特許第6147584号(P6147584)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6147584
(24)【登録日】2017年5月26日
(45)【発行日】2017年6月14日
(54)【発明の名称】シリンダライナ
(51)【国際特許分類】
   C22C 37/00 20060101AFI20170607BHJP
   F16J 10/04 20060101ALI20170607BHJP
   F16J 10/00 20060101ALI20170607BHJP
   F02F 1/00 20060101ALI20170607BHJP
【FI】
   C22C37/00 Z
   F16J10/04
   F16J10/00 A
   F02F1/00 D
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2013-132254(P2013-132254)
(22)【出願日】2013年6月25日
(65)【公開番号】特開2014-62318(P2014-62318A)
(43)【公開日】2014年4月10日
【審査請求日】2016年4月1日
(31)【優先権主張番号】特願2012-189778(P2012-189778)
(32)【優先日】2012年8月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390022806
【氏名又は名称】日本ピストンリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】山本 厚
(72)【発明者】
【氏名】石川 佳樹
【審査官】 鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/001841(WO,A1)
【文献】 特許第4840026(JP,B2)
【文献】 特開平08−176722(JP,A)
【文献】 特開2008−106357(JP,A)
【文献】 特開平07−018368(JP,A)
【文献】 特開昭60−036757(JP,A)
【文献】 JISハンドブック1 鉄鋼I(用語・検査・試験),日本,社団法人日本規格協会,2007年 1月19日,第1版第1刷,第1462−1465頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 37/00 − 37/10
F16J 10/00 − 10/04
F02F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
片状黒鉛鋳鉄製のシリンダライナであって、該シリンダライナの肉厚が30〜350mmであり、
前記片状黒鉛鋳鉄を、質量%で、C:2.4〜3.6%、Si:0.8%以上2.8%未満、Mn:1.1〜3.0%を含み、さらに、P:0.01〜0.6%、B:0.001〜0.2%を含有し、さらに、Sn:0.3%以下、Sb:0.3%以下のうちから選ばれた1種または2種を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、ステダイトを含む炭化物が面積率で8%以下分散した組織とを有する鋳鉄とし、250MPa以上の引張強さを有することを特徴とする船舶機関用シリンダライナ。
【請求項2】
前記組成に加えてさらに、質量%で、S:0.01%超0.15%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の船舶機関用シリンダライナ。
【請求項3】
前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu、Cr、Mo、Niのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.1〜6.0%含有することを特徴とする請求項1または2に記載の船舶機関用シリンダライナ。
【請求項4】
前記組成に加えてさらに、質量%で、W、V、Nbのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.01〜5.0%含有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の船舶機関用シリンダライナ
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関、好ましくは船舶機関用ディーゼルエンジンのシリンダライナ用として好適な、鋳鉄製シリンダライナに係り、とくにシリンダライナの強度増加に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関のシリンダ内周面に使用されるシリンダライナは、ピストンリングと摺動してシリンダ内の気密を保持する役割を担っている。そのため、ライナ材には、高温における摺動特性、すなわち耐摩耗性と耐焼付き性に優れることが要求されている。
船舶機関用ディーゼルエンジンのシリンダライナには、従来から、摺動特性に優れる片状黒鉛鋳鉄が使用されてきた。この片状黒鉛鋳鉄は、B炭化物およびステダイトからなる硬質相を均一に分散させており、摺動特性に優れる鋳鉄であるとされる。しかし、最近では、内燃機関への排出ガス規制が強化され、燃料の完全燃焼を図るために、燃料と空気との混合が促進されるように燃料を高圧噴射して噴霧状にすることが行われ、シリンダの内圧が上昇する傾向となり、特に耐焼付き性の向上が要求されている。
【0003】
このような要望に対し、例えば、特許文献1、特許文献2には、優れた高温耐摩耗性と耐焼付き性とを備えたシリンダライナ用鋳鉄が記載されている。特許文献1に記載された技術は、重量%で、C:3.1〜3.8%、Si:2.8〜3.5%、Mn:1.0〜1.8%、P:0.1〜0.4%、Cr:0.15〜0.5%、Cu:0.5〜1.5%、Ni:0.2〜0.5%、B:0.02〜0.06%を含有し、残部が実質的にFeからなる鋳鉄に関する技術である。また、特許文献2に記載された技術は、重量%で、C:3.1〜3.8%、Si:2.8〜3.5%、Mn:1.0〜1.8%、P:0.1〜0.4%、Cr:0.15〜0.5%、B:0.02〜0.06%を含有し、残部が実質的にFeからなる鋳鉄に関する技術である。特許文献1、2に記載された技術によれば、特定の成分に調整したので、従来に比して高温耐摩耗性及び耐焼付き性を向上させることができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平07−145446号公報
【特許文献2】特開平07−145445号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年のディーゼルエンジンの高出力化の要求に伴い、とくに船舶機関用ディーゼルエンジンのシリンダライナには、優れた摺動特性を有することに加えて、高負荷に耐えられるように、好ましくは30mm以上の厚肉でかつ従来より高い、引張強さが250MPa以上の高強度を保持することが要望されている。
しかし、特許文献1、2に記載された技術では、Si含有量が高いこともあり、フェライトが析出しやすく、得られる強度が低く、厚肉で高強度製品への適用には問題を残していた。しかも、特許文献1、2には、厚肉でかつ高強度を有する鋳鉄についてまでの言及はなく、薄肉鋳鉄の例が示されているだけである。
【0006】
本発明は、かかる従来技術の問題を有利に解決し、大型の船舶機関用ディーゼルエンジン向けとして好適な、好ましくは30mm以上の厚肉でかつ引張強さ:250MPa以上の高強度を有し、安価な片状黒鉛鋳鉄製船舶機関用シリンダライナを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、まず、大型の船舶機関用ディーゼルエンジン向けとして好適な、厚肉のシリンダライナの強度向上に影響する各種要因について鋭意研究した。
その結果、本発明者らは、30mm以上の厚肉で引張強さ:250MPa以上の高強度を有するシリンダライナを安定して製造するためには、黒鉛を微細化しパーライト基地を強化する必要があることに想到した。
【0008】
従来、黒鉛を微細に分布させるために、Mo、Ni、V等を多量に含有させていた。というのは、Moは、黒鉛を微細化し、しかも基地中にも固溶し基地を強化する。また、Niは、黒鉛化を促進するとともに、フェライト中に固溶し基地を強化する。さらに、Vは炭素と結合して炭化物を形成し、さらに黒鉛を微細にしかも均一に分布させる。このようなことから、従来から、Mo、Ni、Vを多量に含有させていた。
【0009】
しかし、これらの元素はいずれも高価であり、これら元素の多量含有は、安価な製品を提供するという点からは問題があった。そこで、本発明者らは、比較的安価で、基地に固溶して基地を強化するとともに、黒鉛を微細にする作用を有するMnに着目し、Mnの多量含有を指向し、さらにC含有量の適正化を図り、適正量の炭化物を分散させて強度増加を図るとともに、強度低下の原因となるSi含有量を可能な限り低減することに思い至った。
【0010】
そして、本発明者らの更なる検討により、Si含有量を2.8質量%未満と従来より低減し、さらに、Mnを1.1〜3.0質量%と多量に含有させ、さらにBを適正量含有させることにより、Mo、Ni、Vを含有することなく、安価でかつ、引張強さ:250MPa以上の高強度を、30mm以上の厚肉製品においても実現できることを見出した。
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
【0011】
(1)片状黒鉛鋳鉄製のシリンダライナであって、該シリンダライナの肉厚が30〜350mmであり、前記片状黒鉛鋳鉄を、質量%で、C:2.4〜3.6%、Si:0.8%以上2.8%未満、Mn:1.1〜3.0%を含み、さらに、P:0.01〜0.6%、B:0.001〜0.2%を含有し、さらに、Sn:0.3%以下、Sb:0.3%以下のうちから選ばれた1種または2種を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、ステダイトを含む炭化物が面積率で8%以下分散した組織とを有する鋳鉄とし、250MPa以上の引張強さを有することを特徴とする船舶機関用シリンダライナ。
【0012】
(2)(1)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、S:0.01%超0.15%以下を含有することを特徴とする船舶機関用シリンダライナ。
(3)(1)または(2)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、Cu、Cr、Mo、Niのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.1〜6.0%含有することを特徴とする船舶機関用シリンダライナ。
【0013】
(4)(1)ないし(3)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、W、V、Nbのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.01〜5.0%含有することを特徴とする船舶機関用シリンダライナ
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、30〜350mmの厚肉でかつ引張強さ:250MPa以上の高強度を有する、大型の船舶機関用ディーゼルエンジン向けとして好適な、船舶機関用シリンダライナを安価に製造でき、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】シリンダライナ1の外観形状を模式的に示す説明図である。
図2】実施例の引張試験で使用した引張試験片の形状を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明船舶機関用シリンダライナは、図1に模式的に示す、円筒形状で肉厚30〜350mmの、片状黒鉛鋳鉄製である。片状黒鉛鋳鉄は、質量%で、C:2.4〜3.6%、Si:0.8%以上2.8%未満、Mn:1.1〜3.0%を含み、さらに、P:0.01〜0.6%、B:0.001〜0.2%を含有し、あるいはさらにCu、Cr、Mo、Niのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.1〜6.0%、および/または、W、V、Nbのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.01〜5.0%、および/または、Sn:0.3%以下、Sb:0.3%以下のうちから選ばれた1種または2種、および/または、S:0.01%超0.15%以下を選択して含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する。
【0017】
本発明船舶機関用シリンダライナは、肉厚30〜350mmのシリンダライナである。肉厚が350mmを超えて厚くなると、上記した組成では、強度が低下し、所望の引張強さ250MPa以上の高強度を確保できなくなる。一方、肉厚が30mm未満と薄肉となると、上記した組成では、炭化物量が増加し、さらに黒鉛形状にムラが生じて、強度が低下し、所望の高強度を確保できなくなる。このようなことから、本発明の船舶機関用シリンダライナは、肉厚を30〜350mmの範囲に限定した。
【0018】
まず、片状黒鉛鋳鉄の組成限定理由について説明する。以下、とくに断わらない限り、質量%は単に%で記す。
C:2.4〜3.6%
Cは、基地組織をパーライトとし基地(鋳鉄)の強度を増加させるとともに、黒鉛を晶出させて自己潤滑性を向上させる重要な作用を有する元素である。このような効果を得るためには、2.4%以上含有する必要がある。一方、3.6%を超える過剰の含有は、黒鉛の晶出が著しく多くなり、強度の大幅な低下を招き、所望の高強度を確保できなくなる。このため、Cは2.4〜3.6%の範囲に限定した。なお、好ましくは2.6〜3.4%である。
【0019】
Si:0.8%以上2.8%未満
Siは、鋳鉄の基本元素の一つで、黒鉛晶出に必須の元素であり、0.8%以上の含有を必要とする。一方、2.8%以上と過剰に含有すると、強度が低下し、所望の高強度を確保できなくなる。このため、Siは0.8%以上2.8%未満の範囲に限定した。なお、フェライト化を防止する観点からは0.8〜2.4%の範囲とすることが好ましい。
【0020】
Mn:1.1〜3.0%
Mnは、黒鉛を微細化するとともに、基地組織であるパーライトを強化する作用を有する元素である。また、MnはSと結合しMnSを形成し、加工性、とくに切削性を向上させる。このような効果を確保するために1.1%以上の含有を必要とする。一方、3.0%を超える含有は、黒鉛晶出を妨げ、自己潤滑性が低下する。このため、Mnは1.1〜3.0%の範囲に限定した。
【0021】
P:0.01〜0.6%
Pは、ステダイトを晶出させ、鋳鉄の硬さを増加させるとともに、耐摩耗性を向上させる。このような効果を得るために0.01%以上含有することが望ましい。一方、0.6%を超えて含有すると、ステダイトが多量に形成され相手攻撃性が増加するとともに、靭性、加工性の低下を招く。このため、Pは、0.01〜0.6%の範囲に限定した。なお、加工性の観点から好ましくは0.01〜0.4%である。
【0022】
B:0.001〜0.2%
Bは、炭化物を形成し、鋳鉄の硬さを増加させるとともに、耐摩耗性を向上させる。このような効果を得るために0.001%以上含有することが望ましい。一方、0.2%を超えて多量に含有すると、炭化物量が増加し、靭性が低下するとともに相手攻撃性が増加する。このため、含有する場合には、Bは0.001〜0.2%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.001〜0.06%である。
【0023】
上記した成分が基本の成分であるが、本発明では、この基本の組成に加えてさらに、S:0.01%超0.15%以下および/または、Cu、Cr、Mo、Niのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.1〜6.0%、および/または、W、V、Nbのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.01〜5.0%、および/または、Sn:0.3%以下、Sb:0.3%以下のうちから選ばれた1種または2種を選択して含有できる。
【0024】
S:0.01%超0.15%以下
Sは、Mnと結合してMnSを形成し、切削性向上に寄与する元素であり、必要に応じて含有することが好ましい。このような効果を得るためには0.01%超含有することが望ましい。一方、0.15%を超えて含有すると、Mnの歩留りが低下し、所望の強度を確保できなくなる。このため、選択元素として含有する場合には、0.01%超0.15%以下の範囲に限定することが好ましい。なお、とくに添加しない場合でも鋳鉄中にSは不可避的不純物として、0.001〜0.01%含有される。
【0025】
Cu、Cr、Mo、Niのうちから選ばれた1種または2種以上:合計で0.1〜6.0%
Cu、Cr、Mo、Niはいずれも、鋳鉄の硬さを増加させる元素であり、必要に応じて1種または2種以上を選択して、合計で0.1〜6.0%含有できる。Cu、Cr、Mo、Niのうちから選ばれた1種または2種以上が合計で0.1%未満では、上記した効果が期待できない。一方、6.0%を超えて多量に含有すると、いずれも高価な元素であり材料コストの高騰を招く。このようなことから、含有する場合には、Cu、Cr、Mo、Niのうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.1〜6.0%の範囲に限定することが好ましい。
【0026】
Cuは、基地中に固溶して基地を強化し、鋳鉄の硬さを増加させるとともに、耐食性を向上させる。このような効果を確保するためには0.1%以上含有することが望ましい。一方、2.0%を超えて含有すると、材料コストの高騰を招き、経済的に不利となる。このため、含有する場合には、上記した合計量の範囲内でCuは2.0%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.1〜1.5%である。
【0027】
Crは、基地を緻密にして基地を強化し、鋳鉄の硬さを増加させる。このような効果を確保するためには0.1%以上含有することが望ましい。一方、1.5%を超えて含有すると、炭化物量が増加し、強度が増加するが、加工性、靭性の低下を招く。このため、含有する場合には、Crは上記した合計量の範囲内で1.5%以下に限定することが好ましい。
Moは、基地中に固溶して基地を強化し、鋳鉄の硬さを増加させる。このような効果を確保するためには0.1%以上含有することが望ましい。一方、1.5%を超えて含有すると、白銑化して、靭性が低下する。このため、含有する場合には、Moは上記した合計量の範囲内で1.5%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは1.0%以下である。
【0028】
Niは、基地を緻密にして基地を強化し、黒鉛化を促進するとともに、耐熱性を向上させる。このような効果を確保するためには0.1%以上含有することが望ましい。一方、1.5%を超えて含有しても、効果が飽和し含有量に見合う効果を期待できなくなり、経済的に不利となる。このため、含有する場合には、Niは上記した合計量の範囲内で1.5%以下に限定することが好ましい。
【0029】
W、V、Nbのうちから選ばれた1種または2種以上:合計で0.01〜5.0%
W、V、Nbはいずれも、炭化物を形成し、耐摩耗性を向上させる元素であり、必要に応じて1種または2種以上を選択して、合計で0.01〜5.0%の範囲で含有できる。W、V、Nbのうちから選ばれた1種または2種以上の合計が0.01%未満では、上記した効果が期待できない。一方、5.0%を超えて多量に含有すると、炭化物を多量に形成し、加工性が低下するとともに、相手攻撃性の増加の原因となる。このようなことから、含有する場合には、W、V、Nb のうちから選ばれた1種または2種以上を合計で0.01〜5.0%の範囲に限定することが好ましい。
【0030】
Wは、炭化物を形成し、耐摩耗性を向上させる。このような効果を得るためには0.1%以上含有することが望ましい。一方、1.0%を超えて多量に含有すると、加工性が低下し、相手攻撃性が増加する。このため、含有する場合には、上記した合計量の範囲内でWは0.1〜1.0%とすることが好ましい。
Vは、炭化物を形成し、耐摩耗性を向上させる。このような効果を得るためには0.1%以上含有することが望ましい。一方、3.0%を超えて多量に含有すると、加工性が低下し、相手攻撃性が増加する。このため、含有する場合には、上記した合計量の範囲内でVは、0.1〜3.0%とすることが好ましい。
【0031】
Nbは、炭化物を形成し、耐摩耗性を向上させる。このような効果を得るためには0.1%以上含有することが望ましい。一方、1.0%を超えて多量に含有すると、加工性が低下し、相手攻撃性が増加する。このため、含有する場合には、上記した合計量の範囲内でNbは、0.1〜1.0%とすることが好ましい。
【0032】
Sn:0.3%以下、Sb:0.3%以下のうちから選ばれた1種または2種
Sn、Sbはいずれも、基地のパーライト化を促進する元素であり、必要に応じて1種または2種を含有できる。
Snは、フェライトの析出を防止し、基地のパーライト化を促進する元素である。このような効果を得るためには0.01%以上含有することが望ましい。一方、0.3%を超えて多量に含有しても効果が飽和し含有量に見合う効果が期待できなくなり、経済的に不利となる。このため、含有する場合には、Snは0.3%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.01〜0.1%である。
【0033】
Sbは、フェライトの析出を防止し、基地のパーライト化を促進する元素である。このような効果を得るためには0.01%以上含有することが望ましい。一方、0.3%を超えて多量に含有すると、炭化物を形成し、靭性低下の原因となる。このため、含有する場合には、Sbは0.3%以下に限定することが好ましい。なお、より好ましくは0.01〜0.1%である。
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物からなる。
【0034】
本発明船舶機関用シリンダライナは、上記した組成を有する片状黒鉛鋳鉄製で、基地中に片状黒鉛が分散し、さらに炭化物の分散を面積率で8%以下に限定した組織を有する。
つぎに、組織限定理由について説明する。
基地はパーライトとする。基地がパーライト以外の組織では、所望の高強度を確保できなくなる。
【0035】
本発明ではBさらにはW、Nb、Vを含有させ、基地中に適正量の炭化物を分散させて、さらなる強度増加を図る。炭化物を、面積率で8%を超えて分散させると、強度の低下が著しくなり、所望の高強度を確保できなくなるとともに、被削性が低下する。このようなことから、炭化物は面積率で8%以下に限定した。なお、好ましくは加工性の観点から6%以下である。
【0036】
上記した組成と組織を有するシリンダライナの製造方法は、とくに限定する必要はなく、電気炉、キュポラ等の常用の溶製方法で上記した組成の溶湯を溶製し、砂型、自硬化性鋳型等の常用の鋳型に鋳込み、所望の形状の鋳物とし、切削等の加工により、図1に示すような所望寸法、形状のシリンダライナとされる。
以下、実施例に基づいて、さらに本発明について説明する。
【実施例】
【0037】
表1に示す組成の溶湯を電気炉で溶製し、所定のライナ形状の砂型に注入し、図1に模式的に示す円筒形状(外径:1200mmφ)の肉厚:30mm厚〜350mm厚のシリンダライナとした。
得られたシリンダライナから、組織観察用試験片を採取し、肉厚方向断面を研磨し、腐食液:3%ナイタールで腐食して、光学顕微鏡(倍率:50倍)で観察し、撮像し33mmの大きさの写真について画像解析により炭化物面積率(%)を測定した。また、研磨済で腐食済の組織観察用試験片を光学顕微鏡(倍率:200倍)で観察し、面積率で10%以上存在が確認できるものを基地組織として特定した。
【0038】
また、得られたシリンダライナの肉厚中央部から、軸方向に図2に示す寸法形状の引張試験片(平行部大きさ:5.0mmφ×7.0mm標点間距離)を採取し、引張試験(引張速度:1mm/min)を実施し引張特性(引張強さTS)を求めた。
得られた結果を表2に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
本発明例はいずれも、30mm以上の厚肉の場合においても、引張強さ:250MPa以上の高強度を有するシリンダライナとなっている。一方、本発明の範囲を外れる比較例は、所望の高強度を確保できていない。
C含有量が本発明範囲を低く外れる比較例(シリンダライナNo.33、No.34)は、薄肉であるため、組織(黒鉛分布)にムラが生じ、引張強さが低下している。また、C含有量が本発明範囲を高く外れる比較例(シリンダライナNo.29)は、黒鉛の晶出が多くなり、引張強さが低下している。また、Mn含有量が本発明範囲を低く外れる比較例(シリンダライナNo.28)は、基地組織が十分強化されず、引張強さが低下している。また、比較例(シリンダライナNo.31、No.32)は、ライナが厚肉となったため強化元素量が不足し、引張強さが低下している。また、Mn含有量が本発明範囲を高く外れる比較例(シリンダライナNo.35、No.36)は、ライナが薄肉となったため、炭化物量が8%を超え、黒鉛分布(組織)が不均一となり、引張強さが低下している。また、C、Mn含有量が本発明範囲を高く外れる比較例(シリンダライナNo.30)は、黒鉛の晶出が多く、基地組織の強化が十分になされていないため、引張強さが低下している。また、比較例(シリンダライナNo.37)は、ライナが薄肉となったため、炭化物量が8%を超えて増加し、引張強さが低下している。また、Siが本発明範囲を低く外れる比較例(ライナNo.38)は、黒鉛分布にムラが生じ、引張強さが低下する。Siが本発明範囲を高く外れる比較例(ライナNo.39)は、フェライトの析出が過多となり引張強さが低下している。また、PとBが本発明範囲を高く外れる比較例(ライナNo.40)は、炭化物量が増加し組織(黒鉛分布)が不均一となり、引張強さが低下している。
【符号の説明】
【0042】
1 シリンダライナ
図1
図2