特許第6150033号(P6150033)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

特許6150033消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法及びアーク溶接部
<>
  • 特許6150033-消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法及びアーク溶接部 図000006
  • 特許6150033-消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法及びアーク溶接部 図000007
  • 特許6150033-消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法及びアーク溶接部 図000008
  • 特許6150033-消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法及びアーク溶接部 図000009
  • 特許6150033-消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法及びアーク溶接部 図000010
  • 特許6150033-消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法及びアーク溶接部 図000011
  • 特許6150033-消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法及びアーク溶接部 図000012
  • 特許6150033-消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法及びアーク溶接部 図000013
  • 特許6150033-消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法及びアーク溶接部 図000014
  • 特許6150033-消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法及びアーク溶接部 図000015
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6150033
(24)【登録日】2017年6月2日
(45)【発行日】2017年6月21日
(54)【発明の名称】消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法及びアーク溶接部
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/16 20060101AFI20170612BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20170612BHJP
【FI】
   B23K9/16 J
   B23K9/16 M
   B23K9/173 Z
【請求項の数】7
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2017-515996(P2017-515996)
(86)(22)【出願日】2017年1月20日
(86)【国際出願番号】JP2017001934
【審査請求日】2017年3月22日
(31)【優先権主張番号】特願2016-8695(P2016-8695)
(32)【優先日】2016年1月20日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
(72)【発明者】
【氏名】銭谷 佑
(72)【発明者】
【氏名】大阿見 祥子
(72)【発明者】
【氏名】松葉 正寛
【審査官】 竹下 和志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−144427(JP,A)
【文献】 実開昭64−27170(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00 − 10/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
消耗電極を有する溶接トーチを用いて二枚の鋼板をアーク溶接する消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法であって、
下記(1)式で示される酸素ポテンシャルαが1.5%〜5%であるシールドガスを、前記溶接トーチから前記消耗電極に向けて供給しながらアーク溶接を行い、
前記アーク溶接により形成された700℃以上の状態にある溶接ビードと溶接止端部とに対し、下記(2)式で示される酸素ポテンシャルβが15%〜50%である酸化促進ガスを、1〜3m/秒の流速で吹き付ける
ことを特徴とする消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法。
α=100×([V(O)]+[V(CO)]/5)/([V(X)]+[V(O)]+[V(CO)])・・・(1)式
β=100×[V(O)]/([V(X)]+[V(O)]+[V(CO)])・・・(2)式
ここで、
[V(X)]はシールドガスに含まれる不活性ガスの混合率(体積%)であり、
[V(O)]はシールドガスに含まれる酸素の混合率(体積%)であり、
[V(CO)]はシールドガスに含まれる二酸化炭素の混合率(体積%)であり、
[V(X)]は酸化促進ガスに含まれる不活性ガスの混合率(体積%)であり、
[V(O)]は酸化促進ガスに含まれる酸素の混合率(体積%)であり、
[V(CO)]は酸化促進ガスに含まれる二酸化炭素の混合率(体積%)である。
【請求項2】
前記酸化促進ガスは、前記溶接トーチと、その外周面から外方に離間して設けられる外周壁との間に形成された空間を介して吹き付けられる
ことを特徴とする請求項1に記載の消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項3】
前記酸化促進ガスは、700℃以上の状態にある前記溶接ビードと溶接止端部の少なくとも一部の上方領域が包囲された状態で、前記上方領域内に吹き付けられる
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項4】
前記溶接ビードと溶接止端部のうち前記酸化促進ガスが吹き付けられる部位と、前記消耗電極の先端位置との水平方向の最短離間距離が35mm以下である
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法により形成されるアーク溶接部であって、
溶接ビードの表面、及び、前記溶接ビードの溶接止端部の表面が、マグネタイト及びウスタイトのいずれか一方または両方を含有する導電性の鉄酸化物スラグで覆われていることを特徴とするアーク溶接部。
【請求項6】
前記導電性の鉄酸化物スラグの厚さが10μm〜50μmである
ことを特徴とする請求項5に記載のアーク溶接部。
【請求項7】
前記溶接ビードの表面、及び、前記溶接ビードの溶接止端部の表面の全面が前記導電性の鉄酸化物スラグで覆われている
ことを特徴とする請求項5又は6に記載のアーク溶接部。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法と、この消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法により得られるアーク溶接部に関する。
本願は、2016年1月20日に、日本に出願された特願2016−008695号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
ガスシールドアーク溶接は、様々な分野で広く用いられており、例えば、自動車分野では足廻り部材などの溶接に用いられている。
ソリッドワイヤを用いて鋼部材をガスシールドアーク溶接する際のシールドガスには、CO100%のガス、又は、ArとCOとの混合ガスが使用されている。しかしながら、COのような酸化性ガスを含むシールドガスを使用して溶接すると、シールドガス中の酸化性ガスに含まれる酸素が鋼材やワイヤに含まれるSiやMnなどの元素と反応し、Si酸化物やMn酸化物を主体とするSi,Mn系スラグが生成する。その結果、溶融凝固部である溶接ビードの表面などにSi,Mn系スラグが多く残存するようになる。
【0003】
自動車の足廻り部材など、耐食性を要求される部材では、溶接組み立て後に電着塗装が施される。この電着塗装を行う際に、アーク溶接部の表面にSi,Mn系スラグが残存していると、その部分の電着塗装性が悪くなる。その結果、塗装が付かずに、Si,Mn系スラグが表面に現れる個所が発生して耐食性が低下するようになる(図8参照)。
【0004】
Si,Mn系スラグの残存部で電着塗装性が低下する理由は、Si酸化物やMn酸化物が絶縁体であり、塗装時に通電できず、塗装が全面に付着しないためである。
このSi,Mn系スラグは溶接部の脱酸過程の副産物であり、また、アークそのものを安定化させる効果もあるため、ソリッドワイヤ等を用いたガスシールドアーク溶接では、このSi,Mn系スラグを発生させないようにすることは難しい。その結果、電着塗装した部材でも溶接部の腐食は不可避であった。
そのため、自動車の足回り部材などの設計においては、腐食による減肉を考慮し、厚目の板厚設計がなされており、これが高張力鋼材の使用による薄板化に対する障害になっている。
【0005】
このような問題に対し、ガスシールドアーク溶接において発生するSi,Mn系スラグの量を減らして、電着塗装性を改善するために、従来、以下のような対策が提案されている。
【0006】
例えば、特許文献1は、酸素の供給減であるシールドガス中の酸化性ガス(CO、O)の量を制限することで酸化物であるスラグの量を減らす方法を提案している。
【0007】
特許文献2は、不活性ガスからなるシールドガスを消耗電極に向けて供給し、酸化性ガスと不活性ガスとの混合ガスからなる添加ガスを溶融プール外縁に向けて供給する消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法を提案している。この溶接方法によれば、アークを安定化させつつ、溶接金属中の溶存酸素濃度を極めて低く抑えることできる。
【0008】
特許文献3は、母材と溶接ワイヤの合計Si量が0.04〜0.2%に制限された成分組成の溶接ワイヤを用いるガスシールドメタルアーク溶接方法を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】日本国特開2012−213801号公報
【特許文献2】日本国特開2007−044736号公報
【特許文献3】日本国特開平8−33997号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、特許文献1〜3の技術では、絶縁性のスラグの発生量を無くす観点からは十分とは言えない。特に、SiやMnの含有量が多い高張力鋼板では、母材に含まれるSiやMnに起因するSi,Mn系スラグが多く発生する問題がある。また、特許文献1のようにシールドガス中のCOやOの量を減らすと、Arの割合が高くなるため、コストが高くなり、かつ溶接時にアークがふらついて、ビード形状が悪化するという問題がある。また、特許文献3のように、脱酸元素が少ないと、溶接金属の脱酸が十分でなく、ブローホールが発生しやすいという問題もある。
【0011】
そこで、本発明は、Si,Mn系スラグによる電着塗装不良部が発生しない溶接部が形成できる消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法及びアーク溶接部を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の要旨は、下記のとおりである。
【0013】
(1)本発明の第一の態様は、消耗電極を有する溶接トーチを用いて二枚の鋼板をアーク溶接する消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法であって、下記(A)式で示される酸素ポテンシャルαが1.5%〜5%であるシールドガスを、前記溶接トーチから前記消耗電極に向けて供給しながらアーク溶接を行い、前記アーク溶接により形成された700℃以上の状態にある溶接ビードと溶接止端部とに対し、下記(B)式で示される酸素ポテンシャルβが15%〜50%である酸化促進ガスを、1〜3m/秒の流速で吹き付ける、消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法である。
α=100×([V(O)]+[V(CO)]/5)/([V(X)]+[V(O)]+[V(CO)])・・・(A)式
β=100×[V(O)]/([V(X)]+[V(O)]+[V(CO)])・・・(B)式
ここで、
[V(X)]はシールドガスに含まれる不活性ガスの混合率(体積%)であり、
[V(O)]はシールドガスに含まれる酸素の混合率(体積%)であり、
[V(CO)]はシールドガスに含まれる二酸化炭素の混合率(体積%)であり、
[V(X)]は酸化促進ガスに含まれる不活性ガスの混合率(体積%)であり、
[V(O)]は酸化促進ガスに含まれる酸素の混合率(体積%)であり、
[V(CO)]は酸化促進ガスに含まれる二酸化炭素の混合率(体積%)である。
【0014】
(2)上記(1)に記載の消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法では、前記酸化促進ガスは、前記溶接トーチと、その外周面から外方に離間して設けられる外周壁との間に形成された空間を介して吹き付けられてもよい。
【0015】
(3)上記(1)又は(2)に記載の消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法では、前記酸化促進ガスは、700℃以上の状態にある前記溶接ビードと溶接止端部の少なくとも一部の上方領域が包囲された状態で、前記上方領域内に吹き付けられてもよい。
【0016】
(4)上記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法では、前記溶接ビードと溶接止端部のうち前記酸化促進ガスが吹き付けられる部位と、前記消耗電極の先端位置との水平方向の最短離間距離が35mm以下であってもよい。
【0017】
(5)本発明の第二の態様は、上記(1)〜(4)のいずれか一項に記載の消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法により形成されるアーク溶接部であって、溶接ビードの表面、及び、前記溶接ビードの溶接止端部の表面が、マグネタイト及びウスタイトのいずれか一方又は両方を含有する導電性の鉄酸化物スラグで覆われるアーク溶接部である。
【0018】
(6)上記(5)に記載のアーク溶接部では、前記導電性の鉄酸化物スラグの厚さが10μm〜50μmであってもよい。
【0019】
(7)上記(5)又は(6)に記載のアーク溶接部では、前記溶接ビードの表面、及び、前記溶接ビードの溶接止端部の表面の全面が前記導電性の鉄酸化物スラグで覆われていてもよい。
【発明の効果】
【0020】
上記(1)〜(4)に記載の方法によれば、アーク溶接により形成された700℃以上の状態にある溶接ビードと溶接止端部の表面は、酸素ポテンシャルβが高い酸化促進ガスに晒されることになる。従って、溶接ビード及び溶接ビード止端部の表面を導電性の鉄酸化物スラグで覆うことができるため、絶縁性のSi,Mn系スラグが表面に出現することがない。従って、溶接部を含む構造部材を電着塗装しても溶接部に電着塗装不良が発生せず、このため構造部材の耐食性を高めることができる。
【0021】
特に、上記(2)に記載の方法によれば、溶接トーチの外周に形成された空間を介して酸化促進ガスが溶接ビードと溶接止端部とに吹き付けられる。従って、より確実に、アーク溶接により形成された700℃以上の状態にある溶接ビードと溶接止端部とに対し、酸化促進ガスを吹き付けることができ、溶接ビード及び溶接ビード止端部の表面を導電性の鉄酸化物スラグで覆うことができる。更に、溶接の施工性も高めることができる。
【0022】
また、上記(3)に記載の方法によれば、溶接トーチの進行方向後方にある溶接ビードと溶接止端部の上方領域を包囲した状態でその領域内に酸化促進ガスを吹き付けるため、酸化促進ガスを高い濃度に保った状態で溶接ビードと溶接止端部とに吹き付けることができる。従って、より確実に、溶接ビード及び溶接ビード止端部の表面を導電性の鉄酸化物スラグで覆うことができる。
【0023】
また、上記(4)に記載の方法によれば、離間距離Dを35mm以下に設定することで、より確実に、アーク溶接により形成された700℃以上の状態にある溶接ビードと溶接止端部とに対し、酸化促進ガスを吹き付けることができ、溶接ビード及び溶接ビード止端部の表面を導電性の鉄酸化物スラグで覆うことができる。
【0024】
上記(5)〜(7)に記載のアーク溶接部では、溶接ビード及び溶接止端部の表面が導電性の鉄酸化物スラグで覆われるため、絶縁性のSi,Mn系スラグが表面に出現することがない。従って、溶接部を含む構造部材を電着塗装しても溶接部に電着塗装不良部が発生せず、このため構造部材の耐食性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1A】本発明の一実施形態に係る消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法を説明するための縦断面図である。
図1B】同実施形態に係る消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法を説明するための上面図である。
図2】同実施形態に係る消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法で用いる酸化促進ガス吹付手段をその下方より見た図である。
図3A】第一変形例に係る酸化促進ガス吹付手段を説明するための縦断面図である。
図3B】同変形例に係る酸化促進ガス吹付手段を説明するための上面図である。
図4】第二変形例に係る酸化促進ガス吹付手段を説明するための溶接トーチの断面図である。
図5】酸化促進ガスG2を用いない比較例(実験例16)、酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβを10.0%とした比較例(実験例19)、及び、酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβを15.0%とした発明例(実験例2)について、溶接後外観、塗装後外観、及び腐食後外観を示す写真である。
図6】酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβを10.0%とした比較例(実験例19)について、Si,Mn系スラグの一部がFe系酸化物に置換されている状態を示す外観写真(左)とSEM写真とを示す
図7】発明例での効果を特許文献1〜3の技術と比較して示す概略説明図である。
図8】従来の溶接方法による溶接部の構造を説明するための図であって鋼板に垂直な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
消耗電極式ガスシールドアーク溶接では、アーク安定性の観点から、シールドガス中に所定量の酸化性ガスを混合せざるを得ない。電着塗装不良を抑制するための従来の対策として、シールドガス中の酸化性ガスの量を減らす対策、又は、消耗電極(溶接ワイヤ)中の酸化成分を減らしてSi,Mn系スラグの量を減らす対策を採用する場合、溶接品質に悪影響が発生する虞がある。
【0027】
そこで、本願発明者らは、通常のシールドガス及び溶接ワイヤを用いて、様々な溶接条件で溶接部のスラグ発生状況及び電着塗装性を評価した結果、溶接入熱を過度に高くした条件においてSi,Mn系スラグが減少し、電着塗装性が向上する傾向を見出した。更に、これらの溶接条件における溶接ビードと溶接止端部の表面を観察したところ、溶接ビードの表層に導電性を有する鉄酸化物(FeO、Fe)が形成されていることを確認した。
【0028】
高入熱の溶接条件では溶接金属の冷却速度が遅くなるため、溶融・凝固後の高温状態の溶接ビードと溶接止端部とがシールドガスで保護された領域から外れやすくなる。その結果、高温の溶接ビードと溶接止端部が大気雰囲気に曝されて酸化が促進され、溶接ビードと溶接止端部の表層が鉄酸化膜で覆われたと考えられた。
【0029】
以上の知見を基に、本願発明では、溶接部の酸化を防ぐのではなく、凝固した溶接ビード及び溶接止端部の表面を積極的に酸化させることによって、導電性を有する鉄酸化物(FeO、Fe)を生成させてSi酸化物や、Mn酸化物を鉄酸化物で覆い、溶接ビード及び溶接止端部の表面に導電性を付与することを着想した。
【0030】
このような傾向は溶接速度を速くして、溶融プールを進行方向後方に拡げることによっても確認されたが、一般的に溶接条件は適用される鋼板の板厚や継手の形式によって一義的に決定されるものであり、スラグ生成量の制御を目的に自由に設定出来ない。過度な入熱の増加は鋼板の溶け落ちを招き、溶接速度の高速化は溶接ビード形状の不良につながる。
そこで、本願発明者らは、溶接入熱や速度に依存することなく、溶接ビードの表面に安定した鉄酸化膜を形成させることを目的に、検討を進めた。
【0031】
その結果、通常のアーク溶接トーチの溶接進行方向の後方における高温状態の溶接ビード及び溶接止端部に対し、酸素ポテンシャルβの高い酸化促進ガスG2を吹き付ければ、溶接ビード及び溶接止端部の表面に残存する酸素ポテンシャルαの低いシールドガスG1を排除することができ、溶接ビード及び溶接止端部の表面の鉄の酸化が促進され、シールドガス中の酸化性ガスとの反応で形成されたSiやMn酸化物を含め、溶接ビード及び溶接止端部の表面を導電性のある鉄酸化物で覆うことができることを新たに知見し、本発明に至った。
【0032】
以下、上述の知見に基づきなされた本発明の実施形態について図面に基づき詳細に説明する。
【0033】
図1A図1Bは、本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法を説明するための概略図である。
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法では、図1A、1Bに示すように、消耗電極を有する溶接トーチ1と、前記溶接トーチ1の溶接進行方向の反対側に向かって延在する酸化促進ガス吹付ノズル22(フードノズル22A)とを用い、二枚の鋼板を溶接する。
【0034】
本実施形態では、消耗電極式ガスシールドアーク溶接の過程で生成される導電性の鉄酸化物スラグ9により、溶接ビード81の表面、及び、溶接ビード81と鋼材(母材)との境界部である溶接止端部82の表面を覆う。これにより、溶接の際に生成した絶縁性のSi,Mn系スラグを導電性の鉄酸化物スラグ9内に閉じ込めるようにする。
【0035】
溶接の際に生成できる可能性のあるスラグで、導電性を有するものとして、マグネタイト(Fe)やウスタイト(FeO)があることが知られている。
そこで、溶融プール8の表面上、あるいは、溶接ビード81及び溶接止端部82の表面上で鉄の酸化を促進し、マグネタイトやウスタイト主体の導電性の鉄酸化物スラグ9により覆われたアーク溶接部を得ることが必要となる。
【0036】
溶接の際に、高温状態の溶接ビード81と溶接止端部82の表面を酸化性雰囲気に曝すことにより、鉄酸化物であるマグネタイトやウスタイトが形成でき、溶接ビード81の表面、及び、溶接止端部82の表面を、マグネタイト及びウスタイトのいずれか一方または両方を含有する導電性の鉄酸化物スラグで覆うことができる。
尚、溶接ビード81の表面と溶接止端部82の表面だけではなく、溶接トーチ1からのシールドガスG1により形成されるシールド領域よりも外にある溶融プール8の表面も、酸化性雰囲気に曝すことが好ましい。
【0037】
本実施形態では、少なくとも溶接ビード81の表面と溶接止端部82の表面とに向けて酸素ポテンシャルβが高い酸化促進ガスG2をシールドガスG1とは別に吹き付けることで鉄の酸化を促進し、溶接ビード81及び溶接止端部82の表面を導電性の鉄酸化物スラグ9により覆う。
【0038】
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法によれば、消耗電極式ガスシールドアーク溶接をする際に、不活性ガスもしくは酸化性ガスと不活性ガスからなる酸素ポテンシャルαが低いシールドガスを消耗電極に向けて供給し、その直後に、酸化性ガスと不活性ガスとの混合ガスからなる酸素ポテンシャルβが高い酸化促進ガスG2を少なくとも高温状態の溶接ビード81及び溶接止端部82に向けて吹き付ける。これにより、溶接ビード81および溶接止端部82がすべて導電性の鉄酸化物スラグ9に覆われ、絶縁性のSi,Mn系スラグが導電性の鉄酸化物スラグ9中に埋没した溶接部を得ることができる。
【0039】
導電性の鉄酸化物スラグ9が形成されているかどうかは、溶接ビード81及び溶接止端部82の表面の組成をEPMAによる元素マッピングにより調べることや、導電性を調べることにより確認できる。
上記のように酸化促進ガスG2を使用して溶接した後の溶接ビード81とその溶接止端部82の範囲を切断し、切断面を研磨し、EPMAによる元素マッピングをすることにより、溶接ビード81とその溶接止端部82の断面で観察した表面付近が、導電性の鉄酸化物スラグ9で覆われていること、この導電性の鉄酸化物スラグ9の最表面はほぼ鉄酸化物となっていること、絶縁性のSi,Mn系スラグを形成するSi酸化物やMn酸化物は、溶接ビード81と溶接止端部82の最表面には殆ど存在しないことを確認することが出来る。
【0040】
さらに、市販のテスターを用いて鉄酸化物スラグ9の表面と、溶接ビード81、溶接止端部82の外側の鋼板表面との間の導通を測定したところ、40〜1000Ωの抵抗値での導電性を確認した。なお、溶接ビード81及び溶接止端部82の表面に絶縁性のSi,Mn系スラグが存在すると、電気抵抗が無限大もしくは通常の導電体の計測範囲外となり一般的な市販のテスターでは計測することができない。
【0041】
(溶接トーチ1)
溶接トーチ1は、消耗電極5とそれを囲う周壁部との間がシールドガスG1の通路となるように構成される。この溶接トーチ1からシールドガスG1が消耗電極5に向けて供給されながら、溶接位置に配置された鋼部材間に形成された溶接線に沿って、アーク溶接が行われる。
【0042】
(消耗電極5)
消耗電極5は、特に限定されるものではないが、溶融プール8でのSi,Mn系スラグの発生を極力少なくするため、Si含有量が1質量%以下、Mn含有量が2質量%以下であることが望ましい。
【0043】
(シールドガスG1)
シールドガスG1は、ArやHe等の不活性ガスを主体としてO及び/又はCOを混合させた混合ガスであり、溶接トーチ1から消耗電極5(溶接ワイヤ)及びアークプラズマを囲む領域に向けて流出される。シールドガスG1の役割は、アークプラズマの発生領域の雰囲気を大気と置換することに加え、アークの安定性を確保することであるため、下記(1)式で示す酸素ポテンシャルαが1.5%以上、好ましくは2.0%、更に好ましくは4.0%となるように、不活性ガス、O、COの混合率が調整される。
【0044】
α=100×([V(O)]+[V(CO)]/5)/([V(X)]+[V(O)]+[V(CO)])・・・(1)式
【0045】
上記(1)式において、
[V(X)]はシールドガスG1に含まれる不活性ガスの混合率(体積%)であり、
[V(O)]はシールドガスG1に含まれる酸素の混合率(体積%)であり、
[V(CO)]はシールドガスG1に含まれる二酸化炭素の混合率(体積%)である。
【0046】
一方、シールドガスG1の酸素ポテンシャルαが5%を超える場合には、溶融プール8の表面に過剰なSi,Mn系スラグが生成するため、後に酸化促進ガスG2を吹き付けても、溶接ビード81及び溶接止端部82の表面を導電性の鉄酸化物で覆うことができなくなる。
従って、シールドガスG1の酸素ポテンシャルαが5%以下、好ましくは4.5%以下、更に好ましくは4.0%以下となるように、O及び/又はCOの含有量が調整される。
【0047】
(酸化促進ガスG2)
酸化促進ガスG2は、不活性ガス(窒素やアルゴンやHe等)、O、及びCOの2種以上を混合させた混合ガスであり、空気(O:15%〜25%、窒素:75%〜85%)を用いることが簡便である。また、空気を用いた場合でも、さらに酸素ガスを追加して酸化の進行度合いを調整することもできる。
【0048】
酸化促進ガスG2は、溶融プール8の後方の700℃以上の溶接ビード81及び溶接止端部82の領域に吹き付けられる。酸化促進ガスG2の役割は、溶接ビード81及び溶接止端部82の表面の鉄の酸化を促進させ、溶融プール8で形成された絶縁性のSi,Mn系スラグを導電性の鉄酸化物(FeO、Fe)に置換することであるため、下記(2)式で示す酸素ポテンシャルβが15%、好ましくは20%以上、更に好ましくは25%以上となるように、不活性ガス、O、COの混合率が調整される。
【0049】
β=100×[V(O)]/([V(X)]+[V(O)]+[V(CO)])・・・(2)式
【0050】
上記(2)式において、
[V(X)]は酸化促進ガスG2に含まれる不活性ガスの混合率(体積%)であり、
[V(O)]は酸化促進ガスG2に含まれる酸素の混合率(体積%)であり、
[V(CO)]は酸化促進ガスG2に含まれる二酸化炭素の混合率(体積%)である。
【0051】
なお、シールドガスG1と酸化促進ガスG2ではCOの作用が異なる。
アークプラズマが発生する領域で用いられるシールドガスG1に含まれるCOはプラズマの熱で解離するため酸化性ガスとして作用する。
一方、鉄の融点(約1500℃)以下の領域で用いられる酸化促進ガスG2に含まれるCOは安定なCOとして存在するため不活性ガスとして作用する。
このため、酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβは、シールドガスG1の酸素ポテンシャルαとは異なり計算式の分子にCOが含まれない。
【0052】
酸化促進ガスによって形成された鉄酸化物の厚みは10〜50μmで、通常のシールドガスG1のみでの溶接ビード81の表面に形成される鉄酸化膜の厚み、すなわち、Si,Mn系スラグ生成部の領域外に形成される酸化膜の厚み(最大でも5μm程度)よりも厚い。
【0053】
(酸化促進ガス吹付手段20)
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接では、シールドガスG1を供給しながらガスシールドアーク溶接により鋼部材を溶接する際、酸化促進ガス吹付手段20により、消耗電極5及び溶接トーチ1の後方の溶接ビード81及び溶接止端部82の表面に、酸化性ガスを含む酸化促進ガスG2を吹き付ける。これにより、溶接ビード81及び溶接止端部82の表面を導電性の鉄酸化物層で覆うようにする。酸化促進ガスG2は、ビード外観を悪化させなければ消耗電極5及び溶接トーチ1の後方の溶融プール8にも吹き付けてもよい。
【0054】
溶接ビード81と溶接止端部82の表面に酸化促進ガスG2を吹き付ける酸化促進ガス吹付手段20は、酸化促進ガスG2を供給する酸化促進ガス供給部21と、酸化促進ガスG2を吹き付ける酸化促進ガス吹付ノズル22とを有する。
【0055】
酸化促進ガス吹付ノズル22としては、図1A図1B図2に示すようなフードノズル22Aが例示される。このフードノズル22Aは、矩形の上面及びその縁部から垂下する側面を有し、溶接トーチ1の周辺の溶接ビード81及び溶接止端部82の上方領域を包囲する形状とされている。フードノズル22Aの上面には、長手方向の一端側に酸化促進ガス供給部21が設けられるとともに、長手方向の他端側に溶接トーチ1が挿通可能なトーチ挿通孔30が形成される。
【0056】
酸化促進ガスG2は、溶接トーチ1がトーチ挿通孔30に挿通されて一体にされた状態のフードノズル22A内に、酸化促進ガス供給部21から供給され、溶融プール8の表面や溶接ビード81及び溶接止端部82の表面に、高い酸素ポテンシャルβを維持した状態で吹き付けられる。
【0057】
なお、フードノズル22Aは、酸化促進ガス供給部21の先端に一体化された態様としてもよく、取り外し可能な態様としてもよい。
また、フードノズル22Aは、図2のように下方が解放されたもの、箱状で下面に多数のガス吹き出し孔が形成されたもののいずれでも採用が可能である。また、下方が解放されたものでも、解放端部近傍に金網などのガスレンズ10が取り付けられたものでもよい。さらに、溶接トーチ1の近傍の内部に仕切り壁を設け、酸化促進ガスG2がシールドガスG1の流れを妨害しないようにすることもできる。
【0058】
溶接にあたっては、溶接トーチ1からシールドガスG1が放流され、消耗電極5より発生するアーク6の周囲と溶融プール8の周囲がシールドされながら、溶接トーチ1を溶接線11に沿って矢印方向に移動させる。その際、フードノズル22Aの後部に設けられた酸化促進ガス供給部21から、酸化性ガスを含む酸化促進ガスG2がフードノズル22A内に供給され、溶接ビード81と溶接止端部82の表面に酸化促進ガスG2が吹き付けられる。
【0059】
(酸化促進ガスG2を吹き付ける範囲)
溶接ビード81と溶接止端部82の表面温度が700℃以上である場合には、酸化促進ガスG2の中の酸化性ガスとFeとの酸化反応が顕著に起こる。従って、導電性の鉄酸化物スラグ9を溶接ビード81及び溶接止端部82の表面に形成させるために、溶接ビード81と溶接止端部82の表面温度が700℃以上である部位、より好ましくは750℃以上である部位、更に好ましくは800℃以上である部位に対し、酸化促進ガスG2を吹き付ける。
尚、溶接ビード81と溶接止端部82の表面温度は、放射温度計で測定できる。また、鉄の色と温度との関係から、700℃以上にあることを確認してもよい。
【0060】
上述の通り、酸化促進ガスG2は溶接ビード81と溶接止端部82の表面温度が700℃以上である部位に吹き付けられる必要がある。従って、溶接ビード81と溶接止端部82のうち酸化促進ガスG2が吹き付けられる部位と、消耗電極5の先端位置との水平方向の最短離間距離Dは35mm以下であることが好ましく、30mm以下であることが更に好ましい。
一方、最短離間距離Dが10mm以上である場合、溶接トーチ1のアーク発生領域のシールドガスG1に、酸化促進ガスG2のO又はCOが混入することを抑制でき、従って、アーク放電の形態を安定化させ、Si,Mn系スラグの増加を抑制することができる。このため、最短離間距離Dは10mm以上であることが好ましい。
【0061】
(酸化促進ガスG2の流量)
酸化促進ガスG2の流量としては、鉄の酸化の進行に必要な5L/min以上が好ましく、7L/min以上であることが更に好ましい。酸化促進ガスG2の流量は、シールドガスG1によるシールドを乱さないように、シールドガスG1の流量以下であることが好ましい。
【0062】
(酸化促進ガスG2の流速)
酸化促進ガスG2のノズル出口でのガス流速は、1m/秒以上3m/秒以下とする。酸化促進ガスG2の流速は、酸化促進ガスG2の流量(L/min)を、ノズル出口のうち酸化促進ガスG2が排出される部位の断面積で除した値である。
酸化促進ガスG2による溶接ビード81及び溶接止端部82の表面の酸化を促進するためには、溶接ビード81及び溶接止端部82の表面の雰囲気をシールドガスG1の成分から酸化促進ガスG2の成分に置換する必要がある。
【0063】
酸化促進ガスG2の流速が1m/秒以下では、溶接ビード81と溶接止端部82の表面の上方領域をシールドガスG1が主体の雰囲気から酸化促進ガスG2が主体の雰囲気に十分に置換することができない。一方、酸化促進ガスG2の流速が3m/秒を超えると、アーク発生部のシールドガスG1に酸化促進ガスG2の成分が混入することにより、溶融プール表面に過剰なSi,Mn系スラグが生成する虞がある。また、シールドガスG1によるシールドが乱されることにアークが不安定になり、溶接ビードの形成を妨げる虞がある。
従って、酸化促進ガスG2の流速は1m/秒以上3m/秒以下とし、より好ましくは1.5m/秒以上2.5m/秒以下とする。
【0064】
電着塗装性を確保するには、溶接ビード81とその溶接止端部82の表面の全面が導電性の鉄酸化物スラグ9のみで覆われていることが好ましい。
溶接ビード81と溶接止端部82が導通されるためには、表面から10μm以上の厚みで鉄酸化物スラグ9によって覆われていることが好ましい。鉄酸化物スラグ9の厚さは15μm以上であることが更に好ましい。
一方、溶接ビード81とその溶接止端部82の表面に過剰な厚みの鉄酸化物スラグ9が形成される場合、塗装剥がれが発生する虞がある。従って、鉄酸化物スラグ9の厚さは50μm以下であることが好ましく、40μm以下であることが更に好ましい。
【0065】
本実施形態に係るアーク溶接方法は、よく知られている消耗電極式ガスシールドアーク溶接(ガスメタルアーク溶接とも称される)に適用する。溶接条件は特に制限はなく、通常の条件が使用できる。
ただし、サブマージドアーク溶接は、シールドガスを用いない溶接であるため本発明に属さない。また、サブマージドアーク溶接では溶接前に散布するフラックスが溶接時に溶融・凝固するため、5〜10mm程度の分厚いスラグが溶接ビードを覆う。この分厚いスラグを除去した後の溶接ビード表面には、Si,Mn系スラグはほとんど存在せず、溶接ビード表面は5μm程度以下の薄い鉄酸化膜で覆われている。すなわち、酸化促進ガスで溶接ビード及び止端部表面に15〜50μmの鉄酸化物を形成させる本願は、サブマージドアーク溶接では溶接ビード及び止端部の形態が異なる。
【0066】
溶接は、重ね合せ溶接であっても、突き合わせ溶接であってもよい。
鋼板の板厚及び引張強度は特に制限されないが、板厚1.6〜3.2mm、引張強度440〜980MPaが標準的に適用される。また、溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板、アルミめっき鋼板などを用いることもできる。
【0067】
鋼板成分及び溶接材料成分も特に限定されるものではないが、溶融プールでのSi,Mn系スラグの発生を極力少なくするため、鋼板又は溶接材料はそれぞれ、Si含有量が1質量%以下、Mn含有量が2質量%以下であることが望ましい。また、同種鋼板同士を溶接してもよく、異種鋼板同士を溶接してもよい。
【0068】
以上、本発明について実施形態に基づき詳細に説明したが、上述した実施形態は、本発明を実施するにあたっての具体化の例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならない。
【0069】
例えば、上記の説明においては、酸化促進ガス吹付ノズル22として、図1A図1B図2に示すようなフードノズル22Aを用いて酸化促進ガスG2を吹き付けているが、下記の変形例を採用してもよい。
【0070】
第一変形例として、図3A図3Bに示すように、酸化促進ガス供給部21’が接続されたアフターノズル22Bから直接、酸化促進ガスG2を吹き付ける酸化促進ガス吹付手段20’を採用してもよい。
この酸化促進ガス吹付手段20’では、平面視で矩形のアフターノズル22Bを、溶接トーチ1の後方に溶接トーチ1とともに移動するように配置する。そして、このアフターノズル22Bの上面に設けられた酸化促進ガス供給部21’から酸化促進ガスG2を供給し、このアフターノズル22Bの下端から酸化促進ガスG2を主に溶接ビード81と溶接止端部82の表面に吹き付ける。これにより、鉄の酸化を進行させて溶接ビード81及び溶接止端部82を導電性の鉄酸化物スラグ9で覆うようにすることができる。
【0071】
アフターノズル22Bの形状は、図3A図3Bのように平面視で円形のものでもよい。アフターノズル22Bは、下方が解放されたものでもよく、箱状で下面に多数のガス吹き出し孔が形成されたものであってもよい。また、下方が解放されたものでも、解放端部近傍に金網などのガスレンズ10が取り付けられたものでもよい。
【0072】
第二変形例としては、酸化促進ガス吹付手段20’’として、図4に示すような同軸ノズル22Cを用いてもよい。この同軸ノズル22Cは、溶接トーチ1の外周面から外方に離間させて外周壁を設けることにより構成される。この構造においては、酸化促進ガス供給部21’’から供給される酸化促進ガスG2が、外周面と外周壁との間に形成された空間を介して吹き付けられる。
【0073】
(実施例)
以下実施例に基づき本発明の実施可能性及び本願発明の効果の実現性について説明する。
【0074】
表1に示す成分、板厚、引張強度を有する鋼板(A)同士、又は鋼板(B)同士の端部を重ね合わせ、ガスシールドアーク溶接による重ね隅肉溶接を行った。その際、表2に示す成分と直径を有するソリッドワイヤ(JIS Z3312、YGW16)を用い、パルスマグ溶接を行った。表3に具体的な溶接条件を示す。
【0075】
【表1】
【0076】
【表2】
【0077】
【表3】
【0078】
表4は、実験例1〜19のそれぞれについて、実験条件と評価結果を示す。
シールドガスG1は、Ar、O、COの量を調整することで酸素ポテンシャルαを調整した。
【0079】
表4において、αは、上記の(1)式により計算されるシールドガスG1の酸素ポテンシャルを示し、βは、上記の(2)式により計算される酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルを示す。シールドガスG1と酸化促進ガスG2のガス流量は、ノズル出口のうち酸化促進ガスG2が排出される部位の断面積で除した値である。
【0080】
酸化促進ガスG2に関しては、ノズルタイプ、吹付位置、及びガス流速についても示している。
ノズルタイプは、図3A図3Bに示すようなアフターノズルを用いた場合にはAft.N(After Nozzle)と表記し、図4に示すような同軸ノズルを用いた場合にはC.N(Co−axial nozzle)と表記している。
【0081】
尚、アフターノズルを用いた実験例では、溶接トーチからシールドガスG1を流すと同時にアフターノズル内に酸化促進ガスG2を供給しながら溶接を行った。
アフターノズルは、溶接ビード(溶融凝固部)の止端部表面も鉄酸化物で覆うことができるよう、(溶接線に対する)幅を25mmとした。
この実験例では、アーク直下からアフターノズルの最後方まで約50mmであり、その位置におけるビード表面温度は約700℃であった。
【0082】
溶接トーチは、シールドガスG1の通路の断面形状が内径16mm(外径20mm)の円形のものを用いた。
表4の「吹付位置」の欄には、溶接ビードと溶接止端部のうち酸化促進ガスが吹き付けられる部位と、消耗電極の先端位置との水平方向の最短離間距離Dを記載している。図3A図3Bに示すようなアフターノズルを用いた場合には、消耗電極5の先端と、酸化促進ガス吹付手段20’のうち酸化促進ガスG2が排出される出口との水平方向の離間距離であり、図4に示すような二重シールド構造の同軸ノズルを用いた場合には消耗電極5の先端と酸化促進ガス吹付手段20’’のうち酸化促進ガスG2が排出される出口との水平方向の離間距離である。
ガス流速は、ノズル先端における流速である。
【0083】
評価結果として、
(1)Si,Mn系スラグの付着面積率
(2)導電性
(3)塗装不良の面積率
(4)断面調査による鉄酸化物の有無
について表4に示している。評価方法を以下に説明する。
【0084】
(1)Si,Mn系スラグの付着面積率
溶接ビードと溶接止端部の表面を写真撮影し、その画像から、茶褐色のガラス質のスラグをSi.Mn系スラグと見なし、溶接ビード面積に対するスラグ面積の比率を測定した。
【0085】
(2)導電性
溶接ビードと溶接止端部の表面のスラグと鋼板間の抵抗を10箇所にわたって、汎用テスター(POCKET TESTER MODEL:CDM−03D)をあてて導通を測定した。抵抗値が無限大の場合を絶縁と判断し×とした。酸化鉄で覆われたビード表面は40〜1000Ωの抵抗値を示した。
【0086】
(3)塗装不良の面積率
溶接試験片を脱脂、化成処理した後に、膜厚20μm狙いの電着塗装を施した。スラグ面積率の測定と同様に、溶接ビード塗装部を写真撮影し、その画像から、溶接ビード面積に対する塗装不良面積の比率を測定した。
【0087】
(4)断面調査による鉄酸化物の有無
EPMAによる断面観察で鉄濃度30%以上、厚さ10μm以上の鉄系酸化物が確認された場合を○とした。
【0088】
【表4】
【0089】
発明例に属する実験例1〜8では、酸化促進ガスG2が適切な条件で溶接ビードと溶接止端部の表面に吹き付けられたことにより、溶接ビードと溶接止端部を導電性の鉄酸化物スラグで覆うことが出来た。従って、溶接ビードとその止端部の最表面におけるSi,Mn系スラグの付着面積率が抑制され、電着塗装を行った場合の塗装不良が発生しなかった。
【0090】
実験例9では、酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβが過剰であることに起因し、溶接ビードと溶接止端部の表面に導電性の鉄酸化物スラグが過剰に形成された。このため、塗装はがれが発生した。
実験例10では、酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβが過少であることに起因し、溶接ビードと溶接止端部の表面に導電性の鉄酸化物スラグが十分に形成されなかった。このため、塗装不良が発生した。
【0091】
実験例11では、酸化促進ガスG2の流速が過大であることに起因し、アーク発生部のシールドガスに酸化促進ガスG2の成分が混入してしまった。従って、溶融プール表面に形成されるSi,Mn系スラグが過剰に生成されるため、後に酸化促進ガスG2を適正範囲としても、溶接ビードと溶接止端部の表面を導電性の鉄酸化物スラグで覆うことができなかった。このため、塗装不良が発生した。
実験例12では、酸化促進ガスG2の流速が過少であることに起因し、溶接ビードと溶接止端部の表面の雰囲気を酸化促進ガスG2に置換することができなかった。従って、溶接ビードと溶接止端部の表面を導電性の鉄酸化物スラグで十分に覆うことができなかった。このため、塗装不良が発生した。
【0092】
実験例13では、シールドガスG1の酸素ポテンシャルαが過大であることに起因し、溶融プール表面に形成されるSi,Mn系スラグが過剰に生成されるため、後に酸化促進ガスG2を適正範囲としても、溶接ビードと溶接止端部の表面を導電性の鉄酸化物スラグで覆うことができなかった。このため、塗装不良が発生した。
実験例14では、シールドガスG1の酸素ポテンシャルαが過少であることに起因し、アーク溶接状態が不安定となった。このため、ビード形成不良が発生した。
実験例15では、酸化促進ガスG2の吹付位置が、消耗電極5から離れすぎていることに起因し、溶接ビードと溶接止端部の表面が700℃未満となった位置に酸化促進ガスG2が吹き付けられたため、溶接ビードと溶接止端部の表面を導電性の鉄酸化物スラグで覆うことができなかった。このため、塗装不良が発生した。
【0093】
実験例16では、酸化促進ガスG2を用いなかったことに起因し、溶接ビードと溶接止端部の表面を導電性の鉄酸化物スラグで覆うことができなかった。このため、塗装不良が発生した。
実験例17及び実験例18も、実験例16と同様に、酸化促進ガスG2を用いていない実験例であるが、特許文献1の条件を想定し、シールドガスG1をAr=97%、O=3%、又は、Ar=88%、CO=12%としている。これらの実験例でもやはり、溶接直後の溶接ビードと溶接止端部の表面に残存するシールドガス成分が酸化促進ガスG2により置換されなかったことに起因し、溶接ビードと溶接止端部の表面を導電性のある鉄酸化物導電性のある鉄酸化物で覆うことができなかった。このため、塗装不良が発生した。
【0094】
実験例19では、特許文献2、実験例3の条件を想定し、シールドガスG1の酸素ポテンシャルαを0.0%とし、同軸ノズルから供給する酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβを10.0%とした。
この実験例では、シールドガスG1の酸素ポテンシャルαが過少であることに起因し、アーク溶接状態が不安定となり、ビード形成不良が発生した。更には、酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβが過少であることに起因し、溶接ビードと溶接止端部の表面に導電性の鉄酸化物スラグが十分に形成されず、塗装不良が発生した。
【0095】
図5は、酸化促進ガスを用いない比較例(実験例16)、酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβを10.0%とした比較例(実験例19)、及び、酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβを15.0%とした発明例(実験例2)について、溶接後外観、塗装後外観、及び腐食後外観を示す写真である。
この図5に示されるように、適切な酸化促進ガスG1を用いることで溶接ビードと溶接止端部の表面に導電性の鉄酸化物スラグを形成でき、塗装不良を回避できること、更に、酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβを高めることでさらに高い効果が得られることが確認された。
【0096】
尚、図6は酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβを10.0%とした比較例(実験例19)について、Si,Mn系スラグの一部がFe系酸化物に置換されている状態を示す外観写真(左)とSEM写真とを示す。この図6に示すように、酸化促進ガスG2を用いることでSi酸化物やMn酸化物をFe酸化物に置換することが可能であるが、酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβが低い場合にはSi酸化物やMn酸化物が表面に残り、塗装不良が発生する原因となることがわかる。
【0097】
更に、酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβを10.0%とした比較例(実験例19)、及び、酸化促進ガスG2の酸素ポテンシャルβを15.0%とした発明例(実験例2)について、溶接後電着塗装前の溶接ビードを溶接線に対して垂直な線で切断し、樹脂に埋め込み、研磨した後、EPMAで元素マッピング(Fe,C,O,Si,Mn)を行なった。その結果、比較例(実験例19)のSi,Mn系スラグの観察では、Fe濃度が概ね3〜7%と低かったのに対し、発明例(実験例2)のFe系酸化物の観察ではFe濃度が40〜70%に増加しており、その厚みも30μmと分厚かったことが確認できた。なお、比較例(実験例19)の溶接ビード表面においても、Si,Mn系スラグ生成領域外のビード表面には鉄の酸化膜が形成されるが、厚みが5μm程度と薄く、発明例(実験例2)の鉄酸化物とは生成形態が異なることが確認できた。
【0098】
図7は、発明例の効果を特許文献1〜3の技術と比較して示す概略説明図である。この図に示すように、特許文献1〜3の技術のように、酸化促進ガスG2の吹き付けを行わないガスシールドアーク溶接では、高温状態の溶接ビードと溶接止端部はシールドガスG1に接触した状態となるため、溶接ビード及び溶接止端部の表面に導電性の鉄酸化物スラグで覆うことができない。
一方、本発明例によれば、酸化促進ガスG2が700℃以上の高温状態の溶接ビードと溶接止端部に対し1m/秒以上の流速で吹き付けられるため、溶接トーチから溶接ビード上に流れ込もうとするシールドガスG1が排除される。従って、高温状態の溶接ビードと溶接止端部は酸化促進ガスG2に接触した状態とされる。酸化促進ガスG2は、酸素ポテンシャルβが15%以上と高められているため、溶接ビード及び溶接止端部の表面の酸化反応が促進され、導電性の鉄酸化物スラグを十分に形成することができる。従って、塗装不良を防ぐ効果が得られる。更に、フードノズル、アフターノズル、同軸ノズルを用いて酸化促進ガスG2を吹き付ける場合には、必要箇所に酸化促進ガスG2を集めることができるため、その効果を高めることが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明によれば、Si,Mn系スラグによる電着塗装不良部が発生しない溶接部、およびこの溶接部が形成できる消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0100】
1 溶接トーチ
5 消耗電極
6 アーク
8 溶融プール
81 溶接ビード
82 溶接止端部
9 導電性の鉄酸化物スラグ
10 ガスレンズ
11 溶接線
20、20’、20’’ 酸化促進ガス吹付手段
21、21’、21’’ 酸化促進ガス供給部
22 酸化促進ガス吹付ノズル
22A フードノズル
22B アフターノズル
22C 同軸ノズル
30 トーチ挿通孔
G1 シールドガス
G2 酸化促進ガス
【要約】
本発明は、消耗電極を有する溶接トーチを用いて二枚の鋼板をアーク溶接する消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法であって、酸素ポテンシャルαが1.5%〜5%であるシールドガスを、前記溶接トーチから前記消耗電極に向けて供給しながらアーク溶接を行い、前記アーク溶接により形成された700℃以上の状態にある溶接ビードと溶接止端部に対し、酸素ポテンシャルβが15%〜50%である酸化促進ガスを、1〜3m/秒の流速で吹き付ける消耗電極式ガスシールドアーク溶接方法を提供する。
図1A
図1B
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7
図8