(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
基準となる振動データにより構築された自己回帰モデルに基づいて計算された基準データ取得時の所定の損傷指標に対する、診断時の振動データにより構築される自己回帰モデルに基づいて計算される診断時の前記所定の損傷指標の、第1の変化率の値を算出するステップと、
基準となる振動データにより構築された自己回帰モデルに基準となる振動データを入力して計算された、基準データ取得時の自己回帰モデルによる振動の予測波形データと、基準となる振動データとの差から算出される2乗平均に対する、
基準となる振動データにより構築された自己回帰モデルに診断時の振動データを入力して計算された、基準データ取得時の自己回帰モデルによる、診断時の振動の予測波形データと、診断時の振動データとの差から算出される2乗平均の、第2の変化率の値を算出するステップと、
第1の軸と第2の軸が直交する平面であって、第1の軸における変数が第1の変化率であり、第2の軸における変数が第2の変化率である平面において、算出された前記第1の変化率の値と、算出された前記第2の変化率の値とに基づいて、診断結果のプロットを配置するステップと、
算出された前記第1の変化率の値、算出された前記第2の変化率の値、及び、前記診断結果のプロットの前記平面上の配置位置により、診断対象のバルブの状態を判定するステップと
を含む、バルブ診断方法。
【背景技術】
【0002】
様々なプラントや工場において、多種多様なバルブが用いられている。これらバルブのためのメンテナンスの方法としては、以下のような三つのものが挙げられる。
(1)バルブ故障後に交換を行うメンテナンス方法。
(2)使用期間に応じて定期的にメンテナンスを行うメンテナンス方法。
(3)バルブの状態に応じて故障発生の前に必要な処置を行う方法。
【0003】
上記(1)のメンテナンス方法では、予想しないタイミングで故障が発生した際に、バルブが組み込まれた装置の全体をバルブ交換のために所定期間停止させねばならない、という問題がある。また上記(2)のメンテナンス方法では、バルブを構成する部品の状態が良好でありまだまだ使用できる状態であっても定期的に交換を行うため、不必要なコストが生じることがある、という問題がある。しかし、定期的な交換を行っていても、突発的な故障が発生すれば上記(1)のメンテナンス方法と同様に、装置の全体をバルブ交換のために所定期間停止させねばならない。
【0004】
上記(3)の方法では、バルブ交換のために装置の全体を所定期間停止させねばならないという問題や、バルブやバルブの部品の状態が良好でありまだまだ使用できる状態であっても定期的に交換を行うことからコスト軽視に繋がることがあるという問題は、生じない。上記(3)のメンテナンス方法を実施するために、バルブの状態変化を予測する方法がこれまで幾つか提示されている。
【0005】
特許文献1(特開平6−300667号)では、弁棒の亀裂等を検知する方法が開示されている。該方法では、加速度センサを弁棒に取り付け、現地で人が打診することによって弁棒に生じる振動を測定する。その測定データより固有振動数を算出し、健全時の固有振動数と測定時の固有振動数を比較することによって弁棒の損傷を診断する。この方法においては、以下のような課題が挙げられる。
[1]弁棒が高温に晒される場合や弁棒がバルブ内にあり外部に露出していない場合などでは、弁棒に加速度センサを取り付けることが困難な場合がある。
[2]打診するためには人が現地に行く必要がある。
[3]打診によって測定される振動は、打診ハンマーを当てる位置、当たる角度などにより変わる場合がある。
[4]打診を行う時間間隔が長すぎると、損傷が発生する前に亀裂等を検知することができない。
[5]常時監視することができない。
【0006】
特許文献2(特開2002−130531号)では、弁装置の駆動部に、駆動力センサ、駆動部への供給エネルギセンサ、及び振動センサを取り付け、そのセンサ類からのデータより劣化予測を行う方法が開示されている。この方法においては、以下のような課題が挙げられる。
[1]恒久的な駆動力センサを駆動部に取り付ける必要があるため駆動部が高額になる。
[2]中間トルクのデータを利用して診断を行うため、バルブを動かさないと診断することができない。
[3]バルブの仕様ごとに設定する許容値の妥当性が、使用条件によって変化するため、実際の使用実績の積み重ねが無ければ適切な許容値の設定が困難である。
【0007】
特許文献3(特開2011−27615号)では、バルブの上流と下流の流体圧力を測定し、流体圧力から間接的にバルブの振動を評価してバルブの健全性を監視する方法が開示されている。この方法においては、以下のような課題が挙げられる。
[1]事前に適切な構造解析モデルを立てる必要がある。
[2]流体圧力から間接的に振動を推定するに過ぎず正確に振動を評価しているとは限らない。
【0008】
特許文献4(特開2010−54434号)では、バルブに超音波を送信しバルブから反射された超音波を受信することによって、バルブの異常を診断する方法が開示されている。この方法においては、以下のような課題が挙げられる。
[1]バルブに弾性波を励起させるために超音波装置が別途必要となる。
【0009】
特許文献5(公開実用新案公報昭和61−28968号)では、超音波用音響検出器を用いて漏洩によってバルブに発生する音響を測定し、漏洩量の測定を行う方法が開示されている。この方法においては、以下のような課題が挙げられる。
[1]配管状態のバルブの解析モデルを事前に構築する必要がある。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して、本発明に係る好適な実施の形態を説明する。
【0017】
本発明に至る経緯
様々なプラントを構成する種々のバルブに対して、幾つかのメンテナンス方法が開発されている。その方法のうちで有力なものとして、「バルブのコンディション(状況)に応じて、故障発生の前に必要な処置を行う方法」が、挙げられる。
【0018】
この「バルブのコンディション(状況)に応じて、故障発生の前に行われるべき必要な処置」を適切に選択し決定するためには、バルブの故障がいつ発生するのかという点を中心にして、バルブ(機器)の状態を予測する方法が開発されなければならない。
【0019】
前述のように、故障発生の前にバルブ(機器)の状態を予測する方法は幾つか提案されている。しかしながら、それらの方法のいずれもが未解決の課題を抱えている。即ち、故障発生の前にバルブ(機器)の今後の状態を正確に予測する方法は、十分に提示されているとは言えない。
【0020】
以上の状況を鑑みて、本発明は、故障発生の前にバルブ(機器)の今後の状態を正確に予測する装置及び方法を提示するものである。
【0021】
実施の形態1
バルブ診断装置の構成
図1は、本発明の実施の形態1に係るバルブ診断装置2及びデータ収集診断クラウドシステム22の概略の全体構成図である。まず、
図1に示すバルブ診断装置2は、信号処理部4、AR(自己回帰モデル)用信号受信部6、信号受信部8、データ保存部10、送信部12、加速度センサ14、開度センサ16、及び圧力・温度センサ18を、含む。このうち、加速度センサ14、開度センサ16、及び圧力・温度センサ18は、測定対象バルブそのものに若しくはその近傍に、配置若しくは付着される。
【0022】
なお、以下において、自己回帰モデルとは、ARモデルとも表記される「Auto regressive model」のことである。
【0023】
AR用信号受信部6は、後で詳しく説明するように、加速度センサ14から自己回帰モデルを構築するための振動信号を受信する。信号受信部8は、開度センサ16及び圧力・温度センサ18から(後で説明するように)バルブの開閉状態を判定するための信号を受信する。信号処理部4は、AR用信号受信部6からのデータ及び信号受信部8からのデータに基づいて、例えば、
図2、
図4及び
図5に概略示す、バルブの今後の状態を正確に予測する処理を行う。データ保存部10は、信号処理部4の出力するデータ等を保存する。
【0024】
送信部12は、信号処理部4の出力するデータやデータ保存部10に保存されるデータを外部に送信する。例えば、送信部12は、(バルブ診断装置2から見て外部である)データ収集・診断クラウドシステム22に、データを送信する。送信部12は、バルブ診断装置2に有線で接続するパーソナルコンピュータ(PC)20を経て(、更に、例えば、インターネット通信網を介して、)データ収集・診断クラウドシステム22と通信してもよいし、各種無線通信を経て(、更に、例えば、インターネット通信網を介して、)データ収集・診断クラウドシステム22と通信してもよい。データ収集・診断クラウドシステム22は、例えば、情報端末24により操作され得る。
【0025】
なお、
図2、
図4及び
図5に示すフロー図における、データの解析、判定及び予測に係る処理は、バルブ診断装置2の信号処理部4にて行われてもよいし、データ収集・診断クラウドシステム22にて行われてもよい。また、別途のコンピュータプロセッサにより行われてもよい。例えば、バルブ診断装置2に有線で接続するパーソナルコンピュータ(PC)20や、バルブ診断装置2近辺に配置されているパーソナルコンピュータにより行われてもよい。
【0026】
バルブ診断装置の動作
図2は、本発明の実施の形態1に係るバルブ診断装置2における、バルブの状態を判定・予測する処理のフローを示す図である。
図2に示すフローでは、データ測定、解析、診断(判定)、及び予測の順で処理が行われる。なお、
図2に示すフローの処理は、定期的に行われる。例えば、該処理は、時間単位で行われてもよいし、日単位で行われてもよい。
【0027】
このように、
図2に示すバルブの状態を判定・予測する処理を定期的に行うために、バルブ診断装置2は時計を備える。
【0028】
また、バルブは開いている状態と閉じている状態では構造形態が異なり、外部から与えられた振動に対する反応が異なる。このため、バルブの開閉状態が、判定基準となる(バルブの)健全時の状態と、診断時の状態とが同じでないと、正確な診断(判定)を行うことができない。そのために、以下のようにバルブの開閉状態が測定される。
【0029】
図1に示すように、バルブ(若しくはバルブの近傍)には、開度センサ16、圧力・温度センサ18が設けられている。これらセンサにより、バルブ診断装置2の信号処理部4若しくはデータ収集・診断クラウドシステム22が、バルブの開閉状態を測定する。診断時において、判定基準の(バルブの)健全時とは開閉状態が異なることがこれらセンサにより測定されると、プラントの制御システムやバルブの操作者により、バルブの開度が、判定基準である健全時のものに合わせられる。これにより、
図2に示すバルブの状態を判定・予測する処理の、判定及び予測の精度が向上する。
【0030】
バルブの開度が判定基準の健全時のものに合わせられた上で、
図2に示すステップS02以下のステップ(処理)が行われる。なお、バルブの開閉状態を測定するために、リミットスイッチ、ポテンショメータ、(モータ等の)駆動部へのエネルギセンサなどが利用されてもよい。
【0031】
以上のような、バルブの開閉状態の測定及び開度の調整は、(ステップS02)「診断対象物の振動データの取得」のステップの前に行われる。また、
図2に示すバルブの状態を判定・予測する処理の終了後、バルブは元の開閉状態に戻されるのが望ましい。
【0032】
診断対象物の振動データの取得及び事前信号処理(ステップS02)
図2に示すバルブの状態を判定・予測する処理のフローでは、まず「診断対象物の振動データの取得」(ステップS02)のステップが実行される。詳細には、この「診断対象物の振動データの取得」(ステップS02)では、
・応答データ入力
・平均化処理
・バンドパスフィルタの適用
・伝達関数処理
などが行われる。
【0033】
・応答データ入力
図1に示すバルブ診断装置2の加速度センサ14から、AR用信号受信部6を介して、信号処理部4は、バルブの振動信号を受ける。信号処理部4は、バルブ状態の診断のために、バルブに生じている(周囲環境から伝播する振動を含む)常時振動の測定データを取得する。
【0034】
・事前信号処理(平均化処理1)
例えば、測定においては5秒間の測定を実施する。つまり、5秒間の測定を5回実施し、それぞれの結果をフーリエ変換し、周波数領域で5つの変換結果の平均を算出する。算出された変換結果を逆フーリエ変換したものを、診断のための振動データとする。
【0035】
・事前信号処理(平均化処理2)
また、次のようにして測定データを取得してもよい。十分に長いデータ(例えば、30秒)を計測し、そのデータを複数の区間に分割して夫々をフーリエ変換する。それらのフーリエ変換結果の平均を算出する。算出された変換結果を逆フーリエ変換したものを、診断のための振動データとする。
【0036】
・事前信号処理(バンドパスフィルタ)
測定で得られた、診断のための振動データからノイズを除去することが好ましい。このため、診断のための振動データに対してフーリエ変換を行い、その結果に対しバンドパスフィルタを掛ける。このバンドパスフィルタにより、診断に影響せず且つノイズを多く含む周波数帯を除去する。除去した結果を逆フーリエ変換し、振動データに戻す。
【0037】
例えば、200Hz以下の領域では、付近を通過する自動車の振動ノイズなどが含まれることが多い。よって、実際にそのような振動ノイズが含まれるかどうかに拘わらず、200Hz以下の領域の信号を除去することが多い。また、10000Hz以上の領域では、バルブとしての特徴的な振動を殆ど含まないことが多いため、10000Hz以上の領域の信号を除去することも多い。
【0038】
・伝達関数処理
周囲環境からのノイズ成分を除去しても、診断対象であるバルブに伝達する振動成分は、その強度や含まれる周波数成分が毎回一定とは限らない。これらの影響を補正する必要がある。この補正のために、
図3に示すように、バルブ100自体の振動を測定する加速度センサ14以外に、診断対象のバルブ100の近傍に(
図3では、配管102の外側面に)第2の加速度センサ14aを取り付ける。この第2の加速度センサ14aによる測定値を用いて、バルブ100の自由振動を抽出する。ここでの「自由振動」とは、あるシステムの固有の振動であり、バルブそのものの振動データである。即ち、バルブの固有振動や減衰定数などで構成される特徴であると言える。
【0039】
具体的には、環境振動の変化を相殺するために、バルブ100の振動を測定する加速度センサ14の値をX1、Y1、Z1とし、第2の加速度センサ14aの値をX2、Y2、Z2とすると、伝達関数であるX1/X2、Y1/Y2、Z1/Z2の値を、健全性診断(判定)のための振動データとして利用する。
【0040】
損傷度算出(ステップS04、ステップS06)
図2に示すバルブの状態を判定・予測する処理のフローでは、続いて「自己回帰係数を用いた損傷度(DI)算出」(ステップS04)及び「交差予測誤差を用いた損傷度算出」(ステップS06)のステップが実行される。
【0041】
図2に示すフローでは、ステップS04とステップS06とは並行して実行されるが、ステップS04の後且つ(後で説明する)ステップS08の前にステップS06が実行されてもよいし、ステップS06の後且つステップS08の前にステップS04が実行されてもよい。
【0042】
図4は、自己回帰係数を用いた損傷度(DI)算出の処理ステップのフローを示す図であり、
図2に示す処理フローのステップS04の詳細な内容を示している。同様に
図5は、交差予測誤差を用いた損傷度算出の処理ステップのフローを示す図であり、
図2に示す処理フローのステップS06の詳細な内容を示している。
【0043】
まず
図4に示すフロー図では、図に示すように、基準データ取得時と(基準データ取得時以外の)診断時とで処理フローが分かれる。つまり、
図4に示すフロー図において、基準データ取得時の処理では左側のフローが実行され、診断時の処理では右側のフローが実行される。ここで、基準データ、つまり、基準となる振動データは、バルブの使用開始初期の、バルブの状態が健全である時に取得される。よって、基準データ取得時は、バルブの使用開始初期の一時点を示す。
【0044】
なお、通常、基準データ取得時の処理は、(後で説明する)基準データ取得時の自己回帰モデル、基準データ取得時の損傷指標(DI
BASE)、及び自己予測誤差(AutoPE)を取得し決定するために実行されるので、少なくとも一回行われればよい。
【0045】
基準データ取得時と(基準データ取得時以外の)診断時とで処理フローが分かれ、基準データ取得時の処理では左側のフローが実行され、診断時の処理では右側のフローが実行されることは、
図5に示す交差予測誤差を用いた損傷度算出の処理ステップのフロー図でも、同様である。
【0046】
図4に示すフロー図では、基準データ取得時には先ず基準となる振動データによるARモデル(自己回帰モデル)が構築される(ステップS20)。周知であるARモデル(自己回帰モデル)の構築は、以下の式で表される。
【数1】
ここで、kは「次数」である。つまり、自己回帰モデルを構築するためには、自己回帰係数の次数「k」を決定する必要がある。このため本発明では、周知である赤池情報量規準(AIC)という手法を用いる。AICによって算出された次数を基にして自己回帰モデルを構築する。
【0047】
次数の決定は、例えば、以下のように行う。周知の数値計算ソフトウエアに含まれる、AICの算出関数に対して、測定データ(振動データ)と「次数」候補の数とを入力して計算させると、AICの算出関数は数値を出力する。このような作業を「次数」候補の数を変化させながら順次繰り返し、有限の「次数」候補の数のうちでAICの算出関数が出力する数値が最も小さいときの「次数」候補の数を、ARモデル構築の際の次数とする。有限の「次数」候補の数の範囲は、例えば、20から400まで、というように指定される。
【0048】
更に、周知の自己回帰モデル算出関数に、測定データ(振動データ)と上述のAICの算出関数で得られた次数とが入力されて、自己回帰モデルが構築される。
【0049】
図4に示すフロー図では、基準データ取得時には、続いて基準となる振動データによる自己回帰係数から、損傷指標が算出される(ステップS22)。損傷指標は以下のように定義される。
【数2】
ここで、nは、適宜、値が決定される自然数である。
【0050】
測定データ(振動データ)を基に構築した、自己回帰モデルの自己回帰係数にはバルブの構造体としての情報が含まれる。自己回帰係数の変化具合、即ち、バルブの損傷具合を見るための指標として、上記のように損傷指標が定義される。
【0051】
算出されたDI(損傷指標)は、基準データ取得時の損傷指標「DI
BASE」としてデータ保存部10に保存される。なお、基準データ取得時の処理ではステップS40は行わない。
【0052】
更に、
図4に示すフロー図では、診断時には、診断時の振動データによるARモデル(自己回帰モデル)が構築される(ステップS30)。診断時の振動データに基づくか、基準データ取得時における基準となる振動データに基づくか、の差異はあるが、ARモデル(自己回帰モデル)の構築手順は、基準データ取得時のもの(ステップS20)と同様である。
【0053】
更に、
図4に示すフロー図では、診断時には、続いて診断時の振動データによる自己回帰係数から、損傷指標が算出される(ステップS32)。診断時の振動データによる自己回帰係数に基づくか、基準データ取得時における基準となる振動データによる自己回帰係数に基づくか、の差異はあるが、損傷指標の算出は、基準データ取得時のもの(ステップS20)と同様である。
【0054】
更に、
図4に示すフロー図では、診断時には、損傷指標(DI)の変化率が算出される(ステップS40)。損傷指標(DI)の変化率は、以下のように定義される。
【数3】
ここで、「DI
BASE」は(データ保存部10に保存されている)基準データ取得時の損傷指標であり、「DI
TEST」は診断時の損傷指標である。
【0055】
振動データを基に構築した自己回帰係数は、構造体としてのバルブの振動特性を表現する。振動特性というのは、固有振動数や減衰定数などの情報である。このため、バルブに固着等が発生すると、構造体に変化が生じ、基準時(基準データ取得時)と比較して自己回帰係数に差異が発生する。よって、これらの特性を含有した係数を用いて、比較することによりバルブの状態変化を検出することが可能である。この検出される変化率(差異)を、損傷指標(DI)の変化率として算出する。
【0056】
続いて、
図5に示すフロー図でも、前に説明したように、基準データ取得時と(基準データ取得時以外の)診断時とで処理フローが分かれる。
【0057】
図5に示すフロー図では、基準データ取得時には先ず基準となる振動データによるARモデル(自己回帰モデル)が構築される(ステップS50)。ここでのARモデル(自己回帰モデル)の構築手順は、
図4に示すフロー図のステップS20のものと同様である。
【0058】
図5に示すフロー図では、基準データ取得時には、続いて基準となる振動データにより構築した自己回帰モデルに、基準となる振動データ(波形データ)を入力し、基準データ取得時の自己回帰モデルによる振動の予測波形データを算出する。その上で、基準となる振動データ(波形データ)と、基準データ取得時の自己回帰モデルによる振動の予測波形データとの差の、2乗平均を算出する(ステップS52)。ここでの2乗平均を「自己予測誤差(AutoPE(Prediction Error))」と称する。
【0059】
基準データ取得時の振動データにより構築した自己回帰モデルに、基準データ取得時にける基準となる振動データを入力しても、自己回帰モデルは近似式であるため、予測波形データは誤差を含んでいる。AutoPEは、その誤差を数値化したものである。
【0060】
算出されたAutoPE(自己予測誤差)は、データ保存部10に保存される。なお、基準データ取得時の処理ではステップS70は行わない。
【0061】
更に、診断時には、
図5に示すフロー図では、診断時の振動データによる自己回帰モデルの構築を行うことは無い。診断時には、基準となる振動データによりステップS50にて構築した自己回帰モデルに、診断時の振動データ(波形データ)を入力し、基準データ取得時の自己回帰モデルによる、診断時の振動の予測波形データを算出する。その上で、診断時の振動データ(波形データ)と、基準データ取得時の自己回帰モデルによる診断時の振動の予測波形データとの差の、2乗平均を算出する(ステップS62)。ここでの2乗平均を交差予測誤差(CrossPE(Prediction Error))と称する。
【0062】
自己回帰モデルには構造体(バルブ)としての情報が含まれるため、診断時に構造体(バルブ)の状態が変化していれば、基準データ取得時の自己回帰モデルに診断時の振動データを入力すると、誤差(CrossPE)が基準データ取得時と比較して大きくなる。
図5に示すフロー図では、診断時には、続いて、交差予測誤差の変化率が算出される(ステップS70)。交差予測誤差の変化率は、以下のように定義される。
【数4】
【0063】
総合判定(健全性判定)の実行(ステップS08)
図2に示すバルブの状態を判定・予測する処理のフローでは、続いて「総合判定(健全性判定)の実行」(ステップS08)のステップが実行される。
【0064】
なお、基準データ取得時の処理では、以下の「総合判定(健全性判定)の実行」(ステップS08)及び「劣化予測」(ステップS10)は実行されない。基準データ取得時の処理では、基準データ取得時の自己回帰モデルの構築、基準データ取得時の損傷指標(DI
BASE)、及び自己予測誤差(AutoPE)を取得し決定することが目的であるからである。
【0065】
損傷指標(DI)の変化率と、交差予測誤差の変化率とは、
図6に示すような状態診断マップにプロットされる。状態診断マップでは、Y軸にDI変化率が、X軸に交差予測誤差変化率が取られている。状態診断マップは、
図6に示すように、九つの領域に分けられており、領域の境には夫々具体的な閾値が割り当てられる(
図7及び
図9参照)。
【0066】
つまり、
図7に示すように、Y軸のDI変化率は「健全領域」「警戒領域」及び「固着領域」に分けられ、DI変化率の「健全領域」と「警戒領域」とは、損傷閾値1により区分され、DI変化率の「警戒領域」と「固着領域」とは、損傷閾値2により区分される。同様にして、
図7に示すように、X軸の交差予測誤差変化率は「健全領域」「警戒領域」及び「固着領域」に分けられ、交差予測誤差変化率の「健全領域」と「警戒領域」とは、損傷閾値3により区分され、交差予測誤差変化率の「警戒領域」と「固着領域」とは、損傷閾値4により区分される。損傷閾値1〜4についての具体的値の決定は、後で説明する。
【0067】
更に、状態診断マップの九つの領域は、
図6に示すように、Y軸のDI変化率の領域及びX軸の交差予測誤差変化率の領域に合わせて、「健全領域」、(二つの)「軽微警戒領域」、「警戒領域」、(二つの)「準固着領域」、(二つの)「固着領域」及び「重固着領域」に分けられている。
【0068】
図6に示す状態診断マップでは、どちらか一方の指標のみが健全領域から出た場合は固着が生じつつあるということで、軽微警戒と判断されている。両方の指標が警戒領域にある場合は警戒と判断されている。一方の指標が健全領域にあり、もう一方の指標が固着領域にある場合は準固着と判断されている。一方の指標が警戒領域にあり、もう一方の指標が固着領域にある場合は固着と判断されている。両方の指標とも固着領域にある場合には重固着と判断されている。
【0069】
以上のように構成される状態診断マップにおいて、損傷指標(DI)の変化率、及び交差予測誤差の変化率がプロットされる領域により、バルブの状態が「健全」であるのか、「軽微警戒」であるのか、「警戒」であるのか、「準固着」であるのか、「固着」であるのか、又は「重固着」であるのかが判定される。
【0070】
なお、Y軸のDI変化率の区分、及びX軸の交差予測誤差変化率の区分は、上記のようなものに限定されるものではない。夫々、より多く(若しくは、より少なく)区分されてもよい。従って、状態診断マップの領域の区分も上記のようなものに限定されるものではない。より多くの(若しくは、より少ない)領域に区分されてもよい。
【0071】
状態診断マップにおける損傷閾値1〜4は、様々な算定方法により決定され得る。以下では、実験的に決定する算定方法の例と、統計的に決定する算定方法の例を説明する。
【0072】
[実験的に損傷閾値を決定する算定方法の例]
バルブをゴム製のシートリングを持つバタフライとした場合、このバルブにおいて、開閉トルクが10N・mとなる状態時に、取得されるDI変化率の値を「損傷閾値1」とし、取得される交差予測誤差変化率の値を「損傷閾値3」とする。バルブの開閉トルクが10N・mである状態時の値を採用するのは、10N・mが、人が固着を検知できるほぼ最低限界値であるからである。実際の実験では「損傷閾値1」は0.25となり、「損傷閾値3」は0.33となった。
【0073】
更に、このバルブにおいて、開閉トルクが50N・mとなる状態時に、取得されるDI変化率の値を「損傷閾値2」とし、取得される交差予測誤差変化率の値を「損傷閾値4」とする。バルブの開閉トルクが50N・mである状態時の値を採用するのは、50N・mが、人力により開閉を行う場合に明らかにバルブ固着による抵抗感を感じる値であるからである。実際の実験では「損傷閾値2」は0.35となり、「損傷閾値4」は0.65となった。
【0074】
[統計的に損傷閾値を決定する算定方法の例]
実験的に損傷閾値を決定する算定方法では、バルブの種類ごとに実験を行い夫々個別に閾値を決定しなければならないため、現実的ではない場合もある。そこで、損傷閾値を自動的に設定するために、基準データ取得時に複数回の測定を行い、複数のDI変化率の値と交差予測誤差変化率の値を基にして、標準偏差(σ)を求め、変化率の平均値に1σを加えたものを損傷閾値1及び損傷閾値3とし、変化率の平均値に2σを加えたものを損傷閾値2及び損傷閾値4とする。
[決定式]
損傷閾値1及び損傷閾値3=平均値+標準偏差
損傷閾値2及び損傷閾値4=平均値+2×標準偏差
【0075】
以下の表1は、損傷閾値決定の一例を示す。W0-1からW0−30は、基準データ取得時の複数の測定結果を表す。つまり、バルブが使用される実運転の状態において、基準データ取得時の30回の測定により標準偏差を求め、損傷閾値を算出している。
【表1】
上記表1より、
損傷閾値1=0.221
損傷閾値3=0.446
損傷閾値2=0.296
損傷閾値4=0.553
となる。
【0076】
劣化予測(ステップS10)
図2に示すバルブの状態を判定・予測する処理のフローでは、続いて「劣化予測」(ステップS10)のステップが実行される。
【0077】
前述のように測定を継続することで、バルブの状態を表すDI変化率の値及び交差予測誤差変化率の値が蓄積されていく。ステップS10では、これらの値の傾向(トレンド)を用いて状態診断マップの各領域間の遷移時期を予測する。
【0078】
つまり、定期的に測定・算出されるDI変化率の値及び交差予測誤差変化率の値に関して、近似式を構築する。
図8(a)は、第0週(W0)、第1週(W1)から第18週(W18)までの、DI変化率の値の推移例を表すグラフであり、
図8(b)は、第0週(W0)、第1週(W1)から第18週(W18)までの、交差予測誤差変化率の値の推移例を表すグラフである。これら
図8(a)や
図8(b)の推移(例)について、近似式を求める。ここで近似式としては、直線近似、指数近似、多項式近似、移動平均などを予め準備しておき、この近似式に測定結果(DI変化率、交差予測誤差変化率)を入力して近似式と実測値との相関係数R
2を夫々について算出し、最終的に最もフィット率の高い(即ち、相関係数の数値が大きい)近似式を採用する。このように構築した近似式より、DI変化率、及び交差予測誤差変化率について、「健全領域」→「警戒領域」→「固着領域」と移っていく時期を予測することができる。
【0079】
図9は、あるバルブについての定期的な診断結果の例がプロットされた、状態診断マップである。
図9には、第0週(W0)、第1週(W1)から第30週(W30)までの診断結果がプロットされている。この場合、DI変化率の推移を最も良く表す近似式と、交差予測誤差変化率の推移を最も良く表す近似式とを求め、これら二つの近似式により、将来(即ち、第31週以降)のDI変化率の値、交差予測誤差変化率の値、及び状態診断マップのプロット位置を予測することができる。
【0080】
このように、バルブ診断装置2やデータ収集診断クラウドシステム22の利用者は、バルブの状態が変化し得る時期を把握することにより、状態変化の前にメンテナンス等を実施したり、定期点検のタイミングにてメンテナンスを実施すべきバルブリストに当該バルブを加えたりするなどの、具体的対策を取ることが可能となる。
【0081】
まとめ
実施の形態1に係るバルブ診断装置は、加速度センサ14から振動信号を受信して振動データを出力するAR用信号受信部6と、信号処理部4とを含む。信号処理部4は、
(a)基準となる振動データにより構築された自己回帰モデルに基づいて計算された基準データ取得時の所定の損傷指標に対する、診断時の振動データにより構築される自己回帰モデルに基づいて計算される診断時の前記所定の損傷指標の、第1の変化率の値を算出するステップと、
(b)基準となる振動データにより構築された自己回帰モデルに基準となる振動データを入力して計算された、基準データ取得時の自己回帰モデルによる振動の予測波形データと、基準となる振動データとの差から算出される2乗平均に対する、
基準となる振動データにより構築された自己回帰モデルに診断時の振動データを入力して計算された、基準データ取得時の自己回帰モデルによる、診断時の振動の予測波形データと、診断時の振動データとの差から算出される2乗平均の、第2の変化率の値を算出するステップと、
(c)第1の軸と第2の軸が直交する平面であって、第1の軸における変数が第1の変化率であり、第2の軸における変数が第2の変化率である平面において、算出された前記第1の変化率の値と、算出された前記第2の変化率の値とに基づいて、診断結果のプロットを配置するステップと、
(d)算出された前記第1の変化率の値、算出された前記第2の変化率の値、及び、前記診断結果のプロットの前記平面上の配置位置により、診断対象のバルブの状態を判定するステップと
を実行する。
【0082】
実施の形態1に係る診断装置を利用することにより、簡素な構成によりバルブの状態変化を適切に予測及び診断することができる。このことにより更に、バルブの管理者や操作者は、バルブの状態に応じて故障発生の前に行われるべき必要な処置を、適宜選択して決定することができる。
【0083】
その他の実施の形態
本発明は、前述の実施の形態1に限定されるものでは無い。例えば、状態診断マップにおいて、X軸Y軸の夫々において、損傷閾値が三つ以上設定されてもよいし、一つだけ設定されてもよい。
【0084】
また、例えば、バルブ診断装置は、状態診断マップにおける複数のプロットに基づいて近似式を求めてバルブの状態の予測を行うようにしてもよい。
【0085】
また、本発明は、バルブだけで無く、プラントの保全、工場の保全、機器の状態診断に用いることができる。
【解決手段】バルブ診断方法は、基準データ取得時の所定の損傷指標に対する、診断時の前記所定の損傷指標の、第1の変化率の値を算出するステップと、基準データ取得時の振動の予測波形データと、基準となる振動データとの差から算出される2乗平均に対する、診断時の振動の予測波形データと、診断時の振動データとの差から算出される2乗平均の、第2の変化率の値を算出するステップと、平面において、算出された前記第1の変化率の値と、算出された前記第2の変化率の値とに基づいて、診断結果のプロットを配置するステップと、算出された前記第1の変化率の値、算出された前記第2の変化率の値、及び、前記診断結果のプロットの前記平面上の配置位置により、診断対象のバルブの状態を判定するステップとを含む。