(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
質量分析装置において試料成分をイオン化する手法として、様々なイオン化法が知られている。こうしたイオン化法は、真空雰囲気の下でイオン化を行う手法と、略大気圧雰囲気の下でイオン化を行う手法とに大別でき、後者は一般に、大気圧イオン化法(API=Atmospheric Pressure Ionization)と総称される。大気圧イオン化法は、イオン化室内を真空排気する必要がない、液体状の試料や水分を多く含む試料など、真空雰囲気中では扱いが困難である試料も容易にイオン化できる、といった利点がある。
【0003】
よく知られている大気圧イオン化法には、液体クロマトグラフ質量分析装置などで使用される、エレクトロスプレイイオン化法(ESI=ElectroSpray Ionization)や大気圧化学イオン化法(APCI=Atmospheric Pressure Chemical Ionization)などがあるが、近年、新しい大気圧イオン化法が次々に開発又は提案され、注目を集めている。
【0004】
こうした新しい大気圧イオン化法の多くは、我々の身近な周辺環境(Ambient)に存在する物質そのものを手軽に分析したいという要求に応えて開発されたものであり、これらイオン化法はアンビエントイオン化(Ambient Ionization)法と呼ばれ、これらイオン化法を利用した質量分析はアンビエント質量分析(Ambient Mass Spectrometry)と呼ばれている(非特許文献1〜3など参照)。アンビエントイオン化法を厳密に定義することは難しいが、一般には、特別な試料の調製や前処理を行うことなく、リアルタイムで、その場(in situ)計測が可能であるのがその基本的な概念であるといえる。
【0005】
代表的なアンビエントイオン化法としては、リアルタイム直接分析(DART=Direct Analysis in Real Time)法、脱離エレクトロスプレイイオン化(DESI=Desorption ElectroSpray Ionization)法などがあるが、非特許文献2、3に示されているように、プローブエレクトロスプレイイオン化(PESI=Probe ElectroSpray Ionization)法、エレクトロスプレイ支援/レーザ脱離イオン化(ELDI=Electrospray assisted Laser Desorption Ionization)法、大気圧固体分析プローブ(ASAP=Atmospheric Solids Analysis Probe)法など、多種多様なイオン化法がアンビエントイオン化法に包含される。
【0006】
例えばDART法では、加熱されたガスが混じった励起状態の水分子の噴霧流に固体状や液体状の試料をかざすだけで、該試料中の成分のイオン化を行うことができる(非特許文献4など参照)。一方、DESI法では、帯電させた溶媒の微小液滴を試料に噴霧することで試料中の成分のイオン化を行うことができる。そのため、これらイオン化法には、イオン化のための特別な試料調製が不要である、イオン源の構造が簡単であってコスト的にも有利である、イオン化のために外部から供給するのは不活性ガスのみであるので取扱いも容易である、試料に溶媒等の液体が吹き掛けられることがないので、分析後の試料の扱いも簡便である、といった利点がある。
以下、代表的なアンビエントイオン化法であるDART法によるイオン源を用いた質量分析装置(以下、DART質量分析装置という)を例に挙げて説明する。
【0007】
DART質量分析装置を用いて多数のサンプルに対する測定を実行する場合の、典型的な測定手順の一例を、
図15に示すフローチャートに従って説明する。
まず、測定位置(DARTイオン源において励起状態の水分子の噴霧流が吹き付けられる位置)に何もセットしない状態で一定時間測定(ブランク測定)を行う(ステップS81)。このブランク測定及び引き続くサンプル測定では、未知成分を検出するために、所定質量電荷比範囲に亘るスキャン測定が繰り返し実行され、スキャン測定毎に該質量電荷比範囲のマススペクトルを表すデータが収集される。DART質量分析装置におけるデータ処理部は、スキャン測定毎に得られる信号強度を全質量電荷比範囲に亘って積算し、これを時間経過に伴ってプロットしてゆくことで、トータルイオンクロマトグラムをリアルタイムで作成する。
【0008】
図5は、リアルタイムで作成及び表示されるクロマトグラム(トータルイオンクロマトグラム)の一例である。ブランク測定の期間中には、様々な要因によるバックグラウンドノイズがクロマトグラム上に現れる。
【0009】
所定時間のブランク測定終了後、作業者(ユーザ)は、サンプルの一つを測定位置にセットすることで、該サンプルに対する測定を実行する(ステップS82)。サンプルを測定位置にセットすると、
図5に示すように、そのサンプルに含まれる1乃至複数の成分に対応するピークがクロマトグラム上に現れる。そこで作業者は、測定したサンプルの名称など、そのサンプルを特定する情報と、そのサンプルが検出された時間(クロマトグラムに現れるピークの開始時間及び終了時間)を、紙やパーソナルコンピュータ(PC)上の文書や表などに記録する(ステップS83)。そして、全てのサンプルに対する測定が終わる(ステップS84でNoと判定される)まで、ステップS82、S83を繰り返す。
【0010】
このようにして予め用意された多数のサンプルの測定を実施したあと、作業者は次のような手順で解析を実行する。
図16はこの解析手順の一例を示すフローチャートである。
作業者は測定実行時に紙等に記録したサンプル情報と検出時間とを確認し(ステップS91)、一つのサンプルが検出されている時間範囲において得られたマススペクトル(通常はクロマトグラム上のピークトップに対応したマススペクトル)を選択して、そのマススペクトルからブランク測定の時間範囲において得られたマススペクトルを減算する操作を行う。これにより、様々な要因によるバックグラウンドが除去されたマススペクトルが得られる(ステップS92)。
【0011】
次いで作業者は、バックグラウンド除去後のマススペクトルに現れているピークに対応する質量電荷比に基づき、そのサンプルに含まれる化合物の種類や化合物の構造式などを特定する(ステップS93)。一般的には、マススペクトルに現れている信号強度の大きなピークは化合物の分子イオンピークであるとみなして化合物や構造式を特定すればよいが、化合物の種類などによっては、Na付加イオン、NH
3付加イオンなどのアダクトイオンピークが高い信号強度で出現するため、こうしたアダクトイオンピークも考慮して化合物や構造式の判断を行う必要がある場合もある。
【0012】
作業者は、特定した化合物名や構造式などのコメント情報を、マススペクトル上の適宜の位置(化合物等の特定に用いたピークの近傍)に記入する。この際に、信号強度が低い場合やピーク間隔が狭い場合など、目的のピークの近傍にコメント情報を記入することができない場合には、マススペクトルの拡大図を描出してそこにコメント情報を記入する。そして、測定した全てのサンプルに対し上記ステップS91〜S94の作業が終わった(ステップS95でYesと判定された)ならば、ステップS96へと進む。
【0013】
各サンプルに対する、化合物情報等が記載されたマススペクトルが得られたならば、作業者は、それらマススペクトル同士を比較し、ピークの質量電荷比の差異や同一質量電荷比におけるピークの信号強度の差異などを確認し、必要に応じてその差異の量を計算する。例えば、或る一つのサンプルが正常サンプルであって、他のサンプルが正常・異常の評価対象サンプルである場合には、正常サンプルに対するマススペクトルとの差異を求めればよい。そうして差異があった質量電荷比や信号強度の差異量などを示す表やグラフを作成し、着目する質量電荷比における抽出イオンクロマトグラムやマススペクトルなどととともに表示する(ステップS96、S97)。
以上のような解析作業により、複数のサンプルの差異や共通性を示す情報を得ることができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述したようにDARTイオン源などを備えた質量分析装置では、サンプルを測定位置にかざすだけで手軽に測定が行えるものの、上記のような手順で測定や解析を行うために、以下のような課題がある。
(1)測定対象のサンプルの選択やそのサンプルを測定位置にセットするタイミングなどは測定者に委ねられており、その点で測定は非常に手軽で且つ自由度が大きい。その反面、作業者はサンプル名や検出時間などを紙などに記録しなければならず、解析時にはその記録を参照して作業を進める必要がある。記録した情報を紛失すると解析作業に大きな支障をきたすため、そうした情報をきちんと管理し必要に応じてすぐに取り出すことができるようにしておく必要があるが、そうした管理は非常に面倒で煩雑である。
【0016】
(2)解析時には、各サンプルの検出時間において得られたマススペクトルから、ブランク測定の時間範囲において得られたマススペクトルを手動操作で減算する必要があり、たいへん面倒でミスも起こり易い。
(3)各サンプルのマススペクトルに基づく質量電荷比や信号強度などの差異も作業者が手動で計算し、その結果を判断する必要がある。そのため、作業に時間が掛かるのみならず、作業者の熟練や経験の差によって判断にばらつきが生じ易い。
(4)マススペクトル上に特定した化合物名などのコメント情報を書き込む際に、その情報を対応付けたいピークの信号強度が低かったりピーク間隔が狭かったりして、書き込みが難しいか否かを作業者が判断し、必要に応じてマススペクトルの拡大図を表示する操作を行う必要がある。そしした作業は面倒であり、作業者によってマススペクトル表示の態様にばらつきが生じ易い。
(5)マススペクトル上のピークの質量電荷比から化合物や構造式を特定する際に、場合によっては、アダクトイオンなど分子イオン以外のピークの判断が必要になるが、そうした判断は或る程度経験を積んだ作業者でないと行えず、経験の乏しい作業者はそうした特殊なイオンピークを見逃してしまうおそれがある。その結果、正確な解析結果が得られないおそれがある。
【0017】
本発明は上記のような課題に鑑みてなされたものであり、その主たる目的は、簡便で手軽な測定を可能としつつ、作業者の負担を軽減して、測定及び解析の効率向上、作業者の熟練や経験の度合いによる結果のばらつきの軽減などを図ることができる質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するためになされた
第1の発明は、大気圧雰囲気である所定の測定位置に配置された試料に対する測定をリアルタイムで実行する質量分析装置であって、
a)測定実行中に、ユーザによる、測定対象である試料を特定するためのサンプル情報を少なくとも含むコメント情報の入力を受け付けるコメント入力受付部と、
b)前記コメント入力受付部により受け付けたコメント情報を、その受け付けの時点で収集されている測定データが格納されるデータファイル中に格納する、又はそのデータファイルに対応付けられた別のファイル中に格納するデータ保存部と、
c)測定データに基づいてクロマトグラムをリアルタイムで作成するクロマトグラム作成部と、
d)前記クロマトグラムにおいてピークを検出するピーク検出部と、
を備え
、前記データ保存部は、前記ピーク検出部による検出結果から求まる時間情報を試料に対する測定の時間情報として、前記コメント入力受付部により受け付けたコメント情報とともにデータファイル中に格納する、又はそのデータファイルに対応付けられた別のファイル中に格納することを特徴としている。
【0019】
本発明に係る質量分析装置は、例えば上述した、DART法、DESI法、PESI法、ELDI法、ASAP法といった、アンビエントイオン化法と呼ばれる様々なイオン法を用いた質量分析装置とすることができる。
【0020】
こうしたイオン化法によるイオン源を搭載した質量分析装置では、予め用意された複数の試料から作業者(ユーザ)が適宜試料を選択して所定の測定位置にセットすることで、該試料に対する測定を実行することができる。そこで、本発明に係る質量分析装置において、コメント入力受付部は例えば、測定の際に、作業者がコメント情報を入力するためのコメント入力欄が配置された画面をディスプレイモニタ等の表示部に表示し、該入力欄に入力された情報を受け付ける。
【0021】
作業者がキーボード操作等によりテキストを入力するようにしてもよいが、予め登録された複数の情報が列記されたリスト(例えばプルダウンメニュー)の中から作業者による選択によって入力するようにしてもよい。即ち、上記コメント入力受付部は、複数のサンプル情報が予め登録されたリストの中から作業者により選択されたサンプル情報をコメント情報の一つとして受け付ける構成としてもよい。また、そうしたリストの中から、適当な情報をドラッグ&ドロップなどの操作によって所定欄まで移動させることで入力するようにしてもよい。そうした入力の形式や方法は本発明では特に限定されない。
【0022】
測定時クロマトグラム作成部は測定データに基づいてクロマトグラムをリアルタイムで作成し、ピーク検出部は、該クロマトグラムにおいてピークを検出する。データ保存部は、ピーク検出部による検出結果から求まる時間情報を試料に対する測定の時間情報として、上記コメント入力受付部により受け付けたコメント情報とともにデータファイル中に又はそのデータファイルに対応付けられた別のファイル中に格納する。ただし、データファイルや上記別のファイルへのコメント情報の格納は
、測定が終了したあとでも構わない。
これにより、作業者による判断の下でサンプル情報が入力される場合でも、測定の時間情報は作業者が関与することなく自動的に収集される。
なお、ピーク検出部におけるピーク検出の方法は既知の各種手法、つまり、クロマトグラムのカーブの傾き、ピーク高さ、或いはピーク幅などを用いた方法でよい。この構成によれば、作業者自身は測定の時間情報を入力する必要はないので、作業者の作業負担が軽減されるとともに、誤った時間が入力されることも防止することができる。なお、外乱等によるノイズピークを誤って試料由来のピークであると誤認識することを回避するために、例えば一つのピークを検出したあとに所定時間の間はピークを検出しないようピーク非検出期間を設けたり、逆にピークを検出するためのピーク検出窓を設けたりしてもよい。
【0023】
本発明に係る質量分析装置では、測定時に作業者が適宜選択した試料についてのサンプル情報を適切に入力しさえすれば、その試料に対する測定データとサンプル情報とが自動的に対応付けて保存される。そのため、その測定データに基づく解析の際に、作業者による確認や判断に依らず、サンプル情報を自動的に得ることができる。
【0024】
また本発明に係る質量分析装置において、上記コメント入力受付部は、サンプル名称などのサンプル情報のほかに、試料に対する測定の時間情報、例えば、一連の測定の開始時点を起点(時間ゼロ)としたときのその試料に対する測定が行われた期間の開始時間及び終了時間を、コメント情報の一つとして受け付ける構成とすることができる。
【0025】
具体的に、本発明に係る質量分析装置は、測定データに基づいてクロマトグラムをリアルタイムで作成し表示画面上に描出する測定時クロマトグラム表示処理部をさらに備え、コメント入力受付部は、表示画面上に描出されたクロマトグラムにおいて作業者により指示された位置に対応した時間を上記時間情報として受け付ける構成とするとよい。
【0026】
この構成では例えば、表示されたクロマトグラムに現れるピークの開始点及び終了点を、作業者がポインティングデバイスによるクリック操作で指示する。すると、コメント入力受付部は、そのクリック操作された位置に対応する時間を認識し、それをそのピークに対応した試料の測定の時間情報として取得する。もちろん、作業者がピークの開始時間及び終了時間を読み取ってテキストで入力してもよいが、上記のようにクリック操作のみで時間を指定することにより操作が簡単になる。
【0029】
また本発明に係る質量分析装置において、コメント入力受付部により受け付けられたコメント情報、特にサンプル情報は、測定により得られたデータに基づいて作成され表示画面上に表示されるクロマトグラム又はマススペクトル上の適宜の位置に表示されるようにするとよい。
【0030】
例えば、上述したように測定データに基づいてクロマトグラムがリアルタイムで作成及び表示されるとき、そのクロマトグラムに現れるピークの近傍にそのピークに対応するサンプル情報が表示されるようにするとよい。このとき、サンプル情報等のコメント情報が表示される位置は所定のアルゴリズムに従って自動的に決定されるようにしてもよいし、或いは、表示位置を作業者が指定できるようにしてもよい。例えばコメント情報を入力する際に、クロマトグラム又はマススペクトル上でそのコメント情報が表示される位置を併せて作業者が指定できるようにするとよい。
【0031】
また
第2の発明に係る質量分析装置
は、大気圧雰囲気である所定の測定位置に配置された試料に対する測定をリアルタイムで実行する質量分析装置であって、
a)測定実行中に、ユーザによる、測定対象である試料を特定するためのサンプル情報を少なくとも含むコメント情報の入力を受け付けるコメント入力受付部と、
b)前記コメント入力受付部により受け付けたコメント情報を、その受け付けの時点で収集されている測定データが格納されるデータファイル中に格納する、又はそのデータファイルに対応付けられた別のファイル中に格納するデータ保存部と、
c)前記コメント入力受付部により受け付けられたコメント情報に基づいて特定した、試料がある状態の測定で得られたマススペクトルから、試料がない状態のブランク測定で得られたマススペクトルを差し引くスペクトル減算部と、
d)該スペクトル減算部により減算処理されたマススペクトルを表示するマススペクトル表示処理部と、
を備えることを特徴としている。
【0032】
第2の発明に係る質量分析装置において、スペクトル減算部は、例えばコメント情報の一つであるサンプル情報により試料がない状態(ブランク状態)であるか試料がある状態であるかを判断し、測定の時間情報によりそれぞれの状態の測定結果が得られている時間範囲を判断する。そして、それぞれの時間範囲において得られている二つのマススペクトルについて各質量電荷比の信号強度値の減算を行うことで、減算処理されたマススペクトルを取得する。試料がない状態で得られたマススペクトルはノイズなどによるバックグラウンドであるとみなせるから、この減算処理はバックグラウンドを除去する処理に相当する。これにより、作業者が対象のマススペクトルを判断したり減算操作を行ったりすることなく、自動的に各試料についてバックグラウンドが除去されたマススペクトルを得ることができる。
【0033】
第2の発明に係る質量分析装置において、上記マススペクトル表示処理部は、減算処理されたマススペクトル上に、前記コメント入力受付部により受け付けられたコメント情報の少なくとも一部を表示するようにしてもよい。
【0034】
また
第2の発明に係る質量分析装置における好ましい第
1の態様は、
異なる2以上の試料に対してそれぞれ得られた、減算処理され
たマススペクトルの間での差異の情報を抽出する差異情報抽出部と、
上記差異情報抽出部により抽出された差異情報を表示する差異情報表示部と、
をさらに備えることを特徴としている。
【0035】
ここでいう差異情報とは、同一質量電荷比におけるピークの信号強度の差異、最大の信号強度を示すピークの質量電荷比の差異、などである。二つのマススペクトルについて差異情報としてどのような情報を抽出するのか、どのような条件のときに差異があるとみなすのかなどを、予め設定しておくようにしてもよい。また、差異情報の表示は、例えば、マススペクトル上で差異に関連したピーク又はその一部、例えば信号強度の相違するピーク部分のみ、を識別が可能であるような表示とすればよい。具体的には、差異に関連するピークやピークの一部を他のピークやピーク部分と異なる表示色としたり、差異に関連するピークに特定のマークを付したりすることが考えられる。また、差異に関連したピークではなく、そのピークに対応する質量電荷比の表示色を変えたりマークを付したりしてもよい。
【0036】
この第
1の態様によれば、作業者が二つのマススペクトル上のピークの質量電荷比や信号強度を比較したり、その差異量を計算したり、差異が有意であるか否かを判断したりする必要がなくなる。また、差異があると判定されたピークを作業者が容易に把握することができる。
【0037】
さらにまた
第2の発明に係る質量分析装置における好ましい第
2の態様は、
化合物の種類と質量電荷比情報とを対応付けた化合物情報を記憶しておく化合物情報記憶部と、
マススペクトル上のピークの質量電荷比を前記化合物情報記憶部に記憶されている化合物情報と照合することにより化合物及び/又は化学構造式を特定する化合物特定部と、
前記化合物特定部で特定された化合物及び/又は化学構造式を示す情報をクロマトグラム上のピーク及び/又はマススペクトルに対応付けて表示する化合物情報表示部と、
をさらに備えることを特徴としている。
【0038】
上記化合物情報は一般に入手可能である様々な化合物データベースから得ることができる。また、実際に様々な化合物を測定した結果に基づいて作業者自身が作成したデータベースを用いることもできる。また、化合物情報に登録される質量電荷比情報は一般的には分子イオンの質量電荷比情報であるが、特定の物質が付加したアダクトイオンや特定の部分が脱離したイオンが生成され易い化合物に対しては、分子イオン以外の様々な分子関連イオンの質量電荷比情報を登録しておくとよい。
【0039】
この第
2の態様によれば、試料に含まれる化合物やその化学構造式を特定するための煩雑な作業も、作業者自身が行うことなく、自動的に的確な化合物情報を取得することができる。なお、化合物や化学構造式が一つに特定できない場合には、複数の候補を抽出し、それら候補をリストに挙げて作業者が最終的な判断を下せるようにしてもよい。
【発明の効果】
【0040】
第1の発明に係る質量分析装置によれば、測定データが格納されるデータファイル又は該データファイルに対応付けられたファイル中に、サンプル情報を含むコメント情報が格納されるので、コメント情報等の管理が容易になり、トレーサビリティも確実になる。また、測定により収集されたデータを解析する際に、サンプル名や各サンプルの測定の時間などの解析上重要な情報がすぐに取り出せるので、解析を自動的に行う場合でも作業者が手動で行う場合であっても、解析の効率向上を図ることができる。
【0041】
また
第2の発明に係る質量分析装
置によれば、作業者が手作業で各サンプルのマススペクトルから、ブランク測定のマススペクトルを減算する手間が不要になり、解析作業が効率的に行えるとともに作業ミスも軽減できる。
【0042】
また
第2の発明に係る質量分析装置の第
1の態様によれば、作業者が手作業で二つのマススペクトル上のピークの質量電荷比や信号強度を比較したり、その差異量を計算したり、差異が有意であるか否かを判断したりする必要がなくなる。それにより、解析作業が効率的に行えるとともに、作業者の熟練や経験の差による結果のばらつきが生じず、正確な差異分析を行うことができる。
【0043】
また
第2の発明に係る質量分析装置の第
2の態様によれば、化合物や化学構造式の特定も作業者が行う必要がなくなり、解析作業の一層の効率向上が図れる。また、作業者の技量や経験に頼ることなく、正確に化合物や化学構造式を特定することができる。
【発明を実施するための形態】
【0045】
[第1実施例]
本発明に係る第1実施例であるDART質量分析装置について、添付図面を参照して説明する。
図1は第1実施例のDART質量分析装置の要部の構成図である。
本実施例の質量分析装置は、大気に開放されたイオン化領域20と図示しない高性能の真空ポンプにより真空排気される高真空雰囲気である分析室23との間に、段階的に真空度が高められた第1中間真空室21及び第2中間真空室22を備えた多段差動排気系の構成を有する。イオン化領域20と第1中間真空室21とは細径のイオン導入管26を通して連通している。イオン化領域20には、イオン導入管26の入口開口26aに対向してDARTイオン化ユニット10が配置され、測定実行時には、その入口開口26aとDARTイオン化ユニット10との間に、分析対象である試料25が挿入される。
【0046】
DARTイオン化ユニット10は、放電室11、反応室12、加熱室13の3室を有する。初段の放電室11にはヘリウムなどの不活性ガスを導入するためのガス導入管14が接続され、また放電室11内部には針電極15が配設されている。最終段の加熱室13には図示しないヒータが付設されており、また該加熱室13の出口であるノズル18にはグリッド電極19が設けられている。
【0047】
第1中間真空室21と第2中間真空室22との間は頂部に小孔(オリフィス)を有するスキマー28で隔てられ、第1中間真空室21と第2中間真空室22とにはそれぞれ、イオンを収束させつつ後段へ輸送するためのイオンガイド27、29が設置されている。この例では、イオンガイド27は、イオン光軸Cに沿って配列された複数の電極板を1本の仮想的なロッド電極とし、イオン光軸Cの周囲に複数本(例えば4本)の仮想的ロッド電極を配置した構成である。また、イオンガイド29は、イオン光軸Cに沿う方向に延伸するロッド電極をイオン光軸Cの周囲に複数本(例えば8本)配置した構成である。ただし、イオンガイド27、29の構成はこれに限らず適宜変更することができる。分析室23内部には、イオンを質量電荷比m/zに応じて分離する四重極マスフィルタ30と該四重極マスフィルタ30を通り抜けたイオンを検出するイオン検出器31が設置されている。このイオン検出器31による検出信号はアナログデジタル変換器(ADC)32でデジタル化されたあとに制御・処理部40へ送られる。
【0048】
分析制御部33は制御・処理部40からの指示を受けて、測定を実行する際に、DARTイオン化ユニット10以外の質量分析装置の各部の動作を制御する。またDART駆動制御部34は、測定を実行する際に、DARTイオン化ユニット10の動作を制御する。制御・処理部40は装置全体の統括的な制御及びデータ処理を実行するものであり、本実施例に特徴的な機能ブロックとして、リアルタイムクロマトグラム作成部41、コメント入力受付部42、データファイル作成部43、データ記憶部44、クロマトグラム作成部46、マススペクトル作成部47、スペクトル減算部48、スペクトルピーク特定部49、既知成分情報記憶部50、差異解析部51、差異情報表示処理部52、などを含む。この制御・処理部40には、ユーザ(分析担当の作業者)により操作される入力部60及びディスプレイモニタである表示部61が接続されている。なお、一般に、制御・処理部40は、パーソナルコンピュータをハードウエア資源とし、該コンピュータに予めインストールされた専用の制御・処理ソフトウエアを実行することにより、それぞれの機能を達成する構成である。また、DARTイオン化ユニット10の動作は質量分析装置と連動している必要はないので、DART駆動制御部34は制御・処理部40とは異なる独立した制御系により制御される構成とすることもできる。
【0049】
本実施例のDART質量分析装置における、試料に対する質量分析動作を概略的に説明する。
DARTイオン
化ユニット10においては、ガス導入管14を通して放電室11内にヘリウムが供給され、ヘリウムが放電室11内に充満した状態で針電極15に高電圧が印加されると、針電極15と接地電位である隔壁16との間で放電が生じる。この放電によって、基底一重項分子ヘリウムガス(1
1S)は、ヘリウムイオン、電子、及び励起された励起三重項分子ヘリウム(2
3S)の混合物に変化する。この混合物は次の反応室12に入るが、反応室12の隔壁16、17にそれぞれ印加されている電圧により生成される電場の作用により、電荷を有するヘリウムイオンと電子とは反応室12で遮断され、電気的に中性である励起三重項分子ヘリウムのみが加熱室13へと送り込まれる。
【0050】
加熱室13において高温に加熱された励起三重項分子ヘリウムが、グリッド電極19を通してノズル18からイオン化領域20へ噴出する。加熱された励起三重項分子ヘリウムはイオン化領域20に存在する大気中の水分子をペニングイオン化する。これにより生成された水分子イオンは励起状態にある。また励起三重項分子ヘリウムを含むガスは高温であるため、このガスがノズル18の前方に置かれた試料25に吹き掛けられると、該試料25中の成分分子は気化する。気化により発生した成分分子に励起状態の水分子イオンが作用すると、反応を生じて該成分分子をイオン化する。このようにしてDARTイオン化ユニット10では、固体状や液体状の試料をそのまま、つまり、その場に置いた状態でイオン化することができる。
【0051】
生成されたイオンは、イオン領域20と第1中間真空室21との圧力差によってイオン導入管26に吸い込まれ、第1中間真空室21へと送られる。そして、イオンはイオンガイド27で収束されてスキマー28頂部のオリフィスを経て第2中間真空室22へと送られ、さらにイオンガイド29で収束され分析室23へ送られる。四重極マスフィルタ30を構成する4本のロッド電極には所定の電圧が印加され、その電圧に対応した質量電荷比を有するイオンのみが四重極マスフィルタ30を通り抜けてイオン検出器31に入射する。イオン検出器31は入射したイオンの量に応じた検出信号を出力する。したがって、例えば、四重極マスフィルタ30を構成する4本のロッド電極に印加する電圧を所定範囲で走査すると、四重極マスフィルタ30を通過し得るイオンの質量電荷比が所定の質量電荷比範囲で走査される。制御・処理部40では、このときに順次得られる検出信号に基づき、所定の質量電荷比範囲に亘るイオンの信号強度を示すマススペクトルを得ることができる。
【0052】
上述したように、このDART質量分析装置の特徴の一つは、DARTイオン化ユニット10のノズル18から噴出するガス流に試料25をかざすだけで、該試料25に対する質量分析を実行し、その結果を得られることである。
【0053】
次に、本実施例のDART質量分析装置により、試料25として3個のサンプルの測定を行う際の、作業者の操作及び本装置の動作の一例を説明する。
図2はこのときの測定の手順及び動作を示すフローチャートである。
作業者が入力部60で所定の操作を行うと、制御・処理部40の指示を受けた分析制御部33の制御の下に、所定の質量電荷比範囲に亘るスキャン測定が開始される。作業者は測定開始から数分程度(この例では約3分間)、サンプルを測定位置に挿入せずに待機する。それにより、試料25が測定位置にない状態の測定、つまりブランク測定を行う。
【0054】
図4は測定実行中に表示部61の画面上に表示される測定中画面100の一例を示す概略図である。測定中画面100には、クロマトグラム表示欄101とコメント情報入力テーブル102とが配置されている。
測定が開始されると、制御・処理部40においてリアルタイムクロマトグラム作成部41はアナログデジタル変換器32でデジタル化された検出データを受け取り、トータルイオンクロマトグラム(なお、以下の説明では、トータルイオンクロマトグラムを単に「クロマトグラム」ということがある)を作成しクロマトグラム表示欄101に表示する。スキャン測定が実施され新たなデータが得られる毎に、クロマトグラム表示欄101に表示されるクロマトグラムのカーブは更新される。
図5中に示すように、ブランク測定の実行中には、ノイズなどのバックグラウンドを示すカーブが現れる。
【0055】
作業者は、クロマトグラムとともに表示されているコメント情報入力テーブル102に、測定しているサンプル名とそのサンプルに対する測定の開始時間及び終了時間とを入力する(ステップS2)。
図4に示すように、コメント情報入力テーブル102には、サンプル名入力欄102a、測定開始時間入力欄102b、測定終了時間入力欄102cが設けられているので、作業者は入力部60であるポインティングデバイス等により入力したい欄を選択し、キーボードから適宜のテキストを入力することで、それぞれの欄に所望の情報を入力すればよい。なお、ブランク測定の際には、サンプル名入力欄には「ブランク」と入力すればよい。
【0056】
測定開始時点から所定の時間が経過したならば、作業者は1番目のサンプル(サンプル1)を測定位置に挿入することで、該サンプルに対する測定を実行する(ステップS3)。すると、このサンプルから発生するイオンがイオン導入管26を通して第1中間真空室21へ導入され始めるので、クロマトグラム表示欄101に略リアルタイムで表示されるクロマトグラムには、
図4に示すようにピークが現れ始める。作業者はステップS2と同様に、測定しているサンプル名とそのサンプルに対する測定の開始時間及び終了時間とをコメント情報入力テーブル102に入力する(ステップS4)。サンプルに対する測定開始時間及び測定終了時間は、クロマトグラムに現れるピークの開始点及び終了点をそれぞれ作業者が目視で読み取り、これを入力すればよい。
【0057】
作業者が一つのサンプルを測定位置に所定時間挿入して測定を終了したあと、未測定のサンプルがあれば(ステップS5でYes)ステップS3へと戻り、未測定である別のサンプルを測定位置に挿入し、該サンプルに対する測定を実行する。これにより、
図5に示すように、クロマトグラムには二つ目のピークが現れる。そして、作業者は該サンプルについてのサンプル名、測定開始時間・終了時間を入力する。
【0058】
用意した全てのサンプルについてステップS3、S4の処理を行ったならば、作業者は入力部60で所定の操作を行うことで測定終了を指示する。すると、分析制御部33は測定を終了するように各部を制御する。また、コメント入力受付部42は、その時点でコメント情報入力テーブル102に入力されているサンプル名、各サンプルの測定開始時間・終了時間等のサンプル情報を収集する。データファイル作成部43は一連の測定により得られた全てのデータを一つのデータファイルに格納するとともに、コメント入力受付部42が収集したサンプル情報を同じデータファイルに格納し、そうして作成したファイルをデータ記憶部44に保存する(ステップS6)。
これにより、ブランク測定及び複数のサンプルに対する測定によって得られたマススペクトルデータと、測定されたサンプルのサンプル名や測定開始時間・終了時間の情報がともに格納されたデータファイルが記憶される。
【0059】
なお、上述したように、作業者がコメント情報入力テーブル102の各欄に直接サンプル名等を書き込むようにしてもよいが、より簡便な入力方法としてもよい。例えば、
図6に示すような、サンプル名と該サンプルに対応する分子量、組成式などの情報を登録したサンプルリストを予め作成して記憶しておき、このサンプルリストから適宜サンプルを選択することでサンプル名を入力することができるようにしてもよい。また、
図6に示したような様々な情報を含むリストではなく、サンプル名のみを列記したプルダウンメニューを表示し、その中からサンプル名を選択できるようにしてもよい。また、
図6に示したようなサンプルリストを測定中画面100上に配置したり該画面100に重ねて別の画面として表示したりして、該リスト中からドラッグ&ドロップ操作により適宜のサンプル名を入力できるようにしてもよい。
【0060】
また、測定開始時間・終了時間については、クロマトグラム表示欄101に表示されたクロマトグラムに重ねて表示したカーソル(マウスポインタ)によるクリック操作で入力できるようにすると便利である。
図7はこの場合の測定中画面100の一例を示す概略図である。作業者は入力部60であるポインティングデバイスを操作してクロマトグラム表示欄101に表示されている矢印状のカーソル103を所定の位置に移動させ、クリック操作を行う。すると、コメント入力受付部42はそのクリックされた位置に対応する時間情報を取得し、その時間をコメント情報入力テーブル102中の測定開始時間入力欄102b又は測定終了時間入力欄102c欄に自動的に書き込む。なお、
図7ではサンプル1に対する測定開始時間を指定する際のカーソルの位置を実線で示し、測定終了時間を指定する際のカーソルの位置を点線で示している。このようなグラフィカルな操作により、作業者の入力の手間が軽減される。
【0061】
続いて、上述したようにして複数のサンプルに対する測定データがデータ記憶部44に格納されている状態で該データに対する解析を行う際の、作業者の操作及び本装置の動作の一例を説明する。
図3はこのときの処理動作を示すフローチャートである。
【0062】
作業者が入力部60からデータファイル名を指定して解析開始を指示すると、クロマトグラム作成部46は指定されたデータファイルをデータ記憶部44から読み出す。そして、該ファイルに格納されている測定データに基づいて全測定時間範囲に亘るトータルイオンクロマトグラムを作成する。また、同ファイルに格納されているサンプル情報から、サンプル名とそのサンプルの測定時間範囲(測定開始時間から測定終了時間までの期間)とを認識し、クロマトグラム上で各測定時間範囲に現れているピークにサンプル名を対応付け、該ピークのピークトップ近傍の所定位置にサンプル名を貼り付ける。そうして各ピークにサンプル名を付したクロマトグラムを表示部61の画面上に表示する(ステップS11)。
図8はこうして作成及び表示されるクロマトグラムの一例である。
【0063】
次に、マススペクトル作成部47は測定時間範囲毎にピークのピークトップを検出し、そのピークトップに対応する時間に取得されたマススペクトルデータを抽出し、マススペクトルを作成する。即ち、
図8の例では、三つのサンプルのピークのピークトップ位置に対応する時間におけるマススペクトルデータが抽出され、そのデータに基づいてそれぞれマススペクトルが作成される。さらにマススペクトル作成部47は、サンプル名が「ブランク」である測定時間範囲全体又はその中の所定の時間範囲に得られたマススペクトルデータについて、質量電荷比毎に信号強度の平均値を計算することで、ブランク測定に対するマススペクトルの平均であるバックグラウンドマススペクトルを求める。スペクトル減算部48は、サンプル毎に、該サンプルに対するマススペクトルから共通のバックグラウンドマススペクトルを差し引くことにより、バックグラウンドが除去されたマススペクトルを求める。そして、バックグラウンド除去がされた各マススペクトルに対応するサンプル名を付加し、クロマトグラムとともに表示部61の画面上に表示する(ステップS12)。
図9はこうして表示されるクロマトグラム及びマススペクトルの一例を示す図である。
なお、ここでは、全てのサンプルについてのマススペクトルを一覧表示しているが、選択されたサンプルのみのマススペクトルを表示してもよいし、或いは一覧表示でなくタブの切替えによりマススペクトルを選択的に表示するようにしてもよい。
【0064】
また、スペクトル減算部48は、一つのサンプルに対するマススペクトルから共通のバックグラウンドマススペクトルを差し引くのではなく、指定された二つのマススペクトルの差分を計算して差分マススペクトルを求めるようにしてもよい。例えば、バックグラウンド除去がなされていないサンプル1に対するマススペクトルから同じくバックグラウンド除去がなされていないサンプル2に対するマススペクトルを差し引き、それにより得られた差分マススペクトルにその二つのサンプルのサンプル名を付加し、表示部61の画面上に表示するとよい。こうして算出される差分マススペクトルでは共通のバックグラウンドは除去されているので、作業者はこの差分マススペクトルの表示により、サンプル1とサンプル2との質量電荷比毎の信号強度の差を的確に把握することができる。
【0065】
既知成分情報記憶部50には、含有していることが予測される化合物についての情報が予め格納される。
図10はこの化合物情報の一例を示す図である。この例では、化合物毎に、分子量、分子イオンの質量電荷比、組成式、構造式などの情報のほか、Na付加体、NH
3付加体等のアダクトイオンの質量電荷比といった付加体情報に含まれる。こうした情報は既知である様々な化合物データベースに基づいて作成することができる。また、既存の化合物データベースをそのまま利用してもよい。また、付加体情報は分子量などの情報から自動的に作成するようにしてもよい。
【0066】
スペクトルピーク特定部49は、ステップS12で算出された、各サンプルに対するバックグラウンド除去後のマススペクトルについてピーク検出を行い、検出されたピークの質量電荷比情報を既知成分情報記憶部50に格納されている化合物情報に照らしてピークを同定する。そして、同定されたピーク、つまり、或る化合物であることが確認されたピークに対して、その化合物の名称、分子量、質量電荷比、構造式などの情報の少なくとも一つをマススペクトル上のそのピークの近傍に表示する(ステップS13)。このとき、Na付加体、NH
3付加体等のアダクトイオンに相当する質量電荷比におけるピークも検出し、そうしたピークが検出されたならば、そのアダクトイオンに対応する化合物情報を表示する。
【0067】
なお、マススペクトルにおいて隣接するピークの間隔が狭すぎて化合物情報表示同士の重なりが生じる場合や、ピークの信号強度が所定値以下であっていずれのピークの化合物情報であるのか視認困難である場合には、そうした表示状態であることを認識して、自動的にマススペクトルの一部を拡大表示し、その拡大表示したマススペクトル上のピークに対応付けて化合物情報を表示するとよい。
図11は、マススペクトル拡大図を元の(拡大していない)マススペクトルの表示枠内に表示した例であるが、マススペクトル拡大図は元のマススペクトルの表示枠を外れていても構わない。
【0068】
また、差異解析部51は予め設定されている条件の下で、複数のサンプルに対するバックグラウンド除去後のマススペクトルの差異(又は共通性)を抽出する処理を実行する。ここでいうマススペクトルの差異とは例えば、同一の質量電荷比における信号強度の差異や、大きな信号強度で現れるピーク間の質量電荷比の差異などである。そして、そうした信号強度や質量電荷比の差異がある場合には、マススペクトル上でその差異が識別容易な表示を行う(ステップS14)。
例えば差異解析部51は、信号強度の閾値を設定しておき、いずれかのサンプルに対するマススペクトルにおいてその閾値を信号強度が超えた質量電荷比を全て抽出する。そして、その質量電荷比における信号強度の差異を、指定された複数のサンプル間において算出する。
【0069】
いま、
図9に示した三つのサンプルに対するマススペクトルについて、信号強度の閾値を400,000に定めたものとすると、m/z 150.2、m/z 192.2、m/z 391.2の三つの質量電荷比が閾値を超える。これら質量電荷比における信号強度の差異が大きければ、その質量電荷比は或るサンプルに特異的に存在する化合物であり、逆に、信号強度の差異が小さければ、どのサンプルにも共通に存在する非特異的な化合物であるといえる。
図9の例の場合、m/z 150.2はサンプル3に特異的に検出される化合物であり、m/z 192.2はサンプル1とサンプル2とに共通に検出される化合物であり、m/z 391.2はサンプル1に特異的に検出される化合物であることが分かる。そこで、特異的に検出される化合物に対応したピークと、少なくとも二つのサンプルに共通に検出される化合物に対応したピークとをそれぞれ、他のピークとは異なる識別容易な色で表示する。こうして他のピークとは異なる色で表示されたピークに対して上述したように化合物情報が表示されていれば、作業者は複数のサンプルの中の一つに特定的な化合物や共通に存在する化合物などを容易に把握することができる。
【0070】
もちろん、例えば差異解析部51は、信号強度の閾値を設定することなく、全ての質量電荷比について信号強度の差異を、指定された複数のサンプル間において算出するようにしてもよい。また、一つのサンプルに特異的に検出される化合物に対応したピークや、複数のサンプルに共通に検出される化合物に対応したピークの表示色を他のピークと異なるものとする以外に、そうしたピークの近傍又はそうしたピークに対応付けられた化合物情報表示の近傍に特定のマークを表示するようにしてもよい。
図9に示した例について上述した条件で検出されたピークに対し、特定のマークを付した例を
図12に示す。この例では、サンプル3に特異的に検出されるm/z 150.2であるピークには星印、サンプル1に特異的に検出されるm/z 391.2であるピークには三角印、サンプル1とサンプル2とに共通に検出されるm/z 192.2であるピークには丸印のマークがそれぞれ付されている。
【0071】
また差異情報表示処理部52は、差異解析部51で抽出された特異的な化合物や共通性のある化合物についての情報に基づくテーブルを作成し、さらにそれら化合物に対応する質量電荷比における抽出イオンクロマトグラムを作成する(ステップS15)。
図13は、
図9に示した例について上述した条件で検出されたピークに対する信号強度と異なるサンプル間の信号強度差とをテーブル化した例である。そして、作成したテーブルや抽出イオンクロマトグラムを表示部61の画面上に表示する(ステップS16)。
図13に示すようなテーブルが表示されることで、作業者は信号強度差を定量的に把握することができる。また、作業者は抽出イオンクロマトグラムに現れるピークとトータルイオンクロマトグラムに現れるピークの位置とを比較することにより、その化合物が確かにサンプル特異的であるか或いは複数のサンプルに共通するものであるを確認することができる。
【0072】
以上のように、本実施例のDART質量分析装置では、測定により収集された測定データを解析する際に、作業者が解析対象のデータファイルを指定し、必要に応じて解析に関する条件を設定するだけで、自動的に、マススペクトルのバックグラウンド除去、マススペクトル上のピークの同定、複数のサンプル間の差異解析などが行われる。それにより、データ解析の際の作業者の負担は大幅に軽減され、作業者の熟練度や技量の差による結果のばらつきもなくすことができる。
【0073】
[第2実施例]
本発明に係る第2実施例であるDART質量分析装置について、
図14に示す構成図を参照して説明する。
図14では、
図1に示した第1実施例によるDART質量分析装置と同一の又は相当する構成要素には同じ符号を付してある。
この第2実施例のDART質量分析装置が第1実施例のDART質量分析装置と異なる点は、制御・処理部40にピーク検出部45が新たに加えられていることである。
【0074】
上述したように、第1実施例のDART質量分析装置では、測定実行中に、作業者による何らかの操作によって、サンプル名等のサンプル情報と各サンプルに対する測定時間情報(測定開始時間及び終了時間)が入力される。これに対し、この第2実施例のDART質量分析装置では、測定時間情報は作業者の操作によらず、ピーク検出部45による自動的なピーク検出の結果から測定開始時間と測定終了時間が取得される。
【0075】
即ち、測定が開始されると、ピーク検出部45はリアルタイムクロマトグラム作成部41により時々刻々と作成されるクロマトグラムのカーブの傾きやピーク高さ、或いはピーク幅などに基づいて、ピークの開始点と終了点を認識する。その手法は、通常のクロマトグラム上のピークの検出と同じである。そして、一つのサンプルに対するピークの開始時間及び終了時間が求まる毎に、その情報を、
図7等に記載のコメント情報入力テーブル102中の測定開始時間入力欄102b及び測定終了時間入力欄102cに自動的に書き込む。これにより、作業者は、サンプルを測定位置にかざす作業のほか、サンプル名を記入したりリストの中から選択したりする作業を行えばよく、測定実行時の作業者の負担は軽減される。
【0076】
なお、上記実施例では、イオン源としてDARTイオン源を利用していたが、DART以外の、固体状又は液体状の試料を前処理することなく大気圧雰囲気中でその場計測が可能な、アンビエントイオン化と呼ばれる各種のイオン化法を用いることできる。具体的には、上述したDESI法、PESI法、ELDI法、ASAP法といったイオン化法によるイオン源を用いることができる。
【0077】
また、上記説明から分かるように、第1実施例によるDART質量分析装置で実施される
図3に示したような解析処理が可能であるデータは、測定データとサンプル情報及び測定時間情報とが対応付けられてさえいれば、必ずしも
図2に示したような測定手順で得られたデータである必要はない。即ち、サンプル名等のサンプル情報が作業者の操作によって入力されたものでなく、例えばサンプル名等を列記したサンプルテーブルに従って自動的にサンプルを選択しながら測定を実行する質量分析装置にも適用可能な技術である。また、イオン源が上述したようなイオン源に限るものでもなく、質量分析装置の前段に液体クロマトグラフやガスクロマトグラフを接続した液体クロマトグラフ質量分析装置やガスクロマトグラフ質量分析装置に、上述したようなデータ解析処理の手法を採り入れることもできる。
【0078】
さらにまた、それ以外の点において、本発明の趣旨の範囲で適宜に修正、変更、追加などを行っても本願請求の範囲に包含されることは明らかである。