【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らの研究によれば、以下のことがわかった。
(a)Cu−Ni−Si系銅合金板材においてエッチング面の表面平滑性を高めるためには、EBSD(電子線後方散乱回折法)により求まるKAM値が大きい組織状態とすることが極めて有効である。
(b)KAM値を高めるには、溶体化処理と時効処理の間で適度な冷間圧延ひずみを加えること、および最終的な低温焼鈍において、昇温速度が速くなりすぎないようにコントロールすることが極めて有効である。
(c)切り板とした場合にも優れた平坦性を有する板材を実現するためには、(i)時効処理後に行う仕上冷間圧延のワークロールを太径のものとし、その最終パスでの圧下率を制限すること、(ii)テンションレベラーで形状矯正する際、過大な加工が付与されないように伸び率を厳密にコントロールすること、(iii)最終的な低温焼鈍で板に付与される張力を一定範囲に厳しくコントロールするとともに、冷却速度が過大とならないように最大冷却速度を厳しく管理すること、が極めて有効である。
本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。
【0008】
すなわち本発明では、質量%で、Ni:1.0〜4.5%、Si:0.1〜1.2%、Mg:0〜0.3%、Cr:0〜0.2%、Co:0〜2.0%、P:0〜0.1%、B:0〜0.05%、Mn:0〜0.2%、Sn:0〜0.5%、Ti:0〜0.5%、Zr:0〜0.2%、Al:0〜0.2%、Fe:0〜0.3%、Zn:0〜1.0%、残部Cuおよび不可避的不純物からなる組成を有し、板面(圧延面)に平行な観察面において、長径1.0μm以上の粗大第二相粒子個数密度が4.0×10
3個/mm
2以下であり、かつEBSD(電子線後方散乱回折法)により、結晶方位差15°以上の境界を結晶粒界とみなした場合の結晶粒内における、ステップサイズ0.5μmで測定したKAM値が3.00より大きい銅合金板材が提供される。
【0009】
上記合金元素のうち、Mg、Cr、Co、P、B、Mn、Sn、Ti、Zr、Al、Fe、Znは任意添加元素である。「第二相」はマトリックス(金属素地)中に存在する化合物相である。主にNi
2Si、あるいは、(Ni,Co)
2Siを主体とする化合物相が挙げられる。ある第二相粒子の長径は、観察画像平面上でその粒子を取り囲む最小円の直径として定まる。粗大第二相粒子個数密度は以下のようにして求めることができる。
【0010】
〔粗大第二相粒子個数密度の求め方〕
板面(圧延面)を電解研磨してCu素地のみを溶解させて、第二相粒子を露出させた観察面を調製し、その観察面をSEMにより観察し、SEM画像上に観測される長径1.0μm以上の第二相粒子の総個数を観察総面積(mm
2)で除した値を粗大第二相粒子個数密度(個/mm
2)とする。ただし、観察総面積は、無作為に設定した重複しない複数の観察視野により合計0.01mm
2以上とする。観察視野から一部がはみ出している第二相粒子は、観察視野内に現れている部分の長径が1.0μm以上であればカウント対象とする。
【0011】
KAM(Kernel Average Misorientation)値は以下のようにして求めることができる。
【0012】
〔KAM値の求め方〕
板面(圧延面)をバフ研磨およびイオンミリングにより調製した観察面をFE−SEM(電界放出形走査電子顕微鏡)により観察し、50μm×50μmの測定領域について、EBSD(電子線後方散乱回折法)により測定ピッチ0.5μmにて方位差15°以上の境界を結晶粒界とみなした場合の結晶粒内におけるKAM値を測定する。この測定を無作為に選んだ重複しない5箇所の測定領域について行い、各測定領域で得られたKAM値の平均値を、当該板材についてのKAM値として採用する。
【0013】
上記各測定領域で定まるKAM値は、0.5μmピッチで配置された電子線照射スポットについて、隣接するスポット間の結晶方位差(以下これを「隣接スポット方位差」という。)をすべて測定し、15°未満である隣接スポット方位差の測定値のみを抽出して、それらの平均値を求めたものに相当する。すなわち、KAM値は結晶粒内の格子ひずみの量を表す指標であり、この値が大きいほど結晶格子のひずみが大きい材料であると評価することができる。
【0014】
上記銅合金板材において、下記(A)に定義する板厚方向の平均結晶粒径が2.0μm以下であることが好ましい。
(A)圧延方向に垂直な断面(C断面)を観察したSEM画像上に、板厚方向の直線を無作為に引き、その直線によって切断される結晶粒の平均切断長を板厚方向の平均結晶粒径とする。ただし、直線によって切断される結晶粒の総数が100個以上となるように、1つまたは複数の観察視野中に、同一結晶粒を重複して切断しない複数の直線を無作為に設定する。
【0015】
また、圧延直角方向の板幅をW
0(mm)とするとき、下記(B)に定義する最大クロスボウq
MAXが100μm以下であることが好ましい。
(B)当該銅合金板材から圧延方向長さが50mm、圧延直角方向長さが板幅W
0(mm)である長方形の切り板Pを採取し、その切り板Pをさらに圧延直角方向50mmピッチで裁断し、その際、圧延直角方向長さが50mmに満たない小片が切り板Pの圧延直角方向端部に発生したときはその小片を除き、n個(nは板幅W
0/50の整数部分)の50mm角の正方形サンプルを用意する。各正方形サンプルごとに、日本伸銅協会技術規格JCBA T320:2003に規定の三次元測定装置による測定方法(ただし、w=50mmとする)に従い、水平盤上に置いたときのクロスボウqを、両面(両側の板面)について圧延直角方向に測定し、各面のqの絶対値|q|の最大値を当該正方形サンプルのクロスボウq
i(iは1〜n)とする。n個の正方形サンプルのクロスボウq
1〜q
nのうちの最大値を最大クロスボウq
MAXとする。
【0016】
また、下記(C)に定義するI−unitが5.0以下であるであることが好ましい。
(C)当該銅合金板材から圧延方向長さが400mmであり、圧延直角方向長さが板幅W
0(mm)である長方形の切り板Qを採取し、水平盤上に置く。切り板Qを鉛直方向に見た投影表面(以下、単に「投影表面」という)の中に圧延方向長さ400mm、圧延直角方向長さW
0の長方形領域Xを定め、その長方形領域Xをさらに圧延直角方向10mmピッチで短冊状領域に分割し、その際、圧延直角方向長さが10mmに満たない狭幅の短冊状領域が長方形領域Xの圧延直角方向端部に発生したときはその狭幅の短冊状領域を除き、隣接するn箇所(nは板幅W
0/10の整数部分)の短冊状領域(長さ400mm、幅10mm)を設定する。各短冊状領域ごとに、幅中央部の表面高さを圧延方向長さ400mmにわたって測定し、最大高さh
MAXと最小高さh
MINの差h
MAX−h
MINの値を波高さhとし、下記(1)式により求まる伸び差率eを当該短冊状領域の伸び差率e
i(iは1〜n)とする。n箇所の短冊状領域の伸び差率e
1〜e
nのうちの最大値をI−unitとする。
e=(π/2×h/L)
2 …(1)
ただし、Lは基準長さ400mm
【0017】
板幅W
0は50mm以上であることが必要である。150mm以上であるものがより好適な対象となる。板厚は例えば0.06〜0.30mmとすることができ、0.08mm以上、0.20mm以下としてもよい。
【0018】
上記銅合金板材の特性として、圧延方向の0.2%耐力が800MPa以上、導電率が35%IACS以上であるものが好適な対象となる。
【0019】
上記銅合金板材は、前記化学組成を有する中間製品板材に、850〜950℃で10〜50秒保持する熱処理を施す工程(溶体化処理工程)、
圧延率30〜90%の冷間圧延を施す工程(中間冷間圧延工程)、
400〜500℃で7〜15時間保持したのち、300℃までの最大冷却速度を50℃/h以下として冷却する工程(時効処理工程)、
直径65mm以上のワークロールを用いて圧延率30〜99%、最終パスの圧下率10%以下の冷間圧延を施す工程(仕上冷間圧延工程)、
テンションレベラーにより伸び率0.10〜1.50%の変形を生じさせる通板条件で連続繰り返し曲げ加工を施す工程(形状矯正工程)、
400〜550℃の範囲内の最高到達温度まで最大昇温速度150℃/s以下で昇温し、少なくとも最高到達温度では板の圧延方向に40〜70N/mm
2の張力を付与し、その後、最大冷却速度100℃/s以下で常温まで冷却する熱処理を施す工程(低温焼鈍工程)、
を上記の順に有する製造法によって得ることができる。
【0020】
ここで、溶体化処理に供する中間製品板材として、熱間圧延を終えた板材、あるいはその後に冷間圧延を受けて板厚を減じた板材を挙げることができる。
ある板厚t
0(mm)からある板厚t
1(mm)までの圧延率は、下記(2)式により求まる。
圧延率(%)=(t
0−t
1)/t
0×100 …(2)
ある圧延パスにおける1パスでの圧延率を本明細書では特に「圧下率」と呼んでいる。