特許第6159258号(P6159258)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6159258バックグラウンド減算を媒介したデータ依存式収集方法及びシステム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6159258
(24)【登録日】2017年6月16日
(45)【発行日】2017年7月5日
(54)【発明の名称】バックグラウンド減算を媒介したデータ依存式収集方法及びシステム
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20170626BHJP
【FI】
   G01N27/62 D
   G01N27/62 X
【請求項の数】29
【全頁数】40
(21)【出願番号】特願2013-550566(P2013-550566)
(86)(22)【出願日】2012年1月18日
(65)【公表番号】特表2014-509385(P2014-509385A)
(43)【公表日】2014年4月17日
(86)【国際出願番号】US2012021736
(87)【国際公開番号】WO2012099971
(87)【国際公開日】20120726
【審査請求日】2014年12月5日
(31)【優先権主張番号】61/435,257
(32)【優先日】2011年1月21日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】513177853
【氏名又は名称】マスディフェクト テクノロジーズ,エルエルシー
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】八田国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】ワン,シン
【審査官】 伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−131284(JP,A)
【文献】 特表2008−542767(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0213368(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60−27/70
G01N 33/68
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一つの所望の成分を含む試料の質量スペクトルを分析する方法であって:
少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料とは異なるバックグラウンド試料から、バックグラウンドデータセットを取得し、
第一質量スペクトル収集機能を利用して、あるクロマトグラム時点における少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料の原質量スペクトルを収集し;ここで、前記原質量スペクトルは、該クロマトグラム時点における検出イオンピークのm/z及び強度情報を含んでおり、
前記収集手順で指定されたクロマトグラム時点における、少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料の前記検出イオンピークのm/z情報に基づいて、前記クロマトグラム時点におけるバックグラウンドデータセット内のデータの一部を限定して、該バックグラウンドデータセットの限定区域を形成し
前記バックグラウンドデータセットの限定区域内のイオン情報を使用して、前記原質量スペクトル内のイオンに対してバックグラウンド減算を実行して、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルを取得
前記現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルに基づいて、データ依存式収集機能のイベントを実施する、段階を含み、
前記バックグラウンド減算は、前記データ依存式収集機能前記イベントを実施する前にリアルタイムで実行され、前記データ依存式収集機能は、少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料の後続の質量スペクトル測定、または該試料の分流である、質量スペクトル分析方法。
【請求項2】
前記減算は、バックグラウンド成分のイオン信号を前記原質量スペクトルから実質的に除去することを含み、少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料中の前記少なくとも一つの所望の成分の選択的なデータ依存式収集が実現される、請求項1に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項3】
前記限定は、前記収集手順で指定されたm/z情報のバックグラウンドデータセット内のデータ区域を限定することを含む、請求項1または2に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項4】
前記限定は、少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料の前記検出イオンピークに対応した前記バックグラウンドデータセット内のイオンピーク周囲のクロマトグラム変動時間窓及び質量精度窓を適用することを含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項5】
前記クロマトグラム変動時間窓及び質量精度窓は全て可変窓である、請求項4に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項6】
前記バックグラウンドデータセットの限定区域に対応するバックグラウンド成分のイオン信号を前記クロマトグラム時点における原質量スペクトルから減算した後に、該クロマトグラム時点における原質量スペクトルの再構成により、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルが取得される、請求項1〜5のいずれか一項に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項7】
前記バックグラウンド減算は、所定のクロマトグラム変動時間窓及び質量精度窓内のバックグラウンドデータを、該クロマトグラム時点における少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料の原質量スペクトルから減算することで実現される、請求項1に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項8】
イオンのm/z、クロマトグラム時間及びイオンピーク強度に関連する情報を含む少なくとも一つのバックグラウンドデータセットを取得し、
クロマトグラム変動時間窓及び質量精度窓を指定し、
少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料に対して分離及び質量スペクトル分析を行う、段階を含み、
前記質量スペクトル分析は、前記第一質量スペクトル収集機能を含む、請求項1から7のいずれか一項に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項9】
前記バックグラウンドデータセットは、少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料に対する分離及び質量スペクトル分析の前に収集される、請求項8に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項10】
前記バックグランドおよび前記原質量スペクトルの両データセットにある所望でない成分が同一或いは類似のイオン集団数を有するように、前記第一質量スペクトル収集機能が、前記バックグラウンドデータセットの収集と同一或は同等に維持される、請求項8に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項11】
前記バックグラウンド減算は、前記バックグラウンドデータの限定区域内のイオンピーク強度と、少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料の原質量スペクトル内のイオンピーク強度とを対比することを含む、請求項1〜10のいずれか一項に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項12】
前記対比は、少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料の原質量スペクトルにあるイオンピーク強度を、前記バックグラウンドデータの限定区域にあるイオンピーク強度で除算することを含む、請求項11に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項13】
前記バックグラウンド減算は、前記減算前に、前記限定されたバックグラウンドデータの強度に増幅係数を適用することを含む、請求項1〜12のいずれか一項に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項14】
前記データ依存式収集機能の前記イベントを実施するために、前記クロマトグラム時点における質量信号を選択することを更に含み、
前記選択が少なくとも現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルの情報に基づいてなされることにより、該現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルの情報は、前記データ依存式収集機能前記イベントが少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料中の所望の成分に対して選択的であることを可能とする、請求項1〜13のいずれか一項に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項15】
前記質量信号の選択は、前記現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトル内の、現時点の最高強度の質量信号として定義される、請求項14に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項16】
前記質量信号は、前記第一質量スペクトル収集機能によるバックグラウンド減算質量スペクトルデータ内の現時点の急上昇する質量信号から選択される、請求項14または15に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項17】
前記質量信号は、前記第一質量スペクトル収集機能によるバックグラウンド減算質量スペクトルデータの基準ピークイオンクロマトグラムにある急上昇する質量信号に基づいて選択される、請求項14または15に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項18】
前記データ依存式収集機能前記イベントは、MS/MS収集イベントである、請求項14〜17のいずれか一項に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項19】
前記データ依存式収集機能前記イベントは、更なる分析のための分画を生成する前記試料の分画イベントを含む少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料の分流である、請求項14〜17のいずれか一項に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項20】
少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料は、バックグラウンドに所望の成分と分離しにくい多種の成分を含む生物試料である、請求項1〜19のいずれか一項に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項21】
前記生物試料は、乱用薬物、代謝物、医薬品、法医化学品、農薬、ペプタイド、蛋白質及びヌクレオチドから選択される一つ以上の所望の成分を含んでいる、請求項20に記載の質量スペクトル分析方法。
【請求項22】
少なくとも一つの所望の成分を含む試料を分析するためのシステムであって、
少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料中の成分を分離する分離モジュールと、
少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料中の成分イオンを検出して試料データセットを収集する質量分析計と、を含み、
前記質量分析計は、データ依存式収集モジュールと、バックグラウンド減算モジュールを含むシステムコントローラーとを含み、
前記システムコントローラーは、請求項1〜21のいずれか一項に記載の質量スペクトル分析方法を実行するように構成される、質量分析計システム。
【請求項23】
データ記憶モジュールを更に含み、
前記バックグラウンド試料から取得されたバックグラウンドデータが、少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料の収集前に上記データ記憶モジュールに記憶される、請求項22に記載の質量分析計システム。
【請求項24】
前記バックグラウンド減算モジュールは、前記質量分析計からの試料データセットを受け取り、前記データ記憶モジュールからバックグラウンドデータを読み出し、計算アルゴリズムの動作により、該バックグラウンドデータを前記試料データセットから減算する、請求項23に記載の質量分析計システム。
【請求項25】
前記試料データセットは、少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料の前駆或は親質量データセットである、請求項24に記載の質量分析計システム。
【請求項26】
前記バックグラウンド減算モジュールは、前記試料データセットからバックグラウンドデータを減算することで、実質的に少なくとも一つの所望の成分の質量データにより構成されるバックグラウンド減算質量スペクトルデータセットを生じ、
前記データ依存式収集モジュールが、前記バックグラウンド減算質量スペクトルデータセットを用いて、リアルタイムで少なくとも一つの所望の成分を含む試料のデータ依存式収集機能のイベント実施するために質量信号の選択を確定する、請求項24に記載の質量分析計システム。
【請求項27】
前記減算は、前記データ依存式収集モジュールと前記バックグラウンド減算モジュールとの相互作用により、少なくとも一つの所望の成分を含む前記試料の複数の後続データ依存式データセットを収集する前に、複数の前記バックグラウンドデータを複数の前記試料データセットから減算することを含む、請求項24〜26のいずれか一項に記載の質量分析計システム。
【請求項28】
前記システムは、LC−MS/MSシステムである請求項22〜27のいずれか一項に記載の質量分析計システム。
【請求項29】
前記システムは、高分解能質量分析計を含む請求項22〜28のいずれか一項に記載の質量分析計システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
[関連特許の引用]
本願は、2011年1月21日に提出された米国仮特許出願第61/435,257号の米国特許法第35条第119(e)項にある優先権を主張し、その全文を引用の方式で本願に組み込む。
【0002】
本発明は、新規のバックグラウンド減算済みの質量スペクトル情報に基づく、試料のデータ依存式収集方法(data−dependent aquisition)及びシステムに関する。
【背景技術】
【0003】
米国特許第20100213368号は、正確且つ徹底的にバックグラウンドを減算する方法を記述し、その全文が引用により本願に組み入れられる。該方法は、一つの試料データセット及び一つの或は一群の対照(control)試料のデータセットを利用して、試料マトリックス内の化学的ノイズ及び無関連信号を減少し、試料内の所望の成分を有効に識別できるようにする。
【0004】
また、有効に所望の成分のフラグメントイオンを識別するための一形態が記載される。これは、試料及びその対照試料の非特異性フラグメンテーションイオンデータを収集して実現される。非特異性のフラグメンテーションイオンデータは、インソースフラグメンテーション或はMEE(例えば、Plumb等、RCMS,2006,20:1989−1994参照)等の技術により取得できる。所望の成分のフラグメントイオンは、それらの保留時間及びクロマトグラムピークタイプにより、その対応前駆イオン/分子イオンに相関する。しかしながら、いくつかの成分が共溶出し、複数の可能性のある分子イオンが出現した場合には、フラグメントイオン及びその前駆イオンの間のクロマトグラフの関連性を確定しにくい。このような場合には、正確にそれらのフラグメントイオンとその前駆イオンとを関連付けるために利用可能な、ハードウェアに基づく、真のMS/MSデータを有することが好ましい。
【0005】
ハードウェアに基づくMS/MS技術またはタンデム質量分析法と称される技術は、先ず質量分析計で特定の前駆イオンを選択した後、活性化及びフラグメント化し、そして特定の前駆イオンのフラグメントイオン(プロダクトイオンとも称する)を記録する技術である。非特異性フラグメントデータとそれらの潜在的な前駆イオンデータと間の前記されたクロマトグラフの特徴とは対照的に、MS/MS実験によるデータにおいては、フラグメントイオンとその対応前駆イオンとの間の関係は、具体的且つ明確である。MS/MS実験により取得されたフラグメントイオン情報は、それら各々の前駆イオンの鑑定及び構造解析に用いられることができる。MS/MS実験は、予期される各前駆イオンについて設計された個別の取得機能により実行される。しかしながら、これは複数の前駆イオンのデータのために何度も試料を給送する必要がある。更に、それらの各MS/MSデータを取得するためには、事前に予期される所望の前駆イオンを知っていなければならない。他の方法は、データ依存走査方式を利用してMS/MS収集を行うことにより、一つの走査機能で多成分のMS/MSデータを取得し、予め特定前駆イオンを設置しておく必要がない。
【0006】
データ依存MS/MS収集方式(DDA MS/MS)において、潜在的に所望の異なる前駆イオンのMS/MSデータを取得するために、通常、クロマトグラフ時点毎に取集される、前駆イオン収集(PIA)走査(通常走査イベントまたは検査走査イベントから)の質量スペクトルを検査することに基準を適用することで、(1)質量スペクトル内に選択価値のある前駆イオンがあるか、及び(2)どの前駆イオンを選択して後続のMS/MS走査を実行するか、をリアルタイムに判断できる。例えば、いくつかの実施形態では、前駆イオン質量スペクトル内の最強度のイオンを決定して、決定された最強度のイオンへのMS/MS走査を発動するために、基準が設定される。その他の実施形態では、一部の補助的方法、例えば動的リスト排除法或は動的バックグラウンド排除法(米国特許第7351956号及び第7297941号参照)を利用することで、比較的長いクロマトグラフ時間範囲で同じ前駆イオン(例えば高強度のバックグラウンドイオン)の重複選択を回避及び/或は限定することで、更により多くの成分のMS/MSデータを取得する機会を増大させる。しかし、前記DDAの基準の全ては、それ自体に所望の成分と所望でない成分(例えば試料マトリックスからの無関係な信号)を区別する能力を具備しない。したがって、試料マトリックス成分内の前駆イオンの無関連MS/MSスペクトルの圧倒的な数のため、そのような方法により取得された結果的なMS/MSデータの扱いはしばしば困難である。更に、より多くの成分のMS/MSデータの取得機会の増大にも関わらず、比較的低強度を有する所望の成分の前駆イオンは、より高強度の試料マトリックス成分の存在および計器の収集周期時間制限のため、それらのMS/MS走査を依然発動できない。このため、バックグラウンドデータを減算でき、所望の成分だけ或は実質的に所望の成分だけの質量スペクトルを収集するためのシステム或は方法を開発することが、非常に期待され且つ必要とされている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以下の方式により前記目的を実現するリアルタイムの前駆イオンスペクトルのバックグラウンド減算に用いられ、さらに無関連信号(例えば、試料マトリックス成分からの信号)を除去し、且つバックグラウンド減算済みの質量スペクトル情報に基づいてデータ依存式収集を実行するための方法及びシステムを開示する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
一方で、本発明は、質量分析計システムを提供し、質量分析計システムは(a)質量データ収集ユニットを含むデータ依存式収集モジュールと、(b)計算ユニットを含むバックグラウンド減算モジュールとを含み、ここで、前記バックグラウンド減算モジュールがバックグラウンド成分の質量データ(「バックグラウンドデータ」)を、前記バックグラウンド成分を含む試料の質量データセットから減算し、前記データ依存式収集モジュールによる質量データ収集は前記バックグラウンド減算モジュールにより媒介される。
【0009】
一方で、本発明は、質量分析計システムを提供し、(a)以前に行ったデータ依存式収集過程で識別されたイオンピークによりデータ収集(データ依存式収集)を行う試料の質量スペクトルデータセットの収集手段と、及び(b)試料データセットからのバックグラウンドデータの減算手段と、を含む質量分析計システムにおいて、試料データセットから実質的に所望でないバックグラウンド成分のイオン信号を除去することで、試料データセットに所望の成分のイオンを顕在化させるため、所望の成分だけについて選択性及び高感度のデータ依存式収集を行い、且つ、バックグラウンド減算データセットは、所望の成分の関連データにより構成されることを実現する。
【0010】
一方で、本発明は、試料質量スペクトルの分析方法を提供し、以下の手順を含む:(a)あるクロマトグラフ時点(chromatographic time point)に、第一質量スペクトル収集機能を利用して試料に対して原質量スペクトルを収集し、ここで、前記原質量スペクトルは、該クロマトグラフ時点で検出されたイオンピークのm/z及び強度情報を含み、及び(b)バックグラウンドデータセットにあるイオン情報を利用して前記原質量スペクトルからバックグラウンドを減算し、現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトルを生成する。
【0011】
一方で、本発明は、試料分析システムを提供し、試料分析システムは、(a)試料成分のイオンを分離するための分離モジュールと、(b)該試料中にある成分イオンを検出するための質量分析計と、(c)データ依存式収集モジュールと、(d)バックグラウンド減算モジュールを含むシステムコントローラーと、を含み、前記システムが指令によりデータ依存式収集を行うように構成される。
【発明の効果】
【0012】
本発明は以下の1つ以上の長所がある:(a)本発明は、試料マトリックス成分ではなく所望の成分を選択して、データ依存式MS/MS収集及び/或は他の類型のデータ依存式収集(例えばデータ依存式試料収集)を行う。試料にあるこの類の所望の成分を分析する前は、通常このような所望の成分及びそれらの識別及び数量は知られていない。(b)このため、本発明は、比較的少量の所望の成分に関するデータ依存式収集に対するより良い敏感性を提供する。(c)特定m/z値のイオン信号の情報に加えて、本発明は更に、リアルタイムに基準ピークイオンクロマトグラム或は総イオンクロマトグラムにより所望の成分についてデータ依存型収集を行うことができる。(d)本発明は、データ依存式MS/MS収集で得た結果的なデータが溶離成分のピーク形を示すことを可能にする。すなわち、これらのピーク形と、試料分析中の前駆イオン分布或はUV分布、放射クロマトグラフ分布或は他の分布とが相関或は比較されることで、識別目的或は他の目的を達成する。(e)本発明は、データ依存式MS/MS収集によるデータセットをより小なくするが、より関連性を持たせる。(f)本発明は、所望の一組の成分の特別なサブセットに対してデータ依存式収集を選択的に行うというユーザ要求に従って分析を調整する柔軟性を提供する。通常、試料におけるこのような所望の成分の総量及びそれらの特徴及び数量は分かっていない。
【0013】
以下の図面と詳細説明とにより、本発明の他の側面及び長所をより良く理解できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1a図1aは、データ依存式収集に用いられる装置の見取図である。
図1b図1bは、データ依存式収集に用いられる装置の見取図である。
図1c図1cは、データ依存式収集に用いられる装置の見取図である。
図1d図1dは、データ依存式収集に用いられる装置の見取図である。
図2図2は、バックグラウンドデータを取得するための方法の手順のフローチャートである。
図3図3は、図1a〜図1cのシステムのI/O装置の示例性スクリーンショットを示す。
図4図4は、リアルタイムにバックグラウンドデータを減算して媒介されるデータ依存式収集の手順のフローチャートである。
図5図5a〜図5cは、データ依存式収集を行うためにリアルタイムでバックグラウンドデータを減算した質量スペクトル図である。
図6図6は、現時点のバックグラウンド減算済み質量分析方法によるデータ依存式収集手順のフローチャートである。
図7図7a〜図7cは、クロマトグラムにより図6の手段(方法)600の効果を示す。
図8図8は、他の現時点のバックグラウンド減算済みの質量分析方法によるデータ依存式収集手順のフローチャートである。
図9図9a〜図9fは、図8の手順800によりデータ依存式MS/MS走査イベントを媒介する決定点を示す。
図10図10は、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルで構成されるクロマトグラフの特性によりデータ依存式収集を行う手順のフローチャートである。
図11図11a〜図11dは、ユーザの要求により特別処理を施されたバックグラウンドデータで特に所望の一組の成分に対してデータ依存式収集を選択的に行うことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
一方で、本発明は質量分析計システムを提供する:
(a)質量データ収集ユニットを含むデータ依存式収集モジュールと、
(b)その計算ユニットを含むバックグラウンド減算モジュールと、
を含んでいる質量分析計システムであって、前記バックグラウンド減算モジュールは、バックグラウンド成分の質量データ(「バックグラウンドデータ」)を、前記バックグラウンド成分を含む試料の質量データセットから減算でき、ここで、前記データ依存式収集モジュールによる質量データ収集は、前記バックグラウンド減算モジュールにより媒介される。
【0016】
本発明の一実施形態において、前記減算イベントは、直後の該試料のデータ依存式データ収集イベントを行う前に発生する。
【0017】
本発明の他の実施形態において、前記減算処理は、計算アルゴリズムを利用して、バックグラウンド成分の質量信号を試料の質量信号から除去或は実質的に除去することを含む。
【0018】
本発明の他の実施形態において、試料データセットの収集前に、対照試料のバックグラウンドデータセットを収集する。
【0019】
本発明の他の実施形態において、該システムは、試料データセットの収集前、バックグラウンドデータセットを記憶しておくデータ記憶モジュールを更に含む。
【0020】
本発明の他の実施形態において、前記バックグラウンド減算モジュールは、前記データ依存式収集モジュールからの試料データセットを受け取り、前記データ記憶モジュールからバックグラウンドデータを読み取り、計算アルゴリズムによる演算によってバックグラウンドデータを試料データセットから減算する。
【0021】
本発明の他の実施形態において、前記試料データセットは、試料の前駆イオン或は親イオン質量データにより構成される。
【0022】
本発明の他の実施形態において、前記バックグラウンド減算モジュールが試料データセットからバックグラウンドデータを減算することで、実質的に所望の成分の質量データで構成される新しい質量データセットを生じ、且つ前記新規質量データセットは即時に後続データ走査イベントを指示するための質量信号の選択を確定する。
【0023】
本発明の他の実施形態において、前記質量信号の選択は、前記新規質量データセットにある現時点の最高強度の質量信号に基づく。
【0024】
本発明の他の実施形態において、前記質量信号の選択は、前記新規質量データセットにある現時点の急速上昇している質量信号或は特徴的な質量信号に基づく。
【0025】
本発明の他の実施形態において、前記質量信号の選択は、新規質量データセットの基準ピークイオンクロマトグラムの急速上昇特性或は他の独特な特性に基づく。
【0026】
本発明の他の実施形態において、前記後続データ走査イベントは、MS/MS収集イベントである。
【0027】
本発明の他の実施形態において、前記後続データ走査イベントは、試料分取イベントであり、その生じた分取成分が更なる分析に用いられる。
【0028】
本発明の他の実施形態において、この更なる分析は、MSn、MS/MS及びNMRから選択される。
【0029】
本発明の他の実施形態において、前記減算イベントは、以下のことを含む。前記データ依存式収集モジュールと前記バックグラウンド減算モジュールとの間の相互作用により、複数のバックグラウンドデータを複数の試料データセットから減算した後、試料から複数のデータ依存式データを収集する。
【0030】
本発明の他の実施形態において、前記バックグラウンド減算モジュールの計算ユニットで、計算アルゴリズムの演算によるデータイベントが前記質量データのデータ依存式収集を発動する。
【0031】
本発明の他の実施形態において、前記計算アルゴリズムは、試料データセットにあるイオンピーク強度と、対応成分のバックグラウンドデータセットにあるイオンピーク強度とに対して減算或は対比を行う。
【0032】
本発明の他の実施形態において、前記対比手順は、以下のことを含む:試料データセット中イオンピーク強度をバックグラウンドデータセットにある対応イオンピーク強度で割り、或はバックグラウンドデータセットにあるイオンピーク強度を試料データセットにある対応イオンピーク強度で割り、前記の割算結果を百分率或は比率の形式で表示し、且つそれにより次のデータ収集イベントを発動する。
【0033】
本発明の他の実施形態において、前記バックグラウンドデータの強度に対して前記減算或は対比する前に増幅係数を乗ずる。
【0034】
本発明の他の実施形態において、前記比例係数は、対応するバックグラウンド対照に対する被験試料の濃度或は効能差異により定められる。
【0035】
本発明の他の実施形態において、バックグラウンドデータ及び試料データセットは、高分解能の質量スペクトルデータセットである。
【0036】
本発明の他の実施形態において、バックグラウンドデータは、対照試料のイオンのm/z、クロマト時間及びピーク強度に関連する情報を含み、且つ実質的に所望でないバックグラウンド成分で構成される。
【0037】
本発明の他の実施形態において、前記システムは、LC−MS/MSシステムである。
【0038】
本発明の他の実施形態において、前記システムは、高分解能の質量分析計を含む。
【0039】
一方で、本発明は、質量分析計システムを提供し、(a)データ収集イベントに識別されたピークにより試料から質量スペクトルデータを収集する手段(データ依存式収集手段)と、及び(b)バックグラウンドデータを試料データセットから減算する手段と、を含んでいる質量分析計システムであって、実質的に所望でないバックグラウンド成分を減算したイオン信号により、試料にある所望の成分のイオンを顕在化させるため、所望の成分のみについて選択性及び高感度データの依存式収集を行い、且つ、バックグラウンド減算データセットは実質的に所望の成分の関連データで構成されることを実現する。
【0040】
本発明の一実施形態において、該システムは更に試料の現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルを再構成する手段を含み、ここで、前記現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトルにより所定のクロマト時間の原質量スペクトルからイオンを選択してデータ収集する。
【0041】
本発明の他の実施形態において、前記再構成手段はバックグラウンドデータを被験試料の原質量スペクトルから減算或は実質的に除去するための計算アルゴリズムを含む。
【0042】
本発明の他の実施形態において、前記収集手段はデータ依存式収集モジュールを含み、且つ前記減算手段はバックグラウンド減算モジュールを含む。
【0043】
本発明の他の実施形態において、前記システムはLC−MS/MSシステムである。
【0044】
本発明の他の実施形態において、前記システムは高分解能の質量分析計を含む。
【0045】
一方で、本発明は、試料分析用の質量分析方法を提供し、以下の手順を含む:
(a)あるクロマト時点に、第一質量スペクトル収集機能を備える試料の原質量スペクトルを収集して、ここで、前記原質量スペクトルは、該クロマト時点の検出イオンピークのm/z及び強度情報を含む;及び
(b)バックグラウンドデータセットにあるイオン情報を利用して、前記原質量スペクトル内のイオンについてバックグラウンド減算を実行し、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルを生成する。
【0046】
本発明の他の実施形態において、所望でない成分のイオン信号が実質的に現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルから除去され、且つ、試料にある所望の成分のイオンが顕在化し、したがって、所望の成分について選択性及び高感度のデータ依存式収集を実現する。
【0047】
本発明の他の実施形態において、該方法は更に手順(c)を含む:手順(a)で指定されたクロマト時点及びm/z座標におけるバックグラウンドデータセットにあるデータ域を限定する。
【0048】
本発明の他の実施形態において、前記限定手順は、該クロマト時点の原質量スペクトルにあるイオン周辺のクロマト変動時間窓(chromatographic fluctuation time window)及び質量精度窓(mass precision window)を適用することを含む。
【0049】
本発明の他の実施形態において、前記クロマト変動時間窓及び前記質量精度窓が可変窓である。
【0050】
本発明の他の実施形態において、バックグラウンドデータを、バックグラウンド成分を含むデータの原質量スペクトルの対応部分から減算した後、該クロマト時点の原質量スペクトルを再構成して現時点のバックグラウンド減算した質量スペクトルが得られる。
【0051】
本発明の他の実施形態において、前記バックグラウンド減算は、第一手段によりデータ記憶からバックグラウンドデータを取得した後、試料の原データセットからバックグラウンドデータを減算することによって実行される。
【0052】
本発明の他の実施形態において、前記第一手段がバックグラウンド減算モジュールを含む。
【0053】
本発明の他の実施形態において、本方法は、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトル情報に基づき、該クロマト時点以降の第二データ依存式収集機能のイベントを確定することを更に含む。
【0054】
本発明の他の実施形態において、前記確定手順は、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトル情報に基づく、前記第二データ依存式収集機能の指令を計算する第二手段により実装される。
【0055】
本発明の他の実施形態において、前記第二手段はデータ依存式収集モジュールを含む。
【0056】
本発明の他の実施形態において、前記質量スペクトル収集機能は、両データセットにある所望でない成分が同様或は類似のイオン集団数を有するように、バックグラウンドデータセットの収集及び試料の原データセットの収集と同一或は同等に保持される。
【0057】
本発明の他の実施形態において、手順(a)或は手順(b)の前に、本方法は更に以下の手順を含む:
(e)イオンのm/z、クロマト時間及びピーク強度に関する情報を含む、少なくとも一つのバックグラウンドデータセットを得る;
(f)一クロマト変動時間窓及び一質量精度窓を指定する;及び
(g)検定されるべき試料について、第一質量スペクトル収集機能を含む分離及び質量スペクトル分析を行う。
【0058】
本発明の他の実施形態において、前記試料は生物試料である。
【0059】
本発明の他の実施形態において、前記生物試料は、活性薬用成分或はその代謝物を包含する。
【0060】
本発明の他の実施形態において、前記生物試料は、乱用薬物、代謝物、医薬品、法医化学品、農薬、ペプチド、蛋白質及びヌクレオチドから選択される所望の成分の一つ以上を含む。
【0061】
本発明の他の実施形態において、前記生物試料は、バックグラウンドに、所望の成分から分離しにくい複数の成分を含む。
【0062】
一方で、本発明は、質量分析計を利用して試料を分析する方法を提供し、以下の手順を含む:
(a)イオンのm/z、クロマト時間及び質量ピーク強度に関連する情報を含むバックグラウンドデータセットを得る;
(b)少なくとも第一質量スペクトル収集機能を利用して、試料の質量スペクトルを分析する;
(c)クロマト時点における第一質量スペクトル収集機能の原質量スペクトルを収集し、ここで、前記原質量スペクトルはクロマト時点において検出されたイオンのm/z及び強度情報を含む;
(d)バックグラウンドデータセットにおいて、クロマト時間及びm/z座標のデータ区域の限定を行う;
(e)第一手段を利用して、バックグラウンドデータセットの対応区域にあるイオン情報に基づいて該クロマト時点における原質量スペクトルにあるイオンを減算する;及び
(f)該クロマト時点以降、第二手段を利用して第二データ依存型収集機能のイベントを決定し、ここで、前記第二手段は、第一質量スペクトル収集機能の現時点バックグラウンド減算済み質量スペクトル情報に基づき、前記イベントを決定するための計算指令を含む;このため、所望でない成分のイオン信号が、第一質量スペクトル収集機能の現時点バックグラウンド減算済み質量スペクトルから実質的に減算され、且つ試料に所望の成分のイオンを顕在化させるため、所望の成分に対して選択性及び高敏感なデータ依存式収集を行うことを実現する。
【0063】
本発明の一実施形態において、前記限定手順は、該クロマト時点の原質量スペクトルにあるイオンを中心としたクロマト変動時間窓及び質量精度窓を適用することを含む。
【0064】
本発明の他の実施形態において、該方法は更に、該クロマト時点の原質量スペクトルにあるイオン中心としたクロマト変動時間窓及び質量精度窓を適用する前に、これらの窓を指定することを含む。
【0065】
本発明の他の実施形態において、前記試料は生物試料である。
【0066】
本発明の他の実施形態において、前記生物試料は活性薬用成分或はその代謝物を包含する。
【0067】
本発明の他の実施形態において、前記生物試料は、乱用薬物、代謝物、医薬品、法医化学品、農薬、ペプタイド、蛋白質及びヌクレオチドから選択される所望の一つ以上の成分を含む。
【0068】
本発明の他の実施形態において、前記生物試料は、バックグラウンドに、所望の成分と分離しにくい複数の成分を含む。
【0069】
一方で、本発明は試料分析システムを提供する。該システムは、試料内の成分イオンを分離するための分離モジュールと、該試料成分のイオンを検出するための質量分析計と、データ依存式収集モジュールと、及び本願に開示される実施形態の方法を前記システムに実行させるように構成され、バックグラウンド減算モジュールを備えるシステムコントローラーと、を含む。
【0070】
本発明の一実施形態において、前記試料は所望の成分及び所望でないバックグラウンド成分を含み、且つ、前記所望でないバックグラウンド成分とバックグラウンド対照試料にある成分とが実質的に同じである。
【0071】
他の側面或は実施形態は、他の部分においてより詳細に説明される。当業者に理解されるように、本発明の他の実施形態は、本願に開示された実施例の何れか適切な組合せを包含する。
[術語の定義]
本願に使用される術語「質量スペクトル」は、所定のクロマト時点における質量スペクトル情報を指し、m/z及びイオン信号に関連する強度属性を含む。(強度属性が相対形式或は絶対形式で表示できる)
本願に使用される術語「走査」は、あるクロマト時点の収集或は他の動作イベントを指し、例えば、あるクロマト時点に質量スペクトルの収集イベント、或は試料収集装置(sample device)があるクロマト時点にクロマト流出物に対して動作するように指示するイベント(例えば、或は該試料収集(サンプリング)装置のスイッチをオン・オフする)。
【0072】
本願に使用される術語「走査機能」は、分析中で行う質量スペクトル収集の類型(或は他の収集/動作、クロマト流出物の非質量スペクトルに対する動作を含む)を指す。この分析過程で、一つ以上の走査機能を具備できる。例えば、データ依存式作動フロー中で前駆イオン収集(PIA)走査機能及びデータ依存式収集(DDA)走査機能が存在できる。各走査機能が複数の走査イベントを備え、且つこれらの走査イベントに通常、連続の走査番号(例えば、1、2、3、4等)を付する。通常の場合には、走査機能を付するこれらの走査イベントの走査番号が、これらの走査イベントのクロマト時間特性に関連し、且つこれらのクロマト時間特性を表す。データ依存式の作動フロー中で、DDA機能の走査イベントは、通常PIA機能の走査イベントに続く。例えば:PIA1/DDA1、PIA2/DDA2、PIA3/DDA3、PIA4/DDA4、PIA5/DDA5、……;或はPIA1/noDDA1、PIA2/noDDA2、PIA3/DDA1、PIA4/noDDA、PIA5/DDA2、……;等々。
【0073】
本願使用の質量スペクトル収集機能の術語「データ」及び「データセット」は、該走査機能による質量スペクトル情報を指し、通常、イオンのクロマト時間、m/z及び信号強度属性(相対形式或は絶対形式で表示)を含む。
【0074】
本願に使用される術語「データ依存式収集機能」は、走査イベントが「親」質量スペクトル収集機能(通常、前駆イオン収集機能と称される)のデータセットの現時点における情報に基づいて実行される質量スペクトル収集機能或は非質量スペクトル機能(例えば、サンプリング)を指す。この質量スペクトル機能のデータ依存式収集機能はMS/MS収集機能を含むが、これに限定されない。
【0075】
MS/MS収集機能は、直列質量スペクトル走査機能とも称され、先ず質量分析計にある特定前駆イオンを選択し、それを活性化及び粉砕させた後、特定の前駆イオンのフラグメントイオン(または、プロダクトイオンとも称する)を記録する技術である。
【0076】
本願に使用される術語「データ依存式MS/MS収集機能」は、DDA機能の方式(モード)を指す。そのモードでは、異なる前駆イオンのMS/MSデータを得るために、前駆イオン収集機能のデータへの検査に基準が応用され、いかなる前駆イオンが選択する価値があり、及び/或は後続のMS/MS走査イベントにどの前駆イオンが選択されるべきかをについて、どの瞬間においてもリアルタイムで判断される。
【0077】
本願に使用される術語「バックグラウンドデータ」は、前駆イオン収集走査機能のデータセットとは異なる、前駆イオン収集走査機能でのリアルタイムのデータセットバックグラウンド減算を実現するために(バックグラウンド減算モジュールに)入力されるデータセットである。バックグラウンドデータは、通常、同等のイオン信号が前駆イオン収集走査機能のデータセットに存在する場合、データ依存式収集を発動する目的には所望ではないm/z及びイオン信号の強度属性を含む。
【0078】
本願に使用される術語「バックグラウンド減算」は、前駆イオン収集走査機能のデータセットとバックグラウンドデータとをリアルタイムに対比演算することで、所望でないイオン信号を削減/解消し、且つこれにより所望のイオン信号について関連データ依存式収集を行うことを顕在化/強調することを指す。ここで、前記リアルタイム対比演算は、本発明の一部の実施形態に示されるように、通常、強度減法、強度除法、イオン信号ゼロ消去(zeroing−out)、或はいかなる他の計算式演算或はそれらの変型を包含するがこれに限定されない。
【0079】
本願に使用される術語「バックグラウンドデータを試料データセットから減算する手段」は、以上に記載された「バックグラウンドデータを減算する」方法或はシステムを含む手段を指す。
【0080】
本願に使用される術語「現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトル」は、直近のクロマト時点の前駆イオン収集機能による質量スペクトルからバックグラウンドを減算する演算により得られる出力データを指し、該クロマト時点に処理されたイオン信号のm/z及びそれに関連する強度属性(相対形式或は絶対形式で表示される)を含む。
【0081】
本願に使用される前駆イオン収集機能についての術語「バックグラウンド減算データセット」(「新規質量データセット」或は「バックグラウンド減算済みの質量スペクトル情報」とも称される)は、時間的属性に従って、現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトルまで、前駆イオンの収集機能のバックグラウンドが減算された、質量スペクトルの全て或は一部を指す。
【0082】
本願に使用されるバックグラウンド減算データセットについての術語「現時点の強度の最高な質量信号」は、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルのイオン信号であり、これらのイオン信号に関連する強度属性が、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルのイオン信号のうち最高のものを指す。
【0083】
本願に使用される「動的排除リスト」は、従来のDDA技術を指し、該技術では、直近に発動されたデータ依存走査を備える前駆イオンのm/z情報が臨時排除リストに記憶され、該情報により近い時間内に現れる同強度のイオンを連続に選択することを防止し、これにより該リストに現れない他の前駆イオン(通常、質量スペクトル中の低強度のイオン)がデータ依存式収集のために選択される機会を有することを可能にする。
【0084】
本願に使用される術語「動的バックグラウンド信号排除法」は、既存のDDA技術を指し、該技術では、前駆イオン収集機能のデータセット内のイオン信号の急上昇或は独特属性が特徴的であり、データ依存式収集(US7351956,US7297941或はKohli等,Rapid Commun. Mass Spectrom.,2005,19:589−596)を発動するために使用され、且つこれにより、より多くのイオンにデータの依存式収集を発動する機会を提供する。
【0085】
本願に使用される術語「基準ピーク強度」は、質量スペクトル中のイオン信号の最高強度値を指す。本願に使用される術語「基準ピークイオンクロマトグラム」或は「BPI」は、質量スペクトル収集機能によるデータセットの時間分布(temporal profile)を指し、クロマト時間尺度に沿った基準ピーク強度の時間変化を記述する。基準ピーク強度の変化の急上昇属性或は特有属性は、例えば米国特許第7297941号に開示された、単独イオン信号の急上昇属性或は特有属性を特徴付ける同様の方式により特徴付けられる。
【0086】
本願に使用される術語「総イオン強度」は、質量スペクトル中の全てのイオン信号強度の総和を指す。本願に使用される術語「総イオンクロマトグラム」或は「TIC」は、質量スペクトル収集機能からのデータセットの時間分布を指し、総イオン強度随着クロマト時間尺度における時間変化を記述する。総イオン強度の変化の急上昇属性或は他の特有属性は、例えば米国特許第7297941号に開示された、単独イオン信号の急上昇属性或は特有属性を特徴付ける方式と類似する。
【0087】
本発明よる術語「データ依存式収集手段」は、前駆イオン収集機能による「バックグラウンド減算データセット」(「新規質量データセット」或は「バックグラウンド減算済みの質量スペクトル情報」とも称される)を利用して少なくとも一つのデータ依存収集機能のイベントを媒介する手段を指す。このため、該手段は、全面的に如何なる前駆イオン収集機能の質量スペクトル情報を利用してデータ依存式収集/動作イベントを執行するように指示する方法或はシステムを含む。
【0088】
本願に使用される術語「検定試料(test sample)」は、少なくとも一つの「データ依存性収集機能」を含む分析の対象である何れかの被分析試料を指す。
【0089】
本願に使用される術語「所望の成分」は、分析目的のために対象とする検定試料内の検体を指す。本発明によれば、所望の成分のイオンに対して、バックグラウンドデータ(対応する時間及びm/z部分)内のそれらと同等のイオンの信号は通常存在しなく、或は顕著に比較的低い強度で存在する。検定試料にある「所望の成分」の例は、医薬品、薬物代謝産物、分解物、不純物、蛋白質、ペプタイド、脂質、糖、酸、塩基、汚染物、工業化学品、乱用薬物、農薬、法医化学品及び生体異物等を包含する。
【0090】
術語「所望でない成分」は、検定試料中の「所望の成分」と対立する成分であり、これらの成分と同等なイオン信号も通常、比肩するレベルでバックグラウンドデータに存在する。
【0091】
本願に使用される術語「生物試料」とは、示例的な類型の「検定試料」であり、生物化学物質或は関連の資源(胆汁、尿液、血漿、体液、糞便、組織或は細胞ホモジネート、微粒或は酵素孵化物、植物或は野菜提出物、天然プロダクト提出物、調合剤或は担体等を包含するがこれらに限定されない)に由来の「所望でない成分」を含む。
【0092】
図1a〜図1cは、バックグラウンドを減算して媒介されるデータ依存式収集手段100の典型的な基本要素を示す。図1aに示す一実施形態において、該手段は、質量分析計120に連結する分離モジュール110、及びこの制御分離モジュール110及び質量分析計120にそれぞれ用いられるシステムコントローラー130を含む。入力/出力(I/O)手段140(通常、例えばキーボード或は制御ボタンである入力部品と、例えばディスプレイである出力部品とを包含する)は、コントローラー130に操作可能に接続される。更に、データメモリー150が提供される。質量分析計120は、データ依存式質量スペクトル収集(例えばMS/MS収集)を行うためのDDAモジュール160aを好適に含む。システムコントローラー130は、一連の制御データ依存式収集用の指令の一群を計算及び限定することに適応されている。コントローラー130は、バックグラウンド減算済みの質量スペクトルを取得するためにデータ依存式収集を媒介するように構成されたバックグラウンド減算モジュール170を好適に含む。データメモリー150は、バックグラウンド減算モジュール170により取り出されるバックグラウンドデータを有するバックグラウンドメモリー180を含む。
【0093】
質量分析計120は、本分野に既知の飛行時間質量分析器或はフーリエ変換型(OrbitrapTMを包む)質量分析器を含む、比較的高い質量分解能を備える質量分析器を好適に含む。分離モジュール110は、液体クロマトグラム(LC)、ガスクロマトグラム(GC)、毛細管電気泳動(CE)或は他の時間差異の方式で試料の成分を分離して溶出する装置である。コントローラー130は、如何なる本願の前記目的を実現するデータ収集及び処理に適したシステム或は装置を含む。例えば、コントローラー130は、プログラミング済み或はプログラミング可能な通常用途或は特殊用途のコンピュータ、或は他の関連プログラミング及びデータ収集制御装置を備える自動データ処理手段を含んでよい。自動データ処理手段は、例えば、一つ以上の自動化データ処理チップを含んでよく、適切にコード化された構造化プログラミングにより自動化及び/或はインタラクティブ制御を実現することに適用され、一つ以上のアプリケーション及びオペレーティングシステムプログラム、及び何れかの必要な或は理想的な、揮発型或は持久型の記憶媒介を含む。
【0094】
本発明の一実施形態において、前記データ依存式質量スペクトル収集は、質量分析計120にあるDDAモジュール160aにより実行されるMS/MS収集である。本実施形態によるDDAモジュール160aは、例えばMS/MS収集を行うイオントラップ或は衝突セルイオン選択及びフラグメンテーション装置を含む。前駆イオンの選択及びそれらのフラグメンテーション及びプロダクトイオンについての記録を含むMS/MS収集のイベントは、コントローラー130により計算及び定義される一連の指令により制御される。このコントローラーでは、一部の指令は、バックグラウンド減算モジュール170において得られた現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトル情報に基づいて計算及び定義される。
【0095】
本発明の他の実施形態において、質量分析計120内のDDAモジュール160aを介して行われるデータ依存式質量スペクトル収集は、MS/MS収集機能と異なる質量スペクトル収集機能である。例えば、本発明の一部の実施形態において、データ依存式収集機能は、イオン生成の反対モード(例えば、負イオン化と正イオン化)或はイオントラップ装置で行うMSn収集である。データ依存式収集のイベント、例えば収集の発動の決定及び収集の完成方式は、コントローラー130で計算及び定義された一連の指令により制御される。該コントローラーでは、一部の指令は、バックグラウンド減算モジュール170における現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトル情報を用いて計算及び定義される。
【0096】
図1bの示すような本発明の他の実施形態において、装置100は、質量分析計120の外側に位置するDDAモジュール160bを含み、質量分析計120の内部にDDAモジュール160aがあるのではない。データの依存式収集は、DDAモジュール160bにより質量分析計120の外部で行われる。分離モジュール110は、クロマトグラム溶出物分流器を介して、質量分析計120及びDDAモジュール160bの両方にそれぞれ連結する。システムコントローラー130は、質量分析計120及びDDAモジュール160bに連結することで、質量分析計120及びDDAモジュール160bを制御する。データ依存式収集機能は、DDAモジュール160bにより行われるクロマトグラム流出物のデータ依存式サンプリング或は他の分析である。データ依存式サンプリング機能のイベントは、クロマトグラム流出物のサンプリング或は廃棄を決定するタイミングを含み、コントローラー130において計算及び定義される一連の指令により制御される。該コントローラーでは、一部の指令は、バックグラウンド減算モジュール170において得られた現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトル情報に基づいて計算及び定義される。本発明の一実施形態において、DDAモジュール160bは、質量分析計120と分離した手段であり、分離モジュール110からのクロマトグラム流出物のサンプリング或は他の分析を行う。例えば、本発明の一実施形態において、それは異なる類型の質量スペクトル収集の第二質量分析計を行い、例えば、イオン化極性の反対モードである。本発明の他の実施形態において、それは、所望の溶出成分の収集及び後続の分析のための複数ウェルプレート形態或は単体バイアル形態の分取装置である。図1dは、システムコントローラー130にそれぞれ連結する流出物分流スイッチ及び移動式成分収集装置を含むかかる分取装置の一つを示す。クロマトグラム流出物のサンプリング或は廃棄の決定は、コントローラー130において計算及び定義された一連の指令により制御及び協調される。本発明の他の実施形態において、それは、所望の溶出成分を核磁気共鳴(NMR)分析に引導する分流装置である。本発明の他の実施形態において、それは、所望の溶出成分をマトリックス支援レーザー脱離及びイオン化(MALDI)のプレート上に位置決めするための位置決め(スポッティング)装置である。
【0097】
図1cの示すような本発明の他の実施形態において、本発明によるバックグラウンド減算が媒介されるデータ依存式収集のための装置100は、質量分析計120内に位置するDDAモジュール160a及び質量分析計120外側に位置するDDAモジュール160bを含み、更にこれらの部品間の前記の全ての接続部を有する。DDAモジュール160aによるデータ依存式質量スペクトル収集機能(例えばMS/MS収集)及びDDAモジュール160bによるデータ依存式サンプリング或は他の機能は、バックグラウンド減算モジュール170において得られた現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトル情報に基づいて実行される。
【0098】
図2は、バックグラウンドデータを取得する好ましい実施形態の手順を示し、全般的に手段200と称する。これらの手順は、バックグラウンド減算を介するデータ依存式収集の分析周期開始の前に、同じ装置100により実行されることが好ましい。手順202では、データ依存式収集を利用して分析したい検定試料(test sample)に対して、一つ或はいくつかのバックグラウンド試料が得られる。バックグラウンド試料には、大部分或はほとんど全ての所望でない成分(例えば、試料マトリックス成分)が包含されると予想され、少量の所望の成分は、一切ないか或は顕著に比較的少量に含まれる。バックグラウンド試料は、検定試料に存在しない他の成分を包含或は包含しない場合がある。
【0099】
手順204では、装置100を利用してバックグラウンド試料を分析することで、m/z値及びバックグラウンド成分用の被検出イオンの強度を含む一連の分析用クロマトグラム時間座標(time scale)に沿う質量スペクトルを取得する。質量スペクトルデータが高分解能モード(例えば、3000Daまでの質量範囲の質量スペクトル分解能>10,000)で取得されることが好ましい。分析稼働におけるデータセット内の同成分の測定抽出質量m/z値は、通常、所定の質量精度範囲内(例えば、10ppm以内)である。このような判定基準は、OrbitrapTMを含む、飛行時間(ToF)型或はフーリエ変換(FT)型の質量スペクトル分析計器により実現される。この外、分析稼働間で成分のクロマトグラム溶出時間が変動する可能性があり、異なる成分の変動が同じ長さ或は同じ方向であったりそうでなかったりする可能性があるが、それらは通常一つのクロマトグラムの変動時間範囲内(例えば、0.3分を下回る)にある。重要なことは、適する場合にはバックグラウンド試料の分析及び検定試料の後続分析について、成分の分離条件及び質量スペクトル条件を同一或は類似に保持することである。こうすることで、分析稼働間のイオン信号が、クロマトグラム時間及びm/z座標について比較可能となり、下記に述べられるように、リアルタイムで検定試料のバックグラウンド減算されたMSスペクトルを取得するための質量精度窓及びクロマトグラム変動時間窓が定義される。さらに、重要なことは、適する場合には、バックグラウンドデータセットの収集及び検定試料の前駆イオンデータセットの収集について、質量スペクトル収集機能が同一或は等同に保持することである。こうすることで、これら二つのデータセットにある所望でない成分が、バックグラウンドの減算を有効とする類似のイオン集団数とする。例えば、本発明の一実施形態において、これら二つのデータセットは、前駆イオンフラグメンテーション装置を起動することなく、正常のMSスペクトル収集機能で取得されるので、成分の分子イオンを大部分に含む。または、他の実施形態において、これら二つのデータセットは、例えばインソースフラグメンテーションまたはMSにより非特定のフラグメンテーション収集機能を利用して取得されるので、成分の非特定フラグメンテーションイオンを大部分に含む。
【0100】
手順206では、収集された質量スペクトルとそれに関連するクロマトグラム時間情報が、典型的にバックグラウンドデータとしてバックグラウンドメモリー180に記憶される。本発明の一実施形態において、リアルタイムのバックグラウンド減算に使用される時、より速いアクセス及び計算の目的でデータセットを減少するために、選択的にバックグラウンドデータについて追加の処理が行われる。例えば、本発明の一実施形態において、バックグラウンドデータに対してノイズ及び/或はピーク電位除去アルゴリズムの処理を行う。これは、走査イベント(即ち、クロマトグラム時点の走査)における何れかのイオンを単に除去することでなされる。この時、これらのイオンの質量精度窓内の相当するm/zイオンは、その処理前後の直近の走査イベントのデータ(米国特許出願第20100213368号明細書)に存在しない。或は、前記処理は、例えば、窓化質量選択方法(Flemingら、J. Chromatogr. 1999; 849:71−85)等の他のアルゴリズムによりなされる。例えば、本発明の他の実施形態において、バックグラウンドデータの簡略型は、原バックグラウンドデータセットの全体を表現するデータサブセットを抽出することで取得され、簡略化されたデータセットがバックグラウンド減算データ依存式収集に用いられる。例えば、1つおきの走査でのバックグラウンドデータの質量スペクトルがスキップされる。このような処理が現実的である理由は、通常の場合には質量分析計のサンプリングスピードが十分に速く、複数の隣接走査において同一マトリックス要素の検出を可能とし、一つおき或は二つおきの隣接の走査をスキップしても識別及び減算する能力に影響しないためである。本発明の範囲を逸脱しない範囲で、バックグラウンドデータセットの処理及び/或は減少に利用できる多くの方法があると解される。例えば、バックグラウンドイオンのm/z、強度及び保留時間情報を表現するために、データを異なる形式(例えば、アレイ形態)に変換することで、より速いアクセス及び計算を達成できる。
【0101】
方法200の代りに、バックグラウンドデータは、他の方法或は資源により取得される。例えば、データ内の成分の保留時間及びm/z情報が、装置100により取得され、全般的にそれらの予期値の典型的なクロマトグラム時間変動窓及び質量精度窓内に収まる限り、履歴/保存用データ、及び/或は、装置100と完全に同じではないクロマトグラム/質量スペクトルシステムからのデータが利用される。または、バックグラウンドデータは、検定試料データ内に存在すると知られている所望でない成分について人工的に合成される。例えば、本発明の一実施形態において、成分のm/z値、保留時間範囲及び強度範囲は、従来の知識データベース或は文献に基づくデータアレイに指定される。本発明の一実施形態において、保留時間範囲は、モデルピーク幅(例えば、ガウスピーク幅)である。本発明の他の実施形態において、それは、連続的なバックグラウンドとして成分を定義するために意図された分析のクロマトグラム継続時間の全体或は大部分である。本発明の他の実施形態において、強度範囲は、モデルピークの形状(例えば、ガウスピーク形)であり、及び/或は有限強度値により特定される。本発明の他の実施形態において、それは、非限定的な値であり、或は、成分をデータ依存式収集の発動から排除する類似な方法で限定される値である。本発明の一部の実施形態において、異なる資源からのバックグラウンドデータが結合される。例えば、手順200の取得データが、人工合成データと結合される。
【0102】
図3を参考すると、コンピュータスクリーン302の例示的なスクリーンショット300が示されている。該スクリーンショットは、同様にI/O装置140のディスプレイにも表示される。
【0103】
図4は、検定試料についてデータ依存式収集を媒介してリアルタイムにバックグラウンド減算データを取得するための、全般的に手段400として参照される方法の実施形態の基本手順を開示し、分析期間中装置100により好適に実行される。データ依存式収集を媒介するリアルタイムのバックグラウンド減算の目的ではないが、収集後のデータ処理によりバックグラウンド減算データを取得する類似の手順は、従来開示されており(例えば、Zhangら、J. Mass Spectrom. 2008, 43: 1181−1190; US 2010/0213368)、他の実験室において容易に再現されている(例えば、Zhuら、Rapid Commun. Mass Spectrom. 2009, 23: 1563−72)。これら文献の全文が、引用の方式で本願に組み込まれると解される。
【0104】
手順402で、通常検定試料の分析期間開始前、ユーザは、保留時間変動窓、m/z精度窓及び強度減算方法を決定し、これらおよび関連パラメータをI/O装置140(例えば、スクリーン302に示されるフィールド304、306及び308)によりバックグラウンド減算モジュール170に入力する。
【0105】
特定された保留時間変動窓(即ち、クロマトグラム変動時間窓)は、クロマトグラム/質量スペクトルシステム100の分析稼働間に予測されるクロマトグラム時間変動の範囲に基づき、本発明の一実施形態では、分析稼働間のクロマトグラム時間変動の典型な多様性に適応できる値として設定される。例えば、該値は、最大の既知クロマトグラム時間変動の二倍である。他方、異なる試料分析稼働間の成分のクロマトグラム時間変動が一般的に0.3分より小さい(異なる試料についての稼働間の同じ成分のトップピーク時間により測定)場合には、±0.3分のクロマトグラム変動時間窓が好ましいが、他の範囲も可能であると解される。通常、時間窓を過度に広げる(例えば、>100×最大既知時間変動)必要はない。時間窓が広過ぎると、検定試料内の所望の成分を誤って減算する可能性を増大させ、そのデータ依存式収集に不利な影響を与える。
【0106】
特定されたm/z精度窓は、クロマトグラム/質量スペクトルシステム100の予期質量測量精度範囲に基づき、本発明の一実施形態では、分析稼働間で典型的な質量測量精度に適応できる値として設定する。例えば、該値は、最大既知質量測量精度の2倍である。他方、異なる試料分析間の成分の質量精度が全般的に10ppmを下回る場合には、質量精度窓は、±10ppmとして設定することが好ましいが、当業者により他の範囲も可能であると解される。通常、質量精度窓を過度に広く(例えば、>100×最大既知質量測量精度)設定する必要はない。質量精度窓を過度に広く設定すると、検定試料内の所望の成分を誤って減算する可能性を増大させ、そのデータ依存式収集に不利な影響を与える。
【0107】
本発明による例示的な実施形態において、スクリーン302にあるフィールド308に示すように、強度減算方法は、強度増幅係数の適用である。下により詳細に説明するように、強度増幅係数が指定される時、バックグラウンドデータの指定区域にあるイオンの最大強度が、検定試料質量スペクトルにあるイオンの強度から減算する前に、所定の強度増幅係数に乗算される。バックグラウンドイオン強度のそのようなスケーリングは、検定試料とバックグラウンド試料とにあるマトリックス成分量が異なる典型的な場合において、バックグラウンドイオンを有効に除去することに資する。本発明の一実施形態において、強度増幅係数は、試料マトリックス成分或は他の所望でない成分の試料間強度(或は数量)差異の程度の感知に基づいて設定される。本発明の一つの好適な実施形態では、該強度増幅係数が2に設定されるが、当業者には他の値(例えば100)も可能であると解される。通常、増幅係数を過度に大きく(例えば、10,000を上回る)設定する必要はない。強度増幅係数が過度に大きく設定される場合には、バックグラウンドデータに少量の所望の成分だけが存在することになり、所望の成分の信号の顕著な減少となり、そのデータ依存式収集に不利な影響を与える可能がある。
【0108】
一つの代替実施形態において、強度減算方法が他の形式に体現される:例えば、増幅係数を用いずに強度減算を行う、それらの強度に関わらずバックグラウンドデータの指定区域内の等同なイオンの存在にのみ基づいて検定試料MSスペクトル内のイオンを直接的にゼロにする、或は、強度差異の対比を行ってそれを比率或は百分率の形式で表す。以下により詳細に説明する。
【0109】
手順404で、典型的にI/O装置140(例えば、スクリーン302にあるフィールド310)を介して、検定試料分析用の適切なバックグラウンドデータが指定される。システムコントローラー130は、通常、バックグラウンドメモリー180から指定されたバックグラウンドデータを読み出し、そしてそれらをバックグラウンド減算モジュール170によりアクセス可能にする。本発明の好適な一実施形態において、検定試料の分析周期の開始前に、指定されたバックグラウンドデータがコントローラーのメモリーに読み出され、そして、供給されたバックグラウンドイオン情報が、高速計算目的に適合するフォーマット、例えば保留時間及びm/z座標に沿ったアレイに設置される。前記最適な実施形態に対して、本発明の思想を逸脱しない多くの代替実施形態が存在すると解される。例えば、一実施形態において、検定試料分析の開始前にバックグラウンドデータセットの全体を供給することなく、検定試料分析のクロマトグラム時間の経過と共に、一部のバックグラウンドデータが動的にコントローラーの記憶バッファに供給される。本発明の一実施形態において、供給されたバックグラウンドデータは、アレイフォーマットと異なるフォーマットに配列されるが、依然として保留時間及びm/z座標に沿って計算する要求を満たす。本発明の一実施形態において、手順206について前述のものと類似のバックグラウンドデータを処理するさらなる工程が(手順206で行わなかった場合)、簡略化型バックグラウンドデータセットを抽出し、或はデータにあるランダムノイズを除去するために、このステップで適用される。
【0110】
手順406で、ユーザは、通常、検定試料の分析周期を開始するコマンド(通常I/O装置を利用)を入力し、コントローラー130は、該コマンドを取得した後、試料中の成分のクロマトグラム分離を起動し、第一質量スペクトル収集機能を起動してクロマトグラム時間座標に沿って溶出成分のイオンを記録するようにプログラムされている。分離モジュール110からの溶出成分が質量分析計120内で電離され、一連の質量スペクトルが、通常、分析周期の期間内、例えば0.01〜10秒の範囲の短時間において取得される。第一質量スペクトル収集機能(「前駆イオン収集機能」とも称される)の各質量スペクトルは、クロマトグラム時間座標に従って該機能の各クロマトグラム時点で検出された成分の全てのイオンについてm/z値及び強度の記録を行う。以下の手順により詳細に説明されるように、通常、第一質量スペクトル収集機能の走査イベントがある時点に完成される時、該機能の質量スペクトルデータは、一バックグラウンド減算アルゴリズムを利用して直ちに処理され、第二データ依存式収集機能の走査イベントを行うか及びそれをどのように行うかを確定するためにリアルタイムで評価される。第二データ依存式収集機能に加えて、追加的な収集機能も分析周期内に包含される。本発明の一実施形態において、更なる収集機能の走査イベントと第一質量スペクトル収集機能の走査イベントとが交錯する。例えば、一実施形態において、非特定フラグメンテーションの収集機能(Zhangら、 Anal. Chem., 2009, 81:2695−700.)が、検定試料の溶出成分にある非特定のフラグメンテーション質量スペクトルを記録するために含まれる。本発明の一実施形態において、第一質量スペクトル収集機能の原質量スペクトルデータの複写が、データメモリー150に保存される。一代替実施形態において、第一質量スペクトル収集機能が予備走査機能であり、このため、取得した質量スペクトルデータが、永久保存されることなく一時的にのみコントローラー130のメモリーに記憶される。
【0111】
手順200により取得されるバックグラウンドデータと同様に、第一質量スペクトル収集機能の質量スペクトルデータが、好ましくは高分解能の方式で収集される。さらに、データを収集するために用いられる成分分離条件及び質量スペクトル条件が、適切な場合には、バックグラウンドデータを取得するための条件と同じ或は相似になることが好ましい。そうすることで、異なる試料分析稼働の間のイオン信号が、クロマトグラム時間及びm/z座標において比較可能となると同時に、手順402で指定された質量精度窓及びクロマトグラム変動時間窓は、バックグラウンドデータ及び検定試料の第一質量スペクトル収集機能のデータに共通に存在する成分のイオンを特定するために意義がある。
【0112】
手順408で、バックグラウンド減算モジュール170は、手順402で指定されるm/z及び保留時間窓を利用して、検定試料の第一質量スペクトル収集機能による質量スペクトルにあるイオンを中心としたバックグラウンドデータの区域を限定する。本発明の一実施形態において、バックグラウンドデータの区域を限定する方式は、米国特許出願第2010/0213368号明細書中記述の方式と類似する。例示的な実施形態において、第一質量スペクトル収集機能がクロマトグラム時点における検定試料の質量スペクトルの収集を完成すると、バックグラウンド減算モジュールが、特定時間窓の中心、例えば相対的に該時点を中心とした特定時間窓内のバックグラウンドデータの区域を定義するために、クロマトグラム時間座標に沿って該クロマトグラム時点を中心にして手順402で指定されたクロマトグラム変動時間窓を適用する。このクロマトグラム時間範囲の限定境界内のバックグラウンドデータのみが、検定試料の質量スペクトルにあるデータとの対比に考慮される。更に、バックグラウンド減算モジュールはまた、正確なm/z値が指定される質量精度窓内に位置する、例えば相対的にイオン信号の正確な質量m/z値を中心とする、バックグラウンドデータのイオンの区域を限定するために、検定試料の質量スペクトルのイオン信号の各m/z値を中心に、手順402で指定された質量精度窓を適用する。m/z座標の限定された境界内のバックグラウンドデータのイオンのみが、検定試料質量スペクトル内の該m/z値のイオン信号に対する減算を発動するために考慮される。その正確な質量m/z値が限定されたm/z境界の外側にある、バックグラウンドデータ内のイオンは、考慮から除外される。
【0113】
一部の実施形態において、米国特許出願第2010/0213368号明細書に記載されるように、そして当業者に解されるように、計算冗余度を低下させて処理高速化を促進するために、保留時間窓及び質量精度窓は、一つ一つ連続的に或は同時に或は他の方式で、保留時間及びm/z座標内のバックグラウンドデータセットのアレイフォーマット或は他の適切なデータセットに構成される。手順402で指定された時間窓及び質量窓の適用は、検定試料質量スペクトルの各m/zデータポイントの指定保留時間及びm/z境界内のバックグラウンドデータに対する区域限定の結果となる。これは、バックグラウンドデータにもある共通の所望でない成分が、指定されるクロマトグラム変動時間窓内のそのクロマトグラム時間変動の程度にかかわらず検定試料質量スペクトルから取得されて減算されることを可能とすると同時に、質量精度窓外の関連しない同じ質量の成分が、検定試料質量スペクトル内の所望の成分が誤って減算することを阻止する。
【0114】
本発明の好適な実施形態において、バックグラウンド減算の目的で、検定試料の質量スペクトルが、第一質量スペクトル収集機能の初期m/z範囲内にある全てのm/zデータポイントについて検査される。一代替実施形態において、そのm/z値が第二m/z範囲内となる検定試料質量スペクトル内のm/zデータポイントのみが、手順408、410及び412のバックグラウンド減算の対象とされる。この第二m/z範囲は、通常、初期m/z範囲より小さく、且つ該初期範囲内にある。例えば、初期m/z範囲が50−1500Thとすると、第二m/z範囲は150−1000Thである(Th又はThomsonは、m/z値の単位である)。第二m/z範囲は、通常、潜在的な所望の成分のm/z範囲の感知に基づいて確定される。第一質量スペクトル収集機能の第二m/z範囲は、通常、分析周期の開始前に手順402の一部として、I/O装置140(例えば、スクリーン302上のフィールド312を利用)を介してバックグラウンド減算モジュール170に入力される。
【0115】
手順410で、バックグラウンドデータの対応区域内(その保留時間及びm/z座標にあるm/z界限及び保留時間境界は、手順408で定義された)にある最大強度のイオン信号の検査及び確定に基づいて、そして指定された強度減算法を適用することにより、本方法は、検定試料質量スペクトル内のイオン信号についてバックグラウンド減算を実行する手段を提供する。バックグラウンドデータの限定区域の検査、及び検定試料質量スペクトル内のイオン信号の減算は、バックグラウンド減算モジュール170の機能の一部である。検定試料質量スペクトル中一つのイオン信号は、このイオンがバックグラウンドデータの限定区域内に現れない場合には、変化なくそのままに保持される。イオン信号がバックグラウンドデータの限定区域内に存在する場合には、検定試料質量スペクトル内の対応イオンについて、指定の強度減算法に基づいてバックグラウンドが減算される。
【0116】
本発明の示例的な一実施形態において、指定方法は、先ずバックグラウンドデータセットの限定区域内の最大強度イオンを確定でき、その後、該強度を検定試料質量スペクトルにあるイオン強度から減算できる。前記減算の正味の値がゼロより小さい場合には、検定試料質量スペクトル内のイオン強度を例えばゼロに設定し、或は、該イオンは検定試料質量スペクトルから廃除される。
【0117】
本発明の一つの好ましい実施形態により、手順402に示すように、バックグラウンドデータの限定区域にイオン信号の最大強度を増幅係数で拡大した後、それを検定試料質量スペクトルのイオン強度から減算する。
【0118】
一代替実施形態で、本方法は、強度を考慮することなく、対照試料データの対応限定区域にイオン信号があることのみに基づいて、検定試料質量スペクトルにある該イオン強度を直接的にゼロにできる。本方法は、持ち越される検定試料が無い場合や、対照試料内に所望の成分がない場合等特定の状況に適用されうる。
【0119】
当業者が理解できるように、設計及び応用されうる強度減算方法に多くの変形があり、したがって、バックグラウンドデータの対応限定区域にあるイオン情報に基づく検定試料質量スペクトル内イオン信号を減算する方法にも多くの変形がある。これらの方法は、本発明の範囲内である。
【0120】
手順412で、第一質量スペクトル収集機能の初期m/z範囲或は所定の第二m/z範囲内の全てのm/zデータポイントに対して手順410を完了した後、本方法は、現クロマトグラム時点における検定試料のm/zデータポイントの現時点バックグラウンド減算済み強度リストを記録する。このm/z及び強度情報のリストが、本願における該時点の検定試料の「現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトル」と称され、そして、該情報は、後続データ依存式収集走査イベントを媒介するためのリアルタイムの決定のために、通常、システムコントローラー130のメモリーに保持される。選択的に、一実施形態において、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルの複写とそのクロマトグラム時間情報とが共に、永久的な検定試料分析データセットの一部としてデータメモリー150に保存される。信号が指定クロマトグラム変動時間窓及び質量精度窓内のバックグラウンドデータ限定区域内に現れないイオンについては、それらの原強度が、それらのm/z値と共に直接的に現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルに記録される。本発明の例示的な実施形態により、強度値がゼロとなるイオンはゼロに記録され、或は該m/zデータポイントはバックグラウンド減算済み質量スペクトルから除去される。
【0121】
図5には、クロマトグラム時点における検定試料の現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルを取得する一例が示されている。長い垂直矢印は、クロマトグラム時間座標を示す。短い水平中空矢印は、収集質量スペクトルが収集された時点を示す。示された各質量スペクトルにおいて、イオン強度がy軸上に描かれ、イオン信号のm/z値がx軸上に描かれている。図5aは、クロマトグラム時間tにおいて検定試料の第一質量スペクトル収集機能から収集された現時点の質量スペクトルを示す。説明目的のため、図5aの質量スペクトルは、三つのm/zデータポイントa、b、cのみを包含する。図5bは、クロマトグラム時点tを中心にする指定クロマトグラム時間窓δt内のバックグラウンドデータ区域を示す。説明目的のため、図5bは、該区域にクロマトグラム時間座標に沿った異なるクロマトグラム時点(例えば、〜t−δt、〜t及び〜t+δt)における三つのバックグラウンド質量スペクトルを包含する。図5aの短い水平二重矢印は、図5aのイオンを中心にして適用される質量精度窓の幅を示す。図5bの同じ短い水平二重矢印は、図5bに示すようなバックグラウンドデータ上に限定された対応m/z境界を示す。対応する限定m/z境界内のイオン情報を検査することにより、図5aにあるイオンa及びcそれぞれが、図5bにそれらの同等なイオン信号を備える一方、図5aにあるイオンbが、図5bに対応するイオン信号を備えないことが確定される。バックグラウンドデータ内のイオンaの最高強度はRT〜t−δtのスペクトル内にあり、バックグラウンドデータ内のイオンcの最高強度はRT〜t+δtのスペクトル内にある。本強度減算方法が強度増幅係数2を限定区域にあるバックグラウンドイオンの最高強度に適用すると仮定した場合、RT〜t−δtにおけるバックグラウンドイオンaの最高強度及びRT〜t+δtにおけるバックグラウンドイオンcの最高強度に対して2を乗じ、そして乗算結果が図5aのイオンa及びイオンcの強度から減算される。このため、クロマトグラム時間tにおける検定試料のバックグラウンド減算済み質量スペクトルが図5cに示され、該図は、イオンa及びイオンcが減算されているので、イオンbだけを示す。図5cに示されたバックグラウンド減算済み質量スペクトル情報は、後続データ依存式収集イベントの決定に用いられる。後続DDAイベントは、図5aの原質量スペクトル内の所望でない成分、すなわちイオンa及びイオンcではなく、今度は検定試料内の潜在的な所望の成分であるイオンbに集中される。
【0122】
質量スペクトルについてバックグラウンドを減算する工程時間は、計算エンジンの性能、入力バックグラウンドデータのフォーマット、スペクトル内のm/zデータポイント数、クロマトグラム時間及び質量精度窓の設定、計算プラットフォーム、バックグラウンド減算に関連する操作を行うための言語及びコードを含む、いくつかの要素に依存する。平均計算性能及び典型なバックグラウンド減算パラメータ(例えば、0.3分のクロマトグラム時間窓及び10ppmの質量精度窓)を備える例では、典型的な質量スペクトルを処理する時間は数ミリ秒であるか或はより少なく、後続のデータ依存式収集イベントのリアルタイムでの決定に適合する。他の追加的な方法が、本発明の範囲を逸脱しない前提でより一層工程時間を改善するために使用されると解される。これらの方法は、以下のことを含むがこれに限定されない:(1)高い計算性能を備える専用バックグラウンド減算モジュール;(2)高速アクセス及び計算を可能にするアレイフォーマット或は他の手段で、バックグラウンドデータをコントローラーのメモリーに入力すること;(3)ノイズ及びデータポイントを減少するために、バックグラウンドデータを前処理すること;(4)改善された計算及び反復コード、言語、アルゴリズム等。
【0123】
本発明の他の実施形態により、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルは、データ依存式収集の意思決定目的に用いられる前に、他のデータ処理技術により処理されたり、或は追加的なデータ処理技術と結合されたりする。例えば、一実施形態において、現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトルが、データ依存式収集の媒介に用いられる前に、ランダムノイズの低減(例えば、質量精度窓内にある正確な質量が前の走査に現れない、何れかのイオンを除去することにより)、或は質量欠損フィルタリング(米国特許第7,381568B2号,米国特許第7,589318B2号)、或は同位体パターンフィルタリング(Zhu P等、Analytical Chemistry 2009,81:5910−7)、或は予め定義された質量包含リストのフィルタリングをそれぞれ行う。代わりに、検定試料の収集された質量スペクトルは、先ず、ノイズ低減及び/或は質量欠損フィルタリング及び/或は同位元素モードフィルタリング及び/或は質量包含リストのフィルタリング等の追加データ処理技術を利用して処理され、そして現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルを取得するために処理される。他のデータ処理技術とリアルタイムバックグラウンド減算方法との組合せは、一般的に、所望の成分の検出や、或は所望の成分の精錬された個体群の検出を促す。本願の他の部分において、「現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトル」或は「バックグラウンド減算済み質量スペクトル」或は類似術語は、他のプロセス、例えばノイズ低減、質量欠損フィルタリング、同位元素パターンフィルタリング或は質量包含リストのフィルタリングがデータに適用された可能性を暗示する。
【0124】
本発明によりデータ依存式収集を実行する方法は、少なくとも一つのデータ依存式収集機能のイベントを媒介するために、第一質量スペクトルデータ収集機能から取得された現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトル情報の使用を含む手段を備える。取得された現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルは、第二データ依存式収集機能の走査イベントを媒介するために、リアルタイムで第一質量スペクトルデータ収集機能の原質量スペクトルと置き換えられて使用されることが理解されるだろう。このため、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトル情報を利用してデータ依存式収集を媒介するための手段は、第二データ依存式収集の実行をリアルタイムで指示する第一質量スペクトルデータ収集機能から取得された質量スペクトル情報を利用する、如何なる従来或は今後開発される方法を含む。その中で一部の方法は既に商業計器ソフトウェア(例えば、XCalibur)に利用され、一部の方法は既に開示され(例えば、米国特許第7,351,956号及び第7297941号)、その全文は参照により本願に組み込まれる。さらに理解されるように、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルデータは、試料マトリックス及び他の所望でない成分の信号が除去され、元の未減算質量スペクトルデータと顕著に異なる。このため、バックグラウンド減算データは、データ依存式収集を媒介するために、バックグラウンド減算済みの質量スペクトル情報或は該情報の特徴及び/或はさらなる導関数を利用する、一部の新しい改善された方法を可能にする。本発明にかかるデータ依存式収集機能は、適時に分離モジュール110からの検定試料クロマトグラム流出物を処理するためのいかなる機能を含む。それは、質量スペクトルの収集機能、例えばサンプリング或は分取機能等の質量スペクトル計測に関連しない収集機能を含む。
【0125】
以下、本発明による現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトル情報を利用してデータ依存式収集を媒介する手段の実施形態を記載するが、その目的は説明するためである。当業者であれば本発明の範囲を逸脱することなく該手段のこれらの実施形態を変形或は代替できると解される。
【0126】
図6には、全般的に600として参照される手順の実施形態が示されており、該手順は、現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトルにある1又は複数の最大強度のイオンに基づいたデータ依存式MS/MS収集を行う。検定試料にある所望でない成分の充分な包括範囲を提供する適切なバックグラウンドデータにより、所望でない成分の信号は、通常、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルデータから除去される。したがって、それらは、所望の成分がデータ依存式収集を発動することを妨止できない。さらに、所望の成分そのものは、一般的に、典型的なよいクロマトグラム分離中の個別のピークとして分離される。このため、データ依存式収集の決定は、現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトル内の突出したイオンに基づき、これらのイオンは通常、現クロマトグラム時点における検定試料内の所望の成分に関連するイオンである。手順602で、あるクロマトグラム時点において現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルを取得する手順412の直後、コントローラー130は、現時点質量スペクトルを検査し、質量スペクトル内にバックグラウンド減算済みの強度の最高値を備える、一つ或は幾つかのm/zデータポイントを選択する。手順604で、コントローラー130は、選択されたm/zデータポイントに対応する一つ或は幾つかの前駆イオンについて試料収集を行うようにDDAモジュール160aに指示する。手順606で、これらの前駆イオンに対して、一つ或は幾つのタンデム質量スペクトル走査イベントが行われる。本実施形態において、強度閾値は、強度が閾値を下回るイオンについてデータ依存式MS/MSを回避するために通常必要とされない。その理由は、現バックグラウンド減算済み質量スペクトルにある最強度のイオンが、しばしば該クロマトグラム時点において溶出している所望の成分に関連するイオンであるためである。或は、その時刻に所望の成分が溶出していない場合、質量スペクトルに明らかなイオンがないからである。勿論、望まれる場合には、依然としてある強度閾値を設定できるが、通常、該閾値は計器のノイズレベルまで格別に低く設定されうる。
【0127】
一般的に、例えば手順600等のバックグラウンドを減算して媒介されるデータ依存式収集方法は、バックグラウンドを減算しない方法と比べて、所望の成分の前駆イオンがデータ依存式MS/MS収集を発動するために選択されるためのより多くの機会を提供する。このため、所望の成分のデータ依存式収集に対する検出感度が、特に検定試料にある低含有量の成分に対してより良い。さらに、手順600で示すような実施形態は、部分的なピーク若しくは一つ或は幾つかの個別の走査イベントのみを示す代わりに、所望の成分について取得されたデータ依存式MS/MSデータについてクロマトグラムピークの全体を示す機会を提供する。図7にはこの長所が示されており、図7aは、第一質量スペクトル収集機能からの各原未減算質量スペクトル内の最強度イオンのクロマトグラム時間スケールに沿ったプロファイルを表す、典型的な基準ピークイオン(BPI)のクロマトグラムを示す。図7bは、第一質量スペクトル収集機能からの各現バックグラウンド減算済み質量スペクトル内の最強度イオンを表す、典型なBPIクロマトグラムを示す。図7cは、第二質量スペクトル収集機能から収集された各データ依存式MS/MS質量スペクトル内の最強度イオンを表す典型なBPIクロマトグラムを示す。手順600を利用して、第一質量スペクトル収集機能の各バックグラウンド減算済み質量スペクトルにある最大強度のイオンを、後続MS/MS走査イベントにある各イベントを発動するための前駆イオンとして選択することで、データ依存式MS/MS質量スペクトルが取得される。図7cのデータは、データに依存する方式で図7bのデータの媒介を通して取得されたため、図7cにある成分のデータは、例えばピーク710c、720c、730c及び740cに関するクロマトグラム全体のピーク輪郭(profile)を示し、これらのピーク輪郭は、図7bに示されたピーク輪郭(即ち、ピーク710b、720b、730b及び740b)と類似する。クロマトグラム連続性を備えるピーク輪郭情報の利用可能性は、データを取り調べ、解釈或は定量化する研究者にとっては価値がある。例えば、ニュートラル・ロス・フィルタリング及びプロダクト・イオン・フィルタリング等のようなアルゴリズムを利用して、データ依存式MS/MSデータセットと前駆イオンMSデータセットとを関連付けることができ、さらに所望のフラグメンテーションパターンを備える特定要素を顕在化できる。さらに、データ依存式MS/MSデータセットのクロマトグラムプロファイルが、UV−クロマトグラム、放射クロマトグラム、或はさらなるデータ検索及び/或は関連付けのための試料分析から取得されたその他のプロファイルと関連付け及び/或は比較される。しかし、図7aにあるデータを利用してデータ依存式収集を媒介する場合には、所望でない成分からの競合が強い。そして、多数の従来DDA方法(例えば、動的リスト排除或は動的バックグラウンド排除)の目標は、所望の成分の強度が共溶出された所望でない成分に対して十分な競争力を備える場合に、所望の成分のデータ依存式MS/MS質量スペクトルを収集する機会を勝ち取るよう図ることである。したがって、所望の成分のためのデータ依存式MS/MS質量スペクトルは、しばしば、クロマトグラム座標に不連続的に離散し、クロマトグラムの比較可能性を欠く。
【0128】
図7に示される他の長所は、図7bに示されるように、より小さい前駆イオンデータセットに対してバックグラウンドを減算して媒介されるデータ依存式収集が行われることである。したがって、結果得られるMS/MSデータセットもより小さいにもかかわらず、図7cに示された所望の成分に一層関連する。このより小さいが一層関連するMS/MSデータセットは、所望の成分を特定するための簡易な点検および解釈を可能にする。これに対して、図7aに示された未減算データを利用してデータ依存式収集を発動する場合には、第1に、多数の収集されたMS/MSデータが所望でない成分の強イオンに関連する。第2に、動的リスト排除及び動的バックグラウンド排除等の方法が低強度のイオンのMS/MSデータを取得する機会を増大させるために利用されるとしても、より多くの無関連MS/MSデータを生じるので、大型データセットを慎重に精査して所望の成分の関連情報を識別する必要があるが、これは困難である。
【0129】
図8には、動的排除リストに従って、現バックグラウンド減算済み質量スペクトルにある強イオンに基づいてデータ依存式MS/MS収集を行うための、全般的に800により参照される手順の実施形態が示されている。通常、バックグラウンド減算が媒介されるDDA分析周期の開始前、具体的なDDA方法(例えば、前記の手順800)が、排除リストに関連するパラメータを含む関連パラメータに従って手順402の一部として選定される。指定された方法及びパラメータは、通常、I/O装置140を介してコントローラー130に入力される。クロマトグラム時点における現バックグラウンド減算済み質量スペクトルを取得する手順412の直後、コントローラー130は、手順802での現バックグラウンド減算済み質量スペクトルを検査し、最大値のバックグラウンド減算強度を有する質量スペクトル内のm/zデータポイントを選択する。手順804で、如何なる事前設定数(例えば、二)のバックグラウンド減算済み質量スペクトルの前に、前駆イオンとして選択されたかを決定するために、選択されたm/zデータポイントが検査される。Yesの場合、システムコントローラーは、手順806で該イオンをスキップして、この前のより高強度のイオンの同位元素ではないバックグラウンド減算済み質量スペクトル内に、2番目に最強度のm/zデータポイントを選択する。同位元素イオンを確定するために使用されるパラメータも手順402の一部として設定され、I/O装置140を介してコントローラー130に入力される。手順806から手順804に戻って、如何なる事前設定数(例えば、二)のバックグラウンド減算済み質量スペクトルの前に、イオンが前駆イオンとして選定されたか否かが確定される。選定されたイオンが事前設定された数(例えば、二)のバックグラウンド減算済み質量スペクトルグラフに前駆イオンとして手順804で選択されなかったことが確定されるまで、手順806から手順804のループが反復される。その後、処理は手順808に移行し、コントローラー130は、DDAモジュール160aが手順804で選定されたm/zデータポイントに対応する前駆イオンについて試料収集を行うように指示する。手順810で、試料収集された前駆イオンに対して直列(タンデム)質量スペクトル法が実行される。
【0130】
例えば前二回等の前の走査中で既に前駆イオンとしてイオンが選定されたかを検査するためにこれら走査を指定することにより、手順800に示された実施形態は、如何なる選定された前駆イオンも第一質量スペクトル収集機能の2回の後続走査中で再び選択されることを回避するために、実質的な動的排除リストを利用したことになる。理解されるように、動的排除の設定は他の長さとしてよく、例えば、一つの走査、三つの走査或は第一質量スペクトル収集機能に用いられる特定期間の長さである。
【0131】
動的排除リストにより、手順800に示された実施形態は、データ依存式MS/MS走査イベントがクロマトグラム時間区域内の共溶出イオン間を動的に交互入れ替えできる。共溶出イオンは、所望の成分の共溶出成分、或はイオン形態の異なる(例えば、付加物、二重荷電、或はインソースフラグメンテーション)同成分に由来する。図9は、図8の手順800を利用して所望成分の異なるイオンを動的に前駆イオンとして選択し、データ依存式MS/MS走査イベントを発動する決定点を示す。図9a〜9fは、第一質量スペクトル収集機能の六つの連続走査(即ち、走査番号=1〜6)からの六つのバックグラウンド減算済みの質量スペクトルを示す。図9aが第一機能の第一走査イベントであると仮定すると、図9aにあるイオンcが、前二回の走査中で選択されなかった最強度のイオンである。このため、第一質量スペクトル収集機能の走査番号1の後に、それが後続DDA走査用の前駆イオンとして選択される。図9bのイオンcが選択範囲内にない理由は、図9aでそれが選択されたばかりであるからであり、したがって、二番目の強度のイオンが、第一質量スペクトル収集機能の走査番号2の後の後続DDA走査のための前駆イオンとして選択される。同様に、イオンbが図9cの前駆イオンとして選択される理由は、強度の比較的大きいイオンc及びaが排除されるからである。同様に、イオンc、a及びbが、第一質量スペクトル収集機能の各走査後のデータ依存式MS/MS走査イベント用に、それぞれ図9d、図9e及び図9fからの前駆イオンとして選択される。本実施形態において、イオンbはイオンaの付加物であり、イオンcはイオンaの成分と異なる成分である。両成分は所望の成分である。
【0132】
本発明による現バックグラウンド減算済み質量スペクトルは、多数の所望でない成分を考慮対象外に排除するので、これらの質量スペクトルは、前駆イオン選択工程がデータ依存式MS/MS収集のために所望の成分に集中することを可能にする。例えば、非常に小数のイオンが図9の質量スペクトルに示されているが、これは、試料マトリックス成分及び他の所望でない成分のイオン信号が既に質量スペクトルから減算されたからである。このため、通常、バックグラウンドを減算して媒介されるDDA方法は、低い含有量の所望の成分に対するより良い敏感性を提供する。強度閾値(本分野に周知される術語)の設定は、通常このようなデータ依存式収集方法に対して必要ない。ある強度閾値を選択して一方法に包含させる場合、それは通常、バックグラウンド減算を媒介する方法が提供するより良い感度という利点を活かすために、比較的低い値に設定される。
【0133】
所望でない成分ではなく所望の成分にデータ依存式収集機能を行うことに関する、バックグラウンド減算が媒介される方法の利点は、他の便益をもたらす。例えば、図9に示すように、比較的短い排除周期(例えば、1走査イベント、2走査イベント或は3走査イベント)を利用して、所望の成分の共溶出イオンのデータ依存式MS/MSデータが得られる。この利点は、分離モジュールが高サンプリングレートの質量分析計と連携される場合により顕著である。具体的には、第一質量スペクトル収集機能(即ち、前駆イオン収集機能)が20までの走査イベントで成分の溶出成分のピークをカバーすることで、共溶出イオン毎に十分な走査回数(例えば5回)を具備するデータ依存式MS/MS機能が、取得されたMS/MSデータについていくつかのクロマトグラムの特徴を示させうる。
【0134】
当業者が理解できるように、本発明の範囲から離脱することなく、動的排除リストによりデータ依存式MS/MS収集を行う手順800で示されたような実施形態には、多くの変形が存在する。例えば、手順804で適用された動的排除基準の外に、例えばノイズ/ピーク電位等の他の基準が、選択されているイオンを選択範囲外に排除するために使用できる。ノイズ/ピーク電位基準とは、手順804に加えて使用される、例えば手順807のノイズ/ピーク電位検査手順(図8に不図示)である。ノイズ/ピーク電位検査基準は、現バックグラウンド減算済み質量スペクトル内の検討対象のm/zデータポイントのイオン信号が、手順402で指定された質量精度窓内の前一つ或は二つの走査に現れるか否かを確定するために使用される。或は、該基準は、質量スペクトル分析計器のランダム性に基づき、他の形式で設定される。その他の例では、手順806で次に最強度のイオンを選択する時、基準を設定することで、該イオンが、前のより高強度のイオンの同位元素でもなく、該より高強度のイオンに関連する特定のイオン形態の一つでもないようにする。一実施形態において、特定のイオン形態とは、ナトリウム又はカリウム付加物、或は異なる電荷状態、或は既知のインソース反応(例えば、水分子の付加又は損失)である。一実施形態において、手順806における排除目的の関連イオン形態を確定するために用いられるパラメータは、手順402の一部として設定され、I/O装置140を介してコントローラー130に入力される。なお、本発明の範囲を逸脱することなく、各種の方式で動的排除リストを使用できる。例えば、一実施形態において、選定された一つの高強度イオンが一回のみのDDA走査を行い直ちにそれを排除リストに納入するのではなく、(時間長さ或は走査回数により)特定される数の走査イベントが、排除リストに納入される前に、該イオンにデータ依存式MS/MS収集に選択される適格性のより長い時間を与えるために設定される。
【0135】
質量スペクトル内の最強度のイオン或は動的排除リスト内にない最強度のイオンに基づくDDA決定する上記実施形態に加えて、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルを利用してDDA収集を媒介する手段の他の例示的な実施形態は、前駆イオン収集機能にある急上昇或は独特の質量信号のイオンを識別するための方法である。このような識別は、一般的には、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルと、一つ或は複数の前に収集されたバックグラウンド減算済み質量スペクトルとの対比により実現される。これらの方法は、米国特許第7351956号、第7297941号、或はKohli等,Rapid Commun. Mass Spectwm., 2005, 19:589−596に記載される方式と類似する方式であって良い。例えば、本発明の一実施形態において、コントローラー130は、バックグラウンド減算済み質量スペクトルデータにアクセスし、複数の走査にわたって潜在的に所望のイオンの強度に基づいて、これらのイオンについて抽出イオンクロマトグラム(XICs)を生成する。(抽出イオンクロマトグラムは、基本的に、クロマトグラム時間座標に沿ったある特定m/z値のイオン信号の強度分布を表現する。)さらに、コントローラー130は、曲線適合法或は他の曲線近似アルゴリズムを利用して、生成されたXICの全部或は如何なる部分に曲線近似を提供する。その後、コントローラー130は、一次導関数及び/或は高次導関数を、或は、XIC上の所望の点に関連する及び/或は該点を特徴付ける(特性化する)値を確定する。一次導関数或は他の導関数は、通常、潜在的な所望のイオン信号が時間に対して急上昇、急低下しているか、クロマトグラムピークの頂点或は谷に接近しているかを表す。得られた導関数情報により、コントローラー130は、イオンのデータ依存式収集を発動するか、及びいつ発動するかをリアルタイムで決定し、それに基づいて160a及び/或は160bにデータ依存式収集を実行させる。
【0136】
急上昇或は独特の質量信号のイオンを識別するための従来の方法は、通常、イオンのDDAデータを取得するタイミングを最適化し、より多いイオンにデータ依存式収集を発動する機会を与える動的バックグラウンド信号の排除効果を生じる。しかしながら、現バックグラウンド減算済みの質量スペクトルデータを利用しない場合には、これらの方法そのものは所望の成分及び所望でない成分を区分できず、所望でない成分からのイオンの競合が通常強い。このため、従来方法は通常、強度閾値、動的排除リスト及び他の技術と結合して使用されることで、DDA工程の効率を向上させる。現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトルの採用は、少なくとも三つの側面で顕著にこれらの方法を改善する。第一に、それは、急上昇或は独特な質量信号を識別する工程を改善する。それは、大多数の所望でない成分のイオンが既にバックグラウンド減算済みの質量スペクトルから除去されているため、取り扱うイオンが非常に少ない。第二に、それは、収集されたデータ依存式データの結果を簡略化するので、後続データの検査及び解釈を改善する。例えば、データ依存式MS/MS実験では、得られたMS/MS質量スペクトルは、より選択的に所望の成分を表示するため、所望でない成分データに圧倒される代わりに、通常比較的小さいがより関連性のあるデータセットの取得に帰結する。第三に、ほとんどの試料マトリックスバックグラウンドがバックグラウンド減算済みの質量スペクトルでは除去されるため、バックグラウンドノイズがDDAを起動することを防止するために、DDA方法においてある強度閾値を設定することを選択する場合には、デューティサイクルを飽和させることなく比較的低強度の閾値を設定することで、比較的小さい強度を備える所望の成分への検出感度を向上させる。
【0137】
急上昇或は独特の質量信号を識別するための方法を改善する方法に加えて、バックグラウンド減算済みの質量スペクトルデータの利用可能性は、前駆イオン収集機能の基準ピーク強度の急上昇或は独特の特性を識別することに基づいて実行されることを実現できる。このような処理ができる理由は、本発明による現バックグラウンド減算済み質量スペクトルが大多数の所望でない成分を考慮外に排除させるという事実のためであり、これにより存在する基準ピーク強度のイオンを所望の成分に関連させることを可能にする。基準ピーク強度の急上昇或は独特の質量信号を識別するタスクは、急上昇或は独特の信号を備えるイオンを識別するタスクよりも比較的単純である。その理由は、各クロマトグラム時点において、多くのイオン信号が存在するにも関わらず、ただ一つの基準ピーク強度の取り扱うべきイオンだけがあるからである。本発明の一実施形態において、基準ピーク強度の急上昇或は独特の特性を識別する方法は、急上昇或は独特の信号を備えるイオンを識別するための前記方法と類似する方式により行われる。該方法は、通常、現バックグラウンド減算済み質量スペクトルの基準ピーク強度と、一以上の事前に収集されたバックグラウンド減算済みの質量スペクトルの基準ピーク強度との間の対比により行われる。本発明の一実施形態において、急上昇或は独特の特性は、この一つ前のバックグラウンド減算済みの質量スペクトルの基準ピーク強度、例えば前三つのバックグラウンド減算済みの質量スペクトル等の基準ピーク強度の平均値を、現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトルの基準ピーク強度から減算することにより確定される。本発明の代替的な実施形態において、特性は、現バックグラウンド減算済み質量スペクトルにある基準ピーク強度の、一つ以上の前のバックグラウンド減算済み質量スペクトルにある基準ピーク強度或はその平均値に対する百分率により確定される。本発明の一実施形態において、特性は、いくつか前の前駆イオン収集走査にわたるバックグラウンド減算済み質量スペクトルデータから生成された基準ピークイオンクロマトグラムに基づいて確定される。曲線フィッティング或は他の曲線近似アルゴリズムを利用して、該基準ピークイオンクロマトグラムがより一層平滑化される。所望の時点の一次導関数或は他の導関数(例えば、時間に対して)は、例えばデータ依存式収集イベントを開始或は停止するかや、どのように該収集イベントを実行するかを確定するために、確定又は近似される。
【0138】
説明する目的で、図10は、全般的に手順1000として参照される一実施形態の基本手順を記述する。該方法は、方法400によるバックグラウンド減算済み質量スペクトルのリアルタイムの基準ピークイオンクロマトグラムに関連する導関数値に基づいて、データ依存式収集を行う。手順1002で、あるクロマトグラム時点で現バックグラウンド減算済み質量スペクトルを取得する手順412の後、コントローラー130は、本走査のバックグラウンド減算データと第一質量スペクトル収集機能における事前設定数の前走査のバックグラウンド減算データとにアクセスし、そして現クロマトグラム時点に至るまでの基準ピークイオンクロマトグラムを生成する。これは各種の方式で達成される。例えば、一実施形態において、第一手順として、クロマトグラム時間座標に沿って各基準ピーク強度データポイント間に引かれた直線の線分で近似される一次曲線が生成される。
【0139】
手順1004で、コントローラー130は、何れかの曲線フィッティングアルゴリズムを実行することで、生成された全部或は部分的なBPIクロマトグラムに曲線近似を提供する。コントローラー130により実行されるアルゴリズムは、如何なる適切な曲線フィッティング或は平滑化アルゴリズム、或はガウスモデル式フィッティング等の他の適切な数学的演算を含む;例えば、最小二乗法、加重最小二乗法及びロバストフィッティング(全てが界限を具備或は具備しない)等の各種の線形及び非線形曲線フィッティング方法;例えば、2次或はより高次の多項式及び指数関数等のスプラインおよび補間。そして、これらのアルゴリズムは、局所的或は完全なクロマトグラム曲線近似、曲線上の如何なる一つ以上のポイントにおける変化率(一次導関数)、曲線の最小点及び最大点(一次導関数のゼロ)及び曲線下の面積(積分)を含む、基準ピークイオンクロマトグラムに関連する各種導関数情報を確定するために使用される。
【0140】
手順1006で、コントローラー130は、平滑化されたBPIクロマトグラム曲線を表すデータにアクセスし、BPIクロマトグラム上の所望の点に関連及び/或は特徴づけられる、一次導関数或は他の値を確定する。平滑化或は近似化されたBPIクロマトグラム曲線に基づいた、様々な一時的な点或は他の所望の点における一次導関数或はより高次の導関数(例えば、時間に対して)は、更なる分析のために、例えば基準ピークの強度が急速に上昇するか、急速に降下するか、あるピーク或は所望のピークの頂点或は谷に接近しているかを確定するために決定される(例えば、米国特許第7315156号、米国特許第7297941号、或はKohli等、Rapid Commun. Mass Spectrom.、2005、19:589−596)。
【0141】
手順1008で、得られた導関数情報、或は他のデータ処理技術(利用される場合)による情報を含む導関数情報に基づいて、コントローラー130は、データ依存式収集イベントを発動(或は開始及び/或は停止)するか否か、及び、どのようにこれらのイベントを実行するかについてリアルタイムで決定し、そして決定に応じて160a及び/或は160bに指示する。当業者に理解されるように、DDAイベントは、イベントの開始及び停止に関連する基準ピークイオンクロマトグラム(例えば、ピーク)の区域を網羅する期間であり、或はそれは一クロマトグラム時点におけるイベントであり、或はそれは各時点における更なるイベントが存在する周期的なイベントである。例えば、一実施形態において、周期内のイベントは、BPIクロマトグラムにあるピークの分画の開始及び停止を含み、或は、開始及び停止周期のイベント期間中(例えば、あるピーク区域を網羅する)に、複数のデータ依存式MS/MS収集イベントが発動される。各種の方式が、分析目的に基づいて意思決定基準を設定するために使用できる。通常、意思決定基準は、分析周期の開始前、I/O装置140でのユーザ入力に基づいて設定され、及び/或は、データの自動統計評価に基づいてリアルタイムに設定される。本発明の一実施形態において、急上昇する比率の導関数値が周期DDAイベントの開始を誘発し、急降下する比率の導関数値が160b及び/或は160a上の周期DDAイベントの停止を誘発する。本発明の他の実施形態において、ピークトップに近づく基準ピーク強度を表す導関数値が、160a及び/或は160bにおいてDDAイベントを発動する。160aを介したMS/MSタスクに用いられる周期DDAイベントの一実施形態において、更なるMS/MSイベントを誘発するために、イベント周期内にある基準ピーク強度に対応するm/z値が、前駆イオンとして選択される。160aを介したMS/MSタスクに用いられる周期DDAイベントの他の実施形態において、基準ピークイオンだけでなく基準ピークイオン以外のイオンが選択されてMS/MSイベントを発動することを可能にするために、例えば動的な排除リスト等の一つ或は幾つかの更なる方法が適用される。160bによるDDA試料収集(DDAサンプリング)タスクの実施形態において、ピーク間の頂点或は谷を表す導関数値は、160bにクロマトグラム流出物分取のためのウェル或はスポットを変更させる。本発明の更なる代替的な実施形態において、DDAの決定は、BPIクロマトグラム点の導関数値及び基準ピーク強度の閾値設定に基づく。例えば、現バックグラウンド減算済み質量スペクトルの基準ピークが強度閾値を下回る場合であっても、急速に上昇する或は頂点に接近する導関数値がDDAイベントの開始を発動しない可能性がある。或は、導関数が目標とする急上昇値或は谷値に達する前に基準ピーク強度が強度閾値を下回ると、DDAイベントの周期が停止する可能性がある。
【0142】
一実施形態において、強度閾値以外に、他のデータ処理技術が、基準ピーク強度の急上昇或は独特の特性を識別する方法と結合される。該技術は、ノイズ/ピーク電位排除、動的リスト排除、質量欠損フィルタリング、同位元素パターンフィルタリング、急上昇或は独特の質量信号のイオン識別方法、或は他のDDA決定を精錬或は改善する技術或はプロセスを包含するがこれに限定されない。
【0143】
本発明に従って、強度及び/或は時間に関するクロマトグラムを確定するために、手順1000に示されるような基準ピーク強度及び/或は基準ピークイオンクロマトグラムに加えて、他の類型の強度及びクロマトグラムを利用しても良く、例えば総イオン強度及び/或は総イオンクロマトグラムを包含する。例えば、総イオンクロマトグラムの場合には、システムコントローラーは、第一質量スペクトル収集機能のバックグラウンド減算済み質量スペクトルの総イオン強度を確定でき、手順1002で、現クロマトグラム時点までのクロマトグラム時間座標に沿った総イオンクロマトグラムを生成する。
【0144】
周知されるように、バックグラウンド減算済み質量スペクトル情報を利用してデータ依存式収集を媒介する手段は、様々な形態をとりうる。例えば、単独方式で実現できる。若しくはDDA決定に関連するその他の工程或はアルゴリズムとの組合せによる方式で実現でき、このようなアルゴリズムには、質量欠損フィルタリング、同位元素モードフィルタリング、中性欠失フィルタリング、或は予め定義された質量包含リスト等があるがこれに限定されない。各種の装置(手段)と方法を組み合わせる多くの方法があることが周知されており、且つ、現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトル情報に基づいてDDA機能の一部の指令を計算して定義される限り、それらは全て本発明の範囲内である。例えば、一部の組合せ形態で、一つ以上の装置がDDAイベントを発動させる一方、他の形態で、一手段が他に対して優先度を有するように、ユーザ定義の優先順序が特定される。
【0145】
バックグラウンド減算済みの質量スペクトル情報を利用してデータ依存式収集を媒介する装置(該装置が、現バックグラウンド減算済み質量スペクトルに存在する一或は幾つかの最強度のイオンに基づくか、動的な排除リスト外の最強度のイオンに基づくか、急上昇或は独特の質量信号のイオンの識別に基づくか、基準ピーク強度或は総イオン強度の急上昇或は独特の特性の識別に基づくか、にかかわらず)、バックグラウンド減算済みの質量スペクトル情報を利用する他の装置、装置の組合せ、或はデータ処理技術(強度閾値、ノイズ/ピーク電位除去、質量欠損フィルタリング及び/或は同位元素パターンフィルタリング)との更なる結合であるかにかかわらず、前記装置の実施形態の一つの共通の長所は、所望でない成分の信号が第一質量スペクトル収集機能のデータから減算されるため、所望の成分に関連するイオン或はピークについて選択的に後続のDDA走査イベントが行われることにある。
【0146】
本発明による他のバックグラウンド減算が媒介されるDDA方法に特徴的な長所は、リアルタイムでバックグラウンドを減算するために使用されるバックグラウンドデータは、通常検定試料の分析周期の開始前に取得されるため、以下の柔軟性が存在する:ある検定試料のためにバックグラウンド試料を専用に設計して形成したり、或はユーザの要望毎にバックグラウンドデータセットを形成及び/或は調節したりして、データ依存式収集における特定の所望の成分集合(セット)を選択的及び/或は有効に検出するという長所を最大化する。本発明の一実施形態において、バックグラウンド試料及び検定試料は、化学的標識(例えば、ICAT、iTRAQTM或はTMTI)や、代謝的取込み(例えば、SILAC、安定標識化されたグルタチオン)による安定な同位元素標識技術に基づいて形成される。これにより、バックグラウンドを減算した後、バックグラウンド試料と検定試料との間の安定な同位元素標識差異に関連するピークのみが第一質量スペクトル収集機能の検定試料データに保留されるため、これらのピークへの選択的なデータ依存式収集が可能となる。他の例示的な実施形態において、一つ以上のバックグラウンド試料及び/或は一つ以上のバックグラウンドデータセットが、除去されるべき所望でない成分の集合を拡大するために使用され、特定群体或は潜在的な所望成分種類の選択的な検出が促進される。
【0147】
例えば、図11は本発明による実施形態の一つの応用を示す。該応用では、二つのバックグラウンドデータセットを利用することで、DDAが試料にある特定の所望の成分を選択的に検出及び/或は等級付け分離(分画)を行うことが可能となる。ここで、特定の所望の成分が、グルタチオンを含む薬物の肝ミクロソーム培養により取得された薬物代謝産物試料に存在する、グルタチオンに捕捉された代謝物と仮定する。薬物代謝産物試料を分析する前に、二つのバックグラウンドデータセットを得て、試料マトリックス中全てのあらゆる所望でない成分を対象に含めることを実現する。例えば、図11bは、いかなる薬物関連成分も含まない、主に肝ミクロソーム成分及びグルタチオン関連成分を表す一つのバックグラウンドデータセットの基準ピークイオンクロマトグラムを示す。図11cは、いかなるグルタチオン関連成分も含まない、主に肝ミクロソーム成分及び薬物関連成分(例えば、薬物及びその代謝物)を表す第二のバックグラウンドデータセットの基準ピークイオンクロマトグラムを示す。図11aは、第一質量スペクトル収集機能の15分時点までの経過から生じた薬物代謝産物試料の原未減算データの基準ピークイオンクロマトグラムの一部を示す。図11aに示すような薬物代謝産物試料は、肝ミクロソーム成分、薬物関連成分及びグルタチオン関連成分を含有すると見込こまれている。それは、更に潜在的な所望の成分、即ち、薬物のグルタチオン捕捉代謝物を含有する可能がある。しかし、薬物の潜在的なグルタチオン捕捉代謝物は、比較的小さい質量スペクトル強度を備え、通常原未減算データの試料の様々な所望でない成分のイオン信号の基底線下に埋もれている。図11b及び図11cに示した二つのバックグラウンドデータセットを利用して、図11aにあるデータに対してリアルタイムバックグラウンド減算を実行することで、図11cに示されたような薬物代謝産物ピーク一部を含む全ての主要な所望でない成分を有意に減算できる。結果が図11dに表示されており、該図は、15分時点までの一部の基準ピークイオンクロマトグラムを示す。y軸上の目盛では0.5%或はより小さい量であるが、幾つかの所望のグルタチオンが捕捉された代謝物が、バックグラウンドを減算した後の基準ピーククロマトグラムにおける明確に定義されたピーク(ピーク1110、1120及び1130)として顕在化されている。このため、補充的なバックグラウンドデータセットの適切な使用により所望でない成分を適宜除去できるため、バックグラウンド減算データに存在する所望の成分の特定サブセットについて後続DDAが可能となる。
【0148】
図11に示す例は更に、多種類型のデータ依存式収集を発動するためのバックグラウンド減算データの柔軟性を示す。例えば、リアルタイムバックグラウンド減算済み基準ピーククロマトグラム(図11d)に特徴的な導関数値が、単独に、或は一強度閾値(図11dのブロック1100のように示す)と共に使用されることで、各ピーク1110、1120及び1130の周期DDAイベントの開始及び停止を誘発する。本発明の一実施形態において、各周期イベントのデータ依存式収集が、160aにあるデータ依存式MS/MS収集イベントである。本発明の他の実施形態において、それは160bにおけるデータ依存式サンプリング或は分画イベントである。或は、一部の実施形態において、それは、160aにおけるDDA MS/MS収集イベント及び160bにおけるDDAサンプリングイベントを含む多類型のデータ依存式収集を含む。本発明の一実施形態において、DDAサンプリングイベントは、マイクロプレートからMALDIプレート或はNMRパイプ等への分画のためである。
【0149】
図11に示された他の長所は、図11dの示すように、比較的小さい前駆イオンデータセットに対してバックグラウンド減算が媒介されるデータ依存式収集を行い、結果的に得られたMS/MSデータセット(収集された場合)のほうが、(図11aに前駆イオンデータセットとして示されたデータを使用して取得された場合)DDA MS/MSデータセットよりも小さく、より所望の成分(即ち、グルタチオンに捕捉された代謝物)に関連する。このより小さいがより関連があるMS/MSデータセットは、グルタチオン捕捉薬物代謝産物の識別のための容易な検査及び解釈を実現するため、主に試料にある所望でない成分に関連する大量のMS/MSデータを細査する必要性を緩和する。
【0150】
説明する目的で本願の所望の成分の実体及び応用実例の類型がここに述べられるが、本発明によるバックグラウンド減算を媒介するデータ依存式収集は、多種の異なる類型の化学成分及び広範な応用目的に適する。例えば、スポーツサンプリングテスト、競馬サンプリングテスト、薬品不純物、代謝物、ポリペプチド、脂類、糖類、農薬、生物指標、乱用薬物、環境分析、生物分析、臨床検証、食品検証、法医分析等を含むがこれに限定されない。それは、潜在的な所望の成分の選択的データ依存式質量スペクトルの特性化を実現するだけでなく、潜在的な所望の成分についての合理的な分画及び/或は他の分析方法を実現し、例えば記録保存、確認及び/或は後続の特性化用途に適用される。
【0151】
一実施形態において、前記第一質量スペクトル収集機能は主に成分の分子イオンを取得するためであり、他の実施形態において、前記第一質量スペクトル収集機能は主に成分のフラグメンテーションイオンを取得するためである。後者の実施形態は、非特定フラグメンテーション技術により実現されるものであり、これらの技術は、イオン源CID、MSE或は類似の技術を含む。何れの場合にも、第一質量スペクトル収集機能の現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトル情報が取得され、データ依存式収集機能を媒介するために利用される。本発明の一代替実施形態において、二つの前駆イオン収集機能が含まれ、そのうち一方の機能が主に成分の分子イオンを取得するために用いられ、他の機能が例えば非特定フラグメンテーション技術により成分のフラグメンテーションイオンを主に取得するために用いられる。或は、一方の機能が成分の陽イオン信号を取得し、他方の機能が例えば極性切換技術により成分の陰イオン信号を取得する。これらの両前駆イオン収集機能によるバックグラウンド減算済み質量スペクトルデータが取得され、且つリアルタイムでデータ依存式収集を媒介するために用いられる。例えば、この代替的な実施形態は、データ依存式MS/MS収集機能が所望の成分の分子イオンのMS/MSデータを取得し、また他のデータ依存式MS/MS収集機能が所望の成分の主要なフラグメンテーションイオンのMS/MSデータを取得することを可能にする。他の場合には、この代替的な実施形態は、データ依存式MS/MS収集機能が所望の成分の陽イオンMS/MSデータを取得し、且つ他のデータ依存式MS/MS収集機能が所望の成分の陰イオンMS/MSデータを取得することを可能にする。取得された豊富なMS/MSデータが所望の成分の構造解明に資する。
【0152】
本発明の他の実施形態において、手順410で適用された強度減算方法すなわちイオン信号を減算する手段は、現在の検定試料にあるイオン信号と、バックグラウンドデータの対応限定区域にある最大強度との間の強度差異の対比、或は現在の検定試料質量スペクトルにあるイオン信号と、最大強度が所定の増幅係数により乗じられた、バックグラウンドデータの対応の限定区域にある最大強度との間の強度差異の対比を伴う。対比結果は、百分率、比率或は他の形式で表現され、或は検定試料にある強度に対するバックグラウンドにある強度或はその逆で表現される。このため、手順412における現時点のバックグラウンド減算済みの質量スペクトルとは、現在のクロマトグラム時点における、検定試料のm/zデータポイントの現在強度比率或は他の値(バックグラウンドに対して)のリストを意味する。現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトル情報が、データ依存式収集のためにリアルタイムの判断に利用される。ある方法を利用して、分母(例えば、バックグラウンド強度)の値がゼロである状況を解決する。このような方法の一実施形態は、対応バックグラウンドデータにゼロの強度値を有する検定試料のm/zデータポイントの強度値を記録するサブリストを創出することである。該サブリスト内のデータポイントは、データ依存式収集を発動する時に比率或は百分率で表現される他のデータポイントと比べて高優先度を備える。例えば、手順600がデータ依存式収集に適用される時、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルのサブリストにある最強度のイオンが先ず選択され、後続のMS/MS走査イベントを行う;該サブリストにイオンがない場合にのみ、最大強度比率値のイオンが後続MS/MS走査イベント用に選択される。なお、動的な排除リスト(手順800に示されたように)を利用して、同じ高ランクのイオン(該サブリストにあるかを問わず)が連続的にデータ依存式収集に選択されることを防止できる。
【0153】
本発明の他の実施形態において、手順408でバックグラウンドデータの区域を限定するために検定試料質量スペクトルの各m/zデータポイントを中心にして限定された保留時間窓及び/或は質量精度窓は、m/zデータポイント位置に対する保留時間及びm/z境界の位置に関して非対称に適用される。例えば、検定試料m/zデータポイントの一側上の保留時間及び/或はm/z境界は、各クロマトグラム時間及び/或はm/zスケールに沿って他方側に比べて、m/zデータポイントの位置により接近(或はより離隔)している。例えば、ある保留時間窓を応用する時、ピーク尾引き因子(peak tailing factor)という要素が包含される。
【0154】
本発明の他の実施形態において、手順404で可変のクロマトグラム変動時間窓を指定することで、バックグラウンドデータ範囲を限定するための時間窓が、現時点のクロマトグラム時間値(及び/或はm/z値及び/或はその強度値及び/或は検定試料データポイントの他の特性)に依存する現検定試料質量スペクトルについて、異なる時間値(及び/或はm/z値及び/或はその強度値及び/或はデータポイントの他の特性)においてより広く(或はより狭く)なる。一実施形態において、同様に、手順404で可変の質量精度時間窓を指定することで、バックグラウンドデータの範囲を限定するための質量精度窓が、現クロマトグラム時間値(及び/或はm/z値及び/或はその強度値及び/或は検定試料データポイントの他の特性)に依存する検定試料データポイントのm/z値について、異なる時間値(及び/或はm/z値及び/或はその強度値及び/或はデータポイントの他の特性)よりも狭く(或はより広く)なる。これらのような場合には、バックグラウンドデータの区域を限定するためのクロマトグラム時間及び/或はm/z境界は、検定試料質量スペクトル内の問題としている各イオンの情報に基づいて、クロマトグラム時間及び/或はm/zスケールに沿った拡張可能な区域の一連として見なされる。
【0155】
本発明によるバックグラウンド減算を媒介するデータ依存式収集方法は、個別の検定試料の分析に用いられ、バッチモードで複数の検定試料を分析するためにも用いられうる。バッチモードは、例えば試料順序リストにより実現される。本発明の一実施形態において、リアルタイムのバックグラウンド減算目的のために、バックグラウンドデータセットがリストにある個別の検定試料に割り当てられ、或は、通常のバックグラウンドデータセットがリストにある複数或は全部の検定試料に割り当てられる。
【0156】
[実施例]
説明する目的で、本発明の理解を助長するために、下にバックグラウンド減算を媒介するデータ依存式収集のいくつかの制限されない実施例を示す。他の部分で詳細に説明されたデータ依存式収集のための手段が、これらの実施例に参照される。
【0157】
(実施例1)
ミクロソーム培養試料(検定試料(テストサンプル))内にある薬物のグルタチオン捕捉代謝物を検出及び特性化するために、検定試料に対して、2つの対象試料(コントロールサンプル)が取得された:薬物を含有しない捕捉剤グルタチオンのミクロソーム培養試料、及びグルタチオンを含有しない薬物のミクロソーム培養試料(Zhangら、J. Mass Spectrom. 2008, 43:1181−1190,その全文が応用の方式で本願に取込まれる)。
【0158】
質量解像度がRs100000であるLC/MSシステムを利用して、これらの両対照試料に対して質量スペクトル走査機能を設定することで、これらの試料の高解像度のLC/MSデータが取得された。検定試料に対して前駆イオン走査機能が設定された。LC及び前駆イオン走査機能条件は、それら両対照試料に用いられた条件と同じに設定された。前駆イオン走査機能によるリアルタイムバックグラウンド減算処理ための方法及びパラメータが、検定試料について設定された。最大強度減算アルゴリズムが、バックグラウンド減算演算に用いられた。前記両対照試料について収集されたデータがバックグラウンドデータとして指定された。他のバックグラウンド減算済みのパラメータについては、以下の通りであった。クロマトグラム変動時間窓:0.3分;質量精度窓:10ppm;バックグラウンドデータの強度増幅係数:2x。
【0159】
手順600(後に詳細に説明)の後、検定試料に対して一データ依存式MS/MS収集機能を設定したことにより、前駆イオン収集機能の現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトル内の最大強度イオン信号のm/z値を選択及び活性化させ、後続のデータ依存式走査イベントにおけるそのMS/MS質量スペクトルを取得する。
【0160】
先ず両対照試料にLC/MS分析が開始され、それから検定試料の分析が開始された。各試料の注入量は15マイクロリットルであった。両対照試料に対して収集されたデータは、バックグラウンドデータであった。図11b及び図11cには、試料データの基準ピークイオンクロマトグラムがそれぞれ示されている。検定試料の前駆イオン収集機能により質量スペクトルが収集され記録された。図11aは、15分時点までのデータのリアルタイム基準ピークイオンクロマトグラムである。
【0161】
検定試料の前駆イオン収集機能による質量スペクトルには、収集時、前記手順400を利用して質量スペクトルに対してリアルタイムでバックグラウンド減算処理が行われた。一言で言えば、現クロマトグラム時点(15分)における質量スペクトルを一例として使用して、該質量スペクトルにある各イオンに対して、RT14.7分からRT15.3分までの間、即ち15分±0.3分の両対照試料のバックグラウンド質量スペクトルにある等同イオンが限定された(バックグラウンドデータに対する質量スペクトル内のm/z値が、±10ppmに設定されたイオンを中心とした所定の質量精度容窓に在る限り、相互にマッチングされた);その後、バックグラウンドデータの限定区域にある同等イオンの最大強度が確定され、増幅係数(2x)が乗算されて、それを15分における質量スペクトル内のイオンの強度から減算した。15分における現バックグラウンド減算済みの結果的な質量スペクトルが記録され、バックグラウンド減算済みの質量スペクトルデータセットの一部とされた。図11dは、15分時点までの前駆イオン収集機能のバックグラウンド減算済み質量スペクトルデータのリアルタイム基準ピークイオンクロマトグラムを示す。注意すべきは、一部のグルタチオン捕捉薬物代謝産物のイオン信号が、図11dでは突出していることである(図11aの目盛1%の強度よりも小さい)。
【0162】
前駆イオン収集の各走査イベントの後に、後続のデータ依存式イベントにおいてそのMS/MS質量スペクトルを取得するために、現時点のバックグラウンド減算済み質量スペクトルにおける最大強度のイオン信号のm/z値が選択され活性化された。その結果、図11dの強調された区域(1110、1120、1130)内の基準ピークである、いくつかのグルタチオン捕捉薬物代謝産物の二重荷電分子イオンのMS/MS質量スペクトルが取得された。
【0163】
(実施例2)
本実施例は実施例1の変形例である。唯一の差異は、データ依存式MS/MS収集機能が前記手順800により設定されたことである。具体的には、前駆イオン収集機能の現バックグラウンド減算済み質量スペクトル内の高強度イオン信号のm/z値が動的排除リストに対して照合され、更に、後続のデータ依存式走査イベントにおけるそのMS/MS質量スペクトルを取得するために、排除リスト外であった最大強度イオン信号のm/z値が選択され活性化された。その結果、これらグルタチオン捕捉薬物代謝産物の二重電荷分子イオン(その強度が最大のもの)、及び図11d(1110、1120、1130)で強調された区域内の次に最強度のイオンが、それらの各MS/MS質量スペクトル(作動原理が図8及び図9を用いて詳細に後述)を取得するために交互に選択され活性化された。
【0164】
(実施例3)
本実施例は実施例1の他の変形例である。手順600の後に設定されたデータ依存式MS/MS収集機能に加えて、分画装置160bによりLC流出物の分画を実行するために他のデータ依存式機能が設定された。データ依存式分画機能方法が前記手順1000の後に設定された。具体的には、前駆イオン収集機能のバックグラウンド減算済み質量スペクトルのリアルタイム基準ピークイオンクロマトグラムが、急上昇、急降下或はピークの頂点或は谷への接近を特性化する一次導関数値(時間に対して)を確定するために処理される。且つ更に、強度閾値設定(強度数の絶対値500)を組み合わせた導関数値が、分画(fraction)収集の開始或は停止動作や収集バイアルの変化を確定する。その結果、対照試料及び検定試料の分析が実施例1に示されたように検定試料内の二重荷電グルタチオン捕捉薬物代謝産物のためのMS/MSスペクトルの取得という結果となっただけではなく、図11d(1110、1120、1130)に強調された各ピークの分画収集という結果となった。強調される三つの各ピークについて、分画の開始動作が強度閾値以上の急上昇により発動され、分画の停止動作が設定強度閾値以下の急降下により発動された。本分析から取得されたデータ依存式分画は、後続の研究(ナノスプレイMS3)を可能とし、さらに本分析で検出された代謝物イオンを特性化する。
【0165】
明瞭性及び理解の目的で本発明が詳細に説明されたが、当業者によれば、本願の開示内容に基づき、本発明の範囲を逸脱することなく形式及び細部の変更がなされると解される。このため、本発明は上記された方法或は構造の正確な構成部分或は細部に限定されない。処理自体に必要或は固有の範囲を除き、図面を含む本願に記載されたいかなる方法或は処理手順或は段階も、特定なものに意図或は暗示されない。多くの場合、プロセス手順の順序は、記載された方法の目的、効果或は意図を変更させることなく変更される。
図1a
図1b
図1c
図1d
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11