(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.ジアホラーゼ
1−1.ジアホラーゼ活性
「ジアホラーゼ(Diaphorase)」は、NADH又はNADPHをフェリシアン化カリウム、メチレンブルー、2,6−ジクロルインドフェノール(DCPIP)、テトラゾリウム塩等の色素で酸化する反応を触媒する活性(即ち、ジアホラーゼ活性)を持つ酵素であり、細菌、酵母等の微生物から哺乳類動物まで広く分布する。このジアホラーゼは、生体内の電子伝達系において重要な役割を果たし、このジアホラーゼによって、NAD又はNADP依存性の脱水素酵素類による基質からの脱水素反応により生成されるNADH又はNADPHは、電子受容体で酸化され、電子受容体は還元型となる。
【0015】
ジアホラーゼ活性は、公知の方法で測定することができる。例えば、DCPIPを電子受容体として用い、反応前後における600nmの波長における試料の吸光度の変化を指標に活性を測定することができる。より具体的には、下記の試薬及び測定条件を用いて活性を測定することができる。
【0016】
ジアホラーゼ活性の測定方法
<試薬>
蒸留水
200mM Tris−HCl緩衝液pH7.5
6.0mM NADH水溶液
1.2mM 2,6−ジクロロフェノールインドフェノール(DCPIP)溶液
酵素希釈溶液 0.1%牛血清アルブミンを含む200mM Tris−HCl緩衝液pH7.5
<手順1>
ジアホラーゼ溶液を、予め氷冷した上記酵素希釈溶液で0.4〜0.8U/mlに希釈し、氷冷保存したものを酵素溶液とする。
<手順2>
上記蒸留水2.4mL、Tris−HCl緩衝液0.3mL、NADH水溶液0.1mLを混合し、25℃にて5分間予備加温したものを反応混液とする。
【0017】
<測定条件>
反応混液2.8mLに、酵素溶液0.1mL、DCPIP溶液0.1mLの順番で添加しゆるやかに混和後、水を対照に25℃に制御された分光光度計(光路長1.0cm)で、600nmの吸光度変化を2〜3分間記録し、その後直線部分から(即ち、反応速度が一定になってから)1分間あたりの吸光度変化(ΔOD
TEST)を測定する。盲検は酵素溶液の代わりにジアホラーゼを溶解する酵素希釈溶液とDCPIP溶液を反応混液に加えて同様に1分間あたりの吸光度変化(ΔOD
BLANK)を測定する。これらの値から次の式に従ってジアホラーゼ活性を求める。ここでジアホラーゼ活性における1単位(U)とは、上記の測定条件で1分間に600nmの吸光度を1.0減少させる酵素量である。
活性(U/mL)=
{−(ΔOD
TEST−ΔOD
BLANK)×希釈倍率}/(1.0×0.1)
なお、式中の1.0は活性定義に基いて定められた600nmにおける単位吸光度、0.1は酵素溶液の液量(mL)を示す。本書においては、別段の表示しない限り、酵素活性は上記の測定方法に従って、測定される。
【0018】
本発明に適用されるジアホラーゼは、単離されたジアホラーゼ又は精製されたジアホラーゼであることが好ましい。また、本発明に適用されるジアホラーゼは、保存に適した溶液中に溶解した状態又は凍結乾燥された状態(例えば、粉末状)で存在してもよい。本発明に適用される酵素(ジアホラーゼ)に関して使用する場合の「単離された」とは、当該酵素以外の成分(例えば、宿主細胞に由来する夾雑タンパク質、他の成分、培養液等)を実質的に含まない)状態をいう。具体的には例えば、本発明に適用される単離された酵素は、夾雑タンパク質の含有量が重量換算で全体の約20%未満、好ましくは約10%未満、更に好ましくは約5%未満、より一層好ましくは約1%未満である。一方で、本発明に適用されるジアホラーゼは、保存又は酵素活性の測定に適した溶液(例えば、バッファー)中に存在してもよい。
【0019】
1−2.ポリペプチド
本発明に適用されるジアホラーゼは、下記(a)〜(c)のいずれかのポリペプチドで構成されることが好ましい。
(a)配列番号1または配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチド;
(b)配列番号1または配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入、付加および/または逆位したアミノ酸配列からなり、ジアホラーゼ活性を有するポリペプチド;
(c)配列番号1または配列番号2に示されるアミノ酸配列との同一性が80%以上であるアミノ酸配列からなり、ジアホラーゼ活性を有するポリペプチド。
【0020】
配列番号1または配列番号2で示されるアミノ酸配列とは、実施例5に示される通り、Geobacillus属に由来するジアホラーゼのアミノ酸配列である。
配列番号1に記載のアミノ酸配列は、Geobacillus thermodenitrificans NG80−2由来の野生型ジアホラーゼのアミノ酸配列である。
配列番号2に記載のアミノ酸配列は、Geobacillus sp. Y4.1MC1由来の野生型ジアホラーゼのアミノ酸配列である。
【0021】
上記(b)のポリペプチドは、ジアホラーゼ活性を保持する限度で、配列番号1に示されるアミノ酸において、1若しくは数個のアミノ酸配残基が置換、欠失、挿入及び/又は付加(以下、これらを纏めて「変異」とする場合がある。)されたアミノ酸配列からなるポリペプチドである。ここで「数個」とは、ジアホラーゼ活性が維持される限り制限されないが、例えば、全アミノ酸の約20%未満に相当する数であり、好ましくは約15%未満に相当する数であり、さらに好ましくは約10%未満に相当する数であり、より一層好ましくは約5%未満に相当する数であり、最も好ましくは約1%未満に相当する数である。より具体的には、変異されるアミノ酸残基の個数は、例えば、2〜127個、好ましくは2〜96個、より好ましくは2〜64個、更に好ましくは2〜32個であり、より更に好ましくは2〜20個、一層好ましくは2〜15個、より一層好ましくは2〜10個、特に好ましくは2〜5個である。
【0022】
一又は数個の変異は、制限酵素処理、エキソヌクレアーゼやDNAリガーゼ等による処理、位置指定突然変異導入法やランダム突然変異導入法など公知の手法を利用して本発明のジアホラーゼをコードするDNAに変異を導入することによって実施することが可能である。また、紫外線照射など他の方法によってもバリアントジアホラーゼを得ることができる。バリアントジアホラーゼには、ジアホラーゼを保持する微生物の個体差、種や属の違いに基づく場合などの天然に生じるバリアント(例えば、一塩基多型も含まれる。)
【0023】
また、ジアホラーゼの活性を維持するという観点からは、ジアホラーゼの活性部位又は基質結合部位に影響を与えない部位において上記変異が存在することが好ましい。
【0024】
上記(c)のポリペプチドは、ジアホラーゼ活性を保持することを限度で、配列番号1に示されるアミノ酸配列と比較した同一性が80%以上であるアミノ酸配列からなるポリペプチドである。好ましくは、本発明のジアホラーゼが有するアミノ酸配列と配列番号1に示されるアミノ酸配列との同一性は、85%以上であり、より好ましくは88%以上、更に好ましくは90%以上、より更に好ましくは93%以上、一層好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上である。このような一定以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドは、上述するような公知の遺伝子工学的手法に基づいて作成することができる。
【0025】
アミノ酸配列の同一性は、市販の又は電気通信回線(インターネット)を通じて利用可能な解析ツールを用いて算出することができ、例えば、全米バイオテクノロジー情報センター(NCBI)の相同性アルゴリズムBLAST(Basic local alignment search tool)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/ においてデフォルト(初期設定)のパラメーターを用いることにより、算出することができる。本願ではアミノ酸配列の同一性の計算にこの方法を用いる。
【0026】
本発明に適用されるジアホラーゼの別の由来として、例えば、土壌や河川・湖沼などの水系又は海洋に存在する微生物や各種動植物の表面または内部に常在する微生物等を挙げることができる。低温環境、火山などの高温環境、深海などの無酸素・高圧・無光環境、油田など特殊な環境に生育する微生物に由来するものを単離源としてもよい。
【0027】
本発明に適用されるジアホラーゼには、微生物から直接単離されるジアホラーゼだけでなく、単離されたジアホラーゼを蛋白質工学的な方法によりアミノ酸配列等を改変したものや、遺伝子工学的手法により改変したものも含まれる。例えば、前述の、ゲオバチルス属に分類される微生物等から取得した酵素を改変したものであってもよい。
【0028】
1−3.ジアホラーゼの製造方法
本発明に適用されるジアホラーゼを製造する方法は特に限定されないが、例えば、ジアホラーゼを発現する微生物を培養し、得られた培養液を精製することによって製造することができる。
一般に、目的の蛋白質を、該蛋白質を発現する微生物を培養し、得られた培養液を精製することによって製造する方法は既に当該技術分野において確立されている。よって、当業者はその知見を適用してジアホラーゼを製造することができ、その態様は特に制限されない。
【0029】
本発明に適用されるジアホラーゼの製造方法において、ジアホラーゼの発現系を構築する方法は特に限定されない。例えば、ジアホラーゼの生産能を有する微生物をそのまま発現系として用いればよい。あるいは、ジアホラーゼをコードするDNAを適当な宿主ベクター系に導入して作製した遺伝子組み換え体(形質転換体とも言う)を発現系としてもよい。産業上は、制御がしやすい、安全性がより高い、等の理由で遺伝子組み換え体を用いることが好ましい。
【0030】
ジアホラーゼの生産能を有する微生物としては、上述のゲオバチルス属などの超好熱性始原菌に由来するもの等が挙げられる。
【0031】
遺伝子組み換え体を作製する場合、ジアホラーゼをコードするDNAは、標準的な遺伝子工学的手法を用いて容易に調製することができる(Molecular Cloning 2d Ed, Cold Spring Harbor Lab. Press (1989);続生化学実験講座「遺伝子研究法I、II、III」、日本生化学会編(1986)等参照)。具体的には、上述の、本発明に適用されるジアホラーゼが発現される適当な起源微生物より、常法に従ってcDNAライブラリーを調製し、該ライブラリーから、前記ジアホラーゼのDNA配列に特有の適当なプローブや抗体を用いて所望クローンを選択することにより実施できる。
【0032】
上記の微生物からの全RNAの分離、mRNAの分離や精製、cDNAの取得とそのクローニング、塩基配列の決定等は、いずれも常法に従って実施することができる。本発明のDNAをcDNAライブラリーからスクリーニングする方法も、特に制限されず、通常の方法に従うことができる。例えば、cDNAによって産生されるポリペプチドに対して、該ポリペプチド特異抗体を使用した免疫的スクリーニングにより対応するcDNAクローンを選択する方法、目的のヌクレオチド配列に選択的に結合するプローブを用いたプラークハイブリダイゼーション、コロニーハイブリダイゼーション等やこれらの組合せ等を適宜選択して実施することができる。
【0033】
DNAの取得に際しては、PCR法またはその変法によるDNA若しくはRNA増幅法が好適に利用できる。PCR法に使用されるプライマーも上記で決定した塩基配列に基づいて適宜設計し合成することができる。尚、増幅させたDNA若しくはRNA断片の単離精製は、前記の通り常法に従うことができ、例えばゲル電気泳動法、ハイブリダイゼーション法等によることができる。
【0034】
ジアホラーゼをコードするDNAは、適当な発現ベクターに組み込むことができる。発現ベクターは、適当な宿主細胞内で該DNAを複製可能であり、且つ、その発現が可能である限り、その種類や構造は特に限定されない。ベクターの種類は、宿主細胞の種類を考慮して適当に選択される。ベクターの具体例としては、プラスミドベクター、コスミドベクター、ファージベクター、ウイルスベクター(アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター等)等を挙げることができる。また、セルフクローニングに適したベクターを使用することも可能である。
【0035】
ジアホラーゼをコードするDNAが組み込まれた発現ベクターは、適当な宿主細胞に導入され、該ジアホラーゼを産生する能力を有する形質転換体とすることができる。宿主細胞は、そのDNAを発現してジアホラーゼを生産することが可能である限り、特に制限されない。具体的には、大腸菌、枯草菌等の原核細胞や、酵母、糸状菌などのカビ、昆虫細胞、植物培養細胞、哺乳動物細胞等の真核細胞等を使用することができる。中でも大腸菌、枯草菌、糸状菌が好ましい。大腸菌がさらに好ましい。
【0036】
また、形質転換体では、通常、外来性のDNAが宿主細胞中に存在するが、DNAが由来する微生物を宿主とするいわゆるセルフクローニングによって得られる形質転換体も好適な実施形態である。
【0037】
上記の形質転換体は、好ましくは、上記に示される発現ベクターを用いたトランスフェクション乃至はトランスフォーメーションによって調製される。形質転換は、一過性であっても安定的な形質転換であってもよい。トランスフェクション及びトランスフォーメーションはリン酸カルシウム共沈降法、エレクトロポーレーション、リポフェクション、マイクロインジェクション、Hanahanの方法、酢酸リチウム法、プロトプラスト−ポリエチレングリコール法、等を利用して実施することができる。
【0038】
本発明に適用されるジアホラーゼは、ジアホラーゼを発現する遺伝子組換え体を培養し、得られた培養液を精製することにより製造することができる。培養方法及び培養条件は、ジアホラーゼが生産される限り特に限定されない。即ち、ジアホラーゼが生産されることを条件として、使用する微生物の生育に適合した方法及び条件を適宜設定できる。
【0039】
得られた培養液を回収する方法としては、ジアホラーゼを菌体外に分泌する微生物を用いる場合は、例えば培養上清をろ過、遠心処理等することによって不溶物を除去した後、限外ろ過膜による濃縮、硫安沈殿等の塩析、透析、各種クロマトグラフィーなどを適宜組み合わせて分離、精製を行うことによりジアホラーゼを得ることができる。
【0040】
他方、菌体内から回収する場合には、例えば菌体を加圧処理、超音波処理、機械的手法、又はリゾチーム等の酵素を利用した手法等によって破砕した後、必要に応じて、EDTA等のキレート剤及び界面活性剤を添加してジアホラーゼを可溶化し、水溶液として分離採取し、分離、精製を行うことにより本酵素を得ることができる。ろ過、遠心処理などによって予め培養液から菌体を回収した後、上記一連の工程(菌体の破砕、分離、精製)を行ってもよい。
【0041】
精製は、例えば、減圧濃縮、膜濃縮、さらに硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウムなどの塩析処理、あるいは親水性有機溶媒、例えばメタノール、エタノール、アセトンなどによる分別沈殿法により沈殿処理、加熱処理や等電点処理、吸着剤あるいはゲルろ過剤などによるゲルろ過、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー等を適宜組み合わせて実施することができる。
【0042】
該精製酵素標品は、電気泳動(SDS−PAGE)的に単一のバンドを示す程度に純化されていることが好ましい。
【0043】
なお、培養液からのジアホラーゼ活性を有するタンパク質の採取(抽出、精製など)にあたっては、ジアホラーゼ活性、熱安定性などのうちいずれか1つ以上を指標に行ってもよい。
【0044】
組換えタンパク質として本酵素を得ることにすれば種々の修飾が可能である。例えば、本酵素をコードするDNAと他の適当なDNAとを同じベクターに挿入し、当該ベクターを用いて組換えタンパク質の生産を行えば、任意のペプチドないしタンパク質が連結された組換えタンパク質からなる本酵素を得ることができる。また、糖鎖及び/又は脂質の付加や、あるいはN末端若しくはC末端のプロセッシングが生ずるような修飾を施してもよい。以上のような修飾により、組換えタンパク質の抽出、精製の簡便化、又は生物学的機能の付加等が可能である。
【0045】
なお、上記1−3.に記載の方法で製造するまでもなく、市販品として上記1−2.に記載の(a)〜(c)のいずれかのポリペプチドを満たすものがあれば、それを本発明に適用しても差し支えない。
【0046】
2.糖類、糖アルコール類およびアミノ酸類よりなる群から選ばれるいずれか1つ以上の化合物
本発明に適用される糖類、糖アルコール類およびアミノ酸類よりなる群から選ばれるいずれか1つ以上の化合物は特に限定されない。なお本願において「アミノ酸類」にはオリゴペプチド類および蛋白質類が含まれる。
好ましいものとして、糖類ではシュークロース、ガラクトース、アラビノース、リボース、メリビオース、メレジトース、デキストリン、α−シクロデキストリン、β−シクロデキストリン、γ−シクロデキストリン、糖アルコール類ではイノシトール、ソルビトール、アラビトール、キシリトール、グルシトール、リビトール、D−マンニトール、アミノ酸類ではアラニン、セリン、スレオニン、アスパラギン、グルタミン、バリン、ロイシン、イソロイシン、オリゴペプチド類ではグリシルグリシン、アラニルグルタミン、グリシルグルタミン、グルタチオン、タンパク質類では牛血清アルブミン(BSA)、セリシンなどがある。より好ましくは、マンニトール、イノシトール、キリシトール、トレハロース、ソルビトールおよびL−グルタミン酸ナトリウムよりなる群から選ばれるいずれか1つ以上、を挙げることができる。
【0047】
これらの化合物は、安定化剤として、酵素の乾燥製品化の工程で酵素タンパク質を保護し工程での回収率を向上させ、乾燥製品の保存期間中の失活を防止する目的であるから、その目的を達成し得る範囲で適宜添加量を設定できる。したがってこれらの共存させる各化合物の濃度は特に限定されるものではないが、好ましい下限は2重量%、更に好ましくは20重量%、更に好ましくは30重量%である。夾雑物の持込の危険性から、好ましい上限は300重量%、更に好ましくは100重量%、更に好ましくは70重量%である。なお、これらの添加濃度は、ジアホラーゼ酵素タンパク質に対する重量%で表している。例えば、40mg/mlのジアホラーゼに対して50重量%の安定化剤を添加したとすると、1mlあたり20mg安定化剤を溶解したことになる。また、添加された化合物は酵素が溶液の状態であっても保護作用を有し、溶液中酵素活性の安定的な保持に寄与する。
【0048】
上記に示すジアホラーゼの抽出・精製・乾燥化、および安定性試験に用いる緩衝液の組成は特に限定しないが、好ましくはpH4〜9の範囲で緩衝能を有するものであればよく例えばホウ酸、トリス塩酸、リン酸カリウム等の緩衝剤や、ACES、BES、Bicine、Bis−Tris,CHES、EPPS、HEPES、HEPPSO、MES、MOPS、MOPSO、PIPES、POPSO、TAPS、TAPSO、TES、Tricineといったグッド緩衝剤が挙げられる。また、フタル酸、マレイン酸、グルタル酸などのような、ジカルボン酸をベースとした緩衝剤も挙げることができる。これらのうち1種のみを適用してもよいし、2種以上を用いてもよい。更には上記以外を含む1種以上の複合組成であってもよい。また、必要に応じて緩衝液中にEDTA等のキレート剤、および、または、界面活性剤を含んでいてもよい。
また、これらの添加濃度としては、緩衝能を持つ範囲であれば特に限定されないが、好ましい上限は100mM以下、より好ましくは50mM以下である。好ましい下限は5mM以上である。
乾燥粉末あるいは凍結乾燥物などの中においては緩衝剤の含有量は、特に限定されるものではないが、好ましくは0.1%(重量比)以上、特に好ましくは0.1〜80%(重量比)の範囲で使用される。
これらは、種々の市販の試薬を用いることができる。
【0049】
乾燥工程に供する酵素液は、好ましくはタンパク質濃度として5g/L以上、より好ましくは10g/L以上、更に好ましくは20g/L以上であるように濃度を調整する。乾燥工程に供する酵素があまりに希薄な場合、乾燥工程で回収率が低下することが多く、得られた乾燥製品が取り扱いにくい形状となることが多い。また、過度に高濃度である場合、乾燥に時間がかかることがある。
【0050】
3.組成物
本発明の組成物は、上記1.で説明したジアホラーゼ、および、上記2.で説明した糖類、糖アルコール類およびアミノ酸類よりなる群から選ばれるいずれか1つ以上の化合物を含むことを特徴とする組成物である。
本発明の組成物の形態は特に限定されない。凍結乾燥や粉末などの乾燥状態および液体状態のどちらでもよい。そのような組成物の製造方法は既に当該技術分野において確立されている。よって、当業者はその知見を適用して本発明の組成物を製造することができ、その態様は特に制限されない。
【0051】
4.安定化法
本発明のジアホラーゼの安定化法は、(a)ジアホラーゼ、(b)糖類、糖アルコール類およびアミノ酸類よりなる群から選ばれるいずれか1つ以上の化合物を共存させることを特徴とする。
上記(a)(b)以外に他の成分が共存していても良く、その組成は特に限定されない。ジアホラーゼの用途(例えば後述の「5.プロダクト」に例示された用途)に応じて、(a)(b)のほかにどのような成分が必要かについては、既に当該技術分野において確立されている。よって、当業者は態様に制限を受けることなくその知見を適用して、本発明の安定化法を構築することが出来、また、その方法を実現するための組成物を製造することが出来る。
【0052】
本発明でいう安定性の向上とは、ジアホラーゼを37℃で4週間保存した後、維持されているジアホラーゼの残存率(%)が安定化剤を何も添加しない場合に比して増大するか、もしくは少なくとも維持されることを意味する。
【0053】
具体的に、安定性が向上しているかどうかの判断は、次のように行った。
後述のジアホラーゼ酵素活性の測定方法に記載の活性測定法において、乾燥化を行った後の乾燥品重量あたりのジアホラーゼ活性値(a)と、一定温度で一定期間保存した後の乾燥品重量あたりのジアホラーゼ活性値(b)を測定し、測定値(a)を100とした場合に対する相対値((b)/(a)×100)を求めた。この相対値を残存率とした。そして、該化合物の添加の有無を比較して、添加により残存率が増大した場合、安定性が向上したと判断した。
【0054】
なお、本発明の組成物の構成を満たしているだけでも、安定性が向上していると推定する。
【0055】
5.ジアホラーゼを含むプロダクト
本発明の別の態様は、上記の3.で説明したジアホラーゼ組成物を含むプロダクトである。
本明細書において「プロダクト」とは、使用者が或る用途を実行する目的で用いる1セットのうち一部または全部を構成する製品であって、本発明のジアホラーゼ組成物を含むものを意味する。
【0056】
本発明のプロダクトは、種々の用途に適用することができ、特に限定されるものではないが、典型的には以下の2つの原理のうちいずれかを利用するものが例示できる。
(a)ジアホラーゼによりNADHなどの基質を測定すること。
(b)ジアホラーゼによる酵素反応により電流を発生させること。
【0057】
上記の(a)の原理を用いるものとしては、体外診断の用途(例えば種々の生体成分の測定)が挙げられる。これらの生体成分測定方法は既に当該技術分野において確立されている。よって、公知の方法に従い、本発明のジアホラーゼを用いて、各種試料中の生体成分の量又は濃度を測定することができる。
本発明のジアホラーゼを用いて生体成分の濃度又は量を測定する限り、その態様は特に制限されないが、例えば、グルコース、ラクテートデヒドロゲナーゼ(LDH)、クレアチンキナーゼ(CK)、中性脂肪(TG)、胆汁酸および総分岐鎖アミノ酸(BCAA)などの生体成分等を測定するための試薬、キット、センサなど種々の形態が例示できる。
以下、グルコースを測定する場合を例にとり、説明する。
【0058】
グルコース測定用組成物の場合は、GDH反応により生じたNADHが、ジアホラーゼを介して、DCPIPなどの電子受容体を還元させて自身はNADに戻り、DCPIPの構造が変化することによって生じる吸光度の差を比色定量することにより、グルコースの濃度を求めることができる。グルコースを含有する試料は、特に制限されないが、例えば、血液、飲料、食品等を挙げることができる。
【0059】
グルコース測定用組成物は、キットの形態であってもよい。該キットは、例えば、ジアホラーゼを少なくとも1回のアッセイに十分な量で含み、典型的には、アッセイに必要な緩衝液、メディエータ、キャリブレーションカーブ作製のためのグルコース標準溶液、ならびに使用の指針を含む。本発明のジアホラーゼは種々の形態で、例えば、凍結乾燥された試薬として、または適切な保存溶液中の溶液として提供することができる。
【0060】
センサの形態でのグルコース濃度の測定は、例えば、以下のようにして実施することができる。恒温セルに緩衝液を入れ、一定温度に維持する。メディエータとしては、フェリシアン化カリウム、フェナジンメトサルフェートなどを用いることができる。作用電極として本発明のジアホラーゼを固定化した電極を用い、対極(例えば白金電極)および参照電極(例えばAg/AgCl電極)を用いる。カーボン電極に一定の電圧を印加して、電流が定常になった後、グルコースを含む試料を加えて電流の増加を測定する。標準濃度のグルコース溶液により作製したキャリブレーションカーブに従い、試料中のグルコース濃度を計算することができる。
【0061】
電極としては、カーボン電極、金電極、白金電極などを用い、この電極上に本発明の酵素を固定化する。固定化方法としては、架橋試薬を用いる方法、高分子マトリックス中に封入する方法、透析膜で被覆する方法、光架橋性ポリマー、導電性ポリマー、酸化還元ポリマーなどがあり、あるいはフェロセンあるいはその誘導体に代表される電子メディエータとともにポリマー中に固定あるいは電極上に吸着固定してもよく、またこれらを組み合わせて用いてもよい。典型的には、ジアホラーゼを、グルタルアルデヒドを用いてカーボン電極上に固定化した後、アミン基を有する試薬で処理してグルタルアルデヒドをブロッキングする。
【0062】
上記の(b)の原理を用いるものとしては、酵素電極(固定化電極であっても良い)、酵素センサ、燃料電池、さらには一つまたは複数の燃料電池を有する電子機器など種々の形態が例示できる。
【0063】
グルコースデヒドロゲナーゼおよびジアホラーゼを用いた、グルコースの酸化反応により電子を取り出す燃料電池は既に当該技術分野において確立されている。よって、公知の方法に従い、本発明のジアホラーゼを用いて、燃料電池を作製し稼動させることができる。
本発明のジアホラーゼを用いて燃料電池を作製し稼動させる限り、その態様は特に制限されないが、例えば、以下のような手段により電池として稼動させることができる。まず、本発明のジアホラーゼをバイオ燃料電池の負極において、GDH、オスミウム錯体などの電子メディエータなどとともに固定化し、一方、正極において、ビリルビンオキシダーゼ(BOD)、ラッカーゼ、アスコルビン酸オキシダーゼなどから選択される酸化還元酵素と、ヘキサシアノ鉄酸イオンなどのメディエータを固定化する。さらに、負極と正極とを電子伝導性を持たずプロトンのみ伝導する電解質層を介して対向した構造を構築し、負極では、燃料として供給されたグルコースを酵素により分解し電子を取り出すとともにプロトン(H+)を発生させ、正極では、負極から電解質層を通って輸送されたプロトンと負極から外部回路を通って送られた電子と例えば空気中の酸素とにより水を生成させる。
グルコースを含有する燃料は、特に制限されないが、例えば、血液、飲料、食品等を挙げることができる。
【0064】
本発明の燃料電池は電力が必要なものであれば何にでも用いることができ、また、大きさも問わない。具体的には、この燃料電池は、例えば、電子機器、移動体(自動車、二輪車、航空機、ロケット、宇宙船など)、動力装置、建設機械、工作機械、発電システム、コージェネレーションシステムなどに用いることができる。
【実施例】
【0065】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0066】
実施例1 形質転換体の取得
本発明にもちいた、配列番号1のポリペプチドと配列番号2のポリペプチドのアライメントを
図1に示す。
配列番号1のポリペプチドをコードする構造遺伝子をGenScript社により合成した。合成遺伝子はプラスミドであるpUC57のLacZプロモーター下流に挿入されていた。そこで、合成遺伝子が挿入されていたプラスミドをそのまま発現ベクターとして用いることとし、これを組換え発現プラスミドpUC−DI−1と命名した。保持する発現プラスミドをエシェリヒア・コリー(Escherichia coli)DH5α株コンピテントセル(東洋紡製)に形質転換し、SOC培地中で1hr、37℃で前培養後、LB−amp寒天培地に展開し、コロニーである該形質転換体を取得した。得られた形質転換体を、エシェリヒア・コリーDH5α(pUC−DI−4)と命名した。配列番号2も同様な手法により、エシェリヒア・コリーDH5α(pUC−DI−1)を得た。
【0067】
実施例2 酵素の準備
実施例1にて取得した形質転換体、エシェリヒア・コリーDH5α(pUC−DI−4)のコロニーを一白金耳試験管5mlのLB−amp液体培地に植菌し、30℃で16時間培養した。これを、種培養とした。
次に、TB液体培地(トリプトン1.2%、イーストイクストラクト2.4%、グリセロール0.4%、KH
2PO
4 0.23%、K
2HPO
4 1.25%、pH7.0)を試験管に入れ、オートクレーブで滅菌し、本培養培地の培地とした。
TB培地500mLを2L坂口フラスコに入れ、オートクレーブで滅菌し、本培養培地とした。5mLの種培養液を本培養培地に植菌し、培養温度30℃、180rpmで24時間振とう培養した。その後、菌体を遠心分離により集菌し、菌体を回収した。得られた菌体を20mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.5)に懸濁した。
エシェリヒア・コリーDH5α(pUC−DI−1)に対しても、同様な操作を行った。
【0068】
懸濁液をフレンチプレス(Niro Soavi製)に流速160mL/分で送液し、700〜1000barで破砕した。続いて、エチレンイミン(ポリマー)(ナカライテスク株式会社)をポリエチレンイミン含有量5%になるように調整した5%ポリエチレンイミン溶液(pH7.5)を準備し、破砕液へ破砕液量に対し5%になるように徐々に添加して、室温で30分間攪拌した後、ろ過助剤を用いて余分な沈殿を除去した。次に0.5飽和になるように硫酸アンモニウム(住友化学(株)製)を徐々に添加し、硫安分画を行い、NAD依存型グルコースデヒドロゲナーゼ活性を持つタンパク質を沈殿させ回収し、回収したタンパク質の沈殿を20mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.5)に懸濁した。次に、懸濁液をSephadex G−25のゲルを用いて脱塩した。その後、予め20mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.5)で平衡化した400mLのDEAEセファロースFastFlow(GEヘルスケア製)カラムにかけ、0.5M NaClを含む20mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.5)のリニアグラジエントで溶出させた。そして、溶出されたNAD依存型グルコースデヒドロゲナーゼ画分を分画分子量10,000の中空糸膜(スペクトラムラボラトリーズ製)で濃縮した。濃縮液をSephadex G−25のゲルを用いて脱塩し、精製酵素を得た。
エシェリヒア・コリーDH5α(pUC−DI−1)に対しても、同様な操作を行った。
【0069】
実施例3 ジアホラーゼ粉末の安定化効果を有する化合物のスクリーニング
エシェリヒア・コリーDH5α(pUC−DI−4)由来の精製酵素を用いて、マンニトール、イノシトール、キリシトール、トレハロース、ソルビトール、L−グルタミン酸ナトリウム、L−セリン、L−スレオニンが安定化効果を持つかを検討した。同時に、安定化剤が効果を発揮する濃度をみるため、30%、50%、70%の安定化剤濃度を検討した。表1に、Geobacillus thermodenitrificans NG80−2由来野生型ジアホラーゼと安定化剤および濃度の影響を示す。
【0070】
【表1】
【0071】
実施例2で取得した標品は20mMリン酸カリウム緩衝液(pH7.5)中に約70mg/mlのジアホラーゼタンパク質を含んでいる。30%濃度の安定化剤の検討は、70mgのジアホラーゼを含有する酵素液に対して、21mgの安定化剤を溶解し、30%濃度とし、活性測定を行った。50%濃度の安定化剤の検討は、70mgのジアホラーゼを含有する酵素液に対して、35mgの安定化剤を溶解し、50%濃度とし、活性測定を行った。70%濃度の安定化剤の検討は、70mgのジアホラーゼを含有する酵素液に対して、49mgの安定化剤を溶解し、70%濃度とし、活性測定を行った。各種安定化剤を添加した酵素溶液から正確に2mlずつ、風袋重量を測定済みのバイアルに分取した。また、コントロールには、安定化剤を添加しないものを用意した。これを凍結真空乾燥(FDR)して、水分を完全に蒸発させた後、バイアルの重量を測定し、風袋重量を差し引いて得られた粉末重量を算出した。その後に約10mgの粉末をスピッツロールに正確に計量し、(1)直ちに活性測定、(2)37℃で4週間保存してから活性測定、を行い粉末重量あたりの活性を計算した。活性残存率は、FDR直後の粉末重量あたりの活性を100%として、37℃処理後の各サンプルの粉末重量あたりの活性の割合を算出した。その結果、糖類、糖アルコール類、アミノ酸類、タンパク質類の多くで何も添加しない場合と比較して安定性の向上が見られた(表1)。
具体的には安定化剤を入れない無添加の場合、37℃で4週間保存すると残存活性が74.6%であった。安定化剤としてマンニトール、イノシトール、トレハロース、ソルビトールを加えると、37℃で4週間保存すると残存活性74.6%を上回り、安定化効果を確認することができた。マンニトール、イノシトール、トレハロース、ソルビトールはすべての濃度範囲で安定化効果を持つことが分かった。キシリトールは70%濃度加えると、残存活性80.8%となり、安定化効果を示した。L−グルタミン酸ナトリウムは30%濃度で残存活性77.0%となり安定化効果を示した。L−セリン、L−スレオニンを加えた場合、すべての濃度で残存活性74.6%を下回り、安定化効果が無いことが分かった。
【0072】
実施例4
次に、実施例3で安定化効果が見られた化合物に対して、エシェリヒア・コリーDH5α(pUC−DI−1)由来の精製酵素を用いて、安定化効果を検証した。表2に、Geobacillus sp. Y4.1MC1由来野生型ジアホラーゼと安定化剤および濃度の影響を示す。
【0073】
【表2】
【0074】
具体的には安定化剤を入れない無添加の場合、37℃で4週間保存すると残存活性が88.9%であった。安定化剤としてマンニトール、イノシトール、トレハロースを加えると、37℃で4週間保存すると残存活性88.9%を上回り、安定化効果を確認することができた。マンニトール、イノシトール、トレハロースはすべての濃度範囲で安定化効果を持つことが分かった。
図1が示すように、配列番号1と配列番号2はアミノ酸配列が異なるにもかかわらず、マンニトール、イノシトール、トレハロースが共通して、顕著な安定化効果を持つことが分かる。つまり、ゲオバチルス属由来ジアホラーゼに対し、マンニトール、イノシトール、トレハロースは有用な安定化剤であるといえる。