【発明の効果】
【0024】
以下に示す本発明の効果等に関する説明は、駆動基本周波数より高い周波数の高周波電圧の印加に対し回転子が突極特性を示す交流電動機であれば、回転子に永久磁石を有する永久磁石同期電動機、巻線形同期電動機、同期リラクタンス電動機、ハイブリッド界磁形同期電動機、誘導電動機などの何れの交流電動機にも適用される。埋込磁石形永久磁石同期電動機、同期リラクタンス電動機等は、駆動用電圧・電流に対して突極特性を示す。これらの電動機は、高周波電圧の印加に対しても同様に突極特性を示す。一方、駆動用電圧・電流に対しては突極特性を示さない表面磁石形永久磁石同期電動機、誘導電動機は、高周波電圧の印加に対しては突極特性を示す。ハイブリッド界磁形同期電動機は、永久磁石形と巻線形の両同期電動機の特性を有しており、高周波電圧印加に対して突極特性を示し得る。特に、自励式ハイブリッド界磁同期電動機は、突極性が強い。
【0025】
図1に示したように、制御設計者が指定した座標系速度ωγで回転するγδ準同期座標系を考える。座標系速度ωγは、回転子の速度推定値の1つとなりえる。主軸(γ軸)から副軸(δ軸)への回転を正方向とする。以下に扱う交流電動機の物理量を表現した2x1ベクトル信号は、特に断らない限り、すべて本座標系上で定義されているものとする。なお、数式表現においては、2x1ベクトル信号は太文字を利用して表記するようにしている。
【0026】
先ず、請求項1の発明の効果を説明する。電動機駆動用の電圧に、位相推定用の高周波電圧を重畳印加することを考える。この場合には、次のように、固定子の電圧v1、電流i1、鎖交磁束φ1は、大きくは2成分の合成ベクトルとして表現することができる。
【数1】
【0027】
(1)式右辺の信号の脚符f、hは、それぞれ駆動基本周波数、高周波の成分であることを示している。特に、(1)式各3式の第2項であるv1h、i1h,φ1hの3信号が、本発明と深く関係する、印加された高周波電圧、この応答としての高周波電流、印加高周波電圧に起因した高周波磁束、を各々示している。なお、位相推定用に重畳印加した高周波電圧の周波数ωhは、次の(2)式の関係が成立する十分に高いものとする(周波数相対比は、実際的には0.01以下)。
【0028】
【数2】
以降では、記号sは微分演算子d/dtを、Iは2x2単位行列を、Jは次式で定義された2x2交代行列を意味するものとする。
【数3】
【0029】
(2)式が成立する場合には、高周波電圧の印加に対し回転子が突極特性を示す交流電動機における固定子の高周波成分に関しては、次の(4)〜(6)式の関係が成立する。
【数4】
【数5】
【数6】
【0030】
ここに、Li、Lmは固定子の同相インダクタンス、鏡相インダクタンスであり、d軸、q軸インダクタンスとは次の関係を有する。
【数7】
なお、鏡相インダクタンスLmは、回転子位相として負突極位相を選定する場合には負となる。
【0031】
以上の準備の下で、請求項1の発明の第1手段である高周波電圧印加手段を説明する。
(2)式の関係が成立している状況下で、γ軸上でのみに高周波電圧vγhを印加する場合、次式が成立する。
【数8】
【0032】
γ軸上で印加する高周波電圧vγhを振幅Vhの矩形状とする場合には、本電圧は次のようにシグナム関数を用い表現することができる。
【数9】
【0033】
(9)式の矩形状高周波電圧の周期Thは、請求項1の発明に従い、固定子電流離散時間検出周期である周期Tiに対して次式を満足するように選定するものとする。
【数10】
矩形状高周波電圧の周期Thの上限は、電動機の電気的時定数の1/20程度である。周期Thの上限より、(10)式における正偶数Nhの最大値は、おのずと定まることになる。
【0034】
したがって、請求項1の発明の第1手段である高周波電圧印加手段によって発生した高周波電流は、(8)、(9)式より、次式で表現されるものとなる。
【数11】
【0035】
つづいて、請求項1の発明の第2手段である正相関生成手段を説明する。請求項1の発明に従い、矩形状高周波電圧の印加を固定子電流の離散時間検出時刻(サンプリング時刻)と同期した形で行なうものとする。すなわち、矩形高周波電圧の波形切換わり時刻を離散時間検出時刻の1つに一致させるものとする。この場合、離散時間検出時刻間の高周波電流は直線的に変化することになる。したがって、この場合には、高周波電流の微分値は、正確に離散時間検出値(サンプル値)の時間差分に置換される。すなわち、(10)、(11)式より、次式を得る。
【数12】
ここに、電流の脚符iはt=i*Tiでの離散時間検出時刻を意味し、電圧の脚符i−1は時間t=(i−1)*Ti〜i*Tiの間に印加された電圧を意味する。
【0036】
図2に、矩形状高周波電圧の波形切換わり時刻と電流の離散時間検出時刻(サンプリング時刻)の1例として、Nh=2の場合を示した。同図の(a)は、固定子電流の周期Tiの離散時間検出時刻(サンプリング時刻)を、(b)は周期Th=2Tiの矩形状の高周波電圧を、(c)は印加高周波電圧に対応した高周波電流(γ軸高周波電流の様子、δ軸高周波電流も同様)と同離散時間検出値(○印で明示)を意味する。なお、(d)、(e)は、高周波電圧印加に際し利用される電力変換器のためのPWM搬送波の2例である。PWM搬送波利用の電力変換器を用いた駆動制御装置において、精度よく固定子電流を離散時間検出するには、検出時刻はPWM搬送波の山あるいは谷あるいは両者の時刻とする必要がある。2例が示しているように、電流の離散時間検出時刻は、PWM搬送波とも同期している。
図3は、矩形状高周波電圧の波形切換わり時刻と電流の離散時間検出時刻(サンプリング時刻)の1例として、Nh=4の場合を示した。波形図(a)〜(e)の意味は、
図2の場合と同様である。
【0037】
請求項1の発明では、周期Tiで離散時間検出された固定子電流(駆動基本周波数成分と高周波成分とを含む)を、あるいは固定子電流から抽出した高周波成分(すなわち、高周波電流)を、γδ準同期座標系上で時間差分処理して時間差分信号を生成し、時間差分信号のγ軸要素の極性を時間差分信号に用いてγ軸積信号cγ、δ軸積信号sδを生成する。時間差分処理される信号を固定子電流とする場合、時間差分処理される信号を固定子電流の高周波成分(高周波電流)とする場合、それぞれ場合の軸積信号は各々次の(13a)式、(13b)式のように表現される。
【数13】
【0038】
離散時間検出周期は、駆動用基本周波成分の周期に比較して十分に小さく、さらには電動機の電気的時定数に比較しても十分に小さいので((10)式直後の説明を参照)、離散時間検出周期の間における固定子電流の駆動用基本周波成分の値は実質一定と見なせる。したがって、(13a)式に従って生成されたγ軸積信号cγ、δ軸積信号sδは、(13b)式に従って生成されたγ軸積信号cγ、δ軸積信号sδと実質的には同一となる。本事実は、数式を用いて、以下のように示すことができる。
【数14】
【0039】
(13a)式あるいは(13b)式によって生成されたγ軸積信号cγ、δ軸積信号sδの特性は、(12)式より、次式のように解析される。
【数15】
【0040】
(15)式の第2式から第3式への展開は、「実際に印加された矩形状高周波電圧の極性とこの実際の応答である高周波電流のγ軸要素は、位相偏差θγのいかんにかかわらず、常時同一である」との新知見に基づき、導出されている。この新知見は、(12)式に基づき、数学的に証明することができる。簡単には、この新知見は、
図2、
図3の波形図(b)、(c)から確認することができる。実際のシステム(駆動制御装置)においては、単相高周波電圧指令値の生成、電力変換器への指令値の引渡し、高周波電圧の実発生と実印加、対応の高周波電流の発生と検出と言った諸過程の中で、タイミング誤差が容易に発生する。このタイミング誤差がある場合にも、(15)式の解析式が明瞭に示しているように、(13)式に明示した本発明によれば、γ軸積信号cγ、δ軸積信号sδは(15)式の第3式の特性を維持する。
【0041】
請求項1の発明による正相関信号生成手段では、γ軸積信号cγ、δ軸積信号sδの少なくとも1つを用いて回転子(d軸)とγ軸の位相偏差θγに対し正相関をもつ正相関信号pcを生成する。本発明による正相関信号pcの生成は、一般に、関数fp()を用いた次式で表現される。
【数16】
【0042】
本発明による代表的正相関信号の生成の1つは次式で表現される。
【数17】
(17)式の正相関信号pcの正相関特性は、(15)式より、次のように解析される。
【数18】
【0043】
図4に、(18)式を用いて種々の突極比rsに対する正相関特性を示した。図より、大きい突極比rs=0.5の場合には位相偏差θγが1.1[rad]以内の領域で正相関が確保され、小さい突極比rs=0.1の場合にも位相偏差θγが約0.8[rad]以内の領域で正相関が確保されることがわかる。図より理解されるように、位相偏差θγが0.5[rad]以内の領域では、次式のように線形関係が近似的に成立している。
【数19】
図4の正相関特性から理解されるように、正相関領域での正相関信号は、実効的な位相偏差θγであり、位相偏差相当値と呼ぶべきものである(
図1参照)。当然のことながら、正相関信号pcの単位は、位相偏差θγの単位と同一のradである。
【0044】
つづいて、請求項1の発明の第3手段である回転子位相速度生成手段を説明する。請求項1の発明では、正相関信号pcがゼロとなるように正相関信号pcを信号処理して、γδ準同期座標系の位相の推定値を生成する。
図4の例から理解されるように、正相関領域における正相関信号pcをゼロに追い込むことは、位相偏差θγをゼロに追い込むこと、ひいては、γδ準同期座標系がdq同期座標系へ収斂させることを意味する(
図1参照)。γδ準同期座標系(γ軸)の位相と同微分相当値は、交流電動機においては、回転子の位相あるいは速度の少なくとも何れかの推定値に該当するので、γδ準同期座標系の位相(γ軸の位相)より、回転子位相推定値、回転子速度推定値を得ることができる。
【0045】
以上の説明より既に明白なように、請求項1の発明によれば、γδ準同期座標系の位相(γ軸位相)と、回転子位相の推定値あるいは回転子位相と基本的に微積分関係にある回転子速度の推定値の少なくとも何れかの推定値を得ることができるという効果が得られる。実際のシステム(駆動制御装置)においては、単相高周波電圧指令値の生成、電力変換器への指令値の引渡し、高周波電圧の実発生と実印加、対応の高周波電流の発生と検出と言った諸過程の中で、タイミング誤差が容易に発生する。このタイミング誤差がある場合にも、請求項1の発明によれば、所期の推定値を安定的に得ることができるという効果が得られる。この効果は、本発明と同一技術分野に属する特許文献1の方法では得れらない効果である。さらには、(13)式、(16)式、(17)式が示しているように、非常に少ない演算量でこれらの値を得ることができるという効果も得られる。請求項1の発明では、従前の非特許文献1〜3と異なり、高周波電圧印加と高周波電流の処理を同一のγδ準同期座標系上で遂行するため(表1参照)、整合性のとれた形でひいては精度よく、所期のγδ準同期座標系の位相等を生成できるという効果も得られる。
【0046】
続いて、請求項2の発明による効果について説明する。
図2、
図3を用いて示したように、電流離散時間検出周期Tiを基準とする場合、矩形状高周波電圧の周期Thの最小値はTh=2Tiである。請求項2の発明は、この最小値を選択するものである。換言するならば、最も高い高周波数を選択するものである。この結果、同一の電流離散時間検出周期の下では、推定に関し最も高い速応性を得ることができると言う効果をえられる。ひいては、請求項1の効果を高めることができるという効果が得られる。
【0047】
続いて、請求項3の発明の効果を説明する。本発明の対象とする交流電動機は、大きくは、同期電動機と誘導電動機とに分類することができる。位置速度センサを利用しないいわゆるセンサレス駆動において、より困難を伴う電動機は同期電動機である。従って、交流電動機を同期電動機とする請求項3の発明によれば、請求項1に示した本発明の効果さらには有用性を一段と際立たせることができると言う効果が得られる。