【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するため、本発明にかかる水素ガスセンサは、溶融金属中の水素分圧を測定するための水素センサであり、「プロトン伝導性セラミックスで形成されたセンサ素子、該センサ素子の一端に設けられた基準電極、該基準電極に接続された電位計、及び、該電位計に接続された、溶融金属に浸漬される測定電極を備える水素センサであって、前記プロトン伝導性セラミックスは、化学式AB1−bB’bO3−αで表され、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、B’は+3価及び+4価の価数の双方を取り得る遷移金属であるペロブスカイト型の結晶構造を有する金属酸化物であり、
前記化学式で表される単一の前記プロトン伝導性セラミックスの前記基準電極側の端部に、
遷移金属B’の価数が+4価であることによって大気における水素分圧下でプロトンの輸率が実質的にゼロである非プロトン伝導層を有すると共に、
前記化学式で表される単一の前記プロトン伝導性セラミックスの他方の端部に、
価数が+3価の遷移金属B’の存在によってプロトンの輸率が1であるプロトン伝導層を有し、前記基準電極は、前記プロトン伝導層が接する空間と区画されていると共に大気が導入される大気導入空間に配されている」ものである。
【0011】
「プロトン伝導性セラミックス」は、化学式A
aB
1−bB’
bO
3−αで表される、ペロブスカイト型の結晶構造を有する金属酸化物である。ここでAは、アルカリ土類金属であり、ストロンチウム(Sr)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、バリウム(Ba)を例示することができる。Bは、+4価の金属であり、ジルコニウム(Zr)、セリウム(Ce)を例示することができる。B’は+3価及び+4価の双方を取り得る遷移金属であり、マンガン(Mn)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、Cr(クロム)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)を例示することができる。A、B及びB’の何れも、単一の元素からなるものであっても、複数の元素からなるものであってもよい。
【0012】
「輸率」は、イオン伝導体において、陽イオン、陰イオンを含む全イオンが運ぶ全電気量の内、着目するイオンが運ぶ電気量の割合として定義されるものであり、0〜1の値を取る。陽イオンと陰イオンの双方が電解質中を移動する液体電解質とは異なり、特定のイオンのみが伝導するイオン伝導性のセラミックスにおいては、そのイオンの輸率が1を取り得る。
【0013】
「基準電極」及び「測定電極」には、白金(Pt)、ニッケル(Ni)、金(Au)、パラジウム(Pd)等の金属を用いることができる。また「測定電極」の形状は特に限定されないが、長棒状とすれば、溶融した金属に浸漬し易く、取扱いが容易であるため好ましい。
【0014】
化学式ABO
3で表されるペロブスカイト型の金属酸化物において、Bで表される金属原子の一部を、それより低い原子価の原子で置換することで、酸素イオン空孔が形成されプロトン伝導性を発現するものが知られている。このような一般的なプロトン伝導性セラミックスを用いた水素センサについて、数式(1)を用いて説明した第一ガスを測定ガス、第二ガスを基準ガスとした場合の水素分圧と、基準電極と測定電極との電位差との関係を、
図1(b)を用いて説明する。
図1(b)は、プロトン伝導性セラミックスの輸率と水素分圧との関係を示したもので、計測される起電力Eは、輸率t
Hの特性線と、基準ガスの水素分圧P
2、及び測定ガスの水素分圧P
1で囲まれた、斜線部分の面積に相当する。なお、水素濃度が既知の基準ガスとしては、ガス漏れ等に起因する水素分圧の変動の影響を受けない程度の高濃度であり、且つ、爆発のおそれのある濃度の下限値より水素濃度の低い1%水素−99%アルゴンの混合ガスが一般的に用いられている。
【0015】
ここで、水素センサの基準ガスに大気を用いることができれば、水素ガスボンベを備える必要が無く、装置が簡易な構成となることを想到し得る。しかしながら、大気中の水素分圧は非常に低い上に、水蒸気分圧の影響を受けて図中に示すように値が変動するため、測定される起電力も変動し、測定値に相当の誤差を含んでしまう。このため、従来は大気を基準ガスとして用いることができなかった。
【0016】
これに対し、
図2(a)に示すように、本発明のプロトン伝導性セラミックス8’は、測定電極3側の端部にプロトンの輸率t
Hが1であるプロトン伝導層8aを有すると共に、基準電極4側の端部に、大気における水素分圧下でプロトンの輸率t
Hが実質的にゼロである非プロトン伝導層8bを有している。このようなプロトン伝導層8a及び非プロトン伝導層8bを一つのプロトン伝導性セラミックスの中に形成することは、プロトン伝導性セラミックスのB’で表される原子として、+4価と+3価の双方を取り得る遷移金属を使用したことにより可能となったものであり、B’で表される原子が+4価のセラミックス(全体が非プロトン伝導層8b)を作製した後、プロトン伝導層8aとする端部のみを還元してB’を+3価とすることにより、形成することができる。
【0017】
このように、プロトンの輸率t
Hに偏りを有する本発明のプロトン伝導性セラミックスは、
図2(b)に実線で示すように、大気中の水素分圧より高い水素分圧(約10
−3Pa)でプロトンの輸率t
Hがほぼゼロである。従って、これより水素分圧が低い大気を基準ガスとして使用すると、測定される起電力Eは、
図2(b)に斜線で示す部分の面積に相当する。つまり、大気中の水素分圧に変動があっても、測定される起電力Eは、基準ガスの水素分圧に依存しない。
【0018】
従って、本発明の水素センサによれば、大気を基準ガスとして用いることができ、従来とは異なりボンベで供給される濃度が既知の水素を必要としないため、装置の構成が極めて簡易である。また、測定ガスから基準ガスを生成していた従来技術とは異なり、測定に際して何らかの値を調整する必要がないため、測定も容易である。
【0019】
本発明にかかる水素センサは、上記構成に加え「前記センサ素子を支持する筒状のホルダを更に備え、前記センサ素子は、前記基準電極が前記ホルダの内部に位置し、前記プロトン伝導層が前記ホルダの外部に位置するように前記ホルダの一端を閉塞しており、前記ホルダの内部空間が前記大気導入空間である」ものとすることができる。
【0020】
「筒状のホルダ」の材質は特に限定されないが、例えば、アルミナやムライトなど耐熱性の高いセラミックスの緻密質焼結体を用いることができる。また、センサ素子と同一のプロトン伝導性セラミックスで筒状に形成されたホルダが、センサ素子と一体となっている構成とすることもできる。
【0021】
本構成の水素センサによれば、ホルダの一端をセンサ素子によって閉塞し、ホルダの内部に基準電極を位置させることにより、筒状のホルダの内部に、プロトン伝導層が接する空間と区画された空間が形成される。この空間は、開端であるホルダの他端から、大気を導入することができる大気導入空間である。一方、センサ素子のプロトン伝導層側の端部は溶融金属に浸漬され、溶融金属と、同じく溶融金属に浸漬された測定電極とを介して、プロトン伝導層と基準電極との間の電位差が測定される。従って、本構成によれば、センサ素子を支持している構成によって、大気導入空間と、溶融金属に浸漬されるプロトン伝導層側とを、簡易に区画することができる。