(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
徒長現象とは季節的な長雨や悪天候の連続による低日照条件下などにおいて、葉柄が過剰に伸長し、葉の厚さが薄くなる現象である。本来なら晴天の下の強光下で丈夫に育つが、低日照条件ではこの様な形態変化により、植物は無理して受光面積を広げ、効率的に光を受光しようとする反面、葉が薄くなってしまい、商品価値が下がる。また、このような徒長現象は、植物工場における人工光を用いた栽培においても、生じることが知られており、徒長により葉が薄くて低品質の植物となる他、倒伏しやすくなるなどの問題点がある。上記特許文献1、2では、これらの問題点を解決するために、植物を栽培するための照明として、光合成光量子束密度50〜150μmol/m
2/sの低強度の照明下において植物を栽培した際の徒長の抑制方法について言及している。上記特許文献1では人工光成分の青色光を増やすことで、上記特許文献2では遠赤色光を減らすことで低照度条件下での徒長を抑制している。しかし、これらの文献は低強度の光条件の下で徒長を抑制方法に関する発明であって、本来の高強度の光を照射して、商品価値の高いしっかりした植物を栽培しているわけではない。
【0010】
これに対して非特許文献1に記載されているように、高い光強度の下で、低強度の光条件下と比較して、葉厚なしっかりとした高品質の葉菜類を栽培できることが知られているが、未だ実用化されていない。なぜなら、高い光強度の下で葉菜類を栽培すると、葉が水平方向に広がるためである。葉が水平方向に広がると、当該葉菜類の上部の葉(上位葉)と下部の葉(下位葉)とが重なり、下位葉に光が行きわたらない。そのため、上部の葉のみ光合成が活発になり、下位葉では十分光合成が行われず、植物の光合成器官全体で考えると、光利用効率は低下する。つまり、高い光強度の条件では、植物体の上位葉と下位葉にまんべんなく光が照射されることが、光利用効率を高める上で重要である。また、葉が重なることで、下位葉が老化しやすくなり、作物としての品質が低下するという問題もある。
【0011】
非特許文献2には、高圧ナトリウムランプ、メタルハライドランプを光源として用いて、高光強度の下で植物を栽培する例について記載されている。しかしながら、高圧ナトリウムランプ、メタルハライドランプは、発熱量が多いため、高光強度で使用する場合、または植物に近づけて使用する場合、栽培温度が上昇し、植物の生育に支障が生ずる。
【0012】
本発明は上記の問題点を解決するためになされたもので、その目的は、人工光を利用した植物の栽培において、高光強度の照明下であっても、下位葉に効率良く光を照射することができる照明装置、植物栽培システムおよび植物栽培方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る照明装置は、上記の課題を解決するために、植物体を栽培するための照明装置であって、400nm以上700nm以下の範囲の波長を有し、光合成光量子束密度が200μmol/m
2/s以上の単色光または混色光を出射する主光源と、遠赤色光を出射する遠赤色光光源とを備え、上記主光源および上記遠赤色光光源は、半導体発光素子を含むことを特徴としている。
【0014】
本発明の発明者は、光合成に必要な波長範囲の光に加えて、遠赤色光(例えば、波長700〜800nmの光)を植物体に照射することにより、光合成光量子束密度が200μmol/m
2/s以上の高光強度下であっても、植物体の葉が垂直方向に立つように成長を促進させることができることを見出し、本発明を実現するに至った。
【0015】
上記の構成によれば、400nm以上700nm以下の範囲の波長を有し、光合成光量子束密度が200μmol/m
2/s以上の単色光または混色光が、光合成に必要な波長範囲の光として主光源から出射されるとともに、遠赤色光が遠赤色光光源から出射され、各光が植物体に照射されることにより、植物体の葉が垂直方向に立つように成長が促進される。
【0016】
また、上記の構成によれば、上記主光源および上記遠赤色光光源は、半導体発光素子を含んでいる。半導体発光素子(例えば発光ダイオードや有機EL(Electro-Luminescence))は、高圧ナトリウムランプ、メタルハライドランプなどに比べて、発熱量が小さい。発熱量が大きい高圧ナトリウムランプやメタルハライドランプを光源として用いて植物体に照射した場合、植物体が熱されて生育が悪くなるため、当該植物体から遠ざける必要があった。したがって、上記植物体に対して高強度の光を照射するためには、さらに出射強度を上げる必要があり、消費電力が大きく上がってしまうという問題点があった。一方、半導体発光素子は、発熱量が小さいため、植物体に近接させて照射することができる。そのため、植物体に対して高強度の光を照射することができるため、その分の消費電力を削減することができる。すなわち、同じ高光強度下における植物の栽培であっても、半導体発光素子を光源として用いた場合、高圧ナトリウムランプ、メタルハライドランプなどに比べて、近接させて照射することができ、それにより、消費電力を大きく削減することができる。
【0017】
それゆえ、高光強度下であっても、下位葉に効率良く光を照射することができ、その結果、植物体全体の光合成量を増加させることができる。
【0018】
また、上記照明装置は、上記主光源として機能する、650nm以上670nm以下の範囲の波長の赤色光を出射する赤色光源または440nm以上480nm以下の範囲の波長の青色光を出射する青色光源、もしくはその両方を備え、上記赤色光と上記青色光との光量の比率は1:1から10:1の範囲内にあり、上記赤色光と上記遠赤色光との光量の比率は10:1から3:1の範囲内にあることが望ましい。
【0019】
上記のような波長範囲および光量の比率は、成長促進効果が優れていることが本発明の発明者によって実験的に確認されている。それゆえ、上記の構成によれば、植物体の成長を促進することができる。
【0020】
また、上記照明装置は、上記主光源および上記遠赤色光光源として機能する、複数の波長範囲の光を出射する光源を備えることが望ましい。
【0021】
上記の構成によれば、光合成に必要な波長範囲の光および遠赤色光が、同一の光源から出射される。それゆえ、一種類の光源のみを用いて、照明装置を構成することができるため、照明装置の構成を簡略化することができ、照明装置の低価格化を図ることも可能になる。
【0022】
また、上記複数の波長範囲の光を出射する光源は、半導体発光素子と、当該半導体発光素子から出射された励起光を受けて発光する蛍光体とを含むことが望ましい。
【0023】
蛍光体を励起することによって照明光を生成する半導体発光素子は、出射する赤色光の波長範囲が広く、遠赤色光の波長範囲まで含む。また、当該半導体発光素子は、簡易かつ低価格なデバイスであるため、光源に利用することにより、照明装置のコストを削減することができる。
【0024】
また、上記照明装置は、上記主光源または上記遠赤色光光源から出射された光を拡散する拡散部材をさらに備えることが望ましい。
【0025】
拡散部材は、入射される光を散光させることにより、照射対象を均一な明るさで照らせるようにするためのものである。照明装置が拡散部材を備えることにより、主光源および遠赤色光光源が出射する光を拡散させることができる。それゆえ、植物体の下位葉まで光が行きわたりやすくなり、より多くの葉に均一な光を照射することができる。
【0026】
また、上記照明装置を備える植物栽培システムも本発明の技術範囲に含まれる。
【0027】
本発明に係る植物栽培方法は、上記の課題を解決するために、400nm以上700nm以下の範囲の波長を有し、光合成光量子束密度が200μmol/m
2/s以上の、半導体発光素子から出射される単色光または混色光に加え、半導体発光素子から出射される遠赤色光を植物体に照射することを特徴としている。
【0028】
上記の構成によれば、400nm以上700nm以下の範囲の波長を有し、光合成光量子束密度が200μmol/m
2/s以上の、半導体発光素子から出射される単色光または混色光に加え、半導体発光素子から出射される遠赤色光が植物体に照射されることにより、植物体の葉が垂直方向に立つように成長が促進される。
【0029】
また、半導体発光素子(例えば、発光ダイオード、有機ELなど)は、高圧ナトリウムランプ、メタルハライドランプなどに比べて、発熱量が小さい。発熱量が大きい高圧ナトリウムランプやメタルハライドランプを光源として用いて植物体に照射した場合、植物体が熱されて生育が悪くなるため、当該植物体から遠ざける必要があった。したがって、上記植物体に対して高強度の光を照射するためには、さらに出射強度を上げる必要があり、消費電力が大きく上がってしまうという問題点があった。一方、半導体発光素子は、発熱量が小さいため、植物体に近接させて照射することができる。そのため、植物体に対して高強度の光を照射することができるため、その分の消費電力を削減することができる。すなわち、同じ高光強度下における植物の栽培であっても、半導体発光素子を光源として用いた場合、高圧ナトリウムランプ、メタルハライドランプなどに比べて、近接させて照射することができ、それにより、消費電力を大きく削減することができる。
【0030】
それゆえ、高光強度下であっても、下位葉に効率良く光を照射することができ、その結果、植物体全体の光合成量を増加させることができる。この栽培方法の効果は、本発明の発明者によって実験的に確認されている。
【発明の効果】
【0031】
以上のように、本発明に係る照明装置は、植物体を栽培するための照明装置であって、400nm以上700nm以下の範囲の波長を有し、光合成光量子束密度が200μmol/m
2/s以上の単色光または混色光を出射する主光源と、遠赤色光を出射する遠赤色光光源とを備え、上記主光源および上記遠赤色光光源は、半導体発光素子を含む構成である。
【0032】
本発明に係る植物栽培方法は、400nm以上700nm以下の範囲の波長を有し、光合成光量子束密度が200μmol/m
2/s以上の、半導体発光素子から出射される単色光または混色光に加え、半導体発光素子から出射される遠赤色光を植物体に照射する構成である。
【0033】
それゆえ、高光強度下であっても、下位葉に効率良く光を照射することができ、その結果、植物体全体の光合成量を増加させることができるという効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明の実施の一形態について
図1〜
図12に基づいて説明すれば、以下のとおりである。本実施形態の植物栽培システム10は、例えば、閉鎖型の人工光利用型の植物工場で用いられる栽培システムである。
【0036】
この植物栽培システム10は、遠赤色光を植物体に照射することにより、植物体の葉が垂直方向に立つように成長を促進し、その結果、植物体全体に均一に強い光を照射できることにより、光合成量を増加させるものである。
【0037】
なお、本発明は、人工光を利用して植物を栽培する栽培施設において用いられる照明装置、栽培システムおよび栽培方法に関するものである。人工光を利用した栽培とは、栽培のための光の少なくとも一部に人工光が用いられている栽培を意味し、太陽光を全く用いない栽培を意味するわけではない。太陽光と人工光とを組み合わせて栽培する場合にも、本発明は適用可能である。
【0038】
(植物栽培システム10の構成)
図1は、植物栽培システム10の概略構成を示す図である。植物栽培システム10は、植物体50を栽培するとともに、植物体50の葉が垂直方向に立つように成長を促進するためのシステムである。
【0039】
図1に示すように、植物栽培システム10は、照明装置1、空調装置4、栽培容器5および制御装置6を備えている。
【0040】
照明装置1は、植物体50を栽培するための光を出射する光源20を備えており、栽培容器5の上方に配置されている。この照明装置1は、光源(主光源、遠赤色光光源)20を有する光源ユニット2を備えている。主光源とは、400nm以上700nm以下の範囲に少なくとも1つのピーク波長を有し、光合成光量子束密度が200μmol/m
2/s以上の単色光または混色光を出射する光源である。遠赤色光光源とは、700nm以上800nm以下の範囲にピークを有する遠赤色光を出射する光源である。具体的には、光源ユニット2は、半導体発光素子として、LED(Light-Emitting Diode)(特許請求の範囲の「半導体発光素子」に対応)光源20を基板上に備えている。なお、光源20として用いる半導体発光素子は、LEDに限定されない。この光源ユニット2の詳細については後述する。
【0041】
また、光源ユニット2の反対側(上側)には、冷却板3が配設されている。冷却板3は、各光源が発した熱を放散させるための部材であり、金属(例えば、鉄、銅、アルミニウム)など、熱伝導性の高い物質からなるものである。
【0042】
空調装置4は、栽培室7の内部の温度を調節するエアコンである。また、空調装置4は、栽培室7の内部の空気を循環させる送風機としても機能する。
【0043】
栽培容器5は、培養土または栽培用の固形培地(ロックウール、ウレタン、スポンジなど)を入れるためのプランターであってもよいし、植物体50を保持するとともに水耕栽培用の培養液を貯める水槽であってもよい。
【0044】
制御装置6は、照明装置1の照度および空調装置4の空調温度および風量を制御する。照度、明期および暗期の長さ、空調温度などの詳細については、後述する具体例で説明する。
【0045】
(光源ユニット2の構成)
光源ユニット2の構成について、
図2および
図3に基づいて説明する。
図1に示す光源ユニット2は、
図2に示す光源ユニット2aもしくは
図3に示す光源ユニット2bに対応する。また、
図1に示す光源20は、
図2に示す蛍光体励起LED(主光源および遠赤色光光源)21もしくは
図3に示す赤色LED(主光源)22、青色LED(主光源)23および遠赤色光LED(遠赤色光光源)24に対応する。
【0046】
まず、
図2について説明する。
図2は、蛍光体励起LED21のみで構成された光源ユニットである、光源ユニット2aの構成を示す図である。光源ユニット2aは、複数の蛍光体励起LED21を基板上に備えている。
【0047】
ここで、蛍光体励起LED21について、
図4および
図5に基づいて説明する。蛍光体励起LEDは、主光源および遠赤色光光源として機能する、複数の波長範囲の光を出射する光源である。この、蛍光体励起LED21は、半導体発光素子と、当該半導体発光素子から出射された励起光を受けて発光する蛍光体とを含んでおり、単体で赤色光、青色光、遠赤色光の3波長を出射できる低価格な照明デバイスである。一般に広く普及している屋内用のLED照明装置は、この蛍光体LEDの一種である。
【0048】
図4の(a)は、蛍光体励起LEDの外観を示す図である。また、
図5は、蛍光体励起LEDが出射する光のスペクトルを示すグラフである。横軸は波長を示し、縦軸は発光強度を示す。
【0049】
蛍光体励起LEDは、例えば、励起光としての青色光を出射するLED素子と、上記青色光によって励起され、赤色の波長にピークを有する蛍光を発する蛍光体とを備えた複合LEDである。一般に普及している屋内照明用のLED照明装置とは、蛍光体の蛍光ピーク波長が黄色の波長であるため、栽培用の蛍光体LEDとは異なる。
図5に示すように、蛍光体励起LEDが出射する赤色光は波長域が広く、680nm以上の遠赤色光の波長域まで含む。この点が、通常の赤色光のみを出射する赤色LEDとは異なる点である。
【0050】
また、
図4の(b)に、光源ユニット2aが、拡散板30を備えた場合の構造を示している。拡散板30(拡散部材)は、主光源または遠赤色光光源から出射された光を拡散させることにより、照射対象を均一な明るさで照らすための光学部材である。光源ユニット2aが拡散板30を備えることにより、蛍光体励起LED21が出射する光を拡散させることができ、その結果、下部の葉(下位葉)まで光が行きわたりやすくなり、より多くの葉に均一な光を照射することができる。
【0051】
なお、拡散板30の厚みは数ミリ程度である。また、光源ユニット2bが、拡散板30を備えていてもよい。
【0052】
拡散板30は、例えば、基材としての透明樹脂と、この透明樹脂の中に分散された光散乱剤とから構成されている。
【0053】
上記透明樹脂としては、例えば、ポリカーボネート樹脂、アクリル系樹脂、フッ素系アクリル樹脂、シリコーン系アクリル樹脂、エポキシアクリレート樹脂、ポリスチレン樹脂、シクロオレフィンポリマー、メチルスチレン樹脂、フルオレン樹脂、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリプロピレン、アクリルニトリルスチレン共重合体、アクリロニトリルポリスチレン共重合体などを用いることができる。
【0054】
また、上記光散乱剤としては、例えば、シリカ(SiO
2)、アルミナ(Al
2O
3)、酸化マグネシウム(MgO)、チタニアなどの酸化物からなる微粒子、または、炭酸カルシウムおよび硫酸バリウムなどの微粒子を使用することができる。また、上記光散乱剤として、アクリル樹脂、スチレン樹脂などの樹脂からなる粒子を用いてもよい。
【0055】
図2では、蛍光体励起LED21は、基板上に複数列形成されているが、蛍光体励起LED21の配置は、これに限定されず、蛍光体励起LED21の列が1列だけ配置されていてもよい。また、蛍光体励起LED21の個数も適宜変更されればよく、蛍光体励起LED21に供給する電力を調整することによって光量を調節してもよい。
【0056】
図3は、赤色LED、青色LEDおよび遠赤色光LEDのそれぞれのLEDを混合させた光源ユニットである、光源ユニット2bの構成を示す図である。
【0057】
図3に示すように、光源ユニット2bは、複数の赤色LED22、複数の青色LED23および複数の遠赤色光LED24を基板上に備えている。赤色LED22は、波長600〜700nmにピークを有する赤色光を出射する。青色LED23は、波長400〜500nmにピークを有する青色光を出射する。そして、遠赤色光LED24は、波長700〜800nmにピークを有する遠赤色光を出射する。
【0058】
赤色LED22および青色LED23の組み合わせによって主光源が構成されている。なお、赤色LED22および青色LED23のいずれか一方のみを主光源として用いてもよい。
【0059】
図3では、赤色LED22、青色LED23および遠赤色光LED24の個数の比率は1:1:1であるが、上記比率はこれに限定されない。所望の光量の赤色光、青色光および遠赤色光を照射するために、赤色LED22、青色LED23および遠赤色光LED24の個数を適宜変更すればよい。
【0060】
なお、赤色光、青色光および遠赤色光の光量の調整は、赤色LED22、青色LED23および遠赤色光LED24に供給する電力を調整することによって行ってもよい。
【0061】
また、赤色LED22、青色LED23および遠赤色光LED24の配置も
図3に示したものに限定されず、適宜変更してもよい。例えば、赤色LED22の列と青色LED23の列の間に遠赤色光LED24の列を配置してもよい。
【0062】
また、植物中心部の直上に遠赤色光源が位置するように、遠赤色光LED24を配置してもよい。この配置により、植物体の葉が垂直方向に立つように成長を促進する効果を高めることができる。
【0063】
光源ユニット2aと光源ユニット2bとは異なる構成を備えているが、植物栽培システム10においては、ほぼ同様の効果を奏する。したがって、光源ユニット2には、費用等に応じて、光源ユニット2aもしくは光源ユニット2bの何れかを採用すればよい。
【0064】
(栽培方法の概要)
次に植物栽培システム10を用いた植物栽培方法の概要について、
図1に基づいて説明する。当該植物栽培方法では、人工光を利用する植物栽培用の空間である栽培室7において、光合成に必要な波長範囲の光(波長400nm以上700nm以下の範囲に少なくとも1つのピーク波長を有する単色光または混色光)に加え、遠赤色光(波長700〜800nmの光)を定植後の植物体50に照射する。
【0065】
具体的には、光源ユニット2に光源ユニット2aの構成を採用する場合、蛍光体励起LED21から出射される青色光、赤色光および遠赤色光を植物体50に照射する。
【0066】
また、光源ユニット2に光源ユニット2bの構成を採用する場合、赤色LED22から出射される赤色光、青色LED23から出射される青色光および遠赤色光LED24から出射される遠赤色光をそれぞれ植物体50に照射する。
【0067】
LED、有機ELなどの半導体発光素子は、高圧ナトリウムランプ、メタルハライドランプなどに比べて、発熱量が小さい。発熱量が大きい高圧ナトリウムランプやメタルハライドランプを光源として用いて植物体に照射した場合、植物体が熱されて生育が悪くなるため、当該植物体から遠ざける必要があった。したがって、上記植物体に対して高強度の光を照射するためには、さらに出射強度を上げる必要があり、消費電力が大きく上がってしまうという問題点があった。一方、LEDなどの半導体発光素子は、発熱量が小さいため、植物体に近接させて照射することができる。そのため、植物体に対して高強度の光を照射することができるため、その分の消費電力を削減することができる。すなわち、同じ高光強度下における植物の栽培であっても、LEDなどの半導体発光素子を光源として用いた場合、高圧ナトリウムランプ、メタルハライドランプなどに比べて、近接させて照射することができ、それにより、消費電力を大きく削減することができる。また、栽培温度を上昇させることなく、高光強度下の栽培を実現することができる。
【0068】
植物体50に照射する赤色光と青色光の光量の比率は、1:1〜10:1程度が望ましい。また、植物体50に照射する赤色光と遠赤色光光の光量の比率は、10:1〜3:1程度が望ましい。上記の各比率は、植物の成長促進効果が優れているというデータが有るものである。
【0069】
また、出射する青色光の波長のピークは440〜480nm程度、赤色光の波長のピークは650〜670nm程度が望ましい。特に赤色光に関しては、波長640nmよりも660nmの光を照射した方が、成長促進効果が優れており、680nm以上の光を照射しても効果が小さいというデータが有る。
【0070】
出射する赤色光、青色光および遠赤色光の光量については、徒長が生じないように、通常の人工光による栽培よりも大きな光量を照射する。例えば、光合成光量子束密度は200μmol/m
2/s以上であるが、300〜400μmol/m
2/sでは、わい化(生育阻害)も抑制し、生育が促進される効果も期待できる。
【0071】
昼夜のサイクルは、植物体50の種類によって適宜設定する。例えば、植物体50が短日植物の場合は、短日条件の光環境を実現するように制御装置6によって光源ユニット2を制御し、光源20の光量を調節する。昼夜のサイクルは、例えば、明期12時間、暗期12時間であるが、これに限定されない。
【0072】
植物体50に光を照射する時期は、栽培開始時期から行ってもよいし、栽培容器5への移植時期や、葉密度が高まる時期に行ってもよい。
【0073】
昼夜のサイクルに伴って、栽培室7の内部の温度も調節する。この温度調節は、制御装置6の制御下において空調装置4が行う。栽培室7の内部の温度は、例えば、明期25℃、暗期10℃に設定する。
【0074】
その他の栽培条件(培養土の組成、給肥条件など)については、公知の条件を用いればよい。
【0075】
なお、植物体50の具体例としては、サラダナ等のリーフレタスを栽培する際に特に効果が高いが、ロロロッサなど、他のレタスなどの葉菜類にも利用可能である。イチゴや、高光強度下で葉が水平方向に広がる植物を栽培する際にも効果が期待できる。
【0076】
(植物栽培システム10の作用効果)
植物栽培システム10の作用効果について、
図6および
図7に基づいて説明する。
【0077】
まず、
図6について説明する。
図6の上側に示す状態は、従来の光源200として、高光強度(光合成光量子束密度が200μmol/m
2/s以上)かつ遠赤色光を出射しないものを使用して、植物体50を栽培する様子を示している。この場合、植物体50の上位葉100が水平方向に広がってしまい、下位葉101への光を遮ってしまう。これにより、下位葉101にまで光源200の光が行きわたらないという問題が生じている。
【0078】
このように、高光強度の下で葉菜類を栽培すると、通常、葉が水平方向に広がってしまう。そして、下位葉101にまで光源200の光が行きわたらないと、下位葉101は老化しやすくなる。その結果、植物体50の作物としての品質が低下するという問題が生じる。特に、植物工場のような、上部の一定の方向もしくは上部の複数の方向から光が照射されるような光照射環境においては、下位葉101のような光が行きわたらない葉が多くなり、光合成能力の低下に大きな影響を与えると考えられる。
【0079】
一般的に、高光強度の光の下では、葉厚な、より歯ごたえのあるしっかりとした高品質の葉菜類を栽培できることが知られている。また、低光強度の光を使用すると、植物体50の葉が徒長を起こしやすいという問題がある。したがって、高光強度の光を利用して植物を栽培することが望ましいと考えられる。
【0080】
そこで、
図6の下側に示す状態は、光源20として、高光強度かつ遠赤色光を含むものを使用して、植物体50を栽培する様子を示している。具体的には、ここで使用される光源は、
図2もしくは
図3に示す、光源ユニット2aもしくは光源ユニット2bのLEDもしくはLEDの組み合わせである。
【0081】
上記光源20を用いて植物体50を栽培すると、植物体50の上位葉100が垂直方向に立つように成長する。その結果、植物体50の下位葉101にまで、光源20の光が行きわたるようになり、光合成量が増加し、植物体50の作物としての品質が向上する。
【0082】
さらに、鋭角に光が葉に照射されるため、高光強度下においても、一部の光照射部位における細胞(葉面積)当たりの受光量が極端に高くなることがなく、光ストレスを受けにくくなるため、葉の損害や老化も抑制できる。
【0083】
次に、
図7について説明する。
図7は、植物体50a、50b、50cを密植栽培する様子を示している。
【0084】
図6と同様に、
図7の上側に示す状態では、従来の光源200として、高光強度かつ遠赤色光を含まないものを使用している。また、
図7の下側に示す状態では、光源20として、高光強度かつ遠赤色光を含むものを使用している。
【0085】
図7の上側に示す状態では、植物体50aおよび植物体50cの葉が水平方向に広がることにより、植物体50bの葉に光が行きわたっていない。したがって、植物体50bの生育が抑制され、植物体50bは小さくなっている。
【0086】
このように、高光強度下で栽培する植物体の栽培密度を高めると、植物体間で互いの葉が光を遮蔽することにより、光が行きわたらない植物体の生育が抑制される。その結果、植物体間での生育に違いが生じる。
【0087】
一方、
図7の下側に示す状態では、植物体50a、50cの葉が垂直方向に立つことにより、植物体50bに光が行きわたるようになっている。さらに、植物体50a〜50cの各葉が垂直方向に立つことにより、植物体間で葉先が上部方向へ押し合うようになり、さらに葉を立たせるという効果も奏する。
【0088】
以上のように、遠赤色光を含むものを光源として使用すると、高光強度下であっても、植物の葉が水平方向に広がらず、垂直方向に立つように成長を促進することができる。その結果、植物の光合成量が増加し、当該植物の作物としての品質が向上する。
【0089】
(遠赤色光照射による葉の形態変化の原理)
上述のように、植物体50、50a〜50cに遠赤色光を照射すると、葉が垂直方向に立つように成長を促進することができる。このような、遠赤色光の照射によって葉の形態変化が生じる原理について、以下で説明する。
【0090】
通常、波長400〜700nmの人工光下でレタスなどの葉菜類を栽培する場合、200μmol/m
2/s以上の光量において、当該葉菜類の葉の徒長が抑制される。そして、それ以上に光量が大きくなると葉のわい化が生じると考えられる。
【0091】
一方、太陽光は人工光と比較して光量が格段に大きいにも関わらず、太陽光下で葉菜類を栽培すると、極端なわい化は生じず、当該葉菜類の葉の形態は最適な状態に保たれている。これは、太陽光に含まれる遠赤色光の光量が、人工光に比べて、格段に大きいためであると考えられる。
【0092】
したがって、植物体50に遠赤色光を照射することにより、高光強度下においても、太陽光を照射する場合と同様の現象が生じていると考えられる。
【0093】
(栽培方法の具体例)
次に、植物栽培システム10における、植物体50の具体例として、サラダナを栽培する方法の一例について説明する。なお、サラダナの品種としては、岡山サラダナを用いた。
【0094】
まず、サラダナの種子を水耕栽培用ウレタンマットには種した。次に、白色蛍光灯を、120μmol/m
2/sの照射強度で、上記水耕栽培用ウレタンマットに照射することにより、サラダナの種子に対してさい芽処理を行った。
【0095】
サラダナの種子をは種した後、10日間育苗した後の幼苗を、
図1に示す植物栽培システム10の照明装置1の下方に設置した栽培容器5に移して、これを植物体50とし、光照射実験を行った。サラダナ栽培用に給肥する培養液としては、園芸試験場処方の1/2単位を用いた。また、栽培室7の湿度は70%以上に保った。
【0096】
そして、明期12時間、暗期12時間のサイクルで、各照明を点灯させた。栽培室7の内部の温度は、明期25℃、暗期10℃に調節した。これらの各条件は、制御装置6によって制御される。
【0097】
光照射実験のために使用した光源について説明する。比較実験を行うために、各栽培区(実験系)によって、照明光の質および量を変化させた。
【0098】
各光源としては、赤色LEDと青色LEDとを含む光源(以下、赤青LED)、蛍光体励起LED21、蛍光灯の3種類を用いた。
【0099】
赤青LEDによる光源は、赤色LEDおよび青色LEDのみを用いているため、遠赤色光をほとんど出射しない。蛍光灯も同様に、遠赤色光をほとんど出射しない。一方、蛍光体励起LED21は、上述したように、遠赤色光の波長域を含む光を出射する。
【0100】
上記各光源が出射する光のスペクトルを
図8に示す。
図8は、横軸が波長を示し、縦軸は発光強度を示す。
図8に示すように、蛍光体励起LED21の波長域と比べて、赤青LEDおよび蛍光灯の波長域は、波長700nm以上の遠赤色光の波長域を含んでいない。したがって、赤青LEDおよび蛍光灯による光源と、蛍光体励起LED21による光源を光照射実験に用いることにより、遠赤色光がサラダナの葉に与える影響を比較することができる。なお、赤青LEDにおける、赤色LEDと青色LEDとの比率は、1:1とした。
【0101】
なお、光強度は、通常の植物工場の2倍程度の光量である230μmol/m
2/sを照射した。このような高光強度下では、サラダナの葉が水平方向に広がるように成長する。
【0102】
(実験結果)
上述の各条件による光照射実験の実験結果を、
図9〜
図12に基づいて説明する。
【0103】
図9は、植物栽培システム10によって栽培された、13日目のサラダナの水平方向からの写真を示す図である。
図9に示すように、光源20として蛍光体励起LED21を用いた栽培区(以下、蛍光体励起LED区)では、葉が徒長している場合に観察されるように、サラダナの葉が光源の方向(垂直方向)に立っている。一方、赤青LEDを用いた栽培区(以下、赤青LED区)および蛍光灯を用いた栽培区(以下、蛍光灯区)では、そのような形態変化は認められない。
【0104】
さらに、蛍光体励起LED区では、サラダナの葉の縦方向への伸長は認められない。したがって、蛍光体励起LED区におけるサラダナの葉の形態変化は、光不足による徒長によるものではなく、蛍光体励起LED21が出射する遠赤色光の照射による影響と考えられる。
【0105】
図10は、植物栽培システム10によって栽培された、13日目のサラダナの新生葉の、栽培面から葉の最上部までの高さ(植物高)を示すグラフである。上記栽培面とは、露地栽培における地面に相当する面であり、本実験では、植物体50を支持する栽培容器5の上面である。
図10は、各栽培区それぞれ4植物の平均の植物高を示す。誤差線は標準誤差を示す。
図10に示すように、蛍光体励起LED区では、葉が垂直方向に立ったことで、植物高が他の栽培区よりも高くなったと考えられる。このことから、蛍光体励起LED21が出射する遠赤色光をサラダナに照射することにより、サラダナの葉が垂直方向へ立つように成長することが明らかとなった。
【0106】
図11は、植物栽培システム10によって栽培された、19日目のサラダナの上部からの写真を示す図である。
【0107】
図11に示すように、蛍光体励起LED区では、赤青LED区および蛍光灯区と比較して、サラダナの成長が促進されている。
【0108】
また、蛍光体励起LED区では、サラダナの葉が垂直方向に立っていることが認められる。一方、赤青LEDおよび蛍光灯区では、サラダナの葉先が栽培面に接地していることが認められる。
【0109】
さらに、蛍光体励起LED区では、垂直方向に立った葉がサラダナの各個体間で接触することにより、各個体間で葉先が上部方向へ押し合うようになり、さらに葉を垂直方向へと立たせていることがわかる。一方、赤青LED区および蛍光灯区では、隣接した他の個体の葉により、葉への光が遮蔽されている個体が存在する。
【0110】
また、蛍光体励起LED区のサラダナの葉は丸く、葉の縦方向への伸長は認められない。したがって、蛍光体励起LED区におけるサラダナの葉の形態変化は、光不足による徒長によるものではなく、蛍光体励起LED区のサラダナの各葉に当たる光量は十分であって、全ての葉が光源からの光を十分に受けることができたものと考えられる。そのため、蛍光体励起LED区におけるサラダナの葉の形態変化は、蛍光体励起LED21が出射する遠赤色光の照射による影響と考えられる。
【0111】
図12は、植物栽培システム10によって栽培された、19日目のサラダナの地上部(可食部)の乾物重を示す図である。
【0112】
図12は、各栽培区それぞれ4植物の平均の植物高を示す。誤差線は標準誤差を示す。
図12に示すように、蛍光体励起LED区では、赤青LED区および蛍光灯区と比較して、地上部の乾物重の増加が認められた。したがって、蛍光体励起LED区では、サラダナの葉が垂直方向に立つことにより、各葉に十分な光量の光が照射されたため、サラダナ1つ当たりの光合成能力が高まり、乾物生産が増加したと考えられる。また、蛍光体励起LED21が出射する波長700nm以上の光の影響で、エマーソン効果が生じ、さらなる成長促進の影響もあったと考えられる。なお、エマーソン効果とは、通常の波長域である赤色光および青色光に加え、波長700〜800nmの光を植物物体に照射することにより、植物体内において光量子の吸収速度が加速し、光合成が促進される現象である。
【0113】
上述したように、高光強度下であっても、遠赤色光を照射することにより、サラダナの葉が垂直方向に立つ生育を促進することができ、その結果、サラダナの乾物生産が増加した。
【0114】
このように、植物栽培システム10を用いてサラダナを栽培することで、サラダナの成長を促進する効果があると考えられる。また、この効果は、サラダナの品種に依存しないものである。
【0115】
(付記事項)
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、実施形態に開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態ついても本発明の技術的範囲に含まれる。