【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発/基盤技術開発/劣化機構解析とナノテクノロジーを融合した高性能セルのための基礎的材料研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記アノード触媒層が酸素雰囲気下にある前記セルの電気抵抗は、前記アノード触媒層が水素雰囲気下にある前記セルの電気抵抗の9倍以上である、請求項1〜8のいずれか一項に記載のセル。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(本発明の基礎となる知見)
本発明者等は、セル、燃料電池スタック、燃料電池システムおよび膜−電極接合体において、サイズおよびコストの上昇を抑えつつ、発電性能の低下の抑制することについて検討を重ねた。その結果、本発明者らは従来技術には下記のような問題があることを見出した。
【0011】
燃料ガス流路に空気が混入した状態で燃料ガス流路に燃料ガスを供給すると、燃料ガス流路の上流側から燃料ガスが充填されるため、燃料ガス流路の下流部では空気が残ることがある。このような状態で燃料電池を起動すれば、燃料ガスが満たされている燃料ガスの上流部では、発電反応が生じる。この発電反応では、アノードでH
2→2H
++2e
−の水素酸化反応が起こり、カソードで2H
++1/2O
2+2e
−→H
2Oの反応が起こる。
【0012】
一方、空気が残留した燃料ガス流路の下流部では、カソードのカーボンの腐食反応が生じる。この腐食反応では、アノードで2H
++1/2O
2+2e
−→H
2Oの酸素還元反応が起こり、カソードで1/2C+H
2O→1/2CO
2+2H
++2e
−の反応が起こる。これにより、カソード触媒層が劣化し、燃料電池の発電性能が低下してしまう。
【0013】
これに対して、特許文献1および2の燃料電池では、アノード触媒層の酸素還元性能を低下させて、腐食反応を抑制している。しかしながら、これと同時に、アノード触媒層の本来の機能である水素酸化性能も低下させてしまい、燃料電池の発電性能を損なうという課題があった。
【0014】
そこで、鋭意検討した結果、酸素雰囲気下におけるアノードの電気抵抗を水素雰囲気下におけるアノードの電気抵抗より大きくすることで、燃料電池の発電性能の低下を抑制することを見出した。本発明は、上記知見に基づいてなされたものである。
【0015】
(実施の形態)
本発明の第1の態様に係るセルは、膜−電極接合体と、前記膜−電極接合体を互いの間に挟む一対のセパレータと、を備えているセルであって、前記膜−電極接合体は、高分子電解質膜と、前記高分子電解質膜の第1主面上に配置されたアノード触媒層と、前記高分子電解質膜の第2主面上に配置されたカソード触媒層と、を備えており、前記アノード触媒層が、水素酸化反応に対して活性を持つ第1触媒材料と、水素雰囲気下における電気抵抗と酸素雰囲気下における電気抵抗とが異なる第1導電性材料と、を含んでおり、前記カソード触媒層が、酸素還元反応に対して活性を持つ第2触媒材料と、前記第1導電性材料とは異なる第2導電性材料とを含んでおり、前記アノード触媒層が酸素雰囲気下にある前記セルの電気抵抗は、前記アノード触媒層が水素雰囲気下にある前記セルの電気抵抗の2倍を超える。
【0016】
本発明の第2の態様に係るセルでは、第1の態様において、前記アノード触媒層は、イオン伝導性のバインダーを有している。
【0017】
本発明の第3の態様に係るセルは、第1または2の態様において、前記第1導電性材料は、抵抗変化特性を持つ導電性セラミックスであり、前記第2導電性材料がカーボンである。
【0018】
本発明の第4の態様に係るセルでは、第3の態様において、前記抵抗変化特性を持つ導電性セラミックスは、チタンを含んでいる。
【0019】
本発明の第5の態様に係るセルでは、第1〜4のいずれかの態様において、前記第1導電性材料が粒子状に形成されており、前記粒子の平均一次径が10nm以上1000nm以下である。
【0020】
本発明の第6の態様に係るセルでは、第1〜5のいずれかの態様において、前記第1触媒材料が、白金または白金合金を含んでいる。
【0021】
本発明の第7の態様に係るセルでは、第1〜6のいずれかの態様において、前記第1触媒材料が粒子状に形成されており、前記粒子の平均一次径が1nm以上10nm以下である。
【0022】
本発明の第8の態様に係るセルでは、第1〜7のいずれかの態様において、前記第1触媒材料が、前記第1導電性材料の表面に担持されている。
【0023】
本発明の第9の態様に係るセルでは、第1〜8のいずれかの態様において、前記アノード触媒層が酸素雰囲気下にある前記セルの電気抵抗は、前記アノード触媒層が水素雰囲気下にある前記セルの電気抵抗の9倍以上である。
【0024】
本発明の第10の態様に係る燃料電池スタックは、第1〜第9のいずれかの態様のセルが複数、積層して構成されている。
【0025】
本発明の第11の態様に係る燃料電池システムは、第1〜第9のいずれかの態様のセルが複数、積層して構成される燃料電池スタックと、前記一対のセパレータの流路に燃料ガスおよび酸化剤ガスをそれぞれ供給する供給装置と、を備えている。
【0026】
本発明の第12の態様に係る膜−電極接合体は、高分子電解質膜と、前記高分子電解質膜の第1主面上に配置されたアノード触媒層と、前記高分子電解質膜の第2主面上に配置されたカソード触媒層と、を備えており、前記アノード触媒層は、水素酸化反応に対して活性を持つ第1触媒材料と、水素雰囲気下における電気抵抗と酸素雰囲気下における電気抵抗とが異なる第1導電性材料と、を含んでおり、水素雰囲気下における前記アノード触媒層の電気抵抗に対する酸素雰囲気下における前記アノード触媒層の電気抵抗の比は、水素雰囲気下における前記カソード触媒層の電気抵抗に対する酸素雰囲気下における前記カソード触媒層の電気抵抗の比より大きい。
【0027】
本発明の第13の態様に係る膜−電極接合体は、高分子電解質膜と、前記高分子電解質膜の第1主面上に配置されたアノード触媒層と、前記高分子電解質膜の第2主面上に配置されたカソード触媒層と、を備えており、前記アノード触媒層が、白金/タンタルドープ酸化チタンである。
【0028】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照しながら具体的に説明する。なお、以下では全ての図面を通じて同一または相当する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。
【0029】
(実施の形態1)
実施の形態1に係る燃料電池システム100の構成について、
図1を参照して説明する。
図1は、燃料電池システム100の構成を概略的に示す機能ブロック図である。燃料電池システム100は、燃料電池スタック10、燃料ガス供給器30、および酸化剤ガス供給器50を備えている。
【0030】
燃料電池スタック10は、水素を含有する燃料ガスと酸化剤ガスとを電気化学的に反応(以下、発電反応という)させて発電する反応器である。燃料電池スタック10は、積層された複数のセル11により構成されている。
【0031】
燃料ガス供給器30は、燃料電池スタック10の流路に燃料ガスを供給する機器である。燃料ガス供給器30は第1経路31により燃料電池スタック10の流路に接続され、燃料ガスは第1経路31を介して燃料電池スタック10に供給される。燃料ガス供給器30は、燃料ガスの流量を調整する機能を有し、この調整は制御器(図示せず)により行われる。燃料ガスは、水素を含有するガスである。燃料ガス供給器30としては、たとえば、改質器、水素ボンベ、水素ガスインフラストラクチャなどが例示される。改質器は、蒸気改質方式、部分酸化方式、または、オートサーマル方式などの方式により原料ガスから燃料ガスを生成する反応器である。
【0032】
酸化剤ガス供給器50は、燃料電池スタック10の流路に酸化剤ガスを供給する機器である。酸化剤ガス供給器50は第2経路51により燃料電池スタック10の流路に接続され、酸化剤ガスは第2経路51を介して燃料電池スタック10に供給される。酸化剤ガス供給器50は、酸化剤ガスを送出する流量を調整する機能を有し、この調整は制御器(図示せず)により行われる。酸化剤ガスとしては、たとえば、空気や酸素などが挙げられる。酸化剤ガス供給器50としては、たとえば、空気を送風するファンやブロアなどの送風機、酸素ボンベなどが例示される。
【0033】
次に、セル11を含む燃料電池スタック10の構成について、
図2を参照して説明する。
図2は、燃料電池スタック10の一部を模式的に示す断面図である。
【0034】
燃料電池スタック10は、固体高分子形燃料電池のスタックであって、燃料ガスと酸化剤ガスとを酸化還元反応(以下、発電反応という)させることにより発電する。燃料ガスは、水素を含有するガスである。酸化剤ガスは、たとえば、酸素を含む空気などが用いられる。燃料電池スタック10は、積層された複数のセル11により構成されている。
【0035】
セル11は、ガス種(酸素および水素)に対する抵抗変化特性を有するセルである。この抵抗変化特性とは、アノード16が燃料ガスなどにさらされた水素雰囲気下にある場合のセル11の電気抵抗と、アノード16が酸素を含む空気などにさらされた酸素雰囲気下にある場合のセル11の電気抵抗が異なる性質である。
【0036】
セル11は、膜−電極接合体(Membrane Electrode Assembly, MEA)12と、MEA12を互いの間に挟む一対の板状のセパレータ13、14と、を備えている。MEA12は、高分子電解質膜15、アノード16およびカソード17を有している。
【0037】
高分子電解質膜15は、湿潤状態で良好な電気伝導性を示す材料で形成されており、たとえば、フッ素系樹脂により形成されたプロトン(イオン)伝導性のイオン交換膜が用いられる。高分子電解質膜15は、第1主面とこれに対向する第2主面とを有している。たとえば、第1主面および第2主面は長方形状であって、これらの面積は第1主面および第2主面以外の高分子電解質膜15の面より大きい。
【0038】
アノード16およびカソード17は、それぞれ、導電性を有する担体上に触媒を担持させた電極である。アノード16はガス拡散層18および触媒層(アノード触媒層)19を備え、カソード17はガス拡散層18および触媒層(カソード触媒層)20を備えている。
【0039】
ガス拡散層18は、集電作用とガス透過性と撥水性とを併せ持ち、基材21およびコーティング層22を備えている。基材21は、導電性、ならびに、気体および液体の透過性に優れた材料、たとえば、炭素質材料からなる多孔質構造である。この炭素質材料としては、たとえば、カーボンペーパー、炭素繊維クロス、炭素繊維フェルトなどの炭素繊維が例示される。コーティング層22は、基材21と触媒層19、20との間に介在し、これらの接触抵抗を下げ、液体の透過性(排水性)を向上するための層である。コーティング層22としては、たとえば、カーボンブラックおよび撥水剤から形成される。
【0040】
アノード触媒層19は、酸素および水素に対する抵抗変化特性を有する。つまり、アノード触媒層19が酸素雰囲気下にあるセル11の電気抵抗が、アノード触媒層19が水素雰囲気下にあるセル11の電気抵抗より高い。たとえば、アノード触媒層19が酸素雰囲気下にあるセル11の電気抵抗は、アノード触媒層19が水素雰囲気下にあるセル11の電気抵抗の2倍を超える。
【0041】
また、アノード触媒層19の電気抵抗の比は、カソード触媒層20の電気抵抗の比より大きい。このアノード触媒層19の電気抵抗の比は、水素雰囲気下におけるアノード触媒層19の電気抵抗に対する酸素雰囲気下におけるアノード触媒層19の電気抵抗の割合である。カソード触媒層20の電気抵抗の比は、水素雰囲気下におけるカソード触媒層20の電気抵抗に対する酸素雰囲気下におけるカソード触媒層20の電気抵抗の割合である。
【0042】
アノード触媒層19は高分子電解質膜15の第1の主面上に設けられている。アノード触媒層19は、イオン伝導性のバインダー、第1触媒材料および第1導電性材料を含んでいる。
【0043】
第1導電性材料は、抵抗変化特性を持つ材料であって、たとえば、抵抗変化特性を持つ導電性セラミックスである。抵抗変化特性を持つ導電性セラミックスとしては、金属酸化物が用いられ、たとえば、酸化チタン、酸化スズおよび酸化インジウムが例示される。この中でも、化学的・電気化学的安定性の観点から、チタンを含む導電性セラミックスが好ましい。
【0044】
第1導電性材料の一次粒子の平均一次径は、たとえば、10nm以上1000nm以下が好ましい。第1導電性材料の粒子径が10nmより小さいと、粒子間の接触抵抗が生じ易く、水素雰囲気下におけるアノード触媒層19の電気抵抗が大きくなってしまう。一方、第1導電性材料の粒子径が1000nmより大きいと、酸素雰囲気下におけるアノード触媒層19の電気抵抗が高くなりにくく、抵抗変化特性が小さくなってしまう。したがって、第1導電性材料の粒子径を10nm以上1000nm以下とすることで、アノード触媒層19の電気抵抗を水素雰囲気下で小さく、かつ、酸素雰囲気下で大きくし、アノード触媒層19の抵抗変化特性を発揮させられる。
【0045】
第1導電性材料の一次粒子の形状は、担体の比表面積を大きくし得る形状であれば、特に制限はない。たとえば、球状、多面体状、板状若しくは紡錘状、またはこれらの混合など、種々の形状を採用することができる。この中でも、球状であることが好ましい。
【0046】
また、第1導電性材料は一次粒子が相互に融着結合して、連鎖状および/または房状構造を持つことが好ましい。担体の比表面積、接触抵抗の低減および導電パス形成の観点から、一次粒子融合体の80%以上は、5個以上の一次粒子が融着して形成されていることが好ましい。
【0047】
第1導電性材料からなる担体の比表面積は、たとえば、1m
2/g以上100m
2/g以下が好ましい。さらに、第1触媒材料の粒子径を小さくし、触媒を有効に活用する観点から、10m
2/g以上100m
2/g以下とすることがより好ましい。なお、比表面積は一般的に窒素ガスなどの物理吸着を用いて測定できる。
【0048】
さらに、第1導電性材料の導電性を高める目的で、導電性セラミックスに異種金属(ドーパント)がドープされていてもよい。このドーパントとしては、たとえば、ニオブ、タンタル、アンチモン、クロム、モリブデンおよびタングステンが例示される。
【0049】
導電性セラミックスに含まれるドーパントの含有率は、たとえば、0.1mol%以上40mol%以下が好ましく、この範囲であれば、第1導電性材料の導電性を高く維持できる。また、第1導電性材料の導電性を一層高め、かつ比表面積を十分に高くする観点から、ドーパントの含有率は、0.5mol%以上30mol%以下とすることが好ましい。なお、ドーパントの含有率は、アノード触媒層19を溶解した溶液をICP発光分析や蛍光X線(XRF)分析で分析し、導電性セラミックスの濃度およびドーパントの濃度を測定することにより算出できる。
【0050】
第1触媒材料は、発電反応における水素酸化反応に対して活性を持つ材料である。第1触媒材料として、貴金属および/またはこの合金がある。貴金属としては、たとえば、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、パラジウム(Pd)、イリジウム(Ir)、銀(Ag)および金(Au)が例示される。この中でも白金およびその合金が好ましい。たとえば、白金および白金合金は、水素酸化反応に対して活性を有すると共に、抵抗変化の応答性を高める性質も有している。よって、アノード触媒層19の導電性セラミックスの表面に白金あるいは白金合金を担持すると、アノード触媒層19は、燃料電池のアノード16の触媒として機能するだけでなく、優れた抵抗変化特性を発揮する。
【0051】
第1触媒材料は、粒子状に形成されており、この粒子の平均一次径が、たとえば、1nm以上20nm以下が好ましく、1nm以上10nm以下がさらに好ましい。
【0052】
第1触媒材料は、第1導電性材料の表面に担持されていることが好ましい。第1導電性材料の表面に第1触媒材料を担持させる方法としては、種々の方法を用いることができる。たとえば、第1触媒材料を含むコロイドの前駆体を含む液に還元剤を添加して、前駆体を還元し、第1触媒材料を含むコロイドを生成する。このようにして得られたコロイド溶液に、第1導電性材料を分散し、第1導電性材料の表面に第1触媒材料を吸着させた。その後、この液から第1触媒材料を吸着した第1導電性材料を分離して乾燥し、還元性雰囲気下において熱処理した。これによって、第1導電性材料の表面に第1触媒材料を担持させることができる。このときの、熱処理温度としては、たとえば、150℃以上1500℃以下であることが好ましい。熱処理温度が150℃以上であれば、第1触媒材料表面に付着している不純物が効果的に除去され、高い触媒活性を得られるため好ましい。また、熱処理温度が1500℃以下であれば、第1触媒材料の凝集が抑えられ、大きな表面積を得られるため好ましい。さらに、熱処理温度は800℃以上1500℃以下であることが好ましい。熱処理温度を800℃以上にすることにより、第1触媒材料と第1導電性材料の一部が合金化し、第1触媒材料と第1導電性材料との間の電子伝導性が向上するため好ましい。
【0053】
カソード触媒層20は、高分子電解質膜15の第2主面上に設けられている。カソード触媒層20は、第2触媒材料および第2導電性材料を含んでいる。第2触媒材料は、酸素還元反応に対して活性を持つ触媒であって、たとえば、白金または白金合金が用いられる。第2導電性材料は、抵抗変化特性を持たない、または、抵抗変化特性が第1導電性材料より低い材料であって、たとえば、カーボンブラックが用いられる。
【0054】
一対のセパレータ13、14は、MEA12を互いの間に挟むように配置されている。一方のセパレータ(アノード側セパレータ)13は、MEA12のアノード側ガス拡散層18に接触するように設けられている。また、他方のセパレータ(カソード側セパレータ)14は、MEA12のカソード側ガス拡散層18に接触するように設けられている。各セパレータ13、14は、導電性、ガス不透過性、熱伝導性および耐久性などを有する材料、たとえば、圧縮カーボン、または、ステンレス鋼などの金属材料によって形成されている。
【0055】
アノード側セパレータ13には、アノード側ガス拡散層18に対向する一方主面に溝状の第1凹部が設けられている。この第1凹部とアノード側ガス拡散層18とにより囲まれた空間は、燃料ガスなどのガスが流通する流路(アノード側流路)23として機能する。アノード側流路23には、第1経路31により燃料ガス供給器30(
図1)が接続され、燃料ガス供給器30から燃料ガスが供給される。
【0056】
また、アノード側セパレータ13の一方主面と反対側の他方主面に、溝状の第2凹部が設けられている。このアノード側セパレータ13の他方主面に隣接するカソード側セパレータ14と、第2凹部とにより囲まれた空間が、MEA12を冷却する水(冷却水)が流通する流路(冷却水流路)25として機能する。
【0057】
カソード側セパレータ14には、ガス拡散層18に対向する一方主面に溝状の第3凹部が設けられている。この第3凹部とカソード側ガス拡散層18とにより囲まれた空間は、酸化剤ガスなどのガスが流通する流路(カソード側流路)24として機能する。カソード側流路24には、第2経路51により酸化剤ガス供給器50(
図1)が接続され、酸化剤ガス供給器50から酸化剤ガスが供給される。
【0058】
複数のセル11は、積層され、それにより互いに隣接するセル11、111が電気的に直列に接続されている。そして、積層された複数の11、111は、ボルトなどの締結部材26により所定の圧力にて締結されている。この加圧締結により、燃料ガスおよび酸化剤ガスのリークが防止されると共に、接触抵抗が低減されている。また、アノード側セパレータ13とカソード側セパレータ14との間には、アノード16およびカソード17の各側面を覆うようにガスケット27が配置されている。これにより、燃料ガスおよび酸化剤ガスの漏洩が防がれる。
【0059】
次に、MEA12における化学反応およびアノード16の電気抵抗の変化について、
図3A、
図3Bおよび
図3Cを参照して説明する。
図3Aの上図は、MEA12における化学反応を示した図である。
図3Aの下図は、白金/タンタルドープ酸化チタン(Pt/Ti
0.9Ta
0.1O
2−δ)をアノード触媒層19に用いたセル11の電気抵抗を概略的に示すグラフである。また、
図3Aの領域Aは、アノード16に燃料ガスが存在する水素雰囲気の領域である。
図3Aの領域Bは、アノード16に空気が残存する酸素雰囲気の領域である。
図3Bは水素雰囲気下における白金触媒を担持した白金/タンタルドープ酸化チタンの模式図である。
図3Cは酸素雰囲気下における白金触媒を担持した白金/タンタルドープ酸化チタンの模式図である。
【0060】
まず、抵抗変化特性を有さないアノードを備えたMEAにおける化学反応について説明する。なお、抵抗変化特性を有さないアノード触媒層では、カーボンなど抵抗変化特性を有さない導電性材料により構成されている。
【0061】
図3Aの上図に示すように、領域Aにおいては、アノード16で、H
2→2H
++2e
−の反応が生じ、プロトンH
+および電子e
−が生成する。このプロトンH
+が電解質膜15を介してカソード17へ移動する。カソード17で、アノード16からのプロトンH
+および領域Bのカソード17からの電子e
−により、O
2+4H
++4e
−→2H
2Oの反応が生じ、水が生成する。また、電子e
−が領域Bに移動する。
【0062】
一方、領域Bにおいては、カソード17で、Pt→Pt
2++2e
−の反応、および、C+2H
2O→CO
2+4H
++4e
−の反応が生じ、プロトンH
+および電子e
−が生成する。この電子e
−が領域Aに移動する。また、プロトンH
+が電解質膜15を介してカソード17へ移動する。アノード16で、カソード17からのプロトンH
+および領域Aからの電子e
−により、O
2+4H
++4e
−→2H
2Oの反応により水が生成する。抵抗変化特性を有さないMEAでは、このような反応が進行することで、カソード17の第2触媒材料の白金(Pt)および第2導電性材料のカーボン(C)が腐食する。
【0063】
これに対し、抵抗変化特性を有するアノード16を備えたMEA12では、
図3Aの下図のように、領域Bにおけるセル11の電気抵抗が領域Aより高い。これは、
図3Cに示すように、白金/タンタルドープ酸化チタンの表面における吸着酸素種による。
【0064】
つまり、
図3Bに示すように、水素雰囲気下では白金/タンタルドープ酸化チタンの表面に白金触媒は担持されているが、それ以外の物は吸着されていない。これに対し、
図3Cに示すように、酸素雰囲気下では、酸素が白金/タンタルドープ酸化チタンの表面で還元され、荷電酸素種(O
2−、O
−、O
2−)などの化学吸着分子が発生する。これが、白金/タンタルドープ酸化チタンの表面に吸着し、表面に、バンドベンディングを有する空乏層が形成される。このバンドベンディングによって結晶粒界および粒子間における電子の移動が妨げられ、アノード16の電気抵抗が増加する。これにより、領域Bにおけるアノード16の触媒活性が低下し、O
2+4H
++4e
−→2H
2Oの反応が起こりにくくなる。これに伴い、領域BにおけるプロトンH
+の移動、および、カソード17におけるPt→Pt
2++2e
−、C+2H
2O→CO
2+4H
++4e
−の反応が抑制され、領域Bにおける第2触媒材料および第2導電性材料の腐食が抑制される。
【0065】
上記構成によれば、アノード触媒層19が酸素雰囲気下にあるセル11の電気抵抗は、アノード触媒層19が水素雰囲気下にあるセル11の電気抵抗の2倍を超える。このように、水素雰囲気下ではアノード触媒層19の電気抵抗を低く抑えつつ、酸素雰囲気下において選択的にアノード触媒層19の電気抵抗を高めている。さらに、本発明のアノード触媒層19は水素酸化性能と抵抗変化特性を兼ね備えており、単層で両方の機能を有するため、水素雰囲気下における電気抵抗を、従来の構成以上に高めるものではない。よって、燃料電池スタック10の発電効率を左右する、アノード触媒層19の水素酸化性能を高めつつ、アノード触媒層19の酸素還元性能に伴うカソード触媒層20の劣化を防止することができる。
【0066】
さらに、アノード触媒層19は、イオン伝導性のバインダーを有している。これにより、アノード触媒層19中のイオン(プロトン)伝導が良好になり、触媒を有効に利用することができる。
【0067】
さらに、第1導電性材料は、抵抗変化特性を持つ導電性セラミックスであり、第2導電性材料がカーボンである。カーボンは電気伝導性に優れ、その表面が疎水性である。よって、カーボンを第2導電性材料に用いることにより、第2導電性材料を含むカソード触媒層20は、集電作用に優れると共に、発電時の生成水によるフラッディングの影響を受けにくい。しかしながら、カーボンは、ガス種による電気抵抗の変化がほとんどないため、アノード触媒層19で酸素還元反応が起こると、カソード触媒層20が劣化する。これに対しては、抵抗変化特性を持つ第1導電性材料に用いることにより、アノード触媒層19で酸素還元反応を低下させているため、カソード触媒層20の劣化を抑制することができる。また、導電性セラミックスを第1導電性材料に用いることにより、アノード触媒層19の耐久性を向上させることができる。
【0068】
また、抵抗変化特性を持つ導電性セラミックスは、チタンを含んでいる。チタンを含む導電性セラミックスは、水素雰囲気下と酸素雰囲気下との電気抵抗が変化し易いのに加え、燃料電池システムの運転環境下においても化学的に安定である。
【0069】
さらに、第1導電性材料が粒子状に形成されており、その粒子の平均一次径(粒子径)が、たとえば、10nm以上1000nm以下である。第1導電性材料の粒子径が10nmより小さいと、粒子間の接触抵抗が生じ易く、水素雰囲気下におけるアノード触媒層19の電気抵抗が大きくなってしまう。一方、第1導電性材料の粒子径が1000nmより大きいと、酸素雰囲気下におけるアノード触媒層19の電気抵抗が高くなりにくく、抵抗変化特性が小さくなってしまう。したがって、第1導電性材料の粒子径を10nm以上1000nm以下とすることで、アノード触媒層19の電気抵抗を水素雰囲気下で小さく、かつ、酸素雰囲気下で大きくし、アノード触媒層19の抵抗変化特性を発揮させられる。
【0070】
また、第1触媒材料が、白金または白金合金を含んでいる。白金および白金合金は、水素酸化触媒として利用されると共に、電気抵抗の変化の応答性を高める性質を有している。よって、白金または白金合金を第1触媒材料に含めることにより、発電性能および抵抗変化特性に優れる。
【0071】
さらに、第1触媒材料が粒子状に形成されており、その粒子の平均一次径(粒子径)が1nm以上10nm以下である。これにより、第1触媒材料の表面積を大きくすることができ、少ない触媒量で高い性能を得ることができる。
【0072】
さらに、第1触媒材料が、抵抗変化特性を持つ第1導電性材料の表面に担持されている。これにより、粒子径が小さい第1触媒材料を安定的に存在させることができる。
【0073】
また、水素雰囲気下におけるアノード触媒層19の電気抵抗に対する酸素雰囲気下におけるアノード触媒層19の電気抵抗の比は、水素雰囲気下におけるカソード触媒層20の電気抵抗に対する酸素雰囲気下におけるカソード触媒層20の電気抵抗の比より大きい。このように、カソード触媒層20の電気抵抗はガス種に応じて変化しないまたはほとんどしない。これに対し、酸素に対するアノード触媒層19の電気抵抗は水素に対するアノード触媒層19の電気抵抗より大きい。
【0074】
このため、空気が混入しているアノード側流路23の範囲では、空気中の酸素によりアノード触媒層19の電気抵抗が高くなる。このため、アノード触媒層19で酸素還元反応が生じにくく、カソード触媒層20の劣化を抑制することができる。よって、カソード触媒層20の劣化による発電性能の低下を防止することができる。また、この際に、不活性ガスを用いる必要がなく、カソード触媒層20の劣化抑制に対するコストおよびサイズの増加を防ぐことができる。
【0075】
一方、燃料ガスが満たされているアノード側流路23の範囲では、アノード側流路23に空気が混入した範囲に比べてアノード触媒層19の電気抵抗が低く、水素酸化性能が低下しないまたはほとんどしない。また、カソード側流路24に空気などの酸化剤ガスを供給しても、カソード触媒層20の電気抵抗は上昇しないまたはほとんど上昇しない。これにより、発電反応が妨げられず、発電性能の低下を抑制することができる。
【0076】
なお、上記構成では、燃料電池スタック10のセルは、全て、抵抗変化特性を有するセル11で構成されていた。これに対し、燃料電池スタック10のセルのうち、少なくとも1つのセルが、抵抗変化特性を有するセル11であればよい。つまり、燃料電池スタック10は、抵抗変化特性を有さない、または、セル11より抵抗変化特性が小さいセルを含んでいてもよい。
【0077】
(実施例)
実施例のセル11および比較例のセル111について、電気抵抗評価試験、水素ポンプ試験、発電性能評価試験およびガス置換サイクル試験を行った。まず、この評価に用いた実施例のセル11および比較例のセル111の作成方法について、以下に説明する。
図4は、実施例のセル11を概略的に示す断面図である。
図5は、比較例のセル111を概略的に示す断面図である。
【0078】
実施例のセル11のMEA12のアノード触媒層19の第1導電性材料については、次のとおり作製した。まず、オクチル酸チタンおよびオクチル酸タンタルを、チタン:タンタルの比が10:1になるように、混合した。この混合物をターペンで溶解し、前駆体溶液を調整した。そして、前駆体溶液を3g/分の速度で火炎中にスプレー噴霧器により噴霧した。このとき、プロパンを1L/分で、空気を5L/分で、酸素を9L/分で流して、1000〜1600℃の火炎を発生させた。これにより、前駆体溶液中の溶媒を瞬時に蒸発させ、微粒子を作製した。作製した微粒子はHEPAフィルターを用いて回収した。この微粒子を、水素を4%含むアルゴンガスを流した850℃の電気炉中で2時間、熱処理した。これにより、原子比で10%のタンタルを含む、タンタルドープ酸化チタン(Ti
0.9Ta
0.1O
2−δ)を合成し、第1導電性材料として用いた。
【0079】
続いて、この第1導電性材料を用いてアノード触媒層19の材料を、次のとおり作製した。まず、亜硫酸水素ナトリウム15.6gを300mLの超純水に溶解した。これに、白金濃度が200.34g/Lの塩化白金酸溶液5mlを加え、十分に撹拌した。この後、これに、超純水を加えて、全量が1400mLとなるように希釈した。この希釈物に、5%の塩化ナトリウム水溶液を滴下して、溶液のpHが常に5となるように調整しながら、31%の過酸化水素水溶液120mLを2mL/分の速度で滴下し、白金コロイド溶液を作製した。
【0080】
そして、超純水300mLに、先に作製した第1導電性材料のタンタルドープ酸化チタン(Ti
0.9Ta
0.1O
2−δ)4gを加え、超音波により分散した。この溶液に、白金コロイド溶液を混ぜ合わせ、超音波による分散および撹拌を行った。そして、Ti
0.9Ta
0.1O
2−δを分散させた白金コロイド溶液を、ホットスターラー上で80℃に保ちながら1時間、撹拌した。その後、攪拌した溶液を、常温まで冷却してから、一晩攪拌した。この溶液をメンブレンフィルターで濾過し、これに超純水およびエタノールを流して濾過して、この洗浄を4回繰り返した。これで得られたペースト状物を80℃で乾燥させ、白金微粒子が担持されたTi
0.9Ta
0.1O
2−δの凝集体を得た。
【0081】
この凝集体を乳鉢ですり潰して粉末状とした。この粉末を、水素を4%含むアルゴンガスを流した900℃の電気炉中で2時間、熱処理した。これにより、白金が担持されたタンタルドープ酸化チタン(Pt/Ti
0.9Ta
0.1O
2−δ)をアノード触媒層19の材料として得た。なお、Pt/Ti
0.9Ta
0.1O
2−δにおける白金の担持率(重量%)は、ICPによる分析の結果、19.8wt%であった。
【0082】
続いて、このアノード触媒層19の材料(Pt/Ti
0.9Ta
0.1O
2−δ)を用いてMEAを、次のとおり作製した。まず、高分子電解質膜15(日本ゴア株式会社製、ゴア・セレクトIII、なお、ゴアセレクトは、ダブリュー.エル.ゴア アンド アソシエーツ、インコーポレイテッドの登録商標である。)を用意した。
【0083】
そして、水34.2gおよびエタノール34.1gの混合溶媒に、先に作成したアノード触媒層19の材料(Pt/Ti
0.9Ta
0.1O
2−δ)、1.0g、および、27.4wt%のPFSAバインダー溶液0.69gを加えた。この混合液から、湿式ジェットミルを用いてアノード触媒層19用の分散スラリーを作製した。
【0084】
得られた分散スラリーを、60℃に保ったホットプレート上で、高分子電解質膜15の第1主面に塗布し、アノード触媒層19を形成した。このとき、アノード触媒層19に含まれる白金の量が0.1mg/cm
2となるように、分散スラリーの塗布量を調整した。
【0085】
また、水42.4gおよびエタノール41.3gの混合溶媒に、白金が担持されたグラファイト化ケッチェンブラック(田中貴金属工業株式会社製、TEC10EA50E)5.0g、および、27.4wt%のPFSAバインダー溶液7.9gを加えた。この混合液から、湿式ジェットミルを用いてカソード触媒層20用の分散スラリーを作製した。
【0086】
得られた分散スラリーを、60℃に保ったホットプレート上で、高分子電解質膜15の第2主面に塗布し、カソード触媒層20を形成した。このとき、カソード触媒層20に含まれる白金の量が0.3mg/cm
2となるように、分散スラリーの塗布量を調整した。
【0087】
このようにして膜−触媒層接合体を作製した。そして、このアノード触媒層19およびカソード触媒層20の各層上にガス拡散層18(SGLカーボンジャパン株式会社製、GDL25BC)を配置した。これに、120℃の高温下において7kgf/cm
2の圧力を30分間、加えることにより、実施例のセル11のMEA12を作製した。
【0088】
そして、
図4に示すように、MEA12を治具に装着して、実施例のセル11を作製した。この治具には、アノード側セパレータ13およびカソード側セパレータ14が設けられている。アノード側セパレータ13にサーペンタイン形状のアノード側流路23が形成されており、カソード側セパレータ14にサーペンタイン形状のカソード側流路24が形成されている。
【0089】
図5に示す比較例のセル111のMEA112の作成方法は、アノード116のアノード触媒層119の作成方法を除けば、実施例のセル11のMEA12の作成方法と同様である。このため、比較例のアノード触媒層119以外の作成方法については省略する。比較例のアノード触媒層119は、触媒層に含まれる白金の量を除けば、実施例のカソード触媒層20と同様である。
【0090】
つまり、水42.4gおよびエタノール41.3gの混合溶媒に、白金が担持されたグラファイト化ケッチェンブラック(田中貴金属工業株式会社製、TEC10EA50E)5.0g、および、27.4wt%のPFSAバインダー溶液7.9gを加えた。この混合液から、湿式ジェットミルを用いてアノード触媒層119用の分散スラリーを作製した。
【0091】
得られた分散スラリーを、60℃に保ったホットプレート上で、高分子電解質膜15の第1主面に塗布し、アノード触媒層119を形成した。このとき、アノード触媒層119に含まれる白金の量が0.1mg/cm
2となるように、分散スラリーの塗布量を調整した。
【0092】
次に、作成したタンタルドープ酸化チタン(Ti
0.9Ta
0.1O
2−δ)および白金/タンタルドープ酸化チタン(Pt/Ti
0.9Ta
0.1O
2−δ)の結晶構造について、
図6Aおよび
図6Bを参照して説明する。
図6Aは、タンタルドープ酸化チタンおよび白金/タンタルドープ酸化チタンのX線解析(XDR)による測定結果のスペクトルである。
図6Aの上側スペクトルは白金/タンタルドープ酸化チタンの回折強度を表し、
図6Aの下側スペクトルはタンタルドープ酸化チタンの回折強度を表している。
図6Bは、透過電子顕微鏡(TEM)を用いて撮影した白金/タンタルドープ酸化チタンの画像である。
【0093】
図6Aの上側スペクトルおよび下側スペクトルにおける、28°、36°および55°の強度の大きな回折ピークは、ルチル型酸化チタンの(110)、(101)および(211)面と特定された。
【0094】
図6Bに示す、TEMによる白金/タンタルドープ酸化チタンの画像によれば、タンタルドープ酸化チタンの表面に白金が均一に分散している。この画像を含む複数の画像から500個の白金粒子のサイズを測定した結果、白金の平均直径および粒度分布は、6.2±1.9nmであった。また、誘導結合プラズマ質量分析計(ICP−MS)による白金の担持量は、19.8質量%であった。
【0095】
次に、電気抵抗評価試験について
図7および
図8を参照しながら説明する。
図7は各種ガス雰囲気下における電気抵抗評価試験の測定システムを概略的に示す図である。
図8は、実施例のセル11および比較例のセル111の各種ガス雰囲気下における電気抵抗の変化を示すグラフである。このグラフの縦軸は電気抵抗を示し、横軸は時間を示している。
【0096】
図7に示すように、実施例のセル11および比較例のセル111の温度を65℃に保ち、アノード16、166、カソード17ともに75℃の露点を持つ同一のガスを2L/minの流量で供給した。ガス種としては、水素、窒素、空気の3種類を用いた。この各ガス雰囲気の下におけるセル11、111の電気抵抗を、1kHzの固定周波数を持つ低抵抗計で測定した。
【0097】
図8に示すように、実施例のセル11の電気抵抗は、水素を供給した場合には低い値を示した。空気を供給すると、セル11の電気抵抗は、急激に上昇し、水素を供給したときの約9倍の値となった。このように、アノード触媒層19が酸素雰囲気下にあるセル11の電気抵抗は、アノード触媒層19が水素雰囲気下にあるセル11の電気抵抗の9倍以上であった。
【0098】
一方、比較例のセル111においては、空気を供給した場合の電気抵抗は、水素を供給した場合の電気抵抗の約2倍であり、ガス雰囲気の違いによる電気抵抗の差は小さかった。このように、アノード触媒層119を含むセル111に比べて、アノード触媒層19を含むセル11の酸素雰囲気下の電気抵抗は水素雰囲気下の電気抵抗より大きく上昇していることがわかる。つまり、アノード触媒層19が酸素雰囲気下にあるセル11の電気抵抗は、アノード触媒層19が水素雰囲気下にあるセル11の電気抵抗の2倍を超えている。
【0099】
これは、実施例のセル11ではアノード触媒層19の担体に用いたタンタルドープ酸化チタン(Ti
0.9Ta
0.1O
2−δ)に空気中の酸素が吸着し、その電気抵抗が高まったためと考えられる。一方、比較例のセル111ではアノード触媒層119の担体に用いたグラファイト化ケッチェンブラック(カーボンブラック)には酸素などの吸着がほとんどなく、よって、その電気抵抗もほとんど変化しなかったと考えられる。
【0100】
次に、水素ポンプ試験法を用いたアノード触媒層の水素酸化活性評価について、
図7および
図9を用いて説明する。
図7は水素ポンプ試験の測定システムを概略的に示す図である。
図9は実施例のセル11および比較例のセル111の水素ポンプ試験における電圧−電流特性を示すグラフである。このグラフの縦軸は電圧(V)を示し、横軸は電流(A/cm
2)を示している。
【0101】
図7に示すように、実施例のセル11および比較例のセル111の温度を65℃に保ち、アノード16、117、カソード17ともに75℃の露点を持つ水素を2L/minの流量で供給した。このとき、電子負荷装置(PLZ−664WA、菊水電子工業株式会社製)および直流安定化電源(PS20−60A、株式会社テクシオ・テクノロジー製)を用いて定電流動作中にセル11、111の各電圧を測定した。また、この水素ポンプ試験による測定の間、セル11、111の電気抵抗を1kHzの固定周波数を持つ低抵抗計でin−situ測定した。
【0102】
水素ポンプ試験による測定の結果、
図9に示すように、各セル11、111の電圧は電流にそれぞれ比例しているため、各セル11、111の電圧は電気抵抗に依存している。このため、セル11のアノード16に白金/タンタルドープ酸化チタンを用いても、電気抵抗以外の要因によりセル11の電圧−電流特性が影響を受けることはない。
【0103】
また、
図9に示す電圧−電流特性のグラフから定常状態における各セル11、111の電気抵抗(水素ポンプ試験により求めた電気抵抗)を得た。セル11の電気抵抗は0.125Ωcm
2であり、セル111の電気抵抗は0.094Ωcm
2であった。この電気抵抗は、アノード16、116およびカソード17における水素の酸化および還元に対する電荷の移動抵抗、ならびに、高分子電解質膜15、触媒層19、119、20(
図4、
図5)、ガス拡散層18およびセパレータ13、14の電気抵抗を含んでいる。この内、アノード16、116のアノード触媒層19、119の導電性材料がセル11とセル111とで異なる。
【0104】
また、1.5mAcm
2において、1kHzの固定周波数を持つ低抵抗計でin−situ測定したセル11の電気抵抗は0.123Ωcm
2であり、セル111の電気抵抗は0.092Ωcm
2であった。このようにして測定した電気抵抗は、高分子電解質膜15、触媒層19、119、20(
図4、
図5)、ガス拡散層18およびセパレータ13、14の電気抵抗に主に相当する。
【0105】
この各セル11、111において、水素ポンプ試験により求めた電気抵抗と、1kHzの固定周波数を持つ低抵抗計でin−situ測定した電気抵抗との差は、共に2mΩcm
2であった。この差は、アノード16、116およびカソード17における水素の酸化および還元に対する電荷の移動抵抗に相当し、各セル11、111で同じである。各セル11、111は同じカソード17を有しているため、カソード17における水素の還元に起因する電荷の移動抵抗は同じである。したがって、アノード16およびアノード116における水素の酸化活性も同じ程度であり、ともに過電圧を無視できる程度である。
【0106】
次に、ガス置換サイクルを用いた耐久性評価試験について、
図10、
図11および
図12を用いて説明する。
図10はガス置換サイクル試験の測定システムを概略的に示す図である。
図11はガス置換サイクル試験の試験条件を示す表である。
図12は実施例のセル11および比較例のセル111のガス置換サイクル回数とカソード17におけるPtの電気化学活性表面積の関係を示すグラフである。このグラフの縦軸はカソードのPtの電気化学活性表面積(ECSA)を示し、横軸は第1〜第3モードのサイクル数を示している。
【0107】
図10に示すように、実施例のセル11および比較例のセル111の温度を45℃の温度に保った。そして、
図12に示す第1モードの処理を実行し、90秒の間、各セル11、111のアノード側流路23に加湿していない乾燥空気を供給し、カソード側流路24に45℃の露点を持つ加湿空気を供給した。続いて、第1モードの後に第2モードの処理を実行し、90秒の間、各セル11、111のアノード側流路23に45℃の露点を持つ加湿水素を供給し、カソード側流路24に45℃の露点を持つ加湿空気を供給した。さらに、第2モードの後に第3モードの処理を実行し、60秒の間、各セル11、111のアノード側流路23に加湿していない乾燥窒素を供給し、カソード側流路24に加湿していない乾燥窒素を供給した。
【0108】
この第1〜第3モードの一連の処理を1サイクルとして繰り返した。そして、200サイクル繰り返す毎に、実施例のセル11および比較例のセル111の各カソード触媒層20における白金(Pt)のECSA(m
2g
−1)を測定した。このPtのECSAは、Ptの水素吸着に起因する電気量を、Pt単位表面積あたりの水素吸着電気量の理論値(0.21mC/cm
2)で割ることにより算出した。Ptの水素吸着に起因する電気量は、カソード側セパレータ14を作用極とし、アノード側セパレータ13を対極および参照極として、サイクリックボルタンメトリーを測定することにより得た。この測定時には、各セル11、111を45℃の温度環境下に置き、アノード側流路23に45℃の露点を持つ加湿水素ガスを供給し、カソード側流路24に45℃の露点を持つ加湿窒素ガスを供給した。
【0109】
図12に示すように、実施例のセル11および比較例のセル111のいずれも、処理の繰り返しサイクル数が増えるに伴って、PtのECSAは低下している。この低下する割合は、サイクル数が大きくなるほど、実施例のセル11より比較例のセル111の方が大きくなっている。また、1000サイクル実施後におけるECSAの維持率は、セル11が64.7%であるのに対し、セル111が42.4%であった。この結果、実施例のセル11におけるカソード触媒層20の白金の活性の低下は、比較例のセル111より抑制されている。
【0110】
次に、発電性能評価試験について、
図13および
図14を用いて説明する。
図13は発電性能評価試験の測定システムを概略的に示す図である。
図14は実施例のセル11および比較例のセル111の発電性能評価試験における電圧―電流特性(IRフリー)を示すグラフである。このグラフの縦軸はIRフリー電圧(V)を示し、横軸は電流(A/cm
2)を示している。
【0111】
図13に示すように、実施例のセル11および比較例のセル111の温度を65℃に保った。そして、アノード16、116に65℃の露点を持つ水素を水素利用率が70%となる流量で流し、カソード17に65℃の露点を持つ空気を酸素利用率が40%となる流量で流した。このとき、電子負荷装置(PLZ−664WA、菊水電子工業株式会社製)を用いて定電流動作中にセル11、111の各電圧を測定した。また、測定の間、セルの電気抵抗を1kHzの固定周波数を持つ低抵抗計でin−situ測定した。
【0112】
測定結果を、
図14を参照しながら説明する。ここでは、
図11に示す上記第1〜第3モードの一連の処理を1000回繰り返す試験(ガス置換サイクル試験)前および後のセル11、111の電圧−電流特性を示している。このガス置換サイクル試験前の電圧を前電圧と称し、ガス置換サイクル試験後の電圧を後電圧と称する。
【0113】
0.4A/cm
2未満の低い電流密度では、前電圧については、セル11がセル111よりわずかに小さかった。これにも関わらず、後電圧についてはセル11がセル111とほぼ同等の値を示し、セル11はセル111とほぼ同等の性能を示している。また、
図14から計算した0.9Vにおける単位質量当たりの保有率は、セル11が51.4%であるのに対し、セル111は39.1%であった。これらの値は、
図12で得たECSAの保有率と同等である。このため、低い電流密度におけるセル11の性能低下はECSAの低下によるものと思われる。
【0114】
0.4A/cm
2以上の高い電流密度では、セル11の後電圧がセル111の後電圧より高く、セル11はセル111より高い性能を示している。このセル11の後電圧とセル111の後電圧との差は、電流密度が増加するに伴い大きくなっている。これは、各セル11、111のカソード17の腐食に起因すると考えられる。
【0115】
この腐食について、
図15A、
図15Bおよび
図15Cを参照しながら説明する。
図15Aは、ガス置換サイクル試験前のセル111のカソード触媒層20および高分子電解質膜15の断面図である。
図15Bは、ガス置換サイクル試験後のセル11のカソード触媒層20および高分子電解質膜15の断面図である。
図15Cはガス置換サイクル試験後のセル111のカソード触媒層20および高分子電解質膜15の断面図である。これらの断面図は、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて得た。なお、ガス置換サイクル試験前のセル11を前セル11と称し、ガス置換サイクル試験後のセル11を後セル11と称する。ガス置換サイクル試験前のセル111を前セル111と称し、ガス置換サイクル試験後のセル111を後セル111と称する。
【0116】
図15Bおよび
図15Cに示すように、白金粒子のバンドが観察された。白金イオンが、カソード触媒層20からかい離し、高分子電解質膜15に入り、クロスオーバー水素により金属の白金に変換されたことにより、このバンドが形成された。これは、セル111だけでなくセル11においてもECSAの低下が観察されたことに一致する。なお、白金のかい離はセル11のカソード17でさえ生じることを示唆している。
【0117】
後セル11のカソード触媒層20の厚みには、前セル111とほぼ同等であった。これに対し、後セル111のカソード触媒層20の厚みは、前セル111の約40%減少していた。さらに、後セル111にけるカソード触媒層は、高分子電解質膜15から容易に剥離した。この高分子電解質膜15からのカソード触媒層20の剥離は後セル11には見られなかった。
【0118】
この結果、セル111のカソード触媒層20のカーボンが、セル11のカソード触媒層20のカーボンより腐食していることがわかる。カソード触媒層20の腐食は物質移動の大幅な低下を招く。よって、セル11およびセル111における高電流密度における性能の差は、ガス置換サイクル試験におけるカソード触媒層20のカーボンの腐食の程度の差による。
【0119】
なお、上記全実施の形態は、互いに相手を排除しない限り、互いに組み合わせてもよい。また、上記説明から、当業者にとっては、本発明の多くの改良や他の実施の形態が明らかである。したがって、上記説明は、例示としてのみ解釈されるべきであり、本発明を実行する最良の態様を当業者に教示する目的で提供されたものである。本発明の精神を逸脱することなく、その構造および/または機能の詳細を実質的に変更できる。