(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
テラヘルツ波とは、一般に、0.1THz〜30THzまでの周波数の電磁波である。テラヘルツ波は、物性、電子分光、生命科学、化学、薬品科学などの基礎科学分野から、大気環境計測、セキュリティ、材料検査、食品検査、通信などの応用分野への展開が期待されている。
【0003】
例えば、テラヘルツ波は、光子エネルギーが小さくかつマイクロ波やミリ波に比して周波数が高いという特徴を活かすべく、対象物を非破壊で診断(検査)する画像診断装置への応用が期待されている。特に、波長範囲が生体細胞の構成物質に固有の吸収波長を含むことから、テラヘルツ波は、生体細胞の検査や観察をリアルタイムで行える装置への応用が期待されている。従来、生体細胞の検査や観察は、顔料などで染色しないと行い得なかったため、時間や手間を要していた。例えば、テラヘルツ波を利用することにより、可視光による観察が困難な細胞試料を高空間分解能で観察することができる装置がすでに公知である(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
特許文献1に開示された装置においては、テラヘルツ波の検出素子として、電気光学単結晶が利用されている。具体的には、入射するテラヘルツ波の強度に応じて屈折率が変化する、という電気光学単結晶の性質が利用されている。係る屈折率の変化は、テラヘルツ波が照射されている電気光学単結晶に対し赤外光などの光(検出光、プローブ光などと称する)を重畳的に照射すれば、当該光の位相や偏光、強度(光量)の変化として検出することが可能である。特許文献1に開示された装置においては、被検試料を透過することで強度に空間分布の生じた(強度が空間変調された)テラヘルツ波を電気光学結晶に入射させ、該強度分布に応じて電気光学単結晶に生じた屈折率変化の空間分布を、近赤外光の光量分布として読み出すことで、被検試料の観察が行えるようになっている。
【0005】
このような原理で観察を行う観察装置において、高い空間分解能を得るには、被検試料を透過したテラヘルツ波が回折の影響で広がらないように、電気光学結晶を出来るだけ薄くすることが求められる。特許文献1には、電気光学結晶を補強部材によって支持し、電気光学結晶自体は極めて薄く形成したテラヘルツ波検出素子も開示されている。
【0006】
一方、多重反射による影響を低減して測定可能なテラヘルツ帯域を拡げるべく、電気光学結晶として5μm以上100μm以下の厚みのZnTe結晶を用いるようにしたテラヘルツ電磁波検出器も既に公知である(例えば、特許文献2参照)。特許文献2に開示された技術においては、電気光学結晶を支持する支持基板にもZnTe結晶が用いられ、両者は熱圧着により接合されている。
【0007】
さらには、電気光学結晶であるニオブ酸リチウム単結晶やタンタル酸リチウム単結晶を0.1μm以上、10μm以下とし、支持基板をフルオレン骨格を有する樹脂で接着した接着体もすでに公知である(例えば、特許文献3参照)。
【0008】
上述のように、テラヘルツ波を用いた観察装置において高い空間分解能を得るには、検出に用いる電気光学結晶を薄くすることが要求される。これを実現するべく、テラヘルツ波検出素子は通常、特許文献2に開示の熱圧着や特許文献3に開示の樹脂接着といった手法によって電気光学結晶と支持基板とを接合したうえで電気光学結晶を薄層化することにより作製される。
【0009】
なお、より詳細にいえば、テラヘルツ波検出素子は一般に平面視で数mmから数cm角程度という比較的小さなサイズに形成される。それゆえ、上述のように薄層の電気光学結晶を有するテラヘルツ波検出素子は、通常、製造効率の向上や薄層化の精度確保のため、電気光学結晶と支持基板とをそれぞれサイズの大きな母基板として用意し、両母基板を接合して接合体を得た後、電気光学結晶を機械研磨等によって薄層化したうえで、最終的に接合体を所望のサイズの素子(チップ)にカットする、いわゆる多数個取りを行うことによって得られる。また、検出効率を向上させるために検出素子の表裏面に全反射膜や反射防止膜を設ける場合の成膜処理(コーティング処理)も通常、母基板を対象に行われる。
【0010】
また、高空間分解能を実現するには、テラヘルツ波検出素子が優れた平面度や平行度を有していることも必要である。すなわち、テラヘルツ波検出素子が、反りが小さくかつ表面凹凸が小さいものであることが必要である。観察装置に用いたテラヘルツ波検出素子の平面度や平行度が悪い場合、観察像が変質したり、ぼやけたりする現象が生じ、良好な観察を行うことが出来ない。
【0011】
上述のように多数個取りを行う場合、カット前の母基板の接合体が優れた平面度や平行度を有する必要がある。例えば、少なくとも20μm以下の空間分解能を得ようとすると、電気光学結晶の母基板を薄層化した後の状態において、4インチ径の母基板の接合体に換算した場合で、25μm以下の平面度と、3μm以下の平行度とが必要となる。そして、接合体においてこのような平面度や平行度を実現するには、支持基板の母基板がこれら平面度と平行度の要件を満たす必要がある。
【0012】
しかしながら、従来、母基板の平面度が高いと、樹脂接着によって2つの母基板を接合をする際に接合部に気泡を巻き込むという問題が起こっていた。
【0013】
接合部に気泡が存在すると、電気光学結晶の母基板を研磨によって薄層化する過程で気泡部分で当該母基板が割れてしまい、その破片が気泡がない良品部分に飛散してキズを形成してしまうことがある。係る場合、キズがその後の研磨でも除去できないほど深いものであると、接合体全体が不良品となってしまう。
【0014】
また、電気光学結晶と支持基板との間に接合面に気泡が存在するテラヘルツ波検出素子を用いて観察を行った場合、該気泡部分で検出光が散乱もしくは乱反射し、テラヘルツ波電気光学結晶に生じた屈折率変化を高S/N比で検出することができず、高い空間分解能が得られなくなるという不具合が生じる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
<テラヘルツ波検出素子の構成>
図1は、本実施の形態に係るテラヘルツ波検出素子10の構成を示す模式断面図である。
図2は、テラヘルツ波検出素子10が組み込まれた観察装置1000の構成を模式的に示す図である。なお、
図1における各層の厚みの大小関係は、実際のものを反映したものではない。
【0029】
図1に示すように、本実施の形態に係るテラヘルツ波検出素子10は、電気光学結晶層1と、支持基板2と、両者の接合層である樹脂層3とを主に備える。ただし、より詳細にいえば、電気光学結晶層1の被接合部分には介在層I1が存在する。
【0030】
係るテラヘルツ波検出素子10は、主として、
図2に示すような、生体細胞の検査や観察を行う観察装置1000において用いられる。当該観察装置1000においては、生体細胞等の被検試料S(
図2)をテラヘルツ波検出素子10の被載置面10sに載置させた状態で、テラヘルツ波検出素子10に対しテラヘルツ波THおよびプローブ光PBが重畳的に照射される。すなわち、観察装置1000において、テラヘルツ波検出素子10は、被検試料Sのステージとしての役割も有している。係るテラヘルツ波検出素子10は、被検試料Sを保持するに十分な平面サイズを有していればよいが、典型的には、平面視で数mm角程度の大きさを有する。なお、観察装置1000の構成およびこれを用いた被検試料Sの観察についての詳細は後述する。
【0031】
電気光学結晶層1をなす電気光学結晶としては、例えば、ニオブ酸リチウム(LN)結晶、タンタル酸リチウム(LT)結晶、ZnTe結晶、GaAs結晶、GaP結晶、KTP(KTiOPO
4)結晶、DAST(4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシレート)結晶などが例示できる。このうち、LNやLTについては、ストイキオメトリー組成であってもよいし、光損傷を低減する目的でMgOなどがドーピングされていてもよい。また、LNやLTを使用する場合、電気光学効果が大きいr33が電気光学定数として利用できるように、z軸が面内方向に存在するx板、y板であることが好ましい。
【0032】
電気光学結晶層1の厚みは、30μm以下とする必要がある。電気光学結晶層1の厚みを30μmよりも大きくすると、テラヘルツ波検出素子10の作製過程において電気光学結晶層1にクラックが発生し得るため、好ましくない。また、電気光学結晶層1の厚みは、10μm以下であるのが好ましい。電気光学結晶層1の厚みが10μm以下であれば、テラヘルツ波検出素子10を観察装置1000に使用した場合の空間分解能を20μm以下とすることが可能となる。空間分解能が20μm以下であれば、生体試料について良好に観察を行うことができる。
【0033】
なお、電気光学結晶層1の厚みが小さいほど空間分解能は高くなるが、加工精度の観点や、プローブ光PBの検出精度の観点などから、電気光学結晶層1は、1μm以上の厚みであるのが好ましい。
【0034】
介在層I1は、テラヘルツ波検出素子10を作製する過程において、支持基板2との接合性を向上させるために、設けられたものである。介在層I1は、電気光学結晶層1に引張応力を作用させる酸化物からなる。電気光学結晶層1と支持基板2との接合の仕方および介在層I1の詳細については後述する。
【0035】
支持基板2は、上述のように厚みが小さい電気光学結晶層1を支持する基板である。支持基板2は、アモルファス、単結晶、多結晶のいずれかで構成されればよいが、電気光学結晶ではないことが好ましい。また、基板水平方向の電界に対する感受率が小さい方位のものが好ましい。以上の点を鑑みると、支持基板2としては、ガラス基板、水晶基板、アルミナ基板、酸化マグネシウム基板などを用いるのが好適である。支持基板2の厚みについては、ある程度の強度とハンドリング性とが確保される限り、特段の制限はないが、例えば、数百μm〜数mm程度の厚みのものを用いるのが好適である。なお、プローブ光PBの散乱を防止するという観点では、支持基板2の表面粗さはプローブ光PBの波長の1/5以下であるのが好ましい。
【0036】
樹脂層3は、電気光学結晶層1と(より厳密にはそのうち介在層I1が備わる側と)支持基板2との接合層である。樹脂層3は、エポキシ系の熱硬化性樹脂からなる層である。また、樹脂層3は、電気光学結晶層1の熱膨張係数よりも大きな熱膨張係数を有する。
【0037】
樹脂層3は、電気光学結晶層1と支持基板2との接合状態を保持するという点からは、0.1μm以上の厚みを有していれば十分である。ただし、樹脂層3は、テラヘルツ波検出素子10における反りを抑制し、電気光学結晶層1におけるクラックの発生を防ぐという観点からは1μm以下の厚みに形成するのが好ましい。
【0038】
以上に示す、電気光学結晶層1と、支持基板2と、これらを接合する樹脂層3とが、テラヘルツ波検出素子10の基本的な構成要素である。
【0039】
ただし、本実施の形態に係るテラヘルツ波検出素子10には、さらに、観察装置1000において使用した場合の観察性能の向上を図る目的で、反射防止層4と、全反射層5とが備わっている。
【0040】
反射防止層4は、支持基板2の、樹脂層3とは反対側の面に設けられてなる。反射防止層4は、テラヘルツ波検出素子10に対し支持基板2の側から入射されるプローブ光PBが支持基板2の表面で反射されるのを防止するべく設けられる。
【0041】
具体的には、反射防止層4は、支持基板2の主面上に、相異なる組成の誘電体からなる第1単位反射防止層4aと第2単位反射防止層4bとが繰り返し交互に積層された誘電体多層膜として設けられる。反射防止層4の形成に用いることができる誘電体としては、酸化シリコン、酸化タンタル、酸化チタン、フッ化マグネシウム、ジルコニア、酸化アルミニウム、酸化ハフニウム、酸化ニオブ、
硫化亜鉛等が例示できる。あるいは、反射防止層4は、上記の誘電体の単層膜としてもよい。
【0042】
例えば、蒸着法により、Ta
2O
5からなる第1単位反射防止層4aとSiO
2からなる第2単位反射防止層4bとをそれぞれ数十nm〜百数十nm程度の厚みに形成し、反射防止層4を全体として0.2μm〜0.5μm程度の厚みに設けるのが好適である。これにより、反射率が0.1%以下の反射防止層4を設けることができる。
【0043】
全反射層5は、電気光学結晶層1の、樹脂層3とは反対側の面に設けられてなる。全反射層5は、テラヘルツ波検出素子10に対し支持基板2の側から入射したプローブ光PBを全反射させるべく設けられる
。
【0044】
具体的には、全反射層5は、電気光学結晶層1の主面上に、相異なる組成の誘電体からなる第1単位全反射層5aと第2単位全反射層5bとが繰り返し交互に積層された誘電体多層膜として設けられる。
また、全反射層5は、電気光学結晶層1の熱膨張係数よりも小さな熱膨張係数を有する。なお、本実施の形態において、相異なる組成の第1単位全反射層5aと第2単位全反射層5bとの多層膜である全反射層5の熱膨張係数とは、層全体としての実効的な(平均的な)値であるとする。全反射層5の形成に用いることができる誘電体としては、酸化シリコン、酸化タンタル、酸化チタン、フッ化マグネシウム、ジルコニア、酸化アルミニウム、酸化ハフニウム、酸化ニオブ、
硫化亜鉛等が例示できる。
【0045】
例えば、蒸着法により、SiO
2からなる第1単位全反射層5aとTa
2O
5からなる第2単位全反射層5bとをそれぞれサブミクロンオーダーの厚みに形成し、全反射層5を全体として数μm程度の厚みに設けるのが好適である。これにより、反射率が99%以上で熱膨張係数がLN結晶のz軸方向の熱膨張係数よりも小さい全反射層5を設けることができる。
【0046】
テラヘルツ波検出素子10にこれらの反射防止層4と全反射層5とが備わることで、入射したプローブ光PBの損失が低減されるので、テラヘルツ波検出素子10を観察装置1000に用いた場合における観察像の品質が向上する。
【0047】
<観察装置による観察>
次に、観察装置1000の構成と、該観察装置1000を用いた被検試料Sの観察態様について説明する。
図2に示すように、被検試料Sを載置するステージとしてのテラヘルツ波検出素子10に加えて、観察装置1000は
、テラヘルツ波照射光学系OS1と、プローブ光照射光学系OS2と、
観察光学系OS3とを備える。
【0048】
テラヘルツ波照射光学系OS1は、テラヘルツ波発生源101と、パラボリックミラー102
とを主として備える。テラヘルツ波発生源101は、波長が800nmのフェムト秒チタンレーザをテラヘルツ波変換素子に照射することによってテラヘルツ波THを発生させるようになっている。
【0049】
プローブ光照射光学系OS2は、プローブ光光源103と、第1中間レンズ104と、無偏光ビームスプリッタ105と、対物レンズ106とを主として備える。プローブ光PBには、テラヘルツ波発生源101で使用するものと同じフェムト秒チタンレーザを用いる。したがって、プローブ光光源103から出射されるフェムト秒チタンレーザを途中で2方向に分岐させ、一方をプローブ光PBとして用い、他方をテラヘルツ波発生源101におけるテラヘルツ波THの発生に利用するようにしてもよい。係る場合、プローブ光光源103を、光遅延部によりテラヘルツ光をサンプリングして検出する、いわゆるテラヘルツ時間領域分光(THz−TDS:Terahertz Time Domain Spectroscopy)法で測定可能なシステムとして構成する態様であってもよい。
【0050】
観察光学系OS3は、第2中間レンズ107と、1/4波長板108と、偏光子109と、例えばCCDからなる撮像素子110とを主として備える。
【0051】
以上のような構成要素を有する観察装置1000において
は、テラヘルツ波検出素子10の被載置面10sに被検試料Sが載置された状態で、矢印AR1にて示すようにテラヘルツ波発生源101から出射され、パラボリックミラー102で反射および収束されたテラヘルツ波THが、被検試料Sに対して照射される。上述のように、テラヘルツ波検出素子10には全反射層5が備わっているので、実際には全反射層5の表面が被載置面10sとなる。
【0052】
被検試料Sに照射されたテラヘルツ波THは、被検試料Sにおいて細胞組成や厚みなどの空間分布(2次元分布)に応じた吸収を受け、その強度が空間的に(2次元的に)変調される。そして、この変調を受けたテラヘルツ波THが、テラヘルツ波検出素子10の電気光学結晶層1に入射する。すると、電気光学結晶層1においては、ポッケルス効果により、入射したテラヘルツ波THに生じている強度分布に応じて、複屈折による屈折率変化の程度に分布が生じる。換言すれば、テラヘルツ波THの入射位置における屈折率が当該入射位置におけるテラヘルツ波THの入射強度に応じて変化する。結果として、係る屈折率変化の分布(ひいては屈折率の分布)は、被検試料Sの空間的な情報を反映したものとなっている。
【0053】
一方で、観察装置1000においては、プローブ光光源103から平行光として出射されたプローブ光PBが、第1中間レンズ104にて非平行光とされたうえで、矢印AR2および矢印AR3にて示すように、無偏光ビームスプリッタ105、および対物レンズ
106を経て、支持基板2の側から(反射防止層4の側から)テラヘルツ波検出素子10に平行光として入射する。ここで、プローブ光PBとしては、波長帯域が800nm帯のものを用いる。本実施の形態に係るテラヘルツ波検出素子10は、支持基板2の表面に反射防止層4を備えているので、プローブ光PBは、損失をほとんど受けることなく電気光学結晶層1に入射する。
【0054】
電気光学結晶層1に入射したプローブ光PBは、上述のようにテラヘルツ波THの強度分布に応じて電気光学結晶層1に生じている屈折率分布に応じて屈折されつつ、テラヘルツ波検出素子10に備わる全反射層5によって全反射される。そして、矢印AR4にて示すように、対物レンズ106および無偏光ビームスプリッタ105に向けて出射される。係る態様にてテラヘルツ波検出素子10から出射されたプローブ光PBは、屈折率(屈折率変化)の空間分布を反映した強度(光量)の空間分布を有するものとなっている。
【0055】
テラヘルツ波検出素子10から出射されて無偏光ビームスプリッタ105に入射したプローブ光PBは、無偏光ビームスプリッタ105に備わるハーフミラー105mで反射される。そして、係るプローブ光PBは、矢印AR5にて示すように、第2中間レンズ107にて平行光とされたうえで1/4波長板108および偏光子109を順次に通過し、撮像素子110に入射する。
【0056】
上述のように、撮像素子110に入射したプローブ光PBは、テラヘルツ波検出素子10において電気光学結晶層1に生じた屈折率分布を反映した強度分布を有するものとなっている。そして、係る屈折率分布は、被検試料Sを透過したテラヘルツ波THが電気光学結晶層1に入射することによって生じたものである。結果として、観察装置1000においては、撮像素子110における結像画像が、被検試料Sの空間的な(2次元的な)状態の分布を表すものとなっている。よって、観察装置1000においては、撮像素子110における結像画像を観察することで、被検試料Sをリアルタイムに観察することが可能となっている。
【0057】
<テラヘルツ波検出素子の作製方法>
次に、上述のような構成を有する、本実施の形態に係るテラヘルツ波検出素子10の作製方法について詳述する。
図3は、本実施の形態に係るテラヘルツ波検出素子10の
作製の流れを概略的かつ模式的に示す図である。
【0058】
上述のように、本実施の形態に係るテラヘルツ波検出素子10は、電気光学結晶層1と支持基板2とを樹脂層3によって接合した構成を基本としているが、その平面サイズはせいぜい数mm角程度であることから、係る接合を、係る平面サイズの電気光学結晶層1や支持基板2を用意して行うのは困難かつ非効率である。そこで、本実施の形態においては、いわゆる多数個取りの手法にてテラヘルツ波検出素子10を作製する。
【0059】
まず、
図3に示すように、素子サイズに比して十分に大きなサイズ(直径)を有する第1母基板1Mと第2母基板2Mとを用意する(ステップS1)。例えば、数インチ径の第1母基板1Mと第2母基板2Mとを用意するのが好適である。そして、第1母基板1Mの酸化物層OL1が形成されている側の主面と、第2母基板2Mの主面とを樹脂接着により接合し、接合体10Mを得る(ステップS2)。
【0060】
ここで、第1母基板1Mとは、上述した電気光学結晶層1と同じ組成および結晶状態を有し、かつ厚みの大きな基板である。なお、第1母基板1Mの厚みについては、ある程度の強度とハンドリング性とが確保される値であることが求められる一方で、最終的にテラヘルツ波検出素子10を構成する電気光学結晶層1の厚みとの差異が大き過ぎると、後述する研磨工程に過剰な時間を要することになる。それゆえ、例えば、数百μm〜数mm程度の厚みのものを用いるのが好適である。
【0061】
第2母基板2Mとは、上述した支持基板2と同じ組成、結晶状態、および厚みを有する基板である
。ただし、第2母基板2Mとしては、平面度が25μm以下で平行度が3μm以下のものを用いるのが好ましく、平面度が15μm以下で平行度が2μm以下のものを用いるのがより好ましい。これらの要件をみたす場合、テラヘルツ波検出素子10において反りや凹凸が抑制されるので、それぞれ、20μm以下、10μm以下という優れた空間分解能が実現可能となる。すなわち、空間分解能の優れたテラヘルツ波検出素子10を得ることができる。
【0062】
なお、特に断らない限り、本明細書において、平面度および平行度は、4インチ径の基板(もしくは接合体)に換算した値として表す。
【0063】
樹脂接着に先立ち、第1母基板1Mの一方主面には、あらかじめスパッタ法にて酸化物層OL1を形成しておく。より詳細には、当該主面とその近傍に引張応力が作用するように酸化物層OL1を形成しておく。これは例えば、SiO
2、Ta
2O
5などの酸化物層を、10nm以上の厚みに形成することで実現される。
【0064】
ただし、酸化物層OL1は1μm以下に形成する。酸化物層OL1の厚みを1μmより大きくすると、第1母基板1Mの反りが大きくなり過ぎるために、接合の結果得られる接合体10Mに反りが生じ、その平面度や平行度が劣化してしまうため好ましくない。平面度や平行度が劣化すると、電気光学結晶層1の電気光学定数が劣化し、テラヘルツ波検出素子10において、20μm以下という良好な空間分解能が得られなくなる。より好ましくは、酸化物層OL1は500nm以下に形成され、さらに好ましくは、200nm以下に形成される。これにより、より空間分解能の優れたテラヘルツ波検出素子が実現される。
【0065】
樹脂接着は、第1母基板1Mの酸化物層OL1が形成されている側の主面に(より厳密には、酸化物層OL1の表面に)エポキシ系の接着剤A(
図4参照)を塗布したうえで、第2母基板2
Mを、双方のオリフラが一致するように貼り合わせることで行う。
【0066】
図4は、第1母基板1Mと第2母基板2Mとを接着剤にて貼り合わせる際の様子をより詳細に表す図である。また、
図5は、対比のために示す、酸化物層OL1を設けずに第1母基板1Mと第2母基板2Mとを接着剤にて貼り合わせた状態を表す図である。
【0067】
一般に、平面度が数十μm以下という平坦性の高い2つの基板を接着剤により貼り合わせて接合しようとする場合、
図5に示すように、貼り合わせ領域REに気泡Bが入り込みやすく、しかも、いったん入り込んだ気泡Bは除去するのが難しいという問題がある。係る気泡は、接合体10Mにおけるクラック発生源となったり、テラヘルツ波検出素子10の空間分解能を低下させる要因ともなる。それゆえ、貼り合わせの段階で出来るだけ除去される必要がある。
【0068】
本実施の形態においては、係る問題を、酸化物層OL1の形成により解消している。具体的には、酸化物層OL1が形成されてなることで、
図4(a)に示すように、第1母基板1Mにおいては、わずかではあるが、引張応力の作用によって酸化物層OL1が形成された側が凸となるように反りが生じている。なお、
図4においては理解の容易のために、係る反りを誇張して示している。
【0069】
そして、このように第1母基板1Mにわずかながら反りがあることで、第1母基板1Mと第2母基板2Mとの貼り合わせは、必ず、第1母基板1Mの最凸
部から進んでいく。それゆえ、
図4(b)および
図4(c)に示すように、仮に気泡Bが最凸
部の近傍に存在していたとしても、貼り合わせが進行して第1母基板1Mと第2母基板2Mが接近し貼り合わせ領域REが拡がるに従い、気泡Bは
図4(b)、(c)に矢印にて示すように貼り合わせ領域REの外周端部に向けて移動し、外気と接触することで消失する。結果として、気泡Bの残存しない貼り合わせが実現される。
【0070】
上述の態様にて貼り合わされた第1母基板1Mと第2母基板2Mとの貼り合わせ体をプレス圧着し、その後、200℃の雰囲気で数時間程度放置して接着剤を硬化させて接着層3Mとすることで、接合体10Mが得られる。
【0071】
なお、以降に説明するプロセスを経た後、最終的に接合体10Mが多数個のテラヘルツ波検出素子10にカットされると、第1母基板1Mと第2母基板2Mと接着層3Mに由来する部分がそれぞれのテラヘルツ波検出素子10の電気光学結晶層1と支持基板2と樹脂層3となるが、便宜上、接合体10Mが得られた以降においては、第1母基板1Mを単に電気光学結晶層1と称し、第2母基板2Mを単に支持基板2と称し、接着層3Mを単に樹脂層3と称することとする。
【0072】
次に、得られた接合体10Mの電気光学結晶層1を、公知の薄板加工手法にて、上述した素子状態での電気光学結晶層1の好ましい厚みと等しい厚みとなるまで研磨する(ステップS3)。
【0073】
研磨が終了すると、研磨後の電気光学結晶層1の上に、全反射層5となる誘電体多層膜を蒸着法によって形成し(ステップS4)、続いて、支持基板2の上に、反射防止層4となる誘電体多層膜を蒸着法によって形成する(ステップS5)。これらの誘電体多層膜についてもそれぞれ、便宜上、全反射層5、反射防止層4と称することとする。
【0074】
最後に、反射防止層4までが形成された接合体10Mを、所望の平面サイズを有するようにダイシングなどの公知の手法で接合方向に沿った面で所定の素子サイズの個片にカットすることで、多数個のテラヘルツ波検出素子10が得られる(ステップS6)。その際、酸化物層OL1は、それぞれのテラヘルツ波検出素子10における介在層I1となる。空間分解能を低下させる要因である気泡が存在しないことから、得られたテラヘルツ波検出素子10は、優れた空間分解能を有するものとなっている。
【0075】
以上、説明したように、本実施の形態によれば、テラヘルツ波検出素子を多数個取りの手法によって作製する場合において、電気光学結晶からなる第1母基板と、支持基板とを接着剤によって貼り合わせる際に、あらかじめ第1母基板に酸化物層を形成することによって第1母基板をわずかに凸状にしておくことで、貼り合わせ部分に気泡の混入させることなく第1母基板と第2母基板とを貼り合わせることができる。これにより、電気光学結晶層と支持基板との間に気泡が存在せず、クラックフリーで空間分解能の優れたテラヘルツ波検出素子を安定的に得ることができる。
【0076】
また、係るテラヘルツ波検出素子を観察装置に適用することで、生体試料を高空間分解能でかつリアルタイムに観察可能な観察装置が実現される。
【0077】
<変形例>
上述の実施の形態においては、第1母基板1Mに酸化物層OL1を形成することで、電気光学結晶層と支持基板との間に気泡の存在しないテラヘルツ波検出素子を実現するようになっているが、酸化物層の形成により気泡を除外する態様はこれに限られるものではない。例えば、第1母基板1Mに代えて、第2母基板2Mの主面に酸化物層を形成することによって第2母基板2Mにわずかな反りを与えたうえで、第1母基板1Mと第2母基板2Mとを貼り合わせるようにしてもよい。あるいは、第1母基板1Mと第2母基板2Mの双方に酸化物層を形成するようにしてもよい。
【実施例】
【0078】
本実施例では、酸化物層OL1の厚みを不形成の場合を含めて7水準に違えることで7通りの作製条件で接合体10Mを作製し、気泡の混入やクラック発生などの不良の有無の評価を行った。それぞれの作製条件について、5ウエハ分のサンプルを作製した。
【0079】
具体的には、いずれの作製条件の場合においても、まず、第1母基板1Mとして、4インチ径で厚みが500μmの、MgO5mol%ドープのx板LN単結晶基板を用意し、第2母基板2Mとして、4インチ径で厚みが500μmのテンパックスガラスを用意した。
【0080】
第2母基板2Mの平面度は、フジノン製干渉計により測定したところ3μm以内であった。また平行度は、マイクロメータで測定したところ1μm以内であった。
【0081】
次に、第1母基板1Mの一方の主面に、スパッタ法により、酸化物層OL1としてのSiO
2層を形成した。その際には、酸化物層OL1の厚みを、5nm、10nm、200nm、500nm、1000nm、1100nmの6通りに違えるようにした。また、酸化物層OL1を形成しない(厚み0nm)の第1母基板1Mも用意した。
【0082】
いずれの場合も、第1母基板1Mの表面にエポキシ系接着剤を塗布したうえで、第2母基板2Mを、双方のオリフラが一致するように貼り合わせてプレス圧着した。続いて、200℃の雰囲気で1時間程度放置して接着剤を硬化させて接着層3M(熱膨張係数:40ppm/℃)とすることで、接合体10Mを得た。係る場合においては、あらかじめ行っておいたエポキシ系接着剤の塗布量およびプレス圧と接着層3Mの厚みとの関係を特定するための予備実験の結果に基づき、接着層3Mの厚みが0.3μmとなるように、エポキシ系接着剤の塗布量および圧着の際のプレス圧を調整した。
【0083】
この時点の接合体10Mについて、目視および顕微鏡により外観を観察した。
【0084】
続いて、公知の薄板加工手法によって接合体10Mを構成する電気光学結晶層1を3μmの厚みとなるまで研磨した。研磨後の電気光学結晶層1の平面度と平行度を測定した結果、それぞれ、5μm以内、0.5μm以内となっていた。
【0085】
係る研磨後の接合体10Mについても、目視および顕微鏡により外観を観察した。
【0086】
その後、それぞれの接合体10Mの電気光学結晶層1の主面上に、蒸着法によって、第1単位全反射層5aとしてのSiO
2層と第2単位全反射層5bとしてのTa
2O
5層とを交互に、計25層となるように形成することにより、誘電体多層膜としての全反射層5(熱膨張係数:4ppm/℃)を得た。全反射層5の総厚は3μmとした。なお、その際のSiO
2層とTa
2O
5層の厚みはそれぞれ137nmと97nmであった。反射特性を評価したところ、800nm帯にて200nmの帯域で反射率が99%以上であった。
【0087】
さらに、それぞれの接合体10Mの支持基板2の主面上に、蒸着法によって、第1単位反射防止層4aとしてのTa
2O
5層と第2単位反射防止層4bとしてのSiO
2層とを交互に、計4層となるように形成することにより、誘電体多層膜としての反射防止層4を得た。より詳細には、支持基板2に近い側から、厚み31nmのTa
2O
5層、厚み40nmのSiO
2層、厚み93nmのTa
2O
5層、厚み125nmのSiO
2層を順次に形成することにより、総厚が0.3μmの反射防止層4を形成した。
【0088】
続けて、係る反射防止層4の形成までを行った接合体10Mからテラヘルツ波検出素子10を作製し、観察装置1000を用いて空間分解能を評価した。
【0089】
図6は、本実施の形態において採用した、空間分解能評価用パターンPTを用いて空間分解能を特定する手法について、説明するための図である。ここで、空間分解能評価用パターンとは、幅の等しい複数のラインパターンを当該幅と同じ間隔(スペース)で一方向に配置したラインアンドスペースパターンである。
【0090】
係る空間分解能評価用パターンPTを用いて空間分解能を特定する場合、まず、電気光学結晶層1側の主面にラインアンドスペース(ライン幅およびライン間隔)が異なる複数の空間分解能評価用パターンPTを形成したテラヘルツ波検出素子10を、観察装置1000に配置し、空間分解能評価用パターンPTを観察する。
【0091】
そして、それぞれの空間分解能評価用パターンPTから得られる、ラインパターンの配置方向についての強度曲線Cにおいて、最大強度Imaxと最小強度Iminとの差分値をΔIとするとき、I1=Imin+0.9Δ
I(=Imax−0.1Δ
I)をとる位置x1と、I2=Imin+0.1Δ
I(=Imax−0.9Δ
I)をとる位置x2との距離Δxを求める。そして、それぞれの空間分解能評価用パターンPTから得られたΔxの最小値を、当該テラヘルツ波検出素子10についての空間分解能と規定する。
【0092】
本実施例の場合においては、上述した7種類の接合体10Mのそれぞれにおいて、気泡が存在しなかったサンプルの電気光学結晶層1側の主面に、ラインアンドスペースを(ライン幅およびライン間隔を)10μm、20μm、30μm、40μmの4通りに違えた4水準の空間分解能評価用パターンPT(
図6参照)を金にて蒸着形成したうえで、接合体10Mをダイシングにより5mm角サイズに切断し、当該パターン付きのテラヘルツ波検出素子10を得た。そして、テラヘルツ波検出素子10に対して、空間分解能を算出した。
【0093】
酸化物層OL1の厚み条件ごとの、電気光学結晶層1を研磨する前の接合体10Mにおける気泡混入率と、それぞれの接合体10Mから作製したテラヘルツ波検出素子10の空間分解能の値とを、表1に示す。なお、ここで、気泡混入率とは、酸化物層OL1の厚みが同じサンプルのうち、気泡が存在したサンプルの比率を表す値である。
【0094】
【表1】
【0095】
表1に示すように、酸化物層OL1の厚みを10nm以上1000nm以下としたサンプルNo.3、4、5、
6においては、20
nm以下という良好な空間分解能が得られた。また、酸化物層OL1の厚みを10nm以上500nmとしたサンプルにおいては、気泡は全く確認されなかったが、それ以外のサンプルには気泡が存在した。
【0096】
また、
図7は、酸化物層OL1の厚みが0nmと200nmの接合体10Mについての、電気光学結晶層1の研磨前後における外観写真を示す図である。
図7に示すように、酸化物層OL1を形成しなかったサンプルにおいては、研磨前に気泡が存在していた箇所において、研磨によってクラックが生じていた。これに対して、酸化物層OL1を形成したサンプルでは、研磨の前後で全く気泡は確認されなかった。
【0097】
以上の結果は、酸化物層OL1を適宜の厚みに形成することが、接合体10Mへの気泡の混入の防止さらには接合体10Mにおけるクラック抑制と、テラヘルツ波検出素子10空間分解能の向上にとって有効な手法であることを指し示している。