【実施例】
【0043】
図1に本実施例に係るポリマーの代表的な構造式を示す。このスターポリマーは、ベンゼン環からなるコア部1と、コア部1の環構造を構成する6個の炭素原子と結合した6本のアーム部2とからなる。このスターポリマーのアーム部2はポリアクリル酸からなり、ポリアクリル酸のカルボニル基の一部にアミド結合を介してアルキル基20が結合している。
【0044】
なおコア部1にアーム部2が結合していない炭素原子をもつものもあり、その炭素原子には、メチレン基を介して水酸基が結合している。
【0045】
以下、このスターポリマーの合成方法を説明する。
【0046】
先ず、メチルアクリレートを室温にて真空蒸留し、含まれている重合禁止剤を除去した。このメチルアクリレートを160mlと、[化2]式に示す母体骨格化合物としてのヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼン0.5gと、2-プロパノール20mlと、アミン系配位子(リガンド)としてのトリス2-ジメチルアミノエチルアミン2gをナス型フラスコに入れ、よく撹拌した後、静置した。
【0047】
【化2】
【0048】
さらに金属ハロゲン化物(活性化剤)として臭化銅(I)0.74gを加えた後、窒素ガス雰囲気下においてフラスコ内の溶液を撹拌しながら50℃〜52℃に加熱し、溶液が緑色に変色したことを確認後、さらに6時間加熱撹拌した。なお反応雰囲気は、窒素ガス雰囲気のみならずアルゴンガス雰囲気、減圧雰囲気など非酸化性雰囲気であればよい。このとき臭化銅(I)は母体骨格化合物から臭素を預かって、母体骨格化合物には炭素ラジカルが生成し、系内に存在するメチルアクリレートの重合が始まる。生長ラジカルは再び臭素と結合して、末端にC-Br結合を有する高分子となる。このC-Br結合の臭素原子は、再び臭化銅(I)へ移り、生長反応が継続するため分子量が時間とともに増大する。溶液は、初期は紫がかった灰色に変色し、微量の沈殿が生成した。
【0049】
加熱終了後、溶液を室温まで冷却し、系を開いて酢酸10mlを加えてアミン系配位子を中和し、よく撹拌した。フラスコ内の溶液を6〜8倍容のメタノール・酢酸溶液(酢酸濃度約1重量%)に注ぎ、よく撹拌してポリマーを沈殿させた。このとき、銅イオンによって溶液は青色に着色する。
【0050】
得られた沈殿を濾過により回収し、沈殿の約5倍の容積のアセトンに溶解した。この溶液をその6〜8倍容のメタノール・酢酸溶液(酢酸濃度約1重量%)に注ぎ、よく撹拌してポリマーを沈殿させた。この操作を3〜5回繰り返して沈殿を洗浄し、メタノール・酢酸溶液の着色が消色したら、ポリマーの沈殿を濾過して回収し、室温にて真空乾燥した。
【0051】
理論上、このポリマーは、[化3]式に示す構造のスターポリマーであり、アーム部はポリアクリル酸メチルであり、アーム部の末端は−C−Br基となっている。このスターポリマーは、ポリスチレン換算で数平均分子量(Mn)=71,300、PDI=1.60であった。
【0052】
【化3】
【0053】
このポリマーを1H-NMR(JOEL GSX、400MHz、重水素化クロロホルム、19.7℃)にて解析した。コア部に−C−Br基が結合している場合、そのピークは4.56ppm(文献値)近傍に現れる。一方、アーム部の末端に結合している−C−Br基のピークは、4.56ppmより僅かに低い位置に現れる。したがってこの二つのピークの面積比から、アーム部の数を算出することができる。
【0054】
コア部に結合している−C−Br基のピーク面積は1.00であり、アーム部の末端に結合している−C−Br基のピーク面積は9.56であったので、アーム部の本数は[9.56/(9.56+1.00)]×6=5.43と算出された。つまり一つのコア部から延びるアーム部の本数は平均5.43本であり、一つのコア部から延びるアーム部の本数が6本の、化3式に示した構造のスターポリマーが必ず含まれていることがわかった。アーム部は、それぞれ数平均分子量(Mn)が79,900であった。
【0055】
しかし[化4]式に示すように、コア部にアーム部が結合していない炭素原子をもつものもあり、その炭素原子にはメチレン基を介して臭素基が結合している。
【0056】
【化4】
【0057】
次に、得られたポリマー6.0gを12.0mlのトルエンに溶解し、水酸化カリウム水溶液(KOH:9.5g、水20ml)を徐々に加え、その溶液を撹拌しながら室温で3日間放置した。静置したときにトルエン相と水相とが共に透明になれば反応終了と判断した。反応終了後、水相を分離回収し、硝酸水溶液を添加してpHを3以下とした。セルロースチューブを用い、得られた酸性水溶液を蒸留水によって3日から1週間透析した。透析後の水溶液をフリーズドライ法で乾燥し、ポリマー粉末を得た。
【0058】
得られたポリマーは、アーム部のエステル基が加水分解されてカルボキシル基となっているのでアーム部はポリアクリル酸骨格となり、アーム部の先端には水酸基が結合した[化5]式に示す構造のスターポリマーである。
【0059】
【化5】
【0060】
続いて[化5]式に示した上記のスターポリマーを2.17g(30.1mmol)と、1-アミノウンデカン(C
13H
27NH
2)を0.182g(1.58mmol)と、N,N'-ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)を0.2g(1.58mmol)と、を10mlのメタノールと2.5mlの水の混合溶媒に溶解し、撹拌しながら室温で24時間保持した。
【0061】
得られた溶液をエバポレーションにより約1/10の容積まで濃縮した後、溶液の約6〜8倍容のTHFを加えて生成物を析出させ沈殿させた。
【0062】
この沈殿を濾過により回収し、沈殿の約5倍の容積のメタノールに溶解した。この溶液をその6〜8倍容のTHFに注ぎ、よく撹拌してポリマーを沈殿させた。この操作を3〜5回繰り返して沈殿を洗浄し、室温にて真空乾燥した。
【0063】
得られたポリマーを1H-NMR(JOEL GSX、400MHz、重水素化クロロホルム、19.7℃)にて解析し、そのH-NMRチャートを
図2に示す。またアーム部の化学式と各水素原子に対応する符号(A〜F)を
図3に示す。アーム部における各水素原子(A〜F)に対応するピーク位置は表1に示すとおりである。
【0064】
【表1】
【0065】
アルキル基の導入率は、アクリル酸の全ユニット数に対するアルキル基の数で算出される。そこでH-NMRチャートの各ピーク面積から、アルキル基の導入率を算出することとする。
【0066】
先ず、アルキル基数(α)は、ピーク位置(F)の面積(1.00)をその位置の水素原子数(3)で除すことで計算できる。またアクリル酸のユニット数(β)は、ピーク位置(C〜F)以外の全面積からピーク位置(E)の面積を除いた面積を水素原子数(3)で除すことで計算できる。ピーク位置(E)の面積は、アルキル基数(α)と炭素数(11)と水素数(2)の乗算で計算できる。すなわち、以下の式によって、アルキル基の導入率を計算することができる。
【0067】
α=(F)の面積/3
β=[(0.983〜2.40ppmの全面積)−(E)由来の面積]/3
(E)由来の面積=α×11×2
アルキル基の導入率(mol%)=(α/β)×100
このようにして求められたアルキル基の導入率は、6.96mol%であった。
【0068】
[比較例]
実施例においてアルキル基を結合させる前の、[化5]式に示したスターポリマーを比較例とした。
【0069】
<試験例1>
実施例及び比較例のスターポリマーを、濃度50質量%となるようにN-メチル-2-ピロリドン(NMP)又は蒸留水と混合し、溶解性を目視で判定した。結果を表2に示す。なお完全に溶解して透明な溶液であったものを○とし、白濁又は沈殿が生じたものを×と評価した。
【0070】
【表2】
【0071】
表より実施例のスターポリマーはN-メチル-2-ピロリドン(NMP)への溶解性に優れ、これはアーム部にアルキル基を含むことに起因することが明らかである。
【0072】
<試験例2>
実施例と比較例のスターポリマーと数平均分子量39,800のポリアクリル酸を試料とし、それぞれ1.00質量部を50.0質量部のN-メチル-2-ピロリドンへ溶解させ、それを撹拌しながら、分散剤を含まないアセチレンブラックの粉末1.00質量部を徐々に添加した。
【0073】
また、実施例と比較例のスターポリマーと数平均分子量39,800のポリアクリル酸を試料とし、それぞれ1.00質量部を50.0質量部のN-メチル-2-ピロリドンへ溶解させ、それを撹拌しながら、分散剤を含まないケッチェンブラックの粉末1.00質量部を徐々に添加した。
【0074】
得られた各懸濁液中のアセチレンブラックとケッチェンブラックの粒度分布をレーザーゼータ電位計(大塚電子社製「ELS-8000」)を用いて測定するとともに、TEM観察を行った。粒度分布を
図4〜
図7に、TEM像を
図8〜
図11に示す。
【0075】
図8〜11に示されるように、ポリアクリル酸溶液中ではアセチレンブラック及びケッチェンブラック共に凝集しているが、実施例のポリマー溶液中では凝集度合いが小さいことがわかる。
【0076】
そして
図4,5から、アセチレンブラックにおいては、実施例が比較例より顕著な差があるとは言い難いものの、
図6,7から実施例では比較例より小粒径側に大きなピークが出現していることから、実施例のスターポリマーはケッチェンブラックの分散性に特に優れていることが明らかであり、これはアルキル基を導入したことによる効果である。
【0077】
したがって実施例のスターポリマーを蓄電装置のバインダとして用いれば、分散剤を含まない導電助剤を用いることができるので、分散剤による抵抗上昇や容量低下の不具合を回避することができる。
【0078】
<リチウムイオン二次電池用負極の作製>
実施例のスターポリマー粉末を、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)又は蒸留水に濃度10質量%となるように溶解し、バインダ溶液を調製した。
【0079】
SiO粉末(シグマ・アルドリッチ・ジャパン社製、平均粒径5μm)を900℃で2時間熱処理し、平均粒径5μmのSiO
x粉末を調製した。この熱処理によって、SiとOとの比が概ね1:1の均質な固体の一酸化ケイ素SiOであれば、固体の内部反応によりSi相とSiO
2相の二相に分離する。分離して得られるSi相は非常に微細である。
【0080】
得られたSiO
x粉末50質量部と、天然黒鉛粉末37質量部と、ケッチェンブラック3質量部と、バインダ溶液100質量部(スターポリマーとして10質量部)とを混合してスラリーをそれぞれ調製した。
【0081】
このスラリーを、厚さ20μmの電解銅箔(集電体)の表面にドクターブレードを用いて塗布し、銅箔上に負極活物質層を形成した。その後、ロールプレス機により、集電体と負極活物質層を強固に密着接合させた。これを100℃で3時間真空乾燥し、負極活物質層の厚さが16μmの負極を形成した。
【0082】
<付着性試験>
カッターナイフを用いて負極活物質層に1mm間隔で100個の碁盤目を刻み、セロハンテープを貼り付けて引き剥がす碁盤目付着性試験(JIS K5400-8.5)を行った。その結果、100マス全てで負極活物質層の剥離は全く認められず、実施例のスターポリマーは銅箔への付着性に優れ、且つSiO
x粉末、天然黒鉛粉末、ケッチェンブラックの結着性に優れていることがわかった。
【0083】
<正極の作製>
正極活物質としてのLi[Mn
1/3Ni
1/3Co
1/3]O
2と、導電助剤としてのアセチレンブラック(AB)と、バインダ樹脂としてのポリフッ化ビニリデン(PVdF)とを混合し、スラリー状の正極合材を調製した。スラリー中の各成分(固形分)の組成比は、Li[Mn
1/3Ni
1/3Co
1/3]O
2:AB:PVdF=93:3:4(質量比)であった。このスラリーを集電体に塗布し、集電体上に正極合材層を積層形成した。具体的には、ドクターブレードを用いてこのスラリーを厚さ20μmのアルミニウム箔(集電体)の表面に塗布した。
【0084】
その後、80℃で20分間乾燥し、正極合材中から有機溶媒を揮発させて除去した。乾燥後、ロールプレス機により、電極密度を調整した。これを真空乾燥炉にて120℃で6時間加熱硬化させて、集電体の上層に厚さ50μm程度の正極合材層が積層されてなる正極を得た。
【0085】
<リチウムイオン二次電池の作製>
正極を30mm×25mm、負極を31mm×26mmに裁断し、ラミネートフィルムで収容した。この正極および負極の間に、セパレータとしてポリプロピレン樹脂からなる矩形状シート(40mm×40mm角、厚さ30μm)を挟装して極板群とした。この極板群を二枚一組のラミネートフィルムで覆い、三辺をシールした後、袋状となったラミネートフィルムに下記の電解液を注入した。その後、残りの一辺をシールすることで、四辺が気密にシールされ、極板群および電解液が密閉されたラミネートセルを得た。電解液にはEC(エチレンカーボネート)、MEC(メチルエチルカーボネート)、DMC(ジメチルカーボネート)=3:3:4(体積比)の混合溶液にLiPF
6を1モル/Lとなる濃度で溶解したものを用いた。正極及び負極は外部と電気的に接続可能なタブを備え、このタブの一部はラミネートセルの外側に延出した。以上の工程で、単層ラミネートセルのリチウムイオン二次電池を得た。
【0086】
<評価試験>
実施例のリチウムイオン二次電池を用い、測定温度25℃、0.2CのCCCV充電(定電流定電圧充電)の条件下において4.2Vで充電し、1/3CのCC放電容量を調査した。その結果、10mAh以上の放電容量を示すことがわかり、実施例のスターポリマーを負極用バインダとして用いたリチウムイオン電池は、電池として機能することがわかった。
【0087】
なお以下の技術的思想(発明)は、前記実施形態から把握できる。
(1) 導電助剤を含む蓄電装置用である請求項7に記載のバインダである。