(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
演奏用譜面であり、パートあるいは声部ごとに音楽の時間の流れを表現する時間軸を配置し、該時間軸上に、基準としたい音価の間隔でビートを表現する図形を基準ビートマークとして配置し、
該基準ビートマーク間を均等に分割する位置に、該基準ビートマークと視覚的に区別ができる別態様の図形で補助ビートマークを配置し、小節の先頭にあたる該基準ビートマークを視覚的に強調した態様にするとともに、その背後に該時間軸と直交する線分を配置することで構成したビートチャートを背景として、音の高さを示す音高指示記号を該時間軸で各音符が奏される位置に表示し、音を停止する位置に休符記号を配置し、該音高指示記号の音高情報が、曲の調号に対応した長音階の各音に付けた番号、および、上下の半音変化を示すシャープ(♯)またはフラット(♭)の付加によって表現されていることを特徴とする演奏用譜面。
【背景技術】
【0002】
音楽学習者にとっての大きな難関は読譜力である。譜面で重要な情報は、音符の音の高さ(音高)と音の長さ(音価)であり、その2つの要素を同時に読み取って曲として構成しなければならない。従来から譜面を読みこなすためには、音高情報についても音価情報ついても、相当な訓練が必要とされている。とくに、初見の譜面を見て楽器を演奏することは、たとえゆったりしたテンポで弾くにしても至難の業だと思われている。そのため、例えばピアノ学習では、譜面の情報をすべて指の動きに置き換えて記憶するという「指に覚えこませる」練習方法に偏りがちであり、そうなると、さらに読譜能力を習得しにくくなるという悪循環に陥ってしまう。
そうした読譜の困難性の原因を明らかにするために、音高情報と音価情報のそれぞれで従来の譜面のあり方を考察する。
【0003】
まず、音高情報について見ると、従来の譜面である五線譜は、旋律の形や音符の重なり具合などわかりやすく視覚的に表されている。しかし、実際の楽音や楽器での演奏位置が直接的に想起できるようになるためには、長年の練習が必要となっている。なぜなら譜面上での音符のあり方をすべて記憶するには、五線上の音符位置だけでなく、臨時記号の有無、音部記号の判断、加線の解釈などパターンが膨大になるからである。また、異名同音による混乱なども関わってくる。
【0004】
しかし、これは「長年の練習によって音符のあり方を記憶していこう」という考え方からくるものであり、五線譜の成り立ちに立ち戻ると別のアプローチも可能となる。
【0005】
五線譜は、長音階を複数の平行する水平線の線上、線間に音符をプロットしたグラフであり、音部記号が音域、調号が長音階の種類を指定する。例えば、ニ長調(D Major)では英語音名でD、E、F♯、G、A、B、C♯の長音階が五線譜の線上か線間にプロットされ、このとき長音階の音名でわかるように調号のシャープ(♯)は2個である。また、同じ調号を持つロ短調(B Minor)は、ニ長調と同じ音階の開始音(Keynote)の位置を音名Bに変えただけのもので、グラフとしての五線譜は同じである。つまり、五線譜は調号で指定された長音階を目盛にしたグラフである。
【0006】
長音階は西洋音楽の中心的な音階であり、全音、全音、半音、全音、全音、全音、半音の音程関係の7音で構成される。長音階の開始音(Keynote)としては、オクターブ内の12音のどれでもよいので、音の組み合わせとしては長音階は12種類ある。これが調であり、全調と言う場合12種類すべての調を意味する。
【0007】
ただし、調の名前としてはピアノの黒鍵のシャープ(♯)とフラット(♭)の2通りの音名になるように(C♯とD♭は同音)、異名同音の調が出てくる。例えば、調号の♯が7個のC♯メジャーと、調号の♭が7個のD♭メジャーの長音階は、ピアノの鍵盤上では同じ鍵の組み合わせである。
【0008】
五線譜を長音階を目盛としたグラフとして見る場合、調号の形態の種類で分類できる。調号の♯や♭の数は、最大で長音階を構成する7個の音符と同数となるので、♯も♭も0個の調号、♯が1個から7個の調号、♭が1個から7個の調号の15種類のグラフとなる。
【0009】
つまり、15種類の調号で表された五線譜というグラフは、12種類の長音階のどれかに対応しており、それを意識することで五線譜を読む能力が養われる。例えば、初見の譜面を歌唱するソルフェージュでは、五線譜が調号で示す長音階を意識し、その音の組み合わせを想起することで音符を楽音として表現できる。これが相対音感であり、訓練によって誰でも習得していける能力である。
【0010】
ちなみに、絶対音感は五線譜の音符を音名で意識した時点で音高を想起できる能力であり、この場合、五線譜が調号で示す長音階を意識しなくても譜面を読むことができる。しかし、基本的に絶対音感は幼児期に音高の記憶を脳に固定させる特別な教育(刺激と反応の反復)が必要である。そもそも絶対音感は、音楽の商業的な拡大に伴って国際的に取り決められた基準ピッチを基に人工的に作られた感覚であり、音楽的な表現には相対音感が必要であることに変わりはない。
【0011】
また、譜面を楽器で演奏するときには、五線譜が調号で示す長音階を、楽器上のその長音階の演奏位置に対応させることができれば、譜面上の音符の動きを図式的に処理していくことができる。この場合、とくに音感には関係なく、五線譜のグラフから楽器の長音階パターンへの投影が機械的にできればよい。
【0012】
次に譜面の音価情報について考察すると、従来の譜面においては、音符の音の長さである音価は、それぞれの相対的な長さが記号化され音符に付与される。この方式の利点は、長い音価であっても記述するスペースが1個分の音符だけで済み、譜面の時間軸の方向、つまり水平方向を縮めて表示できるという点である。また、音価を示す音符の「符尾(はた)」を連結することでリズムのまとまりを示すこともできる。つまり、楽曲の流れ全体を視覚的に捉えるのに有利である。
【0013】
しかし、音価が記号化されることで、演奏に際しては音楽的な時間に乗ったタイミングを習得するのに時間がかかる。たとえば8分音符、4分音符、8分音符の3個の音符が並んでいるとき、初心者などはそれぞれの音の長さを想起しながら連続して演奏するのに困難を感じることが多い。そのため、お手本としての演奏を耳で聞いておくといったことが必要となる。
【0014】
中級者以上になってくると、長年の練習によってさまざまなリズム・パターンを記憶することで個々の音符の長さにこだわらず読むことができるようになる。しかし、この段階でもあらかじめ頭の中でメロディを組み立てる必要があるので、初見の譜面をすぐに演奏する能力はなかなか習得できない。
【0015】
初見の譜面をすぐに演奏するには、譜面に書かれている音符だけでなく、背後にある基準となるビート(拍)を自分で意識し、それを譜面処理のステップとして参照しながら発音タイミングを正確にリアルタイムで判断する能力が必要となるからである。しかし、それには適切な訓練や合奏での経験などが必要であり、「指が覚えればよい」という考えではなかなか習得できないスキルとなっている。
【0016】
以上のような従来の譜面が持つ読譜の困難性を補う、あるいは回避する手段として、これまでどのような工夫が創案されたかを見ていく。
【0017】
従来の譜面では学びにくい音階の相対的な音程関係を、鍵盤楽器用に学習するためのツールは以前からさまざまなものが考案されている。例えば特許文献1の発明では、ピアノの鍵盤の奥側に立ててセットする指示装置で、音階や和音の相対的な音程関係を鍵盤の鍵どうしの距離として示すものであり、学習者は任意の調で音階や和音を練習できる。
【0018】
また、従来の譜面に相対的な音程関係を関連付けた学習メソッドである特許文献2の発明は、従来の譜面の音符に音程度数の数字を添え、その数字を鍵盤の奥側にセットした長音階のガイドで参照するという鍵盤楽器用の学習メソッドである。これにより、学習者は押鍵すべき鍵の選択に迷うことはなくなり、また、調を変更した練習も可能になる。ただし、譜面自体は元の調のままなので読譜力の養成に関しては学習者に多少の混乱をもたらすかもしれない。
【0019】
特許文献3も鍵盤楽器の学習用の発明であり、鍵盤にセットする番号ガイドの数字で譜面を表現する学習キットを構成する。実施例としては長音階の番号付けで特許文献1と同様の数字を付けた長音階のガイドも示されている。
【0020】
特許文献4は従来の譜面にリズム要素を視覚的に付与する発明であり、学習者に楽曲の背後にある拍を意識させるとともに、音符を奏するタイミングが把握しやすくなっている。
【0021】
特許文献5は音符の代わりに独自の音名を用い、音価情報を省く代わりに楽曲の拍の位置を基準に並べたものである。
【0022】
以上の発明は、いずれも従来の譜面では学びにくい相対的な音程関係を学習するためのツールであったり、従来の譜面の読みにくさを軽減させる方向での工夫がなされているが、従来の譜面では背後に隠れている、相対的な音程関係と発音のタイミングの両面をカバーするには至っていない。
従来の譜面が持つ難点を補完し、従来の譜面に対しての読譜力を効果的に養成し、音感やリズム感を効果的に教育するための新しい譜面が望まれる。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明の譜面である「リズムチャート数字譜」の実施例を図を使って説明する。なお、以下の文中における「従来の譜面」とは、従来の五線譜での譜面を意味する。
【0033】
図1は本発明の基本的な実施形態の一例を示すものである。まず、従来の譜面における小節の並びの代わりに水平の線分で時間軸101を配置する。該時間軸は、従来の譜面での小節と同様に、任意の数の小節で区切って段を構成することで、連続した時間を示すことができ、
図1においては各該時間軸の終端に区切線141を追加している。該時間軸の態様は時間の流れる方向を示し、後述のビートマークを配置するベースとしての機能を満たせば、ここでの態様に限るものではない。
【0034】
該時間軸上に、拍の位置を視覚的に表現するビートマークを配置する。まず、基本の拍あるいは基準にしたい任意の音価を示す基準ビートマーク111、112、113を等間隔で配置する。例えば4分の4拍子では、基本的に4分音符を拍の基準にすればよいが、実際は曲のテンポによって演奏者にとっての拍の基準は変化する。例えばスローテンポで32分音符などの短い音価が多用される曲では、8分音符などの短い音価を定常的なビートとして意識するほうが譜面も読み取りやすく、また、音楽的な表現も適切になってくる。つまり、譜面の拍子記号に機械的に従うのではなく実際の演奏にとって重要な音価を該基準ビートマークとして配置するのが望ましい。
【0035】
図1の例では小節の頭に位置する基準ビートマーク111と小節の頭以外の奇数拍を示す基準ビートマーク112および偶数拍を示す基準ビートマーク113をそれぞれ区別できる態様にしている。
また、循環するビートを視認しやすくするためにビート補助線131、132を小節内の同一のビート位置を通過する直線として追加する。そのとき、小節の頭のビート補助線131を、小節の先頭が視認しやすい強調された態様にするのが望ましい。
【0036】
さらに、必要に応じて該基準ビートマークを均等に分割する位置に補助ビートマーク114を追加する。例えば基準のビートが4分音符の場合、2分割での該補助ビートマークは8分音符の間隔、また3分割では3連符の間隔となる。どう分割するかは曲の細かいフレーズがどの音価で構成されているかに依存し、学習者が読み取りやすいことを目的として決定する。
なお、該基準ビートマークや補助ビートマークの態様については、
図1の例では楕円形で表現しているが、四角形や三角形や他の他の多角形など別の形状やイラストであってもかまわない。
【0037】
以上の要素で楽曲の拍的構造を示すビートチャートが構成される。そして、該ビートチャートの要素である該基準ビートマーク、該補助ビートマーク、および該時間軸上に、楽曲の各音符が発音される位置にその楽音の音高を示す音高指示記号121を表示し、また、楽音を切断する位置に通常の音楽記号の休符に応じた休符記号124を表示する。
【0038】
該音高指示記号は従来の譜面での音符の音高情報を示すもので、本発明においては、その楽曲の従来の譜面に記されている調号が示す調の長音階の各音に付けた番号を使う。例えばニ長調では、英語での音名D、E、F♯、G、A、B、C♯の7個の音階音に1から7の番号を対応させた数字となる。この番号付けは各音の音階での順序を表し、また、和声学における度数に対応する数字でもあるため、理解されやすいと同時に、この番号を意識することがより深い音楽理論的な考察のための基礎力を養うことにもなる。
以降、本明細においてこの譜面の調号に対応する長音階の各音の番号のことを「長音階番号」という名称で呼ぶことにする。
【0039】
長音階番号は1から7の数字であるため、楽曲のメロディが1つのオクターブ内の7個の音階音の範囲に収まらない場合は、長音階番号のオクターブの違いを示すためのオクターブ指示記号122を付加することで1オクターブ超の音域を表すことができる。
該オクターブ指示記号は、オクターブの区別が付けられるのであればどのような態様であってもよいが、
図1では1オクターブ下であることが直感的に理解しやすい下向きの三角形を付加することで表現している。このほか、矢印形状や該音高指示記号の表示色を変えるといった態様などでもよい。
【0040】
以上の前記ビートチャートとそこにプロットされる該音高指示記号と該オクターブ指示記号および該休符記号によって、本発明の「リズムチャート数字譜」が構成される。
【0041】
該基準ビートマークはメロディとは関係なく、楽曲の背景として常に存在する拍を明示しており、学習者が常に自分で拍をきざみながら、それを基準にメロディを乗せるように演奏する訓練が行える。これは指揮者の感覚を与えるもので、一定のテンポで譜面を読み進めていく初見演奏や、他人と共通のテンポで演奏するアンサンブル演奏のためのスキルを効果的に育成することができる。
【0042】
図1では曲のタイトルとともに、演奏時のキー(調)を示す演奏調記号103を表示している。ここでの例においては演奏調として「Any Key」を指定しているが、「これは特定の調によらず、全調での練習が望ましい」という指示を意味する。
【0043】
本発明のリズムチャート数字譜では、音高情報が長音階番号で示されるので、学習者が任意の調の長音階を長音階番号に対応させることで、同じ譜面のままで容易にどの調でも演奏や歌唱ができる。
【0044】
例えば、本発明の譜面で歌唱する場合、本発明の譜面を初見で見て学習者が想起する長音階で歌唱することが可能である。ただしそれには、学習者に長音階番号で音階音を想起する相対音感が備わっていることが必要となるが、相対音感は長音階の音程関係を把握する能力であり、比較的誰でも年齢などに関係なく訓練によって習得することが可能である。つまり、本発明の譜面は相対音感教育にとってきわめて有用な教材となる。
【0045】
ごく初心者のうちは、該ビートマークを順に追いながら長音階番号を数字として読むだけでリズムの読み取り練習ができる。慣れてくれば、テンポにしたがって読み進める長音階番号に音程を結び付けることで、楽曲の音階構造とリズム構造の両方を正しく認識する能力が養成できる。
【0046】
また、楽器の学習者のためには、長音階番号とさまざまな楽器での演奏ポジションとの対応を示す表や図面を用意することで、初心者や独習者でもすぐに本発明の譜面を読みながら、どの調でも容易に楽器で練習することができる。この長音階番号と楽器との対応表については、
図5で示すような鍵盤楽器用のガイドシートなどの例を後述する。
【0047】
従来の譜面である五線譜が、調号で指定された長音階の音階音を線とその間にプロットするグラフである点に注目すると、本発明の譜面を活用した全調での練習によって、学習者がすべての調の長音階を容易に演奏できるようになることは、同時に、従来の五線譜での読譜力の強化にもなっていることを意味する。本発明の譜面が、従来の譜面のたんなる代替ではなく、補完するものであるという意味がここにある。
【0048】
図2は複数のパート(あるいは声部)で構成されるスコアを本発明で実施した例である。
括弧102によって並行して表示されるパートごとの該時間軸をまとめることでスコアを構成する。該時間軸およびそこに配置される該ビートマーク(該基準ビートマークおよび該補助ビートマーク)、該音高指示記号などの意味や特徴は、すでに
図1の例で述べたものと共通である。
この例においてはスコアを構成する図要素として該括弧102のように括弧という形態を使用しているが、これは従来の譜面でピアノ用の大譜表を構成する図形と共通であり直感的に理解しやすいという理由からであって、別の態様であってもかまわない。
【0049】
図2においては通常の音価を示す音楽記号を、音価記号151として、スコアの最上部のパートの該音高指示記号に対して表示している。これによって、学習者に短い音価などを正確に示すことができるとともに、通常の音楽記号で記載されたリズムを拍に乗せて正確に読み取る練習教材としても活用できる。なお、該音価記号の表示位置はここでの例に限るものではなく、学習者に音価を示したい該音高指示記号の近傍に表示すればよい。
【0050】
また、該ビート補助線131および該区切り線141に加えて、曲の終止を示す終端記号142を追加する。これらの図形要素によって
図2で示す楽曲「Amaing Grace」のようなアウフタクトで始まる曲(1拍目以外で始まる曲)においても、スコア全体で拍の循環構造が明示でき、学習者に「最後の小節の3拍目が曲の冒頭の拍となる」ことも直感的に理解させることができる。
【0051】
なお、ここでの該区切り線141の態様は、スコア全体のリズム構成をより理解しやすくするためにビート補助線131と同態様にしている。もちろん別態様でもよい。
【0052】
ほかに
図2では、該音高指示記号のバリエーションとして和音記号125を追加している。和音は同時に鳴らす音であるので長音階番号を縦に並べた表示にすることで容易に表現できる。
【0053】
図2のスコアにおいては、上側をメロディパート、下側を伴奏パートで構成しているが、下の伴奏パートについては、低音の音域を自由に選択できるように厳密なオクターブ指示の記号は省略している。初心者向けの単純な楽曲で選択すべき音域が即座に判断できる場合は、表示の単純さが学習の効率に有利に働くことも多いからである。
【0054】
また、鍵盤楽器で両手奏を行う場合は、後述の
図5で示すような鍵盤ガイドシートを右手用と左手用のそれぞれの音域で2枚使えばよい。初心者であってもすぐに譜面を読みながら鍵盤楽器での両手での演奏に取り組めることは本発明の大きな利点である。
【0055】
該鍵盤ガイドシートの併用によって全調での練習も容易に行える。その際、学習者の全調への理解が進んでいくにしたがって、片方の手だけに該鍵盤ガイドシートを用いたり、最終的には該鍵盤ガイドシートがなくても弾けることを目標にすればよい。このように常に自分の調への対応スキルの状態を自覚しながら能動的に練習できる点も本発明の利点である。
【0056】
図3はショパンの「幻想即興曲」の冒頭の主題(5〜8小節)を本発明の譜面で実施した例である。
【0057】
この例においては演奏調表示103によって曲の調を明示することで、長音階番号121がどの調の長音階に対応するかを一意に決定できる。ここでは演奏調表示103がシャープ(♯)4個を示すのでシャープ(♯)4個の調であるEメジャーの長音階が対応する。つまり、調号のシャープ(♯)やフラット(♭)の数で調を表す方法をとっている。この場合、長調と短調の区別がつかないが、もともと、楽曲の長調と短調の区別は調号の外形的な要素で決定されるものではなく、音符で書かれた音楽の内容によって決定されるものである。つまり、本発明においては調号に対応する長音階が特定できればよいので調号の♯と♭の数だけで読譜に不都合はない。むしろ、
図1の例で述べたように調号を長音階で意識することは五線譜を機械的に効率よく読み取る能力の育成にとっても都合がよい。もちろん、楽典に忠実に「C♯ minor」といった従来の表記であっても問題はないし併記してもよい。
【0058】
図3の該ビートチャート数字譜面は従来のピアノ用の大譜表を表情記号を取り除いた音符の情報をそのまま変換したものであり、括弧102でくくられた2つのパートで構成され、上部が右手用パート、下部が左手用パートのスコアとなる。また、それぞれのパートの視覚的な区別がつきやすいように該基準ビートマークの背景の色を変えている。もちろん、パートの視覚的な区別を付けるための態様の差はここでの例に限るものではない。
【0059】
図3のスコアで特徴的なのは、右手用パートと左手用パートのそれぞれの該補助ビートマークの配置が異なる点である。右手用パートの該補助ビートマークは該基準ビートマークを2分割する位置に、左手用の下部のパートでの該補助ビートマークは該基準ビートマークを3分割する位置に配置されている。このような両手での複合的なリズムは、従来の譜面では初見で正確に演奏しにくく習得に時間がかかるものであったが、本発明では発音タイミングが正確に図示されるので、学習者は時間の流れに沿って順次でてくる音を演奏することに集中すればよい。つまり、初心者であっても複雑に見えるリズムの楽曲を練習対象に選べるだけでなく、お手本の演奏を聴かなくても譜面に忠実な演奏を学習することが可能となる。こうした点も本発明によって実現される大きな効用のひとつである。
【0060】
また、
図3のスコアのような中級者以上が取り組む曲では音域も広くなってくるため、広範囲の音域を示すために該音高指示記号に工夫を加えている。
図3に示される長音階番号121は表示位置にオクターブの上下関係に対応した高低の差を付けており、基準となるオクターブ位置が中央の高さで、それぞれオクターブ上と下の合計3オクターブが表現できる。さらに、基準から1オクターブ上よりもう1オクターブ上であることを示す上向き三角形のオクターブ指示記号123と、基準から1オクターブ下よりもう1オクターブ下であることを示す下向き三角形のオクターブ指示記号122を追加している。
これらの図形追加と表示態様の差によって合計5オクターブの音域を、それぞれのパート(該時間軸)ごとに表現することができる。
【0061】
従来の譜面では、表示する音域が広くなると、五線以外の加線の追加、別の音部の五線への記入の移動、あるいは同一五線での音部記号の付け替えなどの方法が取られるため、パート(声部)が入り組んだり、音部の読み取りに錯誤が生じやすくなるが、本発明では、パートの該時間軸ごとに独立してコンパクトに表示することができる。これも本発明の利点である。
【0062】
なお、5オクターブにわたる音域での長音階と鍵盤との対応を示す図面は、例えば後述の
図6に示す鍵盤ガイドシートで実現できる。
【0063】
該音高指示記号で示される長音階番号が長音階以外の音である場合、長音階番号に通常の音楽記号と同様のシャープ(♯)またはフラット(♭)の臨時記号126を長音階番号に付加する。♯は半音上の音程、♭は半音下の音程を示す。この臨時記号126は、該音高指示記号121の一部として構成し、従来の譜面での臨時記号のように同一小節内での省略をすることはない。つまり、学習者は現在読み取っている該音高指示記号だけに集中すれば正確に音高が読み取れる。これにより、従来の譜面で起こりがちな臨時記号の見落としがなくなるとともに、臨時記号が解除されたことを示す「ナチュラル」という記号も不要となる。
【0064】
図3の例でわかるように、本発明のリズムチャート数字譜は、初心者用の簡易の譜面あるいは従来の譜面に移行する前の初心者向けの譜面にとどまらず、上級者までを対象に有用な練習譜面を提供することができる。
従来の譜面の「音高をグラフ化、音価を記号化」と本発明の譜面の「音高を数値化、音価をグラフ化」は補完関係にあるからである。
【0065】
従来の譜面と本発明の譜面を並べて表示したり、従来の譜面の読みにくい部分や理論的に捉えておきたい部分に本発明の譜面を脚注的に表示することは、学習に多大な効果があり、指導者がいなくても、上級者向けの楽曲を音楽的に深く正確に学習するのに有用である。
【0066】
図4はバッハの平均律曲集第2巻の12番のフーガのエンディングの6小節を本発明で実施したものである。
【0067】
本来の調は、
図3での例と同様に演奏調表示103によって表されるが、これまで述べてきたように長音階番号を任意の調の長音階に対応させることですべての調で演奏することが容易にできる。
【0068】
この曲は3声のフーガなので、
図4のように括弧102で3声のパートをまとめ、区切り線141と終端記号142を3パートのまとまりを示す態様で表示している。
【0069】
従来の譜面では、鍵盤楽器用の大譜表で記されるが、その場合、両手の使い分けはわかりやすいが、上下の声部の旋律が交差して上下関係が入れ替わる部分など、個々の声部の動きが視覚的にとらえにくくなる。そのため、学習者は3声のパートを明確に弾き分ける練習よりも、右手と左手の複雑な動きを記憶する練習に傾きがちであった。
それに対して、本発明では3つの独立したパートをそれぞれが発音するタイミングも含めて明確に表すことができ、それぞれの声部の動きを確実に捉えながら練習することが容易に行える。この特徴は、暗譜の準備として練習するときにも、単なる指の動きの記憶だけではなくなるため、より音楽的な展開を意識した忘れにくい暗譜が可能となる。
【0070】
また、
図4においては、音楽の流れをわかりやすくするために、直前の音程からの動き方を示す音高方向線127を該音高指示記号に付加している。これにより、より直感的に音の動きの方向を読み取れるようになる。該音高方向線の表示態様については、
図4の例においては該音高指示記号の前(左側)に直前の音高からの方向を上行(斜め上)、下行(斜め下)、水平の線分で表しているが、それに限るものではない。例えば、該音高指示記号の後ろ(右側)に次の音程の方向を示すように表示してもよく、また該音高指示記号の背景として色を変えた折れ線によって音程の動きを表示してもよい。
【0071】
本発明による譜面での各声部を各パートが独立して表示できるという特徴は、鍵盤楽器だけでなく、単音楽器のアンサンブル譜としてもそのまま使うことができることを意味する。
本発明の譜面では、従来の譜面が十分に読めない初心者でも初見での演奏が可能になってくるので、初級者も上級者も同じ曲を同じ土俵で対等に共演する方法を与えることができる。これは、どのレベルの演奏者にとっても音楽の情操面での育成に有用であり、従来の音楽教育では得にくい音楽経験をさまざまレベルの学習者および教師に提供することができる。
【0072】
またアンサンブルにおいて、従来の譜面ではトランペットのような移調楽器ではBbの楽器に対して実音よりも全音上の音符で譜面を作成する必要があるが、本発明の譜面では該音高記号として長音階番号を使用しているため、演奏する楽器に合わせた長音階番号と楽器の演奏ポジションとの対応を示した後述する対応表があればよく、単一のアンサンブル譜面だけでよいという利点にもなっている。しかも、長音階番号に別の調の長音階を対応させることで、任意の調でのアンサンブルも容易に行えるのも大きな利点となる。
【0073】
図5は、長音階番号と鍵盤楽器の鍵盤との対応を示すガイドシートの一例である。鍵盤ガイドシート201は、鍵盤楽器の鍵盤の奥側に、鍵盤と背後の板との間に挟み込むように立てることによって、相対音階の各音がどの鍵盤に対応しているかを学習者に示すガイドシートとして使用できる。
【0074】
鍵盤楽器は鍵盤の奥側において鍵が半音間隔で同じ幅で配列されているので、長音階の「全音、全音、半音、全音、全音、全音、半音」という音程関係は、鍵盤の奥側での距離として学習者に示すことができる。鍵盤ガイドシート201には、長音階の音程差に応じて鍵盤の奥での鍵盤の距離に読み替えて配置した長音階番号202と、それぞれの長音階番号の中央位置を示す線分203を表示する。このとき線分203は直線以外の図形、記号であってもよいが、長音階番号が特定の鍵盤を視認しやすく指示するという機能を満たすことが望まれる。
【0075】
また、長音階番号202は、オクターブの違いが視認しやすいように色や字体などの態様に差を設けることが望ましい。
なお、該鍵盤ガイドシートに表示する音域は
図5に示した範囲に限るものではなく、任意の範囲で作成できることは言うまでもない。ほかに、例えば低音部の左手用と高音部の右手用に2枚の該鍵盤ガイドシートを用意して、それらを鍵盤の別の音域の同じ音にそれぞれセットするといった方法でもよい。
【0076】
鍵盤ガイドシート201の長音階番号の「1」に合わせた鍵盤の音によって、長音階番号が示す音階の調が決まる。例えば、ニ長調では音名Dの鍵に長音階番号「1」を合わせればよい。そして、
図1や
図2の実施例で示したような全調での練習用譜面では、該鍵盤ガイドシートを左右にスライドさせて、長音階番号「1」に対応する鍵を変更することによって、容易に調を変更して演奏できる。
【0077】
こうした全調での練習は、相対音感の強化と楽器への理解を深めるのに効果的であるだけでなく、楽曲のメロディー構造を相対的な音程関係で捉えることで、楽曲分析能力が高まるとともに作曲能力やアドリブ演奏能力の基礎を作る訓練にもなる。
【0078】
なお、鍵盤楽器と長音階との対応を示す図面としては、ここで示したような鍵盤楽器にセットする形態ではなくても実現できる。例えば、調号ごとに鍵盤を模式的に図示した鍵盤図に長音階の位置を示した図面のセットでもよい。
【0079】
図6は、
図5で示した該鍵盤ガイドシートの音域を拡張した例で、5オクターブの範囲をカバーする5枚の鍵盤ガイドシート211、212、213、214、215の5枚セットで構成される。ここでは1枚につき1オクターブの音域での5枚セットにしているが、1枚あたりの音域やセットを構成するカードの数はここでの例に限るものではない。
【0080】
この例における各鍵盤ガイドシートに表示される長音階番号202は、オクターブごとに表示の縦位置に差異を設定しており、縦方向の位置の基準となる線分202に対して、鍵盤ガイドシート211では中央、212では下、213では上に表示しており、それぞれ基準のオクターブ位置、基準より1オクターブ下、基準より1オクターブ上の区別が付けられている。
【0081】
長音階番号の表示縦位置の差異に加えて、オクターブ下であることを示す下向き三角形206を追加した基準より2オクターブ下の鍵盤ガイドシート214と、オクターブ上であることを示す上向き三角形205を追加した基準より2オクターブ上の鍵盤ガイドシート215を加えることで5オクターブのセットとして構成している。
これらの表示態様は
図3および
図4で示した本発明の譜面での該音高指示記号の表示態様と対応しており、5オクターブの範囲の音高に対応する鍵盤位置を読み取りやすくしている。
【0082】
なお、オクターブの視覚的な差異を設定するための長音階番号の表示位置の差異や付加する図形要素は、ここで示した態様以外でも実現可能であり、また音域についても、ここで示した5オクターブの音域より広い音域に対応させることは、長音階番号の表示態様に表示色差異を設定したり、別の図形要素を加えるなどの方法によって簡単に実現できることは言うまでもない。
【0083】
図7は、長音階番号とギターの指板との対応を示す図面の一例として長音階指板チャート301を示す。
【0084】
ギターは手首位置を移動せずに指板を押さえられる4フレット〜5フレットの範囲の基本的なポジションが5通りある。そのそれぞれのポジションについて弦とフレットを模式的な図で表し弦番号303を付加することで、指板
図302が構成でき、該指板図に各ポジションごとの長音階の長音階番号304をプロットすることで。長音階番号とギターでの演奏ポジションとの対応表を構成できる。このとき、長音階番号304はオクターブの差異を容易に区別できる態様で実現されることが望ましく、ここでの例ではオクターブごとに表示色を変えている。
【0085】
この相対音階指板チャート301ではそれぞれのポジションが指板のどのフレットに対応しているかは示されていない。つまり長音階番号304の「1」の位置の音を主音とした長音階を任意に選べ、容易にいろいろな調での練習が可能になっている。
【0086】
ギターと同様に指板で音高を決める弦楽器すべてについて同様の長音階番号と楽器の演奏ポジションとの対応表を作成でき、バイオリンやチェロなどでも本発明の譜面を使用した練習が可能である。
【0087】
このほか長音階番号と楽器の演奏ポジションの対応表については、例えば管楽器などでは全調に対応した長音階の運指表を用意することで、容易に実現できる。
【0088】
以上、本発明のビートチャート数字譜を構成する視覚的要素および発明の効果について解説してきたが、さらに物理的な表示方法およびそれを用いた学習方法について述べておく。
【0089】
まず、本発明は従来の譜面と同様に印刷によって容易に実施できる。ほかに、電子的なディスプレイ上での表示が容易であることは言うまでもない。
【0090】
印刷する場合、従来の譜面と同様のサイズで使用する以外に、さまざまなバリエーションが考えられる。例えば、幼児への音楽教育、とくに譜面の読譜能力を養成する訓練において本発明を使用する場合、例えば該ビートマークを幼児が踏んで歩けるくらいの大きさに印刷したマットで実施することによって、一定のテンポで「歩きながら読む譜面」として使える。
【0091】
教師は、学習者が一定のテンポで該ビートマーク上を歩くことを促し、足が該音高指示記号を踏むか通過するタイミングで、該音高指示記号が指示する音を歌えるように訓練する。相対音感が身についていない段階では歌う代わりに長音階番号の数字を読み上げることをマスターさせ、まず、音楽の流れに乗って音符を読み取る感覚を習得させればよい。
この学習方法は幼児に限らず、本発明の譜面を印刷した紙やで電子的なディスプレイへの表示によって、該ビートマーク上を歩いていることを想像させながらステップごとに長音階番号を読み取る訓練として行える。
【0092】
こうした、譜面上の音符を一定のビートのステップごとに処理する能力を実際の身体で行う訓練は、初見の楽譜を一定のテンポで演奏する初見演奏能力の養成に効果的である。
つまり、譜面を読むということを「音符を読む」のではなく「拍を順次読んでいき、書かれている音符を処理する」という感覚を養うことで、ただひたすら「指に覚えこませる」という練習に陥らないようにできる。
【0093】
そして、従来の譜面と併用しながら、上達度に対応した難易度の違う該リズムチャート数字譜面を用意することで、読譜力と相対音感とリズム感を不可分のものとして教育する統合的な音楽学習カリキュラムとして構成できる。これは独習用メソッドとしても有効である。
【0094】
さらに、本発明の該リズムチャート部分を台紙として、そこに該音高指示記号を着脱可能なパーツで構成することによって、学習者が自分で自由に譜面を構成できる音楽学習器具あるいは音楽学習玩具としても実施できる。該音高指示記号パーツを着脱可能とする材質は、一時的に該リズムチャートに該音高指示記号パーツを固定できる機構であれば種類を問わない。例えば、磁石、弱い粘着性テープなどで該リズムチャートの台紙に付着させたり、また、該リズムチャートの台紙を穴あき基盤にして該音高指示記号パーツをはめ込むといった構造にしてもよい。
【0095】
なお、本発明を電子的ディスプレイ上で実現する場合は、上記の動的に構成を変化させる実施が容易に行えるだけでなく、ソフトによってインタラクティブな音楽教育装置として実施できることも言うまでもない。
【0096】
いずれの形態においても、本発明の長音階番号によって容易にどの調にでも対応できる点と、お手本の演奏がなくてもリズム的に正確に練習できるという特徴によって、従来の譜面を補完し、学習者の音感、リズム感、読譜能力などを効率的に訓練する学習ツールとなる。
【課題】本発明は、従来の譜面の音高情報と音価情報を補完する情報で構成された演奏用譜面の提供と、学習者の読譜力と相対音感とリズム感の効率的な養成を可能にする音楽学習方法の提供を目的とする。
【解決手段】基準のビートを表す基準ビートマークと該基準ビートマーク間を均等に分割する補助ビートマークを時間軸上に配置したビートチャートを背景に、音符を発音するタイミング位置に曲の調号に対応する長音階の各音に付けた番号を音高指示記号として配置したビートチャート数字譜によって、従来の譜面の「音高を図式化、音価を記号化」を補完する「音高を記号化、音価を発音タイミングのグラフ化」した演奏用譜面を実現し、それを利用した読譜力と音感とリズム感を効率的に養成する音楽学習方法を提供する。