(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
遷移金属シリサイドは、Siを多量に含んでいるため、一般に、耐酸化性や耐食性に優れている。また、遷移金属シリサイドの中には、半導体特性や高温における機械的特性に優れたものも知られている。そのため、遷移金属シリサイドは、熱電材料、発熱体、耐酸化コーティング材料、高温構造材料、半導体などへの応用が期待されている。
【0003】
このような遷移金属シリサイドの製造方法に関しては、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、
(a)CaSi
y粉末とMnCl
2粉末とを、Mn/Ca比(α)が2又は5となるように混合し、
(b) 得られた混合物を圧粉成形し、圧粉体を550〜700℃×5hr加熱し、
(c) 得られた加熱物を粉砕し、粉末をエタノールで洗浄する
方法が開示されている。同文献には、このような方法により、MnSi相の含有量が極めて少ないMnSi
x粉末が得られる点が記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、
(a)CaSi
y−Si複合粉末とMnCl
2粉末とを、Mn/Ca比(α)が2となるように混合し、
(b)得られた混合物を圧粉成形し、圧粉体を600〜639℃×5hr加熱し、
(c)加熱物を粉砕し、粉末をエタノールで洗浄する
方法が開示されている。
同文献には、このような方法により、MnSi
x−Si複合粉末が得られる点が記載されている。
【0005】
また、非特許文献1には、遷移金属シリサイドではないが、CaSi
2を電気化学的に酸化させることにより、Si層の層間にあるCaを引き抜く方法が開示されている。
同文献には、
(a)CaSi
2から除去されたCaの割合は、30〜50%である点、
(b)このような方法によりCaSi
2からCaを完全に取り除くのは難しい点、及び、
(c)Ca除去の困難性は電気化学的酸化の不均一性に由来する点、
が記載されている。
【0006】
さらに、非特許文献2には、遷移金属シリサイドではないが、層状構造を有するCaSi
1.85Mg
0.15を塩酸で処理する方法が開示されている。
同文献には、このような方法によりCaSi
1.85Mg
0.15からCaが脱離し、Siナノシートが得られる点が記載されている。
【0007】
非特許文献2に記載された方法を用いると、CaSi
1.85Mg
0.15からCa(及びMg)が全量脱離したSiナノシートを得ることができる。しかしながら、同文献に記載された方法では、CaSi
2からCaの一部が脱離したCa欠損層状Caシリサイドを得ることは難しい。
また、非特許文献1に記載された方法を用いると、Ca欠損層状Caシリサイドを得ることができる。しかしながら、同文献に記載された方法では、分離困難なカーボンとの混合焼結体となり、Ca欠損層状Caシリサイドの選択的生成が困難である。
【0008】
一方、特許文献1、2に記載された方法を用いると、CaSi
yがすべてMnSi
xの生成に消費され、Ca欠損層状Caシリサイドは得られない。また、合成条件によっては、Siを含む混合物となる。
さらに、遷移金属シリサイド及びCa欠損層状Caシリサイドを含み、Siを含まない複合シリサイド粉末を製造することが可能な方法が提案された例は、従来にはない。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 複合シリサイド粉末]
本発明に係る複合シリサイド粉末は、
遷移金属シリサイド粒子と、Ca欠損層状Caシリサイドとを含み、
Si粒子及びSiナノシートを含まない。
【0017】
[1.1. 遷移金属元素(M)]
遷移金属元素(M)は、電子伝導性を有するシリサイドを形成可能なものであれば良い。遷移金属元素(M)は、Sc〜Zn(第1遷移元素)、Y〜Cd(第2遷移元素)、La〜Au(第3遷移元素)、又はAc〜Rg(第4遷移元素)のいずれであっても良い。
これらの中でも、遷移金属元素(M)は、Mn、Fe、Ni、Co、Tiが好ましい。これは、これらの遷移金属元素(M)は、高い電子伝導性を有するシリサイドを比較的容易に合成できるため、及び、これらの元素は、他の遷移金属元素に比べて安価であるためである。また、遷移金属元素(M)は、特に、Mn及び/又はFeが好ましい。
複合シリサイド粉末中には、これらの遷移金属元素(M)のいずれか1種が含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
【0018】
[1.2. 遷移金属シリサイド粒子]
本発明において、「遷移金属シリサイド粒子」とは、電子伝導性を有する遷移金属シリサイド相を主成分とする粒子をいう。遷移金属シリサイド相とは、遷移金属元素(M)とSiとで構成される化合物(MSi
x)相をいう。遷移金属シリサイド粒子は、1種類の遷移金属元素(M)を含むものでも良く、あるいは、2種以上の遷移金属元素(M)を含む固溶体でも良い。また、遷移金属シリサイド粒子は、1種類の遷移金属シリサイド相を含むものでも良く、あるいは、2種以上の遷移金属シリサイド相を含む混合物でも良い。
【0019】
前記遷移金属シリサイド粒子は、Mn及びFeからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素を含むものが好ましい。Mn及び/又はFeを含む遷移金属シリサイド粒子は、高い電子伝導性を示す。また、これらの出発原料は、他に比べて安価である。
【0020】
例えば、遷移金属元素(M)がMnである場合、電子伝導性を有するMnシリサイド相としては、具体的には、MnSi
x(1.71≦x≦1.75)相(以下、これを「MnSi
1.73相」ともいう)、MnSi相などがある。
【0021】
これらの内、MnSi
1.73相は、β−Sn型の構造を持つ正方晶のMn副格子と、らせん階段状の構造を持つ正方晶のSi副格子とが重なった結晶構造を持つ。Mn副格子のc軸方向の格子定数c
Mn及びSi副格子のc軸方向の格子定数c
Siの間には、ほぼc
Si≒4c
Mnの関係がある。しかしながら、c
Mnは、ほぼ一定であるのに対し、c
Siは、Siの配列の違いによって僅かに変動する。一方、結晶学的な繰り返し単位を生じさせるためには、単位胞に含まれる各副格子の数は、それぞれ、整数でなければならない。そのため、MnSi
x相には、単位胞のc軸方向の長さが異なる種々の化合物が存在する。
【0022】
このようなMnSi
1.73相としては、具体的には、Mn
4Si
7(MnSi
1.75)、Mn
11Si
19(MnSi
1.727)、Mn
15Si
26(MnSi
1.733)、Mn
27Si
47(MnSi
1.74)、Mn
7Si
12(MnSi
1.714)、Mn
19Si
33(MnSi
1.737)、Mn
26Si
45(MnSi
1.731)などが知られている。
Mnシリサイド粒子は、上述したc軸方向の長周期構造が異なる種々のMnSi
1.73相の内、いずれか1種を含んでいても良く、あるいは、2種以上を含んでいても良い。
【0023】
また、例えば、遷移金属元素(M)がFeである場合、電子伝導性を有するFeシリサイド相としては、FeSi相、FeSi
2相、Fe
3Si相などがある。本発明において、Feシリサイド粒子には、1種類のFeシリサイド相を含んでいても良く、あるいは、2種以上を含んでいても良い。
【0024】
遷移金属シリサイド粒子は、遷移金属シリサイド相を主成分とする。遷移金属シリサイド粒子は、遷移金属シリサイド相のみからなるのが好ましいが、不可避的不純物が含まれていても良い。但し、遷移金属シリサイド粒子の電子伝導性を低下させる不純物(例えば、酸化Mn、SiO
2などの絶縁体)は、少ないほど良い。
「遷移金属シリサイド相を主成分とする」とは、1個の粒子に含まれる遷移金属シリサイド相の割合が70体積%以上であることをいう。遷移金属シリサイド相の割合は、さらに好ましくは、80体積%以上、さらに好ましくは、90体積%以上である。
【0025】
[1.3. Ca欠損層状Caシリサイド]
本発明において、「Ca欠損層状Caシリサイド」とは、層状CaSi
2からCaの一部を引き抜くことにより得られるナノシート状の層状物質であって、Ca含有量が0.8at%を超えるものをいう。Ca欠損層状Caシリサイドの組成は、形式的には、Ca
ySi
2(0.016<y<1)と表せる。
【0026】
例えば、630℃でCaSi
2粉末と塩化Mnとを反応させると、CaSi
2相のCaがMnと交換され、MnSi
1.73相を主成分とするMnシリサイド相とナノシート状の層状物質が生成する。層状物質は、CaSi
2相を構成するSiシート層が交換反応の際に剥離することにより生成すると考えられる。この点は、Fe等の他の遷移金属元素の場合も同様である。
【0027】
剥離した層状物質は、層間から完全にCaが抜き取られている場合と、層間に若干のCa原子が残っている場合とがある。本発明においては、後述するように、層状CaSi
2が過剰の条件下で合成されるため、層間から完全にCaが抜き取られることはない。層間に若干のCa原子が残っている場合、電気的中性を保つために、層間には、さらにH原子、O原子、又は、Cl原子が導入されている可能性があると考えられる。
【0028】
Ca欠損層状Caシリサイドは、Ca
ySi
2相を主成分とする。Ca欠損層状Caシリサイドは、Ca
ySi
2相のみからなるのが好ましいが、不可避的不純物が含まれていても良い。但し、Ca欠損層状Caシリサイドの特性を低下させる不純物は、少ないほど良い。
「Ca
ySi
2相を主成分とする」とは、1個の層状物質に含まれるCa
ySi
2相の割合が70体積%以上であることをいう。Ca
ySi
2相の割合は、さらに好ましくは、80体積%以上、さらに好ましくは、90体積%以上である。
【0029】
複合シリサイド粉末に含まれるCa欠損層状Caシリサイドの含有量は、複合シリサイド粉末の合成条件により異なる。
一般に、原料中のM/Ca比が小さくなるほど、又は、合成温度が低くなるほど、複合シリサイド粉末に含まれるCa欠損層状Caシリサイドの含有量が多くなる。
【0030】
[1.4. Si粒子及びSiナノシート]
「Si粒子」とは、Siを主成分とする粒子であって、Ca含有量が0.8at%以下であるものをいう。
「Siナノシート」とは、Siを主成分とする板状又はナノシート状の層状物質であって、Ca含有量が0.8at%以下であるものをいう。
層状CaSi
2をSi過剰の条件で合成すると、生成物中に1〜5μm程度のSi粒子が含まれることがある。これをそのまま複合シリサイド粉末の合成に用いた場合、生成物には、出発原料に由来する1〜5μmあるいはそれ以上のSi粒子が含まれる。
また、Si粒子を含まない層状CaSi
2と相対的に過剰な塩素ガス成分とを反応させると、Caの引き抜き反応が過度に進行し、Siナノシートが生成する。
【0031】
本発明に係る複合シリサイド粉末は、後述するように、Si粒子を含まない層状CaSi
2と、少量の塩素ガス成分とを反応させることにより得られる。そのため、得られた複合シリサイド粉末は、Si粒子及びSiナノシートを含まない。
「Si粒子及びSiナノシートを含まない」とは、
(a)X線回折ピークにSiのピークが検出されないこと、及び、
(b)EDXを用いて、任意の粒子又はシート20点の成分分析をしたときに、Ca含有量の平均値が0.8at%を超えていること(換言すれば、平均組成をCa
ySi
2で表したときに、y>0.016)であること
をいう。
【0032】
[1.5. 異相]
複合シリサイド粉末は、遷移金属シリサイド粒子と、Ca欠損層状Caシリサイドのみからなり、かつ、Si粒子及びSiナノシートを含まないのが好ましいが、これら以外の相(異相)が含まれていても良い。但し、複合シリサイド粉末の特性に悪影響を及ぼす異相は、少ないほど良い。
異相としては、例えば、
(1)塩化Mn、塩化Feなどの出発原料の残留物、
(2)酸化Mn、酸化Fe、SiO
2、塩化Caなどの交換反応時の副生成物、
などがある。
【0033】
[2. 複合シリサイド粉末の製造方法]
本発明に係る複合シリサイド粉末の製造方法は、混合工程と、反応工程と、洗浄工程とを備えている。
【0034】
[2.1. 混合工程]
まず、層状CaSi
2と、遷移金属塩化物とを、M/Ca<1(モル比、Mは前記遷移金属塩化物に含まれる遷移金属元素)となるように混合する(混合工程)。
例えば、遷移金属(M)のハロゲン化物がMnCl
2である場合、層状CaSi
2とMnCl
2との反応は、理想的には、次の(1)式のように表すことができる。
CaSi
2+MnCl
2→
MnSi
1.73+0.27Si+CaCl
2 ・・・(1)
【0035】
(1)式に従って反応が進む場合、理想的には、すべてのMnCl
2が層状CaSi
2との反応に消費される。すなわち、Mn/Ca比が1である場合には、Ca欠損層状Caシリサイドは生成しない。
これに対し、M/Ca<1の条件下で反応させると、Ca欠損層状Caシリサイドが生成し、かつ、Si相の生成を抑制することができる。
【0036】
[2.2. 反応工程]
次に、前記混合工程で得られた混合物を加熱する(反応工程)。これにより、前記遷移金属塩化物から発生する塩素ガス成分により前記層状CaSi
2からCaの一部が引き抜かれる。反応後、反応生成物を冷却する。
【0037】
加熱温度は、遷移金属塩化物と層状CaSi
2との反応が効率よく進行する温度であれば良い。
一般に、加熱温度が低すぎると、実用的な時間内に反応が完結しない。従って、加熱温度は、遷移金属塩化物の融点(T
m)の30%以上が好ましい。加熱温度は、さらに好ましくは、T
mの35%以上、40%以上、あるいは、50%以上である。
一方、加熱温度が高くなりすぎると、原料が溶融して粗大な粉末が生成する。従って、加熱温度は、遷移金属塩化物の融点(T
m)の98%以下が好ましい。加熱温度は、さらに好ましくは、T
mの95%以下、90%以下、85%以下、80%以下、75%以下、あるいは、70%以下である。
【0038】
最適な加熱温度は、遷移金属元素(M)の種類により異なる。また、最適な加熱温度は、実験により求めることもできるが、生成エンタルピーを考慮して熱力学的に予測することもできる。
例えば、MnSi
xを含む複合シリサイド粉末を合成する場合、加熱温度は、400℃〜630℃が好ましい。加熱温度は、さらに好ましくは、500℃〜630℃である。
また、例えば、FeSi
xを含む複合シリサイド粉末を合成する場合、加熱温度は、300℃〜500℃が好ましい。加熱温度は、さらに好ましくは、350℃〜450℃である。
原料中に2種以上の遷移金属元素(M)が含まれる場合、加熱温度は、少なくとも1種類の遷移金属塩化物について、上述した条件を満たす温度であれば良い。
【0039】
加熱時間は、加熱温度に応じて最適な時間を選択する。加熱時間は、加熱温度にもよるが、通常、1〜50時間である。
また、加熱時の雰囲気は、原料の酸化を防ぐために、不活性雰囲気が好ましい。
反応終了後、反応物を冷却する。冷却は、急冷でも良く、あるいは、徐冷でも良い。
【0040】
[2.3. 洗浄工程]
次に、前記反応工程で得られた反応物を、前記遷移金属元素塩化物及び/又は塩化Caを溶解可能な1又は2以上の溶媒で洗浄し、未反応の前記遷移金属元素塩化物及び副生した前記塩化Caを除去する(洗浄工程)。
洗浄は、未反応の遷移金属塩化物(例えば、MnCl
2)及び副生した塩化Caを除去するために行う。洗浄に用いる溶媒は、遷移金属塩化物又は塩化Caのいずれか一方を溶解可能なものでも良く、あるいは、双方を溶解可能なものでも良い。
【0041】
遷移金属塩化物又は塩化Caのいずれか一方を溶解可能な2種以上の溶媒を用いる場合、洗浄は、2段階に分けて行うか、あるいは、混合溶媒を用いる必要がある。一方、双方を溶解可能な溶媒を用いる場合には、洗浄は、単一の溶媒を用いて1段階で行うことができる。さらに、未反応の遷移金属塩化物が残らない条件下で反応させた場合には、洗浄は、少なくとも塩化Caを溶解可能な溶媒を用いて1段階で行うことができる。
【0042】
例えば、遷移金属塩化物がMnCl
2である場合、これとCaCl
2の双方を溶解可能な溶媒としては、例えば、エタノール、水などがある。
これらの溶媒は、いずれか1種を用いても良く、あるいは、2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0043】
洗浄後、固形分を分離すると、本発明に係る複合シリサイド粉末が得られる。得られた複合シリサイド粉末は、そのまま、又は、必要に応じて粉砕した後、各種の用途に用いることができる。
【0044】
[3. 作用]
層状CaSi
2と遷移金属塩化物とを反応させる場合において、層状CaSi
2を過剰に配合する(M/Ca<1とする)と、遷移金属シリサイド及びCa欠損層状Caシリサイドを含み、かつ、Siを含まない複合シリサイド粉末が得られる。これは、出発原料に含まれる遷移金属塩化物の量を相対的に少なくすることによって、反応時の雰囲気中に含まれる塩素ガスの量が相対的に少なくなり、これによってCaの引き抜き反応が適度に進行するためと考えられる。
【0045】
例えば、層状CaSi
2と塩化Mnとを反応させると、Caシリサイド相中のCaと塩化Mn中のMnとが交換する形式で、結晶性の高いMnシリサイド粒子、及び、Ca欠損層状Caシリサイドからなるナノコンポジット粉末が得られる。また、未反応の塩化Mn及び副生した塩化Caは、溶媒により容易に除去することができる。
得られた複合シリサイド粉末は、CaSi
2相と塩化Mnとの反応により生成した微細なMnシリサイド粒子と、Ca欠損層状Caシリサイドとを含んでいるので、比表面積が大きい。また、粒子を微細化するために必ずしも粉砕をする必要がないので、不純物量も少ない。
【0046】
Mn以外の遷移金属元素(M)の場合も同様であり、原理的には、遷移金属塩化物からシリサイドを合成することができる。また、遷移金属元素塩化物と層状CaSi
2とを反応させると、結晶性の高い遷移金属シリサイド粒子と、Ca欠損層状Caシリサイドとを含むナノコンポジット粉末が得られる。
【0047】
例えば、遷移金属塩化物がFeCl
2である場合、原料のCaSi
2とFeCl
2との反応において、CaSi
2中のCaとFeCl
2中のFeとが置換することにより、反応が進行するものと考えられる。この際、CaSi
2の層状構造が剥離してCa欠損層状Caシリサイドが生成すると同時に、Caは塩素と反応してCaCl
2が生成する。さらに、残ったFeと一部のCa欠損層状Caシリサイドとが反応してFeシリサイドが生成するものと推定される。
【0048】
原料の塩化物(FeCl
2などの遷移金属塩化物)よりも、反応で生成する塩化Ca(CaCl
2)の方が安定であれば、このような反応が進む。塩の安定性は、金属元素のイオン化傾向で決まり、すべての遷移金属塩化物で反応が進行するものと考えられる。
シリサイドの生成相については、次のように熱力学的及び動力学的に決定される。例えば、Feシリサイドにおいては、FeSi、Fe
3Si、FeSi
2などのように複数の相が存在する。いずれの相が形成されるかは、各相の生成エンタルピーで決まり、反応時間が十分あれば、合成温度において最も安定な相が形成される。反応時間が不十分である場合、あるいは、各相の生成エンタルピーが拮抗している場合には、複数の相が共存すると考えられる。
一方、粉末中に含まれるCa欠損層状Caシリサイドについては、原料の層状CaSi
2からCaの一部が抜けることにより生成するため、共存して生成する遷移金属シリサイドの種類にはよらないと考えられる。
【0049】
遷移金属シリサイドとCa欠損層状Caシリサイドとの含有比率は、生成条件によって決まる。一般に、反応温度が高い程、あるいは、反応時間が長い程、遷移金属シリサイドの割合が多くなるものと推定される。
【実施例】
【0050】
(実施例1〜2、比較例1)
[1. 試料の作製]
[1.1. 実施例1]
すべての作業は、Ar雰囲気中で行われた。粉砕されたCaSi
2(レアメタリックス製)と、MnCl
2(添川理化学製)とを、Mn/Ca=0.5(モル比)の条件で混合した。混合粉末をステンレス管に封入し、これを600℃で5時間加熱した。室温冷却後に、得られた粉末をジメチルホルムアミド(和光純薬製)で洗浄・ろ過し、乾燥して粉末を得た。
【0051】
[1.2. 実施例2]
Mn/Ca=0.75(モル比)とした以外は、実施例1と同様にして粉末を得た。
[1.3. 比較例1]
Mn/Ca=2.0(モル比)とした以外は、実施例1と同様にして粉末を得た。
【0052】
[2. 試験方法]
[2.1. 状態解析]
得られた粉末のX線回折パターンを測定した。
[2.2. TEM観察及び組成分析]
粉末のTEM観察を行った。
また、TEM観察において、EDXを使用して粉末の組成分析を行った。分析は、Si成分が主として含まれる任意の粒子20点に関して行った。
【0053】
[3. 結果]
[3.1. X線回折]
図1に、実施例1〜2及び比較例1で得られた粉末のX線回折パターンを示す。実施例1、2では、CaSi
2に帰属されるピークが存在するが、比較例1ではCaSi
2に由来するピークは存在しなかった。Mnシリサイド化合物に関しては、半導体成分のMnSi
1.73は、すべての結果において形成が確認された。一方、金属成分のMnSiは、実施例1、2において確認された。
【0054】
[3.2. TEM観察及び組成分析]
図2に、実施例1で得られた粉末のTEM像を示す。
図3に、実施例2で得られた粉末のTEM像を示す。
図4に、比較例1で得られた粉末のTEM像を示す。
図2〜3は、いずれも、カルシウムシリサイドが含まれる部分の代表的な粒子構造である。
また、表1に、
図2〜
図4のTEM像の各分析点におけるCa存在割合(元素比)とy値(Ca
ySi
2)を示す。
【0055】
【表1】
【0056】
図2〜4及び表1より、以下のことがわかる。
(1)分析点の平均値は、実施例1ではCa
0.28Si
2、実施例2ではCa
0.22Si
2となった。すなわち、各分析点において、原料であるCaSi
2の組成に比べてCa量が減少するが、依然、Caは存在しており、Caが脱離したCa欠損層状Caシリサイドであることを確認した。
(2)対して、比較例1では、Si含有部分の平均組成はCa
0.005Si
2であった。すなわち、各分析点において、Caはほとんど存在せずにSiを主とする粒子が形成されていることを確認した。また、それらの粒子の形状は、層状又は球状であった。
【0057】
(3)各実施例の任意の粒子20点において、Ca含有量の最も少ない分析点は、実施例1で3.37atm%、実施例2では0.90atm%であった。また、実施例1及び実施例2のいずれも、Ca含有量が0.90atm%より少ない粒子は、検出されなかった。
(4)実施例1、2においては、Caが全く検出されないSi成分含有粒子は存在しなかった。一方、比較例1においては、20粒子中、14粒子においいてCaが全く検出されなかった。
【0058】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。