特許第6160471号(P6160471)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6160471飛行時間型質量分析装置及び該装置を用いた質量分析方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6160471
(24)【登録日】2017年6月23日
(45)【発行日】2017年7月12日
(54)【発明の名称】飛行時間型質量分析装置及び該装置を用いた質量分析方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/40 20060101AFI20170703BHJP
   H01J 49/04 20060101ALI20170703BHJP
   G01N 27/62 20060101ALI20170703BHJP
【FI】
   H01J49/40
   H01J49/04
   G01N27/62 D
   G01N27/62 Y
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-262298(P2013-262298)
(22)【出願日】2013年12月19日
(65)【公開番号】特開2015-118838(P2015-118838A)
(43)【公開日】2015年6月25日
【審査請求日】2016年4月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森本 健太郎
【審査官】 鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/055293(WO,A1)
【文献】 特表2005−521030(JP,A)
【文献】 特開2011−233398(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60−27/70
G01N 27/92
H01J 40/00−49/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプルプレート上の異なる位置に用意された複数の目的試料に対する質量分析をそれぞれ実行するとともに、前記サンプルプレート上で前記目的試料とは異なる位置に用意された、それぞれ質量電荷比が既知である化合物を含む複数の標準試料に対する質量分析を行った結果を用いて前記目的試料に対する質量分析により得られた結果を校正する校正処理を行う飛行時間型質量分析装置において、
a)サンプルプレート上の複数の標準試料の全てについて、その標準試料に対する質量分析を行った結果を用いてそれぞれ得られた校正情報を記憶しておく校正情報記憶部と、
b)前記サンプルプレート上の複数の目的試料のうちの一つの目的試料に対する質量分析の結果が得られると、前記サンプルプレート上でその目的試料の最も近くに位置する標準試料に対する校正情報を前記校正情報記憶部から取得し、該校正情報を用いてその目的試料の質量分析結果を校正する校正実行部と、
を備えることを特徴とする飛行時間型質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の飛行時間型質量分析装置であって、
予め指定された順序で、複数の目的試料に対する質量分析を順次実行する測定実行制御部、をさらに備え、前記校正実行部は、前記測定実行制御部の制御の下に複数の目的試料に対する質量分析が順次実行されるとき、一つの目的試料に対する質量分析の結果が得られる毎に、該質量分析結果の校正を実行することを特徴とする飛行時間型質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載の飛行時間型質量分析装置であって、
標準試料に対する質量分析を行うことで得られたマススペクトル又は飛行時間スペクトルを表示するスペクトル表示部、
その表示されたスペクトル上の特定のピークを質量電荷比が既知である化合物由来のピークであるとしてユーザが指示するための指示部、及び、
該指示部を介して指示されたピークに対応する実測の質量電荷比又は飛行時間と既知の質量電荷比又は飛行時間との誤差を求め、その誤差に基づいて校正情報を作成する校正情報作成部、
を含む校正情報取得部をさらに備え、前記校正情報記憶部は、前記校正情報取得部により得られた各標準試料に対する校正情報をそれぞれ記憶することを特徴とする飛行時間型質量分析装置。
【請求項4】
請求項3に記載の飛行時間型質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
a)複数の標準試料のうちの一つの標準試料に対する質量分析の結果が得られると、ユーザが前記校正情報取得部により校正情報を取得して前記校正情報記憶部に校正情報を記憶する、という作業を複数の標準試料の全てについて実行する校正情報準備ステップと、
b)複数の標準試料の全てについての校正情報が前記校正情報記憶部に記憶された状態で、前記測定実行制御部による制御の下に、複数の目的試料に対する質量分析を順次実行する測定実行ステップと、
c)前記測定実行ステップによる測定実行の過程で、前記校正実行部により、一つの目的試料に対する質量分析の結果が得られる毎に、該質量分析結果の校正を実行する校正実行ステップと、
を有することを特徴とする質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飛行時間型質量分析装置及び該装置を用いた質量分析方法に関し、さらに詳しくは、サンプルプレート上に用意された多数の試料に対する測定を順次実行するマトリクス支援レーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置に好適な飛行時間型質量分析装置、及び該装置を用いた質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マトリクス支援レーザ脱離イオン化飛行時間型質量分析装置(以下、慣用に従って「MALDI−TOFMS」という)を用いた測定では、サンプルプレート上に用意されている試料に対してレーザ光を照射し、試料に含まれる目的化合物由来のイオンを発生させる。そして、発生した各種イオンに一定の加速エネルギを付与して飛行空間に導入し、それらイオンが一定距離の飛行空間を飛行して検出器に到達するまでの飛行時間をそれぞれ計測する。各イオンの飛行時間はそのイオンの質量電荷比と所定の関係を有するから、この関係を利用して、計測された飛行時間を質量電荷比に換算し、例えば質量電荷比と信号強度との関係を示すマススペクトルを作成する。
【0003】
MALDI−TOFMSでは、例えば周囲温度の変化の影響やサンプルプレートの高さの不均一性など、様々な要因によって飛行距離が微妙に変化すると、それが質量誤差に繋がる。そこで、目的化合物由来のイオンの質量電荷比を正確に求めるために、理論的な(つまりは正確な)質量電荷比が既知であるキャリブラントと呼ばれる標準物質を含む標準試料を測定した結果に基づいて、目的試料を測定した結果を校正する、キャリブレーションと呼ばれる処理が一般に行われる(特許文献1など参照)。
【0004】
一例として、MALDI−TOFMSを用いたタンパク質の測定などの際によく用いられる、代表的なキャリブラントである7種類のペプチド混合物とその理論質量を図5に示す。また、それらキャリブラントを実測して得られる質量の一例と、それに対する質量誤差(理論質量と実測質量とのずれ)も併せて図5に示す。
【0005】
一般にMALDI−TOFMSを用いた測定では、サンプルプレート上に用意された多数の試料を順番に測定していくことが多いが、1枚のサンプルプレートであっても、そのプレート面内の位置による質量電荷比の差(つまりは質量誤差)が大きい。これは主に、1枚のサンプルプレートの曲がりや厚さの不均一性などによるものである。そのため、サンプルプレート上には測定対象である目的試料をスポッティングするウェルのほかに、キャリブラントをスポッティングするキャリブラントウェルが複数設けられ、或るサンプルの測定結果のキャリブレーションは、該目的試料のウェルに最も近いキャリブラントウェルに用意されているキャリブラントを測定した結果を利用して行われる。
【0006】
具体的には、サンプルプレート上の多数の試料に含まれる目的化合物由来イオンの質量電荷比の取得は、例えば以下のような手順で行われている。
(1)サンプルプレート上の或る目的試料を測定したい場合、その目的試料のウェルに最も近いキャリブラントウェルに用意されている標準試料(複数のキャリブラントを含むキャリブラント混合物)の測定を行い、マススペクトルを取得する。
(2)そのマススペクトルに現れているピークを分析者が目視で確認して、キャリブラント由来のピークを判別し、キャリブラント由来であると判断したピークの位置に該キャリブラントの理論質量を示すマーキングを行う。即ち、実測マススペクトル上のピークと理論質量とを結び付ける。複数のキャリブラントについてピーク、つまりは実測質量と理論質量との対応関係が得られると、図6に示すような質量誤差近似計算のための校正線(校正情報)が求まる。
(3)そのあと、標準試料測定時と同一測定条件で以て目的試料を測定し、その測定結果を上記校正情報を用いてキャリブレーションし、目的化合物由来イオンの正確な質量電荷比を求める。
【0007】
上記(1)〜(3)の作業を、異なるサンプルウェルに形成されている各目的試料に対して繰り返し実行することで、各目的試料に含まれる目的化合物由来のイオンの正確な質量電荷比を求める。こうした作業は分析者の手作業によるところが大きく、スループットを上げるのが難しい。特に、キャリブレーションのための作業は、以下のような理由により自動化が難しい。
【0008】
即ち、精度のよいキャリブレーションを行うには、マススペクトル上でキャリブラント由来のピークが十分な信号強度で以て出現しているか否か確認する必要がある。自動的なデータ処理ではこうした判断を的確に行うことが難しいため、分析者がマススペクトルを見て判断せざるを得ない。また、マススペクトル上でキャリブラント由来のピークが現れるであろう位置はそのキャリブラントの理論質量からおおよそ推測可能であるものの、周囲環境等の装置状況によっては質量誤差が極端に大きい場合もあり、自動的なデータ処理ではキャリブラント由来のピーク位置を確実に決定するのは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005−292093号公報
【特許文献2】特開2009−52994号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記理由のため、MALDI−TOFMSでは、正確なキャリブレーションによる測定を自動化し、スループットを向上させるのが難しいという課題があった。本発明はこうした課題に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、多数の試料を測定する際のキャリブレーション作業の手間を軽減するとともに、分析のスループットを向上させることができる飛行時間型質量分析装置及び該装置を用いた質量分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明は、サンプルプレート上の異なる位置に用意された複数の目的試料に対する質量分析をそれぞれ実行するとともに、前記サンプルプレート上で前記目的試料とは異なる位置に用意された、それぞれ質量電荷比が既知である化合物を含む複数の標準試料に対する質量分析を行った結果を用いて、前記目的試料に対する質量分析により得られた結果を校正する校正処理を行う飛行時間型質量分析装置において、
a)サンプルプレート上の複数の標準試料の全てについて、その標準試料に対する質量分析を行った結果を用いてそれぞれ得られた校正情報を記憶しておく校正情報記憶部と、
b)前記サンプルプレート上の複数の目的試料のうちの一つの目的試料に対する質量分析の結果が得られると、前記サンプルプレート上でその目的試料の最も近くに位置する標準試料に対する校正情報を前記校正情報記憶部から取得し、該校正情報を用いてその目的試料の質量分析結果を校正する校正実行部と、
を備えることを特徴としている。
【0012】
ここでいう質量分析結果の校正とは、質量分析によって1次的に得られたイオン種毎の飛行時間の校正、又は、飛行時間から理論的な計算により又は標準的な校正線に基づいて換算された質量電荷比の校正、のいずれかである。
【0013】
また、本発明に係るTOFMSにおいて、試料(目的試料、標準試料)中の化合物をイオン化するイオン化法はサンプルプレートを利用したイオン化法であれば特に限定されないが、代表的なイオン化法は上述したMALDIである。そのほか、マトリクスを用いないレーザ脱離イオン化法(LDI)、表面支援レーザ脱離イオン化法(SALDI)、二次イオン質量分析法(SIMS)、脱離エレクトロスプレイイオン化法(DESI)、エレクトロスプレイ支援/レーザ脱離イオン化法(ELDI)などでもよい。
【0014】
本発明に係るTOFMSでは、或るサンプルプレート上の目的試料に対する測定を行うのに先立って、そのサンプルプレート上に用意されている全ての標準試料に対する測定結果に基づく校正情報が校正情報記憶部に記憶される。このとき、サンプルプレート上での標準試料の位置を示す情報、例えば規定の順序で付された識別番号や位置を示すアドレスなど、と対応付けて校正情報を記憶しておくようにするとよい。
サンプルプレート上の或る目的試料を測定し、その目的試料中の1又は複数の化合物由来のイオンの質量電荷比を求める際には、標準試料の測定は実行せず、校正実行部は校正情報記憶部に格納されている校正情報を読み出し、これを利用して校正処理を行う。その際に、サンプルプレート上でその目的試料の最も近くに位置する標準試料に基づく校正情報を利用する。それによって、サンプルプレート表面の高さなどの、質量誤差に影響を与える測定条件が目的試料に最も近い標準試料に基づく校正情報を利用して、校正を行うことができる。
【0015】
また本発明に係る飛行時間型質量分析装置において、好ましくは、予め指定された順序で、複数の目的試料に対する質量分析を順次実行する測定実行制御部、をさらに備え、
前記校正実行部は、前記測定実行制御部の制御の下に複数の目的試料に対する質量分析が順次実行されるとき、一つの目的試料に対する質量分析の結果が得られる毎に、該質量分析結果の校正を実行する構成とするとよい。
【0016】
或るサンプルプレート上の複数の目的試料に対する測定が実行される前に、そのサンプルプレート上の全ての標準試料に対する校正情報は校正情報記憶部に格納されている。そのため、上記構成では、測定実行制御部の制御の下に、複数の目的試料に対する質量分析を順次実行してゆく途中で、標準試料に対する質量分析を実行したり、その質量分析結果に基づいて校正情報を作成したりする作業が不要になる。上述したように、校正情報を作成する際には、例えばマススペクトルに現れるピークをユーザが確認したうえで判別するといった、ユーザの手作業が避けられないが、複数の目的試料に対する質量分析の実行の途中で校正情報の作成が不要になることで、複数の目的試料に対する質量分析の実行と校正処理とを人手に頼らずほぼ完全に自動化することができる。
【0017】
また本発明に係る飛行時間型質量分析装置は、標準試料を質量分析した結果に基づいて校正情報を作成し校正情報記憶部に記憶するために、標準試料に対する質量分析を行うことで得られたマススペクトル又は飛行時間スペクトルを表示するスペクトル表示部、その表示されたスペクトル上の特定のピークを質量電荷比が既知である化合物由来のピークであるとしてユーザが指示するための指示部、及び、該指示部を介して指示されたピークに対応する実測の質量電荷比又は飛行時間と既知の質量電荷比又は飛行時間との誤差を求め、その誤差に基づいて校正情報を作成する校正情報作成部、を含む校正情報取得部をさらに備え、前記校正情報記憶部は、前記校正情報取得部により得られた各標準試料に対する校正情報をそれぞれ記憶する構成とすることが好ましい。
【0018】
この構成では、標準試料の実測結果であるスペクトルをユーザ自身が目視で確認し、例えば標準試料に含まれる化合物由来のピークの位置やその信号強度などが適切であるか否かを判断した上で、質量電荷比が既知である化合物由来のピークであると推定されるピークを指示部により指示する。この指示に応じて校正情報作成部は、指示されたピークに対応する実測の質量電荷比又は飛行時間と既知の質量電荷比又は飛行時間との誤差を計算し、その誤差に基づいて校正情報を作成する。このように校正情報作成時にはユーザによる確認や判断が入るので、ノイズピークや夾雑物由来のピークなどを質量電荷比が既知である化合物由来のピークであると誤認識することを回避することができ、正確な校正情報を求めることができる。
【0019】
また上記課題を解決するためになされた本発明に係る質量分析方法は、上記本発明に係る飛行時間型質量分析装置を用いた質量分析方法であって、
a)複数の標準試料のうちの一つの標準試料に対する質量分析の結果が得られると、ユーザが前記校正情報取得部により校正情報を取得して前記校正情報記憶部に校正情報を記憶する、という作業を複数の標準試料の全てについて実行する校正情報準備ステップと、
b)複数の標準試料の全てについての校正情報が前記校正情報記憶部に記憶された状態で、前記測定実行制御部による制御の下に、複数の目的試料に対する質量分析を順次実行する測定実行ステップと、
c)前記測定実行ステップによる測定実行の過程で、前記校正実行部により、一つの目的試料に対する質量分析の結果が得られる毎に、該質量分析結果の校正を実行する校正実行ステップと、
を有することを特徴としている。
【0020】
本発明に係る質量分析方法では、正確な校正情報を作成するためにユーザによる確認や判断が必要である校正情報準備ステップにおける処理にのみユーザが関与し、測定実行ステップ及び校正実行ステップにおける処理は、ユーザの関与なしに自動的に遂行される。そのため、目的試料の質量分析結果を校正するのに最も適当な標準試料をユーザが選んで該標準試料に対する質量分析を実施し、その質量分析結果に基づいてユーザが校正情報を作成し、引き続き、目的試料に対する質量分析を実行してその結果を校正するという、作業を、繰り返し実行する必要はなくなる。それによって、ユーザの負担が軽減されるとともに、従来に比べて大幅な自動化が図れるため、分析のスループットが向上する。
【0021】
なお、本発明に係る質量分析方法では、校正情報準備ステップの処理が終了して校正情報が用意された直後に、測定実行ステップ及び校正実行ステップにおける処理を実行することが望ましい。何故なら、そのほうが、校正情報作成のための標準試料に対する質量分析と目的試料に対する質量分析とにおける装置の真空度や温度などの分析条件の変化が小さいからである。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る飛行時間型質量分析装置及び該装置を用いた質量分析方法によれば、サンプルプレート上に用意されている多数の目的試料を順次測定する際の、ユーザによるキャリブレーション作業の手間を軽減することができるとともに、分析のスループットを向上させることができる。また、そのような分析の効率化を図りながら、正確なキャリブレーションを実行し、高い質量精度を達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の一実施例であるMALDI−TOFMSの要部の構成図。
図2】本実施例のMALDI−TOFMSで測定されるサンプルプレートの一部平面図。
図3】本実施例のMALDI−TOFMSにおける特徴的な測定動作を示すフローチャート。
図4】本実施例のMALDI−TOFMSにおけるキャリブレーションファイルとサンプルデータファイルとの対応関係を示す模式図。
図5】代表的なキャリブラントである7種類のペプチド混合物についての理論質量、実測質量の一例、及びそれに対する質量誤差を示す図。
図6】キャリブレーションに使用される質量誤差近似計算のための校正線の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の一実施例であるMALDI−TOFMS及び該装置を用いた質量分析方法について、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例のMALDI−TOFMSの要部の構成図である。
【0025】
その上面に多数の試料6を保持するサンプルプレート5は、モータ(図示せず)等を含むステージ駆動部7により図1中のX−Yの2軸方向に移動可能なステージ4上に載置される。試料6はMALDI用にマトリクスを用いて調製されたものである。この多数の試料6のうちの一つの試料6aに対し、レーザ照射部1から出射して集光レンズ2、反射鏡3を経たパルス状のレーザ光が照射され、それにより、その試料6aに含まれる化合物がイオン化される。レーザ光の照射位置は固定されており、ステージ駆動部7によりステージ4を互いに直交するX軸、Y軸の2軸方向に移動させることで、サンプルプレート5上の任意の位置の試料6に対してレーザ光を照射し測定を行うことができる。
【0026】
ステージ4の上方には、レーザ光が照射されることで試料6aから発生したイオンをその発生位置の近傍から上方に引き出すための電場を形成する引き出し電極8と、引き出されたイオンに加速エネルギを付与するための加速電極9と、が配設されている。加速電極9により加速エネルギを付与されて飛行を開始したイオンは、フライトチューブ10内に形成された飛行空間11中を飛行して検出器12に到達する。飛行空間11中では質量電荷比が小さいイオンほど大きな飛行速度を有するため、ほぼ同時に飛行を開始した各種のイオンの中で、質量電荷比が小さなイオンから順に検出器12に到達して検出される。
【0027】
なお、本実施例のTOFMSはイオンを直線的に飛行させるリニアTOFMSであるが、イオンの飛行軌道を反転させるリフレクトロンを備えたリフレクトロンTOFMS、或いは、イオンを周回軌道に沿って繰り返し飛行させるマルチターンTOFMSなどでもよいことは当然である。
【0028】
検出器12は入射したイオンの量に応じた検出信号を出力し、この検出信号はアナログ-デジタル変換器(ADC)13によりデジタルデータに変換されてデータ処理部20に入力される。データ処理部20は、キャリブレーション情報作成部21、キャリブレーションファイル記憶部22、キャリブレーション実行部23、サンプルデータファイル記憶24、などの機能ブロックを含む。また、制御部30は測定動作を制御するとともにユーザインターフェイスを担うものであり、自動測定制御部31を機能ブロックとして含む。データ処理部20や制御部30の少なくとも一部の機能は、パーソナルコンピュータにインストールされた専用の制御・処理ソフトウエアがそのコンピュータ上で動作することにより具現化され、その場合、制御部30に接続された操作部32はキーボードやマウス等のポインティングデバイスであり、表示部33はディスプレイモニタである。
【0029】
図2は、本実施例のMALDI−TOFMSで使用されるサンプルプレートの一部上面を示す平面図である。サンプルプレート5はステンレスなどの導電体からなり、その上面には、試料を滴下する位置を示す目印となるウェルが形成されている。ウェルは窪み(凹部)である場合もあるが、単なる目印の刻印である場合もある。図2に示した例では、格子の交点位置に、測定対象である目的試料を固定するための多数のサンプルウェル5aが配置される。また、隣接する4個のサンプルウェル5aの中間位置に、キャリブラントが含まれる標準試料を固定するためのキャリブラントウェル5bが配置されている。即ち、図2中に点線で示す、2×2=4個のサンプルウェル5a毎に、1個のキャリブラントウェル5bが設けられている(例えば特許文献2など参照)。
【0030】
サンプルプレート5上に形成されたサンプルウェル5a及びキャリブラントウェル5bにはそれぞれ、1から始まる連続番号であるウェル番号が付されている。ここでは、サンプルウェル5aの番号をs1、s2、…で示し、キャリブラントウェル5bの番号をc1、c2、…で示す。使用するサンプルプレートの種類などによってウェルの総数や配置は決まっているから、測定に際してサンプルプレートの種類のプレート情報をユーザが操作部32から入力することで、制御部30はステージ4上にセットされたサンプルプレート5上のウェルの位置などを認識し得る。また、サンプルプレート5上のサンプルウェル5aのウェル番号、或いはキャリブラントウェル5bのウェル番号が指定されれば、ステージ4上にセットされたサンプルプレート5上のサンプルウェル5a又はキャリブラントウェル5bを特定することができる。なお、サンプルプレートの種類などのプレート情報をユーザが手入力することなく、自動的に識別する機能を持たせるようにしてもよい。
【0031】
次に、本実施例のMALDI−TOFMSを用いた特徴的な測定動作を、図3に示すフローチャートに従って説明する。
ユーザ(分析者)は、測定したいサンプルプレート5をステージ4上の所定位置にセットし、上述したプレート情報の入力などの所定の操作を操作部32で行う。これに応じて、制御部30はまず変数nを1にセットする(ステップS1)。この変数nは1枚のサンプルプレート5上の多数のキャリブラントウェル5bを順番に一つずつ指定するための変数である。制御部30は、ウェル番号がcn(つまり初めてステップS2を実行する際にはc1)であるキャリブラントウェル5bが測定位置に来るようにステージ駆動部7を通してステージ4を移動させる。そのあと、レーザ照射部1を駆動し、レーザ光をキャリブラントウェル5bに用意されている標準試料に照射し、それにより生成されたイオンを測定する(ステップS2)。
【0032】
データ処理部20においてキャリブレーション情報作成部21は、上記測定により得られたデータに基づいて飛行時間スペクトルを作成し、飛行時間を質量電荷比に換算することでマススペクトルを作成する。このときの飛行時間から質量電荷比への換算には、例えば予め用意された標準的な校正線を用いる。この校正線は理論的な計算によって得られたものでも、標準試料を実測して得られた結果に基づくものでもよい。ただし、いずれにしても、個々のサンプルプレート5の高さの変動などの測定条件や装置状態のばらつきなどに起因する質量誤差が織り込まれたものではないため、換算により得られた質量電荷比にはそうした質量誤差が存在している。
【0033】
キャリブレーション情報作成部21は、標準試料に対する実測マススペクトルを制御部30を通して表示部33の画面上に表示する。ユーザは描出されたマススペクトルを見て、標準試料に含まれる1又は複数のキャリブラント由来のピークを識別し、そのピークに該当するキャリブラントの既知である正確な質量電荷比を対応付けるマーキングを行う。キャリブレーション情報作成部21は、マススペクトル上でマーキングされたピークの位置に対応した実測の質量電荷比と既知の正確な質量電荷比との誤差を算出する。そして、複数のキャリブラントの質量誤差に基づいて、図6に示したような質量誤差近似計算のための校正線を作成し、この校正線を表現する計算式を校正情報として求める(ステップS3)。さらに、この校正情報を含むキャリブレーションファイルを作成し、キャリブレーションファイル記憶部に保存する(ステップS4)。
【0034】
なお、質量誤差近似計算のための校正線を求めずに、複数のキャリブラントにおける実測の質量電荷比と既知の正確な質量電荷比との質量誤差を校正情報としてキャリブレーションファイルに格納してもよい。こうしたキャリブラント毎の、つまりは異なる質量電荷比毎の質量誤差の情報があれば、必要なときに質量誤差近似計算のための校正線を求めることができ、後述するようなキャリブレーションが可能である。
【0035】
一つの標準試料に対する測定結果に基づいてキャリブレーションファイルの作成及び保存が終了したならば、制御部30は変数nがそのサンプルプレート5のキャリブラントウェル5bの総数であるか否かを判定する(ステップS5)。そして、変数nがキャリブラントウェル総数に達していなければ、変数nの値をインクリメントして(ステップS6)ステップS2へと戻る。ステップS2では、制御部30が次のウェル番号を持つキャリブラントウェル5bが測定位置に来るようにステージ4を移動させ、そのキャリブラントウェル5bに用意されている標準試料に対する質量分析を実行する。そして、上述したようにステップS3、S4と進み、その標準試料に対する測定結果に基づいてキャリブレーションファイルを作成し、これをキャリブレーションファイル記憶部22に保存する。
【0036】
上記ステップS2〜S6をサンプルプレート5上のキャリブラントウェル5bの総数だけ繰り返すことにより、サンプルプレート5上の全てのキャリブラントウェル5bに用意された標準試料に対するキャリブレーションファイルを作成し、これをキャリブレーションファイル記憶部22に保存することができる。上述したように、各標準試料に対する質量分析結果であるマススペクトルから校正情報を求める際には、ユーザによるピークの確認や判断、さらにはこれに付随する各種操作が必要であり、ユーザが関与することによって正確な校正情報を得ることができる。
【0037】
ステップS5においてYesと判定されると、制御部30において自動測定制御部31が変数mを1にセットする(ステップS7)。この変数mは1枚のサンプルプレート5上の多数のサンプルウェル5aを順番に一つずつ指定するための変数である。自動測定制御部31は、ウェル番号がsm(つまり初めてステップS8を実行する際にはs1)であるサンプルウェル5aが測定位置に来るようにステージ駆動部7を通してステージ4を移動させる。そのあと、レーザ照射部1を駆動し、レーザ光をそのサンプルウェル5aに用意されている目的試料に照射し、それにより生成されたイオンを測定する(ステップS8)。
【0038】
データ処理部20においてキャリブレーション実行部23は、上記測定により得られたデータに基づいて飛行時間スペクトルを作成し、飛行時間を質量電荷比に換算することでマススペクトルを作成する。このときの飛行時間から質量電荷比への換算には、標準試料における同等の処理と同様に、例えば予め用意された標準的な校正線を用いる。それ故に、このときのマススペクトルは、サンプルプレート5表面の高さの不均一性などに起因する質量誤差を含む。
【0039】
キャリブレーション実行部23は次に、サンプルプレート5上で、測定したサンプルウェル5aに最も近い位置にあるキャリブラントウェル5bの測定結果に基づいて作成されたキャリブレーションファイルをキャリブレーションファイル記憶部22から読み出す(ステップS9)。
ここでは、測定したサンプルウェル5aのウェル番号はsmである。また、本実施例において、或るサンプルウェルに最も近いキャリブラントウェルとは、そのサンプルウェルについて図2中に点線で示す範囲に含まれるキャリブラントウェルである。したがって、サンプルウェルのウェル番号とそのサンプルウェルのキャリブレーションに用いられるキャリブラントウェルのウェル番号とは図4に示すように対応付けられている。そこで、例えばキャリブレーションファイルを作成・保存する際に、そのキャリブレーションファイルのファイル名の一部にキャリブラントウェルのウェル番号(cn)を入れておくとよい。これにより、或るサンプルウェルに対応するキャリブラントウェルのウェル番号から、迅速に、対応するキャリブレーションファイルを特定して読み出すことができる。
【0040】
上述したように、キャリブレーションファイルには、質量誤差近似計算のための校正線を表現する計算式又は複数のキャリブラントにおける質量誤差が校正情報として格納されている。そこで、キャリブレーション実行部23はこの校正情報を利用して、目的試料の測定結果から得られたマススペクトルの質量電荷比軸を校正し、より正確なマススペクトルを作成する(ステップS10)。そして、そうして校正されたマススペクトルを表すデータをサンプルデータファイルに格納し、サンプルデータファイル記憶部2に保存する。上述したキャリブレーションのための校正情報の取得の際とは異なり、ステップS8における測定実行からステップS10における校正終了までの一連の作業及び処理には、ユーザは一切関与する必要がない。そのため、自動測定制御部31の制御の下に、この一連の作業及び処理は自動的に遂行される。
【0041】
なお、サンプルデータファイルを作成・保存する際には、図4に示すように、そのサンプルデータファイルのファイル名の一部にサンプルウェルのウェル番号(sm)を入れておくとよい。これにより、サンプルデータファイルと該ファイルに格納されているデータを校正する際に用いられたキャリブレーションファイルとの対応関係も容易に把握可能となる。
【0042】
そして、一つの目的試料に対するサンプルデータファイルの作成・保存が終了すると、自動測定制御部31は変数mがそのサンプルプレート5のサンプルウェル5aの総数であるか否かを判定する(ステップS11)。そして、変数mがサンプルウェル総数に達していなければ、変数mの値をインクリメントして(ステップS12)ステップS8へと戻る。ステップS8では、自動測定制御部31が次のウェル番号を持つサンプルウェル5aが測定位置に来るようにステージ4を移動させ、そのサンプルウェル5aに用意されている目的試料に対する質量分析を実行する。そして、上述したようにステップS9、S10と進み、その目的試料に対する測定結果に基づいて作成されたマススペクトルを校正し、そのデータが格納されたサンプルデータファイルをサンプルデータファイル記憶部24に保存する。
【0043】
上記ステップS8〜S12をサンプルプレート5上のサンプルウェル5aの総数だけ繰り返すことにより、サンプルプレート5上の全てのサンプルウェル5aに用意された目的試料に対する正確なマススペクトルを取得し、これをサンプルデータファイル記憶部24に保存することができる。目的試料に対して得られたマススペクトルを校正する際には常に、サンプルプレート5上で、その目的試料が設けられていたサンプルウェル5aに最も近くにあるキャリブラントウェル5b中の標準試料に基づいて作成されたキャリブレーションファイルが使用される。それによって、目的試料の測定時と標準試料の測定時とにおける、サンプルプレート5表面の高さの不均一性などの測定条件の相違の影響が最小限に抑えられ、高い精度で質量誤差を補正することができる。そして、ステップS11においてYesと判定されると、自動測定制御部31は全ての処理を終了する。
【0044】
上述したように、ステップS8〜S10を含めS8〜S12の作業・処理はユーザによる確認や判断を要しないので、自動的に遂行される。そのため、サンプルプレート5上の目的試料の数が多くても、効率よく作業を行うことができる。
【0045】
なお、サンプルプレート5上の一部のウェルが使用されない場合には、予めユーザが使用するウェルの番号を操作部32により指定しておくようにすればよい。また、測定したいサンプルプレートが複数ある場合には、サンプルプレート1枚毎に、図3に示したフローチャートによる作業・処理を実行するか、或いは、全てのサンプルプレートについてステップS1〜S6の作業・処理を実施し、そのあとにステップS7以降の作業・処理を行うようにしてもよい。
【0046】
また、上記実施例は本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜に変更、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
例えば、本発明は、MALDI−TOFMSに限るものではなく、サンプルプレートを利用したイオン化法で生成したイオンを質量分析するTOFMS全般に適用可能である。具体的には、LDI、SALDI、SIMS、DESI、ELDIなどのイオン化法を用いたTOFMSにも適用可能であることは明らかである。
【符号の説明】
【0047】
1…レーザ照射部
2…集光レンズ
3…反射鏡
4…ステージ
5…サンプルプレート
5a…サンプルウェル
5b…キャリブラントウェル
6、6a…試料
7…ステージ駆動部
8…引き出し電極
9…加速電極
10…フライトチューブ
11…飛行空間
12…検出器
13…アナログ-デジタル変換器
20…データ処理部
21…キャリブレーション情報作成部
22…キャリブレーションファイル記憶部
23…キャリブレーション実行部
24…サンプルデータファイル記憶部
30…制御部
31…自動測定制御部
32…操作部
33…表示部
図1
図2
図3
図4
図5
図6