(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記負極不動態成長モデルまたは前記正極構造転移相成長モデルにおける所定のパラメータについて、前記保存劣化モデルのパラメータを決定する際に最適化されたパラメータを適用する適用ステップをさらに備える
請求項1から3のいずれか一項に記載の電池モデル構築方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本実施形態に係る蓄電池の劣化特性の推定と、劣化特性推定のための電池モデルの構築例について説明する。なお、以降の説明にあたり、本実施形態における蓄電池はリチウムイオン電池である場合を例に挙げる。
【0013】
本実施形態においては、蓄電池をモデル化した電池モデルとして、基本モデル(一次元充放電モデル)、保存劣化モデル及びサイクル劣化モデルを使用する。
基本モデルは、例えばリチウムイオン電池としての蓄電池の基本的な充放電動作をモデル化した電池モデルである。
【0014】
図1を参照して基本モデルについて説明する。
図1(a)は、リチウムイオン電池としての蓄電池100の構造をモデル化して示している。
図1(a)の蓄電池100は、負極101と正極102の間にセパレータ103が介在する構造である。負極101としての負極合材層には負極活物質(固相)111が存在する。負極活物質111間の空隙が液相112である。また、正極102としての正極合材層には正極活物質(固相)121が存在する。正極活物質121間の空隙が液相122である。
【0015】
図1(a)に示す構造の蓄電池100の放電時におけるLi(リチウム)とLiイオンの輸送過程イメージは以下のようになる。
つまり、負極101の負極活物質(固相)111では、Liは中心から表面への拡散フラックスが生じる。正極102の正極活物質(固相)121では、Liは表面から中心へと拡散する。
負極101の液相(空隙)112では、界面反応によって負極活物質111から放出されたLiイオンがセパレータ103の方向に輸送される。セパレータ103は反応が無いため、Liイオンは正極102の方向に泳動しながら拡散していく。正極102に到達したLiイオンは、界面反応によって正極活物質121に吸収される。
【0016】
基本モデル(一次元充放電モデル)は、
図1(b)に模式的に示すように、
図1(a)の構造の蓄電池100における負極101、正極102及びセパレータ103を面方向に均質化した一次元モデルである。基本モデルは、例えば蓄電池100の充放電動作をモデル化した電池モデルである。
【0017】
次に、保存劣化モデルは、蓄電状態の蓄電池の劣化をモデル化した電池モデルである。保存劣化モデルでは、溶媒拡散に起因する負極SEIの膜の成長モデルを用いる。SEI(Solid Electrolyte Interphase)は電極の表面の反応生成物であり、不動態の1つである。負極SEIは、負極としての電極の表面にて生成されるSEIである。負極SEIが成長して膜厚が増加するのに応じて劣化も進行し、例えば蓄電池の抵抗や容量損失が増加する。
【0018】
図2を参照して、本実施形態の保存劣化モデルが対応する保存劣化要因について説明する。
図2に示すように蓄電池における電解液114の領域からは、溶媒分子115がSEI113の層に浸入し、負極活物質111の表面に向かっていくように拡散していく。そして、負極活物質111の表面に到達すると、溶媒分子115は分解反応によって副反応生成物となり、SEI113の層に堆積する。このような副反応生成物の堆積に伴い、SEI113が成長し、その膜厚も増加する。保存劣化モデルは、このようなSEI113の成長を劣化要因として扱う。
【0019】
次に、サイクル劣化モデルは、充放電に応じた蓄電池の劣化をモデル化した電池モデルである。また、本実施形態において、サイクル劣化モデルは、負極SEI成長モデル(負極不動態成長モデル)と正極構造転移相成長モデルとを含む。
負極SEI成長モデルは、充放電に応じた蓄電池の負極活物質表面の不動態の成長をモデル化したサイクル劣化モデルである。正極構造転移相成長モデルは、充放電に応じて蓄電池の正極活物質の表面が構造転移相に転移する状態をモデル化したサイクル劣化モデルである。
【0020】
図3を参照して、負極SEI成長モデルが対応する劣化要因について説明する。
図3に示すように、充放電サイクルが繰り返されるのに応じて、負極活物質111の表面にSEI113の膜が形成され、成長していく。そして、SEI113が成長してその膜厚が増加するのに応じて、例えば蓄電池の抵抗の増加や容量低下などをもたらし劣化が進行する。このような劣化要因に基づくサイクル劣化モデルが負極SEI成長モデルである。
【0021】
次に、
図4を参照して正極構造転移相成長モデルが扱う劣化要因について説明する。充放電サイクルが繰り返されるのに応じて、正極活物質121の表面の構造転移相123が徐々に正極活物質121の内部に進行し、構造転移相123としての膜厚が増加していく。構造転移相123の膜厚の増加によっても、蓄電池の抵抗の増加や容量低下などをもたらし劣化が進行する。このような劣化要因に基づくサイクル劣化モデルが正極構造転移相成長モデルである。
【0022】
これらの電池モデル(基本モデル、保存劣化モデル、サイクル劣化モデル)は、蓄電池の劣化特性の推定に用いることができる。蓄電池は、例えば製品ごとに仕様が異なることから、蓄電池の劣化特性の推定にあたっては、推定対象の蓄電池に適合させるように電池モデルを構築する必要がある。つまり、本実施形態における電池モデルである基本モデル、保存劣化モデル、サイクル劣化モデルにおける各パラメータについて、推定対象の蓄電池に適合した値を決定する必要がある。
【0023】
図5は、本実施形態における電池モデルの構築から劣化特性推定までの手順例を示している。
電池モデルの構築にあたっては、例えば、ステップS101として示すように、基本モデルにおけるパラメータの決定が行われる。
基本モデルにおいて決定されるパラメータは、例えば、初期Li濃度、負極固相のLi拡散係数、正極固相のLi拡散係数、負極活物質半径、正極活物質半径、カチオン輸率、電解液中の塩拡散係数、負極固相電気伝導率、正極固相電気伝導率、初期電解液塩濃度、負極液相体積比率、正極液相体積比率、負極反応速度定数、正極反応速度定数、負極開回路電位、正極開回路電位などである。
【0024】
これらのパラメータのうち、負極活物質半径、正極活物質半径、カチオン輸率、電解液中の塩拡散係数、負極固相電気伝導率、正極固相電気伝導率、初期電解液塩濃度、負極液相堆積比率、正極液相堆積比率、負極開回路電位、正極開回路電位の各パラメータについては、設計値、測定値、文献値、推定値などによる確定値が予め定められている。
【0025】
一方、残るリチウムイオン濃度、負極固相のLi拡散係数、正極固相のLi拡散係数、負極反応速度定数、正極反応速度定数の各パラメータについては、例えば試験結果に基づく放電特性に近似させるように最適化(フィッティング)が行われる。
【0026】
ステップS101においては、まず、最適化対象ではないパラメータのうちで、確定値(設計値、測定値、文献値、推定値)を適用すべきパラメータについては、対応の確定値が設定される。次に、設計値もしくは測定値が不明のパラメータについては推定値が設定される。
次に、最適化対象のリチウムイオン濃度、負極固相のLi拡散係数、正極固相のLi拡散係数、負極反応速度定数、正極反応速度定数の各パラメータについては、例えば放電特性に近似させるための最適値が所定の手順によって求められる。
このようにしてパラメータが決定された基本モデルは、例えば基本モデルデータ10として作成される。
【0027】
また、ステップS102として示すように、保存劣化モデルのパラメータが決定される。保存劣化モデルにおいて、負極のSEI(以下、負極SEIともいう)の膜厚δの時間変化は、例えば以下の式1により表される。式1において、Dsは、SEI内の溶媒の拡散係数であり、λは、SEIのモル濃度などを含むパラメータである。
【0029】
また、保存劣化モデルにおいて、負極SEIによる抵抗R
SEIは、以下の式2により表される。式2においてκ
negは、負極SEIの電気伝導率である。
【0031】
ステップS102の保存劣化モデルにおけるパラメータの決定にあたっては、λ、Ds及びκ
negの各パラメータについて最適化が行われる。
λ、Ds及びκ
negの各パラメータを最適化するにあたっては、例えば、まず、保存劣化モデルによる劣化特性が試験結果に基づく放電特性(例えば、放電時の時間経過に応じた電圧値の変化と放電終了時間)に近似するように、λ、Ds及びκ
negの各パラメータの値を合わせ込んでいく。例えば、放電終了時間に近似させるには主にλを調整するとよい。また、電圧値に近似させるには主にκ
negの値を調整するとよい。
ステップS102によってパラメータが決定された保存劣化モデルは、保存劣化モデルデータ20として作成される。
【0032】
また、ステップS103として示すように、サイクル劣化モデルのパラメータが決定される。前述のように、本実施形態のサイクル劣化モデルは、負極SEI成長モデルと正極構造転移相成長モデルとを含む。つまり、ステップS103においては、負極SEI成長モデルにおけるパラメータと正極構造転移相成長モデルにおけるパラメータとを決定する。なお、サイクル劣化モデルのパラメータの決定手順例については後述する。
ステップS103によってパラメータが決定されたサイクル劣化モデルは、サイクル劣化モデルデータ30として作成される。
【0033】
上記のようにしてステップS101〜S103により、基本モデル、保存劣化モデル、サイクル劣化モデルの各パラメータが決定されるのに応じて、基本モデルデータ10、保存劣化モデルデータ20及びサイクル劣化モデルデータ30が作成される。そして、ステップS104として示すように、基本モデルデータ10、保存劣化モデルデータ20及びサイクル劣化モデルデータ30を利用して蓄電池の劣化特性の推定が行われる。
【0034】
続いて、サイクル劣化モデルについてより詳細に説明を行っていく。
図6のフローチャートは、例えばサイクル劣化モデル(サイクル劣化データ)に基づく劣化特性を算出するための手順例を示している。
図6に示す処理は、例えば、コンピュータ上で数値解析ソフトウェアを動作させることで実現できる。
【0035】
まず、コンピュータは、ステップS201により、記憶装置に記憶されている初期条件設定データを読み出し、この読み出した初期条件設定データにより初期条件を設定する。
次に、コンピュータは、ステップS202により、基本モデル(基本モデルデータ10)を用いて放電解析を行うことで今回のサイクルの放電に応じた蓄電池100の状態を求める。
また、コンピュータは、ステップS203により、基本モデルを用いて充電解析を行うことで今回のサイクルの充電に応じた蓄電池100の状態を求める。
次に、コンピュータは、ステップS204により、例えば今回のステップS202とS203の解析結果と、前回までのステップS202とS203の解析結果とに基づいて、劣化特性を算出する。劣化計算によっては、例えば、蓄電池の抵抗と損失容量が求められる。
【0036】
ステップS202〜S204は、1回の充放電サイクルに応じた処理である。そこで、コンピュータは、ステップS205において、例えば試験時に行った充放電サイクル回数に応じた規定の充放電サイクル回数によるステップS202〜S204の処理を繰り返し実行したか否かについて判定する。
ここで、規定の充放電サイクルに応じた回数のステップS202〜S204の処理を実行していないとステップS205において判定した場合、コンピュータは、ステップS202に処理を戻す。これにより、次の充放電サイクルに応じたステップS202〜S204の処理が実行される。
一方、規定の充放電サイクルに応じた回数のステップS202〜S204の処理を実行したとステップS205にて判定した場合、コンピュータは、ステップS206により、これまでの処理により求められたサイクルごとの劣化特性の算出結果を出力する。
【0037】
なお、サイクル劣化モデルを生成するための試験における充放電サイクル回数は、ある程度の劣化状態を出現させればよく、例えば数百回程度である。また、保存劣化モデルを生成するための試験における保存時間は例えば数ヶ月程度である。
【0038】
図7は、
図6のステップS204の劣化計算の処理を模式的に示している。ステップS204の劣化計算にあたっては、副反応電流i
sが
図7に示す式3にしたがって求められる。式3において、aは比断面積、i
0,sは副反応交換電流密度、φ
sは固相の電位、Usは平衡電位、Fはファラデー定数、Rは気体定数、Tは温度、η
sは過電圧である。ここで、固相の電位φ
sのパラメータは、基本モデルから取得する。
【0039】
また、負極SEI成長モデルに基づいて負極SEIの膜厚δ
seiが求められる。負極SEIの膜厚δ
seiと充電時間tとの関係は
図7の式4に示される。式4において、Mは副反応生成物のモル体積、ρは負極SEIの密度である。
【0040】
また、正極構造転移相成長モデルに基づいて正極構造転移相の膜厚δ
posが求められる。膜厚δ
posと充電時間tの関係は、正極構造転移相の膜が線形に増加すると仮定すると式5に示される。式5におけるαは比例係数であって、正極劣化因子として扱われる。
【0041】
そのうえで、ステップS204の劣化計算では、負極SEIの膜厚δ
seiと、正極構造転移相の膜厚δ
posとを利用して、例えば
図7に示す式6により蓄電池の抵抗Rsが求められる。式6において、δ
sei/κ
seiが負極SEIの膜による抵抗成分であり、δ
pos/κ
posが正極構造転移相による抵抗成分である。κ
seiは負極SEIの電気伝導率であり、κ
posは正極構造転移相の電気伝導率である。このように、蓄電池の抵抗Rsは、負極SEI成長モデルでは負極SEIの膜厚に依存し、正極構造転移相成長モデルでは正極構造転移相の膜厚に依存する。
【0042】
また、ステップS204の劣化計算では、蓄電池の損失容量Qが
図7の式7によって求められる。損失容量は、例えば蓄電池の劣化に伴う蓄電容量の減少(損失)分を示す。式7に示されるように、損失容量は、副反応電流i
sを利用して求められる。
また、劣化計算により求められた抵抗Rsと損失容量Qは、基本モデルにおいて更新され、例えば次回のステップS202、S203による放電解析と充電解析とにおいて更新された基本モデルが用いられる。
【0043】
図7から理解されるように、本実施形態のサイクル劣化モデルは、負極SEI成長モデルと正極構造転移相成長モデルとを含む。つまり、本実施形態のサイクル劣化モデルでは、充放電サイクルの繰り返しによる蓄電池の劣化は、充放電サイクルの繰り返しに伴う負極SEIの膜の成長による劣化要因と、充放電サイクルの繰り返しに伴う正極構造転移相の膜の成長による劣化要因とが複合して発生するものと捉えている。
したがって、本実施形態においてサイクル劣化モデルにおけるパラメータを決定するにあたっては、負極SEI成長モデルにおけるパラメータと正極構造転移相成長モデルにおけるパラメータとのそれぞれを決定する。
【0044】
図8のフローチャートは、本実施形態の電池モデルを構築するにあたってのパラメータの決定についての手順例を示している。
図5のステップS103として示したサイクル劣化モデルにおけるパラメータを決定するための手順例を示している。なお、
図8においては、ステップS101による基本モデルのパラメータ決定の手順と、ステップS102による保存劣化モデルのパラメータ決定の手順とをともに示している。
【0045】
図8に示すように、電池モデルにおけるパラメータ決定の手順としては、まず、ステップS101によって、
図5にて説明したように基本モデルによるパラメータの決定が行われる。
図5にて説明したように、ステップS101によってパラメータが決定された基本モデルは、基本モデルデータ10として作成される。
【0046】
ステップS101による基本モデルにおけるパラメータの決定に続いては、ステップS102によって、
図5にて説明したように保存劣化モデルにおけるパラメータの決定が行われる。ステップS102によりパラメータが決定された保存劣化モデルは、保存劣化モデルデータ20として作成される。
【0047】
ステップS102による保存劣化モデルにおけるパラメータの決定に続いては、ステップS103によってサイクル劣化モデルにおけるパラメータの決定が行われる。
ステップS103においては、まず、ステップS131において、以下の手順が行われる。つまり。負極SEI成長モデルとパラメータと正極構造転移相成長モデルにおける各パラメータのうちで確定値(設計値、測定値、文献値、推定値など)を適用すべきことが予め定められているパラメータに対して、それぞれ、対応の確定値が適用される。
このように確定値(設計値、測定値、文献値、推定値など)が適用されるパラメータは、例えば、副反応生成物のモル体積M、負極SEIの密度ρ、正極構造転移相の電気伝導率κ
posなどである。
【0048】
また、先に行われた保存劣化モデルにおけるパラメータの決定によっては、λ、Ds及びκ
negの各パラメータが最適化されている。これらの最適化されたパラメータのうち、負極SEIの電気伝導率κ
negのパラメータは、サイクル劣化モデルにおいても使用される。そこで、ステップS132に示すように、例えば、サイクル劣化モデルにおける負極SEIの電気伝導率κ
negのパラメータについては、保存劣化モデルにおけるパラメータの決定に際して最適化された値を適用する。
なお、ステップS131とS132の手順の順序は逆であってもよいし、同時並行で行われてもよい。
【0049】
続くステップS133〜S135は、最適化を行うべき最適化対象のパラメータを最適化するための手順である。ここで、本実施形態のサイクル劣化モデルにおける最適化対象のパラメータは負極の副反応交換電流密度i
0,sと正極劣化因子αである。
負極の副反応交換電流密度i
0,sと正極劣化因子αとを最適化するにあたっては、例えば、まずステップS133として示すように、正極劣化因子αの調整が行われる。例えば、最初のステップS133においては、正極劣化因子αについておおよその値が設定される。
【0050】
次のステップS134においては、直前のステップS133にて設定した正極劣化因子αを利用して求めた劣化特性が、予め定めた温度とSOC(State Of Charge)の条件の組合せによる所定の水準ごとの試験結果とができるだけ近づくように負極の副反応交換電流密度i
0,sを調整する。具体的には、例えば、劣化特性に基づく放電特性を試験結果に基づく放電特性に近づけるように調整が行われる。特に、負極の副反応交換電流密度i
0,sについては、放電終了時間が近似するように調整するとよい。
【0051】
そして、ステップS135においては、ステップS133とS134の調整の結果として、劣化特性と試験結果とが近似する状態となっているか否かについて判定が行われる。ここで、まだ劣化特性と試験結果とが近似していないと判定された場合には、ステップS133の手順に戻ることで、正極劣化因子αの値の再調整と、これに続く副反応交換電流密度i
0,sの再調整とが行われる。
【0052】
そして、ステップS135において劣化特性と試験結果とが近似したと判定されれば、この段階で、正極劣化因子αと負極の副反応交換電流密度i
0,sの最適値が求められたとしてサイクル劣化モデルの決定手順が終了する。ステップS131〜S135によりパラメータが決定されたサイクル劣化モデルは、
図5にて説明したように、サイクル劣化モデルデータ30として作成される。
【0053】
本実施形態との比較として、例えば非特許文献2に記載されているサイクル劣化モデルでは、正極構造転移相の成長を考慮しておらず、負極SEIの成長のみに基づいてモデル化が行われている。このようなサイクル劣化モデルは、負極SEI成長モデルのみによりサイクル劣化が生じるものとして扱われる。この場合、サイクル劣化モデルにおいて最適化すべきパラメータは、負極SEI成長モデルにおける最適化対象のパラメータのみとなる。
【0054】
しかし、負極SEIの成長のみに基づくサイクル劣化モデルのもとでは、負極SEIの成長による劣化要因に、例えば正極構造転移相の成長などの他の劣化要因を集約させるかたちでパラメータを決定することになる。
例えば、このように求められたパラメータを適用したサイクル劣化モデルでは、例えば、現実の蓄電池の試験結果の特性に対して充分に近似した劣化特性が得られない場合もあると考えられる。また、このようなサイクル劣化モデルを使用して蓄電池の劣化特性を推定した場合には、高い推定精度が得られない場合もあると考えられる。
これに対して、本実施形態の場合には、負極SEIの成長による劣化要因と、正極構造転移相の成長による劣化要因とをそれぞれ含めたサイクル劣化モデルとなっている。これにより、本実施形態では、例えば負極SEIの成長もしくは正極構造転移相の成長のいずれか一方に充放電サイクルによる劣化要因を集約させることなく、それぞれの劣化要因についてのパラメータを個別に求めることができる。この結果、例えば、サイクル劣化モデルを現実の蓄電池のサイクル劣化の特性により近似させることが可能となり、蓄電池の劣化特性の推定結果についても高い精度を得ることが可能になる。
【0055】
また、本実施形態においては、
図8のステップS132として示したように、サイクル劣化モデルにおける所定のパラメータについて、保存劣化モデルのパラメータ決定段階において最適化された値が共通に使用される。つまり、サイクル劣化モデルにおいて最適化すべきパラメータのうちで、先の保存劣化モデルにおけるパラメータ決定の際に最適化されたパラメータについては、保存劣化モデルにおけるパラメータ決定の際に最適化された値が設定される。
これにより、例えば、サイクル劣化モデルにおけるパラメータの決定段階で最適化すべきパラメータの数が削減されることになり、サイクル劣化モデルにおけるパラメータ決定を効率よく行うことが可能になる。
【0056】
図9は、本実施形態の劣化特性推定装置200の構成例を示している。劣化特性推定装置200は、例えば、蓄電池100を備えるHEMS(Home Energy Management System)やTEMS(Town Energy Management System)などのエネルギー管理システムにおいて、蓄電池100の使用経過に応じた劣化特性を推定する装置である。本実施形態の劣化特性推定装置200は、これまでに説明した手法により作成された電池モデルのデータ(基本モデルデータ10、保存劣化モデルデータ20、サイクル劣化モデルデータ30)を利用して劣化特性を推定する。
【0057】
劣化特性推定装置200は、運用履歴情報管理部201、運用履歴情報記憶部202、モデル記憶部203及び劣化特性推定部204を備える。
【0058】
運用履歴情報管理部201は、蓄電池100の運用に関する履歴を示す運用履歴情報を管理する。運用履歴情報管理部201は、蓄電池100が運用される状態を監視することにより、その運用実績から運用履歴情報を生成する。
運用履歴情報は、例えば、蓄電池100に対するこれまでの充放電サイクル回数、また、充放電サイクルごとに対応する充電時間、放電時間、保存時間など情報を含む。
充電時間は、1回の充電が開始されてから終了するまでの時間である。放電時間は、1回の放電が開始されてから終了するまでの時間である。
また、充電終了後から放電が開始されるまでの間、もしくは放電終了後から充電開始までの間、蓄電池100は、充放電を行わずに電力を蓄積した蓄電状態である。保存時間は、1回の蓄電状態が開始されてから終了するまでの時間である。
運用履歴情報管理部201は、上記のように生成した運用履歴情報を運用履歴情報記憶部202に記憶させる。運用履歴情報記憶部202は、運用履歴情報を記憶する。
【0059】
モデル記憶部203は、電池モデルのデータを記憶する。つまり、モデル記憶部203は、
図10に示すように、電池モデルのデータとして、基本モデルデータ10、保存劣化モデルデータ20及びサイクル劣化モデルデータ30を備える。
基本モデルデータ10、保存劣化モデルデータ20及びサイクル劣化モデルデータ30は、
図5及び
図8のステップS101、S102、S103による各モデルのパラメータの決定結果に基づいて作成されたデータである。
【0060】
劣化特性推定部204は、例えば、蓄電池100の劣化特性を推定する。具体的に、例えば劣化特性推定部204は、運用履歴情報記憶部202が記憶する運用履歴情報と、モデル記憶部203が記憶する電池モデルとに基づいて、これまでの蓄電池100の充電、放電、蓄積状態の実績に応じた現時点での劣化特性を推定する。例えば、劣化特性推定部204は、劣化特性として、現時点における抵抗や容量損失などを推定することができる。
さらに、劣化特性推定部204は、現時点における劣化特性の推定結果と、これまでの蓄電池100の使用実績から推定される今後の蓄電池100の使用スケジュールとに基づいて、蓄電池100の寿命が尽きる時期を予測してもよい。
【0061】
ここで、劣化特性推定部204が劣化特性の推定に利用する電池モデルのデータにおけるサイクル劣化モデルデータ30は、前述のように、負極SEIの成長をモデル化しているだけではなく、正極構造転移相の成長もモデル化している。これにより、本実施形態の劣化特性推定部204は高い精度の推定結果を得ることができる。
【0062】
なお、例えば
図9における劣化特性推定装置200における各部の機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することにより劣化特性の推定を行ってもよい。なお、ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。
【0063】
また、「コンピュータシステム」は、インターネット等のネットワークを利用している場合であれば、ウェブサイトの提供環境(あるいは表示環境)も含むものとする。
また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD−ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。さらに「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、インターネット等のネットワークや電話回線等の通信回線を介してプログラムが送信された場合のサーバやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリ(RAM)のように、一定時間プログラムを保持しているものも含むものとする。また上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであっても良く、さらに前述した機能をコンピュータシステムにすでに記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるものであってもよい。