特許第6156613号(P6156613)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6156613
(24)【登録日】2017年6月16日
(45)【発行日】2017年7月5日
(54)【発明の名称】成形品の製造方法、及び成形品
(51)【国際特許分類】
   B21D 22/20 20060101AFI20170626BHJP
   C21D 9/48 20060101ALI20170626BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20170626BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20170626BHJP
【FI】
   B21D22/20 E
   C21D9/48 E
   C22C38/00 301S
   C22C38/14
【請求項の数】10
【全頁数】34
(21)【出願番号】特願2017-518283(P2017-518283)
(86)(22)【出願日】2016年11月30日
(86)【国際出願番号】JP2016085633
【審査請求日】2017年4月4日
(31)【優先権主張番号】特願2015-242460(P2015-242460)
(32)【優先日】2015年12月11日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2016-180635(P2016-180635)
(32)【優先日】2016年9月15日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】特許業務法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】久保 雅寛
(72)【発明者】
【氏名】中澤 嘉明
(72)【発明者】
【氏名】吉田 博司
【審査官】 細川 翔多
(56)【参考文献】
【文献】 特開平9−263900(JP,A)
【文献】 特開平11−117038(JP,A)
【文献】 特開2001−316775(JP,A)
【文献】 特開2002−275595(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 22/20
C21D 9/48
C22C 38/00
C22C 38/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
bcc構造を有し、金属板の表面において下記(a)又は(b)の条件を満たす金属板に対して、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じ、かつ前記金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる成形加工を施し、成形品を製造する成形品の製造方法。
(a)前記金属板の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の面積分率が0.20以上0.35以下である。
(b)前記金属板の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の、面積分率が0.45以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
【請求項2】
前記金属板が、鋼板である請求項1に記載の成形品の製造方法。
【請求項3】
前記金属板が、金属組織のフェライト分率50%以上のフェライト系鋼板である請求項1又は請求項2に記載の成形品の製造方法。
【請求項4】
bcc構造を有し、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じた形状の金属板の成形品であって、
成形品の最大板厚をD1とし、成形品の最小板厚をD2としたとき、式:10≦(D1−D2)/D1×100≦30の条件を満たし、
かつ成形品の表面において下記(c)又は(d)の条件を満たす成形品。
(c)前記成形品の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の面積分率が0.20以上0.35以下である。
(d)前記成形品の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の、面積分率が0.45以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
【請求項5】
前記金属板が、鋼板である請求項に記載の成形品。
【請求項6】
前記金属板が、金属組織のフェライト分率50%以上のフェライト系鋼板である請求項4又は請求項5に記載の成形品。
【請求項7】
bcc構造を有し、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じた形状の金属板の成形品であって、
成形品の最大硬度をH1とし、成形品の最小硬度をH2としたとき、式:15≦(H1−H2)/H1×100≦40の条件を満たし、
かつ成形品の表面において下記(c)又は(d)の条件を満たす成形品。
(c)前記成形品の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の面積分率が0.20以上0.35以下である。
(d)前記成形品の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の、面積分率が0.45以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
【請求項8】
bcc構造を有し、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じた形状の金属板の成形品であって、
成形品の最大硬度をH1とし、成形品の最小硬度をH2としたとき、式:15≦(H1−H2)/H1×100≦40の条件を満たし、
かつ成形品の表面において下記(C)又は(D)の条件を満たす成形品。
(C)前記成形品の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒以外の結晶粒の面積分率が0.25以上0.55以下である。
(D)前記成形品の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒以外の結晶粒の、面積分率が0.55以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
【請求項9】
前記金属板が、鋼板である請求項又は請求項に記載の成形品。
【請求項10】
前記金属板が、金属組織のフェライト分率50%以上の鋼板である請求項〜請求項のいずれか1項に記載の成形品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、成形品の製造方法、及び成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車、航空機、船舶、建築材料、家電製品等の分野では、ユーザーのニーズに答えるため、デザイン性が重視されるようになってきている。その為、特に、外装部材の形状は複雑化する傾向にある。しかし、複雑な形状の成形品を金属板から成形するには、金属板に大きなひずみを与えることが必要であるが、加工量の増加に従いの成形品表面に微細な凹凸が生じやすく、肌荒れとなって外観上の美観を損ねるという問題がある。
【0003】
例えば、特許文献1には、圧延方向と平行に凹凸の縞模様が出る(リジング)に関することが開示されている。具体的には、特許文献1には、次のことが開示されている。成形加工が圧延幅方向を主ひずみ方向とする平面ひずみ変形であるとみなしたときの平均テイラー因子を制御して、耐リジング性に優れた成形加工用アルミニウム合金圧延板が得られる。集合組織中に存在する全ての結晶方位から算出される平均テイラー因子が耐リジング性に大きく関係している。平均テイラー因子の値が特定の条件を満たすように集合組織を制御することによって、耐リジング性を確実かつ安定して向上させ得る。
【0004】
特許文献1:日本国特許第5683193号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1では、圧延幅方向を主ひずみ方向とする一軸引張変形が生じる金属板の成形加工において、リジングを抑制することが示されているのみである。そして、深絞り成形、張り出し成形等、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる金属板の成形加工については何ら考慮されていない。
【0006】
一方で、深絞り成形、張り出し成形等、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる金属板の成形加工でも、近年の複雑な形状の成形品を製造することが要求されている。しかし、大きな加工量(金属板の板厚減少率10%以上となる加工量)で金属板を成形加工すると、成形品の表面に凹凸が発達し、肌荒れとなって外観上の美観を損ねるという問題が生じているのが現状である。また、同様に、平面ひずみ引張変形のみが生じる金属板の成形加工でも、同様な問題が生じているのが現状である。
上記理由から,例えば、従来の自動車の外板の製品は、製品面に付与される歪量を金属板の板厚減少率10%未満となる加工量に制限して生産されている。すなわち肌荒れ発生を避けるため、加工条件に制約がある。しかしながら、より複雑な自動車の外板製品形状が要求されており,成形加工時の金属板の板厚減少率10%以上と肌荒れ抑制との両立できる方法が望まれている。
【0007】
そこで、本開示の一態様の課題は、上記事情に鑑み、bcc構造を有する金属板に対して、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じ、かつ金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる成形加工を施したときでも、肌荒れの発生が抑制され意匠性に優れた成形品が得られる成形品の製造方法を提供することである。
また、他の本開示の一態様の課題は、bcc構造を有し、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じた形状の金属板の成形品であって、成形品の最大板厚をD1とし、成形品の最小板厚をD2としたとき、式:10≦(D1−D2)/D1×100≦30の条件、又は成形品の最大硬度をH1とし、成形品の最小硬度をH2としたとき、式:15≦(H1−H2)/H1×100≦40の条件を満たした成形品であっても、肌荒れの発生が抑制され意匠性に優れた成形品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、近年の複雑な形状の成形品を製造するために、大きな加工量(金属板の板厚減少率10%以上となる加工量)で金属板を成形加工するときの表面性状を調査した。その結果、発明者らは、次の知見を得た。平面ひずみ引張変形および二軸引張変形下において、bcc構造を有する金属板の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒が優先変形し、凹凸が発達する。そこで、発明者らは、金属板の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の面積分率及び平均結晶粒径に着目した。その結果、発明者らは、これら結晶粒の面積分率及び平均結晶粒径によって、凹凸の発達を抑え、肌荒れの発生が抑制され意匠性に優れた成形品が得られることを見出した。
【0009】
さらに、発明者らは、次の知見を得た。平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形下において、bcc構造を有する金属板の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒以外の結晶粒が優先変形し、凹凸が発達する。そこで、発明者らは、金属板の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒以外の結晶粒の面積分率に着目した。その結果、発明者らは、これら結晶粒の面積分率によって、凹凸の発達を抑え、肌荒れの発生が抑制され意匠性に優れた成形品が得られることを見出した。
【0010】
本開示の要旨は、以下の通りである。
【0011】
<1>
bcc構造を有し、金属板の表面において下記(a)又は(b)の条件を満たす金属板に対して、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じ、かつ前記金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる成形加工を施し、成形品を製造する成形品の製造方法。
(a)前記金属板の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の面積分率が0.20以上0.35以下である。
(b)前記金属板の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の、面積分率が0.45以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
<2>
bcc構造を有し、金属板の表面において下記(A)又は(B)の条件を満たす金属板に対して、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じ、かつ前記金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる成形加工を施し、成形品を製造する成形品の製造方法。
(A)前記金属板の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒以外の結晶粒の面積分率が0.25以上0.55以下である。
(B)前記金属板の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒以外の結晶粒の、面積分率が0.55以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
<3>
前記金属板が、鋼板である<1>又は<2>に記載の成形品の製造方法。
<4>
前記金属板が、金属組織のフェライト分率50%以上のフェライト系鋼板である<1>〜<3>のいずれか1項に記載の成形品の製造方法。
<5>
bcc構造を有し、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じた形状の金属板の成形品であって、
成形品の最大板厚をD1とし、成形品の最小板厚をD2としたとき、式:10≦(D1−D2)/D1×100≦30の条件を満たし、
かつ成形品の表面において下記(c)又は(d)の条件を満たす成形品。
(c)前記成形品の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の面積分率が0.20以上0.35以下である。
(d)前記成形品の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の、面積分率が0.45以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
<6>
bcc構造を有し、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じた形状の金属板の成形品であって、
成形品の最大板厚をD1とし、成形品の最小板厚をD2としたとき、式:10≦(D1−D2)/D1×100≦30の条件を満たし、
かつ成形品の表面において下記(C)又は(D)の条件を満たす成形品。
(C)前記成形品の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒以外の結晶粒の面積分率が0.25以上0.55以下である。
(D)前記成形品の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒以外の結晶粒の、面積分率が0.55以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
<7>
前記金属板が、鋼板である<5>又は<6>に記載の成形品。
<8>
前記金属板が、金属組織のフェライト分率50%以上のフェライト系鋼板である<5>〜<7>のいずれか1項に記載の成形品。
<9>
bcc構造を有し、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じた形状の金属板の成形品であって、
成形品の最大硬度をH1とし、成形品の最小硬度をH2としたとき、式:15≦(H1−H2)/H1×100≦40の条件を満たし、
かつ成形品の表面において下記(c)又は(d)の条件を満たす成形品。
(c)前記成形品の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の面積分率が0.20以上0.35以下である。
(d)前記成形品の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の、面積分率が0.45以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
<10>
bcc構造を有し、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じた形状の金属板の成形品であって、
成形品の最大硬度をH1とし、成形品の最小硬度をH2としたとき、式:15≦(H1−H2)/H1×100≦40の条件を満たし、
かつ成形品の表面において下記(C)又は(D)の条件を満たす成形品。
(C)前記成形品の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒以外の結晶粒の面積分率が0.25以上0.55以下である。
(D)前記成形品の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒以外の結晶粒の、面積分率が0.55以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
<11>
前記金属板が、鋼板である<9>又は<10>に記載の成形品。
<12>
前記金属板が、金属組織のフェライト分率50%以上の鋼板である<9>〜<11>のいずれか1項に記載の成形品。
【発明の効果】
【0012】
本開示の一態様によれば、bcc構造を有する金属板に対して、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じ、かつ金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる成形加工を施したときでも、肌荒れの発生が抑制され意匠性に優れた成形品が得られる成形品の製造方法を提供することができる。
また、他の本開示の一態様によれば、bcc構造を有し、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じた形状の金属板の成形品であって、成形品の最大板厚をD1とし、成形品の最小板厚をD2としたとき、式:10≦(D1−D2)/D1×100≦30の条件、又は、成形品の最大硬度をH1とし、成形品の最小硬度をH2としたとき、式:15≦(H1−H2)/H1×100≦30の条件を満たした成形品であっても、肌荒れの発生が抑制され意匠性に優れた成形品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、バルジ成形試験を行った後の金属板の表面を、SEMを用いて観察した図である。
図2図2は、バルジ成形試験を行った後、さらに電解研磨した金属板の表面を、SEMを用いて観察した図である。
図3A図3Aは、バルジ成形試験後に凹凸の発達が少なった金属板の表面を、EBSD法によって解析した場合の模式図である。
図3B図3Bは、図3AのA1−A2断面における金属板の表面凹凸を示す模式図である。
図4A図4Aは、バルジ成形試験後に凹凸の発達が多かった金属板の表面を、EBSD法によって解析した場合の模式図である。
図4B図4Bは、図4AのB1−B2断面における金属板の表面凹凸を示す模式図である。
図5A図5Aは、バルジ成形試験後に凹凸の発達が多かった金属板の表面を、EBSD法によって解析した場合の模式図である。
図5B図5Bは、図5AのC1−C2断面における金属板の表面凹凸を示す模式図である。
図6】「金属板の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒」の定義を説明するための模式図である。
図7A図7Aは、張り出し成形加工の一例を示す模式図である。
図7B図7Bは、図7Aに示す張り出し成形加工で得られる成形品の一例を示す模式図である。
図8A図8Aは、絞り張り出し成形加工の一例を示す模式図である。
図8B図8Bは、図8Aに示す絞り張り出し成形加工で得られる成形品の一例を示す模式図である。
図9図9は、平面ひずみ引張変形、二軸引張変形、及び一軸引張変形を説明するための模式図である。
図10図10は、EBSD法による解析結果から{001}結晶粒の平均結晶粒径を求める方法を図示した模式図である。
図11図11は、成形加工における板厚減少率と加工硬度との関係の一例を示すグラフである。
図12図12は、実施例で作製した成形品を説明するための模式図である。
図13図13は、鋼板を上部から観察した模式図である。
図14図14は、実施例対応の成形品No.2の断面ミクロ組織と表面凹凸を示す模式図である。
図15図15は、実施例対応の成形品No.3の断面ミクロ組織と表面凹凸を示す模式図である。
図16図16は、比較例対応の成形品No.1の断面ミクロ組織と表面凹凸を示す模式図である。
図17図17は、第一の実施例で得られた成形品について、目視評価の結果と、{001}結晶粒の平均結晶粒径及び結晶粒径との関係を示す図である。
図18図18は、実施例対応の成形品No.102の断面ミクロ組織と表面凹凸を示す模式図である。
図19図19は、実施例対応の成形品No.103の断面ミクロ組織と表面凹凸を示す模式図である。
図20図20は、比較例対応の成形品No.101の断面ミクロ組織と表面凹凸を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して、本開示の一態様を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0015】
(成形品の製造方法)
発明者らは、成形加工する金属板の組織について種々検討を行った。その結果、以下の知見を得た。
【0016】
(1)bcc構造を持つ金属板では、{001}面の方が{111}面と比較して、等二軸引張変形および等二軸引張変形に近い不等二軸引張変形の応力に弱い。また、{101}面の方が{111}面と比較して、等二軸引張変形および等二軸引張変形に近い不等二軸引張変形の応力に弱い。そのため、大きな加工量(金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる加工量)で、深絞り成形及び張り出し成形等、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる金属板の成形加工を行うと、金属板の表面と平行な{001}面から15°の結晶方位を持つ結晶粒にひずみが集中する。
【0017】
(2)金属板の表面と平行な{001}面から15°の結晶方位を持つ結晶粒に集中したひずみは、金属板の表面が発達し、表面性状を悪化させる(つまり肌荒れが生じさせる)。
【0018】
(3)金属板の表面に発達した凹凸が連結すると、更に表面性状が悪化する(つまり肌荒れが顕著に生じる。)。
【0019】
(4)金属板の表面と平行な{001}面から15°の結晶方位を持つ結晶粒が少なすぎても、金属板の表面と平行な{001}面に対して15°に近い結晶方位を持つ結晶粒(例えば{001}面に対して15°超え30°以下の範囲に結晶方位を持つ結晶粒)にも局所変形が分散する。そのため、金属板の表面の凹凸が発達する。
【0020】
図1は、バルジ成形試験を行った後の金属板の表面の走査型電子顕微鏡(SEM)画像である。図2は、バルジ成形試験を行った後、さらに電解研磨した金属板の表面のSEM画像である。図1及び図2共に、観察箇所は、バルジ成形試験により山状に隆起した金属板の頂点部である。図1及び図2を参照して、金属板に対してバルジ成形試験を行うと、10〜20μm程度の凹部1及び凹部2が観察された。
【0021】
すなわち、金属板に張り出し成形加工を行うと、金属板のある点に応力が集中する。応力が集中した箇所では、金属板の表面に凹凸が発達する。また、発達した凹凸が連結して、更に凹凸が発達する。これらが肌荒れ発生の原因となる。
【0022】
図3A図5Aは、バルジ成形試験を行った後の金属板の表面を、EBSD(Electron BackScattering Diffraction)法により解析した場合の模式図である。図3Aは、バルジ成形による張り出し高さを40mmとした場合(金属板の少なくとも一部が板厚減少率25%となる成形加工に相当する場合)に、金属板の表面に凹凸の発達が少なかった金属板の模式図である。図4A及び図5Aは、バルジ成形による張り出し高さを40mmとした場合(金属板の少なくとも一部が板厚減少率25%となる成形加工に相当する場合)に、金属板の表面に凹凸の発達が多かった金属板の模式図である。
【0023】
一方、図3B図5Bは、図3A図5Aの断面における金属板の表面凹凸を示す模式図である。つまり、図3Bは、金属板の表面に凹凸の発達が少なかった金属板の表面凹凸を示す断面模式図である。図4B及び図5Bは、金属板の表面に凹凸の発達が多かった金属板の模式図である。
【0024】
ここで、図3A図5A中の結晶粒のうち、濃いグレー色の結晶粒3は、金属板の表面と平行な{001}面から15°以内の結晶方位を有する結晶粒である。以下、この結晶粒を「{001}結晶粒」ともいう。また、図3A図5A中の結晶粒のうち、薄いグレー色の結晶粒4は、金属板の表面と平行な{001}面に対して15°に近い結晶方位を持つ結晶粒(例えば{001}面に対して15°超え20°以下の範囲に結晶方位を持つ結晶粒)である。以下、この結晶粒を「{001}近傍結晶粒」ともいう。
なお、図3B図5B中、31は{001}結晶粒3が存在する金属板の表面を示している。また、41は{001}近傍結晶粒4が存在する金属板の表面を示している。
【0025】
図3A及び図3Bを参照して、金属板の表面に凹凸の発達が少なかった金属板の表面では、{001}結晶粒3の面積分率が0.20以上0.35以下であった。
【0026】
図4A図5A及び図4B図5Bを参照して、金属板の表面に凹凸の発達が多かった金属板の表面では、{001}結晶粒3の面積分率が0.20より小さいか、又は0.35より大きかった。
【0027】
これは、{001}結晶粒3には、張り出し成形加工の際にひずみが集中するためである。そして、{001}結晶粒3に集中したひずみは、金属板の表面の凹凸を発達させる。さらに{001}結晶粒3の面積分率が高いと、{001}結晶粒3が互いに接する確率が高くなり、生じた凹凸が連結し易くなる。一方で、{001}結晶粒3の面積分率が低すぎると、{001}近傍結晶粒4にも局所変形が分散し、金属板の表面の凹凸を発達させる。
【0028】
具体的には、{001}結晶粒3の面積分率が適切な範囲内にある場合、金属板の表面において、{001}近傍結晶粒4に局所変形が分散されない。それにより{001}結晶粒3でのみで局所変形が生じる。このため、{001}結晶粒3が存在する領域では深い凹部が形成されるが、他の結晶粒({001}近傍結晶粒4等)が存在する領域では平坦部が確保される(図3B参照)。これは、高い凹凸が形成されても、凹部が深く微細であれば、平坦部が確保されることを示している。
一方で、{001}結晶粒3の面積分率が低すぎる場合、金属板の表面において、{001}近傍結晶粒4に局所変形が分散する。それにより{001}結晶粒3と共に{001}近傍結晶粒4でも局所変形が生じる。このため、浅い凹部が形成される領域が大きくなり、平坦部が比較的少なくなる(図4B参照)。
また、{001}結晶粒3の面積分率が高すぎる場合、金属板の表面において、{001}結晶粒3局所変形が生じ、浅い凹部が形成される領域が大きくなり、平坦部が少なくなる(図5B)。
【0029】
そのため、{001}結晶粒3の面積分率が高すぎても、低すぎても、鋼板の表面の凹凸が発達し、生じた凹凸が連結し易くなり、連結により凹凸が更に発達する。
【0030】
したがって、発明者らは、次のことを考えた。平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる成形加工を施す場合、{001}結晶粒3の割合を所定範囲とすることで、加工中に生じる金属板の表面の凹凸の発達を抑制可能できる。つまり、凹凸の発達が抑制できれば、成形品の外観上の美観を損ねる肌荒れが抑制できる。
【0031】
一方で、発明者らは、次のことを考えた。{001}結晶粒3の割合が低い場合、{001}結晶粒3の{001}結晶粒3の大きさが十分小さければ、加工中に生じる金属板の表面の凹凸が発達しても、金属板の表面に発達した凹凸は目立たず、成形品の外観上の美観を損ねる肌荒れとして認識され難くなる。
【0032】
以上の知見に基づいて完成した第一の本開示の成形品の製造方法は、bcc構造を有し、金属板の表面において下記(a)又は(b)の条件を満たす金属板に対して、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じ、かつ前記金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる成形加工を施し、成形品を製造する成形品の製造方法である。
(a)前記金属板の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の面積分率が0.20以上0.35以下である。
(b)前記金属板の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の、面積分率が0.45以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
【0033】
そして、第一の本開示の成形品の製造方法では、bcc構造を有する金属板に対して、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じ、かつ金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる成形加工を施したときでも、肌荒れの発生が抑制され意匠性に優れた成形品が得られる。
【0034】
ここで、「金属板の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒」とは、図6に示すように、{001}面3Aに対して、金属板の一方の面側に鋭角で15°傾斜した結晶方位3Bから、金属板の他方の面側に鋭角で15°傾斜した結晶方位3Cまでの範囲に、結晶方位を持つ結晶粒を意味する。つまり、結晶方位3Bと結晶方位3Cとが成す角度θの範囲に結晶方位を有する結晶粒を意味する。
【0035】
一方、さらに、発明者らは、上記知見に基づいて、成形加工する金属板の組織について検討を進めた。そして、発明者らは、平面ひずみ引張変形場および平面ひずみ変形場に近い不等二軸引張変形場における結晶粒の結晶方位と、成形品の肌荒れとの関係を調査した。その結果、発明者らは、次のことを知見した。等二軸引張変形場および等二軸引張変形場に近い不等二軸引張変形場では、{001}結晶粒3にひずみが集中し、優先変形する。それに対して、平面ひずみ引張変形場および平面ひずみ変形場に近い不等二軸引張変形場では、{001}結晶粒3のみならず、金属板の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒(以下「{111}結晶粒」とも称する)以外の結晶粒にもひずみが集中し、優先変形する。
【0036】
つまり、発明者らは、次のことを考えた。平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる成形加工を施す場合、{111}結晶粒以外の結晶粒の割合を所定範囲とすれば、加工中に生じる金属板の表面の凹凸の発達を抑制可能できる。つまり、凹凸の発達が抑制できれば、成形品の外観上の美観を損ねる肌荒れが抑制できる。
【0037】
また、発明者らは、次のことを考えた。{{111}結晶粒以外の結晶粒の割合が低い場合、{111}結晶粒以外の結晶粒の大きさが十分小さければ、加工中に生じる金属板の表面の凹凸が発達しても、金属板の表面に発達した凹凸は目立たず、成形品の外観上の美観を損ねる肌荒れとして認識され難くなる。
【0038】
以上の知見に基づいて完成した第二の本開示の成形品の製造方法は、bcc構造を有し、金属板の表面において下記(A)又は(B)の条件を満たす金属板に対して、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じ、かつ前記金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる成形加工を施し、成形品を製造する成形品の製造方法。
(A)前記金属板の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒以外の結晶粒の面積分率が0.25以上0.55以下である。
(B)前記金属板の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒以外の結晶粒の、面積分率が0.55以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
【0039】
そして、第二の本開示の成形品の製造方法では、bcc構造を有する金属板に対して、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じ、かつ金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる成形加工を施したときでも、肌荒れの発生が抑制され意匠性に優れた成形品が得られる。
【0040】
ここで、「金属板の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒」とは、{111}面に対して、金属板の一方の面側に鋭角で15°傾斜した結晶方位から、金属板の他方の面側に鋭角で15°傾斜した結晶方位までの範囲に、結晶方位を持つ結晶粒を意味する。つまり、この2つの結晶方位が成す角度θの範囲に結晶方位を有する結晶粒を意味する。
【0041】
(成形加工)
金属板には、平面ひずみ引張変形、又は平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる成形加工を施す。この成形加工としては、深絞り成形、張り出し成形、絞り張り出し成形、曲げ成形がある。具体的には、成形加工としては、例えば、図7Aに示すような、金属板10を張り出し成形加工する方法が挙げられる。この成形加工では、ダイス11と、ドロービード12Aが配されたホルダー12との間に金属板10の縁部を挟み込む。それにより、金属板10の縁部の表面にドロービード12Aに食い込ませて、金属板10を固定した状態とする。そして、この状態で、頂面が平坦のパンチ13を金属板10に押付けて、金属板10を張り出し成形加工する。ここで、図7Aに示す張り出し成形加工により得られる成形品の一例を図7Bに示す。
図7Aに示す張り出し成形加工では、例えば、パンチ10の側面側に位置する金属板10(成形品の側面となる部分)は、平面ひずみ変形が生じる。一方で、パンチ10の頂面に位置する金属板10(成形品の天面)は、等二軸変形、又は比較的、等二軸変形に近い不等二軸引張変形が生じる。
【0042】
また、成形加工としては、例えば、図8Aに示すような、金属板10を絞り張り出し成形加工する方法が挙げられる。この成形加工では、ダイス11と、ドロービード12Aが配されたホルダー12との間に金属板10の縁部を挟み込む。それにより、金属板10の縁部の表面にドロービード12Aに食い込ませて、金属板10を固定した状態とする。そして、この状態で、頂面が略V字状に突出しているパンチ13を金属板10に押付けて、金属板10を絞り張り出し成形加工する。ここで、図8Aに示す絞り張り出し成形加工により得られる成形品の一例を図8Bに示す。
図8Aに示す絞り張り出し成形加工では、例えば、パンチ10の側面側に位置する金属板10(成形品の側面となる部分)は、平面ひずみ変形が生じる。一方で、パンチ10の頂面に位置する金属板10(成形品の天面)は、比較的、平面ひずみ変形に近い不等二軸引張変形が生じる。
【0043】
ここで、図9に示すように、平面ひずみ引張変形は、ε1方向に伸び、ε2方向には変形が生じない変形である。また、二軸引張変形は、ε1方向に伸び、ε2方向にも伸びが生じる変形である。具体的には、平面ひずみ引張変形は、二軸方向のひずみを各々最大主ひずみε1および最小主ひずみε2としたとき、ひずみ比β(=ε2/ε1)がβ=0となる変形である。二軸引張変形は、ひずみ比β(=ε2/ε1)が0<β≦1となる変形である。なお、ひずみ比β(=ε2/ε1)が0<β<1となる変形が不等二軸変形であり、ひずみ比β(=ε2/ε1)がβ=1となる変形が等二軸変形である。ちなみに、一軸引張変形は、ε1方向に伸び、ε2方向に縮みが生じる変形であって、ひずみ比β(=ε2/ε1)が−0.5≦β<0となる変形である。
【0044】
ただし、上記ひずみ比βの範囲は、理論値であり、例えば、鋼板の表面に転写したスクライブドサークルにおける鋼板成形前後(鋼板変形前後)の形状変化から計測した最大主ひずみ及び最小主ひずみから算出される、各変形のひずみ比βの範囲は次の通りである。
・一軸引張変形: −0.5<β≦−0.1
・平面ひずみ引張変形: −0.1<β≦0.1
・不等二軸変形: 0.1<β≦0.8
・等二軸変形: 0.8<β≦1.0
【0045】
一方、成形加工では、金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる加工量で行う。板厚減少率10%未満の加工量では、{111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒)へのひずみ集中が少なく、成形加工時に凹凸の発達が生じ難い傾向がある。そのため、金属板が上記(a)および(b)の条件又は上記(A)および(B)の条件を満たさなくても、成形品の肌荒れ自体が発生し難い。一方、板厚減少率30%を超えると、成形加工により金属板(成形品)の破断が生じる傾向が高まる。よって、成形加工の加工量は、上記範囲とする。
【0046】
成形加工は、金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる加工量で行う。しかし、成形加工は、縁部(ダイスとホルダとで挟まれた部位)を除く金属板の全体が板厚減少率10%以上30%以下となる加工量で行ってもよい。成形する成形品の形状にもよるが、特に、成形加工は、パンチの頂面に位置する金属板の部位(金属板が二軸引張変形する部位)が板厚減少率10%以上30%以下となる加工量で行うことがよい。パンチの頂面に位置する金属板の部位は、成形品を外装部材として適用したとき、最も視線にさらされ易い部位となることが多い。このため、この金属板の部位を板厚減少率10%以上30%以下と多い加工量で成形加工したとき、凹凸の発達を抑えると、肌荒れ抑制効果が顕著となる。
【0047】
なお、板厚減少率は、成形加工前の金属板の板厚をTiとし、成形加工後の金属板(成形品)の板厚をTaとしたとき、式:板厚減少率=(Ti−Ta)/Tiで示される。
【0048】
(金属板)
[種類]
金属板は、bcc構造(体心立方格子構造)を有する金属板である。bcc構造を有する金属板としては、α−Fe(、Li、Na、K、β−Ti、V、Cr、Ta、W等の金属板が挙げられる。これらの中でも、構造物を作製する上で、もっとも容易に入手できるという点から、鋼板(フェライト系鋼板、ベイナイト単相組織としたベイナイト鋼板、マルテンサイト単相組織としたマルテンサイト鋼板等)が好ましく、フェライト系鋼板がより好ましい。フェライト系鋼板には、金属組織のフェライト分率が100%の鋼板以外に、マルテンサイト、ベイナイト等が存在する鋼板(DP鋼板)も含まれる。
【0049】
ここで、フェライト系鋼板の金属組織のフェライト分率は、50%以上が好ましく、80%以上がより好ましい。金属組織のフェライト分率が80%未満であると硬質相の影響が強くなる。さらに50未満であると硬質相が支配的となり、フェライトの結晶方位({111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒))の影響が少なくなる。そのため、成形加工時に凹凸の発達が生じ難い傾向があり、成形品の肌荒れ自体が発生し難くなる。よって、上記範囲のフェライト分率のフェライト系鋼板を適用すると、肌荒れ抑制効果が顕著となる。
なお、フェライト分率は、次に示す方法により測定できる。鋼板の表面を研磨後、ナイタール溶液に浸漬することで、フェライト組織を現出させ、光学顕微鏡で組織写真を撮影する。その後、前記組織写真の全域の面積に対するフェライト組織の面積を算出する。
【0050】
金属板の厚みは、特に制限はないが、成形性の点から、3mm以下が好ましい。
【0051】
[{001}結晶粒]
平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる成形加工を施す場合、金属板の表面において、金属板の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を有する結晶粒({001}結晶粒)は、次の(a)又は(b)を満たす。
(a){001}結晶粒の面積分率が0.20以上0.35以下である。
(b){001}結晶粒の、面積分率が0.45以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
【0052】
上述のとおり、bcc構造を有する金属板の場合、{001}結晶粒が最も等二軸引張変形および等二軸引張変形に近い不等二軸引張変形の応力に弱い。したがって、大きな加工量(金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる加工量)で、深絞り成形及び張り出し成形等、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる金属板の成形加工を実施すれば、{001}結晶粒にひずみが集中しやすく、{001}結晶粒にて凹凸が発達しやすい。そして、{001}結晶粒の割合が多い場合、ひずみが集中しやすく、凹凸が発達しやすい。一方で、{001}結晶粒の割合が少ない場合、ひずみが集中する箇所が少なくなり、{001}近傍結晶粒にも局所変形が分散するため、逆に、凹凸が発達しやすくなる。ただし、{001}結晶粒の割合が少ない場合でも、{001}結晶粒の大きさが十分小さければ、{001}近傍結晶粒で局所変形する領域も小さくなり、凹凸が発達しても、微細となり、成形品の肌荒れとして認識され難くなる。
【0053】
よって、金属板が上記(a)を満たせば、成形加工による適度なひずみの集中が実現される。そのため、凹凸の発達が抑えられ、成形品の肌荒れの発生が抑制される。一方で、金属板が上記(b)を満たせば、{001}結晶粒の面積分率が0.20以上0.45以下の範囲では、成形加工による適度なひずみの集中が実現される。{001}結晶粒の面積分率が0.20未満の範囲では、凹凸が発達しても、成形品の肌荒れとして認識され難くなる。そのため、成形品の肌荒れの発生が抑制される。
【0054】
また、条件(b)において、{001}結晶粒の平均結晶粒径は、15μm以下であるが、肌荒れ抑制の点から、10μm以下が好ましい。{001}結晶粒の平均結晶粒径は、小さい程、肌荒れ抑制の点から好ましいが、1μm以上が好ましい。なぜなら、再結晶によって方位を制御しているため、結晶粒径の超微細化と方位制御の両立は難しいからである。
【0055】
{001}結晶粒の平均結晶粒径は次の方法で測定される。SEMを用いて、金属板の表面を観察し、測定領域を任意に選ぶ。EBSD法を用いて、それぞれの測定領域において、{001}結晶粒を選択する。選択した各{001}結晶粒に2本の試験線を引く。2本の試験線の算術平均を求めることにより、{001}結晶粒の平均結晶粒径が求まる。具体的には以下のとおりである。図10は、EBSD法による解析結果から平均結晶粒径を求める方法を図示した模式図である。図10を参照して、各{001}結晶粒3の重心を通る試験線5を、全ての{001}結晶粒3において同じ向きとなるように引く。さらに、試験線5と互いに直交するように、各{001}結晶粒3の重心を通る試験線6を引く。2本の試験線5及び6の長さの算術平均を、その結晶粒の結晶粒径とする。任意の測定領域における、全ての{001}結晶粒3の結晶粒径の算術平均を、平均結晶粒径とする。
【0056】
{001}結晶粒の面積分率は次の方法で測定される。SEMを用いて、金属板の断面(板厚方向に沿った切断面)を観察し、金属板の表面(板厚方向に対向する面)に該当する領域(線状の領域)を含む任意の測定領域を選ぶ。EBSD法を用いて、{001}結晶粒3を選択する。各視野において、金属板の表面(板厚方向に対向する面)に該当する領域における{001}結晶粒3の面積分率を算出することで、{001}結晶粒3の面積分率を求める。そして、任意の測定領域における{001}結晶粒3の面積分率の平均を{001}結晶粒の面積分率とする。
ここで、金属板の表面にめっき層等が形成されている場合、めっき層等と接触している金属板の表面に該当する領域(線状の領域)について、{001}結晶粒3の面積分率を測定する。
【0057】
[{111}結晶粒以外の結晶粒]
平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる成形加工を施す場合、金属板の表面において、金属板の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を有する結晶粒({111}結晶粒)以外の結晶粒(つまり、金属板の表面に平行な{111}面から15°を超えた結晶方位を有する結晶粒)は、次の(A)又は(B)を満たす。
(A){111}結晶粒以外の結晶粒の面積分率が0.25以上0.55以下である。
(B){111}結晶粒以外の結晶粒の、面積分率が0.55以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
【0058】
上述のとおり、bcc構造を有する金属板の場合、{111}結晶粒以外の結晶粒が平面ひずみ引張変形および平面ひずみ変形に近い不等二軸引張変形の応力に弱い(つまり{111}結晶粒が最も強い)。したがって、大きな加工量(金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる加工量)で、深絞り成形及び張り出し成形等に加え、曲げ成形等、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる金属板の成形加工を実施すれば、{111}結晶粒以外の結晶粒にひずみが集中しやすく、{111}結晶粒以外の結晶粒にて凹凸が発達しやすい。そして、{111}結晶粒以外の結晶粒の割合が多い場合、ひずみが集中しやすく、凹凸が発達しやすい。一方で、{111}結晶粒以外の結晶粒の割合が少ない場合、ひずみが集中する箇所が少なくなり、{111}結晶粒にも局所変形が分散するため、逆に、凹凸が発達しやすくなる。ただし、{111}結晶粒以外の結晶粒の割合が少ない場合でも、{111}結晶粒以外の結晶粒の大きさが十分小さければ、{111}結晶粒で局所変形する領域も小さくなり、凹凸が発達しても、微細となり、成形品の肌荒れとして認識され難くなる。
【0059】
よって、金属板が上記(A)を満たせば、成形加工による適度なひずみの集中が実現される。そのため、凹凸の発達が抑えられ、成形品の肌荒れの発生が抑制される。一方で、金属板が上記(B)を満たせば、{111}結晶粒以外の結晶粒の面積分率が0.25以上0.55以下の範囲では、成形加工による適度なひずみの集中が実現される。{111}結晶粒以外の結晶粒の面積分率が0.25未満の範囲では、凹凸が発達しても、成形品の肌荒れとして認識され難くなる。そのため、成形品の肌荒れの発生が抑制される。
【0060】
また、条件(B)において、{111}結晶粒以外の結晶粒の平均結晶粒径は、15μm以下であるが、肌荒れ抑制の点から、10μm以下が好ましい。{111}結晶粒以外の結晶粒の平均結晶粒径は、小さい程、肌荒れ抑制の点から好ましいが、1μm以上が好ましい。なぜなら、再結晶によって方位を制御しているため、結晶粒径の超微細化と方位制御の両立は難しいからである。
【0061】
{111}結晶粒以外の結晶粒の平均結晶粒径は、測定対象となる結晶粒が異なる以外は、{001}結晶粒の平均結晶粒径と同じ方法で測定される。
一方、{111}結晶粒以外の結晶粒の面積分率は、測定対象となる結晶粒が異なる以外は、{001}結晶粒と同じ方法で測定される。
【0062】
[化学組成]
金属板として好適なフェライト系鋼板は、例えば、質量%で、C:0.0060%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.50%以下、P:0.100%以下、S:0.010%以下、Al:0.00050〜0.10%、N:0.0040%以下、Ti:0.0010〜0.10%、Nb:0.0010〜0.10%、及び、B:0〜0.0030%、を含有し、残部がFe及び不純物であり、さらに、下記式(1)で定義されるF1の値が0.7超え1.2以下である化学組成を有することが好ましい。
式(1):F1=(C/12+N/14+S/32)/(Ti/48+Nb/93)
ここで、各式(1)中、元素記号には、各元素の鋼中における含有量(質量%)が代入される。
【0063】
以下、金属板として好適なフェライト系鋼板の化学組成について説明する。化学組成について「%」とは、質量%を意味する。
【0064】
C:0.0060%以下
炭素(C)は不純物である。一般的なIF鋼においても、Cは鋼板の延性及び深絞り成形性を低下させることが知られている。このため、C含有量は少ない程好ましい。したがって、C含有量は0.0060%以下であることがよい。C含有量の下限については、精錬コストを考慮して、適宜設定することができる。C含有量の下限はたとえば、0.00050%である。C含有量の好ましい上限は0.0040%であり、より好ましくは0.0030%である。
【0065】
Si:1.0%以下
シリコン(Si)は不純物である。しかしながら、Siは固溶強化により鋼板の延性の低下を抑制しつつ、強度を上げる。そのため、必要に応じて含有させてもよい。Si含有量の下限はたとえば、0.005%である。鋼板の高強度化を目的とする場合は、Si含有量の下限はたとえば、0.10%である。一方、Si含有量が多すぎると、鋼板の表面性状が悪化する。このため、Si含有量は1.0%以下とすることがよい。Si含有量の好ましい上限は0.5%である。鋼板の強度を必要としない場合、Si含有量のより好ましい上限は0.05%である。
【0066】
Mn:1.50%以下
マンガン(Mn)は不純物である。しかしながら、Mnは固溶強化により鋼板の強度を高める。さらに、Mnは硫黄(S)をMnSとして固定する。そのため、FeS生成による鋼の赤熱脆性が抑制される。さらに、Mnはオーステナイトからフェライトへの変態温度を低下させる。これにより、熱延鋼板の結晶粒の微細化が促進される。そのため、必要に応じて含有させてもよい。Mn含有量の下限はたとえば、0.05%である。一方、Mn含有量が多すぎると、鋼板の深絞り成形性及び延性が低下する。したがって、Mn含有量は1.50%以下であることがよい。Mn含有量の好ましい上限は0.50%であり、より好ましくは0.20%である。
【0067】
P:0.100%以下
リン(P)は、不純物である。しかしながら、Pは固溶強化により鋼板のr値の低下を抑制しつつ、強度を高める。そのため、必要に応じて含有させてもよい。P含有量の下限については、精錬コストを考慮して、適宜設定することができる。P含有量の下限はたとえば、0.0010%である。一方、P含有量が多すぎると、鋼板の延性が低下する。したがって、P含有量は0.100%以下であることがよい。P含有量の好ましい上限は0.060%である。
【0068】
S:0.010%以下
硫黄(S)は不純物である。Sは鋼板の成形性及び延性を低下させる。したがって、S含有量は0.010%以下であることがよい。S含有量の下限については、精錬コストを考慮して適宜設定することができる。S含有量の下限はたとえば、0.00030%である。S含有量の好ましい上限は0.006%であり、より好ましくは0.005%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。
【0069】
Al:0.00050〜0.10%
アルミニウム(Al)は溶鋼を脱酸する。この効果を得るためには、Al含有量を0.00050%以上とするのが好ましい。しかしながら、Al含有量が多すぎると鋼板の延性が低下する。したがって、Al含有量は0.00050〜0.10%であることがおい。Al含有量の好ましい上限は0.080%であり、より好ましくは0.060%である。Al含有量の好ましい下限は0.005である。本明細書においてAl含有量は、いわゆる酸可溶Al(sol.Al)の含有量を意味する。
【0070】
N:0.0040%以下
窒素(N)は不純物である。Nは鋼板の成形性及び延性を低下させる。したがって、N含有量は0.0040%以下であることがよい。N含有量の下限については、精錬コストを考慮して適宜設定することができる。N含有量の下限はたとえば、0.00030%である。
【0071】
Ti:0.0010〜0.10%
チタン(Ti)は、C、N及びSと結合して炭化物、窒化物及び硫化物を形成する。Ti含有量がC含有量、N含有量及びS含有量に対して過剰であれば、固溶C及び固溶Nが低減する。一般的なIF鋼の場合、後述の式(1)で定義されるF1が0.7以下となるように、Tiが含有されることがよい。しかしながら、C、N及びSと結合されずに余ったTiは、鋼中に固溶する。固溶Tiが増えすぎると、鋼の再結晶温度が上昇するので、焼鈍温度を高くする必要がある。この場合、後述するとおり、焼鈍後に{111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒)が成長し易くなる。さらに、固溶Tiが増えすぎると鋼材が硬質化して加工性の劣化を招く。このため、鋼板の成形性が低下する。したがって、鋼の再結晶温度を下げるために、Ti含有量の上限は0.10%であることがよい。Ti含有量の好ましい上限は0.08%であり、より好ましくは0.06%である。
【0072】
一方、前述の通り、Tiは、炭窒化物を形成することで、成形性及び延性を向上させる。この効果を得るために、Ti含有量の下限は0.0010%であることがよい。Ti含有量の好ましい下限は0.005%であり、より好ましくは0.01%である。
【0073】
Nb:0.0010〜0.10%
ニオブ(Nb)は、Tiと同様に、C、N及びSと結合して炭化物、窒化物及び硫化物を形成する。Nb含有量がC含有量、N含有量及びS含有量に対して過剰であれば、固溶C及び固溶Nが低減する。しかしながら、C、N及びSと結合されずに余ったNbは、鋼中に固溶する。固溶Nbが増えすぎると、焼鈍温度を高くする必要がある。この場合、焼鈍後に{111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒)が成長し易くなる。したがって、鋼の再結晶温度を下げるために、Nb含有量の上限は0.10%であることがよい。Nb含有量の好ましい上限は0.050%であり、より好ましくは0.030%である。
【0074】
一方、前述の通り、Nbは、炭窒化物を形成することで、成形性・延性を向上させる。さらに、Nbは、オーステナイトの再結晶を抑制し熱延板の結晶粒を微細化する。この効果を得るために、Nb含有量の下限は0.0010%であることがよい。Nb含有量の好ましい下限は0.0012であり、より好ましくは0.0014%である。
【0075】
B:0〜0.0030%
ボロン(B)は任意元素である。固溶Nや固溶Cを低減させた極低炭素の鋼板は、一般に粒界強度が低い。そのため、深絞り成形、張り出し成形等、平面ひずみ変形及び二軸引張変形が生じる成形加工を行う際、凹凸が発達し、成形品の肌荒れが発生し易くなる。Bは、粒界強度を高めることにより、耐肌荒れ性を向上させる。したがって、必要に応じてBを含有させてもよい。一方、B含有量が0.0030%を超えると、r値が低下する。そのため、Bを含有させる場合のB含有量の好ましい上限は0.0030%であり、より好ましくは0.0010%である。
なお、粒界強度を高める効果を確実に得るには、B含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。
【0076】
残部
残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入されるものであって、鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0077】
[式(1)について]
上記化学組成ではさらに、式(1)で定義されるF1が0.7超え1.2以下である。
式(1):F1=(C/12+N/14+S/32)/(Ti/48+Nb/93)
ここで、式(1)中、各元素記号には、各元素の鋼中における含有量(質量%)が代入される。
【0078】
F1は、成形性を低下させるC、N及びSと、Ti及びNbとの関係を示すパラメータ式である。F1が低い程、Ti及びNbが過剰に含有されている。この場合、Ti及びNbとC及びNとが炭窒化物を形成しやすいので、固溶C及び固溶Nを低減できる。そのため、成形性が向上する。ただし、F1が低すぎれば、具体的にはF1が0.7以下であれば、Ti及びNbが大過剰に含有されている。この場合、固溶Ti及び固溶Nbが増える。固溶Ti及び固溶Nbが増えすぎると、鋼の再結晶温度が上昇する。そのため、焼鈍温度を高くする必要がある。焼鈍温度が高いと、{111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒)が成長し易い。この場合、成形加工時に凹凸が発達し、成形品の肌荒れが発生し易くなる。したがって、F1の下限は0.7超である。
【0079】
一方、F1が高すぎれば、固溶C及び固溶Nが増える。この場合、時効硬化により鋼板の成形性が低下する。さらに、鋼の再結晶温度が上昇する。そのため、焼鈍温度を高くする必要がある。焼鈍温度が高いと、{111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒)が成長し易い。この場合、成形加工時に凹凸が発達し、成形品の肌荒れが発生し易くなる。
【0080】
したがって、F1は0.7超え1.2以下である。F1の好ましい下限は0.8であり、より好ましくは0.9である。F1値の好ましい上限は1.1である。
【0081】
[金属板の製造方法]
以下に、金属板として好適なフェライト系鋼板の製造方法の一例を説明する。
【0082】
上記製造方法の一例は、表面ひずみ付与工程、加熱工程、熱間圧延工程、冷却工程、巻取工程、冷間圧延工程、及び、焼鈍工程を含む。フェライト系鋼板の組織を得るには、熱間圧延工程における最終2パスの圧下率、及び、熱間圧延工程の仕上げ温度が重要である。上記化学組成を有するスラブに対して、熱間圧延工程において合計で50%以上の圧下をし、さらに、仕上げ温度をAr+30℃以上とする。これにより、フェライト系薄鋼板を得ることができる。
【0083】
[表面ひずみ付与工程]
初めに、フェライト系鋼板を製造する。たとえば、上述の化学組成を有するスラブを製造する。表面ひずみ付与工程では、熱間圧延工程前、又は、粗圧延中のスラブの表層にひずみを付与する。ひずみを付与する方法はたとえば、ショットピーニング加工、切削加工、及び、粗圧延中に異周速圧延を行う等がある。熱間圧延前にひずみを付与することにより、熱間圧延後の鋼板の表層における結晶粒の平均結晶粒径が小さくなる。さらに、結晶粒が再結晶する際、{111}結晶粒が優先的に生成される。そのため、{111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒)の生成を抑制できる。表面ひずみ付与工程において、表面の相当塑性ひずみ量は25%以上とするのが好ましく、より好ましくは30%以上である。
【0084】
[加熱工程]
加熱工程では、上記スラブを加熱する。加熱は、熱間圧延工程での仕上げ圧延での仕上げ温度(最終スタンド後の熱延鋼板の表面温度)がAr3+30〜50℃の範囲となるように適宜設定することが好ましい。加熱温度が1000℃以上の場合、仕上げ温度がAr3+30〜50℃になりやすい。そのため、加熱温度の下限は1000℃であることが好ましい。加熱温度が1280℃を超えると、スケールが多量に発生して歩留まりが低下する。そのため、加熱温度の上限は1280℃であることが好ましい。加熱温度が上記範囲内の場合、加熱温度が低い程鋼板の延性及び成形性が向上する。そのため、加熱温度のより好ましい上限は1200℃である。
【0085】
[熱間圧延工程]
熱間圧延工程は、粗圧延及び仕上げ圧延を含む。粗圧延では、スラブを一定の厚みまで圧延して熱延鋼板を製造する。粗圧延時に、表面に発生したスケールを除去してもよい。
熱間圧延工程前に上述の表面ひずみ付与工程を行わない場合、粗圧延時に表面ひずみ付与工程を実施して、スラブの表層にひずみを付与する。
【0086】
熱間圧延中の温度は、鋼がオーステナイト域となるように維持する。熱間圧延によりオーステナイト結晶粒内に歪を蓄積させる。熱間圧延後の冷却によりオーステナイトからフェライトへと鋼の組織を変態させる。熱間圧延中は、オーステナイト域の温度であるため、オーステナイト結晶粒内に蓄積した歪の解放が抑制される。歪が蓄積したオーステナイト結晶粒は、熱間圧延後の冷却により、所定の温度域になった段階で、蓄積された歪を駆動力として、一気にフェライトへと変態する。これにより、結晶粒を効率的に微細化できる。熱間圧延後の仕上げ温度がAr+30℃以上である場合、圧延中における、オーステナイトからフェライトへの変態を抑制できる。そのため、仕上げ温度の下限はAr+30℃である。仕上げ温度がAr+100℃以上である場合、熱間圧延によりオーステナイト結晶粒内に蓄積された歪が容易に解放される。そのため、結晶粒の微細化を効率的に行うことができない。したがって、仕上げ温度の上限はAr+100℃であることが好ましい。仕上げ温度がAr+50℃以下である場合、オーステナイト結晶粒へのひずみの蓄積を安定して行うことができ、{111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒)の結晶粒径を微細化できる。さらに、結晶粒が再結晶する時に結晶粒界から{111}結晶粒が優先的に生成される。そのため、{111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒)を低減できる。この場合、成形加工時に凹凸の発達を抑え、成形品の肌荒れの発生が抑制され易くなる。したがって、仕上げ温度の好ましい上限はAr3+50℃である。
【0087】
仕上げ圧延では、粗圧延により一定の厚みになった熱延鋼板をさらに圧延する。仕上げ圧延では、一列に配列された複数のスタンドを用いて、複数パスによる連続圧延が実施される。1パスでの圧下量が大きければ、オーステナイト結晶粒に対してより多くのひずみが蓄積される。特に、最終2パス(最終スタンド及びその前段のスタンド)での圧下率は、板厚減少率を合計して、50%以上とする。この場合、熱延鋼板の結晶粒を微細化できる。
【0088】
[冷却工程]
熱間圧延後、熱延鋼板を冷却する。冷却条件は適宜設定することができる。好ましくは、冷却停止までの最大冷却速度は100℃/s以上である。この場合、熱間圧延によりオーステナイト結晶粒内に蓄積したひずみの解放が抑制され、結晶粒を微細化し易くなる。冷却速度は速い程好ましい。圧延完了から、680℃に冷却するまでの時間は、0.2〜6.0秒であることが好ましい。圧延完了から680℃までの時間が6.0秒以下である場合は、熱間圧延後の結晶粒を微細化し易い。圧延完了から680℃までの時間が2.0秒以下である場合は、熱間圧延後の結晶粒をさらに微細化し易い。加えて、結晶粒が再結晶する時に結晶粒界から{111}結晶粒が優先的に生成される。そのため、{111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒)を低減し易い。
【0089】
[巻取工程]
巻取工程は400〜690℃で行うことが好ましい。巻取温度が400℃以上であれば、炭窒化物の析出が不十分となって固溶Cや固溶Nが残存するのを抑制できる。この場合、冷延鋼板の成形性が向上する。巻取温度が690℃以下であれば、巻取後の徐冷中に結晶粒が粗大化するのを抑制できる。この場合、冷延鋼板の成形性が向上する。
【0090】
[冷間圧延工程]
巻取工程後の熱延鋼板に対して冷間圧延を実施して冷延鋼板を製造する。冷間圧延工程における圧下率は、高い方が好ましい。フェライト系薄鋼板が極低炭素鋼の場合、圧下率がある程度高くなると、{111}結晶粒が発達しやすい。そのため、焼鈍後のr値が高くなりやすい。したがって、冷間圧延工程における圧下率は40%以上であることが好ましく、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは60%以上である。焼鈍後の鋼板として圧延設備の関係上、冷間圧延工程での圧下率の現実的な上限は95%である。
【0091】
[焼鈍工程]
冷間圧延工程後の冷延鋼板に対して、焼鈍工程を実施する。焼鈍方法は連続焼鈍、箱焼鈍のいずれでもよい。焼鈍温度は再結晶温度以上であることが好ましい。この場合、再結晶が促進され、冷延鋼板の延性及び成形性が向上する。一方、焼鈍温度は830℃以下であることが好ましい。焼鈍温度が830℃以下であれば、結晶粒の粗大化を抑制できる。この場合、成形加工時に凹凸の発達を抑え、成形品の肌荒れの発生が抑制され易くなる。
ここで、従来,プレス成形性の指標として、r値が使われてきた。一般的に、r値は、bcc構造を有する鋼板の表面に{111}結晶粒が多く、{001}結晶粒が少ないほど高い値を示す。r値が高いほど成形性がよいとされる。また、高いr値を実現するために最適な焼鈍温度が選択されていた。
しかしながら、r値は、肌荒れ抑制の指標には活用できない。なぜなら、r値が高くても低くても肌荒れが起こりやすくなるからである。また、r値と肌荒れ発生をプロットしても、それらの相関性は認められない。そこで、r値の代わりに、鋼板の表面の{111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒)を肌荒れ抑制の指標として使用する。
そして、鋼板の表面の{111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒)の面積分率は、焼鈍温度と焼鈍前までの加工熱処理条件(熱延前の加工量、熱延温度、冷延率等)との組み合わせによって制御することがよい。具体的には、焼鈍工程において、750℃〜830℃の均熱温度条件を選択することがよい。
【0092】
フェライト系鋼板の焼鈍温度は、従来技術の焼鈍温度と比較して低いことが好ましい。焼鈍温度が低い方が、結晶粒の粗大化を抑制し易いからである。焼鈍温度を低く設定するためには、冷延鋼板の再結晶温度を低くする必要がある。そのため、フェライト系薄鋼板の化学組成は、上述のとおり、従来技術と比較してC含有量、Ti含有量及びNb含有量を共に低くすることが好ましい。これにより、焼鈍温度が830℃以下であっても再結晶が促進される。
【0093】
以上の工程により、金属板として好適なフェライト系鋼板を製造できる。{111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒)が少ない場合は、更に前記圧下率を大きくし、鋼板内部にせん断帯を増加させる。それにより焼鈍後の{111}結晶粒以外の結晶粒(特に{001}結晶粒)を増加させることができる。
【0094】
(成形品)
第一の本開示の成形品は、bcc構造を有し、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じた形状の金属板の成形品である。そして、第一の本開示の成形品は、成形品の最大板厚をD1とし、成形品の最小板厚をD2としたとき、式:10≦(D1−D2)/D1×100≦30の条件、又は、成形品の最大硬度をH1とし、成形品の最小硬度をH2としたとき、式:15≦(H1−H2)/H1×100≦40の条件を満たし、かつ成形品の表面において下記(c)又は(d)の条件を満たす。
(c)成形品の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒({001}結晶粒)の面積分率が0.20以上0.35以下である。
(d)成形品の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒({001}結晶粒)の、面積分率が0.45以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
【0095】
一方、第二の本開示の成形品は、bcc構造を有し、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じた形状の金属板の成形品である。そして、第二の本開示の成形品は、成形品の最大板厚をD1とし、成形品の最小板厚をD2としたとき、式:10≦(D1−D2)/D1×100≦30の条件、又は、成形品の最大硬度をH1とし、成形品の最小硬度をH2としたとき、式:15≦(H1−H2)/H1×100≦40の条件を満たし、かつ成形品の表面において下記(C)又は(D)の条件を満たす。
(C)成形品の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒({111}結晶粒)以外の結晶粒の面積分率が0.25以上0.55以下である。
(D)成形品の表面に平行な{111}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒({111}結晶粒)以外の結晶粒の、面積分率が0.55以下、かつ平均結晶粒径が15μm以下である。
【0096】
ここで、bcc構造を有する金属板は、第一及び第二の本開示の成形品の製造方法で使用する金属板と同義である。そして、この金属板の成形品には、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる成形加工が施されている。
成形品に、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる成形加工が施されていることを確認する方法は次の通りである。
成形品の3次元形状を測定し、数値解析用のメッシュを作製し、コンピュータによる逆解析によって、板材から3次元形状へ至るまでの過程を導出する。そして、前記各メッシュにおける最大主ひずみと最小主ひずみとの比(前記β)を算出する。この算出により、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる成形加工が施されていることを確認することができる。
例えば、Comet L3D(東京貿易テクノシステム(株))等の三次元計測機により、成形品の三次元形状を測定する。得られた測定データを基に,成形品のメッシュ形状データを得る。次に、得られたメッシュ形状データを用いて、ワンステップ法(加工硬化算出ツール「HYCRASH(株式会社JSOL)」等)の数値解析により、成形品の形状を元にそれを一度平坦な板に展開する。そのときの成形品の伸び、曲げ状態などの形状情報から成形品の板厚変化、残留ひずみなどを計算する。この計算によっても、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じる成形加工が施されていることを確認することができる。
【0097】
また、式:10≦(D1−D2)/D1×100≦30の条件を満たすことは、金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる成形加工により成形品が成形されていると見なすことができる。
つまり、成形品の最大板厚D1は成形加工前の金属板の板厚と見なすことができ、成形品の最小板厚D2は成形加工後で最も板厚減少率が大きい部位の金属板(成形品)の板厚と見なすことができる。
【0098】
一方、式:15≦(H1−H2)/H1×100≦40の条件を満たすことも、金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる成形加工により成形品が成形されていると見なすことができる。これは、成形加工の加工量(板厚減少率:Thickness reduction)が大きくなるにつれて、加工硬化(つまり加工硬度:Vickers hardness)が大きくなることに起因する(図11参照)。
つまり、成形品の最大硬度H1となる部位は成形加工後で最も板厚減少率が大きい部位の金属板(成形品)の硬度と見なすことができ、成形品の最小硬度H2は成形加工前の金属板の硬度と見なすことができる。
【0099】
なお、硬度は、JIS規格(JIS Z 2244)に記載のビッカース硬さ測定方法に従い測定される。ただし、硬度の測定は、この方法に限られず、他の方法で硬さを測定し、硬さ変換表を用いて、ビッカース硬さに換算する方法を採用してもよい。
【0100】
また、上記(c)又は(d)で示される条件および上記(C)又は(D)で示される条件において、成形品の表面における{001}結晶粒の面積分率及び平均結晶粒径、並びに、成形品の表面における{111}結晶粒以外の結晶粒の面積分率及び平均結晶粒径は、成形品の最大板厚D1又は最小硬度H2となる部位で測定される。
そして、上記(c)又は(d)で示される条件は、第一の本開示の成形品の製造方法で説明した上記(a)又は(b)で示される条件と、成形加工前の金属板に代えて、成形品の表面における{001}結晶粒の面積分率及び平均結晶粒径を条件としている以外は同義である。
同様に、上記(C)又は(D)で示される条件は、第二の本開示の成形品の製造方法で説明した上記(A)又は(B)で示される条件と、成形加工前の金属板に代えて、成形品の表面における{111}結晶粒以外の結晶粒の面積分率及び平均結晶粒径を条件としている以外は同義である。
【0101】
以上説明したように、第一及び第二の本開示の成形品は、上記各要件を満たすことで、第一及び第二の本開示の成形品の製造方法により成形された成形品と見なすことができる。そして、第一及び第二の本開示の成形品は、bcc構造を有し、平面ひずみ引張変形、又は、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じた形状の金属板の成形品であって、式:10≦(D1−D2)/D1×100≦30の条件、又は、式:10≦(H1−H2)/H1×100≦30の条件を満たした成形品であっても、肌荒れの発生が抑制され意匠性に優れた成形品となる。
【実施例】
【0102】
<第一の実施例>
[成形品の成形]
表1に示す化学組成を持つ各鋼片を、表2に示す条件で加工し、鋼板を得た。具体的には、初めに、表1に示す鋼種A〜Bの各鋼片に対して、表2に示す条件で、表面ひずみ付与工程、加熱工程、熱間圧延工程及び冷却工程を実施した。加工には、実験圧延機を使用した。次に、巻取温度まで冷却した冷延鋼板を、巻取温度に相当する温度に保持した電気炉に装入した。そのまま30分保持した後、20℃/hで冷却し、巻取工程を模擬した。さらに、表2に示す圧下率で冷間圧延工程を実施し、表2に示す板厚の冷延鋼板とした。得られた各冷延鋼板に対して、表2に示す温度で焼鈍を行った。このようにして、鋼板1〜8を得た。鋼板1〜8のフェライト分率は、いずれも100%であった。
【0103】
次に、得られた鋼板に対して、次に張り出し加工を施し、図12に示すように、成形品20の天板部20Aの直径R=150mm、成形品20の高さH=18mm、成形品20の縦壁部20Bの角度θ=90℃の皿状の成形品No.1〜5、8を成形した。また、成形品20の高さH=15mmとした以外は、成形品No.1〜5、8と同様にして、成形品No.6〜7、9を成形した。
なお、この成形は、天板部20Aとなる鋼板の板厚減少率(図12中、天板部20Aの評価部A(天板部20Aの中心部)の板厚減少率)が表3に示す板厚減少率となる加工量で実施した。
【0104】
[評価方法]
得られた各鋼板、及び各成形品に対して、次の測定試験及び目視評価を行った。結果を表3及び表4に示す。また、図17に、実施例で得られた成形品について、目視評価の結果と、{001}結晶粒の平均結晶粒径及び結晶粒径との関係を示す。
【0105】
[平均結晶粒径の測定試験]
鋼板に対して、{001}結晶粒の平均結晶粒径の測定試験を実施した。測定試験には、EBSD法を用いた。図13は、鋼板を上部から観察した模式図である。図13を参照して、鋼板の幅方向における、端から1/4より中心部において、1mm四方の測定領域4を任意に3箇所選んだ。それぞれの測定領域4において、鋼板の表面での、鋼板表面と平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒({001}結晶粒3)を選択した。
【0106】
上述のとおり、{001}結晶粒3の平均結晶粒径を算出した。測定は、3箇所の測定領域4における、全ての{001}結晶粒3に対して行った。得られた{001}結晶粒3の結晶粒径の算術平均を、平均結晶粒径とした。なお、成形品の表面における{001}結晶粒3の平均結晶粒径も、鋼板の{001}結晶粒3の平均結晶粒径と同様の値となる。
【0107】
[面積分率の測定試験]
鋼板に対して、{001}結晶粒の面積分率の測定試験を実施した。上述のとおり、鋼板から測定領域4を選び、EBSD法を用いて、{001}結晶粒3を選択した。各視野において、{001}結晶粒3の面積分率を算出し、その平均値を求めた。なお、成形品の{001}結晶粒3の面積分率も、鋼板の{001}結晶粒3の面積分率と同様の値となる。
【0108】
[平均r値の測定試験]
鋼板に対して、平均r値の測定試験を行った。具体的には、鋼板の圧延方向に対して、0°、45°及び90°方向の、板状の5号試験片(JIS Z 2241(2011))を採取した。採取した各試験片に対して、10%のひずみを付与した。ひずみ付与前後における、試験片の幅と板厚とから、各試験片に対してr値(ランクフォード値)を算出した。3方向の試験片のr値の算術平均を平均r値とした。
【0109】
[板厚の測定試験]
成形品に対して、板厚の測定試験を行った。具体的には、成形品のコンピュータによる成形シミュレーションを実施し、板厚が最大及び最小となる部位を特定した。その後、成形品の板厚測定を板厚が最大及び最小となる部位それぞれにおいて、板厚ゲージを使用し、測定した。これにより、最大板厚D1、最小板厚D2を求めた。ただし、最大板厚D1は、成形品(成形品全体)の最大板厚を求め、最小板厚D2は、成形品の評価部の最小板厚を求めた。
【0110】
[硬度の測定試験]
成形品に対して、硬度の測定試験を行った。具体的には、成形品のコンピュータによる成形シミュレーションを実施し、相当塑性ひずみが最大及び最小となる部位を特定した。その後、成形品の硬度測定を板厚が最大及び最小となる部位それぞれにおいて、JIS規格(JIS Z 2244)に従い、測定した。これにより、最大硬度H1、最小硬度H2を求めた。ただし、最大硬度H1は、成形品(成形品全体)の最大硬度を求め、最小硬度H2は、成形品の評価部の最小硬度を求めた。
【0111】
[凹凸高さ測定試験]
成形品に対して、成形品表面の凹凸高さの測定試験を行った。具体的には、成形品の評価部を切出し、接触式の粗さ径で、長手方位の凹凸を計測した。結晶方位を確認するために凹凸が最も顕著な部分を、クロスセクションポリッシャ(Cross section polisher)加工を用いて切断し、表層の結晶方位と凹凸の関係を分析した。
【0112】
[目視評価]
本来、化成処理後電着塗装を行うが、簡易的評価手法として、ラッカースプレーを均一に成形品の表面を塗装したのち、目視にて観察し、下記基準に従って、肌荒れの発生度合と評価面の鮮鋭度について調べた。
さらに、表面性状の優劣を示す他のパラメータとして、算術平均うねりWaの値をKeyence社製レーザーマイクロスコープにより測定した。測定条件は,評価長さを1.25mm,カットオフ波長λcを0.25mmとした。そして、カットオフ波長λcよりも長波長側のプロファイルを評価した。
評価基準は、以下の通りである。
A: 成形品の天板部の評価部表面に目視で模様が確認されず、表面に艶があるもの(Wa≦0.5μm)。自動車外板部品としてより望ましく、高級車の外板部品としても利用できる。
B: 成形品の天板部の評価部表面に目視で模様が確認されないが、表面の艶が消えているもの(0.5μm<Wa≦1.0μm)。自動車部品として利用できる。
C: 成形品の天板部の評価部表面に目視で模様が確認されるが、表面に艶があるもの(1.0μm<Wa≦1.5μm)。自動車の外板部品として利用できない。
D: 成形品の天板部の評価部表面に目視で模様が確認され、表面に艶がないもの(1.5μm<Wa)。自動車の部品として利用できない。
【0113】
【表1】
【0114】
【表2】
【0115】
【表3】
【0116】
【表4】
【0117】
上記結果から、比較例対応の成形品No.1、6、9に比べ、実施例対応の成形品No.2〜5、7、8、10は、肌荒れが抑制され意匠性に優れることがわかる。
ここで、実施例対応の成形品No.2、3、比較例対応の成形品No.1の断面ミクロ組織と表面凹凸を示す模式図を、図14図16に示す。図14図16は、成形品の断面を、EBSD法によって解析した模式図である。なお、図14図16中、NDは板厚方向を示し、TDは板幅方向を示す。
この図14図16の比較から、比較例対応の成形品No.1に比べ、実施例対応の成形品No.2、3は、成形品の表面の凹凸高さが低く、肌荒れが抑制され意匠性に優れることがわかる。ただし、図14図15との比較から、成形品No.2に比べ、成形品No.3は、成形品の表面の凹凸高さが高いが、肌荒れが抑制され意匠性に優れることがわかる。これは、成形品の表面の凹凸が高くても、又は同等でも、凹部が深く微細であれば、肌荒れとして認識され難くなることもあるためである(成形品No.6と成形品No.7との比較も参照)。
実施例対応の成形品No.7と比較例対応の成形品No.9との比較から、{001}結晶粒の面積分率が0.20未満と低くても、{001}結晶粒の平均結晶粒径が15μm未満であれば、肌荒れが抑制され意匠性に優れることがわかる。
実施例対応の成形品No.10から、{001}結晶粒の面積分率が0.45と高くても、{001}結晶粒の平均結晶粒径が15μm未満であれば、肌荒れが抑制され意匠性に優れることがわかる。
【0118】
<第二の実施例>
[成形品の成形]
次に、表5に示す鋼板に対して、張り出し加工を施した。それにより、図12に示すように、成形品20の天板部20Aの直径R=150mm、成形品20の高さH=18mm、成形品20の縦壁部20Bの角度θ=90℃の皿状の成形品No.101〜105、108を成形した。また、成形品20の高さH=15mmとした以外は、成形品No.101〜105、108と同様にして、成形品No.106〜107、109、128を成形した。
なお、この成形は、天板部20Aとなる鋼板の板厚減少率(図12中、天板部20Aの評価部A(天板部20Aの中心部)の板厚減少率)が表5に示す板厚減少率となる加工量で実施した。
【0119】
さらに、図12中、成形品20の天板部板20Aの評価部B(天板部20Aの中心と縁と間の中央部)の板厚減少率が、成形品No.101〜109、128の板厚減少率(図12中、天板部板20Aの評価部Aの板厚減少率)と同様となるように、成形品20の高さHを調整した以外は、成形品No.101〜109、128と同様にして、成形品No.110〜118、129を成形した。
【0120】
また、図12中、成形品20の天板部板20Aの評価部C(天板部20Aの縁部)の板厚減少率が、成形品No.101〜109、128の板厚減少率(図12中、天板部板20Aの評価部Aの板厚減少率)と同様となるように、成形品20の高さHを調整した以外は、成形品No.101〜109、128と同様にして、成形品No.119〜127、130を成形した。
【0121】
ここで、上記成形品の成形では、成形品の評価部に相当する鋼板の表面にスクライブドサークルを転写しておき,成形前後(変形前後)のスクライブドサークルの形状変化を計測することで、最大主ひずみ、最小主ひずみを計測した。それらの値から,成形品の評価部での変形比βを算出した.
【0122】
[評価方法]
使用した各鋼板、及び得られた各成形品に対して、1){111}結晶粒以外の結晶粒の平均結晶粒径及び面積分率、2)平均r値、3)板厚の測定試験、4)硬度の測定試験、5)凹凸高さ測定試験、6)目視評価を、第一の実施例に準じて行った。結果を表5及び表6に示す。
【0123】
【表5】
【0124】
【表6】
【0125】
上記結果から、比較例対応の成形品No.101、106、109〜110、115、118〜119、124、127に比べ、実施例対応の成形品No.102〜105、107〜108、111〜114、116〜117、120〜123、125〜126、128〜130は、肌荒れが抑制され意匠性に優れることがわかる。
ここで、実施例対応の成形品No.102、103、比較例対応の成形品No.101の断面ミクロ組織と表面凹凸を示す模式図を、図18図20に示す。図18図20は、成形品の断面を、EBSD法によって解析した模式図である。なお、図18図20中、NDは板厚方向を示し、TDは板幅方向を示す。
この図18図20の比較から、比較例対応の成形品No.101に比べ、実施例対応の成形品No.102、103は、成形品の表面の凹凸高さが低く、肌荒れが抑制され意匠性に優れることがわかる。ただし、図18図19との比較から、成形品No.102に比べ、成形品No.103は、成形品の表面の凹凸高さが高いが、肌荒れが抑制され意匠性に優れることがわかる。これは、成形品の表面の凹凸が高くても、又は同等でも、凹部が深く微細であれば、肌荒れとして認識され難くなることもあるためである(成形品No.106と成形品No.107との比較も参照)。
そして、上記結果より、実施例対応の成形品では、等二軸引張変形場および等二軸引張変形場に近い不等二軸引張変形場から、平面ひずみ引張変形場および平面ひずみ変形場に近い不等二軸引張変形場まで、幅広い変形場において、成形品の肌荒れが抑制されていることがわかる。
【0126】
以上、本開示の実施形態及び実施例を説明した。しかしながら、上述した実施形態及び実施例は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施形態及び実施例に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施形態及び実施例を適宜変更して実施することができる。
【0127】
なお、日本国特許出願第2015−242460号及び日本国特許出願第2016−180635の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
【要約】
bcc構造を有し、金属板の表面において下記(a)又は(b)の条件を満たす金属板に対して、平面ひずみ引張変形および二軸引張変形が生じ、かつ前記金属板の少なくとも一部が板厚減少率10%以上30%以下となる成形加工を施し、成形品を製造する成形品の製造方法。(a)前記金属板の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の面積分率が0.20以上0.35以下である。(b)前記金属板の表面に平行な{001}面から15°以内の結晶方位を持つ結晶粒の、面積分率が0.45以下かつ、平均結晶粒径が15μm以下である。また、上記(a)又は(b)の条件を満たす成形品である。
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図5A
図5B
図6
図7A
図7B
図8A
図8B
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20