(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
PET(positron emission tomography)検査の被験者に放射性同位元素を用いて標識したガス(以下「放射性標識ガス」という)を吸入させるためのフェースマスク機構であって、
被験者に酸素含有ガスを供給する吸気口と前記被験者の呼気を排気する排気口とが互いに分離して形成されるフェースマスク本体と、
被験者を覆っている前記フェースマスク本体の被験者側に放射性標識ガスを導入する放射性標識ガス導入管と、を備え、
前記フェースマスク本体の被験者側に内側マスクを更に備え、
前記放射性標識ガス導入管は、被験者を覆っている前記内側マスクの被験者側に前記放射性標識ガスを導入するフェースマスク機構。
【背景技術】
【0002】
医療分野において、被験者の体の「はたらき」を画像によって観察・診断する方法の一つとして、近年、ポジトロン(陽電子)を放出する物質(放射性同位元素)を用いたPET検査が注目されている。PET検査では、放射性同位元素を含んだ薬剤を被験者に投与し、その放射性同位体元素の崩壊により放出される陽電子と負電荷を有する電子との結合と消滅(対消滅)の際に発生する放射線(ガンマ線)を多数の検出器を備えた専用の装置(以下「PET装置」という場合がある)で検出することによって薬剤の体内分布を画像化し、病気を診断する。
【0003】
PET検査に用いられる薬剤は、酸素、水、糖、アミノ酸、脂肪酸等に放射性同位元素を標識した化合物である。薬剤には液体のものとガスのものとがある。脳酸素消費量、脳血液量等の検査には、ガスの薬剤が用いられる。ガスの薬剤は呼吸により被験者の体内に取り込まれる。ガスの薬剤には、たとえば、酸素の同位体の
15Oを用いて標識したガス(
15O標識ガス)が用いられる。
【0004】
15O標識ガス(例えばC
15O、
15O
2、C
15O
2)を用いた脳のPET画像診断は、脳虚血性疾患患者の虚血重症度の把握など生体機能の理解に有用であることが知られている。そこで、PET検査を行う際には、被験者にフェースマスクを付けさせ、そのフェースマスクに送り込んだ
15O標識ガスを吸入させる(特許文献1参照)。被験者の呼吸によりその肺に取り込まれた
15O標識ガスは、肺から血液中に移行し、さらに全身各組織で代謝され、やがて体外に排出される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、PET検査の被験者及びPET検査に関わるその他の者の安全を確保するためには放射性標識ガスの漏洩を抑える必要があるので、一般には、被験者が付けるフェースマスクの密閉性は高いほど好ましい。しかし、フェースマスクの密閉性が高いと被験者は呼吸しにくくなる。それに加えて、被験者は息苦しさから身悶えするようになり、被験者に対する診断を安定的にあるいは精度よく行うことが難しくなる。
【0007】
また、脳のPET画像診断は、脳組織以外の全身各組織から出る放射線の影響を強く受ける。特に、フェースマスク内に残存する
15O標識ガスの放射線は、脳に集積した部分から出る放射線よりも大きくなる場合があり、偶発同時計数及び散乱同時計数を発生させる。偶発同時計数及び散乱同時計数が発生すると、結果として数え落とし計数率の割合が増大するので、測定精度の低下、定量性の低下、誤差の増加等の原因となり、画像撮像の支障をきたすようになる。密閉式のフェースマスクであればなおさらであり、その高い密閉性ゆえに、フェースマスク内に滞留する
15O標識ガスの濃度上昇がより顕著になり、これを付けた被験者のPET検査の際には、画像撮像に支障がより生じやすくなる。
【0008】
ちなみに、放射性同位元素の崩壊により放出される陽電子の対消滅の際に発生する二本の光子線(ガンマ線)を二個の検出器で同時に検出した場合の計数を同時計数という。放射性同位元素から放出され、対消滅するまでに陽電子が移動する距離は極めて小さく、二本の光子線は互いに180°反対方向に放出されるので、一つの放射性同位元素の崩壊により放出される陽電子の対消滅の際に発生する二本の光子線の同時計数を行えば放射性同位元素の位置を正確に認識することができる。このような同時計数を真の同時計数という。これに対して、複数の放射性同位元素が崩壊したときに、ぞれぞれの崩壊により放出された陽電子が対消滅する際に発生する二本の光子線のうち一方、合わせて二本の光子線を二個の検出器でたまたま同時に検出した場合の計数を偶発同時計数といい、二個の検出器で同時に検出した二本の光子線の少なくとも一方がコンプトン散乱をきたしたものである場合の計数を散乱同時計数という。偶発同時計数や散乱同時計数は、真の同時計数に基づき得られるPET画像に対するノイズとなる。
【0009】
更に、PET検査においては、被験者の全身の生理機能が一定であることを前提として脳機能画像を計算する数理モデルを採用している。しかし、フェースマスクを付けたままでの呼吸は、フェースマスク内の二酸化炭素濃度を上昇させ、被験者の血中の二酸化炭素濃度を変動させ、脳組織をはじめとする全身臓器の血流量の変化、ひいては全身の生理機能の過渡的変化を招来する。こうなると、PET検査において、その前提が崩れてしまい、結果として測定誤差が発生してしまう。
【0010】
そこで本発明は、着用しても被験者が比較的容易に又は無理なく呼吸することができるPET検査用のフェースマスクの機構、フェースマスク内の放射性標識ガスの濃度を低く抑えることができるPET検査用のフェースマスクの機構、フェースマスク内の二酸化炭素の濃度上昇を抑えることができるPET検査用のフェースマスクの機構、ならびに、脳のPET画像診断の際、画像撮像に支障をきたしにくいPET検査方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するための、本発明の第
1の形態に係るフェースマスク機構は、PET(positron emission tomography)検査の被験者に放射性同位元素を用いて標識したガス(以下「放射性標識ガス」という)を吸入させるためのフェースマスク機構であって、被験者に酸素含有ガスを供給する吸気口と前記被験者の呼気を排気する排気口とが互いに分離して形成されるフェースマスク本体と、被験者を覆っている前記フェースマスク本体の被験者側に放射性標識ガスを導入する放射性標識ガス導入管と、を備え、前記フェースマスク本体の被験者側に内側マスクを更に備え、前記放射性標識ガス導入管は、被験者を覆っている前記内側マスクの被験者側に前記放射性標識ガスを導入する。
【0013】
本発明の第
2の形態に係るフェースマスク機構は、第
1の形態に係るフェースマスク機構であって、前記フェースマスク本体は、シリコーンゴム又はウレタン製であり、 前記内側マスクは、繊維製であることを特徴とする。
【0014】
本発明の第
3の形態に係るPET検査方法は、第1
又は2の形態に係るフェースマスク機構を用いて被験者に前記放射性標識ガスを吸入させる工程と、被験者に吸入された前記放射性標識ガスから放出される放射線をPET装置で検出する工程とを有することを特徴とする。
【0015】
本発明の第
4の形態に係るPET検査方法は、第
3の形態に係る検査方法であって、前記フェースマスク本体がPET装置の視野内に配置されることを特徴とする。なお、PET装置の視野とは、個々のPET装置について有効とされる固有の値である。体軸方向に配列されている検出器の幅で定義されるもの(体軸方向視野)の場合には、たとえば「体軸方向310 mm 」というように定められる。断層面方向に配列されている検出器に関して「断層面内570mm」というように定義される視野(断層面視野)もあるが、本発明の場合には、少なくとも体軸方向視野で足りる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の第1の形態によれば、被験者が呼吸するための吸入ルートと排気ルートが明確に分離されているので、フェースマスクの密閉性の程度にかかわらず、フェースマスク本体内の換気が可能になり、それ故に被験者が比較的容易に又は無理なく呼吸することができる。また、本発明の第1の形態によれば、被験者には放射性標識ガス導入管から放射性標識ガスが導入されるので、被験者に放射性標識ガスを吸入させた上で、換気によってフェースマスク内に滞留する放射性標識ガスの濃度を低下させることができる。無論、被験者の近くにいるPET検査の関係者が放射性標識ガスを誤って吸入するようなこともなく、安全である。更に、フェースマスク内が換気されていると、被験者は呼吸し易くなるので、フェースマスク内の二酸化炭素の濃度上昇を抑えることができる。また被験者が検査中に息苦しさから身悶えすることもない。被験者の口呼吸、鼻呼吸による放射性標識ガスの吸入量の差が小さくなり、放射性標識ガスの吸入に関して個人間のバラツキも小さくなる。それ故、本発明の第1の形態によれば、画像撮像に支障が生じにくくなり、PET画像の精度が向上する。
また、本発明の第1の形態によれば、フェースマスク本体と内側マスクとにより構成される二重マスク構造になり、被験者に装着したとき、フェースマスク本体のより被験者側の内側が放射性標識ガスが導入される領域となり、且つ、フェースマスク本体と内側マスクとの間が、導入された放射性標識ガスが換気される領域となる。それ故、被験者に放射性標識ガスをより安定して又は効率的に吸入させることができる。また、フェースマスクから当該放射性標識ガスの残部を換気することができるので、フェースマスク内の放射性標識ガスの濃度を低く抑えることができる。
【0018】
本発明の第
2の形態によれば、フェースマスク本体がシリコーンゴム又はウレタン製なので、フェースマスク本体と被験者の顔面との間の密着性、ひいてはフェースマスク本体の密閉性を確保することができる。また、内側マスクが繊維製であるので、内側マスクにより被験者が息苦しくなることもない。
【0019】
本発明は、その第
3の形態のように、フェースマスク機構を用いたPET検査方法として構成することもできる。この第
3の形態によれば、脳のPET画像診断の際、画像撮像に支障をきたしにくくなり、PET画像の精度が向上する。
【0020】
本発明の第
4の形態によれば、放射性標識ガスがPET装置の視野内に存在するので、散乱線発生源がほぼ視野内に限定されることになる。コンプトン散乱線の分布を予測する理論式の精度が向上し、結果として正確に散乱線を除去することが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下添付図面に基づいて、本発明の一実施形態のフェースマスク機構を詳細に説明する。
図1は、PET装置の寝台1上に被験者が寝ている状態を示す。被験者には、フェースマスク機構2を介して
15O標識ガスを吸入させている。
15O標識ガスは、被験者の呼吸により肺に取り込まれ、肺から血液中に移行し、脳に送られる。正常に働いている脳は、ブドウ糖と酸素からエネルギをつくる。PET検査で酸素の消費量を測定すると、脳が正常に働いているかどうかがわかる。
【0023】
PET装置は、被験者の頭部を中心にリング状又回転対称的に配置される多数の検出器3を備える。PET画像診断を行うときは、被験者の頭部を検出器3の測定可能領域内に配置させ、寝台1及び検出器3のいずれか一方を移動させ、頭内にある放射性同位元素の崩壊により放出される陽電子の対消滅の際に発生する二本のガンマ線を、頭部を中心として互いに反対側に配置する一対の検出器3を用いて同時計数を行う。PET装置は、同時計数によって収集したデータを所定のアルゴリズムで処理することにより、所定の断面での放射性同位元素の濃度分布像を再構成する。この再構成画像が脳の診断のために用いられる。
【0024】
上述のように、被験者による
15O標識ガスの吸入はフェースマスク機構2を介して行われる。被験者の鼻及び口を覆うフェースマスク本体4には、酸素含有ガスとしての空気を供給するための空気供給チューブ5が接続される吸気口11と、被験者の呼気を排気するための排気チューブ6が接続される排気口12が分離して形成されている。なお、
図1には、空気供給チューブ5と排気チューブ6とが重なった状態で描かれているが、実際にはこれらのチューブは分離しており、それぞれが接続される吸気口11及び排気口12も分離している(
図2、
図5参照)。
【0025】
空気供給チューブ5は、コンプレッサ、送風機、ボンベ等の空気供給源7(
図6参照)に接続される。尤も、被験者への吸気の供給は、空気供給チューブ5を介しての空気供給源7からの供給である必要はなく、大気中からの供給であってもよい。排気チューブ6は、吸引ポンプ8を介して呼気を回収する貯留タンク9(
図6参照)に接続される。
【0026】
図2は、フェースマスク本体4の斜視図を示す。フェースマスク本体4は、被験者の顔面に密着する周縁部4aと、周縁部4aの内側のチャンバ部4bと、を備える。フェースマスク本体4又はそのうち少なくとも周縁部4aは、被験者の顔面との密着性を高めるために、軟質で弾性に富む材料、例えばシリコーンゴム又はウレタンから製造される。
【0027】
チャンバ部4bは、フェースマスク本体4を被験者に装着したときに、被験者の鼻及び口を覆うように、かつ被験者の鼻及び口の周囲に十分な換気空間があるように形成される。チャンバ部4bの中央部は被験者の鼻を圧迫することがないように盛り上がっている。チャンバ部4bには、被験者の鼻/及び又は口に対応する位置に、吸気口11及び排気口12が設けられる。吸気口11及び排気口12は、左右方向に離れている。吸気口11及び排気口12は、円筒形状に形成され、それぞれ空気供給チューブ5及び排気チューブ6に接続される。吸気口11からの空気の供給と排気口12からの呼気の排気は同時に行われる。そのため、吸気口11及び排気口12には、空気の逆流を防ぐ逆止弁を設ける必要がない。吸気口11及び排気口12に逆止弁が設けられていないので、その分、故障しにくい。
【0028】
フェースマスク本体4の周縁部4aには、固定用タブ4cが設けられる。固定用タブ4cの個数は任意であるが少なくとも4つあるのが望ましい。この実施形態では、左右に二つずつ固定用タブ4cが設けられる。固定用タブ4cには固定バンド21(
図5参照)に接続するための開口4c1が空けられる。
【0029】
図3は、被験者に装着したフェースマスク機構2の断面図を示す。フェースマスク機構2は、フェースマスク本体4と、フェースマスク本体4の内側(被験者にフェースマスク本体4を装着したときの被験者側)に内側マスク14と、を備える。内側マスク14は、被験者の鼻及び口を覆う。被験者が息苦しくならないように、内側マスク14は繊維等の空気を容易に通過させる材料からなる。被験者の鼻と口を覆った内側マスク14は、例えば粘着テープ等の固定手段によって被験者の顔面に固定される。
【0030】
放射性標識ガス導入管16は、フェースマスク本体4及び内側マスク14の内側を通り、被験者の鼻と口との間まで伸びている。放射性標識ガス導入管16の基端は、吸入装置17を介して
15O標識ガスの合成装置18に接続される(
図6参照)。放射性標識ガス導入管16は、内側マスク14近傍又は内側マスク14の内側(被験者に内側マスク14を装着したときの被験者側)に放射性標識ガスを導入する。
【0031】
図4及び
図5は、フェースマスク機構2の装着方法の工程図を示す。まず、
図4に示すように、PET装置の寝台上に寝ている被験者に放射性標識ガス導入管16を装着する。放射性標識ガス導入管16は、被験者の首付近で二股に分岐して分岐管16a,16bとなる。分岐管16a,16bを被験者の耳にかけ、分岐管16a,16bの先端が被験者の鼻と口の間にくるようにする。分岐管16a,16bを所定の位置にセットした後、粘着テープ等で分岐管16a,16bを被験者の顔面に取り付ける。この例では、放射性標識ガス導入管は可撓性のあるゴムチューブからなる。
【0032】
次に、
図4に示すように、被験者の鼻と口を繊維製の内側マスク14で覆う。この実施形態では、内側マスク14はペーパマスクからなる。内側マスク14で被験者の鼻と口を覆ったら、粘着テーブ等で内側マスク14を被験者の顔面に固定する。
【0033】
次に、
図5に示すように、内側マスク14を覆うように被験者にフェースマスク本体4を装着する。フェースマスク本体4は、固定用タブ4cに接続された固定バンド21等で被験者の顔面に固定される。その後、フェースマスク本体4の吸気口11に空気供給チューブ5を接続し、排気口12には排気チューブ6を接続する。
【0034】
図6は、本実施形態のフェースマスク機構2を使用した
15O標識ガス供給システムの概略構成を示す。PET検査を行う施設は、通常、サイクロトロンを収めたサイクロトロン室30及びPET装置を収めたPET室32からなる。
【0035】
サイクロトロン室30では、図示していないサイクロトロンで生成された加速粒子をターゲット箱33内のターゲットに照射して放射性同位体の
15Oを生成する。生成された
15Oガスはターゲット箱33から合成装置18に供給される。合成装置18では、供給された
15Oガスを使用して3種類の
15O標識ガス、すなわち
15O標識一酸化炭素(C
15O)、
15O標識酸素(
15O
2)及び
15O標識二酸化炭素(C
15O
2)を合成する。合成された
15O標識ガスは、ガス配送ライン34を介してPET室32内の吸入装置17に供給される。
【0036】
吸入装置17は、
15O標識ガスの放射能濃度を安定化させる機能を有していてもよく、その他にも、被験者に酸素含有ガスを供給する際及び/又は被験者の呼気を排気する際に必要になる気流の安定化の機能を有していてもよい。
【0037】
吸入装置17を経由した
15O標識ガスは、ガス配送ライン35及びガス配送ライン35と接続する放射性標識ガス導入管16を介して、フェースマスク機構2を装着する被験者に投与される。
【0038】
PET室32内の空気供給源7は、空気供給チューブ5を通じて、吸入装置17を経由して吸気口11を介してフェースマスク本体4のチャンバ部4b内に酸素含有ガスである空気を供給する。被験者への吸気を大気中から確保する場合には、大気が空気供給源7に該当する。
【0039】
フェースマスク本体4のチャンバ部4b内の被験者の呼気は、排気口12を介してチャンバ部4b外に排出され、排気チューブ6を通じて、吸入装置17を経由してサイクロトロン室30に設置された吸引ポンプ8により吸引され、貯留タンク9に貯められる。
15O標識ガスが被検者に適切に吸入された後、PET装置はPET撮像データの収集を開始する。
【0040】
なお、サイクロトロン室30とPET室32との間にホットラボ室31が配置していてもよい。吸引ポンプ8、貯留タンク9、合成装置18は、適切な放射線シールドを施したうえであればサイクロトロン室30外に配置してもよく、空気供給源7はPET室32外に配置してもよい。
【0041】
PET検査中、フェースマスク本体4内への空気の供給とフェースマスク本体4内の呼気の排気が同時に行われる。フェースマスク本体4内の換気が可能になるので、被験者は呼吸し易くなる。このため被験者が検査中に息苦しさから身悶えすることもない。また、フェースマスク本体4のチャンバ部4b内に滞留する放射性標識ガスが外部に漏洩することもなく、換気を通じて当該放射性標識ガスの濃度が低水準で安定化する。しかもチャンバ部4b内に滞留する二酸化炭素の濃度も低水準で安定化する。これらの結果、被験者の口呼吸、鼻呼吸による放射性標識ガスの吸入量の差が小さくなり、放射性標識ガスの吸入に関して個人間のバラツキも小さくなる。それ故、総じて画像撮像に支障が生じにくくなり、PET画像の精度が向上する。
【0042】
図7は、フェースマスク機構の他の例を示す。
図7(a)はフェースマスク機構の正面図を示し、
図7(b)(c)はフェースマスク機構の背面図を示す。この例のフェースマスク機構42は、一重構造になっており、フェースマスク本体44が
図2に示すフェースマスク本体4よりも小さい。フェースマスク本体44に空気を供給する吸気口45と呼気を排気する排気口46とが分離して形成される点は、
図2に示すフェースマスク本体4と同じである。図示しないが、この例でも、フェースマスク本体44の内側(被験者が装着したときの被験者側)に放射性標識ガスを導入する放射性標識ガス導入管が設けられおり、その放射性標識ガス導入管を経由して放射性標識ガスが被験者に投与される。
【0043】
図7(a)に示すように、この例のフェースマスク本体44は、被験者の顔面に密着する周縁部44aと、周縁部44aの内側のチャンバ部44bと、を備える。チャンバ部44bは、被験者との間に空間を確保できるように中央が盛り上がっている。チャンバ部44bには、円筒状の吸気口45及び排気口46が左右方向に分離して設けられる。周縁部44aの断面はパイプ状である。チャンバ部44b及び周縁部44aは、軟質の変形し易いシリコーンゴム又はウレタンからなる。クッション性を上げるために、周縁部44aの内部には空気が充填される。
【0044】
図7(b)に示すように、フェースマスク本体44内には、スポンジからなる多数の球状、円柱状又はその他の形状の詰め物48が挿入される。
図7(c)に示すように、多数の詰め物48の替わりに又は詰め物48とともにフェースマスク本体44内にガーゼ47を挿入してもよい。詰め物48やガーゼ47を導入すると、フェースマスク本体44内の空間が小さくなるので、放射性標識ガスの滞留をより少なくすることができる。
【0045】
図8は、比較例のフェースマスク機構51(
図9参照)と本実施形態のフェースマスク機構42(
図7参照)を使用したときとで、被験者のEtCO
2と呼吸数とを測定した結果を示すグラフである。
図8(a)は比較例であり、
図8(b)は本発明例である。
【0046】
比較例のフェースマスク機構51では、
図9に示すように、フェースマスク本体52に、吸気と排気を兼用する一つのみの吸排気口53が設けられる。この吸排気口53には、空気供給チューブ54及び排気チューブ55が接続される。吸気ルートと排気ルートとが混合するのを防止するために、空気供給チューブ54及び排気チューブ55には逆止弁54a,55aが設けられる。吸排気口53には、さらに放射性標識ガス導入管56が接続される。放射性標識ガスはフェースマスク本体52に導入される前に空気供給チューブ54から供給される空気と混合する。被験者は空気と混合した放射性標識ガスを呼吸により吸引する。被験者の呼気は排気チューブ55から排出される。
【0047】
図8のグラフを説明する。
図8において、EtCO
2は呼気終末炭酸ガス濃度であり、血中二酸化炭素濃度を反映する。EtCO
2は通常35−45mmHgである。
図8(a)に示すように、比較例のフェースマスク機構51を使用すると、PET検査中、EtCO
2が低下し続けた。このことから、フェースマスク本体52内の二酸化炭素濃度が上昇し、息苦しくなっていることがわかる。このような状態において、被験者は深呼吸して酸素を取り込み、二酸化炭素を排出しようとするため、EtCO
2が低下する。成人の正常な呼吸数は、15−20回/分である。比較例のフェースマスク機構51を使用すると、呼吸数が低下したり、不安定になったりした。
【0048】
これに対して、
図8(b)に示すように、本実施形態のフェースマスク機構42を使用すると、EtCO
2及び呼吸数はいずれも安定しており、ほぼ一定の値を保っていた。なお、
図8(b)には、CO撮像、O
2撮像、CO
2撮像中のEtCO
2及び呼吸数が示されているが、マスク装着からCO撮像に至るまで、また、CO
2撮像からマスク取り外しに至るまで、EtCO
2及び呼吸数がいずれも安定していた。
【0049】
図10は、フェースマスク本体4をPET装置の視野(体軸方向視野)内に配置したときと、視野外に配置したときとで、PET装置のエラー数を比較したグラフである。フェースマスク本体4をPET装置の視野内に配置すると、エラー数が減少し、測定精度が向上することがわかった。これは、フェースマスク本体4をPET装置の視野内に配置することで、散乱線発生源がほぼ視野内に限定されたことが原因であると考えられる。この知見に基づけば、コンプトン散乱線の分布を予測する理論式の精度を向上させることができ、ひいては散乱同時計数に起因する画像ノイズを効果的に除去することができ、PET診断画像の精度向上が可能になる。フェースマスク本体44をPET装置の視野内に配置したときも、
図10と同様の結果が得られた。