【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)発行者/公益社団法人日本化学会、刊行物名/日本化学会第92回春季年会予稿集II 発行日/平成24年3月9日にて発表 (2)研究集会名/日本化学会第92回春季年会、主催者名/公益社団法人日本化学会 開催日/平成24年3月25日にて発表
【文献】
Okamura, Rei; Wada, Tohru; Aikawa, Katsuji; Nagata, Toshi; Tanaka, Koji,A Platinum-Ruthenium Dinuclear Complex Bridged by Bis(terpyridyl)xanthene,Inorganic Chemistry,2004年,43(22),7210-7217
【文献】
Ghosh, Soumya; Baik, Mu-Hyun,Redox Properties of Tanaka's Water Oxidation Catalyst: Redox Noninnocent Ligands Dominate the Electronic Structure and Reactivity,Inorganic Chemistry,2011年,50(13),5946-5957
【文献】
Muckerman, James T.; Polyansky, Dmitry E.; Wada, Tohru; Tanaka, Koji; Fujita, Etsuko,Water Oxidation by a Ruthenium Complex with Noninnocent Quinone Ligands: Possible Formation of an O-O Bond at a Low Oxidation State of the Metal,Inorganic Chemistry,2008年,47(6),1787-1802
【文献】
Le Mest, Yves; Inisan, Claude; Laouenan, Andre; L'Her, Maurice; Talarmin, Jean; El Khalifa, Moulay; Saillard, Jean-Yves,Reactivity toward Dioxygen of Dicobalt Face-to-Face Diporphyrins in Aprotic Media. Experimental and Theoretical Aspects. Possible Mechanistic Implication in the Reduction of Dioxygen,Journal of the American Chemical Society ,1997年,119(26),6095-6106
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を説明する。本発明において「〜」はその両端の値を含む。
1.金属錯体
本発明の金属錯体は、一般式(I)で表される。
【0015】
式中、MはCoまたはFeである。
式(y)で表される結合は、二重結合または単結合を示す。
【0017】
Xは、炭素原子または酸素原子である。Xが炭素原子である場合は、Xを含む多環炭化水素基(以下単に「多環炭化水素基」ともいう)は、1,8−アントラセンジイル基であることが好ましい。すなわち、式(y)で表される結合はすべて二重結合であることが好ましい。Xが酸素原子である場合は、多環炭化水素基は、4,5−キサンテンジイル基であることが好ましい。すなわち、式(y)で表される結合はすべて単結合であることが好ましい。
【0018】
R
3は多環炭化水素基に結合する炭素数が1〜4のアルキル基である。多環炭化水素基が1,8−アントラセンジイル基である場合、R
3は2〜7位の炭素原子に結合する。本発明においてアルキル基は異性体も含むので、炭素数が1〜4のアルキル基とは、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、またはt−ブチル基である。hはR
3のベンゼン環上の個数を示し、独立に0〜3の整数である。「hは独立に0〜3の整数である」とは、式(I)において右に存在するhと左に存在するhの値が、同一または異なることを意味する。R
3の数が多いと立体障害により金属錯体が化学的に不安定になる場合があるのでhは0〜1が好ましく、0がより好ましい。またR
3が存在する場合、嵩高いと立体障害により金属錯体が化学的に不安定になる場合があるのでこの観点からはR
3はメチル基であることが好ましい。一方、多環炭化水素基が芳香環でない場合は多環炭化水素基が屈曲しやすいので、これに結合する二つのターピリジル基が接近して不安定になる場合がある。このためR
3が比較的嵩高いとR
3同士の反発により多環炭化水素基の屈曲が抑制されるので、安定性が向上するという利点がある。この場合、R
3はプロピル基、ブチル基であることが好ましく、ブチル基であることがより好ましい。
ただし、2位および7位にR
3が存在すると、合成が困難となる場合があるので、R
3は2位および7位には存在しないことが好ましい。
【0019】
R
4は多環炭化水素基に結合する炭素数が1〜3のアルキル基である。iはR
4の個数を示し、0〜2の整数である。多環炭化水素基が1,8−アントラセンジイル基である場合、R
4は9および10位の炭素原子に結合できる。前述の理由から、iは0〜1が好ましく、0がより好ましい。またR
4が存在する場合はメチル基であることが好ましい。多環炭化水素基が4,5−キサンテンジイル基である場合、R
4は9位の炭素原子に結合できる。R
4はメチル基が好ましく、iは2が好ましい。
【0020】
R
5〜R
7は2,2’:6’2’’−ターピリジル基の、3〜6位の炭素原子、3’と5’位の炭素原子、および3’’〜6’’位の炭素原子にそれぞれ結合する炭素数が1〜3のアルキル基である。j、k、およびlはこれらの基の個数を示し、それぞれ独立に0〜3の整数、0〜2の整数、および0〜3の整数である。前述の理由から、j、k、およびlは0〜1が好ましく、0がより好ましい。またR
5〜R
7はが存在する場合はメチル基であることが好ましい。ただし、R
6が存在すると、合成が困難となる場合があるので、R
6は存在しないことが好ましい。
Lは一般式(Ia)、(Ib)、または(Ic)で表される二座配位子である。
【0022】
Iaは2,2’−ジピリジン骨格を有する二座配位子である。式中のN原子から延びる線は、当該N元素が金属に配位していることを意味する。R
1は3〜6位の炭素原子および3’〜6’位の炭素原子に結合する炭素数1〜3のアルキル基である。dはR
1の個数を示し、独立に0〜4の整数である。合成が容易であるという観点からdは0〜1が好ましく、0がより好ましい。一方で、ピリジン環に置換基が導入されていると当該置換基と前記ターピリジル基との間で相互作用が生じて金属錯体の安定性が増加しうる。しかしながら、置換基が過度に嵩高いまたは過度に多いとこの安定効果が得られにくいので、R
1が存在する場合はメチル基であることが好ましい。この場合、dは1〜2が好ましく、1がより好ましい。特に2,2’−ジピリジンにおける6および6’位の炭素原子にR
1が結合することが好ましい。
【0023】
Ibは2,2’−ジピリミジン骨格を有する二座配位子である。R
1は4〜6位および4’〜6’位の炭素原子に結合する炭素数1〜3のアルキル基である。eはR
1の個数を示し、独立に0〜3の整数である。合成が容易であるという観点からeは0〜1が好ましく、0がより好ましい。一方で、前述のとおり置換基とターピリジル基との相互作用による安定化の観点からは、R
1が存在する場合はメチル基であることが好ましい。この場合、eは1〜2が好ましく、1がより好ましい。特に2,2’−ジピリミジンにおける6および6’位の炭素原子にR
1が結合することが好ましい。
【0024】
Icは1,10−フェナントロリン骨格を有する二座配位子である。R
1は2〜4位および7〜9位の炭素原子に結合する炭素数1〜3のアルキル基である。R
2は5位および6位の炭素原子に結合する炭素数1〜3のアルキル基である。fはR
1の個数を示し、独立に0〜3の整数である。gはR
2の個数を示し、0〜2の整数である。合成が容易であるという観点からfおよびgは0〜1が好ましく、0がより好ましい。一方で、前述のとおり置換基とターピリジル基との相互作用による安定化の観点から、R
1およびR
2が存在する場合はメチル基であることが好ましい。この場合、fおよびgは1〜2が好ましく、1がより好ましい。特に、1,10−フェナントロリンにおける2および9位の炭素原子にR
1が結合することが好ましい。
【0025】
Y
−nは、n価のカウンターアニオンである。カウンターアニオンとは電荷バランスを取るために結合するアニオンである。nは1〜4の整数、mはn×m=4を満足する整数である。すなわち、Yが1価のアニオンである場合、mは4である。(Y
−n)
mは特に限定されず、通常錯体の分野で用いられるアニオンであればよいが、合成しやすいとの観点から、(PF
6−)
4、(ClO
4−)
4、(BF
4−)
4、または(PPh
4−)
4が好ましい。
【0026】
以下に特に好ましい金属錯体の二例を示す。
【0028】
2.金属錯体の特性
(1)還元剤としての性質
本発明の金属錯体は、過酸化水素を発生させずに速やかに酸素を水へ還元しうる活性を有する。反応系によっても異なるが、本発明の金属錯体は非常に微量な量で酸素を還元できる。例えば、金属錯体の量は、1モルのO
2に対して0.005〜0.02モルが好ましい。また還元反応は温和な条件で行なうことができ、10〜30℃の室温にて実施できる。反応における溶媒は、水または通常使用される有機溶媒のいずれを用いてもよい。
詳細は実施例に示すが、本発明の金属錯体は主として酸素の4電子還元反応(前述のスキーム1の反応)を進行させるので、過酸化水素を発生せずに酸素を水へと還元できる。この機序は限定されないが、下記スキームのように考えられる。
【0030】
まず、Aで表されるCo(III)-O-O-Co(III)構造を有する金属錯体が1電子ずつ二段階の還元を受けてBで表されるCo(II)-O-O-Co(II) 構造を有する金属錯体を生成する。次に、Co(II)-O-O-Co(II)が2電子の還元を受けると共にプロトン化し、O-O結合が切断されて、Cで表される金属錯体が形成される。金属錯体Cにおけるアクア配位子は酸素分子と置換されて水を生成し、金属錯体Aが再生される。酸素の4電子還元反応は、架橋パーオキソCo-O-O-Co構造を経て進行するが、本発明の金属錯体は、この架橋パーオキソ構造を安定化させるため、4電子還元反応を選択的に進行させると考えられる。
【0031】
(2)用途
本発明の金属錯体は、酸素還元反応の触媒として有用である。さらに本発明の金属錯体は水に不溶であるので、水系の酸素還元反応の触媒として特に好適であり、燃料電池のカソードに使用することができる。
【0032】
3.金属錯体の製造方法
本発明の金属錯体は、
第1工程:一般式(1)で表される化合物と、CoSO
4またはFeSO
4とを混合しながら加熱する工程、
第2工程:前記反応系に、酸素と、一般式(2a)、(2b)、または(2c)で表される化合物とを加え、加熱する工程、および
第3工程:前記反応系にZ
n・Y
−nで表される塩(Z
nはn価のカチオンであり、Yおよびnは前述のとおり定義される)を加える工程、を経て製造されることが好ましい。
【0033】
(1)第1工程
本工程で使用される一般式(1)で表される化合物(以下「化合物1」ともいう)は、下記の構造を有する。
【0035】
R
2〜R
7およびh〜lは前述のとおりである。
本工程では、化合物1と、CoSO
4またはFeSO
4とを撹拌して混合しながら加熱する。化合物1とCoSO
4またはFeSO
4のモル比は1:1が好ましいが、CoSO
4またはFeSO
4がやや過剰であってもよい。加熱する温度は50〜100℃が好ましい。特に、作業性の点から、エタノール等のアルコールを溶媒に用いて、その還流温度で加熱することが好ましい。本工程により、化合物1のターピリジル基部分が金属に配位した金属錯体が生成すると考えられる。
【0036】
化合物1は公知の方法で入手できる。例えば、非特許文献6(Wada, T.; Tsuge, K.; Tanaka, K., Inorg. Chem. 2001, 40, (2), 329-337)に記載の方法や、非特許文献7(Wada, T.; Muckerman, J. T.; Fujita, E.; Tanaka, K. Dalton Trans., 2011 40, 2225-2233)に記載の方法により合成できる。以下に非特許文献6および7に記載の合成方法の概要を述べる。
非特許文献6に記載の合成法は下記スキームで表される。
【0038】
1)水酸化ナトリウム存在下、1,8−ジホルミルアントラセンと2−アセチルピリジンのエタノール/水(50/50)混合溶液を室温で3時間撹拌して1,8−ビス[3−(2−ピリジル)−3−オキソ−1−プロペニル]アントラセンAを収率96%で得る。
2)窒素下で、Aと25mol%のt−BuOKの脱水ピリジン溶液に2−アセチルピリジンを加え、50℃で8時間撹拌して1,8−ビス[1,5−ビス(2−ピリジル)−1,5−ジオキソ−3−ペンチル]アントラセンBを得る。
3)溶媒を減圧留去した後、過剰量の酢酸アンモニウムとエタノールを加え、3時間加熱環流して淡黄色粉末を析出させる。この粉末を濾過した後、高速液体クロマトグラフィーで精製してbtpyanを得る(収率40%)。
【0039】
非特許文献7に記載の合成法は下記スキームで表される。
【0041】
1)触媒として1mol%のPd
2(dba)
3(dba=ジベンジリデンアセトン)と2−ジシクロヘキシルホスフィノトリ(イソプロピルジフェニル)、塩基として酢酸ナトリウムを用い、これらの存在下で、1,8−ジクロロアントラセンとビス(ネオペンチルグリコシラト)ジボロンの1,4−ジオキサン溶液を90℃で二日間、窒素下で加熱撹拌することにより、収率88%で1,8−ビス(ネオペンチルグリコシラトボリル)アントラセンを得る。
2)ジエチルエーテル中で1,8−ビス(ネオペンチルグリコシラトボリル)アントラセンにジエタノールアミンを作用させることにより、収率76%でアントラセニル−1,8−ジボロン酸を得る。
3)触媒として5mol%のPd(PPh
3)
4と塩基として炭酸ナトリウムを用い、これらの存在下で、アントラセニル−1,8−ジボロン酸と2当量の4’−トリフリル−2,2’:4’,2”−ターピリジンのDMF溶液を窒素下、110℃で24時間加熱環撹拌して目的とするbtpyan得る(収率68%)。
【0042】
上記は多環炭化水素基がアントラセンジイル基である場合を例にした説明であるが、多環炭化水素基がキサンテンジイル基である場合も同様に合成できる。例えば、非特許文献7の方法において、出発物質を4,5−ジブロモ−2,7−ジ−t−ブチル−9,9−ジメチルキサンテンをすることにより、多環炭化水素基がキサンテンジイル基である化合物を合成できる。
【0043】
(2)第2工程
本工程では、前記反応系に、酸素と、一般式(2a)、(2b)、または(2c)で表される化合物とを加え、さらに加熱する。一般式(2a)、(2b)、または(2c)で表される化合物(以下「化合物2a」、「化合物2b」、または「化合物2c」ともいう)は以下の構造を有する。
【0045】
R
1、R
2、およびd〜gは前述のとおりである。
以下、説明を簡単にするため、化合物2aを使用する場合について説明する。化合物2a等の使用量は、化合物1:化合物2aのモル比が1:1となる量が好ましいが、化合物2aがやや過剰であってもよい。加熱する温度は50〜100℃が好ましい。特に、作業性の点から、エタノール等のアルコールを溶媒に用いて、その還流温度で加熱することが好ましい。
【0046】
本工程においては反応系に酸素を加えるが、作業効率の観点から、酸素は、反応系へ酸素ガスを吹き込む、または空気を吹き込むことにより添加することが好ましい。酸素は、化合物1の量に対して過剰の量を吹き込むことが好ましい。本工程により、化合物1のターピリジル基部分と、化合物2aとが金属に配位し、かつM-O-O-M構造を有する金属錯体が生成すると考えられる。
【0047】
(3)第3工程
本工程では、前記反応系にZ
n・Y
−nで表される塩を加える。Z
nはn価のカチオンであり、Yおよびnは前述のとおりである。塩としては、通常当該分野で用いられる塩を使用できる。入手容易性等の観点から、Y
−nは、(PF
6−)
4、(ClO
4−)
4、(BF
4−)
4、または(PPh
4−)
4であることが好ましい。またZ
nは、NH
4+、Na
+、またはK
+であることが好ましい。塩は、得られる金属錯体に対して過剰量添加されることが好ましい。具体的には、化合物1:塩=1:50〜1:100となる量が好ましい。本工程の温度は限定されないが、室温(10〜35℃)とすることが好ましい。
本工程により前述の式(I)で表される金属錯体が得られる。通常、金属錯体は析出物として得られるので、定法により単離および精製することが好ましい。
【0048】
4.燃料電池用カソード
本発明の金属錯体は電極材料に担持させることにより、燃料電池のカソードとして使用できる。カソードとは酸素還元反応が生じる電極である。電極材料は限定されず、例えばカーボンペーパーやカーボンクロス等を使用できる。電極材料に金属錯体を担持させる方法も、公知の方法を用いることができる。
さらに、本発明の金属錯体を含むカソードと、公知のアノードおよび公知の電解質とを組合せて、燃料電池とすることができる。
【実施例】
【0049】
[実施例1]金属錯体1の合成
本例の反応スキームを以下に示す。
【0050】
【化12】
【0051】
40mgのCoSO
4(和光純薬株式会社製)と、50mgの1,8−ビス(2,2’:6’,2”−ターピリジル)アントラセン(以下「btpyan」ともいう)と、70mLのエタノールと10mLの蒸留水の混合溶液を200mLフラスコに装入し、エタノール還流下で、18時間撹拌した。btpyanは、非特許文献7(Wada, T.; Muckerman, J. T.; Fujita, E.; Tanaka, K. Dalton Trans., 2011 40, 2225-2233)に記載の方法で合成したものを用いた。
続いて、24mgの2,2’−ビピリジン(東京化成株式会社製)をフラスコ内に装入し、エアポンプを用いて空気をフラスコ内に吹き込みながら、エタノール還流下で、24時間撹拌し反応を行なった。
NH
4PF
6(和光純薬株式会社製)の飽和水溶液30mLをフラスコ内に装入し、室温で撹拌し、フラスコ内に結晶粉末を得た。結晶をろ過した後、上記スキームに記載の金属錯体を得た。収率は49%であった。
【0052】
得られた金属錯体(以下、「金属錯体1」ともいう)について以下のとおり分析し、金属錯体が上記スキームに示す構造であることを確認した。
元素分析:株式会社ジェイサイエンスラボ製の有機微量元素分析装置(MICROCORDER JM10)を使用して行なった。結果を表1に示す。
【0053】
【表1】
【0054】
IR:日本分光株式会社製の赤外分光計(FT/IR−4100)を使用して、KBr法により行なった。860cm
−1と559cm
−1にPF
6に由来するピークを確認した。
ESI−MS分析:Waters−Micromass社製の飛行時間型質量分析計(LCT)を使用して行なった。375.6m/zのピークが確認できた。このピークは、金属錯体イオン(4+)の質量電荷比からO
2の質量電荷比を除き、かつH
2Oの質量電荷比を加えた質量電荷比である。
UV−vis:株式会社島津製作所製の紫外可視分光光度計(UV−1800)を使用して、アセトニトリル溶媒を用いて行なった。以下のピークを確認した。
λmax=370nm(ε=8460cm
−1M
−1)
λmax=438nm(ε=4530cm
−1M
−1)
【0055】
[実施例2]回転リングディスク電極測定
回転リングディスク電極(BAS社製、回転リングディスク電極装置(RRDE−3))を準備した。回転リングディスク電極は
図2に示すように、ディスク電極(炭素電極)と、その外側に設けられたリング電極(白金電極)を有し、それぞれの電極に独立に電位を印加することができる。ディスク電極に酸素還元触媒を担持し、回転リングディスク電極を水に浸し、一定の速度でディスク電極を回転させながらディスク電極の電位を正側から負側へ掃引する。すると酸素還元反応が進行する。この反応において水の他に過酸化水素等の活性酸素種が生成すると活性酸素種は遠心力によりリング電極上に移動する。リング電極に+0.6V(vs.SCE)程度の電位をかけると活性酸素種のみが酸化されるので、リング電極に発生する電流値の量により、過酸化水素等と活性酸素種の生成量が測定できる。
【0056】
実施例1で得た金属錯体1(0.5mM)のアセトン溶液を調製した。回転リングディスク電極のディスク電極(直径4mm)の上に当該アセトン溶液50μLを塗布し、室温で自然乾燥させた。リン酸を用いてpHを1に調整した水を準備し、当該水に回転リングディスク電極を浸し、炭素電極の電位を+0.60Vから0V(vs.SCE)まで掃引した。このときリング電極には+0.6Vの電位を印加し、炭素電極を1,000rpmで回転させた。結果を
図3に示す。+0.4Vよりも負側の電位においてディスク電極の電流値が増加し、酸素還元反応が進行したことが分かる。一方でリング電極の電流値の増加は観測されなかった。このことから、金属錯体1は過酸化水素等の活性酸素種を発生することなく100%の選択性で水を生成することが分かった。
【0057】
[実施例3]ターンオーバー数の測定
1.0×10
−8モルの金属錯体1を10mLのアセトンに溶解してアセトン溶液を調製した。4cm
2の表面積を有する炭素電極(BAS社製)の上に当該アセトン溶液1.0mLを塗布し、室温で自然乾燥させた。対極として白金板(株式会社ニラコ社製)を準備した。これらの電極を100ミリモル/Lの過塩素酸水溶液に浸し、0V(vs.SCE)で定電位電解を行った。その結果、48Cの電気量が消費された。金属錯体のターンオーバー数は1,243回であった。炭素電極上に塗布した金属錯体が徐々に解離してしまうため、ターンオーバー数は上記の値となったが、解離しなければ金属錯体の真のターンオーバー数はより高くなると考えられた。このように、ごく少量の金属錯体により効果的に酸素還元反応を触媒できることが明らかとなった。
【0058】
[実施例4]フェロセンを還元剤とした化学的な酸素還元反応
飽和状態にある酸素に対して過剰量のフェロセン(Fe
IICp
2)を還元剤に用いると、酸素の4電子還元反応が進行し、水が生成するとともに酸素の飽和濃度に対して4倍の濃度のフェロセニウム(Fe
IIICp
2+)が生成する(下記スキーム3)。酸素の2電子還元反応が進行して過酸化水素が生成した場合には2倍の濃度のフェロセニウムが生成する(下記スキーム4)。
【0059】
【化13】
【0060】
従って、生成したフェロセニウムの量を定量することによって、4電子還元反応、2電子還元反応のいずれが進行したかを特定できる。
【0061】
本例では、ストップトフロー装置(UNISOKU社製、RSP−1000)を用い22℃にて、フェロセンを還元剤とした化学的な酸素還元反応を行なった。具体的には、当該装置の密閉容器に、20ミリモル/Lの過塩素酸で酸性にしたベンゾニトリルと、100ミリモル/Lの表2に示した各種フェロセンと、20マイクロモル/Lの実施例1で得た金属錯体1とを添加し反応を行ない、フェロセニウムの生成量を定量した。ベンゾニトリルの酸素飽和濃度は1.7ミリモル/Lであった。結果を表2に示す。
【0062】
【表2】
【0063】
また、FeCp
2(シクロペンタジエン環に置換基を持たないフェロセン)を用いた場合のFeCp
22+の濃度変化を
図4に示す。
図4から、2秒以内にフェロセニウム濃度はほぼ一定となり、反応が終結したことが分かる。ほぼ同様の実験条件下で前述の金属錯体(ii)および(iii)を触媒に用いた場合、100〜600秒程度の反応時間を要することが報告されている(非特許文献8:Fukuzumi, S.; Okamoto, K.; Gros, C. P.; Guilard, R. J. Am. Chem. Soc., 2004, 126, 10441-10449)。このことから、実施例1で得た金属錯体1は非常に高活性な触媒であることが分かる。FeCp
2を用いた本例で生成したフェロセニウムの濃度は5.7ミリモル/Lであり、酸素1分子に対して3.3電子の還元を行ったことになる。つまり酸素の4電子還元反応が65%、2電子還元反応が35%の割合で進行することが明らかとなった。
【0064】
一方、より還元電位が低いジメチルフェロセンやデカメチルフェロセンを用いると4電子還元反応の割合が増加した。このことから4電子と2電子の還元反応の割合は、還元剤の還元電位に依存することが明らかとなった。また、本発明の金属錯体の酸化還元電位(0.60V)よりも正側の還元電位を有するフェロセン類(アセチルフェロセンとシアノフェロセン)では、反応は進行しなかった。
【0065】
[参考例1]
実施例1で得たCo-
16O-
16O-Co構造を有する金属錯体1をアセトニトリルに溶解して5mMの溶液とし、当該溶液を測定用セルに装入し、室温にて、
36O
2ガスをおおよそ3分間ほど吹き込んだ。この反応の前後におけるラマンスペクトル分析結果を
図5に示す。
図5に示すように、容易に
32Oと
36Oが置換して、Co-
18O-
18O-Co構造を有する金属錯体が生成した。さらにセルのふたを開けて空気に晒すとCo-
16O-
16O-Co構造を有する金属錯体が生成することを確認した。
【0066】
[実施例5]金属錯体5の合成
(1)2,7−ジ−t−ブチル−9,9−ジメチルキサンテン−4,5−ジボロン酸の合成
1.0g(2.1mmol)の4,5−ジブロモ−2,7−ジーt−ブチル−9,9−ジメチルキサンテン(Aldrich社製)を、滴下ロート、還流冷却器を備える100mLフラスコに装入した。窒素気流下で30mLの脱水ヘキサンを加えてフラスコ内を撹拌した。1.6mL(4.2mmol)のn−BuLiを少しずつフラスコ内に加えた後、室温で3.5時間撹拌し、さらに85℃で10分間還流した。室温まで冷却した後、フラスコを氷浴に漬け、2.0mL(4.2mmol)のB(OMe)
3を撹拌しながらゆっくりと加えた。その後、フラスコ内の温度を室温にして、70時間撹拌した。次いで、3.5mLのHCl水溶液(HClは0.29mmol)を加え、5.5時間撹拌した。溶液をろ過し、白色粉末を得た。当該粉末を25mLの水に懸濁させた後、過剰量のNaOH水溶液を加えた。さらに粉末をろ別し、HCl水溶液で洗浄して白色粉末を得た。本工程のスキームおよび結果物のNMR分析結果を示す。
【0067】
【化14】
【0068】
(2)4,5−ビス(ターピリジル)−2,7−ジ−t−ブチル−9,9−ジメチルキサンテン (btpyxa)の合成
本化合物は、非特許文献9および10を参考に合成した。
非特許文献9:Aikawa, K.; Nagata, T. Inorg. Chim. Acta 2000, 306, 223-226
非特許文献10:Okamura,R.; Wada,T.; Aikawa,K.; Nagata,T.; Tanaka,K., Inorg. Chem. (2004), 43(22), 7210-7217
99.8mg(0.24mmol)の前工程で得た2,7−ジ−t−ブチル−9,9−ジメチルキサンテン−4,5−ジボロン酸と、191.1mg(0.49mmol)のterpy−OTfと、27.1mg(0.023mmol)のPd(PPh
3)
4と、107.1mg(0.99mmol)のNa
2CO
3を、100mLのシュレンク管に装入した。内容物を減圧下にて60℃で1時間撹拌した。内容物を室温まで冷却した後、反応容器内に窒素を導入した。反応器内に20mLの脱水DMFを添加し、容器内を減圧にした後に窒素を導入することを5回繰り返した。その後、窒素下で110℃にて21時間撹拌した。フラスコ内の温度を室温にし、ロータリーエバポレーターを用いて溶媒を除去した。残留物に塩化メチレンを加えて、吸引ろ過して透明な黄色のろ液を得た。このろ液を、ロータリーエバポレーターを用いて乾燥し、固形分を得た。この固形分にヘキサンを加え吸引ろ過した。黄色粉末をろ別した。その後、ろ液に白色粉末が析出した。この白色粉末をろ別し、目的物を得た。終了は58.8mg、収率は30.6%であった。本反応のスキームと、NMR分析結果を示す。
【0069】
【化15】
【0070】
(3)金属錯体5の合成
53.0mg(0.067mmol)の前工程で得たbtpyxaと、70mLのエタノールと、38.9mg(0.138mmol)のCoSO
4・7H
2Oを10mLの蒸留水に溶解して得た水溶液とを、200mLのフラスコに装入し、18時間加熱還流を行った。この時の溶液は透明な黄色であった。還流を停止し、フラスコ内に21.5mg(0.138mmol)のビピリジンを添加し、空気をバブリングしながら24時間還流した。この時、溶液は赤色になった後に橙色になった。還流を停止し、フラスコ内に20mLの飽和NH
4PF
6水溶液を装入し、茶色粉末を析出させた。この粉末をろ別し、蒸留水とエーテルで洗浄した後、アセトン/エーテルで再結晶を行い、金属錯体(以下、「金属錯体5」ともいう)を茶色粉末として得た。収量は47.6mg、収率は38.6%であった。本反応のスキームと、NMR分析結果を示す。
【0071】
【化16】
【0072】
実施例5で得た金属錯体5のNMRスペクトル(DMSO溶媒)を
図6に、IRスペクトルを
図7に示す。
図7の860cm
−1付近にP−F伸縮振動に由来するピークが観測された。このことから、PF
6−の存在が明らかである。
【0073】
[実施例6]サイクリックボルタンメトリー(CV)
作用電極にグラッシーカーボン電極、対電極に白金電極、参照電極にAg/Ag
+電極を使用して、実施例5で得た金属錯体5のCVを測定した。電解質として、340mgの過塩素酸テトラブチルアンモニウムを10mLのベンゾニトリルに溶解して調製した0.1Mの電解質溶液を用いた。
まずCVセルに、5mLの電解質溶液と撹拌子を入れ、ブランクでの測定を行った。次いで、6.37mgの金属錯体5をCVセルに入れ、アルゴン下と酸素下でそれぞれの測定を行った。さらに、CVセルに0.27mLの6.6×10
−4Mの過塩素酸水溶液を加え、アルゴン下と酸素下でそれぞれの測定を行った。
【0074】
図8にアルゴン下での測定結果を示す。−0.38Vおよび−0.75Vに酸化還元波が観測された。それぞれのピークセパレーションは96mV、114mVであった。それぞれ、[Co
III,CO
III]
4+/[Co
III,CO
II]
3+、[Co
III,CO
II]
3+/[Co
II,CO
II]
2+の酸化還元反応に由来すると考えられる。
【0075】
酸素下では、−0.8V以下において還元波の増加が見られた。
図9に、酸素下でかつ過塩素酸を加えた場合の測定結果を示す。+0.3V以下で還元波の増加が見られた。このことから、実施例5で得た金属錯体5は、酸素還元を触媒することが明らかである。
【0076】
[実施例7]フェロセンを還元剤とした化学的な酸素還元反応
金属錯体5を用い、実施例4と同様にしてフェロセンを還元剤とした化学的な酸素還元反応を行った。反応によって生じたフェロセニウムイオンの吸光度の変化を
図10に示す。この吸光度から、6.6mMのフェロセニウムイオンが発生したことが明らかとなった。この濃度は、ベンゾニトリルの飽和酸素濃度1.7mMの3.9倍である。よって、1つの酸素分子に対して3.9電子が還元されていることが明らかである。このことから、四電子還元が95%、二電子還元が5%の割合で生じていることも明らかである。実施例1で得た金属錯体1では、4電子還元反応が65%、2電子還元反応が35%の割合で進行したことと比較すると、金属錯体5は4電子還元反応の選択性がより高いといえる。