(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記熱変位推定値を算出する工程において、前記各部材の線膨張係数は、前記各部材の主成分である純金属の物理的性質としての線膨張係数を含む前後の値に変化させる、請求項1または2の工作機械の各部材の線膨張係数の決定方法。
前記実際の熱変位量を計測する工程は、変位センサにより前記工作機械の前記所定位置における前記実際の熱変位量を計測した後に、前記変位センサの温度および前記変位センサの温度特性に基づいて、計測した前記実際の熱変位量を修正し、
前記線膨張係数を同定する工程は、前記熱変位推定値と修正された前記実際の熱変位量との差を小さくするような前記各部材の線膨張係数を同定する、請求項1〜4の何れか一項の工作機械の各部材の線膨張係数の決定方法。
請求項1〜5の何れか一項の工作機械の各部材の線膨張係数の決定方法により決定された前記各部材の線膨張係数を用いて、前記工作機械の熱変位補正量を算出する手段と、
算出した前記熱変位補正量に基づいて、前記工作機械の移動体の位置を補正する手段と、
を備える工作機械の熱変位補正装置。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、主成分が同一であっても、実際には、工作機械の部材毎に線膨張係数が異なることがある。そのため、線膨張係数を用いて演算により熱変位推定値を算出する場合に、線膨張係数の誤差の影響によって、熱変位推定値に誤差を生じる。熱変位推定値の誤差は、工作物の加工精度に影響を与える。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、工作機械の各部材の線膨張係数を高精度に決定することができる方法、および、当該方法により決定された線膨張係数を用いた工作機械の熱変位補正装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(線膨張係数の決定方法)
(請求項1)本手段に係る工作機械の熱変位補正量を算出するために用いる前記工作機械の各部材の線膨張係数の決定方法は、前記工作機械の各部材の温度変化を複数のパターンにした場合のそれぞれについて、前記工作機械の各部材の線膨張係数を変数として複数に変化させて、前記線膨張係数を用いた演算により前記工作機械の所定位置の熱変位推定値を算出する工程と、前記工作機械の各部材の温度変化を前記複数のパターンにした場合のそれぞれについて、前記工作機械の前記所定位置における実際の熱変位量を計測する工程と、変数として複数に変化させた前記各部材の線膨張係数の中から、前記複数のパターンのそれぞれにおける前記熱変位推定値と前記実際の熱変位量との差を小さくするような前記各部材の線膨張係数を同定する工程とを備える。
【0007】
本手段に係る決定方法は、工作機械の各部材の個体に応じた線膨張係数を決定できる。従って、従来のように各部材の主成分である純物質の物理的性質としての線膨張係数を用いて熱変位補正を行う場合に比べて、本手段により得られた線膨張係数を用いることで、高精度な熱変位補正を行うことができる。
【0008】
ここで、本手段は、熱変位推定値と実際の熱変位量との差を小さくするような線膨張係数を求めている。そして、熱変位推定値の算出および実際の熱変位量の計測は、各部材の温度変化を複数のパターンにした場合のそれぞれについて行っている。そして、それぞれのパターンにおける差が小さくなるような、線膨張係数を求めている。
【0009】
仮に、各部材の温度変化を1つのパターンのみにおいて、熱変位推定値と実際の熱変位量との差に基づいて線膨張係数を求めたとすると、温度によるばらつきや種々の外乱の影響を大きく受けた線膨張係数となってしまう。そこで、本手段は、各部材の温度変化を複数のパターンにした場合のそれぞれについて、熱変位推定値の算出と実際の熱変位量の計測とを行って、それらの差が小さくなるような線膨張係数を求めている。従って、温度によるばらつきや種々の外乱の影響を小さくできる。つまり、得られた各部材の線膨張係数は、十分に適切な値となる。
【0010】
以下に、本手段に係る線膨張係数の決定方法の好適態様について説明する。
(請求項2)好ましくは、前記熱変位推定値を算出する工程において、前記工作機械における各部材の線膨張係数は、1つずつの値とする。
各部材の線膨張係数を1つずつの値とするということは、当該部材の部位に関係なく、線膨張係数は同一値とするという意味である。このように、部材単位で、1つの線膨張係数を設定することで、演算回数を低減することができ、確実に各部材の線膨張係数を得ることができる。また、各部材の線膨張係数を1つずつの値としたとしても、得られた線膨張係数は、十分に高精度に個体に応じた線膨張係数とすることができる。
【0011】
(請求項3)好ましくは、前記熱変位推定値を算出する工程において、前記各部材の線膨張係数は、前記各部材の主成分である純金属の物理的性質としての線膨張係数を含む前後の値に変化させる。
【0012】
ここで、実際の線膨張係数は、純金属の物理的性質としての線膨張係数と同一でないとしても、近い値になる。そこで、熱変位推定値を算出する際に、変数として複数に変化させる線膨張係数が、純金属の物理的性質としての線膨張係数を含む前後の値とすることで、変数の個数を制限できる。その結果、演算処理回数を低減できる。
【0013】
(請求項4)好ましくは、工作機械毎に、当該工作機械の前記各部材の線膨張係数を決定する。同一構造の複数の工作機械において、同一種類の部材であっても、部材自体が異なれば、線膨張係数は個体毎に異なる。そこで、工作機械毎に、各部材の線膨張係数を決定することで、工作機械個体に応じた熱変位推定値を得ることができる。
【0014】
(請求項5)好ましくは、前記実際の熱変位量を計測する工程は、変位センサにより前記工作機械の前記所定位置における前記実際の熱変位量を計測した後に、前記変位センサの温度および前記変位センサの温度特性に基づいて、計測した前記実際の熱変位量を修正し、前記線膨張係数を同定する工程は、前記熱変位推定値と修正された前記実際の熱変位量との差を小さくするような前記各部材の線膨張係数を同定する。
【0015】
実際の熱変位量の計測に用いる変位センサが温度に応じてばらつきを有する場合、計測された実際の熱変位量には誤差が含まれていることになる。そこで、変位センサの温度特性と計測時の温度とを考慮して、計測された実際の熱変位量を修正する。そして、修正された実際の熱変位量を用いて、各部材の線膨張係数を同定することで、高精度な線膨張係数を得ることができる。
【0016】
(工作機械の熱変位補正装置)
(請求項6)本手段に係る工作機械の熱変位補正装置は、上述した工作機械の各部材の線膨張係数の決定方法により決定された前記各部材の線膨張係数を用いて、前記工作機械の熱変位補正量を算出する手段と、算出した前記熱変位補正量に基づいて、前記工作機械の移動体の位置を補正する手段と、を備える。
【0017】
本手段に係る熱変位補正装置は、上述にて決定された各部材の線膨張係数を用いて熱変位補正量を算出する。従って、当該熱変位補正量は、個体毎の線膨張係数に基づいて算出されているため、当該熱変位補正量と実際の熱変位量との差が非常に小さい。そして、当該熱変位補正量を用いて移動体の位置補正を行うため、工作物と工具との相対位置を所望の位置に移動させることができる。従って、工作物の加工精度を良好にすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<第一実施形態>
(工作機械の構成)
本発明を適用する工作機械1の構成について説明する。工作機械1の一例として、横型マシニングセンタを例に挙げ、
図1を参照して説明する。つまり、当該工作機械1は駆動軸として、相互に直交する3つの直進軸(X,Y,Z軸)および鉛直方向の回転軸(B軸)を有する工作機械である。なお、本発明は、横型マシニングセンタ以外の工作機械に対しても適用可能である。
【0020】
図1に示すように、工作機械1は、ベッド10と、コラム20と、サドル30と、回転主軸40と、スライドテーブル50と、回転テーブル60と、温度センサ70と、制御装置80と、熱変位補正装置90とから構成される。
【0021】
ベッド10は、設置面上に配置される。ベッド10の上面には、コラム20がX軸方向に直動可能に設けられている。コラム20は、X軸モータ21によりX軸ボールねじ(図示せず)を介して駆動される。コラム20の側面には、サドル30がY軸方向に直動可能に設けられている。サドル30は、Y軸モータ31によりY軸ボールねじ(図示せず)を介して駆動される。サドル30には、回転主軸40が回転可能に設けられている。回転主軸40は、主軸モータ41により駆動される。回転主軸40の先端には、回転工具42が固定されている。回転工具42は、例えば、ボールエンドミル、エンドミル、ドリル、タップ等である。
【0022】
また、ベッド10の上面には、スライドテーブル50がZ軸方向に直動可能に設けられている。スライドテーブル50は、Z軸モータ51によりZ軸ボールねじ(図示せず)を介して駆動される。スライドテーブル50の上面には、回転テーブル60がB軸回転(Y軸回りの回転)を可能に設けられている。回転テーブル60の上面には、工作物Wが固定される。回転テーブル60は、B軸モータ61により駆動される。
【0023】
また、ベッド10には、コラム20のX軸方向位置を検出するためのX軸リニアスケール22、および、スライドテーブル50のZ軸方向位置を検出するためのZ軸リニアスケール52が設けられている。コラム20には、サドル30のY軸方向位置を検出するためのY軸リニアスケール32が設けられている。
【0024】
温度センサ70は、工作機械1の各構造体、すなわちベッド10、コラム20、サドル30、回転主軸40、スライドテーブル50および回転テーブル60の任意の部位に取付けられている。つまり、温度センサ70は、工作機械1の各部材の温度を検出する。詳細には、温度センサ70は、工作機械1の構造体10,20,30,40,50,60の各部位の温度を検出すると共に、リニアスケール22,32,52の部位の温度、回転工具42の温度などを検出する。温度センサ70には、例えば、熱電対やサーミスタが用いられる。なお、
図1においては、温度センサ70は、コラム20に配置する図としたが、上記の通り、他の部材にも配置される。
【0025】
制御装置80は、指令値に従って、主軸モータ41を制御して回転工具42を回転させ、かつ、各軸モータ21,31,51,61を制御して、工作物Wと回転工具42とを相対移動させることにより、工作物Wの加工を行う。
【0026】
熱変位補正装置90は、温度センサ70により検出された温度情報に基づいて熱変位補正量を算出する。熱変位補正装置90は、X軸、Y軸、Z軸の各方向に対する熱変位補正量を算出する。熱変位補正装置90は、算出した熱変位補正量に基づいて、制御装置80における各軸の指令値に対して補正する。つまり、各軸モータ21,31,51,61は、熱変位量が考慮された位置に移動する。
【0027】
(熱変位補正装置の詳細)
熱変位補正装置90は、上述したように、温度センサ70により検出された温度情報に基づいて、各軸方向の熱変位補正量を算出する。熱変位補正装置90の詳細について、
図1を参照して説明する。
【0028】
図1に示すように、熱変位補正装置90は、線膨張係数記憶部91、温度取得部92、熱変位推定値算出部93、補正値演算部94および補正部95を備える。線膨張係数記憶部91には、工作機械1の各部材の線膨張係数α
a1、・・・、α
an、α
b1、・・・、α
bnが記憶される。詳細には、線膨張係数記憶部91には、工作機械1の各部材としてのベッド10の線膨張係数α
a1、コラム20の線膨張係数α
a2、サドル30の線膨張係数α
a3、回転主軸40の線膨張係数α
a4、スライドテーブル50の線膨張係数α
a5、回転テーブル60の線膨張係数α
a6、各リニアスケール22,32,52の線膨張係数α
b1、α
b2、α
b3および回転工具42の線膨張係数α
b4が記憶されている。ここで、各部材10,20,30,40,50,60,22,32,52の線膨張係数αは、1つずつとする。例えば、線膨張係数記憶部91には、コラム20の線膨張係数α
a2として1つの値が記憶されている。
【0029】
温度取得部92は、温度センサ70により検出される温度情報を取得する。ここで、本実施形態においては、工作機械1の各部材の各部位の温度に温度センサ70を配置し、それぞれの温度センサ70により当該部位の温度を検出するものとした。この他に、温度センサ70の数を少なくしておき、検出温度と検出位置とに基づいて、検出位置とは異なる位置の温度を推定することもできる。
【0030】
ここで、温度取得部92は、構造体であるベッド10、コラム20、サドル30、回転主軸40、スライドテーブル50、回転テーブル60のそれぞれを複数に分割した各ブロック(領域)の温度情報を取得する。これは、後述するが、構造体の熱変形を、FEM(有限要素法)などの構造解析手法により高精度に行うためである。また、温度取得部92は、各リニアスケール22,32,52および回転工具42の温度情報を取得する。なお、リニアスケール22,32,52や回転工具42の熱変形は、構造解析手法を適用するのではなく、温度変化に対する線形的な関数により演算する。
【0031】
熱変位推定値算出部93は、温度取得部92により取得した温度情報と、線膨張係数記憶部91に記憶されている各部材10、・・・の線膨張係数α
a1〜α
an、α
b1〜α
bnとに基づいて、X軸、Y軸、Z軸の各方向の回転工具42の先端位置の熱変位推定値を算出する。例えば、Z軸方向の回転工具42の先端位置の熱変位推定値δ
Zは、式(1)に従って算出される。なお、以下においては、Z軸方向について説明するが、X軸方向およびY軸方向についても同様に適用可能である。
【0033】
式(1)において、δ
Za1、δ
Za2、δ
Za3は、ベッド10、コラム20、サドル30などの工作機械1の構造体についてFEMによる構造解析を行い、回転工具42の先端位置のZ軸方向の熱変位に起因する変位量である。例えば、δ
Za1は、ベッド10におけるコラム20をX軸方向に移動させるためのガイドレールの位置におけるZ軸方向の熱変位推定値である。また、δ
Za2は、コラム20におけるサドル30をY軸方向に移動させるためのガイドレールの位置におけるZ軸方向の熱変位推定値である。δ
Za3は、サドル30における回転主軸40を支持するためのZ軸方向の基準位置の熱変位推定値である。そして、これらδ
Za1、δ
Za2、δ
Za3は、該当する部材10、20、30の線膨張係数α
a1、α
a2、α
a3を用いて、FEMによる構造解析が行われる。例えば、コラム20の熱変位推定値δ
Za2は、式(2)のように表される。
【0035】
式(2)において、{δ
Za2}は、コラム20の熱変位推定値に相当する変位ベクトルである。α
a2は、コラム20の線膨張係数である。本実施形態においては、コラム20の線膨張係数α
a2は、部位に関わりなく1つの値としている。[P]は、剛性マトリックス[K]の逆行列と節点力係数マトリックス[F]の乗算行列である。{T
a2}は、コラム20の各節点の温度ベクトルである。ここで、式(2)の導出方法、および、[P]の詳細は、後述する。
【0036】
また、式(1)において、func
FEM()は、δ
Za1、δ
Za2、δ
Za3などを要素(成分)とした関数であって、FEMの対象となる構造体に起因する回転工具42の先端位置における熱変位推定値である。
【0037】
また、式(1)において、func
Zbn(nは整数)は、構造解析手法ではなく、線膨張係数および温度変化に対する比例関数により得られる部材において、回転工具42の先端位置のZ軸方向の熱変位に起因する変位量である。つまり、func
Zbn(nは整数)は、Z軸リニアスケール52や回転工具42の熱変形に起因する変位量である。
【0038】
func
Zbn(nは整数)は、式(3)のように表される。式(3)において、α
bnは、各部材22、32、52の線膨張係数である。線膨張係数α
bnは、線膨張係数記憶部91に記憶されている。L
Zbnは、当該部材22、32、52のZ軸方向の長さである。例えば、回転工具42のL
Zbnは、回転主軸40の端面からの突き出し長さである。また、Z軸リニアスケール52のL
Zbnは、基準位置から対象部材の計測位置までの距離である。ΔT
bnは、各部材22、32、52の温度変化である。
【0040】
このように、式(1)により、Z軸方向の熱変位推定値δ
Zは、FEMによる構造解析を行う部材10,20,30,40,50,60のZ軸方向の熱変位と、構造解析を行わない部材22,32,52のZ軸方向の熱変位とを考慮した値となる。また、上記においては、回転工具42の先端位置のZ軸方向の熱変位推定値δ
Zを算出したが、X軸方向およびY軸方向の熱変位推定値δ
X、δ
Yについても同様に算出できる。
【0041】
補正値演算部94は、熱変位推定値算出部93にて算出される回転工具42の先端位置の熱変位推定値δ
X、δ
Y、δ
Zに基づいて、加工指令位置に対する補正値(熱変位補正量)を算出する。補正部95は、補正値演算部94にて得られる補正値に基づいて、制御装置80に対して、工作機械1の移動体(コラム20、サドル30、スライドテーブル50など)の加工指令位置を補正する。
【0042】
(線膨張係数の決定処理)
上述したように、工作機械1の各部材10、・・・の線膨張係数α
a1、・・・、α
an、α
b1、・・・、α
bnは、線膨張係数記憶部91に記憶させている。ここで、例えば、ベッド10やコラム20などの構造体は、鉄を主成分とする材料により形成されている。つまり、これら構造体10、20、30、40、50、60の主成分は、鉄で一致する。しかし、これらの線膨張係数αは、個体差があり、厳密には異なる。そこで、線膨張係数記憶部91には、個体毎の線膨張係数α
a1、α
a2、・・・、α
anを記憶している。また、構造体以外の部材22、32、52の線膨脹係数αについても同様に、個体差がある。そこで、線膨張係数記憶部91には、個体毎の線膨張係数α
b1、α
b2、・・・、α
bnを記憶している。
【0043】
そこで、個体毎の線膨張係数α
a1、・・・、α
an、α
b1、・・・、α
bnを算出する。以下に、各部材10,20,30,40,50,60,22,32,52の線膨張係数αの決定処理について、
図2を参照して説明する。線膨張係数決定装置100は、係数の変数記憶部101と、熱変位推定値算出部102と、実際の熱変位量計測部103と、推定誤差算出部104と、線膨張係数同定部105とを備える。
【0044】
係数の変数記憶部101は、工作機械1の各部材10,20,30,40,50,60,22,32,52の線膨張係数α
a1、・・・、α
an、α
b1、・・・、α
bnを変数として、部材10、・・・毎に複数の値を記憶する。ここで、最終的に算出したい工作機械1における各部材10、・・・の線膨張係数αは、1つずつの値である。さらに、各部材10、・・・の線膨張係数αは、各部材10、・・・の主成分である純金属の物理的性質としての線膨張係数を含む前後の値を記憶する。例えば、ベッド10、コラム20、サドル30などの主成分である鉄の線膨張係数α
a1、・・・、α
anは、12.1×10
−6/℃である。そこで、ベッド10、コラム20、サドル30の変数としての線膨張係数α
a1、・・・、α
anは、11×10
−6/℃〜13×10
−6/℃の範囲を、0.1×10
−6/℃間隔にした複数の値とする。つまり、これらの線膨張係数α
a1、・・・、α
anが、最終的に各部材10、・・・の線膨張係数の候補となる。
【0045】
熱変位推定値算出部102は、工作機械1の各部材10、・・・の温度変化を複数のパターンにした場合のそれぞれについて、変数として複数に変化させた線膨張係数α
a1、・・・、α
an、α
b1、・・・、α
bnを用いた演算により回転工具42の先端位置の熱変位推定値を算出する(本発明の「熱変位推定値を算出する工程」)。
【0046】
つまり、算出された熱変位推定値は、温度変化パターンの数に対して、各部材10、・・・の線膨張係数αの数に応じた分、得られる。ここで、複数の温度変化パターンにおける各部材10、・・・の温度は、温度センサ70により検出される温度情報を用いる。ここで、各部材10、・・・の温度変化を複数のパターンとした場合とは、各部材10、・・・に複数種の熱履歴を与えた場合を意味する。熱履歴とは、時間変化に対する温度の変化(上昇、保持、下降)である。
【0047】
実際の熱変位量計測部103は、工作機械1の各部材10、・・・の温度変化を複数のパターンにした場合のそれぞれについて、回転工具42の先端位置における実際の熱変位量を計測する(本発明の「実際の熱変位量を計測する工程」)。実際の熱変位量は、変位センサ110により計測する。変位センサ110は、例えば、ベッド10に取り付ける。
【0048】
推定誤差算出部104は、変数として複数に変化させた各部材10、・・・の線膨張係数αの中から、複数の温度変化パターンのそれぞれにおける熱変位推定値と実際の熱変位量との差を算出する。つまり、当該差は、温度変化パターン毎に、変数のパターン数に応じた分、算出される。
【0049】
線膨張係数同定部105は、熱変位推定値と実際の熱変位量との差を小さくするような各部材10、・・・の線膨張係数αを同定する(本発明の「線膨張係数を同定する工程」)。そして、同定された各部材10、・・・の線膨張係数αは、熱変位補正装置90における線膨張係数記憶部91に記憶される。
【0050】
上述したような線膨張係数の決定処理により、各部材10、・・・の実際の線膨張係数に近い線膨張係数を得ることができる。その結果、熱変位補正装置90における熱変位推定値算出部93により算出される熱変位推定値が、実際の熱変位量に非常に近い値となる。そして、補正部95により熱変位補正を行うことにより、工作物Wの加工精度がより向上する。
【0051】
ここで、上記によれば、熱変位推定値と実際の熱変位量との差を小さくするような線膨張係数αを求めている。そして、熱変位推定値の算出および実際の熱変位量の計測は、各部材10、・・・の温度変化を複数のパターンにした場合のそれぞれについて行っている。そして、それぞれのパターンにおける差が小さくなるような、線膨張係数を求めている。
【0052】
仮に、各部材10、・・・の温度変化を1つのパターンのみにおいて、熱変位推定値と実際の熱変位量との差に基づいて線膨張係数を求めたとすると、温度によるばらつきや種々の外乱の影響を大きく受けた線膨張係数となってしまう。そこで、上記のように、各部材10、・・・の温度変化を複数のパターンにした場合のそれぞれについて、熱変位推定値の算出と実際の熱変位量の計測とを行って、それらの差が小さくなるような線膨張係数を求めることで、温度によるばらつきや種々の外乱の影響を小さくできる。つまり、得られた各部材10、・・・の線膨張係数は、十分に適切な値となる。
【0053】
また、上記によれば、各部材10、・・・の線膨張係数αを1つずつの値とした。つまり、部材10、・・・の部位に関係なく、ある部材10、・・・の線膨張係数αは1つの値とした。このように、部材単位で、1つの線膨張係数αを設定することで、演算回数を低減することができ、確実に各部材10、・・・の線膨張係数αを得ることができる。また、各部材10、・・・の線膨張係数αを1つずつの値としたとしても、得られた線膨張係数αは、十分に高精度に個体に応じた線膨張係数αとすることができる。
【0054】
また、変数としての各部材10、・・・の線膨張係数αは、各部材10、・・・の主成分である純金属の物理的性質としての線膨張係数を含む前後の値に変化させている。ここで、実際の線膨張係数は、純金属の物理的性質としての線膨張係数と同一でないとしても、近い値になる。そこで、線膨張係数の決定に際して熱変位推定値を算出する際に、変数として複数に変化させる線膨張係数αが、純金属の物理的性質としての線膨張係数を含む前後の値とすることで、変数の個数を制限できる。その結果、演算処理回数を低減できる。
【0055】
(式(2)の導出方法)
上述した式(2)の導出方法について以下に説明する。FEMによる構造解析の基本式は、式(4)により表される。この式(4)は、構造体の剛性方程式である。ここで、剛性マトリックス[K]は、コラム20の材料定数およびコラム20の形状により得られる既知の値である。なお、式(4)において、行数および列数、もしくは要素数を示す表記としている。また、本明細書において用いるベクトルは、すべて列ベクトルを意味する。
【0057】
式(4)において、{f}は、各節点の外力ベクトルであり、[K]は、剛性マトリックスであり、{δ
Za2}は、コラム20の各節点の熱変位推定値に相当する熱変位ベクトルである。ここで、節点とは、FEMによる構造解析における要素の境界線分の頂点である。
【0058】
また、節点温度に応じた節点力の関係式は、式(5)により表される。ここで、節点力マトリックス[F]は、コラム20の材料定数およびコラム20の形状により得られる既知の値である。
【0060】
式(5)において、{f}は、各節点の外力ベクトルであり、[F]は節点力係数マトリックスであり、{T
a2}は、各節点の温度ベクトルである。
【0061】
式(4)(5)の左辺が共通することから、各節点の熱変位量ベクトル{δ
Za2}は式(6)のように表される。つまり、式(6)における各節点の熱変位量ベクトル{δ
Za2}は、各節点の熱変位推定値に相当する。
【0063】
ここで、剛性マトリックス[K]の逆行列と節点力係数マトリックス[F]との乗算行列(式(6)の破線で囲む部分)は、コラム20の線膨張係数α
a2を用いて表すことができる。そこで、式(2)に示すように、熱変位ベクトル{δ
Za2}は、線膨張係数α
a2と、行列[P]と、温度ベクトル{T
a2}により表される。
【0064】
このようにして式(2)が導出される。ここで、温度ベクトル{T
a2}は、すべて異なる値としてもよいが、ある範囲内は同一値としてもよい。このことについて、
図3を参照して説明する。
【0065】
図3に示すように、コラム20を複数のブロック201〜207に分割する。そして、ブロック201〜207のそれぞれに、温度センサ70が配置されている。このとき、同一のブロック201〜207に含まれる節点の温度は、同一値とする。例えば、ブロック201に含まれている節点の温度は、当該ブロック201に配置されている温度センサ70により検出される温度情報の値とする。このように、同一のブロック201〜207に含まれる節点の温度を同一値とすることにより、演算処理回数が非常に少なくなる。
【0066】
<変形態様>
上記実施形態において、ある工作機械1の各部材10、・・・の線膨張係数αを決定し、当該線膨張係数αを用いて熱変位補正を行った。ここで、線膨張係数αは、工作機械1毎に決定し、それぞれの工作機械1における線膨張係数記憶部91に記憶してもよい。仮に、同一構造の複数の工作機械1において、同一種類の部材であっても、部材自体が異なれば、線膨張係数αは個体毎に異なる。そこで、工作機械1毎に、各部材10、・・・の線膨張係数αを決定することで、工作機械1個体に応じた熱変位推定値を得ることができる。
【0067】
<第二実施形態>
上記実施形態においては、式(2)には、コラム20の熱変位推定値に相当する変位ベクトルを示した。つまり、各構造体10,20,30,・・・の熱変位推定値に相当する変位ベクトルδ
Za1,δ
Za2,δ
Za3に関する関係式は、構造体毎の関係式を用いた。この他に、複数の構造体10,20,30を全体としての関係式を用いることもできる。この場合、第一実施形態における式(2)は、式(7)のように置換される。
【0069】
式(7)において、各構造体10,20,30の線膨張係数α
a1、α
a2、α
a3は、部位に関わりなくそれぞれ1つの値としている。[P
1,2,3]は、複数の構造体10,20,30に関する剛性マトリックス[K]と節点力係数マトリックス[F]の乗算行列である。つまり、式(7)は、複数の構造体10,20,30を一体としての行列[P
1,2,3]を用いる。
【0070】
そして、上記実施形態と同様に、線膨張係数α
a1,α
a2,α
a3を変数として複数に変化させて、線膨張係数α
a1,α
a2,α
a3を用いた演算により回転工具42の先端位置の熱変位推定値を算出する。このように、複数の構造体10,20,30全体に関する関係式を用いることにより、高精度に線膨張係数α
a1,α
a2,α
a3を得ることができる。
【0071】
<第三実施形態>
上記実施形態において、実際の熱変位量は、変位センサ110により計測される値そのものを用いた。しかしながら、変位センサ110が、温度に応じてばらつきを有する場合がある。この場合、線膨張係数決定装置100における実際の熱変位量計測部103が、変位センサ110の温度によるばらつきを考慮して、計測された実際の熱変位量を修正する。
【0072】
つまり、実際の熱変位量計測部103は、変位センサ110により回転工具42の先端位置における実際の熱変位量を計測した後に、変位センサ110の温度および変位センサ110の温度特性に基づいて、計測した実際の熱変位量を修正する。そして、推定誤差算出部104は、修正された実際の熱変位量と熱変位推定値との差を算出し、線膨張係数同定部105は、当該差に基づいて線膨張係数αを同定する。
【0073】
実際の熱変位量の計測に用いる変位センサ110が温度に応じてばらつきを有する場合、計測された実際の熱変位量には誤差が含まれていることになる。そこで、上記のように、変位センサ110の温度特性と計測時の温度とを考慮して修正された実際の熱変位量を用いて、各部材10、・・・の線膨張係数αを同定することで、高精度な線膨張係数αを得ることができる。