【文献】
Journal of the Society of Dairy Technology,1994年,Vol.47, No.4,pp.117-120
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、前述の特許文献1〜3に開示されているような方法では、以下の3点の理由から、適切な管理基準値を設定することが難しい。
【0011】
1点目に、CFUは微生物の増殖活性を指標に微生物量を定義しているのに対し、ATP法は微生物の代謝活性を指標にしており、いずれも生理活性を指標にしているため相関が無いわけではないが、指標とする活性が異なることにより、ATP量からCFUへの換算には誤差が生じる。
【0012】
2点目に、生物細胞が含有する1細胞あたりのATP量は、微生物の種類によって異なるが、同じ微生物種であってもその活性状態によって大きく変化する場合があるため、例えば設定した換算係数よりも極端にATP量の少ない微生物が増殖してもそれを検知できないなど、微生物量の変化を適切にとらえられないおそれがある。
【0013】
3点目に、自然界の生態系は常に複数の微生物種で構成されているのが一般的で、ここで測定対象としている製品、原材料、および環境空気も同じであると考えられるが、その内訳や構成比は環境毎に異なり、また一定でない。従って、仮に一般的な微生物種の換算係数を用いたとしても、固定の換算係数でATP測定値をCFUに換算することは大きな誤差を生む可能性が高い。
【0014】
以上に示したような誤差要因や不確定要素が複数存在することから、これまで、微生物の管理基準値を適切に設定することは難しく、また、その管理精度がどれだけの範囲内に収まっているのか把握できないという問題があった。
【0015】
本発明の課題は、ATP法など、従来の培養法と異なる計測単位の迅速微生物計測法を用い、製品、原材料、およびその製造環境中の微生物を計測するシステムにおいて、従来よりも精度よく管理基準値を設定し、かつ、その管理精度を所望の範囲内に収め、これを用いた微生物管理を実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
前記課題を解決するために、請求項1に記載の微生物計測システムは、試料中の微生物に所定の試薬を供給することによって前記微生物の細胞内のATPを発光反応させる発光反応手段と、前記発光反応させた微生物の発光強度を計測する光学計測手段と、前記光学計測手段で計測された発光強度の計測値を、ATP量に換算するとともに演算結果を蓄積し、統計処理を行う演算制御手段と、を有する微生物計測システムにおいて、前記演算制御手段は、正常状態において平板培養法により行われたCFU計数の繰り返し測定の結果を入力する工程と、前記CFU計数と同時期に前記発光反応手段および前記光学計測手段を用いて行われたATP測定の繰り返し測定の結果を入力する工程と、前記CFU計数の繰り返し測定の結果に基づき、前記試料中に含まれるCFU数の確率密度関数の係数を決定する工程と、前記ATP測定の繰り返し測定の結果に基づき、1CFUあたりに含まれるATP量の確率密度関数の係数を決定する工程と、前記決定した2種類の確率密度関数の係数を用いて、正常状態のATP測定値の確率密度関数を決定する工程と、前記決定した確率密度関数の妥当性について統計学的検定を行う工程と、あらかじめ設定した汚染状態のCFU数に対応する汚染状態のATP測定値の確率密度関数を決定する工程と、前記決定した正常状態のATP測定値の確率密度関数を用いて、あらかじめ設定した偽陽性確率以下となる警告基準値を算出する工程と、前記決定した汚染状態のATP測定値の確率密度関数を用いて、あらかじめ設定した偽陰性確率以下となる警報基準値を算出する工程と、ATP測定が行われる度に、ATP測定値に対し、警告基準値、警報基準値を満たすか検定する工程と、を実行することを特徴とする。
請求項14についても同様である。
【0017】
また、請求項2に記載の微生物計測システムは、請求項1に記載の微生物計測システムにおいて、ATP測定値の確率密度関数は、複数種類用意されており、前記演算制御手段は、更に、前記CFU計数の繰り返し測定の結果に基づき、ATP測定値の確率密度関数の種類を選択する工程を、実行することを特徴とする。
【0018】
また、請求項3に記載の微生物計測システムは、請求項1または2に記載の微生物計測システムにおいて、前記演算制御手段は、前記汚染状態のATP測定値の確率密度関数を、前記正常状態のATP測定値の確率密度関数の係数と同じ係数を用いて決定することを特徴とする。
【0019】
また、請求項4に記載の微生物計測システムは、請求項1または2に記載の微生物計測システムにおいて、前記演算制御手段は、前記汚染状態のATP測定値の確率密度関数を、一般的な指標菌株を用いてあらかじめ求めた、平均ATP量と標準偏差を係数として用いて決定することを特徴とする。
【0020】
また、請求項5に記載の微生物計測システムは、請求項1〜4のいずれか一項に記載の微生物計測システムにおいて、前記演算制御手段は、更に、前記CFU計数とATP測定の繰り返し測定結果が、統計学的検定を実施するに充分量格納されているか検定する工程を、実行することを特徴とする。
【0021】
また、請求項6に記載の微生物計測システムは、請求項1〜5のいずれか一項に記載の微生物計測システムにおいて、前記演算制御手段は、更に、所定期間の測定結果を用いて算出したATP測定値の確率密度関数を、ATP測定値の確率密度関数として用いることを特徴とする。
【0022】
また、請求項7に記載の微生物計測システムは、請求項1〜6のいずれか一項に記載の微生物計測システムにおいて、キー操作などでデータや管理条件の入力を行うデータ入力手段を、更に備え、前記演算制御手段は、更に、前記データ入力手段を用いて入力した前記汚染状態のCFU数、前記偽陽性確率、および前記偽陰性確率を用いることを特徴とする。
【0023】
また、請求項8に記載の微生物計測システムは、請求項1〜6のいずれか一項に記載の微生物計測システムにおいて、キー操作などでデータや管理条件の入力を行うデータ入力手段を、更に備え、前記演算制御手段は、更に、前記ATP測定の際に、前記データ入力手段を用いて入力した試料に関する情報を用いることを特徴とする。
【0024】
また、請求項9に記載の微生物計測システムは、請求項1〜8のいずれか一項に記載の微生物計測システムにおいて、前記演算制御手段は、更に、前記ATP測定が行われる度に、ATP測定値に対し、前記警告基準値、前記警報基準値を満たすか検定する工程の結果を踏まえて、警告または警報の動作を行う工程を、実行することを特徴とする。
【0025】
また、請求項10に記載の微生物計測システムは、請求項1〜9のいずれか一項に記載の微生物計測システムにおいて、測定結果の印字出力を行う印刷手段を、更に備え、前記演算制御手段は、更に、前記ATP測定結果とその解析に必要な情報を、前記印刷手段を用いて出力する工程を、実行することを特徴とする。
【0026】
また、請求項11に記載の微生物計測システムは、請求項1〜10のいずれか一項に記載の微生物計測システムにおいて、前記演算制御手段は、更に、前記ATP測定結果の解析に必要な情報を、一方は改ざん不可能な保護形式、他方は解析作業が可能な非保護形式のデータファイルとして作成する工程を、実行することを特徴とする。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、ATP法など、従来の培養法と異なる計測単位の迅速微生物計測法を用い、製品、原材料、およびその製造環境中の微生物を計測するシステムにおいて、従来よりも精度よく管理基準値を設定し、かつ、その管理精度を所望の範囲内に収め、これを用いた微生物管理を実現することができる。具体的には、次の通りである。
【0028】
請求項1、14に記載の発明によれば、CFU計数とATP測定の繰り返し測定結果に基づいて正常状態のATP測定値の確率密度関数を求め、所望の偽陽性確率以下となる警告基準値、および所望の偽陰性確率以下となる警報基準値を決定し、ATP測定値に対する管理を行うので、ATP量からCFU計数値への換算誤差の影響がなく、従来よりも精度よく管理基準値を設定し、所望の管理精度で微生物管理を行うことができる。
また、請求項1、14に記載の発明によれば、求めた確率密度関数の妥当性を統計学的に検定した上で運用するので、確率分布モデル(確率密度関数)と実際の確率分布との差異を所定の範囲内に収めることができ、従来よりも精度よく管理基準値を設定し、微生物管理を行うことができる。
【0029】
測定対象物中の微生物量が少ない場合には、対象物中の微生物種やその構成比、活性状態によるばらつきの影響が相対的に大きくなるため、ATP測定値は微生物量が充分に多い場合とは異なる確率分布を示すと考えられる。
請求項2に記載の発明によれば、CFU計数の繰り返し測定の結果に基づき、ATP測定値の確率分布モデル(確率密度関数)の種類を選択するので、測定対象物中の平均CFU数に基づき、各微生物量における最適な確率分布モデルを設定し、従来よりも精度よく管理基準値を設定し、微生物管理を行うことができる。
【0030】
クリーンルームなどの閉鎖的な環境や、pHなど微生物にとっての生育環境として特徴的な性質をもつものを測定対象とした場合、そこで検出される微生物種はある程度限定される場合がある。この場合、測定対象物の汚染状態とは、正常状態の時と菌種やその構成比などの状態が変わらないまま、菌数が増えていることが予想される。
請求項3に記載の発明によれば、汚染状態のATP測定値の確率密度関数を、正常状態のATP測定値の確率密度関数の係数と同じ係数を用いて決定するので、前述の、正常状態と汚染状態とで菌の状態が変わらない測定対象物のATP測定において、従来よりも精度よく管理基準値を設定し、微生物管理を行うことができる。
【0031】
一方、前述のように一般的な生態系と同様、測定対象部中の微生物種の内訳や構成比は環境毎に異なり、また一定でないことから、正常状態の時と汚染状態の時との間でこれらが大きく変わる可能性は大きい。
請求項4に記載の発明によれば、汚染状態のATP測定値の確率密度関数を、指標菌株等を用いてあらかじめ求めた、平均ATP量と標準偏差を係数として用いて決定するので、前述の、正常状態と汚染状態とで菌の状態が変わる測定対象物のATP測定において、従来よりも精度よく管理基準値を設定し、微生物管理を行うことができる。
【0032】
本発明の微生物計測システムにおいて、ATP測定値の確率分布モデル(確率密度関数)は、CFU計数とATP測定の繰り返し測定において、検出されたデータに基づいて構築するので、例えば清浄度が高く、検出件数の少ない状態で確率密度関数を求めても実際との差異が大きくなってしまう。
請求項5に記載の発明によれば、ATP測定の繰り返し測定が終了した時点で、これを用いて求める確率密度関数の妥当性を確認する統計学的検定を行うのに充分量のデータが蓄積されているか検定するので、少ないデータで誤差の大きい確率分布モデルを構築するおそれがなく、従来よりも精度よく管理基準値を設定し、微生物管理を行うことができる。
【0033】
前述のとおり、一般的な生態系と同様、測定対象部中の微生物種の内訳や構成比は環境毎に異なり、また一定でないため、例えば施設のブレーク後(メンテナンス後)や、季節の変動などの要因により、測定対象物中のATP測定値の確率分布が変化する可能性がある。
請求項6に記載の発明によれば、所定期間の測定結果を用いて算出したATP測定値の確率密度関数を演算制御手段が用いるので、過去の関数と比較することができ、前述のような、ATP測定値の長期な変動を検証し、必要に応じて管理基準値を設定し直すことにより、従来よりも精度よく微生物管理を行うことができる。
【0034】
一般に微生物の管理基準値は、製品汚染やヒトへの感染のリスクの大きさに応じて設定され、それぞれに対して求める管理精度もリスクの大きさに応じて異なる。
請求項7に記載の発明によれば、データ入力手段を用いて入力した汚染状態のCFU数、偽陽性確率、および偽陰性確率を演算制御手段が用いるので、測定対象物毎にこれを設定して、個別の微生物管理運用ができ、従来よりも精度よく微生物管理を行うことができる。
【0035】
無菌性や生物的清浄度が要求される施設では、製品や原材料、環境など複数種類の対象物について、微生物測定を行う場合が多く、同じ測定対象にについて複数のサンプル採取位置を設けることも珍しくない。各測定結果と測定物の情報とが正しく関連づけて記録されなければ、測定結果の考察をあやまるおそれがある。
【0036】
更に、ATP法など試薬を用いる微生物計測法を用いる場合には、製品の適切な品質管理を行うために、測定に用いた試薬のロット情報などが追跡確認できる必要がある。
請求項8に記載の発明によれば、ATP測定の際に、データ入力手段を用いて入力した測定対象物の種類、測定位置、試薬のロット情報などの試料に関する情報を演算制御手段が用いるので、測定結果と試料に関する情報を間違った組み合わせで記録してしまうおそれがなく、従来よりも精度よく微生物管理を行うことができる。
【0037】
無菌性や生物的清浄度が要求される施設の微生物管理では、生物学的汚染が発生した場合、その被害を最小限におさえるために、迅速な対応をとることが求められる。
請求項9に記載の発明によれば、ATP測定値が管理基準値を満たすか検定した結果に基づき、警告または警報の動作を起動するので、あらかじめ設定した管理基準に則って、これを逸脱した場合にはヒトの判断を介さずに迅速な対応をとることができ、従来よりも精度よく微生物管理を行うことができる。
【0038】
一般に、医薬品など製品の高い品質保証が求められる製造施設では、その微生物管理における測定結果は重要な意味を持ち、改ざんや損失など測定結果が損なわれた場合には、適正な品質保証ができなくなる。
請求項10に記載の発明によれば、ATP測定の結果とその解析に必要な情報が、紙に印字されて出力されるので、改ざんの余地がなく、従来よりも精度よく微生物管理を行うことができる。
また、請求項11に記載の発明によれば、ATP測定の結果とその解析に必要な情報が、保護形式のデータファイルとして保存できるので、改ざんおよび損失のおそれがなく、従来よりも精度よく微生物管理を行うことができる。
【0039】
一方で、無菌性や生物的清浄度が要求される施設の微生物管理では、微生物管理の継続的な改善によりその質を高めていくために、微生物測定のデータを用いて、より多面的な解析を行う場合がある。
請求項11に記載の発明によれば、記録、保管用のデータファイルとは別に非保護形式のデータファイルを保存できるので、これを用いて、自由に解析、考察を行うことができ、従来よりも精度よく微生物管理を行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0041】
次に、本発明の実施形態について適宜図面を参照しながら詳細に説明する。
以下では、本発明の実施形態に係る微生物計測システムの全体構成と動作について説明した後に、本発明の微生物計測システムにおけるATP測定値の確率分布モデルと、これを用いた実際の管理基準値の設定手順および運用方法について説明する。
【0042】
<微生物計測システム>
図1に示すように、微生物計測システム1は、後記する複数の要素からなり、液状の試料2中の微生物をフィルタ30a上に回収するろ過回収部3と、ATP法で用いる一連の試薬を分取分注する試薬分注部4と、ATP発光の発光測定を行う発光測定部5と、後述するポンプやモータの動作を制御する制御部6と、測定結果から試料2中のATP量の算出や管理基準値設定のための演算を行う演算部7と、キー操作などでデータの入力が可能なデータ入力部8と、測定結果を印字して出力する印刷部9と、測定工程の進捗状況や測定結果が表示される表示部10と、を備えて構成されている。
なお、本発明の請求項1、14における発光反応手段がろ過回収部3および試薬分注部4に、光学計測手段が発光測定部5に、演算制御手段が演算部7に、それぞれ相当する。
【0043】
(ろ過回収部)
ろ過回収部3は、液状の試料2の中から微生物を分離・回収するものである。ろ過回収部3は、フィルタ30aを内部に有する回収容器30と、回収容器ホルダ31と、回収容器30の内容物を、フィルタ30aを介して真空引きするろ過装置32と、を備えている。
回収容器30は、これに投入される試料2に含まれる微生物を分離すると共に、この分離した微生物のATPを抽出して回収するものである。
【0044】
回収容器30は、ロート状に形成された本体の底部にフィルタ30aが設けられて構成されている。本実施形態でのフィルタ30aは、図示しないが、親水性フィルタと、疎水性フィルタの二枚重ねになっており、二枚重ねの上側に親水性フィルタが配置され、二枚重ねの下側に疎水性フィルタが配置されている。
【0045】
このように構成された回収容器30は、次に説明するろ過装置32の吸引ヘッド32aを介して吸引しない限りは、本体に投入された試料2をフィルタ30a上に保持するようになっている。また、吸引ヘッド32aで吸引すると、フィルタ30aは、試料2のうち微生物(図示省略)をフィルタ30a上に残して、その液状成分を、フィルタ30aを介して吸引ヘッド32a側に排出できるようになっている。
なお、回収容器30は、微生物計測システム1内に設けられる処理ステージ100の所定の位置に着脱自在に取り付けられる。
【0046】
ろ過装置32は、吸引ヘッド32aと、吸引ヘッド32aを上下移動させるナット32b、ボールネジ軸32c、およびモータ32dと、吸引ヘッド32aを介して回収容器30の内容物を真空引きする吸引ポンプ32eと、を備えている。
【0047】
吸引ヘッド32aは、前記したように、上下移動可能になっており、回収容器30の内容物をフィルタ30aでろ過する場合には、吸引ヘッド32aが上昇して吸引ヘッド32aと回収容器30とを連結させる。また、回収容器30を処理ステージ100に取り付け、又は処理ステージ100から取り外す際には、吸引ヘッド32aは下降して吸引ヘッド32aと回収容器30との連結を解く。
【0048】
そして、このような吸引ヘッド32aに連結された吸引ポンプ32eが起動することで、前記したように、回収容器30内の液状成分は、フィルタ30a、吸引ヘッド32a、及び吸引ポンプ32eを介して微生物計測システム1の図示しない廃液貯留槽内に排出される。
なお、吸引ポンプ32eの駆動及び停止、並びにモータ32dの駆動及び停止は、制御部6の駆動制御部61及びろ過制御部62によって制御される。
【0049】
(試薬分注部)
試薬分注部4は、ノズル40と、微生物計測システム1の筐体内でノズル40を移動させるXY軸アクチュエータ41aおよびZ軸アクチュエータ41bと、ノズル40に所定量の液体を吸引させ、又は排出させるポンプ42と、試薬を貯留する試薬チューブ43および試薬チューブホルダ44と、を備えている。
【0050】
この試薬分注部4によれば、そのノズル40が、後記する試料2のATP量を測定する工程において、試薬チューブ43のATP消去試薬(不図示)とATP抽出試薬(不図示)を、試料2が入った回収容器30に分注し、得られた反応液110aの所定量を、次に説明する発光測定部5の構成要素である測定チューブ50に分注するようになっている。また、ノズル40は、試薬チューブ43のATP発光試薬110dを測定チューブ50に分注するようになっている。
【0051】
また、ノズル40は、後記するブランクサンプル液110bのATP量を測定する際には、試薬チューブ43のATP消去試薬とATP抽出試薬を図示しないブランクサンプル容器に分注し、得られたブランクサンプル液110bを測定チューブ50に分注するとともに、試薬チューブ43のATP発光試薬110dを測定チューブ50に分注する。
【0052】
また、ノズル40は、後記するATP標準試薬110cのATP量を測定する際には、試薬チューブ43のATP標準試薬110cを測定チューブ50に分注するとともに、試薬チューブ43のATP発光試薬110dを測定チューブ50に分注する。なお、前述した反応液110a、ブランクサンプル液110bおよびATP標準試薬110cは、いずれもATPの測定対象となる液である。
【0053】
また、試薬分注部4のXY軸アクチュエータ41aおよびZ軸アクチュエータ41bによるノズル40の三次元的な移動は、駆動制御部61による所定の制御によって実現される。回収容器30および試薬チューブ43の各試薬充填部には液面を検知するセンサ(不図示)が搭載されており、その情報に基づいて分取分注時のノズル40のZ軸方向の位置が制御される。また、分取分注量の調節は、試薬分注制御部60による所定の制御によって実現される。
【0054】
(発光測定部)
発光測定部5は、反応液110a、ブランクサンプル液110b、およびATP標準試薬110cのいずれかと、ATP発光試薬110dとを受け入れて発光反応させる測定チューブ50と、測定チューブホルダ51と、これらの発光反応時の発光強度を検出する光電子増倍管等を有するフォトンカウンティングユニット52と、を備えて構成されている。
【0055】
フォトンカウンティングユニット52は、測定チューブ50におけるATP発光強度の検出信号を演算部7に出力する。つまり、フォトンカウンティングユニット52は、「反応液のATP発光強度」の検出信号と、「ブランクサンプル液のATP発光強度」の検出信号と、「ATP標準試薬のATP発光強度」の検出信号と、をそれぞれ出力する。
【0056】
(演算部)
演算部7は、フォトンカウンティングユニット52から出力される「反応液のATP発光強度」の検出信号と、「ブランクサンプル液のATP発光強度」の検出信号とに基づいて、それぞれのATP発光強度同士の差分発光強度を演算する。また、演算部7は、この差分発光強度と「ATP標準試薬のATP発光強度」に基づいて、試料2中の微生物に含まれるATPの量を演算して求める。
【0057】
測定結果は、試料2のATP測定時にデータ入力部8から入力された、試料の情報と関連づけた形で演算部7内のメモリ70に格納される。なお、この試料の情報には、請求項における、正常状態のCFU計数の繰り返し測定の工程においては、CFU計数結果も含まれる。
【0058】
また、演算部7のメモリ70には、微生物管理における偽陽性や偽陰性の許容値などの条件値が格納されており、ATP測定結果とこれを用いて、測定対象物のATP測定値の確率モデル構築のための一連の計算や管理基準値の算出を行う。これについては後で詳しく説明する。
【0059】
<微生物計測システムの動作及びATPの定量原理>
次に、微生物計測システム1の動作及びATPの定量原理について説明する。
【0060】
微生物計測システム1では、回収容器30が処理ステージ100に配置され、次いでこの回収容器30に検査対象となる試料2が注入された後、図示しない起動スイッチがオンにされることで制御部6が次の手順を実行する。
【0061】
吸引ヘッド32aは上昇して回収容器30と連結する。次に、吸引ポンプ32eが起動し、回収容器30の内容物(試料2)のろ過を開始する。このろ過工程によって、フィルタ30a上に微生物が回収されると共に、試料2中の液体成分は、吸引ヘッド32a側に排出される。この際、試料2液体成分に含まれる微生物の細胞外に存在するATPの大部分、及び後のATPの発光反応を阻害する物質もこの液体成分と共に排出される。
【0062】
次に、回収容器30の内容物のろ過が完了した後、回収容器30内にバッファ液が注入され、再度吸引ポンプ32eが起動して、回収容器30の内容物をろ過する。
これにより回収容器30の内表面などに付着していた微生物もフィルタ30a上に回収される。このバッファ液としては、ATPを含まない滅菌水等が好適に使用される。
【0063】
次のステップでは、回収容器30内にATP消去試薬が分注される。
ATP消去試薬は、試薬チューブ43に配置されており(不図示)、前記の試薬分注部4のノズル40によって、回収容器30に所定量分注される。
このATP消去試薬の分注によって、微生物の細胞外に存在するATPは、より確実に消去される。このATP消去試薬としては、例えば、ATP分解酵素が挙げられる。
【0064】
次いで、試薬分注部4のノズル40は、試薬チューブ43に配置されたATP抽出試薬(不図示)の所定量を回収容器30内に分注する。
このATP抽出試薬の分注によって、微生物に含まれるATPが抽出されて回収容器30内に反応液110aが作製される。
【0065】
このATP抽出試薬としては、例えば、界面活性剤、エタノールとアンモニアの混合液、メタノール、エタノール、トリクロロ酢酸、過塩素酸、トリス緩衝液等を好適に使用することができる。
【0066】
次いで、試薬分注部4のノズル40は、回収容器30内の反応液110aを分取し、発光測定部5の測定チューブ50に分注する。
【0067】
更に、試薬分注部4のノズル40は、試薬チューブ43に配置されたATP発光試薬110dを発光測定部5の測定チューブ50に分注する。
このATP発光試薬110dとしては、例えば、ルシフェラーゼ・ルシフェリン試薬が挙げられる。
これにより、測定チューブ50内では反応液110aのATPと、ATP発光試薬110dの反応によって発光を生じる。
【0068】
次に、演算部7は、フォトンカウンティングユニット52がATPの発光強度を検出して出力した検出信号をデジタル処理し、単一光子計数法に基づいて発光強度を測定する。
そして、この発光強度の値(データ)は、メモリ70に一旦格納される。
【0069】
次に、ノズル40は、試薬チューブ43に配置されているATP消去試薬を同じく試薬チューブ43に配置されているブランクサンプル容器(不図示)に分注する。
【0070】
また、ノズル40は、試薬チューブ43に配置されているATP抽出試薬をブランクサンプル容器に分注する。
このATP抽出試薬の分注によって、試薬や容器由来の測定対象外となるATP、を含むブランクサンプル液110bがブランクサンプル容器に作製される。
【0071】
次いで、測定チューブ50は新たなものと取り替えられる。そして、ノズル40は、ブランクサンプル容器内のブランクサンプル液110bを分取し、発光測定部5の測定チューブ50に分注する。
【0072】
また、ノズル40は、試薬チューブ43に配置されているATP発光試薬110dを測定チューブ50に分注する。
これにより、測定チューブ50内ではブランクサンプル液110b中のATPと、ATP発光試薬110dとの反応によって発光を生じる。
【0073】
次に、演算部7は、フォトンカウンティングユニット52がATPの発光強度を検出して出力した検出信号をデジタル処理し、単一光子計数法に基づいて発光強度を測定する。
そして、この発光強度の値(データ)は、メモリ70に一旦格納される。
【0074】
次いで、測定チューブ50は新たなものと取り替えられる。そして、ノズル40は、試薬チューブ43に配置されているATP標準試薬110cを分取し、測定チューブ50に分注する。
【0075】
また、ノズル40は、試薬チューブ43に配置されているATP発光試薬110dを測定チューブ50に分注する。
これにより、測定チューブ50内ではATP標準試薬110c中のATPと、ATP発光試薬110dとの発光反応によって発光を生じる。
【0076】
次に、演算部7は、フォトンカウンティングユニット52がATPの発光強度を検出して出力した検出信号をデジタル処理し、単一光子計数法に基づいて発光強度を測定する。
そして、この発光強度の値(データ)は、メモリ70に一旦格納される。
【0077】
次に、演算部7は、メモリ70を参照して、試料2の発光強度と、ブランクサンプルの発光強度の差分発光強度を演算する。更に、演算部7は、ATP標準試薬の発光強度に基づいて、前記差分発光強度に対応するATP量(amol)を演算し、測定結果を表示部10に表示するとともに、測定結果を印刷部9から出力する。これにより、微生物計測システム1における一連のATP測定工程が終了する。
【0078】
以上で説明した一連のATP測定工程は、本発明の実施形態における微生物計測システム1の管理基準値設定の概略を示すフローチャートを示した、
図3A、
図3BにおけるステップS2に相当する。
なお、この一連の工程に先立って、図示しないデータ入力部8を用いて、測定対象物の種類やサンプリング位置、用いた試薬のロットなど、試料2に関する情報がメモリ70に格納される。
【0079】
また、前記したように、試料2のATP測定結果と関連づけてメモリ70に格納される情報には、ATP測定とあわせてCFU計数(手作業または機械計数)を行った場合の測定結果も含まれる。
このCFU計数工程は、本発明の実施形態における微生物計測システム1の管理基準値設定の概略を示すフローチャートを示した、
図3A、
図3BにおけるステップS1(以下、「
図3A、
図3Bにおける」の記載は適宜省略)に相当し、測定結果は、ATP測定の工程(ステップS2)とは独立に、メモリ70に格納される。
【0080】
<ATP測定値の確率分布モデル>
ここでは本実施形態におけるATP測定値の確率分布モデルの基本となる確率密度関数について説明する。測定対象物の状態によって主に以下の2種類のモデルのうち適切なものを選択して使用する。
【0081】
(複合ポワソンモデル)
本モデルは、サンプル中の菌数が少ない環境に対応する。
ATP測定値Sは、捕集した菌のATP量の和であり、次式(1)で表される。
【数1】
ここで、Nは捕集菌数、X
iは1菌あたりのATP量、X
0は菌が捕集されなかったときのATP量測定値であり、N、X
i、X
0ともにある確率分布に従う確率変数である。
【0082】
(1)捕集菌数Nの分布
捕集菌数Nはポアソン分布に従うと考えられ、確率密度関数f
N(k)は以下の式(2)のようになる。
【数2】
λは確率モデルのパラメータであり、環境における捕集菌数の期待値によって決まる。
【0083】
(2)ATP量の分布
菌に含まれるATP量X
iはそれぞれ独立にある分布に従うと考えられる。X
iの分布は菌種や菌活性の状態で変わり、また分布の中には試薬反応のばらつきなど測定装置に起因するばらつきも含まれる。本手法ではガンマ分布でX
iを近似する。確率密度関数f
x(x)は以下の通りである。
【数3】
μ、σは確率モデルのパラメータであり、それぞれ、1菌あたりのATP量の平均値、標準偏差を表す。μ、σは捕集される菌の種類など測定環境によって変わる。
【0084】
ここで、菌がk個捕集されたときのATP量X
kを考える。
【数4】
X
kは、ガンマ分布の再生性から、以下の式(3)のようなガンマ分布となる。
【数5】
【0085】
(3)菌が捕集されなかったときのATP量X
0
X
0は装置のブランク測定値のばらつきに相当すると考えられ、以下の式(4)のように正規分布で近似する。
【数6】
ここで、μ
b、σ
bは、それぞれ、バイオメイテクター(登録商標。日立製作所製の高感度ATP測定装置)でブランク測定を行った際の平均、標準偏差で、装置仕様で定められる。
【0086】
(4)ATP測定値の確率密度関数
式(2)、(3)、(4)を用い、ATP量の測定値Sの確率密度関数f
S(x)は次式(5)で求められる。
【数7】
なお、実際の計算では、実用上問題が無いと考えられる菌数k
maxで計算を打ち切る。
【0087】
(正規分布モデル)
平均捕集菌数が多い環境では、ATP量測定値の分布はほぼ正規分布で近似できると考える。2.1節の複合ポアソン分布における平均μ
S=λμ、分散σ
S2=λ(μ
2+σ
2)から、パラメータの整合性を考慮して、ATP測定値Sを次式(6)で近似する。
【数8】
λは捕集菌数の期待値に関するパラメータ、μ、σは、捕集される菌の種類など測定環境によって定まるパラメータである。
【0088】
<ATP測定値の確率分布モデルのパラメータ設定>
本実施形態の微生物計測システム1では、実際に運用を開始する前に確率モデルのパラメータを推定する必要がある。そこで、本運用前に環境が正常な状態で繰り返し測定を行い、正常状態でのパラメータを推定する。推定のために必要なデータは、培養法で測定した捕集菌数と、微生物計測システム1で測定したATP量である。
【0090】
事前に行ったATP量の繰り返し測定値がx
1、x
2、・・・、x
mのとき、菌のATP量分布に関するパラメータμ、σは、次式(8)の対数尤度関数l(λ、μ、σ)を最大にするように調整する。
【数9】
【0092】
<確率モデルの検証および事前測定の回数>
(確率モデルの検証)
推定した確率モデルについてG検定を行う。検定は菌数分布(ポアソン分布)とATP分布(複合ポアソン分布)の両方について行う。菌数分布は標本からの推定値個数が1(λ)なので、階級数4、自由度2のG検定を行う。ATP分布標本からの推定値個数は2(μ、σ)であることから、階級数4、自由度1のG検定を行う。
【0093】
なお、G検定における階級数、自由度、推定値個数との間には、以下のような関係が成り立つ。
自由度=階級数−1−推定値個数
そして、自由度は1以上が必要なので、自由度が1以上となるように階級数を設定する。
菌数分布のほうは、階級数を3にしてもよいが、パラメータ数(推定値個数)が2の他の確率モデルを採用する可能性も考慮すると、階級数を4にしておく必要がある。
【0095】
ここで、y
ε/2は標準正規分布の上側ε/2点である。μ、σは、それぞれ、1菌あたりのATP量平均値、標準偏差である。事前測定はトータル捕集菌数n
Fが所望の精度を満足する個数になるまで続けることが望ましい。精度を決めるのは捕集菌数であるため、清浄度が高く捕集菌数の少ない環境では多くの事前測定が必要で、清浄度が低く捕集菌数が多い環境では事前測定回数は比較的少なくて済む。
【0096】
<ATP測定値の管理基準値設定手順>
図2は、本発明の実施形態における微生物計測システム1の、偽陽性および偽陰性と管理基準値との関係を示す説明図である。
【0097】
(警告基準値の設定)
測定値Sを使い、正常状態(=帰無仮説)を有意水準ε
1で右側検定する。この検定が棄却された場合、有意水準ε
1で正常状態ではないと考えられる。検定が採択された場合は、「正常状態ではない」とは言い切れないということになる。
【数10】
x
c1を(10)式により求め、正常状態の棄却域を次のように定める。
S>x
c1
x
c1を警告基準値とする。
【0098】
(警報基準値の設定)
λ
e、μ
e、σ
eを汚染状態のATP量確率分布モデルのパラメータとし、検定を行う。λ
eは汚染状態の菌数の想定値であり、元々培養法で基準としている菌数などを採用すればよい。μ
e、σ
eは、正常状態と菌の状態が変わっていないとするならば正常状態と同じ値を採用する。または、一般的な菌の平均ATP量、標準偏差を用いることもできる。
【0099】
測定値Sを使い、想定した汚染状態(=帰無仮説)を有意水準ε
2で左側検定する。この検定が棄却された場合は有意水準ε
2で汚染状態ではないと考えられる。採択された場合は「汚染状態ではない」とは言い切れないということになる。
【数11】
・・・(11)
x
c2を(11)式により求め、汚染状態の棄却域を次のように定める。
S<x
c2
x
c2を警報基準値とする。
【0100】
なお、有意水準のε
1やε
2としては、例えば、0.01(1%)や0.05(5%)などの統計学上の一般的な数字を使うこともできるが、ε
1は汚染していないのに汚染していると判断してしまう偽陽性の確率であり、ε
2は汚染しているのに汚染していないと判断してしまう偽陰性の確率であるので、運用の実情に合わせて、管理作業者が適切な値を設定することが望ましい(詳細は後記)。
【0101】
<ATP測定値の管理基準値の設定手順>
続いて、実際の管理基準値設定手順について
図3A、
図3Bを参照しながら説明する。
図3A、
図3Bは、本発明の実施形態における微生物計測システム1の管理基準値設定の概略を示すフローチャートである。
【0102】
はじめに、測定対象物が正常な状態においてCFU計数の繰り返し測定(ステップS1)とATP測定の繰り返し測定(ステップS2)を行う。ATP測定の際には、測定に先立って、データ入力部8を用いて、サンプリング位置、用いた試薬のロットなど、試料2に関する情報がメモリ70に格納される。
【0103】
CFU計数の測定結果は、データ入力部8を介して微生物計測システム1のメモリ70に格納される。一方、ATP測定は微生物計測システム1を用いて測定され、その結果がメモリ70に格納される(ステップS3)。
これらの繰り返し測定では、CFU計数(ステップS1)とATP測定(ステップS2)は同時に行われることが望ましいが、同じ対象物の正常な状態のデータであれば、必ずしも同時に行われたものである必要はない。
【0104】
次いで、演算部7はメモリ70に格納された繰り返し測定結果について、データ量がG検定実施に充分量であるかの検定を行う(ステップS4)。具体的には、前述したように、各階級での度数期待値が5以上であることを基準に判定する。
ステップS4での判定がNoの場合は、CFU計数とATP測定の繰り返し測定に戻り、測定回数を増やす(ステップS5)
【0105】
ステップS4での判定がYesの場合は、演算部7が、CFU計数の繰り返し測定の結果に基づき、ATP測定値の確率分布モデルの種類を選択する(ステップS6)。具体的には、CFU計数の繰り返し測定における平均捕集菌数が100CFU以下の場合は複合ポワソン分布モデル、100CFUより大きい場合は正規分布モデルを選択する。ここでは仮に複合ポワソン分布モデルを選択した場合のフローを説明していく。
【0106】
次いで、演算部7は、試料中に含まれるCFU数の確率密度関数(式(2))の係数λを、式(7)を用いて決定する(ステップS7)。また、1CFUあたりに含まれるATP量の確率密度関数(式(3))の係数μ、σを、式(8)を用いて決定する(ステップS8)。なお、ステップS7とステップS8は、逆の順序で行ってもよいし、または、並行して行ってもよい。
【0107】
更に、演算部7は、決定した係数を式(5)に代入して、正常状態のATP測定値の確率密度関数を決定する(ステップS9)。
【0108】
次に、演算部7は、ステップS9で決定した正常状態のATP測定値の確率モデルについてG検定を行う(ステップS10)。前述したように、検定は試料中に含まれるCFU数分布(ポアソン分布)とATP測定値(複合ポアソン分布)の両方についてそれぞれ行い、CFU数分布は階級数4、自由度2のG検定、ATP測定値分布は階級数4、自由度1のG検定を行う。
【0109】
ステップS10での判定がNoの場合には、選択した確率モデルが対象物のATP測定値の確率分布を近似できていないと判断し、確率モデルの再選択を行う(ステップS11、ステップS6)。ここでは、前記した確率モデル以外の他の確率モデルを使うことになるが、そのような場合は少ないと考えられるので、他の確率モデルの詳細な説明は省略する。
【0110】
ステップS10での判定がYesの場合は、汚染状態のATP測定値の確率モデルの構築のためのステップに移行する。はじめに、汚染状態のCFU数の想定値と、微生物管理において許容する偽陽性確率および偽陰性確率が、データ入力部8を介してメモリ70に格納される(ステップS12)。
【0111】
ここでいう汚染状態のCFU数の想定値とは、測定対象物が汚染されている場合のCFU数の想定値であり、従来のCFU数の管理基準値や、過去の汚染事例での汚染時のCFU数などを用いることができる。
また、微生物管理において許容する偽陽性確率および偽陰性確率は、微生物管理の精度を定義するものであり、例えば製品そのものの検査や製品に直接暴露される環境など、汚染リスクの大きい対象物については高い精度を設定するなど、測定対象物の種類や検査の目的に応じて設定することができる。
【0112】
次に、演算部7は、ステップS12で入力された汚染状態のCFU数の想定値と、ステップS9で決定した正常状態のATP測定値の確率密度関数を用いて、汚染状態のATP測定値の確率密度関数を決定する(ステップS13)。
具体的には、汚染状態の確率密度関数の係数λ
e、μ
e、σ
eのうち、λ
eに汚染状態のCFU数の想定値を入力する。一方、μ
e、σ
eは測定対象物によって以下のように設定することが望ましい。
【0113】
第一の方法として、閉鎖的な環境や、pHなど微生物にとっての生育環境として特徴的な性質をもつものを測定対象とした場合は、μ
e、σ
eは正常状態のATP測定値の確率密度関数と同じ数値を代入する。
前述のような測定対象物の場合は、そこで検出される微生物種はある程度限定される可能性が高く、正常状態の時と菌種やその構成比などの状態が変わらないまま菌数が増えていることが考えられるためである。
【0114】
一方で、前述のように一般的な生態系と同様、測定対象部中の微生物種の内訳や構成比は環境毎に異なり、また一定でないことから、正常状態の時と汚染状態の時との間で菌種やその構成比が大きく変わる可能性は大きい。
そこで、第二の方法として、μ
e、σ
eには、指標菌株等を用いてあらかじめ求めた、平均ATP量と標準偏差を代入する。
【0115】
続くステップS14では、演算部7が、警告基準値の決定を行う。具体的には式(10)を用い、ステップS12で入力された許容する偽陽性確率以下となる警告基準値を決定する(ステップS14)。
条件を満たす警告基準値が決定できない場合(ステップS14でNo)、複数回測定による検定で条件を満たす警告基準値を決定する(ステップS15、ステップS14)。具体的には、例えば、1時間毎に測定を行っている場合であれば、ある時刻の測定結果だけでなく、1時間毎の複数回分の測定結果を用いる(ステップS17も同様)。
【0116】
次いで、演算部7が、警報基準値の決定を行う。具体的には式(11)を用い、ステップ12で入力された許容する偽陰性確率以下となる警報基準値を決定する(ステップS16)。
条件を満たす警告基準値が決定できない場合(ステップS16でNo)、複数回測定による検定で条件を満たす警告基準値を決定する(ステップS17)。
【0117】
決定した警告基準値と警報基準値は、メモリ70に格納される(ステップS18)。微生物計測システム1を用いた微生物管理では、毎回のATP測定結果をこれらの基準値を参照し、逸脱の有無を検定する。これについては後で詳しく説明する。
【0118】
なお、本実施形態ではステップS12の各数値の格納を、正常状態のATP測定値の確率モデルのG検定(ステップS10)の後としているが、これに限らず、これらの数値が必要となるステップS13、S14、S16に先立って格納されるようにすれば他のタイミングでもよい。
【0119】
<ATP測定値の管理基準値を用いた運用方法>
続いて、ATP測定値の管理基準値を用いた微生物管理の実際の運用方法について
図4、
図5A、
図5B、
図6および
図7を適宜参照しながら説明する。
図4は、本発明の実施形態における微生物計測システム1の運用方法の概略を示すフローチャートである。
【0120】
はじめに、データ入力部8を用いて、測定対象物の種類、サンプリング位置、用いた試薬のロットなど、試料2に関する情報がメモリ70に格納される(ステップS100)。次いで、試料2のATP測定が行われ(ステップS101)、測定結果がメモリ70に格納される(ステップS102)。この際、ステップS100で入力された測定対象物の種類とサンプリング位置の情報に基づき、測定対象毎に分類されて格納される。
【0121】
続いて、演算部7で、測定結果の検定1が行われる。ここでは、ATP測定結果が警報基準値よりも小さいかどうかを検定する(ステップS103)。
ステップS103での判定がNoの場合、警報が作動する(ステップS104)。具体的には、表示部10に測定結果を表示する画面上や、印刷部9から出力する測定結果の報告書面上に警報メッセージを表示することなどが挙げられる(後記するステップS111で行えばよい)。また、判定をトリガーにすぐに起動する警報ブザーを備えるようにするか、測定結果をオンラインで出力し、離れた場所にいる管理作業者に通報するか、あるいは生産ラインの緊急停止が行われるようにすることなどもできる。
【0122】
ステップS103での判定がYesの場合、続いて演算部7で、測定結果の検定2が行われる。ここでは、ATP測定結果が警告基準値よりも小さいかどうかを検定する(ステップS105)。
ステップS105での判定がNoの場合、警告を表示する(ステップS106)。具体的には、表示部10に測定結果を表示する画面上や、印刷部9から出力する測定結果の報告書面上に警告メッセージを表示することなどが挙げられる(後記するステップS111で行えばよい)。
【0123】
次いで、演算部7では、グラフの作成が行われる。はじめに、ステップS100で入力された測定対象物の種類とサンプリング位置の情報に基づき、試料2と同じ測定対象の過去n回分の測定結果の推移グラフと、累積確率グラフが作成される(ステップS107)。
なお、nの値はあらかじめ、データ入力部8を用いて自在に設定できるものとする。
【0124】
次いで、データ数の検定が行われる。ここでは、今回の累積測定回数がX×n(X=整数)、すなわち、nの倍数であるかどうかを判定する(ステップS108)。ステップS108での判定がYesの場合、ステップS107で作成された累積確率グラフは、長期的変動解析用グラフ(形式A)としてメモリ70に格納される(ステップS109)。
【0125】
図5Aは形式Aのグラフのデータ区分とグラフを説明する概略説明図である。長期的変動解析用グラフとは、同じ測定対象の過去の測定結果n回毎に作成した累積確率グラフを重ね合わせたもので(L1〜L3)、グラフの重なりや形状を目視することにより、施設のブレーク後や、季節の変動などの要因により、測定対象物中のATP測定値の確率分布が変化しているかどうかを確認することができる。
【0126】
図5Bは形式Bのグラフのデータ区分とグラフを説明する概略説明図である。ステップS108での判定がNoの場合、ステップS107で作成された累積確率グラフは、メモリ70には格納されず、結果出力用として、直近に作成された最新の長期的変更解析用グラフに、ステップS107で作成した累積確率グラフを破線などで重ね合わせた形式Bのグラフ(L1〜L4)が作成される(ステップS110)。
【0127】
以上により、長期的変動解析用グラフは予め設定したn個毎のデータ区切りで累積確率グラフを重ねあわせて作成される。
なお、累積測定回数の初回をどれにするかは、データ入力部8を用いて自在に設定できるものとし、具体的には、管理基準値設定における繰り返し測定の初回のほか、施設のブレーク後や生産ラインの長期停止後などを新たに設定することもできる。
【0128】
測定結果の2つの検定(ステップS103およびS105)と、グラフ作成の工程(ステップS107〜S110)が終了すると最後に、表示部10に測定結果が表示されるとともに、印刷部9から測定結果報告書が出力される(ステップS111)。
前述したように、表示部10には測定結果と合わせて、測定結果の2つの検定(ステップS103およびS105)の結果に基づき、警告または警報が表示される。
【0129】
一方、印刷部9から出力される結果報告書には測定結果の他、結果の考察に必要な一連の情報が印字されていることが望ましい。
図6は、本発明の実施形態における、微生物計測システム1の結果報告書を説明する概略図である。
【0130】
図6に示すように、結果報告書には、
図4のステップS100で入力された試料2の情報(サンプル情報)、設定されている警告基準値(アラートレベル)と警報基準値(アクションレベル)を含む測定結果、
図4のステップS107で作成した過去n回分の測定結果の推移グラフ(過去n回の測定値推移)、および、
図4のステップS109またはS110で作成した長期的変動解析用グラフ(累積確率グラフ推移)が印字されている。
【0131】
これにより、管理作業者は、測定対象の種類や測定条件を確認し、管理基準値の逸脱の有無を確認するとともに、測定対象の測定結果について長期的な変化がないか考察することができる。また、微生物計測システム1の印刷部9から印字して出力されるので、データ改ざん等のおそれなく保管することができる。
【0132】
一方で、結果報告書は別途電子データとしても保管でき、また、管理作業者が多様な形式で考察できるよう、グラフ作成等ができる形式でも作成される。
図7は、本発明の実施形態における微生物計測システム1の、データの格納と出力結果ファイルの構成を示す概略図である。
【0133】
微生物計測システム1のメモリ70に格納されるデータは大きく分けて3つあり、ひとつは微生物計測システム1を用いたATP測定の結果(
図3AのステップS2または
図4のステップS102:符号701)、二つ目はこのATP測定の際に、データ入力部8を用いて入力される試料2の情報(
図3AのステップS3または
図4のステップS100:符号702)、三つ目は、管理基準値設定のためのCFU計数の繰り返し測定結果(
図3AのステップS1:符号703)である。
【0134】
後者2つのデータは、対応するATP測定の結果と関連づけた形で、かつ、データ入力部8を用いて入力される試料2の情報に基づき、測定対象毎に分類されてメモリ70に格納される。
【0135】
ATP測定が終了すると、演算部7はメモリ70から必要なデータを引用して、測定結果報告書のデータファイルを作成する。この時、同じデータファイルをひとつは改ざん不可能な保護形式(符号704)、他方は、これを用いてグラフ作成などの解析が可能な非保護形式のファイル(符号705)として保存する。
【0136】
作成したデータファイルを印刷部9から出力したものが測定結果報告書(原本)となる。一方、ふたつのデータファイルは解析用PC(符号706)にロードすることができ、保護形式のデータファイルは、保管または必要に応じて出力(コピー)することができる(符号707)。
一方、非保護形式のデータファイルはこれを用いて、表計算ソフトなどを利用し、グラフ作成などの解析を行い、必要に応じて出力(コピー)することができ、管理作業者のデータ解析や整理に役立てることができる(符号708、709、710)。
【0137】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は前記実施形態に限定されず、種々の形態で実施することができる。
例えば、
図4の処理では、ステップS103〜S106とステップS107〜S110は、逆の順序で行ってもよいし、または、並行して行ってもよい。
【0138】
また、前記実施形態での微生物迅速測定法としては、ATP法を想定しているが、これに限定されるものではなく、核酸を染色して微生物の細胞数を顕微鏡下で計数する直接計数法や微生物が含有する生体物質のうち自家蛍光性の物質を指標に微生物を検出する方法など、あらゆる微生物検出法に適用することができる。