特許第6149218号(P6149218)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6149218誘電体多層膜の設計方法及び同方法で作製される光学素子
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6149218
(24)【登録日】2017年6月2日
(45)【発行日】2017年6月21日
(54)【発明の名称】誘電体多層膜の設計方法及び同方法で作製される光学素子
(51)【国際特許分類】
   G02B 5/28 20060101AFI20170612BHJP
【FI】
   G02B5/28
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-128182(P2013-128182)
(22)【出願日】2013年6月19日
(65)【公開番号】特開2015-4701(P2015-4701A)
(43)【公開日】2015年1月8日
【審査請求日】2016年2月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000219738
【氏名又は名称】東海光学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099047
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 淳一
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 宗男
(72)【発明者】
【氏名】田村 耕一
【審査官】 大竹 秀紀
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−193060(JP,A)
【文献】 特開平09−222507(JP,A)
【文献】 特開平03−080588(JP,A)
【文献】 特開昭63−208801(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
同軸上に照射されることで干渉現象を生じるそれぞれ定在波となる任意の複数のレーザー光の反射又は透過を許容するために使用される屈折率の異なる2種以上の薄膜を交互に積層状に透明基板上に成膜させた誘電体多層膜の設計方法であって、
前記複数のレーザー光を前記誘電体多層膜の各薄膜に対し交差方向に反射又は透過させる際に、発生する干渉光に基づく電界強度の波のピークについて、選択された1又は複数のピークに対して当該ピークが前記薄膜の界面位置又は界面位置近傍に配置されないように設計することを特徴とする誘電体多層膜の設計方法。
【請求項2】
所定の膜厚で設計された基準となる前記誘電体多層膜に対して前記複数のレーザー光を前記誘電体多層膜の各薄膜に対し交差方向に反射又は透過させて基準となる前記電界強度のピーク位置を検証する検証工程と、
前記検証工程において、前記選択された1又は複数のピークが前記薄膜の界面位置又は界面位置近傍にあると判断した場合に、当該界面を構成する隣接した2層の前記薄膜の少なくとも一方の膜厚を修正して、前記ピーク位置を前記薄膜の界面位置近傍から離間させる修正工程を備えることを特徴とする請求項1に記載の誘電体多層膜の設計方法。
【請求項3】
前記修正工程で修正された膜厚に基づいて新たに基準となる前記誘電体多層膜を設計し再度前記検証工程を実行することを特徴とする請求項2に記載の誘電体多層膜の設計方法。
【請求項4】
前記選択された1又は複数のピークとは少なくとも最も大きな前記ピークを含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の誘電体多層膜の設計方法。
【請求項5】
前記1又は複数のピークは前記複数のレーザー光の入射側に近い位置に配置される1又は複数のピークから選択されることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の誘電体多層膜の設計方法。
【請求項6】
前記電界強度は時間とともに振幅が変動する波の最も大きい値を採用して膜厚の厚み方向における前記1又は複数のピークを選択することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の誘電体多層膜の設計方法。
【請求項7】
前記周期的に振幅が変動する波の最も大きい値は、前記複数のレーザー光が構成する電界強度の各振動項の角周波数の最大公約数で決まる時間周期で判断することを特徴とする請求項6に記載の誘電体多層膜の設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、任意の複数のレーザー光を同軸上に照射して使用する際にレーザー光が反射又は透過する位置に配置される誘電体多層膜を素子本体とする光学素子及びそのような光学素子に使用される誘電体多層膜の設計方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、工業製品の加工や医療分野等様々な分野においてレーザー光を使用したレーザー技術が用いられている。一般にレーザー光は誘電体多層膜を素子本体とする光学素子によって反射あるいは透過が制御されている。しかし、レーザー技術においてレーザーのエネルギーが高いと(つまり、ハイパワーレーザー光であると)誘電体多層膜がレーザー誘導損傷を起こしてしまう(つまり、誘電体多層膜が破壊されてしまう)おそれがあった。そこで、そのようなハイパワーレーザー光によるレーザー誘導損傷を防止するための方策が提案されている。
特許文献1は誘電体多層膜の膜の境界(つまり界面)がレーザー誘導損傷を生じやすいことに基づいて対策したものであって、誘電体多層膜に入射するレーザー光の電界強度の定在波の振幅のピークが入射側ほど大きく、かつそのピークは光学膜厚においてλ/4となる高屈折材料からなる薄膜と低屈折材料からなる薄膜を交互に積層した場合にちょうど膜の境界位置に発生することから最も入射側となる最外対について膜厚をλ/4とならないように設計して最外対の膜における電界強度のピークをずらすようにしたものである。
また、特許文献2は誘電体多層膜おいて特にレーザー誘導損傷を生じやすいのが高屈折材料からなる薄膜であることからレーザー光の入射方向に近い電界強度の大きな位置における高屈折材料からなる薄膜を高耐力の材料から構成するようにしたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭63−208801号公報
【特許文献2】特開平9−222507号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、従来から波長の異なる複数のレーザー光を同軸で照射してレーザー光が反射又は透過する位置に誘電体多層膜を配置する場合がある。例えば、図8図9のイメージ図で示すような技術である。図8は2つの異なる周波数のレーザー光λ,λの入射に基づいて変換光λを得るための波長変換素子である。この場合において入射光の反射を防止して効率よく変換光λを得るために誘電体多層膜は反射防止膜として必要とされる。また、図9はハイパワーレーザー光を発生させるためのレーザー共振器である。励起源となるλpの光をレーザー結晶に入射して励起状態とし、波長λを発生させ誘電体多層膜を素子本体とするミラーによって増幅させ、更に増幅されたλを繰り返し非線形光学結晶を通過させることで求める波長λを増幅させるという二段階の構成である。このレーザー共振器では両サイドのミラーはλ、λの両方のレーザー光を反射させることになる。
【0005】
しかし、波長の異なる複数のレーザー光を同軸で照射する場合にはレーザー光の干渉現象が生じるため、誘電体多層膜に入射されたレーザー光の電界強度は必ずしも入射側ほど振幅のピークが大きくなるわけではない。また、膜の境界位置に振幅のピークが発生するわけでもない。従って、上記の特許文献1及び2ように入射側の薄膜に対して手段を講じたとしてもレーザー誘導損傷が防止できるものではない。
そのため、波長の異なる複数のレーザー光を同軸で照射する場合にレーザー光が反射又は透過する位置に配置する誘電体多層膜のハイパワーレーザー光によるレーザー誘導損傷を防止するための手段が望まれていた。
本発明は、上記課題を解消するためになされたものであり、その目的は波長の異なる複数のレーザー光を同軸で照射してもレーザー誘導損傷が生じにくい誘電体多層膜の設計方法及びそのような設計方法で作製した光学素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、第1の手段として、同軸上に照射されることで干渉現象を生じるそれぞれ定在波となる任意の複数のレーザー光の反射又は透過を許容するために使用される屈折率の異なる2種以上の薄膜を交互に積層状に透明基板上に成膜させた誘電体多層膜の設計方法であって、前記複数のレーザー光を前記誘電体多層膜の各薄膜に対し交差方向に反射又は透過させる際に、発生する干渉光に基づく電界強度の波のピークについて、選択された1又は複数のピークに対して当該ピークが前記薄膜の界面位置又は界面位置近傍に配置されないように設計することをその要旨とする。
第2の手段として第1の手段に加え、所定の膜厚で設計された基準となる前記誘電体多層膜に対して前記複数のレーザー光を前記誘電体多層膜の各薄膜に対し交差方向に反射又は透過させて基準となる前記電界強度のピーク位置を検証する検証工程と、前記検証工程において、前記選択された1又は複数のピークが前記薄膜の界面位置又は界面位置近傍にあると判断した場合に、当該界面を構成する隣接した2層の前記薄膜の少なくとも一方の膜厚を修正して、前記ピーク位置を前記薄膜の界面位置近傍から離間させる修正工程を備えることをその要旨とする。
第3の手段として第2の手段に加え、前記修正工程で修正された膜厚に基づいて新たに基準となる前記誘電体多層膜を設計し再度前記検証工程を実行することをその要旨とする。
第4の手段として第1〜3のいずれかの手段に加え、前記選択された1又は複数のピークとは少なくとも最も大きな前記ピークを含むことをその要旨とする。
第5の手段として第1〜4のいずれかの手段に加え、前記1又は複数のピークは前記複数のレーザー光の入射側に近い位置に配置される1又は複数のピークから選択されることをその要旨とする。
第6の手段として第1〜5のいずれかの手段に加え、前記電界強度は時間とともに振幅が変動する波の最も大きい値を採用して膜厚の厚み方向における前記1又は複数のピークを選択することをその要旨とする。
第7の手段として第6の手段に加え、前記周期的に振幅が変動する波の最も大きい値は、前記周期的に振幅が変動する波の最も大きい値は、前記複数のレーザー光が構成する電界強度の各振動項の角周波数の最大公約数で決まる時間周期で判断することをその要旨とする。
第8の手段として誘電体多層膜を透明基板上に成膜させた光学素子を第1〜7のいずれかの手段で作成することをその要旨とする。
【0007】
上記各手段によれば、任意の複数のレーザー光を同軸上で照射して干渉現象が生じる場合に、これらレーザー光が照射される誘電体多層膜では干渉光に基づく電界強度の波のピークが発生する。基本的にレーザー光を誘電体多層膜に照射するとその振幅に伴って電界強度の波が発生するが、本発明では複数のレーザー光を同軸上で照射するため、レーザー光は干渉することとなる。そのため、電界強度の波はこの干渉現象に左右され、単一のレーザー光とは明らかに異なる波形となる。このような電界強度の波のピークについて、選択された1又は複数のピークに対して当該ピークに対応する隣接した2層の薄膜の膜厚を当該ピークが薄膜の界面位置又は界面位置近傍に配置されないように設計されるため、このような設計の誘電体多層膜ではレーザー誘導損傷が生じにくくなる。尚、界面とは膜同士の界面であってもよく、膜と空気、あるいは膜と基板の界面であってもよい。また、「複数のレーザー光を前記誘電体多層膜の各薄膜に対し交差方向に反射又は透過させる」という場合においてこれは直交方向以外の方向での反射又は透過も含める意である。
【0008】
選択された1又は複数のピークは最も大きなピークを含むことがよい。最も大きなピークが薄膜の界面位置に配置されることでレーザー誘導損傷が最も発生しやすくなるためである。また、ある1つのレーザー光を見た場合には基本的に電界強度のピークは入射側ほど大きい。そのため、複数のレーザー光によって干渉が生じた場合でも誘電体多層膜全体における電界強度の大きなピークの発生傾向としては入射側の方が大きくなる傾向となる。そのため、1又は複数のピークは入射側に近い位置に配置された複数の薄膜に属するものを選択することがよい。具体的には入射側の10層(5組)程度の薄膜に発生する1又は複数のピークを選択することがよい。
また、複数のレーザー光の干渉関係は時間の経過によって変化するため、電界強度の波の大きさ、つまり振幅も一定ではない。あるタイミングでの最も大きな電界強度のピークが界面位置に配置されないようにすることだけではなく、時間的に変化する電界強度のピークの最も大きい値を採用することがレーザー誘導損傷の防止のためによりよい。従って、電界強度は時間とともに振幅が変動する波の最も大きい値を採用して膜厚の厚み方向における1又は複数の電界強度のピークを選択することがレーザー誘導損傷の防止のためによりよい。
この場合に周期的に振幅が変動する波の最も大きい値は、前記複数のレーザー光が構成する電界強度の各振動項の角周波数の最大公約数で決まる時間周期で判断することがよい。電界強度の波形はこの時間周期で繰り返されることとなるからである。
具体的には次のように時間周期を決定する。
角周波数ω、ω、…、ω(エル)の光が入射した場合に後述する電界と電界強度の式(数1及び数2の式)に基づけば電界強度は、以下の振動項を含むこととなる。
2×ωm(1≦m≦l)、
ωm − ωn
ωm + ωn
(1≦m≦l、1≦n≦l、m≠n)
よって、これらの最大公約数をωとして、電界強度の時間周期Tは、
T=2π/ω
で与えられることとなる。そのため、時間周期Tの間で最大となる電界強度を見て判断すればよい。
【0009】
選択された1又は複数のピークが薄膜の界面位置又は界面位置近傍に配置されないように設計するための手法として、例えば、所定の膜厚で設計された基準となる誘電体多層膜に対して複数のレーザー光を誘電体多層膜の各薄膜に対し交差方向に反射又は透過させて基準となる電界強度のピーク位置を検証し、検証結果からあるピーク(例えば、最も大きなピーク)が薄膜の界面位置又は界面位置近傍にあると判断した場合に、その界面を構成する隣接した2層の薄膜の少なくとも一方の膜厚を修正して、ピーク位置を薄膜の界面位置近傍から離間させるようにすることがよい。
つまり、膜材料と膜数を暫定的に決定した基準となる誘電体多層膜に複数のレーザー光を照射して電界強度の波のピークの状態を検証し、その結果に基づいてレーザー誘導損傷が発生すると想定されるピークを選択してそのピークが属する界面を構成する隣接した2層の少なくとも一方の薄膜の膜厚を修正するわけである。選択の基準としてある閾値を設定し、それよりも電界強度が小さければピーク位置をずらさないようにしてもよい。ある1又は複数のピーク位置をずらした場合には新たに電界強度の波のピークの振幅が変動する可能性があるため、修正された膜厚に基づいてこれを新たな基準となる前記誘電体多層膜とし、その新たな基準となる前記誘電体多層膜について複数のレーザー光を照射し、同様に検証を行い最適化を図るようにすることがよい。
このように設計される光学素子の具体的な用途として、ハイパワーレーザー(例えば、エキシマレーザー、固体レーザー、ファイバーレーザー)や超短パルスレーザーを波長変換する際に使用する反射防止用透過膜あるいは反射膜等の光学素子、広帯域スペクトルを持つフェムト秒レーザー用光学素子、波長変換用に使用される光学結晶や波長分離ミラー用の光学素子が一例として挙げられる。
【0010】
ここに、誘電体多層膜を構成する薄膜材料において、高屈折率材料からなる薄膜は例えば、TiO2、Nb25、Ta25、ZrO2、HfO2、TiO2、La23、ZrO2-TiO2、AL2、GdF、LaF、YbFの群から選ばれる1又は複数の酸化物からなり、低屈折率材料からなる薄膜は例えば、SiO2、MgF2、AlFの群から選ばれる酸化物又はフッ化物からなることがよい。尚、「高屈折率」と「低屈折率」はあくまでも相対的なものであり、例えば具体的な屈折率が高いことで高屈折率というものではない。
誘電体多層膜が成膜される透明基板の材料としては、例えばガラス、石英、合成石英、サファイア等が挙げられる。
【0011】
次に、光学素子の本体である誘電体多層膜に対してレーザー光を各薄膜に対し交差方向に反射又は透過させる際の電界強度の計算式(一般式)について説明する。
前提としてm層膜へn波長の光、つまりn個のレーザー光を入射させるときの電界の式は第j層、位置d、時刻tとして以下の数1の式で示される。
【0012】
【数1】
【0013】
このように全波長の合成電界が各波長の電界の重ね合わせで表されるのはマクスウェル方程式の線形性に基づいている。
そして、電界強度は電界の二乗で与えられるので、以下の数2の式が電界強度の式となる。
【0014】
【数2】
【0015】
数1及び数2の式から分かるように、各波長の光が単独で入射した場合に構成する電界強度Ej2 (j=1, … , n)の和に加えて、異なる波長間の積の項Ei*Ej(i≠j、i,j=1, … , n)で表され異なる波長間の干渉を表す項も適切に計算に取り込んでいる。
ここで、数1の式を構成する各項について説明する。A(λ)、F(λ)、G(λ)についてはそれぞれ下記の数3〜5で示される。尚、ここで各項の下付l(エル)は波長の識別を意味する。
【0016】
【数3】
【0017】
【数4】
【0018】
【数5】
【0019】
数6及び数7において、n、dはそれぞれ多層膜の第k層の屈折率、物理膜厚である。また、nは入射媒質の屈折率、nは基板の屈折率である。つまり、A(λ)、F(λ)、G(λ)の3つの項は多層膜と入射媒質と基板の情報によって定義され得る項である。
また、数3〜5の式においてmは以下の数6と数7の式のように物理膜厚によって定義され得る。
【0020】
【数6】
【0021】
【数7】
【0022】
数6及び数7において、β(λ)は波数と呼ばれる量であり、波長(λ)との関係では数8の式で示される。
【0023】
【数8】
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、波長の異なる複数のレーザー光を同軸で照射してもレーザー誘導損傷が生じにくい誘電体多層膜が設計でき、またレーザー誘導損傷が生じにくい誘電体多層膜を素子本体と光学素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明の実施例において基準多層膜を成膜させたミラーの反射特性を説明するグラフ。
図2】横軸を基準多層膜の空気との界面からの膜厚とし、縦軸を電界強度としたグラフ。
図3】膜厚と電界強度と時間との関係を示す3次元モデル。
図4】実施例1において最適化した誘電体多層膜を成膜させたミラーの反射特性を説明するグラフ。
図5】実施例1において横軸を最適化した誘電体多層膜の空気との界面からの膜厚とし、縦軸を電界強度としたグラフ。
図6】実施例2において最適化した誘電体多層膜を成膜させたミラーの反射特性を説明するグラフ。
図7】実施例2において横軸を最適化した誘電体多層膜の空気との界面からの膜厚とし、縦軸を電界強度としたグラフ。
図8】2つの異なる周波数のレーザー光λ,λの入射に基づいて変換光λ3を得るための波長変換素子を説明するイメージ図。
図9】ハイパワーレーザー光を発生させるためのレーザー共振器のイメージ図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
(実施例1)
実施例1では1064nmと532nmの2つの波長のレーザー光を同軸で照射した際にこれらを反射させるための光学素子としてのミラーについてシミュレーションした。
1.基準多層膜の設計
実施例1では、まず基準となる誘電体多層膜を透明基板に成膜させたミラーをシミュレーション的に設計した(以下、この基準となる誘電体多層膜を基準多層膜とする)。基準多層膜は石英を透明基板として低屈折率材料からなる薄膜(以下、L膜)をSiO2とし、高屈折率材料からなる薄膜(以下、H膜)をHfO2としてH膜側から交互にこれら2種の薄膜を成膜させたものである。SiO2とHfO2との光学膜厚比は1.445:0.542とし、2種の薄膜の層数はそれぞれ19層でトータルで38層とした。表1に示すようにこの基準多層膜ではL膜はすべて261.9nmの膜厚とし、H膜はすべて72.7nmの膜厚とした。電界強度を算出するためのパラメータは表2の通りである。
このようにシミュレーションされた基準多層膜を成膜させたミラーの反射特性は図1の通りである。少なくとも1064nmと532nmの2つの波長に対してほぼ100%の反射率を有している。
【0027】
図2は横軸を基準多層膜の空気との界面からの膜厚とし、縦軸を電界強度としたグラフである。尚、本実施例における電界強度は波長1064nmのレーザー光の振幅を1とした場合の電界強度を示すものであり、電界強度の次元はなくなっている。図2 は複数のレーザー光の時間周期Tにおいて所定のごく短いタイミング(例えば、0.02フェムト秒間隔)毎に膜厚方向の電界強度を算出し、各膜厚位置における最大となる強度をプロットして作成したものである。本実施例1では長波長側の光が1064nm(λ)で短波長側の光が532nm(λ/2)なので、それぞれの角周波数ωと2ωで表すと、電界強度の計算式には
2×ω、4×ω
2×ω−ω=ω
2×ω+ω=3ω
の振動項が含まれることとなる。その最大公約数のωによって時間周期Tは決定される。ここでは時間周期Tとして3.55フェムト秒における膜厚方向における電界強度を算出した。図3は膜厚と電界強度と時間との関係を示す3次元モデルである。つまり図2 おける膜厚方向に対応する電界強度(縦軸)は図3における3.55フェムト秒内における最大となる電界強度をプロットしたものである。
図2に示すように基準多層膜では2つのレーザー光の干渉作用によって電界強度のピークが、空気層と第1L膜との界面、第1H膜と第2L膜との界面、第2H膜と第3L膜との界面、第3H膜と第4L膜、第4H膜と第5L膜、第5H膜と第6L膜・・・というように配置されている。つまり、これらの界面においてレーザー誘導損傷を生じやすいと考えられる。
【0028】
【表1】
【0029】
【表2】
【0030】
2.基準多層膜の検証に基づく最適化
そのため、誘電体多層膜としての光学特性を維持しつつこれら界面から電界強度のピークをずらすようにして、レーザー誘導損傷を防止することが必要である。但し、電界強度の閾値として「2」を設定し、第4H膜と第5L膜の界面以降は電界強度が閾値より小さいため調整はしない。ここでは入射方向に近い4つの界面位置にあるピークを選択してこれらピーク位置を界面からずらすようにして調整する(最適化を図る)。その場合にすでにずれた位置にある電界強度のピークが新たに界面位置(又は近傍)に配置されないようにピークが界面にある膜の膜厚を調整していく。本実施例1ではこの作業は少なくとも1064nmと532nmの2つの波長に対して99%の反射率を維持することを前提に、これら選択されたピークに隣接するL膜とH膜の膜厚を繰り返し変更しながら調整していく。つまり、直前の変更した膜厚の誘電体多層膜をもって新たな基準多層膜と解釈できる。
図4にこのようにして最適化した誘電体多層膜を成膜させたミラーの反射特性を示す。また、最終的に最適化された誘電体多層膜のL膜とH膜は表1の通りである。また、図5は横軸を最適化した多層膜の空気との界面からの膜厚とし、縦軸を電界強度としたグラフである。図5図2と同様に最大となる強度をプロットして作成したものである。 図5から上記の選択されたピークに相当するピークの位置が界面から大きくずれていることがわかる。
【0031】
(実施例2)
実施例2は実施例1と同様の基準多層膜を出発点として実施例1とは異なる設計で最適化を図った例である。図6にこのようにして最適化した誘電体多層膜を成膜させたミラーの反射特性を示す。また、最終的に最適化された誘電体多層膜のL膜とH膜は表1の通りである。また、図7は横軸を最適化した多層膜の空気との界面からの膜厚とし、縦軸を電界強度としたグラフである。図7図2と同様に最大となる強度をプロットして作成したものである。 図7から実施例2でも実施例1と同様上記の選択されたピークに相当するピークの位置が界面から大きくずれていることがわかる。
【0032】
(レーザー誘導損傷に基づく損傷閾値の評価)
上記シミュレーションした基準多層膜(L膜及びH膜がそれぞれすべて修正を行っていない同じ膜厚状態)に対応する試料1と、同じく最適化した上記実施例2に対応する試料2を作製し、これらについてそれぞれ実際にレーザー光を照射して損傷閾値を評価した。レーザー光は1064nm及び532nmのレーザー光のフルーエンス(単位面積当たりに照射するエネルギー)を変化させて損傷が生じるまで目視にて確認した。但し、同軸照射においては532nm側を固定した。レーザー光の照射条件として、
・パルス幅 11.8ns@1064nm、8.2ns@532nm
・スポットサイズ
横208μm、縦202μm@1064nm
横373μm、縦276μm@532nm
・照射角度:0度
・備考:1064nmと532nmの偏光はともに直線偏光で、同一平面内。
とした。その結果を表3に示す。表3では試料2の損傷閾値が高く、シミュレーション通りの結果が得られた。
【0033】
【表3】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9