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特許6157563リチウムイオン電池正極材料、その製造方法及び応用
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  • 特許6157563-リチウムイオン電池正極材料、その製造方法及び応用 図000006
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6157563
(24)【登録日】2017年6月16日
(45)【発行日】2017年7月5日
(54)【発明の名称】リチウムイオン電池正極材料、その製造方法及び応用
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/58 20100101AFI20170626BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20170626BHJP
   H01M 4/136 20100101ALI20170626BHJP
   C01B 33/00 20060101ALI20170626BHJP
【FI】
   H01M4/58
   H01M4/36 C
   H01M4/136
   C01B33/00
【請求項の数】9
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2015-208817(P2015-208817)
(22)【出願日】2015年10月23日
(65)【公開番号】特開2016-127002(P2016-127002A)
(43)【公開日】2016年7月11日
【審査請求日】2015年10月23日
(31)【優先権主張番号】201410829966.6
(32)【優先日】2014年12月26日
(33)【優先権主張国】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】515295614
【氏名又は名称】青海時代新能源科技有限公司
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】呉 関
【審査官】 小森 重樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−056722(JP,A)
【文献】 特開2002−198050(JP,A)
【文献】 特開2012−018891(JP,A)
【文献】 特開2014−175238(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0075673(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/58
C01B 33/00
H01M 4/136
H01M 4/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式I:
LiMnFe1−x1−aSi4−d 式I
(ただし、Mは、As、B、Cl、Sの少なくとも一つから選ばれ、0.1≦x≦0.9、0<b≦0.15、0<c<0.1、0<d<0.1、a=b+c、d<2a。)
で示される化学組成を有する化合物を含み、
前記式Iで示される化学組成を有する化合物の正極材料での質量百分率は70%より低くない、
ことを特徴とするリチウムイオン電池正極材料。
【請求項2】
前記の式Iで示される化学組成を有する化合物は、斜方晶系オリビン型の結晶構造を有することを特徴とする請求項1に記載の正極材料。
【請求項3】
前記正極材料には炭素被覆層が含まれていることを特徴とする請求項1に記載の正極材料。
【請求項4】
前記正極材料において、炭素元素の質量百分率は20%以下であることを特徴とする請求項3に記載の正極材料。
【請求項5】
前記正極材料のメディアン径は0.5〜15μmであることを特徴とする請求項1に記載の正極材料。
【請求項6】
リチウムイオン電池正極材料を製造する方法であって、
a)原料を均一に混合し、下記式のモル比であるMn元素、Fe元素、Si元素、M元素、P元素、Li元素及びF元素を含有する前駆体を得るステップと、
Li:Mn:Fe:P:Si:M:F=1:x:1−x:1−a:b:c:d
(ただし、Mは、As、B、Cl、Sの少なくとも一つから選ばれ、0.1≦x≦0.9、0<b≦0.15、0<c<0.1、0<d<0.1、a=b+c、d<2a。)
b)前記前駆体を動的不活性雰囲気に入れ、400〜900℃で6〜24時間焼成してから、冷却し粉砕して、リチウムイオン電池正極材料を得るステップと、
を少なくとも含み、
前記ステップa)における前駆体の製造では、原料を均一に混合することが、
i)マンガン源、鉄源、ケイ素源及びM源を水と混合し、水の質量百分率が30%〜70%である混合物Iを得るステップと、
ii)リン源をステップi)で得られた混合物Iに加え、均一に撹拌した後、乾燥して混合物IIを得るステップと、
iii)ステップii)で得られた混合物II、リチウム源、フッ素源及び炭素源をボールミリング法で均一に混合した後、乾燥して前記前駆体を得るステップと、
を少なくとも含み、
前記ステップi)において、前記マンガン源は、一酸化マンガン、四酸化三マンガン、二酸化マンガン、炭酸マンガン、酢酸マンガン、シュウ酸マンガンの少なくとも一つから選ばれるマンガン源であり、
前記ステップi)において、前記鉄源は、シュウ酸第一鉄、硫酸第一鉄、硝酸鉄、塩化第一鉄、クエン酸第一鉄、三酸化二鉄、四酸化三鉄の少なくとも一つから選ばれる鉄源であり、
前記ステップi)において、前記ケイ素源は、酸化ケイ素、オルトケイ酸エチル、窒化ケイ素、二酸化ケイ素、シラン架橋ポリプロピレン、メチルトリエトキシシラン、ポリシロキサン、一酸化ケイ素、オルトケイ酸テトラエチル、オルトケイ酸テトラメチル、ケイ酸、メタケイ酸、トリエチルシラン、オルトケイ酸、二ケイ酸、ケイ酸メチル、オルトケイ酸メチル、テトラメトキシシランの少なくとも一つから選ばれるケイ素源であり、
前記ステップi)において、前記M源は、三酸化ヒ素、ヒ酸ナトリウム、ヒ酸カルシウム、亜ヒ酸ナトリウム、ホウ酸、三酸化二ホウ素、ホウ酸エステル、ボラン、クロロホルム、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硫黄の少なくとも一つから選ばれるM源であり、
前記ステップii)において、前記リン源は、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸トリアンモニウム、リン酸の少なくとも一つから選ばれるリン源であり、
前記ステップiii)において、前記リチウム源は、シュウ酸リチウム、炭酸リチウム、硝酸リチウム、硫酸リチウム、酢酸リチウム、水酸化リチウムの少なくとも一つから選ばれるリチウム源であり、
前記ステップiii)において、前記フッ素源はフッ素元素を含有する化合物であり、
前記ステップiii)において、前記炭素源は、ブドウ糖、ショ糖、フルクトース、マルトース、ラクトース、単結晶氷砂糖、澱粉、セルロース、クエン酸、アスコルビン酸、ステアリン酸、ポリグリコール、ポリスチレン、アスファルト、ポリビニルピロリドン、ポリビニルブチラール、フェノール樹脂、フルフラール樹脂の少なくとも一つから選ばれる炭素源である、
ことを特徴とするリチウムイオン電池正極材料を製造する方法。
【請求項7】
ステップa)における前記前駆体には炭素元素が含まれており、リチウム元素と炭素元素とのモル比は
Li:C=1:0.15〜2.5
であることを特徴とする請求項6に記載の方法。
【請求項8】
請求項1乃至5のいずれか一項に記載の前記正極材料を含むことを特徴とするリチウムイオン電池正極シート。
【請求項9】
請求項8に記載のリチウムイオン電池正極シートを含むことを特徴とするリチウムイオン電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、リチウムイオン電池正極材料及びその製造方法に関し、リチウムイオン電池の技術分野に属する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池の性能の向上とコストの低下に伴って、その大衆消費電子製品、電気乗物、エネルギー貯蔵などの市場での使用範囲は日に日に広まっている。リチウムイオン電池では、正極材料はリチウムイオン電池の性能を左右する肝心な要素であり、電気化学性能と安全性能に優れた正極材料の開発は、現在、リチウムイオン電池の分野において重要な研究課題となっている。
【0003】
リチウムイオン電池正極材料として、リン酸マンガン鉄リチウム(LiMnFe1−xPO)はリン酸鉄リチウム(LiFePO)よりも高い作動電圧プラットフォームと理論エネルギー密度を有するとともに、理論比容量が高く、コストが低く、環境に優しいという多くの利点を有する。しかしながら、LiMnFe1−xPOの電子伝導率とイオン拡散速度はLiFePOより低く、LiMnFe1−xPO電極の電気化学性能が制限され、その商業的応用が影響される。
【0004】
現在、LiMnFe1−xPO材料を産業的に製造する主な方法はLiFePOの製造方法に類似し、固相合成方法によっても、液相合成方法によっても製造されたLiMnFe1−xPO材料は電気化学性能の安定性に劣るという欠点がある。
【発明の概要】
【0005】
本願の一つの側面によれば、リチウムイオンの挿入と脱離状態における正極材料の相対体積変化率を低減するとともに、充放電過程における正極材料中のMnの溶出を効果的に抑制し、正極材料の作動状態での結晶構造の安定性を改善することができるリチウムイオン電池正極材料を提供する。
【0006】
前記リチウムイオン電池正極材料は、式Iで示される化学組成を有する化合物を含むことを特徴とする。
【0007】
LiMnFe1−x1−aSi4−d 式I
(ただし、Mは、As、B、Cl、Sの少なくとも一つから選ばれ、0.1≦x≦0.9、0<b≦0.15、0<c<0.1、0<d<0.1、a=b+c、d<2a。)
【0008】
本分野の公知の常識によると、化合物は電気的中性を保持すべきである。前記式Iにおいて、x、a、b、c及びdは、それぞれの範囲内で値を取るとともに、化合物の電気的中性を保持する。
【0009】
好ましくは、前記の式Iで示される化学組成を有する化合物は、斜方晶系オリビン型の結晶構造を有する。
【0010】
前記化合物は、斜方晶系オリビン型のリン酸鉄リチウムと同様な結晶構造を有し、リン酸鉄リチウムLiFePOとリン酸マンガンリチウムLiMnPO固溶体に対して、リンサイトドーピング及び酸素サイトドーピングを行って得られた結晶材料である。前記リンサイトドーピングは、Si及びAs、B、Cl、Sの少なくとも一つが一部のPに取って代わることであり、酸素サイトドーピングは、Fが一部のOに取って代わることである。
【0011】
好ましくは、前記の式Iで示される化学組成を有する化合物の正極材料での質量百分率は70%より低くない。さらに好ましくは、前記の式Iで示される化学組成を有する化合物の正極材料での質量百分率の下限は75%、80%、85%、90%、95%であることが好ましいが、これらに限られない。
【0012】
好ましくは、前記正極材料には炭素被覆層が含まれている。
【0013】
好ましくは、前記炭素元素の正極材料での質量百分率は20%以下である。さらに好ましくは、前記炭素元素の正極材料での質量百分率の上限は15%、10%、5%、4%、3%、2%、1.5%、1%であることが好ましいが、これらに限られない。
【0014】
当業者は、実際の需要に応じて、炭素被覆層における炭素元素の正極材料での質量百分率及び炭素被覆層の厚みを選択することができる。好ましくは、前記正極材料において、炭素被覆層の厚みは1nm〜10nmである。
【0015】
好ましくは、前記正極材料のメディアン径は0.5〜15μmである。さらに好ましくは、前記正極材料のメディアン径の範囲は、上限が15μm、12μm、10μm、9μm、8μm、7μm、5μmから選ばれ、下限が0.5μm、0.6μm、0.7μm、1μm、2μm、3μmから選ばれる。
【0016】
本願の他の側面によれば、
a)原料を均一に混合し、下記式のモル比であるLi元素、Mn元素、Fe元素、P元素、Si元素、M元素及びF元素を含有する前駆体を得るステップと、
Li:Mn:Fe:P:Si:M:F=1:x:1−x:1−a:b:c:d
(ただし、Mは、As、B、Cl、Sの少なくとも一つから選ばれ、0.1≦x≦0.9、0<b≦0.15、0<c<0.1、0<d<0.1、a=b+c、d<2a。)
b)前駆体を動的不活性雰囲気に入れ、400〜900℃で6〜24時間焼成してから、冷却し粉砕して、前記リチウムイオン電池正極材料を得るステップと、を少なくとも含むことを特徴とするリチウムイオン電池正極材料の製造方法を提供する。
【0017】
ステップa)中の前駆体におけるLi元素、Mn元素、Fe元素、P元素、Si元素、M元素及びF元素のモル比は、式IにおけるLi元素、Mn元素、Fe元素、P元素、Si元素、M元素及びF元素のモル比と一致するように保持され、x、a、b、c及びdは、それぞれの範囲内で値を取るとともに、式Iで示される化学組成を有する化合物の電気的中性を保持する。
【0018】
好ましくは、ステップa)での前駆体にはさらに炭素元素が含まれており、リチウム元素と炭素元素とのモル比は
Li:C=1:0.15〜2.5
である。
【0019】
さらに好ましくは、リチウム元素と炭素元素とのモル比の範囲は、上限が1:0.5、1:1から選ばれ、下限が1:2.5、1:2、1:1.5から選ばれる。
【0020】
好ましくは、ステップa)での前駆体の製造は、
i)マンガン源、鉄源、ケイ素源及びM源を水と混合し、水の質量百分率が30%〜70%である混合物Iを得るステップと、
ii)リン源をステップi)で得られた混合物Iに加え、均一に撹拌した後、乾燥して混合物IIを得るステップと、
iii)ステップii)で得られた混合物II、リチウム源、フッ化リチウム及び炭素源をボールミリング法で均一に混合した後、乾燥して前記前駆体を得るステップと、を少なくとも含む。
【0021】
好ましくは、ステップiii)は、ステップii)で得られた混合物II、リチウム源、フッ素源及び炭素源をボールミルタンクに加え、アルコールを媒質として十分にボールミリングしてから乾燥し、前記前駆体を得ることである。
【0022】
当業者は、適切な粒径の前駆体を得るために、実際の需要に応じてボールミリング時間を選択することができる。好ましくは、前記前駆体のメディアン径は0.3〜12μmである。さらに好ましくは、前記前駆体のメディアン径の範囲は、上限が12μm、11μm、10μm、9μm、8μm、7μm、6μm、5μmから選ばれ、下限が0.3μm、0.5μm、0.7μm、1μm、2μm、3μm、4μmから選ばれる。
【0023】
ステップi)において、マンガン源はマンガン元素を含有する化合物である。好ましくは、前記マンガン源は、一酸化マンガン、四酸化三マンガン、二酸化マンガン、炭酸マンガン、酢酸マンガン、シュウ酸マンガンの少なくとも一つから選ばれる。
【0024】
ステップi)において、鉄源は鉄元素を含有する化合物である。好ましくは、前記鉄源は、シュウ酸第一鉄、硫酸第一鉄、硝酸鉄、塩化第一鉄、クエン酸第一鉄、三酸化二鉄、四酸化三鉄の少なくとも一つから選ばれる。
【0025】
ステップi)において、ケイ素源はケイ素元素を含有する化合物である。好ましくは、前記ケイ素源は、酸化ケイ素、オルトケイ酸エチル、窒化ケイ素、二酸化ケイ素、シラン架橋ポリプロピレン、メチルトリエトキシシラン、ポリシロキサン、一酸化ケイ素、オルトケイ酸テトラエチル、オルトケイ酸テトラメチル、ケイ酸、メタケイ酸、トリエチルシラン、オルトケイ酸、二ケイ酸、ケイ酸メチル、オルトケイ酸メチル、テトラメトキシシランの少なくとも一つから選ばれる。
【0026】
ステップi)において、M源はM元素を含有する化合物及び/又はM元素単体である。好ましくは、前記M源は、三酸化ヒ素、ヒ酸ナトリウム、ヒ酸カルシウム、亜ヒ酸ナトリウム、ホウ酸、三酸化二ホウ素、ホウ酸エステル、ボラン、クロロホルム、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硫黄の少なくとも一つから選ばれる。
【0027】
ステップii)において、リン源はリン元素を含有する化合物である。好ましくは、前記リン源は、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸トリアンモニウム、リン酸の少なくとも一つから選ばれる。
【0028】
ステップiii)において、リチウム源はリチウム元素を含有する化合物であるが、フッ化リチウムを含まない。好ましくは、前記リチウム源は、シュウ酸リチウム、炭酸リチウム、硝酸リチウム、硫酸リチウム、酢酸リチウム、水酸化リチウムの少なくとも一つから選ばれる。
【0029】
ステップiii)において、フッ素源はフッ素元素を含有する化合物である。好ましくは、前記フッ素源はフッ化リチウムである。フッ素源がフッ化リチウムである場合、ステップa)において、前駆体におけるリチウム元素はリチウム源とフッ素源の両方に由来する。
【0030】
ステップiii)において、炭素源は炭素元素を含有する化合物である。好ましくは、前記炭素源は、ブドウ糖、ショ糖、フルクトース、マルトース、ラクトース、単結晶氷砂糖、澱粉、セルロース、クエン酸、アスコルビン酸、ステアリン酸、ポリグリコール、ポリスチレン、アスファルト、ポリビニルピロリドン、ポリビニルブチラール、フェノール樹脂、フルフラール樹脂の少なくとも一つから選ばれる。ステップa)において、前駆体における炭素元素は、炭素源に由来する炭素元素のみをいう。
【0031】
好ましくは、ステップb)において、不活性雰囲気は、窒素ガス、アルゴンガス、ヘリウムガスの少なくとも一つから選ばれる。
【0032】
ステップb)において、動的不活性雰囲気は、焼成系に不活性ガスを導入することである。好ましくは、単位時間に単位質量の前駆体を通る不活性ガスの質量空間速度は0.1〜10h−1である。
【0033】
本願のさらに他の側面によれば、前記したいずれの正極材料、及び/又は前記したいずれの方法により製造された正極材料を含むことを特徴とするリチウムイオン電池正極シートを提供する。
【0034】
本願のさらに他の側面によれば、優れた循環性能、安全性能及び高温保管性能を有するリチウムイオン電池を提供する。
【0035】
前記リチウムイオン電池は、前記正極シートを含むことを特徴とする。
【0036】
本願による可能な有益な効果として、
(1)本願によるリチウムイオン電池正極材料は、リンサイトに原子半径の大きいケイ素元素をドーピングすることによって、格子の安定性を向上させるとともに、リチウムイオン挿入とリチウムイオン脱離の二つの状態における(100)結晶面のずれを効果的に低減し、リチウムイオン挿入と脱離状態における格子の相対体積変化率を低下させ、正極材料の循環性能と寿命を向上させたこと、
(2)本願によるリチウムイオン電池正極材料は、酸素サイトに電気陰性度のより高いフッ素元素をドーピングすることで、正極材料におけるMnの溶出現象を効果的に抑制し、材料の構造安定性を向上させ、リチウムイオン電池の高温保管時にMnの溶出に起因して気体が発生するという問題を解決したこと、
(3)本願によるリチウムイオン電池正極材料は、多価陰イオンを形成可能なAs、B、Cl又はS元素によりSi元素とともにリンサイトドーピングを行うとともに、酸素サイトに電気陰性度のより高いフッ素元素をドーピングすることによって、正極材料の充放電過程での分極を抑制し、放電電圧プラットフォームを向上させ、リチウムイオン電池のエネルギー密度を向上させたこと、
(4)本願による正極材料の製造方法は、液相においてリチウムが配合されていない前駆体を製造し、さらにリチウム配合過程にフッ素源と炭素源を導入し、さらに焼結を経てリンサイトと酸素サイトでのドーピングを実現することによって、製造された改質後の正極材料は、優れた循環性能及び高温保管性能を有し、また、前記製造方法はプロセスが簡単であり、複雑で高価な操作装置を使用する必要がなく、産業的生産に適すること、
(5)本願によるリチウムイオン電池は優れた循環性能、安全性能及び高温保管性能を有すること、を少なくとも含む。
【図面の簡単な説明】
【0037】
図1】実施例1におけるサンプル1のX線回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0038】
実施例において、ボールミリングは、南京南大儀器有限公司の遊星ボールミルにて行われる。
【0039】
粒度分析は、イギリスマルバーン社のMASTERSIZER2000型レーザー粒度分布装置にて行われる。
【0040】
X線粉末回折位相分析(XRD)には、オランダパナリティカル(PANalytical)社のX’Pert PRO X線回折計が採用され、Cuをターゲットとし、Kαを輻射源(λ=0.15418nm)とし、電圧を40KVとし、電流を40mAとする。
【0041】
サンプルの元素組成は、サーモフィッシャー社(Thermo Fisher)のiCAP 6300 Duo型誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP−OES)により測定される。
【0042】
サンプルにおける炭素被覆層の厚みは、米国FEI社のTecnai G2 F20 S−TWIN型透過電子顕微鏡(TEM)にて観察される。
【0043】
サンプルにおける炭素含有量のデータは、上海徳凱のHCS−140型高周波赤外線炭素硫黄計にて分析される。
【0044】
電気化学性能のテストは、米国アルビン社(Arbin)のBT−2x43型電池テストシステムにて行われる。
【0045】
以下、実施例に基づき、本願を詳しく説明するが、本願は、これらの実施例に限定されていない。
【0046】
実施例1 サンプル1〜13の製造
正極材料サンプルの具体的な製造過程は以下のとおりである。
【0047】
マンガン源、鉄源、ケイ素源及びM源を水と混合し、混合物Iが得られ、撹拌しながら、リン源を混合物Iに加え、均一になるまで撹拌し続け、80℃で24時間乾燥し、混合物IIが得られる。混合物II、リチウム源、フッ化リチウム及び炭素源をボールミルタンクに加え、アルコールを媒質としてボールミリングしてから、60℃で4時間乾燥し、前駆体が得られる。前駆体を管状炉に置き、前駆体を通る空間速度が0.1h−1(単位時間に単位質量の前駆体を通る不活性ガスの質量)である動的不活性ガスを導入して焼成した後、室温まで冷却し、得られた固体を気流粉砕法で粉砕し、前記正極材料サンプルが得られる。
【0048】
得られた正極材料のサンプル番号と原料、前駆体における各元素のモル比、混合物Iにおける水の含有量、焼成温度と時間との関係の詳細は、表1に示されている。各原料の使用量は、前駆体における各元素のモル比に従って決定される。
【0049】
比較例1 サンプルD1の製造
実施例1におけるサンプル1の製造との相違点は、ケイ素源であるオルトケイ酸エチル、M源である三酸化ヒ素及びフッ素源であるフッ化リチウムを添加せず、前駆体における元素のモル比をMn:Fe:P:Li:C=0.8:0.2:1:1:0.5とすることであり、他の条件は実施例1におけるサンプル1の製造と同様であり、得られたサンプルをD1と表記する。
【0050】
比較例2 サンプルD2の製造
実施例1におけるサンプル1の製造との相違点は、ケイ素源であるオルトケイ酸エチル及びM源である三酸化ヒ素を添加せず、前駆体における元素のモル比をMn:Fe:P:Li:F:C=0.8:0.2:1:0.95:0.05:0.5とすることであり、他の条件は実施例1におけるサンプル1の製造と同様であり、得られたサンプルをD2と表記する。
【0051】
比較例3 サンプルD3の製造
実施例1におけるサンプル1の製造との相違点は、M源である三酸化ヒ素及びフッ素源であるフッ化リチウムを添加せず、前駆体における元素のモル比をMn:Fe:Si:P:Li:C=0.8:0.2:0.07:0.93:1:0.5とすることであり、他の条件は実施例1におけるサンプル1の製造と同様であり、得られたサンプルをD3と表記する。
【0052】
比較例4 サンプルD4の製造
実施例1におけるサンプル1の製造との相違点は、フッ素源であるフッ化リチウムを添加せず、前駆体における元素のモル比をMn:Fe:Si:As:P:Li:C=0.8:0.2:0.05:0.02:0.93:1:0.5とすることであり、他の条件は実施例1におけるサンプル1の製造と同様であり、得られたサンプルをD4と表記する。
【0053】
【表1】
【0054】
【0055】
実施例2 サンプルの粒度テスト
実施例1で得られたサンプル1〜13と比較例1〜4で得られた比較サンプルD1〜D4及びその前駆体の粒度を分析し、結果の詳細は表1に示されている。
【0056】
実施例3 サンプルの元素組成及び構造のテスト
ICP−OESにより、サンプル1〜13と比較サンプルD1〜D4における原子番号が9より大きい元素の組成を測定し、結果は表2に示されている。
【0057】
上海徳凱のHCS−140型高周波赤外線炭素硫黄計にてサンプル1〜13と比較サンプルD1〜D4の炭素元素の含有量を分析し、結果は表2に示されている。
【0058】
透過電子顕微鏡TEMにより、実施例1で得られたサンプル1〜13と比較例1〜4で得られた比較サンプルD1〜D4を観察し、炭素被覆層の厚み範囲を記録し、結果は表2に示されている。
【0059】
サンプル1〜13とD1〜D4に対してXRD分析を行った結果、いずれも斜方晶系オリビン型のリン酸鉄リチウムと同様な結晶構造を有することがわかった。典型的な代表サンプル1のXRDパターンは図1に示されており、他のサンプルのXRDパターンはいずれも図1に近く、即ち、回折ピークの位置が同じであり、合成条件の変化に応じて、回折ピークの相対ピーク強度が±10%の範囲内で変動している。
【0060】
【表2】
【0061】
実施例4 リチウムイオン電池C1〜C13、CD1〜CD4の作製
正極シートの作製:
実施例1で得られたサンプル1〜13、比較例1〜4で得られたサンプルD1〜D4をそれぞれ正極活物質とする。正極活物質、バインダーPVDF(ポリフッ化ビニリデン)及び導電性カーボンブラックを混合し、高速撹拌して、分散が均一で正極活物質を含有する混合物が得られる。混合物において、固形分は94wt%の正極活物質、4wt%のPVDF及び2wt%の導電性カーボンブラックを含む。混合物から、NMP(N−メチルピロリドン)を溶媒として、固形分含有量が75wt%である正極活物質スラリーに作成する。当該スラリーをアルミニウム箔の両面に均一に塗布して乾燥し、ローラプレスで締固め、サンプル1〜13、サンプルD1〜D4をそれぞれ正極活物質とする正極シートが得られ、それぞれ正極シートP1〜P13、正極シートPD1〜PD4と表記する。
【0062】
負極シートの作製:
活物質である人造黒鉛、バインダーエマルジョン、増粘剤であるカルボキシメチルセルロースナトリウム及び導電剤である導電性カーボンブラックを混合し、高速撹拌して、分散が均一で負極活物質を含有する混合物が得られる。混合物において、固形分は96wt%の人造黒鉛、2wt%のカルボキシメチルセルロースナトリウム、1wt%の導電性カーボンブラック、及び1wt%のバインダーを含む。溶媒として水を用いて、固形分含有量が50wt%である負極活物質スラリーに作成する。当該スラリーを銅箔の両面に均一に塗布して乾燥し、ローラプレスで締固め、負極シートが得られ、N1と表記する。
【0063】
負極容量/正極容量=1.20になるように正負極シートの塗布重量比を制御する。
【0064】
リチウムイオン電池の作製:
正極シートと負極シートに導電タブを溶接し、16μmのポリプロピレン/ポリエチレン複合隔離膜(PP/PE複合隔離膜と略称する)を採用し、隔離膜を正負極の間に位置させて隔離の役割を果たすよう正極シート、隔離膜、負極シートの順に積層し、それを巻いてベアセルを形成し、さらにアルミニウム・プラスチックフィルムによりパッケージングする。電解液としては、1Mのヘキサフルオロリン酸リチウム電解液を採用し、溶媒としては、エチレンカーボネート(EC):ジメチルカーボネート(DMC)=3:7(体積比)の混合溶媒を採用する。パッケージングされた電池に対して化成と養生を行い、リチウムイオン電池が得られる。
【0065】
P1〜P13、PD1〜PD4をそれぞれ正極シートとし、N1を負極シートとして製造したリチウムイオン電池を、それぞれリチウムイオン電池C1〜C13、リチウムイオン電池CD1〜CD4と表記する。
【0066】
実施例5 リチウムイオン電池の放電容量テスト
リチウムイオン電池C1〜C13、リチウムイオン電池CD1〜CD4の初回放電容量をそれぞれテストし、具体的なテスト方法は以下のとおりである。
【0067】
まず、各電池に対して化成を行い、45℃で0.02Cで20時間定電流充電してから、常温で、4.2Vになるまで0.5Cの電流で定電流充電し、さらに0.05Cになるまで定電圧に保持し、5min静置してから、0.5Cで2.8Vになるまで放電し、放電容量を記録する。
【0068】
各電池の初回放電は表3に示されている。
【0069】
実施例6 リチウムイオン電池の45℃での保管性能テスト
リチウムイオン電池C1〜C13、リチウムイオン電池CD1〜CD4の45℃での保管性能をそれぞれテストし、具体的なテスト方法は以下のとおりである。
【0070】
常温で、4.2Vになるまで各電池を1Cで定電流充電し、0.05Cになるまで定電圧に保持してから1時間静置し、厚み、電圧及び内部抵抗の大きさを測定した後、それを45℃の恒温槽に入れ30日静置した後、45℃で厚み、電圧及び内部抵抗を測定し、続いて常温まで冷却し、4.2Vになるまで0.5Cの電流で定電流充電し、さらに0.05Cになるまで定電圧に保持し、5min静置してから、2.5Vになるまで0.5Cで放電し、放電容量を記録する。テスト結果に基づき、厚み膨張率と容量保持率を算出する。
【0071】
厚み膨張率=(保管後厚み−保管前厚み)/保管前厚み×100%。
【0072】
容量保持率=保管後放電容量/保管前放電容量×100%。
【0073】
45℃で30日保管された各電池の厚み膨張率と容量保持率は表3に示されている。
【0074】
実施例7 リチウムイオン電池の60℃での保管性能テスト
リチウムイオン電池C1〜C13、リチウムイオン電池CD1〜CD4の60℃での保管性能をそれぞれテストし、具体的なテスト方法は以下のとおりである。
【0075】
常温で、4.2Vになるまで各電池を1Cで定電流充電し、0.05Cになるまで定電圧に保持してから1時間静置し、厚み、電圧及び内部抵抗の大きさを測定した後、それを60℃の恒温槽に入れ、30日静置した後、60℃で厚み、電圧及び内部抵抗を測定し、続いて常温まで冷却し、4.2Vになるまで0.5Cの電流で定電流充電し、さらに0.05Cになるまで定電圧に保持し、5min静置してから、2.5Vになるまで0.5Cで放電し、放電容量を記録する。テスト結果に基づき、厚み膨張率と容量保持率を算出する。
【0076】
厚み膨張率=(保管後厚み−保管前厚み)/保管前厚み×100%。
【0077】
容量保持率=保管後放電容量/保管前放電容量×100%。
【0078】
60℃で30日保管された各電池の厚み膨張率と容量保持率は表3に示されている。
【0079】
実施例8 リチウムイオン電池の25℃での循環性能テスト
リチウムイオン電池C1〜C13、リチウムイオン電池CD1〜CD4の25℃での循環性能をそれぞれテストし、具体的なテスト方法は以下のとおりである。
【0080】
25℃で、4.2Vになるまで各電池を1Cで定電流充電し、0.05Cになるまで定電圧に保持してから30min静置し、さらに2.8Vになるまで1Cで定電流放電し、30min静置し、順に500サイクル循環させる。テスト結果に基づき、容量保持率を算出する。
【0081】
容量保持率=500サイクル目の放電容量/1サイクル目の放電容量×100%。
【0082】
25℃で500サイクル循環した各電池の容量保持率は表3に示されている。
【0083】
実施例9 リチウムイオン電池の45℃での循環性能テスト
リチウムイオン電池C1〜C13、リチウムイオン電池CD1〜CD4の45℃での循環性能をそれぞれテストし、具体的なテスト方法は以下のとおりである。
【0084】
45℃で、4.2Vになるまで各電池を1Cで定電流充電し、0.05Cになるまで定電圧に保持してから30min静置し、さらに2.8Vになるまで1Cで定電流放電し、30min静置し、順に500サイクル循環させる。テスト結果に基づき、容量保持率を算出する。
【0085】
容量保持率=500サイクル目の放電容量/1サイクル目の放電容量×100%。
【0086】
45℃で500サイクル循環した各電池の容量保持率は表3に示されている。
【0087】
【表3】
【0088】
表3のデータから、以下のことが分かった。
【0089】
リチウムイオン電池C1、C2、C3、C4、DC1、DC2、DC3、DC4に対応するデータを比較した結果、SiとAsによりリンサイトに共同ドーピングを行うとともに、Fにより酸素サイトにドーピングを行って製造した正極材料は、ドーピング処理が行われていない材料及びリンサイトドーピング又は酸素サイトドーピングのみが行われた正極材料に比べて、45℃/30日の保管性能と60℃/30日の保管性能がいずれも顕著に改善され、厚み膨張率が顕著に低下し、容量保持率が顕著に向上したことが分かり、共同ドーピング処理された材料の高温で気体が発生する現象が効果的に抑制されることを示している。同時に、25℃及び45℃での循環性能も顕著に改善され、また、材料の1グラム当たりの放電容量も少々向上し、製造された異なるマンガン鉄比の材料はいずれも優れた保管性能と循環性能を示している。
【0090】
リチウムイオン電池C1、C5、C6、C7、DC1に対応するデータを比較した結果、異なる元素(As、B、S及びClのいずれか一つ)とSi元素によりリンサイトに共同ドーピング処理を行うとともに、Fにより酸素サイトにドーピングを行うことによって、材料の結晶相構造を安定させ、高温での又は循環過程におけるマンガン溶出現象が抑制され、電池の高温保管性能、常温循環性能及び高温循環性能が顕著に向上することが分かった。
【0091】
リチウムイオン電池C1、C8、C9、C10、DC1、DC2、DC3、DC4に対応するデータを比較した結果、異なる量のSiとAs元素によりリンサイトに複合ドーピングを行うとともに、異なる量のF元素により酸素サイトに共同ドーピングを行うことによって、正極材料の保管性能と循環性能は顕著に改善される一方、ドーピング量の向上に伴って、1グラム当たりの初回放電容量が少々損失されたことが分かった。
【0092】
リチウムイオン電池C1、C11、C12、C13に対応するデータを比較した結果、異なるマンガン源、鉄源、ケイ素源、M源、リン酸塩基源、リチウム源、炭素源により製造された材料はいずれも優れた電気化学性能を有し、異なる不活性雰囲気による保護では、製造された材料の表面被覆炭素層の構造は少々異なることから、1グラム当たりの容量が少々変動し、炭素含有量が10%を超えている場合、炭素含有量の増加に伴って、材料の1グラム当たりの容量と保管性能がいずれも少々低下し、また、焼結温度と焼成時間の変化と伴って、本願の技術手段を採用したリチウムイオン電池は依然として優れた保管性能と1グラム当たりの放電容量を示していることが分かった。
【0093】
前記明細書の開示によれば、当業者は、前記実施形態に対して適切な変更や修正をすることもできる。したがって、本願は、上記に開示され説明された具体的な実施形態に限定されておらず、本願に対して行ったあらゆる修正と変更も、本願の請求項の保護範囲にあるはずである。
図1