特許第6150212号(P6150212)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6150212交流電動機のデジタル式回転子位相速度推定装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6150212
(24)【登録日】2017年6月2日
(45)【発行日】2017年6月21日
(54)【発明の名称】交流電動機のデジタル式回転子位相速度推定装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 6/182 20160101AFI20170612BHJP
   H02P 6/28 20160101ALI20170612BHJP
   H02P 21/18 20160101ALI20170612BHJP
   H02P 21/22 20160101ALI20170612BHJP
   H02P 21/24 20160101ALI20170612BHJP
   H02P 27/08 20060101ALI20170612BHJP
【FI】
   H02P6/182
   H02P6/28
   H02P21/18
   H02P21/22
   H02P21/24
   H02P27/08
【請求項の数】3
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2013-182534(P2013-182534)
(22)【出願日】2013年8月18日
(65)【公開番号】特開2015-39278(P2015-39278A)
(43)【公開日】2015年2月26日
【審査請求日】2016年7月9日
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、権利譲渡・実施許諾の用意がある。
(73)【特許権者】
【識別番号】596137830
【氏名又は名称】有限会社シー・アンド・エス国際研究所
(72)【発明者】
【氏名】新中 新二
【審査官】 田村 惠里加
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−161143(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/129423(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/024780(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2008/0169782(US,A1)
【文献】 特開2005−020918(JP,A)
【文献】 特開2008−11616(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 6/00−6/34
H02P 21/00−21/36
H02P 27/00−27/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動基本周波数より高い周波数の高周波電圧の印加に対し回転子が突極特性を示す交流電動機のための、電力変換器と周期Tiで動作する固定子電流離散時間検出器とを備えたデジタル式駆動制御装置に使用されるデジタル式回転子位相速度推定装置であって、
回転子位相に位相偏差ゼロで同期を目指したγ軸とこれに直交したδ軸とで構成されるγδ準同期座標系のγ軸上で、Nhを正偶数とするとき周期Th=Nh*Tiの矩形状高周波電圧を、固定子電流の離散時間検出時刻と同期した形で印加するようにした高周波電圧印加手段と、
周期Tiで該固定子電流離散時間検出器を用いて離散時間検出された固定子電流あるいは固定子電流から抽出した高周波成分を、該γδ準同期座標系上で時間差分処理して時間差分信号を生成し、時間差分信号のγ軸要素の極性を時間差分信号に用いてγ軸積信号cγ、δ軸積信号sδの少なくとも一つを生成し、生成した軸積信号を用いて、回転子位相とγ軸位相の位相偏差に対し正相関をもつ正相関信号pcを生成する正相関信号生成手段と、
該正相関信号pcがゼロとなるように該正相関信号pcを信号処理して、γ軸位相と、回転子位相の推定値あるいは回転子位相と基本的に微積分関係にある回転子速度の推定値の少なくとも何れかの推定値を、生成する回転子位相速度生成手段と、
を備えることを特徴とするデジタル式回転子位相速度推定装置。
【請求項2】
該正偶数Nhを2とすることを特徴とする請求項1記載のデジタル式回転子位相速度推定装置。
【請求項3】
該交流電動機を同期電動機とすることを特徴とする請求項1記載のデジタル式回転子位相速度推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動基本周波数より高い周波数の高周波電圧の印加に対し回転子が突極特性を示す交流電動機(例えば、回転子に永久磁石を有する永久磁石同期電動機、巻線形同期電動機、同期リラクタンス電動機、回転子に永久磁石と界磁巻線をもつハイブリッド界磁形同期電動機、誘導電動機など)のための駆動制御装置に使用される回転子の位相(位置と同義)、速度を位置速度センサを利用することなく、すなわちセンサレスで推定するためのデジタル式回転子位相速度推定装置に関する。特に、印加高周波電圧の形状は矩形状とし、印加高周波電圧の周波数は、電力変換器のスイッチング周波数(PWMによる場合には搬送波周波数)と同程度(すなわち、同一またはその数分の一程度)という限界的に高い周波数とするデジタル式回転子位相速度推定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
交流電動機の高性能な制御は、いわゆるベクトル制御法により達成することができる。ベクトル制御法には、回転子の位相あるいはこの微分値である速度の情報が必要であり、従前よりエンコーダ等の位置速度センサが利用されてきた。しかし、この種の位置速度センサの利用は、信頼性、軸方向の容積、センサケーブルの引回し、コスト等の観点において、好ましいものではなく、位置速度センサを必要としない、いわゆるセンサレスベクトル制御法の研究開発が長年行なわれてきた。
【0003】
有力なセンサレスベクトル制御法として、駆動基本周波数より高い周波数の高周波電圧を電動機に強制印加し、これに対応した高周波電流(応答高周波電流)を処理して回転子位相を推定する方法(いわゆる高周波電圧印加法)が、これまで、種々、開発・報告されてきた。なお、本明細書では、固定子電圧、固定子電流の構成周波数成分を、駆動用基本波成分と高周波成分とに2分して捕えている。駆動用基本波成分は、電動機の回転速度と直接的に関係した成分(すなわち、回転子の速度(電気速度)と同程度の周波数成分)であり、高周波成分は、駆動用基本波成分よりはるかに高い周波数(周波数の値は既知)の成分である。特に、本発明においては、高周波成分は、電力変換器のスイッチング周波数(PWMによる場合には搬送波周波数)と同程度(すなわち、同一またはその数分の一程度)という限界的に高い周波数の成分を意味する。
【0004】
推定すべき回転子位相は回転子の任意の位置に定めてよいが、回転子の負突極位相または正突極位相の何れかを回転子位相に選定するのが一般的である。当業者には周知のように、負突極位相と正突極位相の間には、電気的に±π/2(rad)の位相偏差があるに過ぎず、何れかの位相が判明すれば、他の位相は自ずと判明する。以上を考慮の上、以降では、特に断らない限り、回転子の負突極位相を回転子位相とする。また、回転子位相と位相偏差なく同期したd軸、d軸と直交したq軸から構成される2軸直交座標系をdq同期座標系と呼ぶ(図1参照)。
【0005】
高周波電圧印加法の技術的な分類は幾つか考えられるが、第1の分類方法は、印加高周波電圧の形状に基づく分類方法である。高周波電圧印加法は、印加高周波電圧の形状を正弦形状とするものと、矩形状とするものとに大別される。本発明が対象とする印加高周波電圧の形状は、矩形状である。
【0006】
矩形状の高周波電圧を印加する高周波電圧印加法は、高周波電圧を印加する座標系の観点から、更に細分される。具体的には、αβ固定座標系上で高周波電圧を印加する方法と、dq同期座標系へ位相差ゼロでの収斂を目指したγδ準同期座標系(回転座標系の1種)上で高周波電圧を印加する方法とに細分される(図1参照)。本発明が対象とする高周波電圧印加法は、γδ準同期座標系上で矩形状の高周波電圧印加を行うものである。さらには、γ軸上でのみ矩形状の高周波電圧を印加するものである。すなわち、δ軸上での高周波電圧印加は一切行なわない。
【0007】
本明細書では、▲1▼矩形状の高周波電圧を印加する高周波電圧印加法であって、▲2▼γδ準同期座標系のγ軸上でのみ矩形状の高周波電圧を印加し、▲3▼印加高周波電圧の周波数は、電力変換器のスイッチング周波数(PWMによる場合には搬送波周波数)と同程度(すなわち、同一またはその数分の一程度)の高い周波数である、と言う3条件を満たした高周波電圧印加法を、簡単に、「矩形限界高周波電圧印加法」と呼称する。本発明が属する矩形限界高周波電圧印加法の先行発明としては、先行技術文献欄に列挙した特許文献1、非特許文献1〜3がある。
【0008】
本発明が属する矩形限界高周波電圧印加法では、回転子位相情報の抽出と回転子位相推定値の生成とに関し、高周波成分を含む固定子電流の処理を遂行する座標系に応じて異なった技術が必要という特性がある。本特性に立脚して、矩形限界高周波電圧印加法は、高周波成分を含む固定子電流の処理を遂行する座標系に基づき、さらに技術分類することもできる。固定子電流を処理する座標系としては、αβ固定座標系とこれ以外の座標系に分類される。固定子電流処理座標系に基づく先行発明の技術分類は、下の表1のように整理される。
【0009】
【表1】
【0010】
本発明は、高周波成分を含む固定子電流の処理をγδ準同期座標系上で遂行するものである。本発明と同様に、高周波成分を含む固定子電流を処理をγδ準同期座標系上で遂行する先行発明としては、すなわち本発明と同一技術分野に属する先行発明としては、特許文献1がある。以下、図面を用いて、特許文献1の技術を概説する。
【0011】
図5は、永久磁石同期電動機に対する駆動制御システムに関し、矩形限界高周波電圧印加法に基づくデジタル式回転子位相速度推定装置(位相速度推定器10)を備えたデジタル式駆動制御装置の代表的構成例である。1は交流電動機(同期電動機)を、2は電力変換器(インバータ)を、3は離散時間電流検出器を、4a、4bは夫々3相2相変換器、2相3相変換器を、5a、5bは共にベクトル回転器を、6は電流制御器を、7は指令変換器を、8は速度制御器を、9はローパスフィルタを、10は位相速度推定器を、11は係数器を、12は余弦正弦信号発生器を、各々示している。図5では、1の電動機を除く、2から12までの諸機器が駆動制御装置を構成している。本図では、簡明性を確保すべく、2x1のベクトル信号を1本の太い信号線で表現している。以下のブロック図表現もこれを踏襲する。
【0012】
離散時間電流検出器3で検出された3相の固定子電流は、3相2相変換器4aでαβ固定座標系上の2相電流に変換された後、ベクトル回転器5aで回転子位相(dq同期座標系の位相と同一)へゼロ位相偏差で位相同期を目指したγδ準同期座標系の2相電流に変換される。変換電流からローパスフィルタ9を介して駆動用電流(固定子電流の駆動基本周波数成分)を抽出し、これを電流制御器6へ送る。電流制御器6は、γδ準同期座標系上の駆動用2相電流が、各相の電流指令値(電流指令値用変数の頭符記号*は指令値を意味する。本明細書では、同様に、関連信号の指令値は、関連信号に頭符*を付して表現している。)に追随すべくγδ準同期座標系上の駆動用2相電圧指令値を生成する。
ここで、位相速度推定器10から受けた矩形状の単相高周波電圧指令値(γ軸高周波電圧指令値)を、駆動用2相電圧指令値のγ軸要素に重畳させ、重畳合成した2相電圧指令値(δ軸電圧指令値は駆動用電圧指令値のままで、変更なし)を、ベクトル回転器5bへ送る。5bでは、γδ準同期座標系上の重畳合成の電圧指令値をαβ固定座標系の2相電圧指令値に変換し、2相3相変換器4bへ送る。4bでは、2相電圧指令値を3相電圧指令値に変換し、電力変換器2への最終指令値として出力する。電力変換器2は、指令値に応じた電力を発生し、同期電動機1へ印加しこれを駆動する。
【0013】
位相速度推定器10は、ベクトル回転器5aの出力信号であるγδ準同期座標系上の固定子電流を入力として受けて、回転子位相推定値、回転子(電気)速度推定値、及び矩形状の単相高周波電圧指令値を出力している。回転子位相推定値は、余弦正弦信号発生器12で余弦・正弦信号に変換された後、γδ準同期座標系を決定づけるベクトル回転器5a、5bへ渡される。これは、回転子位相推定値をγδ準同期座標系の位相(γ軸の位相と等価)とすることを意味する。
【0014】
γδ準同期座標系上の2相電流指令値は、当業者には周知のように、トルク指令値を指令変換器7に通じ変換することにより得ている。速度制御器8には、位相速度推定器10からの出力信号の1つである回転子速度推定値(回転子電気速度推定値)が、一定値である極対数Npの逆数を係数器11を介して乗じられ機械速度推定値に変換された後、送られている。図5の例では、速度制御システムを構成した例を示しているので、速度制御器8の出力としてトルク指令値を得ている。当業者には周知のように、制御目的がトルク制御にあり速度制御システムを構成しない場合には、速度制御器8は不要である。この場合には、トルク指令値が外部から直接印加される。
【0015】
図10は、図5における位相速度推定器10の内部構造の1例を、特許文献1を参考に、示したものである。同図の上段に示されているように、この位相速度推定器10は、基本的に、磁極位置推定手段と脈動電圧印加手段から構成されている。脈動電圧印加手段は、矩形状の単相高周波電圧指令値vγ*(原図では、vhd*と表記)を生成している。生成した単相高周波電圧指令値vγ*(原図では、vhd*と表記)は、外部へ出力されると同時に磁極位置推定手段にも送られている。図10の下段は、上段の位相速度推定器10に利用された磁極位置推定手段の細部内部構成を示したものである。磁極位置推定手段の入力信号は、γ軸電流(すなわち、固定子電流のγ軸要素、原図ではIdcと表記)と矩形状の単相高周波電圧指令値vγ*(原図では、Vhd*と表記)であり、その出力信号
はγ軸からみたd軸の位相でもある。図1参照)。
【0016】
図11は、磁極位置推定手段において処理された信号とその時間的タイミングの様子を示したものである。同図の波形図(b)は、PWM搬送波の2倍周期を1周期とする矩形状の単相高周波電圧指令値の様子が示されている。また、波形図(f)には、矩形状の単相高周波電圧指令値の半周期ごとに4回(1周期では8回)にわたりγ軸電流(原図では、dc軸電流)を離散時間検出する様子が示されている。また、波形図(h)には、γ軸電流(原図ではIdcと表記)の1階時間差分信号がとるべき極性を示す電流極性信号Spが示されている。波形図(i)には、電流極性信号Spを利用して生成された軸誤差生成上最も重要な信号が示されている。
【0017】
図10の下段の構成図が明瞭に示しているように、軸誤差生成上最も重要な信号は、電流極性信号Spを入力信号とする電流変化量演算手段において、生成されている。この電流極性信号Spは、電流極性演算器において、単相高周波電圧指令値vγ*(原図では、Vhd*と表記)を処理して生成されている(換言するならば、推定的に生成されている)。しかしながら、実際のシステム(駆動制御装置)においては、単相高周波電圧指令値の生成、電力変換器への指令値の引渡し、高周波電圧の実発生と実印加、対応の高周波電流の発生と検出と言った諸過程の中で、タイミング誤差が容易に発生する。このタイミング誤差のために、推定信号である電流極性信号Spは、所期の真極性を必ずしも示さない。特に、真の極性が反転する前後では、推定信号である電流極性信号Spが、プラスをマイナスに、あるいはマイナスをプラスに誤判定することが容易に起きる。これに加えて、図10の下段図に示した磁極位置推定手段の内部構成より理解されるように、特許文献1の方法は、所期の位相推定値生成に、複雑な演算を必要とする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】金子大吾・岩路善尚・坂本潔・遠藤常博:「交流電動機の制御装置及び交流電動機システム」、特開第2005−20918号(2003−6−27)、同補正(2006−6−15)
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】正木良三・金子悟・櫻井芳美・本部光幸:「搬送波に同期した電圧重畳に基づくIPMモータの位置センサレス制御システム」、電気学会論文誌D、122巻、1号、pp.37−43(2002−2)
【非特許文献2】Y.D.Yoon,S.K.Sul,S.Morimoto,and K.Ide:“High−Bandwidth Sensorless Algorithm for AC Machines Based on Square−Wave−Type Voltage Injection”,IEEE Trans Ind.Appl.,Vol.47,No.3,pp.1361−1370(2011−5/6)
【非特許文献3】S.Kim,J.I.Ha,and S.K.Sul:“PWM Switching Frequency Signal Injection Sensorless Method in IPMSM”,IEEE Trans Ind.Appl.,Vol.48,No.5,pp.1576−1587(2012−9/10)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明は上記背景の下になされたものであり、その目的は、矩形限界高周波電圧印加法に基づく位相速度推定において、所要の電流極性を、推定的に算出することなく、直接検出を通じ正確に得て、ひいてはロバスト性・安定性の高いさらには精度のよいデジタル式回転子位相速度推定装置(位相速度推定器)を提供することにある。加えて、より少ない演算で推定値を生成できるデジタル式回転子位相速度推定装置(位相速度推定器)を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記目的を達成するために、請求項1の発明は、駆動基本周波数より高い周波数の高周波電圧の印加に対し回転子が突極特性を示す交流電動機のための、電力変換器と周期Tiで動作する固定子電流離散時間検出器とを備えたデジタル式駆動制御装置に使用されるデジタル式回転子位相速度推定装置であって、回転子位相に位相偏差ゼロで同期を目指したγ軸とこれに直交したδ軸とで構成されるγδ準同期座標系のγ軸上で、Nhを正偶数とするとき周期Th=Nh*Tiの矩形状高周波電圧を、固定子電流の離散時間検出時刻と同期した形で印加するようにした高周波電圧印加手段と、周期Tiで該固定子電流離散時間検出器を用いて離散時間検出された固定子電流あるいは固定子電流から抽出した高周波成分を、該γδ準同期座標系上で時間差分処理して時間差分信号を生成し、時間差分信号のγ軸要素の極性を時間差分信号に用いてγ軸積信号cγ、δ軸積信号sδの少なくとも一つを生成し、生成した軸積信号を用いて、回転子位相とγ軸位相の位相偏差に対し正相関をもつ正相関信号pcを生成する正相関信号生成手段と、該正相関信号pcがゼロとなるように該正相関信号pcを信号処理して、γ軸位相と、回転子位相の推定値あるいは回転子位相と基本的に微積分関係にある回転子速度の推定値の少なくとも何れかの推定値を、生成する回転子位相速度生成手段と、を備えることを特徴とする。
【0022】
請求項2の発明は、請求項1記載のデジタル式回転子位相速度推定装置であって、該正偶数Nhを2とすることを特徴とする。
【0023】
請求項3の発明は、請求項1記載のデジタル式回転子位相速度推定装置であって、該交流電動機を同期電動機とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
以下に示す本発明の効果等に関する説明は、駆動基本周波数より高い周波数の高周波電圧の印加に対し回転子が突極特性を示す交流電動機であれば、回転子に永久磁石を有する永久磁石同期電動機、巻線形同期電動機、同期リラクタンス電動機、ハイブリッド界磁形同期電動機、誘導電動機などの何れの交流電動機にも適用される。埋込磁石形永久磁石同期電動機、同期リラクタンス電動機等は、駆動用電圧・電流に対して突極特性を示す。これらの電動機は、高周波電圧の印加に対しても同様に突極特性を示す。一方、駆動用電圧・電流に対しては突極特性を示さない表面磁石形永久磁石同期電動機、誘導電動機は、高周波電圧の印加に対しては突極特性を示す。ハイブリッド界磁形同期電動機は、永久磁石形と巻線形の両同期電動機の特性を有しており、高周波電圧印加に対して突極特性を示し得る。特に、自励式ハイブリッド界磁同期電動機は、突極性が強い。
【0025】
図1に示したように、制御設計者が指定した座標系速度ωγで回転するγδ準同期座標系を考える。座標系速度ωγは、回転子の速度推定値の1つとなりえる。主軸(γ軸)から副軸(δ軸)への回転を正方向とする。以下に扱う交流電動機の物理量を表現した2x1ベクトル信号は、特に断らない限り、すべて本座標系上で定義されているものとする。なお、数式表現においては、2x1ベクトル信号は太文字を利用して表記するようにしている。
【0026】
先ず、請求項1の発明の効果を説明する。電動機駆動用の電圧に、位相推定用の高周波電圧を重畳印加することを考える。この場合には、次のように、固定子の電圧v1、電流i1、鎖交磁束φ1は、大きくは2成分の合成ベクトルとして表現することができる。
【数1】
【0027】
(1)式右辺の信号の脚符f、hは、それぞれ駆動基本周波数、高周波の成分であることを示している。特に、(1)式各3式の第2項であるv1h、i1h,φ1hの3信号が、本発明と深く関係する、印加された高周波電圧、この応答としての高周波電流、印加高周波電圧に起因した高周波磁束、を各々示している。なお、位相推定用に重畳印加した高周波電圧の周波数ωhは、次の(2)式の関係が成立する十分に高いものとする(周波数相対比は、実際的には0.01以下)。
【0028】
【数2】
以降では、記号sは微分演算子d/dtを、Iは2x2単位行列を、Jは次式で定義された2x2交代行列を意味するものとする。
【数3】
【0029】
(2)式が成立する場合には、高周波電圧の印加に対し回転子が突極特性を示す交流電動機における固定子の高周波成分に関しては、次の(4)〜(6)式の関係が成立する。
【数4】
【数5】
【数6】
【0030】
ここに、Li、Lmは固定子の同相インダクタンス、鏡相インダクタンスであり、d軸、q軸インダクタンスとは次の関係を有する。
【数7】
なお、鏡相インダクタンスLmは、回転子位相として負突極位相を選定する場合には負となる。
【0031】
以上の準備の下で、請求項1の発明の第1手段である高周波電圧印加手段を説明する。
(2)式の関係が成立している状況下で、γ軸上でのみに高周波電圧vγhを印加する場合、次式が成立する。
【数8】
【0032】
γ軸上で印加する高周波電圧vγhを振幅Vhの矩形状とする場合には、本電圧は次のようにシグナム関数を用い表現することができる。
【数9】
【0033】
(9)式の矩形状高周波電圧の周期Thは、請求項1の発明に従い、固定子電流離散時間検出周期である周期Tiに対して次式を満足するように選定するものとする。
【数10】
矩形状高周波電圧の周期Thの上限は、電動機の電気的時定数の1/20程度である。周期Thの上限より、(10)式における正偶数Nhの最大値は、おのずと定まることになる。
【0034】
したがって、請求項1の発明の第1手段である高周波電圧印加手段によって発生した高周波電流は、(8)、(9)式より、次式で表現されるものとなる。
【数11】
【0035】
つづいて、請求項1の発明の第2手段である正相関生成手段を説明する。請求項1の発明に従い、矩形状高周波電圧の印加を固定子電流の離散時間検出時刻(サンプリング時刻)と同期した形で行なうものとする。すなわち、矩形高周波電圧の波形切換わり時刻を離散時間検出時刻の1つに一致させるものとする。この場合、離散時間検出時刻間の高周波電流は直線的に変化することになる。したがって、この場合には、高周波電流の微分値は、正確に離散時間検出値(サンプル値)の時間差分に置換される。すなわち、(10)、(11)式より、次式を得る。
【数12】
ここに、電流の脚符iはt=i*Tiでの離散時間検出時刻を意味し、電圧の脚符i−1は時間t=(i−1)*Ti〜i*Tiの間に印加された電圧を意味する。
【0036】
図2に、矩形状高周波電圧の波形切換わり時刻と電流の離散時間検出時刻(サンプリング時刻)の1例として、Nh=2の場合を示した。同図の(a)は、固定子電流の周期Tiの離散時間検出時刻(サンプリング時刻)を、(b)は周期Th=2Tiの矩形状の高周波電圧を、(c)は印加高周波電圧に対応した高周波電流(γ軸高周波電流の様子、δ軸高周波電流も同様)と同離散時間検出値(○印で明示)を意味する。なお、(d)、(e)は、高周波電圧印加に際し利用される電力変換器のためのPWM搬送波の2例である。PWM搬送波利用の電力変換器を用いた駆動制御装置において、精度よく固定子電流を離散時間検出するには、検出時刻はPWM搬送波の山あるいは谷あるいは両者の時刻とする必要がある。2例が示しているように、電流の離散時間検出時刻は、PWM搬送波とも同期している。図3は、矩形状高周波電圧の波形切換わり時刻と電流の離散時間検出時刻(サンプリング時刻)の1例として、Nh=4の場合を示した。波形図(a)〜(e)の意味は、図2の場合と同様である。
【0037】
請求項1の発明では、周期Tiで離散時間検出された固定子電流(駆動基本周波数成分と高周波成分とを含む)を、あるいは固定子電流から抽出した高周波成分(すなわち、高周波電流)を、γδ準同期座標系上で時間差分処理して時間差分信号を生成し、時間差分信号のγ軸要素の極性を時間差分信号に用いてγ軸積信号cγ、δ軸積信号sδを生成する。時間差分処理される信号を固定子電流とする場合、時間差分処理される信号を固定子電流の高周波成分(高周波電流)とする場合、それぞれ場合の軸積信号は各々次の(13a)式、(13b)式のように表現される。
【数13】
【0038】
離散時間検出周期は、駆動用基本周波成分の周期に比較して十分に小さく、さらには電動機の電気的時定数に比較しても十分に小さいので((10)式直後の説明を参照)、離散時間検出周期の間における固定子電流の駆動用基本周波成分の値は実質一定と見なせる。したがって、(13a)式に従って生成されたγ軸積信号cγ、δ軸積信号sδは、(13b)式に従って生成されたγ軸積信号cγ、δ軸積信号sδと実質的には同一となる。本事実は、数式を用いて、以下のように示すことができる。
【数14】
【0039】
(13a)式あるいは(13b)式によって生成されたγ軸積信号cγ、δ軸積信号sδの特性は、(12)式より、次式のように解析される。
【数15】
【0040】
(15)式の第2式から第3式への展開は、「実際に印加された矩形状高周波電圧の極性とこの実際の応答である高周波電流のγ軸要素は、位相偏差θγのいかんにかかわらず、常時同一である」との新知見に基づき、導出されている。この新知見は、(12)式に基づき、数学的に証明することができる。簡単には、この新知見は、図2図3の波形図(b)、(c)から確認することができる。実際のシステム(駆動制御装置)においては、単相高周波電圧指令値の生成、電力変換器への指令値の引渡し、高周波電圧の実発生と実印加、対応の高周波電流の発生と検出と言った諸過程の中で、タイミング誤差が容易に発生する。このタイミング誤差がある場合にも、(15)式の解析式が明瞭に示しているように、(13)式に明示した本発明によれば、γ軸積信号cγ、δ軸積信号sδは(15)式の第3式の特性を維持する。
【0041】
請求項1の発明による正相関信号生成手段では、γ軸積信号cγ、δ軸積信号sδの少なくとも1つを用いて回転子(d軸)とγ軸の位相偏差θγに対し正相関をもつ正相関信号pcを生成する。本発明による正相関信号pcの生成は、一般に、関数fp()を用いた次式で表現される。
【数16】
【0042】
本発明による代表的正相関信号の生成の1つは次式で表現される。
【数17】
(17)式の正相関信号pcの正相関特性は、(15)式より、次のように解析される。
【数18】
【0043】
図4に、(18)式を用いて種々の突極比rsに対する正相関特性を示した。図より、大きい突極比rs=0.5の場合には位相偏差θγが1.1[rad]以内の領域で正相関が確保され、小さい突極比rs=0.1の場合にも位相偏差θγが約0.8[rad]以内の領域で正相関が確保されることがわかる。図より理解されるように、位相偏差θγが0.5[rad]以内の領域では、次式のように線形関係が近似的に成立している。
【数19】
図4の正相関特性から理解されるように、正相関領域での正相関信号は、実効的な位相偏差θγであり、位相偏差相当値と呼ぶべきものである(図1参照)。当然のことながら、正相関信号pcの単位は、位相偏差θγの単位と同一のradである。
【0044】
つづいて、請求項1の発明の第3手段である回転子位相速度生成手段を説明する。請求項1の発明では、正相関信号pcがゼロとなるように正相関信号pcを信号処理して、γδ準同期座標系の位相の推定値を生成する。図4の例から理解されるように、正相関領域における正相関信号pcをゼロに追い込むことは、位相偏差θγをゼロに追い込むこと、ひいては、γδ準同期座標系がdq同期座標系へ収斂させることを意味する(図1参照)。γδ準同期座標系(γ軸)の位相と同微分相当値は、交流電動機においては、回転子の位相あるいは速度の少なくとも何れかの推定値に該当するので、γδ準同期座標系の位相(γ軸の位相)より、回転子位相推定値、回転子速度推定値を得ることができる。
【0045】
以上の説明より既に明白なように、請求項1の発明によれば、γδ準同期座標系の位相(γ軸位相)と、回転子位相の推定値あるいは回転子位相と基本的に微積分関係にある回転子速度の推定値の少なくとも何れかの推定値を得ることができるという効果が得られる。実際のシステム(駆動制御装置)においては、単相高周波電圧指令値の生成、電力変換器への指令値の引渡し、高周波電圧の実発生と実印加、対応の高周波電流の発生と検出と言った諸過程の中で、タイミング誤差が容易に発生する。このタイミング誤差がある場合にも、請求項1の発明によれば、所期の推定値を安定的に得ることができるという効果が得られる。この効果は、本発明と同一技術分野に属する特許文献1の方法では得れらない効果である。さらには、(13)式、(16)式、(17)式が示しているように、非常に少ない演算量でこれらの値を得ることができるという効果も得られる。請求項1の発明では、従前の非特許文献1〜3と異なり、高周波電圧印加と高周波電流の処理を同一のγδ準同期座標系上で遂行するため(表1参照)、整合性のとれた形でひいては精度よく、所期のγδ準同期座標系の位相等を生成できるという効果も得られる。
【0046】
続いて、請求項2の発明による効果について説明する。図2図3を用いて示したように、電流離散時間検出周期Tiを基準とする場合、矩形状高周波電圧の周期Thの最小値はTh=2Tiである。請求項2の発明は、この最小値を選択するものである。換言するならば、最も高い高周波数を選択するものである。この結果、同一の電流離散時間検出周期の下では、推定に関し最も高い速応性を得ることができると言う効果をえられる。ひいては、請求項1の効果を高めることができるという効果が得られる。
【0047】
続いて、請求項3の発明の効果を説明する。本発明の対象とする交流電動機は、大きくは、同期電動機と誘導電動機とに分類することができる。位置速度センサを利用しないいわゆるセンサレス駆動において、より困難を伴う電動機は同期電動機である。従って、交流電動機を同期電動機とする請求項3の発明によれば、請求項1に示した本発明の効果さらには有用性を一段と際立たせることができると言う効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
図1】 「3種の座標系と回転子位相の1関係例を示す図」
図2】 「離散時間電流検出周期、高周波電圧周期の1関係例を示す図」
図3】 「離散時間電流検出周期、高周波電圧周期の1関係例を示す図」
図4】 「1正相関信号例の正相関特性を示す図」
図5】 「1実施例のための駆動制御システムを示すブロック図」
図6】 「1実施例における位相速度推定器の基本構成を示すブロック図」
図7】 「1実施例における位相速度推定器の基本構成を示すブロック図」
図8】 「1実施例における位相速度推定器の基本構成を示すブロック図」
図9】 「1実施例における位相速度推定器の基本構成を示すブロック図」
図10】 「従前の位相速度生成器の基本構成例を示すブロック図」
図11】 「従前の位相速度生成器による諸信号の関係例を示す図」
【発明を実施するための形態】
【0049】
以下、図面を用いて、本発明の実施例を詳細に説明する。代表的な交流電動機である永久磁石同期電動機に対し、本発明のデジタル式回転子位相速度推定装置を備えたデジタル式駆動制御装置の1例を図5に示す。本駆動制御装置の全般的構成は、従前のそれと同様である。本発明の主眼はデジタル式回転子位相速度推定装置にある。全般的構成の同様性と発明の主眼とを考慮し、駆動制御システム、駆動制御装置の説明は省略する。これらに関しては、「背景技術欄」で既に述べた説明を参照されたい。
【0050】
なお、デジタル式駆動制御装置は固定子電流のフィードバック制御を離散時間的に遂行している(既述の図5の説明を参照)。このときの制御周期Tsは、固定子電流検出周期Tiに関し、一般に次に関係を有している。
【数20】
正整数Nsの代表値は、1または2である。特に、正整数をNs=1と選定する場合には、すなわち、制御周期Tsを固定子電流検出周期Tiと同一とする場合には、デジタル式駆動制御装置と整合性の良い形で(換言するならば、システム的にシンプルな形で)、デジタル式回転子位相速度推定装置を構成することができる。
【0051】
本明細書では、これまで、位相推定のための周期Tiの離散時間信号の離散的時刻を信号脚符iを用いて示してきた。これに対して、固定子電流制御のための周期Tsの離散時間信号の離散的時刻を信号脚符kを用いて示す。シンプルなシステム構成を可能とする正整数Ns=1すなわちTs=Tiを選択する場合の離散時間信号の離散時刻は、信号脚符iまたは信号脚符kのいずれも同一の時刻を示す。本明細書では、正整数をNs=1とする場合(最も代表的な場合)には、表現上の簡明性を維持すべく、信号脚符kのみを用いる。
【0052】
本発明の核心は、デジタル式回転子位相速度推定装置と実質同義でる位相速度推定器10にある。速度制御、トルク制御の何れにおいても、位相速度推定器10には何らの変更を要しない。また、駆動対象電動機を他の同期電動機、あるいは誘導電動機とする場合にも位相速度推定器10には何らの変更を要しない。以下では、速度制御、トルク制御等の制御モードに関し一般性を失うことなく、更には、駆動対象の交流電動機に対して一般性を失うことなく、位相速度推定器10の実施例について説明する。
【実施例1】
【0053】
図6に、本発明を利用した位相速度推定器10の1実施例を示した。本位相速度推定器10を構成する基本的機器は、矩形高周波電圧指令器10−1、相関信号生成器10−2、位相同期器10−3の3機器である。同図は、Ts=TiすなわちNs=1の例としている。同図は、時刻t=k*Ti=k*Tsでの固定子電流入手後から時刻t=(k+1)*Ti=(k+1)*Tsまでの1制御周期における動作の様子を示したものである。なお、図における「zの逆数」は、離散時間信号に対して1制御周期Tsの時間遅れを発生させる「遅延器」(演算的には、「遅れ演算子」)を意味する。本明細書では、他所でも、同様の意味で「zの逆数」を利用する。
【0054】
矩形高周波電圧指令器10−1は、回転子位相推定値を基軸(γ軸)位相とするγδ準同期座標系上で矩形状の単相高周波電圧指令値(γ軸高周波電圧指令値)を生成している。図6に示したように、矩形高周波電圧指令器10−1は位相速度推定器内の高周波電圧印加手段に該当するものであり、駆動制御装置内の機器5b、4b、2と共に、高周波電圧印加を遂行している。矩形高周波電圧指令器で生成される高周波電圧指令値は、(9)式、(10)式で示した通りであるが、その周期Thは請求項2の発明に従い、最小の正偶数Nh=2に対応するものがよい。生成された高周波電圧指令値は、時刻t=(k+1)*Ti=(k+1)*Tsから1制御周期にわたり、電力変換器により電動機に実印加される。高周波電圧指令値は駆動用電圧指令値に重畳されて、電力変換器を介して同期電動機に印加され、ひいては高周波電流が流れる。高周波電流は、固定子電流の高周波成分としてこれに含まれる。
【0055】
図6には、請求項1の発明に従って構成した正相関信号生成手段を、相関信号生成器10−2として示している。同図の相関信号生成器は、(13a)式と(16)式に正確に従って構成している。本構成に基づくγ軸積信号cγ、δ軸積信号sδの生成過程は、数式を用いて以下のように表現することもできる。
【数21】
【0056】
図6における位相同期器は、第3手段である回転子位相速度生成手段を実現したものである。位相同期器は、(22)式に示したデジタル一般化積分形PLL法に基づき構成されている。
【数22】
位相同期器は、相関信号生成器からの正相関信号を入力信号として受け、γδ準同期座標系の位相(本例では、γδ準同期座標系の位相は回転子位相推定値と等価)θα^と回転子(電気)速度推定値ω2n^を出力している。回転子(電気)速度推定値ω2n^は、γδ準同期座標系の速度ωγと実効的に同一である。座標系速度そのもののを回転子速度推定値として利用することもあれば、必要に応じローパスフィルタ処理して回転子速度推定値として利用することもある。図6では、この点を考慮して、速度推定値生成用のローパスフィルタを破線ブロックで示している。一般化積分形PLL法に基づく位相同期器に関しては、当業者には周知であるので、これ以上の説明は省略する。
【実施例2】
【0057】
図7は、本発明に従って構成した位相速度推定器の第2構成例である。図6の実施例との違いは、相関信号生成器10−2にある。矩形高周波電圧指令器、位相同期器に関しては、図6の実施例と同一である。相関信号生成器の本構成例は、基本的に(17)式に基づいており、具体的には以下のように表現される。
【数23】
る。また、Lmtは、リミッタ関数を意味する。リミッタの上下限は、(19b)式のKθを参考に±Kθ程度に選定しておけばよい。
【実施例3】
【0058】
図8は、本発明に従って構成した位相速度推定器の第3構成例である。図6図7の実施例との違いは、相関信号生成器10−2にある。矩形高周波電圧指令器、位相同期器に関しては、図6図7の実施例と同一である。相関信号生成器の本構成例は、次の(24)式に基づいている。
【数24】
すなわち、δ軸積信号sδのリミッタ処理信号を正相関信号pcとしている。なお、本正相関信号pcは、位相偏差θγと次の正相関をもつ。
【数25】
(24)式の正相関信号の生成におけるリミッタの上下限は、(25b)式のKθを参考に±Kθ程度に選定しておけばよい。
【実施例4】
【0059】
図9は、本発明に従って構成した位相速度推定器の第3構成例である。図6図8の実施例との違いは、相関信号生成器10−2にある。矩形高周波電圧指令器、位相同期器に関しては、図6図8の実施例と同一である。相関信号生成器の本構成例は、次の(26)式に基づいている。
【数26】
すなわち、δ軸積信号sδに時間差分信号のγ軸要素絶対値を乗じた上で、リミッタ処理した信号を正相関信号pcとしている。結果的には、(26)式の第2式が示しているように、時間差分信号のγ軸要素、δ軸要素の積を正相関信号としている。なお、本正相関信号pcは、位相偏差θγと次の正相関をもつ。
【数27】
(26)式の正相関信号の生成におけるリミッタの上下限は、(27b)式のKθを参考に±Kθ程度に選定しておけばよい。
【0060】
以上、本発明によるデジタル式回転子位相速度推定装置(位相速度推定器)に関し、具体的実施例を4例挙げて、これを詳しく説明した。正相関信号の生成法すなわち相関信号生成器10−2の構成法は、上記の4例に限定されるものでないことを指摘しておく。相関信号生成器の構成には、リミッタ処理は必ずしも必要ないこと、上記4例においても撤去が可能であることを指摘しておく。また、位相同期器10−3も、紹介例以外の構成も種々存在することを指摘しておく。
【0061】
図6図9を用いた実施例では、相関信号の入力信号を固定子電流(駆動用基本波成分と高周波成分を含む)としたが、相関信号の入力信号を固定子電流の高周波成分、すなわち高周波電流あるいはこの相当値としてもよいことを指摘しておく。換言するならば、相関信号生成器を(13b)式と(16)式に従って構成してよいことを指摘しておく。この場合の、高周波電流は、離散時間検出された固定子電流から抽出したものとなる。抽出方法としては、固定子電流をデジタルフィルタ処理する方法、固定子電流から駆動用基本波成分の電流指令値を減じる方法など、種々存在することを指摘しておく。
【0062】
図6図9を用いた実施例は、(20)式において制御周期Tsを固定子電流検出周期Tiと同一とするTs=Ti、Ns=1の場合の実施例である。Ns=2とする場合にも、同様な実施例、すなわち同様な位相速度推定器の構成が可能であることを指摘しておく。当業者においては、このための変更は公知であり(非特許文献1、非特許文献3には、Ns=2の場合の信号処理方法が示されている)、これ以上の説明は省略する。
【0063】
デジタル式回転子位相速度推定装置の具体的説明の都合上、駆動用電動機として同期電動機としこれに関連した駆動制御装置を取り上げたが、本発明によるデジタル式回転子位相速度推定装置は、同期電動機に限定されるものでないことを重ねて指摘しておく。駆動用電動機を他の交流電動機とする駆動制御装置におけるデジタル式回転子位相速度推定装置にも、詳述した具体的実施例のものが実質そのまま利用できる。駆動用電動機を同期リラクタンス電動機、誘導電動機とする駆動制御装置と同装置内での回転子位相速度推定装置の一般的配置に関しては、例えば特許文献(新中新二:「交流電動機のベクトル制御方法及び同装置」、特許第4120775号(1902−3−18))等に説明されている。このため、この説明は省略する。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、交流電動機をセンサレス駆動する応用の中で、特に、ゼロ速度を含む速度領域で高い速応性を備えた位相推定性能を必要とする用途に好適である。
【符号の説明】
【0065】
1 交流電動機(同期電動機)
2 電力変換器
3 離散時間電流検出器
4a 3相2相変換器
4b 2相3相変換器
5a ベクトル回転器
5b ベクトル回転器
6 電流制御器
7 指令変換器
8 速度制御器
9 ローパスフィルタ
10 位相速度推定器
10−1 矩形高周波電圧指令器
10−2 相関信号生成器
10−3 位相同期器
11 係数器
12 余弦正弦信号発生器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11