特許第6153627号(P6153627)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6153627-缶用鋼板 図000012
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6153627
(24)【登録日】2017年6月9日
(45)【発行日】2017年6月28日
(54)【発明の名称】缶用鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20170619BHJP
   C22C 38/12 20060101ALI20170619BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20170619BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20170619BHJP
【FI】
   C22C38/00 301T
   C22C38/12
   C22C38/14
   C21D9/46 K
【請求項の数】2
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-555492(P2015-555492)
(86)(22)【出願日】2015年5月11日
(86)【国際出願番号】JP2015063460
(87)【国際公開番号】WO2015182360
(87)【国際公開日】20151203
【審査請求日】2015年11月10日
(31)【優先権主張番号】特願2014-112883(P2014-112883)
(32)【優先日】2014年5月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】513213841
【氏名又は名称】ティッセンクルップ ラッセルシュタイン ゲー エム ベー ハー
(74)【代理人】
【識別番号】100089118
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 宏明
(72)【発明者】
【氏名】田中 匠
(72)【発明者】
【氏名】中川 祐介
(72)【発明者】
【氏名】多田 雅毅
(72)【発明者】
【氏名】小島 克己
(72)【発明者】
【氏名】中丸 裕樹
(72)【発明者】
【氏名】キャスリン シュタイン−フェヒナー
(72)【発明者】
【氏名】ブルクハルト カウプ
【審査官】 田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−107315(JP,A)
【文献】 特開2001−107187(JP,A)
【文献】 特開平11−209845(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/144213(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46− 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.0030%以下、Si:0.02%以下、Mn:0.05%以上0.60%以下、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Al:0.010%以上0.100%以下、N:0.0010%以上0.0050%以下、Nb:0.001%以上0.050%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、
(111)[1−21]方位(但し、−2はミラー指数の2のバーを表す)の集積強度と(111)[1−10]方位(但し、−1はミラー指数の1のバーを表す)の集積強度とが以下の数式(1)に示す関係を満足し、
圧延方向および水平面内において圧延方向から90°方向において、引張強度TS(MPa)および破断伸びEl(%)が以下の数式(2)および数式(3)に示す関係を満足すること
を特徴とする缶用鋼板。
【数1】
【数2】
【数3】
【請求項2】
質量%で、Ti:0.001%以上0.050%以下を含有することを特徴とする請求項に記載の缶用鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲料品や食品の容器材料に用いられる缶用鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、缶用鋼板としてのスチール缶の需要を拡大するため、スチール缶の製缶コストの低減が図られている。スチール缶の製缶コストの低減策としては、使用する鋼板の低コスト化が挙げられる。そこで、製缶工程で絞り加工が行われる2ピース缶だけでなく、単純な円筒成形が製缶工程の主体になる3ピース缶の胴体や蓋体においても、使用する鋼板の薄肉化が進められている。しかしながら、鋼板を単純に薄肉化すると缶体強度は低下する。このため、これらの用途に対して、さらに高強度で薄肉の缶用鋼板が望まれている。また、飲料缶、食缶等の蓋として用いられているイージーオープンエンド(以下、EOEと称する)は、リベット加工によってタブが取り付けられるため、リベット成形によって割れを生じない加工性が求められる。
【0003】
現在、高強度で薄肉の缶用鋼板は、焼鈍工程後に二次冷間圧延工程を施すDouble Reduce法(以下、DR法と称する)によって製造されている。DR法による製造工程は、熱間圧延工程、冷間圧延工程、焼鈍工程、および二次冷間圧延工程からなる。DR法による製造工程は、焼鈍工程で終わる従来の製造工程に比べて工程が1つ多いため、その分コストが高くなる。このような缶用鋼板に対してもコストダウンが要望されており、そのためにはコスト高の原因となる二次冷間圧延工程を省略する必要がある。
【0004】
そこで、強化元素の添加や製造条件を変更することにより、焼鈍工程までの工程で高強度の缶用鋼板を製造する方法が提案されている。具体的には、特許文献1には、冷間圧延工程後に再結晶焼鈍工程を行うことにより、面内異方性が小さい鋼板を製造する方法が記載されている。面内異方性が小さい鋼板は、特定の方向に沿った加工ができない絞り加工を行う缶に適している。しかしながら、面内異方性をあまり問題としない鋼板については、必ずしも冷間圧延工程後に再結晶焼鈍工程を行う必要はない。
【0005】
これまでに、冷間圧延工程以降に熱処理を行わないアズロール鋼板や再結晶完了温度以下での熱処理によって延性を回復した鋼板について検討が行われている。これらの鋼板では強化元素を添加しないため耐食性への影響が小さく、飲料缶や食缶として安心して使用できる。従って、面内異方性が小さいことを要求しない場合には、再結晶完了温度以下での回復焼鈍工程を行うことにより高強度の鋼板を製造する方法が有効である。そこで、以下のような技術が提案されている。
【0006】
特許文献2には、熱間圧延工程時にAr変態点以下の温度で仕上圧延工程を行い、85%以下の圧延率で冷間圧延工程を行った後、200乃至500℃の温度範囲内で10分間の熱処理を施すことにより、降伏強度が高い鋼板を得る技術が記載されている。
【0007】
特許文献3には、冷間圧延工程を行った後に、400℃以上、再結晶温度以下の温度範囲内で焼鈍工程を行うことにより、ロックウェル硬さ(HR30T)を作り分ける技術が記載されている。
【0008】
特許文献4には、特許文献3記載の鋼と同じ組成の鋼を用い、Ar変態点以下の温度、50%以上の圧下率で熱間圧延工程を行い、50%以上の圧下率で冷間圧延工程を行った後、400℃以上、再結晶温度以下の温度範囲内で焼鈍工程を行うことにより、弾性率が高い鋼板を得る技術が記載されている。特許文献4では、再結晶温度とは再結晶率が10%の組織になる温度と定義されている。
【0009】
特許文献5には、熱間圧延工程時にAr変態点以下の温度での合計圧下率を40%以上として仕上圧延工程を行い、50%以上の圧下率で冷間圧延工程を行った後、350乃至650℃の温度範囲内で短時間の焼鈍工程を行うことにより、降伏強度が高い鋼板を得る技術が記載されている。
【0010】
特許文献6には、(再結晶開始温度−200)乃至(再結晶開始温度−20)℃の温度範囲内で焼鈍工程を行うことにより、550乃至600MPaの大きさの引張強度で5%以上の全伸びを有する鋼板を製造する方法が記載されている。
【0011】
特許文献7には、Ar変態点未満の温度で仕上圧延工程での全圧下量の5%以上50%未満の熱間圧延工程を行い、400℃超乃至(再結晶温度−20)℃の温度範囲内で焼鈍工程を行うことにより、引張強度600乃至850MPaの鋼板を製造する方法が記載されている。
【0012】
特許文献8には、520乃至700℃の温度範囲内で焼鈍工程を行うことにより、({112}<110>方位の集積強度)/({111}<112>方位の集積強度)の値が1.0以上、水平面内において圧延方向から90°方向の引張強度が550乃至800MPa、ヤング率が230GPa以上の鋼板を製造する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2001−107186号公報
【特許文献2】特開平8−269568号公報
【特許文献3】特開平6−248338号公報
【特許文献4】特開平6−248339号公報
【特許文献5】特開平8−41549号公報
【特許文献6】特開2008−202113号公報
【特許文献7】特開2010−150571号公報
【特許文献8】特開2012−107315号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】L.G.Schulz: J. Appl.Phys., 20(1949), 1030-1033
【非特許文献2】M.Dahms and H.J.Bunge: J.Appl.Cryst., 22(1989), 439-447.
【非特許文献3】H.J.Bunge: Texture Analysis in Materials Science, Butterworths, London,(1982)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、焼鈍工程後に加工硬化させるDR法のような方法では、鋼板の強度は上昇するものの伸びが著しく劣化し、強度と伸びとのバランスが悪化する。そのため、製缶工程において、伸びの不足による破断が発生する可能性がある。また、強化元素の添加による固溶強化や析出強化のような方法は、冷間圧延工程時に薄肉化のエネルギーを多大に使用するため、生産能率が大幅に低下する。
【0016】
特許文献2、特許文献4、特許文献5、および特許文献7記載の方法では、熱間圧延工程時にAr変態点以下の温度で仕上圧延工程を行う必要がある。Ar変態点以下の温度で仕上圧延工程を行うと熱間圧延材のフェライト粒径が大きくなるため、この方法は熱間圧延工程後の鋼板の強度を低下させる方法として有効である。しかしながら、板幅エッジ部は板幅中央部よりも冷却速度が速いため、板幅エッジ部は仕上圧延工程時の温度が低くなる傾向がある。そのため、仕上圧延工程時に導入された歪が再結晶や回復で解放されず、板幅エッジ部の強度が高くなる傾向がある。その結果、板幅中央部と板幅エッジ部との強度差が大きくなり、幅方向で均一な熱延鋼板を得ることが困難になる。
【0017】
特許文献3や特許文献4記載の方法は、400℃以上、再結晶温度以下の温度範囲内で焼鈍工程を行うことを特徴としており、得られる鋼板の強度はロックウェル硬さで65乃至70程度である。しかしながら、本発明で目的としている強度レベルの鋼板を得るためには、焼鈍温度をさらに低くする必要がある。そのため、通常より低い焼鈍温度域を有する焼鈍サイクルを別途設ける必要があり、温度変更に伴い焼鈍ラインの生産性が低下する。
【0018】
特許文献6記載の方法は、板厚0.18mm以下の鋼板を対象としているため、0.18mmを超える鋼板の製造には適用できない。また、特許文献6記載の方法は、DRD缶や溶接缶として用いられる缶用鋼板の製造方法であるため、EOEのリベット成形に必要となる加工性は得られない。
【0019】
特許文献8記載の方法は、520乃至700℃の温度範囲内で焼鈍工程を行うことを特徴としている。しかしながら、焼鈍工程の温度範囲の上限値が高すぎるため、再結晶が発生して目的の引張強度が得られない場合がある。また、特許文献8記載の方法では、(111)[1−21]方位(但し、−2はミラー指数の2のバーを表す)の集積強度と(111)[1−10]方位(但し、−1はミラー指数の1のバーを表す)の集積強度との比が小さすぎるため、十分な破断伸びが得られない。
【0020】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、薄肉化して使用しても耐圧強度を高く保つことが可能な缶用鋼板およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明に係る缶用鋼板は、質量%で、C:0.0030%以下、Si:0.02%以下、Mn:0.05%以上0.60%以下、P:0.020%以下、S:0.020%以下、Al:0.010%以上0.100%以下、N:0.0010%以上0.0050%以下、Nb:0.001%以上0.050%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、(111)[1−21]方位(但し、−2はミラー指数の2のバーを表す)の集積強度と(111)[1−10]方位(但し、−1はミラー指数の1のバーを表す)の集積強度とが以下の数式(1)に示す関係を満足し、圧延方向および水平面内において圧延方向から90°方向において、引張強度TS(MPa)および破断伸びEl(%)が以下の数式(2)および数式(3)に示す関係を満足することを特徴とする。
【0022】
【数1】
【数2】
【数3】
【0023】
本発明に係る缶用鋼板は、上記発明において、質量%で、B:0.0005%以上0.0020%以下を含有することを特徴とする。
【0024】
本発明に係る缶用鋼板は、上記発明において、質量%で、Ti:0.001%以上0.050%以下を含有することを特徴とする。
【0025】
本発明に係る缶用鋼板の製造方法は、本発明に係る缶用鋼板の化学成分を有する鋼を、連続鋳造によりスラブとし、該スラブを熱間で粗圧延し、850乃至960℃の温度範囲内で仕上圧延工程を行い、500乃至600℃の温度範囲内で巻き取り、酸洗し、92%以下の圧延率で冷間圧延工程を行い、600乃至650℃の温度範囲内で焼鈍工程を行い、調質圧延工程を行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、薄肉化して使用しても耐圧強度を高く保つことが可能な缶用鋼板およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1図1は、圧延方向および水平面内において圧延方向から90°方向における、破断伸びおよび引張強度とリベット加工性との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0029】
[缶用鋼板の成分組成]
始めに、本発明に係る缶用鋼板の成分組成について説明する。含有量の単位は全て質量%である。
【0030】
〔Cの含有量〕
本発明に係る缶用鋼板は冷間圧延工程で導入される歪によって高強度化を図るものであり、合金元素による強度の増加は極力避ける必要がある。Cの含有量が0.0030%を超えると、成形に必要な局部延性を十分に得ることができなくなり、成形時に割れやしわが生じる恐れがある。よって、Cの含有量は0.0030%以下とする。
【0031】
〔Siの含有量〕
Siは固溶強化によって鋼の強度を増加させる元素であるが、Cと同様の理由により、0.02%を超えるSiの添加は望ましくない。また、Siを多量に添加するとめっき性を損ない、耐食性が著しく低下する。よって、Siの含有量は0.02%以下とする。
【0032】
〔Mnの含有量〕
Mnの含有量が0.05%を下回ると、Sの含有量を低下させた場合でも熱間脆性を回避することが困難になり、連続鋳造時に表面割れなどの問題が生じる。よって、Mnの含有量の下限値は0.05%とする。一方、アメリカ合衆国材料試験協会規格(ASTM)のとりべ分析値において、通常の食品容器に用いられるぶりき原板におけるMnの含有量の上限値は0.60%と規定されている。Mnの含有量がこの上限値を超えると、Mnが表面へ濃化することによってMn酸化物が形成され、耐食性に悪影響を及ぼす。このため、Mnの含有量の上限値は0.60%以下とする。
【0033】
〔Pの含有量〕
Pの含有量が0.020%を超えると、鋼の硬質化や耐食性の低下が引き起こされる。よって、Pの含有量の上限値は0.020%とする。
【0034】
〔Sの含有量〕
Sは、鋼中でMnと結合してMnSを形成し、多量に析出することで鋼の熱間延性を低下させる。Sの含有量が0.020%を超えるとこの影響が顕著となる。よって、Sの含有量の上限値は0.020%とする。
【0035】
〔Alの含有量〕
Alは、脱酸剤として添加される元素である。また、Alは、NとAlNを形成することにより、鋼中の固溶Nを減少させる効果を有する。しかしながら、Alの含有量が0.010%未満では、十分な脱酸効果や固溶Nの低減効果が得られない。一方、Alの含有量が0.100%を超えると、上記の効果が飽和するだけでなく、製造コストが上昇することや表面欠陥の発生率が増大することなどの問題が生ずる。よって、Alの含有量は0.010%以上0.100%以下の範囲内とする。
【0036】
〔Nの含有量〕
Nは、AlやNbなどと結合し窒化物や炭窒化物を形成し、熱間延性を阻害する。このため、Nの含有量は少ない方が好ましい。しかしながら、Nの含有量を安定して0.0010%未満とすることは難しく、製造コストも上昇する。よって、Nの含有量の下限値は0.0010%とする。また、Nは固溶強化元素の一つであり、Nの含有量が0.0050%を超えると鋼の硬質化につながり伸びが著しく低下して成形性を悪化させる。よって、Nの含有量の上限値は0.0050%とする。
【0037】
〔Nbの含有量〕
Nbは炭化物生成能力が高い元素であり、生成された炭化物による粒界のピン止め効果によって再結晶温度が上昇する。従って、Nbの含有量を変化させることにより、鋼の再結晶温度を制御し、目的の温度で焼鈍工程を行うことが可能となる。その結果、他の鋼板と焼鈍温度を合わせることにより、焼鈍ラインへ装入するチャンスを合わせることが可能となるため、生産性の面から非常に効率的である。しかしながら、Nbの含有量が0.050%を超えると、再結晶温度が高くなりすぎて、焼鈍工程のコストが上昇する。また、炭化物の析出強化によって目標の強度より高くなるため、Nbの含有量は0.050%以下とする。本発明では鋼板強度を高くする元素は積極的に添加しないが、Nbについては焼鈍温度を調整する観点から添加する必要がある。Nbの含有量が0.050%以下であれば、Nbの析出強化を利用した強度の調整も可能である。また、Nbの添加によって溶接時の再結晶を抑制するため、溶接強度が低下することを防止できる。一方、Nbの含有量が0.001%未満では、上記の効果を発揮することができないため、Nbの含有量の下限値は0.001%とする。
【0038】
〔Bの含有量〕
Bは再結晶温度を上昇させる元素である。従って、Nbと同様の目的でBを添加してもよい。しかしながら、Bを過剰に添加すると熱間圧延工程時にオーステナイト域での再結晶が阻害されることにより、圧延荷重を大きくしなければならない。このため、Bの含有量の上限値は0.0020%とする。また、Bの含有量が0.0005%以下では、再結晶温度を上昇させることはできないので、Bの含有量の下限値は0.0005%とする。
【0039】
〔Tiの含有量〕
Tiも炭窒化物形成元素であり、鋼中のC、Nを析出物として固定する効果を得るために添加してもよい。その効果を十分に発揮させる場合には、0.001%以上の含有量が必要である。一方、Tiの含有量が多すぎると、固溶C、Nを減少させる働きが飽和することに加え、Tiは高価であることから生産コストも上昇する。そのため、Tiの含有量を0.050%以下に抑える必要がある。よって、Tiを添加する場合、Tiの含有量は0.001%以上0.050%以下の範囲内とする。
【0040】
残部はFeおよび不可避的不純物とする。
【0041】
[缶用鋼板の集合組織]
次に、本発明に係る缶用鋼板の集合組織について説明する。
【0042】
鋼板の圧延集合組織としては、[1−10]方位(但し、−1はミラー指数の1のバーを表す)が圧延方向に平行なαファイバーと(111)面が圧延面に平行なγファイバーとが主に発達する。このうち、αファイバーは、圧延により蓄積される歪エネルギーが比較的小さく、硬度も小さい。これに対して、γファイバーは、圧延により蓄積される歪エネルギーが大きく、硬度も大きい。回復焼鈍材についてもこれらの集合組織が存在するが、本発明の発明者らは、これらのうちγファイバーを構成する結晶粒について、方位の割合の偏りが伸びに影響することを知見した。
【0043】
すなわち、γファイバーを構成する結晶粒の方位がランダムに近いほど伸びは大きく、特定の方位への偏りが大きいほど伸びは小さくなる。γファイバー粒の方位が偏る際には、[1−10]方位(但し、−1はミラー指数の1のバーを表す)を有する粒が多く、[1−21]方位(但し、−2はミラー指数の2のバーを表す)を有する粒が少なくなる傾向がある。従って、(111)[1−21]方位(但し、−2はミラー指数の2のバーを表す)の集積強度と(111)[1−10]方位(但し、−1はミラー指数の1のバーを表す)の集積強度との比を計算することによって、γファイバーを構成する結晶粒の方位の割合の偏りを評価できる。この比が0.9未満であるとγファイバー粒の方位の偏りが大きすぎ、必要な伸びが得られない。
【0044】
従って、(111)[1−21]方位(但し、−2はミラー指数の2のバーを表す)の集積強度と(111)[1−10]方位(但し、−1はミラー指数の1のバーを表す)の集積強度とが以下の数式(4)に示す関係を満足するようにする。なお、上記の関係は、表面から板厚の1/4の深さの範囲で満たされていることが特に好ましい。また、集合組織の集積強度はX線回折装置により測定できる。具体的には、反射法により(110)面、(200)面、(211)面、および(222)面の正極点図を測定し、球面調和関数展開により結晶方位分布関数(ODF : Orientation Distribution Function)を算出する。このようにして求めたODFから各方位の集積強度を計算することができる。
【0045】
【数4】
【0046】
[缶用鋼板の機械的性質]
次に、本発明に係る缶用鋼板の機械的性質について説明する。
【0047】
本発明によれば、冷間圧延工程後に回復焼鈍工程を行うことにより、強度と延性とのバランスに優れた鋼板を得ることができる。図1に、圧延方向および水平面内において圧延方向から90°方向における破断伸びEl(%)および引張強度TS(MPa)とリベット加工性との関係を示す。引張強度TSが図中直線L1で示される550MPa未満であると、高強度が要求される薄肉の缶用材料には用いることができない。また、破断伸びElが図中直線L2で示される(−0.02×TS+17.5)以下であると、強度に対して延性が小さすぎるため、EOEのリベット成形において割れや厚さ方向くびれが発生する。従って、圧延方向および水平面内において圧延方向から90°方向において、引張強度TSは550以上、破断伸びElは(−0.02×TS+17.5)超えとする。なお、後述する製造方法に従い、焼鈍温度を適宜調整することにより、所望の強度および破断伸びを備えた鋼板を得ることができる。
【0048】
[缶用鋼板の製造方法]
次に、本発明に係る缶用鋼板の製造方法について説明する。
【0049】
本発明に係る缶用鋼板を製造する際は、転炉などを用いた公知の方法により、溶鋼を上記の化学成分に調整し、連続鋳造法によりスラブとする。続いて、スラブを熱間で粗圧延する。粗圧延の方法は限定しないが、スラブの加熱温度は1250℃以上であることが好ましい。
【0050】
〔熱間圧延工程の仕上温度〕
熱間圧延工程の仕上温度は、熱延鋼板の結晶粒微細化や析出物分布の均一性の観点から850℃以上とする。一方、仕上温度が高すぎても、圧延後のγ粒粒成長がより激しく起こり、それに伴う粗大γ粒により変態後のα粒の粗大化を招く。具体的には、仕上温度は850乃至960℃の温度範囲内とする。仕上温度が850℃より低い場合、Ar変態点以下の温度での圧延となり、α粒の粗大化を招く。
【0051】
〔熱間圧延工程の巻取温度〕
熱間圧延工程の巻取温度が500℃より低い温度域では、回復焼鈍工程後の表面から板厚1/4の部分における(111)[1−21]方位(但し、−2はミラー指数の2のバーを表す)の集積強度と(111)[1−10]方位(但し、−1はミラー指数の1のバーを表す)の集積強度とが上述の数式(4)に示す関係を満足しなくなる。一方、巻取温度が600℃より高くなると、回復の進行が阻害され、所望の破断伸びが得られない。従って、熱間圧延工程の巻取温度は500乃至600℃の温度範囲内、より好ましくは500乃至550℃の温度範囲内である。引き続き行われる酸洗工程は、表層スケールが除去できればよく、特に条件を限定する必要はない。
【0052】
〔冷間圧延工程の圧下率〕
本発明に係る缶用鋼板は、冷間圧延工程後の鋼板に回復焼鈍工程を行うことによって目的とする特性を得る。従って、冷間圧延工程は必須である。極薄材を製造するためには冷間圧延工程の圧下率は大きい方が好ましいが、冷間圧延工程の圧下率が92%を超えると圧延機の負荷が過大となるため、冷間圧延工程の圧下率は92%以下とする。
【0053】
〔焼鈍温度〕
焼鈍(熱処理)工程は、600乃至650℃の温度範囲内で行う。本発明における焼鈍工程の目的は、冷間圧延工程で導入した歪により強度が高くなっている状態から、回復焼鈍工程を行うことで目標の強度まで低下させることである。焼鈍温度が600℃未満では、十分に歪みが解放されず、また目標の強度よりも高くなる。このため、600℃を焼鈍温度の下限とする。一方、焼鈍温度が高すぎると再結晶が開始され、軟化しすぎて550MPa以上の引張強度が得られない。このため、650℃を焼鈍温度の上限とする。焼鈍方法は材質の均一性と高い生産性の観点から連続焼鈍法を用いることが好ましい。焼鈍工程時の均熱時間は生産性の観点から、10秒以上60秒以下の範囲内とすることが好ましい。引き続き行われる調質圧延工程は、鋼板の表面粗度や形状を調整するために行うが、特に圧下条件などを限定する必要はない。
【0054】
[実施例]
表1に示す成分組成を含有し、残部がFeと不可避的不純物からなる鋼を溶製し、連続鋳造によって鋼スラブを得た。続いて表2に示す製造条件で薄鋼板を得た。具体的には、得られた鋼スラブを1250℃で再加熱した後、仕上温度を870乃至900℃の範囲内、巻取温度を490乃至570℃の範囲内として熱間圧延工程を行った。次いで、酸洗工程後、90.0乃至91.5%の圧下率で冷間圧延工程を行い、0.16乃至0.22mmの薄鋼板を製造した。得られた薄鋼板を連続焼鈍炉にて焼鈍温度610乃至660℃、焼鈍時間30secで回復焼鈍工程を行い、伸張率が1.5%以下となるように調質圧延工程を施した。
【0055】
【表1】
【表2】
【0056】
以上により得られた鋼板に対して、引張試験を行った。引張試験は、ISO 6892−1付属書Bにて規定されるタイプ1サイズの引張試験片を用いてISO 6892−1に記載の方法で行い、引張強度(Tensile Strength)および破断伸び(percentage total elongation at maximum fracture)を評価した。
【0057】
集合組織は、減厚加工および歪除去を目的とした化学研磨(シュウ酸エッチング)を行い、板厚1/4の位置にて測定した。測定にはX線回折装置を使用し、非特許文献1に記載の反射法により(110)面、(200)面、(211)面、および(222)面の極点図を作成した。これらの極点図から非特許文献2に記載の級数展開法によりODFを算出し、非特許文献3に記載のEuler空間(Bunge方式)のΦ=55°、φ=30°、φ=45°を(111)[1−21]方位(但し、−2はミラー指数の2のバーを表す)、Φ=55°、φ=0°、φ=45°を(111)[1−10]方位(但し、−1はミラー指数の1のバーを表す)として集積強度を求めた。
【0058】
表3より、本発明例である水準1〜7の鋼板は、圧延方向および水平面内において圧延方向から90°方向において、引張強度TS≧550、かつ、破断伸びEl>−0.02×TS+17.5であり、表面から板厚1/4の部分における((111)[1−21]方位の集積強度)/((111)[1−10]方位の集積強度)の値が0.9以上であり、いずれも良好なリベット加工性を示した。一方、比較例である水準8の鋼板では、Nbの含有量が少なすぎるため、再結晶温度が低くなり、回復焼鈍工程において再結晶が生じ、引張強度が不足した。比較例である水準9の鋼板では、Cの含有量が多すぎるため、延性が損なわれ、リベット成形において割れが生じた。
【0059】
比較例である水準10の鋼板では、熱間圧延後の巻取温度が低すぎるため、回復焼鈍工程後の表面から板厚1/4の部分における((111)[1−21]方位の集積強度)/((111)[1−10]方位の集積強度)の値が0.9未満となり、リベット成形において割れが生じた。比較例である水準11の鋼板では、回復焼鈍工程における焼鈍温度が高すぎるため、再結晶が生じ、引張強度が不足した。水準12の鋼板では、熱間圧延後の巻取温度が高すぎるため、回復の進行が阻害され、破断伸びが不足してリベット成形において割れが生じた。
【0060】
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によれば、薄肉化して使用しても耐圧強度を高く保つことが可能な缶用鋼板およびその製造方法を提供することができる。
図1