特許第6145324号(P6145324)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6145324神経細胞への分化誘導を促進させる細胞培養基材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6145324
(24)【登録日】2017年5月19日
(45)【発行日】2017年6月7日
(54)【発明の名称】神経細胞への分化誘導を促進させる細胞培養基材
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20170529BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20170529BHJP
   C12N 5/0797 20100101ALI20170529BHJP
【FI】
   C12M3/00 A
   C12M1/00 A
   C12N5/0797
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-121124(P2013-121124)
(22)【出願日】2013年6月7日
(65)【公開番号】特開2014-236701(P2014-236701A)
(43)【公開日】2014年12月18日
【審査請求日】2016年5月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002897
【氏名又は名称】大日本印刷株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】510136312
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立成育医療研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100125508
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 愛
(72)【発明者】
【氏名】田中 裕一
(72)【発明者】
【氏名】阿久津 英憲
(72)【発明者】
【氏名】梅澤 明弘
【審査官】 西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−246249(JP,A)
【文献】 特開2009−156864(JP,A)
【文献】 特開2010−252685(JP,A)
【文献】 特開2005−168760(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00−3/10
C12Q 1/00−3/00
C12N 1/00−7/08
C12N 11/00−13/00
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経幹細胞を神経細胞に分化誘導するための細胞培養基材であって、
表面に活性基を有する支持体、および
0.5〜4.9μg/mlの濃度のShh水溶液中での支持体表面の活性基との反応により共有結合で支持体に固定化されているShh
を含む、前記細胞培養基材。
【請求項2】
活性基がカルボキシル基または活性エステル基であり、支持体表面に結合した親水性ポリマー上に存在する、請求項記載の細胞培養基材。
【請求項3】
神経幹細胞を神経細胞に分化誘導する方法であって、請求項1又は2記載の細胞培養基材上で神経幹細胞を培養する工程を含む前記方法。
【請求項4】
神経幹細胞を神経細胞に分化誘導するための細胞培養基材の製造方法であって、
0.5〜4.9μg/mlの濃度のShh水溶液に、表面に活性基を有する支持体を浸漬することにより、Shhを共有結合で支持体に固定化することを含む方法。
【請求項5】
活性基がカルボキシル基または活性エステル基であり、支持体表面に結合した親水性ポリマー上に存在する、請求項4記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は神経幹細胞からの神経細胞への分化誘導を促進させる細胞培養基材、および該細胞培養基材を用いた分化誘導方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞を用いた再生医療技術の発展に伴い、目的の細胞に分化誘導させる技術開発が盛んに行われている。中でも幹細胞から短期間で目的細胞に分化誘導させる技術の確立は必須となっている。様々な細胞種の中でも神経細胞は、成体になると、一部の部位を除いて自発的にはほとんど再生されないことが知られているため、その分化誘導の研究が進められている。
【0003】
培養系での神経細胞の分化誘導は、様々な液性因子を培地中に添加することで行われており、液性因子の種類は多岐に渡っている。例えば、ソニックヘッジホッグ(Shh)は、発生初期の段階で発現しており体内で濃度勾配を形成することにより神経系特異的に分化誘導を行うことが知られている(非特許文献1)。Shhは、培地に添加することで、培養神経幹細胞から神経細胞への分化を促進させる効果を有することも知られている(非特許文献2)。さらにShh添加によって培養時に軸索伸長が見られることも報告されている(非特許文献3および4)。
【0004】
このように分化誘導の促進には液性因子を添加する方法が一般的である。これら液性因子は高価であるが、培養中、継続的に分化誘導シグナルを細胞に送る為には、培地交換のたびに投与する必要があり、液性因子を培地中に添加する従来の方法はコスト面で不利である。
【0005】
そのため、非特許文献5では、Shhを産生する遺伝子組み換え細胞と共培養してShhを常に供給することで、マウスES細胞から運動ニューロンへの分化誘導を促進している。しかし、上記方法では遺伝子組み換え細胞を作製する手間がかかる。また液性因子を液中に浮遊させるだけでは液性因子が培養細胞と接触する確率が低いため分化誘導効率が悪いという問題があった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】The EMBO Journal(28)457−465(2009)
【非特許文献2】The Journal of Neuroscience(23)9862−9872(2003)
【非特許文献3】Development(128)3927−3936(2001)
【非特許文献4】Cell(113)11−23(2003)
【非特許文献5】Stem Cells(25)1697−1706(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、神経幹細胞から、効率良くかつ低コストで、神経細胞を分化誘導するための手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、神経幹細胞を神経細胞に分化誘導する活性を有するタンパク質を共有結合で支持体に固定化してなる細胞培養基材を用いて神経幹細胞を培養することにより、効率良くかつ低コストで、神経細胞を分化誘導できることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は以下を包含する。
(1)神経幹細胞を神経細胞に分化誘導するための細胞培養基材であって、
表面に活性基を有する支持体、および
支持体表面の活性基との反応により共有結合で支持体に固定化されている、神経幹細胞を神経細胞に分化誘導する活性を有するタンパク質、
を含む、前記細胞培養基材。
(2)神経幹細胞を神経細胞に分化誘導する活性を有するタンパク質が、細胞に取り込まれずに分化誘導する機能を有する、(1)記載の細胞培養基材。
(3)神経幹細胞を神経細胞に分化誘導する活性を有するタンパク質がShhである、(2)記載の細胞培養基材。
(4)活性基がカルボキシル基または活性エステル基であり、支持体表面に結合した親水性ポリマー上に存在する、(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞培養基材。
(5)神経幹細胞を神経細胞に分化誘導する方法であって、(1)〜(4)のいずれかに記載の細胞培養基材上で神経幹細胞を培養する工程を含む前記方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、神経幹細胞からの神経細胞への分化誘導および軸索伸長を、効率良くかつ低コストで促進できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一実施形態を示す概略図である。
図2】本発明の一実施形態を示す概略図である。
図3】Shhが固定化された細胞培養基材の抗原抗体反応によるシグナルを、CCDイメージャーにより撮像した結果を示す写真である。
図4】各種濃度の水溶液でShhを固定化した細胞培養基材の抗原抗体反応によるシグナル強度の平均値を示すグラフである。
図5】細胞培養基材上で神経幹細胞を培養し、得られた細胞を免疫染色したものを共焦点顕微鏡で撮像した結果を示す写真である。
図6】細胞培養基材上で神経幹細胞を培養して得られた細胞を免疫染色し、DAPI陽性な細胞数に対するTuj−1陽性な神経細胞の割合を算出した結果を示すグラフである。
図7】神経細胞の概略図である。
図8】細胞培養基材上で神経幹細胞を培養して得られた細胞のうち、Tuj−1陽性細胞について軸索長を測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の細胞培養基材に用いる支持体は、水に対して安定な表面を提供できるものあれば特に限定されない。支持体を構成する具体的な材料としては、金属、金属酸化物、ガラス、石英、シリコン、セラミックなどの無機材料、エラストマー、プラスチック、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂などの合成高分子、キチン、キトサン、セルロースなどの天然高分子を挙げることができる。支持体の形状は限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜などの平坦な形状や、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路、微粒子などの立体的な形状が挙げられる。特に、ガラス、石英またはシリコンからなる支持体が望ましい。
【0013】
支持体表面の活性基は、タンパク質上の官能基と共有結合を形成できるものであれば特に制限されないが、好ましくはカルボキシル基および活性エステル基である。支持体表面には、活性基として、カルボキシル基および活性エステル基の双方が存在していてもよいし、片方のみ存在していてもよい。活性基は、好ましくは支持体表面に結合した親水性ポリマー上に存在する。換言すれば、親水性ポリマー鎖を介して支持体表面に結合されている。
【0014】
活性基を、支持体表面に導入する方法は特に制限されず、例えば、特開2009−156864号公報や特開2013−11480号公報に記載の方法によって実施できる。具体的には、支持体の表面に官能基を導入する工程、官能基に結合可能な結合性基とヒドロキシル基とを有する親水性ポリマーを官能基に結合させる工程、結合された親水性ポリマー上のヒドロキシル基に環状酸無水物を開環ハーフエステル化反応させることによりカルボキシル基を形成する工程により、カルボキシル基を親水性ポリマーを介して支持体表面に結合させることができる。さらに、形成されたカルボキシル基を活性エステルに変換することにより、活性エステル基を親水性ポリマーを介して支持体表面に結合させることができる。
【0015】
支持体の表面に導入される官能基は、親水性ポリマー上の結合性基と共有結合することができるものであれば特に限定されない。ただし、支持体がガラス、石英またはシリコンの場合は、汎用シランカップリング剤で容易に導入することのできるエポキシ基、アルデヒド基またはアミノ基であることが望ましい。その他にも、N−ヒドロキシスクシンイミド基、ヒドロキシル基、イソシアネート基、マレイミド基、チオール基、カルボキシル基、カルボジイミド基などが考えられるが、これらに限定されない。本発明に使用することができる汎用シランカップリング剤としては、エポキシ基、アルデヒド基またはアミノ基を有するシランカップリング剤が挙げられる。具体的には3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、3−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、3−グリシドキシプロピルジメチルエトキシシラン、2−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、2−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリエトキシシラン、N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルメチルジメトキシシラン、3−アミノプロピルメチルジエトキシシランおよび3−アミノプロピルジメチルエトキシシランが挙げられる。
【0016】
支持体表面にエポキシ基を導入した後、加水分解を行ってジオールとし、次いで酸化開裂によりアルデヒド基に変換することができる。また、導入されたアミノ基に2つのアルデヒド基を有する化合物(例えばグルタルアルデヒド)を反応させることによってもアルデヒド基を導入することができる。
【0017】
支持体表面への汎用シランカップリング剤の適用法としては、浸漬法、ゾル−ゲル法、気相堆積法、スプレー法、インテグラルブレンド法などが挙げられるがこれらに限定されない。望ましい方法はゾル−ゲル法である。
【0018】
結合性基とヒドロキシル基とを有する親水性ポリマーは、支持体とタンパク質との間に介在する親水性スペーサーとして機能する。親水性ポリマーは、一端に結合性基を有し、他端にヒドロキシル基を有するものであることが特に好ましい。結合性基は、ヒドロキシル基であってもよいし、ヒドロキシル基とは異なる種類の官能基(例えば、アミノ基、エポキシ基、アルデヒド基、カルボキシル基、N−ヒドロキシスクシンイミド基、イソシアネート基、マレイミド基、チオール基、カルボジイミド基など)であってもよいが、ヒドロキシル基であることが好ましい。
【0019】
親水性ポリマーとしては、エチレングリコール、エチレングリコールの重合体、ならびに、エチレングリコールおよびプロピレングリコールの共重合体からなる群から選ばれる少なくとも1種が好ましい。エチレングリコールの重合体はエチレングリコールが2分子以上重合したもの、例えば数平均分子量が176以上のものであれば特に限定されないが、数平均分子量が1000以上のものが好ましく、また10000以下のものが好ましく、4000以下のものがより好ましい。エチレングリコールおよびプロピレングリコールの共重合体は、ブロック共重合体であることが好ましく、なかでも、1単位以上のプロピレングリコール単位からなる(ポリ)プロピレングリコールブロックの両端にそれぞれ1単位以上のエチレングリコール単位からなる(ポリ)エチレングリコールブロックが共重合してなるブロック共重合体が好ましい。エチレングリコールおよびプロピレングリコールの共重合体の数平均分子量は1000以上であれば特に限定されないが、数平均分子量が12000以下のものが好ましく、4000以下のものが特に好ましい。なお本発明においてプロピレングリコールとは1,2−プロパンジオールを指す。親水性ポリマーとして、特開2002−356519号公報に記載されるようなホスホコリン様ポリマー(MPCポリマー)を支持体表面に結合させてもよい。
【0020】
支持体表面に導入されたエポキシ基に、2個のヒドロキシル基を有する親水性ポリマーを結合させる場合には、1つのエポキシ基に対し1つの親水性化合物が結合し、支持体表面に導入されたアルデヒド基に、2個のヒドロキシル基を有する親水性ポリマーを結合させる場合には、1つのアルデヒド基に対し2つの親水性ポリマーが結合する。
【0021】
親水性ポリマー上のヒドロキシル基(結合性基がヒドロキシル基である場合には、上記反応に供されない方のヒドロキシル基を指す)に環状酸無水物を開環ハーフエステル化反応させることにより、環状酸無水物に由来するカルボキシル基を形成することができる。製造コストの点で、環状酸無水物は無水コハク酸または無水グルタル酸であることが望ましいが、これらに限定されない。開環ハーフエステル化反応は、触媒を添加したトルエン等の不活性有機溶媒中で行われることが好ましい。開環ハーフエステル化反応に用いられる触媒としては、トリエチルアミン、イソブチルエチルアミン、ピリジン、4−ジメチルアミノピリジンなどが挙げられる。
【0022】
カルボキシル基の活性エステル化は必須ではない。ただし、カルボキシル基と比較して活性エステルは反応性が高いことから、タンパク質を迅速に固定化することが望まれる場合には活性エステル化を行うことが好ましい。
【0023】
活性エステルは、親水性ポリマーとタンパク質とを共有結合によって結びつける役目を果たす。ここで、活性エステルとはR−C(=O)−Xという化学構造を意味する。Xには、ハロゲンやN−ヒドロキシスクシンイミド基またはその誘導体、1−ヒドロキシベンゾトリアゾール基またはその誘導体、ペンタフルオロフェニル基、パラニトロフェニル基などの脱離性基が該当するが、これらに限定されない。活性エステルとしては、反応性、安全性および製造コストの点で、N−ヒドロキシスクシンイミドエステルが望ましい。カルボキシル基のN−ヒドロキシスクシンイミドエステルへの変換は、カルボキシル基にN−ヒドロキシスクシンイミドとカルボジイミドを同時に反応させることによって達成される。ここで、カルボジイミドとは−N=C=N−の化学構造を有する有機化合物を意味し、例えば、ジシクロヘキシルカルボジイミド、ジイソプロピルカルボジイミド、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩などが考えられるが、これらに限定されない。N−ヒドロキシスクシンイミドおよびカルボジイミドの濃度は1〜100mM、反応温度は4〜100℃、反応時間は2分〜16時間の範囲で設定されるのが望ましい。反応溶媒としてはN,N’−ジメチルホルムアミド(DMF)やトルエンなどを使用することができる。
【0024】
タンパク質は、好ましくはそのアミノ基と、支持体表面の活性基、好ましくはカルボキシル基または活性エステルとが反応して共有結合を形成することにより、支持体に固定化される。支持体上の活性エステルとタンパク質との反応は例えば以下のように行われる。まず、クエン酸緩衝液(pH3.0〜6.2)、酢酸緩衝液(pH3.6〜5.6)、リン酸緩衝生理食塩水(PBS、pH5.8〜8.0)、炭酸−重炭酸緩衝液(pH9.2〜10.6)などのアミノ基成分を含まない緩衝液を用いて、0.1μg/ml〜1mg/mlのタンパク質の水溶液を準備する。タンパク質の固定化量が最大となるように緩衝液またはpHを最適化することが望ましい。緩衝液にはグリセロールやポリエチレングリコールなどの安定化剤、塩(NaCl)、界面活性剤などが含まれていてもよく、これらは活性エステルとタンパク質との反応を阻害しない。この水溶液を活性エステル表面と接触させると、タンパク質のアミノ基等の官能基が活性エステルと反応し、アミド結合が形成される。その結果、タンパク質は共有結合によって支持体表面に固定化される。ここで、反応温度は4〜37℃、接触時間は2分〜16時間の範囲で設定するとよい。タンパク質を固定化した後は、適当な洗浄液で担体を洗浄することが望ましい。このとき、洗浄液は0.5M程度の塩(NaCl)および0.1%程度の非イオン性界面活性剤を含む緩衝液であることが望ましい。これによって、共有結合せずに物理吸着しているだけのタンパク質を取り除くことができる。
【0025】
このようにして得られる細胞培養基材は、一実施形態において、
表面に官能基を有する支持体と、
前記官能基に結合可能な結合性基とヒドロキシル基とを有する親水性ポリマーと、2つのカルボキシル基を有するカルボン酸化合物とを含み、
前記支持体上の官能基と前記親水性ポリマーの結合性基との間に結合が形成されており、
前記カルボン酸化合物の一方のカルボン酸基と前記親水性ポリマーのヒドロキシル基との間でエステル結合が形成されており、他方のカルボキシル基は遊離であるかまたは活性エステル化されており、
神経幹細胞を神経細胞に分化誘導する活性を有するタンパク質が、カルボキシル基または活性エステル基との反応により共有結合で支持体に固定化されている。
【0026】
本発明において、細胞培養基材に固定化されているタンパク質は、神経幹細胞を神経細胞に分化誘導する活性を有するタンパク質である。細胞に取り込まれずに神経幹細胞を神経細胞に分化誘導する機能を有するタンパク質が好ましい。換言すれば、細胞内に取り込まれることなく、レセプターを介したシグナル伝達により分化誘導する機能を有するタンパク質が好ましい。細胞に取り込まれずに神経幹細胞を神経細胞に分化誘導する機能を有するタンパク質を固定化すれば、分化誘導においてタンパク質は消費されずに細胞培養基材上に残るため繰り返し機能させることができ、培地交換のたびに添加する必要がない。したがって、コストおよび操作性の観点から有利である。また、培養する細胞は、タンパク質が固定化された細胞培養基材に接着していることから、細胞とタンパク質が接触しやすくなり、神経細胞の分化誘導や軸索伸長がより促進されると考えられる。これに対してタンパク質を培地中に添加した場合は、培地中を浮遊しているため、細胞と接触する確率が低く、分化速度が遅くなると考えられる(図1)。また、例えば図2に示すように、基板とタンパク質が共有結合により固定化されているため、物理吸着の場合と比較してタンパク質が表面から剥がれる可能性が少ない。そのため培養期間にわたってタンパク質固定化量を一定に維持できる。したがって、安定して分化誘導を促進させることができる。
【0027】
細胞内に取り込まれることなく、レセプターを介したシグナル伝達により分化誘導する機能を有するタンパク質として、Shh、FGF、BMP、Wnt、Notch、EGF、アクチビンなどの発生時に発現するモルフォゲンに含まれるタンパク質、ならびに、NGF、BDNF、NT−3、NT−4,NT−5、PDGF、GDNF、CNTF、LIF、TGF、アルテミン、ニュルツリン、パーセフィンが挙げられ、好ましくはShhを固定化する。Shhは発生において最も重要なモルフォゲンとして、四肢や、脳脊髄正中線構造などの、多くの器官系のデザインを形成する役割がある。Shhが、レセプターを介したシグナル伝達により分化誘導する機能を有することは、例えば、Nature Reviews Neuroscience(3)24−33(2003)で報告されている。
【0028】
タンパク質の由来は、哺乳動物、鳥類、魚類、爬虫類、両生類の何れでもよく特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、マウスなどのげっ歯類、またはヒトなどの霊長類)であり、特に好ましくはマウスまたはヒトである。好ましくは分化誘導する神経細胞と同じ動物に由来するものを用いることが好ましい。目的のタンパク質が表面に固定化されているかどうかの評価には、目的のタンパク質に対する抗体を用いた免疫染色を利用できる。
【0029】
固定化するタンパク質の量は、タンパク質の種類により適宜決定されるが、Shhを固定化する場合は、好ましくは0.5〜4.9μg/mlの濃度のShh水溶液に、表面に活性基を有する支持体を浸漬することにより、Shhを共有結合で支持体に固定化する。上記濃度範囲のShh水溶液を用いることにより、神経細胞を効果的に分化誘導することができる。
【0030】
タンパク質を固定化した後(好ましくは更に洗浄した後)は、未反応の活性基、好ましくはカルボキシル基または活性エステル基を、アミノ基を有する低分子化合物と結合させることにより、反応性のより低い官能基に変換させて、不活性化することが好ましい(ブロッキングとも称する)。これによって、対象外分子が不本意に固定化されるのを防ぐことができる。この操作は、活性基が活性エステルである場合に特に必要性が高い。
【0031】
低分子化合物と反応させた後の細胞培養基材表面は、親水性であることが望ましい。なぜなら、親水性の表面は一般にタンパク質等の生体関連物質の非特異的吸着を抑制する効果をもつからである。このためにはアミノ基を含有する低分子化合物として、アミノ基以外に親水性基を更に有する低分子化合物を使用することが好ましい。このような低分子化合物の非限定的な例としては、エタノールアミン、トリスヒドロキシメチルアミノメタン、ジグリコールアミン(IUPAC名:2−(2−アミノエトキシ)エタノール)が挙げられる。なかでも特にジグリコールアミンが生体関連物質の非特異的吸着を抑制する効果に優れている。これらの低分子化合物はPBSなどの緩衝液に10〜50mMとなるように溶解し、これを所望の物質を固定化した担体と接触させる。反応温度は4〜37℃、反応時間は2分〜16時間の範囲で設定するとよい。
【0032】
本発明で用いる細胞培養基材は、細胞の接着を促進する目的で、上記不活性化(ブロッキング)の前に、プレコート処理されていることが好ましい。プレコート処理は、細胞外マトリックス(コラーゲン、フィブロネクチン、プロテオグリカン、ラミニン、ビトロネクチン)、ゼラチン、ポリ−L−オルニチン、ポリーL−リシン、アドへサミン、CellStartTMなどの市販の製品や動物血清などの生体由来材料等で細胞培養基材をコーティングすることにより実施できる。プレコート処理を実施することにより、接着性の低い幹細胞の接着を促進でき、細胞の接着培養および分化誘導を効果的に実施できる。コーティング方法に制限は無いが浸漬によるコーティングが一般的である。幹細胞を細胞培養基材表面に接着させて培養することにより、基材表面のタンパク質と接触させることができ、効率的に分化誘導を実施できる。
【0033】
本発明により分化誘導される神経細胞としては、例えば、神経細胞、神経管の細胞、神経堤の細胞などが挙げられる。神経細胞とは、他の神経細胞あるいは刺激受容細胞からの刺激を受け別の神経細胞、筋あるいは腺細胞に刺激を伝える機能を有する細胞をいう。神経細胞は、神経細胞が産生する神経伝達物質の違いにより分類でき、例えば、分泌する神経伝達物質などの違いで分類されている。これらの神経伝達物質で分類される神経細胞としては、例えば、ドーパミン分泌神経細胞、アセチルコリン分泌神経細胞、セロトニン分泌神経細胞、ノルアドレナリン分泌神経細胞、アドレナリン分泌神経細胞、グルタミン酸分泌神経細胞などがあげられる。
【0034】
別の観点では、神経細胞は、神経細胞が存在する部位の違いにより分類できる。これらの存在部位で分類される神経細胞としては、例えば、前脳神経細胞、中脳神経細胞、小脳神経細胞、後脳神経細胞、脊髄神経細胞などが挙げられる。
【0035】
神経細胞の由来は、哺乳動物、鳥類、魚類、爬虫類、両生類の何れでもよく特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、マウスなどのげっ歯類、またはヒトなどの霊長類)であり、特に好ましくはマウスまたはヒトである。
【0036】
分化誘導に用いられる神経幹細胞は、神経細胞、アストロサイトおよびオリゴデンドロサイトに分化しうる能力を有し、かつ自己複製能力を有する細胞をいい、脳内において神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイトを供給する機能を有している。神経幹細胞であることを確認する方法としては、実際に脳に移植してその分化能を確認する方法、インビトロで神経幹細胞を神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイトに分化誘導させて確認する方法などが挙げられる(Mol.Cell.Neuroscience,8,389(1997);Science,283,534(1999))。また、このような機能を有する神経幹細胞は、神経前駆細胞での発現が確認されているマーカーである細胞骨格蛋白質ネスチンを認識する抗ネスチン抗体で染色可能である(Science,276,66(1997))。従って抗ネスチン抗体で染色することにより神経幹細胞を確認することもできる。
【0037】
細胞培養基材上で神経幹細胞を培養することには、神経幹細胞を本発明の基材表面に播種して培養を開始することのみならず、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞、間葉系幹細胞などの、神経幹細胞よりも多能性を有する幹細胞を本発明の細胞培養基材上で培養し、神経幹細胞に分化させ、これら細胞の培養を続けることも包含するが、神経幹細胞を基材表面に播種して培養を開始することが望ましい。
【0038】
各種の幹細胞が公知であり、その調製方法も公知である。また、各種動物の幹細胞株が樹立されている。当業者であれば適宜各種の幹細胞を入手可能である。例えば、脳、脊髄の組織に神経幹細胞が存在することが知られており、これらの組織から神経幹細胞を回収して得ることができる。また、胚性幹細胞、間葉系幹細胞、人工多能性幹細胞から神経幹細胞を得ることもできる(Mol Cell Neurosci.22(4)501−515(2003);Stem Cell Rev and Rep,6,270−281(2010);PNAS,108(19)7838−7843(2011))。遺伝子導入等によるリプログラミングによって作製された神経幹細胞、樹立された株化神経幹細胞あるいは動物より取得された神経幹細胞も使用できる(Cell Stem Cells,(11)100−109(2012))。
【0039】
細胞培養基材に播種する前の神経幹細胞は、非分化誘導化培地を用いて未分化性を維持したものとする。細胞培養基材表面へ播種する前後において分化誘導化培地に切り換え、基材表面へ播種し、そのまま細胞をコンフルエントになるまで増殖させる。
【0040】
本発明の細胞培養基材上で神経細胞を分化誘導する際に用いる培地は、従来用いられる公知の培地と同様でよい。神経細胞の分化誘導培養のための培地は各種のものが公知であり、例えば、[3μM Glutamax,5μg/ml ヘパリンおよび100unit/mL ペニシリン,100μg/mL ストレプトマイシン含有DMEM/F12(1:1),添加因子:2%B27,1%N]の組成が基本組成として広く用いられている。B27およびN2は神経細胞培養用の培地添加物であり、神経細胞の培養時に血清の代わりに使用される。これ以外の基本組成も各種知られている。そのような基本組成の培地に、神経細胞の分化誘導に有用な物質(細胞培養基材に固定化されたタンパク質以外の物質)を適宜添加して用いてもよい。例えば、神経細胞への分化誘導においてはレチノイン酸がしばしば用いられており、通常1μM程度の濃度で培地に添加して使用される。
【0041】
細胞培養基材への神経幹細胞の播種密度は常法に従えばよく特に限定されるものではない。細胞培養基材に対し1.5×10cells/cm未満の密度、好ましくは1.0×10cells/cm以下の密度で、好ましくは3×10cells/cm以上の密度で播種する。これにより細胞間同士のパラクライン効果による分化促進効果が見込まれ、かつ細胞が密集しすぎることによる細胞接着や分化誘導への阻害を抑制することができる。
【0042】
培養温度は、通常37℃である。CO細胞培養装置などを利用して、5%程度のCO濃度雰囲気下で培養するのが好ましい。
【0043】
神経幹細胞を細胞培養基材へ播種した後の培養期間は、好ましくは4日以上、より好ましくは7日以上である。この期間をおくことにより神経細胞の分化誘導を十分に行うことができる。
【0044】
本発明の細胞培養基材上で分化誘導した神経細胞は、ピペッティング、セルスクレーパーによる物理的な剥離により、または酵素処理(トリプシン、ディスパーゼ等)により回収して所望の用途に使用することができる。
【0045】
本発明により、神経細胞としてドーパミン産生細胞を得た場合には、これをカテーテルなどで移植することによりパーキンソン病治療へ利用できる。また、例えばオリゴデンドロサイト前駆細胞を得た場合には、これを患部へ直接注入あるいはカテーテルなどを用いて移植することにより脊髄損傷治療などへ利用できる。また、例えばニューロン前駆細胞やアストロサイト前駆細胞を得た場合には、これを患部へ直接注入あるいはカテーテルなどを用いて移植することにより運動神経障害の治療などへ利用できる。本発明により得られた神経細胞は、被検物質の薬効/毒性評価や作用メカニズムの解明、あるいは生物現象メカニズムの解析に用いることで、創薬研究ツールとしても利用可能である。
【0046】
以下に実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は実施例の範囲に限定されるものではない。
【実施例】
【0047】
<実施例1>
39gのトルエン(純正化学)と450μlの3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(TSL8350、GE東芝シリコーン)と900μlのトリエチルアミン(和光純薬)を混合し、ここにUV洗浄済みの10cm角のガラス基板(支持体に相当)を浸漬し、室温で20時間緩やかに振盪した。その後、基板をエタノールと水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。この操作によってガラス表面にエポキシ基が導入された。次に、触媒量の濃硫酸を含んだテトラエチレングリコール(TEG、関東化学)に上記基板を浸漬し、80℃で1時間加熱した。反応後、基板をよく水洗し、窒素ブローで乾燥させた。この操作によって前記エポキシ基にTEGが反応し、共有結合が形成された。次に、100mgの無水コハク酸(SuA、関東化学)と120mgの4−ジメチルアミノピリジン(DMAP、和光純薬)を43gのトルエンに溶解し、ここに前記基板を浸漬し、80℃で1時間加熱した。その後、基板をエタノールと水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。この操作によって開環ハーフエステル化反応が進行してTEGの自由末端にカルボキシル基が導入された。次に、290mgのN−ヒドロキシスクシンイミド(NHS、和光純薬)と390μlのN,N’−ジイソプロピルカルボジイミド(DIC、和光純薬)を47gのN,N’−ジメチルホルムアミド(DMF、関東化学)に溶解し、ここに前記基板を浸漬し、80℃で1時間加熱した。その後、基板をエタノールと水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。この操作によってTEGの自由末端にN−ヒドロキシスクシンイミド基(NHS基)が導入された。最後に、基板を25mm×10mmの大きさに切断し、70%エタノールによって滅菌し、PBSで洗浄し、ディッシュ底面に配置した。
【0048】
0.05Mの炭酸バッファー(pH9.6)に0.6Mの塩化ナトリウム(和光純薬工業社)および体積比で5%のグリセリン(和光純薬工業社)を加えて固相化バッファーとした。これにShh(R&D Systems社)を濃度10μg/mlに希釈した。これを1mlずつ、上記ディッシュに入れ揺することで拡げて5分間クリーンベンチ内で放置した。その後、溶液をピペットで回収した上で30分間乾燥させることで基板表面にShhを固定化した。ジグリコールアミンを含むPBSでブロッキング操作を1分間行った。PBSで洗浄後、PBSで希釈したウサギIgG標識抗Shh抗体(Millipore社 希釈率1/2000)を入れ室温で1時間反応させた。PBSで3回洗浄した後に、HRP標識抗ウサギIgG抗体(希釈率1/2000)を用いて室温で30分間反応させた。
【0049】
ディッシュから基板を取り出し、Immunostar LD(和光純薬工業社)により発光させた上でCCDイメージャーのLAS4000(GE Healthcare社)により画像を取得した。また発光強度の強さを基板面内の領域を指定することで測定した。結果は図3に示すとおりであり、Shhの抗原抗体反応によるシグナルが観察され、かつ基板全面にShhが固定化されていることが分かった。
【0050】
<実施例2>
Shhの表面固定化量とシグナル強度の相関を検討するために以下の解析を行った。
実施例1に記載の固相化バッファーで、Shhを0、0.1、0.25、0.5、1、2.5、5、10、25、50μg/mlの濃度に希釈し、P20ピペット(ギルソン社)を用いて実施例1で作製した活性エステル基が導入された基板上に縦に2列ずつスポッティングを行った。
【0051】
室温で5分間乾燥させることで表面にShhを固定化させた。PBSで洗浄後、実施例1記載の手法と同様に、ブロッキング操作、PBS洗浄、および抗体を用いたShhの検出を行った。なおシグナルスポットの発光強度はLAS4000付属のソフト(ImageQuant LAS4000)を使用して、それぞれのスポットの面内強度を算出することで発光強度の平均値を出した。結果を図4に示す。これより使用するShh溶液の濃度と表面固定化量に相関関係があること示された。
【0052】
<試験例1>
Shhが表面に固定化された基板および固定化されていない基板を用いて、神経幹細胞の分化誘導効率を検討した。以下の解析は、ヒトES細胞由来の神経幹細胞(Life Technologies社)を用い、添付マニュアルに従って行った。以下、その詳細を記載する。
【0053】
ポリ−L−オルニチンおよびラミニン(Becton Dickinson社)でコーティングされた6cmポリスチレンディッシュ(旭硝子社)上にヒトES細胞由来の神経幹細胞を播種しbasic FGF、EGFおよびStemPro(登録商標)を含むKnockout DMEM/F−12培地(全てLife Technologies社)中で増殖させた。なお培地交換は2〜3日に1回の頻度で半分量について行った。これら神経幹細胞の未分化性は、免疫染色により、神経幹細胞のマーカーであるウサギIgG標識抗ネスチン抗体(Sigma社 希釈率1/500)、ウサギIgG標識抗SOX2抗体(Millipore社 希釈率1/500)およびニューロンのマーカーであるマウスIgG1標識抗Tuj−1抗体(Promega社 希釈率1/500)をそれぞれ用いて確認した。ネスチンおよびSOX2は陽性で、Tuj−1は陰性であることを確認した。これより用いる細胞が神経幹細胞であることが確認された。
【0054】
実施例1と同じ方法で、活性エステル基を導入した基板に濃度0、0.05、0.1、0.5、1μg/mlのShh溶液をスポッティングし、Shh固定化基板を作製した。その後、PBSで希釈したポリ−L−オルニチン(濃度1μg/ml;Sigma社)およびラミニン(濃度50μg/ml;Becton Dickinson社)で基板をコーティングした上で、同様にジグリコールアミン溶液によるブロッキング操作を行った。
【0055】
比較例1では、通常の3.5cmポリスチレンディッシュ(旭硝子社)を、ポリ−L−オルニチンおよびラミニンで同様に底面コーティングしたものを使用した。比較例2では、濃度1μg/mlのShhを含むPBSを通常の3.5cmポリスチレンディッシュ(旭硝子社)中に浸漬することで底面を30分コーティングした後にPBSで洗浄後、同様にポリ−L−オルニチンおよびラミニンで底面コーティングして使用した。比較例3では、比較例1と同様に底面コーティングを施したポリスチレンディッシュを用いるとともに、培地中にShhを濃度1μg/mlで添加した。比較例3では、培地交換毎に、培地中にShhを濃度1μg/mlで添加した。
【0056】
上記のとおり維持された神経幹細胞に、Accutase(Life Technologies社)を37℃にて7分間反応させることにより細胞を剥がし1000rpmで5分間遠心することで回収した。3.5cmディッシュに入れたShh固定化基板上に5×10個の神経幹細胞を播種し神経細胞へと分化させた。神経細胞への分化はB27栄養因子およびGlutamax−Iを含むKnockout DMEM/F−12培地(全てLife Technologies社)中で1週間培養することで行った。なお培地交換は2〜3日に1回の頻度で半分量について行った。1週間経過した後に下記の方法で免疫染色を行い評価した。
【0057】
PBSで洗浄後、4%パラホルムアルデヒド溶液を入れ、室温で20分間静置することで細胞を固定した。更にPBSで洗浄した後に体積比0.1%のTritonX−100(ナカライテスク社)および体積比3%のNormal Goat Serum(NGS;DAKO社)を含むPBS溶液により室温で30分以上ブロッキング操作を行った。続いて同じブロッキング溶液に希釈した1次抗体液により4℃で1晩インキュベートした。PBSで3回洗浄後、PBSに希釈した2次抗体液により室温で1時間インキュベートすることで染色した。反応後はPBSにより3回洗浄した。
【0058】
染色には以下の抗体を使用した。1次抗体として神経幹細胞のマーカーであるマウスIgG1標識抗Tuj−1抗体(希釈率1/500)を、2次抗体としてPBSに希釈したAlexa488標識マウスIgG1抗体(Molecular Probes社;希釈率1/1000)を用いた。細胞核は、PBSで1/1000に希釈した4',6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI;Sigma社)を用いて室温で10分間インキュベートすることで染色した。
【0059】
染色後、カバーガラスおよびイムノマウント(DAKO社)により封入した上で共焦点顕微鏡(Zeiss社)によりイメージ画像を取得した。DAPI陽性な細胞数に対してTuj−1陽性な神経細胞の割合を計算した。共焦点顕微鏡により得られたイメージ図を図5に示す。また分化の割合をまとめた結果を図6に示す。これより、Shhを基板上に共有結合で固定化することにより、Shhを単に培地に添加した場合(比較例3)やShhを基板上に物理吸着させた場合(比較例2)と比較して、神経分化が促進されることが判明した。すなわち、本発明により神経細胞への分化誘導を効果的に促進できることが示された。
【0060】
<試験例2>
試験例1で得られたイメージ図を用いて軸索の長さを見積もった。以下その詳細を記載する。
Tuj−1陽性細胞について、細胞体からの軸索の長さをImageJ(NIH)によって測定し、それぞれ平均値を出して比較した。なお図7に示すように細胞体から一番長い軸索で測定した長さを便宜上、「軸索長」と定義する。
【0061】
ImageJを用いた測定法は以下の通りである。まず測定用のイメージファイルを開いてからSet Scaleにより実長と画面上のピクセル数を対応させる。次にFreehand Selectionsにより細胞体から軸索を末端までトレースしながらなぞる。この後、Measureにより長さを測定した後にStraight line Selectionにより開始部と末端の直線部を設定し、同様にMeasureにより長さを測定する。前者の長さから後者の長さを引き算すること軸索長が得られる。
【0062】
結果を図8に示す。この結果から、Shhを共有結合で固定化した基板を用いることにより、比較例1および2の場合よりも軸索伸長が見られ、比較例3のShhを培地中に添加した場合と、ほぼ同等の軸索伸長が見られた。比較例3では、培地交換毎にShhを添加しているのでShhを固定化する場合より多くのShhを使用するが、本発明によりShhの使用量を抑えつつ同等の軸索伸長効果を得られることが示された。
【0063】
神経細胞への分化誘導と軸索伸長に必要なShhの必要量は異なると考えられる。神経細胞の分化誘導に関しては、図6に示されるように、Shhを基板上に固定化する場合、低固定化量ではあまり効果が見られないことから、濃度依存性が高いと考えられる。したがって、培地中にShhを浮遊させる方法では、細胞と接触するShh量が小さくなることにより、分化が進まないと考えられる。そのため本発明のようにShhと細胞が常に接触する態様の方が、Shhを培地に添加する方法と比較して優位になると考えられる。これに対して軸索伸長に関しては、図8に示されるように、Shhを基板上に固定化する場合、低固定化量でも効果が観察され、濃度依存性が低いと考えられる。したがって、浮遊しているShhが分化した神経細胞に偶発的に結合することによる軸索伸長効果が見られると考えられる。
図1
図2
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