特許第6149008号(P6149008)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6149008
(24)【登録日】2017年5月26日
(45)【発行日】2017年6月14日
(54)【発明の名称】水素センサ
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/411 20060101AFI20170607BHJP
【FI】
   G01N27/411
【請求項の数】2
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-135014(P2014-135014)
(22)【出願日】2014年6月30日
(65)【公開番号】特開2016-11936(P2016-11936A)
(43)【公開日】2016年1月21日
【審査請求日】2016年3月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000220767
【氏名又は名称】東京窯業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098224
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 勘次
(74)【代理人】
【識別番号】100140671
【弁理士】
【氏名又は名称】大矢 正代
(72)【発明者】
【氏名】大島 智子
(72)【発明者】
【氏名】木股 幸司
(72)【発明者】
【氏名】高橋 総子
(72)【発明者】
【氏名】寺西 裕紀
(72)【発明者】
【氏名】奥山 勇治
(72)【発明者】
【氏名】松本 広重
【審査官】 黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−243627(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/137543(WO,A1)
【文献】 特開2000−088794(JP,A)
【文献】 特開2000−019152(JP,A)
【文献】 特開2016−027317(JP,A)
【文献】 特表2015−509604(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/411
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロトン伝導性セラミックスで形成されたセンサ素子、該センサ素子の一端に設けられた基準電極、該基準電極に接続された電位計、及び、該電位計に接続された、溶融金属に浸漬される測定電極を備える水素センサであって、
前記プロトン伝導性セラミックスは、
化学式AB1−bB’3−αで表され、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、B’は+3価及び+4価の価数の双方を取り得る遷移金属であるペロブスカイト型の結晶構造を有する金属酸化物であり、
前記化学式で表される単一の前記プロトン伝導性セラミックスの前記基準電極側の端部に、遷移金属B’の価数が+4価であることによって大気における水素分圧下でプロトンの輸率が実質的にゼロである非プロトン伝導層を有すると共に、前記化学式で表される単一の前記プロトン伝導性セラミックスの他方の端部に、価数が+3価の遷移金属B’の存在によってプロトンの輸率が1であるプロトン伝導層を有し、
前記基準電極は、前記プロトン伝導層が接する空間と区画されていると共に大気が導入される大気導入空間に配されている
ことを特徴とする、溶融金属中の水素分圧を測定するための水素センサ。
【請求項2】
前記センサ素子を支持する筒状のホルダを更に備え、
前記センサ素子は、前記基準電極が前記ホルダの内部に位置し、前記プロトン伝導層が前記ホルダの外部に位置するように前記ホルダの一端を閉塞しており、前記ホルダの内部空間が前記大気導入空間である
ことを特徴とする請求項1に記載の水素センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体電解質を用いて溶融金属中の水素分圧を測定する水素センサに関するものである。
【背景技術】
【0002】
高温の環境下で使用される水素センサとして、プロトン伝導性を有するセラミックスを固体電解質とした、固体電解質水素センサが一般的に用いられている。水素センサを高温の環境下で使用する場合の一例として、アルミニウムなどの溶融金属中に溶存している水素ガスの分圧を測定する場合が挙げられる。
【0003】
製鋼プロセスなど金属工業の処理過程において溶融状態にある金属には、雰囲気中の水蒸気や耐火物に吸着している水が分解して生成した水素や、大気中にわずかに含まれる水素が溶解している。水素の溶解度は溶融金属の温度が高いほど大きくなるが、逆に固体の金属に対しては極めて小さい値となる。このため、水素が溶存している状態で溶融金属が冷却されると、固化した金属中に気泡が生じ、機械的強度を低下させると共に外観が損なわれる要因となる。そこで、乾燥したアルゴンガスや窒素ガスを溶融金属に吹き込むなどの脱ガス処理が行われているが、その処理が適切に行われるよう管理するために、溶融金属中に溶存している水素ガスの分圧を測定する必要がある。
【0004】
固体電解質を用いた水素センサは、濃淡電池の原理を利用して水素分圧を測定するセンサである。濃淡電池は、同一イオンの濃度差により電位差が生じる電池である。この型の水素センサでは、図1(a)に示すように、水素分圧(水素濃度)の異なる二種類のガスをプロトン伝導性の固体電解質8が隔てており、固体電解質8のそれぞれのガスに接する端部に電極3,4を備えている。二種類のガスを第一ガス及び第二ガス、それぞれの水素分圧をP、Pとすると、二つの電極3,4間の起電力E(電位差)は以下のネルンストの式(数式(1))で表される。
【数1】
ここで、Eは起電力(V)、Rは気体定数(8.31J/mol・K)、Tは温度(K)、Fはファラデー定数(96485C/mol)、tは固体電解質のプロトンの輸率である。従って、第一ガス及び第二ガスのうち一方の水素分圧が既知であれば、起電力Eと測定環境の温度Tを測定することで、他方のガスの水素分圧を算出することができる。
【0005】
水素分圧が既知である基準ガスとして、一般的にアルゴンと水素の混合ガスが使用されている。しかし、水素は高価であるため、水素センサを使用するためのコストが高くなる。また、基準ガスは通常ガスボンベから供給されるため、水素センサの装置全体が大型化し、持ち運びが不便であると共に、保管のためにも広いスペースを要する。更には、海外には水素ガスを含むボンベが入手しにくい国もあり、航空機での輸送も制限されているため、海外で水素センサを使用しにくいという実情もある。加えて、水素は酸素の存在下で燃焼・爆発するため、取り扱いに十分な注意を要するという難点もあった。
【0006】
これに対して、本出願人は、基準ガスを測定ガスから生成する水素センサを提案している(特許文献1参照)。この水素センサは、電圧が印加されることで、固体電解質によって隔てられた2つのガス室の一方から他方へ水素を輸送する水素ポンプと、2つのガス室を有する水素濃淡電池とを備え、それらが互いに一方のガス室を共有するように接続された構造を有している。そして、水素ポンプを駆動する電圧値によって、共有したガス室の水素分圧を制御し、これを基準ガスとして、測定ガスの水素分圧を測定するものである。
【0007】
しかしながら、上記の水素センサは、基準ガス及び測定ガスの水素分圧に応じた電位差を測定するための設備に加えて、水素ポンプを駆動させるための電源が必要であった。また、精度の高い測定のためには、基準ガスの水素分圧と測定ガスの水素分圧との間にある程度差があることが望ましいが、基準ガスは測定ガスから生成されるため、そのような水素分圧を得るための電圧値の調整が難しい。そのため、水素分圧が既知である基準ガスを必要としない、より簡易な構成で測定のより容易な水素センサが望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許4115014号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明は、上記の実情に鑑み、溶融金属中の水素分圧を測定するための水素センサであって、水素分圧が既知である基準ガスを必要としない、より簡易な構成で測定のより容易な水素センサの提供を、課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するため、本発明にかかる水素ガスセンサは、溶融金属中の水素分圧を測定するための水素センサであり、「プロトン伝導性セラミックスで形成されたセンサ素子、該センサ素子の一端に設けられた基準電極、該基準電極に接続された電位計、及び、該電位計に接続された、溶融金属に浸漬される測定電極を備える水素センサであって、前記プロトン伝導性セラミックスは、化学式AB1−bB’bO3−αで表され、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、B’は+3価及び+4価の価数の双方を取り得る遷移金属であるペロブスカイト型の結晶構造を有する金属酸化物であり、前記化学式で表される単一の前記プロトン伝導性セラミックスの前記基準電極側の端部に、遷移金属B’の価数が+4価であることによって大気における水素分圧下でプロトンの輸率が実質的にゼロである非プロトン伝導層を有すると共に、前記化学式で表される単一の前記プロトン伝導性セラミックスの他方の端部に、価数が+3価の遷移金属B’の存在によってプロトンの輸率が1であるプロトン伝導層を有し、前記基準電極は、前記プロトン伝導層が接する空間と区画されていると共に大気が導入される大気導入空間に配されている」ものである。
【0011】
「プロトン伝導性セラミックス」は、化学式A1−bB’3−αで表される、ペロブスカイト型の結晶構造を有する金属酸化物である。ここでAは、アルカリ土類金属であり、ストロンチウム(Sr)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、バリウム(Ba)を例示することができる。Bは、+4価の金属であり、ジルコニウム(Zr)、セリウム(Ce)を例示することができる。B’は+3価及び+4価の双方を取り得る遷移金属であり、マンガン(Mn)、チタン(Ti)、バナジウム(V)、Cr(クロム)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)を例示することができる。A、B及びB’の何れも、単一の元素からなるものであっても、複数の元素からなるものであってもよい。
【0012】
「輸率」は、イオン伝導体において、陽イオン、陰イオンを含む全イオンが運ぶ全電気量の内、着目するイオンが運ぶ電気量の割合として定義されるものであり、0〜1の値を取る。陽イオンと陰イオンの双方が電解質中を移動する液体電解質とは異なり、特定のイオンのみが伝導するイオン伝導性のセラミックスにおいては、そのイオンの輸率が1を取り得る。
【0013】
「基準電極」及び「測定電極」には、白金(Pt)、ニッケル(Ni)、金(Au)、パラジウム(Pd)等の金属を用いることができる。また「測定電極」の形状は特に限定されないが、長棒状とすれば、溶融した金属に浸漬し易く、取扱いが容易であるため好ましい。
【0014】
化学式ABOで表されるペロブスカイト型の金属酸化物において、Bで表される金属原子の一部を、それより低い原子価の原子で置換することで、酸素イオン空孔が形成されプロトン伝導性を発現するものが知られている。このような一般的なプロトン伝導性セラミックスを用いた水素センサについて、数式(1)を用いて説明した第一ガスを測定ガス、第二ガスを基準ガスとした場合の水素分圧と、基準電極と測定電極との電位差との関係を、図1(b)を用いて説明する。図1(b)は、プロトン伝導性セラミックスの輸率と水素分圧との関係を示したもので、計測される起電力Eは、輸率tの特性線と、基準ガスの水素分圧P、及び測定ガスの水素分圧Pで囲まれた、斜線部分の面積に相当する。なお、水素濃度が既知の基準ガスとしては、ガス漏れ等に起因する水素分圧の変動の影響を受けない程度の高濃度であり、且つ、爆発のおそれのある濃度の下限値より水素濃度の低い1%水素−99%アルゴンの混合ガスが一般的に用いられている。
【0015】
ここで、水素センサの基準ガスに大気を用いることができれば、水素ガスボンベを備える必要が無く、装置が簡易な構成となることを想到し得る。しかしながら、大気中の水素分圧は非常に低い上に、水蒸気分圧の影響を受けて図中に示すように値が変動するため、測定される起電力も変動し、測定値に相当の誤差を含んでしまう。このため、従来は大気を基準ガスとして用いることができなかった。
【0016】
これに対し、図2(a)に示すように、本発明のプロトン伝導性セラミックス8’は、測定電極3側の端部にプロトンの輸率tが1であるプロトン伝導層8aを有すると共に、基準電極4側の端部に、大気における水素分圧下でプロトンの輸率tが実質的にゼロである非プロトン伝導層8bを有している。このようなプロトン伝導層8a及び非プロトン伝導層8bを一つのプロトン伝導性セラミックスの中に形成することは、プロトン伝導性セラミックスのB’で表される原子として、+4価と+3価の双方を取り得る遷移金属を使用したことにより可能となったものであり、B’で表される原子が+4価のセラミックス(全体が非プロトン伝導層8b)を作製した後、プロトン伝導層8aとする端部のみを還元してB’を+3価とすることにより、形成することができる。
【0017】
このように、プロトンの輸率tに偏りを有する本発明のプロトン伝導性セラミックスは、図2(b)に実線で示すように、大気中の水素分圧より高い水素分圧(約10−3Pa)でプロトンの輸率tがほぼゼロである。従って、これより水素分圧が低い大気を基準ガスとして使用すると、測定される起電力Eは、図2(b)に斜線で示す部分の面積に相当する。つまり、大気中の水素分圧に変動があっても、測定される起電力Eは、基準ガスの水素分圧に依存しない。
【0018】
従って、本発明の水素センサによれば、大気を基準ガスとして用いることができ、従来とは異なりボンベで供給される濃度が既知の水素を必要としないため、装置の構成が極めて簡易である。また、測定ガスから基準ガスを生成していた従来技術とは異なり、測定に際して何らかの値を調整する必要がないため、測定も容易である。
【0019】
本発明にかかる水素センサは、上記構成に加え「前記センサ素子を支持する筒状のホルダを更に備え、前記センサ素子は、前記基準電極が前記ホルダの内部に位置し、前記プロトン伝導層が前記ホルダの外部に位置するように前記ホルダの一端を閉塞しており、前記ホルダの内部空間が前記大気導入空間である」ものとすることができる。
【0020】
「筒状のホルダ」の材質は特に限定されないが、例えば、アルミナやムライトなど耐熱性の高いセラミックスの緻密質焼結体を用いることができる。また、センサ素子と同一のプロトン伝導性セラミックスで筒状に形成されたホルダが、センサ素子と一体となっている構成とすることもできる。
【0021】
本構成の水素センサによれば、ホルダの一端をセンサ素子によって閉塞し、ホルダの内部に基準電極を位置させることにより、筒状のホルダの内部に、プロトン伝導層が接する空間と区画された空間が形成される。この空間は、開端であるホルダの他端から、大気を導入することができる大気導入空間である。一方、センサ素子のプロトン伝導層側の端部は溶融金属に浸漬され、溶融金属と、同じく溶融金属に浸漬された測定電極とを介して、プロトン伝導層と基準電極との間の電位差が測定される。従って、本構成によれば、センサ素子を支持している構成によって、大気導入空間と、溶融金属に浸漬されるプロトン伝導層側とを、簡易に区画することができる。
【発明の効果】
【0022】
以上のように、本発明の効果として、溶融金属中の水素分圧を測定するための水素センサであって、水素分圧が既知である基準ガスを必要としない、より簡易な構成で測定のより容易な水素センサを、提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】(a)従来のプロトン伝導性セラミックスを用いた水素センサを説明する図、(b)従来の水素センサによって測定される起電力を説明する図である。
図2】(a)本発明のプロトン伝導性セラミックスを用いた水素センサを説明する図、(b)本発明の水素センサによって測定される起電力を説明する図である。
図3】本発明の一実施形態である水素センサの概略構成図である。
図4】測定ガスの水素濃度を変化させた場合の起電力の変化を示す図である。
図5】測定された起電力を理論曲線と対比した図である。
図6】センサ素子の形状の異なる他の実施形態の水素センサの概略構成図である。
図7】ヒータを備える他の実施形態の水素センサの概略構成図である。
図8】スリーブを備える他の実施形態の水素センサの概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の一実施形態である水素センサ1aについて図2乃至図5を用いて説明する。
【0025】
本実施形態の水素センサ1aは、プロトン伝導性セラミックス8’で形成されたセンサ素子2、センサ素子2の一端に設けられた基準電極4、基準電極4に接続された電位計20、及び、電位計20に接続された、溶融金属に浸漬される測定電極3を備える水素センサであって、プロトン伝導性セラミックス8’は、化学式AB1−bB’3−αで表され、Aはアルカリ土類金属、Bは価数が+4価の金属、B’は+3価及び+4価の価数の双方を取り得る遷移金属であるペロブスカイト型の結晶構造を有する金属酸化物であり、基準電極4側の端部に、大気における水素分圧下でプロトンの輸率が実質的にゼロである非プロトン伝導層8bを有すると共に、他方の端部に、プロトンの輸率が1であるプロトン伝導層8aを有し、基準電極4は、プロトン伝導層8aが接する空間と区画されていると共に大気が導入される大気導入空間30に配されているものである。
【0026】
また、水素センサ1aはセンサ素子2を支持する筒状のホルダ5を更に備えており、センサ素子2は、基準電極4がホルダ5の内部に位置し、プロトン伝導層8aがホルダ5の外部に位置するようにホルダ5の一端を閉塞しており、ホルダ5の内部空間が大気導入空間30である。
【0027】
より詳細に説明すると、本実施形態のセンサ素子2は、化学式SrZr0.9Mn0.13−δで表されるセラミックスの焼結体から形成されている。この焼結体は、以下の手順で作製した。はじめに、原料粉末である炭酸ストロンチウム(SrCO)、二酸化ジルコニウム(ZrO)、二酸化マンガン(MnO)の各粉末を、目的のモル比となるように混合した。次に、混合した粉末をか焼した。か焼した粉末を粉砕した後、有底筒状に成形した。この成形体を温度1500℃〜1600℃の酸化雰囲気下で焼成した。焼結体のX線回折パターンを測定したところ、ペロブスカイト構造の単相であった。また、焼結体の相対密度は、1500℃焼成で93%、1600℃焼成で98%であり、緻密であった。
【0028】
本実施形態は、化学式A1−bB’3−αにおいて、AをSr、BをZr、B’をMnとしたものである。ここで、本実施形態では、aは1であり、bは0.1であるが、aは0.8以上1.2以下とすることができ、bは0.01以上0.3以下とすることができる。なお、αは酸素欠陥であり、A,B,B’のそれぞれの原子種、a,bの値、環境の温度と酸素分圧に応じて変化する値である。
【0029】
上記の製造方法で得られた焼結体では、Mnの価数が+4価であるため、全体が非プロトン伝導層の状態であり、プロトン伝導性を有していない。プロトンの輸率が1であるプロトン伝導層は、以下の手順で形成した。はじめに、有底筒状の焼結体の上端面に基準電極4として、Ptの多孔質電極を形成した。次に、図3に示すように、セラミック製で筒状のホルダ5の一方の端部から、焼結体の上端側及び基準電極4がホルダ5の内部に位置し、焼結体の底部側がホルダ5の端部から外部に露出するように焼結体を挿入し、ホルダ5端部との隙間を耐熱性のシール材45でシールした。この状態で、ホルダ5の内部を酸化雰囲気とし、ホルダ5の外部を水素ガスを含む還元雰囲気として、加熱処理した。これにより、還元雰囲気に曝された焼結体の底部の外表面近傍において、Mnの価数が+4価から+3価となり、底部の外表面側にプロトンの輸率が1であるプロトン伝導層を有すると共に、基準電極4側に大気における水素分圧下でプロトンの輸率が実質的にゼロである非プロトン伝導層を有するセンサ素子2が得られる。
【0030】
ここで、大気中の水素分圧は、水と、水素及び酸素との平衡反応の平衡定数から算出することができる。平衡定数は温度依存性を示し、平衡は高温であるほど水から水素及び酸素が生成される側に傾く。室温において水蒸気が飽和した大気が、本実施形態の水素センサの使用可能な温度範囲(詳細は後述)である400℃〜800℃まで加熱されたものとして計算すると、水素分圧は1×10−18atm〜5×10−11atm(1×10−13Pa〜5×10−6Pa)である。なお、水蒸気分圧は変動する値であり、図2では大気における水素分圧として、温度800℃の場合の数値範囲を示している。
【0031】
このセンサ素子2及びホルダ5を備える水素センサ1aは、図3に示すように、基準ガスである大気を大気導入空間30まで導入するガス導入管35を備えている。ガス導入管35は、導電性であり、リード線25を介してセンサ素子2の上端部に設けられた基準電極4と電位計20を接続する役割を兼ねている。そして、測定電極3は、センサ素子2とは別体で長棒状であり、Pt製である。測定電極3も基準電極4と同様に、リード線25によって電位計20に接続されている。
【0032】
次に、本実施形態の水素センサ1aについて、測定対象の水素濃度(水素分圧)に対する応答性を確認するために起電力測定を行った。なお、この応答性の試験は水素濃度の制御が容易であることから気相中で行った。基準ガスとしての大気を大気導入空間に導入し、測定ガスの水素濃度は、水素とアルゴンの混合比を変えて、0.1vol%H〜98vol%Hの範囲で制御した。そして、一定時間ごとに水素分圧を変えて、水素センサの起電力を電位計20で測定した。測定温度は400℃〜800℃とした。図4に、測定温度750℃の場合の測定結果を例示する。図から明らかなように、水素濃度がゼロ(アルゴン100%)であると起電力がゼロであり、水素濃度が大きくなるのに伴い起電力が大きくなることが確認された。加えて、水素濃度を変化させた時の起電力の応答も、極めて迅速なものであった。
【0033】
測定温度400℃,600℃,800℃の場合に測定された起電力と水素分圧との関係を、図5に示す。図中の一点鎖線は、各温度において数式(1)から求められる起電力の理論曲線である。図から明らかなように、何れの測定温度においても、測定された起電力の値は理論値と極めてよく一致している。このことから、本実施形態の水素センサにより、少なくとも400℃〜800℃の温度範囲で、水素分圧を正確に測定できることが確認された。
【0034】
なお、センサ素子の形状、センサ素子とホルダの関係など、水素センサの具体的な形態は、上記に示したものに限らず、図6乃至図8に例示するように様々の形態の水素センサ1b〜1iとすることができる。なお、図6乃至図8においては、基準電極、測定電極、ガス導入管、電位計、及びリード線の図示は省略している。
【0035】
図6(a)に示す水素センサ1bは、センサ素子2が上記と同様に有底筒状であるが、底部側がホルダ5の内部に位置し、開端側がホルダ5の一方の端部から外部に露出している例である。このような構成により、水素センサ1bを溶融金属に浸漬したときに、ホルダ5から露出したセンサ素子2と溶融金属によって閉塞された内部空間が形成される。この内部空間の水素分圧は、溶融金属に溶存した水素分圧と平衡状態となる。このため、この内部空間は溶融金属に溶存した水素分圧と平衡な測定ガスが導入される測定ガス導入空間40として機能する。これにより、測定する環境において溶融金属の流れが速い場合であっても、安定した測定が可能となると共に、センサ素子2が溶融金属と接触する面積を低減して、溶融金属との接触に起因する損傷からセンサ素子2を保護できる利点を有する。
【0036】
図6(b)に示す水素センサ1cは、センサ素子2がホルダ5の外径以下の大きさの平板状であり、ホルダ5の一方の端部にシール材45によって固着されている例である。この場合は、センサ素子2が小さいため、温度変化に対する応答性が高い。また、センサ素子2を形成するためのプロトン伝導性セラミックスの使用量を低減することができると共に、水素センサを小型化できる利点を有する。
【0037】
図6(c)に示す水素センサ1dは、センサ素子2が一方に開口した箱状であり、ホルダ5の一方の端部に外嵌してシール材45により固着されている例である。このような構成によれば、センサ素子2において溶融金属に接するプロトン伝導層の面積が広くなるため、測定精度を高めることができる利点がある。
【0038】
図6(d)に示す水素センサ1eは、有底筒状のセンサ素子2と円筒状のホルダ5とが、それぞれ同一のプロトン伝導性セラミックスで形成されており、一体となっている例である。このような構成によれば、センサ素子2とホルダ5との間をシールする必要がないため、シールした部分の損傷に起因するガスのリークや、溶融金属の浸入がないという利点を有する。
【0039】
更に、水素センサはヒータを備えた構成とすることができる。図7(a)に示す水素センサ1fは、ヒータ50が長棒状であり、有底筒状のセンサ素子2の内部に挿入されている例である。また、図7(b)に示す水素センサ1gは、ヒータ51が円筒状であり、ヒータ51の内部にホルダ5が支持されている例である。このようなヒータ50,51は、通電により発熱する導電性セラミックス製のヒータとすることができる。水素センサ1f、1gのように、ヒータを備えることにより、センサ素子2の温度を一定に保ち易いため、測定環境において温度分布が生じていても安定した測定が可能である利点を有する。
【0040】
また、水素センサは、ホルダの外部にスリーブ60を備えた構成とすることができる。図8(a),(b)に示す水素センサ1h,1iは、ホルダ5の外径より内径が大きい円筒状のスリーブ60に、センサ素子2を支持するホルダ5を、センサ素子2の先端がスリーブの内部に位置するように挿入したものである。ホルダ5とスリーブ60との間は、シール材45でシールされており、ホルダ5の内部及び外部の空間は連通していない。このようなスリーブ60を備える構成とすることにより、測定場所に水素センサ1h,1iを挿入し易いことに加え、ホルダ5の端部から露出しているセンサ素子2を、外部との衝突から保護することができる利点がある。なお、スリーブ60は、例えば、セラミックス焼結体で形成することができる。また、水素センサ1hは、水素センサ1iの構成に加えて、ホルダ5とスリーブ60との間に配された断熱材層61を有する構成であり、測定の際に、水素センサ1iの温度の変動を抑制することができる。
【0041】
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、以下に示すように、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計の変更が可能である。
【0042】
例えば、センサ素子のプロトン伝導層側の外表面を、水素が透過できる程度の金属膜でコーティングすることができる。なお、金属としてはPt,Ni,Au,Pd等を用いることができる。これにより、溶融金属との接触による損傷からセンサ素子を保護することができる。加えて、金属膜によりセンサ素子と溶融金属との濡れ性が向上するため、水素センサを溶融金属中に浸漬した際に、センサ素子に気泡が付着し、測定を撹乱する因子となることを抑制することができる。
【符号の説明】
【0043】
1a,1b,1c,1d,1e,1f,1g,1h,1i 水素センサ
2 センサ素子
3 測定電極
4 基準電極
5 ホルダ
8’ プロトン伝導性セラミックス
8a プロトン伝導層
8b 非プロトン伝導層
20 電位計
30 大気導入空間
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8