特許第6146480号(P6146480)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6146480
(24)【登録日】2017年5月26日
(45)【発行日】2017年6月14日
(54)【発明の名称】鋼板素材の製造方法及び製造装置
(51)【国際特許分類】
   B21D 22/26 20060101AFI20170607BHJP
   B21D 22/20 20060101ALI20170607BHJP
   B21J 5/08 20060101ALI20170607BHJP
【FI】
   B21D22/26 D
   B21D22/20 E
   B21D22/20 H
   B21J5/08 Z
【請求項の数】7
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2015-550552(P2015-550552)
(86)(22)【出願日】2014年11月17日
(86)【国際出願番号】JP2014005757
(87)【国際公開番号】WO2015079644
(87)【国際公開日】20150604
【審査請求日】2016年4月4日
(31)【優先権主張番号】特願2013-246215(P2013-246215)
(32)【優先日】2013年11月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 泰弘
(72)【発明者】
【氏名】中澤 嘉明
【審査官】 塩治 雅也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−014978(JP,A)
【文献】 特開2009−291798(JP,A)
【文献】 特開平01−289501(JP,A)
【文献】 特開2013−049077(JP,A)
【文献】 米国特許第04241146(US,A)
【文献】 特開2010−120062(JP,A)
【文献】 特開昭59−078701(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 22/26
B21D 22/20
B21J 5/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平板状の鋼板素材を製造するための製造方法であって、
当該鋼板素材は、全域にわたって単一であり、厚みが増した帯状の厚肉領域と、前記厚肉領域の両側にそれぞれ隣接し前記厚肉領域よりも厚みが薄い薄肉領域と、を備え、表面及び裏面のうちの一方の面に、前記厚肉領域の両側部のうちの一方の側部に沿って厚みの段差が形成され、表面及び裏面のうちの他方の面に、前記厚肉領域の両側部のうちの他方の側部に沿って厚みの段差が形成された、鋼板素材であり、
当該鋼板素材を製造するための前記製造方法は、
出発素材として厚みが一定で前記薄肉領域と同じ厚みの鋼板を準備する準備工程と、
前記出発素材をプレス加工によって前記鋼板素材に成形する成形工程と、を含み、
前記成形工程は、
前記出発素材を、前記厚肉領域よりも幅が広い帯状の第1領域と、前記第1領域の両側部にそれぞれ隣接する第2領域とに区分し、前記第2領域同士を互いに平行で異なる平面上に変位させるとともに、前記各第2領域に対し前記第1領域を傾斜させる第1ステップと、
前記各第2領域の幅方向の移動を拘束しつつ前記第2領域同士を同一平面上まで変位させて、前記第1領域の幅を前記厚肉領域の幅まで圧縮し、前記第1領域の厚みを前記厚肉領域の厚みまで増加させる第2ステップと、を含む、鋼板素材の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の製造方法であって、
前記鋼板素材は、前記厚肉領域の厚み中心での硬度が前記薄肉領域の厚み中心での硬度よりも高い、鋼板素材の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の製造方法であって、
前記鋼板素材は、前記薄肉領域の厚みに対する前記厚肉領域の厚みの増加率が20%倍以上である、鋼板素材の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法であって、
前記成形工程では、パンチと、前記パンチに隣接して配置されたブランクホルダと、前記ブランクホルダに対向するとともに前記パンチの一部に対向して配置されたダイと、前記ダイに隣接するとともに前記パンチに対向して配置されたパッドと、を備えたプレス装置を用い、
前記第1ステップでは、前記出発素材の前記第2領域のうちの一方の第2領域を前記パンチと前記パッドによって挟み込んだ状態で、前記出発素材を前記ブランクホルダによって押し込み、この押し込みを継続して、前記出発素材の前記第2領域のうちの他方の第2領域を前記ブランクホルダと前記ダイとによって挟み込むことにより、前記各第2領域に対して傾斜した前記第1領域を形成し、
前記第2ステップでは、前記パンチと前記パッドによって前記一方の第2領域を前記他方の第2領域と同一平面上に到達するまで押し込み、前記パンチと前記ダイによって前記第1領域を圧縮することにより、前記出発素材の厚みよりも厚みが増加した前記厚肉領域を形成する、鋼板素材の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法であって、
前記第1ステップでは、傾斜した前記第1領域の幅L[mm]、前記出発素材の厚みt[mm]、前記第2領域に対する前記第1領域の傾斜角θ[°]及び前記出発素材の降伏強度YS[MPa]が下記(1)式の条件を満足する、鋼板素材の製造方法。
(L/t)×(1/cosθ)≦−5.1×10-6×(YS)2+11.5 …(1)
【請求項6】
平板状の鋼板素材を製造するための製造装置であって、
当該鋼板素材は、全域にわたって単一であり、厚みが増した帯状の厚肉領域と、前記厚肉領域の両側にそれぞれ隣接し前記厚肉領域よりも厚みが薄い薄肉領域と、を備え、表面及び裏面のうちの一方の面に、前記厚肉領域の両側部のうちの一方の側部に沿って厚みの段差が形成され、表面及び裏面のうちの他方の面に、前記厚肉領域の両側部のうちの他方の側部に沿って厚みの段差が形成された、鋼板素材であり、
当該鋼板素材を製造するための前記製造装置は、
厚みが一定で前記薄肉領域と同じ厚みの鋼板を出発素材とし、前記出発素材をプレス加工によって前記鋼板素材に成形するものであり、
パンチと、前記パンチに隣接して配置されたブランクホルダと、前記ブランクホルダに対向するとともに前記パンチの一部に対向して配置されたダイと、前記ダイに隣接するとともに前記パンチに対向して配置されたパッドと、を備え、
前記ブランクホルダと前記パッドとの間隔が前記鋼板素材の前記厚肉領域の幅と同じである、鋼板素材の製造装置。
【請求項7】
請求項6に記載の製造装置であって、
前記ダイの前記ブランクホルダとの対向面に、前記出発素材の厚みと同じ高さ又はその厚みよりも低い高さを有する凸部が設けられる、鋼板素材の製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の車体を構成する構造部材に適したプレス成形品に関し、特に、プレス成形品の製造に用いられる鋼板素材、その製造方法及び製造装置に関する。更に、本発明は、その鋼板素材を用いたプレス成形品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車体は、各種の構造部材(例:フロントサイドメンバー、リアサイドメンバー、センターピラーレインフォース等)を含む。構造部材にはプレス成形品が多用され、構造部材は、単独のプレス成形品から構成されたり、複数のプレス成形品が接合されて構成される。構造部材に用いられるプレス成形品は、屈曲部を含む開断面を有し、その断面形状はハット形又は溝形である。以下、ハット形又は溝形の断面形状を総称してハット形ともいう。ハット形のプレス成形品において、断面の屈曲部は外観上で稜線部を形成する。このようなプレス成形品は、平板状の鋼板を素材とし、この鋼板素材にプレス加工を施すことにより製造される。
【0003】
近年、自動車には、地球温暖化問題への対策の一つとして省燃費化が推進される。そのため、自動車車体については、重量を軽減すると同時に衝突安全性を確保することが要請される。この要請に応えるために、構造部材の強度は、車体中の構造部材の設置箇所に応じて適切に設定される。更に、一つの構造部材の中でも、部位に応じて強度の適正化が図られる。
【0004】
従来、構造部材中の強度の適正化を図るために、鋼板素材として、テーラードウェルドブランク(以下、「TWB」という)、テーラードロールドブランク(以下、「TRB」という)等が採用される。TWBは、複数種の鋼板がレーザー溶接等によって接合されたものであり、強度差、更には厚み差を有する。TRBは、鋼板の製造時に圧延ロールの軸間隔が調整されて圧延が施されたものであり、厚み差を有し、これに伴って実質的に強度差を有する。TWB又はTRBから製造された構造部材は、強度が適所で強化されつつ、重量が軽減されたものとなる。
【0005】
また、ハット形のプレス成形品を用いた構造部材において、稜線部の厚み、すなわち屈曲部の厚みが他の部分よりも厚いと、構造部材の強度が向上し、衝撃吸収性能等が向上する。このような利点から、構造部材の稜線部に肉盛溶接が施されることがある。
【0006】
鋼板素材にTWB若しくはTRBを採用する技術、又はプレス成形品に肉盛溶接を施す技術は、構造部材の重量の軽減と衝突安全性の確保を図るために有用である。しかし、鋼板素材にTWBを採用する技術、又はプレス成形品に肉盛溶接を施す技術では、大規模な溶接設備の追加が強いられ、煩雑な溶接工程の増加が必要となる。鋼板素材にTRBを採用する技術では、大規模な圧延設備の追加が強いられる。したがって、いずれの従来技術でも製造コストの著しい上昇は避けられない。
【0007】
大規模な溶接設備又は圧延設備の追加を必要とする上記の従来技術に対し、プレス設備によるプレス加工は汎用性に優れる。このため、プレス加工によって構造部材の厚みを部分的に増加し、これに伴って構造部材の強度を部分的に強化することが可能になれば、構造部材の製造コストを抑制できるであろう。プレス加工によって構造部材の厚みを部分的に増す技術は、下記の文献に示される。
【0008】
特開2010−120061号公報(特許文献1)は、プレス成形品及びその製造方法を開示する。この特許文献1に記載されたプレス成形品は、屈曲部を含む開断面を有し、その断面形状がハット形である。プレス成形品は、一対の縦壁部と、天板部と、を備え、平面視において緩やかなL字状に湾曲したものである。このプレス成形品において、各縦壁部と天板部とをそれぞれ繋ぐ稜線部が断面の屈曲部に相当する。更に、湾曲内側の縦壁部、及びこの湾曲内側の縦壁部に隣接する天板部の一部(稜線部を含む)の厚みは、それ以外の部分の厚みよりも増加している。
【0009】
特許文献1に記載されたプレス成形品は、以下の工程を経て製造される。厚みが一定の鋼板素材にプレス加工による曲げ成形を施し、ハット形の予備成形体を成形する。この予備成形体は、全域にわたって厚みがほぼ一定であり、最終製品であるプレス成形品と比較して、天板部の湾曲内側が縦壁部と一体で湾曲内向きに拡幅している。そして、別の金型を用いたプレス加工により、天板部の湾曲内側の縦壁部を湾曲外向きに押し込む。その際、湾曲内側の縦壁部に隣接する天板部の一部が圧縮されて膨らみ、その厚みが増加する。その結果として、湾曲内側の稜線部で厚みが増加したプレス成形品が得られる。
【0010】
特開2008−296252号公報(特許文献2)は、ハット形のプレス成形品及びその製造方法を開示する。この特許文献2に記載されたプレス成形品は、一対の縦壁部と、天板部と、を備える。更に、長手方向の特定範囲において、縦壁部及び天板部(稜線部を含む)の厚みが増加している。
【0011】
特許文献2に記載されたプレス成形品は、以下の工程を経て製造される。厚みが一定の鋼板素材にプレス加工による曲げ成形を施し、ハット形の予備成形体を成形する。この予備成形体は、全域にわたって厚みがほぼ一定であり、最終製品であるプレス成形品と比較して、長手方向の特定範囲で縦壁部が延長している。そして、別の金型を用いたプレス加工により、天板部を押し込む。その際、縦壁部が圧縮されて撓みながら膨らみ、これと同時に天板部が撓みながら押し潰されて膨らみ、それらの厚みが増加する。その結果として、長手方向の特定範囲で縦壁部及び天板部(稜線部を含む)の厚みが増加したプレス成形品が得られる。
【0012】
特開2007−14978号公報(特許文献3)は、ハット形のプレス成形品及びその製造方法を開示する。この特許文献3に記載されたプレス成形品は、一対の縦壁部と、天板部と、を備える。更に、各縦壁部と天板部とをそれぞれ繋ぐ稜線部に限定して、その厚みが増加している。
【0013】
特許文献3に記載されたプレス成形品は、以下の工程を経て製造される。厚みが一定の鋼板を上下に一対の鍛造型によって挟み込む。これらの各鍛造型の対向面には、プレス成形品の稜線部に対応する位置に、凹部が形成されている。更に、各鍛造型には、凹部の近傍にヒータが埋め込まれている。鍛造型によって鋼板を挟み込んだ状態で、ヒータによって鋼板を局部的に加熱する。加熱の後、上記鍛造型の左右に配備されたアップセット型を作動させ、鋼板を厚み方向とは直角な方向に圧縮する。その際、鋼板は、鍛造型の凹部近傍で座屈し、鍛造型凹部に流入する。これにより、鍛造型凹部に対応する領域で部分的に厚みが増加した平板状の鋼板素材が得られる。
【0014】
続いて、このように部分的に厚みが増加した平板状の鋼板素材(以下、「部分増肉ブランク」ともいう)に、別の金型を用いて、プレス加工による曲げ成形を施す。その際、部分増肉ブランクの増肉領域がプレス成形品の稜線部(断面の屈曲部)を構成するように、プレス加工を施す。その結果として、稜線部に限定して厚みが増加したプレス成形品が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2010−120061号公報
【特許文献2】特開2008−296252号公報
【特許文献3】特開2007−14978号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
特許文献1及び2に開示された技術では、最終製品であるプレス成形品のプレス加工を行う際、先ず、ハット形の予備成形体を成形しなければならないため、その予備成形体の形状に応じた特別な金型が不可欠である。更に、全域にわたって厚みがほぼ一定である予備成形体を、部分的に厚みが増加したハット形のプレス成形品に成形するため、場合によっては、格別な機構を有するプレス設備が必要となる。これらのことから、製造コストの上昇は否めない。
【0017】
また、特許文献1及び2に開示された技術では、最終的なプレス加工時に、天板部、縦壁部等に座屈が発生するおそれがある。座屈が発生すると、所望する形状のプレス成形品を得ることができない。特に、自動車車体の構造部材のような高張力鋼板からなるプレス成形品の製造において、座屈は発生し易い。
【0018】
したがって、最終製品であるプレス成形品のプレス加工に用いられる鋼板素材は、平板状であることが望ましい。
【0019】
特許文献3に開示された技術では、最終製品であるプレス成形品のプレス加工に用いられる鋼板素材は、平板状の部分増肉ブランクである。しかし、この部分増肉ブランクを成形するには、鍛造型とアップセット型の組み合わせによる特殊な鍛造設備が不可欠である。このことから、製造コストの上昇は否めない。
【0020】
また、特許文献3の部分増肉ブランクは、増肉領域が鋼板の表面及び裏面の両面に突出する。このため、厚みの段差が増肉領域の両側に沿って現れ、更にそれらの厚み段差が鋼板の表面及び裏面の両面に現れる。そうすると、この部分増肉ブランクから製造されたプレス成形品の表側及び裏側に、厚み段差の痕跡が二筋ずつ残り、プレス成形品の外観品質を著しく低下させる。
【0021】
本発明は、上記の実情に鑑みてなされたものである。本発明の目的は、自動車車体の構造部材に適したハット形のプレス成形品に関し、下記の特性を有する、プレス成形品の製造に用いられる鋼板素材、その製造方法及び製造装置、並びにその鋼板素材を用いたプレス成形品の製造方法を提供することである:
・プレス成形品の強度の適正化が可能であること;
・製造コストの抑制が可能であること。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明の一実施形態による鋼板素材は、屈曲部を含む開断面を有するプレス成形品の製造に用いられる平板状の鋼板素材である。
当該鋼板素材は、
全域にわたって単一であり、
厚みが増した帯状の厚肉領域と、前記厚肉領域の両側にそれぞれ隣接し前記厚肉領域よりも厚みが薄い薄肉領域と、を備える。
表面及び裏面のうちの一方の面に、前記厚肉領域の両側部のうちの一方の側部に沿って厚みの段差が形成され、
表面及び裏面のうちの他方の面に、前記厚肉領域の両側部のうちの他方の側部に沿って厚みの段差が形成されている。
【0023】
上記の鋼板素材において、前記厚肉領域の厚み中心での硬度が前記薄肉領域の厚み中心での硬度よりも高いことが好ましい。
【0024】
上記の鋼板素材において、前記薄肉領域の厚みに対する前記厚肉領域の厚みの増加率が20%倍以上であることが好ましい。
【0025】
本発明の一実施形態による鋼板素材の製造方法は、上記した鋼板素材を製造するための方法である。
当該鋼板素材の製造方法は、
出発素材として厚みが一定で前記薄肉領域と同じ厚みの鋼板を準備する準備工程と、
前記出発素材をプレス加工によって前記鋼板素材に成形する成形工程と、を含む。
前記成形工程は、第1ステップと、第2ステップと、を含む。
第1ステップは、前記出発素材を、前記厚肉領域よりも幅が広い帯状の第1領域と、前記第1領域の両側部にそれぞれ隣接する第2領域とに区分し、前記第2領域同士を互いに平行で異なる平面上に変位させるとともに、前記各第2領域に対し前記第1領域を傾斜させる。
第2ステップは、前記各第2領域の幅方向の移動を拘束しつつ前記第2領域同士を同一平面上まで変位させて、前記第1領域の幅を前記厚肉領域の幅まで圧縮し、前記第1領域の厚みを前記厚肉領域の厚みまで増加させる。
【0026】
上記の鋼板素材の製造方法において、以下の構成を採用することが好ましい。
前記成形工程では、パンチと、前記パンチに隣接して配置されたブランクホルダと、前記ブランクホルダに対向するとともに前記パンチの一部に対向して配置されたダイと、前記ダイに隣接するとともに前記パンチに対向して配置されたパッドと、を備えたプレス装置を用いる。
前記第1ステップでは、前記出発素材の前記第2領域のうちの一方の第2領域を前記パンチと前記パッドによって挟み込んだ状態で、前記出発素材を前記ブランクホルダによって押し込む。この押し込みを継続して、前記出発素材の前記第2領域のうちの他方の第2領域を前記ブランクホルダと前記ダイとによって挟み込む。これにより、前記各第2領域に対して傾斜した前記第1領域を形成する。
前記第2ステップでは、前記パンチと前記パッドによって前記一方の第2領域を前記他方の第2領域と同一平面上に到達するまで押し込み、前記パンチと前記ダイによって前記第1領域を圧縮する。これにより、前記出発素材の厚みよりも厚みが増加した前記厚肉領域を形成する。
【0027】
上記の鋼板素材の製造方法において、
前記第1ステップでは、傾斜した前記第1領域の幅L[mm]、前記出発素材の厚みt[mm]、前記第2領域に対する前記第1領域の傾斜角θ[°]及び前記出発素材の降伏強度YS[MPa]が下記(1)式の条件を満足することが好ましい。
(L/t)×(1/cosθ)≦−5.1×10-6×(YS)2+11.5 …(1)
【0028】
本発明の一実施形態による鋼板素材の製造装置は、上記した鋼板素材を製造するための装置である。
当該鋼板素材の製造装置は、
厚みが一定で前記薄肉領域と同じ厚みの鋼板を出発素材とし、前記出発素材をプレス加工によって前記鋼板素材に成形するものであり、
パンチと、前記パンチに隣接して配置されたブランクホルダと、前記ブランクホルダに対向するとともに前記パンチの一部に対向して配置されたダイと、前記ダイに隣接するとともに前記パンチに対向して配置されたパッドと、を備え、
前記ブランクホルダと前記パッドとの間隔が前記鋼板素材の前記厚肉領域の幅と同じである。
【0029】
上記の鋼板素材の製造装置において、前記ダイの前記ブランクホルダとの対向面に、前記出発素材の厚みと同じ高さ又はその厚みよりも低い高さを有する凸部が設けられることが好ましい。
【0030】
本発明の一実施形態によるプレス成形品の製造方法は、屈曲部を含む開断面を有するプレス成形品の製造方法である。
当該プレス成形品の製造方法は、
上記した鋼板素材を用い、前記鋼板素材の前記厚肉領域が前記屈曲部を構成するように前記鋼板素材にプレス加工を施す。
【0031】
上記のプレス成形品の製造方法において、
前記プレス成形品の形状が造形された型彫刻部を有するとともに前記屈曲部に対応する肩部を有するパンチと、互いに隣接し前記パンチに対向して配置されたパッド及びダイと、を備えたプレス装置を用い、
前記パンチの前記肩部の位置に前記鋼板素材の前記厚肉領域を一致させた状態でプレス加工を行うことが好ましい。
【0032】
上記のプレス成形品の製造方法において、前記プレス加工は冷間又は温間で行われることが好ましい。
【0033】
上記のプレス成形品の製造方法において、前記屈曲部の厚み中心での硬度が前記屈曲部に隣接する平板部の厚み中心での硬度よりも高いことが好ましい。この場合、前記屈曲部の前記硬度がビッカース硬度で前記平板部の前記硬度の1.2倍以上であることが好ましい。
【0034】
上記のプレス成形品の製造方法において、前記屈曲部の厚みが前記屈曲部に隣接する平板部の厚みの1.2倍以上であることが好ましい。
【0035】
上記のプレス成形品の製造方法において、前記鋼板素材の引張強度が440MPa以上であることが好ましい。
【0036】
上記のプレス成形品の製造方法において、前記プレス成形品の開断面の形状がハット形又は溝形であることが好ましい。
【0037】
上記のプレス成形品の製造方法において、前記プレス成形品が自動車の車体の構造部材であることが好ましい。例えば、前記構造部材は、バンパーレインフォースメント、ドアーインパクトビーム、フロントサイドメンバー、リアサイドメンバー、センターピラーアウターレインフォース、フロアクロスメンバー、バルクヘッド、又はロッカーレインフォースメントである。
【発明の効果】
【0038】
本発明の鋼板素材、その製造方法及び製造装置、並びにその鋼板素材を用いたプレス成形品の製造方法は、下記の顕著な効果を有する:
・プレス成形品の強度の適正化が可能であること;
・製造コストの抑制が可能であること。
【図面の簡単な説明】
【0039】
図1A図1Aは、本実施形態による第1例のプレス成形品の斜視図である。
図1B図1Bは、本実施形態による第2例のプレス成形品の斜視図である。
図1C図1Cは、本実施形態による第3例のプレス成形品の側面図である。
図1D図1Dは、本実施形態による第4例のプレス成形品の側面図である。
図1E図1Eは、図1C及び図1Dに示すプレス成形品のA−A断面図である。
図2A図2Aは、本実施形態によるプレス成形品の稜線部付近の一例を示す断面図である。
図2B図2Bは、本実施形態によるプレス成形品の稜線部付近の別例を示す断面図である。
図3A図3Aは、本実施形態による鋼板素材の一例を模式的に示す図であり、全体を示す斜視図である。
図3B図3Bは、本実施形態による鋼板素材の一例を模式的に示す図であり、厚肉領域の近傍を拡大して示す断面図である。
図4A図4Aは、本実施形態による鋼板素材の成形工程の一例を模式的に示す断面図であり、成形開始時の状態を示す。
図4B図4Bは、本実施形態による鋼板素材の成形工程の一例を模式的に示す断面図であり、成形初期の状態を示す。
図4C図4Cは、本実施形態による鋼板素材の成形工程の一例を模式的に示す断面図であり、成形中期の状態を示す。
図4D図4Dは、本実施形態による鋼板素材の成形工程の一例を模式的に示す断面図であり、成形完了時の状態を示す。
図5図5は、部分増肉ブランクの製造工程での増肉可能範囲を示す図である。
図6A図6Aは、本実施形態によるプレス成形品の成形工程の一例を模式的に示す断面図であり、成形開始時の状態を示す。
図6B図6Bは、本実施形態によるプレス成形品の成形工程の一例を模式的に示す断面図であり、成形完了時の状態を示す。
図7図7は、実施例1の3点曲げ圧壊試験に用いた構造部材の断面形状を示す模式図である。
図8図8は、3点曲げ圧壊試験の概略を示す模式図である。
図9図9は、実施例2の軸圧壊試験に用いた構造部材の断面形状を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
上記のとおり、最終製品であるプレス成形品のプレス加工に用いられる鋼板素材は、平板状であることが望ましい。更に、プレス成形品の強度の適正化を可能にするためには、鋼板素材として部分増肉ブランクを用いることが望ましい。更に、製造コストの抑制を可能にするためには、溶接、圧延、鍛造等によらずに、簡易なプレス加工によって、単一の鋼板から部分増肉ブランクを製造することが望ましい。
【0041】
また、開断面を有するハット形のプレス成形品を用いた構造部材において、稜線部の厚み、すなわち屈曲部の厚みが他の平板部(例:天板部、縦壁部)よりも厚いと、構造部材の強度が向上し、衝撃吸収性能等が向上する。このようなプレス成形品の製造には、部分増肉ブランクが好適である。とりわけ、部分増肉ブランクにおいて、厚みが増加した領域の硬度を他の領域の硬度よりも高くすることができれば、より一層、構造部材(プレス成形品)の強度の向上が期待できる。プレス成形品の硬度は部分増肉ブランクの硬度に依存するからである。部分増肉ブランクの硬度の増加は、プレス加工によって部分増肉ブランクを成形する際に加工硬化を活用すれば実現できる。
【0042】
本発明者らは、以上のことを踏まえて鋭意検討を重ね、本発明を完成した。以下に、本発明の鋼板素材(部分増肉ブランク)、その製造方法及び製造装置、並びにその鋼板素材を用いたプレス成形品の製造方法について、その実施形態を詳述する。
【0043】
[プレス成形品]
図1A図1Eは、本実施形態によるプレス成形品の代表例を示す図である。これらの図のうち、図1Aは第1例のプレス成形品の斜視図である。図1Bは第2例のプレス成形品の斜視図である。図1Cは第3例のプレス成形品の側面図である。図1Dは第4例のプレス成形品の側面図である。図1E図1C及び図1Dに示すプレス成形品のA−A断面図である。
【0044】
図1A図1Eに例示するプレス成形品1は、いずれもハット形であり、屈曲部5、6を含む開断面を有する。すなわち、これらのプレス成形品1は、天板部2と、左右に一対の縦壁部3と、左右に一対のフランジ部4と、を備える。各縦壁部3は、天板部2の両側部それぞれに屈曲部5を介して繋がる。各フランジ部4は、各縦壁部3の端部に屈曲部6を介して繋がる。
【0045】
縦壁部3と天板部2とを繋ぐ屈曲部5は、プレス成形品1の外観上で稜線部7を形成する。縦壁部3とフランジ部4とを繋ぐ屈曲部6も、稜線部8を形成する。天板部2、縦壁部3及びフランジ部4は、多少の湾曲、凹凸等を許容する平板部である。プレス成形品1は、単一の鋼板からなる。
【0046】
図1Aに示す第1例のプレス成形品1では、天板部2及び縦壁部3が平らに形成される。これにより、第1例のプレス成形品1は、側面視及び平面視において直線状に延びた外形を有する。
【0047】
図1Bに示す第2例のプレス成形品1では、天板部2が平らに形成され、縦壁部3が縦壁部3の厚み方向へ緩やかに湾曲して形成される。これにより、第2例のプレス成形品1は、側面視において直線状に延びつつ、平面視において緩やかに湾曲した外形を有する。
【0048】
図1C及び図1Eに示す第3例のプレス成形品1では、天板部2及び縦壁部3が天板部2の厚み方向へ緩やかに湾曲して形成される。これにより、第3例のプレス成形品1は、側面視において緩やかに湾曲した外形を有する。
【0049】
図1D及び図1Eに示す第4例のプレス成形品1では、天板部2及び縦壁部3が天板部2の厚み方向へ2箇所で湾曲して形成される。これにより、第4例のプレス成形品1は、側面視において2箇所で湾曲した外形を有する。
【0050】
図1A図1Eに例示するプレス成形品1は、いずれも、厳密に言うところのハット形である。ただし、本実施形態によるプレス成形品は、屈曲部を含む開断面を有する限り、例えば溝形であってもよい。溝形のプレス成形品の場合、図1A図1Eに示すフランジ部4、及びこれらのフランジ部4に繋がる稜線部8(屈曲部6)が存在しない。すなわち、溝形のプレス成形品は、図1A図1Eに示す天板部2、縦壁部3、及びこれらを繋ぐ稜線部7(屈曲部5)から構成される。
【0051】
更に、本実施形態では、縦壁部3と天板部2とを繋ぐ稜線部7(屈曲部5)、及び縦壁部3とフランジ部4とを繋ぐ稜線部8(屈曲部6)のうち、図1A図1Dに太線で示す部分の厚みが、その部分以外の稜線部、及び平板部(天板部2、縦壁部3及びフランジ部4)の厚みよりも増加している。このような増肉部分は、稜線部の一部に形成されてもよいし、稜線部の全域にわたって形成されてもよい。また、増肉部分は、プレス成形品が備える全ての稜線部に形成されてもよいし、一部の稜線部に形成されてもよい。増肉部分の設置領域は、設計上で適宜定められる。
【0052】
本実施形態によるプレス成形品1は、後述する部分増肉ブランクを用いて製造される。本実施形態による部分増肉ブランクの製造は、従来のTWB、TRB、前記特許文献3に記載の部分増肉ブランク等のように大規模で特殊な設備を用いるわけではなく、簡易なプレス設備を用いる。したがって、製造コストの抑制が可能である。
【0053】
図2A及び図2Bは、本実施形態によるプレス成形品の稜線部付近の一例を示す断面図である。いずれの図も、前記図1A図1Eに示すプレス成形品1における縦壁部3と天板部2とを繋ぐ稜線部7(屈曲部5)付近を例示している。屈曲部5は、その両端の2つのR止まりの間の範囲である。図2A及び図2Bにおいて、屈曲部5内の太線は、前記図1A図1Dと同様に、増肉部分を示す。図2Aは、増肉部分が屈曲部5の全範囲に存在する状態を示す。図2Bは、増肉部分が屈曲部5の範囲の一部に存在する場合を示す。
【0054】
また、稜線部7の厚み中心での硬度は、稜線部7に隣接する平板部(天板部2及び縦壁部3)の厚み中心での硬度よりも高いことが好ましい。より具体的には、稜線部7の増肉部分の厚み中心での最大硬度は、天板部2及び縦壁部3の厚み中心での最小硬度よりも高いことが好ましく、その最小硬度の1.2倍以上であることがより好ましい。本明細書で言う硬度は、全てビッカース硬度(Hv)である。
【0055】
稜線部7の厚みは、稜線部7に隣接する平板部(天板部2及び縦壁部3)の厚みの1.2倍以上であることが好ましい。より具体的には、稜線部7の増肉部分において厚み中心での硬度が最大となる位置における厚みは、天板部2及び縦壁部3において厚み中心での硬度が最小となる位置における厚みの1.2倍以上であることが好ましい。この条件を満たせば、プレス成形品1の強度が有効に向上し、衝撃吸収性能が有効に向上する。この理由を以下に示す。
【0056】
稜線部7の増肉部分において厚み中心での硬度が最大となる位置とは、後述する部分増肉ブランクの厚肉領域、すなわちプレス加工によって部分増肉ブランクを成形する際に加工を受けて厚みが最も増加した領域に相当する。これに対し、平板部(天板部2及び縦壁部3)において厚み中心での硬度が最小となる位置とは、後述する部分増肉ブランクの薄肉領域、すなわちプレス加工によって部分増肉ブランクを成形する際に加工を受けずに出発素材(鋼板)のままである領域に相当する。ここで、厚み中心での硬度を定義する理由は、次のとおりである。厚みが最も増加した領域は、加工硬化により硬度が最大となる。一方、厚みが出発素材のままである領域は、硬度に変化が無く硬度が最小となる。厚みが一定の鋼板素材の硬度を基準(1.0)とした各部の硬度の比率を下記の表1に示す。
【0057】
【表1】
【0058】
一般に、厚みが一定の鋼板からプレス成形品を成形する単純な曲げ成形の場合、稜線部の厚み方向の外側及び内側では、硬度が僅かに増大する。また、上記表1に示すように、稜線部の厚み中心は中立軸近傍に位置するため、ここでの硬度はほとんど変化しない。これに対し、本実施形態のように、部分的に硬度が増した部分増肉ブランクを成形し、この部分増肉ブランクからプレス成形品を成形する曲げ成形の場合、稜線部の厚み中心での硬度が大幅に上昇する。
【0059】
本実施形態によるハット形のプレス成形品1は、稜線部7、8(屈曲部5、6)の厚みが他の平板部(天板部2及び縦壁部3)よりも厚く、強度の適正化が図られたものである。したがって、このようなプレス成形品1は、自動車車体の構造部材に適する。プレス成形品1の外形形状は、直線状のみならず、多くの自動車車体の構造部材にみられる程度に湾曲した形状を含む。例えば、左右方向へ湾曲した形状、上下方向へ湾曲した形状、及びこれらを組み合わせた湾曲形状が例示される。
【0060】
本実施形態によるプレス成形品1が用いられる構造部材としては、バンパーレインフォースメント、ドアーインパクトビーム、フロントサイドメンバー、リアサイドメンバー、センターピラーアウターレインフォース、フロアクロスメンバー、バルクヘッド、ロッカーレインフォースメント等が挙げられる。プレス成形品1の全長は、バンパーレインフォースメント、フロントサイドメンバー、リアサイドメンバー等のような1000mm程度から、立方体状のバルクヘッドのような100mm程度までである。
【0061】
バンパーレインフォースメント、ドアーインパクトビーム及びセンターピラーアウターレインフォースは、車体の側面からの衝突による3点曲げの圧壊(以下、「3点曲げ圧壊」という)を想定された構造部材である。この構造部材に、例えば図1A及び図1Cに示すプレス成形品1、すなわち車体の外側に配置される稜線部が増肉されたプレス成形品1を適用すれば、3点曲げ圧壊に対する性能を向上することができる。
【0062】
フロントサイドメンバー及びリアサイドメンバーは、車体の前後からの衝突による軸方向(長手方向)の圧壊(以下、「軸圧壊」という)を想定された構造部材である。この構造部材に、例えば図1Dに示すプレス成形品1、すなわち1箇所又は2箇所以上で湾曲した稜線部のうちの湾曲内側に位置する稜線部が増肉されたプレス成形品1を適用すれば、軸圧壊に対する性能を向上することができる。
【0063】
本実施形態によるプレス成形品1は、後述する部分増肉ブランクを用いて製造される。部分増肉ブランクをプレス加工によって成形する際、出発素材として引張強度が440MPa以上の高張力鋼板を用いることができる。したがって、本実施形態による部分増肉ブランクを用いて製造されたプレス成形品1は、高い強度を有する。
【0064】
本実施形態による部分増肉ブランクは、単一の鋼板からなり、TWBのような溶接部を有しない。したがって、本実施形態による部分増肉ブランクを用いて製造されたプレス成形品1には、溶接部が存在しないため、衝突時に溶接部での破断のおそれがない。
【0065】
本実施形態によるプレス成形品1において、稜線部の増肉部分(図1A図1D、並びに図2A及び図2B中の太線参照)の組織は、プレス加工による加工硬化組織となっている。これは以下の理由による。稜線部の増肉部分は、後述する部分増肉ブランクの厚肉領域に相当する。この厚肉領域は、部分増肉ブランクを成形する際にプレス加工によって大きなひずみが導入され、加工硬化する。このため、稜線部の増肉部分の組織は、部分増肉ブランクの厚肉領域の加工硬化組織を引継ぎ、加工硬化組織となる。
【0066】
なお、鋼板素材にTWB、TRB等を採用する技術の場合、TWB及びTRBの増肉領域は加工硬化しないため、TWB及びTRBを用いて成形されたプレス成形品の増肉部分は加工硬化組織とならない。プレス成形品の稜線部に肉盛溶接を施す技術の場合でも、肉盛溶接された増肉部分は加工硬化組織とならない。
【0067】
後述するように、本実施形態による部分増肉ブランクを用い、冷間又は温間でのプレス加工によってプレス成形品1を製造した場合、部分増肉ブランクの厚肉領域の加工硬化組織は、プレス成形品1の稜線部の増肉部分に有効に引き継がれる。このため、プレス成形品1は、稜線部における増肉及び加工硬化の相乗効果により、曲げ剛性、ねじり剛性、3点曲げ圧壊に対する性能、軸圧壊に対する性能等がより優れたものとなる。
【0068】
[鋼板素材(部分増肉ブランク)]
図3A及び図3Bは、本実施形態による鋼板素材の一例を模式的に示す図である。これらの図のうち、図3Aは全体を示す斜視図である。図3Bは厚肉領域の近傍を拡大して示す断面図である。図3A及び図3Bに示す鋼板素材である部分増肉ブランク11は、前記図1Aに示す第1例のプレス成形品1の製造に用いられる部分増肉ブランクを例示している。前記第1例のプレス成形品1はハット形であって、天板部2を間に挟んで縦壁部3及びフランジ部4が対称的に配置されたものである。なお、図3Bでは、部分増肉ブランクの幅方向の中心から一方の端部までの状況を示している。他方の端部までの状況は対称的に同じであるので省略する。
【0069】
本実施形態による部分増肉ブランク11は、厚みが増した帯状の厚肉領域12と、厚肉領域12の両側にそれぞれ隣接し厚肉領域よりも厚みが薄い薄肉領域13A、13Bと、を備える。図3Bに示すように、厚肉領域12は、プレス成形品1の増肉部分(図1Aの太線参照)である稜線部7に対応する位置に設けられる。薄肉領域13A、13Bは、プレス成形品1の天板部2、縦壁部3及びフランジ部4に対応する位置に設けられる。
【0070】
部分増肉ブランク11において、表面11a及び裏面11bのうちの一方の面(図3Bでは表面11a)に、厚肉領域12の両側部のうちの一方の側部に沿って厚みの段差12aが形成される。また、表面11a及び裏面11bのうちの他方の面(図3Bでは裏面11b)に、厚肉領域12の両側部のうちの他方の側部に沿って厚みの段差12bが形成される。
【0071】
このような部分増肉ブランク11は、後述する簡易なプレス装置を用いたプレス加工によって製造される。この製造に用いられる出発素材は、単一の鋼板である。したがって、部分増肉ブランク11は、TWBのような溶接部を有さず、全域にわたって単一である。
【0072】
部分増肉ブランク11において、厚肉領域12の厚み中心での硬度は、薄肉領域13A、13Bの厚み中心での硬度よりも高い。後述するように、厚肉領域12は、部分増肉ブランクを成形する際にプレス加工によって大きなひずみが導入され、加工硬化するからである。
【0073】
また、薄肉領域13A、13Bの厚みに対する厚肉領域12の厚みの増加率は20%以上である。
【0074】
[鋼板素材(部分増肉ブランク)の製造]
図4A図4Dは、本実施形態による鋼板素材の成形工程の一例を模式的に示す断面図である。これらの図のうち、図4Aは成形開始時の状態を示す。図4Bは成形初期の状態を示す。図4Cは成形中期の状態を示す。図4Dは成形完了時の状態を示す。図4A図4Dに示す成形工程は、前記図3A及び図3Bに示す部分増肉ブランク11(前記図1Aに示す第1例のプレス成形品1の製造に用いられるもの)を成形する場合を例示している。なお、図4A図4Dでは、鋼板の幅方向の中心から一方の端部までの状況を示している。他方の端部までの状況は対称的に同じであるので省略する。
【0075】
部分増肉ブランク11を成形するための製造装置(以下、「ブランク製造装置」ともいう)は、厚みが一定の鋼板を出発素材15とし、この出発素材15にプレス加工を施すプレス装置である。出発素材15の厚みは、部分増肉ブランク11の薄肉領域13A、13Bと同じ厚みである。
【0076】
図4A図4Dに示すように、ブランク製造装置は、上型としてパンチ21とブランクホルダ22とを備え、下型としてダイ23とパッド24とを備える。ブランクホルダ22は、パンチ21に隣接して配置される。ダイ23は、ブランクホルダ22に対向するとともにパンチ21の一部に対向して配置される。パッド24は、ダイ23に隣接するとともにパンチ21に対向して配置される。
【0077】
パンチ21とブランクホルダ22は、互いに独立して昇降動が可能である。パッド24は、パンチ21に向けて付勢されており、パッド24の下降に伴う押圧に追従して下降し、パッド24の上昇に伴う押圧の解放に追従して上昇する。ダイ23は固定である。
【0078】
ブランクホルダ22とパッド24との水平方向の間隔は、部分増肉ブランク11の厚肉領域12の幅と同じに設定される。ここで言う厚肉領域12の幅とは、前記図3Bに示すように、厚肉領域12の一方の側部に形成された段差12aから他方の側部に形成された段差12bまでの幅のことである。
【0079】
また、ダイ23の上面、すなわちブランクホルダ22と対向する面には、凸部23aが設けられる。凸部23aは、出発素材15の端部よりも水平方向の中央寄りに配置される。
【0080】
このような構成のブランク製造装置を用い、部分増肉ブランク11は以下の工程を経て製造される。先ず、出発素材15を準備する。出発素材15である鋼板の種別は特に限定しないが、引張強度が440MPa以上の高張力鋼板を用いることができる。
【0081】
成形前の状態では、上型のパンチ21及びブランクホルダ22は上死点にあり、下型のパッド24及びダイ23から上方に退避している。この状態のとき、パッド24の上面は、ダイ23の上面よりも高い位置に配置される。そして、パッド24上に出発素材15が載置される。
【0082】
この状態からプレス加工による成形が開始される。最初に、パンチ21及びブランクホルダ22が一体的に下降し、パンチ21及びブランクホルダ22それぞれの下面が出発素材15に接触する。これにより、図4Aに示すように、出発素材15の一部の領域17Aがパンチ21とパッド24とによって挟み込まれ、拘束された状態になる。この出発素材15の幅方向中央の領域17Aは、前記図1Aに示すプレス成形品1の天板部2の領域、すなわち前記図3Aに示す部分増肉ブランク11の幅方向中央の薄肉領域13Aに対応する。
【0083】
続いて、パンチ21の下降が停止され、ブランクホルダ22の下降のみが継続される。すると、出発素材15の端部がブランクホルダ22によって押し込まれる。これにより、図4Bに示すように、出発素材15は、パンチ21とパッド24とによって拘束された領域17Aの側部から折れ曲がる。
【0084】
更にブランクホルダ22の下降による出発素材15の押し込みが継続される。すると、図4Cに示すように、出発素材15の端部の領域17Bがブランクホルダ22とダイ23とによって挟み込まれ、拘束された状態になる。ブランクホルダ22はこの状態で下死点に達する。この出発素材15の端部の領域17Bは、前記図1Aに示すプレス成形品1の縦壁部3及びフランジ部4の領域、すなわち前記図3Aに示す部分増肉ブランク11の端部の薄肉領域13Bに対応する。
【0085】
ここまでの過程(以下、「第1ステップ」ともいう)を経ると、図4Cに示すように、出発素材15において、パンチ21及びパッド24によって挟み込まれた領域17Aと、ブランクホルダ22及びダイ23によって挟み込まれた領域17Bとは、互いに平行で異なる平面上に変位した状態になる。ブランクホルダ22とパッド24との間の空間には、領域17Aと領域17Bとにつながり、両者に対して傾斜した帯状の領域16が形成される。この出発素材15の傾斜した領域16は、前記図1Aに示すプレス成形品1の増肉部分(図1Aの太線参照)である稜線部7の領域、すなわち前記図3Aに示す部分増肉ブランク11の厚肉領域12に対応する。
【0086】
また、ブランクホルダ22とダイ23とによって挟み込まれた領域17Bの端面は、ダイ23上の凸部23aの側面に対し、接触しているか、又は僅かに隙間を空けた状態にある。図4Cでは、僅かに隙間を空けた状態を示す。
【0087】
出発素材15は、第1ステップを経ることにより、傾斜した領域16(以下、「第1領域」ともいう)と、この第1領域16の両側部にそれぞれ隣接する互いに平行な領域17A、17B(以下、「第2領域」ともいう)に区分される。傾斜した第1領域16の幅Lは、前記図3Aに示す部分増肉ブランク11の厚肉領域12の幅よりも広い。傾斜した第1領域16は、ブランクホルダ22とパッド24との間の空間に傾斜して存在し、その空間の水平方向の間隔が厚肉領域12の幅と同じに設定されているからである。
【0088】
続いて、第2ステップに移行する。第2ステップでは、パンチ21の下降が再開される。すると、出発素材15の幅方向中央部の領域17A(第2領域)は、パンチ21とパッド24との挟み込みによって幅方向の移動を拘束されながら押し込まれる。その際、出発素材15の端部の領域17B(第2領域)もブランクホルダ22とダイ23との挟み込みによって幅方向の移動を拘束されている。このため、ブランクホルダ22とパッド24との間の空間に存在する出発素材15の傾斜した第1領域16は、圧縮されて膨らみつつ、傾斜角度が次第に緩くなる。これにより、第1領域16の厚みも次第に増加する。
【0089】
また、その際、第2領域17Bの端面がダイ23上の凸部23aの側面に接触することにより、第2領域17Bの幅方向の移動は確実に制限される。このため、ブランクホルダ22とダイ23との挟み込みによる第2領域17Bの拘束が不十分であったとしても、支障はない。
【0090】
引き続き、パンチ21の下降による出発素材15の押し込みが継続され、終にはパンチ21が下死点に達する。すなわち、図4Dに示すように、出発素材15において、パンチ21とパッド24とによって挟み込まれた領域17A(第2領域)が、ブランクホルダ22とダイ23とによって挟み込まれた領域17B(第2領域)と同一平面上に到達する。要するに、第2領域17A、17B同士が同一平面上まで変位する。この状態のとき、パッド24の上面は、ダイ23の上面よりも僅かに高い位置に配置される。パンチ21の下面は、ブランクホルダ22の下面より僅かに高い位置に配置される。
【0091】
これにより、第1領域16の幅は、ブランクホルダ22とパッド24との水平方向の間隔、すなわち前記図3Aに示す部分増肉ブランク11の厚肉領域12の幅まで圧縮された状態になる。更に、第1領域16は、圧縮によって膨らむと同時に、互いに対向するパンチ21とダイ23とによって平坦面に押し潰される。その結果、第1領域16の厚みは増加し、出発素材15そのものの厚み、すなわち第2領域17A、17Bよりも厚くなる。第1領域16の厚みは、パンチ21の下面とダイ23の上面との間隔、すなわちパンチ21の下死点の位置によって定まる。
【0092】
図4Dに示すように、このようなプレス加工によって、出発素材15から、前記図3A及び図3Bに示す部分増肉ブランク11が成形される。厚みが増した帯状の第1領域16は、厚肉領域12となる。この第1領域16(厚肉領域12)の両側にそれぞれ隣接する第2領域17A、17Bは、厚肉領域12よりも厚みが薄い薄肉領域13A、13Bとなる。
【0093】
ここで、上記した部分増肉ブランクの製造工程のうちの第1ステップにおいて、傾斜した第1領域16を形成する際の好適な条件は、以下のとおりである。
【0094】
図5は、部分増肉ブランクの製造工程での増肉可能範囲を示す図である。前記図4Cに示すように、傾斜した第1領域16が形成された時点において、第1領域16の幅をL[mm]とし、出発素材15(第1領域16)の厚みをt[mm]とし、水平な第2領域17A、17Bに対する第1領域16の傾斜角をθ[°]とし、出発素材15の降伏強度をYS[MPa]とした場合、これらと増肉可能範囲との間には相関がある。
【0095】
図5に示すように、下記(1)式の条件を満足すれば、傾斜した第1領域16を圧縮して厚肉領域12に成形する過程で座屈が発生しない。
(L/t)×(1/cosθ)≦−5.1×10-6×(YS)2+11.5 …(1)
【0096】
この(1)式の条件は、出発素材15として、引張強度が440MPa以上の鋼板が使用される場合に、有効である。
【0097】
本発明者らは、引張強度が440〜980MPaの各種の鋼板を用い、上記(1)中の幅L[mm]、厚みt[mm]及び傾斜角θ[°]を種々変更して部分増肉ブランクを成形する試験を行った。この試験に基づき、部分増肉の可否に及ぼす鋼板強度の影響を検討した。
【0098】
ここで、増肉加工が出来ない条件とは、傾斜した第1領域16が、圧縮過程で座屈し、これにより重なって折れ曲がる現象(以下、「重なり座屈」という)が発生する条件とした。重なり座屈は最終的にプレス成形品に残る。このため、プレス成形品は、見栄えが悪化し、不良品と見なされる。また、プレス成形品の疲労特性等が低下するおそれがある。
【0099】
440MPa級鋼板を用いた場合、傾斜した第1領域16の幾何形状因子をまとめたパラメータ『(L/t)×(1/cosθ)』(以下、「パラメータQ」ともいう)が約10.87以上になると、重なり座屈が生じた。パラメータQが約10.87になる条件は、例えば、t=1.6mm、L=10mm、及びθ=55°の場合である。この条件と比較して、厚みtが薄く、幅Lが広く、傾斜角θが大きい場合は、重なり座屈がより発生し易くなる。
【0100】
同様の試験を他の鋼種についても実施したところ、以下の条件のときに重なり座屈が発生した。
・590MPa級鋼板:パラメータQが約10.58になる条件(例えば、t=1.6mm、L=10mm、及びθ=54°)
・980MPa級鋼板:パラメータQが約9.17になる条件(例えば、t=1.6mm、L=10mm、及びθ=47°)
【0101】
そこで、パラメータQと、座屈の発生に相関が高い材料特性値である降伏強度YSとの関係について調査した。ここで、各種の鋼板の降伏強度YSは以下のとおりである。
・440MPa級鋼板:降伏強度YSは352MPa
・590MPa級鋼板:降伏強度YSは424MPa
・980MPa級鋼板:降伏強度YSは676MPa
その結果、パラメータQと降伏強度YSが上記(1)式の条件を満足すれば、重なり座屈を抑制できることを見出した。
【0102】
第2領域17A、17Bの厚みに対する第1領域16の厚みの増加率(以下、「増肉率」ともいう)は、概ね『((1/cosθ)−1)×100』%となる。部分増肉ブランクにおいては、その増肉率は、薄肉領域13A、13Bの厚みに対する厚肉領域12の厚みの増加率である。増肉率は20%以上であることが好ましい。
【0103】
上記(1)式の条件を満足する限り、増肉加工が可能である。仮に、1回の増肉加工で所望の増肉率、硬度等が得られない場合は、同じ第1領域16に複数回の増肉加工を繰り返しても構わない。
【0104】
ダイ23の上面に設けられた凸部23aは、上記のとおり、出発素材15の第2領域17Bと接触することにより、第2領域17Bの幅方向の移動を制限する役割を担う(図4D参照)。凸部23aの高さは、出発素材15の厚み(部分増肉ブランク11の薄肉領域13A、13Bの厚み)と同じであるか、又はその厚みよりも低い。凸部23aの高さが出発素材15の厚みよりも高いと、ブランクホルダ22が下死点に到達したときに、凸部23aがブランクホルダ22に接触する。これにより、ブランクホルダ22とダイ23とによる第2領域17Bの挟み込みが不十分となり、第2領域17Bにしわが発生する。例えば、出発素材15の厚みが1.6mmである場合、凸部23aの高さは1.3mmに設定すればよい。
【0105】
なお、上記した図4A図4Dに示すブランク製造装置は、上型として、パンチ21とブランクホルダ22とを配置し、下型として、ダイ23とパッド24とを配置した構成であるが、上下の金型の配置が上下で反転した構成であっても構わない。また、上下の各金型の呼び名については、符号21の金型がパンチに代えてパッドと呼ばれ、符号22の金型がブランクホルダに代えてダイと呼ばれ、符号24の金型がパッドに代えてパンチと呼ばれ、符号23の金型がダイに代えてブランクホルダと呼ばれることもある。
【0106】
上記のブランク製造装置を用いたプレス加工により、上記した部分増肉ブランク11を製造することができる。そのブランク製造装置は、格別な金型及び構造を要することなく簡易なものである。したがって、部分増肉ブランク11を製造するにあたり、製造コストの抑制が可能である。また、この部分増肉ブランク11は、平板状であり、厚肉領域を有するものである。このため、部分増肉ブランク11にプレス加工を行えば、強度の適正化が可能なプレス成形品が得られる。
【0107】
[プレス成形品の製造]
図6A及び図6Bは、本実施形態によるプレス成形品の成形工程の一例を模式的に示す断面図である。これらの図のうち、図6Aは成形開始時の状態を示す。図6Bは成形完了時の状態を示す。図6A及び図6Bに示す成形工程は、前記図3A及び図3Bに示す部分増肉ブランク11を用いて、前記図1Aに示す第1例のプレス成形品1を成形する場合を例示している。なお、図6A及び図6Bでは、鋼板の幅方向の中心から一方の端部までの状況を示している。他方の端部までの状況は対称的に同じであるので省略する。
【0108】
プレス成形品1を成形するための製造装置(以下、「プレス品製造装置」ともいう)は、部分増肉ブランク11を用い、この部分増肉ブランク11の厚肉領域12がプレス成形品1の稜線部7(屈曲部5)を構成するようにプレス加工を施すプレス装置である。図6A及び図6Bに示すように、プレス品製造装置は、上型としてパンチ31を備え、下型としてダイ32とパッド33とを備える。
【0109】
パンチ31は、プレス成形品1の形状が造形された型彫刻部を有し、この型彫刻部の一部として、プレス成形品1の稜線部7(屈曲部5)に対応する肩部31aを有する。ダイ32とパッド33は、互いに隣接し、いずれもパンチ31に対向して配置される。パッド33は、プレス成形品1の天板部2を成形するための金型であり、パンチ31の肩部31aから水平方向の中央側に配置される。ダイ32は、プレス成形品1の縦壁部3及びフランジ部4を成形するための金型である。
【0110】
パンチ31は、昇降動が可能である。パッド33は、パンチ31に向けて付勢されており、パッド33の下降に伴う押圧に追従して下降し、パッド33の上昇に伴う押圧の解放に追従して上昇する。ダイ32は固定である。
【0111】
このような構成のプレス品製造装置を用い、プレス成形品1は以下の工程を経て製造される。成形前の状態では、上型のパンチ31は上死点にあり、下型のパッド33及びダイ32から上方に退避している。この状態のとき、パッド33の上面とダイ32の上面の高さは一致している。そして、パッド33及びダイ32の上に上記の部分増肉ブランク11が載置される。この状態で、部分増肉ブランク11の薄肉領域13A、13Bのうち、幅方向中央の薄肉領域13Aがパッド33の上に配置され、端部の薄肉領域13Bがダイ32の上に配置される。パンチ31の肩部31aの直下の位置に、部分増肉ブランク11の厚肉領域12が一致している。
【0112】
この状態からプレス加工による成形が開始される。最初に、パンチ31が下降し、部分増肉ブランク11に接触する。これにより、図6Aに示すように、部分増肉ブランク11の幅方向中央の薄肉領域13Aがパンチ31とパッド33とによって挟み込まれ、拘束された状態になる。
【0113】
続いて、パンチ31の下降が継続される。すると、部分増肉ブランク11の端部の薄肉領域13Bがダイ32によって押し込まれる。これにより、部分増肉ブランク11は、厚肉領域12から折れ曲がる。その結果、厚肉領域12に屈曲部5(稜線部7)が形成され、この屈曲部5の形成に伴い、パンチ31とパッド33とによって挟み込まれた薄肉領域13Aが天板部2となる。
【0114】
更にパンチ31の下降による部分増肉ブランク11の押し込みが継続され、終にはパンチ31が下死点に達する。これにより、図6Bに示すように、部分増肉ブランク11の端部の薄肉領域13Bに屈曲部6(稜線部8)が形成され、この屈曲部5の形成に伴い、縦壁部3及びフランジ部4が形成される。
【0115】
このようなプレス加工によって、上記の部分増肉ブランク11から、前記図1Aに示すプレス成形品1が成形される。
【0116】
このように、上記のプレス品製造装置を用い、上記の部分増肉ブランク11にプレス加工を行えば、部分的に厚みが厚く、強度の適正化が可能なプレス成形品1を製造することができる。そのプレス品製造装置も、上記のブランク製造装置と同様に、格別な金型及び構造を要することなく簡易なものである。したがって、部分増肉ブランク11のみならず、プレス成形品1を製造するにあたり、製造コストの抑制が可能である。
【0117】
上記のプレス品製造装置によるプレス加工は、冷間で行われてもよいし、温間で行われてもよい。温間プレス加工とは、成形開始時の部分増肉ブランク11の温度が200℃〜Ac3点未満である状態でプレス加工を施すことを意味する。一方、冷間プレス加工とは、成形開始時の部分増肉ブランク11の温度が約200℃未満である状態でプレス加工を施すことを意味する。冷間又は温間でのプレス加工により、部分増肉ブランク11の厚肉領域12の加工硬化組織は、プレス成形品1の稜線部の増肉部分に有効に引き継がれる。
【0118】
また、上記の部分増肉ブランク11において、厚肉領域12と各薄肉領域13A、13Bの厚みの段差12a、12bは、表面11a及び裏面11bに一筋ずつ現れる。そうすると、この部分増肉ブランク11から製造されたプレス成形品1の稜線部7には、表側及び裏側に、厚み段差の痕跡が一筋ずつしか残らない。したがって、特許文献3の部分増肉ブランクから製造されたプレス成形品よりも、外観品質に優れる。
【0119】
なお、上記した図6A及び図6Bに示すプレス品製造装置は、上型として、パンチ31を配置し、下型として、ダイ32とパッド33とを配置した構成であるが、上下の金型の配置が上下で反転した構成であっても構わない。
【実施例】
【0120】
本発明の効果を確認するため、下記実施例1及び2の試験を実施した。
【0121】
[実施例1]
実施例1では、比較例、従来例、及び本発明例の3種類の構造部材を製作し、各構造部材について、3点曲げ圧壊試験を実施した。
【0122】
(1)構造部材
図7は、実施例1の3点曲げ圧壊試験に用いた構造部材の断面形状を示す模式図である。図7に示すように、実施例1で用いた構造部材40は、ハット形のプレス成形品1とクロージングプレート9とを組み合わせ、スポット溶接で接合したものとした。プレス成形品1は、天板部2と、一対の縦壁部3と、一対のフランジ部4と、を備え、天板部2と縦壁部3を繋ぐ屈曲部5(稜線部7)と、縦壁部3とフランジ部4を繋ぐ屈曲部6(稜線部8)とを含むものとした。そのプレス成形品1の製造条件を3種類選定し、それぞれを比較例、従来例、及び本発明例とした。
【0123】
スポット溶接は、プレス成形品1のフランジ部4で行った。スポット溶接の間隔は、構造部材40の長手方向に沿って30mmとした。クロージングプレート9には、厚みが1.8mmの440MPa級鋼板を用いた。
【0124】
比較例では、通常の鋼板素材をプレス加工によってハット形のプレス成形品1に成形した。この鋼板素材には、厚みが1.6mmで一定の440MPa級鋼板を用いた。比較例のプレス成形品1の厚みは、稜線部7を含めた全域にわたり、ほぼ鋼板素材の厚みのままであった。稜線部7の厚み中心における最大硬度(Hv)は、鋼板素材の硬度とほぼ同等であった。なお、比較例の稜線部7における屈曲外側の硬度(Hv)は、プレス加工時の加工硬化に起因して鋼板素材の硬度の約1.23倍であった。
【0125】
従来例では、TRBをプレス加工によってハット形のプレス成形品1に成形した。このTRBは、厚みが2.0mmで一定の鋼板を部分的に圧延して減肉領域を形成し、この減肉領域の形成により相対的に増肉領域を形成したものであった。この減肉領域の厚みは約1.6mmであった。増肉領域の厚みは2.0mmであった。TRBにはプレス加工前に熱処理を施し、増肉領域の強度を440MPa級鋼板と同等にした。プレス加工は、その増肉領域が稜線部7を構成するようにした。
【0126】
従来例のプレス成形品1の厚みは、TRBの厚みがほぼ引き継がれ、稜線部7で最大2.0mmとなり、稜線部7以外の部分で概ね1.6mmとなった。すなわち、稜線部7の厚みは、稜線部7以外の部分の厚みの1.25倍であった。稜線部7の厚み中心における最大硬度(Hv)は、TRBの硬度とほぼ同等であった。なお、従来例の稜線部7における屈曲外側の硬度(Hv)は、プレス加工時の加工硬化に起因してTRBの硬度の約1.26倍であった。
【0127】
本発明例では、上記した本実施形態の部分増肉ブランクをプレス加工によってハット形のプレス成形品1に成形した。この部分増肉ブランクは、厚みが1.6mmで一定の440MPa級鋼板を出発素材とし、上記した本実施形態による部分増肉加工を施したものであった。この部分増肉した厚肉領域の厚みは最大2.0mmであった。プレス加工は、その厚肉領域が稜線部7を構成するようにした。
【0128】
本発明例のプレス成形品1の厚みは、部分増肉ブランクの厚みがほぼ引き継がれ、稜線部7で最大2.0mmとなり、稜線部7以外の部分で概ね1.6mmとなった。すなわち、稜線部7の厚みは、稜線部7以外の部分の厚みの1.25倍であった。稜線部7の厚み中心における最大硬度(Hv)は、部分増肉加工前の出発素材の硬度の約1.40倍であった。なお、本発明例の稜線部7における屈曲外側の硬度(Hv)も同様であった。
【0129】
(2)3点曲げ圧壊試験の条件
図8は、3点曲げ圧壊試験の概略を示す模式図である。構造部材40をクロージングプレート9側から2点支持した。構造部材40の支持点間隔は1000mmとした。この構造部材40の支持点の中央に、プレス成形品1の天板部2側からインパクター45を衝突させ、構造部材40を圧壊した。インパクター45の先端部の曲率半径は150mmであった。インパクター45の衝突速度は64km/hであった。
【0130】
(3)試験の評価及び結果
比較例、従来例、及び本発明例の各構造部材について、3点曲げ圧壊試験での最大荷重を測定した。評価は、比較例の最大荷重を基準(1.00)とし、この比較例の最大荷重に対する比率で行った。結果を表2に示す。
【0131】
【表2】
【0132】
表2に示すように、従来例における最大荷重比は約1.05であった。これに対し、本発明例における最大荷重比は1.12であった。このことから、本実施形態の技術を採用した本発明例の構造部材は、部分増肉及び大幅な加工硬化の影響により、3点曲げ圧壊に対し高い性能を有することが実証された。
【0133】
[実施例2]
実施例2では、比較例、従来例、及び本発明例の3種類の構造部材を製作し、各構造部材について、軸圧壊試験を実施した。
【0134】
(1)構造部材
図9は、実施例2の軸圧壊試験に用いた構造部材の断面形状を示す模式図である。図9に示すように、実施例2で用いた構造部材40は、一対の溝形のプレス成形品1を組み合わせ、レーザー溶接で接合したものとした。各プレス成形品1は、それぞれ、天板部2と、一対の縦壁部3と、を備え、天板部2と縦壁部3を繋ぐ屈曲部5(稜線部7)を含むものとした。そのプレス成形品1の製造条件を3種類選定し、それぞれを比較例、従来例、及び本発明例とした。プレス成形品1の全長は150mmとした。レーザー溶接は、一対のプレス成形品1の各縦壁部3同士で行った。
【0135】
比較例では、通常の鋼板素材をプレス加工によって溝形のプレス成形品1に成形した。この鋼板素材には、厚みが1.6mmで一定の440MPa級鋼板を用いた。比較例のプレス成形品1の厚みは、稜線部7を含めた全域にわたり、ほぼ鋼板素材の厚みのままであった。稜線部7の厚み中心における最大硬度(Hv)は、鋼板素材の硬度とほぼ同等であった。なお、比較例の稜線部7における屈曲外側の硬度(Hv)は、鋼板素材の硬度の約1.23倍であった。
【0136】
従来例では、TRBをプレス加工によって溝形のプレス成形品1に成形した。このTRBは、厚みが2.0mmで一定の鋼板を部分的に圧延して減肉領域を形成し、この減肉領域の形成により相対的に増肉領域を形成したものであった。この減肉領域の厚みは約1.6mmであった。増肉領域の厚みは2.0mmであった。TRBにはプレス加工前に熱処理を施し、増肉領域の強度を440MPa級鋼板と同等にした。プレス加工は、その増肉領域が稜線部7を構成するようにした。
【0137】
従来例のプレス成形品1の厚みは、TRBの厚みがほぼ引き継がれ、稜線部7で最大2.0mmとなり、稜線部7以外の部分で概ね1.6mmとなった。すなわち、稜線部7の厚みは、稜線部7以外の部分の厚みの1.25倍であった。稜線部7の厚み中心における最大硬度(Hv)は、TRBの硬度とほぼ同等であった。なお、従来例の稜線部7における屈曲外側の硬度(Hv)は、TRBの硬度の約1.26倍であった。
【0138】
本発明例では、上記した本実施形態の部分増肉ブランクをプレス加工によって溝形のプレス成形品1に成形した。この部分増肉ブランクは、厚みが1.6mmで一定の440MPa級鋼板を出発素材とし、上記した本実施形態による部分増肉加工を施したものであった。この部分増肉した厚肉領域の厚みは最大2.0mmであった。プレス加工は、その厚肉領域が稜線部7を構成するようにした。
【0139】
本発明例のプレス成形品1の厚みは、部分増肉ブランクの厚みがほぼ引き継がれ、稜線部7で最大2.0mmとなり、稜線部7以外の部分で概ね1.6mmとなった。すなわち、稜線部7の厚みは、稜線部7以外の部分の厚みの1.25倍であった。稜線部7の厚み中心における最大硬度(Hv)は、部分増肉加工前の出発素材の硬度の約1.40倍であった。なお、本発明例の稜線部7における屈曲外側の硬度(Hv)も同様であった。
【0140】
(2)軸圧壊試験の条件
構造部材40の長手方向の両端部のうち、一方の端部を固定した。この構造部材40の両端部のうち、他方の端部からインパクターを衝突させ、構造部材40を軸方向に圧壊した。インパクターの衝突速度は10km/hであった。
【0141】
(3)試験の評価及び結果
比較例、従来例、及び本発明例の各構造部材について、軸圧壊試験でインパクターのストロークが100mmに到達した際の吸収エネルギEAを測定した。評価は、比較例の吸収エネルギEAを基準(1.00)とし、この比較例の吸収エネルギEAに対する比率で行った。結果を表3に示す。
【0142】
【表3】
【0143】
表3に示すように、従来例におけるEA比は約1.10であった。これに対し、本発明例におけるEA比は1.31であった。このことから、本実施形態の技術を採用した本発明例の構造部材は、部分増肉及び大幅な加工硬化の影響により、高いEA性能を有することが実証された。
【符号の説明】
【0144】
1:プレス成形品、 2:天板部、 3:縦壁部、 4:フランジ部、
5、6:屈曲部、 7、8:稜線部、 9:クロージングプレート、
11:部分増肉ブランク(鋼板素材)、
11a:表面、 11b:裏面、
12:厚肉領域、 12a、12b:段差、
13A、13B:薄肉領域、
15:出発素材、 16:第1領域、 17A、17B:第2領域、
21:パンチ、 22:ブランクホルダ、
23:ダイ、 23a:凸部、 24:パッド、
31:パンチ、 31a:肩部、 32:ダイ、 33:パッド、
40:構造部材、 45:インパクター
図1A
図1B
図1C
図1D
図1E
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図4C
図4D
図5
図6A
図6B
図7
図8
図9