【実施例】
【0032】
以下、本発明を実施例を参照して詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
【0033】
[実施例1]
1.リン酸化タンパク質の分離
まず、ウシの大腿骨または中足骨から、公知の方法により精製骨粉を調製した。骨粉を蒸留水に加えて、骨粉懸濁液を調製した。骨粉を脱灰するために、懸濁液に6Nの塩酸を少しずつ添加して、懸濁液のpHを2に維持した。脱灰を行っている間は、懸濁液の温度を10℃以下に維持した。脱灰が完了した後、上清と脱灰骨粉とを分離した。
【0034】
脱灰骨粉を2M尿素/0.05Mトリス緩衝液(pH7.4)に加え、4℃で24時間抽出した。この抽出工程は、2回繰り返し行った。次いで、抽出後の残渣を4Mグアニジン/0.05Mトリス緩衝液(pH7.4)に加え、4℃で24時間抽出した。この抽出工程も、2回繰り返し行った。2M尿素抽出液は、この後のクロマトグラフィーにおいてそのままサンプルとして使用した。一方、4Mグアニジン抽出液は、5倍量の2M尿素/0.05Mトリス緩衝液(pH7.4)で5回透析をしたものをサンプルとして使用した。
【0035】
直径45μmのチタン粒子(株式会社大阪チタニウムテクノロジーズ)を詰めたカラム(内径16mm×高さ5cmまたは内径26mm×高さ10cm)を準備した。2M尿素/0.05Mトリス緩衝液(pH7.4)で平衡化したカラムにサンプルを添加した後、2M尿素/0.05Mトリス緩衝液(pH7.4)を流して非吸着成分を溶出させた。次いで、25mM水酸化ナトリウム水溶液を流して、吸着成分(リン酸化タンパク質)を溶出させた。
図1は、溶出パターンを示すクロマトグラムである。左側のピークは、2M尿素/0.05Mトリス緩衝液(pH7.4)によって溶出した非吸着成分を示しており、右側のピークは、25mM水酸化ナトリウム水溶液によって溶出した吸着成分を示している。得られた吸着成分は、透析脱塩および凍結乾燥した後、−20℃で保存した。
【0036】
上記手順により得られた吸着成分(約100μg)を定法に従って還元およびSDSで変性させた後、15%ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動を行った(SDS−PAGE)。泳動後のゲルを、リン酸化タンパク質を特異的に青く染めるStains-all染色法(Campbell, K. P., et al., J. Biol. Chem., Vol.258, pp.11267-11273.)で染色した。
【0037】
図2は、染色後のゲルの写真である。
図2Aは、カラー写真(赤色の成分、緑色の成分および青色の成分を含む)をグレースケールに変換した写真であり、
図2Bは、カラー写真に含まれる青色の成分のみをグレースケールで表示した写真であり、
図2Cは、カラー写真に含まれる赤色の成分のみをグレースケールで表示した写真である。これらの写真に示されるように、典型的なリン酸化タンパク質であるウシβカゼイン(分子量4万)は、青色に染色され、主としてアルブミン(分子量4.5万)からなるウシ血清は、赤色に染色された。同一条件で染色された吸着成分では、少なくとも4本の青色に染色されたバンドが確認された(下側4つの矢印参照)。このことから、吸着成分は、オステオポンチン(OPN)、骨シアロタンパク質(BSP)、象牙質マトリックスタンパク質−1(DMP−1)およびマトリックス細胞外リン酸化糖タンパク質(MEPE)を含むと考えられる。なお、一番上の矢印は、これらのリン酸化タンパク質を含むタンパク質の会合体を指している。これらの会合体は、分子量が非常に大きいため、ゲル内に入り込むことができず、導入箇所に留まっている。また、前述のカラムクロマトグラフィーで得られた非吸着成分(
図1の左側のピーク)は、Stains-all染色法では染色されなかった。
【0038】
なお、上記吸着成分のうち、オステオポンチンについては、ウエスタンブロットによりその存在を別途確認している。また、飛行時間型質量分析法(TOFMS)により吸着成分を分析した結果、質量数86,81,75,70,60,53,50,48,42,36kDaの顕著なピークが確認された。これらのピークは、それぞれ、マトリックス細胞外リン酸化糖タンパク質(MEPE、アミノ酸配列数554)、象牙質マトリックスタンパク質−1(DMP−1、アミノ酸配列数510)、骨シアロタンパク質(BSP、アミノ酸配列数310)およびオステオポンチン(OPN、アミノ酸配列数278)、あるいはこれらの断片であると推定される。
【0039】
2.リン酸化タンパク質でコーティングされた生体インプラント
直径50μmのチタン細繊維からなるチタン製不織布を、直径2mm、高さ3mmの円柱状に成形した。また、リン酸化タンパク質(上記吸着成分)をPBSに溶解させて、0.1%タンパク質溶液を調製した。チタン製不織布の成形体をタンパク質溶液に一定時間浸漬した後、乾燥させて、各チタン細繊維の表面をリン酸化タンパク質でコーティングした(リン酸化タンパク質含有層を形成した)。以上の手順により、実施例の生体インプラントを準備した。なお、タンパク質溶液には少量の塩類を除いてはリン酸化タンパク質(上記吸着成分)のみを添加しているため、リン酸化タンパク質含有層中のリン酸化タンパク質の量は、90質量%以上であると考えられる。一方、比較例の生体インプラントとして、リン酸化タンパク質でコーティングしていないチタン製不織布の成形体も準備した。
【0040】
生後8週齢のウイスター系ラットに8%抱水クロラールを腹腔内投与して麻酔した。歯科用ドリルを用いて脛骨に直径2.8mmの穴をあけ、実施例および比較例のインプラントを埋植した。埋植3週間後および6週間後に、インプラントおよびその周辺部を摘出した。得られたサンプルの切片を作製し、コールのヘマトキシリン・エオジン染色で染色し、インプラント周囲の骨の形成量を比較した。その結果、比較例のインプラントに比べ、実施例のインプラントの方が、チタン不織布内に新生骨が旺盛に形成されており、良好な結果であった。
【0041】
3.リン酸化タンパク質でコーティングされた細胞培養基材
直径50μmのチタン細繊維からなるチタン製不織布を、直径13mm、厚さ1.5mmの円板状に成形した。また、リン酸化タンパク質(上記吸着成分)をPBSに溶解させて、0.1%タンパク質溶液を調製した。チタン製不織布の成形体をタンパク質溶液に一定時間浸漬した後、乾燥させて、各チタン細繊維の表面をリン酸化タンパク質でコーティングした(リン酸化タンパク質含有層を形成した)。なお、この場合も、リン酸化タンパク質含有層中のリン酸化タンパク質の量は、90質量%以上であると考えられる。以上の手順により、実施例の細胞培養基材を準備した。一方、比較例の細胞培養基材として、リン酸化タンパク質でコーティングしていないチタン製不織布の成形体も準備した。
【0042】
24穴マルチウェルプレートの各ウェルに、実施例または比較例の細胞培養基材を入れた。次いで、各ウェルに骨芽細胞(MC3T3−E1)を5万個播種した。37℃、5%CO
2、湿度100%の環境下において、各細胞をイーグルMEM培地中で培養した。培養開始から3日後および7日後に、MTT法により各ウェルの細胞数を測定した。その結果、比較例の細胞培養基材に比べ、実施例の細胞培養基材では、細胞数は減少するものの、細胞の分化が進行しているのが観察された。
【0043】
[実施例2]
1.リン酸化タンパク質の分離
実施例1と同様の手順で、ウシの中足骨からリン酸化タンパク質(チタン結合性骨タンパク質(titanium-binding bone proteins);以下「TiBP」ともいう)を分離した。TiBPは、オステオポンチン(OPN)、骨シアロタンパク質(BSP)、象牙質マトリックスタンパク質−1(DMP−1)およびマトリックス細胞外リン酸化糖タンパク質(MEPE)を含むと考えられる。
【0044】
2.TiBPでコーティングされた生体インプラント
(1)生体インプラントの作製
直径50〜80μmのチタン細繊維からなるチタン製不織布(Titanium web;以下「TW」ともいう)を、縦2mm、横3mm、高さ3mmの長方形状に成形した(1個約8mg)。また、TiBPをPBSに溶解させて、TiBP溶液(1mg/500mL)を調製した。TWの成形体をTiBP溶液に一定時間浸漬した後、乾燥させて、各チタン細繊維の表面をTiBPでコーティングした(リン酸化タンパク質含有層を形成した)。以上の手順により、実施例の生体インプラント(チタン−タンパク質複合体;TW/TiBP)を準備した。なお、この場合も上述した理由により、リン酸化タンパク質含有層中のリン酸化タンパク質の量は、90質量%以上であると考えられる。一方、比較例の生体インプラントとして、TiBPでコーティングしていないTWの成形体も準備した。
【0045】
(2)生体インプラントの埋植
生後8週齢の雄のウイスター系ラット(200〜230g)に、体重100g当たり3.6mgのペントバルビタールナトリウム(ネンブタールR;大日本住友製薬株式会社)を腹腔内投与して麻酔した。歯科用ドリルを用いて頭蓋骨に形成された穴、および頭蓋骨と骨膜との間に、実施例のインプラント(TW/TiBP)および比較例のインプラント(TW)をそれぞれ埋植した。埋植1週間後および4週間後に、インプラントおよびその周辺部を摘出した。
【0046】
(3)組織学的観察
得られたサンプルを10%中性ホルムアルデヒドで固定し、ポリエステル樹脂に包埋して、厚さ80μmの切片を作製した。得られた切片を、コールのヘマトキシリン・エオジン染色で染色した後、光学顕微鏡で観察した。
【0047】
図3は、ラット頭蓋冠において硬膜と骨膜との間にTWまたはTW/TiBP複合体を埋植して4週間経過した後の、インプラント周囲の組織像である。
図3A,Bは、比較例のインプラント(TW)周囲の組織像であり、
図3C〜Fは、実施例のインプラント(TW/TiBP)周囲の組織像である。
図3A〜B、および
図3C〜Fは、それぞれ倍率が異なる。
【0048】
図3A,Bに示されるように、比較例のインプラント(TW)の周囲では、コラーゲン繊維の凝集が観察されたが、骨の新生もわずかに観察された。一方、
図3C〜Fに示されるように、実施例のインプラント(TW/TiBP)の周囲では、多数の血管が形成されているとともに(
図3D,Eの矢印参照)、新生骨には活性状態の骨芽細胞が付着しており(
図3Fの矢印参照)、活発な骨新生が誘導されていた。
【0049】
図4は、ラット頭蓋冠において硬膜と骨膜との間にTWまたはTW/TiBP複合体を埋植して1週間経過した後の、インプラント周囲の組織像である。
図4A〜Dは、比較例のインプラント(TW)周囲の組織像であり、
図4E〜Hは、実施例のインプラント(TW/TiBP)周囲の組織像である。
図4A〜D、および
図4E〜Hは、それぞれ倍率が異なる。
図4Fに示される矢印は、新生骨表面に位置する活性状態の骨芽細胞を示している。
【0050】
比較例のインプラント(TW)の周囲では、低倍率では明確には見えなかったが(
図4A参照)、高倍率ではTWと既存の骨との境界で骨のような構造が観察された(
図4B〜D参照)。一方、実施例のインプラント(TW/TiBP)周囲では、明確な細胞集団がTWに囲まれた空間において観察された(
図4E,F参照)。これは、豊富な細胞外マトリックス(
図4Hにおいて矢印で示す)に付随する未成熟細胞の集団であると考えられる。興味深いことに、化学誘因作用によるものかのように、チタン細繊維に近いほど細胞密度が高くなっていた。この時点では明瞭な骨の新生は観察できなかったが、実施例のインプラント(TW/TiBP)と比較例のインプラント(TW)とで、組織の状態は大きく異なっていた。
【0051】
(4)骨新生に対するTiBPの効果の評価
埋植して4週間経過した後の骨新生の進行度合を、実施例のインプラント(TW/TiBP)と比較例のインプラント(TW)とにより詳細に比較した。具体的には、それぞれ5つの切片の写真について、TWの断面およびTWに囲まれている空間の合計面積に対する新生骨およびその前駆組織の合計面積の割合を測定した。
図4に示した写真において、TWの断面は、黒色で示された部分であり、TWに囲まれている空間は、白色で示された部分と、濃い赤色および薄い赤色で染色された部分との合計部分である。新生骨は、濃い赤色で染色され、骨の前駆組織は、薄い赤色で染色されている。ここで「新生骨」とは、マトリックスがぎっしり詰まっており、平坦な骨芽細胞により覆われている骨を意味し、「骨の前駆組織」とは、マトリックスおよび血管が多いが、緩んだ状態の組織を意味する。面積の測定は、画像結合ソフトウェア(NIS-Elements;株式会社ニコン インストルメンツカンパニー)を用いて実施した。
【0052】
図5は、TWの断面およびTWに囲まれている空間の合計面積に対する新生骨およびその前駆組織の合計面積の割合を示すグラフである。
図5に示されるように、実施例のインプラント(TW/TiBP)を埋植した場合の骨の前駆組織の形成量は、比較例のインプラント(TW)を埋植した場合よりも5.2倍多かった。また、実施例のインプラント(TW/TiBP)を埋植した場合の全骨(新生骨およびその前駆組織)の形成量は、比較例のインプラント(TW)を埋植した場合よりも7倍多かった。さらに、実施例のインプラント(TW/TiBP)を埋植した場合の新生骨の形成量は、比較例のインプラント(TW)を埋植した場合よりも320倍多かった。
【0053】
以上の結果から、リン酸化タンパク質(TiBP)は、チタンの骨形成作用を有意に促進させて、チタン製の生体インプラントと骨との結合を速められることがわかる。