特許第6158900号(P6158900)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6158900オフフレーバーのマスキング効果が向上した液体調味料
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  • 特許6158900-オフフレーバーのマスキング効果が向上した液体調味料 図000011
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6158900
(24)【登録日】2017年6月16日
(45)【発行日】2017年7月5日
(54)【発明の名称】オフフレーバーのマスキング効果が向上した液体調味料
(51)【国際特許分類】
   A23L 27/20 20160101AFI20170626BHJP
【FI】
   A23L27/20 G
【請求項の数】1
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2015-226678(P2015-226678)
(22)【出願日】2015年11月19日
(65)【公開番号】特開2017-46682(P2017-46682A)
(43)【公開日】2017年3月9日
【審査請求日】2016年6月8日
(31)【優先権主張番号】特願2015-170196(P2015-170196)
(32)【優先日】2015年8月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006770
【氏名又は名称】ヤマサ醤油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】脇中 琢良
【審査官】 白井 美香保
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−025706(JP,A)
【文献】 米国特許第03940502(US,A)
【文献】 ZHONGGUO NIANGZAO,2012年,vol.31 no.1 serial NO.238,pp.178-183
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 27/00−27/40
A23L 27/60
REGISTRY(STN)
CA/MEDLINE/BIOSIS(STN)
PubMed
CiNii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2−フルフリルエチルエーテルを含有する液体調味料を用いて食品を調味することにより、肉の獣臭、野菜の青臭み、魚の生臭さおよび牛乳の乳臭さより選ばれる、当該食品が有するオフフレーバーを低減させる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肉の獣臭、魚の生臭さ、野菜の青臭さ、乳製品の乳臭さ等のオフフレーバーに対するマスキング効果が向上した液体調味料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年食品業界においては、消費者のグルメ志向や、食品加工技術の向上、チルド運送網の発達により、食品の風味を引き立たせ、食材本来の味、香りを消費者が感じられるような調理方法や調味料の開発が進んでいる。こうした食品の風味を引き立たせる方法の一つとして、主に食品の加工・貯蔵中等に二次的に発生する、食品として好ましくない異味や異臭(オフフレーバー)をマスキングする方法が重要である。食品のオフフレーバーには、例えば肉の獣臭や、野菜の青臭み、魚の生臭さ、牛乳の乳臭さ等がある。
【0003】
従来、マスキング効果を有する物質として、スチレン構造を有するフェノール化合物の多量体を食品に存在させ、魚介類、畜肉製品および野菜類等のオフフレーバーを低減する方法や、当該化合物の存在下で加熱調理を行うことにより、オフフレーバーを低減させたことが開示されている(特許文献1)。
【0004】
そのほか、特定の醸造方法によって醤油を製造することで、醤油の特徴的な香気成分である4−hydroxy−2(or5)ethyl―5(or2)methyl―3(2H)−furanoneを低減し、且つマスキング効果を有するメチオナールを含有させ、マスキング効果を維持する醸造醤油を得ることが報告されている(特許文献2)。
【0005】
また、醤油独特の香りを抑えつつ、肉質を改善し、肉の獣臭をマスキングする目的で、穀物麹と食塩水を混ぜた諸味を極力発酵させず、低温、短期間で醸造を行った後、固液分離を行なった未加熱調味料が開示されている(特許文献3)。
【0006】
さらに、イソアミルアルコールおよび/またはβ−フェネチルアルコールを一定濃度以上含有し、さらにクエン酸を一定濃度以上含有することで、肉、野菜、魚、乳製品等の幅広いオフフレーバーに対するマスキング効果を有する醤油様調味が得られることが報告されている(特許文献4)。
【0007】
しかしながら上記従来のオフフレーバー軽減方法には、醸造工程の変更や、3種の成分値の調整が必要となるなど、手法が煩雑であるという課題があった。
【0008】
下記式で表される化合物において、2−フルフリルエチルエーテル(R=エチル基)は、酒類中に微量含まれていることが知られ(非特許文献1)、ビールにおいては劣化臭をもたらす重要な成分であることが報告されている(非特許文献2)。一方で、当該化合物を調味料に含有させたときにどのような効果をもたらすものであるかは知られていなかった。
【0009】
【化1】
(Rは炭素数1〜3のアルキル基を示す)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2001−352914号公報
【特許文献2】国際公開第07/116474号
【特許文献3】特開2004−267057号公報
【特許文献4】特開2012−95596号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】LUO et al., Journal of the Instituteof Brewing, 2008年,第114巻,第2号,p.172-179
【非特許文献2】HARAYAMA et al., Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 1995年,第59巻,第6号,p.1144−1146
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、肉の獣臭、魚の生臭さ、野菜の青臭さ、乳製品の乳臭さ等のオフフレーバーに対する低減(マスキング)効果を簡便な方法によって向上させた、新たな液体調味料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、ビールにおいては劣化臭の原因となることが知られている2−フルフリルエチルエーテル等を液体調味料に含有させることで、意外にもオフフレーバーのマスキング効果が著しく向上することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【発明の効果】
【0014】
本発明の液体調味料によれば、下記式(A)の化合物を含有させるだけの簡便な方法によって、食品に用いた際に、オフフレーバーに対するマスキング効果が得られる。このような調味料は、食品のオフフレーバーをマスキングし、食品本来の香りを引き立てるため、非常に有用である。また、下記式(A)の化合物のオフフレーバーに対するマスキング効果は、食塩濃度に影響されないため、多くの調味料で利用可能である。
【0015】
【化1】
(Rは炭素数1〜3のアルキル基を示す)
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、17%食塩水に2−フルフリルエチルエーテルを添加したときの、添加濃度(ppb)と官能評価の結果の相関を表す。図中横軸は2−フルフリルエチルエーテル濃度(ppb)、縦軸が官能評価における評点を示し、実線はほうれん草のおひたし、点線はサーモントラウトのお造りにおける結果に相当する。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の液体調味料は、必ずしも食塩を必須の成分としないが、香味および保存性の点から食塩を含有するものであることが好ましく、具体的には各種つゆ、たれ類やぽん酢醤油、ドレッシング、ソースなどを挙げられるが、いずれも特に限定されるものではない。食塩を含有する液体調味料である場合、当該調味料の食塩濃度は、調味料の種別に応じ、使用時の濃度として1〜20%(w/v)の範囲から適宜設定することができる。
【0018】
本発明の液体調味料は、食材を調理する際に用いるものであっても、食材や完成した調理品へのつけ・かけ用途に用いることができるものであってもよい。すなわち、本発明の液体調味料は食材自体や完成した調理品に対するつけ・かけ用に用いる際にも、オフフレーバーのマスキング効果を十分に呈するものである。
【0019】
本発明の液体調味料の原料は、その種別や用途に応じて、醤油、味噌、酢などの発酵調味料や、食塩・糖類などの調味料、グルタミン酸などのアミノ酸調味料、グアニル酸やイノシン酸などの核酸調味料、昆布、魚節等のだし、酵母、畜肉、魚貝に由来するエキス、果汁、野菜汁、おろし野菜・果実などから任意のものを用いることができる。
【0020】
本明細書における濃度(ppb)は、全てマイクログラム毎リットル(μg/l)である。
【0021】
本発明は、肉や、野菜、魚、乳製品等の幅広い食品のオフフレーバーに対するマスキング効果を強化した液体調味料を得ることを目的とし、液体調味料中に下記式の化合物を含有させることを特徴とする。
【0022】
【化1】
(Rは炭素数1〜3のアルキル基を示す)
【0023】
(A)化合物について、式中のR基としては、メチル基、エチル基、プロピル基およびイソプロピル基などが挙げられ、食用に使用可能なものであればどのような化合物を用いても良い。中でも好ましくは、Rがそれぞれエチル基またはメチル基である、2−フルフリルエチルエーテル、2−フルフリルメチルエーテルを挙げることができる。
【0024】
2−フルフリルエチルエーテルは、フルフリルエチルエーテル、エチルフルフリルエーテル、2−(エトキシメチル)フラン、エチル(2−フリルメチル)エーテルとも呼ばれ、食品添加物に用いられるものであれば特に限定はなく、合成品、抽出品、発酵品やその処理品のいずれを用いてもよい。
【0025】
2−フルフリルメチルエーテルは、フルフリルメチルエーテル、メチルフルフリルエーテル、2−(メトキシメチル)フランなどとも呼ばれ、食品添加物に用いられるものであれば特に限定はなく、合成品、抽出品、発酵品やその処理品のいずれを用いてもよい。
【0026】
本発明は、簡便には液体調味料に、式(A)化合物を添加することにより得られるが、添加だけによらず、原料由来の式(A)化合物を考慮し、調味料における式(A)化合物の含有量を調整する方法であってかわない。本発明の調味料における式(A)化合物の含有量は2.5〜1000ppb以上であることが好ましく、より好ましくは30〜1000ppbで十分なマスキング効果が得られる。
【実施例】
【0027】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、それらの例により何ら限定されるものではない。
【0028】
(実施例1)2−フルフリルエチルエーテルにおけるオフフレーバー低減効果の検討
<2−フルフリルエチルエーテルの食塩水への添加(1)>
2−フルフリルエチルエーテル単体でのオフフレーバーのマスキング効果を検討するため、17%(w/v)食塩水を対照品とし、17%食塩水に2−フルフリルエチルエーテルを各濃度となるように添加することで、2−フルフリルエチルエーテルの含有量がそれぞれ1、2.5、30、1000ppbである試験品を調製した。
【0029】
<官能評価>
訓練され識別能力を有するパネル8名により、下記の各調理におけるマスキング効果について、上記のように用意した対照品と試験品の香りを嗅ぎ、比較を行った。評価サンプルの臭いの強さを、臭いの強いものを10とし、弱いものを1とする10段階で評価し、8名の平均を比較することでマスキング効果を比較した。結果は、対照品に対する評点の平均が5となるよう対照品に対する評点に乗じた値を、各評点の平均に対し乗じて示した。
【0030】
<食塩水における評価>
ほうれん草のお浸しおよびトラウトサーモンのお造りを下記の要領で用意し、オフフレーバーの低減効果を評価した。
熱湯中で茹でたほうれん草を流水中で冷やし、水気を絞った。対照品または試験品の食塩水を適量添加し、青臭さを評価した。また市販のトラウトサーモンお造り(チリ産)に対し、対照品または試験品の食塩水を適量添加し、生臭さを評価した。
結果を表1および図1に示す。
【0031】
【表1】
【0032】
表1および図1の結果より、食塩水に2−フルフリルエチルエーテルを添加することによって、ほうれん草の青臭さやサーモンの生臭さなどのオフフレーバーを低減できることが分かった。
また、とくに2−フルフリルエチルエーテル濃度が30〜1000ppbである試験品を使用したとき、官能評価における対照品と比較して青臭さ、生臭さのスコアも対照と比較して2割以上低くなっており、オフフレーバーの低減効果はより明瞭であった。
【0033】
<2−フルフリルエチルエーテルの食塩水への添加(2)>
2−フルフリルエチルエーテル単体でのオフフレーバーのマスキング効果をさらに検討するため、食塩を含まない水(食塩濃度0%)、および食塩濃度6、12、17%(w/v)の食塩水に対して2−フルフリルエチルエーテルを濃度30ppbとなるように添加し、各試験品を調製した。
【0034】
<官能評価>
訓練され識別能力を有するパネル8名により、食品へのマスキング効果について、上記のように用意した試験品の香りを嗅ぎ、比較を行った。評価サンプルの臭いの強さを、臭いの強いものを10とし、弱いものを1とする10段階で評価し、8名の平均を比較することでマスキング効果を比較した。結果は、すでにマスキング効果が確認されている、食塩濃度17%(w/v)、2−エチルフリルエーテル30ppbである試料を対照品とし、当該対照品に対する評点の平均が5となるよう対照品に対する評点に乗じた値を、各評点の平均に対し乗じて示した。
【0035】
<評価>
市販のモッツァレラチーズ 100gに対し、対照品または試験品を適量添加し、乳臭さを評価した。結果を表1に示す。
【0036】
【表2】
【0037】
上記表2からも明らかなように、液体調味料が食塩を含有する/しないにかかわらず、2−フルフリルエチルエーテルを添加することによって、モッツァレラチーズの乳臭さのようなオフフレーバーを低減できること、また液体調味料が食塩を含有する場合、当該調味料の塩分濃度は、オフフレーバー低減効果の度合いに大きな影響を及ぼさないことが判明した。
【0038】
(実施例2)各種調味料への応用
各種の調味料に2−フルフリルエチルエーテルを添加し、当該成分を実際の調味料に配合したときのオフフレーバー低減効果を下記の要領で調べた。
<2−フルフリルエチルエーテルの各種調味料への添加>
液体調味料として、市販の濃口醤油(食塩16%(w/v))、イタリアンドレッシング(食塩4.7%(w/v))、和風醤油ごま入りドレッシング(食塩4.7%(w/w))、焼肉のたれ(食塩6.0%(w/v))、ぽん酢醤油(食塩8.1%(w/v))、つゆ(食塩11.2%(w/v))を対照品とした。これらの調味料に2−フルフリルエチルエーテルを添加することにより、2−フルフリルエチルエーテルの添加量が2.5〜1000ppbである試験品の調味料を調製した。
各試験品について、試験例と同様の方法によって官能評価を実施した。
【0039】
(1)<焼き肉の官能評価>
サラダ油(日清オイリオグループ社製)を用いて加熱調理した牛肉(オーストラリア産)に対し、対照品または試験品の調味料(醤油または焼肉のたれ)を適量添加し、獣臭さを評価した。結果を表3に示す。
【0040】
【表3】
【0041】
(2)<ほうれん草のお浸しの官能評価>
熱湯中で茹でたほうれん草を流水中で冷やし、水気を絞った。対照品または試験品の液体調味料(醤油またはぽん酢醤油)を適量添加し、青臭さを評価した。結果を表4に示す。
【0042】
【表4】
【0043】
(3)<サーモンのお造りの官能評価>
市販のトラウトサーモンお造り(チリ産)に対し、対照品または試験品の液体調味料(醤油、和風醤油ごま入りドレッシングまたはイタリアンドレッシング)を適量添加し、生臭さを評価した。結果を表5に示す。
【0044】
【表5】
【0045】
(4)<モッツァレラチーズの官能評価>
市販のモッツァレラチーズ 100gに対し、対照品または試験品の液体調味料(醤油またはつゆ)を適量添加し、乳臭さを評価した。結果を表6に示す。
【0046】
【表6】
【0047】
表3の官能評価結果より、対照品と比較して試験品の醤油または焼肉のたれ(とくに2−フルフリルエチルエーテルを30ppb以上添加したもの)を使用した際に、焼いた牛肉の獣臭を顕著に低減していることが分かる。
【0048】
表4の官能評価結果より、ほうれん草のお浸しでは、対照品と比較して試験品の醤油またはぽん酢醤油(とくに2−フルフリルエチルエーテルを30ppb以上添加したもの)を使用した際に、ほうれん草の有する青臭さが顕著に低減していることが分かる。
【0049】
表5の官能評価結果より、サーモンマリネでは、対照品と比較して試験品の醤油、和風醤油ごま入りドレッシングまたはイタリアンドレッシング(とくに2−フルフリルエチルエーテルを30ppb以上添加したもの)を使用した際に、顕著に生臭さが低減していることが分かる。
【0050】
表6の官能評価結果より、モッツァレラチーズでは、対照品と比較して試験品の醤油またはつゆ(とくに2−フルフリルエチルエーテルを30ppb以上添加したもの)を使用した際に、顕著に乳臭さが低減していることが分かる。
【0051】
以上の結果より、2−フルフリルエチルエーテルを液体調味料へ添加することによって、オフフレーバーのマスキング効果が著しく向上することが明らかになった。
図1