(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6155775
(24)【登録日】2017年6月16日
(45)【発行日】2017年7月5日
(54)【発明の名称】複列ころ軸受用の樹脂製櫛型保持器及び複列ころ軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/49 20060101AFI20170626BHJP
F16C 19/28 20060101ALI20170626BHJP
【FI】
F16C33/49
F16C19/28
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-77598(P2013-77598)
(22)【出願日】2013年4月3日
(65)【公開番号】特開2014-202256(P2014-202256A)
(43)【公開日】2014年10月27日
【審査請求日】2016年3月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】特許業務法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】本條 隼樹
【審査官】
日下部 由泰
(56)【参考文献】
【文献】
特開2008−169936(JP,A)
【文献】
特開2005−076732(JP,A)
【文献】
特開2009−257593(JP,A)
【文献】
特開2006−292178(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00−19/56,
33/30−33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と外輪との間に複列状態で複数のころが配置される複列ころ軸受に組み込まれ、列毎に複数の前記ころを保持する樹脂製櫛型保持器であって、
円環部、及び、この円環部の一側面から軸方向に延びかつ周方向に間隔をあけて設けられている複数の柱部を備え、
前記柱部は、前記ころの外周面と対向する対向面に、所要回転数以下で当該外周面によるころ案内をさせるためのころ案内面を有し、
更に、前記円環部の外周面と前記柱部の径方向外側の面とを含む保持器外面は、前記所要回転数を越えた状態で、遠心力によって径方向外側へ拡大することにより前記外輪の内周面との間の径方向隙間を小さくして当該内周面による外輪案内をさせるための外輪案内面を有し、
前記ころ案内面は、前記対向面のうち径方向外側寄りの領域に形成されていると共に、前記所要回転数以下の状態で前記ころの外周面に沿った形状であって当該外周面との間にころ隙間を有して対向する円弧面からなり、
前記柱部の径方向外側の面は、当該柱部の先端へと向かうにしたがって前記外輪の内周面との間の径方向隙間を大きくする傾斜面であり、この傾斜面が、前記所要回転数を超えた状態で、遠心力によって前記柱部が径方向外側へ変形することにより前記径方向隙間を小さくして前記外輪案内をさせるための前記外輪案内面となり、
更に、前記所要回転数を越えた状態で、遠心力によって前記柱部が径方向外側へ変形することにより前記ころ隙間が大きくなり前記ころ案内が解除されることを特徴とする複列ころ軸受用の樹脂製櫛型保持器。
【請求項2】
前記柱部の前記対向面のうち前記ころ案内面の径方向内側の領域に、前記ころの外周面との隙間が大きくなる非案内面が形成され、
前記非案内面は、前記柱部の基部側へ向かうにしたがって径方向外側へ拡大している請求項1に記載の複列ころ軸受用の樹脂製櫛型保持器。
【請求項3】
内輪と外輪との間に複列状態で複数のころが配置される複列ころ軸受に組み込まれ、列毎に複数の前記ころを保持する樹脂製櫛型保持器であって、
円環部、及び、この円環部の一側面から軸方向に延びかつ周方向に間隔をあけて設けられている複数の柱部を備え、
前記柱部は、前記ころの外周面と対向する対向面に、所要回転数以下で当該外周面によるころ案内をさせるためのころ案内面を有し、
更に、前記円環部の外周面と前記柱部の径方向外側の面とを含む保持器外面は、前記所要回転数を越えた状態で、遠心力によって径方向外側へ拡大することにより前記外輪の内周面との間の径方向隙間を小さくして当該内周面による外輪案内をさせるための外輪案内面を有し、
前記ころ案内面は、前記対向面のうち径方向外側寄りの領域に形成されていると共に、前記所要回転数以下の状態で前記ころの外周面に沿った形状であって当該外周面との間にころ隙間を有して対向する円弧面からなり、
前記柱部の前記対向面のうち前記ころ案内面の径方向内側の領域に、前記ころの外周面との隙間が大きくなる非案内面が形成され、
前記非案内面は、前記柱部の基部側へ向かうにしたがって径方向外側へ拡大していることを特徴とする複列ころ軸受用の樹脂製櫛型保持器。
【請求項4】
前記外輪案内面には、前記円環部の外周面の少なくとも一部が含まれる請求項1〜3のいずれか一項に記載の複列ころ軸受用の樹脂製櫛型保持器。
【請求項5】
内輪と、外輪と、これら内輪と外輪との間に複列状態で配置される複数のころと、列毎に複数の前記ころを保持する複数の独立した保持器と、を備え、
前記保持器それぞれは、円環部、及び、この円環部の一側面から軸方向に延びかつ周方向に間隔をあけて設けられている複数の柱部を備えた樹脂製櫛型保持器であり、
前記柱部は、前記ころの外周面と対向する対向面に、所要回転数以下で当該外周面によるころ案内をさせるためのころ案内面を有し、
更に、前記円環部の外周面と前記柱部の径方向外側の面とを含む保持器外面は、前記所要回転数を越えた状態で、遠心力によって径方向外側へ拡大することにより前記外輪の内周面との間の径方向隙間を小さくして当該内周面による外輪案内をさせるための外輪案内面を有し、
前記ころ案内面は、前記対向面のうち径方向外側寄りの領域に形成されていると共に、前記所要回転数以下の状態で前記ころの外周面に沿った形状であって当該外周面との間にころ隙間を有して対向する円弧面からなり、
前記柱部の径方向外側の面は、当該柱部の先端へと向かうにしたがって前記外輪の内周面との間の径方向隙間を大きくする傾斜面であり、この傾斜面が、前記所要回転数を超えた状態で、遠心力によって前記柱部が径方向外側へ変形することにより前記径方向隙間を小さくして前記外輪案内をさせるための前記外輪案内面となり、
更に、前記所要回転数を越えた状態で、遠心力によって前記柱部が径方向外側へ変形することにより前記ころ隙間が大きくなり前記ころ案内が解除されることを特徴とする複列ころ軸受。
【請求項6】
内輪と、外輪と、これら内輪と外輪との間に複列状態で配置される複数のころと、列毎に複数の前記ころを保持する複数の独立した保持器と、を備え、
前記保持器それぞれは、円環部、及び、この円環部の一側面から軸方向に延びかつ周方向に間隔をあけて設けられている複数の柱部を備えた樹脂製櫛型保持器であり、
前記柱部は、前記ころの外周面と対向する対向面に、所要回転数以下で当該外周面によるころ案内をさせるためのころ案内面を有し、
更に、前記円環部の外周面と前記柱部の径方向外側の面とを含む保持器外面は、前記所要回転数を越えた状態で、遠心力によって径方向外側へ拡大することにより前記外輪の内周面との間の径方向隙間を小さくして当該内周面による外輪案内をさせるための外輪案内面を有し、
前記ころ案内面は、前記対向面のうち径方向外側寄りの領域に形成されていると共に、前記所要回転数以下の状態で前記ころの外周面に沿った形状であって当該外周面との間にころ隙間を有して対向する円弧面からなり、
前記柱部の前記対向面のうち前記ころ案内面の径方向内側の領域に、前記ころの外周面との隙間が大きくなる非案内面が形成され、
前記非案内面は、前記柱部の基部側へ向かうにしたがって径方向外側へ拡大していることを特徴とする複列ころ軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複列ころ軸受に組み込まれる樹脂製櫛型保持器、及び、樹脂製櫛型保持器を備えている複列ころ軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械において、主軸を回転可能に支持する軸受部には、高い加工精度を維持するために高い剛性が必要とされており、このために複列ころ軸受が用いられている。さらに近年では、主軸の高速回転化が要求されていることから、高速回転に対応することのできる複列ころ軸受が求められている。
【0003】
複列ころ軸受は、内輪、外輪、及び、これら内輪と外輪との間に複列状態で配置された複数のころを備えている。そして、特許文献1に示すように、列毎に複数のころを保持する独立した保持器を備えた複列ころ軸受がある。つまり、この複列ころ軸受には、保持器が二つ組み込まれている。各保持器は、円環部、及び、この円環部の一側面から軸方向に延びかつ周方向に間隔をあけて設けられている複数の柱部を備え、櫛型に構成されている。そして、周方向で隣り合う柱部の間が、ころを保持するポケットとなる。
【0004】
櫛型保持器の場合、柱部が円環部から軸方向に突出している片持ち梁状であるため、柱部の先部側は、ある程度自由に変形できる。このため、例えば複列ころ軸受の回転に伴ってころの進み遅れが発生し、これによって柱部に引っ張り力と圧縮力とが繰り返し作用しても、その力を逃がすことができ、破損が生じにくい。これに対して、一対の円環部の間が柱部により連結された構成である、かご型保持器の場合、柱部は両側の円環部に固定されており変形が拘束されることから、柱部に引っ張り力と圧縮力とが繰り返し作用すると、その力を逃がし難く、櫛型保持器に比べて破損が生じやすい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012−102796号公報(
図3参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
工作機械の主軸の回転数は、低速回転から高速回転(例えば15000rpm)まで選択され、主軸は様々な回転数で回転する。そして、主軸の回転数の変化に応じて、複列ころ軸受及びこの軸受に組み込まれている保持器の回転数も変化する。
【0007】
ここで、高速回転する複列ころ軸受の場合、保持器を樹脂製とし、その保持器の径方向の位置決めが外輪の内周面によって行われる「外輪案内」とするが好ましく、保持器が有する円環部の外周面が、外輪の内周面に案内される案内面となる。つまり、保持器は、円環部の外周面において、外輪の内周面によって周方向の回転が案内される。
【0008】
しかし、保持器が、例えば15000rpmのように高速回転すると、その保持器には遠心力によって径方向に拡大する変形が生じる。このため、保持器の円環部の外周面(案内面)と外輪の内周面との間には、遠心力による変形量を予め含めた径方向隙間を設ける必要がある。このように、高速回転に伴う変形量を考慮して径方向隙間を大きく設定すると、低速回転時には、高速回転時ほどの変形が生じないことから、径方向隙間は不要に大きくなる。すると、低速時では、保持器の径方向の位置が定まらず、例えば、保持器と外輪の内周面との接触が不規則に又は規則的に繰り返され、異音発生の原因となる。
【0009】
そこで、本発明は、複列ころ軸受内において、樹脂製櫛型保持器を低速回転から高速回転までの全域で安定して案内可能とすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、内輪と外輪との間に複列状態で複数のころが配置される複列ころ軸受に組み込まれ、列毎に複数の前記ころを保持する樹脂製櫛型保持器であって、円環部、及び、この円環部の一側面から軸方向に延びかつ周方向に間隔をあけて設けられている複数の柱部を備え、前記柱部は、前記ころの外周面と対向する対向面に、所要回転数以下で当該外周面により案内されるころ案内面を有し、更に、前記円環部の外周面と前記柱部の径方向外側の面とを含む保持器外面は、前記所要回転数を越えた状態で、遠心力によって径方向外側へ拡大することにより前記外輪の内周面との間の径方向隙間を小さくして当該内周面により案内される外輪案内面を有していることを特徴とする。
【0011】
本発明によれば、保持器の回転数が低く所要回転数以下の状態では、柱部のうち、ころの外周面と対向する対向面に設けられているころ案内面によって、保持器は、各列の複数のころの外周面に案内される(ころ案内される)。このため、回転数が高くなることで遠心力により保持器が径方向外側へ変形(拡大)することを考慮して保持器外面と外輪の内周面との間の径方向隙間を大きく設定しても、低速回転時において、保持器は安定して軸受内で案内される。
そして、保持器の回転数が所要回転数を超えた状態では、保持器外面に設けられている外輪案内面は遠心力によって径方向外側へ拡大され、外輪の内周面との間の径方向隙間が小さくなり、保持器は外輪の内周面に案内される(外輪案内される)。このため、高速回転時においても、保持器は安定して軸受内で案内される。
以上より、複列ころ軸受内において、樹脂製櫛型保持器を低速回転から高速回転までの全域で安定して案内することが可能となる。
【0012】
また、前記ころ案内面は、前記対向面のうち径方向外側寄りの領域に形成されていると共に、前記所要回転数以下の状態で前記ころの外周面に沿った形状であって当該外周面との間にころ隙間を有して対向する円弧面からなるのが好ましい。
この場合、所要回転数以下の状態で、保持器は、円弧面からなるころ案内面によって安定してころ案内される。
【0013】
また、ころ案内面が、前記のような円弧面からなる場合において、前記柱部の径方向外側の面は、当該柱部の先端へと向かうにしたがって前記外輪の内周面との間の径方向隙間を大きくする傾斜面であり、この傾斜面が、前記所要回転数を超えた状態で、遠心力によって前記柱部が径方向外側へ変形することにより前記径方向隙間を小さくして前記外輪案内をさせるための前記外輪案内面となり、更に、前記所要回転数を越えた状態で、遠心力によって前記柱部が径方向外側へ変形することにより前記ころ隙間が大きくなりころ案内が解除されるのが好ましい。
【0014】
保持器の柱部は、円環部から軸方向に突出した片持ち梁状であり、この片持ち梁状の柱部は、保持器の回転に伴う遠心力によって径方向外側へ変形し、特に柱部の先端に向かうにしたがって大きく変形するが、この柱部の径方向外側の面は、先端へと向かうにしたがって外輪の内周面との間の径方向隙間を大きくする傾斜面であるため、保持器の回転数が所要回転数を超えた状態となり柱部が変形しても、この柱部の径方向外側の面が外輪の内周面に摺接して、例えば回転抵抗が大きくなるのを防ぐことができる。
更に、所要回転数以下の状態から所要回転数を超えた状態になると、遠心力によって柱部が径方向外側へ変形することにより前記ころ隙間が大きくなり、ころ案内が解除される。すなわち、所要回転数以下の状態から所要回転数を超えた状態になると、ころ案内から外輪案内へと切り替わることができる。
【0015】
また、前記外輪案内面には、前記円環部の外周面の少なくとも一部が含まれるのが好ましい。
この場合、保持器の回転数が所要回転数を超えた状態で、遠心力によって径方向外側に変形する円環部の外周面の少なくとも一部が、外輪案内面として機能する。
【0016】
また、ころ案内面が、柱部の対向面のうち径方向外側寄りの領域に形成されている円弧面からなる場合において、前記柱部の前記対向面のうち前記ころ案内面の径方向内側の領域に、前記ころの外周面との隙間が大きくなる非案内面が形成され、前記非案内面は、前記柱部の基部側へ向かうにしたがって径方向外側へ拡大しているのが好ましい。
【0017】
遠心力によって径方向外側へ変形する柱部は、片持ち梁状であるため、基部では変形量が小さく、先部では変形量が大きい。このため、ころ案内面が、柱部の全長にわたって変化しない一定の円弧面であると、所要回転数を超え外輪案内に切り替わった際に、柱部の先部側では、円弧面からなるころ案内面ところの外周面との間隔は広がり、ころ案内が明確に解除されるが、柱部の基部側では、ころの外周面との間隔はさほど変化せず、ころ案内に近い状態が残される。
しかし、前記のとおり、非案内面が、柱部の基部側へ向かうにしたがって径方向外側へ拡大していることにより、柱部の基部側においても、ころの外周面との間隔を広くすることが可能となる。すなわち、保持器の回転数が所要回転数を超えることで、ころ案内から外輪案内へと明確に切り替えることが可能となる。
【0018】
また、本発明の複列ころ軸受は、内輪と、外輪と、これら内輪と外輪との間に複列状態で配置される複数のころと、列毎に複数の前記ころを保持する複数の独立した保持器とを備え、前記保持器それぞれは、円環部、及び、この円環部の一側面から軸方向に延びかつ周方向に間隔をあけて設けられている複数の柱部を備えた樹脂製櫛型保持器であり、前記柱部は、前記ころの外周面と対向する対向面に、所要回転数以下で当該外周面により案内されるころ案内面を有し、更に、前記円環部の外周面と前記柱部の径方向外側の面とを含む保持器外面は、前記所要回転数を越えた状態で、遠心力によって径方向外側へ拡大することにより前記外輪の内周面との間の径方向隙間を小さくして当該内周面により案内される外輪案内面を有していることを特徴とする。
【0019】
本発明によれば、保持器の回転数が低く所要回転数以下の状態では、柱部のうち、ころの外周面と対向する対向面に設けられているころ案内面によって、保持器は、各列の複数のころの外周面に案内される(ころ案内される)。このため、回転数が高くなることで遠心力により保持器が径方向外側へ変形(拡大)することを考慮して保持器外面と外輪の内周面との間の径方向隙間を大きく設定しても、低速回転時において、保持器は安定して軸受内で案内される。
そして、保持器の回転数が所要回転数を超えた状態では、保持器外面に設けられている外輪案内面は遠心力によって径方向外側へ拡大され、外輪の内周面との間の径方向隙間が小さくなり、保持器は外輪の内周面に案内される(外輪案内される)。このため、高速回転時においても、保持器は安定して軸受内で案内される。
以上より、複列ころ軸受内において、樹脂製櫛型保持器を低速回転から高速回転までの全域で安定して案内することが可能となる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の樹脂製櫛型保持器、及び、この樹脂製櫛型保持器を備えている複列ころ軸受によれば、保持器の回転数が低く所要回転数以下の状態では、柱部のうち、ころの外周面と対向する対向面に設けられているころ案内面によって、保持器はころ案内される。そして、保持器の回転数が所要回転数を超えた状態では、保持器外面に設けられている外輪案内面が遠心力によって径方向外側へ拡大され、外輪の内周面との間の径方向隙間が小さくなり、保持器は外輪案内される。このように、複列ころ軸受内において、樹脂製櫛型保持器を低速回転から高速回転までの全域で安定して案内することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図4】保持器の一部を保持器の軸方向から見た図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、複列ころ軸受1の縦断面図である。なお、各図面において同一の構成要素に対しては同一の符号(参照番号)を付し、重複する説明は省略する。
【0023】
この複列ころ軸受1は、例えば、汎用旋盤、CNC旋盤、マシニングセンタ、フライス盤等の工作機械の主軸6を支持する軸受として使用され、高速回転する主軸6を高い剛性で支持することが可能である。
主軸6の直径は例えば50〜150ミリ程度であり、主軸6の最大回転数は10000〜15000rpmとなる。そして、主軸6は、低速回転する場合や、高速回転する場合があり、また、低速又は停止状態から高速回転状態(最大回転数)へと急加速する。
【0024】
本実施形態の複列ころ軸受1は、内輪2と、外輪3と、これら内輪2と外輪3との間に配置された複数のころ4と、これらころ4を保持する環状の保持器5,5とを備えている。ころ4は、複列状態(二列状態)で配置されており、保持器5,5それぞれは、列毎に独立して複数のころ4を保持している。つまり、この複列ころ軸受1には、独立した二つの保持器5,5が組み込まれている。ころ4の外周面は円筒形であり、この複列ころ軸受1は複列円筒ころ軸受である。
【0025】
内輪2の外周面には、二列に配置されたころ4が転動する転動面2a,2bが形成されており、外輪3の内周面の一部が、二列のころ4が転動する転動面3a,3bとなる。そして、外輪3が工作機械の軸受ハウジング8の内周面に取り付けられており、内輪2に主軸6が挿入されている。この複列ころ軸受1はグリース潤滑されており、内輪2、外輪3、ころ4及び保持器5にはグリースが付着している。
【0026】
一方側のころ列用の保持器5と他方側のころ列用の保持器5とは、複列ころ軸受1への取り付け方向が異なるが、同じものである。これら保持器5,5は、軸方向に並べて複列ころ軸受1に組み込まれており、各保持器5の軸方向に向く一側面11が、複列ころ軸受1の軸方向外側へ向くように配置され、保持器5,5の対向する環状の背面14,14同士が接触可能となる。そして、保持器5,5それぞれは独立して各ころ列と共に回転することができる。
【0027】
図2は、保持器5(
図1の右側の保持器5)の斜視図である。この保持器5は、櫛型保持器であり、円環形状である円環部10と、複数の柱部20とを備えている。複数の柱部20は、周方向に間隔(等間隔)をあけて設けられており、各柱部20は、円環部10の一側面11から軸方向に向かって延びて形成されている。このため、柱部20は、円環部10から突出した片持ち梁状となる。なお、一側面11の軸方向反対側の面(他側面)が前記背面14となる。背面14は、円環状の滑らかな面により構成されており、軸方向の隣りに設置される別の保持器5の背面14と接触可能となる合わせ面となる。
【0028】
保持器5は、樹脂製(合成樹脂製)であり、射出成型により製造され、円環部10と柱部20とは一体に成型されている。保持器5の材質は、例えば、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)や、ポリアミドとすることができる。
【0029】
柱部20は周方向一定間隔おきに設けられており、円環部10の一側面11側であって周方向隣り合う柱部20,20の間に、ころを保持するポケット7が形成されている。つまり、各ポケット7は、周方向に隣接する柱部20,20の互いに対向する対向面24,24と、円環部10の一側面11とで囲まれた空間からなる。各ポケット7は、軸方向外側に向かって開口しており、保持器5は全体として櫛歯形状となる。
【0030】
図3は、
図2の一部を拡大して示す拡大図である。
図4は、保持器5の一部を保持器5の軸方向から見た図である。柱部20は、先端面36、径方向内側の面21、径方向外側の面27、及び、前記対向面24,24を有している。対向面24は、ころ4の外周面4bに対向する面である。
【0031】
柱部20の対向面24は、その一部に、ころ4の外周面4bと隙間を有して対向する面を有している(
図4参照)。この面が、後に説明する円弧面(アール面)からなるころ案内面42である。保持器5は、回転することで遠心力により径方向外側へ弾性的に変形するが、柱部20が大きく変形しない(遠心力が比較的小さい)所要回転数N以下の状態では、この面(ころ案内面42)において、各列に含まれる複数のころ4によって径方向について位置決めされる(ころ案内)。
そして、所要回転数Nを越えると、保持器5に作用する遠心力が大きくなり、柱部20が大きく変形する。この状態で、保持器5は、主に円環部10(
図2参照)の外周面19(の一部19a)において、外輪3の内周面によって径方向について位置決めされる(外輪案内)。
このように、保持器5の回転数に応じてころ案内と外輪案内とが切り替えられる。これらころ案内と外輪案内のために保持器5が有する構成について以下説明する。
【0032】
ころ案内のための構成について説明する。
図3と
図4において、柱部20は、ころ4の外周面4bと対向する対向面24に、ころ案内面42を有している。ころ案内面42は、対向面24のうち径方向外側寄りの領域に形成されている円弧面からなる。そして、ころ案内面42は、所要回転数N以下の状態で、ころ4の外周面4bに沿った形状であって、外周面4bとの間に一定のころ隙間d1(
図4参照)を有して対向する。
図3では、ころ案内面42をクロスハッチで示している。
このころ案内面42によって、ころ4の外周面4bによるころ案内が行われる。なお、このころ案内は、保持器5が所要回転数N以下の状態で行われる。
【0033】
また、
図3において、柱部20の対向面24のうち、ころ案内面42の径方向内側の領域に、非案内面43が形成されている。非案内面43は、ころ4の外周面4bとの隙間d2(
図4参照)が(ころ案内面42における隙間d1よりも)大きくなる面として形成されている。本実施形態の非案内面43は、ころ案内面42から径方向内側へ延びて形成されているストレート面からなる。
そして、
図3に示すように、この非案内面43は、柱部20の基部25側へ向かうにしたがって径方向外側へ拡大して形成されている。すなわち、柱部20の基部25に向かうにしたがって、ころ案内面42が縮小されている。
【0034】
外輪案内のための構成について説明する。
図5は、
図4のV−V矢視の断面図である。
図4と
図5において、円環部10の外周面19と柱部20の径方向外側の面27とを含む保持器外面45は、外輪案内面46を有している。本実施形態の外輪案内面46は、円環部10の外周面19の一部19aと、柱部20の径方向外側の面27とを含む。
なお、
図2に示すように、円環部10の外周面19は、径方向寸法が大きく前記一部19aとなる大径部と、径方向寸法が大径部よりも小さい小径部19bとを有している。大径部(一部19a)は柱部20と周方向について同じピッチで複数形成されており、柱部20の径方向外側の面27と連続している。そして、大径部(一部19a)と小径部19bとは周方向で交互に形成されている。
【0035】
図5において、外輪案内面46のうち、円環部10の外周面19の一部19a(大径部)は、外輪3の内周面3cよりも少し半径の小さい円弧面からなり、内周面3cとの間に周方向で一定の径方向隙間d3が形成される。なお、保持器5が高速回転することで遠心力によって円環部10は僅かに径方向外側に変形(拡径)することから、前記径方向隙間d3は、この変形量を考慮して設定される。つまり、保持器5が高速回転して拡径しても、外輪3の内周面3cとの間に僅かな隙間が設けられるように、前記径方向隙間d3は設定される。
【0036】
また、外輪案内面46のうち、柱部20の径方向外側の面27は、柱部20の先端へと向かうにしたがって、径方向内側に位置する傾斜面からなる(
図5参照)。つまり、柱部20の径方向外側の面27は、柱部20の先端へと向かうにしたがって、外輪3の内周面3cとの径方向隙間d4を大きくする傾斜面となる。なお、この傾斜面(径方向外側の面27)は、直線的な傾斜面であってもよいが、本実施形態では、先端へ向かうにしたがって傾斜角度が変化する(大きくなる)傾斜面である。
そして、所要回転数Nを超えると、柱部20に作用する遠心力が大きくなり、この柱部20が径方向外側へ変形することにより、前記径方向隙間d4を小さくし、傾斜面(径方向外側の面27)によって、外輪案内がされる。
【0037】
また、前記のとおり、保持器5の柱部20は、円環部10から軸方向に突出した片持ち梁状であり、このような片持ち梁状の柱部20は、保持器5の回転数が所要回転数Nを超えると遠心力が大きくなり、径方向外側へ変形するが(特に柱部20の先端)、この柱部20の径方向外側の面27は、先端へと向かうにしたがって外輪3の内周面3cとの間の径方向隙間d4を大きくする傾斜面であるため、この径方向外側の面27が外輪3の内周面3cに強く摺接して、例えば回転抵抗が大きくなるのを防ぐことができる。
【0038】
以上より、外輪案内面46に含まれる円環部10の外周面19の一部19aは、所要回転数Nを越えた状態で、遠心力によって円環部10が径方向外側へ変形(拡径)することにより、外輪3の内周面3cに沿った形状となり、この内周面3cとの間の径方向隙間d3を小さくして、内周面3cによる外輪案内がされる。そして、外輪案内面46に含まれる柱部20の径方向外側の面27は、所要回転数Nを越えた状態で、遠心力によって柱部20が径方向外側へ変形することにより、外輪3の内周面3cに沿った形状となり、この内周面3cとの間の径方向隙間d4を小さくして、内周面3cによる外輪案内がされる。
【0039】
すなわち、円環部10の外周面19の一部19aと、柱部20の径方向外側の面27とを含む外輪案内面46は、所要回転数Nを越えた状態で、外輪3の内周面3cに沿った形状を有することができる。そして、この外輪案内面46は、所要回転数Nを越えた状態で、遠心力によって径方向外側へ拡大することにより、外輪3の内周面3cとの間の径方向隙間(d3,d4)を小さくし、この外輪案内面46において外輪3の内周面3cによる外輪案内が行われる。
【0040】
また、前記のとおり、保持器5が所要回転数Nを超えて高速回転すると、保持器5では、外輪案内が行われるが、この所要回転数N以下で行われていたころ案内について説明すると、所要回転数Nを越えた状態で、遠心力によって柱部20が径方向外側へ変形することによりころ隙間d1(
図4参照)が大きくなる。つまり、ころ案内面42は、ころ4の外周面4bから離反する。このため、保持器5が所要回転数Nを超えて高速回転すると、ころ案内が解除される。これにより、保持器5の回転数が、所要回転数N以下の状態から所要回転数Nを超えると、ころ案内から外輪案内へと切り替わることができる。
【0041】
以上、本実施形態の保持器5によれば、保持器5の回転数が低く所要回転数N以下の状態で、保持器5は、柱部20の対向面24に設けられているころ案内面42によって、ころ案内される。このため、回転数が高くなることで遠心力により保持器5が径方向外側へ変形(拡大)することを考慮して保持器外面45(円環部10の外周面19の一部19a)と外輪3の内周面3cとの間の径方向隙間d3を大きく設定しても、所要回転数N以下の低速又は中速回転時において、保持器5はがたつかずに安定して軸受内で案内される。
また、本実施形態のころ案内面42は、ころ4の外周面4bに沿った形状となる円弧面からなるため、保持器5は、ころ案内面42によって安定してころ案内される。
【0042】
そして、保持器5の回転数が所要回転数Nを超えて高速回転すると、外輪案内面46は遠心力によって径方向外側へ拡大され、外輪3の内周面3cとの間の径方向隙間(d3,d4)が小さくなり、保持器5は外輪案内される。このため、高速回転時においても、保持器5はがたつかずに安定して軸受内で案内される。
すなわち、複列ころ軸受1内において、保持器5を低速回転から高速回転までの全域で安定して案内することが可能となる。
【0043】
以上のように、保持器5の回転数が所要回転数N以下で、柱部20の対向面24に設けられているころ案内面42よるころ案内が行われ、この所要回転数Nを越えた状態で、円環部10の外周面19と柱部20の径方向外側の面27との双方による外輪案内が行われる。
【0044】
なお、前記所要回転数Nは、複列ころ軸受1の大きさ(直径)によって変化するが、例えば、dmn値が600000である。なお、dmn値とは、軸受のPCD(ピッチ円直径)[mm]×回転速度[min
−1]である。
【0045】
また、
図3を参考にして説明すると、遠心力によって径方向外側へ変形する柱部20は、片持ち梁状であるため、基部25では変形量が小さく、先部では変形量が大きい。このため、仮に、柱部20の対向面24に設けられているころ案内面42が、柱部20の全長(軸方向全長)にわたって変化しない一定の円弧面であると、所要回転数Nを超えて外輪案内に切り替わった際に、柱部20の先部26側では、円弧面からなるころ案内面42ところ4の外周面4bとの間隔は広がり、ころ案内が明確に解除されるが、柱部20の基部25側では、ころ4の外周面4bとの間隔はさほど変化せず、ころ案内に近い状態が残される。
【0046】
そこで、本実施形態では、前記のとおり、柱部20の対向面24のうちころ案内面42の径方向内側の領域に、ころ隙間が大きくなる非案内面43が形成されており、この非案内面43は、柱部20の基部25側へ向かうにしたがって径方向外側へ拡大している。このため、基部25における変形量が小さくても、その基部25側において、ころ4の外周面4bとの間隔を広くすることが可能となり、ころ案内を解除させることができる。すなわち、保持器5の回転数が所要回転数Nを超えることで、ころ案内から外輪案内へと明確に切り替えることが可能となる。
【0047】
また、本実施形態の保持器5は樹脂製であることから、金属製(例えば黄銅製)とするよりも、回転抵抗を小さくすることができ、低騒音であり、高速回転対応性能が高い。
なお、保持器には黄銅製(銅合金製)のものがあるが、特に高速回転の環境で用いられる場合、保持器の内周面、外周面及びポケット面等が、内輪、外輪及びころに接触することで摩耗し、摩耗粉が発生する。この摩耗粉が、複列ころ軸受の潤滑用のグリース中に混入すると、グリースの潤滑性能が劣化し、軸受の焼き付きや損傷の原因になるおそれがある。しかし、本実施形態の保持器5は樹脂製であるため、前記のような摩耗粉によるグリースの潤滑性能の劣化を防ぐことができる。つまり、樹脂製の保持器5は、黄銅製のものに比べて高速回転に適している。
【0048】
また、保持器5は櫛型であり、柱部20は円環部10から軸方向に突出している片持ち梁状であるため、柱部20の先部側はある程度自由に変形できる。このため、複列ころ軸受1が回転し、ころ4の進み遅れによって保持器5に引っ張り力と圧縮力とが繰り返し作用しても、その力を逃がすことができ、破損が生じにくい。
【0049】
また、本発明の複列ころ軸受及び保持器は、図示する形態に限らず本発明の範囲内において他の形態のものであってもよい。例えば、前記実施形態では、外輪案内面46には、円環部10の外周面19の一部19aが含まれる場合について説明した。つまり、保持器5の回転数が所要回転数Nを超えた状態で、遠心力によって径方向外側に変形する円環部10の外周面19の一部19aが、外輪案内面として機能する場合について説明したが、外周面19の全周を外輪案内面46としてもよい。つまり、外輪案内面46には、外周面19の少なくとも一部19aが含まれればよい。
そして、複列ころ軸受1は、工作機械の主軸6の支持以外の用途であってもよい。
【符号の説明】
【0050】
1:複列ころ軸受 2:内輪 3:外輪
3c:内周面 4:ころ 4b:外周面
5:保持器(樹脂製櫛型保持器) 10:円環部 19:外周面
19a:一部(大径部) 19b:小径部 20:柱部
24:対向面 27:径方向外側の面 42:ころ案内面
43:非案内面 45:保持器外面 46:外輪案内面
d1:ころ隙間 d2:隙間 d3:径方向隙間
d4:径方向隙間 N:所要回転数