(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6144989
(24)【登録日】2017年5月19日
(45)【発行日】2017年6月7日
(54)【発明の名称】速度センサレス電動機制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 21/24 20160101AFI20170529BHJP
【FI】
H02P21/24
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-155825(P2013-155825)
(22)【出願日】2013年7月26日
(65)【公開番号】特開2015-27191(P2015-27191A)
(43)【公開日】2015年2月5日
【審査請求日】2016年5月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003115
【氏名又は名称】東洋電機製造株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100161148
【弁理士】
【氏名又は名称】福尾 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100173794
【弁理士】
【氏名又は名称】色部 暁義
(72)【発明者】
【氏名】高木 正志
【審査官】
池田 貴俊
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−014488(JP,A)
【文献】
特開2001−161094(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2004/0108830(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 21/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動機に流れる電流ベクトルを検出する電流検出部と、
直流電流指令及び複数の直流位相角指令を元に、前記電流ベクトルを前記複数の直流位相角指令各々の直流電流に制御するための電圧指令を出力し、拾い上げ制御切替指令により前記複数の電圧指令から1つを選択し拾い上げ電圧指令として出力する可変ゲイン切替付拾い上げ制御部と、
前記電流ベクトル及び前記拾い上げ電圧指令を入力し、実磁束ベクトルを出力する実磁束推定部と、
前記電流ベクトル、前記実磁束ベクトル、及び拾い上げ時間を入力し、前記電動機の初期速度及び初期二次磁束を出力する初期値推定部と、
前記実磁束ベクトル及び前記直流位相角指令の少なくとも1つを入力し、前記拾い上げ制御切替指令を出力する演算部と、
を備えることを特徴とする速度センサレス電動機制御装置。
【請求項2】
前記可変ゲイン切替付拾い上げ制御部は、
前記直流電流指令、前記直流位相角指令、及び第1制御ゲインを元に、前記電流ベクトルを第1直流電流に制御するための第1拾い上げ電圧指令を出力する第1電流制御部と、
前記直流電流指令、前記直流位相角指令、及び第2制御ゲインを元に、前記電流ベクトルを第2直流電流に制御するための第2拾い上げ電圧指令を出力する第2電流制御部と、
前記第1拾い上げ電圧指令及び前記第2拾い上げ電圧指令を、前記拾い上げ制御切替指令により切り替えて前記拾い上げ電圧指令とする指令切替部と、
を備えることを特徴とする、請求項1に記載の速度センサレス電動機制御装置。
【請求項3】
前記第2電流制御部に入力される前記直流位相角指令を、前記第1電流制御部に入力される前記直流位相角指令とは異なる値にする、請求項2に記載の速度センサレス電動機制御装置。
【請求項4】
前記第2電流制御部に入力される前記直流位相角指令を、前記第1電流制御部に入力される前記直流位相角指令から180度位相反転した値にする、請求項3に記載の速度センサレス電動機制御装置。
【請求項5】
前記演算部は、前記拾い上げ時間をさらに入力し、前記拾い上げ時間及び前記実磁束ベクトルから演算される、前記電動機の暫定推定速度をさらに出力するとともに、前記可変ゲイン切替付拾い上げ制御部の複数の制御の少なくとも1つの制御ゲインを、前記暫定推定速度に基づくものとする、請求項1から4のいずれか一項に記載の速度センサレス電動機制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機のトルク制御に関するものであり、特に、電動機の初期速度と初期二次磁束の推定を高精度にし、電動機トルク制御を高精度にするものである。
【背景技術】
【0002】
電動機のメンテナンス性を高めたり、電動機を小さくしても大きな出力を得られるようにしたりする観点から、速度センサが設けられていない、いわゆる速度センサレス電動機制御装置が知られている(例えば特許文献1,2参照)。このような速度センサレス電動機制御装置で電動機のトルクを制御する際には、一般に電動機の速度(角速度)を推定する必要がある。
【0003】
図5は、従来の速度センサレス電動機制御装置の構成例を示すブロック図である。
【0004】
電流検出部5は、電動機6に流れる電流ベクトルiを検出する。拾い上げ制御部2は、電流検出部5で検出した電流ベクトルiと、直流電流指令I及び直流位相角指令θ1を入力し、電動機6に流れる電流iを指令(I,θ1)通りの直流電流にするための拾い上げ電圧指令v0を出力する。
【0005】
実磁束推定部9は、電流ベクトルi及び拾い上げ電圧指令v0から式(A)で、電動機6の実磁束ベクトルφ2rを演算する。
【数1】
ここで、R1は電動機6の一次抵抗、L1は一次自己インダクタンス、L2は二次自己インダクタンス、Mは相互インダクタンスである。
【0006】
演算用タイマ14は、拾い上げ制御開始指令STのエッジで0クリアされるタイマカウンタであり、拾い上げ時刻t0を出力する。
【0007】
初期値推定部7は、電流ベクトルi、実磁束ベクトルφ2r、及び拾い上げ時刻t0を入力とし、電動機6の初期速度ωm0及び初期二次磁束φ20と出力する。
【0008】
トルク制御部1は、トルク制御開始指令SWがオンになると、初期値推定部7の出力である初期速度ωm0と初期二次磁束φ20とを初期値として、電流ベクトルiを元に、電動機6のトルクを制御するトルク制御電圧指令V1を出力する。なお、ここで示す例では、電動機6の電源が投入された時点では、トルク制御開始指令SWはオフの状態となっている。
【0009】
切替部3は、トルク制御開始指令SWにより、拾い上げ電圧指令v0とトルク制御電圧指令V1を切替えて出力する。すなわち、トルク制御開始指令SWがオンになるまでは拾い上げ電圧指令v0を電圧指令V*とし、トルク制御開始指令SWがオンになるとトルク制御電圧指令V1を電圧指令V*として出力する。
【0010】
電力変換部4は、電圧指令V*を増幅して電動機6に電力を供給する。
【0011】
以上の構成とすることにより、トルク制御開始指令SWがオンになるまでは、拾い上げ制御部2と実磁束推定部9と演算用タイマ14と初期値推定部7とで、電動機6の初期速度ωm0と初期二次磁束φ20を推定する。トルク制御開始指令SWがオンになると、SWがオンになった時点の初期速度ωm0と初期二次磁束φ20を初期値として、電動機6のトルク制御が行われる。トルク制御開始指令SWをオンにするタイミングは、拾い上げ制御実施時間、初期速度ωm0と初期二次磁束φ20の状態、等で決める。
【0012】
以下、トルク制御開始指令SWがオンになるまでの、拾い上げ制御における初期値推定部7の動作に関して詳細に説明する。
【0013】
初期値推定部7では、実磁束ベクトルφ2rの動きから電動機6の初期速度ωm0を推定し、初期二次磁束φ20を推定する。
図6は、初期値推定部7の一構成例である。
【0014】
実磁束メモリ10は、時々刻々変化する実磁束推定ベクトルφ2rの、時刻0から拾い上げ時刻t0の区間までを記憶する。実磁束抽出部11は、時刻0〜t0の区間から、任意の3時点t00、t01、t02の実磁束推定ベクトルφ2rであるφ(t00),φ(t01),φ(t02)を抽出する。
【0015】
初期速度推定部12は、一例として、式(B)〜式(G)で初期速度ωm0を演算する。この方法では、最初に、3つのベクトルφ(t00),φ(t01),φ(t02)の終点を通る円の中心Rを式(B)〜式(E)で求める。
【0016】
【数2】
【0017】
【数3】
【0018】
【数4】
【0019】
【数5】
ここで、(F1
A,F1
B),(F2
A,F2
B),(R
A,R
B)は、各々、ベクトルF1,F2,Rの各成分である。
【0020】
次に、円の中心Rから見た、ベクトルφ(t00)とベクトルφ(t02)との間の角度θCを式(F)で求める。
【0021】
【数6】
ここで、記号「×」はベクトルの外積を、記号「・」はベクトルの内積をそれぞれ示す。
【0022】
時刻t00からt02まで(例えば数十ミリ秒)の電動機6の回転速度は、ほぼ一定とみなすことができるため、最後に式(G)で初期速度ωm0を求めることができる。
【0023】
【数7】
【0024】
初期磁束推定部13は、電流ベクトルiを使って、式(H)にて初期二次磁束φ20を求める。
【数8】
ここで、jは虚数単位、T2は電動機6の二次時定数で、L2/R2で得られる。R2は二次抵抗である。φxxは拾い上げ制御開始時の残留磁束である。なお、式(H)の第2項は、ベクトルRに対する実磁束推定ベクトルφ2rの相対ベクトルとして求めることもできる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0025】
【特許文献1】特開2001−211689号公報
【特許文献2】特開2001−211697号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
式(B)〜式(G)を使って、実磁束ベクトルφ2rの円軌跡の動きから電動機6の初期速度ωm0を推定する際、式(H)の、時刻t0が変化した際の第2項部分の動きを使って初期速度ωm0を推定していると考えることができる。そのため一般に、式(H)の第2項部分のベクトルの大きさが大きくなるほど、実磁束推定部9による実磁束ベクトルφ2rの推定値に誤差があってもその影響は小さくなり、それゆえに初期速度ωm0の演算精度は高くなる。
【0027】
ここで、上述した速度センサレス電動機制御装置において、拾い上げ制御部2は、電動機6に流れる電流iを指令(I及びθ1)通りの直流電流にするための拾い上げ電圧指令v0を出力する。しかしながら、拾い上げ制御部2の制御には制御遅れが発生する。この制御遅れは、電動機6の初期速度ωm0が高い場合により顕著になり、
図7に示すように、電動機6に流れる電流iに、電動機6の初期速度ωm0に対応する周波数の脈動成分が重畳されて、電流iを指令通りの直流電流に制御できなくなる。なお、
図7において、i
A,i
Bは、ベクトルiのA,B軸成分である。
【0028】
すると、電動機6の実磁束ベクトルφ2rは、直流電流を仮定した式(H)のようにはならず、実磁束ベクトルφ2rの軌跡の半径は、
図8に示すように急激に小さくなる。
図8の
F2rA,F2rBは、式(A)で求まる
実磁束ベクトル
φ2rのA、B軸成分である。式(B)〜式(G)を使った演算は、ベクトルF1,F2の大きさが小さくなる分、実磁束推定部9の推定誤差の影響が大きくなり、その結果、演算精度が悪くなり、初期速度ωm0及び初期二次磁束φ20の推定に大きな誤差が生じる恐れがある。
【0029】
ここで、拾い上げ制御部2の制御ゲインを高くすることにより、制御遅れは改善でき、電動機6に流れる電流iの脈動成分の振幅は小さくなる。しかしながら、制御ゲインを一律に高くすると、制御遅れが元々大きくない、電動機6の初期速度ωm0の低い場合に、制御が不安定になる恐れがある。
【0030】
本発明は、以上の問題点を解決するためになされたものであり、制御が不安定になる恐れなしに、電動機の初期速度ωm0及び初期二次磁束φ20を高精度に推定することができる速度センサレス電動機制御装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0031】
上記課題を解決するため、この発明の速度センサレス電動機制御装置は、電動機に流れる電流ベクトルを検出する電流検出部と、直流電流指
令及び
複数の直流位相角指令を元に、前記電流ベクトルを
前記複数の直流位相角指令各々の直流電流に制御
するための電圧指令を出力し、拾い上げ制御切替指令により
前記複数の電圧指令から1つを選択し拾い上げ電圧指令
として出力する可変ゲイン切替付拾い上げ制御部と、前記電流ベクトル及び前記拾い上げ電圧指令を入力し、実磁束ベクトルを出力する実磁束推定部と、前記電流ベクトル、前記実磁束ベクトル、及び拾い上げ時間を入力し、前記電動機の初期速度及び初期二次磁束を出力する初期値推定部と、前記実磁束ベクトル及び前記直流位相角指令の少なくとも1つを入力し、前記拾い上げ制御切替指令を出力する演算部と、を備えることを特徴とする。
【0032】
そして、好ましくは、前記可変ゲイン切替付拾い上げ制御部は、前記直流電流指令、前記直流位相角指令、及び第1制御ゲインを元に、前記電流ベクトルを第1直流電流に制御するための第1拾い上げ電圧指令を出力する第1電流制御部と、前記直流電流指令、前記直流位相角指令、及び第2制御ゲインを元に、前記電流ベクトルを第2直流電流に制御するための第2拾い上げ電圧指令を出力する第2電流制御部と、前記第1拾い上げ電圧指令及び前記第2拾い上げ電圧指令を、前記拾い上げ制御切替指令により切り替えて前記拾い上げ電圧指令とする指令切替部と、を備える。
【0033】
また好ましくは、前記第2電流制御部に入力される前記直流位相角指令を、前記第1電流制御部に入力される前記直流位相角指令とは異なる値にする。より好ましくは、前記第2電流制御部に入力される前記直流位相角指令を、前記第1電流制御部に入力される前記直流位相角指令から180度位相反転した値にする。
【0034】
ここで、好ましくは、前記演算部は、前記拾い上げ時間をさらに入力し、前記拾い上げ時間及び前記実磁束ベクトルから演算される、前記電動機の暫定推定速度をさらに出力するとともに、前記可変ゲイン切替付拾い上げ制御部の複数の制御の少なくとも1つの制御ゲインを、前記暫定
推定速度に基づくものとする。
【発明の効果】
【0035】
以上の手段により、制御を不安定にすること無しに、電動機の初期速度が高速の場合でも電動機に流れる電流を直流に制御して、実磁束ベクトルの軌跡の半径の急激な減少を抑制できる。その結果、電動機の初期速度及び初期二次磁束を高精度に推定することができ、電動機のトルクを高精度に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1】本発明の速度センサレス電動機制御装置の一構成例を示すブロック図である。
【
図2】本発明の可変ゲイン切替付拾い上げ制御部の一構成例を示すブロック図である。
【
図3】本発明の速度センサレス電動機制御装置の一構成例の実磁束ベクトルの軌跡を示すグラフである。
【
図4】本発明の速度センサレス電動機制御装置の一実施形態を動作させた際の、電動機の実磁束ベクトルの軌跡を示す図である。
【
図5】従来の速度センサレス電動機制御装置の一構成例を示すブロック図である。
【
図6】従来の初期値推定部の一構成例を示すブロック図である。
【
図7】従来の速度センサレス電動機制御装置を動作させた際の、電動機の電流ベクトル及び実磁束ベクトルの各成分の時間遷移を示す図である。
【
図8】従来の速度センサレス電動機制御装置の実磁束ベクトルの軌跡を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0037】
制御を不安定にすること無しに、電動機の初期速度が高速の場合においても、電動機に流れる電流を直流に制御することができる構成を実現する。
【0038】
図1は、本発明の一構成例を示すブロック図である。本実施形態の速度センサレス電動機制御装置は、トルク制御部1と、切替部3と、電力変換部4と、電流検出部5と、初期値推定部7と、実磁束推定部9と、演算用タイマ14と、演算部101と、可変ゲイン切替付拾い上げ制御部102とを備える。なお、上述した
図5,6に示す従来技術と同様の構成要素については、
図5,6と同じ符号を付して説明を省略する。
【0039】
可変ゲイン切替付拾い上げ制御部102は、電動機6の電流ベクトルiと直流電流指令I、少なくとも1つの(この実施形態では2つの)直流位相角指令θ1,θ2、及び制御ゲインを元に、電流ベクトルiを少なくとも1つの(この実施形態では2つの)位相角の直流電流にする制御ができ、複数の制御を拾い上げ制御切替指令SSにより切り替えて、拾い上げ電圧指令v0を出力する。
【0040】
演算部101は、実磁束ベクトルφ2r、及び直流位相角指令の少なくとも1つθ1を入力し、拾い上げ制御切替指令SSを出力する。
【0041】
拾い上げ制御切替指令SSは様々な方法で求めることができる。第1の例では、演算用タイマ14が出力する拾い上げ時間t0が所定の値に達したときに、演算部101は、拾い上げ制御切替指令SSをオンにする。
【0042】
第2の例では、演算部101は、実磁束ベクトルφ2rの、直流位相角指令θ1に直交する成分の最大値を検知した時点で、拾い上げ制御切替指令SSをオンにする。
【0043】
拾い上げ制御切替指令SSは演算用タイマ14に入力され、拾い上げ制御切替指令SSがオフからオンとなるエッジで、拾い上げ時間t0は0クリアされる。
【0044】
この実施形態では、演算部101は、拾い上げ時間t0及び実磁束ベクトルφ2rを入力し、電動機6の暫定推定速度ωmaをさらに出力する。
【0045】
演算用タイマ14が0クリアされた時点から拾い上げ時間t0までの、実磁束ベクトルφ2rの、直流位相角指令θ1に直交する成分の最大値及び最小値を検知した回数をNとし、Nと拾い上げ時間t0との比率から、式 ωma=N/(2・t0) により、暫定推定速度ωma[Hz]を演算することができる。なお、実磁束ベクトルφ2rの、直流位相角指令θ1に直交する成分の最大値の検出は、例えば、当該成分が単調増加から単調減少に転じたことを検出することによって行うことができる。
【0046】
この実施形態の速度センサレス電動機制御装置では、実磁束ベクトルφ2rの状態により、拾い上げ制御切替指令SSが作成され、拾い上げ制御切替指令SSにより拾い上げ制御の直流電流制御状態を切り替えられるようになる。
【0047】
図2は、
図1に示す可変ゲイン切替付拾い上げ制御部102の一構成例を示すブロック図である。可変ゲイン切替付拾い上げ制御部102は、第1電流制御部103と、第2電流制御部104と、第2制御ゲイン演算部105と、指令切替部106とを備える。
【0048】
第1電流制御部103は、直流電流指令I、第1直流位相角指令θ1、及び第1制御ゲインIG1を元に、電動機6に流れる電流ベクトルiを第1直流電流に制御するための第1拾い上げ電圧指令v01を出力する。
【0049】
第2制御ゲイン演算部105は、第1制御ゲインIG1、及び電動機の暫定推測速度ωmaに基づいて第2制御ゲインIG2を演算する。
【0050】
第2制御ゲインIG2は様々な方法で求めることができる。第1の例では、速度しきい値をωmbとして、ωma<ωmbの場合には、IG2=IG1とする。一方、ωma≧ωmbの場合には、IG2=IGG・IG1とする。なお、比例定数IGGは1より大きい定数とする。すなわち、暫定推測速度ωmaが速度しきい値ωmbよりも高速であれば、制御ゲインIG2が制御ゲインIG1よりも大きくなる。
【0051】
第2の例では、比例定数GIGとオフセット定数OIGを用いて、式
【数9】
にてIG2を演算する。この場合には、暫定推定速度ωmaが大きくなるとともに、第2制御ゲインIG2が大きくなる。この実施形態では、オフセット定数OIGは約1とする。
【0052】
第2電流制御部104は、直流電流指令I、第2直流位相角指令θ2、及び第2制御ゲインIG2とを元に、電動機6に流れる電流ベクトルiを第2直流電流に制御するための第1拾い上げ電圧指令v02を出力する。
【0053】
指令切替部106は、拾い上げ制御切替指令SSがオフの場合は、第1拾い上げ電圧指令v01を拾い上げ電圧指令v0として出力する。拾い上げ制御切替指令SSがオンの場合は、第2拾い上げ電圧指令v02を拾い上げ電圧指令v0として出力する。
【0054】
以上の構成とすることにより、電動機6の暫定推定速度ωmaが大きい場合、すなわち電動機6の初期速度が高速の場合に、第2電流制御部104の制御ゲインが大きくなる。切り上げ制御切替指令SSがオフである間、可変ゲイン切替付拾い上げ制御部102の制御ゲインは、小さな第1制御ゲインであるため、その制御遅れが大きくなり、電流ベクトルiに、電動機6の初期速度周波数の脈動が重畳される場合がある。この場合でも、切り上げ制御切替指令SSがオンになると、可変ゲイン切替付拾い上げ制御部102の制御ゲインは、より大きな第2制御ゲインとなるため、その制御遅れが小さくなり、電動機に流れる電流を直流に制御することができる。
【0055】
なお、電動機の初期速度が高速である場合には、上述したように制御遅れが大きくなる傾向にあるため、可変ゲイン切替付拾い上げ制御部102の制御ゲインを大きくしても制御が不安定になる恐れは無い。
【0056】
一方、電動機の初期速度が低速の場合は、第2電流制御部104の制御ゲインIG2は大きくならず、可変ゲイン切替付拾い上げ制御部102の制御ゲインも大きくならない。そのため、制御が不安定になる恐れはない。また、可変ゲイン切替付拾い上げ制御部102の制御ゲインが小さくても制御遅れは大きくならず、電動機に流れる電流を直流に制御することができる。
【0057】
したがって、電動機6の初期速度が低速の場合でも高速の場合でも、電動機6の実磁束ベクトルφ2rの軌跡は、
図3のようになり、半径はほとんど変化しない。そのため、式(B)〜式(G)を使った演算では、ベクトルF1,F2の大きさが大きくなり、実磁束推定部9の推定誤差の影響が小さくなる。その結果、電動機6の初期速度及び初期二次磁束をより高精度に推定することができる。また、電動機6の初期速度が低速の場合でも高速の場合でも、制御が不安定になる恐れも無い。
【0058】
ところで、式(H)第2項において括弧内の絶対値が小さくなるような残留磁束φxxが存在する場合、式(B)〜式(G)を使った演算は、ベクトルF1,F2の大きさが小さくなるため、実磁束推定部9の推定誤差の影響が大きくなる。その結果、演算精度が悪化し、電動機6の初期速度ωm0及び初期二次磁束φ20の推定に誤差が生じる恐れがある。
【0059】
また、モータ使用後に時間をおく等して、残留磁束φxxが十分に小さい場合であっても、推定すべき電動機の初期速度が高い時は、式(H)第2項の括弧内の絶対値が小さくなる。この場合にも、式(B)〜式(G)を使った演算は、ベクトルF1,F2の大きさが小さくなるため、演算精度が悪くなり、初期速度ωm0及び初期二次磁束φ20の推定に誤差が生じる可能性がある。
【0060】
このように、特に残留磁束がある場合や、電動機6の初期速度が高速の場合は、初期速度ωm0及び初期二次磁束φ20の推定値に誤差が生じ、その結果、トルク制御部1の初期入力値に誤差があるために、電動機6のトルク制御を高精度に行うことができない恐れがある。ここで、直流電力指令Iを大きくすれば、式(H)第2項の括弧内の絶対値を大きくすることはできるが、その場合には、電動機6の挙動に影響を及ぼす恐れがある。
【0061】
ここで、電動機6の初期速度ωm0及び初期二次磁束φ20の推定値の誤差を小さくする観点から、第2直流位相角指令θ2は、第1直流位相角指令θ1とは異なる値にすることが好ましい。当該誤差をより確実に小さくする観点から、より好ましくは、第2直流位相角指令θ2を、第1直流位相角指令θ1から180度反転した値にする。
【0062】
この構成により、以下のような拾い上げ制御が実現できる。なお、説明を簡略化するために、第1直流位相角指令θ1は0°とし、第2直流位相角指令θ2は180°とする。すなわち、第1電流制御部103は電流ベクトルiを第1直流電流(I,0)に制御し、第2電流制御部104は電流ベクトルiを第2直流電流(−I,0)に制御する。
【0063】
可変ゲイン切り替え付拾い上げ制御部102は、拾い上げ制御切替指令SSがオフの状態から拾い上げ制御を開始する。この時点の時刻を0とする。第1拾い上げ電圧指令v01が拾い上げ電圧指令v0として出力されるので、電流ベクトルiは第1直流電流(I,0)に制御される。拾い上げ制御を開始し、拾い上げ制御切替指令SSがオンになるまでの、電動機6の実磁束ベクトルφ2rの軌跡は、
図4に示す円弧C1で示される。
【0064】
演算部101は、実磁束ベクトルφ2rの第1直流位相角指令θ1に直交する成分の最大値を検知した時点で、拾い上げ制御切替指令SSをオンにする。今回、θ1を0°としたので、実磁束ベクトルφ2rの虚軸(B軸)成分が最大である時刻t
1、すなわちφ2rの軌跡が
図4のB軸の正側と交差した時点で、拾い上げ制御切替指令SSはオンになる。
【0065】
以降、第2拾い上げ電圧指令v02が拾い上げ電圧指令v0として出力されるので、電流ベクトルiは第2直流電流(−I,0)に制御される。拾い上げ制御切替指令SSがオンになった後の、実磁束ベクトルφ2rの軌跡は、
図4に示す円弧C2で示される。この円弧C2の軌跡においては、φ(t
1)が式(H)に示す残留磁束φxxとなるため、円弧C1の半径をrとすると、円弧C2の半径は、r+φ(t
1)となる。従って、上述したように拾い上げ電圧指令SSを切り替えることで、直流電流指令Iを大きくすることなしに、実磁束ベクトルφ2rが描く円弧の半径、すなわち式(H)第2項の括弧内の絶対値を大きくして、電動機6の初期速度ωm0及び初期二次磁束φ20の推定値の誤差を小さくすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明により、制御不安定を招くことなく電流iを直流に制御できるようになり、実磁束ベクトルの円軌跡の半径の急激な減少を防止できる。その結果、電動機の初期速度及び初期二次磁束を高精度に推定することができ、電動機トルクを高精度に制御することができる。
【0067】
また、直流位相角指令の与え方を工夫することにより、直流電流指令Iを大きくすることなく、高精度な電動機の初期速度及び初期二次磁束の推定を期待できる。
【符号の説明】
【0068】
1 トルク制御部
2 拾い上げ制御部
3 切替部
4 電力変換部
5 電流検出部
6 電動機
7 初期値推定部
9 実磁束推定部
10 実磁束メモリ
11 実磁束抽出部
12 初期速度推定部
13 初期磁束推定部
14 演算用タイマ
101 演算部
102 可変ゲイン切替付拾い上げ制御部
103 第1電流制御部
104 第2電流制御部
105 第2制御ゲイン演算部
106 指令切替部