特許第6155275号(P6155275)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6155275トランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6155275
(24)【登録日】2017年6月9日
(45)【発行日】2017年6月28日
(54)【発明の名称】トランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物
(51)【国際特許分類】
   C10M 101/02 20060101AFI20170619BHJP
   C10M 111/04 20060101ALI20170619BHJP
   C10M 107/08 20060101ALN20170619BHJP
   C10N 20/00 20060101ALN20170619BHJP
   C10N 20/02 20060101ALN20170619BHJP
   C10N 30/04 20060101ALN20170619BHJP
   C10N 40/25 20060101ALN20170619BHJP
【FI】
   C10M101/02
   C10M111/04
   !C10M107/08
   C10N20:00 Z
   C10N20:02
   C10N30:04
   C10N40:25
【請求項の数】6
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2014-540732(P2014-540732)
(86)(22)【出願日】2013年10月4日
(86)【国際出願番号】JP2013005933
(87)【国際公開番号】WO2014057640
(87)【国際公開日】20140417
【審査請求日】2016年1月5日
(31)【優先権主張番号】特願2012-225438(P2012-225438)
(32)【優先日】2012年10月10日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004444
【氏名又は名称】JXTGエネルギー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100119530
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 和幸
(72)【発明者】
【氏名】守田 洋子
(72)【発明者】
【氏名】田川 一生
【審査官】 林 建二
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/077810(WO,A1)
【文献】 特表2012−511608(JP,A)
【文献】 特表2010−519376(JP,A)
【文献】 特開平11−209772(JP,A)
【文献】 特開平02−092995(JP,A)
【文献】 特開2007−084675(JP,A)
【文献】 特表2008−539319(JP,A)
【文献】 特開平08−151589(JP,A)
【文献】 特開2002−047498(JP,A)
【文献】 特表平08−503215(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00−177/00
C10N 40/25
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)飽和炭化水素が90質量%以上で、硫黄分が元素量で0.03質量%以下で、粘度指数が80以上で、100℃での動粘度が3〜35mm2/sである鉱油系潤滑油基油を基油全量基準で50質量%以上と、
(B)飽和炭化水素が90質量%より少なく、硫黄分が元素量で0.03質量%を超え、100℃での動粘度が30mm2/s以上の鉱油系潤滑油基油(B2)を基油全量基準で20〜50質量%と
を含み、100℃での動粘度が5〜16mm2/sである基油に、
(D)金属系清浄剤と、
(E)無灰分散剤と
を配合してなるトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物。
【請求項2】
(A)飽和炭化水素が90質量%以上で、硫黄分が元素量で0.03質量%以下で、粘度指数が80以上で、100℃での動粘度が3〜35mm2/sである鉱油系潤滑油基油と、
(B)鉱油系潤滑油基油製造過程において、溶剤精製する際に副生するASTM D2140に規定される組成分析法による芳香族炭化水素化合物(%C)を15〜50%含有するエキストラクト(B1)を基油全量基準で5〜90質量%と、
(C)100℃での動粘度が60mm2/s以上であるポリブテン系合成油又はその水素化物と
を含み、100℃での動粘度が5〜16mm2/sである基油に、
(D)金属系清浄剤と、
(E)無灰分散剤と
を配合してなるトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物。
【請求項3】
前記(B)成分は、PCAの含有量が3質量%未満であるエキストラクトであることを特徴とする請求項2に記載のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物。
【請求項4】
前記(B)成分は、MI値が1.0未満で、ベンゾ[a]ピレンの含有量が1mg/kg以下で、特定芳香族化合物(PAH)の含有量が10mg/kg以下であるエキストラクトであることを特徴とする請求項2又は3に記載のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物。
【請求項5】
前記基油に含まれる2環以上の芳香族分が2質量%以上であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物。
【請求項6】
100℃での動粘度が5.6〜16.3mm2/sで、塩基価が9〜55mgKOH/g(過塩素酸法)であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
舶用のトランクピストン型ディーゼル機関の燃料としては、A重油やC重油等のアスファルテン成分を含む燃料が使用されることが多いが、燃料由来のアスファルテン成分でディーゼル機関が汚損されるため、潤滑油に清浄剤を多量に配合することが一般的である(下記特許文献1参照)。そのため、舶用のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油には、多量に添加する清浄剤の溶解性と、燃料から混入する未燃アスファルテンや燃焼生成樹脂等の溶解性が求められる。特に、未燃アスファルテンの溶解性は、ピストンの破損につながる恐れのあるブラックスラッジの発生防止のために重要である。
【0003】
ところで、従来のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油に使用される基油は、主として、原油からガソリンや軽油分を蒸留分離した後の常圧蒸留残渣油を、さらに減圧蒸留し、必要とする粘度留分を取り出し、それを精製して製造されている。これらの基油はAPIの基油分類でグループIに分類されるものである。
【0004】
近年では、基油に含まれる硫黄分並びに芳香族分が、基油の酸化安定性に悪影響を与えるため、上記残渣油を水素化分解し、硫黄分や芳香族分が極めて少ない基油が製造されるようになってきている。
【0005】
また、フィッシャー・トロプシュ法で製造されるワックスや基油を製造する際に副生する石油系ワックス等を水素化分解して、極めて粘度指数の高い基油が製造されている。これらの水素化分解して製造された基油は、APIの基油分類でグループIIあるいはIIIに分類されるものである。
【0006】
前者の基油(グループI)の精製過程では、フルフラール、フェノール、メチルピロリドン等の溶剤を使用して、芳香族分を中心とする、不安定な化合物を選択的に抽出除去するプロセスが多く採用されている。これに対し、後者の基油の製造方法では、基油中の芳香族分は極めて少なく、前述した溶剤精製工程を経る必要はほとんどない。このため、相対的に溶剤精製プロセスを経た基油の製造量が減少しつつある。
【0007】
ところで、重質な燃料を使用する場合、重質燃料にはアスファルテンのような多環芳香族が含まれており、内燃機関の場合、未燃焼物の一部として潤滑油に混入する。この未燃焼物はグループI基油には比較的容易に溶解するが、グループII基油やグループIII基油には溶解性が悪いため、潤滑油経路や潤滑部に堆積したり、また、酸化劣化し易いため、さらに容易にデポジットを形成してしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2002−515933号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、これらの状況から、重質燃料を使用する、トランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油として、グループIIやグループIIIの基油を使用してもデポジットの生成が少なく、優れた高温清浄性を有するトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究した結果、グループII及び/又はグループIIIの基油に、溶剤精製時に副生するエキストラクト又はグループIの基油を加えることにより、上記課題を改善できることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0011】
即ち、本発明の第1のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物は、
(A)飽和炭化水素が90質量%以上で、硫黄分が元素量で0.03質量%以下で、粘度指数が80以上で、100℃での動粘度が3〜35mm2/sである鉱油系潤滑油基油を基油全量基準で50質量%以上と、
(B)飽和炭化水素が90質量%より少なく、硫黄分が元素量で0.03質量%を超え、100℃での動粘度が30mm2/s以上の鉱油系潤滑油基油(B2)を基油全量基準で20〜50質量%と
を含み、100℃での動粘度が5〜16mm2/sである基油に、
(D)金属系清浄剤と、
(E)無灰分散剤と
を配合してなる。
【0012】
また、本発明の第2のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物は、
(A)飽和炭化水素が90質量%以上で、硫黄分が元素量で0.03質量%以下で、粘度指数が80以上で、100℃での動粘度が3〜35mm2/sである鉱油系潤滑油基油と、
(B)鉱油系潤滑油基油製造過程において、溶剤精製する際に副生するASTM D2140に規定される組成分析法による芳香族炭化水素化合物(%C)を15〜50%含有するエキストラクト(B1)を基油全量基準で5〜90質量%と、
(C)100℃での動粘度が60mm2/s以上であるポリブテン系合成油又はその水素化物と
を含み、100℃での動粘度が5〜16mm2/sである基油に、
(D)金属系清浄剤と、
(E)無灰分散剤と
を配合してなる
【0013】
本発明のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物においては、前記(B)成分は、PCAの含有量が3質量%未満であるエキストラクトであることが好ましい。
【0014】
また、本発明のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物においては、前記(B)成分は、MI値が1.0未満で、ベンゾ[a]ピレンの含有量が1mg/kg以下で、特定芳香族化合物(PAH)の含有量が10mg/kg以下であるエキストラクトであることも好ましい。
【0015】
また、本発明のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物においては、前記基油に含まれる2環以上の芳香族分が2質量%以上であることが好ましい。
【0016】
また、本発明のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物は、100℃での動粘度が5.6〜16.3mm2/sで、塩基価が9〜55mgKOH/g(過塩素酸法)であることが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、重質燃料を使用する、トランクピストン型ディーゼル機関の潤滑油として、グループIIやグループIIIの基油を使用してもデポジットの生成が少ないトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明を詳細に説明する。本発明のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物(以下、単に潤滑油組成物ともいう)における基油は、
(A)飽和炭化水素が90質量%以上で、硫黄分が元素量で0.03質量%以下で、粘度指数が80以上で、100℃での動粘度が3〜35mm2/sである鉱油系潤滑油基油と、
(B)鉱油系潤滑油基油製造過程において、溶剤精製する際に副生するASTM D2140に規定される組成分析法による芳香族炭化水素化合物(%C)を15〜50%含有するエキストラクト(B1)を基油全量基準で5〜90質量%、又は、飽和炭化水素が90質量%より少なく、硫黄分が元素量で0.03質量%を超え、100℃での動粘度が30mm2/s以上の鉱油系潤滑油基油(B2)を基油全量基準で20〜50質量%
を含み、100℃での動粘度が5〜16mm2/sである。また、本発明の潤滑油組成物の基油は、上記(B)成分として、鉱油系潤滑油基油製造過程において、溶剤精製する際に副生するASTM D2140に規定される組成分析法による芳香族炭化水素化合物(%C)を15〜50%含有するエキストラクト(B1)を基油全量基準で5〜90質量%含む場合、更に、(C)100℃での動粘度が60mm2/s以上であるポリブテン系合成油又はその水素化物を含む
【0019】
上記(A)成分は、飽和炭化水素が90質量%以上で、硫黄分が元素量で0.03質量%以下で、粘度指数が80以上で、100℃での動粘度が3〜35mm2/sの鉱油系潤滑油基油であり、API(米国石油学会)による基油分類に基づく分類でグループII及びグループIIIに分類されるものである。なお、本発明において、飽和炭化水素の含有量は、ASTM D−2007で測定された値を意味する。
【0020】
上記鉱油系潤滑油基油の製造方法については、特に制限はないが、一般的には、原油を常圧蒸留して得られる常圧残油を、脱硫、水素化分解し、設定された粘度グレードに分留、あるいはその残油を溶剤脱ろう、あるいは接触脱ろうし、必要であればさらに、溶剤抽出、水素化し基油としたものである。
【0021】
上記(A)成分には、また、近年は、常圧蒸留残油をさらに減圧蒸留し、必要な粘度グレードに分留した後、溶剤精製、水素化精製等のプロセスを経て、溶剤脱ろうして製造する基油製造過程において、脱ろう過程において副性する、石油系ワックスを、水素化異性化した石油系ワックス異性化潤滑油基油や、フィッシャー・トロプシュプロセス等により製造されるGTL WAX(ガストゥリキッドワックス)を異性化する手法で製造されるGTL系ワックス異性化潤滑油基油等も含まれる。この場合のワックス異性化潤滑油基油の製造方法は、基本的な製造過程は水素化分解基油の製造方法と同じである。
【0022】
上記(A)成分の鉱油系潤滑油基油の全芳香族分は、特に制限はないが、一実施態様では3質量%以下であり、他の実施態様では1質量%以下であり、更に他の実施態様では0.5質量%以下である。ここで、鉱油系潤滑油基油の全芳香族分が少ないほど、即ち、芳香族性が低いほど、スラッジの溶解性の問題が発生し易いことになる。なお、上記全芳香族分とは、ASTM D2549に準拠して測定した芳香族留分含有量を意味する。
【0023】
また、上記(A)成分である鉱油系潤滑油基油の硫黄分は、0.03質量%以下であり、一実施態様では0.01質量%以下であり、また、他の実施態様では、該鉱油系潤滑油基油は、実質的に硫黄を含有しない。ここで、硫黄分が少ないほど精製度が高いことを意味し、スラッジの溶解性の問題が発生し易いことになる。
【0024】
上記(A)成分である鉱油系潤滑油基油の100℃での動粘度は、3〜35mm2/sであり、好ましくは4mm2/s以上、特に好ましくは5mm2/s以上であり、また、好ましくは34mm2/s以下、特に好ましくは33mm2/s以下である。(A)成分の鉱油系潤滑油基油の100℃での動粘度が35mm2/sを超える場合は、低温粘度特性が悪化し、一方、その動粘度が3mm2/s未満の場合は、潤滑箇所での油膜形成が不十分であるため潤滑性に劣り、また潤滑油基油の蒸発損失が大きくなる。なお、本発明において、100℃での動粘度とは、ASTM D−445に規定される100℃での動粘度を指す。
【0025】
上記(A)成分である鉱油系潤滑油基油の粘度指数は、80以上であり、一実施態様では95以上であり、他の実施態様では105以上である。ここで、鉱油系潤滑油基油の粘度指数が高いほど、スラッジの溶解性の問題が発生し易いことになる。なお、本発明において、粘度指数は、JIS K2283−2000に準拠して測定された粘度指数を意味する。
【0026】
一方、上記(A)成分の鉱油系潤滑油基油の粘度指数の上限については特に制限はないが、ノルマルパラフィン、スラックワックスやGTLワックス等、あるいはこれらを異性化したイソパラフィン系鉱油のような粘度指数が125〜170程度のものも使用することができる。但し、低温流動性の点で、上記鉱油系潤滑油基油の粘度指数は160以下であることが好ましい。
【0027】
上述の(A)成分の鉱油系潤滑油基油の配合量は、基油全量基準で50質量%以上が好ましく、より好ましくは55質量%以上であり、より一層好ましくは60質量%以上であり、また、好ましくは95質量%以下であり、より好ましくは90質量%以下である。
【0028】
本発明のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物における基油は、(B)成分として、鉱油系潤滑油基油製造過程において、溶剤精製する際に副生するエキストラクト(B1)を基油全量基準で5〜90質量%、又は、飽和炭化水素が90質量%より少なく、硫黄分が元素量で0.03質量%を超え、100℃での動粘度が30mm2/s以上の鉱油系潤滑油基油(B2)を基油全量基準で20〜50質量%含有する。
【0029】
上記溶剤精製する際に副生するエキストラクトは、カラムクロマトグラフィによれば70〜99%の芳香族化合物を含有し、ASTM D2140に規定される組成分析法による芳香族炭化水素化合物(%C)を15〜50%含み、イギリス石油協会の規定によるIP346法に従ってDMSO(ジメチルスルホキシド)により抽出されるPCA(多環芳香族化合物)を5〜25質量%含有するものである。
【0030】
上記溶剤精製する際に副生するエキストラクトの製法は特に限定されないが、一つの例として、原油の減圧蒸留によって得られる潤滑油留分、減圧蒸留残油を脱れきした後、必要に応じて脱ろう処理や水素化精製処理し、芳香族炭化水素に親和性を有する溶剤で油を溶剤抽出処理することによって得られる油が用いられる。
【0031】
上記溶剤抽出処理とは、溶剤を用いて芳香族含有量の少ないラフィネートと芳香族含有量の多いエキストラクトに分離する操作をいい、溶剤としては、フルフラール、フェノール、クレゾール、スルフォラン、N−メチルピロリドン、ジメチルスルホキシド、フォルミルモルフォリン、グリコール系溶剤等が用いられる。
【0032】
しかしながら、近年、PCA(多環芳香族化合物)による発ガン性が重要視され、ヨーロッパでは、3質量%以上のPCAを含有する油などには有毒表示が義務づけられ、使用を規制する動きがある。従って、上記(B)成分としてのエキストラクト(B1)は、PCAの含有量が3質量%未満、即ち、イギリス石油協会の規定によるIP346法に従ってDMSO(ジメチルスルホキシド)により抽出されるPCA(多環芳香族化合物)の含有量が3質量%未満であることが好ましい。
【0033】
エキストラクト中のPCAの含有量は、溶剤抽出処理における分離能、用いた溶剤、原料油/溶剤比、反応温度などにより変化する。従って、これらの条件を適宜変えることによってPCA含有量を3質量%以下に制御することが可能である。また、エキストラクト(B1)のPCA含有量を3質量%以下に制御するために、水素化分解処理も好ましく用いられる。
【0034】
PCA含量が3質量%未満の(B)成分としてのエキストラクト(B1)について、その製造方法に制限はないが、以下のような製造方法を例示できる。
【0035】
特表平6−505524号公報は、減圧蒸留残留分を脱れき処理し、得られた油を脱ろう処理してPCA含量を3質量%未満に減少させたプロセス油を製造するプロセスを開示している。また、特表平7−501346号公報は、非発ガン性ブライトストック抽出物及びPCA含量の低い脱れき油並びにその生成プロセスを開示し、該公報には、真空蒸留カラム中の残渣の脱れきによって得られる油又は脱れき油の抽出処理によって芳香族化合物が減少した油あるいはその脱ろう処理によって得られる油が開示されている。
【0036】
また、特開平11−80751号公報には、溶剤抽出で、向流接触型の抽出塔を用い、特定の条件で抽出処理を行うことにより、石油系炭化水素混合物から、IP346試験法による多環芳香族化合物含有量1.6質量%未満の抽出残油を得、更に第2段階の溶剤抽出でIP346試験法による多環芳香族化合物含有量3質量%未満の石油系芳香族炭化水素油を抽出油として得る製造方法が開示されている。
【0037】
更に、特開2000−80208号公報には、原油の減圧蒸留による潤滑油留分と原油の減圧蒸留残渣の脱れきによる脱れき油とからなる群より選択される原料油を調製する原料調製工程と、該原料油を芳香族炭化水素に選択的親和性を有する溶剤で溶剤抽出する溶剤抽出工程とを有し、該溶剤抽出工程においてIP346法によって決定されるエキストラクトの多環芳香族化合物含量が3質量%未満でアニリン点が80℃以下となるように抽出条件を定めることを特徴とするゴムプロセス油の製造方法が開示されている。
【0038】
また、上記(B)成分としてのエキストラクト(B1)は、前述したようにPCAによる発ガン性が低いことが好ましいが、または、変異原性指数MIが1.0未満であることも好ましい。もちろんPCAが3質量%未満であり且つ変異原性指数MIが1.0未満であることがより好ましい。また、PCAが3質量%未満であり且つ変異原性指数MIが0.4未満であることが更に好ましい。
【0039】
上記変異原性指数MIは、ASTM−E−1687−10に規定する“Standard Test Method for Determining Carcinogenic Potential of Virgin Base Oils in Metalworking Fluids”に準拠して規定される変異原性指数MIである。
【0040】
変異原性指数MIが1.0未満である(B)成分としてのエキストラクト(B1)の製造法は特に限定されないが、例として、プロセス油が、特許第3624646号公報に開示されている。
【0041】
また、上記(B)成分としてのエキストラクト(B1)は、ベンゾ[a]ピレン(BaP)の含有量が1mg/kg以下であり、特定芳香族化合物(PAH)が10mg/kg以下であると発ガン性の懸念がなく、好ましい。ここで、該特定芳香族化合物(PAH)とは、下記1)〜8)の芳香族化合物(PAH)を意味する。
1)ベンゾ[a]ピレン(BaP)
2)ベンゾ[e]ピレン(BeP)
3)ベンゾ[a]アントラセン(BaA)
4)クリセン(CHR)
5)ベンゾ[b]フルオランテン(BbFA)
6)ベンゾ[j]フルオランテン(BjFA)
7)ベンゾ[k]フルオランテン(BkFA)
8)ジベンゾ[a,h]アントラセン(DBAhA)
なお、これらの特定芳香族化合物は、対象成分を分離・濃縮した後、内部標準物質を添加した試料を調製して、GC−MS分析により定量分析することができる。
【0042】
ベンゾ[a]ピレン(BaP)の含有量が1mg/kg以下であり、特定芳香族化合物(PAH)が10mg/kg以下のエキストラクトの製造方法について、その製造方法に制限はないが、例えば、特開2010−229314号公報には、ASTMD3238による%Cが25〜45であって、ベンゾ[a]ピレン(BaP)の含有量が1mg/kg以下であり、特定芳香族化合物(PAH)が10mg/kg以下のエキストラクトの製造方法が開示されている。
【0043】
また、上記(B)成分としてのエキストラクト(B1)は、そのベイプロトン濃度(%HBay)が0.35%未満であることが好ましい。ここで、ベイプロトンとは縮合ベンゼン環に囲まれた「Bay region」と呼ばれる部分の水素原子の割合を1H−NMRにて測定し、芳香族化合物の構造に伴う発がん性を判断するものである。測定方法はISO 21461「Rubber−Determination of the aromaticity of oil in vulcanized rubber compound」である。該ベイプロトン濃度が高いほど発がん性が高くなるといわれており、0.35%未満であることが好ましい。
【0044】
上記(B)成分としてのエキストラクト(B1)は、ベンゾ(a)ピレン(BaP)の含有量が1mg/kg以下で、特定芳香族化合物(PAH)が10mg/kg以下で、ベイプロトン濃度(%HBay)が0.35%未満で、且つ変異原性指数MIが1.0未満であることが特に好ましい。
【0045】
本発明において、上記(B)成分としてのエキストラクト(B1)は、100℃での動粘度が5〜100mm2/sであることが好ましい。100℃での動粘度が100mm2/sを超えると、作業性が低下する。一方、100℃での動粘度が5mm2/s未満では、十分な芳香族性を確保することが著しく困難になり、本願発明の効果を発揮できなくなるおそれがある。また、100℃での動粘度は、50mm2/s以下が好ましく、また、20mm2/s以上が好ましい。100℃での動粘度が50mm2/s以下の場合、高温清浄性が高い。また、100℃での動粘度が20mm2/s以上の場合も、高温清浄性が高い。
【0046】
また、上記(B)成分としてのエキストラクト(B1)は、%C(ASTM D2140)が15%未満の場合、溶解性が十分でない可能性がある。他方、エキストラクトの%C(ASTM D2140)が50%を超える場合、DMSO抽出分を3%未満にすることが著しく困難になり、精製工程の経済性が悪くなるため好ましくない。
【0047】
上記(B)成分としてのエキストラクト(B1)は、アニリン点が90℃以下であることが好ましい。エキストラクトのアニリン点が90℃を超えると、溶解性が低下するため好ましくない。
【0048】
また、上記(B)成分としてのエキストラクト(B1)のカラムクロマトグラフィによる芳香族分が60%未満の場合、溶解性が低下する恐れがある。他方、エキストラクトのカラムクロマトグラフィによる芳香族分が95%を超える場合、DMSO抽出分を3%未満にすることが著しく困難になり、精製工程の経済性が悪くなるため好ましくない。
【0049】
本発明の潤滑油組成物が上記(B)成分としてエキストラクト(B1)を含む場合、該エキストラクト(B1)の配合量は、基油全量基準で5質量%以上であり、好ましくは10質量%以上である。また、該エキストラクトの配合量は、基油全量基準で90質量%以下であり、好ましくは80質量%以下である。上記(B)成分としてのエキストラクトの配合量が5質量%未満であるとピストン清浄性が悪化し、一方、90質量%を超えると粘度指数が低下し、低温時の粘度の増加が大きくなるため好ましくない。
【0050】
一方、本発明の潤滑油組成物は、上記(B)成分として、飽和炭化水素が90質量%より少なく、硫黄分が元素量で0.03質量%を超え、100℃での動粘度が30mm2/s以上の鉱油系潤滑油基油(B2)を基油全量基準で20〜50質量%含んでもよい。
【0051】
上記(B)成分としての鉱油系潤滑油基油(B2)は、飽和炭化水素が90質量%より少なく、硫黄分が元素量で0.03質量%を超え、100℃での動粘度が30mm2/s以上であり、API(米国石油学会)による基油分類に基づく分類でグループIに分類されるものである。
【0052】
上記鉱油系潤滑油基油(B2)の製造方法については、特に制限はないが、一般的には、原油を常圧蒸留して得られる常圧蒸留残渣油を、さらに減圧蒸留し、必要とする粘度留分を取り出し、それを精製して製造される。
【0053】
上記鉱油系潤滑油基油(B2)の全芳香族分は、特に制限はないが、好ましくは30質量%以上であり、更に好ましくは35質量%以上であり、特に好ましくは40〜60質量%である。なお、該全芳香族分とは、ASTM D2549に準拠して測定した芳香族留分含有量を意味する。
【0054】
また、上記鉱油系潤滑油基油(B2)の硫黄分は、0.03質量%を超え、一実施態様では0.1質量%以上であり、他の一実施態様では0.2〜1質量%である。
【0055】
上記鉱油系潤滑油基油(B2)の100℃での動粘度は、30mm2/s以上であり、好ましくは30〜40mm2/s、特に好ましくは30〜35mm2/sである。鉱油系潤滑油基油(B2)の100℃での動粘度が30mm2/s未満の場合は、スラッジの溶解性が低下する。
【0056】
本発明の潤滑油組成物が上記(B)成分として鉱油系潤滑油基油(B2)を含む場合、該鉱油系潤滑油基油(B2)の配合量は、基油全量基準で20質量%以上であり、好ましくは25質量%以上であり、より好ましくは30質量%以上であり、また50質量%以下であり好ましくは45質量%以下である。
【0057】
本発明のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物における基油は、上記(B)成分として、上述のエキストラクト(B1)を基油全量基準で5〜90質量%含む場合、更に、(C)ポリブテン系合成油又はその水素化物を含むここで、該ポリブテン系合成油又はその水素化物としては、ポリブテンが特に好ましく、該ポリブテンは、炭素数4のオレフィンであるブテンの重合体である。
【0058】
上記(C)成分としてのポリブテン系合成油又はその水素化物とは、通常、ナフサの分解でエチレン、プロピレンを生産する際に生成するC4留分からブタジエンを抽出した残りの留分、即ち、ブタン−ブテン留分を、例えば塩化アルミニウムなどの触媒を用いてカチオン重合することにより得られる共重合物質又はこの共重合物質が有する二重結合を水素化して飽和化したものをいう。ここで、ブタン−ブテン留分とは、イソブタン、n−ブタン、イソブチレン、1−ブテン、trans−2−ブテン、cis−2−ブテンなどを含むものである。
【0059】
また、上記ポリブテン系合成油又はその水素化物の100℃での動粘度は、60mm2/s以上であり、100mm2/s以上好ましく、また、350mm2/s以下が好ましく、250mm2/s以下が更に好ましい。ポリブテン系合成油又はその水素化物の100℃での動粘度が60mm2/s以上の場合、基油の粘度が十分に上昇し、エンジンの潤滑性が充分となり、また、250mm2/s以下の場合、ピストン清浄性が良好となり、また、排気系のカーボン堆積量の増加を抑制できる。
【0060】
上記ポリブテン系合成油又はその水素化物としては、数平均分子量が500以上1500未満のものが好ましいが、数平均分子量500〜1000のものがより好ましく、数平均分子量500〜900のものが更に好ましい。ポリブテン系合成油又はその水素化物の数平均分子量が500以上の場合、基油の粘度が十分に上昇し、エンジンの潤滑性が充分となり、また、数平均分子量が1500未満の場合、ピストン清浄性が良好となり、また、排気系のカーボン堆積量の増加を抑制できる。
【0061】
本発明の潤滑油組成物が上記(C)成分のポリブテン系合成油又はその水素化物を含む場合、その配合量は、基油全量基準で5〜60質量%の範囲が好ましく、より好ましくは50質量%以下、より一層好ましくは40質量%以下、最も好ましくは30質量%以下である。上記(C)成分の配合量が5質量%以上であれば、潤滑油としての粘度を十分に確保することができ、また、60質量%以下であれば、粘度の高過ぎによる潤滑不良を防止できる。
【0062】
また、本発明の潤滑油組成物の基油には、上記(C)成分に該当する以外の合成油系基油を混合させることも可能である。かかる合成油系基油としては、具体的には、イソブテンのオリゴマー、あるいは1−オクテン、1−デセン、1−ドデセンのホモオリゴマー及び/又はコオリゴマー等に代表される炭素数8〜14のα−オレフィンのオリゴマーであるポリα−オレフィン又はその水素化物;ジトリデシルグルタレート、ジ−2−エチルヘキシルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート等のジエステル;トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールペラルゴネート等のポリオールエステル;マレイン酸ジブチル等のジカルボン酸類と炭素数2〜30のα−オレフィンとの共重合体;アルキルナフタレン、アルキルベンゼン、芳香族エステル等の芳香族系合成油又はこれらの混合物等が例示できる。これらの中でも、好ましい合成油系基油は、ポリα−オレフィン(PAO)と呼ばれる炭素数8〜14のα−オレフィンのオリゴマーである。
【0063】
本発明の潤滑油組成物の基油は、100℃での動粘度が5〜16mm2/sの範囲であり、好ましくは6mm2/s以上、より一層好ましくは7mm2/s以上、また、好ましくは15mm2/s以下、より一層好ましくは14mm2/s以下である。基油の100℃での動粘度が5mm2/s未満では、潤滑箇所での油膜形成が不十分であるため潤滑性に劣り、また基油の蒸発損失が大きくなる恐れがある。また、基油の100℃での動粘度が12mm2/sを超えると、低温時の流動性に問題が発生することが懸念される。
【0064】
本発明の潤滑油組成物の基油は、粘度指数が85以上であることが好ましく、90以上であることが更に好ましい。基油の粘度指数が85以上であると、高温での油膜保持性、および低温での粘性抵抗抑制が良好となる。
【0065】
また、本発明の潤滑油組成物において、基油に含まれるアルミナシリカクロマト分析による2環以上の芳香族分は2質量%以上であることが好ましく、3〜20質量%の範囲が更に好ましい。基油に含まれる2環以上の芳香族分が2質量%以上の場合、潤滑油組成物の高温清浄性が特に良好となる。
【0066】
本発明の潤滑油組成物の基油の蒸発損失量としては、NOACK蒸発量で、20質量%以下であることが好ましく、16質量%以下であることが更に好ましく、10質量%以下であることが特に好ましい。基油のNOACK蒸発量が20質量%を超える場合、潤滑油組成物の蒸発損失が大きく、粘度増加等の原因となるため好ましくない。なお、ここでいうNOACK蒸発量とは、ASTM D5800に準拠して測定される基油の蒸発量を測定したものである。
【0067】
本発明のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物は、必須成分として、(D)金属系清浄剤(以下(D)成分ということがある)を含有する。
【0068】
上記(D)成分の金属系清浄剤としては、潤滑油用に通常用いられる任意の化合物が使用可能であり、例えば、スルホネート系清浄剤、フェネート系清浄剤、サリチレート系清浄剤、ナフテネート系清浄剤が挙げられる。使用に際しては、これら金属系清浄剤を単独あるいは2種以上組み合わせて用いることができる。
【0069】
上記スルホネート系清浄剤としては、例えば、重量平均分子量400〜1500、好ましくは700〜1300のアルキル芳香族化合物をスルフォン化することによって得られるアルキル芳香族スルフォン酸の、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩又はその(過)塩基性塩を用いることができる。アルカリ金属又はアルカリ土類金属としては、例えば、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、バリウム、カルシウムが挙げられ、マグネシウム又はカルシウムが好ましく、カルシウムが特に好ましい。アルキル芳香族スルフォン酸としては、例えば、いわゆる石油スルフォン酸や合成スルフォン酸が挙げられる。ここでいう石油スルフォン酸としては、一般に鉱油の潤滑油留分のアルキル芳香族化合物をスルフォン化したものやホワイトオイル製造時に副生する、いわゆるマホガニー酸等が挙げられる。また、合成スルフォン酸としては、例えば、洗剤の原料となるアルキルベンゼン製造プラントから副生したり、ポリオレフィンをベンゼンにアルキル化することにより得られる、直鎖状や分枝状のアルキル基を有するアルキルベンゼンをスルフォン化したもの、あるいはジノニルナフタレン等のアルキルナフタレンをスルフォン化したものが用いられる。また、これらアルキル芳香族化合物をスルフォン化する際のスルフォン化剤としては特に制限はないが、通常、発煙硫酸や無水硫酸が用いられる。
【0070】
上記フェネート系清浄剤としては、下記式(1)に示される構造を有する、アルキルフェノールサルファイドのアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩又はその(過)塩基性塩を用いることができる。アルカリ金属又はアルカリ土類金属としては、例えば、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、バリウム、カルシウムが挙げられ、マグネシウム又はカルシウムが好ましく、カルシウムが特に好ましい。
【化1】
【0071】
式(1)中、R1は炭素数6〜21の直鎖または分枝、飽和または不飽和のアルキル基又はアルケニル基を示し、mは重合度であって1〜10の整数、Sは硫黄元素、xは1〜3の整数を示す。
【0072】
式(1)におけるアルキル基及びアルケニル基の炭素数は、好ましくは9〜18、より好ましくは9〜15である。炭素数が6未満では基油に対する溶解性に劣るおそれがあり、一方、炭素数が21を超える場合は製造が困難で、また耐熱性に劣るおそれがある。
【0073】
フェネート系金属清浄剤の中では、式(1)に示される重合度mが4以上、特にはmが4〜5のアルキルフェノールサルファイド金属塩を含有するものが、耐熱性が優れるため好ましい。
【0074】
上記サリチレート系清浄剤としては、例えば、炭素数1〜19の炭化水素基を1つ有するアルカリ金属、アルカリ土類金属サリチレート又はその(過)塩基性塩、炭素数20〜40の炭化水素基を1つ有するアルカリ金属、アルカリ土類金属サリチレート又はその(過)塩基性塩、炭素数1〜40の炭化水素基を2つ又はそれ以上有するアルカリ金属、アルカリ土類金属サリチレート又はその(過)塩基性塩が挙げられる。これら炭化水素基は同一でも異なっていても良い。これらの中では、低温流動性に優れる点で、炭素数8〜19の炭化水素基を1つ有するアルカリ金属、アルカリ土類金属サリチレート又はその(過)塩基性塩を用いることが望ましい。また、アルカリ金属又はアルカリ土類金属としては、例えば、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、バリウム、カルシウムが挙げられ、マグネシウム及び/又はカルシウムが好ましく、カルシウムが特に好ましく用いられる。
【0075】
上記(D)成分の塩基価は、50〜500mgKOH/gの範囲が好ましく、100〜450mgKOH/gの範囲がより好ましく、120〜400mgKOH/gの範囲が更に好ましい。塩基価が50mgKOH/g未満の場合は、腐食摩耗が増大するおそれがあり、一方、500mgKOH/gを超える場合は、溶解性に問題を生ずるおそれがある。
【0076】
上記(D)成分の金属比は特に制限はないが、下限が好ましくは1以上、より好ましくは2以上、特に好ましくは2.5以上、上限が好ましくは20以下、より好ましくは19以下、特に好ましくは18以下のものを使用することが望ましい。なお、ここでいう金属比とは、(D)成分における金属元素の価数×金属元素含有量(モル%)/せっけん基含有量(モル%)で表される。また、金属元素とは、カルシウム、マグネシウム等、せっけん基とはスルホン酸基、フェノール基、サリチル酸基等を意味する。
【0077】
本発明の潤滑油組成物において、上記(D)成分は単独で用いることもできるが、2種以上を併用することが好ましい。併用する場合、特に、(1)過塩基性Caフェネート/過塩基性Caスルホネート、(2)過塩基性Caフェネート/過塩基性Caサリシレート、(3)過塩基性Caフェネート/過塩基性Caスルホネート/過塩基性Caサリシレート、のいずれかの組み合わせが好ましい。
【0078】
(1)過塩基性Caフェネート/過塩基性Caスルホネートあるいは(2)過塩基性Caフェネート/過塩基性Caサリシレートの好ましい比率は、添加剤配合の重量比率で0.1以上であり、0.2以上がさらに好ましく、0.3以上が最も好ましい。該比率が0.1未満では耐熱性が劣るためである。また、該比率は、9以下が好ましく、7以下がさらに好ましく、5以下が最も好ましい。該比率が9を超えるとTGA焼成試験における高さが十分でなく、ピストントップランドの堆積物が十分に減少しないためである。
【0079】
(3)過塩基性Caフェネート/過塩基性Caスルホネート/過塩基性Caサリシレートの場合は、過塩基性Caフェネートに対する過塩基性Caスルホネートと過塩基性Caサリシレートとの合計が上記比率であることが好ましい。この場合、過塩基性Caスルホネート/過塩基性Caサリシレートの配合量の重量比率に制限はないが、0.1以上が好ましく、0.2以上がさらに好ましく、0.3以上が最も好ましい。該重量比率が0.1未満では300℃をはるかに超える状態ではデポジットが逆に増える可能性があるためである。また、該重量比率は、9以下が好ましく、7以下がさらに好ましく、5以下が最も好ましい。該重量比率が9を超えると清浄性が低下する。
【0080】
本発明の潤滑油組成物において、上記(D)成分の含有割合は、組成物全量基準で、好ましくは3〜30質量%、より好ましくは6〜25質量%、特に好ましくは8〜20質量%である。(D)成分の含有割合が3質量%未満の場合は、必要とする清浄性および酸中和性が得られないおそれがあり、一方、30質量%を超える場合は、過剰な金属成分がピストンに堆積するおそれがある。
【0081】
本発明の潤滑油組成物において、上記(D)成分に基づく金属分の含有割合は、組成物全量基準で、好ましくは0.35〜3.6質量%、より好ましくは1.0〜2.9質量%、特に好ましくは1.4〜2.7質量%である。(D)成分に基づく金属分の含有割合が0.7質量%未満の場合は、必要とする清浄性および酸中和性が得られないおそれがあり、一方、3.6質量%を超える場合は、ピストントップランドに過剰の灰分が堆積してライナーのボアポリッシングやスカッフィングが発生するおそれがある。
【0082】
また、本発明のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物は、必須成分として(E)無灰分散剤(以下(E)成分ということがある)を含有する。
【0083】
上記(E)成分としては、潤滑油に用いられる任意の無灰分散剤が使用でき、例えば、炭素数40〜400、好ましくは60〜350の直鎖若しくは分枝状のアルキル基又はアルケニル基を分子中に少なくとも1個有する含窒素化合物又はその誘導体、マンニッヒ系分散剤、あるいはアルケニルコハク酸イミドの変性品が挙げられる。使用に際してはこれらの中から任意に選ばれる1種類あるいは2種類以上を配合することができる。
【0084】
前記含窒素化合物又はその誘導体のアルキル基又はアルケニル基の炭素数が40未満の場合、潤滑油基油に対する溶解性が低下するおそれがあり、一方、400を超える場合は、本発明の潤滑油組成物の低温流動性が悪化するおそれがある。このアルキル基又はアルケニル基は、直鎖状でも分枝状でもよく、好ましくは、例えば、プロピレン、1−ブテン、イソブチレン等のオレフィンのオリゴマーや、エチレンとプロピレンとのコオリゴマーから誘導される分枝状アルキル基や分枝状アルケニル基が挙げられる。
【0085】
上記(E)成分としては、例えば、以下の(E−1)成分〜(E−3)成分から選択される1種又は2種以上の化合物が挙げられる。
(E−1)炭素数40〜400のアルキル基又はアルケニル基を分子中に少なくとも1個有するコハク酸イミド、あるいはその誘導体、
(E−2)炭素数40〜400のアルキル基又はアルケニル基を分子中に少なくとも1個有するベンジルアミン、あるいはその誘導体、
(E−3)炭素数40〜400のアルキル基又はアルケニル基を分子中に少なくとも1個有するポリアミン、あるいはその誘導体。
【0086】
上記(E−1)成分としては、下記式(2)又は(3)で示される化合物が例示できる。
【化2】
【0087】
式(2)中、R2は炭素数40〜400、好ましくは60〜350のアルキル基又はアルケニル基を示し、hは1〜5、好ましくは2〜4の整数を示す。
【0088】
一方、式(3)中、R3及びR4は、それぞれ個別に炭素数40〜400、好ましくは60〜350のアルキル基又はアルケニル基を示し、特に好ましくはポリブテニル基である。また、iは0〜4、好ましくは1〜3の整数を示す。
【0089】
上記(E−1)成分には、ポリアミンの一端に無水コハク酸が付加した式(2)で表される、いわゆるモノタイプのコハク酸イミドと、ポリアミンの両端に無水コハク酸が付加した式(3)で表される、いわゆるビスタイプのコハク酸イミドとが含まれるが、本発明の組成物には、それらのいずれも、あるいはこれらの混合物が含まれていてもよい。
【0090】
上記(E−1)成分であるコハク酸イミドの製法は特に制限はなく、例えば、炭素数40〜400のアルキル基又はアルケニル基を有する化合物を、無水マレイン酸と100〜200℃で反応させて得たアルキルコハク酸又はアルケニルコハク酸をポリアミンと反応させることにより得られる。ここで、ポリアミンとしては、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、ペンタエチレンヘキサミンが例示できる。
【0091】
上記(E−2)成分としては、下記式(4)で表される化合物が例示できる。
【化3】
【0092】
式(4)中、R5は炭素数40〜400、好ましくは60〜350のアルキル基又はアルケニル基を示し、jは1〜5、好ましくは2〜4の整数を示す。
【0093】
上記(E−2)成分であるベンジルアミンの製法は特に制限はなく、例えば、プロピレンオリゴマー、ポリブテン、又はエチレン−α−オレフィン共重合体等のポリオレフィンを、フェノールと反応させてアルキルフェノールとした後、これにホルムアルデヒドと、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、又はペンタエチレンヘキサミン等のポリアミンとをマンニッヒ反応により反応させる方法が挙げられる。
【0094】
上記(E−3)成分としては、下記式(5)で表される化合物が例示できる。
6−NH−(CH2CH2NH)k−H ・・・(5)
【0095】
式(5)中、R6は炭素数40〜400、好ましくは60〜350のアルキル基又はアルケニル基を示し、kは1〜5、好ましくは2〜4の整数を示す。
【0096】
上記(E−3)成分であるポリアミンの製法は特に制限はなく、例えば、プロピレンオリゴマー、ポリブテン、又はエチレン−α−オレフィン共重合体等のポリオレフィンを塩素化した後、これにアンモニアやエチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、又はペンタエチレンヘキサミン等のポリアミンを反応させる方法が挙げられる。
【0097】
(E)成分として例示した含窒素化合物の誘導体としては、例えば、前述の含窒素化合物に炭素数1〜30の、脂肪酸等のモノカルボン酸や、シュウ酸、フタル酸、トリメリット酸、ピロメリット酸等の炭素数2〜30のポリカルボン酸若しくはこれらの無水物、又はエステル化合物、炭素数2〜6のアルキレンオキサイド、ヒドロキシ(ポリ)オキシアルキレンカーボネートを作用させて、残存するアミノ基及び/又はイミノ基の一部又は全部を中和したり、アミド化した、いわゆる含酸素有機化合物による変性化合物;前述の含窒素化合物にホウ酸を作用させて、残存するアミノ基及び/又はイミノ基の一部又は全部を中和したり、アミド化した、いわゆるホウ素変性化合物;前述の含窒素化合物にリン酸を作用させて、残存するアミノ基及び/又はイミノ基の一部又は全部を中和したり、アミド化した、いわゆるリン酸変性化合物;前述の含窒素化合物に硫黄化合物を作用させた硫黄変性化合物;及び前述の含窒素化合物に含酸素有機化合物による変性、ホウ素変性、リン酸変性、硫黄変性から選ばれた2種以上の変性を組み合わせた変性化合物が挙げられる。これらの誘導体の中でもアルケニルコハク酸イミドのホウ酸変性化合物、特にビスタイプのアルケニルコハク酸イミドのホウ酸変性化合物は、上述の(A)成分と併用することで耐熱性を更に向上させることができる。
【0098】
本発明の潤滑油組成物において、上記(E)成分の含有割合は、組成物全量基準で、好ましくは0.1〜3.0質量%、より好ましくは0.2〜2.5質量%、特に好ましくは0.3〜2.0質量%である。また、該(E)成分の含有割合は、組成物全量基準で、窒素量として、通常0.005〜0.4質量%、好ましくは0.01〜0.2質量%、さらに好ましくは0.01〜0.1質量%、特に好ましくは0.02〜0.05質量%である。また、(E)成分として、ホウ素含有無灰分散剤を使用する場合、そのホウ素含有量と窒素含有量との質量比(B/N比)は特に制限はないが、好ましくは0.5〜1、より好ましくは0.7〜0.9である。B/N比が高いほど摩耗防止性、耐焼付き性を向上させ易いが、1を超える場合は、安定性に懸念がある。また、ホウ素含有無灰分散剤を使用する場合、その含有割合は特に制限はないが、組成物全量基準で、ホウ素量として、好ましくは0.001〜0.1質量%、より好ましくは0.005〜0.05質量%、特に好ましくは0.01〜0.04質量%である。
【0099】
本発明の潤滑油組成物において(E)成分は、ホウ素含有量が好ましくは0.5質量%以上、より好ましくは1.0質量%以上、さらに好ましくは1.5質量%以上、特に好ましくは1.8質量%のホウ素含有無灰分散剤、特には、ビスタイプのホウ素含有コハク酸イミド系無灰分散剤を含有させることが最も望ましい。なお、ここでいうホウ素含有量が0.5質量%以上のホウ素含有無灰分散剤は、10〜90質量%、好ましくは30〜70質量%の、例えば、鉱油、合成油等の希釈油を含んでいてもよく、そのホウ素含有量は、通常、希釈油を含んだ状態でのホウ素含有量を意味する。
【0100】
本発明の潤滑油組成物における(E)成分の無灰分散剤の数平均分子量(Mn)は、2500以上であることが好ましく、より好ましくは3000以上、さらに好ましくは4000以上、最も好ましくは5000以上であるが、10000以下であることが好ましい。無灰分散剤の数平均分子量が2500未満では、分散性が十分でない可能性がある。逆に、無灰分散剤の数平均分子量が10000を超えると、粘度が高すぎ、流動性が不十分となり、デポジット増加の原因となる。
【0101】
なお、本発明において、(E)成分の無灰分散剤の配合量及び有効濃度は、無灰分散剤の数平均分子量(Mn)と配合量と有効濃度の積が9000以上となることが好ましく、(E)成分の無灰分散剤の有効濃度(最初に試料として採取したサンプル量に対するゴム膜内に残った質量の比)は、0.30〜0.70の範囲が好ましく、(E)成分の無灰分散剤の組成物中の濃度(配合量と有効濃度の積)は、潤滑油組成物全量基準で0.9〜14質量%の範囲が好ましい。
【0102】
本発明の潤滑油組成物は、その他の成分として硫黄系極圧剤を含有することが好ましい。該硫黄系極圧剤としては、例えば、ジヒドロカルビルポリサルファイド、硫化脂肪酸、硫化オレフィン、硫化エステル、硫化油脂、硫化鉱油、チアゾール化合物、チアジアゾール化合物、アルキルチオカーバメート化合物が好ましく挙げられる。
【0103】
また、本発明の潤滑油組成物は、有機モリブデン化合物を含有することが好ましい。該有機モリブデン化合物としては、例えば、モリブデンジチオホスフェート、モリブデンジチオカーバメート(MoDTC)等の硫黄を含有する有機モリブデン化合物;モリブデン化合物(例えば、二酸化モリブデン、三酸化モリブデン等の酸化モリブデン;オルトモリブデン酸、パラモリブデン酸、(ポリ)硫化モリブデン酸等のモリブデン酸;これらモリブデン酸の金属塩、アンモニウム塩等のモリブデン酸塩;二硫化モリブデン、三硫化モリブデン、五硫化モリブデン、ポリ硫化モリブデン等の硫化モリブデン;硫化モリブデン酸、硫化モリブデン酸の金属塩またはアミン塩、塩化モリブデン等のハロゲン化モリブデン)と、硫黄含有有機化合物[例えば、アルキル(チオ)キサンテート、チアジアゾール、メルカプトチアジアゾール、チオカーボネート、テトラハイドロカルビルチウラムジスルフィド、ビス(ジ(チオ)ハイドロカルビルジチオホスホネート)ジスルフィド、有機(ポリ)サルファイド、硫化エステル]あるいはその他の有機化合物との錯体;あるいは、上記硫化モリブデン、硫化モリブデン酸等の硫黄含有モリブデン化合物と、アルケニルコハク酸イミドとの錯体を挙げることができる。
【0104】
さらに、本発明の潤滑油組成物は、摩耗防止剤として、ジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)を含有することが好ましい。該ジチオリン酸亜鉛としては、例えば、ジプロピルジチオリン酸亜鉛、ジブチルジチオリン酸亜鉛、ジペンチルジチオリン酸亜鉛、ジヘキシルジチオリン酸亜鉛、ジヘプチルジチオリン酸亜鉛、又はジオクチルジチオリン酸亜鉛等の炭素数3〜18、好ましくは炭素数3〜10の直鎖状若しくは分枝状(第1級、第2級又は第3級、好ましくは第1級又は第2級)アルキル基を有するジアルキルジチオリン酸亜鉛;ジフェニルジチオリン酸亜鉛、又はジトリルジチオリン酸亜鉛等の炭素数6〜18、好ましくは炭素数6〜10のアリール基若しくはアルキルアリール基を有するジ((アルキル)アリール)ジチオリン酸亜鉛、又はこれら2種以上の混合物が挙げられる。
【0105】
本発明の潤滑油組成物は、上記構成成分に加え、その性能を更に向上させるため又は他に要求される性能を付加するために、その目的に応じて潤滑油に一般的に使用されている任意の添加剤をさらに含有させることができる。このような添加剤としては、例えば、酸化防止剤、無灰摩擦調整剤、腐食防止剤、防錆剤、抗乳化剤、金属不活性化剤、消泡剤、又は着色剤が挙げられる。
【0106】
上記酸化防止剤としては、例えば、フェノール系、アミン系等の無灰酸化防止剤;亜鉛系、銅系、モリブデン系等の金属系酸化防止剤が挙げられる。これらを含有させる場合の割合は、組成物全量基準で、通常0.1〜5質量%である。
【0107】
上記無灰摩擦調整剤としては、例えば、脂肪酸エステル系、脂肪族アミン系、脂肪酸アミド系が挙げられる。これらを含有させる場合の割合は、組成物全量基準で、通常0.1〜5質量%である。
【0108】
上記腐食防止剤としては、例えば、ベンゾトリアゾール系、トリルトリアゾール系、チアジアゾール系、又はイミダゾール系化合物が挙げられる。
【0109】
上記防錆剤としては、例えば、石油スルホネート、アルキルベンゼンスルホネート、ジノニルナフタレンスルホネート、アルケニルコハク酸エステル、又は多価アルコールエステルが挙げられる。
【0110】
上記抗乳化剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、又はポリオキシエチレンアルキルナフチルエーテル等のポリアルキレングリコール系非イオン系界面活性剤が挙げられる。
【0111】
上記金属不活性化剤としては、例えば、イミダゾリン、ピリミジン誘導体、アルキルチアジアゾール、メルカプトベンゾチアゾール、ベンゾトリアゾール又はその誘導体、1,3,4−チアジアゾールポリスルフィド、1,3,4−チアジアゾリル−2,5−ビスジアルキルジチオカーバメート、2−(アルキルジチオ)ベンゾイミダゾール、又はβ−(o−カルボキシベンジルチオ)プロピオンニトリルが挙げられる。
【0112】
上記消泡剤としては、例えば、25℃における動粘度が0.1〜100mm2/s未満のシリコーンオイル、アルケニルコハク酸誘導体等が挙げられる。
【0113】
これらの添加剤を本発明の潤滑油組成物に含有させる場合には、その含有量は組成物全量基準で、通常0.005〜5質量%、消泡剤では通常0.0005〜1質量%の範囲から選ばれる。
【0114】
本発明のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物は、100℃での動粘度が5.6〜16.3mm2/sであることが好ましく、7〜15mm2/sであることが更に好ましい。潤滑油組成物の100℃での動粘度が5.6mm2/s以上であれば、油膜形成能が十分で、スカッフィングの発生や過大な摩耗の発生を抑制でき、また、16.3mm2/s以下であれば、ピストンライナー間での拡がり性が良好で充分な潤滑性能を保持できる。
【0115】
本発明のトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油組成物は、塩基価が9〜55mgKOH/g(過塩素酸法)であることが好ましく、更に好ましくは10〜50mgKOH/g、より一層好ましくは11〜45mgKOH/gである。潤滑油組成物の塩基価が9mgKOH/g未満では、酸中和性が不足し、ピストン清浄性が不足する。また、潤滑油組成物の塩基価が55mgKOH/gを超えると、過剰の塩基価、すなわち金属炭酸塩がデポジットを形成し摩耗やピストンリング膠着を引き起こすこととなる。なお、本発明において、塩基価は、JIS K2501「石油製品及び潤滑油−中和価試験法」の7.に準拠して測定される過塩素酸法による塩基価を意味する。
【実施例】
【0116】
以下、本発明の内容を実施例及び比較例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【0117】
(実施例5,6,9,10、参考例1〜4,7,8、比較例1〜4)
表1に示す配合処方の潤滑油組成物を調製し、JPI−5S−55−99に準拠して、ホットチューブ試験を実施した。結果を表1に示す。なお、表1中、基油の量は、基油全量基準での含有量であり、一方、添加剤の量は、組成物全量基準での含有量である。
【0118】
<ホットチューブ試験>
各試験油90質量%とC重油10質量%との混合油を用いて、JPI−5S−55−99に準拠して、300℃でホットチューブ試験を実施し、試験後のテストチューブ変色部の色相の濃さの評点[0点(黒色)から10点(透明=最良)の間]で評価した。評点が高いほど、高温清浄性に優れることを示す。
【0119】
【表1】
【0120】
鉱油系基油1:グループII基油、40℃での動粘度=31.0mm2/s、100℃での動粘度=5.6mm2/s、粘度指数=119、%C=0、%C=27.1、%C=72.9、窒素分=3ppm未満、硫黄分=0.01質量%、飽和炭化水素=98.8質量%
鉱油系基油2:グループII基油、40℃での動粘度=93.9mm2/s、100℃での動粘度=10.7mm2/s、粘度指数=97、%C=0、%C=33.9、%C=66.1、窒素分=3ppm未満、硫黄分=0.01質量%、飽和炭化水素=98.9質量%
鉱油系基油3:グループII基油、40℃での動粘度=387.3mm2/s、100℃での動粘度=29.4mm2/s、粘度指数=105、%C=0、%C=28.8、%C=71.2、窒素分=100ppm未満、硫黄分=4質量ppm、飽和炭化水素=99.1質量%
鉱油系基油4:グループI基油、40℃での動粘度=476.1mm2/s、100℃での動粘度=31.4mm2/s、粘度指数=96、%C=8、%C=23.3、%C=68.6、窒素分=54ppm、硫黄分=0.44質量%、飽和炭化水素=47.1質量%
【0121】
ポリブテン、40℃での動粘度=3,450mm2/s、100℃での動粘度=110mm2/s、粘度指数=98、数平均分子量=800
【0122】
エキストラクト1:TDAE、40℃での動粘度=1,185mm2/s、100℃での動粘度=34.1mm2/s、粘度指数=14、%C=29.5、%C=16.3、%C=54.2、窒素分=870ppm、硫黄分=3.8質量%、DMSO抽出PCA量=2.8質量%
エキストラクト2:RAE、40℃での動粘度=3,739mm2/s、100℃での動粘度=70.5mm2/s、粘度指数=36、%C=33.8、%C=7.2、%C=59.0、窒素分=1,500ppm、硫黄分=3.7質量%、ベンゾ[a]ピレン含有量=0.5mg/kg未満、PAH8種{*(1)ベンゾ[a]アントラセン、(2)ベンゾ[b]フルオランテン、(3)ベンゾ[j]フルオランテン、(4)ベンゾ[k]フルオランテン、(5)ベンゾ[a]ピレン、(6)ジベンゾ[a,h]アントラセン、(7)トリフェニレン、(8)クリセン}=1.6mg/kg未満、MI値=0.4未満
【0123】
Caサリシレート:230mgKOH/g
Caフェネート:250mgKOH/g
分散剤:ホウ素化アルケニルコハク酸イミド、ホウ素含有量=0.5質量%
酸化防止剤:亜鉛系酸化防止剤
【0124】
参考例1〜4と比較例1の結果から、グループIIタイプの鉱油系基油からなる試験油(比較例1)に対し、さらにエキストラクトを組み合わせて芳香族分を添加した試験油(参考例1〜4)は、優れた高温清浄性を示すこと分かる。
【0125】
実施例5〜6と比較例2の結果から、グループIIタイプの鉱油系基油に、グループIタイプの鉱油系基油を基油全量基準で20質量%以上配合することで、優れた高温清浄性が発現すること分かる。
【0126】
また、参考例7,8と、実施例9,10の結果から、グループIIタイプの鉱油系基油にエキストラクトを組み合わせ、更にポリブテンを組み合わせることで、組成物の高温清浄性が向上することが分かる。
【0127】
以上の結果から、グループII及び/又はグループIIIタイプの鉱油系基油にエキストラクト又はグループIタイプの鉱油系基油を組み合わせることにより、適切な粘度を確保しつつ、適度な芳香族成分含有量をもたせ、優れた高温清浄性を有するトランクピストン型ディーゼル機関用潤滑油を提供できることが分かる。