特許第6146885号(P6146885)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6146885
(24)【登録日】2017年5月26日
(45)【発行日】2017年6月14日
(54)【発明の名称】染色前処理方法、染色方法及び染色装置
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/00 20060101AFI20170607BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20170607BHJP
   G01N 1/30 20060101ALI20170607BHJP
   G01N 1/28 20060101ALI20170607BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20170607BHJP
【FI】
   C12Q1/00 C
   C12M1/34 B
   G01N1/30
   G01N1/28 J
   G01N33/48 P
【請求項の数】10
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-207409(P2016-207409)
(22)【出願日】2016年10月22日
【審査請求日】2016年12月12日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】516318569
【氏名又は名称】株式会社エーディーエステック
(74)【代理人】
【識別番号】100154210
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 宏
(72)【発明者】
【氏名】小嶌 勇輝
(72)【発明者】
【氏名】坂下 晃平
【審査官】 千葉 直紀
(56)【参考文献】
【文献】 特表2013−520961(JP,A)
【文献】 Arch.Dermatol.Res., 1979, Vol. 265, pp. 283-287
【文献】 Journal of Cell Science, 1989, Vol. 94, pp. 287-297
【文献】 Hereditas, 1984, Vol. 101, pp. 199-204
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養され収穫された染色体を、トリプシンに露出する酵素処理工程とギムザ染色を実行するギムザ染色工程とを経て染色するためにエージングを行う染色前処理の方法であって、
200〜280nmの波長を有する紫外線を、前記染色体に600秒以下の時間にわたって照射することを特徴とする、染色前処理方法。
【請求項2】
照射される前記紫外線の総エネルギ量は、前記スライドガラスの面積1cm当たり1000〜30000μJであることを特徴とする、請求項1に記載の染色前処理方法。
【請求項3】
照射される前記紫外線の総エネルギ量は、前記スライドガラスの面積1cm当たり5000〜8000μJであることを特徴とする、請求項2に記載の染色前処理方法。
【請求項4】
照射される前記紫外線の強度は、前記スライドガラスの面積1cm当たり50〜800μWであることを特徴とする、請求項2又は3に記載の染色前処理方法。
【請求項5】
染色体検査のために染色体を染色する染色方法であって、
請求項1〜4のいずれか1項に記載の染色前処理を実行するエージング工程と、
染色体をトリプシンに露出する酵素処理工程と、
ギムザ染色を実行するギムザ染色工程とを含むことを特徴とする、染色方法。
【請求項6】
請求項5に記載の染色方法を実行する染色装置であって、
200〜280nmの波長の紫外線を発光する紫外線ランプと、
スライドガラスを把持するスライドガラスホルダと、
酵素用液槽と
ギムザ液用液槽とを備えることを特徴とする、染色装置。
【請求項7】
前記スライドガラスホルダによって把持される前記スライドガラスが配される箇所と前記紫外線ランプとの間に、紫外線を減衰させるフィルタを備えることを特徴とする、請求項に記載の染色装置。
【請求項8】
前記フィルタは、紫外線を0.5以下の比率で減衰させることを特徴とする、請求項に記載の染色装置。
【請求項9】
前記スライドガラスホルダによって把持される前記スライドガラスが配される箇所と前記紫外線ランプとの距離が30cm以下であることを特徴とする、請求項に記載の染色装置。
【請求項10】
前記スライドガラスホルダを移動させる移動手段を備え、
前記移動手段は、前記スライドガラスホルダによって把持される前記スライドガラスが、前記紫外線を照射される箇所、前記酵素用液槽に浸かる箇所、前記ギムザ液用液槽に浸かる箇所の順に移動するように、前記スライドガラスホルダを移動させることを特徴とする、請求項6〜9のいずれか1項に記載の染色装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、染色体検査に当たり、染色体を染色する染色方法、該染色方法に用いられる染色前処理方法、及び該染色方法に実行する染色装置に関する。
【背景技術】
【0002】
(用語についての註)
本明細書において、人体細胞中の「染色体」に色付けする「染色」について述べる。ここで、「染色体」に「染色」の文字が含まれ紛らわしいが、本明細書においては、「染色体」として「体」の文字を含むもののみが人体、動物細胞中の染色体であり、「体」の文字の付されていない「染色」は色付けすることを言う。
【0003】
遺伝的疾病の発見その他の目的で染色体を検査する染色体検査が行われる。非特許文献1には、染色体検査の方法が開示されている。染色体検査において、染色体中のアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)及びシトシン(C)(以下、単にA,T,G,Cで表す)を区別するために、これら4つのヌクレオチドの一部のみを染色する。
【0004】
非特許文献1及び特許文献1には、かかる染色の方法が開示されている。しかし、非特許文献1及び特許文献1に開示された染色方法は、以下の理由で、染色に要する時間が長いという問題を有していた。
【0005】
染色に先立って、ヌクレオチドの一部のみを酵素に溶解させ、溶解しないヌクレオチドのみが染色されるようにする。すなわち、一部のヌクレオチドのみが酵素難溶となるようにエージングと呼ばれる操作を行い、その後に酵素に浸けることで、酵素難溶となったA,Tのみを染色する「分染」を可能とする。しかし、エージングは例えば3日の時間を要するものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2013−520961号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】形態検査の意義(九州大学) http://elc.shs.kyushu-u.ac.jp/anami/365fe69f93e889b2e4bd93e383bbe981bae4bc9de5ad90e6a49ce69fbb.pdf
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、短時間でエージングを行うことのできる染色前処理方法、該染色前処理方法を用いる染色方法、及び該染色方法を実行するための染色装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
出願人は、染色体に紫外線を照射することにより短時間でエージングが可能であることを見出した。なお、特許文献1に染色に先立って紫外線を照射する旨の記載があるが、架橋結合を形成するためであり、エージングを行っているものではない。「好ましくは200mJ」との記載があり、本発明によるエージングとしては適切ではないほど多くの紫外線を照射しているものである。
【0010】
本発明の染色前処理方法は、
培養され収穫された染色体を、トリプシンに露出する酵素処理工程とギムザ染色を実行するギムザ染色工程とを経て染色するためにエージングを行う染色前処理の方法であって、
200〜280nmの波長を有する紫外線を、前記染色体に600秒以下の時間にわたって照射することを特徴とする。
【0011】
この特徴によれば、短時間でエージングを行うことが可能である。出願人は、200〜280nmの波長を有する紫外線を1000〜30000μJ/cmだけ照射することによってエージングが可能であることを見出した。
【0012】
本発明の染色前処理方法は、
照射される前記紫外線の総エネルギ量は、前記スライドガラスの面積1cm当たり1000〜30000μJであることを特徴とする。
【0013】
この特徴によれば、エージングに適した量の紫外線が照射される。
【0014】
本発明の染色前処理方法は、
照射される前記紫外線の総エネルギ量は、前記スライドガラスの面積1cm当たり5000〜8000μJであることを特徴とする。
【0015】
この特徴によれば、エージングにより適した量の紫外線が照射される。なお、紫外線の照射量については理論的な最適値があるものではなく、分染後によってえられる画像の濃度、コントラストに係る検査者(ドクター)、臨床検査技師の嗜好によって調整されるものである。
【0016】
本発明の染色前処理方法は、
照射される前記紫外線の強度は、前記スライドガラスの面積1cm当たり50〜800μWであることを特徴とする。
【0017】
この特徴によれば、1000〜30000μJ/cmだけの照射が、1.25〜600秒で行われる。600秒以下の短時間でエージングを行うことが可能である。また、高強度の紫外線を照射して例えば0.1秒程度で必要量を照射することも理論上は可能であるが、後述する移動手段の精度等により照射量のばらつきが発生し得る。1.25秒以上の時間の照射とすることが好ましい。
【0018】
本発明の染色方法は、
染色体検査のために染色体を染色する染色方法であって、
上述の染色前処理を実行するエージング工程と、
染色体を酵素に露出する酵素処理工程と、
ギムザ染色を実行するギムザ染色工程とを含むことを特徴とする。
【0019】
この特徴によれば、本発明の染色前処理方法を利用した染色方法が提供される。
【0020】
本発明の染色方法は、
前記酵素はトリプシンであることを特徴とする。
【0021】
この特徴によれば、広く用いられているトリプシンを用いることができる。
【0022】
本発明の染色装置は、
上述の染色方法を実行する染色装置であって、
200〜280nmの波長の紫外線を発光する紫外線ランプと、
スライドガラスを把持するスライドガラスホルダと、
酵素用液槽と
ギムザ液用液槽とを備えることを特徴とする。
【0023】
この特徴によれば、本発明の染色方法を実行するための染色装置が提供される。スライドガラスを把持するスライドガラスホルダを制御して、スライドガラスを、紫外線照射下に置き、酵素用液槽に浸け、ギムザ液用液槽に浸けて、分染することが可能となる。なお、酵素用液槽には温度調整機能を付けて酵素の反応を制御することが好ましい。
【0024】
本発明の染色装置は、
前記スライドガラスホルダによって把持される前記スライドガラスが配される箇所と前記紫外線ランプとの間に、紫外線を減衰させるフィルタを備えることを特徴とする。
【0025】
この特徴によれば、フィルタによって、スライドガラスへの紫外線照射量を調整することができる。広く用いられている紫外線ランプは、本発明の目的に鑑みて強い紫外線を発光する。紫外線ランプとスライドガラスとの距離を大きくすれば問題が解消するが、染色装置が大型になってしまう。フィルタによって紫外線を減衰させ、染色装置の大型化を防止することが好ましい。
【0026】
本発明の染色装置は、
前記フィルタは、紫外線を0.5以下の比率で減衰させることを特徴とする。
【0027】
この特徴によれば、染色装置を小型化するための紫外線の減衰がなされる。
【0028】
本発明の染色装置は、
前記スライドガラスホルダによって把持される前記スライドガラスが配される箇所と前記紫外線ランプとの距離が30cm以下であることを特徴とする。
【0029】
この特徴によれば、フィルタによって紫外線を減衰させた結果としての小型化された染色装置が提供される。
【0030】
本発明の染色装置は、
前記スライドガラスホルダを移動させる移動手段を備え、
前記移動手段は、前記スライドガラスホルダによって把持される前記スライドガラスが、前記紫外線を照射される箇所、前記酵素用液槽に浸かる箇所、前記ギムザ液用液槽に浸かる箇所の順に移動するように、前記スライドガラスホルダを移動させることを特徴とする。
【0031】
この特徴によれば、移動手段によって自動的に染色を行う染色装置が提供される。
【発明の効果】
【0032】
本発明の染色前処理方法によれば、短時間でエージングを行うことが可能となる。
【0033】
本発明の染色方法によれば、エージングの時間を短縮し、短時間で染色を行うことが可能となる。
【0034】
本発明の染色装置によれば、本発明の染色前処理方法を活用して、短時間の染色を自動的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1図1は、染色装置の構成を示す図である。
図2図2は、紫外線ランプ、フィルタ及びスライドガラスを示す図である。
図3図3は、染色方法を示す図である。
図4図4は、スライドガラスの移動を示す図である。
図5図5は、染色された染色体を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、本発明の1実施例を説明する。図1は、染色装置の構成を示す図である。染色装置10は、紫外線ランプ11、フィルタ12、酵素用液槽2、洗浄液用液槽3、ギムザ液用液槽4、ギムザ洗浄用液槽5、スライドガラスホルダ6及び移動手段7を含んで構成される。
【0037】
染色に際しては、スライドガラスホルダ6にスライドガラス8を把持させ、酵素用液槽2に酵素液21を満たし、洗浄液用液槽3に洗浄液31を満たし、ギムザ液用液槽4にギムザ液41を満たし、ギムザ洗浄用液槽5にギムザ洗浄液51を満たして使用する。なお、本実施例において酵素液21はトリプシン液であるが、酵素用液槽2はトリプシン液以外の酵素液でも使用可能であるので「酵素用液槽」と呼ぶ。
【0038】
スライドガラス8は、培養され、収穫された染色体を載置するガラスである。
【0039】
紫外線ランプ11は、一定の強度で紫外線を発光するランプである。本発明の目的に合わせ、200〜280nmの波長を有する紫外線を発光するものとする。
【0040】
フィルタ12は、紫外線ランプ11の発する紫外線を減衰するフィルタである。
【0041】
酵素用液槽2は、酵素液21を満たして保持するための層である。酵素液21は、ヌクレオチドを溶融させる。ただし、ヌクレオチドの状況(エージングの度合)に依存して、溶融度及び溶融速度が相違する。
【0042】
洗浄液用液槽3は、洗浄液31を満たして保持するための層である。洗浄液31は、酵素液21に含まれる酵素を洗浄する、例えばエタノールを洗浄液31として用いることができる。
【0043】
ギムザ液用液槽4は、ギムザ液4を満たして保持するための層である。ギムザ液41は、染色体を染色する。
【0044】
ギムザ洗浄用液槽5は、ギムザ洗浄液51を満たして保持するための層である。ギムザ洗浄液51は、ギムザ液41を洗浄する。例えば水をギムザ洗浄液51として用いることができる。
【0045】
スライドガラスホルダ6は、スライドガラス8を把持する。また、移動手段7により、染色装置10内で移動する。
【0046】
移動手段7は、スライドガラスホルダ6を染色装置10内で移動させる機構である。カム71が支持棒72に沿って電気動力により図中黒矢印で示す図面左右方向に移動する。また、チェーン73がカム71から垂下され、スライドガラスホルダ6を電気動力により図中白矢印で示す上下方向に移動させる。
【0047】
移動手段7の具体的構成はこれに限られない。スライドガラスホルダ6の下方に把持されたスライドガラス8が、紫外線ランプ11の紫外線の照射を受ける位置、酵素用液槽2に浸かる位置、洗浄液用液槽3に浸かる位置、及びギムザ液用液槽に浸かる位置に置かれ、所定の時間の後に他の位置に移動することができれば、いかなる構成でもよい。かかる構成は、各種のものが容易に実施可能である。
【0048】
紫外線ランプ11とスライドガラス8(スライドガラスホルダ6に把持されたスライドガラス8が移動手段7によって配置される箇所)との間に、フィルタ12が設けられている。
【0049】
後述するように、スライドガラス8には、50〜800μW/cmの紫外線を照射したい、しかし、広く流通している紫外線ランプをスライドガラス8から30cm程度の箇所に配すると、スライドガラス8には800μW/cm以上の紫外線が照射されてしまう。紫外線ランプ11とスライドガラス8との距離を大きくすれば照射される紫外線の強度を小さくすることが可能ではあるが、染色装置10が不必要に大型化してしまい、好ましくない。
【0050】
そこで、フィルタ12による減衰を活用して、紫外線ランプ11とスライドガラス8との距離dを小さくし、照射される紫外線の強度を50〜800μW/cmの範囲とする。紫外線ランプ11の発光強度に基づき、距離d及びフィルタ12の減衰率r(透過光量/入射光量)を設計することができる。染色装置10が医療機関の設置において不自由にならないよう、d≦30cmとすることが好ましい。また、d≦30cmとし、広く流通している紫外線ランプを紫外線ランプ11として使用するため、r≦0.5であることが必要である。
【0051】
図2は、紫外線ランプ、フィルタ及びスライドガラスを示す図である。上述のフィルタ12による減衰と照射強度の調整を実現しているものである。
【0052】
ここで、スライドガラスホルダ6は、図に示すように、複数(図には5枚を示す)のスライドガラス8を把持することができる。複数のスライドガラス8(複数の染色体検査検体)を同時に処理することができるものであり、医療機関の染色体検査業務を、本発明によるエージング高速化と合わせて、効率化する。
【0053】
図3は、染色方法を示す図である。染色工程S7は、エージング工程S71、酵素処理工程S72、洗浄工程S73、ギムザ染色工程S74、及びギムザ洗浄工程S75を含む。ただし、洗浄工程S73及びギムザ洗浄工程S75は必ずしも必要ではなく、省略してもよい。
【0054】
染色工程S7に先立ち、培養され収穫された染色体がスライドガラス8に載置されている。
【0055】
エージング工程S71は、移動手段7がスライドガラスホルダ6を図1に示す位置に置き、スライドガラス8に対して紫外線を照射させるものである。ここで、照射時間tは、エージングの度合いを定め、後述するとおりに設計される。
【0056】
酵素処理工程S72は、エージング後の染色体を酵素に晒すものである。移動手段7がスライドガラスホルダ6を図5(B)に示す位置に置き、スライドガラス8を酵素液21に浸けるものである。
【0057】
酵素液21としては、トリプシン液を使用することが一般的である。本実施例においても、トリプシン液を使用する。
【0058】
ヌクレオチドは、酵素(トリプシン)に溶解するが、エージングの結果として、A及びTが酵素に反応しづらくなっている。酵素(トリプシン)に300秒間だけ晒された時、G及びCは酵素(トリプシン)によって溶解し、A及びTはあまり溶解しない。
【0059】
「300秒」の時間は、設計事項として、150秒とする、450秒とする等適宜に増減させてよい。ただし、A及びTの溶解と、G及びCの溶解とが有意に差があるようにすべきである。(極端に短時間であるとG及びCが溶解しない、極端に長時間であるとA及びTも溶解してしまう。)
【0060】
洗浄工程S73は、スライドガラス8に残存する酵素液(トリプシン液)21を除去し、酵素(トリプシン)の作用を停止させるものである。
【0061】
洗浄液31としては、エタノールを使用することが一般的である。本実施例においても、エタノールを使用する。60秒で十分に洗浄される。
【0062】
なお、ギムザ液41には溶媒としてのメタノールが含まれることが考えられる。その場合、ギムザ液41によって洗浄され、洗浄工程S73を省略することも可能である。
【0063】
ギムザ染色工程S74は、ヌクレオチドを染色するものである。420秒で十分に染色される。
【0064】
酵素処理工程S72において溶解されたG及びCはあまり染色されず、溶解されないA及びTが濃く染色される。染色された染色体を観察することで、G及びCの多い(少ない)染色体を同定し、染色体検査を行うことができる。
【0065】
ギムザ洗浄工程S75は、スライドガラス8に残存するギムザ液51を除去し、染色を完了させるものである。
【0066】
ギムザ洗浄液51としては、水を使用することが一般的である。本実施例においても、水を使用する。
【0067】
図4は、スライドガラスの移動を示す図である。上述の染色手順を実施するための移動手段の動作を示す。
【0068】
移動手段7は、まず、図4(A)(図1と同様である)に示すように、スライドガラス8を紫外線照射を受ける位置に配置する。チェーン73によってスライドガラスホルダ6を図面上方に移動し、カム71を紫外線照射を受ける位置の上方に移動し、チェーン73を緩めてスライドガラスホルダ6を図面下方(図4(A)の位置)に移動すればよい。個このように、図面上方において図面左右方向の位置を調整し、そこから図面下方に移動することで、スライドガラス8の位置を染色手順の各工程のための位置とすることができる。
【0069】
図4(A)の状態で、エージング工程S71が実行される。その後移動手段7は、時間tの後に図4(B)の状態として酵素処理工程S72を実行し、300秒後に図4(C)の状態として洗浄工程S73を実行し、60秒後に図4(D)の状態としてギムザ染色工程S74を実行し、420秒後に図4(E)の状態としてギムザ洗浄工程S75を実行し、その後スライドガラス8を上方に移動して染色を完了する。
【0070】
以下、エージング工程S71の時間tについて検討する。
【0071】
出願人は、200〜280nmの波長を有する紫外線を、1000〜30000μJ/cmだけ照射することで、A及びTが酵素(トリプシン)への反応を低下し、G及びCの酵素(トリプシン)への反応があまり低下しないことを発見した。1000μJ/cm未満の照射ではA及びTが酵素(トリプシン)への反応をあまり低下させず、30000μJ/cmを超える照射ではG及びCも酵素(トリプシン)への反応を低下させてしまう。すなわち、A及びTとG及びCを分染する(A及びTをG及びCよりも濃く染色する)ためには、照射量を1000〜30000μJ/cmとすることが必要である。
【0072】
1000〜30000μJ/cmの幅において、照射量の増減による効果を検討する。1000μJ/cmに近い場合には、A及びTの酵素(トリプシン)への反応が残り、全体として薄い染色となる。30000μJ/cmに近い場合にはA及びTの酵素(トリプシン)への反応が減り、全体として濃い染色となるが、G及びCの酵素(トリプシン)への反応も更に減るので、G及びCも更に濃く染色される。
【0073】
いかなる染色が好ましいかについては、染色体検査を行うドクターの嗜好、染色体検査の目的、その他の条件によって変動する。その中で、5000〜8000μJ/cmの照射量は、染色後におけるA及びTとG及びCとのコントラストが強く、広い利用が考えられる。
【0074】
紫外線ランプ11の単位長さ離れた箇所への照射強度をi(μw/cm)、フィルタ12の減衰係数をrとすると、照射量qは、
q=i×r×t/w
と求められる。
【0075】
ここで、i、r及びwの値は染色装置10の構造で定まるので、目的とする照射量をQとすると、照射時間tは、
t=Q×w/(i×r)
と求められる。
【0076】
Q=8000μJ/cm、w=30(cm)、i(1cm離れた箇所への照射強度)=1W/cm、r=0.25とすると、t=28.8(秒)となる。30秒程度の紫外線照射によって十分なエージング効果が得られる。
【0077】
ここで、スライドガラス8への照射強度を示すQ/tの値、すなわち(i×r)/wの値を、50〜800μW/cmとすることが好ましい(上述では、278μW/cmである)。Q/tの値が大きいほど短時間でエージングできるが、移動手段の動作その他のばらつきによって照射量が不安定になってしまう。800μW/cmを超えることは好ましくない。また、Q=30000μJ/cmとする場合においてt≦600秒であること、すなわちQ/t≧50μW/cmであることが好ましい。
【0078】
50μJ/cm≦Q/t≦400μJ/cm、1000μJ/cm≦Q≦30000μJ/cm。以上の条件から、2.5秒≦t≦600秒となる。かかる時間でエージングが行われる。
【0079】
図5は、染色された染色体を示す図である。このように、染色してA及びTの多寡等を視認することができる。
【0080】
以上詳細に説明したように、本実施例の染色前処理方法によれば短時間のエージングが可能となる。本実施例の染色方法によれば短時間で染色を行うことができる。本実施例の染色装置によれば短時間の染色を自動的に行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0081】
短時間でエージングを行うことのできる染色前処理方法、該染色前処理方法を用いる染色方法、及び該染色方法を実行するための染色装置である。多くの染色体検査を実施する医療機関における利用が考えられる。
【符号の説明】
【0082】
10 染色装置
11 紫外線ランプ
12 フィルタ
2 酵素用液槽
21 酵素液
3 洗浄液用液槽
31 洗浄液
4 ギムザ液用液槽
41 ギムザ液
5 ギムザ洗浄用液槽
51 ギムザ洗浄液
6 スライドガラスホルダ
7 移動手段
8 スライドガラス
S7 移動手順
S71 染色前処理(エージング工程)
S72 酵素処理工程
S73 洗浄工程
S74 ギムザ染色工程
S75 ギムザ洗浄工程
【要約】
【課題】短時間でエージングを行うことのできる染色前処理方法、該染色前処理方法を用いる染色方法、及び該染色方法を実行するための染色装置を提供すること。
【解決手段】200〜280nmの波長を有する紫外線を、染色体に600秒以下の時間にわたって照射する、染色前処理方法を提供する。染色前処理を実行するエージング工程と、染色体を酵素に露出する酵素処理工程と、ギムザ染色を実行するギムザ染色工程とを含む、染色方法を提供する。200〜280nmの波長の紫外線を発光する紫外線ランプ11と、スライドガラス8を把持するスライドガラスホルダ6と、酵素用液槽2と、ギムザ液用液槽4とを備える、染色装置10を提供する。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5