安定性に優れるとともに、上述の水又は水を含む媒体に短時間で再溶解することができる。
【0053】
本発明の癒着防止材は、一種で使用してもよいし、二種以上を併用してもよい。
【0054】
また、本発明の癒着防止材に対し、これ以外の公知の生分解性ポリマー、例えば、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトン(又は乳酸/グリコール酸共重合体、乳酸/グリコール酸/ε−カプロラクトン共重合体)、ゼラチン等を、本発明の癒着防止材の効果を阻害しない範囲で添加してもよい。その添加量は、本発明の癒着防止材100質量部に対して、50質量部以下、好ましくは30質量部以下、さらに好ましくは10質量部以下である。
【0055】
本発明の癒着防止材を2種以上又は本発明の癒着防止材とその他公知の生分解性ポリマーを組み合わせて適用することにより、癒着防止効果が向上するだけでなく、本癒着防止材の投与量を低減させることもできる。
【0056】
本発明の癒着防止材と公知の薬物とを混合し、医薬組成物として用いることができる。
【0057】
本発明の癒着防止材は、他の薬物と組み合わせて適用することにより、薬物の副作用の低減、薬物の治療効果増強等といった効果を得る場合がある。
【0058】
本発明の癒着防止材を薬物と混合すると、室温付近では液体状態であるため適用時における取扱が容易であり、一方体温付近では不溶のゲル状態となるため、適用後は不溶物となり薬物の早期拡散を抑制し、投与部位での薬物の滞留性を向上させることができる。
【0059】
当該医薬組成物に用いられる薬物としては、特に限定されないが、治癒促進性の薬剤を用いることができ、例えば、生理活性を有するペプチド類、蛋白類、その他の抗生物質、抗腫瘍剤、解熱剤、鎮痛剤、消炎剤、鎮咳去痰剤、鎮静剤、筋弛緩剤、抗てんかん剤、抗潰瘍剤、抗うつ剤、抗アレルギー剤、強心剤、不整脈治療剤、血管拡張剤、降圧利尿剤、糖尿病治療剤、抗凝血剤、止血剤、抗結核剤、ホルモン剤、麻薬拮抗剤等が挙げられる。これらの薬物は、1種又は2種以上を併用して含有させてもよい。
【0060】
本発明の医薬組成物における薬物の配合量は、薬物の種類などにより適宜選択することができる。本発明においては、癒着防止材100質量部に対して、0.00001〜50質量部、好ましくは0.0001〜1質量部の薬物を混合することができる。
【0061】
特に、本発明の癒着防止材を持続性注射剤とした場合には、薬物の配合量は、薬物の種類、持続放出させる期間等によって定められる。例えば、薬物がペプチド類の場合、約1週間〜約1ケ月の徐放性癒着防止材とするためには、通常、医薬組成物全質量に対し、10質量%〜50質量%程度含有させればよい。
【0062】
本発明の癒着防止材は、配合されるこれら薬物の効果を失活させることなく、均一に混合することが可能であり、侵襲部位の治癒期間中は、侵襲部位に滞留し、混合した薬物を徐放して薬物の効果を阻害せずに発揮させ、治癒後は安全に体内に吸収分解されるものである。
【0063】
さらに詳述すれば、本発明の癒着防止材においては、感染症の問題にかんがみ、抗菌性を有する薬剤を含有させることができる。その中でも、抗菌性に関して広い抗菌スペクトルを有する薬剤が好ましい。
【0064】
本発明の癒着防止材とこれら薬剤の混合方法は特に制限はなく、公知の方法が使用できる。例えば、癒着防止材と薬剤とを単に混合させても良いし、また癒着防止材の成分である各ポリマーに薬剤の効能を失うことなく結合させることも可能である。
【0065】
≪2.癒着防止材の製造方法≫
本発明の癒着防止材の製造方法は、特に限定はされないが、例えば下記(i)並びに(ii):
(i) ポリエチレングリコール、メトキシ−ポリエチレングリコール又は脂肪族ジオールの存在下、ε−カプロラクトン及びグリコリドを重合させて、前記(1)トリブロック共重合体を製造する工程1、並びに
(ii) 前記(1)トリブロック共重合体並びに前記(2)ポリエチレングリコール及び/又はメトキシ−ポリエチレングリコールを、溶媒に溶解させる工程2、
を順に含む。当該製造方法によれば、上述の(1)トリブロック共重合体並びに(2)PEG及び/又はMeO−PEGを含有する癒着防止材を好適に製造することができる。なお、工程1におけるPEG又はMeO−PEGは高分子開始剤として使用する成分であって、前記(1)トリブロック共重合体を構成する成分であるのに対して、工程2におけるPEG及び/又はMeO−PEGは本発明の癒着防止材中に含まれる成分であり、両者は明確に区別される。
【0066】
工程1
本発明の製造方法における工程1では、PEG、MeO-PEG又は脂肪族ジオールの存在下、ε−カプロラクトン及びグリコリドを重合させる工程を経てトリブロック共重合体を製造する。
【0067】
重合方法に関して、一例を示す。上記式(A)のトリブロック共重合体は、Sn(Oct)
2(オクチル酸錫)の存在下、PEGを高分子開始剤として、ε−カプロラクトン及びグリコリドを重合することにより、製造することができる。また、上記式(B)のトリブロック共重合体は、脂肪族ジオールを開始剤として、ε−カプロラクトン及びグリコリドを重合し、得られた左右対称のポリマーの末端にPEG及び/又はMeO-PEGを結合することにより、製造することができる。また、上記式(C)のトリブロック共重合体は、MeO−PEGを用いてε−カプロラクトン及びグリコリドを重合することによりABジブロック共重合体を合成した後、ジイソシアナート化合物、ジカルボン酸化合物等を使用して当該ABジブロック共重合体同士を縮合反応によって結合させることにより、製造することができる。
【0068】
脂肪族ジオールとしては、例えば、エチレングリコール、1,2−プロピレングリコール、1,3−プロピレングリコール、1,4−ブタンジオール等が挙げられる。
【0069】
ε−カプロラクトン、グリコリド、PEG、MeO−PEG及び脂肪族ジオールの各原料の使用量は、特に限定されず、例えば上述のトリブロック共重合体の好ましい各物性を満たすように適宜調整すればよい。なお、ε−カプロラクトン、グリコリド、PEG、MeO−PEG、脂肪族ジオール及びSn(Oct)
2は、それぞれ乾燥させたものを使用してもよい。
【0070】
重合終了後は、良溶媒及び貧溶媒を用いて再沈殿させ、さらに当該沈殿物を乾燥させることにより、白色粉末のトリブロック共重合体を得ることができる。上記良溶媒としては、例えばクロロホルムを使用することができ、上記貧溶媒としては、例えばジエチルエーテルを使用することができる。
【0071】
工程2
本発明の製造方法における工程2では、(1)トリブロック共重合体、並びに(2)PEG及び/又はMeO−PEGを、溶媒に溶解させる。これにより、上記溶媒にトリブロック共重合体、並びにPEG及び/又はMeO−PEGが均一に溶解した本発明の液体状の癒着防止材が得られる。
【0072】
溶媒は、トリブロック共重合体、並びにPEG及び/又はMeO−PEGを溶解させることができる限り特に限定されず、水、水を含む媒体、アセトン等が挙げられる。特に水を含む媒体が好ましい。水を含む媒体としては、上述の水を含む媒体(即ち、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水、食塩の入っていないリン酸緩衝液等)を使用することができる。溶媒の使用量は、トリブロック共重合体が20〜35質量%程度となるように溶媒を使用することが好ましい。
【0073】
工程3
本発明の製造方法では、工程2の後の工程3において、本発明の液体状の癒着防止材を乾燥させることにより、前記癒着防止材を固体状態としてもよい。
【0074】
乾燥方法としては、特に限定されない。例えば、真空凍結乾燥、熱風乾燥、真空減圧乾燥、赤外線加熱乾燥、マイクロ波加熱乾燥等が挙げられる。中でも真空凍結乾燥が好ましい。本発明の液体状の癒着防止材に対して真空凍結乾燥を行う場合、トリブロック共重合体とPEG及び/又はMeO−PEGとを含む溶液を凍結させた後、この凍結した溶液を真空圧下で乾燥させることにより、前記凍結した溶媒を昇華させる。当該真空凍結乾燥により得られた本発明の固体状態とした癒着防止材は、多数の隙間を有し、表面積が大きい。そのため、上記癒着防止材は保存安定性に優れるとともに、上述の水又は水を含む媒体に対してより短時間で再溶解し易い。
【0075】
真空凍結乾燥の各条件は、限定的ではない。例えば、凍結することが可能な温度(0℃未満)で凍結させた後、5〜20Pa程度の圧力下かつ室温(例えば10〜20℃)下で24時間乾燥させることにより、固体状態とした本発明の癒着防止材が得られる。
【0076】
本発明の固体状態とした癒着防止材を得るためには、トリブロック共重合体が1〜5質量%程度である本発明の液体状の癒着防止材に対して、上述の乾燥を行うことが好ましい。
【0077】
≪3.癒着防止材の適用方法≫
本発明の癒着防止材は、ヒトを含むほ乳類の生体組織に対して適用することができる。
【0078】
その適用方法としては、特に制限はなく、固体(粉末)状の本発明の癒着防止材を水又は水を含む媒体に溶解して得られたゾル状の水溶液を、例えば、塗布、スプレー、ディップ等により、臓器等の生体組織を被覆する方法が挙げられる。
【0079】
塗布方法としては、従来から使用されている方法を用いることができるが、例えば、ゾル状の癒着防止材を注射器等で生体組織に塗布する方法などが挙げられる。
【0080】
スプレー(噴霧)方法としては、従来から使用されている方法を用いることができるが、例えば、噴霧可能なポンプ式ノズルを装着したディスペンサー式スプレー、トリガー式スプレー、エアゾール式スプレー、人力噴霧器、動力噴霧器等が挙げられる。
【0081】
ディップ(浸漬)方法としては、特に制限はないが、例えば、液体状の癒着防止材を、臓器等が被覆される程度に腹腔内に注ぎ、その後に余分な液体状の癒着防止材を吸引等によって抜き取る方法などが挙げられる。
【0082】
本発明の癒着防止材は、液体状(ゾル状)の水溶液を適用するだけでなく、ゲル状にした後に適用してもよく、また固体(粉末)状の癒着防止材をそのまま生体組織に適用することも可能である。
【0083】
ゲル状の癒着防止材を用いる場合は、例えば、本発明の癒着防止材に水又は水を含む媒体を添加し、加温することで容易に得ることができる。
【0084】
そして、得られたゲル状の癒着防止材の適用方法としては、スパチュラ、刷毛等で生体組織に塗布する方法などが挙げられる。
【0085】
また、固体(粉末)状の癒着防止材を用いる場合は、例えば、固体(粉末)状の癒着防止材のまま生体組織に適用することができる。その場合、生体内の水分によって固体(粉末)状の癒着防止材がゾル状態となり、続いて、体温によってゲル状の癒着防止材とすることができる。
【0086】
固体(粉末)状の癒着防止材の適用方法としては、スパチュラ、刷毛等で生体組織に刷り込むように塗布する方法などが挙げられる。
【0087】
≪4.癒着防止材の性質≫
本発明の癒着防止材は、上記したように、良好な生体適合性、生分解性及び温度応答性を有する。
【0088】
ここで、温度応答性ゾル−ゲル転移とは、一般に癒着防止材を含有する溶液がゲル化温度を境にして、ゾル(液体)状態から、ゲル(固体)状態への転移を示す性質をいう。具体的には、ゾル(液体)状の癒着防止材をゲル化温度以上の温度に加熱するとゲル状態となり、それ以下の温度に冷却すると再び溶解して透明のゾル状態に戻るという性質をいう。
【0089】
本明細書では、癒着防止材の水溶液のゲル化温度は、動的粘弾性試験により、貯蔵弾性率G’が損失弾性率G’’を上回る温度として求めている。また、ゲル化温度は、試験管倒置法により癒着防止材の水溶液の粘度変化を測定することにより求めることができる。
【0090】
本発明の癒着防止材の水溶液は、10〜50℃程度の範囲にゲル化温度が存在し、かかる範囲で容易にゲル化温度を調節でき、その応用範囲は極めて広範である。例えば、25〜35℃の範囲にゲル化温度を有する本発明の癒着防止材の水溶液では、室温(例えば10〜20℃程度)と体温(35〜37℃程度)の間にゲル化温度が存在することより、ゾル(液体)状態のまま体内に投与することができ、体内でハイドロゲルを形成することができる。
【0091】
ゲル状の癒着防止材が生体組織の癒着の防止するためには、一般に1ヶ月程度、好ましくは2週間程度の期間にわたって、癒着防止材が患部(侵襲部位)に存在することが望ましい。
【0092】
本発明の癒着防止材は、室温付近では液体状態であるため、例えば注射器等で生体組織に適用(塗布)させる際に取扱いが容易であり、一方、体温付近では不溶のゲル状態となるため、体内に適用後は不溶物となることから、生体組織での癒着防止材の滞留性を向上させることができる。
【0093】
本発明の癒着防止材は、その他の医療材料に用いることができる。