特許第6158138号(P6158138)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 五洋建設株式会社の特許一覧

(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6158138
(24)【登録日】2017年6月16日
(45)【発行日】2017年7月5日
(54)【発明の名称】サンゴ着生用構造体
(51)【国際特許分類】
   A01K 61/00 20170101AFI20170626BHJP
【FI】
   A01K61/00 301
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-123393(P2014-123393)
(22)【出願日】2014年6月16日
(65)【公開番号】特開2016-2020(P2016-2020A)
(43)【公開日】2016年1月12日
【審査請求日】2015年12月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000166627
【氏名又は名称】五洋建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000752
【氏名又は名称】特許業務法人朝日特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中瀬 浩太
(72)【発明者】
【氏名】木村 賢史
【審査官】 門 良成
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−141979(JP,A)
【文献】 特開2005−264485(JP,A)
【文献】 特開2010−017089(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板から斜めに張出した板状の張出部と、
前記張出部の端部において内側に向かって形成された折返し部と
を有するサンゴ着生用構造体。
【請求項2】
前記張出部および前記折返し部は、前記基板に折曲げ加工を施すことによって形成され、
前記基板は、前記張出部および前記折返し部が形成された面の裏面にて水中の構造物に取り付けられる
ことを特徴とする請求項1に記載のサンゴ着生用構造体。
【請求項3】
前記基板は、水中の構造物に取り付けるための接合面を有する第1板状部材と、前記第1板状部材に接合され、前記張出部および前記折返し部が形成された第2の板状部材と
を有する
ことを特徴とする請求項1または2のいずれか一つに記載のサンゴ着生用構造体。
【請求項4】
前記折返し部と、前記基板を水中の構造物に取り付けるための接合面までの距離が5〜10mmである
ことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一つに記載のサンゴ着生用構造体。
【請求項5】
前記張出部は横長矩形状であり、複数設けられる
ことを特徴とする請求項1ないし4のいずれか一つに記載のサンゴ着生用構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水生生物の増殖、特に有性生殖によってサンゴを増殖させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
サンゴの幼生の着生や成育に適した環境を人工的に作り出すことが行われている。このような環境を実現するための構造体には、少なくとも、生育初期における遮光性、生育中期・後期における採光性、波浪を緩和する機能、他の生物(捕食者や競合関係にある藻類など)の侵入を防止する機能が同時に求められる。
特許文献1には、海中に設置されるサンゴ着生用構造体であって、その表面に面状部を複数互いに重なるように且つ隙間ができるように配置し、各面状部の内側においてサンゴの幼生の着生および生育を促すように設計されたサンゴ増殖用基盤が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−141979号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の技術では、着生した幼生の生存率において改善の余地がある。本発明は、サンゴ等の水生生物の生存率を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、一の態様において、基板と、前記基板から斜めに張出した板状の張出部と、前記張出部の端部において内側に向かって形成された折返し部とを有するサンゴ着生用構造体を提供する。
好ましい態様において、前記張出部および前記折返し部は、前記基板の一部に対して切削および折曲げ加工を施すことによって形成され、前記基板は、前記張出部および前記折返し部が形成された面の裏面にて水中の構造物に取り付けられる。
他の好ましい態様において、前記基板は、水中の構造物に取り付けるための接合面を有する第1板状部材と、前記第1板状部材に接合され、前記張出部および前記折返し部が形成された第2の板状部材とを有する。
他の好ましい態様において、前記折返し部の先端から前記面までの距離は5〜10mmである。
他の好ましい態様において、前記張出部は横長矩形状であり、複数設けられる。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、サンゴ等の水生生物の生存率が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】パネル10が取り付けられた土台100の外観を表す斜視図である。
図2】(a)はパネル10の正面図、(b)は側面図、(c)は平面図である。
図3】張出部20および折返し部30の拡大図である。
図4】サンゴBの成長過程を説明するための図である。
図5(a)】海中に設置された本発明に係るパネル10を撮影した写真である。
図5(b)】図5(a)の中央部を拡大した写真である。
図6(a)】比較例1に係るサンゴ着生用構造体を表す図である。
図6(b)】比較例2に係るサンゴ着生用構造体を表す図である。
図6(c)】本発明の一実施例に係るパネル10を表す図である。
図7】張出部20および折返し部30の他の例を表す図である。
図8】パネル10を土台100Aに取り付けた例を表す図である。
図9】パネル10Aの側面図である。
図10】パネル10および土台100Bからなるサンゴ着生用構造体1の概観を表す図である。
図11】パネル10の他の態様を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
図1は、4つのパネル10が取り付けられた土台100の外観を表す斜視図である。土台100は、パネル10の取付け面S1が水中にあり、パネル10を海中で固定するためのものである。土台100は、例えば、護岸、防波堤、橋脚などの、全部または一部が海中に没する既存の人工構造物である。あるいは、土台100として、人工的に海底に設置された直方体のコンクリートブロックを用いてもよい。あるいは、既存の岩など自然物もしくは自然物の表面を一部加工したものを土台100として利用してもよい。すなわち、土台100の形状や材質は問わない。ただし、土台100は、パネル10を安定して固定するために、平面(図1の取付け面S1)を有していることが好ましい。土台100とパネル10は、アンカーボルトや接着材その他既存の接合方法を用いて接合される。
なお、図1に示すパネル10の取付け位置や総数は例示にすぎず、任意である。
【0009】
パネル10は、横W、縦H、厚さdの板状の部材であり、好ましくは金属(鉄やステンレスなど)製であるが、材質は問わない。ただし、少なくとも張出部20となる部分については、遮光性を有する材料が用いられる。パネル10は、面S2(表)およびS3(裏)を有し、面S2側から斜めに張出した、X軸方向に横長矩形状の張出部20を複数有する。なお、同図では3つの張出部20がそれぞれ平行にZ方向に形成された例を示しているが、各張出部20の縦横のサイズは図示したものに限らない。また、張出部20の数は任意であり、少なくとも1つ設けられていればよい。各張出部20には、その端部(最も外側に張出した縁)から内側(すなわちパネル面側)に向かって形成された、前記面と前記張出部との間から進入した水生生物をその表面に着生(着底、着床などといもいう;要するに成長を開始するためにその場所にとどまること)させるための折返し部30が形成される。
【0010】
図2は、パネル10の全体構造の概要を表す。(a)は正面図、(b)は側面図、(c)は平面図である。張出部20および折返し部30は、厚さd(例えば0.7mm(ミリメートル)〜1.0mm)の板部材に切り込みを入れ、折曲げ線P1に沿って外側に折り曲げ、続いて折曲げ線P2に沿って内側に折り曲げる加工を施すことによって成形される。
【0011】
図3は、パネル10を一つの張出部20を中心として拡大した図である。張出部20の長さ(縦方向の長さ)をh1、折返し部30の長さをh2、折曲げ線P1に沿った折り曲げ角度(換言すると、パネル面S2に対する張出部20の張り出し角度)をαとする。各張出部20は等間隔(間隔c)で垂直(Z)方向に配置される。なお、同図では、説明の都合上、厚みdは誇張して描かれている。
【0012】
陸上で製造されたパネル10が土台100に取り付けられると、土台100の取付け面S1(図1参照)は、図3に示すように、パネル10の面S3に接触する領域と、面S3に接触せず海水に触れる領域(同図のF1)とが存在することになる。同図に示すように、領域F2は、張出部20と正対する位置に位置する。土台100の取付け面S1上の領域F2、張出部20、折返し部30で仕切られた空間Qが形成される。この空間Qが、サンゴ(プラヌラ幼生、稚サンゴなどと呼ばれる生育初期のサンゴ)の着生および成育開始のための空間となる。
【0013】
空間Qの下方には、折返し部30と土台100の取付け面S1上の領域F2との間に、空間Qと外部空間とを連通する開口部Aが形成される。空間Qの下方において、折返し部30の先端E2からパネル面S2までの距離をh3、張出部20と折返し部30のなす角をβ(同図ではβ=90°)とする。すなわち、h3は当該開口部Aのサイズの指標となるものである。このとき、空間Qと外部空間とを連通する開口部AのY軸方向の長さはh3+dとなる。よって、dがh3に比べて十分に小さい場合(すなわちパネル10が非常に薄い場合)は、折返し部30からパネル10までの距離は、開口部AのY軸方向の長さと実質的に等しいとみなせる。
【0014】
空間Qは、その上方が張出部20で覆われているために、太陽光が実質的に到達しない。一方、その下方が開放されているので、空間Qの内部と外部との間で海水が循環しつつ、空間Qの内部では外部の波浪の影響が緩和されるようになっている。これにより、空間Q内部に侵入し定着したサンゴが波浪の影響によって空間Qの外に運ばれてしまう可能性が小さくなる。なお、空間QのX方向の側面は開放されているが、開口部Aの面積に比べて当該側面の開口部Aの面積は十分小さいので、当該側面から流入する海水による空間Qに与える影響は小さい。
【0015】
空間Qと外部空間とを連通する開口部AのY軸方向の長さは、h3+dとなる。よって、dがh3に比べて十分に小さい場合(すなわちパネル10が非常に薄い場合)は、折返し部30からパネル10までの距離は、開口部AのY軸方向の長さと実質的に等しいとみなせる。
【0016】
好ましい態様において、上述したパラメータは以下の条件を満たす。
5mm≦h3+d≦10mm・・・(1)
【0017】
上記パラメータの意義について説明する。h3+d(すなわち開口部AのY軸方向の幅)が小さすぎると、そもそもサンゴが空間Qに進入しにくくなるし、空間Qの内外の海流の循環が十分に行われず、酸素や餌となる動植物プランクトンが空間Q内に十分に供給されない。さらに、後述するように、空間Qに着生したサンゴは開口部Aを抜けて空間Qの外に向かって成長していくが、開口部Aが狭いと外に出にくくなる。また、サンゴの成長にはある程度の日光が必要だが、開口部Aが小さすぎると開口部Aを介して空間Qに届く光の量が少なくなりすぎてしまう。このように、好ましい開口部Aの値には下限が存在し、具体的には5mm程度である。
【0018】
一方、開口部Aが10mmを超えると、ハギ類、スズメダイ類、ブタイ類等やエビやカニその他の甲殻類などのサンゴの捕食者(外敵)が空間Qに進入し易くなり、空間Q内に着生したサンゴが捕食されにくくなるような大きさに成長する前に食害を受けてしまう可能性が高くなる。加えて、開口部Aが10mmを超えると、開口部Aを介して空間Qに届く光の量が増えるため、開口部A付近や空間Qが藻類などの生育に適する状態となる。この結果サンゴが着生・成長できる場所が浸食される。このように、好ましい開口部Aの値には上限が存在し、具体的には10mm程度である。
【0019】
図4は、サンゴBの成長過程を説明するための図である。勿論、サンゴBは3次元的に(すなわち同図のX方向にも)成長するが、X軸に垂直な平面内の成長に着目して説明する。
まず、所定の方法でサンゴBを折返し部30に着生させる(同図(a))。例えば、サンゴBの幼生を捕獲または卵から育成しておき、土台100の付近にて放流する。すると、サンゴBは下方から空間Q内に進入する。
着生したサンゴBは成長を始める。サンゴBは、光合成を行うため、太陽光を求めて下方開口部から空間Qの外に向かって、折返し部30の外側表面および張出部20の外側表面に沿って成長する(同図(b))。さらに成長すると、個体の一部分は面S3に到達する一方、張出部20の表面に沿って情報および空間Qの外側(Z方向および−Y方向)に向かって出ていく(同図(c))。この状態にまで成長すると、サンゴBは土台100およびパネル10と強固に結合し、事実上一体化したようになる。
なお、図4に示したサンゴBの着生位置や成長経過は一例にすぎない。例えば、折返し部30ではなく、張出部20の内側に着生する可能性もありうる。要するに、空間Q内を形成する、面S3、張出部20、および折返し部30のうちのいずれかに着生すればよい。
【0020】
本発明者らは、パネル10を海中に設置して経過を観察した。図5(a)は、設置から約5年経過後に撮影した写真である。図5(b)は10の中央付近を拡大したものである。これらの図に示すように、3つの張出部20のうち、一番上の張出部20および真ん中の張出部20の開口部Aからパネル10の外側に向かって成長している様子がみてとれる。
【0021】
同時に、本発明者らは、特許文献1に開示されたサンゴ着生用構造体(比較例1)および当該サンゴ着生用構造体を改良したもの(比較例2)と上記のパネル10とを用いて、約5年にわたってサンゴの生存率を検証する実験を行った。なお、海流等の環境要因をできるだけ排除すべく、本発明に係るパネル10、および比較例1及び比較例2に係るサンゴ着生用構造体の設置場所は、同一湾内において互いに近接する領域である。
【0022】
図6(a)は比較例1に係るサンゴ着生用構造体700を示す。同図に示すように、サンゴ着生用構造体700は、パネル704と、一枚のパネル704に固定された突出部701、702、703とからなる。突出部701、702、703は、それぞれ略1/4球形状をしており、内部が空洞になっている。換言すると、突出部701、702、703は、お椀を半分に切って下向きに取り付けた構造といえる。突出部701、702、703は、垂直方向に互いに一部重なるように配置されている。このサンゴ着生用構造体700を20枚海底に設置して、着生したサンゴの個体数を計測した。
なお、理論的には、突出部701、702、703の表面おいて海水と接触する任意の場所においてサンゴが着生する可能性がある。しかし、実験の結果、海水と接触する表面のうちサンゴの着生が目視確認できたのは限られた領域であることが判明した。具体的には、この領域は、外周面の底面に近い部分U2、および内周面の底面に近い部分U3であった。この領域を合計の大きさ(以下、有効着生面積という)は、約1188cm2であった。
【0023】
図6(b)は比較例2に係るサンゴ着生用構造体800を示す。(ア)はサンゴ着生用構造体800の中心線における断面図、(イ)は平面図である。同図に示すように、サンゴ着生用構造体800は、海底に設置される土台801と、土台801上に取り付けられた支柱802と、支柱802に固定される複数の半球体803とを含む。各半球体803は、お椀を逆さに吊るしたような形状をしており、底面U5および内周面サンゴが着生することができるようになっている。なお、説明の便宜上、同図では半球体803を2個のみ示しているが、実際には、支柱802に半球体803を16個取り付けて海底に設置し、着生したサンゴの個体数を計測した。なお、実験の結果、海水と接触する面のうちサンゴが実際に着生したのは、底面U5から近い部分U4のみであることが判明した。計算の結果、有効着生面積は、約1303cm2であると決定された。
【0024】
図6(c)は本発明の一実施例に係るパネル10の寸法を示す。パネル10には3つの張出部20が形成される。各張出部20は、幅16.0cm、縦方向の長さは3.5cmである。このパネル10を4枚海底に設置して、着生したサンゴの個体数を計測した。なお、実験の結果、実際にサンゴが着生したのは、折返し部30の前面U8および張出部20のうち折返し部30に近い部分U9であった。有効着生面積は約192cm2と計算された。
【0025】
サンゴ着生用構造体700、サンゴ着生用構造体800、およびパネル10に着生したサンゴの個体数は、それぞれ4、5、2であった。これを有効着生面積あたりの個体数に換算すると、それぞれ、4個体/1188cm2=約34個体/m2、3個体/1303cm2=約23個体/m2、2個体/192cm2=約104個体/m2となった。すなわち、本発明に係るパネル10を利用した場合、従来のサンゴ着生用構造体を利用した場合に比べて、サンゴの着生率は約3〜4.5倍である。すなわち、本発明によれば、従来と同じサイズのサンゴ着生用構造体を用いると約3〜4.5倍の個体数のサンゴを着生・成長させることができる。換言すると、本発明においては、従来と同じ着生率を実現させるために必要なサンゴ着生用構造体のサイズは1/5〜1/3ですむ。
【0026】
上記実施例に係る構造を採用することによって、遮光性、波浪緩和、競合生物や捕食者等の侵入の防止が、高い次元で達成される。この結果、サンゴの生育に適した環境が形成され、サンゴの生存率が向上する。また、当該構造は原材料となるパネル状部材を折り曲げるという簡単な加工を施せばよく、複雑な加工を行う必要がない。また、従来のサンゴ着生用構造体に比べて、全体の大きさに対して実質的にサンゴが着生可能な領域の割合が高い。さらに、既存の海中構造物を活用することができるので、サンゴの増殖のためだけに海底に保持するための重量物を製造し、設置する必要がない。すなわち、パネル10を用いたサンゴの増殖方法は、設置環境における制約が少なく、且つ製造のコストや設置のコストを下げることができる。また、1つのパネル10に張出部20および折返し部30を複数形成することで、パネル10の表面を効率的に使用することができる。
【0027】
折返し部30の先端部に加工を施してもよい。例えば、図7の(a)および(b)のように、折返し部30の先端E2を更に内側に曲げる加工を行ってもよい。同図(a)は90°、(b)は45°に折返し部30を形成した例である。
あるいは、張出部20および折返し部30の少なくともいずれか一方は、断面が直線でなく曲線で構成されてもよい。例えば、(c)に示すように、張出部20および折返し部30全体の断面形状が鉤状(フック形状)であってもよい。つまり、張出部20および折返し部30は一体に形成されてもよい。
あるいは、(d)に示すように、張出部20は複数の平面から構成されてもよい。
あるいは、(e)に示すように、張出部20を全体的に曲面で構成してもよい。このように、本発明における張出部とは、一枚の板状のもののみを意味するものではない。ただし、張出部20の形状に関わらず、上記数式(1)は満たされていることが好ましい。
【0028】
あるいは、折返し部30にサンゴの着生や生育を促進する効果のある部材を設けてもよい。具体的には、(e)に示すように、先端E2付近に、表面に凹凸加工などのサンゴの生育を促進する効果のある加工を施した樹脂、金属、木材、ゴム等からなる部材40を設けてもよい。部材40は、好適には、球体や柱状体である。例えば、部材40の内部に切り込みを入れ、この切り込み部に塗布された接着材を用いて、部材40を折返し部30に固定する。あるいは、部材40を折返し部30に嵌め込むことによって、部材40と折返し部30とを接合してもよい。あるいは、ボルトやネジなどの接合具を用いてもよい。その他、部材40と折返し部30とを接合する方法としては、どのような方法を用いてもよい。
【0029】
パラメータh1、h2、h3、α、βは、上述の条件を満たす限りにおいて、張出部20の材質の強度や、設置海域の環境、サンゴの種類等に応じて任意に設定できる。例えば、図8に示すように、取付け面が設置面(典型的には海底面)に対して垂直でなく、取付け面が所定の傾き(例えば45°)を有する土台100Aにパネル10を取り付けてもよい。このような場合、サンゴが安定して折返し部30の内側に着生・成長するように、パネル10に比べてβが鋭角に(すなわち、着生が水平面に近くなるように)形成されている。
【0030】
また、各張出部20の形状や張り出し角度は均一でなくてもよい。例えば、あえて各張出部20および折返し部30の形状やサイズを少しずつ異ならせることにより、微妙に異なる複数の着生生育環境を実現する。これにより、サンゴの個体差や種類等の違いに対応することができる。また、各張出部20の間隔cは一様である必要はない。
【0031】
図1に示す例においては土台100の一つの面のみに1つのパネル10が取り付けられていたが、例えば、土台100の4つの面のそれぞれにパネル10を取り付けてもよい。要するに、土台100に取り付けるパネル10の数や取付け位置、向き、角度は、張出部20が下方(水平面よりも海底面側)に張出しいる限り、任意である。また、土台100はブロック部材である必要はない。例えば、土台100は内部に空間を有する枠体であってもよい。要するに、張出部20、折返し部30、および取付け面(またはパネル面)によって空間Qが形成されれば、土台100の形状、パネル10との位置関係、パネル10との接合方法は問わない。
【0032】
張出部20の製造において、折り曲げ加工を用いる必要はない。例えば、張出部20および折返し部30が形成された部材を板材とは独立に製造し、これを溶接などで板材と接合することによってパネルを形成してもよい。この場合、パネルの一部を切り取る必要がないので、パネルの強度が向上する。また、土台100の取り付け面が空間Qと連通していないので、土台100の取り付け面に海水が接触することもなく、従って、成長したサンゴBが土台100の取付け面に固着することによって、サンゴBが土台100と一体化してしまい、移設が困難になるといった虞がない。
【0033】
よって、この場合において、パネルは土台100から取り外しが容易に接合されることが好ましい。こうすることで、上述の通り、サンゴBが成長しても、固着するのはパネルの表面であって土台100にはサンゴBは接触することがないので、サンゴが固着したパネルを土台100から取り外すことにより、土台100はそのままで、サンゴBを100の設置位置から移動させることができる。取り外したパネル10を他の構造物に取り付ければ、土台100で成長したサンゴを容易に他の場所に移植させることができる。
【0034】
なお、このように土台100の取付け面S1が海水に接しない場合、空間Qの開口部Aのサイズは、上述した切削および折り曲げ加工を行ってパネルを形成した場合に比べて、パネル10の厚みdの分だけ実質的に小さくなる。よって、この場合は、上記の(5)式において、h3+dをh3と置き換えて適用することが好ましい。
【0035】
サンゴの移植を容易にする他の態様として、図9に示すように、折り曲げ加工等によって張出部20が形成されたパネル10の裏面に裏板50を接合することでパネル10Aを製造し、土台100の取付け面S1には裏板50のみが接触するように、パネル10Aを100に取り付けてもよい。裏板50は、例えば金属の平板であって、パネル10Aとボルトなどの接続具によって接合される。
【0036】
一つの張出部20の一部は他の張出部20と重なって形成されてもよい。つまり、c<h1*cosαとなっていてもよい。また、パネル10や10Aは土台100と一体に成形されてもよい。こうすれば、パネル10を土台100に取り付ける手間が省ける。
【0037】
土台100は、既存の構造物である必要はない。例えば、図10に示すように、パネル10や10Aを水中に固定するために、自重によって海底に固定できる直方体の塊体または枠体などの固定部材100Bを土台として用いてもよい。この場合、固定部材100Bとパネル10とを別途製造した後に接合するのではなく、土台100Aとパネル10とを一体に成形することによって、サンゴ着生用構造体1を得てもよい。つまり、本発明に係るサンゴ着生用構造体は、海底に固定するための構造体と独立したパネル状の構造体であってもよいし、パネル状の構造体が海底に固定するための構造体と一体となったものでもよい。
【0038】
本発明に係るパネル10の形状、絶対的な大きさ、張出部20との相対的な大きさについては、上述した態様に限られない。図11に、パネルの他の態様の一例を示す。同図(a)は正面図、(b)は側面図、(c)は平面図である。同図に示すように、このパネル10Bは、基板101と張出部201と折返し部301とを有する。パネル10Bは基板と張出部と折返し部を備える点で上述したパネル10と同じだが、その製造方法が異なる。具体的には、パネル10Bは一体成形される。すなわち、一枚の金属板に対し、切削処理を行うことなく、2ヵ所で折り曲げ加工を施すことによって、基板101、張出部201、および折返し部301が形成される。折返し部301と、土台100の取付け面S1との間に開口部Aが形成されており、この開口部Aの幅h4(=h3+d)が5mm以上となるように設計されている点においては、図3等で示した構造と同様である。
【0039】
要するに、本発明に係るサンゴ着生用構造体は、少なくとも、土台と一体化したまたは土台に取付けられる基板と、前記基板から斜めに張出した板状の張出部と、前記張出部の端部において内側(すなわち基板側)に向かって形成された折返し部とを有し、基板面と、張出部および折返し部との間に形成された空間に、少なくとも折返し部と基板面との隙間から、海水が出入りできればよい。ここで、前記張出部および前記折返し部は、それぞれ事後的に接合される独立した部材であってもよいし、基板となる一枚の板材から折曲げ加工のみ(あるいは折曲げ加工および切削加工)を行うことによって形成されてもよい。
【符号の説明】
【0040】
1、700、800・・・サンゴ着生用構造体;100、100A・・・土台;固定部材;10、10A、10B・・・パネル;20、20A、201・・・張出部;30、301・・・折返し部;40・・・部材;50・・・裏板
図1
図2
図3
図4
図5(a)】
図5(b)】
図6(a)】
図6(b)】
図6(c)】
図7
図8
図9
図10
図11