【実施例】
【0044】
炭素源粉末を種々変更した混合粉末を加圧成形した成形体を焼結した試料(鉄基焼結合金)を多数製作し、それら試料を観察、測定および評価した。これらに基づき、本発明をより具体的に説明する。
【0045】
《高炭素鉄系粉末の製造》
個別に調製した表1に示す複数種の鉄合金粉と黒鉛(Gr)粉末(日本黒鉛社製JCPB、平均粒径:5μm)とを用意した。これらの粉末を表1に示す割合でそれぞれ配合した後、ボールミル式回転混合により高炭素混合粉末を調整した。なお、表1に示した配合組成は、高炭素混合粉末全体を100質量%(適宜、単に%で表す。)としたときの黒鉛粉末の割合であり、残部は鉄合金粉である。また、表1に示した各鉄合金粉の組成は、その鉄合金粉の全体を100質量%としたときの各合金元素の割合であり、その残部はFeである。さらに、各鉄合金粉の粒度も表1に併せて示した。本実施例でいう粒度も、前述したようにJIS Z 8801に準拠した篩分けにより特定される。
【0046】
各高炭素混合粉末をルツボに入れて、窒素雰囲気中で900〜1100℃×90分間加熱した。加熱後の高炭素混合粉末を粉砕して、所望の粒度(32μm以下)に篩い分けした。こうして表1に示す9種類の高炭素混合粉末(P1〜P9)を得た。
【0047】
《試料の製造》
(1)原料粉末
原料粉末として、炭素源粉末である高炭素混合粉末および黒鉛粉末と、鉄源粉末である純鉄粉(ヘガネスAB社製ASC100.29、粒度:−212μm)および3種類の鉄合金粉とを用意した。用意した鉄合金粉は、Fe−0.5%Mo(ヘガネスコーポレーション社製、粒度:−212μm)、Fe−0.3%V−0.3%Mo(試作粉末、粒度:−180μm)、Fe−1.5%Cr−0.2%Mo(ヘガネスAB社製、粒度:−212μm)である。なお、純鉄粉および鉄合金粉は、水噴霧アトマイズ粉である。
【0048】
(2)混合粉末
各粉末を全体に対するC量が0.6%となるように配合した後、ボールミル式回転混合を30分間行い、均一な混合粉末を得た(混合工程)。
【0049】
(3)成形工程
成形工程は、所望形状(φ14mm×12mm)に応じたキャビティを有する金型を用意して、金型潤滑温間加圧成形法により行った。成形温度(金型温度)は150℃とし、加熱した金型の内周面に高級脂肪酸系潤滑剤であるステアリン酸リチウム(LiSt)を塗布して行った。成形圧力は、成形体密度が7.0g/cm
3または7.5g/cm
3の成形体が得られるように400〜1050MPa内で調整した。なお、金型潤滑温間加圧成形法の詳細は特許3309970号公報の記載を参考にした。また成形体密度は、成形体の寸法と重量から算出した。
【0050】
(4)焼結工程
各成形体を高周波加熱装置(日鉄住金テクノロジー株式会社製サーメックマスタZ)を用いて加熱した。この際、昇温速度:2〜50℃/秒、焼結温度:800〜1250℃、各焼結温度で保持する時間(保持時間):10〜600秒の範囲で種々調整した。特に断らない場合は、昇温速度:50℃/秒、焼結温度:1200℃、保持時間:180秒(3分)とした。いずれの場合も保持時間経過後の降温速度(冷却速度)は100℃/分とした。なお、加熱雰囲気は、Arガス分圧:0.05Paの真空雰囲気(Arパーシャル雰囲気)とした。
【0051】
比較のため、一部の成形体は窒素ガス雰囲気中のバッチ式焼結炉で加熱した。この際、昇温速度:0.33℃/秒、焼結温度:1200℃、保持時間:30分間、降温速度:100℃/分とした。
【0052】
こうして表2〜8に示す種々の焼結体(鉄基焼結合金)からなる試料を得た。各試料の組成(混合粉末の配合組成)、工程内容(製造条件)は、各表に示した。なお、表2〜表8に示した炭素源粉末量は、焼結体となる混合粉末全体を100質量%としたときの割合である。この点で、上述した表1に示す炭素源粉末の割合と異なる。
【0053】
《測定》
(1)寸法変化
各試料に係る成形体と焼結体の直径(基準寸法:φ14mm)をそれぞれ測定することにより、焼結前後の寸法変化を求めた。こうして得られた結果は各表に併せて示した。
【0054】
(2)各焼結体を機械加工して、外径:φ13mm×内径:φ8mm×厚さ:3mmのリング状試験片をそれぞれ製作した。こうして得られたリング状試験片に対して圧縮試験を行うことにより、各試料(焼結体)の圧環強度および破壊時の変位量を求めた。なお、圧縮試験はクロスヘッドスピード:0.4mm/分で行った。こうして得られた結果も各表に併せて示した。
【0055】
《評価・観察》
(1)高炭素鉄系粉末
表1に示した高炭素鉄系粉末の一部について、その構成粒子の断面(研磨面)を光学顕微鏡により観察して得られた金属組織写真を
図1Aに示した。各写真中、白色部分はセメンタイト相であり、灰色部分はパーライト相である。
図1Aから、高炭素鉄系粉末の構成粒子は、セメンタイト相(セメンタイト型鉄化合物)が主体であることがわかった。これは、高炭素混合粉末中の黒鉛粉末が6.7質量%以上の場合(P2粉末)でも同様であった。
【0056】
また、粉末P1に係る高炭素混合粉末(加熱前)と高炭素鉄系粉末(加熱後)をそれぞれX線回折(XRD)により観察した様子を
図1Bに示した。
図1Bからも、加熱前には存在しなかったセメンタイト相が加熱後に多量に生成されており、高炭素鉄系粉末の構成粒子が主にセメンタイト相(Fe
3C相)からなることが確認された。
【0057】
(2)昇温速度の影響
表2に示す各試料の特性と、各試料の圧環強度(適宜、単に「強度」という。)を比較した
図2A、各試料の破壊時の変位量(適宜、単に「変位量」または「延性」という。)を比較した
図2Bおよび各試料の焼結前後の寸法変化(適宜、単に「寸法変化」という。)を比較した
図2Cとから、昇温速度に関して次のことがわかる。
【0058】
炭素源が高炭素鉄系粉末(P1粉末)である試料は、昇温速度が非常に大きくなっても、優れた強度や延性を示し、その寸法変化も十分に小さかった。一方、炭素源が黒鉛粉末である試料は、昇温速度が非常に大きくなると、強度および延性が大きく劣化し、寸法変化も大きくなった。
【0059】
このような傾向は、各試料の破面を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した組織写真(
図2D)からもわかる。つまり、炭素源が高炭素鉄系粉末である試料は、鉄粉粒子の隣接間に未結合部が殆ど観られなかったが、炭素源が黒鉛粉末である試料は、鉄粉粒子の隣接間に未結合部が多く観られた。この理由として、炭素源に黒鉛粉末を用いた場合、昇温速度が大きいために焼結開始後からCOガスが急激に発生し、そのガスが放出されることなく成形体内部で高圧となって鉄粉粒子間を押し広げ、鉄粉粒子同士の結合(ネック形成)を妨げたことが考えられる。
【0060】
(3)焼結温度の影響
表3に示す各試料の特性と、それらの強度および延性をそれぞれグラフに示した
図3Aおよび
図3Bから、焼結温度に関して次のことがわかる。焼結温度(加熱温度)が900℃までは、炭素源粉末の相違が焼結体の強度または延性に及ぼす影響は少ない。しかし、焼結温度が950℃以上になると、炭素源粉末の相違が焼結体の強度または延性に顕著に影響している。つまり、黒鉛粉末を炭素源とした試料では、焼結温度を上昇させても強度や延性の向上はあまり望めない。一方、高炭素鉄系粉末を炭素源とした試料では、焼結温度の上昇に伴い、強度および延性が大幅に上昇して、機械的特性に非常に優れた焼結体(鉄基焼結合金)が得られることがわかった。
【0061】
このような傾向は、各試料の金属組織を観察したSEM写真(
図3Cおよび
図3D)からもわかる。例えば、1050℃または1150℃の組織を比較すると、黒鉛粉末を用いた試料では高炭素鉄系粉末を用いた試料よりも、炭素拡散が進行してパーライト相(灰色部分)の比率がより大きくなっている。このような炭素の拡散速度差が焼結時におけるCOガスの発生挙動に影響し、ひいては鉄粉粒子の結合(ネック形成)に影響して、上述したような結果になったと考えられる。
【0062】
(4)保持時間の影響
表4に示す各試料の特性と、それらの強度および延性をそれぞれグラフに示した
図4Aおよび
図4Bから、保持時間に関して次のことがわかる。黒鉛粉末を炭素源とした試料では、成形体を一定の加熱温度(焼結温度)に保持する時間(保持時間)を長くしても、強度や延性は緩やかにしか向上しない。一方、高炭素鉄系粉末を炭素源とした試料では、保持時間を僅か180秒(3分)程度とするだけで、十分な強度および延性の焼結体が得られることがわかる。その強度や延性は、従来の焼結炉でゆっくり加熱して保持時間を1800秒(30分)とした焼結体と同程度となることもわかった。ちなみに、高炭素鉄系粉末を炭素源とした試料では、緩慢加熱後に長時間保持して得られた焼結体(試料P46)でも、十分に高い強度および延性が発揮されることも確認された。
【0063】
(5)高炭素鉄系粉末と黒鉛粉末の配合割合の影響
表5に示す各試料の特性と、それらの強度および延性をそれぞれ棒グラフで示した
図5Aおよび
図5Bから、高炭素鉄系粉末と黒鉛粉末の配合割合に関して次のことがわかる。急速加熱・短時間焼結を行う場合、高炭素鉄系粉末の割合が多いと、黒鉛粉末を併用した場合でも、強度および延性に優れた焼結体が得られることがわかった。具体的には、炭素源粉末の1/4程度(50%以下、40%以下さらには30%以下)を黒鉛粉末としても、残部が高炭素鉄系粉末であれば、急速加熱・短時間焼結により十分に高強度・高延性な焼結体が得られることもわかった。
【0064】
このような傾向は、成形体密度が高い場合(7.5g/cm
3)でも低い場合(7.0g/cm
3)でも同様であったが、成形体密度が高い場合ほど顕著であった。これは急速加熱した際に生じるCOガスが成形体中の開気孔を経由して放出される程度を反映していると考えられる。具体的にいうと、成形体密度が低い場合、黒鉛粉末の割合が大きくても、成形体内部に発生したCOガスは開気孔から放出され得るため、鉄粉粒子のネック形成はさほど阻害されない。しかし、成形体密度が高い場合、黒鉛粉末の割合が大きくなると、成形体内部に発生した多量のCOガスは開気孔から放出され難くなり、鉄粉粒子のネック形成が大きく阻害され得る。従って、成形体密度が高い場合ほど、高炭素鉄系粉末の割合を大きくすると好ましいといえる。
【0065】
(6)鉄源粉末組成の影響
表6に示す各試料の特性と、それらの強度を棒グラフで示した
図6Aおよび
図6Bから、鉄源粉末の組成に関して次のことがわかる。鉄源粉末が純鉄粉でも鉄合金粉でも、上述した場合と同様に、高炭素鉄系粉末を用いた試料の方が黒鉛粉末を用いた試料よりも優れた強度や延性を発揮した。そして、このような傾向は成形体密度が高いほど顕著であった。なお、いずれの試料でも合金元素(Mo、V、Cr等)の合計量が増加するほど、高強度、高延性となることも確認された。
【0066】
(7)高炭素鉄系粉末の組成の影響
表7に示す各試料の特性と、それらの強度を棒グラフで示した
図7Aおよび
図7Bから、高炭素鉄系粉末の組成に関して次のことがわかる。高炭素鉄系粉末の組成が変化しても、いずれの試料も優れた強度や延性を発揮した。このような傾向は成形体密度が高いほど顕著であった。
【0067】
また、表7に示す各試料と同等な組成となるように、炭素源である黒鉛粉末と各種の鉄合金粉(平均粒径10μm以下)と純鉄粉を配合した混合粉末からなる焼結体も同様に製作した。こうして得られた各試料の特性を表8に示した。また、これら各試料の強度を示す棒グラフを
図7Aおよび
図7Bに併記した。その際、焼結体の全体組成が同一となる試料に係る棒グラフを隣接して配置した(例えば、表7の試料H1と表8の試料HM1)。
【0068】
上述した場合と同様に、いずれの組成に係る試料でも、高炭素鉄系粉末を用いた試料の方が黒鉛粉末を用いた試料よりも優れた強度を発揮した。このような傾向も成形体密度が高いほど顕著であった。
【0069】
また、同組成であるが粒度の異なるP1粉末、P3粉末、P4粉末およびP5粉末をそれぞれ用いて、表7に示す試料L1と同様に製造した焼結体の金属組織を光学顕微鏡で観察した様子を
図8に示した。これから、急速加熱・短時間焼結により焼結させた場合、高炭素鉄系粉末の粒度が大きくなるほど、Fe−C系共晶液相の生成に由来した大きな残留気孔が発生することがわかる。そして、P5粉末のように粒度45μm以上の粒子からなる高炭素鉄系粉末を炭素源粉末として用いると、その残留気孔がかなり粗大になることもわかった。このように残留気孔が大きくなると、焼結体の機械的特性(特に延性)の低下を招き得ると考えられる。
【0070】
【表1】
【0071】
【表2】
【0072】
【表3】
【0073】
【表4】
【0074】
【表5】
【0075】
【表6】
【0076】
【表7】
【0077】
【表8】