特許第6157259号(P6157259)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6157259インパクトプレス加工用潤滑剤組成物、金属加工材及びコーティング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6157259
(24)【登録日】2017年6月16日
(45)【発行日】2017年7月5日
(54)【発明の名称】インパクトプレス加工用潤滑剤組成物、金属加工材及びコーティング方法
(51)【国際特許分類】
   C10M 173/02 20060101AFI20170626BHJP
   C10M 159/06 20060101ALN20170626BHJP
   C10M 157/00 20060101ALN20170626BHJP
   C10M 145/04 20060101ALN20170626BHJP
   C10M 149/10 20060101ALN20170626BHJP
   C10M 145/40 20060101ALN20170626BHJP
   C10M 145/14 20060101ALN20170626BHJP
   C10M 143/02 20060101ALN20170626BHJP
   C10M 143/04 20060101ALN20170626BHJP
   C10N 20/00 20060101ALN20170626BHJP
   C10N 20/06 20060101ALN20170626BHJP
   C10N 30/00 20060101ALN20170626BHJP
   C10N 40/24 20060101ALN20170626BHJP
【FI】
   C10M173/02
   !C10M159/06
   !C10M157/00
   !C10M145/04
   !C10M149/10
   !C10M145/40
   !C10M145/14
   !C10M143/02
   !C10M143/04
   C10N20:00 A
   C10N20:06 Z
   C10N30:00 Z
   C10N40:24 Z
   C10N40:24 A
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-157956(P2013-157956)
(22)【出願日】2013年7月30日
(65)【公開番号】特開2015-28107(P2015-28107A)
(43)【公開日】2015年2月12日
【審査請求日】2016年4月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000146180
【氏名又は名称】株式会社MORESCO
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】明光 隆之
(72)【発明者】
【氏名】中島 崇▲徳▼
(72)【発明者】
【氏名】林 英明
【審査官】 松原 宜史
(56)【参考文献】
【文献】 特開平06−184587(JP,A)
【文献】 特開平06−100877(JP,A)
【文献】 特開平07−070586(JP,A)
【文献】 特開2001−219498(JP,A)
【文献】 特開昭55−038840(JP,A)
【文献】 特開2010−285687(JP,A)
【文献】 特開平06−184588(JP,A)
【文献】 特開平07−011089(JP,A)
【文献】 特開平08−134487(JP,A)
【文献】 米国特許第06034041(US,A)
【文献】 特開2002−264252(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00−177/00
C10N 10/00− 80/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
粉体潤滑剤を5〜35重量%、造膜剤を0.5〜5重量%及び界面活性剤を5重量%以下の量で含有する水系潤滑剤組成物であって、
前記粉体潤滑剤は、融点が120℃〜170℃であり、レーザー回折により測定した平均粒子径(メディアン径)が20μm以下であるワックスからなり、
前記造膜剤は、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ポリアクリル酸重合体及び高分子多糖類からなる群から選択される1種又は2種以上の水溶性高分子からなり、
前記粉体潤滑剤、造膜剤及び界面活性剤は、いずれも金属元素を含まない、インパクトプレス加工用潤滑剤組成物。
【請求項2】
前記粉体潤滑剤が、ポリエチレンワックス、変性ポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックス及び変性ポリプロピレンワックスから選択される少なくとも1種である請求項
1に記載のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物。
【請求項3】
金属加工材の表面に固形潤滑被膜を有する金属加工材であって、前記固形潤滑被膜が、
前記金属加工材の表面に塗布された請求項1又は2に記載のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物から水分が蒸発することにより2〜20g/mの量で形成された膜である、金属加工材。
【請求項4】
前記金属が、アルミニウム又はアルミニウム合金である、請求項3に記載の金属加工材。
【請求項5】
50℃以上100℃未満に加熱した金属加工材と、請求項1又は2に記載のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物とを接触させ、前記金属加工材の余熱で前記潤滑剤組成物から水分が蒸発することによって前記金属加工材の表面に固形潤滑被膜を形成する、コーティング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属加工材をインパクトプレス加工で加工する際に使用する潤滑剤組成物、金属加工の表面に前記潤滑剤組成物がコーティングされた金属加工材、及びコーティング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属加工における塑性加工は、優れた加工精度及び生産性によりさまざまな分野で実施されている。近年、リチウムイオン電池の需要増大にともない、その電池筐体を高精度に高速でかつ低コストで製作することが求められ、塑性加工法のひとつであるインパクトプレス加工が注目されている(非特許文献1)。インパクトプレス加工は、一般的な絞り(薄板から加工)と違い、材料(スラグ)にパンチで衝撃(インパクト)を与え、スラグがパンチに沿って伸び上がってくることを利用した加工方法である。
【0003】
電池筐体のような薄肉で深い筒状の金属部品をインパクトプレス加工工法で製作しようとした場合、一工程あたりの材質の変形率が深絞り工法などと比べて著しく大きいため、加工時の破断、表面のキズなどの加工不良が生じやすく、また、加工時の負荷による金型破損などが生じやすいという問題がある。そのため、通常、材料と金型が触れる箇所、すなわち加工変形する箇所に潤滑剤を適用することで、摩擦抵抗による加工時の破断、表面のキズの発生等を防ぐとともに加工の負荷を軽減して金型寿命の延長がはかられている。
【0004】
プレス加工等の塑性加工用潤滑剤として、さまざまな潤滑剤が開発され、使用されている(特許文献1、2、3及び4等)。しかし、これらの塑性加工用潤滑剤は、特に加工条件の厳しいインパクトプレス加工においてそのまま使用できるものではない。
【0005】
現在、インパクトプレス加工には、ステアリン酸の金属塩を主成分とする粉体状の潤滑剤が用いられている(非特許文献2及び3等)。このステアリン酸金属塩粉体は、予め金属加工材表面にバレル処理によって凹凸をつけ、その凹部になすりつけるように塗布して用いられる。しかし、潤滑剤としてステアリン酸金属塩を用いた場合、粉体であることに起因する作業環境の悪化、加工終了後に筐体表面に残存するステアリン酸金属塩を除去する必要があること、残存したステアリン酸金属塩の後工程への不具合などの問題点が指摘されている。
【0006】
さらに、ステアリン酸金属塩のような金属元素を含む潤滑剤を電池筐体の製作に使用した場合、仮に加工終了後に潤滑剤残分を洗浄したとしても、洗浄不足があった場合、微量な金属成分によって電池特性に悪影響を及ぼすことが懸念される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6−9980号公報
【特許文献2】特開2010−65133号公報
【特許文献3】特開平3−269092号公報
【特許文献4】特開平11−228980号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】蘇武剛雄著「自動車用高強度アルミニウム部材の冷間鍛造技術」素形材 第53巻 8号(2012年)p25−28
【非特許文献2】吉田時行・進藤信一・大垣忠義・井出袈裟市著、「金属せっけんの性質と応用」初版、株式会社幸書房出版、1,988年10月 p178
【非特許文献3】渡辺 翼・本村 貢・萩原明夫・小西玄太著「車載用バッテリーケースのインパクト加工における欠陥発生メカニズムとその改善」軽金属 第62 巻 第10 号(2012年),p363−369
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述のとおり、加工条件の厳しいインパクトプレス加工において用いられているステアリン酸金属塩の粉体を、他の潤滑剤に置き換えようとしても、既存の潤滑剤では十分な加工性が発揮できないという致命的な問題がある。そのため、前述した作業環境の悪化、洗浄に関する問題などを抱えながらもステアリン酸金属塩の使用が継続されている。
【0010】
本発明は、ステアリン酸金属塩粉体に起因する上記の問題点に鑑みてなされたものであって、加工性に優れ、作業環境に粉塵が舞うことがなく、加工終了後の潤滑剤残分の洗浄が容易で、さらに加工部品を電池筐体として使用する場合に潤滑剤成分が仮に残存しても電池特性に悪影響を及ぼす不安の少ないインパクトプレス加工用潤滑剤組成物(以下、単に「潤滑剤組成物」という場合もある)、それがコーティングされた金属加工材及びコーティング方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、以下のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物、金属加工材、及びコーティング方法に関する。
【0012】
項1. 粉体潤滑剤を5〜35重量%、造膜剤を0.5〜5重量%及び界面活性剤を5重量%以下の量で含有する水系潤滑剤組成物であって、
前記粉体潤滑剤は、融点が120℃〜170℃であり、レーザー回折により測定した平均粒子径(メディアン径)が20μm以下であるワックスからなり、
前記造膜剤は、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、ポリアクリル酸ソーダ、ポリアクリル酸重合体及び高分子多糖類からなる群から選択される1種又は2種以上の水溶性高分子からなり、
前記粉体潤滑剤、造膜剤及び界面活性剤は、いずれも金属元素を含まない、インパクトプレス加工用潤滑剤組成物。
項2. 前記粉体潤滑剤が、ポリエチレンワックス、変性ポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックス及び変性ポリプロピレンワックスから選択される少なくとも1種である上記項1に記載のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物。
項3. 金属加工材の表面に固形潤滑被膜を有する金属加工材であって、前記固形潤滑被膜が、前記金属加工材の表面に塗布された上記項1又は2に記載のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物から水分が蒸発することにより2〜20g/mの量で形成された膜である、金属加工材。
項4. 前記金属が、アルミニウム又はアルミニウム合金である、上記項3に記載の金属加工材。
項5. 50℃以上100℃未満に加熱した金属加工材と、上記項1又は2に記載のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物とを接触させ、前記金属加工材の余熱で前記潤滑剤組成物から水分が蒸発することによって前記金属加工材の表面に固形潤滑被膜を形成する、コーティング方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の潤滑剤組成物は、粉体潤滑剤、造膜剤及び界面活性剤を水に分散又は溶解させたものであることから、作業環境が粉体粉塵によって悪化することがなく、一工程あたりの材質の変形率が深絞り工法等と比べて著しく大きいインパクトプレス加工において、材質の破断、表面のキズ等を防ぐことができ、加工終了後の潤滑剤残分を容易に洗浄除去することができる。さらに、本発明の潤滑剤組成物に含まれる化合物は、いずれも金属元素を含まないことから、本発明の潤滑剤組成物が仮に電池筐体の加工に用いられて潤滑剤成分が残存した場合においても、電池特性に金属元素に起因する悪影響を及ぼす可能性が低い。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物は、インパクトプレス加工で金属加工材を加工する場合に、あらかじめ金属加工材の表面(全面)に固形潤滑被膜を形成するためのものである。
【0015】
本発明の潤滑剤組成物は、粉体潤滑剤、造膜剤及び界面活性剤を水に分散又は溶解させた水系の組成物である。潤滑剤を水に分散又は溶解させたものを金属加工材に適用するので、従来の粉体状の潤滑剤を塗布する場合のように作業環境が粉体粉塵によって悪化することがない。
【0016】
本発明の潤滑剤組成物は、その中に含まれる粉体潤滑剤の融点が120〜170℃であることが大きな特徴である。粉体潤滑剤のより好ましい融点は130〜160℃である。この粉体潤滑剤はインパクトプレス加工(塑性変形)が始まると加工熱によって液状化し、液体潤滑剤として作用する。粉体潤滑剤の融点が120℃より低いと加工点温度(120〜170℃程度)に至る前(加工初期)に液状化し、必要な加工点での潤滑剤供給が不足する。粉体潤滑剤の融点が170℃よりも高いと、インパクトプレス加工に必要な加工点温度で液状化せず、液体潤滑剤として作用しない可能性がある。
【0017】
また、粉体潤滑剤として、レーザー回折により測定される平均粒子径(メディアン径:d50)が20μm以下のものを用いる。これより大きな粉体を用いると、水系潤滑剤組成物とする場合に均質に分散させることが困難になり、固形潤滑被膜中に粉体潤滑剤が偏在し、安定的に均一な潤滑性を付与することが困難になる。粉体潤滑剤の平均粒子径が20μm以下であれば、粉体が潤滑剤組成物中に均質に分散し、かつ、固形潤滑被膜中においても均質に分布することができる。よって、特に最小粒子径は定めない。
【0018】
粉体潤滑剤は、金属元素を含まないことを特徴とする。潤滑剤として、従来用いられているステアリン酸亜鉛、ステアリン酸アルミニウムなどの粉体を使用した場合には、加工完了後の筐体表面に粉体潤滑剤が残存し、その金属成分が筐体に悪影響を及ぼすことが懸念されるのに対し、本発明の潤滑剤組成物は、金属元素を含まない粉体潤滑剤を使用するので、筐体に悪影響を及ぼす可能性が低い。
【0019】
このような粉体潤滑剤としてワックスが挙げられる。具体的なワックスとして、例えば、ポリエチレンワックス、ポリプロピレンワックス等が挙げられる。ポリエチレンワックスは、融点及び平均粒子径が上記の範囲であれば特に限定されるものではなく、ポリエチレン製造時に副生成物として生じるもの、ポリエチレンの熱分解によるもの、エチレンからの直接重合によるもの等、各種のポリエチレンワックスを使用することが可能である。ポリプロピレンワックスも、ポリエチレンワックスと同様に融点及び平均粒子径が上記の範囲であれば特に限定されるものではなく、ポリプロピレン製造時に副生成物として生じるもの、ポリプロピレンの熱分解によるもの、プロピレンからの直接重合によるもの等、各種のポリプロピレンワックスを使用することが可能である。さらに、これらのワックスに酸化変性、酸変性等を行って極性基を導入した変性ワックスを用いることもできる。変性ポリエチレンワックスの具体例として、エチレンビスオレイン酸アマイド、エチレンビスエルカ酸アマイド、エチレンビスラウリン酸アマイド、エチレンビスステアリン酸アマイド、エチレンビスヒドロキシステアリン酸アマイド、エチレンビスカプリン酸アマイド、エチレンビスベヘン酸アマイド等のアミド変性ポリエチレンワックス;カルボン酸変性ポリエチレンワックス等が挙げられる。また、ポリプロピレンワックスをポリエチレンワックスと同様に変性した、変性ポリプロピレンワックスを使用することもできる。これらは1種単独で又は2種以上を混合して用いることができる。
【0020】
本発明の潤滑剤組成物中の粉体潤滑剤の含有量は、多すぎると加工材表面に形成される固形潤滑被膜に多く取り込まれすぎ、粉体潤滑剤の占める体積によって加工時の寸法が狂うなどの不具合が生じる。また、少なすぎると十分な潤滑性(加工性)を付与することができない。そのため、本発明のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物は、粉体潤滑剤を5〜35重量%、好ましくは10〜25重量%含有する。
【0021】
本発明のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物は、融点が120〜170℃であり、レーザー回折による測定で得られる平均粒子径(メディアン径)が20μm以下であって金属元素を含まないワックスの粉体潤滑剤を5〜35重量%含有することにより、高潤滑性を有することができ、これを含む固形潤滑被膜を加工材表面に形成すると、加工材と金型等との界面において摩擦摩耗を軽減し、優れた加工性を付与することができる。
【0022】
本発明のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物に含まれる造膜剤は、粉体潤滑剤を金属加工材表面に均質に固定するために用いられる。造膜剤は、水系潤滑剤組成物に完全に溶解し、水分が蒸発することによって造膜することが必要であるため、水溶性高分子化合物を使用する。水溶性高分子化合物として、具体的には、ポリビニルアルコール(以下、PVA)、ポリビニルピロリドン(以下、PVP)、メチルセルロース、(以下、MC)、ヒドロキシエチルセルロース(以下、HEC)、カルボキシメチルセルロース(以下、CMC)、ポリアクリル酸ソーダ、ポリアクリル酸重合体、高分子多糖類等が挙げられる。これらは1種単独で又は2種以上を混合して用いることができる。また、これらは、粉体潤滑剤と同様に金属元素を含まないことを特徴とする。
【0023】
PVA、PVP、MC、HEC、CMC、ポリアクリル酸ソーダ、ポリアクリル酸重合体、高分子多糖類の分子量、重合度などは、特に規定するものではなく、水溶性かつ造膜性を有するものであればよい。
【0024】
造膜剤の含有量は0.5〜5重量%である。造膜剤の含有量が、多すぎると加工材表面に形成される固形潤滑被膜が厚くなりすぎ、造膜された膜の占める体積によって加工時の寸法が狂うなどの不具合を生じる。また、少なすぎると十分な被膜ができず、固形潤滑被膜中への潤滑剤粉体の巻き込みが不十分になる。より好ましい造膜剤の含有量は0.5〜3重量%である。
【0025】
本発明のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物は、PVA、PVP、MC、HEC、CMC、ポリアクリル酸ソーダ、ポリアクリル酸重合体及び高分子多糖類からなる群から選択される1種又は2種以上の水溶性高分子化合物からなる造膜剤を0.5〜5重量%含有することにより、加工材表面から潤滑剤中の水が蒸発した際に、粉体潤滑剤を巻き込みつつ均一な固形潤滑被膜を加工材表面に形成することができる。
【0026】
本発明のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物は、粉体潤滑剤を水に均一に分散又は溶解させるため、分散剤である界面活性剤を含有する。界面活性剤を用いることにより、加工完了後の製品を洗浄する際に、水もしくは水系洗浄剤に潤滑剤残分が溶け出しやすくなり、洗浄性の向上につながる。また、粉体潤滑剤及び造膜剤と同様に界面活性剤は金属元素を含まないことを特徴とする。
【0027】
界面活性剤を多量に用いると、粉体潤滑剤及び/又は造膜剤の機能を阻害するおそれがあるため、界面活性剤の含有量は5重量%以下であり、好ましくは1〜3重量%である。
【0028】
使用する界面活性剤は、金属元素を含まない限り、特に制約はない。非イオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、両性界面活性剤等を用いることができ、特に、ポリオキシエチレンアルキルエーテル等の非イオン性界面活性剤が好ましい。界面活性剤のHLB値は、15以下が好ましく、泡の発生を抑えるためには5〜15程度がより好ましい。
【0029】
本発明のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物は、粉体潤滑剤を水に均一に分散又は溶解させた水系潤滑剤組成物である。水として、水道水、工業用水、イオン交換水、蒸留水、純水等を使用することができる。本発明のインパクトプレス加工用潤滑剤組成物は潤滑剤の原液であり、実際に使用する場合には水で希釈して使用してもよい。水系の潤滑剤組成物であるため、水による希釈が容易である。添加する水の量を調整することによって、粉体潤滑剤の被膜量をコントロールすることができる。
【0030】
このように、本発明によれば、粉体潤滑剤のとして、融点が120℃〜170℃であり、レーザー回折により測定した平均粒子径(メディアン径)が20μm以下のワックスを用いることで、加工条件の厳しいインパクトプレス加工工法において、ステアリン酸金属塩と同等の優れた潤滑性が得られ、加工時の破断、表面のキズ等を防ぐことができる。また、水系の潤滑剤組成物とすることで、作業環境を悪化させず、水又は水系洗浄剤で洗浄することによって容易に潤滑剤成分を除去することができる。さらに、本発明の潤滑剤組成物は、いずれの成分も金属元素を含まないので、仮に電池筐体の製作に利用され、洗浄不足で潤滑剤成分が残存した場合でも電池特性に悪影響を及ぼす可能性が低い。
【0031】
本発明は、また、金属加工材の表面に固形潤滑被膜を有する金属加工材であって、前記固形潤滑被膜が、前記金属加工材の表面に被膜された前記インパクトプレス加工用潤滑剤組成物から水分が蒸発することにより2〜20g/mの量で形成された膜であるものを提供する。この金属加工材は、インパクトプレス加工される素材となる金属加工材の全面に、前記インパクトプレス加工用潤滑剤組成物に含まれる固形分を2〜20g/mの量となるようにコーティングした金属加工材である。
【0032】
金属加工材の表面に形成される固形潤滑被膜は、2〜20g/mの量で形成される。ここで、2〜20g/mの量は、ほぼ2〜20μmの膜厚に対応する。固形潤滑被膜の厚みが薄すぎると、粉体潤滑剤が加工性を発揮することが難しくなる。被膜量が多すぎると、寸法精度の悪化、又は金属流れを阻害することにより破断が生じる。さらに、被膜量が多すぎると、後工程の洗浄において粉体潤滑剤が容易に除去できないなどの不具合が生じる。
【0033】
金属加工材の材質は、インパクトプレス加工工法で加工することができる金属であり、アルミニウム又はアルミニウム合金が挙げられる。アルミニウム又はアルミニウム合金としては、リチウムイオン電池筐体の材料として一般的なA3003のほかA1050(JIS H4000:1999、ISO2107:1983)などを例示することができる。本発明の潤滑剤組成物は、鉄又は銅合金に比べて一般的に延性又は展性に乏しく深絞り加工が難しいとされているアルミニウム合金のインパクトプレス加工に特に有効である。
【0034】
本発明のコーティング方法は、上述したインパクトプレス加工用潤滑剤組成物から水分が蒸発して均一な固形潤滑被膜が形成される方法であればいかなる方法を使用してもよい。例えば、金属加工材を50℃以上100℃未満に加熱し、その温められた金属加工材と潤滑剤組成物とを接触させることで固形潤滑被膜を形成する方法が挙げられる。50℃以上100℃未満に加熱した金属加工材と、上述したインパクトプレス加工用潤滑剤組成物とを接触させ、金属加工材の余熱で前記潤滑剤組成物から水分が蒸発することによって金属加工材の表面に固形潤滑被膜が形成される。金属加工材を50℃以上100℃未満に加熱することで固形潤滑被膜の形成が容易になる。加熱する温度が50℃未満では実質的に加熱の効果が得られにくく、100℃以上に加熱すると潤滑剤組成物と接触したときに水が沸騰することで固形潤滑被膜の均一性又は均質性を損なう懸念がある。
【0035】
潤滑剤組成物を金属加工材に接触させる方法は、特に限定されないが、潤滑剤組成物に金属加工材を浸漬した後にそれを引き上げる方法、金属加工材に潤滑剤組成物をスプレー塗布する方法などが例示できる。具体的なコーティング方法として、50℃以上100℃未満に加熱した金属加工材を、潤滑剤組成物もしくは該潤滑剤組成物をさらに水で薄めた希釈液に浸漬し、引き上げ、水分蒸発によって均一な固形潤滑被膜を形成させる方法;50℃以上100℃未満に加熱した金属加工材に、潤滑剤組成物もしくは該潤滑剤組成物をさらに水で薄めた希釈液をスプレー塗布し、水分蒸発によって均一な固形潤滑被膜を形成させる方法等が挙げられる。また、固形潤滑被膜を得る方法は、金属加工材の余熱によって水分を蒸発させる自然乾燥に限られず、潤滑剤組成物を金属加工材に接触させた後に加熱して強制乾燥させてもよい。
【0036】
このように、本発明によればインパクトプレス加工工法で加工を行う際に、加工性に優れ、加工時の破断及び表面のキズを防ぐとともに、加工後は容易に除去することができる固形潤滑被膜を有する金属加工材を提供することができる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明の実施例にかかるインパクトプレス加工用潤滑剤及びそれをコーティングした金属加工材について説明するが、本発明はこれらの実施例によってのみ限定されるものではない。本例では、本発明の実施例として19種類の試料(実施例1〜19)を作製し、比較例として6種類の試料(比較例1〜6)を作製し、それらの特性を評価した。
【0038】
各試料を作製するに当たっては、まず、基材としてアルミニウム合金製のスラグ(材質A3003)を準備した。インパクトプレス加工用潤滑剤の実施例1〜19、及び比較例1〜6の調製方法としては、粉体潤滑剤、純水、界面活性剤、造膜剤を順不同で投入し、粉体潤滑剤が液に馴染むまで3時間を目安として混合した。
【0039】
そして上記基材を、90℃の恒温槽に5分以上放置することで加熱した。次いで、加熱したスラグを治具に入れ、別途調製した実施例1〜19及び比較例1〜6の各試料(水分散系潤滑剤、常温)に治具ごと全浸漬し、速やかに引き上げた後静置し、スラグの余熱により水を蒸発させることで固形潤滑被膜を形成した。(約1分で水が蒸発し固形潤滑被膜が得られた。)
【0040】
表1〜表5に、用いた材料の特性、および試料の組成、さらにスラグ表面に形成した固形潤滑被膜の状態を示す。固形潤滑被膜の状態は、被膜量(g/m)及び膜の外観を目視観察により評価した(外観の評価基準:○は塗り斑が認められない。△は部分的に塗り斑が認められる。×は全体的に塗り斑が認められる)。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
【0043】
【表3】
【0044】
【表4】
【0045】
【表5】
【0046】
使用した原料は、以下のとおりである。
A1:変性ポリエチレンワックス(クラリアントジャパン株式会社製 CERIDUST9615A)
A2:エチレンビスステアリン酸アマイド(花王オレオケミカル製 カオーワックスEB−FF)
A3:ポリプロピレンワックス(ビックケミー・ジャパン株式会社製 CERAFLOUR(登録商標)−970)
A4:エチレンビスオレイン酸アマイド(日本化成株式会社製 スリパックスO)
A5:モンタン酸エステルワックス(クラリアントジャパン株式会社製 CERIDUST5551)
B1:PVA(日本酢ビ・ポバール株式会社製 JMR−10M)
B2:高分子多糖類(株式会社林原商事 食品添加物プルラン)
B3:PVP(第一工業製薬株式会社製 ピッコールK−30)
C1:ポリオキシアルキレンデシルエーテル(第一工業製薬株式会社 ノイゲンXL−80)
C2:ポリオキシエチレンイソデシルエーテル(第一工業製薬株式会社 ノイゲンSD−80)
【0047】
各試料について、加工性および加工後の洗浄性について以下のように評価した。
加工性は、前記の通り固形潤滑被膜を形成させたスラグを、630トン冷間鍛造プレス機にて、実施例1〜19、比較例1〜6を実際に加工し、破断の有無(○:なし、×:あり)、表面のキズ(○:なし、△:軽微、×:著しい)、寸法精度(○:板厚偏差0.15mm以内、△:0.3mm以内、×:0.3mmを超える偏差)においてそれぞれ判定し、一つでも×があれば、総合評価として×とし、いずれも×がなければ○とし、一つでも△があれば△と判定した。加工後の洗浄性については、pH12.5のアルカリ水溶性洗浄液を用いて洗浄した後の加工品内面のぬれ張力試験法(JIS K6768準拠)より、○:5分後にぬれが確認できない(液膜が破裂する)、×:5分後にぬれが確認できる(液膜が破裂しない)、として判定した。
【0048】
【表6】
【0049】
上記表6の結果より、実施例とした試料はいずれも加工性及び洗浄性において良好な結果を示した。なお、融点が160〜170℃であるワックスを使用した実施例18は、表面に軽微なキズがあり、寸法精度が0.3mmとなったことから、良品目安の限界と考える。
【0050】
比較例1の試料は、潤滑剤の被膜量が多いことから材料流れの制御が十分に行えず、破断が起こり加工性において不合格となった。比較例2から比較例4の試料も同様に潤滑性の制御が十分に行えず、破断が起こり加工性において不合格となった。比較例5においては、ワックスの融点が低いため、加工点温度に至る前(加工初期)に液状化し、必要な加工点での潤滑剤供給が不足し、潤滑性の制御が十分に行えず、破断が起こり加工性において不合格となった。比較例6においては、潤滑剤の剥離が起きたため、加工性及び洗浄性の評価を行うことができなかった。
【0051】
なお、実施例とした試料はいずれも従来のステアリン酸金属塩粉体のような粉体状で使用する形態ではなく、すべて有効成分を水に溶解もしくは分散した形態で使用しているため、粉塵等の作業環境汚染はない。また、金属元素を成分に含まないため、仮に電池筐体の製作に利用した場合で潤滑剤成分が残存した場合であっても、電池特性に悪影響を及ぼす可能性はステアリン酸金属塩よりも少ない。