【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、従来から波長の異なる複数のレーザー光を同軸で照射してレーザー光が反射又は透過する位置に誘電体多層膜を配置する場合がある。例えば、
図8や
図9のイメージ図で示すような技術である。
図8は2つの異なる周波数のレーザー光λ
1,λ
2の入射に基づいて変換光λ
3を得るための波長変換素子である。この場合において入射光の反射を防止して効率よく変換光λ
3を得るために誘電体多層膜は反射防止膜として必要とされる。また、
図9はハイパワーレーザー光を発生させるためのレーザー共振器である。励起源となるλ
pの光をレーザー結晶に入射して励起状態とし、波長λ
1を発生させ誘電体多層膜を素子本体とするミラーによって増幅させ、更に増幅されたλ
1を繰り返し非線形光学結晶を通過させることで求める波長λ
2を増幅させるという二段階の構成である。このレーザー共振器では両サイドのミラーはλ
1、λ
2の両方のレーザー光を反射させることになる。
【0005】
しかし、波長の異なる複数のレーザー光を同軸で照射する場合にはレーザー光の干渉現象が生じるため、誘電体多層膜に入射されたレーザー光の電界強度は必ずしも入射側ほど振幅のピークが大きくなるわけではない。また、膜の境界位置に振幅のピークが発生するわけでもない。従って、上記の特許文献1及び2ように入射側の薄膜に対して手段を講じたとしてもレーザー誘導損傷が防止できるものではない。
そのため、波長の異なる複数のレーザー光を同軸で照射する場合にレーザー光が反射又は透過する位置に配置する誘電体多層膜のハイパワーレーザー光によるレーザー誘導損傷を防止するための手段が望まれていた。
本発明は、上記課題を解消するためになされたものであり、その目的は波長の異なる複数のレーザー光を同軸で照射してもレーザー誘導損傷が生じにくい誘電体多層膜の設計方法及びそのような設計方法で作製した光学素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、第1の手段として、同軸上に照射されることで干渉現象を生じるそれぞれ定在波となる任意の複数のレーザー光の反射又は透過を許容するために使用される屈折率の異なる2種以上の薄膜を交互に積層状に透明基板上に成膜させた誘電体多層膜の設計方法であって、前記複数のレーザー光を前記誘電体多層膜の各薄膜に対し交差方向に反射又は透過させる際に、発生する干渉光に基づく電界強度の波のピークについて、選択された1又は複数のピークに対して当該ピークが前記薄膜の界面位置又は界面位置近傍に配置されないように設計することをその要旨とする。
第2の手段として第1の手段に加え、所定の膜厚で設計された基準となる前記誘電体多層膜に対して前記複数のレーザー光を前記誘電体多層膜の各薄膜に対し交差方向に反射又は透過させて基準となる前記電界強度のピーク位置を検証する検証工程と、前記検証工程において、前記選択された1又は複数のピークが前記薄膜の界面位置又は界面位置近傍にあると判断した場合に、当該界面を構成する隣接した2層の前記薄膜の少なくとも一方の膜厚を修正して、前記ピーク位置を前記薄膜の界面位置近傍から離間させる修正工程を備えることをその要旨とする。
第3の手段として第2の手段に加え、前記修正工程で修正された膜厚に基づいて新たに基準となる前記誘電体多層膜を設計し再度前記検証工程を実行することをその要旨とする。
第4の手段として第1〜3のいずれかの手段に加え、前記選択された1又は複数のピークとは少なくとも最も大きな前記ピークを含むことをその要旨とする。
第5の手段として第1〜4のいずれかの手段に加え、前記1又は複数のピークは前記複数のレーザー光の入射側に近い位置に配置される1又は複数のピークから選択されることをその要旨とする。
第6の手段として第1〜5のいずれかの手段に加え、前記電界強度は時間とともに振幅が変動する波の最も大きい値を採用して膜厚の厚み方向における前記1又は複数のピークを選択することをその要旨とする。
第7の手段として第6の手段に加え、前記周期的に振幅が変動する波の最も大きい値は、前記周期的に振幅が変動する波の最も大きい値は、前記複数のレーザー光が構成する電界強度の各振動項の角周波数の最大公約数で決まる時間周期で判断することをその要旨とする。
第8の手段として誘電体多層膜を透明基板上に成膜させた光学素子を第1〜7のいずれかの手段で作成することをその要旨とする。
【0007】
上記各手段によれば、任意の複数のレーザー光を同軸上で照射して干渉現象が生じる場合に、これらレーザー光が照射される誘電体多層膜では干渉光に基づく電界強度の波のピークが発生する。基本的にレーザー光を誘電体多層膜に照射するとその振幅に伴って電界強度の波が発生するが、本発明では複数のレーザー光を同軸上で照射するため、レーザー光は干渉することとなる。そのため、電界強度の波はこの干渉現象に左右され、単一のレーザー光とは明らかに異なる波形となる。このような電界強度の波のピークについて、選択された1又は複数のピークに対して当該ピークに対応する隣接した2層の薄膜の膜厚を当該ピークが薄膜の界面位置又は界面位置近傍に配置されないように設計されるため、このような設計の誘電体多層膜ではレーザー誘導損傷が生じにくくなる。尚、界面とは膜同士の界面であってもよく、膜と空気、あるいは膜と基板の界面であってもよい。また、「複数のレーザー光を前記誘電体多層膜の各薄膜に対し交差方向に反射又は透過させる」という場合においてこれは直交方向以外の方向での反射又は透過も含める意である。
【0008】
選択された1又は複数のピークは最も大きなピークを含むことがよい。最も大きなピークが薄膜の界面位置に配置されることでレーザー誘導損傷が最も発生しやすくなるためである。また、ある1つのレーザー光を見た場合には基本的に電界強度のピークは入射側ほど大きい。そのため、複数のレーザー光によって干渉が生じた場合でも誘電体多層膜全体における電界強度の大きなピークの発生傾向としては入射側の方が大きくなる傾向となる。そのため、1又は複数のピークは入射側に近い位置に配置された複数の薄膜に属するものを選択することがよい。具体的には入射側の10層(5組)程度の薄膜に発生する1又は複数のピークを選択することがよい。
また、複数のレーザー光の干渉関係は時間の経過によって変化するため、電界強度の波の大きさ、つまり振幅も一定ではない。あるタイミングでの最も大きな電界強度のピークが界面位置に配置されないようにすることだけではなく、時間的に変化する電界強度のピークの最も大きい値を採用することがレーザー誘導損傷の防止のためによりよい。従って、電界強度は時間とともに振幅が変動する波の最も大きい値を採用して膜厚の厚み方向における1又は複数の電界強度のピークを選択することがレーザー誘導損傷の防止のためによりよい。
この場合に周期的に振幅が変動する波の最も大きい値は、前記複数のレーザー光が構成する電界強度の各振動項の角周波数の最大公約数で決まる時間周期で判断することがよい。電界強度の波形はこの時間周期で繰り返されることとなるからである。
具体的には次のように時間周期を決定する。
角周波数ω
1、ω
2、…、ω
l(エル)の光が入射した場合に後述する電界と電界強度の式(数1及び数2の式)に基づけば電界強度は、以下の振動項を含むこととなる。
2×ω
m(1≦m≦l)、
ω
m − ω
n
ω
m + ω
n
(1≦m≦l、1≦n≦l、m≠n)
よって、これらの最大公約数をωとして、電界強度の時間周期Tは、
T=2π/ω
で与えられることとなる。そのため、時間周期Tの間で最大となる電界強度を見て判断すればよい。
【0009】
選択された1又は複数のピークが薄膜の界面位置又は界面位置近傍に配置されないように設計するための手法として、例えば、所定の膜厚で設計された基準となる誘電体多層膜に対して複数のレーザー光を誘電体多層膜の各薄膜に対し交差方向に反射又は透過させて基準となる電界強度のピーク位置を検証し、検証結果からあるピーク(例えば、最も大きなピーク)が薄膜の界面位置又は界面位置近傍にあると判断した場合に、その界面を構成する隣接した2層の薄膜の少なくとも一方の膜厚を修正して、ピーク位置を薄膜の界面位置近傍から離間させるようにすることがよい。
つまり、膜材料と膜数を暫定的に決定した基準となる誘電体多層膜に複数のレーザー光を照射して電界強度の波のピークの状態を検証し、その結果に基づいてレーザー誘導損傷が発生すると想定されるピークを選択してそのピークが属する界面を構成する隣接した2層の少なくとも一方の薄膜の膜厚を修正するわけである。選択の基準としてある閾値を設定し、それよりも電界強度が小さければピーク位置をずらさないようにしてもよい。ある1又は複数のピーク位置をずらした場合には新たに電界強度の波のピークの振幅が変動する可能性があるため、修正された膜厚に基づいてこれを新たな基準となる前記誘電体多層膜とし、その新たな基準となる前記誘電体多層膜について複数のレーザー光を照射し、同様に検証を行い最適化を図るようにすることがよい。
このように設計される光学素子の具体的な用途として、ハイパワーレーザー(例えば、エキシマレーザー、固体レーザー、ファイバーレーザー)や超短パルスレーザーを波長変換する際に使用する反射防止用透過膜あるいは反射膜等の光学素子、広帯域スペクトルを持つフェムト秒レーザー用光学素子、波長変換用に使用される光学結晶や波長分離ミラー用の光学素子が一例として挙げられる。
【0010】
ここに、誘電体多層膜を構成する薄膜材料において、高屈折率材料からなる薄膜は例えば、TiO
2、Nb
2O
5、Ta
2O
5、ZrO
2、HfO
2、TiO
2、La
2O
3、ZrO
2-TiO
2、AL
2O
3、GdF
3、LaF
3、YbF
3の群から選ばれる1又は複数の酸化物からなり、低屈折率材料からなる薄膜は例えば、SiO
2、MgF
2、AlF
3の群から選ばれる酸化物又はフッ化物からなることがよい。尚、「高屈折率」と「低屈折率」はあくまでも相対的なものであり、例えば具体的な屈折率が高いことで高屈折率というものではない。
誘電体多層膜が成膜される透明基板の材料としては、例えばガラス、石英、合成石英、サファイア等が挙げられる。
【0011】
次に、光学素子の本体である誘電体多層膜に対してレーザー光を各薄膜に対し交差方向に反射又は透過させる際の電界強度の計算式(一般式)について説明する。
前提としてm層膜へn波長の光、つまりn個のレーザー光を入射させるときの電界の式は第j層、位置d、時刻tとして以下の数1の式で示される。
【0012】
【数1】
【0013】
このように全波長の合成電界が各波長の電界の重ね合わせで表されるのはマクスウェル方程式の線形性に基づいている。
そして、電界強度は電界の二乗で与えられるので、以下の数2の式が電界強度の式となる。
【0014】
【数2】
【0015】
数1及び数2の式から分かるように、各波長の光が単独で入射した場合に構成する電界強度Ej
2 (j=1, … , n)の和に加えて、異なる波長間の積の項Ei*Ej(i≠j、i,j=1, … , n)で表され異なる波長間の干渉を表す項も適切に計算に取り込んでいる。
ここで、数1の式を構成する各項について説明する。A(λ
l)、F(λ
l)、G(λ
l)についてはそれぞれ下記の数3〜5で示される。尚、ここで各項の下付l(エル)は波長の識別を意味する。
【0016】
【数3】
【0017】
【数4】
【0018】
【数5】
【0019】
数6及び数7において、n
k、d
kはそれぞれ多層膜の第k層の屈折率、物理膜厚である。また、n
0は入射媒質の屈折率、n
sは基板の屈折率である。つまり、A(λ
l)、F(λ
l)、G(λ
l)の3つの項は多層膜と入射媒質と基板の情報によって定義され得る項である。
また、数3〜5の式においてmは以下の数6と数7の式のように物理膜厚によって定義され得る。
【0020】
【数6】
【0021】
【数7】
【0022】
数6及び数7において、β
k(λ
l)は波数と呼ばれる量であり、波長(λ
l)との関係では数8の式で示される。
【0023】
【数8】